チャールズ・テイラーと権利主体論
現代多文化社会における「権利主体としての自己」を巡る研究
Charles Taylor and the theory of the subject of rights
Study on the SELF as the subject of rights in the modern multi-cultural society
早稲田大学大学院社会科学研究科 地球社会論専攻 社会思想研究
森田明彦 MORITA, Akihiko
2006年10月
チャールズ・テイラーと権利主体論
―現代多文化社会における「権利主体としての自己」を巡る研究―
【目次】
第1章 課題の提示と論文の構成 6
1.本論文の契機―人権との出会い 6
2.課題の提示―人権は普遍的なものか? 8
3.方法論の提示―権利主体としての自己を通じて人権の普遍性を考える 12
4.本論文の構成 15
第2章 人権の普遍性―イグナティエフとテイラー 21
1.国際人権への挑戦 21
(1)「権利革命」の進展とその課題 21
(2)国際人権の普遍性への文化的挑戦 24
2.イグナティエフの人権思想の特徴 26
3.イグナティエフの人権思想に対する批判 27
(1)エイミー・ガットマンによる批判 27
(2)アンソニー・アッピアの批判 28
(3)デイヴィッド・ホリンガーの批判 29
(4)ダイアン・オレントリヒャーの批判 29 4.イグナティエフとテイラー―消極的自由と積極的自由を巡る二人の立場 29 5.イグナティエフ、テイラー、バーリン―人権と個人主義 34
(1)個人主義と尊厳、自由、自己同一性(アイデンティティ)の関係 35
(2)近代個人主義とコミュニタリアニズム 39
第3章 テイラー『ヘーゲル』―日本流超越的存在の構想 47
1.課題の設定と方法論の提示 47
2.ヘーゲルが目指したもの 49
(1)当時の思想的課題 49
(2)ヘーゲルが目指したもの 52
(3)ヘーゲルの論理学と弁証法 56 3.ヘーゲルの存在論的弁証法は成功したのか? 57
(1)ヘーゲルの論理学 57
(2)定有(Dasein))と無限性(infinity) 58
(3)ヘーゲル論理学は成功したのか? 60
4.現代日本のアポリアとヘーゲル哲学 61
第4章 テイラー『自己の諸源泉』(1)―西欧社会における近代的自己の誕生 66
1.人権概念の西欧的偏向 66
2.権利主体としての近代的自己 67
3.近代的な内面性 69
4.日常生活の肯定 72
5.内的道徳源泉としての表現主義的自然観念 77 6.現代西欧思想家としてのテイラーの特徴 84
(1)キリスト教的伝統の肯定 84
(2)ロマン主義的な反啓蒙主義 87
(3)現象学的方法論 89
第5章 テイラーの言語哲学―言語論的転回と権利主体論 93
1.権利主体論の課題 93
2.「言語論的転回」におけるテイラーの位置 95
3.テイラーの言語哲学 97
(1)表現主義的言語理論 97
(2)言語の三つの側面 100
(3)表現主義的言語理論と表象的言語理論 102
(4)言語の全体性 103
4.テイラーの「行為」論 104
(1)「行為」論の系譜と課題 104
(2)表現主義的「行為」論 105
5.テイラーの思想と人権の根拠 107
第6章 テイラー『近代社会像』と権利主体論 114
1.課題の設定と方法論の提示 114
2.近代西欧社会像 117 3.三つの近代社会像と権利主体としての自己像 119
(1) 市場経済 119
(2) 公共圏 120
(3) 主権者としての人民 121
(4) 権利主体としての自己像 123
4.現代的自己の特徴 124
5.現代日本の課題 127
第7章 テイラー『自己の諸源泉』(2)―近代西欧的自己の現代的課題とその限界
133 1.福祉コミュニティの担い手としての個人 133 2.近代西欧社会像と近代的自己の関係およびその現代的課題 134
(1)近代西欧社会像の核心―権利主体としての自己 134
(2)近代的自己の現代的課題 135
3.西欧近代道徳とロマン主義 137
(1)西欧近代道徳の歴史的系譜 137
(2)ロマン主義の現代的展開 138
(3)ポストロマン主義と西欧近代道徳 141
4.西欧近代道徳の三つの課題 142
(1)解放された道具主義への批判 143
(2)本質的善を巡る対立 145
(3)近代的道徳規範とその実現の間の対立 146 5.西欧近代の道徳的枠組と近代的自己 146 第8章 テイラーの全体論的個人主義と権利主体としての子ども観 151
1.子どもの権利主体性 151
2.存在論と権利主体論 152
3.テイラーの全体論的個人主義 155
(1)表現主義的言語理論 156
(2)自己解釈的存在としての自己 159
(3)全体論的自己観と個人主義 161
4.テイラーの全体論的個人主義と権利主体論 161
5.子どもの権利主体性 163
第9章 テイラーの表現主義的個人主義と現代の人身売買 168
1.現代の人身売買 168
(1)人間の安全保障と人権 168
(2)人身売買の現状 168
(3)エンパワメントと参加 170
(4)人身売買と人権 171
2.〈表現の自由〉の侵害としての人身売買 173
(1)ネオリベラリズム、近代啓蒙主義と人身売買 173
(2)近代的自己の諸源泉と〈ほんもの〉という倫理 175 (3)〈表現の自由〉の侵害としての人身売買 177
第9章付論 人身売買の事例研究報告―フィリピンのケース 183
1.課題の提示と方法論の説明 183
(1)課題の提示 183
(2)方法論の説明 184
2.フィリピンでのワークショップの報告 186
3.暫定的な結論と今後の課題 190
第10章 テイラー『マルチカルチュラリズム』と現代日本 195
1.課題の設定と方法論の提示 195
2.テイラーの基調報告―承認の政治 197
(1)『マルチカルチュラリズム』 197
(2)テイラーの基調報告―承認の政治 198
3.テイラー報告に対するコメント 201
(1)スーザン・ウルフのコメント 201
(2)スティーブン・ロックフェラーのコメント 201
(3)マイケル・ウォルツァーのコメント 201
(4)ユルゲン・ハーバーマスのコメント 202
(5)K・アンソニー・アッピアのコメント 203
4.マルチカルチュラリズムと現代日本 204
第 11 章 ナショナル・アイデンティティとしての自由民主主義―イグナティエフ『ヴァ ーチャル・ウォー』『次善の悪』『米国の例外主義と人権』 210
1.課題の設定と方法論の提示 210
2.イグナティエフの思想 212
(1)『ニーズ・オブ・ストレンジャーズ』に見るイグナティエフの思想 212
(2)イグナティエフの思想の特徴―多元的リベラリズム 217 3.90年代以降のイグナティエフ 218
(1)合法性と正当性―『ヴァーチャル・ウォー』 218
(2)自由と安全―『次善の悪』 220
(3)人権を巡る米国の矛盾―『米国の例外主義と人権』 222
4.現代日本の課題 224
第12章 テイラーへの応答―わたしのコミュニタリアニズム 232 1.わたしのコミュニタリアニズム 232
2.日本の近代と人権 235
3.日本の近代と個人主義 239 4.「超越的体験」としての東洋的無 243 5.「東洋的無」の主体としての「身」 245 6.自己解釈的存在としての「身」を巡る課題―リベラリズムとコミュニタリアニズム 246 補論1 チャールズ・テイラーの作品と関連文献リスト 255 捕論2 マイケル・イグナティエフの略歴と作品 260
その他の文献リスト 264
第1章 課題の提示と論文の構成
1.本論文の契機―人権との出会いわたしは、1997年より2004年5月まで財団法人日本ユニセフ協会広報室長として、世 界中の困難な状況におかれた子ども達の現状とユニセフ(国際連合児童基金)の活動を日本 の人々に伝える広報活動に携わった。文化も言葉も、置かれた状況も異なる子ども達を対象 に、文化も言葉も異なる人間が共同で支援活動を進めるという体験は、今振り返ってみると 奇跡に近い出来事であったように感じる。この活動を支えているのが「子どもの権利条約」
であった。
当時、ユニセフ(国際連合児童基金)の中では、1989年に国連総会で採択された「子ど もの権利条約」を組織の活動の中に定着させるための作業が進められていた。「子どもの権 利条約」に定める子どもの権利の実現を図ることを組織の使命に定め、「子どもの権利条約」
を共通の行動準則として、そして「子どもの権利条約」という言葉を共通言語として活動を 進めていくという「権利に基づくアプローチ」の徹底が図られていた。途上国において政府 と協力しつつ保健、衛生、教育などの具体的な社会的サーヴィスを子ども達に提供していく ことを主な活動目的とする実務的な国連専門機関であるユニセフの世界において、抽象的で、
形式的に見える「権利」という言語が定着するまでには、様々な困難があった。わたしが、
日本各地にある日本ユニセフ協会の地域組織関係者に対して、「権利に基づくアプローチ」
を初めて説明した時にも、その反応は必ずしも肯定的なものではなかった。
そもそも、わたし自身が「権利」という言葉を何故使わなければいけないのか、必ずしも 納得の行く回答を見つけられずにいたから、当然、その説明にも説得力はなかったのである。
そのようなわたしの「権利」観に大きな変化をもたらした出来事が、「子どもの商業的性 的搾取」問題への取り組みと、その延長線上にあった「第 2 回子どもの商業的性的搾取に 反対する世界会議」の子どもと若者参加プログラムでの体験であった。
「子ども買春、子どもポルノ、性的目的のための子どもの人身売買」を指す「子どもの商 業的性的搾取」問題は、90 年代前半より世界各国で深刻な問題として認識されるようにな ってきていた。
日本のおとなが東南アジア諸国に買春に出かけた場合、その行為を処罰する法律が日本国 内になければ、東南アジア諸国の子どもの権利を保護することは出来ない。予防接種も、経 口補水塩も、海外の売春宿で日本のおとなに搾取されることから子どもを保護することは出 来ないのである。「児童労働」をテーマとする、1997年度『世界子供白書』が提言している
ように、有害で搾取的な児童労働をなくすためには、基本的な社会サーヴィスの提供と同時 に法的規制の強化が必要なのである。その根拠は、「子どもの権利条約」にあった。国境を 越えた「子どもの権利」侵害に対処するためには、国境を越えた共通の法が必要であること を、わたしは初めて学んだのである。
海外の子どもの権利を保護するために必要な法律を日本で作るという試みは、1999年11 月に施行された「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」
として実現した。
ほぼ同時期に、スウェーデン政府より日本政府に対して1996年にストックホルムで開催 された「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」のフォローアップ会議を日本で開催 してもらいたいという要請が行われた。2000年5月26日に正式に日本での開催が決定し た「第二回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議(横浜会議)」において、日本ユニ セフ協会は子どもと若者プログラムを担当することになった。同会議には世界から 100 名 の子どもと若者が参加することが認められ、主催国である日本には33名の参加枠が与えら れた。
しかし、日本に、国際会議の場で自分の意見を発表できるような子どもが存在するのだろ うか。「子どもの商業的性的搾取」問題という、日本では公に話すことがタブー視されてい る性の問題に正面から取り組もうと考える子どもや若者を見つけることが出来るのだろう か。そもそも、日本の子ども達に「子どもの商業的性的搾取」問題をどのように伝えたら良 いのだろうか。そんな不安を抱きながら、横浜会議に向けた準備は始まった。
子ども参加とは、子どもに対して最初から全てを任せてしまうことではない。子どもが特 定の問題に対して知識を持ち、自分の意見を形成し、その意見を発表できるようになるため には、それなりの準備が必要であり、その準備を手助けする大人のサポートが不可欠である。
子どもをサポートする役割はファシリテーターと呼ばれている。わたしは、子ども参加のフ ァ シ リ テ ー タ ー 養 成 の た め に フ ィ リ ピ ン か ら フ ィ リ ピ ン 教 育 演 劇 協 会 (Philippine Educational Theater Association:PETA)やルンドゥヤン劇団(Lunduyan Foundation)
の専門家を招聘した。
フィリピンにおいてストリートチルドレン、レイプされた女の子、戦争で親を目の前で殺 された子ども、兵士とされた子どもたちなど、悲惨な経験から立ち直る子どもたちのワーク ショップを数多く行なってきた彼らは、「子どもの権利条約」を日常の活動の中に完全に活 かしていた。
「子どもの商業的性的搾取」は「子どもの権利」の侵害であること。
搾取、虐待、暴力から保護される権利は、「子どもの権利条約」に定められている様々な 子どもの権利の一部であり、一人の人間としての「子ども」の「権利」を構成する不可分の 要素であること。
「子どもの参加」は、「保護される権利」を含む子どもの権利を実現するための不可欠な プロセスであり、欠かすことのできない「子どもの権利」の一部であること。
今まで紙の上に書かれた文字に過ぎなかった「権利」という言葉が、子ども達を通じて、
次第にわたしの中で血の通った、生き生きした存在に転換し始めていた。
中でも、フィリピン大学総合開発研究所「心理的トラウマと人権」プログラムに所属する テレサ・カマチオ・デラクルスの講義は、それまでのわたしの「人権」観を大きく変えた。
テレサは、開発援助の世界で 80 年代まで主流を占めていた「ニーズに基づくアプローチ」
と比較して、90 年代以降導入された「権利に基づくアプローチ」の特徴を説明してくれた。
「ニーズに基づくアプローチ」が、支援を必要とする弱い人間、何か欠如したところのある 人間観を前提としているのに対して、「権利に基づくアプローチ」は子どもを含む全ての人 間を「完全な権利の主体」とみなすもので、そのような権利が保障する様々な可能性を実現 していく能力と意欲を子どもを含む全ての人間が持っていることを認める、肯定的な人間観 を前提としているというテレサの説明は、それまでわたしが抱いてきた「権利」に対する漠 然とした違和感を完全に払拭した。
2001 年 12 月に開催された横浜会議の子どもと若者プログラムのために、わたしは世界 35 カ国から集まった 93 名の子どもと若者と 9 泊 10 日を共にした。年少の子どもたちと 18 歳 以上の若者たち、書き言葉を重視する欧米のグループと東アジアを中心とする身体表現を重 視するグループの間に深刻な対立が生まれ、現場の責任者であったわたしは、その調整のた めに随分と苦労をした。しかし、わたしは対立する子どもと若者たちの間に共通する信念が あることを当初から感じていて、このプログラムは必ず成功するという確信は最後まで揺ら がなかった。
今振り返ってみると、あの時のわたしの確信を支えていたのは、横浜会議に集まってきた 子どもと若者、そしてわたし自身が「子どもの権利条約」が前提とする子ども観、人間観を 共有しているという安心感と、「子ども参加」を立派に成功させたいという熱意であったよ うに思う。
2.課題の提示―人権は普遍的なものか?
こうして、「人権」という理念を少しずつ身に付けていったわたしにとって、マイケル・
イグナティエフの作品は大きな刺激と学びを与えてくれた。
イグナティエフは、当初、18 世紀スコットランドの啓蒙思想に関する研究者として出発 した。その成果が、『富と徳』(Wealth and Virtue,1990)に収められたホントとの共著論 文「『国富論』におけるニーズと正義」(Needs and Justice in the“ Wealth of Nations)で ある。同論文において、イグナティエフはA・スミスの経済学は「政治的人格をめぐるイン グランド・アイルランド的なシヴィック・ヒューマニズムの議論にではなく、自然法学の伝 統との彼の関わりに由来するもの」と述べている1。
イグナティエフは、この論文において次の三点を主張する。
① 『国富論』の中心的関心は正義の問題であり、所有の不平等と所有から除外された人々 への十分な生活資料の供給を両立させうる市場機構を見出すことであった。
② スミスの関心は、商業社会のパラドックスを、それに貢献した行為者のだれにも「慈悲 ぶかい」意図を帰することなしに説明することであった2。
③ 近代の商業社会は不平等で徳を欠いてはいたが、不正義なものではなかった。
イグナティエフは、盲目的な人間の欲望の螺旋階段こそ、人間を貧困から救い出す原動力 であり、私有財産制度だけが技術革新と経済成長に必要なインセンティブを与えることがで きること、そして社会のニーズを抑制することで平等と徳性を維持しようとする社会は社会 の最貧層のニーズを満足させる経済成長自体を危うくするというA・スミスの主張を基本的 に支持しているのだった。
イグナティエフは、『ニーズ・オブ・ストレンジャーズ(The Needs of Strangers,1985)』
において、再度、A・スミスを引用して、集団的に決定された法にもとづく共和主義的自由 の代わりに、見えざる手という無情な世俗的摂理に導かれる自然的自由を擁護している。
イグナティエフは、個人の「徳」を尊重するシビック・ヒューマニズムを一方的に否定す るわけではない。しかし、イグナティエフは「公民的理念が究極的には、生産的労働を奴隷 に委ねるという不名誉と不正義に依存するもの」であり、「(商業社会では)人々が財産や市 民権の上でどれほど不平等ではあっても、基本的必要を満たす手段を入手できる点で彼らは 平等であり得た。これらの一連の選択において、スミスが公民的徳よりも厳密な正義を選び、
能動的自由よりも受動的自由を選んだことは明らかである」として、「近代社会」を基本的 に信頼する立場にたつことを明らかにした3。
わたしは子どもの人身売買の実態を調査するために、2002年夏、タイ経由でカンボジア
を訪れたことがあった。生れたばかりの赤ん坊の医療費のために、年長の娘をブローカーに 売った母親の話を聞きながら、わたしはイグナティエフのことを思い出していた。今、カン ボジアは長かった武力紛争から解放されて、新しい経済発展への道を歩み出している。しか し、貨幣経済が浸透する中で、貧しい人々や手に職のない人たちは、より多くのお金を得る 機会を求めて、裕福なタイとの国境の町へカンボジア中から集まってきている。全ての人が 食べるだけの食糧を自給できたカンボジアですら、最早、昔の農村生活に戻るわけにはいか なくなっている。その背景にあるのは、経済のグローバル化がある。経済のグローバル化は、
日本や英国などの先進国経済を揺さぶっているだけではなく、カンボジアなどの途上国の 人々の生活を大きく変えているのである。カンボジアも、A・スミスが言う「欲望の螺旋階 段」に既に足を踏み入れているのだ。その結果、国は豊かになっていくのかも知れない。し かし、その過程で生み出される人身売買や家庭崩壊の被害者の人権は、誰が保障してくれる のだろうか。
グローバル化が生み出す経済格差の犠牲となっていく人々に対して、われわれは何をする ことができるのだろうか。
わたしは、2000年春、独立間もない東チモールを訪れた。東チモールでは、インドネシ アからの独立を巡って同じ村に住んでいた人々が独立派と反対派に分かれて争い、殺し合っ た。現在の武力紛争の主な舞台は、人々の日常生活が営まれる村であり、町である。それま で平和に暮らしていた人々が憎み合い、争いを始めた時、人権という理念は和解の指針を示 すことが出来るのだろうか?
イグナティエフは「わたしたちのニーズを満たしてくれる経済が地球規模となったにもか かわらず、これらのニーズの速度と発展をコントロールしようとする政治体はいまだ国家規 模にとどまっている」現代社会、いわゆる「近代後期」社会において、どのような「社会道 徳」が可能なのか、という問いを提起する。
1993年にBBCレポーターとして行った旧ユーゴ、ドイツ、ウクライナ、ケベック、ク ルディスタン、北アイルランドにおける民族紛争の取材に基づいて書かれた『民族はなぜ殺 しあうのか(Blood and Belonging、1993)』、現代武力紛争と倫理問題を論じた『仁義なき 戦場(The Warrior's Honor、1998)』そして『政治、偶像としての人権(Human Rights as Politics and Idolatry、2001)』 は、この問いに対するイグナティエフの思索を示すもので ある。
イグナティエフは、自らの取材経験に基づき、民族主義による戦争は民族間の憎悪と積年
の対立の爆発だとする考え方は誤りであり、民族間の交戦地帯に見られる積年の、一見抜き がたい反感でさえ、子細に調べてみれば、自民族への忠誠心を中和するに足るだけの強い市 民的アイデンティティを個々人が形成できるようにする諸制度の崩壊、もしくは欠如によっ て生み出された恐怖心の発露なのであると結論する4。イグナティエフによれば、「人びと の権利を保護しそのニーズを満たす最良の方法は、人びとに存続可能な自分たちの民族国家 を与えること」5なのである。
それでは、世界のある国・地域で深刻な人権侵害が行われている時、その被害者を救済し、
彼らに「自分たちの民族国家」を与えるために、外部勢力が介入することは正当化されるの だろうか。
イグナティエフは、現代の援助活動家、記者、戦争犯罪法廷の法律家、人権問題国連監視 団員など、「どんなに遠く離れていようと他の人々の問題は自分たちみんなにとって重要だ という漠然とした道義的理想」のために働く人々の増加に象徴される人権思想の国際的な普 及を「権利革命」(Rights Revolution)と呼び、1989年の冷戦終結後、人類は初めて「すべ ての個人には権利があり、平等に扱われるべきである」というリベラリズムというフィクシ ョンの実現に真に取り組むことを余儀なくされているのである、と主張する。イグナティエ フによれば、リベラルな理想は 400 年前からあったが、すべての人間を対象とする平等の 権利に基づく政治体制を樹立するという実験が始ったのは1945年以降のことに過ぎず、し かも1989 年まで自由主義社会は外敵の存在から多大の社会的結合力を得ていたのである。
イグナティエフは、1989年以降の世界を、リベラリズムが真の挑戦を受けている時代であ ると捉えている6。
イグナティエフは、2003年3月20日に開始された米国のイラクに対する武力行使につ いて、「混乱から秩序を構築するために必要な力と意志を提供すべく、一時的な帝国による 支配が正当化される」として、米国のイラクに対する武力行使を容認した7。
かつて、イグナティエフは、1989年以来の武力紛争の大半は分解しつつある政府軍と様々 な反政府軍の間で行われる国内紛争であり、民族的に同質な人口からなる防衛可能な地域を 建設するために民族浄化が両方の軍隊によって行われており、このように単に平和が欠如し ているだけではなく、中立の立場というものが存在しない武力紛争下では人権保護は平和強 制活動によってのみ実現可能であると述べている8。イグナティエフは、さらに、そのよう な活動を実現できなかったことが国連平和維持活動への信頼を失わせ、人権の信用を掘り崩 しており、介入が人権保護にとって不可避の選択であるとすれば、介入に合わない現在の国
際体制を変更する必要があるのかも知れないとも発言している9。
わたしは、2003 年 6 月、戦争終結宣言が出た直後のイラク南部の都市バスラを訪れた。
現地では、散発的に銃撃の音が聞こえ、夜8 時から朝6時まではホテルからの外出が禁止 されており、一見平和そうな街の雰囲気とは裏腹に、まだ治安は十分に回復していない様子 がうかがえた。
その後、イラクの国内情勢は悪化の一途を辿った。2003年 8 月 19 日にはバグダットの国 連本部が爆破され、ユニセフ職員も犠牲となった。
人権を理由とした介入が更なる人権侵害を引き起こした時、その解決はどのような理念に よって可能になるのだろうか。
人権は、現在、世界各地で深刻な試練にさらされているのである。
3.方法論の提示―権利主体としての自己を通じて人権の普遍性を考える
本論文は、これまでの実践活動を通じてわたしが感じてきた人権の普遍性に関連する問題 について、イグナティエフおよびチャールズ・テイラーの作品に基づき考察を試みたもので ある。
そもそも、人権はいかなる意味で普遍的なのだろうか。わたしは、多文化の下での人権の 普遍性を検討する際、既存の文化を前提として、現行の人権思想との整合性を議論すること は二重の意味で過ちであると考えている。第一に、人権思想自体が、西欧近代社会において 成立した歴史的産物であり、西欧社会の文化的偏向を反映しており、これをそのまま受容し ようとすることは、個人の基本的平等から導かれる各個人の属する文化、民族、国家間の基 本的平等という人権思想の内在的原則に反している。第二に、それぞれの文化の内容は所与 のものではなく、その内容を決める権利は個人にあるという人権思想のもう一つの原則であ る個人の自律性を無視している10。つまり、ある文化の下で人権という思想は定着し得る か、という問いには現在の人権思想自体と当該文化に対する批判的吟味が伴っていなければ ならない。
わたしは、国際人権という理念は、各々の文化において異なった基礎付け、原理的根拠を 見出すべきであると考えている。そのためには、(1)現在の人権思想のどの部分がその誕 生の地である西欧社会の文化的偏向を反映した特殊西欧的なものであるかを明らかにする という社会思想史的分析、(2)特殊西洋的な部分を取り外した人権思想はどのようなもの となり得るのかという哲学的検討、(3)人権という新しい思想を受け入れるために、特定
の文化にとっていかなる変容が求められるのかという文明論的検討という三つの作業が不 可欠である。
そのために取り上げたのが「権利主体としての自己」という観念である。チャールズ・テ イラーによれば、近代における道徳世界が、それ以前の文明と決定的に異なっているのは、
権利の内容ではなく、権利の形式である。すなわち、近代以前において、ひとは「法の下に ある(I am under law)」と考えられていたのに対して、近代以降、権利とはその所有者が
(権利を)実現するために、それに基づいて行動すべき、あるいは行動することができる「主 体的権利」と考えられるようになったのである11。中世の身分制社会から解放された個人 は、自らの望むところにしたがって自らの人生を発展させる権利を、「法」によって与えら れたものではなく、自らに帰属するものと考える「権利の主体」となった。「権利の主体と しての近代的自己」は、自由で民主的な共同体に「位置づけられた存在」として、他者との 対話と承認を通じて自らの個性を発展させるために、そのような生き方を可能とする自由主 義体制を維持、発展させる社会的責務を自ら担う「主権者としての人」となったのである。
権利主体としての「自己」の観念こそ、近代社会に特有なものであり、近代西欧社会が生 み出したこの権利の主体としての「自己」がどのような特質を有し、どのように形成された のかを辿ることによって、近代西欧社会が生み出した人権の特質を明らかにすることができ るとわたしは考える。
テイラーは、敬虔なカトリック信者として西欧文明におけるキリスト教の一神教的伝統を 強く擁護する一方で、ヨーロッパ大陸系哲学と英米分析哲学という両分野において、「自己」
を巡る多くの卓越した論考を発表し、更に、80 年代のリベラル・コミュニタリン論争およ び90年代の多文化主義を巡る議論においても主導的役割を果たした現代の代表的な思想家 の一人である。西欧的自己の特色およびその限界を検討する上で、テイラーの論考は最良の 材料を提供してくれるものとわたしは考えた。
テイラーの思想を学ぶ中で、わたしは西欧近代社会において成立した「単一自己(unitary self)」という自己理解の形式は必ずしも近代社会にとって普遍的な自己理解の形式ではな いと考えるようになった。テイラーによれば、現代西欧社会において危機に瀕しているのは
(1)唯一の神が創造した世界の本質的善性という一神教の想定、(2)西欧近代の主要な 知的潮流である啓蒙主義とロマン主義が想定する単一自己モデルであるが、この二つの想定 は西欧社会の知的伝統である認識論的二元論と存在論的一元論を通じて相互に結びついて いる。すなわち、物自体の世界に対する主体の自立的認識能力を確保することによって主体
の認識する世界の一元性、すなわち神の創造した世界の一貫性=善性が確保されるのである。
しかし、この自己理解の形式は西欧社会に特有なものであり、近代社会において可能な唯一 の自己理解の形式ではない。しかし、社会的存在としての人間をその尊厳と権利において平 等な存在とみなす「近代」の思想は普遍的なものであると私は考えている。
したがって、現代日本の課題は西欧社会のように絶対者を想定しない汎神論的世界観を基 層文化に持つ社会において、如何に「近代社会」が要請する権利の主体としての近代的自己 意識を確立するかであるとわたしは考えるようになった。
一方、イグナティエフは、ジャーナリスト、TVレポーター、歴史家として多彩な経歴を 重ねる中で、現代人権を巡る数多くの論考を発表してきた。イグナティエフは、1999年の 多国籍軍によるコソボ作戦を支持し、さらに2003年の米国によるイラクへの武力行使を容 認して国際的な議論を引き起こしたが、近年は米国が自由民主主義と人権を国際的に普及さ せることを国家理念に掲げる一方で、国際的な人権基準に従うことを拒否する例外主義をと っていることを指摘し、そのような例外主義が米国に対する国際的な信頼を損なっていると 批判している。わたしは、イグナティエフの行動と思索を通じて、人権という理念を具体的 な文脈の中で考える必要性を学んだ。
わたしの研究において、テイラーとイグナティエフは権利の主体としての自己という観念 において交錯している。イグナティエフは『政治と偶像としての人権』において「エイジェ ンシー(行為者性)」をバーリンの消極的自由とほぼ同義であり、「何らの干渉もない状態に おいて、一人ひとりの個人が理性的な意図を実現できる能力」と定義している12。イグナ ティエフが、この「エイジェンシー」という観念を採用したのは人権の基礎付けを巡る倫理 学、形而上学の果てしない不毛の論争を避けるためであった。一方、テイラーは自己解釈的 存在としての自己という観念を提示したが、この自己解釈的存在をエイジェンシーと呼んで いる。桂木隆夫は、テイラーのエイジェンシーを自己の道徳的生活についての解釈を通じて 人格を形成する存在であり、その人格形成は他者=共同体との絶えざる対話を通じて行われ るという意味で、従来のリベラリズムの自律的人格概念とは異なっていると解釈している
13。さらに、上野千鶴子は、「エイジェンシー」という概念を、言語に先立って自律的な「主 体」を前提とする近代の人間中心主義に対する批判から生まれたものであるとして、「構造 と非構造とが言説実践の過程でせめぎあう、生きられた場」であると解説している14。
わたしは、このように理解されている「エイジェンシー」概念を明晰化することによって、
多文化の下で了解可能な権利主体としての自己の構想の糸口を見つけられるのではないか
と考えたのである。
一般にイグナティエフはリベラリスト、テイラーはコミュニタリアンと目されているが、
両者はアイザイア・バーリンの影響の下でそれぞれの思想を形成したという共通点がある。
テイラーは1956年より61年までオックスフォード大学のオール・ソウルズ・カレッジのフ ェローとしてバーリンから直接指導を受け、1976年にはバーリンが担当していた同カレッ ジのチチェリ講座の後継者となったのに対して、イグナティエフは1987年、イグナティエ フのユダヤ人問題に関する発言をBBCを通じて聞いたバーリンに招待されて、やがて、バ ーリンの伝記を書くに到った。
バーリンは自分とテイラーは社会への帰属が本質的な人間のニードであることにおいて 合意しており、両者の基本的な相違は、自分と異なった社会とが追求する諸価値は相互に両 立可能でないことがあることを認めているのに対して、テイラーはそれらの異なった社会が 究極的に何らかの調和に向けて進んでいると信じている点にある、と書いている15。しか し 、 テ イ ラ ー は 、 差 異 の 横 断 を 通 じ た 統 一 は 人 間 を 越 え た も の 、「 超 越 的 な も の
(transcendence)」への信仰によってのみ可能であると述べており、世俗世界における諸 価値の予定調和を想定しているわけではない。一方、イグナティエフはバーリンの思想を単 なる相対主義とは異なったものであり、様々な価値体系の間の相違を認めつつ、いずれの体 系も人間のニードと目的に言及していること、その意味で「人間の地平(human horizon)」
の範囲内に留まっているという前提を共有していることを承認する思想であると述べてい る16。わたしの見方によれば、バーリンとテイラーの思想上の相違はバーリンが無神論者 であるのに対して、テイラーが敬虔なカトリック教徒であることから生じているのであり、
両者は世俗世界における異なった価値の共存を認める自由主義を支持しているという点で は共通していると考える17。今日の日本では戦前の全体主義、共同体論を想起させるもの としてテイラーの思想を敬遠する者も少なくないが、本論文では、以上のような立場から、
テイラーとバーリン、そしてイグナティエフの思想を対立するものとしては扱っていない。
テイラーとイグナティエフは、いずれも、バーリンの多元的自由主義を継承する思想家であ るとわたしは考えている。
4.本論文の構成
本論文は、以上の問題意識に基づくわたしの人権を巡る知的探求の成果をとりまとめたも のである。
第2章では、「如何なる意味で人権は普遍的なのか」という問いについて、先ず、イグナ
ティエフの『政治、偶像としての人権(Human Rights as Politics and Idolatry )』を踏ま えつつ、考えてみた。イグナティエフの人権構想の特徴は、「エイジェンシー理論」、ミニマ リズム的人権構想、個人主義の3つにあるとわたしは考えている。このイグナティエフの人 権構想に対するエイミー・ガットマン等の批判を踏まえつつ、第一にイグナティエフがバー リンの消極的自由とほぼ同義であるとするエイジェンシーという概念を出発点に、消極的自 由と積極的自由を巡るイグナティエフとテイラーの考え方の共通点と相違点を検討した。そ の結果、リベラリストであるイグナティエフと一般にコミュニタリアンと目されているテイ ラーの自由を巡る考え方は実践段階においてはきわめて近いということが明らかとなった。
第二に、近代人権の根拠と考えられている尊厳と個人のアイデンティティ、自由の関係につ いて検討し、人間は固有の意志に基づく自由があるという想定のみからは人間であることを 根拠とする尊厳という価値は導出されないことを示した。また、人権の普遍性はリベラリズ ム、コミュニタリアニズムが想定する自己観のいずれからも導くことができることを明らか にした。第三に、テイラーの論考に基づき、近代個人主義の問題点を明らかにし、その克服 が「〈ほんもの〉の個人主義」の再生にあることを明らかにした。また、テイラーのコミュ ニタリアニズムが実はハイエクの示した「真の個人主義」の系譜にあるものでありことを論 証した。
第3章では、テイラーの初期の主著である『ヘーゲル(Hegel)』を取り上げ、近代を人 間の自己理解の形式の革命と捉えるテイラーの史観からみたヘーゲル哲学の意義と問題点 を取り上げた。わたしは、(1)ヘーゲルが目指したものは、近代化の中で見失われていく 超越的な精神性(人間を超越した絶対的精神の実在)の再生であり、(2)ヘーゲルの「論 理学」は、「精神」をその内在的、必然的な論理の展開のみによって明らかにすることによ って、唯一絶対神の存在を前提とせずに、人間を超越した絶対的精神の実在と世界史はこの 絶対的精神の発展過程であることを証明することを主要な目的の一つとしていたと考えて いる。人間という存在を絶対化することなく、一方でその尊厳を何らかの普遍的価値と結び 付けて肯定することは、現代社会において繰り返し問われる根本的な思想的課題の一つであ る。絶対的存在としての唯一神という観念を伝統的に持たず、汎神論的世界観をその基層文 化として持つ日本人が、この課題に取り組む上で、西欧社会が忘れ去った神話を弁証法とい う論理によって再興しようとする試みであったと中沢新一が指摘するヘーゲル哲学は繰り 返し参照されるべき価値を有しているとわたしは考える。
第4章では、テイラーの『自己の諸源泉−近代的アイデンティティの形成(Sources of the
Self- Making of the Modern Identity)』に基づいて、西欧近代社会が生み出した個人の存 在形態である「近代的自己」の諸源泉を辿り、その西欧的特質が、(1)近代的内面性、(2)
日常生活の肯定、(3)内的道徳源泉としての表現主義的自然観念にあることを明らかにし た。また、テイラーの思想の特徴が、(1)キリスト教的伝統の肯定、(2)ロマン主義的な 反啓蒙主義、(3)現象学的方法論にあることを示した。
第5章では、主にテイラーの言語哲学に基づきながら、20世紀前半の言語論的転回と呼 ばれる思想史的出来事によってもたらされた認識論的枠組が導いた新しい自己の存在概念 である「エイジェンシー」という概念について検討した。「行為」の哲学の解明を通じ、自 然科学と人文社会科学の間には原理的な相違はなく、いずれの学問も一定の信念体系を共有 する言語共同体における「表現」として理解できることが明らかとなった。したがって、人権 もある種の言語共同体によって共有される信念体系であり、その内容は歴史的、具体的に明 らかにされる以外にないという結論が導かれた。
第6章では、主にテイラーの『近代社会像(Modern Social Imaginaries)』に基づきつつ、
西欧近代社会を成り立たせている人々の共通理解である「市場経済」「主権者としての人民」
「公共圏」という三つの社会像(social imaginaries)の核心は、「権利主体としての自己」
像にあるという、わたしの考えを示し、この自己像が20世紀以降の自己の脱中心化という 潮流の中で揺らぎつつある事実を踏まえた上で、現代日本の課題は近代後期社会に相応しい 自己モデルを構築し、そのような自己モデルに基づく日本独自の近代社会像を作り上げるこ とであると結論付けた。
第7章では、近年盛んに議論が行われている社会福祉制度の民営化を取り上げ、「民(人々)
を担い手とする公共」18を可能とする公共倫理の担い手としての「自己」モデルを考えて みた。民(人々)が公共を担うには、それぞれの自己実現を追求する個人の中に、共通の公 共倫理が存在し得ることを明らかにしなければならない。しかし、20世紀以降の工業化の 進展と自然科学の急激な発達によって、人間の内面自然の道徳性を正当化しようとする思想 潮流は次第に支持を失い、ロマン主義の想定する内的自然と理性の調和という考え方を現代 のわれわれはそのままの形で受け入れることは出来なくなっている。本章では、テイラーの 思想に即しながら、西欧社会が生み出した西欧近代的自己が現在深刻な限界に直面した原因 を探求した。
第8章では、自己決定能力に劣る子どもが権利主体であると考えられる根拠は、その個人 が属する社会(共同体)が、権利主体、すなわち自由な個人を尊重するという価値観を共有
するという事実にあるというわたしの考えを、テイラーの全体論的個人主義に基づいて展開 した。この考え方に基づけば、ある個人が権利主体たり得るかどうかは、その個人が樋口陽 一の想定するような「自己決定をし、その結果に耐えることのできる自律的個人」であるか どうかとはとりあえず関係がない。よって、大人のような自己決定能力を持たない子どもも 権利主体とみなし得るのである。
第9章では、精神的自由権以上に生存権的人権が重要であるとする生存権重視論者が優勢 である日本の現状に一石を投じることを目的として、テイラーの表現主義的人間観を援用し て「人身売買」を「表現の自由」の侵害として捉える見方を提示した19。さらに付論とし て人身売買の被害者も少なくないフィリピンの元エンターテイナーが懐く対日イメージを 彼女たちの子ども達の心象風景を通じて明らかにするというワークショップの報告を加え た。同報告は、人身売買という一見客観的な現象が、実は個人の主観的認識に大きく関わっ ていることを明らかにしている。
第10章では、テイラーの『マルチカルチュラリズム(Multiculturalism)』に基づきつ つ、欧米、特に英米圏の思想的文脈におけるマルチカルチュラリズムの意味を明らかにした 上で、現代日本における「普遍」と「差異」の問題と取り組む際に正しい歴史認識と個人主 義に基づかないマルチカルチュラリズムは容易に全体主義に接続される可能性があること を戦前日本の混合民族論を振り返ることによって明らかにした。
第11章では、イグナティエフの思想がバーリンの多元的自由主義の系譜にあることを、
初期の作品『ニーズ・オブ・ストレンジャーズ(The Needs of Strangers)』に基づき明ら かにした。
次に、『ヴァーチャル・ウォー(Vi tual War)』『次善の悪(The Lesser Evil)』『米国の 例外主義と人権(American Exceptionalism and Human Rights)』に拠りつつ、イグナテ ィエフの9・11以降の思索を辿り、現代日本の我々がイグナティエフから学ぶべきことは自 由民主主義を当事者として生きることの意味であると結論付けた。
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第12章では、テイラーがその特質を明らかにした西欧近代的自己(権利主体としての自 己)に対して、その限界を踏まえて上で日本的な近代的自己は如何なる形で構想し得るのか、
に関するわたしの考えを提示した。
この課題は、絶対的な創造者としての唯一神という観念を伝統的に持たない日本社会にお いて、人間の尊厳を何らかの普遍的価値と結びつけて肯定することは如何にしたら可能かと いう問題と密接に結びついている。わたしは、現時点では、伊藤整が述べたように「無とい
うものもまた絶対であることによって、神という絶対と同じ働きをし、それによって、即ち 無の意識との対照によって我々は心の平安を保つことができ、また実在を把握することが出 来、それが伝統的に日本の芸術の方法となっている」という「無」の考え方を近代化し、か つ論理的に説明することが必要であると考えている。この関連で、久松真一の「東洋的無」
の構想がきわめて重要な意味を持つ。さらにこの無の哲学を日本の文化的文脈において権利 主体としての自己につなげ得るのが、市川浩の「身の哲学」であるとわたしは考えている。
その上で、自律的自己という意識の超克を志向しがちな日本の知的伝統が、安易な全体主 義に接続されることを回避する方向性を探るという意図の下に、日本の自己観と親和性を持 つ欧米のコミュニタリアニズムの自己観が根源的な価値の対立の下で公共性原理を追求す るリベラリズムの思想とどのように接続され得るのか、井上達夫の議論に拠りつつ、わたし の考えを展開した。
さらに、マイケル・イグナティエフの略歴と作品リスト、チャールズ・テイラー関連文献リ スト、その他の文献リストを付け加えた。
【注】
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1 Michael Ignatieff, Needs and Justice in the “Wealth Naitons” in Istvan Hont and M.
Ignatieff eds., Wealth and Virtues:The Shaping of Political Economy in the Scottish Enlightment, Cambridge University Press, 1983, p.6および水田洋・杉山忠平監訳『富と 徳』(未来社、1990年)、8頁。
2 「前資本主義経済の社会では、働きうるあらゆる個人は有用な労働に多少とも従事して いるが、多くの人々はみじめにも貧乏であるのに対して、文明化され繁栄している諸国民の あいだでは、人民の多数はまったく労働していないにもかかわらず、社会全体の生産がたい へん高いので、貧民ですら前近代社会の人々が獲得できるよりも多くの分け前を得ることが できる」アダム・スミス、水田洋監訳、杉田忠平訳『国富論』(一)(岩波文庫、2002年)、
20頁。
3 M. Ignatieff, Wealth and Virtue,p.44および『富と徳』、51―52頁。
4 M.Ignatieff, The Warrior's Hono : Ethnic War and the M dern Conscience ,Metropolitan Books, 1998, p.7.および真野明裕訳『仁義なき戦場』(毎日新聞 社、1999年)、15頁。
5 M・イグナティエフ、添谷育志・金田耕一訳『ニーズ・オブ・ストレンジャーズ』(風行
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I 社)、8頁。
6 M. Ignatieff, Th War ior's H n r, pp.69-71.および『仁義なき戦場』、87―90頁。
7 M.イグナティエフ、中山俊宏訳『軽い帝国』(風行社、2003年)、159頁。
8 M. Ignatieff, Human Rights as Politics and Idolatry, Princeton University Press, 2001, pp. 44-45.
9 Ibid., pp. 42-43.
10 小熊英二『〈日本人〉の境界』(新曜社、1998年)667頁。
11 Charles Taylor, Source of the Self: The Making of the Modern Identity, Harvard University Press, 1989, pp.11-14.
12 M. Ignatieff, Human Rights as Politics and Idolatry,p.57.
13 桂木隆夫『市場経済の哲学』(創文社、1998年)、143―146頁。
14 上野千鶴子『構築主義とは何か』(勁草書房、2001年)、298―300頁。
15 Isaiah Berlin, Introduction, in James Tully ed., Philosophy in an age of pluralism, Cambridge University Press, 1994.
16 M. Ignatieff, A Life ISAIAH BERLIN, Vintage,1998, p.285.
17 バーリンの友人であるジュリー・コーヘンは、バーリンが生涯を通じて「検証主義的無 神論者(verificationist atheist)」であり続けたと述べている。M. Ignatieff, A Life ISA AH BERLIN, p.293.
18 山脇直司『公共哲学とは何か』(ちくま新書、2004年)、9頁。
19 奥平康弘『表現の自由』(東京大学出版会、1996年)、3―79頁。
第2章 人権の普遍性―マイケル・イグナティエフとチャールズ・テイラー 1.国際人権への挑戦
イグナティエフは、『ニーズ・オブ・ストレンジャー』日本語版序文において「わたした ちが…ある特定の言語体系のもとにありながら、またその言語体系をつうじて、人間の経 験のなかに存在する普遍的なものをどのように表現するか」という「普遍と特殊という問 題」を解明するうえで、「日本の読者がなにか手助けになるものをわたしに与えてくれるこ とを期待している」1と述べている。
「人権」における「普遍と特殊という問題」は、現代においては「多文化の下で『人権』
の普遍性は如何に確保されるのか」という問いに等しい。
例えば、日本において「人権」思想が必ずしも定着していないのは、「人権」が前提とす る「西欧的な個人主義」が、社会秩序の維持・組織の論理を優先する日本社会の一般的な 意識に馴染まなかったためである、と一般的には考えられる。また、その根底には西欧人 権思想が前提としていると言われる他の生物に対する人間優位の思想が、「草木国土悉皆 成仏」という仏教思想に現れる「生きとし、生けるものは本来全て同じものである」とい う日本人の世界観に合致しないという基層文化レベルでの対立もあるように思われる2。 これに対して、人権体系はその基礎付けとして単一の原理、文化を必要とせず、逆に多 文化主義こそ人権体系を強固なものとするという、例えばエイミー・ガットマンの主張も近 年、広く受け容れられるようになってきている3。しかし、リー・クアンユーの言説に対 するアマルティア・センの反論を見れば、欧米社会の主張する多文化主義が個別の文化に 対してどこまで許容的であり得るのか、については疑問が残る4。
(1)「権利革命」の進展とその課題
第二次世界大戦前には国家のみが国際法上の主体であったが、「世界人権宣言」の成立と 共に個人の権利が国際法上の承認を得た。その結果、個人は宗教、信条、性、年齢、その 他の身分にかかわりなく、不法な国家や抑圧的な慣習に挑戦するための権利を手に入れた のである。
イグナティエフは、この「世界人権宣言」採択以後の歴史を人権の国際化と世界的な普 及の過程であると捉え、「権利革命」と呼んでいる。イグナティエフによれば、この「権利 革命」は、政府によって推進されてきたのではない。人権の世界的普及は人権NGOのネ ットワークによるアドボカシー革命によって推進されてきたのである。その結果、1990 年代には国連人権高等弁務官が創設され、ルワンダ、ボスニアそしてコソボにおける戦争
犯罪人を裁く戦争犯罪法廷が設立されたのである。
しかし、人権が国際的に普及し、国家政策の主流に人権が組み入れられた結果、国家制 度と人権の間に新たな対立が生れた。他国内の人権侵害を解決するための内政干渉はいか なる時に正当化され得るのかという問題は、この過程で生じたのである。
イグナティエフは、この問いに対して、人権の目的は「人間の行為者性(human agency)」
を保護し強化することであるから、人権活動家は個々の「行為者(agent)」の自主性を尊 重する必要があり、したがって集団的人権に関しても「行為者(agent)」としての各集団 の自治権を是認する必要があるという立場から、対象となる個人あるいは集団の合意が得 られないかぎり外部から介入を行うべきではないと主張する。
しかし、一方で、イグナティエフは人権を政治的な争いを終結させる倫理的なトランプ のカードのようなものだと考えることは誤っていると主張する。人権は相互に対立するこ ともあり、決して永遠の真理の宣言や法制化でもなく、せいぜい紛争解決のための共通の 枠組を提供するに過ぎず、人権とは倫理的目的を具体的な状況に適合させ、手段と目的あ るいは目的同士の間で妥協を図る政治そのものなのであり、その内容が相互に対立するこ ともあり、場合によってはそれが戦闘命令となることもあり得ることをイグナティエフは 指摘する5。
これに関連して、イグナティエフは、国際人権活動家の多くが抑圧された個人への救済 のための活動はするが、人権擁護のために必要な立憲体制を如何に築くか、という政治問 題と真正面から取り組もうとはしてこなかったこと、さらに西欧の人権政策が民族自立を 促進することによって人権擁護の前提条件である国家の安定を脅かしてきたことを批判す る。イグナティエフは、安定的な国家制度は人権保護の最も重要な主体であり、冷戦後、
バルカン地域、アフリカのグレイト・レイク地域そして旧ソ連邦の南部イスラム地域にお いて国家制度が崩壊しつつある原因の一部は多数派による人権侵害にあると同時に分離派 による自治権ないし独立の要求が一般市民の人権状況を短期的に悪化させたことにもある ことを指摘する。つまり、民族自決権は常に個人の人権に好都合なものではなく、民主主 義と人権は必ずしも手を携えて同時に進歩するものでもなく、民主主義と人権を調和させ るためには民主主義だけではなく立憲主義にもっと重きを置く必要があるとイグナティエ フは主張するのである。イグナティエフによれば、立憲主義とは単一民族国家の前提であ る一つの人民、一つの民族、一つの国家という条件を緩め、少数民族の言語的、文化的遺 産の保護に対する要求に応じることであり、立憲主義と市民国家は多民族国家における効
果的な人権擁護のための必須条件なのである6。
その上で、イグナティエフは、人権を守るための手段としての直接的介入を取り上げる。
イグナティエフによれば、国家の全ての秩序が崩壊し、人々が万民の万民に対する闘争状 態におかれ、政府がはなはだしい、継続的かつ組織的な暴力を市民に加えるようになった 時、人権を守るための唯一の手段は直接的な介入となる7。
直接的な介入には、制裁から直接的な軍事力行使までが含まれるが、イグナティエフは、
直接的な介入に踏み切る際の条件として以下の3つを挙げている。
①人権侵害が甚だしく、組織的かつ全面的であること。
②近隣地域における平和と安全に対する脅威となっていること。
③軍事介入が人権侵害を阻止する可能性が本当にあること。
イグナティエフは、さらに対象地域が文化的、戦略的、地政学的に超大国の一つにとって 死活的な重要性を持っており、もう一つの超大国が軍事介入に反対しないこと、という実 際的条件を挙げている8。
しかし、イグナティエフは、1989 年以来の武力紛争の大半は分解しつつある政府軍と 様々な反政府軍の間で行われる国内紛争であり、民族的に同質な人口からなる防衛可能な 地域を建設するために民族浄化が両方の軍隊によって行われており、このように単に平和 が欠如しているだけではなく、中立の立場というものが存在しない武力紛争下では人権保 護は平和強制活動によってのみ実現可能であること、また、このような介入は完全に無実 な犠牲者を救済するために行われるわけではなく。国際社会は、しばしば、内戦において 人権侵害を行っている主体の側につくことを余儀なくされることがあるという事実を指摘 する。
イグナティエフは、直接的介入が事態を悪化させるだけではなく、人権の正当性を掘り 崩す結果となっている場合があるとして、その原因として以下の3点を挙げる9。
➀人権基準を平等に適用することに失敗したこと。
②個人の人権と民族自決権ないし国家主権を調和させることに失敗したこと。
③人権を理由に介入した際に最善の人権保護者となり得る正当性ある制度を構築すること に失敗したこと。
イグナティエフは、人権の適用において首尾一貫していなかったこと、そして国家主権 の範囲について明確でなかったことが人権規範の普遍性に対する知的、文化的挑戦を引き 起こしていると主張する。
(2)国際人権の普遍性への文化的挑戦
第二次世界大戦の惨禍、特にホロコーストの悲劇を契機として、それまでは各国の国内 管轄事項であると考えられてきた「人権」は、国際的に保障されるべきもの、いわゆる「国 際人権」と考えられるようになった10。
「国際人権」は、1948年に国連総会で採択された「世界人権宣言」において、その基本 理念が「人類社会のすべての構成員に固有の尊厳と平等で譲り渡すことのできない権利が 認められることが、世界における自由と正義、そして平和の基礎である」(同前文)と明文 化され、その後、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」と「市民的及び政治 的権利に関する国際規約」及びその選択議定書(1966年採択)、「人種差別撤廃条約」(1965 年)、「女子差別撤廃条約」(1979年採択)、「子どもの権利条約」(1989年採択)などの人 権条約を通じて、その具体的内容と対象が拡張されてきた11。
イグナティエフが述べているように、20世紀後半は、「権利革命」(Rights Revolution) の時代であったのだ。
しかし、急速な「国際人権」の発展は様々な分野で大きな議論を引き起こしている。
それらのうちの主要な論点としては以下の五つが挙げられる。
①人権の目的は何か?
②人権の内容は何か?
③国境を越えた介入を正当化する人権侵害とは何か?
④多文化にまたがる人権の唯一の基礎は存在するのか、それとも文化的に異なった多様な 基礎が存在するのか?
⑤如何なる意味で、人権は普遍的なのか?
「世界人権宣言」の起草段階において、「人権」の基礎付けを巡り、異なった文化、宗教 の代表者の間で激しい議論が生じ、結果的に、その第一条が「すべての人間は、生れなが らにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」という抽象的な表現に決 着したエピソードは、「国際人権」の普遍性を特定の文化によってのみ基礎付けることの困 難さを示すものである12。
イグナティエフは、「国際人権」に対するイスラム、東アジアおよび西欧社会内部からの 思想的挑戦を取り上げている。
人権に対するイスラムの反発は第二次世界大戦直後より存在した。例えば、サウディア ラビア代表は「世界人権宣言」起草の段階において特に結婚の自由と信教の自由に反対し
た。1970年代以降、イスラムの人権に対する反感はさらに高まった。イスラムは西欧にお ける教会と国会、世俗的権威と宗教的権威の分離はイスラムの伝統的な法体系や政治思想 と相容れないと主張している。しかし、イグナティエフは、人権を中核とする西欧的価値 に対するイスラムの反応は、宗教的な教義の問題というよりイスラム諸国の国内情勢によ って規定されており、例えばエジプトでは女性に離婚の権利を賦与する法律が制定中であ る一方、アルジェリアでは世俗派はイスラム武力勢力と対決を余儀なくされている事実を 指摘している。
アジア諸国による西欧的価値に対する挑戦は、その経済的成功によってもたらされた権 威主義的政府と権威主義的家族制度に基づくアジア的モデルへの自信によるものである。
アジア的モデルは、共同体や家族を個人的価値や秩序、民主主義や個人的自由よりも優先 させるとされる。しかし、イグナティエフは、ここでも実際には単一のアジアモデルが存 在するわけではなく、アジア諸国はそれぞれ異なった近代化を実現している事実を指摘す る。
最後に、人権に関する共通の歴史的な基盤に立つと考えられる西欧の国々においても、
近年、文化相対主義の名の下に「国際人権」に対する批判が高まっている。この文化相対 主義はマルクス主義的な人権批判、19世紀後半の西欧ブルジョア帝国主義の傲慢さへの批 判、西欧啓蒙主義の普遍化への要求に対するポストモダン派からの批判などから構成され ており、人権は西欧的理性が個人主義、自我、agency、自由といった西欧的価値を共有し ない世界を支配するための手段なのだ、と主張している。
これら三つの「国際人権」への挑戦に対するイグナティエフの反論はプラグマティック なものであるが、原理的、哲学的なものではない。例えば、人間の尊厳に関する西欧的理 念が他の生物に対する人間の無制限の優越を想定しているとすると、そこから以下の三つ の問題が発生する13。
①人類の欲望、ニーズ、権利を他の生物種の上に置くことにより、人類の他の生物種に対 する道具主義的、搾取的関係が正当化されるおそれがある。
②自然と環境に対する人類の道具主義的かつ搾取的な関係を容認することになる。
③人間が人間の生命を取り扱うことを制限するために必要な形而上学的根拠を見出すこと ができない。
イグナティエフは、この問題に対して、人権とは基本的に人間の尊厳と価値に関する文 化的に相対的な考え方に基づいて、「人間の行為者性(human agency)」を有効にし、強