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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

デザイン評価と推論過程の可視化のためのセミオ ティックデザイン方法

秋田, 直繁

https://doi.org/10.15017/1932012

出版情報:九州大学, 2017, 博士(芸術工学), 論文博士 バージョン:

権利関係:

(2)

デザイン評価と推論過程の可視化のための セミオティックデザイン方法

Semiotic Design Method for Visualization of the Design Evaluation and Inference Process

2018 年 3 月 秋 田 直 繁

Naoshige Akita

(3)

目次 

第 1 章  序論 

  1. 研究の背景と目的 ... 1

  2. 研究の方法 ... 4

   2.1 イノベーションのためのデザインのプロトコルと研究課題 ... 4

   2.2 ユーザーニーズ探索に関する課題と研究方法 ... 6

    2.2.1 CS 分析とファジィ積分の分析手法を本研究に用いる理由 ... 7

    2.2.2 CS 分析をデザイン評価に適用する方法とその評価結果の           可視化の検討 ...8

    2.2.3 ファジィ積分をデザインの総合評価に適用する方法とその        評価結果の可視化の検討 ...9

   2.3 フレームワーク作成に関する課題と研究方法 ...10

    2.3.1 デザイナーが現場でデザインを行うときの推論過程のフレーム        ワークとその可視化 -メタ認知補助としての推論マッピング        法の提案- ...11

    2.3.2 製品デザインにおける推論パターンの活用のための実験と考察        -推論マッピング法の活用と評価- ...11

  3. 本論文の構成 ...13

  4. 既往研究における本研究の位置付け ...18

   4.1 研究課題(A)(B)(C)に関わる既往研究について ...18

   4.2 研究課題(A)(B)の両者に関わる既往研究について ...18

    4.2.1 定量的なデザイン評価の指針について ...18

    4.2.2 評価指標の構築に関して ...19

    4.2.3 「物理的・客観的視点」と「感性的・主観的視点」の評価指標        を用いたデザイン評価について ...20

    4.2.4 ユーザーグループ間の評価の差異に着目した評価について ...22

(4)

    4.2.5 SD 法と多変量解析を用いた多様な評価法について ...23

    4.2.6 情報可視化に関して ...25

   4.3 研究課題(A)に関わる既往研究について ...26

    4.3.1 知覚に関する既往研究 ...26

    4.3.2 複数の評価指標に対する評価値と全体に対する重み付け ...30

    4.3.3 重み付けの概念を含む意思決定法について ...31

    4.3.4 総合評価と各評価要素の関係性の度合い(重要度)を求める        ための分析方法について ...31

    4.3.5 CS(顧客満足度)分析に関する既往研究と本研究の独自性 ...32

   4.4 研究課題(B)に関わる既往研究について ...33

    4.4.1 人の評価の複雑性・曖昧性に着目した研究について ...33

    4.4.2 評価対象の視覚的な印象と使用時の印象について ...34

    4.4.3 ファジィ測度とファジィ積分について ...34

   4.5 研究課題(C)に関わる既往研究について ...35

    4.5.1 メタ認知に関して ...35

    4.5.2 推論(帰納・演繹・アブダクション)に関して ...35

   4.6 本研究の位置付け ...35

  5.研究の対象領域の絞り込み ...37

   5.1 はじめに ...37

   5.2 社会動向と公共空間用家具メーカーの現状と課題 ...37

5.3 公共空間用家具メーカーによるデザイン評価の現状と課題 ...38

   5.4 プロダクトデザイン領域における公共空間用家具の位置づけ ...39

   5.5 まとめ ...39

     注および参考文献 ...40

第2 章  感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価とその可視化 ー CS 分析をデザイン評価に適用する方法とその可視化の検討ー     1. 本章の目的 ...45

  2.公共空間用家具の評価のフィードバック・プロセス ...45

(5)

  3. 記号論の観点から捉えるデザインにおける情報可視化の重要性 ...47

  4. 公共空間用家具のデザインプロセスにおける評価の役割 ...49

  5. 公共空間用家具の分類と評価対象の選定 ...53

   5.1 「ユーザーの特性」と「空間の用途」による分類 ...53

   5.2 評価実験の対象について ...54

  6. 感性をシステムとして捉えたデザイン評価の在り方に関する提案 ...55

   6.1 感性を開放システムとして捉える ...55

   6.2 生態学的心理学の観点から捉える「環境の意味」と「モノの能力      (Force of Object)」...56

   6.3 家具の能力に対するユーザー満足度の評価 ...57

   6.4 モノの能力に対する認知モデルの在り方 ...58

  7. ユーザー満足度の評価方法に関する提案 ...62

   7.1 顧客満足度(CS)...62

  8. 評価指標となる項目の抽出と整理(実験 1)...65

   8.1 実験の目的と方法 ...65

   8.2 実験の結果 ...68

    8.2.1 モノの能力が機能する対象 ...69

    8.2.2 モノの能力の伝わり方 ...70

    8.2.3 モノの能力の従属関係 ...70

    8.2.4 評価時のモノと人の関係 ...71

  9. 評価項目の絞り込み(実験 2)...74

  10. 満足度の評価(実験 3) ...74

   10.1 実験の目的と方法 ...74

   10.2 情報可視化の方法 ...76

    10.2.1 量的と質的の両者の視点を含む情報可視化 ...76

    10.2.2 オーバービューとフォーカスを両立した情報可視化 ...76

   10.3 実験の結果とその可視化 ...77

    10.3.1 満足度グラフの作成 ...77

    10.3.2 標本の分布の正規性の検定 ...78

    10.3.3 満足度偏差値・重要度偏差値の算出 ...78

    10.3.4 満足度偏差値・重要度偏差値グラフの作成 ...79

(6)

    10.3.5 定量評価の結果を加えた「公共空間用家具が持つ能力の概念  

         構造マップ」の作成 ...81

  11. 実験結果の考察 ...83

  12. 定性調査による補完 ...84

   12.1 調査の目的と方法 ...84

   12.2 調査結果 ...84

    12.2.1 「書類の場所のわかりやすさ」について ...84

    12.2.2 「アクセスする場所のわかりやすさ」について ...86

    12.2.3 「プライバシーを守れる」について ...87

  13. 第三者による本研究に対する評価や意見 ...88

   13.1 第 42 回日本感性工学会あいまいと感性研究部会でのご意見 ...88

   13.2 日本感性工学会事例研究賞の選評内容について ...88

  14. まとめと今後の課題 ...89

   注および参考文献 ...92

第 3 章  ファジィ測度を用いた製品デザインの感性評価とその可視化 -ファジィ積分をデザイン総合評価に適用する方法とその可視化の検討-      1.本章の目的と構成 ...94

  2. 公共空間用家具の能力の組み合わせ価値の評価の必要性 ...94

  3. 実験 1(ユーザーが重視する家具の能力の抽出と整理) ...96

   3.1 実験の目的と方法 ...96

   3.2 実験の結果 ...96

  4.能力の組み合わせ価値の評価とべき集合 ...99

  5.測度とファジィ測度 ...100

  6.ファジィ積分(ショケ積分)...102

  7.実験 2(ファジィ積分によるフラップテーブルの総合評価)...105

   7.1 フラップテーブルのファジィ測度の特徴 ...105

   7.2 ユーザーとメーカーの専門家のファジィ測度の比較 ...108

(7)

  8.製品の評価実験 ...109

  9.実験 3(フラップテーブルの移動性に関する総合評価)...112

   9.1 移動性を構成する能力の評価項目 ...113

   9.2 「移動性」を構成する能力のファジィ測度の特徴 ...114

   9.3 製品の「移動性」に関する評価実験 ...117

  10.まとめと今後の課題 ...118

注および参考文献 ...119

第 4 章 デザイナーが現場でデザインを行うときの推論過程のフレームワークとその可視化 ーメタ認知補助としての推論マッピング法の提案ー   1.本章の目的と構成 ...120

  2. 既往研究における本研究の位置づけ ...121

   2.1 メタ認知を補助する既存のツールや方法論について ...121

   2.2 デザインの推論におけるメタ認知を補助するツールの必要性 ...123

  3. デザインプロセスにおける推論(演繹・帰納・アブダクション)の フレームワークの可視化 ...124

   3.1 公共空間用家具のデザインプロセスにおける推論の機会 ...124

   3.2 推論の種類と歴史 ...125

   3.3 推論の思考過程のフレームワーク(推論プロセス図の提案)...127

    3.3.1 演繹の思考過程 ...127

    3.3.2 帰納の思考過程 ...128

    3.3.3 アブダクションの思考過程 ...129

  4. 意識的連想と無意識的連想のフレームワークの可視化 ...130

   4.1 記号過程のフレームワーク ...130

   4.2 連想の思考過程のフレームワーク(連想プロセス図の提案)...132

  5. 推論の組み合わせ ...134

  6. 推論マッピング法の提案と実験 ...140

   6.1 メタ認知を補助するツールを用いた推論マッピング法の提案 ...140

   6.2 推論マッピング法の実践 ...141

(8)

   6.3 実験の過程で気づいた思考のバイアスの存在(実験結果 1)...148

    6.3.1 演繹に関するバイアス ...148

    6.3.2 帰納に関するバイアス ...149

    6.3.3 アブダクションに関するバイアス ...150

    6.3.4 連想に関するバイアス ...151

   6.4 推論の組み合わせパターンについて(実験結果 2)...151

  7.まとめと今後の課題 ...151

注および参考文献 ...153

第 5 章  製品デザインにおける推論パターンの活用のための実験と考察 ー推論マッピング法の活用とその評価ー     1. 本章の目的と構成 ...156

  2. アナロジー手法を用いたアブダクションと帰納の組み合わせ ...157

  3. 実験方法 ...159

  4. 実験結果 ...159

   4.1 アブダクションと帰納の組み合わせによる造形の結果 ...159

   4.2 主観評価の結果 ...163

    4.2.1  評価項目 ...163

    4.2.2  評価結果と考察 ...163

  5. 本章のまとめ ...165

注および参考文献 ...167

第 6 章 終論   1.本章の目的 ...168

  2.セミオティックデザイン ...168

   2.1 第 2 章より得られた記号過程に関する気づき ...168

    2.1.1 記号論の観点から捉えるデザイン評価とその可視化の重要性        について ...168

(9)

    2.1.2 オーバービューとフォーカスを両立した情報可視化の重要性

       について ...169

    2.1.3 「モノの能力」が記号の表象として機能する可能性 ...169

    2.1.4  ユーザーの感性を開放システムとして捉え,継続的なデザイン        評価を実施する必要性について ...169

    2.1.5 記号の 3 項関係と解釈の多様性について ...170

    2.1.6 第三者による「公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップ」の        情報可視化の評価について ...170

   2.2 第 3 章より得られた記号過程に関する気づき ...170

   2.3 第 4 章と第 5 章より得られた記号過程に関する気づき ...170

    2.3.1 推論過程と連想過程の可視化の方法について ...170

    2.3.2 推論マッピング法をデザイン過程に用いることの効果 ...171

   2.4 セミオティックデザインの考え方 ...171

  3.本研究のまとめ ...179

  4.今後の課題と展望 ...185

   4.1 CS 分析を用いたデザイン評価とその可視化方法に関する課題 ...185

   4.2 ファジィ測度の概念とファジィ積分を用いたデザイン評価とその       可視化方法に関する課題 ...186

   4.3 推論マッピング法を用いた思考のバイアスを排除する方法に関する       課題 ...186

   4.4 推論マッピング法を用いた思考のパターンの活用に関する課題 ...186

   4.5 セミオティックデザインの展望 ...187

注および参考文献 ...188

(10)

図目次

 1-1  デザイン思考の 2 つの分類 ...6

 1-2  ユーザーニーズの探索に関する課題 ...10

 1-3  デザイナーのフレームワーク作成に関する課題 ...12

 1-4  研究のフロー ...17

 2-1  価値提供に対する評価のフィードバック・プロセス ...46

 2-2  反復的なデザインプロセス ...51

 2-3  継続的なデザイン評価プロセス ...52

 2-4  評価対象とユーザーの関係 ...55

 2-5  モノの能力とその意味の認識 ...61

 2-6  認知モデル(ACT モデルを参考)...61

 2-7  KJ 法による評価項目の整理 ...66

 2-8  PC 上での KJ 法による評価項目の整理の様子 ...67

 2-9  モノの能力が機能する対象 ...70

 2-10 公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップ ...72

 2-11 学務課のカウンター ...76

 2-12 九州大学大橋キャンパス(学務課)のカウンターの満足度グラフ ...77

 2-13 九州大学大橋キャンパス(学務課)カウンターの重要度偏差値と     満足度偏差値のグラフ ...80

 2-14 公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップ(実験結果である 改善度を図示)...82

 2-15 各種申請書の収納庫(学生側)...85

 2-16 カウンターの収納(職員側)...85

 2-17 収納庫に取り付けられた書類(職員側)...85

 2-18 入り口から見た窓口サイン(学生側)...86

 2-19 相談窓口と個人情報漏洩 ...87

 2-20 書類と個人情報 ...87

 3-1  フラップテーブルの能力マップ(評価項目一覧)...98

 3-2  公民館用フラップテーブルの重視すべき評価項目 ...98

(11)

 3-3  公民館のミーティングルーム用フラップテーブルの能力の半順序

    集合 ...100

 3-4  ショケ積分 ...103

 3-5  ショケ積分の結果の比較 ...104

 3-6  評価対象 ...111

 3-7  「移動性」を構成する能力の項目 ...113

 3-8  「移動性」を構成する能力の組み合わせ重視度の評価結果 ...115

 3-9  直進性と旋回性 ...116

 3-10 移動性の評価実験の様子 ...117

 4-1  デザインプロセスにおける推論の機会 ...125

 4-2  演繹プロセス図 ...128

 4-3  帰納プロセス図 ...128

 4-4  アブダクションプロセス図 ...129

 4-5  記号過程 ...131

 4-6  無意識的連想プロセス図 ...133

 4-7  意識的連想プロセス図 ...133

 4-8  ホワイトボードの改善例 ...137

 4-9  演繹によるホワイトボードの改善改良 ...137

 4-10 フラップテーブル LISMA(リスマ)...138

 4-11 LISMA(リスマ)のキャスター特許 ...138

 4-12 回転体と凸部と地面の関係性 ...138

 4-13 アナロジーの概念図 ...139

 4-14 アナロジー手法を用いたアブダクションのプロセス ...139

 4-15 推論プロセス図と連想プロセス図のカード化 ...141

 4-16 推論マッピングを用いた実験の様子 ...144

 4-17 推論マッピング法による思考の可視化(詳細)(左)...145

 4-18 推論マッピング法による思考の可視化(詳細)(右)...146

 4-19 推論マッピング法による思考の可視化(略図)...147

 4-20 テーブルの3D モデル(プロトタイプ)...147

 4-21 演繹に関するバイアス ...148

 4-22 帰納に関するバイアス ...149

(12)

 4-23 アブダクションに関するバイアス① ...150

 4-24 アブダクションに関するバイアス② ...150

 5-1  アナロジー手法による推論の組み合わせ ...158

 5-2  アナロジー手法による推論の組み合わせ例 ...161

 5-3  実験結果(思考の内容とアイデアスケッチ)...162

 5-4  評価結果の比較 ...164

 6-1  デザイナーとユーザーの記号を介したコミュニケーション ...174

 6-2  デザイナーとユーザーのセミオティックネットワークの概念図 ...178

(13)

表目次

 2-1  評価対象の分類 ...54

 2-2  利用者とスタッフに提示した評価項目(実験2用)...73

 2-3  利用者とスタッフに提示した評価項目(実験3用)...74

 2-4  九州大学大橋キャンパス(学務課)カウンターの重要度偏差値・     満足度偏差値の計算結果 ...79

 3-1  アンケートの内容 ...106

 3-2  ユーザーが定めた評価項目のファジィ測度 ...107

 3-3  公共空間用家具の専門家が定めた評価項目のファジィ測度 ...108

 3-4  一般人による公民館のミーティングスペース用フラップテーブル     の評価値(入力値)...112

 3-5  「移動性」に関する能力の総合評価 ...117

 5-1  評価実験の結果(評価項目に対する評価値)...164

 5-2  評価値の回答人数 ...164

(14)

第 1 章 

序論

(15)

1. 研究の背景と目的

 私たちが生活しているこの世界は,工業化の進展に伴い人工物で 溢れ,様々な要素が相互に関わり合い複雑なものになっている.生 活者と人工物も互いに影響し合いダイナミックな関係を築いてい る.そのような状況の中で,デザインが扱う問題も複雑になってい る.1 つの問題は数多くの要素で構成され,相互に関係しており,

見る人によって問題の見え方が変わったり,ある問題を解決しても 更に新たな問題が生じたりする.また,問題を部分的に把握できて もその全体が曖昧で不確かな場合がある.このような複雑な問題を 1972 年にホルスト・リッテルは厄介な問題として「ウィキッド・

プロブレム」と定義した[1].

 すべてではないが,従来の工学分野では問題を「分析と総合」と いうアプローチで解こうとする.このアプローチでは,デザイン する対象を取り巻くコンテクストから得られた膨大な数の要求事 項や大きな問題を段階的に小さく分解しツリー状に整理していく,

そして小さな問題をそれぞれ解決して総合するのである[2][3].

1960 年代の高度経済成長期には,価値観の多様化が進み,機能が 複雑化し,市場規模が拡大する一方で,生産の合理化が求められる ようになったことを背景として,「分析と総合」を基にしたシステ

第 1 章 

序論

(16)

マティックなデザイン方法が考案された.それに伴い,仕事が分業 化され,企業の構成員は機能ごとのグループに分けられ,各グルー プが行った問題解決を総合することで,企業全体として価値提供を 行うようになった[4].しかし,1960 年代後半になると,デザイ ンの問題は複雑な様相をみせ始めた.複雑化した世界では要素還元 的観念では捉えきれないような振る舞いが生じ,ウィキッド・プロ ブレムが溢れていた.それらの問題は小さく単純な問題に分解する ことができないため,次第に,複雑な問題を複雑なままに扱い,そ の問題の本質を見極めることが求められるようになった[4][5].

つまり,要素をデザインするだけではなく,物事の本質である「関 係のデザイン」が重視されるようになったのである.そして,イン ダストリアルデザイン分野でも,単にモノを作るのではなく,モノ とモノ,モノと人,人と人の関係やそれらを含む環境・社会システ ムを創り出すことが課題となった[4][5].

 こうした時代の流れの中で,状況からの応答や他者との対話を繰 り返しながら物事のあるべき姿を探り見究める方法が着目され,実 践されてきた[4].デザイナーは与えられた問題をただ単に解く のではなく,まず「何が解くべき課題なのか」「ユーザーの本質的 なニーズは何なのか」を探し求める.マスとして捉えきれない多 様なユーザーに対応するために定性的な視点を重視し,現場の中で ユーザーの声に耳を傾け,所作を観察し,柔軟に対話を繰り返しな がら本質的なユーザーニーズを探る.人間中心設計やユーザー中心 設計,インクルーシブデザインなどで見られるユーザー参加型の定 性的なデザイン方法がそれに当たる.そして 1999 年には人間中心 設計の原典ともいえる ISO13407 が制定され,翌年に JIS 規格とし ても制定されたことで,ユーザーニーズを始点としたユーザー中心 のデザインプロセスの普及が進んだのである.

 そして,今日におけるデザインの課題は,イノベーションを起こ すための方法の構築であるといわれている.イノベーションには漸 進的イノベーションと急進的イノベーションがあり,前者は市場 やユーザーのニーズに応えていくという改善・改良型の進歩を意味

(17)

し,後者は人々へ提案を行うために画期的でかつ急進的な変化を促 すものを指す[7].そして,両者にそれぞれ課題が存在する.

 前者については,これまで普及してきたユーザー中心のデザイ ン方法が漸進的イノベーションを起こすための 1 つの方法である.

そして,ユーザー中心のデザイン方法が普及すればするほど,どの 企業も同じような方法でユーザーニーズを捉えるようになり,価値 提供の差別化が困難になるといわれている[7].また,製品分野 によっては初期の製品開発時にのみこの方法を用い,費用がかかる などの理由から次期以降の開発では十分にユーザーの利用実態を把 握できていないことが多いという現状がある.しかしながら,生活 の質の向上のためには,物事の改善・改良は必要不可欠であり,時 代と共に変化するユーザーの経験を把握し続けることが肝心であ る.つまり,漸進的イノベーションにおいては,ユーザーの経験を デザインにフィードバックする回路を回復し , 継続的にユーザーの 視点を発見し,その知を蓄積できるような方法が求められていると いえる.また,ユーザー中心のデザイン方法がお決まりのパターン にならないように,その不十分な点を考察し,デザイン方法自体を 改善していく必要がある.

 後者については,ユーザー中心のデザイン方法は急進的イノベー ションに適していないといわれており,別の方法を検討しなくては ならない.ベルガンティ[7]は著書「デザイン・ドリブン・イノ ベーション」の中で,急進的イノベーションを実践するためには,

ユーザーニーズを始点とするのではなく,常日頃から社会や文化や 技術の進化を研究しているデザイナーなどの多様な専門家の蓄積さ れた知識やそのフレームワークを始点として,モノや人や環境の関 係の在り方について先を見据えた議論を行うことが重要であると述 べている.そして,製品に新たな意味を与えるために,社内外の多 様な価値観を持つ人がデザイン活動に参画し,対話のネットワーク を形成することを「デザイン・ディスコース」と定義している[7].

このように,世界を多元的に捉えてデザインを実施するためには,

デザイン・ディスコースという概念が非常に重要であるといえる.

(18)

しかし,具体的にどうすれば,より良い対話のネットワーク(網状 に広がる複数の関係)を築くことができるのだろうか.また,イノ ベーティブな「関係のデザイン」のためには,具体的に何をどのよ うにデザインすればよいのだろうか.そもそも,関係とは目に見え ない抽象的な概念であるので,物事の関係について分析することは できても,物事の関係を厳密に創ることはできるのだろうか.急進 的イノベーションにおいては,これらの「関係」に関する問いにつ いて熟考し,デザイン・ディスコースをより良くするための方法を 検討する必要がある.

 以上より,本研究では,人とモノと環境の関係の継続的な向上の ために,漸進的イノベーションの在り方を改善し,更に,急進的イ ノベーションに必要なデザイン・ディスコースをより良くするため のデザイン方法を検討することを目的とする.

2. 研究の方法

2.1 イノベーションのためのデザインのプロトコルと研究課題  濱口[8]は 「真のイノベーションを起こすために『デザイン 思考』を超えるデザイン思考」の中で,図 1-1「デザイン思考の 2 つの分類」[9]を示し,イノベーションを起こすためのデザイン 思考について説明している.ここでのデザイン思考とは,狭義の デザインに留まらずビジネス上の問題解決などを設計するための 広義のデザインの思考プロトコルのことを意味している.そして,

デザイン思考には 2 つの種類があるという.1 つは「DTn(Design Thinking driven by needs)」と呼ばれるユーザー中心のデザインに よる改善・改良をもたらすデザイン思考法であり,一般的に知られ ているいわゆるデザイン思考がこれに当たる[8].もう 1 つは「DTf

(Design Thinking driven by frameworks)」というイノベーションを 生み出すための思考法である[8].この 2 つの分類は,前節で説 明した内容と対応する.つまり,DTn は漸進的イノベーションのた

(19)

めの思考プロトコルのことであり,DTf は急進的イノベーションの 思考プロトコルと同義である.そして,濱口は DTn はユーザーニー ズの本質を捉え,多くのアイデアを出し,それを自分のフレームワー クにより絞り込むプロトコルであり,DTf はデザイナーなどの専門 家が陥るバイアス(先入観)を探すためのフレームワーク作成を行 い,そのバイアスを破壊するアイデアを生み,更にそのアイデアに ニーズを付加するプロトコルであるという[8].つまり,漸進的 イノベーションと急進的イノベーションのデザインのプロトコルは どちらも「ユーザーニーズ探索」と「アイデア創出」と「フレーム ワーク作成」を行うがその順序が逆であることが分かる.また,デ ザインの肝となるアイデアは「ユーザーニーズ探索」と「フレーム ワーク作成」に影響を受けるものであるといえる.

 そこで,本研究ではアイデアの質を高め,漸進的イノベーション の在り方を改善し,更に,急進的イノベーションに必要なデザイ ン・ディスコースをより良くするために,アイデア創出の前後を担 う「ユーザーニーズ探索」と「フレームワーク作成」の過程に着目 し,それらに関する課題の改善方法について検討する.

 また一方で,デザインの質の向上のために,「ユーザーニーズ探 索」や「アイデア創出」や「フレームワーク作成」の個々の過程を 繋ぐ方法についても考察し,改善する必要があるだろう.一般的に,

デザイナーがデザイン活動を行う際には,人やモノや環境について 感覚器官を通して知覚することで情報をインプットし,絵や図を描 いたり,CG や模型を作成したり,言葉や身振りを用いたりするなど,

様々な表現により情報をアウトプットしながら,他者や自己との対 話を行うことで,個々のデザイン過程を繋げている.そのような多 様で複雑なデザイン活動の一部分を改善するだけではなく,その繋 がりを包括的に捉えるための理論的なフレームワークが必要である と考え,本研究ではパースの記号過程[10]の考え方を導入して 議論を行う.

(20)

2.2 ユーザーニーズ探索に関する課題と研究方法

 図 1-2 はユーザーニーズ探索に関する課題を筆者が記したもので ある.漸進的イノベーションのためのユーザー中心のデザイン方法 では,前述した通りユーザーニーズの探索時に定性的な視点を重視 する傾向がある.そして,定性的なデザインプロセスでは質的な事 柄を重視するあまり,量的で科学的な観点から人の感性を捉えるよ うなプロセスを踏んでいないことが多い.元来,定性調査の中にも 量的な要素は含まれており,定性調査と定量調査は相互補完される べき関係である.この視点の偏りは,複雑なユーザーのニーズを捉 えるうえで大きな障害になっている可能性がある.

 また,調査結果の可視化方法について検討する必要もある.なぜ ならグラフや表,図などの情報が適切に可視化されたものを見るこ とで,新たな気づきが生まれ,それが,デザイナーのデザイン言語 の拡大・豊富化に繋がり,発想の幅を広げるための礎になるからで ある.ユーザー中心のデザイン方法では定性的視点を重視するあま り,量的と質的の両者の視点から情報探索できるような情報可視化

ニーズ アイデア

改善・改良の確率

イノベーションの確率

思考のプロトコル デザイン思考 design thinking

Design Thinking

DTn

driven by needs Design Thinking

DTf

 driven by  frameworks フレームワーク

図 1-1 デザイン思考の 2 つの分類[9]

(21)

ができていない場合が多い.

 そこで,本論文では,過去の経験の影響によりダイナミックに変 化し続ける曖昧で複雑なユーザーの感性的なデザイン評価を定量的 で科学的な視点から捉え,定性調査と組み合わせることで,デザイ ナーの探究と検証の活動を支援する方法を検討する.また,その評 価結果の可視化方法を検討する.

 具体的には,本研究では CS 分析とファジィ積分の 2 つの数理的 分析手法をデザイン評価に適用する方法を検討する.

2.2.1 CS 分析とファジィ積分の分析手法を本研究に用いる理由  人が日常的に行っている評価を数理的に表現することは容易では ない.なぜなら椎塚[11]や小林[12]によると,人は開放系(開 かれたシステム)であるから,閉じたシステムとは異なり,外部か らの影響により常に心の働きは変化するという.そして,評価が行 われた結果,われわれの行動も変化し,その経験が未来に行う評価 にも影響を与える.つまり,人が行う評価を数理的に表現する場合 は,環境からの情報刺激に対する現在におけるその瞬間の評価値(満 足度)だけではなく,過去の経験から構築されたその人の知識や価 値観(重要度)が反映されるように評価方法を設計するべきだとい える.そこで,本研究では,上記のような人の感性をシステムとし て捉えたデザイン評価を実現するために満足度と重要度という概念 を用いた CS 分析手法を選定し,デザイン評価に適用する方法を検 討する.

 さらに,椎塚[11]は人が評価を行うときに働く感性は要素還 元的な考え方で捉えることができず,要素間に因果関係があるよう なシステムとして捉えるべきだという.つまり,実際に人が行って いる総合的な評価は加法的なものではなく,評価値の足算などで表 すことが困難であり,その複雑な総合評価を表現できるような方法 を検討する必要がある.そこで,本研究では,ユーザーのデザイ ン評価が非加法的なファジィ測度を構成していることを示し,ファ ジィ積分をデザインの総合評価に適用する方法を検討する.

(22)

2.2.2 CS 分析をデザイン評価に適用する方法とその評価結果の可 視化の検討

 CS とは顧客満足(Customer Satisfaction)のことで,顧客に満足 を感じさせるには,どの要素の改善に力を入れるべきかを探る手法 であり , プロダクトデザイン分野に適用された例はまだ見られない.

その特徴は,数ある評価指標の中から,改善の余地が多く,なおか つ総合評価との相関が強い(関連性がある)項目を探し出すことが 可能なことである.本研究では,この手法をユーザーのデザイン評 価に適用する方法を検討する.研究方法としては,まず,認知心理 学の観点から「どのような過程で人はモノを評価しているのか?」

や「人は何を評価しているのか?」「人とモノの関係はどのような ものか?」「意味や価値はどこにあるのか?」「評価プロセスと知覚 と思考の関係はどのようなものか?」などを考え,デザイン評価指 標の構築と実践的な評価方法の基礎設計を行う.デザイン評価指標 はそれぞれの項目が独立であるとは限らず,項目間に関係がある可 能性も考えられるため,現実に行われている評価に即した評価指標 の構成を考える必要があるだろう.また,日常的に行われている評 価はモノと人の様々な関係性を複合的に評価していると推察される ため,多面的な視点から網羅的に評価指標を抽出していく必要があ る.そこで,著名なデザイン賞の審査講評資料を参考にするととも に,その分野の専門家のヒアリング調査から得た幅広い知見を基に 評価指標を構築する.次に,評価指標の中からユーザーが重要だと 判断するものをアンケート調査により抽出し,それらの評価指標を 用いてユーザーの利用状況下における各指標に対する満足度の調査 を実施し,CS 分析の手法[13]を用いてデータを分析を行う.こ の時,評価対象とする製品によっては,ユーザーグループが 1 つ とは限らない.特に公共空間等に在る製品等はそれを利用するユー ザーだけではなく,管理・運営するようなユーザーも存在すること が予測される.そこで,本研究では複数のユーザーグループ間の評 価結果を比較することで,その評価の差異から新たな気づきを得る ことができるような評価結果の可視化方法も提案する.そして,評

(23)

価結果を見ることで,詳しく調査したいポイントを探り,そのポイ ントに対して定性調査を実施し,充実した知見が得られることを確 認する.最後に,本研究に対する第三者からの評価を記す.

2.2.3 ファジィ積分をデザインの総合評価に適用する方法とその 評価結果の可視化の検討

 人が行う総合評価は非加法的であり,すなわち,加法的に総合評 価することができないといわれている[14].本研究では人の評価 がファジィ測度を構成していることに着目し,その結果,総合評価 にファジィ積分を適用する方法を検討する.この時,「ある系(シ ステム)全体は,その部分の算術的総和以上のものである」とする 有機的機能主義やホーリズムの考え方[15]を参考にして,要素 と要素の総合評価を科学的・定量的に表すと共に,要素の組み合わ せにより生じた新たな価値の内容を明らかにするための方法を構築 する.具体的な研究方法は,まず,評価対象に関する評価指標をデ ザイン賞の審査講評資料と製品カタログ等の専門的な文献の内容を 基に構築する.次に,それらの評価指標の中から重要度の高い項目 をアンケート調査を参考にして抽出し,それぞれの評価指標の示す 価値を組み合わせたときに,各組み合わせに対してユーザーがどれ くらい重要だと感じるかという「組み合わせ重視度」を調査する.

そして,実際の製品の利用状況下において評価指標に対する評価値

(満足度)を調査することで,ファジィ積分の分析手法[14]を適 用し,べき集合で構成される非加法的な測度をもとにした組み合わ せ価値の評価を行う.さらに,その評価結果を可視化し,それを用 いた定性調査の方法を提案する.また,デザイナーが行う総合的な 解釈を支援するために,定量調査と定性調査の結果を組み合わせて 可視化する方法を検討する.

(24)

2.3 フレームワーク作成に関する課題と研究方法

 図 1-3 はフレームワーク作成に関する課題を筆者が記したもので ある.繰り返すが,濱口[8]は文献「真のイノベーションを起こ すために『デザイン思考』を超えるデザイン思考」で「イノベーティ ブなアイデアを創出するためには,クリエイター,すなわち業界の プロの企画者たちが陥るバイアス(先入観)を探すためのフレーム ワーク作成が肝心である.そしてそのバイアスを破壊することでア イデアを生むのである.」と述べている.つまり,ユーザーの観察 だけではなくデザイナーの思考方法を観察することが重要であり,

「入手した多くの情報をもとにデザイナーがどのような方法で思考 するべきか」という観点からも研究を進める必要があるといえる.

勿論,参加型デザイン方法のように多様なユーザーや異なる専門性 を持つ人をデザインプロセスに取り込み,情報を互いに行き交わせ ながら複数の人で共創する過程も重要だが,参加型デザイン方法が

A

研究課題

B

研究課題

CS 分析をデザイン評価に適用する方法と

その評価結果の可視化の検討 ファジィ積分をデザインの総合評価に適用する方法と その評価結果の可視化の検討

ユーザーニーズ

の探索に関する課題

定量的で数理的な分析手法をデザイン評価に適用する方法を検討し 更に,定性的な評価と組み合わせて考察する必要がある

量的と質的の両者の視点から情報探索できるような 評価結果の可視化を検討する必要がある

ユーザーの利用状況下での定量的なデザイン評価が不十分な場合が多い

図 1-2 ユーザーニーズの探索に関する課題

(25)

成功する前提として,参加者が思考するための高い能力を有してい ることが求められる.そこで,本研究ではデザイナーが自らの思考 のフレームワークを省察し,思考のバイアスを認知し,それを改 善,あるいは活用することで個々人の推論能力を高める方法を検討 する.

 具体的には以下に示すように,デザイナーのメタ認知補助のた めの方法の提案を第 4 章で行い,具体的事例を用いて論説し,第 5 章でその方法を用いたデザイン実験を行い,方法の活用に対する評 価を行う.

2.3.1 デザイナーが現場でデザインを行うときの推論過程のフ レームワークとその可視化 -メタ認知補助としての推論マッピン グ法の提案-

 本研究の後半の第 4 章では,デザイナーが現場でデザインを行 う時の推論過程と連想過程を可視化するための方法の提案を行う.

本研究ではパースの記号過程や推論の考え方を基にして,デザイ ナーが行う演繹や帰納やアブダクションといった推論の過程と連想 の過程をそれぞれフレームワークとして図示し,デザイナーの推論 過程を可視化する方法を提案する.そして,その可視化方法を用い て実際のプロダクトデザイナーの思考の一部を可視化する実験を行 い,その思考過程について論説する.最後に,デザイナーが行って いる演繹と帰納,アブダクションの思考過程に生じるバイアスを可 視化し,その思考の偏りを排除するための方法を提案する.

2.3.2 製品デザインにおける推論パターンの活用のための実験と 考察 -推論マッピング法の活用と評価-

 第 5 章において,第 4 章で提案する思考過程の可視化方法を用 いた思考のパターンの活用に関するデザイン実験を実施する.ここ では,アブダクションと帰納を組み合わせた思考方法を,教育の現 場において実際のデザイン活動に適用し,テーマに沿ったアイデア を発想し,具体的なスケッチとして表現してもらう.そして,その 推論マッピング法を用いたデザイン方法の有用性を主観評価により 検証する.

(26)

メタ認知補助のための方法が必要である

思考のバイアスを可視化しそれを排除する方法が必要である

思考のパターンをデザイン活動に活用するための実践的な方法が必要である

研究課題

C

C-1 C-2

デザイナーの フレームワーク 作成に関する課題

デザイナーが現場でデザインを行うときの推論過程の フレームワークとその可視化方法の検討 メタ認知補助のための方法の提案と

具体的事例を用いた論説 メタ認知補助のための方法を用いた

デザイン実験の実施とその活用に対する評価

図 1-3 デザイナーのフレームワーク作成に関する課題

(27)

3.本論文の構成

 本研究は以下に示す 6 章により構成する(図 1-4).

第 1 章:

 本章「序章」では研究の背景と目的と方法を示す.研究背景とし て,デザインを取り巻く状況とその課題について考察し,その結果,

本研究では人とモノと環境の関係の継続的な向上のために,漸進的 イノベーションの在り方を改善し,更に,急進的イノベーションに 必要なデザイン・ディスコースをより良くするためのデザイン方法 の検討を研究目的とすることを示す.

 研究方法では,イノベーションを起こすための状況をより良くす るためには,アイデアの質を高めることが求められており,アイデ ア創出の過程の前後を担う「ユーザーニーズ探索」と「フレームワー ク作成」の過程を改善する必要性を示す.

 まず,ユーザーニーズ探索方法の改善として,定量調査の方法を 充実させ,かつ,定量と定性の両者の視点から情報可視化を行う方 法を検討することを示す.具体的には,「CS 分析をデザイン評価に 適用する方法とその可視化」と「ファジィ積分をデザイン総合評価 に適用する方法とその可視化」の方法について検討する.

 次に,フレームワーク作成に関する改善のために,デザイナーが 現場でデザインを行う時の思考過程を可視化するための方法を提案 し,その方法を用いたデザイン実験を行い,評価を行うことを示す.

 また,本章では関連分野の既往研究を調査し,本研究の位置づけ を示す.そして,研究の対象領域を公共空間用家具のデザインに定 め,公共空間用家具業界に関する社会動向やメーカーとステークホ ルダー,ユーザーの間に生じている課題を示す.

第 2 章:

 第 2 章「感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足 度の評価とその可視化 - CS 分析をデザイン評価に適用する方法 とその可視化の検討-」では,まず,認知科学的な視点から「人が

(28)

モノ(人工物)に対して評価を行うとはどういうことか」を考え,ユー ザーのデザインに対する満足度を評価する方法の検討を始める.

 まず,公共空間用家具のデザインを評価するために必要な評価指 標を構築する.構築に当たっては有識者による豊富な評価の視点が 入っているデザイン賞の審査講評文や公共空間用家具メーカーの専 門家のヒアリング調査内容をもとに,そこから抽出したセンテンス を KJ 法により整理し,評価指標ごとの特性や関係性を導き出す.

 次に,「個々の評価指標に対する満足度」と「全体としての総合 的な満足度」について,ユーザーが公共空間用家具を利用しながら 評価を行い,個々の評価と総合評価の相関関係から各評価指標の重 視度を導き出す.そして,各評価指標の満足度と重視度から,偏差 値計算法を用いて,改善すべき項目の度合いを算出する手法[13]

をデザイン評価に適用する.

 また,評価指標ごとの満足度と重要度を概観し,比較できるよう なかたちに可視化する方法を示す.そして,ケーススタディとして,

その手法を用いた評価実験を実施し,2 つのユーザーグループ間の 評価のズレを比較し,定性調査を行うことでそのズレの理由を明ら かにする.

第 3 章:

 第 3 章「ファジィ測度を用いた製品デザインの感性評価とその 可視化 -ファジィ積分をデザイン総合評価に適用する方法とその 可視化の検討-」では,人が長期記憶の中に固有のものさしとして 持っている重視度のルール(どのような属性の組み合わせをどれく らい重視しているのかという度合)と個々の属性に対する実際の評 価値を掛け合わせることで,ファジィ積分を行い,そのモノの総合 的な評価を行う手法をデザイン評価に適用し,実際に公共空間用家 具の評価実験を行う.

 まず,評価指標を決定する.その際には第 2 章でまとめる「公 共空間用家具の評価項目」を参考とし,更に,公共空間用家具メー カーの製品カタログの中で家具の価値を表現しているセンテンスを

(29)

抽出し KJ 法により整理することで,その家具を構成する価値(評 価指標)を示す.

 次に,評価者であるユーザーが持っている属性の集合に対する重 視度「組み合わせ重視度」をアンケート調査により明らかにし,そ れらが非加法的なファジィ測度を構成していることを示し,その結 果,ファジィ積分を用いて,評価対象の公共空間用家具に対するユー ザーの総合評価を算出する.

 そして,評価項目のべき集合の図を基にして,組み合わせ重視度 を視覚的に把握しやすいような図を作成し,その図を用いた定性調 査の方法を検討する.

第 4 章:

 第 4 章「デザイナーが現場でデザインを行う時の推論過程のフ レームワークとその可視化 -メタ認知補助としての推論マッピン グ法の提案-」では,デザイナーの創造的な探求は推論(演繹,帰納,

アブダクション)と連想による思考の連続で行われることを示す.

 デザイナーが自分の思考過程を可視化し,それを見直すことで思 考のバイアスやパターンに気づき,バイアスを取り除くことで新た な発想を行ったり,思考パターンを活用することでデザイナー独自 のノウハウを構築するための方法を考案する.

 まず,既存の「自分の思考構造を認知するために開発されたツー ルや方法」を調査し,既往研究に欠けている観点や不十分な内容を 抽出した後に,それを補うための新たな方法を提案する.そして,

デザイナーがデザインする時に,実際にそのメタ認知を補助する方 法を用いてデザイナーの思考過程を可視化し,デザイン過程を論説 する.最後に,実験のまとめとして,思考のバイアスを意識的に排 除する方法を示す.

 

第 5 章:

 第 5 章「製品デザインにおける推論パターンの活用のための実 験と考察 -推論マッピング法の活用とその評価ー」では,第 4

(30)

章で提案した推論マッピング法を用いて,アブダクションの途中で 帰納を行う思考パターンを用いた造形プロセスを示し,その思考プ ロセスを用いた造形の実験をデザインを専攻する学生に対して実施 する.最後に,主観評価を行うことで推論マッピング法を用いたデ ザイン方法の有用性を示す.

第 6 章:

 第 6 章「終論」では,各章から明らかになった知見を基に,デ ザイン評価と推論過程の可視化を行うことで実現するデザイン方法 について考察する.そして,各章における研究の総括的なまとめを 行い,今後の課題と展望を示す.

(31)

図 1-4 研究のフロー

感性のシステム化による製品デザインの ユーザー満足度の評価とその可視化

第2章 ファジィ測度を用いた製品デザインの 感性評価とその可視化第3章 デザイナーが現場でデザインを行うときの 推論過程のフレームワークとその可視化 −メタ認知補助としての        

      をデザイン評価に適用する方法とその可視化 の検討−       をデザイン総合評価に適用する方法と その可視化の検討− 第4章 推論マッピング法の活用とその評価

製品デザインにおける推論パターンの活用 のための実験と考察

第5章

序論第1章 調 終論第6章

研究課題 研究課題

A B C-1

研究課題

C-2

研究課題 推論マッピング法の提案

CS分析 ファジィ積分

(32)

4. 既往研究における本研究の位置付け

 本研究の具体的な研究課題は次に挙げる 3 つである.「(A)CS

分析をデザイン評価に適用する方法とその可視化の検討」と「(B)

ファジィ積分をデザイン総合評価に適用する方法とその可視化の検 討」と「(C)デザイナーが現場でデザインを行うときの推論過程 を可視化するための方法の提案,及び,それを用いたデザイン実験 とその評価」である.研究課題に対する検討を実施するにあたり,

各分野の関連研究を調査する.そして,調査を通して既往研究から 得た重要な示唆を記し,本研究において参考にする内容を示す.ま た,既往研究との関係から捉えた本研究の独自性について述べる.

4.1 研究課題(A)(B)(C)に関わる既往研究について

 第 2 節でも述べたが,本研究では各章において,デザイン活動 の部分的な改善方法を検討しながらも,デザイン活動の繋がりを俯 瞰的に捉え考察するためにパースの記号過程の考え方を導入する.

 デザインとパースの記号過程に関する研究は,椹木[16]の文 献「実践の知としてのデザイン」や米盛[10]の著書「パースの 記号学」がある.これらの内容は第 2 章と第 4 章で詳しく述べる.

4.2 研究課題(A)(B)の両者に関わる既往研究について 4.2.1 定量的なデザイン評価の指針について

 感性工学やデザインなどの分野で,顧客の感性の評価尺度を定式 化しようとする試みがなされてきた.個人差研究を中心とする統計 学の流れと物理量と感覚量との定量的関係を求めようとした精神物 理学の流れを出発点とした心理測定法が今日まで研究され,発展し てきた[17].肥田野[18]の著書「心理・教育における測定法」

や池田[19]の著書「心理測定法」によると,元来数量化が難し いと考えられてきた心理的な問題に量的な測定の試みがなされてき たのは,客観性の高い表現が可能で,測定結果を一義的に表現する ことができ,曖昧さをなくした上で,数理演算処理を行い,分類・

(33)

分析ができるからであるという.しかし,その方法には「質的な差 異をすべて量的に還元できるのか」「数値化によって複雑な事象を 単純化することにならないか」などといった疑問や問題があるとい う.

 こうした問題を防ぐには,統計的なテクニックに頼るだけではな く,認知心理学の観点から,実際に人が行っている複雑で曖昧なデ ザイン評価の過程を深く考察し,その実態に即した心理測定を行う ための実験方法を設計する必要があると考えられる.そこで,本論 文では,数理分析の手法をどのようにしてプロダクトのデザイン評 価に適用することが望ましいかを検討する.

4.2.2 評価指標の構築に関して

 評価指標の構築に関するいくつかの研究から重要な示唆を得た.

まず,印象を表す言葉の階層的構造に関して,森や田川ら,柳澤ら の研究がある.森[20]は,印象の測定に関連して,印象に関す る諸概念の構造をラダリング法を用いて明らかにし,それらの印象 語の関係性を階層的な構造模式図として提案している.そこでは心 的状態を表す形容詞をイメージ語と呼び,最下層に形態要素を配置 し,その上に認知要素,更に意味属性の表示義,共示義を上位に配 置することで,イメージ語を階層的に区分する方法が提案されてい る.そして,ここでの「意味」とは対象が記号として持つもので,

記号そのものの名義的な意味を表す表示義的意味属性と,記号の表 象から連想される共示義的意味属性があると説明している.

 田川ら[21]は,デザインに対する感性評価が行われる際には,

まずその評価対象が持つ色や形,材質などが刺激となり,感覚的な レベルでの評価が行われ,その後,それらの情報が組み合わされて,

「上品な」「目立つ」などの認知レベルの評価が行われるという.そ して,更に「美しい」「好きな」と言った心理的態度レベルの評価 が行われ,最終的に「欲しい」「買いたい」などの意思決定に繋が るとしている.このように,人が行う評価を階層的に捉えたうえで,

単純図形を評価対象に設定し,階層の上位に当たる感性評価値と,

下位の図形の構成要素の状態との関係性を SD 法を用いた評価実験

(34)

の結果から示している.

 柳澤ら[22]は,感性を形容する言葉は多義的であり,その言 葉から解釈される内容は個人により異なる場合があるとし,感性品 質を表す言葉の背後にある潜在的な評価尺度を抽出・分類し,その 評価尺度を定量化する手法を提案している.具体的には,まず,人 は外界からの刺激を知覚し,認知された情報と個人の記憶や経験な どの関係から印象やイメージを想起し,それらを統合して好みなど の総合的な判断を行うと言及し,次に,その知覚から好みに至るま での各階層を形容する言葉を評価指標として設定し,SD 法による 感性評価実験を実施した.そして,その結果を用いて SD 尺度のク ラスタ分析を行い,知覚に関する評価指標よりも全体的な印象を表 す評価指標の方が,被験者にとって多様な尺度を内在していること を明らかにしている.

 以上,田川らや柳澤らの研究では,刺激が感覚受容器に入力され,

中枢神経系において刺激に含まれる情報を加工するという行動主義 心理学から用いられている伝統的な知覚モデルを背景としているこ とが分かる.このようにモノや環境に関するデザイン評価では,単 に数理的な分析手法を用いるだけでなく,人の認知のプロセスに適 した方法を設計する必要があるといえる.本論文ではこれらの既往 研究が参考にしている伝統的な知覚モデルとは異なる視点から知覚 について議論する.第 2 章で詳しく述べるが,ギブソンが提唱す る知覚の考え方をベースにして,評価指標の階層化に関する考察を 展開する. 

4.2.3 「物理的・客観的視点」と「感性的・主観的視点」の評価指 標を用いたデザイン評価について

 モノの品質や性能を示す客観的な「性能品質」と人の視点に立っ た主観的な「感性品質」や「魅力品質」という評価指標の分類を基 に展開している研究として,佃らや今泉らの研究がある.佃ら[23]

は,タスクごとに各製品の評価点とその理由について「良い点」「悪 い点」の両面から聞くことで,各タスクのユーザビリティ評価に ついて量的と質的の視点から分析するユーザービリティタスク分析

(35)

法を提案し,その手法を用いて評価実験を行い,得られたデータか らコレスポンデンス分析やクラスタ分析を行うことで,ユーザーの 要求事項を品質要素に分類できることを示した.ここでいう品質要 素分類とは狩野ら[24]が,物理的充足状況を横軸に,使用者の 満足感を縦軸にとり,両者の対応関係から評価対象の品質要素を次 の 3 つに分類したものである.まず「魅力的品質要素」とは,そ れが充足されれば満足を与えるが,不十分であっても仕方がないと 受け取られる品質要素である.次に「一元的品質要素」とは,それ が充足されれば満足,不充足であれば不満を引き起こす品質要素で ある.最後に「当たり前品質要素」とは,それが充足されれば当た り前と受け取られるが,不充足であれば不満を引き起こす要素であ る.以上のように分類している.

 また,今泉ら[25]は地下空間形状のデザインに関する研究の 中で,感性的な評価と力学的な評価を個々に論じるのではなく,両 者を総合した地下空間の形状のデザイン評価法を提案している.具 体的には感性的な快適性を SD 法により評価し,次に力学解析によ る安全性評価を行い,最後にそれらの結果を用いて総合的に評価す るものである.

 以上より,評価対象の品質や性能など物理的な視点から行う評価 と人の感性的な評価を組み合わせた総合評価の有用性が研究で示さ れている.しかし,次のような疑問が生じる.「物理的な充足をど のようにして数値化するのが望ましいか」,「例えば,ソファーの柔 らかさは適した硬度があり,柔らかすぎても硬すぎても問題が生じ るが,物理的に充足しているとはどのような状況か」,「例えば,同 じベッドであっても,ユーザーによりその硬さの感じ方が異なる.

そのようにベッドの硬さは客観的・物理的にも主観的・感性的にも 捉えることができるような性質を持つといえる.すべての評価指標 は明確に分類できるのだろうか」,「安全性を確保することはメー カーとして行う最低限の価値提供であり,それを評価することは メーカー視点の評価であり,ユーザー視点の評価と混合してよいの か」「安全性があることと,安全性をユーザーが感じることは質的

(36)

に異なるのではないか」,「これらの評価方法はユーザー視点の評価 を行いたいのか,メーカーが自己評価したいのか,その目的が不明 瞭ではないのか」といった疑問である.それらの疑問を解消するた めに,本論文では第 2 章において,ギブソンの生態学的心理学の 観点から評価指標の在り方を検討する. 

4.2.4 ユーザーグループ間の評価の差異に着目した評価について  森田[26]や曽我部[27]は,ユーザーを作り手,送り手,受 け手など複数のユーザーグループに分類し,その複合評価からユー ザーグループ間の評価のずれを可視化するための評価・診断システ ムを構築した.具体的には,グッドデザイン賞の選評文などからそ のデザインの価値に関わる内容をその前後の文脈がわかるように短 いセンテンスとして集め,それらを基に評価指標を構築し,「クオ リティカルテ」というデザイン評価ツールを開発している.クオリ ティカルテを用いることで評価のズレの要因を可視化し,それを読 み取ることでユーザーの潜在的なニーズを抽出し,新たな商品開発 の指針や具体的な改善改良の策を導出できることが,家具や家電な どのプロダクトを対象とした評価実験により検証されている.

 また,石橋[28]はそのクオリティカルテを用いた応用研究と して,「ユーザーグループ間の評価のズレに着目した空間評価・診 断システム構築に関する研究」を行っている.具体的な評価実験は,

地域性に着目して,日本と韓国,中国の駅や港といった公共空間を 対象として実施し,その結果,生活する地域や文化が異なることが 要因となり,各ユーザーグループ間に評価のズレが生じていること を示し,経験により蓄積された記憶が評価者の解釈に影響すること を明らかにした.

 以上,森田や曽我部,石橋の研究では,デザイン評価を行う上で 重要なポイントがいくつか示されていた.まず,両者の研究では,

限られたユーザーグループを対象に行う一元的な評価方法ではな く,複数のユーザーグループの評価の差異を示すことでグループ間 の関係性に潜む課題を表出できることが明らかにされている.この 時,評価対象や対象を取り巻く社会や文化などのコンテクストを考

図 1-4 研究のフロー感性のシステム化による製品デザインの ユーザー満足度の評価とその可視化第2章ファジィ測度を用いた製品デザインの 感性評価とその可視化第3章 デザイナーが現場でデザインを行うときの 推論過程のフレームワークとその可視化 −メタ認知補助としての             −−                をデザイン評価に適用する方法とその可視化の検討−−                            をデザイン総合評価に適用する方法とその可視化の検討−第4章−推論マッピング法の活
表 2-2 利用者とスタッフに提示した評価項目(実験 2 用) 利用者(学生)に提示した項目 スタッフに提示した項目 体重を預ける場所が分かりやすい 体重を預ける場所が分かりやすい 体重を家具に預けやすい 体重を家具に預けやすい 家具の移動の仕方が分かりやすい レイアウトの変更がしやすい 扉の開け方が分かりやすい 書類の場所が分かりやすい 書類の場所が分かりやすい 書類が取り出しやすい 書類が取り出しやすい ファイルの場所が分かりやすい ファイルの場所が分かりやすい ファイルが取りやすい ファイルが取りやす
図 2-11 学務課のカウンター 10.2 情報可視化の方法 10.2.1 量的と質的の両者の視点を含む情報可視化  既に述べた通り,本研究では量的と質的の両者の視点を含んだ評 価結果の可視化を目標としている.そこで,既に専門家へのインタ ビュー結果やデザイン賞の選評文などの定性的なデータを基に作成 した「公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップ」をベースとし て,そこに定量調査の分析結果を加えることで,情報の表現を行う ことを検討する. 10.2.2 オーバービューとフォーカスを両立した情報可視化  文献
図 2-18 入り口から見た窓口サイン (学生側) 12.2.2 「アクセスする場所のわかりやすさ」について  図 2-18 は,入り口から学務課を撮影した写真である.入室した学生は目的に合った窓口を探してアクセスするが,学生へのインタビューの結果,窓口のサインの文字が見えにくいという意見が多く聞かれた.また,ピンクや青色に色分けされた窓口のサインは最近設置されたもので,職員側は改善されたことに満足している様子が見られた.色分けを行うことで,学生からアクセスする場所を聞かれた際にも「青色の窓口に行ってくださ
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