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セミオティックデザインの考え方

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 190-200)

第 6 章

2.4  セミオティックデザインの考え方

 以上,各章において得られた記号過程に関する知見を総括する と,人工物で溢れたこの世界における複雑なデザインの営為を「デ ザイナーとユーザーの間に生じる記号を介したコミュニケーショ ン」として捉えることができる.図 6-1 にそのコミュニケーション の一部を簡略的に示す.そして,ここでいう記号とは第 2 章でも 説明した通り,「誰かに対して何かを表すもの」のことである[10].

記号を知覚することで,人の意識にその表象が浮かぶ.ただし,そ の表象に対する解釈は人によって異なるので,記号を介したコミュ

ニケーションでは,その送り手と受け手が認識する記号の表象の意 味が必ずしも同じにはならないという特徴がある.

 まず,図 6-1 のシーン①において,デザイナーは複数の情報から 人工物のデザインを始める.その時,デザイナーはユーザーと人工 物のあるべき関係性を想像する.想像上のユーザーは記号としての 人工物に対峙し,感覚器官を通じて人工物を知覚する.そして,そ のユーザーの感性を通してユーザーエクスペリエンス(UX)が生 じるのだ.ここで,ユーザーにインプットされる人工物の記号の表 象を ,ユーザーが感じる UX を とすると,「ユーザーの感性シス テム」の働きを の関数で表すことができる[11].

 一方,デザイナーはその逆関数を求めようと試みる.つまり,

あるべき UX から人工物を推測してかたち作ろうとするのである.

しかし,実際にはユーザーとデザイナーの感性システムは異なる ので,逆関数を求めようとした結果,厳密解は求めることができ ないだろう.シーン①においてデザイナーにインプットされる情 報をz,アウトプットされる人工物を ,デザイナーの感性シス テムの関数を とすると,デザイナーのデザイン活動は簡略的に

と表すことができる.

 次に,デザインされた記号 は実際に複数のユーザーに解釈・

利用され,それぞれのユーザーに異なる UX が生じる.その一例を シーン②として図示している.そして,これまでは,公共空間用家 具のデザイン分野では特に,この段階で記号過程の連鎖が終わるこ とが多かった.

 そこで,本研究では「(A)CS 分析をデザイン評価に適用する方 法とその可視化の検討」と「(B)ファジィ積分をデザイン総合評 価に適用する方法とその可視化の検討」を行うことで,人工物とユー ザーの関係性に生じる UX を量的・質的の両者の視点から記号化す ることを可能にした[12].UX が記号として適切に表現されるこ とで記号過程が繋がり,シーン③のにおいて,デザイナーが次のデ ザイン開発にその情報を活用することができる.

 また,本研究では「(C)デザイナーが現場でデザインを行うと

きの推論過程を可視化するための方法の提案,及び,それを用いた デザイン実験とその評価」を実施し,デザイナーの推論過程を可視 化する方法を開発することができた[13].シーン③において本方 法を用いると,デザイナーの感性の関数 を可視化することがで き,デザイナー自身がそのプロセスを認知し,それを改変していく ことが可能となった.また,デザイナーが独自の有用な思考パター ンを見つけ出し,そのプロセスを活用することが容易になった.更 に,可視化・記号化された自らの推論過程を形式知としてプロジェ クトメンバーと共有することで意思疎通が円滑になり,コ・クリエー ションの質が向上すると考えられる[14].

 このように,「(A)CS 分析をデザイン評価に適用する方法とその 可視化の検討」と「(B)ファジィ積分をデザイン総合評価に適用 する方法とその可視化の検討」と「(C)デザイナーが現場でデザ インを行うときの推論過程を可視化するための方法の提案,及び,

それを用いたデザイン実験とその評価」の 3 つの研究課題への取 り組みは,ユーザーとデザイナーの記号を介したコミュニケーショ ンの連鎖を機能させることができ,人とモノと環境の関係の継続 的な向上の過程において重要な役割を果たすことを示すことができ た.

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A B

研究課題 CS分析をデザイン評価に適用する方法と その評価結果の可視化の検討 ファジィ積分をデザインの総合評価に適用する方法と その評価結果の可視化の検討 研究課題

C

デザイナーが現場でデザインを行うときの推論過程の フレームワークとその可視化方法の検討

図 6-1 デザイナーとユーザーの記号を介したコミュニケーション

 さらに,広い視点から本研究を概観し,開発した方法を用いて 実現されるデザインの営為を本研究の結論として示す.本論文では 議論を分かりやすくするために,ユーザーとデザイナーに対象を 絞って議論を展開してきたが,公共空間用家具のデザインの営為に 関わっている人は彼らだけではない.第 2 章で述べたように,公 共空間用家具のデザインに関わるステークホルダーはユーザーだけ ではなく,施設の管理運営を行うスタッフや施設のファシリティマ ネージャーや所有者などの購買決定者,空間設計事務所など多様な ステークホルダーが関係している[15].また,公共空間用家具の 製品開発に関わる人はデザイナーだけではなく,企画やマーケティ ング,研究,品質管理,量産設計,製造,営業,流通など社内外を 含め,多様な専門家が存在する[16].そして,第 2 章から第 5 章 で検討してきた方法は多様なステークホルダーと専門家にも十分に 適用可能であると考えることができる.

 なぜなら,推論過程を可視化する方法は,そもそもデザイナーを 含めたすべての人が日常的に行っている推論や連想に対して開発し た方法であり,デザイナー以外の人の思考過程を可視化することは 可能である.また,デザイン評価とその可視化の方法は,設定する ステークホルダーに合わせて評価指標を再構築する必要があるが,

同様の手順で評価を行うことが可能である.以上のように考える と,デザイナーなどの「専門家」とユーザーを含めた「ステークホ ルダー」の記号を介したコミュニケーションは図 6-2 のように表現 できる.

 デザインに関わる専門家とステークホルダーたちは,記号を結節 点としたコミュニケーションのネットワークを形成している.これ を本論文ではセミオティックネットワークと呼び,そして,このネッ トワークを機能させるために,より良い記号過程の連鎖をデザイン することをセミオティックデザインと呼ぶことにする.ここでいう 記号とは,声や音,文字やグラフィック,ジェスチャーや行為,香 りや味,モノなどの人が知覚できる対象を含む,「誰かに対して何 かを表すもの」のことである.日常的な会話の中では,声や言葉を

記号として用い,コミュニケーションを図っているが,記録をしな い限り,その場にいる人としか繋がりが持てない現状がある.一方,

モノやグラフィックのような視覚や触覚で知覚できる記号を用いる と,それを複製することで多様な人に影響を与えることができる.

もちろん,その目的やシチュエーションに合わせて,あるべき記号 のかたちを選ぶ必要があるが,多様な人の解釈や意見をデザインの 営為に取り入れるためには,多くのコミュニケーションの結節点と なる記号が重要な役割を果たすと考えることができる.

 図 6-2 において本研究で検討した「(A)CS 分析をデザイン評価 に適用する方法とその可視化」と「(B)ファジィ積分をデザイン 総合評価に適用する方法とその可視化」と「(C)デザイナーが現 場でデザインを行うときの推論過程を可視化するための方法」がも たらす効果について説明する.①デザイナーなどの専門家とユー ザーなどのステークホルダーたちはそれぞれ,記号を介したコミュ ニケーションを行っている.図には表現していないが,デザイナー たちは様々な分野の記号から情報を得て,解決すべき課題や本質的 な価値を探究し始める.②独自の視点を持った複数の専門家が記号 を介したディスコースを行い,その結果,人工物(モノ)を創出す る.(ここで,ディスコースとは直訳すると「会話」や「談話」で あるが,ここでの意味は,認識論や哲学で使われている「ある言 葉や行いが,それらが語られたあるいは行われたコンテクストの中 で,何を意味し,またなぜそれを意味するようになるのかを分析す る概念」という意味を含むような対話のことである.)そのディス コースの際には,「デザイナーが現場でデザインを行うときの推論 過程を記号化する方法」が重要な役割を果たす.自分の思考過程を 認知することで,自分の考えを整理しながら相手に話すことができ るだけでなく,推論マッピング法を用いて思考過程を図として表現 することで,より分かりやすく相手に伝えることができる.また,

相手が聴覚だけではなく視覚的に認知することで,連想する範囲も 広がり,解釈が豊かになるだろう.そして,ディスコースを通して 創出された人工物(記号)の「モノの能力」がユーザーや設計事務

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