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密教文化 Vol. 1997 No. 197 003吉崎 一美「Gurumandala-puja とその造形 PL1-L22」

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(1)

密 教 文 化

Gurumandala-pUjaと

そ の 造 形

ネ ワ ー ル 仏 教 に お け るKala6a-pUla(K. pOla)の 実 修 は 、 儀 礼 を 主 宰 す るpurohitと し て のVajracaryaに の み 許 さ れ た 特 権 で あ る。 そ れ に 対 してGurumapdala-puja(G. puja)は 、 多 く の 場 合 、Vajracaryaの 指

導 の下 にで は あ るが 、 それ 以 外 の仏 教 徒(Sakyaや

在 家 信 者 た ち)も

主(yajman.

jalman)と

して これ を 実 修 す る こ とが で き る(そ

の 時 、両 者

の関 係 は、

理 念 上 で の 師 と弟 子 とな る)。 それ で 実 際 の 儀 礼 で は、purohit

と して のVajracaryaが

行 うG. Pujaと 、 施 主 が 行 うG. Pujaと が 見 ら れ

るの で あ り、 したが って グ ル ・マ ンダ ラ もVajracaryaの

作 る マ ン ダ ラ と、

施主 が 作 る マ ンダ ラの 二 種 が 観 察 で き る こ と に な る。

島1991: 226-228〕は 、 「この(グ ル ・マ ン ダ ラ)供 養(プ

ー ジ ャ ー)

は、 目的 とす る儀 礼 が っ っ が な く完 了 して 祈 願 が 達 成 され る こ とを念 じて

行 な わ れ る もの で、 どん な 儀 礼 を 行 な う場 合 で も まず 最 初 に必 ず 行 な わ れ

る とい う点 と、 この供 養 の 中 に ネ ワ ール 仏教 の 諸 儀 礼 の基 本 的 な パ ター ン

が ほぼ す べ て含 ま れ て い る と い う点 で 、 も っ と も基 本 的 な儀礼 なの で ある」

と して、 「そ の供 養 の プ ロ セ ス は大 き く次 の四 つ に分 か れ る。 第 一 は、 祭

具 ・供 物 ・供 養者(仏 教 司 祭)の 心 身 を聖 水 な ど で 浄 化 し、 供 養 の場 所

(グ ル マ ンダ ラ)を 塗 香 や 花 な どで 荘 厳 す る プ ロセ ス で あ る。第二 は諸 仏 ・

諸 菩 薩 を供 養 す る プ ロセ ズで あ る。 まず、 観 想 に よ って グ ル マ ンダ ラ上 に

須 弥 山 を 中心 とす る世 界 を 創 出 し、 そ こ に招 い た諸 仏 ・諸 菩 薩 に花 ・米 ・

食 物 な ど の さま ざ ま な供 物 を捧 げ て供 養 し、 金 剛杵 を 持 ち鈴 を打 ち鳴 ら し

なが ら金 剛 薩 」垂

を讃 え、 の ち に、 合 掌 して諸 仏 ・諸 菩 薩 ・三 宝(仏

・法 ・

僧)に 帰 依 し、 自 己 の罪 を俄 悔 して、 八 斎 戒(殺

さな い、 盗 ま な い、 セ ッ

クス しな い、 嘘 を っ か な い、 酒 を飲 ま な い、 高 座 に坐 った り良 い寝 床 で寝

(2)

-106-(2)

た り し な い 、 身 を 飾 っ た り演 劇 等 を 楽 しん だ り し な い 、 正 午 を 過 ぎ た ら食 事 を と ら な い)を 守 る こ と を 誓 う の で あ る 。 第 三 は 諸 天(神 々)を 供 養 す る プ ロ セ ス で あ る 。 ま ず 観 想 に よ っ て 帝 釈 天 か ら夜 叉 ・阿 修 羅 に い た る諸 天 を グ ル マ ン ダ ラ 上 へ 勧 請 し、 次 に そ れ ら の 諸 天 を 印(ム ド ラ ー)が 象 徴 す る 琵 琶 ・笛 ・鼓 ・歌 ・舞 な ど の 十 六 の 女 神 に よ っ て 供 養 し、 さ ら に 花 ・ 米 ・食 物 ・酒 な ど の さ ま ざ ま な 供 物 を 次 々 と 捧 げ て い く の で あ る。 第 四 は 儀 礼 終 了 の プ ロ セ ス で あ る。 す な わ ち 、 金 剛 薩 唾 を 讃 え た の ち 、 儀 礼 中 の 過 失 を 繊 悔 し て 許 し を 乞 い 、 最 後 に 、 諸 仏 ・諸 菩 薩 ・諸 天 が グ ル マ ン ダ ラ よ り 退 場 す る こ と を 観 想 し て 終 わ る の で あ る」と 解 説 す る(同 論PP.230 ∼233に 、 さ ら に 詳 細 な紹 介 が あ る)。 こ の 解 説 は 、 実 際 に 儀 礼 を 行 うValracaryaた ち め 説 明 と ほ ぼ 一 致 す る。 と は い え 、 い くっ か の 補 足 説 明 も必 要 で あ る 。 (1)〔Gellner 1991:162〕が 、 「同 一 の 僧 侶 で も、 こ の 儀 礼 を 精 密 に 行 う こ と も あ れ ば 、 よ り 簡 略 化 して 行 う こ と も あ る 。 そ れ は そ の 時 の 時 間 の 制 約 に よ る の で あ る。 ま た ラ リ タ プ ル(パ タ ン)で も、 儀 礼 の 伝 統 に は(Va-jracaryaご と に)い く っ か の 点 で わ ず か な 相 違 が あ る 」と指 摘 す る よ う に 、 す べ て の 他 の 儀 礼 と 同 様 に 、 こ のG.pujaの 実 際 の あ り よ う も、 地 域 差 や 個 人 差 等 の 諸 要 因 か ら、 決 し て 一 様 で は な い 。 (2)G.pojaテ キ ス トに は 、 大 別 し て カ ト マ ン ズ 系 と パ タ ン(ラ リ タ プ ル)系 の 二 系 統 が あ り、 さ ら に 両 者 に も テ キ ス ト ご と に 細 部 の 異 同 が あ っ て 、 統 一 さ れ た テ キ ス トと い う も の は 存 在 し な い 。 そ れ 故 に 考 察 に あ た っ て は 、 常 に 個 々 の テ キ ス トを 念 頭 に 置 く必 要 が あ り、 ま た 立 論 に 際 し て は (1) 必 ず 複 数 の テ キ ス トを 検 証 しな け れ ば な ら な い 。 そ し て そ れ ら は い ず れ も が 、Vajracaryaに よ る 実 修 の た め の テ キ ス トで あ っ て 、 施 主 の た め の テ キ ス トは 皆 無 で あ る こ と も 忘 れ て は な ら な い 。 (3)こ こ で 解 説 さ れ た グ ル ・マ ン ダ ラ も、Vajracaryaが 作 り 出 し た マ ン ダ ラ へ の 説 明 で あ っ て 、 施 主 が 作 っ た そ れ へ の も の で は な い(後 述 す る よ う に、 両 者 に は 決 定 的 な 違 い が あ る)。 Gurumandala-pujaとその造形

(3)

-105-密 教 文 化 (4)Vajracaryaが 実 修 す るG. pujaは 、 ほ と ん ど の 場 合 、 そ れ に 連 動 し てK.pujaが 行 わ れ る(そ の 時 、 G. pujaの 第 四 の<儀 礼 終 了 の プ ロ セ ス 〉 は 、K. pujaの 終 了 後 に 移 動 す る こ と に な る)の で 、 両p両aは 、 ひ と っ の 有 機 的 な 体 系 と し て 分 析 さ れ な け れ ば な ら な い 。 こ の 視 点 は ま さ に 不 可 欠 で あ り、K. pujaと の 関 連 を 問 う こ と な く、G. pujaの み を 単 独 で 考 察 す る な ら ば 、Vajracaryaの 儀 礼 体 系 を 総 合 的 に 傭 畷 す る こ と は で き な い だ ろ う。 す で に 指 摘 し た(〔 吉 崎1991:338〕)よ う に 、 「こ の(G.pUjaか らK. pujaへ の)一 連 の 儀 礼 で は、(Vajracaryaは)G. pujaに よ っ て 須 弥 山 世 界 を 構 築 し、 そ の 須 弥 山 世 界 に グ ル=金 剛 薩 垣 を 配 置 し、 あ わ せ て そ の 世 界 で の 行 者(と 施 主)の 位 置 と 日時 な ど を 表 白 文 の 読 講 に よ っ て 確 定 す る。 続 くK.pujaで は 、 須 弥 山 よ り 遥 か 上 方 に 色 究 寛 天 を 設 定 し 、 そ こ に 置 か れ た カ ラ シ ャ(壺)の 中 に 儀 礼 の 本 尊 と な る 仏 神 を 招 く の で あ る」。 そ こ で 以 上 の 視 点 か ら整 理 す れ ば 、G.pujaの 目 的 は、 儀 礼 的 に 、<(1)須 弥 山 を 中 心 と す る器 世 間 を 建 立 す る こ と 、(2)実 修 者 は 、 表 白 文 に 示 さ れ た 位 置 か ら 時 空 を 超 え て 須 弥 山 頂 に 登 り(ま た は 昇 り)、 そ の 須 弥 山 世 界 の 支 配 者 に 変 身 す る こ と 、(3)そ の 支 配 者 と な っ て 、 全 世 界 を グ ル と 三 宝 に 奉 献 す る こ と>で あ る 。 っ ま り、K. pujaは 仏 神 を 色 究 寛 天 に ま で 降 下 さ せ る こ と 、 そ れ に 対 してG.Pujaは 、 そ の 実 修 者 を 須 弥 山 頂 へ 上 昇 さ せ る こ と を ま ず 最 初 に 意 図 し て い る の で あ る 。 (1)<須 弥 山 世 界(器 世 間)の 建 立>は 、 パ タ ン系 テ キ ス ト の 〔Ratna bahadur NS.1095:12-15〕で は 、 次 の 一 節 で 示 さ れる-そ れ か ら マ ン (2) ダ ラ(グ ル ・マ ン ダ ラ、 実 際 に は 実 修 者 の 前 に 白 い 粉 で 描 か れ た サ ー ク ル) に21片 の 花 び ら を 飾 っ て い く。

(1)orp hah madhyamerave namah(hahの 種 子 よ り生 じ た 須 弥 山 の 中 央 部 に).

(2)orp harp adhomerave namah(harpの 種 子 よ り生 じ た 須 弥 山 の 下 方 部 に, 以 下 同 じ).

(4)

-104-(4)

(3) om hum urdhvamerave namah(須 弥 山 の 上 方 部 に).

(4) om yarn purvavidehaya namah(東 勝 身 洲).

(5) om ram jambudvipaya namah(〔 南 〕閻 浮 洲).

(6) om lam ava(pa)ragodaniyaya namah(〔 西 〕牛 貨 洲).

(7) om vam uttarakurave namah(北 倶 盧 洲).

(8) om yam upadvipaya namah(〔 東 南 〕小 州).

(9) om ram upadvipaya namah(〔 南 西 〕小 州).

(10) om lam upadvipaya namah(〔 西 北 〕小 州).

(11) om vam upadvipaya namah(〔 北 東〕小州).

(12) om yam gajaratnaya namah(象 宝, 東).

(13) om ram purusaratnaya namah(男 宝, 南).

(14) om lam asvaratnaya namah(馬 宝, 西).

(15) om vam striratnaya namah(婦 宝, 北).

(16) om yam khadgaratnaya namah(剣 宝, 東 南).

(17) om ram cakraratnaya namah(輪 宝, 南 西).

(18) om lam maniratnaya namah(摩 尼 宝, 西 北).

(19) om vam sarvanidhanebhyo namah(一 切 諸 宝 瓶, 北 東).

(20) om am candraya namah(月, 左).

(21) om amh suryyaya namah(太陽, 右).

テ キ ス トは続 い て<6ri VajraSatVagUraVe

namah>と

して 金 剛 薩 垣

へ の 敬 礼 を 指 示 し、 五 種 供 養pancopacara-pujaへ

と移 行 す る。 ま た 以 上

に先 立 って 、 「

最 初 に(omの)マ

ン トラで 加 持 した 地 の 中 央 に、yam字

よ り生 じた風 輪 を、 そ の上 にram字

よ り生 じた火 輪 を 、 そ の上 にvam字

よ り生 じた 水 輪 を 、 そ の上 にlam字

よ り生 じた地 輪 を 、 そ の 上 にsum字

よ り生 じた須 弥 山 マ ン ダ ラを 、 そ の 上 に宝 石 の獅 子 座 を、 そ の上 に蓮 華 が

あ り、 そ の蓮 華 の上 の 月 輪 にお られ る金 剛 薩 垣 尊 」を 思 念 す る(そ の像 容

に関 す る記 述 は こ こで は省 略 す る)と あ り、 この 尊 は色 究 寛 天 に住 す る と

して い る。 こ う して こ こで金 剛 薩垣 を 中 心 とす る器 世 間 の建 立 が行 わ れ た

Gurumandala-pujaとその造形

(5)

-103-密 教 文 化 の で あ る。 こ の 部 分 に っ い て カ トマ ン ズ 系 テ キ ス ト.の 〔Amoghavajra NS. 1101: 5〕に は 、

mandale ekavimsativaram puspapatanam kuryat madhya,

tpurvadi-kramena.

(1)

om hah mahamadhyamerave

namah.

(2)

om hrim madhyamerave namah.

(3)

om sum suksmamadhyamerave

namah.

(6)

(6)

(4)

om yam purvavidehaya namah.

(5) om ram jambudvipaya namah.

(6) om lam aparagodavariye namah.

(7) om bam (vam) uttarakurave namah.

(8) om ya upadvipaya namah.

(9) om ra upadvipaya namah.

(10) om la upadvipaya

namah.

(11) om

va upadvipaya namah.

(12) om

yah gajaratnaya namah.

(13) om rah

asvaratnaya namah.

(14) om

lah purusaratnaya namah.

(15) om

vah striratnaya namah.

(16) om

ya khadgaratnaya namah.

(17) om

ra cakraratnaya namah.

(18) om

la maniratnaya namah.

(19) om

va sarvanidhanebhyo namah.

(20) om

cam candraya namah.

(21) om

sum suryyaya namah.

(22) om

ah hum sri vajrasatvagurave namah.

と あ る(図1<カ トマ ン ズ 系 の グ ル ・ マ ン ダ ラ, by Sarva Ji. Ratna= Sarvajna ratna Vajracarya>は 、 大 学 工 学 部 キ ャ ン パ ス 同 人 雑 誌 の 表 紙 絵 で あ る の で 、 日 月 に コ ンパ ス 等 の デ ザ イ ン が あ る。 周 囲 に は 八 吉 祥 asta-mahgalaが 描 か れ て い る)。 こ の テ キ ス トで は 、(22)と し て 金 剛 薩 垣 (3)

に対 して も花 を供 え る こ とが 明示 され るが 、 それ に先 立 って の 四輪 か ら金

剛薩 唾 の 思 念 に至 る ま で の記 述 が な い。<器

世 間 の 建 立>と

い う点 で は、

四輪 か ら色 究 寛 天 ま で を網 羅 す る パ タ ン系 テ キ ス トは カ トマ ンズ系 テ キ ス

トよ り も は るか に詳 細 で あ る と い え よ う。

(2)金 剛薩 唾 は グ ル ・マ ンダ ラの 当 の グル と して 須 弥 山 と色 究 寛 天 の 間

G u r u m a n d a la -p u ja と そ の 造 形

(7)

-101-密 教 文 化 を 結 ぶ と と も に、 ま たVajracaryaた ち の 伝 説 上 の 始 祖 で も あ る。 そ れ で G.Pujaを 実 修 す るVajracaryaは 、 儀 礼 の 中 で 須 弥 山 頂 に 昇 っ て 金 剛 薩 唾 と な り、 須 弥 山 世 界 の 支 配 者 と な る(〔 吉 崎1994b〕)。 そ れ に対 してVaj-racarya以 外 の 者 がG. pujaを 実 修 す れ ば 、 そ の 者 は 須 弥 山 頂 に お い て イ ン ド ラ神 に 変 身 す る こ と に な る。 こ れ はG.puja冒 頭 の 表 白 文 読 講 に 続 く<華 橦 王 如 来Pu卵aketuraja tathagataの ダ ラ ニ 〉(orp namo

bhaga-vate puspaketu raj aya tathagatayarhate

samyaksambuddhaya,

tadyat-ha, om puspe puspe mahapuspe

supuspe puspodbhave

puspasambhave

puspavakirane svaha, 〔Ratna bahadur NS.1095: 1〕.,「 オ ー ン、 世 尊 華 橦 王 、 如 来 応 具 正 等 覚 者 に こ の と お り帰 命 す。 オ ー ン、 花 よ 々 々 、 大 花 よ 、 良 花 よ。 花 よ り生 じ、 花 と して 生 じ、 花 で 満 た さ れ た(器 よ)、 め で た

(4)

し。」,〔

氏 家1974: 83〕)に 暗 示 され る。 カ トマ ンズ盆 地 に お け る仏 塔 崇 拝

(5)

の 有 力 な 典 拠 の ひ と っ で あ るSrhga Bherl Avadanaで は 、毘 婆 Vipasvi 仏 が 華 橦Puspaketu王 子 に 対 し て 、 も し人 が 、 仏 塔caityaに 向 っ て 浄 い 心 で 三 宝 に 帰 依 す る な ら ば 、 そ の 者 は 無 上 の 悟 り を 得 る か 、 あ る い は 来 世 に は 天 に 再 生 して 、 イ ン ド ラ の 称 号 を 得 る で あ ろ う と説 い て い る(〔Lewis 1994: 21〕)。 こ の よ う に<Puspaketu>の 名 は 、 G. pujaに お い て も 、 仏 塔 崇 拝 を 通 じて 、 そ の 実 修 者 が イ ン ドラ に 変 身 す る プ ロ セ ス を 保 証 して い る の で あ る。 Svayarpbhu Puranaに も、 ス バ ヤ ン ブ ー の 法 界 を さ ま ざ ま に 供 養 す れ ば 、 そ の 者 は イ ン ド ラ神 の ご と き 者 と な る と あ る(〔 氏 家1976: 25-26〕)。 〔杉 本1984: 482〕に も、 仏 塔 の 右 湛 に よ っ て 、 そ の 者 が 「閻 浮 洲 の 主 」、 「転 輪 聖 王 」、そ して 「神 々 の 主 、 メ ー ル 山 頂 の 主 で あ る シ ャ ク ラ」と な る と あ る。AdikarmapradipaはG. Pujaテ キ ス トの 典 拠 の ひ と っ と し て 知 られ る(〔Amoghavalra NS.1101: kha〕)が 、 〔高 橋1992: 566〕及 び 〔高 橋 1993: 140〕で は 、 造 塔 に あ た っ てPuspaketuの ダ ラ ニ が 読 諦 さ れ る。 即 ち 、<orp namo bhagavate puspaketurajaya tathagatayarhate samya-ksambuddhaya tadyatha om puspe 2 mahapuspe supuspe

(8)

puspod-(8)

bhave puspasarpbhave puspavikrante puspavakirne svaha ll, 「オ ー ン 世 尊 ・花 橦 王 ・如 来 ・阿 羅 漢 ・正 等 覚 に 帰 命 す す な わ ち オ ー ン 花 よ 花 よ 偉 大 な 花 よ 妙 な る 花 よ 花 よ り生 じ た も の よ 花 よ り 出 現

し た も の よ 花 の 勢 い あ る も の よ 花 の 盛 ん な る も の よ ス ヴ ァ ー ハ-」> で あ る。 こ こ に 説 か れ る造 塔 は、 ネ ワ ー ル 仏 教 に お い て は 十 万 仏 塔 製 菜 儀 礼1aksa-caitya-vrataと 呼 ば れ る(cf.〔Lewis 1993: 333-334〕)。Amrta-nandaはBuddhacaritaの 最 終4章 を 書 き加 え る に あ た り, 釈 尊 が 女 性 信

者 ら に 対 し て 、Ahoratra, Vasumdharaの 諸 儀 礼vrataと と も にLaksa-c aityaとSrhgabherlのvrataを 行 わ せ た と して い る(〔Lewis 1994: 11〕, 〔外 薗1982: 178〕)。 こ れ ら は い ず れ も 仏 塔 信 仰 とPuaketuの 関 係 を 明 ら か に して い る が 、 そ れ らが 指 し示 す 先 に は イ ン ド ラ が い る の で あ る。 な お 〔Gellner 1992: 219〕は 、 「誰 で あ れ 、 そ の 年 に 任 意 のPa五cadanを 行 っ た 者 は 、 赤 い 仮 面 を っ け て ダ ギ ン(ダ ー キ ニ ー)と して 市 内 を ま わ り歩 く 権 利 を 持 っ。 そ の 時 に 人 々 は 、 彼 が 天 に 達 し、<イ ン ド ラ に な っ た>と い う」と 報 告 して い る。 こ れ は 、G.pujaに お け る<須 弥 山 世 界 の 奉 献>に 匹 敵 す る ほ ど の 布 施 を した 者 に 対 す る ロ ー カ ル な 解 釈 の 一例 と い え よ う。 (3)<須 弥 山 世 界 の 奉 献>は 、 〔Ratna bahadur NS.1095: 15-16〕 で は、<須 弥 山 世 界 の 建 立>と そ の 直 後 の 五 種 供 養pa負copacara-pujaに 続 い て 、<ratna maala carhe yaye II orp caturatnamayarp

merumasta-srmgo pasobhitam

saptaratnasamakirnam

dade'nuttaradayine

I

guru-bhyo buddhadharmebhyah

samghebhyasca

tathaivaca

niryatayami

bhavena sampurnaratnamandalam

II (pyamgu ratnaya

maya

juyacva-mgu thva sumeru cyagu cvaka daya sobha lanacvajuyacva-mgu

saptaratna

sa-myukta juyacvamgu thva sampUrna ratna mandala anuttara

padavipi

m buddha dharma

samghapinta

bhavabhakti

taya Jim carhe yaye

D>(「

四 宝 よ り成 る この須 弥 山 に は八 っ の 峰 が あ って 美 し く、 ま た七 っ

の 宝 を 備 え て い る。 この す べ て の 宝 マ ンダ ラを、無上 の称 号 を持 つ仏 ・法 ・

僧 に、 心 か らの信 仰 を こあ て私 は捧 げ る」: ネ ワー ル語 訳 に よ る)と い う。

Gurmandala-pujaも口ずとその造形

(9)

-99-密

〔Amoghavajra NS. 1101: 6〕に は 、<omp caturatnamayam

merumasta-dvipopasobhitam

I nanaratnasamakirnam

tadye' nuttaradayinah

II

gu-rubhyah buddhadharmebhyah

sanghebhyasca

tathaivaca

I niryatayami

bhavena sampurna ratnamandalam II>と あ り、 そ れ に 対 す る 〔氏 家 1974: 81〕 のの訳 は 、 「オ ー ン、 四 宝 で 成 り、 種 々 の 財 宝 に よ っ て 満 た さ れ 、 8小 州 で 荘 厳 さ れ た 最 高 の 贈 り物 た る こ の 須 弥 山 の 宝 マ ン ダ ラの す べ て を 、 私 は 信 を も っ て 諸 々 の 師 と諸 々 の 仏 と法 と、 諸 々 の 僧 伽 と に 、 こ の と お り 捧 げ る。(取 意)」で あ る。 〔Asakaji NS.1109: 32〕に は 、 「グ ル な る 金 剛 薩 唾 と 三 宝(仏 法 僧)に 対 し て 、 バ ク テ ィ の 形 で 、 こ の 宝 マ ン ダ ラ の す べ て を 奉 献 す る」と して 、 奉 献 の 対 象 に 金 剛 薩 唾 を 明 示 し て い る。 しか し な が ら施 主 た ち は 、 奉 献 の 対 象 に は 、 こ れ か らK.pujaに よ っ て 呼 び 招 く こ と に な るK.pujaの 本 尊 も含 ま れ る か の よ う に 理 解 し て お り、Vajra-caryaた ち も そ れ を あ え て 否 定 し よ う と は し な い。Vajracaryaに と っ て 、 そ の 対 象 が 金 剛 薩 唾 で あ れ 、K. pujaの 本 尊 で あ れ 、 そ れ は 大 き な 問 題 で 図2 チ ベ ッ トの 須 弥 山 奉 献 マ ンダ ラ

(10)

(10)

は な い。 な ぜ な ら 彼 ら に は す で に 金 剛 薩 唾 に 変 身 す る プ ロ セ ス が 開 か れ て お り、 さ ら にG.pujaか らK. pojaへ の 一 連 の 儀 礼 が 「儀 礼 化 し た サ ー ダ ナ 」と 規 定 さ れ る こ と か ら知 ら れ る よ う に 、 彼 ら は最 終 的 に は こ の 一 連 の 儀 礼 に よ っ てK.pujaの 本 尊 と合 ーす る か ら で あ る。 こ う し たG.pujaの3っ の 意 図 は ・ チ ベ ッ ト仏 教 儀 礼 の 中 に も 見 て 取 れ る。 〔Waddell 1972: 296, 397-398〕は 、<Magic-Offering of the Uni-verse: The Rice-Mandala>の 造 形 を 挙 げ 、 そ の 米 を 諸 仏 菩 薩 ら に 対 し て 全 世 界 を 捧 げ る た め の<adole of rice as mount Meru>と 紹 介 して い る。

〔Schubert 1954〕も そ れ を<das Reis-Mandala>と す る が 、 〔Lessing 1956: 59〕は<the Thanksgiving offering, gtah rag mandala>の 名 称

を 用 い て い る。 わ が 国 で は 、<供 物 マ ン ダ ラmchod pa垣map4ala> (〔吉 沢1996: 16-17〕), <須 弥 山 マ ン ダ ラ>(〔 北 村1996: 78〕), <円 輪 壇 (メ ン ダ ルmandala)>(〔 北 村1982: 259〕)な ど と 訳 さ れ る。 名 称 に 異 同 は あ れ(こ こ で は 須 弥 山 奉 献 の マ ン ダ ラ=図2と 呼 ん で お く)、 い ず れ も そ れ ら は 仏 ら に 奉 献 さ れ た 須 弥 山 世 界 を 模 し て い る。 そ し て ネ ワ ー ル 仏 教 と チ ベ ッ ト仏 教 の 間 に は 、 こ の 造 形 を め ぐ っ て い くつ か の 相 違 が あ る。 (1)G.pujaに 表 現 さ れ た 須 弥 山 世 界 は、 上 記 の 如 く21の 構 成 要 素 か ら 成 る が 、 チ ベ ッ ト仏 教 の 須 弥 山 世 界 は37の 構 成 要 素 を 示 す。 即 ち 、<(1)須 弥 山 、(2)東 勝 身 洲 、(3)南 購 部 洲 、(4)西 牛 貨 洲 、(5)北 倶 盧 洲 、(6)身 洲 、(7)勝 身 州 、(8)払 州 、(9)妙 払 州 、(10)諸州 、(11)勝道 行 州 、(12)倶盧 州 、(13)倶盧 月 州 、 (14)衆宝 山 、(15)如意 樹 、(16)満欲 牛 、(17)自然 稲 、(18)輪宝 、(19)珠宝 、(20)妃宝 、(21) 臣 宝 、(22)象宝 、(23)馬宝 、(24)将軍 宝 、(25)宝蔵 瓶 、(26)嬉女 、(27)婁女 、(28)歌女 、 (29)舞女 、(30)華女 、(31)香女 、(32)燈女 、(33)塗女 、(34)日、(35)月、(36)衆宝 傘 、(37)尊 勝 憧>で あ る(漢 訳 は 〔Wayman 1973: 102〕に よ る。 図3Das

Reis-Mandalaは 〔Schubert 1954: 589〕)に よ る)。(2)∼(5)は 四 大 洲 、(6)∼(13) は そ の 八 小 州 、(14)∼(17)は世 間 の 四 宝 、(18)∼(20)は転 輪 聖 王 の 七 宝 、(26)∼(33)は 八 供 養 女 神 で あ る。 〔Schubert 1954: 590〕 は こ れ に(38))<神 の 中 の 神 、 常 に 唯 一 な る 者 、 須 弥 山 頂 に 住 す る>(〔Waddell 1972: 399-400〕 に よ れ ば 、 Gurmandala-pujaとその造形

(11)

-曾7-密

<the gods, the most accomplished and wealthy of the

beings=Nam-par Gyal-wa-i Khang zang?>)を(1)須 弥 山 と と も に マ ン ダ ラ の 中 央 に 配 (6) す る。 構 成 要 素 が21か ら37(ま た は22か ら38)へ 増 加 し 、 須 弥 山 世 界 が よ り詳 細 に 語 ら れ る よ う に な っ た と は い え 、 こ こ で は 、 パ タ ン系 テ キ ス トに 説 か れ た 四 輪 か ら 色 究 寛 天 へ の 広 が り は 見 られ な い。 (2)Schubertの い うく 須 弥 山 頂 の 唯 一 神>は 、 ネ ワ ー ル 仏 教 の 立 場 か ら は 金 剛 薩 垣 に 他 な ら な い。 し か し チ ベ ッ ト仏 教 は、 この 点 に つ い て グ ル ・ マ ン ダ ラ ほ ど に は 明 快 な 言 及 を し て い な い。 む し ろ チ ベ ッ ト仏 教 で は 、 〔Waddell 1972: 397〕は 、 こ の 儀 礼 が 仏 教 に 対 し て 三 度 に わ た っ て 自 ら の 領 土 を 奉 献 し た ア シ ョ ー カ 王 の 故 事 を ま ね た も の で あ り 、 「こ の 奉 献 が 儀 礼 的 に 行 わ れ る と は い え 、 ラ マ 教 の 理 念 で は、 そ れ は こ の 儀 礼 の も と に な っ て い る と 思 わ れ る ア シ ョ ー カ 王 に よ る奉 献 と 同 じ ほ ど の 効 果 が あ る 」 と し て お り 、 ま た 〔Lessing 1956: 59〕は 、 「伝 承 に よ れ ば 、 こ のThanks-図3 Das Reis-Mandala

(12)

(12)

giving Mandalaは

、 最 初 は仏 陀釈 尊 が誕 生 した 直 後 に 、 梵 天 と と も に そ

の奇 跡 を 目撃 した イ ン ドラ神 に よ って仏 陀 釈 尊 へ捧 げ られ た もの で あ る。

そ れ で こ の 儀 礼 は 常 に 仏 陀 の 沐 浴 儀 礼 と 一対 と さ れ る」と 指 摘 す る。

〔Wayman

1973: 99〕に よ れ ば 、 「Buddhaguhyaは

、 イ ン ドラ と は儀 礼 の

施 主yajamanaで

あ る と述 べ て い る」 と い う か ら、 こ の 儀 礼 を イ ン ドラ

(あ るい は ア シ ョー カ王)に 仮 託 す る とい う こ と は、 取 り も直 さ ず 、 施 主

(こ こで はVajracarya以

外 の仏 教 徒 た ち)の 立 場 を 強 調 して い る と理 解

で き るの で あ る。

(3)チ ベ ッ ト仏 教 に は、 上 述 の如 き<須 弥 山 奉 献 の マ ンダ ラ>等 の 奉 献

の た め の具 体 的 な 造 形 が あ るが、 ネ ワー ル仏 教 に はそ れ に対 応 す る造 形 が

(7)

な い。 これ は チ ベ ッ ト仏 教 が この儀 礼 に よ って須 弥 山 世 界 を仏 らに 奉 献 す

図4 gaju Gurumandala-pujaとその造形

(13)

-95-密 教 文 化

る こ と を主 な 目的 と して、 そ の た め の儀 礼 用 具 と な る造 形 を必 要 と した か

らで あ ろ う。 ネ ワ ー ル仏 教 は そ れ に対 して、<器 世 間 の建 立 と、 そ れ に続

くK.pujaに

よ る色 究 寛 天 の設 定>と

い う、 Vajracaryaの

精 神 世 界 で の

活 動 を 重 視 した の で、 こ う した微 妙 な差 異 が 生 じた と い え る。そ の意 味 で、

グル ・マ ンダ ラ の21構 成 要 素 が チ ベ ッ ト仏 教 で37に 増 加 す る の は、<金 剛

薩唾 と色 究 寛 天>に 比 重 をか け る ネ ワ ー ル仏 教 と、<イ

ン ドラ と須 弥 山>

に重 心 を 持 っ チ ベ ッ ト仏 教 と の対 比 か ら理 解 す べ き もの と い え よ う。

さてK. pojaの 造 形 理 念 を も踏 ま え たG. pojaの

造 形 表 現 と して 第 一

に考 察 す べ き もの は、 ネ ワ ー ル仏 教 寺 院 の屋 根 に設 置 さ れ たgaju(図4

gaju, 〔Chandra 1984: 57〕に よ る)で あ る。 gaju(gajurと

も い う)に

は<色 究 寛 天 と須 弥 山>が 同 時 に シ ンボ ラ イ ズ され て お り、両 者 の対 比 は、

こ こで は、 ひ とっ の造 形 に対 す る異 な る視点 か らの解 釈 に よ る もの とな る。

即 ち、 〔Hemaral NS.1089:

31-32〕に は、 「サ ー ダ ナ に よ って 仏 神 を 招 く

時 に は、 初 め に須 弥 山 を想 像 し、 そ の 山頂 にあ る楼 閣 の 宮 殿 に座 席 を 設 け

る。 そ して仏 神 の 出現 す る場 所 とな る如 意 宝 珠 の形 を した 黄 金 のkalasa

(瓶 、 壺)を 礼 拝 す る。 こ う した阿 閣 梨 の教 説 に対 応 す る造 形 と してgaju

が具 像 化 され た。 そ の細 部 の シ ン ボ リズ ムを 考 察 す る と 、 須 弥 山 はgaju

本 体 の紡 錘 形 で あ り、 鐘 の形 は宮 殿 に仏神 を招 くた め に 阿 閣 梨 が振 り鳴 ら

す鈴 で あ る」(cf.〔 吉 崎1991: 334-335〕)と

い う。 こ こ でgajuは

、 一 方

でK.pujaに

よ って 設 定 され た 色 究 寛 天 を造 形 化 したkalasaの

バ リエ

ー シ ョ ンの一 例 を示 しっ っ、 また一方 で はその紡錘形 か ら須弥 山その もの

を も表 現 して い る こ と にな る。K.Pujaで

のkalasaに

つ い て も、 〔Locke

1980: 96〕は 、 「Pujaを 行 うエ リア が掃 き清 め られ、 牛 糞 で さ らに浄 め ら

れ た後 、 白 い砂 で描 か れ た八 弁 蓮 華 の上 にkalasaが

置 か れ る。 こ れ が 基

本 的 な須 弥 山 マ ン ダ ラの形 で あ る と され、 蓮 華 の八 弁 は 四 大 洲 と 四小 州 を

表 現 す る と さ れ る。 礼 拝 され る神 は、 こ う して世 界 の 中心 に置 か れ る」と

い う。 こ こで須 弥 山 は、G. pujaの 実 修 者 が21片 の 花 び らを供 え た サ ー ク

ルか らkalasaへ

と転 移 して お り、 そ の 結 果 と してkalasaは

色 究 寛 天 と須

(14)

-94-(14)

弥 山 を 同 時 に シ ン ボ ラ イ ズ す る よ う に な り え た の で あ る(厳 密 に は 、 色 究 寛 天 はkalasa内 部 の 空 間 に 満 た さ れ た 水 、 ま た は 甘 露 に 対 応 し 、 須 弥 山 はkalasa本 体 の 紡 錘 形 に よ っ て 表 現 さ れ て い る)が 、 Vajracarya以 外 の 者 がG.pojaを 行 う時 に はK. pujaは 行 わ れ る こ と が な い(K. pojaは Vajracaryaの み が 行 う特 権 で あ り 、 Vajracarya以 外 の 者 がG. pUlaを

(8) 行 う 時 に は 、kalasaは 儀 礼 の 場 に は 登 場 しな い)か ら、 こ の 転 移 は 起 こ ら な い 。 つ ま り サ ー ク ル の グ ル ・マ ン ダ ラ は 、 本 来 は 〈 イ ン ド ラ が 統 轄 す る須 弥 山 世 界>で あ り、kalasaは<金 剛 薩 垣 が 支 配 す る 須 弥 山 世 界>で あ っ た の で あ る。 そ れ が 、 密 教(ま た はVajracarya)の 側 か ら 仏 教 の 体 系 を 再 編 成 し よ う とす る ネ ワ ー ル 仏 教 で は 、 そ の サ ー ク ル もが 金 剛 薩 唾 の 領 域 に 包 含 さ れ て い る の で あ る。 こ の 包 含 の 関 係 は、 す で にBahaとBahi と い う ネ ワ ー ル 仏 教 寺 院 の2タ イ プ に つ い て 論 じ た(〔 吉 崎1994a〕)時 に 指 摘 し た と お り で あ る 。Bahlの 屋 根 に あ る 四 角 形 の 望 楼(phuja, puco, etc., 図5日 本 工 業 大 学IBaha Bahi(I ba Bahi)Restoration Project 1990-1993の パ ン フ レ ッ トよ り、Iba Bahiの 全 体 図 と 望 楼)は 、 も と も と

は サ ー ク ル と し て の グ ル ・マ ン ダ ラ と 同 様 に 、<イ ン ドラ が 統 轄 す る 須 弥 山 世 界>の 象 徴 で あ っ た が 、 結 局 は そ の 須 弥 山 も、 望 楼 の 上 に 設 置 さ れ た gaju(kalasaの バ リ エ ー シ ョ ン と し て 、<金 剛 薩 垂 が 支 配 す る 須 弥 山 世

図5 1ba Bahi, Patan

Gurmanala-pujaとその造形

(15)

-93-密

界>を 意 味 し、 同 時 に 色 究 寛 天 を シ ン ボ ラ イ ズ す る)に<転 移>し て し ま い 、Bahaで はgajuの み が 設 置 さ れ る の で あ る 。 そ し てBahiも 「Baha 組 織 か らく 外 れ た>」(〔 吉 崎1994a: 862〕)存 在 と し て で は あ る が 、 密 教 の(Vajracaryaの)体 系 に 組 み 込 ま れ た の で あ る 。 そ し て ま た こ の く 転 移>は 、 そ の 実 修 者(K.pujaを 行 うVajracarya)が 須 弥 山 頂 か ら 色 究 寛 天 へ と さ ら に 上 昇 す る こ と を も意 味 して い る 。 kalaaが 色 究 寛 天 と 同 時 に 須 弥 山 を も シ ン ボ ラ イ ズ し て い る と の 視 点 か ら眺 め る と 、 ネ ワ ー ル の 仏 塔 に 描 か れ た 一 対 の 眼 に つ い て も新 た な 解 釈 が 生 ま れ る 。 仏 塔caityaは し ば し ばgajuの 代 用 と な る こ と か ら知 ら れ る よ う に 、 仏 塔 に はkalasaの 意 匠 が 隠 さ れ て い る。 仏 塔 の ハ ル ミ カ ー(平 頭)と ア ン ダ(ド ー ム、 覆 鉢)と がkalasaの 形 を 作 り 出 す 。 こ の 時 、 平 頭 は 須 弥 山 頂 の 三 十 三 天 を 象 徴 し(〔 宮 治1990:73-75〕、 〔Mabbett 1983: 76〕)、 覆 鉢 は そ の 内 部 が 色 究 寛 天 で あ る。 そ して 平 頭 の 四 方 に 描 か れ た 各 一 対 の 眼 は、 こ れ ま で のkalasaと 色 究 寛 天 に 関 す る 考 察 で は 、 kalasaの 中 に 招 き 入 れ ら れ た(色 究 寛 天 に 示 現 し た)仏 神 の 眼 を 表 す と 論 じ て き た (〔吉 崎1992:7〕)が 、 こ こ でkalasaが 須 弥 山 を 表 現 す る と の 立 場 に 立 て ば 、 そ の 眼 は 、 須 弥 山 を め ぐ る太 陽 と月 の 象 徴 と な る。 〔Snodgrass 1992: 361〕は 、 「ハ ル ミカ ー の 四 方 に 眼 を 描 く ネ パ ー ル の 仏 塔 は 、 そ れ に よ っ て 本 初 仏Adi Buddhaの 眼 を 示 して い る。 そ の 眼 は ま た 太 陽 と 月 で あ る が 、 イ ン ドの 伝 統 で は 、 そ れ を マ ハ ー ・プ ル シ ャ の 眼 に 比 定 す る。 彼 は 同 時 に プ ラ ジ ャ ー パ テ ィで あ り、仏 陀 で あ る」と 指 摘 す る 。 〔氏 家1976:8-9〕も 、 <グ ナ カ ー ラ ン ダ ・ヴ ュ ー ハ>第 三 章 中 の 本 初 仏 の 創 造 説 を 引 用 して 、 本 初 仏 か ら生 じ た 観 自 在 の 「そ の 両 眼 よ り 月 と 太 陽 」が 生 じ た と紹 介 す る 。 〔Locke 1980:87〕は 、 「(グ ル ・)マ ン ダ ラ の 奉 献 に よ っ て 、 信 者 は 神 に 対 し て 全 世 界 を 捧 げ て い る 。(と こ ろ が)タ ン ト ラ ・ ヨ ー ガ の レベ ル で は 、 そ の マ ン ダ ラ は人 体 を 表 す 。(中 略)こ う して 僧 は(金 剛 薩 唾 へ の)讃 の 中 で 、 グ ル な る金 剛 薩垂 へ の 敬 礼 の 証 し と し て 、 須 弥 山 に シ ン ボ ラ イ ズ さ れ た 自 身 を 奉 献 す る の で あ る」と す る が 、 こ れ に つ い てW.Evans-Wentz

(16)

(16)

も、 「チ ベ ッ トの 瞑 想 の 一 形 態 を 見 る と、 供 養 を 行 う に あ た り 、 そ の 者 は 自 分 の 身 体 の 胴 部 が 須 弥 山 で あ り、 四 肢 は 四 大 洲 で あ り …、 両 眼 は 太 陽 と 月 で あ り …、 と イ メ ー ジ す る こ と が 求 あ られ る 」(〔Mabbett 1983: 73〕 に よ る)と し て い る。 ネ ワ-ル 仏 教 に お け る 仏 像 の 建 立 完 成 儀 礼prati-sthaで も、<開 眼drsti-danaの 儀 軌>と し て 、 「絵 師 の 手 を 浄 め る 儀 礼 (を 行 う)。 吉 祥 文 の 読 調(の 後)、 眼 薬 を こ ね て(絵 師 に)手 渡 す。 開 眼 す る。 神(像)の 両 眼 を 日月 と見 な す 」(〔Badrlratna and Nare6man Vs. 2045: 1-8〕)と あ る。 儀 礼 執 行 者 と し て のVajracaryaの 身 体 に せ よ 、 ま た 仏 像 に せ よ 、 こ れ ま で 論 じ て き た(〔 吉 崎1996b〕)よ う に 、 そ れ ら は 仏 を 迎 え 入 れ る た め の<容 器 と し て の 身 体>な の で あ っ て 、 そ の 本 質 は (9)

kalasaで

あ る。 そ のkalasaが

色 究 寛 天 に比 定 さ れ る時 に は、 そ の 眼 は、

kalasaに 招 き寄 せ られ た(色 究 寛 天 に示 現 した)仏 神 の眼 で あ り、 ま た 須

弥 山 に比 定 さ れ るな らば 、 そ れ は 日月 の象 徴 とな るの で あ る。 この2っ の

解 釈 をkalasaが

同 時 に成 立 さ せ て い る こ と こそ ネ ワ ー ル仏 教 の 特 徴 な の

で あ り、 そ れ は密 教(ま た はVajracarya)の

側 か らの み 可 能 な 視 点 で あ

る。 な ぜ な ら、 須 弥 山 頂 に ま で 昇 る だ け のSakyaら に は 、 色 究 寛 天 は 眺 め る こ と が で き な い か ら で あ る(cf.〔 吉 崎1994a: 863〕ま た 〔吉 崎1996a: 341〕)。 <註> (1)〔Pha與ndra NS.1112: 6〕に 、 そ の 当 時 ま で に 印 刷 刊 行 さ れ た12種

のG.pU-jaテ キ ス トが 挙 げ られ て い る。 即 ち 、(1)Gurumap4ala., parp.

prthvimanan-da Vajracarya; (2)Gurumanprthvimanan-dala., pam. Siddhiharsa Vajracarya;

〔Dharmaloka VS.2020〕; (4)Gurumaala Kala6avidhana pujavidhi.,

(VS.)2022., parp. Jogamuni Vajracarya; (5)〔Amoghavajra NS.1092〕;

(6)〔Ratna bahadur NS.1095〕; (7)〔Ratnakaji NS.1108〕;

(8)Gurumana-1arcana., NS.1108, Nare6man Vajracarya; (9)〔A6akaji NS.1109〕; (10)

(Padmasri NS.1109?); (11)(Vajracarya Milan Kendra NS.1110)

〔Badriratna VS.2048〕 で あ る。(1)(2)(4)(8)は 筆 者 未 見 で あ る が 、 そ れ 以 外 は

Gurmandla-pujaとその造形

(17)

-91-密

〔Yoshizaki 1994〕のN0. 2104∼2110, 2112, 2116に 対 応 す る。 こ の 中 、(8)に は

〔Badriratna and Nare6man VS.2046〕の 増 補 版 が あ り、(7)に は

〔Ratnaka-jiNS.1114〕の 改 訂 版 が あ る。 ま た(3)は 、 テ ー ラ バ ー ダ 仏 教 徒 の 論 者 が 、 イ ン

ドで 刊 行 し た 〔Dharmoka VS.1994〕を も と に 、パ タ ン の パ ン デ ィ ト で あ っ

たRatna bahadur Vajracaryaと の 論 議 を 経 て 再 校 訂 し た も の で あ る。(5)は

カ ト マ ン ズ 系 テ キ ス トの 中 で 最 も重 要 な 刊 本 で あ り、 〔氏 家1974〕、 〔Locke 1980〕、

〔Shirna 1991〕は こ の テ キ ス トに 依 拠 す る。(2)(4)も ま た カ ト マ ン ズ 系 の テ キ ス ト

で あ る。 そ れ に 対 して(6)は パ タ ン系 テ キ ス トの 最 も 重 要 な 刊 本 で あ る。(7)(10)及 び

(8)の 増 補 版 も カ トマ ン ズ 系 テ キ ス トで あ り、K. puja, trisamadhiの テ キ ス ト

を 同 時 に 収 録 す る 点 で 貴 重 で あ る。(9)は パ タ ン 系 テ キ ス ト で あ る が 、G. puja

テ キ ス トの 作 者 をAdvayavajraに 帰 し て い る。(11)はYala(パ タ ン)のG. puja

テ キ ス トを 、 カ トマ ン ズ のBadriratna Vajracaryaが 解 説 し て い る。(12)は 、 そ の 著 者 が ト リ ブ バ ン 大 学 で の 講 義 の た め に 仏 教 諸 儀 礼 を 解 説 し た も の で 、 G.pojaに つ い て は 、 カ トマ ン ズ(及 び バ ク タ プ ル)系 テ キ ス ト と パ タ ン 系 テ キ ス トの 両 方 を 挙 げ て 対 比 して い る。 こ れ ら の 刊 本 はcritical editionと して は 不 十 分 で あ る と は い え 、 現 代 ネ ワ ー ル 仏 教 に お け る そ の 影 響 力 は 写 本 テ キ ス トに 比 べ て は る か に 大 き く、 ま た テ キ ス トの 系 統 も 明 白 で あ る の で 、 本 論 は これ ら刊 本 に 依 拠 し て 写 本 は取 り 扱 わ な い こ と と す る(G.pujaの 写 本 テ キ ス ト の 所 在 に つ い て は 、 〔Yoshizaki 1991〕に そ の 一 部 を 紹 介 し て あ る)。 な お 〔Gellner 1991〕は 、 上 記 刊 本(5)(6)、 及 び パ タ ン 系 の 二 写 本 、さ ら にAcaryakriyasamucc-ayaを 対 比 さ せ 、 貴 重 な デ ー タ を も た ら し て い る。 (2)Vajracaryaの 場 合 に は 、 そ の 「グ ル マ ン ダ ラ 上 に は 台 を 置 き そ の 上 に さ ら に 金 剛 杵 を 置 く」(〔 島1991: 226〕)。 施 主 の 場 合 に は 、 た と え 彼 がpurohitの 資 格 を 有 す るVajracaryaで あ っ て も、 そ の 上 に 金 剛 杵 を 置 く こ と は な い。 (3)パ タ ン系 テ キ ス トで あ る 〔A6akaji NS.1109: 28〕に も 、 「(金 剛 薩 垣 へ の 献 花 を 含 あ て)合 計22の 花 が(マ ン ダ ラ上 に)あ る こ と を 知 ら せ る 」と あ る。

(4)〔Badriratna and Nare6man VS.2046: ka〕は 、 こ の ダ ラ ニ を 表 白 文 読 請 の

一部 と す る。 〔Divyavajra NS .1111: 17-18〕も 同 じ見 解 を 示 す。 な お 〔Ratna

bahadur NS.1095: 2〕は 、 「こ の 華 憧 王 如 来 の ダ ラ ニ を 講 し、 供 養 の 品

々puj-ahgaを 浄 め て 供 養 す れ ば 、 い ち ど の 供 養 で 一 千 万 回 の 供 養 を し た ほ ど の 福 徳 の

果 報 が あ る 」と い う。

(5)テ キ ス トにBadrlratna Vajracarya ed., Srhga Bheri: Neku pvlkegu

v-akharp, NS.1099, Kathmandu.が あ る が 、 筆 者 未 見 で あ る。 今 は 〔Lewis

1994〕の 英 訳 に よ る。

(6)〔Wayman 1973: 107〕及 び 〔Gellner 1991: 177〕は 、 こ の37の 構 成 要 素 が

(18)

8ak-(18)

yaが 、 〔Vajracarya Milan Kendra NS.1110: iv〕に お い て 、 「グ ル ・ マ ン

ダ ラ崇 拝 の 思 想 に は 三 十 七 菩 提 分 法 の 考 え が 内 在 し て い る 」と す る。 こ こ で 実 践 修 行 の 方 法 論 が 、 実 修 者 の 須 弥 山 頂 へ の 上 昇 に 対 応 し て い る。

(7)あ る い は ゴ ジ ャ(goja, gvahja.米 紛 や っ き 米beaten riceを 蒸 して こね あ げ、

kalasa=gajuや 仏 塔caityaの 形 に 作 っ た 供 え 物。 ヒ マ ラ ヤ の 山 の 象

徴svaru-paと して 、 線 香 を 立 て る の に 用 い る。 〔Satya rnohan NS. 1107: 136〕)が 、

そ れ に あ た る か。 しか し 〔Locke 1980: 80〕、 〔Gellner 1992: 84〕は 、 ゴ ジ ャ

は チ ベ ッ ト仏 教 の トル マgtor rnaに 相 当 す る と い う。 ま た 〔Gellner 1992: 149〕

に は 、 「グ ル ・マ ン ダ ラ の よ う な シ ン プ ル な 儀 礼 で は 、 バ リ は 、 ゴ ジ ャ と 呼 ば れ る 、 米 粉 と水 で 作 ら れ た 小 さ な 円 錐 形 を し て い る。 こ れ は 供 物 そ の も の と して 、 ま た 同 時 に 、 そ の 供 物 を 受 け 取 る者 と も見 な さ れ る 」 と あ り 、 「供 物 を 受 け 取 る 者 」と は 、 ガ ネ ー シ ュ、 八 母 神 、 バ イ ラ ヴ ァ と い っ た 、 肉 や 酒 の 供 物 を 受 け 取 る 守 護 神 た ち(p.153)で あ る と す る。 し た が っ て ゴ ジ ャ は 、 〔島1991〕の い う 第 三 プ ロ セ ス(バ リ供 養)の 供 え 物 と い え る。G. pujaと バ リ 供 養 の 関 係 に つ い て は さ ら に 〔山 口1991〕を 参 照 の こ と。

(8)〔L, ocke 1980: 95-96〕が 指 摘 す る よ う に 、 「K. pUjaの 通 常 の 司 祭 者

はVajra-caryaで あ る が 、 台akyaも ま た 、 彼 の 個 人 的 な 礼 拝 行 の 一部 と し て 、 こ れ を 行 う こ と が で き る 」場 合 も あ る。 しか し、 そ れ は あ く ま で も例 外 で あ っ て 、 そ れ は Vajracaryaが 行 うsadhanaの 枠 組 み に は 入 ら な い の で あ る。 (9)「 ネ ワ ー ル 仏 教 の 立 場 か ら見 る な らば 、 仏 神 と 人 と の 交 渉 に は 、(1)バ ジ ュ ラ ー チ ャ ー ル ヤ に 代 表 さ れ る<釈 尊 型>と 、(2)ク マ リ に 代 表 さ れ る く マ ヤ 夫 人 型>の 二 種 が あ っ た。 前 者 で は 壺kalasa(子 宮garbha)に 入 り、 そ こ か ら 生 ま れ る こ と に よ っ て 仏(ま た は 仏 の 子)と な り 、 後 者 で は 自 らが 壺 そ の も の と化 し て 仏 を 宿 し、 仏 を 宿 す こ と に よ っ て 自 ら に 仏 を 顕 現 さ せ る と い う方 法(possession) が 示 さ れ た の で あ る。 仏 像 や 仏 塔 の 建 立 完 成 儀 礼 は バ ジ ュ ラ ー チ ャ ー ル ヤ の 生 涯 を 模 倣 す る と は い え 、 こ の 点 で は 後 者 に 属 す る か ら 、 バ ジ ュ ラ-チ ャ-ル ヤ と は 決 定 的 に 異 な る 」(〔 吉 崎1996a: 342〕)と は い え 、 「高 崎 博 士 も 指 摘 さ れ る(〔 高 崎1974: 55-59〕)よ う に 、 イ ン ド人 はgarbhaの 語 を 胎 と 胎 児 、 即 ち 容 器 と そ の 内 実 を 区 別 せ ず に 使 用 して い た 」(〔 原1987: 816〕)の で あ っ て 、 こ のgarbha の 両 義 性 か ら す れ ば 、 こ の2タ イ プ は 結 局 の と こ ろ ひ と つ に 融 合 し て し ま う の で あ り、 容 器 と し て のVajracaryaの 身 体 に は 胎 児 と して のVajracaryaが 宿 り、 そ の 胎 児 も ま た<容 器 と して の 身 体>と な る の で あ る。 こ の 図 式 は す で に ク マ リ に も見 ら れ た も の で あ る(〔 吉 崎1995: 23〕)。 <参 考 文 献> 氏 家 昭 夫1974「 ネ パ ー ル の 仏 教 儀 礼 の 紹 介 一'Gurumandalarcana-puja'に Gurmandala-pujaとその造形

(19)

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参照

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