眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 八
眞
言
密
教
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起
原
傳
來
(承
前
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金
山
穆
韶
一 五 本 誌 第 七 十 二 號 に て 叙 ぜ し 如 く 弘 法 大 師 は 、 眞 言 秘 密 藏 の 本 體 は 、 佛 教 の 最 極 究 寛 の 道 體 た る 法 身 如 來 な る 深 義 を 開 顯 し 給 ひ し は 、 こ れ 列 祖 相 傳 の 説 と 、 自 ら の 研 尋 と 、 ま た 深 き 體 験 と に 依 り 給 ひ た る も の で あ る 。 即 ち 眞 言 密 教 は 、 大 日 如 來 、 金 剛 薩 唾 、 龍 猛 、 龍 智 、 金 剛 智 、 不 空 、 恵 果 と 相 承 し 來 り し も の な る こ と は 、 近 く は 恵 果 和 上 よ り 親 し く 聽 受 せ ら れ た り と 共 に 、 不 空 三 藏 の 表 制 集 等 に 依 り 給 へ る も の に し て 、 ま た 龍 猛 菩 薩 を 眞 言 密 教 の 開 祖 と な し 給 ひ し は 、 楞 伽 經 の 懸 記 、 及 び 智 度 論 等 に 依 り し も の で あ る 。 し か し て 諸 祖 相 傳 の 眞 言 密 教 は 、 法 身 如 來 の 所 説 に し て 、 一 切 佛 教 の 教 王 な る こ と は 、 大 師 自 ら 佛 教 を 研 尋 せ ら れ 、 そ の 深 趣 を 闡 明 せ ら れ た る 、 御 製 作 の 御 丈 書 に 依 て 知 ら る る の で あ る 。 此 の 如 く 列 組 の 相 傳 と 自 ら の 研 覈 に 依 て 、 本 宗 の 深 奥 な る こ と を 了 せ ら れ 、 本 宗 を 宣 顯 せ ら れ た る も の な ら ん も 、 し か も ま た 大 師 自 ら 法 身 の 果 を 現 證 せ ら れ た る こ と が 、 こ の 宗 開 顯 の 根 基 を な せ る も の で あ る 。 即 ち 傳 統 の 説 や 、 自 ら の 研 尋 は 、 た ゞ 自 己 の 體 驗 を 證 せ ら る る も の な り と も 觀 ら る 。 し か し て 自 己 證 得 の 法 門 を は 、 單 に 己 心 中 の 法 門 と し て 宣 説 せ す し て 、 そ の 證 權 を 先 覺 者 に 求 め 、 そ の 先 覺 者 を 崇 敬 す る と 共 に 、 先 聖 の 證 得 の 境 を 開 読 せ ら れ た る 經 論 を ば 無 上 の 寳 典 と し て 、 こ れ を 尊 崇 す る は 、 こ れ 自 己 の 體 驗 は 主 觀 の 事 實 な る と 共 に 、 客 觀 的 眞 理 な る こ と を 證 せ ん と す る も の で あ る 。 即 ち 宗 教 的 眞 理 は 、 こ れ 人 間 の 知 識 を 以 て 論 證 し 得 ざ る も の に し て 、 た ゞ こ れ を體 驗 す る よ り 外 な き も の な る が 故 に 、 已 に 其 境 地 を 體 得 せ ら れ た る 先 聖 を 求 め 、 以 て 自 ら の 體 驗 の 眞 實 義 を 證 し 、 ま た 先 聖 の 體 驗 の 境 を 開 説 せ ら れ た る 文 義 は 、 こ れ ま た 自 己 の 體 驗 を 證 す る も の な れ ば 、 先 聖 と 同 じ く 絶 對 無 上 の 贋 値 あ る も の と し て 、 尊 重 せ る も の で あ る 。 し か も 自 己 の 大 菩 提 を 成 ず る に 至 り し は 、 先 覺 者 の 加 持 力 と 、 開 示 し 給 へ る 法 門 に 依 り し も の に し て 、 ま た 一 切 衆 生 を し て 此 の 法 門 を 信 奉 せ し め 、 等 し く 無 上 大 覺 を 成 ぜ し め ん と し て 、 こ の 教 の 秘 趣 を 開 演 せ る 種 多 の 書 を 製 せ ら れ し と 共 に 、 こ の 教 の 起 原 傳 來 を 明 さ ん と し て 、 付 法 傳 を 編 せ ら れ 給 う た 。 付 法 傅 の 初 め に 、 眞 言 密 教 は 法 身 如 來 の 所 説 に し て 、 そ の 經 は 金 剛 薩 垂 、 龍 猛 、 龍 智 、 金 剛 智 、 不 空 、 恵 果 と 相 承 せ る こ と を 記 し て 曰 く 夫 仁 王 治 國 封 賞 有 差 。 法 帝 御 世 攝 引 不 一 。 有 差 非 能 治 之 不 平 。 不 一 還 是 所 化 之 磯 別 。 是 故 一 味 甘 露 逐 器 殊 色 。 一 相 摩 尼 隨 色 分 影 。 能 説 之 心 平 等 而 韓 。 所 潤 之 意 。 千 殊 各 解 。 一 三 五 乗 源 一 派 別 。 法 報 應 化 體 同 用 異 。 所 謂 報 應 化 佛 者 亦 名 十 身 盧 遮 那 大 小 釋 迦 等 。 常 途 顯 教 乏 主 是 也 。 ( 中 略 ) 所 謂 法 佛 者 常 住 三 世 淨 妙 法 身 法 界 體 性 智 乃 大 毘 盧 遮 那 自 受 用 佛 是 也 。 金 剛 頂 經 及 大 日 經 等 説 是 。 (中 略 ) 如 是 法 身 智 身 二 種 色 相 平 等 平 等 偏 満 一 切 衆 生 界 。 一 切 非 情 界 。 常 恒 演 説 眞 實 語 如 義 語 漫 茶 羅 法 教 司 即 是 楞 伽 所 謂 眞 實 説 法 者 是 也 。 般 若 論 應 化 非 佛 亦 非 法 者 蓋 爲 此 乎 。 彼 漫 茶 羅 教 者 。 金 剛 頂 喩 伽 十 萬 頚 經 等 是 也 。 大 日 如 來 普 遍 常 恒 雖 演 説 如 是 唯 一 金 剛 秘 密 最 上 佛 乗 大 漫 茶 羅 法 教 。 而 レ 機 非 時 不 得 聽 聞 信 受 修 行 流 傳 。 所 謂 道 不 自 弘 弘 必 由 。 誰 能 弘 者 。 則 有 七 箇 大 阿 闍 梨 耶 。 上 自 高 祖 法 身 大 毘 慶 遮 那 如 來 下 至 青 龍 阿 闍 梨 嫡 嫡 相 續 迄 今 不 絶 。 斯 則 如 來 加 持 力 所 致 也 。 法 之 最 上 於 此 見 矣 。 生 身 佛 所 説 教 不 如 是 也 。 自 加 葉 至 師 子 付 法 絶 矣 。 由 是 室 有 等 諍 論 孚 擧 鼓 職 此 之 由 矣 。 第 二 列 付 法 阿 闍 梨 名 號 及 表 徳 者 。 彼 傳 法 阿 闍 梨 名 號 云 何 第 一 傳 法 阿 闍 梨 號 日 摩 詞 毘 慶 遮 那 婆 多 他 掲 多 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 九
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 〇 第 二 付 法 祖 名 日 金 剛 薩 垂 阿 闍 梨 耶 第 三 祀 名 日 龍 猛 菩 薩 阿 闍 梨 耶 第 四 祖 名 日 龍 智 菩 薩 阿 闍 梨 耶 第 五 祖 金 剛 智 阿 闍 梨 耶 第 六 祖 不 空 金 剛 阿 闍 梨 耶 第 七 祖 青 龍 寺 恵 果 阿 闍 梨 耶 一 六 第 一 の 高 祖 法 身 大 日 如 來 第 一 高 祖 法 身 大 毘 魔 遮 那 如 來 、 與 自 眷 屬 法 身 如 來一 於 秘 密 法 界 心 殿 中 。 自 受 法 樂 故 。 常 恒 不 蜥 演 説 此 自 内 證 智 三 摩 地 法 。 具 如 金 剛 頂 經 法 身 如 來 法 界 心 殿 に 於 て 、 自 性 所 成 の 眷 屬 と 共 に 、 そ の 自 内 證 の 三 摩 地 を 開 演 し 給 ふ 法 門 は 、 こ れ 眞 言 密 教 で あ る 。 隨 う て そ の 能 説 の 教 主 た る 法 身 大 日 如 來 は 、 眞 言 密 教 の 根 本 教 祖 で あ る 。 法 身 如 來 は 佛 教 の 究 寛 の 本 體 な る が 故 に 、 法 身 ま た は 法 身 常 住 の 文 義 は 、 阿 含 、 般 若 、 法 華 、 浬 葉 、 華 嚴 等 の 諸 經 に 説 か れ 、 ま た 法 身 如 來 説 法 の 義 は 、 楞 伽 經 の 中 に 説 か れ 、 大 智 度 論 に も 、 法 身 読 法 の 釋 文 あ り 、 ま た 應 身 佛 た る 釋 迦 牟 尼 如 來 の 読 法 の 根 軸 に は 、 法 身 如 來 の 説 法 が あ る 。 法 身 の 説 法 な く ば 應 身 の 説 法 が 成 ぜ な い の で あ る 。 即 ち 釋 迦 牟 尼 如 來 は 法 を 覺 り て 大 覺 を 成 じ 給 う た の で あ る 。 さ れ ば 法 は 如 來 の 師 に し て 如 來 を し て 覺 智 を 生 ぜ し め た の で あ る 。 隨 う て 應 身 の 説 法 は そ の 法 即 ち 法 身 が 根 底 と な れ る も の に し て 、 そ の 自 覺 内 證 の 奥 秘 に は 唯 佛 與 佛 の 法 身 の 説 法 が 存 す る の で あ る 。 か く の 如 く 釋 迦 牟 尼 如 來 の 一
代 經 論 の う ち に 、 已 に 法 身 説 法 の 釋 文 あ り 、 ま た 釋 迦 牟 尼 如 來 の 説 法 の 根 底 に は 法 身 の 説 法 存 す る も 、 印 度 及 び 支 那 に て は 、 か か る 深 甚 の 教 旨 開 顯 せ ら れ ず 、 む し ろ 法 身 不 説 法 の 義 が 唱 へ ら れ た の で あ る 。 即 ち 印 度 に て は 、 小 乗 大 乗 何 れ も 法 身 説 法 の 深 義 を 開 顯 せ ず 、 支 那 に て も 三 論 宗 の 嘉 祥 大 師 法 華 玄 論 第 九 に 法 身 説 法 せ ざ る 所 以 を 釋 し て 曰 く 、 問 法 身 佛 何 故 不 説 法 耶 。 答 唯 有 一縁 。 一 菩 薩 即 報 身 化 之 。 二 聲 聞 即 應 身 化 之 。 法 身 唯 佛 能 見 故 不 説 法 也 。 又 法 身 名 相 斷 絶 。 豈 有 音 聲 説 法 。 説 法 之 事 皆 是 應 身 。 文 即 ち 説 法 は こ れ 如 來 、 迷 途 の 衆 生 を し て 佛 智 見 を 成 ぜ し め ん が 爲 め で あ る 。 し か し て 應 身 佛 は 六 道 衆 生 、 二 乗 乃 至 地 前 の 菩 薩 の 爲 め に 説 法 し 給 ひ 、 報 身 佛 は 地 上 の 菩 薩 の 爲 め に 説 法 し 給 ふ 。 し か る に 法 身 佛 は 唯 佛 與 佛 の 果 上 の 境 な れ ば 説 法 し て 化 導 す べ き 衆 生 な く 、 ま た 法 身 は 言 語 心 慮 を 絶 せ る 永 寂 の 理 體 な る が 故 に 説 法 な か る べ し と な す も の で あ る 。 こ は 嘉 祥 大 師 の 所 説 な る も 、 他 の 大 乗 の 諸 教 に て 法 身 の 不 説 法 を 明 す は 、 何 れ も 如 上 の 義 趣 に 基 く も の で あ る 。 か か る 所 見 よ り し て 、 智 度 論 の 法 身 説 法 の 文 義 を も 他 受 用 報 身 佛 の 義 に 解 せ ん と す る も の で あ る 。 ま た 唯 識 家 に て は 、 四 種 法 身 の 説 を 立 て 、 そ の 自 性 法 身 を 究 寛 の 佛 身 と な す 、 し か も そ の 自 性 身 は た ゞ こ れ 清 淨 法 界 の 眞 如 の 理 體 な れ ば 、 説 法 等 の 作 用 あ る こ と な し 、 し か る に 楞 伽 經 に 法 身 説 法 の 文 義 あ り 、 こ こ に 於 て 、 唯 識 宗 の 立 場 よ り 、 こ の 經 の 法 身 説 法 の 義 を 會 釋 せ ざ る べ か ら ざ る よ り 、 楞 伽 經 の 法 身 説 法 の 丈 を ば 生 正 智 解 の 義 な り と 解 す 。 溝 州 の 了 義 燈 佛 法 身 眞 如 理 。 生 正 智 解 。 名 爲 説 法 文 即 ち 法 身 説 法 と は 法 身 佛 自 ら 説 法 し て 、 他 を し て 解 を 生 ぜ し む る に あ ら ず 、 た ゞ 十 地 の 菩 薩 は 、 眞 如 法 身 を 觀 じ て 根 本 智 を 生 ず 、 か く 法 身 は 觀 境 と な り て 菩 薩 を し て 根 本 智 を 生 ぜ し む る を 法 身 説 法 と い ふ 。 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 一
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 二 か く の 如 く 、 三 論 及 び 唯 識 家 に は 、 法 身 説 法 せ ざ る こ と を 明 す も の な る も 、 眞 如 縁 起 を 談 ず る 性 宗 以 上 は 、 一 應 法 身 説 法 の 義 を 立 し 得 ら る る 邊 あ り 、 即 ち 眞 如 法 身 開 發 し て 萬 法 と な り 、 萬 有 の 全 體 こ れ 眞 如 法 身 な れ ば 、 一 切 の 音 聲 は 皆 法 身 の 説 法 な り と い ひ 得 ら る る に よ る 。 さ れ ば 天 台 宗 に 法 身 説 法 の 説 あ り 、 し か も 天 台 に 於 け る 法 身 説 法 の 義 と は 、 理 智 冥 合 、 所 謂 寂 に し て 照 、 そ の 寂 照 不 二 の 眞 如 法 身 の 體 が 、 衆 生 の 淨 菩 提 心 に 冥 應 す る を 云 ふ 。 即 ち 智 者 大 師 の 維 摩 經 略 疏 第 一 に 若 究 寛 寂 光 無 説 無 示 而 説 者 。 法 身 無 縁 冥 資 一 切 。 無 設 而 説 即 是 法 身 説 法 云 云 し か も 天 台 に て は 三 身 相 即 の 義 よ り . 寧 ろ 應 身 の 釋 尊 の 説 法 を ば 、 法 身 の 説 法 と な す も の で あ る 。 も し 三 身 分 別 し て い へ ば 、 法 身 は こ れ 無 相 常 寂 の 理 體 で あ る 。 こ の 常 寂 滅 の 理 は 、 も と よ り 言 説 を 絶 し 、 心 慮 を 泯 し 無 説 無 示 の 理 體 で あ る 。 ま た 華 嚴 宗 の 所 説 に 依 る に 、 華 嚴 の 教 主 を ば 、 眞 應 相 融 の 佛 身 と な す 。 即 ち 釋 尊 を 教 主 と な す も 、 そ の 釋 迦 即 十 身 具 足 の 盧 遮 那 佛 と な す も の で あ る 。 し か も こ の 盧 遮 那 佛 の 所 説 の 華 嚴 經 に 、 性 海 果 分 の 境 界 を 説 か れ た る や と 云 ふ に 、 十 佛 内 證 の 境 界 は 機 教 を 絶 し 、 言 詮 を 絶 す る が 故 に 、 性 海 果 分 を 不 可 説 に 屬 す る の で あ る 。 蓋 し 天 台 も 華 嚴 も 、 釋 迦 牟 尼 如 來 を 本 と し 、 或 は 三 身 相 即 し て そ の 釋 尊 の 當 體 即 法 身 な り 、 十 身 具 足 の 盧 遮 那 佛 と な す 。 し か る に 弘 法 大 師 の り 所 見 よ り い へ ば 、 法 華 經 の 教 主 を ば 應 身 佛 と な す 、 そ は 法 華 經 は 二 乗 の 爲 め に 説 か れ た る も の 、 即 ち 二 乗 が 所 對 の 機 根 な る が 故 に 、 そ の 教 主 を ば 應 身 佛 と な す も の で あ る 。 ま た 華 嚴 の 教 主 を ば こ れ 他 受 用 報 身 佛 と な す 。 即 ち 變 化 身 は 地 前 の 菩 薩 の 教 主 に し て 、 三 乗 の 法 を 説 き 、 他 受 用 報 身 は 地 上 の 菩 薩 の 爲 め に 、 一 乗 の 法 を 説 き 、 法 身 佛 は 自 受 法 樂 の 故 に 自 内 證 の 秘 密 を 説 く 。
し か し て 華 嚴 經 は 、 こ れ 普 賢 等 の 菩 薩 の 爲 め の 所 説 な る が 故 に 、 そ の 教 主 を ば 他 受 用 報 身 佛 と な す も の で あ る 。 重 重 無 盡 法 界 の 玄 趣 は 、 な ほ こ れ 普 賢 因 分 の 所 明 に し て 、 そ の 毘 盧 遮 那 の 果 界 に 至 て は 不 可 説 不 可 得 の 境 と な す も の で あ る 。 さ れ ば 自 性 本 地 法 身 の 説 法 の 深 趣 を 開 顯 す る も の は 獨 り 眞 言 密 教 で あ る 。 し か し て 眞 言 密 教 の 法 身 説 法 の 義 に は 、 唯 識 家 に 云 ふ 生 正 智 解 の 説 法 、 即 ち 法 身 の 體 は 、 正 體 智 の 爲 め に 所 縁 の 境 と 爲 つ て 正 智 を 生 ぜ し む る 義 も 存 す ベ く 、 ま た 六 塵 の 擧 體 、 こ れ 眞 如 法 身 の 隨 縁 相 な る よ り 、 松 籟 溪 聲 を も こ れ 如 來 の 廣 長 舌 と 觀 る 義 趣 も 存 す る な る べ く 。 ま た 天 台 に 云 ふ が 如 く 、 寂 に し て 照 、 こ の 寂 照 一 如 の 大 覺 體 、 一 切 に 遍 じ 、 衆 生 の 心 根 に 覺 作 を 冥 助 す る を 法 身 説 法 の 義 と な す 意 義 も 存 す る の で あ る 。 一 切 の 分 別 戯 論 を 絶 せ る 寂 照 一 如 、 理 智 不 二 の 自 證 の 體 は 、 法 身 の 大 覺 體 で あ る 。 し か も 未 だ 此 の 境 を 體 せ ざ る 因 人 よ り い へ ば 、 た ゞ こ れ 不 可 得 の 體 で あ る 。 無 相 の 理 で あ る 。 し か し な が ら か か る 大 覺 體 を 現 證 せ る 一 切 諸 佛 は 、 一 切 衆 生 の 爲 め に 一 切 時 一 切 處 に 自 在 無 礙 の 靈 用 を 示 現 せ ら れ つ つ あ る の で あ る 。 ま た こ の 大 覺 を 現 證 せ る 大 覺 の 自 體 よ り 、 こ の 大 覺 體 を 觀 る 立 場 が あ る 。 即 ち 果 分 に 住 し て 果 體 を 自 證 す る 境 地 が あ る 。 こ の 境 地 よ り い へ ば 、 大 覺 體 は 寂 照 一 如 、 常 寂 の 體 に あ ら す し て 無 盡 の 功 徳 を 開 顯 し つ つ あ る 勇 健 の 大 覺 體 で あ る 。 無 限 活 動 の 靈 的 生 活 體 で あ る 。 こ の 大 覺 體 に は 、 自 體 自 ら を 理 解 し 自 證 す る 一 一 心 識 乃 至 不 二 心 が あ る と 共 に 、 こ の 自 内 證 三 摩 地 の 體 を 表 現 す る 如 義 語 あ り て 、 三 世 常 恒 に こ の 自 證 の 境 を 開 説 せ ら れ つ つ あ る の で あ る 。 所 謂 唯 佛 與 佛 、 各 説 三 密 、 自 受 法 樂 の 體 な る と 共 に 、 化 他 大 慈 悲 の 本 願 力 に 依 り 、 一 切 衆 生 を し て こ の 大 覺 體 に 引 入 せ ら れ つ つ あ る の で あ る 。 大 日 經 に は 大 毘 盧 遮 那 成 佛 神 變 加 持 と い ひ 、 同 經 の 疏 に は 大 日 如 來 の 所 佳 の 獅 子 座 の 釋 に 今 此 宗 明 義 言 師 子 者 。 即 是 勇 健 菩 提 心 。 從 初 發 心 以 來 得 精 進 大 勢 無 有 怯 弱 猶 如 師 子 隨 所 執 搏 必 獲 無 遺 。 即 是 自 在 度 人 無 空 過 義 也 。 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 三
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 四 ま た 大 日 經 に 大 日 如 來 の 自 眷 屬 と し て 説 か れ た る 十 九 執 金 剛 四 大 菩 薩 等 は 、 こ れ 大 日 如 來 の 無 盡 の 功 徳 を 任 持 す る 差 別 智 身 な る が 、 こ の 内 大 二 眷 屬 よ り 觀 る も 、 如 何 に 自 證 化 他 の 無 盡 の 功 徳 を 具 足 し 、 そ の 大 覺 の 自 體 が 自 體 自 ら を 開 顯 せ ら れ つ つ あ る や を 了 知 せ ら る べ く 、 ま た こ の 内 大 二 眷 屬 に 園 繞 せ ら れ て 、 如 來 自 ら 三 平 等 句 の 法 門 を 開 演 せ ら れ つ つ あ る 等 よ り 觀 る も 、 ま た 淨 菩 提 心 の 功 徳 を 如 實 に 開 顯 す る 道 を 説 か れ た る 、 三 句 の 法 門 よ り 觀 る も 、 ま た 金 剛 頂 經 の 五 智 五 轄 の 法 門 は 、 こ の 法 身 大 覺 の 體 を 開 顯 せ ら れ た る も の な る が 、 こ の 理 (中 央 法 界 體 性 智 ) 智 (東 方 大 圓 鏡 智 ) 理 智 不 二 (南 方 平 等 性 智 ) の 大 覺 體 が 、 三 世 常 恒 に そ の 三 摩 地 を 開 説 し (西 方 妙 觀 察 智 ) 一 切 を し て こ の 大 覺 體 に 引 入 し つ つ あ る 無 盡 の 業 用 を 圓 具 (北 方 成 所 作 智 ) の 大 自 在 者 な る こ と を 知 ら る る の で あ る 。 さ れ ば 大 日 經 疏 に は 是 等 世 間 以 少 幅 願 尚 有 如 是 不 思 議 用 。 何 況 如 來 法 身 而 不 能 成 就 如 是 自 在 神 力 加 持 神 變 耶 。 然 常 途 説 法 或 云 法 性 或 云 法 身 寂 靜 如 空 無 所 動 作。 都 不 説 其 足 如 是 力 用 。 以 爲 凡 起 神 變 皆 是 有 爲 之 心 三 昧 之 力 。 而 不 言 法 體 如 是 此 其 未 了 也 大 師 は 付 法 傳 に 法 身 如 來 が 、 三 世 常 恒 に そ の 自 覺 自 證 の 境 を 開 演 せ ら れ つ つ あ る こ と を 釋 述 せ ら れ 法 身 智 身 二 種 色 相 。 平 等 平 等 遍 満 一 切 衆 生 界 一 切 非 情 界 。 常 恒 演 説 眞 實 語 如 義 語 漫 茶 羅 法 教 等 と 明 し 給 ひ た る が 、 大 日 經 の 一 切 持 金 剛 者 皆 悉 集 會 の 文 を 同 疏 に 釋 し て 心 王 所 住 之 處 必 有 塵 沙 心 數 爲 眷 屬 。 今 者 心 王 毘 盧 遮 那 成 自 然 覺 。 爾 時 一 切 心 數 無 不 即 入 金 剛 界 中 成 如 來 内 證 功 徳 差 別 智 印 。 如 是 智 印 唯 佛 與 佛 乃 能 持 之 。 約 菩 提 義 即 有 無 量 無 邊 金 剛 印 。 約 佛 陀 義 即 有 無 量 無 邊 持 金 剛 者 。 由 此 衆 徳 悉 皆 一 相 一 味 到 於 實 際 故 名 集 會 こ の 釋 文 を 深 く 解 す れ ば 、 大 日 如 來 大 覺 を 現 成 し 給 ふ と き 、 一 切 世 界 の 一 切 衆 生 は 悉 く 大 日 如 來 の 大 覺 の う ち に つ つ ま れ 大 覺 の 大 系 統 に 蓮 り 、 如 來 の 無 盡 の 智 印 を 持 す る 大 日 如 來 の 眷 屬 た る 秘 義 を 成 ぜ る 意 で あ る 。 た ゞ し こ は 如 來 の
大 覺 の 境 よ り 見 給 ひ た る 法 界 の 實 相 で あ る 。 我 等 は 空 三 昧 に 佳 し 、 分 別 の 戯 論 を 絶 す る と こ ろ に 、 こ の 如 來 自 證 の 加 持 力 に 接 す る の で あ る 。 常 恒 三 世 の 法 身 の 説 法 を 聽 く の で あ る 、 警 覺 開 示 せ ら れ る の で あ る 。 こ の 法 身 の 説 法 は こ れ 秘 密 の 本 體 た る 法 身 如 來 の 三 摩 地 の 果 體 を 開 説 せ ら た る 眞 實 の 眞 言 で あ る 。 こ の 眞 言 に 乗 し て 、 法 身 の 果 體 に 通 達 せ ら る べ き で あ る 。 し か し て 空 三 昧 に 住 し 、 法 身 の 説 法 を 親 聽 せ る も の は 金 剛 薩 垂 で あ る 釋 迦 牟 尼 如 來 で あ る 。 即 ち 唯 識 家 等 に は 法 身 説 法 と は 、 生 正 智 解 所 謂 菩 薩 が 眞 如 法 身 を 觀 境 と し て 正 智 を 生 す る 義 に 解 し 、 天 台 に て は 正 智 を 以 て 眞 如 法 身 を 現 證 せ る 寂 照 一 如 の 法 身 大 覺 體 が 、 衆 生 の 淨 菩 提 心 に 冥 資 す る を 法 身 説 法 な り と 云 ふ 。 し か も 法 身 を ば 言 心 永 寂 の 無 相 寂 滅 の 體 と な す も の な る が 、 眞 言 密 教 に て は 、 こ れ ら は な ほ こ れ 因 人 所 見 の 法 身 觀 に し て 、 法 身 の 眞 實 體 を 如 實 に 開 顯 せ ざ る も の な り と な す 。 即 ち 眞 言 密 教 に て は 、 法 身 に は 法 身 自 ら 自 體 を 自 證 自 知 す る 聖 智 あ り 、 自 體 相 應 の 如 義 語 あ り て 、 自 證 の 三 摩 地 を 三 世 常 恒 に 自 眷 屬 に 開 説 せ ら れ つ つ あ る 眞 實 義 を 明 す 。 こ の 法 身 の 説 法 、 こ れ 眞 言 密 教 で あ る 。 繭 七 第 二 祖 金 剛 薩 垂 金 剛 薩 垂 は 、 法 身 如 來 の 所 説 の 法 門 を 、 聽 受 せ ら れ 、 こ れ を 結 集 し 給 ひ た る 尊 で あ る 。 付 法 傳 に 曰 く 第 二 祖 縛 日 羅 薩 怛 縛 摩 詞 薩 怛 縛 。 親 對 法 身 如 來 海 會 。 受 灌 頂 職 位 。 則 説 自 證 三 密 門 。 以 獻 毘 盧 遮 那 及 一 切 如 來 便 請 加 持 教 勅 。 毘 廬 遮 那 如 來 言 。 汝 等 將 來 於 無 量 世 界 。 爲 最 上 乗 者 令 得 現 生 世 出 世 間 悉 地 成 就 。 具 如 經 説 。 眞 言 密 教 は 、 こ れ 法 身 如 來 自 内 證 の 境 界 即 ち 如 來 の 三 摩 地 の 境 を 開 説 せ ら れ た る 教 で あ る 。 し か し て 如 來 自 内 證 の 境 と は 、 心 王 の 毘 盧 遮 那 自 然 覺 を 成 ず る と き 、 塵 數 難 思 の 心 所 眷 屬 悉 く 、 心 王 大 毘 盧 遮 那 の 覺 體 に 住 し 、 大 日 覺 王 の 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 五
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 六 大 系 統 に 連 り 、 無 數 の 諸 尊 、 皆 こ れ 一 相 一 味 到 於 實 際 の 聖 者 に し て 、 心 王 の 大 日 如 來 、 こ の 自 性 所 成 の 眷 屬 と 三 密 平 等 句 の 法 門 を 説 き 給 ふ 境 で あ る 。 こ の 第 一 實 際 妙 極 の 境 は 一 と い へ ば 、 法 界 唯 一 の 毘 盧 遮 那 法 身 で あ る 、 多 と い へ ば 各 各 の 諸 尊 皆 心 王 毘 盧 遮 那 の 體 を 全 う せ る 具 體 法 身 で あ る 。 し か も 無 數 の 菩 薩 衆 の 中 に は 、 金 剛 手 が そ の 上 首 に し て 、 五 智 八 葉 九 尊 の 心 王 の 諸 佛 の 中 に て は 、 毘 盧 遮 那 如 來 が 究 竟 最 上 の 尊 で あ る 。 さ れ ば 無 數 の 諸 佛 諸 菩 薩 在 し ま す も 、 如 來 の 三 摩 地 の 體 と は 、 果 よ り い へ ば 、 毘 盧 遮 那 如 來 に し て 、 因 よ り い へ ば 金 剛 手 菩 薩 で あ る 。 即 ち 三 摩 地 の 自 體 は 、 毘 盧 遮 那 法 身 と 金 剛 手 を 以 て 盡 す 。 此 の 如 く の 毘 盧 遮 那 と 金 剛 手 の 二 尊 の 關 係 を い へ ば 、 毘 盧 遮 那 如 來 は 本 來 究 竟 眞 實 の 自 證 の 大 菩 提 に 安 住 し 、 三 世 常 恒 に そ の 自 證 の 三 摩 地 を 法 界 に 開 顯 し 、 自 證 の 加 持 力 を 法 界 の 衆 生 に 蒙 ら し め 給 ふ 。 衆 生 は 冥 に そ の 加 持 力 を 被 れ ど も 、 痴 暗 の 迷 霧 深 う し て 、 法 身 自 證 の 加 持 を 如 實 に 體 す る を 得 ず 、 因 分 の 菩 薩 は 分 に 罷 す る も 、 そ の 全 體 を 如 實 に 體 せ ず 、 こ の 如 來 自 證 の 加 持 力 を 如 實 に 體 す る に 至 れ る を 果 上 の 人 と な す 。 そ の 果 上 の 無 數 の 心 所 の 諸 尊 の 中 、 金 剛 手 菩 薩 が 上 首 で あ る 。 金 剛 手 は 如 來 と 同 一 の 覺 罷 に 佳 し 、 如 來 自 證 の 加 持 力 を 如 實 に 體 す る に 至 れ る を ば 、 法 身 如 來 よ り 灌 項 の 職 位 を 受 け た り と い ふ 。 巳 に 心 王 の 毘 盧 遮 那 の 法 界 加 持 力 を 如 實 に 體 す る は 、 こ れ 自 心 本 有 の 大 覺 を 顯 現 せ る も の で あ る 。 か く 自 心 本 有 の 大 菩 提 を 如 實 に 現 證 す る は 、 こ れ 同 時 に 自 證 の 三 摩 地 を 十 方 に 表 現 す る も の で あ る 。 則 説 自 證 三 密 門 。 以 献 毘 盧 遮 那 及 一 切 如 來 か く 毘 盧 遮 那 如 來 の 法 界 加 持 力 を 如 實 に 體 す る は 、 こ れ 毘 盧 遮 那 如 來 に 警 覺 開 示 せ ら れ た る も の で あ る 。 自 心 本 有 の 菩 提 心 の 金 剛 寳 藏 を 開 見 せ る も の で あ る 。 菩 提 心 の 鐵 塔 を 開 見 せ る も の で あ る 。 常 恒 演 説 の 如 來 の 読 法 を 結 集 せ る も の で あ る 。 已 に 大 日 如 來 の 遍 法 界 の 自 證 の 加 持 を 體 し 、 如 來 の 三 密 を 持 す 、 こ れ 所 謂 即 ち 金 剛 手 ま た
執 金 剛 で あ る 。 眞 言 密 教 の 根 本 の 本 經 を 大 日 如 來 よ り 聽 受 し 、 結 集 せ る も の は 、 金 剛 薩 垂 で あ る 。 大 師 は 大 日 經 開 題 に 大 日 經 の 最 初 の 信 成 就 の 句 た る 如 是 我 聞 の 丈 を 釋 し 問 何 人 如 是 指 語 。 答 有 三 釋 。 初 之 詞 也 。 次 親 之 指 言 也 。 三 爾 有 無 人 増 減 。 者 金 剛 薩 垂 釋 云 。 離 傳 聞 出 工 言 。 我 金 剛 薩 垂 親 從 大 日 尊 聞 也 。 復 次 廣 眼 奪 親 指 自 證 境 表 如 實 智 。 説 言 如 是 我 見 聞 覺 知 。 此 則 如 來 爲 達 者 以 一 句 總 説 諸 法 。 上 地 人 一 字 一 句 中 悉 能 解 諸 法 盡 也 。 云 云 杲 寳 の ﹁ 大 日 經 疏 玄 談 ﹂ に 如 上 の 意 を 述 じ て 此 中 作 三 重 釋 。 一 金 剛 薩 垂 言 。 二 大 日 奪 言 。 三 爾 有 言 也 。 爾 有 者 。 一 字 一 文 遍 法 界 。 無 始 無 終 亙 三 世 一 一 聲 字 皆 帯 理 趣 。 法 然 而 有 誰 人 造 作 耶 (中 略 ) 次 大 日 我 聞 者 大 日 世 尊 發 如 實 智 見 聞 如 是 法 然 理 趣 。 唱 云 如 是 我 聞 也 。 後 薩 垂 我 聞 者 金 剛 手 從 大 日 尊 親 聞 之 。 結 集 之 日 云 如 是 我 聞 也 。 今 所 論 約 薩 垂 結 集 兩 部 大 經 皆 對 告 金 剛 手 。 結 集 流 傳 當 其 仁 。 是 故 東 寺 一 家 祖 祖 相 傳 以 金 剛 手 爲 結 集 者 也 。 他 門 兩 組 釋 雖 入 密 家 猶 未 脱 顯 網 。 顯 密 二 教 倶 爲 縄 迦 説 。 故 以 阿 難 爲 結 集 者 ( 中 略 ) 凡 如 義 聞 句 次 籍 承 有 万 重 。 爾 有 無 人 造 作 。 二 大 日 世 尊 之 言 。 一 金 剛 薩 垂 之 言 受 以 上 三 重 如 次 自 性 自 受 用 他 受 用 三 身 也 四 金 剛 薩 垂 受 大 日 勅 。 降 閻 淨 提 現 釋 迦 身 。 教 阿 難 唱 如 是 我 聞 謁 此 是 變 化 身 也 。 五 阿 難 受 二佛 教 。 結 集 諸 經 之 時 正 安 此 言 。 此 是 等 流 身 也 。 然 則 釋 尊 唱 是 言 。 阿 難 安 此 言 。 尋 其 源 起 自 理 佛 智 佛 内 證 。 兩 部 大 經 所 安 之 如 是 我 聞 句 流 在 釋 迦 教 中 。 而 如 他 家 所 傳 者 。 依 釋 迦 教 勅 兩 部 大 經 似 安 此 言 。 蓋 泳 派 忘 源 之 謂 歟 。 本 經 の 結 集 者 は 、 金 剛 薩 垂 で あ る 。 金 剛 薩 垂 大 日 如 來 の 所 説 の 經 を 結 集 す と は 、 大 日 如 來 よ り 加 持 灌 頂 せ ら れ 、 そ の 自 證 の 加 持 を 如 實 に 體 し 、 法 身 の 三 密 門 を 任 持 し 、 自 證 の 法 門 を 説 く に 至 り し を い ふ 、 故 に 經 の 最 初 の 如 是 我 聞 と は こ れ 金 剛 薩 垂 の 言 で あ る 。 即 ち 金 剛 薩 垂 親 し く 大 日 如 來 の 自 證 の 加 持 を 如 實 に 體 す る に 至 ゆ し を い ふ 。 し か も そ の 金 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 七
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 八 剛 薩 垂 の 蒙 り し 自 證 の 加 持 灌 頂 の 本 源 は 、 大 日 如 來 如 實 知 を 發 し て 、 是 く の 如 く の 法 然 の 理 趣 を 證 見 す る に あ る が 故 に 、 大 日 如 來 の 如 實 智 を 發 し 、 自 證 の 境 を 體 す る を ば 如 是 我 聞 と い ふ 、 即 ち 二 に 大 日 尊 の 言 と は こ の 義 で あ る 。 ま た 大 日 如 來 の 大 覺 體 に は 自 ら 能 覺 の 智 と 所 覺 の 法 然 の 理 趣 と あ り 、 そ の 大 日 如 來 の 所 覺 の 法 も 、 ま た 自 然 法 爾 の 大 自 覺 體 な り 。 こ の 自 然 覺 體 こ れ 諸 佛 の 師 な り と 共 に 大 日 如 來 の 究 竟 の 覺 體 に し て 、 一 切 經 の 流 傳 の 本 源 の 體 な る に よ り 、 こ の 究 竟 の 覺 體 に 約 し て 如 是 我 聞 を は 爾 の 有 な り と 釋 せ ら れ た る も の で あ る 。 し か る に 杲 鈔 に は 更 に 轄 釋 し て 、 二 義 を 出 し 、 金 剛 薩 垂 、 大 日 如 來 の 勅 を 受 け て 閻 浮 提 に 降 り 、 釋 迦 の 身 を 現 し 、 一 代 の 説 法 の 經 の 最 初 に 、 阿 難 に 教 へ て 如 是 我 聞 の 句 を 置 か し め た り 、 こ こ に 阿 難 尊 者 は 釋 迦 如 來 の 教 を 受 け 、 諸 經 結 集 の と き 諸 經 の 最 初 に 此 言 を 安 ず 。 し か れ ば 如 是 我 聞 の 句 の 本 源 を 尋 ぬ れ ば 、 大 日 如 來 の 内 證 を 體 し 親 聽 せ る 金 剛 薩 垂 が 兩 部 大 經 の 首 に 安 す る に あ る も 、 漸 く 流 傳 し て 釋 迦 如 來 所 説 の 經 の 最 初 に 安 せ ら る る に 至 り し も の な り と な す も の で あ る 。 此 の 如 く 本 經 の 如 是 我 聞 の 義 、 即 ち 大 日 經 の 結 集 の 人 に つ い て 細 か に 論 す れ ば 、 種 種 の 解 釋 あ る も 、 弘 法 大 師 の 所 説 に 依 れ ば 、 金 剛 薩 垂 を 以 て 大 日 經 の み な ら す 、 金 剛 頂 .經 の 結 集 者 と な す も の で あ る 。 金 剛 手 を 以 て 兩 部 大 經 の 結 集 者 と な す は 、 兩 部 大 經 は 何 れ も 金 剛 手 を 對 告 衆 と な す に 依 る 。 し か し て 金 剛 手 が 、 大 日 如 來 よ り 自 内 證 の 法 門 を 演 説 せ る を 聽 受 し 結 集 せ る 秘 旨 を 尋 ぬ れ ば 、 金 剛 手 が 大 日 如 來 の 自 證 の 加 持 力 を 蒙 り 、 法 身 如 來 自 證 の 境 を 體 し 、 法 身 の 三 密 を 任 持 す る に あ り 。 し か れ ば 金 剛 手 の 結 集 の 源 流 を 究 む れ ば 、 大 日 如 來 の 自 證 成 佛 に あ り 、 ま た そ の 大 日 如 來 の 自 證 成 佛 の 體 を 究 む れ ば 、 大 日 如 來 如 實 智 を 發 し て 、 法 然 の 理 趣 を 現 證 し 、 そ の 法 然 の 理 趣 と 一 體 と な れ る 大 覺 體 に し て 、 素 よ り 本 有 の 理 と 修 生 の 智 と 一 體 不 二 の 大 覺 體 な る も 、 而 二 門 よ り い へ ば 、 本 有 本 覺 の 理 と 、 修 生 始 覺 の 智 と
分 つ て 解 せ ら る べ き で あ る 。 大 師 は こ の 而 二 門 よ り 釋 せ ら れ て 、 如 是 我 聞 を ば 爾 の 有 の 言 と 、 大 日 尊 の 誓 と の 二 釋 を な し 給 ひ し も の で あ る 。 か く の 如 く 種 多 の 解 釋 を な し 得 ら る る も 、 東 寺 一 家 は 祖 祖 相 傳 し て 金 剛 手 を 以 て 、 兩 部 大 經 の 結 集 者 と な す も の で あ る 。 し か る に 台 密 に て は 、 慈 覺 智 證 兩 大 師 は 、 密 教 を 傳 ふ と い へ ど も 、 顯 教 を 主 と し て 密 教 を 解 す る も の 、 所 謂 猶 未 だ 顯 網 の 域 を 出 で ざ る も の に し て 、 顯 密 二 教 倶 に 釋 迦 牟 尼 如 來 の 説 と 爲 す が 故 に 、 兩 部 大 經 を も 阿 難 尊 者 を 以 て 結 集 者 と 爲 す も の で あ る 。 即 ち 如 來 入 滅 の 後 、 阿 難 尊 者 遺 教 の 結 集 に 當 り 、 佛 教 を 承 け て 、 大 小 乗 の 諸 經 の 初 め に 如 是 我 聞 の 言 を 安 ず 。 し か し て 兩 部 大 經 既 に 釋 迦 の 説 と 爲 す よ り 阿 難 を 以 て 結 集 者 と な す も の で あ る 。 尤 も 台 密 に て も 異 説 あ り 、 慈 覺 安 然 は 兩 部 大 經 の 結 集 者 は 、 金 剛 手 を 主 と し 、 阿 難 を 俘 と な し 、 智 證 は 阿 難 を 結 集 者 と な す も の で あ る 。 顯 密 二 教 共 に 、 釋 迦 如 來 の 所 説 な り と 云 ふ 説 よ り い へ ば 、 一 切 經 の 最 初 の 如 是 我 聞 は 阿 難 の 安 し 給 ふ も の な り と ふ こ と に 歸 す べ き も の な れ ど も 、 弘 法 大 師 の 説 は 、 兩 部 大 經 は 大 日 如 來 の 所 説 に し て 、 隨 て 結 集 者 を ば 金 剛 手 と な す も の で あ る 。 し か し て 此 の 兩 部 大 經 の 結 集 者 た る 金 剛 手 と は 、 金 剛 頂 經 、 攝 眞 實 經 、 守 護 經 等 に 依 れ ば 、 こ れ 即 ち 釋 迦 牟 尼 如 來 で あ る 。 悉 多 太 子 所 謂 一 切 義 成 就 菩 薩 は 、 空 三 昧 に 佳 し 給 ふ と き 、 如 來 の 警 覺 開 示 を 蒙 り 、 法 の 眞 實 義 を 現 證 し 、 究 竟 の 覺 を 成 ぜ ら れ 給 ひ し も の で あ る 。 法 身 説 法 を 聽 受 し 得 べ き も の は 空 三 昧 に 佳 し て 根 本 無 明 を 斷 じ た る 者 な ら ざ る べ か ら ず 、 し か し て 此 世 に 於 て 眞 に 空 三 昧 に 佳 し 、 根 本 無 明 を 斷 じ 給 へ た る は 、 釋 迦 牟 尼 如 來 で あ る 。 ま た 法 身 の 説 法 を 聽 く と は 、 法 身 大 覺 の 自 證 三 密 の 加 持 力 を 蒙 り 、 そ の 法 身 自 證 大 覺 の 境 を 體 す る を 云 ふ 。 か く 空 三 昧 に 佳 す る と き 、 法 身 自 證 の 大 覺 三 密 の 加 持 力 を 蒙 り 、 警 覺 開 示 せ ら れ 、 つ ひ に 自 證 大 覺 の 體 を 現 證 す る に 至 り し は 、 釋 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 一 九
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 〇 迦 牟 尼 如 來 な る よ り 、 經 に 、 悉 多 太 子 た る 一 切 義 成 就 菩 薩 即 ち 金 剛 手 と は 釋 迦 牟 尼 如 來 な り と 説 か れ た る も の で あ る 。 大 小 乗 一 切 諸 經 に 、 釋 迦 牟 尼 如 來 の 現 證 し 給 ひ し 法 は 、 法 然 常 住 な り と 説 か れ 、 ま た こ の 法 を 現 證 せ ら れ た る 先 覺 者 、 即 ち 先 聖 の 在 し ま す こ と を 説 け り 、 即 ち 釋 迦 如 來 が 出 世 不 出 世 に 關 せ ず 、 こ の 法 然 常 住 の 法 と 、 こ の 法 を 現 證 せ ら れ た る 先 覺 者 た る 佛 陀 の 實 在 し 給 ふ こ と を 如 來 自 ら 開 説 し 給 ひ し も の で あ る 。 し か し て こ の 法 然 常 住 の 法 、 久 遠 實 成 の 常 住 の 佛 身 と は 、 こ れ 理 智 二 法 身 に し て 、 こ の 理 智 二 法 身 は 、 三 世 常 恒 に そ の 自 證 の 三 昧 を 演 説 し 顯 現 し 給 ひ つ つ あ る の で あ る 。 釋 迦 牟 尼 如 來 、 こ の 土 に 出 現 し 給 ひ 、 こ の 法 然 常 住 の 法 、 久 遠 實 成 の 佛 陀 の 實 在 を 現 證 し 、 こ の 法 然 の 法 、 久 遠 の 佛 陀 を 開 覺 せ ら る べ き 道 を 開 説 し 給 ひ し も の で あ る 。 か か る 法 然 常 住 の 法 、 久 遠 實 成 の 法 身 の 大 覺 の 境 に 直 入 直 證 す る 法 門 を 開 示 す る も の は 、 眞 言 密 教 な れ ば 、 か か る 佛 教 の 根 本 大 義 よ り 觀 て 、 法 身 如 來 の 説 法 を 聽 き 、 そ の 經 の 本 義 を 結 集 せ る も の は 釋 迦 牟 尼 如 來 、 即 ち 金 剛 薩 唾 な り と な す は 、 よ く そ の 眞 精 神 を 傳 へ た る も の な り と い は ね ば な ら ぬ 。 一 八 南 天 の 鐵 塔 龍 猛 菩 薩 、 南 天 の 鐵 塔 に 入 り 、 秘 密 眞 言 教 を 金 剛 薩 垂 よ り 傳 授 し 、 こ れ を 閻 淨 提 に 初 め て 流 布 せ り も の な り と の 、 秘 密 眞 言 教 の 鐵 塔 相 承 の 説 を 、 明 瞭 に 高 唱 せ し も の は 、 弘 法 大 師 で あ る 。 大 師 は 付 法 傳 に 金 剛 頂 經 義 訣 の 文 に 依 り 、 鐵 塔 相 承 の 義 を 述 べ て 曰 く 金 剛 智 三 藏 説 。 如 來 滅 後 有 一 大 徳 名 龍 猛 。 先 持 大 毘 廬 遮 那 眞 言 毘 廬 遮 那 佛 而 現 其 身 現 無 量 身 。 於 慮 空 中 説 此 法 門 及 交 字 章 句 。 次 第 令 冩 訖 即 滅 即 毘 盧 遮 那 念 誦 法 要 一 巻 是 也 。 時 龍 猛 大 徳 持 誦 成 就 。 即 至 南 天 竺 大 菩 薩 藏 塔 前 。 願 蘭 此 塔 。 於 七 日
中 遶 塔 念 誦 。 加 持 白 芥 子 打 此 塔 門 。 至 第 七 日 塔 門 乃 開 。 塔 内 諸 金 剛 神 一 時 踴 怒 不 令 得 入 。 唯 見 塔 内 香 燈 光 明 一 丈 二 丈 。 名 花 賓 蓋 満 中 懸 列 。 又 聞 讃 聲 。 時 此 菩 薩 至 心 懴 悔 發 大 誓 願 。 諸 金 剛 神 出 來 問 曰 。 汝 有 何 事 。 答 曰 如 來 滅 後 邪 林 繁 欝 大 乗 欲 滅 。 聞 之 此 塔 中 有 一三 世 如 來 一 切 法 藏 。 願 受 持 利 濟 群 生 。 金 剛 命 入 。 入 已 其 塔 尋 閉 、 觀 其 内 即 怯 界 宮 殿 毘 盧 遮 那 現 證 卒 都 波 是 也 。 三 世 諸 佛 大 菩 薩 。 所 謂 普 賢 文 殊 等 。 皆 住 此 中 。 即 蒙 金 剛 薩 垂 等 灌 頂 加 持 。 誦 持 所 有 秘 密 法 門 宣 布 入 間 。 又 如 前 説 楞 伽 經 如 來 懸 記 是 其 明 證 云 云 ま た こ の 鐵 塔 は 、 こ れ 如 來 禪 力 所 造 、 即 ち 龍 猛 菩 薩 の 白 淨 の 菩 提 心 に 依 り 感 見 せ し 塔 に し て 、 人 の 所 造 に あ ら ざ る こ と 、 及 び 鐵 塔 中 に 安 置 し あ り し 法 藏 は 、 こ れ 釋 迦 如 來 所 説 の 法 に あ ら ず し て 、 法 身 大 日 如 來 所 説 の 法 門 を 、 金 剛 薩 垂 こ れ を 結 集 し 時 を 待 ち 人 を 待 て る に 、 偶 々 龍 猛 菩 薩 の 大 機 の 人 の 開 塔 あ る に よ り 、 こ れ に 眞 言 密 教 を 授 傳 し 給 ひ し も の な り と は 弘 法 大 師 の 所 説 で あ る 。 付 法 傳 に 又 問 此 塔 者 爲 人 功 所 造 乎 。 爲 當 如 何 。 答 此 塔 者 非 人 力 所 爲 如 來 神 力 所 造 。 又 問 此 塔 中 所 有 法 藏 者 爲 釋 迦 如 來 所 説 耶 。 爲 何 佛 説 乎 。 答 非 釋 迦 所 説 何 以 故 。 應 化 佛 不 説 内 所 證 法 故 。 問 非 應 化 佛 説 爲 法 身 説 。 答 設 此 有 二 義 。 如 法 身 説 法 章 説 上 述 の 如 く 龍 猛 菩 薩 開 塔 し て 、 秘 密 教 を 初 め て 人 間 に 流 布 せ し と は 、 こ れ 弘 法 大 師 の 創 唱 と も 云 ふ べ き も の で あ る 。 即 ち 羅 什 三 藏 譯 の 龍 樹 菩 薩 傳 等 に 、 雪 山 中 に 於 て 一 老 比 丘 よ り 大 乗 經 典 を 授 か り し と い ひ 、 ま た 龍 宮 に 入 つ て 大 乗 經 典 を 傳 へ た る こ と を 記 す る も 、 鐵 塔 よ り 大 乗 經 を 誦 出 せ し こ と を 明 さ ず 、 ま た 金 剛 頂 義 訣 に 依 る に 、 時 に 大 徳 有 り 、 南 天 竺 の 鐵 塔 に 入 つ て 、 金 剛 頂 經 を 誦 出 せ し こ 乏 を 記 す る も 、 そ の 大 徳 は 龍 猛 菩 薩 な る こ と を 明 記 せ ず 、 さ れ ば 龍 猛 菩 薩 南 天 竺 の 鐵 塔 よ り 、 秘 密 眞 言 教 を 流 傳 し た る こ と を 唱 導 せ し も の は 弘 法 大 師 な り と 云 ふ も 不 可 な か る べ し 。 か く の 如 く 龍 猛 開 塔 の こ と を 大 師 唱 導 し 給 ひ し か ば 、 そ の 當 時 よ り こ れ に 對 し 疑 難 を 懐 く も の 勘 か ら す 、 か の 宗 叡 の 眞 言 疑 目 、 道 詮 の 群 家 諍 論 、 或 は 徳 一 の 未 決 等 そ の 代 表 的 の も の な る べ し 。 蓋 し 鐵 塔 開 見 説 は 、 大 師 に 依 て 高 唱 せ 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 一
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 二 ら れ た る も の ゆ ゑ 、 こ れ に 封 す る 疑 難 も 、 大 師 以 後 の こ と に し て 、 印 度 、 支 那 及 び 本 邦 に て も 、 大 師 以 前 に は 存 せ ざ り し な り 。 此 等 の 疑 難 に 對 し 、 大 師 は 付 法 傳 に 一 應 そ の 會 通 あ り 、 後 學 ま た ﹁ 疑 目 ﹂ や ﹁ 未 決 ﹂ 等 の 疑 難 を 會 せ ん と し て 、 漢 譯 經 中 よ り 、 義 訣 と 全 然 同 一 義 な ら ざ る も 、 そ れ に 似 通 ひ た る 文 を 尋 繹 し 、 此 等 の 疑 難 を 通 し 、 鐵 塔 説 を 成 立 せ し む る こ と に つ と め た る も の あ り 、 杲 寳 の 玉 印 鈔 の 第 一 に 、 以 上 の 疑 難 を 會 通 せ ん と し 、 大 日 如 來 が 金 剛 薩 垂 に 授 け し 、 證 文 と し て 、 教 王 經 第 一 及 び 聖 位 經 の 文 を 擧 げ 、 ま た 金 剛 薩 垂 が 龍 猛 に 附 法 せ し 證 文 と し て 、 楞 伽 經 第 九 即 ち 楞 伽 の 懸 記 を 出 せ り 、 玉 印 鈔 に は 更 に 嚴 郢 の 不 空 碑 文 、 或 は 三 十 七 尊 出 生 義 等 を 引 用 し 秘 密 の 法 門 の 相 承 は 、 大 日 如 來 、 金 剛 薩 垂 、 龍 猛 、 龍 智 、 金 剛 智 、 不 空 と 次 第 相 傳 の 説 は 傳 統 の 眞 義 な り と せ り 、 此 等 相 承 の 文 よ り 觀 れ ば 、 南 天 竺 の 鐵 塔 を 開 き 金 剛 薩 垂 よ り 秘 密 を 傳 へ た る も の は 、 龍 猛 と 斷 ず る よ り 外 な け れ ば 、 金 剛 頂 義 訣 に 一 ノ 大 徳 と あ る を 弘 法 大 師 は 、 こ れ 龍 猛 と 斷 じ 給 ひ し も の で あ る 。 し か し て 大 師 が 南 天 竺 の 鐵 塔 を 開 き 兩 部 大 經 を 人 間 へ 傳 へ た る も の は 、 龍 猛 菩 薩 な り と 斷 す る 、 唯 一 の 依 憑 た り し も の は 、 楞 伽 經 懸 記 と 龍 猛 菩 薩 に 密 教 の 根 本 義 た る 法 身 説 法 の 觀 念 あ り し と に 基 く も の で あ る 。 鐵 塔 に 樹 し て は 、 古 來 よ り 今 に 至 つ て 、 種 々 の 説 あ る も 、 大 途 左 の 數 義 に 攝 せ ら れ る 乎 。 第 一 大 師 の 付 法 傳 に 依 れ ば 、 こ の 塔 は こ れ 人 の 所 造 に あ ら ず し て 、 如 來 神 力 加 持 に よ り 、 龍 猛 菩 薩 感 見 せ し も の な り 。 宛 も 彼 の 無 著 菩 薩 が 、 彌 勤 菩 薩 夜 夜 兜 率 天 よ り 天 竺 の 阿 踰 遮 國 の 講 堂 に 下 り 、 四 ケ 月 の 間 、 毎 夜 説 法 せ ら れ し を 筆 録 せ し も の が 、 か の 鍮 伽 師 地 論 等 な り と な す が 如 き は 、 こ れ 無 著 一 人 感 見 せ し も の に し て 、 他 人 の 知 ら ざ る と こ ろ
な る が 如 く . 南 天 の 鐵 塔 も 龍 猛 菩 薩 が 自 心 内 の 佛 塔 を 開 見 せ し も の と 觀 れ ば 、 こ れ 所 謂 理 塔 に し て 事 塔 に あ ら ず 、 し か れ ば 鐵 塔 開 見 と は 、 龍 猛 の 本 有 の 菩 提 心 を 開 見 せ し も の に し て 、 塔 内 安 置 の 大 日 金 剛 頂 の 兩 部 大 經 と は こ れ 質 多 加 栗 多 の 二 心 即 ち 一 心 本 有 の 理 智 の 體 な り 、 即 ち 所 詮 に 約 ず れ ば 、 色 心 理 智 に し て 、 能 詮 に 約 す れ ば 、 兩 部 大 經 な り 、 か く 鐵 塔 を 菩 提 心 體 と 觀 れ ば 、 こ の 塔 は 、 周 遍 法 界 、 三 世 常 恒 の 體 に し て 、 龍 猛 が 有 せ し の み に あ ら ず 、 一 切 衆 生 等 し く 有 す る も の に し て 、 佛 智 顯 現 せ は 、 何 人 も 見 ら る べ き 心 爲 佛 塔 な り と な す 。 第 二 、 弘 法 大 師 の 付 法 傳 に 依 れ ば 、 鐵 塔 は こ れ 如 來 神 力 所 變 の 功 徳 の 體 に し て 、 理 塔 と 解 す べ き も の の 様 思 惟 せ ら る る も 、 而 も 金 剛 頂 義 訣 の 文 よ り 見 れ ば 、 南 天 竺 の 何 れ の 地 に か 實 在 せ し 事 塔 な り と も 解 せ ら る 。 か つ 他 の 經 疏 の う ち に 鐵 塔 の 存 せ し こ と を 證 す る が 如 き 文 あ る を 見 る 。 例 へ ば 賢 首 大 師 の 探 玄 記 第 十 八 に 日 照 三 藏 云 此 城 在 南 天 竺 。 城 東 大 塔 。 是 古 佛 塔 。 佛 在 世 時 已 有 此 塔 。 三 藏 親 到 其 所 。 其 塔 極 大 乃 至 於 今 現 在 こ れ 日 照 三 藏 、 此 塔 の 南 天 竺 に あ り し を 親 し く 目 撃 せ し こ と を 、 賢 首 大 師 に 語 れ る を 、 賢 首 大 師 自 ら 記 せ る も の で あ る 。 又 、 法 華 傳 第 十 に も 、 此 塔 の こ と を 記 し て 曰 く 昔 外 國 有 鐵 塔 。 高 丈 餘 於 中 安 置 券 陀 利 迦 阿 差 摩 、 摩 詞 毘 盧 遮 那 經 等 梵 夾 各 有 百 千 偈 な ほ 義 淨 三 藏 の 著 の 求 法 高 僧 傳 の 無 行 禪 師 の 傳 の う ち に 龍 宮 秘 典 海 中 探 。 石 室 眞 言 山 處 仰 。 の 文 あ り 、 無 行 は 唐 代 に 入 竺 し て 、 大 日 經 の 梵 本 を 得 た る 人 な る が 、 義 淨 三 藏 彼 地 に あ り し と き 、 眞 言 密 教 の 秘 典 は 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 三
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 四 こ れ 石 室 よ り 傳 へ 得 た る も の な り と の 説 を 聞 き し よ り 、 か か る こ と を 記 せ し も の な ら ん か 。 し か し て こ の 石 室 と は 所 謂 鐵 塔 の こ と な り し な ら ん 乎 、 酉 藏 の 所 傳 に 依 れ ば 釋 迦 牟 尼 如 來 は 多 く の 眞 言 密 教 を 説 か れ た る こ と を 明 す 。 し か し て 吉 祥 時 輪 經 等 の 秘 密 經 を ば 、 南 印 度 の ア マ ラ ブ テ イ 塔 に 於 て 説 か れ た り と 云 ふ よ り 、 栂 尾 教 授 は こ の ア マ ブ テ イ 大 塔 は 、 こ れ 所 謂 南 天 の 鐵 塔 な る べ し と い ひ 、 河 口 慧 海 師 は 西 藏 傳 印 度 佛 教 歴 史 に 、 も し 南 天 の 鐵 塔 を 地 上 に 求 む と す れ ば ア マ ラ ブ テ イ 塔 を 措 い て 外 に 類 似 の も の を 見 出 す こ と 能 は ず 、 し か も 西 藏 傳 に 南 天 の 鐵 塔 と 云 ふ 名 傳 ら ず 、 そ の 證 左 を 缺 く が 故 に 、 ア マ ラ ブ テ イ 塔 を 以 て 南 天 の 鐵 塔 と な す に 躊 躇 す と い ふ 。 何 れ に し て も 此 等 の 説 は こ れ 鐵 塔 を ば 、 人 の 所 造 に し て 歴 皮 的 實 在 の 事 塔 な り し と 見 る も の で あ る 。 上 述 の 如 く 、 弘 法 大 師 の 説 に よ れ ば 、 鐵 塔 は 人 の 作 れ る 因 縁 事 實 を 有 せ る 歴 史 的 實 在 の 塔 に あ ら す し て 、 如 來 の 威 神 力 に 因 り 、 龍 猛 菩 薩 感 見 せ し も の な り と い へ ば 、 こ れ 現 前 事 實 の 塔 な り と す る も 、 こ の 事 實 は こ れ 不 可 思 議 の 神 力 所 現 の も の に し て 、 人 の 所 造 に あ ら ざ る な り 、 さ れ ば こ の 事 實 に 直 面 せ ざ る も の よ り い へ ば 、 こ れ 一 種 の 理 塔 と い ふ こ と に 歸 す と も い ひ 得 ら る 。 即 ち 弘 法 大 師 の 説 に よ れ ば 寧 ろ 理 塔 と な り 、 金 剛 頂 經 義 訣 等 の 説 に よ れ ば 、 人 の 所 造 の 歴 史 的 實 在 の 事 塔 と い ふ こ と に 飯 す 。 而 し て 中 古 の 宗 學 者 は 、 こ の 理 塔 と 事 塔 の 兩 説 を ば 、 法 爾 隨 縁 は 一 法 の 兩 義 な り と の 宗 義 に よ り 會 釋 し 、 義 訣 の 義 は 隨 縁 を 表 と せ る 事 塔 説 に し て 、 弘 法 大 師 は 、 法 爾 の 立 場 よ り 理 塔 説 を 唱 導 す る も 、 法 爾 隨 縁 は 一 法 の 兩 義 に し て 、 離 る べ か ら ざ る も の な れ ば 、 南 天 の 鐵 塔 は 、 假 令 、 人 の 所 造 た る 事 塔 た り し に せ よ 、 こ の 因 縁 の 事 實 が そ の ま ま 阿 字 本 不 生 の 顯 現 な れ ば 、 歴 史 的 の 因 縁 の 事 實 は 、 こ れ 如 來 不 可 思 議 の 威 神 力 の 一 活 動 の 因 縁 な り と 觀 れ ば 、 人 の 所 造 の 因 縁 の 事 實 の 塔 た り し に せ よ 、 如 來 威 神 力 の 所 現 な り 、 ま た 塔 は こ れ 淨 菩 提 心 龍 に し て 、 三 世 常 住 の 理 塔 な り と い ふ 理 趣 と 相 違 せ ざ る も の と な す 。
第 三 鐵 塔 開 見 は 妄 誕 信 す べ か ら ず と の 説 龍 猛 菩 薩 は 密 教 の 祖 師 に あ ら ず 、 隨 て 鐵 塔 よ り 、 密 教 を 誦 傳 せ る と の 説 は 妄 誕 な り と い ふ 義 は 往 々 聽 く と こ ろ な る が 、 そ れ ら の 所 説 に は 、 固 よ り 一 致 せ る 定 説 あ る に あ ら ざ る も 、 密 教 な る も の は 、 も と 釋 迦 如 來 の 所 説 に あ ら ざ る も 、 如 來 滅 後 漸 次 波 羅 門 の 咒 禁 や 、 天 部 崇 拝 等 の 信 仰 が 佛 教 に 鼠 入 し 、 佛 教 内 に 所 謂 秘 密 教 が 侵 潤 し 、 つ ひ に 種 多 の 秘 密 教 の 經 典 成 立 せ る に 至 り し も の な り と な す 説 で あ る 。 佛 滅 後 の 結 集 を 見 る に 、 大 衆 部 の 五 藏 の う ち に 禁 咒 藏 あ る よ り 見 る も 、 ・ま た 佛 滅 三 百 年 頃 存 せ し と い ふ 小 乗 の 法 藏 部 も 、 一 切 佛 教 を 五 藏 に 分 類 し 、 そ の 第 四 に 咒 藏 な る も の あ り し よ り 見 る も 、 ま た こ れ を 支 那 譯 經 の 方 面 よ り 考 ふ る も 、 佛 滅 七 百 年 即 ち 西 暦 二 世 紀 後 漢 の 獻 帝 の 頃 、 龍 樹 菩 薩 出 世 時 代 已 に 支 那 に 大 乗 經 の 一 部 翻 譯 せ ら れ 、 ま た 密 教 に 關 す る 經 の 一 部 譯 せ ら れ あ る を 見 る も 、 密 教 の 一 部 は 已 に 龍 猛 以 前 に 存 せ し を 見 る 、 さ れ ば 龍 猛 が 眞 言 密 教 を 大 成 せ る に あ ら す し て 、 密 教 の 大 部 分 こ と に 兩 部 大 經 等 は 、 こ れ 龍 猛 よ り 數 世 紀 以 後 即 ち 密 教 な る も の は 、 大 抵 西 暦 四 世 紀 頃 よ り 六 七 紀 の 間 に 成 立 せ し も の に し て 、 か の 富 蘭 那 丈 學 や 咀 特 羅 の 影 響 を う け て 成 立 せ し も の な り 、 即 ち 兩 部 大 經 の 成 立 は 、 龍 猛 よ り 遙 か 後 代 に あ り 、 し か る を 日 本 の 密 教 家 は 龍 猛 が 、 南 天 の 鐵 塔 を 開 い て 密 教 を 傳 へ た り 等 と 稱 し 、 密 教 の 起 源 を 龍 猛 に 皈 す る は 、 龍 猛 は 大 乗 佛 教 の 開 創 者 と し て 尊 敬 せ ら れ 居 た る よ り 、 密 教 に も 特 別 の 權 威 を 確 保 せ ん が 爲 め に 、 そ の 創 稱 を 龍 猛 に 飯 せ る も の な り と な す も の で あ る 。 大 村 西 崖 氏 の 密 教 發 達 誌 等 、 そ の 他 近 時 密 教 の 起 源 を 語 る も の 多 く は か か る 立 場 よ り 説 を な す も の あ る を 見 る の で あ る 。 第 四 、 鐵 塔 に 就 て の 管 見 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 五
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 六 吾 人 は 傳 統 の 説 な る が 故 に 、 強 て こ れ を 辨 護 し ま た そ の 説 を 固 執 せ ざ る べ か ら ざ る 理 を 認 め ず 、 し か も 龍 猛 菩 薩 鐵 塔 開 見 し 、 如 來 自 證 の 境 を 説 か れ た る 秘 密 教 を 人 間 に 流 布 せ ら れ た り と の 傳 統 の 説 に は 、 深 甚 の 意 義 の 存 す る を 認 む る も の で あ る 。 大 師 は 眞 言 密 教 な る も の は 、 釋 迦 牟 尼 如 來 の 所 説 に あ ら ず し て 、 大 日 如 來 の 説 な り 、 そ の 大 日 如 來 の 説 法 を 龍 猛 菩 薩 が 南 天 の 鐵 塔 を 開 き 、 こ れ を 人 間 に 傳 へ た る と の 説 を 唱 導 せ ら れ た る は 、 近 代 の 如 く 大 乗 佛 教 は 非 佛 説 な り 、 或 は 佛 教 教 義 は 漸 次 發 達 開 展 せ る も の な り 等 の 説 を 唱 へ ら る る 時 代 な れ ば と も か く 、 大 師 の 時 代 に 於 て 、 眞 言 密 教 は 、 一 切 佛 教 の 究 竟 の 教 に し て 、 し か も 眞 言 密 教 は 釋 迦 牟 尼 如 來 の 所 説 に あ ら す し て 、 大 日 如 來 の 説 な り 、 そ の 大 日 如 來 の 説 を 龍 猛 菩 薩 が 始 め て 人 間 に 流 布 せ る も の な り と の 説 を 宣 示 せ ら れ た る は 、 當 時 に 於 て は 甚 だ 大 膽 な る 論 斷 な り と 言 は ざ る べ か ら ず 、 し か る に も 關 ら ず 、 堂 々 と こ れ を 高 唱 せ ら れ た る に は 、 中 心 深 く 信 ず る も の あ り し に 因 る は 明 で あ る 。 こ れ 佛 教 女 學 上 よ り の 辨 證 と 、 そ の 體 驗 と 、 令 法 久 住 皆 成 佛 道 の 本 義 等 よ り 觀 て 、 か く も 鐵 塔 相 承 を 高 唱 せ ら れ 給 う た も の で あ る 。 し か し て 、 鐵 塔 説 を 唱 導 せ ら る る に つ い て は 種 多 の 依 憑 あ る も 、 そ の 根 基 を な す も の は 、 前 叙 の 如 く 、 大 師 は 入 佛 道 の 最 初 よ り 、 眞 言 秘 密 の 法 を 修 せ ら れ 、 法 身 如 來 の 本 果 を 證 し 給 ひ 、 如 來 の 心 肝 即 ち 鐵 塔 の 本 體 を 得 せ ら れ た る に よ る 。 南 天 の 鐵 塔 と は 、 眞 實 常 住 、 金 剛 不 壊 の 法 身 の 體 に し て 、 ま た こ の 塔 に 安 置 せ ら れ あ り し 兩 部 大 經 は 、 こ の 法 身 の 三 摩 地 を 開 説 せ ら れ た る も の で あ る 。 塔 は 、 も と 釋 迦 牟 尼 如 來 の 舎 利 , を 奉 安 せ ら れ た る も の で あ る 。 即 ち 釋 迦 牟 尼 如 來 は 涅 槃 に 歸 入 し 給 ひ し も 、 金 剛 不 壊 の 遺 身 の 舎 利 は 、 如 來 常 住 の 功 徳 身 を 表 す る も の で あ る 。 舎 利 の 堅 固 常 住 、 不 壊 金 剛 の 體 な る こ と は 、 康 僧 會 の 呉 の 孫 權 に 示 し た る 事 蹟 に 徴 す る も 知 ら る る の で あ る 。 ま た 塔 は 金 剛 不 壊 の 法 身 の 身 を 説 か れ た る 經 巻
を 安 置 せ ら れ た る も の に し て 、 塔 即 法 身 如 来 で あ る 。 し か し て 法 身 の 觀 念 は 、 佛 教 一 貫 の 眞 理 趣 に し て 、 眞 言 密 教 に 至 つ て 究 竟 せ る も の な る こ と は 前 來 所 述 の 如 く で あ る 。 蓋 し 釋 迦 牟 尼 如 來 の 一 代 佛 教 の 要 は 、 無 我 法 中 に 眞 我 を 開 顯 す る に あ り と い ひ 得 ら る 。 し か る に 印 度 及 び 支 那 に て は 、 多 く 無 我 の 理 趣 開 示 せ ら れ 、 そ の 眞 我 の 實 義 發 揮 せ ら れ ざ る も の あ り し が 、 無 我 法 中 の 眞 我 の 實 義 を 開 説 す る も の は 弘 法 大 師 の 眞 言 密 教 で あ る 。 し か し て そ の 眞 我 た る 不 壊 金 剛 の 法 身 の 體 性 を 表 す る も の は 鐵 塔 で あ る 。 さ れ ば 南 天 の 鐵 塔 と は 、 こ れ 法 身 如 來 の 觀 念 で あ る 。 所 謂 毘 廬 遮 那 現 證 卒 都 波 で あ る 。 大 師 の 説 を 今 日 よ り 觀 れ ば 史 實 と 一 致 せ ざ る も の あ ら ん も 、 こ れ を 以 て 大 師 の 鐵 塔 説 を 云 爲 す べ か ら ず 、 大 師 の 宗 を 開 き 教 を 垂 れ 給 ひ し は 、 佛 教 を 客 觀 的 に 歴 史 的 に 究 明 し 、 そ の 研 究 の 成 果 に 依 れ る に あ ら ず し て 、 自 ら 佛 道 を 修 行 せ ら れ 、 そ の 自 證 の 三 摩 地 の 開 顯 に あ り 。 こ の 主 觀 的 自 己 内 證 の 三 摩 地 の 體 を ば 客 觀 的 に 基 礎 づ け 、 以 て 人 を し て そ の 教 旨 を 理 解 せ し め 、 こ れ を 廣 く 一 切 に 傳 へ ん と せ ら れ た る も の で あ る 。 か く の 如 く 大 師 の 説 は 、 實 修 實 證 に 依 れ る 眞 理 趣 の 開 顯 な り と の 體 驗 的 事 實 を 省 察 せ ず し て 、 單 に 客 觀 的 研 究 の み に よ り 大 師 の 説 を 云 爲 せ ん と し て は 、 大 師 の 教 の 正 鵠 を 得 ざ る と 共 に 、 客 觀 的 事 實 の 眞 意 義 を も 得 ざ る べ し 、 隨 て 今 日 よ り 觀 て 大 師 の 説 が 客 觀 的 事 實 の 研 究 と 一 致 せ ざ る も の あ り と も 、 大 師 の 發 揮 せ ん と せ ら れ た る 眞 理 趣 に は 、 何 ん ら 増 減 な か る べ し 。 た ゞ 根 本 の 問 題 は 、 大 師 の 自 證 の 三 摩 地 の 體 の 究 明 で あ る 。 即 ち 小 乗 佛 教 よ り い へ ば 現 象 は 、 無 常 無 我 の 有 爲 の 妄 法 に し て 、 唯 識 の 説 に 依 れ ば 遍 計 所 執 の 妄 假 な り 、 依 他 の 假 有 で あ る 。 眞 如 縁 起 の 理 を 開 説 す る 實 大 乗 の 説 に よ る も 、 現 象 は こ れ 無 明 有 力 に よ つ て 現 起 せ し 虚 假 の 法 な り と な す も の で あ る 。 し か も か か る 諸 説 に 依 り て は 、 衆 生 の 當 相 に 眞 實 永 遠 の 理 趣 を 體 す る 即 身 成 佛 の 眞 實 義 が 成 ぜ な い の で あ る 。 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 七
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 八 智 度 論 に 衆 生 法 性 に 入 れ ば 法 性 と な り と い ひ 、 楞 伽 經 に は 、 諸 法 の 無 自 性 無 我 は 、 衆 生 の 所 見 に し て 、 自 性 常 住 は 聖 恵 眼 の 所 見 な り と い へ る が 如 く 、 眞 實 常 住 の 眞 實 在 は 如 來 の 大 覺 髄 で あ る 。 大 覺 を 體 せ る 聖 恵 眼 よ り 見 た る 果 界 で あ る 。 こ の 如 來 の 果 體 を 開 顯 し 、 法 身 常 住 の 體 性 と 、 衆 生 本 有 の 覺 罷 と を 開 説 す る も の は 眞 言 密 教 で あ る 。 南 天 の 鐵 塔 は 如 來 の 身 肝 た る 舎 利 を 體 と せ る も の に し て 、 こ れ 如 來 よ り い へ ば 、 法 身 常 住 の 體 性 に し て 、 衆 生 よ り い へ ば 本 有 金 剛 薩 垂 の 大 菩 提 心 體 で あ る 。 し か し て 眞 諦 果 海 に 於 け る 法 身 の 説 法 と 、 こ の 説 法 に 警 覺 せ ら れ 、 そ の 本 有 の 大 菩 提 心 を 現 證 せ ら る べ き 道 を 明 す も の は 、 金 剛 頂 經 と 大 日 經 な れ ば 、 こ の 兩 部 の 大 經 を ば 南 天 の 鐵 塔 よ り 誦 傳 せ ら れ た り と な す 深 意 思 ふ べ き で あ る 。 ま た 法 身 説 法 の 觀 念 を 有 せ ら れ し と 共 に 、 十 方 諸 佛 の 實 在 を 明 し 、 十 方 の 諸 佛 を 念 じ 、 現 生 に 於 て 初 地 の 位 に 登 り 、 法 身 の 説 法 を 聽 け る も の は 龍 猛 菩 薩 な れ ば 、 龍 猛 菩 薩 南 天 の 鐵 塔 に 入 り 、 法 身 説 法 の 兩 部 の 大 經 を 誦 出 せ ら れ た り と の 説 に は 測 る べ か ら ざ る 深 趣 が 存 す る の で あ る 。 ま た 我 が 高 祖 弘 法 大 師 入 佛 道 の 最 初 よ り 、 直 に 佛 地 の 三 摩 地 に 住 す る 眞 言 密 教 を 修 し 、 法 性 の 眞 際 に 徹 し 、 如 來 の 果 境 に 一 切 衆 生 と 共 に 直 入 直 證 せ ん と し て 法 身 説 法 の 經 に し て 鐵 塔 相 承 の 兩 部 大 經 を 流 傳 せ ら れ た る 組 意 仰 信 す べ き で あ る 。 一 九 龍 猛 菩 薩 第 三 祖 者 。 昔 釋 迦 如 來 掩 化 之 後 八 百 年 中 。 有 一 大 士 。 名 那 伽 關 頼 樹 那 菩 提 薩 垂 唐 言 龍 猛 菩 薩 奮 云 龍 樹 訛 略 也 誕 迹 南 天 化 被 五 印 。 尋 本 則 妙 雲 如 來 。 現 迹 則 位 登 歡 喜 。 或 遊 一邪 林 而 同 塵 同 事 。 或 建 正 幢 以 宣 揚 佛 威 。 作 千 部 論 擢 邪 顯 正 。 上 遊 四 王 自 在 處 。
下 入 海 中 龍 宮 。 講 持 所 有 一 切 法 門 。 遂 則 入 南 天 鐵 塔 中 親 授 金 剛 薩 垂 灌 頂 。 誦 持 此 秘 密 最 上 漫 茶 羅 教 流 傳 人 間 。 楞 伽 經 及 摩 詞 摩 耶 經 等 釋 迦 如 來 所 懸 記 則 是 其 人 也 。 彼 楞 伽 經 説 。 我 乗 内 證 智 妄 覺 非 境 界 。 如 來 滅 世 後 誰 持 爲 我 説 。 如 來 滅 度 後 。 未 來 常 有 人 。 大 慧 汝 諦 聽 。 有 人 持 我 法 。 於 南 大 國 中 有 大 徳 比 丘 。 名 龍 樹 菩 薩 。 能 破 有 無 見 。 爲 人 説 我 乗 大 乗 無 上 法 。 證 得 歡 喜 地 。 往 生 安 樂 國 云 云 上 來 引 用 の 文 の 如 く 、 弘 法 大 師 は 那 伽 闘 頼 樹 那 龍 樹 ま た 龍 猛 と 翻 ず る も 龍 猛 の 譯 を 用 ひ ら る 、 し か し て こ の 龍 猛 菩 薩 を 以 て 眞 言 密 教 附 法 の 第 三 祖 と な す 。 即 ち 南 天 の 鐵 塔 の 中 に 入 り 、 金 剛 薩 垂 に 遇 ひ 奉 り 、 灌 頂 を 受 け 秘 密 眞 言 乗 を 誦 傳 し 、 人 間 世 界 に 傳 へ ら れ た る は 龍 猛 菩 薩 で あ る 。 上 來 所 述 の 如 く 大 師 は 龍 猛 菩 薩 を 密 教 の 開 祖 と な し 給 ひ た る は 、 恵 果 和 上 の 口 説 、 不 空 三 藏 表 制 集 、 金 剛 頂 經 義 訣 、 更 に 經 典 に そ の 本 據 を 求 め ら れ 、 楞 伽 經 の 懸 記 等 に 依 ら れ た る と 共 に 、 龍 猛 菩 薩 が 眞 言 密 教 の 根 本 觀 念 を 有 し 、 密 教 の 體 驗 者 た り し に よ る 。 即 ち 龍 猛 菩 薩 の 大 智 度 論 に 密 教 の 根 本 觀 念 た る 法 身 説 法 の 義 、 及 び 眞 諦 果 界 に 有 佛 有 衆 生 の 曼 茶 羅 の 實 義 を 釋 せ ら れ 、 ま た 龍 猛 の 作 と し て 傳 へ ら れ た る 菩 提 心 論 に 勝 義 、 行 願 、 三 摩 地 の 三 種 の 菩 提 心 を 明 さ れ 、 三 摩 地 の 菩 提 心 、 帥 ち 法 身 自 證 の 體 に 直 入 直 證 す る 即 身 成 佛 の 義 を 開 演 せ ら れ 、 ま た 同 じ く 菩 薩 の 作 と し て 傳 へ ら れ た る 釋 摩 詞 行 論 に は 眞 如 、 生 減 を 超 越 せ る 不 二 果 界 の 義 、 及 び 法 身 如 來 に は 法 身 自 證 の 覺 體 を 自 ら 證 知 す る 一 一 心 識 不 二 心 あ り 、 ま た 此 の 自 證 の 覺 體 を 開 説 す る 如 義 語 を 有 し 給 ふ 等 の 秘 義 を 明 か さ る 。 此 の 如 く 菩 薩 は 眞 言 密 教 の 根 本 義 を 開 示 し 給 ふ と 共 に 、 現 生 證 果 、 現 身 に 初 地 歡 喜 地 を 證 得 せ ら れ た る 眞 言 密 教 の 體 驗 者 た る に 依 り 、 菩 薩 を ば 眞 言 密 教 の 開 祖 と な し 給 ひ し も の で あ る 。 即 ち 大 師 の 二 教 論 、 十 住 心 論 、 秘 藏 實 鑰 、 吽 字 義 、 聲 字 義 、 開 題 等 に 如 上 所 擧 の 大 智 度 論 、 菩 提 心 論 、 釋 摩 詞 術 論 の 文 義 を 引 用 せ ら れ 以 て 眞 言 密 教 の 實 義 を 釋 成 せ ら れ 給 う た の で あ る 。 大 智 度 論 に は 密 教 教 旨 と 思 は る る も の 種 多 あ る も 、 大 師 は 法 身 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 二 九
眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 三 〇 読 法 の 義 と 、 眞 諦 有 佛 有 衆 生 の 文 義 を 引 用 せ ら れ 給 う た の で あ る 。 即 ち 顯 密 二 教 論 に 法 身 の 説 法 は 密 教 に し て 、 報 應 身 の 説 法 は 顯 教 な る こ と を 判 釋 し 、 そ の 法 身 説 法 の 義 を 釋 成 せ ん と し て 、 金 剛 頂 經 大 日 經 の 經 文 を 引 證 せ ら る る と 共 に 、 智 度 論 第 九 の 巻 の 法 身 読 法 の 文 を 引 用 せ ら れ 、 ま た 二 教 論 に は 三 論 、 法 相 、 天 台 、 華 嚴 の 顯 教 の 四 家 大 乗 の 根 本 義 を 提 示 し 、 以 て 眞 言 密 教 と 淺 深 優 劣 を 判 ぜ ら れ 、 華 嚴 の 性 海 果 分 、 天 台 の 三 諦 .圓 融 、 法 相 の 勝 義 諦 、 三 論 の 八 不 中 道 そ の 所 明 同 じ か ら ざ る も 、 其 の 究 竟 に 至 つ て は 、 法 性 眞 諦 は 寂 照 不 二 、 無 相 一 味 の 法 に し て 、 佛 な く 衆 生 な く 、 所 謂 眞 諦 は 彼 此 の 差 相 を 絶 し 、 生 佛 の 假 相 を 泯 す と な す に 至 つ て は 一 な る こ と を 釋 せ ら れ 、 次 に 眞 言 密 教 は 顯 教 に て 無 相 一 味 の 法 と 觀 る 眞 諦 果 界 に 佛 あ り 衆 生 あ り 、 こ の 眞 諦 果 界 の 生 佛 は 、 こ れ 所 謂 密 號 名 字 の 生 佛 に し て 、 等 し く 毘 盧 遮 那 法 身 の 差 別 智 印 を 任 持 す る 曼 茶 羅 の 聖 者 な る こ と を 開 演 せ ん と し て 、 智 度 論 第 三 十 八 雀 の 二 重 の 二 諦 義 の 丈 を 引 證 せ ら れ 、 初 重 の 二 諦 義 の 中 に 、 眞 諦 に 佛 な く 衆 生 な き 義 を 明 す は 顯 教 に し て 、 第 二 重 の 二 諦 の 眞 諦 に 佛 あ り 衆 生 あ る 義 を 開 示 せ る は 眞 言 密 教 な る こ と を 判 ぜ ら る 。 即 ち 俗 諦 は 人 格 的 共 同 の 生 活 體 で あ る が 如 く 、 眞 諦 は 自 心 自 覺 の 體 性 を 如 實 に 現 證 し 、 そ の 眞 實 性 を 、 如 實 に 表 現 し つ つ あ る 靈 的 共 同 の 生 活 體 で あ る 。 し か し て こ の 大 覺 體 は 一 と い へ ば 、 獨 一 不 二 の 毘 盧 遮 那 具 體 法 身 に し て 、 多 と い へ ば 無 盡 無 數 の 諸 佛 菩 薩 在 し ま し 、 三 世 常 恒 に 各 各 自 の 法 界 三 昧 を 顯 現 せ ら れ つ つ あ る の で あ る 。 三 世 常 恒 に 各 各 自 心 自 覺 の 内 證 三 昧 を 演 説 せ ら れ つ つ あ る の で あ る 。 し か し て 俗 諦 と 眞 諦 こ れ ま た 而 二 に し て 不 二 な り 、 未 だ 自 心 實 相 を 體 せ ざ る 迷 人 よ り い へ ば 二 諦 不 二 な ら ざ る も 、 自 心 實 相 、 眞 諦 の 法 性 を 現 證 せ る 果 人 よ り い へ ば 、 俗 諦 の 一 切 は 法 身 大 覺 の う ち に つ つ ま れ 、 法 身 大 覺 の 大 系 統 に 蓮 ら な れ る も の で あ る 。 し か し て 眞 言 密 教 は 一 切 衆 生 を し て 、 こ の 如 來 自 證 の 境 に 直 入 直 證 せ し め 、 如 來 の 妙 功 徳 、 自 心 の 眞 實 相 を 如 實 に 現 成 せ し む る 眞 實 道 を 明 す も の で あ る 。 し か れ ば 法 身 説 法 と 眞 諦 に 佛 あ り 衆 生 あ り と の 説 は 、 畢 竟 一 理 で あ る 。 即
ち 法 身 如 來 は 眞 諦 果 界 に 唯 一 人 ま し ま す に あ ら す し て 、 無 盡 無 數 の 妙 眷 屬 あ り 、 各 説 三 密 、 唯 佛 與 佛 、 自 受 法 樂 の 眞 諦 果 界 の 眞 實 相 が 、 そ の ま ま 俗 諦 .に 感 應 加 持 せ ら れ 、 衆 生 警 覺 の 如 來 の 説 法 と な り 、 果 界 に 引 誘 の 自 在 無 尋 の 無 盡 の 妙 業 た る の で あ る 。 さ れ ば 法 身 説 法 と 、 眞 諦 に 有 佛 有 衆 生 の 義 を 以 て 、 眞 言 密 教 の 深 意 を 盡 く せ る も の で あ る 。 大 師 は 此 の 如 く の 眞 言 の 實 義 を 開 示 せ ん と し て 、 龍 猛 の 大 智 度 論 を 引 用 せ ら れ た る も の で あ る 。 ま た 大 師 は 龍 猛 の 作 と し て 傳 へ ら れ た る 菩 提 心 論 、 釋 摩 詞 術 論 を 密 教 の 眞 實 義 を 釋 せ る 密 藏 肝 心 の 論 藏 と な し 、 こ の 二 論 を 大 師 の 著 書 の う ち に 引 用 せ ら れ 給 う た の で あ る 。 即 ち 菩 提 心 論 に 勝 義 、 行 .願 、 三 摩 地 の 三 種 の 菩 提 心 を 説 か れ た る が 、 そ の 勝 義 行 願 と は 空 と 有 、 眞 如 と 萬 法 、 實 相 と 因 果 、 無 我 と 慈 悲 、 止 と 觀 と の 大 乗 佛 教 の 二 大 精 神 に し て 、 こ の 空 有 止 觀 の 妙 道 を 全 う し て 、 無 上 大 覺 を 成 就 す る に 至 る の で あ る 。 そ の 無 上 大 覺 の 體 が 三 摩 地 の 菩 提 心 で あ る 。 即 ち 普 通 佛 教 は 空 有 、 止 觀 の 妙 道 を 修 し 、 三 大 無 數 却 を 經 て 無 上 大 菩 提 を 成 ず る 道 を 説 く も の な る も 、 眞 言 密 教 は 入 佛 道 の 最 初 よ り 勝 義 行 願 、 空 有 眞 如 生 滅 の 相 對 界 を 超 越 し 、 直 に 如 來 果 地 の 三 摩 地 の 境 に 直 入 直 證 す る 教 で あ る 〇 し か し て 現 生 に 佛 徳 を 成 ず る 即 身 成 佛 の 道 は 、 た ゞ 如 來 耳 摩 地 の 法 門 に 依 つ て の み 成 ぜ ら る る こ と を 開 示 せ ん と し て 、 菩 提 心 論 を 引 用 せ ら れ 給 う た の で あ る 。 菩 提 心 論 に 三 種 の 菩 提 心 を 説 か れ た る が 如 く 、 釋 摩 詞 術 論 に は 眞 如 、 生 滅 、 不 二 の 三 門 を 開 説 せ ら る 。 し か し て 眞 如 生 滅 は な ほ こ れ 顯 教 の 因 界 の 法 門 で あ る 。 即 ち 生 滅 の 差 相 を 遮 し て 、 無 相 一 如 の 眞 如 の 理 に 皈 す る こ と を 明 す も の な る も 、 密 教 は 直 に 不 二 果 分 に 住 す る こ と を 顯 示 せ ん と し て こ の 論 を 密 藏 肝 心 の 論 藏 と な し 給 う た の で あ る 。 な ほ こ の 眞 諦 果 界 、 即 ち 法 身 大 覺 の 體 は 、 普 通 佛 教 に て は 言 説 を 絶 し 、 心 慮 を 絶 し た る 無 相 の 法 な り と な す ゆ ゑ 、 法 身 の 説 法 を 開 説 せ ざ る も 、 密 教 に て は 法 身 を ば 、 か く の 如 く 言 斷 心 滅 無 相 の 理 な り と 觀 す る は 、 こ れ 因 人 よ り 觀 た る 法 身 觀 な り 、 法 身 自 體 よ り い へ ば 、 法 身 に は 自 ら の 覺 體 を 理 解 し 、 自 證 す る 心 智 あ り 、 眞 言 密 教 の 起 原 傳 來 三 一