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博士学位論文審査要旨

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2014 年 6 月 27 日

博士学位論文審査要旨

申請者:金子 泰子〈かねこ・やすこ)(早稲田大学大学院教育学研究科研究生)

論文題目:大学における文章表現指導-その実践分析と評価を中心に-

申請学位:博士(教育学)

課程内外:課程内

審査員:主査 町田 守弘 早稲田大学教育・総合科学学術院教授 博士(教育学)

副査 桑原 隆 早稲田大学教育・総合科学学術院特任教授 博士(教育学)

副査 福家 俊幸 早稲田大学教育・総合科学学術院教授 博士(文学)

副査 浜本 純逸 神戸大学名誉教授 教育学博士

1.論文の目標

本論文の目標は、筆者自身の 30 年間におよぶ大学における文章表現指導を反省的に記述し、その実 態と課題を明らかにすることにある。このために筆者は、作文指導理論をはじめ、先行する作文指導 実践や認知心理学における文章産出過程に関する知見、外国の高等教育における文章表現指導の事情 などの関連する研究成果を広く求めつつ、実践的知見を高めたうえで、大学における新たな文章表現 の指導計画の提案を目標としている。

本論文は、大学生を対象とした文章表現指導の実践研究、とりわけ国語科教育の立場からの提案と して価値のある研究が目指されている。筆者は主な研究方法として、「国語教育個体史」の考え方を取 り入れている。自らの実践を的確に記述しつつ考察を加えるところから、研究が開始された。

2.論文の構成

本論文は二部構成で、第Ⅰ部が「理論編」、第Ⅱ部が「実践編」となっている。

第Ⅰ部の理論編においては、文章表現指導の現状と課題が提起されている。第1章では、日本の高 等学校・大学の作文指導の現状を考察し、小学校・中学校とのつながりを見るために、初等・中等教 育における作文指導史についても考察がなされている。さらに比較国語教育学の視点から、米・英・

仏における作文指導との比較研究が展開された。第2章は先行研究として、中学校・高等学校におけ る作文指導の実践研究、および大学における指導を取り上げた。続く第3章では、関連諸科学の研究 成果として、認知科学および教育学の知見から学ぶべき点を明らかにした。

第Ⅱ部の実践編においては、筆者自らの文章表現指導実践事例の記述によって、大学生の文章表現 指導とその展開を明らかにしている。第4章では短期大学における指導過程を記述する。第5章で短 期大学における文章表現指導計画の全体像を提示して、指導計画完成までの経緯と計画の詳細を論述 し、考察を加えた。第6章は第5章の指導計画に評価を加えて再編し、その学習効果を検証した。そ のうえで第 7 章では新たな指導計画として、「大学初年次生を対象とした基礎文章表現法-単元『書 くことによる発見の喜びと共有』」が提案されている。

本論文の目次は、以下の通りである。

はじめに

序章 文章表現指導研究の課題 第 1 節 研究課題

第 2 節 作文指導理論の問題点 第 3 節 内容と構成

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第 4 節 研究の方法

第Ⅰ部 理論編:文章表現指導の現状と課題

第 1 章 大学における文章表現指導概観 第 1 節 日本の学校における文章表現指導

第 1 項 大学における「国語」教育の存在 第 2 項 高校における文章表現指導の不振

第 3 項 初等・中等教育における作文指導史点描-二項対立から PISA 型読解力まで-

第 2 節 比較国語教育学の視点 第 1 項 アメリカにおける言語教育 第 2 項 米・英の高等教育事情

第 3 項 日・米・仏、思考表現のスタイル比較

第 2 章 先行実践研究と残された課題

第 1 節 高校および中学校における作文指導

第 1 項 長崎南高等学校国語科編著(1983)『高等学校「国語Ⅰ」における作文指導』

第 2 項 奈良国語教育実践研究会(1990)『課題条件法による作文指導』

第 3 項 町田守弘(1990)「『国語表現』における単元学習の試み」

第 2 節 大学における文章表現指導 第 1 項 木下是雄の言語技術

第 2 項 井下千以子の認知心理学に基づく研究 第 3 項 佐渡島紗織の学術的文章作成指導 第 4 項 石塚修の「国語」教育

第 3 章 関連諸科学からの示唆

第 1 節 認知科学が明らかにした文章産出過程のモデル 第 1 項 人はどのように書いているのか

第 2 項 熟達者と初心者のモデルの違い 第 3 項 書き手の声の創造

第 2 節 実践研究のための方法論

第 1 項 授業研究と授業様式のパラダイム転換 第 2 項 実践の記述

第 3 項 国語教育学の先行研究

第 3 節 大学における文章表現指導のための評価-新たに生みだし、将来に生きるために-

第 1 項 評価の教育的意義と変遷

第 2 項 最近の評価の特徴と文章表現指導 第 3 項 単元学習と評価

第Ⅱ部 実践編:事例研究から見る大学生のための文章表現指導とその展開

第 4 章 短期大学における文章表現指導

第 1 節 実践研究に至る「国語教育個体史」の試み 第 1 項 書くことによる発見の喜び

第 2 項 二百字作文との出会い

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第 3 項 評価の問題

第 2 節 学習者主体の授業運営 第 1 項 学び合う文章表現学習 第 2 項 主体的に取り組む学習の実際 第 3 項 相互評価とまとめ

第 5 章 大学における文章表現指導計画の開発に向けて 第 1 節 短期大学における文章表現指導

第 1 項 実践の背景と経緯 第 2 項 二つの研究と指導の改善 第 2 節 指導計画の詳細

第 1 項 前半期の学習指導 第 2 項 後半期の学習指導 第 3 節 まとめの考察と今後の課題

第 1 項 各期の考察 第 2 項 まとめと課題

第 6 章 評価を活用した指導計画の検証 第 1 節 メタ認知活性化方略の有効性

第 1 項 メタ認知活性化方略 第 2 項 指導計画の概略

第 3 項 メタ認知活性化方略の機能 第 4 項 学習効果の検証

第 5 項 まとめ

第 2 節 再履習生の学習実態から 第 1 項 目的と方法

第 2 項 分析結果

第 3 項 まとめと今後の課題 第 3 節 表現技術指導の学習効果

第 7 章 大学初年次生を対象とした基礎文章表現法-単元「書くことによる発見の喜びと共有」-

第 1 節 新たに単元を提案する意図

第 2 節 大学初年次生のための単元学習の試み

第 1 項 単元「書くことによる発見の喜びと共有」の概略 第 2 項 単元の具体的展開方法

第 3 項 学習コミュニティの実際 第 4 項 単元化の成果と展望 第 3 節 単元実施上の留意点

第 1 項 評価による指導の更新 第 2 項 二つの指導法

第 3 項 推敲の指導

終章 研究の総括 第 1 節 研究の成果

第 1 項 実質的成果

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第 2 項 実践の価値 第 3 項 本研究の意義 第 2 節 今後の課題

第 1 項 大学における文章表現指導計画の作成 第 2 項 理論研究の継続

第 3 項 実践を記述することの意義の検証 第 4 項 文章表現の指導者自身の学習について

おわりに 初出一覧 資料篇

主要参考文献一覧

3.論文の概要

本論文の概要について、以下に章ごとに整理する。

序章において、まず本論文の研究課題および研究方法について言及する。

第Ⅰ部 理論編:文章表現指導の現状と課題

第1章では広く文章表現指導を概観することから出発し、日本国内および外国の状況を踏まえて、

日本の高等教育における文章表現指導の課題を明らかにした。第 1 節では、大学における文章表現指 導を考えるにあたり、日本の学校教育全体を概観する。特に大学においては、文章表現指導に取り組 む教員の専門領域が言語教育とは異なるという実態が多いことからも、小学校・中学校・高等学校の 国語科における作文指導との系統性が見られない。日本の教育現場においては、高等教育の大衆化や OECD による PISA 型読解力への対応のためにも、文章表現指導がこれまでにも増して求められている という現状にあることから、系統性への配慮が強く望まれる。

第 2 節では、比較国語教育学の視点を取り入れた研究が展開されている。日本の戦後の教育政策を 指導したアメリカには、コンポジション理論が言語教育の原理として存在している。日本のコンポジ ション理論の受容実態は、文章作成の構成過程に限った狭い範囲のものであった。米・英の高等教育 は、ともに書くことを主体とした個別指導を教育の中核においている。学生は指導者のフィードバッ クを得ることによって、知識を再生産(伝達と理解・受容)し、新たな生産(批判的・創造的思考)

を生みだしていく。重要なことは、この過程において、議論の方法、思考の技術が教えられ、鍛えら れているという事実である。渡辺雅子(2004)は、日本の教育には米・仏に比べて多様性への対応が 見られない事実を指摘した。コミュニケーション環境が国際的な広がりを見せる中、日本の高等教育 は個別指導と多様性への対応を迫られている。

第 2 章では、第 1 章で明らかになった課題への対応が目指された事例を考察する。中学校、高等学 校、大学における事例である。まず第 1 節では、高等学校および中学校における作文指導を取り上げ た。長崎南高等学校国語科の研究は、調査研究を基にした堅実な取り組みによって、高校における作 文指導の不振を解決した事例である。奈良国語教育実践研究会による研究は、書き方を指導しないま ま、ただ書かせるだけに終わってしまうことの多い作文指導の改善策として、「課題」と「条件」を与 え、それに合致する文章を書く「課題条件法による作文指導」を計画した。町田守弘(1990)「『国語 表現』における単元学習の試み」は、学習者の生活経験や意欲、社会生活で必要とされる言語活動を 重視して、高校において個人の立場で「単元学習」に取り組んだ事例である。1982(昭和 57)年度から 開始された新課程の「国語表現」科目における授業で、「帰納的に表現指導の原理を導き出そう」とす る模索期の意欲的な試みである。

第 2 節では大学における文章表現指導を取り上げた。木下是雄は「学習院言語技術の会」を創設、

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小学校から高等学校まで一貫した言語教育の教科書を作成している。「読み・書き、話し・聞き、考え る」全ての領域において、しっかりとした論理教育を行うべきだとの考えによる。井下千以子は、高 等教育における文章表現教育の問題を、認知心理学の知見を基にした基礎的理論的研究と応用的実践 的研究の両面から追求している。佐渡島紗織は、eラーニングによる講座で「学術的文章の作成」を 指導している。単にレポートを書く経験を積むだけでは学術的文章の作成能力を身につけることは難 しく、明示的、系統的な指導によらなければ学習効果が上がらないことを証明している。石塚修は、

「考えさせること」に重点をおいた「国語」教育を実践している。技術指導の要点を押さえつつ、最 終的に伝えるべき事柄は何か、学習者自身に明らかにさせようとする強い姿勢がある。木下から言語 技術指導を、井下からはメタ認知を促す学習指導を、佐渡島からは明示的、系統的な指導を、そして 石塚からは「国語」で考えさせる指導について学ぶことができるが、いずれも大学における文章表現 指導として欠かせない側面である。

第 3 章では関連諸科学からの示唆を整理した。国語科教育は教育の本質はもとより、その目的・内 容・方法・制度など、総括的な知識を必要とする。そこで、認知科学および教育学から文章表現指導 に資する知見を求めることになった。第 1 節では、認知科学が明らかにした文章産出過程のモデルに 言及する。文章表現の何をどう指導すべきかを考えるためには、その実態(どのように)と目的(なぜ) を知らなければならない。そのヒントが、フラワーとヘイズ(1981)の文章産出過程のモデル、および ベライターとスカラダマリア(1987)の知識変形モデルにあった。前者は、作文は一方向に進行する単 純なものではなく、種々の下位過程が複雑に関係し合っており、さらに、それら全ての過程を監視す る役目を果たすモニター機能が存在することを明らかにした。後者は、与えられた課題について理解 した後で課題分析と目標設定の過程があり、内容生成の過程においては、「内容(何を書くか)」と「修 辞(どのように書くか)」の間で相互作用が交わされるという特徴を示した。さらに内田伸子の「書き 手は自分の書きたい内容と表現がぴたりとはまっているかどうか、自己内対話を繰り返すことによっ て表現を決定している」とする考察にも注目した。

第 2 節では実践研究のための方法論に言及する。筆者は野地潤家(1998)の「国語教育個体史」の考 え方に従って、自らの実践をまとめる研究方法を選択した。実践者の主体のあり方、つまり主観が大 きく焦点化される方法である。まずはこれまでの実践を記述し、自らの指導を目に見えるものにする ことが先決であると考えた。作文指導者としての主体性を大切に、同時に実践対象者である多数の学 習者の主体性を大切にするためにも、実践それ自体を正確に記述し、質を深めるための分析・考察を 加え、国語教育史のどこに定位するものか、それを探って考察を続けてきた。

第 3 節では、大学における文章表現指導のための評価を取り上げた。評価にはさまざまな方法があ り、評価時点、評価主体、評価目的、評価方法など、分類も観点によって多様である。書くことの評 価もまた、複雑で多岐にわたるため、作品の評価に限ることなく、いくつもの方法を目的に合わせて 使い分ける必要がある。本論文においては、新たな文章表現指導の計画案に単元学習を採用した。学 習活動や作業を組み合わせて授業を組織する単元学習の場合、指導者に確かな評価の視点がないと、

学習の成果が上がらない。筆者は学習指導計画における「学習者の活動と作品の評価」および「指導 者による学習指導の計画と実践の評価」の両面を一体的に考え、単元学習を評価によってまとめる方 法をとった。

第Ⅱ部 実践編:事例研究から見る大学生のための文章表現指導とその展開

第4章では、筆者が短期大学において文章表現の指導に携わるようになった当初 10 年間ほどの実践 を記述する。第 1 節では自らの個としての存在と書くこととの関わりを、生い立ちを振り返る「国語 教育個体史」の試みを通して確かめた。指導者と学習者がともに学ぶための指導手段には、藤原与一 (1965)の二百字限定作文を採用した。短期大学で指導を開始した当初、筆者は毎時間の授業の内容を、

学習者の作品に求めた。指導の手順や指導事項も、全て学習者の作品から導き出した。1 回の授業で 指導する事柄は一つ、二つにしぼり、文章課題の条件の説明の際には、作品がどのように評価される

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か、評価の観点についても事前に解説を行った。こうして、指導と評価を一体にし、評価の観点を学 習者と共有することが、事後の評価や処理を効率的なものにした。

第 2 節では、学習コミュニティにおける学習者同士の学び合いを実際のレトリック活動として機能 させることができれば、豊かな表現学習が生まれることに言及した。知識や技術を一方的に教授する ような授業ではなく、学習者自身が授業中の言語活動や作業の過程を通して学習内容を発見していく 授業を工夫した。文章を作成する過程を通して、書き手は他者とのさまざまな関わりを考慮しながら 独自の内容を生成し、適切な表現を吟味する。それはつまり、文章を書くという過程において、書き 手が自分とは何かを探求し、自分自身の声を創り出すことに他ならない。時間をかけて一人で取り組 まなければならない作業ではあるが、自分の声を創り出すことには大きな達成感や満足感がある。こ の喜びが次の文章表現に向かう動機づけになる。指導者の仕事は、学習者の主体的な思考を活動させ、

その成果を相互に伝え合い、分かち合う授業を組織して、学習者自身の声の創造過程を支援すること にある。

第 5 章においては、筆者が短期大学において 20 年間にわたって行った実践をもとに開発した文章 表現指導計画の全貌に言及する。第 1 節では短期大学における文章表現指導を扱う。指導対象は幼児 教育科の 1 年生、200 名。週 1 回、90 分授業の半年間(14 回)の指導計画である。半期を二分し、前半 期を短作文による基礎的技能訓練期、後半期を長作文による発展的論理的思考訓練期とした。短作文 は二百字限定作文、長作文は、1000 字程度の意見文作成を指す。実践と並行して、指導計画の改善を 目的に二つの研究を行った。一つは数名の学習者を任意抽出し、半年間に提出された作文課題を個別、

縦断的に考察する研究である。今一つは、学期中のはじめと中と終りの 3 回にわたって、自己評価作 文を課し、学習者の文章表現能力および文章表現学習に対する意識の変化を探るものである。二つの 研究成果に基づく指導計画の改善を経て、指導目標を学習者と共有することの重要性が再確認されて いる。指導者の意識と学習者の意識が一致していなければ、学習効果が上がることはない。

第 2 節では 2000 年度後期 14 時間の「国語」の授業を前半期と後半期に分けて、特徴的な箇所を解 説し、学習者の作品例も加えた。課題および表現技能の一覧、短作文と長作文、それぞれについての 学習指導の詳細、資料の提示(巻末資料篇)を整理した。二百字作文練習では、課題に加えて技能目標 が作文の条件として与えられる。長作文の指導の場合、短期大学では、はじめに構成モデルを提示し て、各自が中身を埋めていく作成方法よりも、段落積み上げ方式が好評で、内容の完成度も高い。構 成モデルに合わせて文章を書き上げる以前の問題として、一つの段落を中心文に合わせてまとめるこ とが困難であるためである。それは段落同士の関係づけができないという、短期大学の学習者の実態 でもあった。

第 3 節では短期大学における指導計画を総括し、今後の課題を明らかにした。前半期の指導につい て、より汎用性の高いものを目指すならば、学習者の要請に合わせて多様な課題を準備する必要があ る。後半期の長文指導との連係を考慮して、段落内部の構成指導の強化も求められる。後半期の指導 については、構想指導の充実が目指される。ディベート方式で行ったブレーンストーミングやエピソ ード集めは、学習者の積極的な学習活動を促すものとなったが、マッピング指導など、新しい方法に 対する指導者の工夫が求められる。評価については、指導計画全体の学習効果をどのように検証する か、診断的評価、形成的評価、総括的評価を一体的にとらえる視点が課題として残されている。

第 6 章では評価を活用した指導計画の検証が試みられている。筆者は 2007 年度、4 年制の大学にお いて新たな学習者を得たことをきっかけに、第 5 章で記述した上田女子短期大学における指導計画に 修正を加えて文章表現指導を行った。学習者は、長野大学社会福祉学科の 1 年生で、授業に対する要 望については第 5 章の指導対象であった短期大学の幼児教育科の学生と似た部分が多かった。そうし た学習者を対象に、評価を活用したこれまで以上に計画的・系統的な指導計画を実践に移した。第 1 節ではメタ認知活性化方略の有効性に言及した。文章表現指導は一面的な指導では容易に効果が出せ ないため、指導計画では、多面的な工夫が凝らされている。文章表現に関する知識・技術の伝達、練 習・活動時間の確保はもとより、学習者の意識・感情面への配慮も必要となる。書き手が、文章産出

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過程において自らの認知過程や状態を監視、調整する活動はメタ認知的活動と呼ばれる。認知科学で 使われる用語で、文章産出過程のモデルにおけるモニター機能に通じる働きをする。こうしたメタ認 知的活動を支援する具体的な方法がメタ認知活性化方略である。指導計画の中でこの方略に相当する ものは、事前、事後の意識調査、診断・形成・総括の三評価、学期を通した学習コミュニティ意識の 醸成、表現技術指導、ポートフォリオ作成などが相当する。こうしたメタ認知活性化方略が、どの程 度文章表現学習に寄与し得たか、診断・形成・総括、三時点における学習者の自己評価作文を分析す ることによって検証を試みた。

第 2 節では第 1 節で述べた長野大学社会福祉学科 1 年生200名の受講生の内、単位が取得できなか った学生15名の状況を扱った。前期は筆者を含む総勢5名の教員が一クラス 20 名程度の少人数クラ スを 1 ないし 2 クラスずつ担当して授業をした、後期は、全てのクラスから集められた15名の再履 修生を 1 クラスに一括して、筆者が再履修クラスの授業を担当した。このクラスに履修届を出した 15 名の学生のうち、授業に出席して、最終的に単位を取得した学生は8名であった。筆者は、再履修生 に対して、学期中 3 回にわたって自己評価作文を課した。これらの自己評価作文は、指導全体を通し て、指導者が受講生の実態を把握するためという目的に加えて、学習者に主体的に自らの学習課題を 設定させるという意図があった。自らの課題解決に向けて自覚的に努力することが、学習意欲の喚起 と保持につながり、結果として再履修クラスの単位取得を容易にすると考えたためである。この作文 について、意識面、形式面、思考面の三側面、12 項目によって分析を行った。第 1 節同様、結果は数 値化した上でグラフによって変化を確認した。

第 3 節では第1節と第 2 節の検証結果を基に、表現技術指導の学習効果について論述した。一実践 者の事例研究による検証結果ではあるが、表現技術指導による学習効果の一端が明らかになったもの と考えられる。

第7章では第Ⅰ部の理論的研究の成果に、第Ⅱ部第 4 章から第 6 章に至る実践の記述を加えて、新 たな指導計画として提案した。まず第 1 節で、単元として新たに指導計画を提案する意図を明らかに した。これまでの「学習者の実態把握」重視の姿勢に、「指導者の立場と意図」をよりいっそう明確に して、文章表現の指導計画を立てたのである。「指導者の立場と意図」とは、「学習者の実態を見極め た上で、ふさわしい指導目標を立て、ふさわしい学習活動を組織する」ということである。指導者に は、学習者の実態に合わせて言語活動を精選し、時には創造し、単元学習を計画する力が求められる。

第 2 節では、本論文の最終課題である大学初年次生を対象とした基礎文章表現法―単元「書くこと による発見の喜びと共有」の概略を論述する。基礎的な表現技術の習得に力を入れる点はこれまでの 指導と同様であるが、価値面での向上目標を表わす「書くことによる発見の喜び」と意欲・関心、態 度面の強化を目ざす体験目標「表現の共有」とを、技術目標の上位に位置する単元名として一体化し て明文化した点が異なっている。また、単元学習の基盤として学習コミュニティを重視する。単元学 習を貫く各種の評価活動を効果的に機能させるために、よりよいコミュニケーション環境が求められ るからである。評価には上手な表現を褒めるという評価だけではなく、間違いを指摘する評価もある。

観点に基づいた客観的な評価だけではなく、評価者の感情(満足感だけでなく不快感の場合もある)

が直接的に伝わってしまうこともある。評価し合う環境を整えるという意味においても、互いの気持 ちが十分に配慮し合えるような、そうした学習コミュニティ作りを日常的に心がけなければならない。

国語通信や相互批評会は、こうした環境作りを担うものである。

第 3 節では単元実施上の留意点を明らかにした。評価は目的に合わせて使い分け、組み合わせて使 うものである。学習者の能力や作品に序列をつけるといった、評価に対する一面的な理解は払拭しな ければならない。評価は、学習者にとっては、自らの学習活動を改善し方向づけるためのもの、指導 者にとっては、「指導・教授」の計画・改善ためのものであることを正しく理解しなければならない。

大学生の発達段階ならば、指導者と評価の観点を共有することが可能である。表現技術の指導につい ては、一つの指導法に限ることなく、文章表現過程によるものと観点別によるものとの二つの指導法 を学習者の問題に合わせて柔軟に組み合わせる方法をとった。また、推敲は文章表現の全過程にわた

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って行われる評価活動に相当する作業である。書き上げた文章を対象に、最終段階で形式的に、文字・

表記の誤りを訂正するといった程度の簡易なものではない。文章を推敲することは、書き手の思考の 生成・展開と密接に関わる作業で、文章産出の全過程にわたって働くモニター(監視、調整)機能そ のものである。推敲が、内容の生成、発見につながる喜びを伴うものであれば、書いたら読み直し、

書き直そうという意欲が生まれる。書いた文章は必ず推敲するという習慣を身につけることは、文章 表現学習の重要な一要素である。

終章においては、研究の総括として研究の成果と今後の課題を明らかにした。

4.論文の成果と課題

本論文の成果は、第一に筆者が自らの実践の記述に理論研究の成果を加味し、最後の第 7 章におい て新たな指導計画「大学初年次生を対象とした基礎文章表現法―単元『書くことによる発見の喜びと 共有』」が提案できたことである。筆者は指導の基盤を、学習者の意識や能力の実態把握においてきた。

調査の手段は、学習者の自己評価作文によった。分析に苦労する面もあったが、指導者があらかじめ 選択項目を準備したアンケート調査よりも、学習者の主体的な判断による生の声を汲み取ることがで きた。それを基に指導を重ね計画を作り上げてきた。

新たな指導計画の詳細は、第 4 章、第 5 章、第 6 章で記述されたように、少しずつ改良を加えてき た成果である。最も大きな変更は、単元学習として全体を再構成したことにある。単元名は価値目標 である「書くことによる発見の喜びと共有」とした。前半期、後半期の相互評価は体験目標として、

毎授業時の練習作文の技能目標はこれまで通り継承した。学習者個々の能力差に配慮し、学習指導目 標を重層的に捉えた点もこれまでの計画と同様である。新たな提案に価値目標が設定されたことによ り、指導に広がりと深まりが加わった。目標と指導、そして評価が一体となれば、学習の効果は高ま る。新たな評価の視点を得て、これまでの実践が単元学習としてひとまわりスケールを大きくしてま とめられた。

本論文では大学における文章表現指導が、小学校・中学校・高等学校・大学、そして生涯学習へと 続く系統の一過程に位置づくものであることを提起し、その一環である大学初年次生を対象とした基 礎文章表現法を単元学習として具体的に提案した点が大きな成果と言えよう。

今後の課題としては、以下のような点を確認することができる。

(1) 大学における文章表現指導計画の作成

大学においても、小学校・中学校・高等学校の国語科における作文指導と同様に、文章表現の指導 計画が必要である。指導者の求めるものと学習者の求めるものとをすり合わせ、高校までの教育課程 と無理なく滑らかにつなぐ計画の作成に着手したいと筆者は考えている。本論文で提案された指導計 画は、高等学校と大学の断絶を埋め、つなぎ直す意図をも持った指導計画であった。今後の課題は、

今回の提案に続く形で、大学の専門課程における研究や、将来、社会に出てからの仕事にも役立てる ことのできる指導計画の作成である。これまでの研究を通して、カリキュラム上の系統性への配慮、

思考の技術としての言語技術指導の強化、専門領域や卒業後の仕事内容との連携、個別指導重視、世 界規模のコミュニケーションに合わせた多様性への対応など、課題がいくつか明らかになっている。

指導計画の作成においては、目標の設定から指導法の決定、指導内容の精選から学習活動の組織、さ らに評価から処理まで、文章表現の学習指導に関わる全ての事項を過不足なく熟考する機会が得られ る。そしてできた計画は、それに従うものと言うよりも、むしろそれを手がかりに、学習活動をより よいものにするための基礎資料となって改善が繰り返されるものである。

(2) 理論研究の継続(コンポジション理論・文章産出過程のモデル)

コンポジション理論が日本に導入されてすでに 60 年が経過している。発祥の地アメリカで、コンポ ジション理論がその後どのように展開し現在に至っているのか。また、アメリカの大学におけるコン ポジション科目の現状はどうかなど、コミュニケーション環境が世界規模の広がりを見せている現代 だからこそ、早急に取り組むべき研究課題である。認知科学が明らかにした文章産出過程のモデルは

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文章表現指導に多大な示唆を与えた。中でもフラワーとヘイズのモデルによるモニター機能について は、内情が明らかにされていないだけに、指導者の工夫が求められる部分でもある。内田伸子の「書 き手は読み手を対象に書くのではなく、自らとの対話によって、つまり、自分の書きたい内容と表現 がぴたりとはまっているかどうか、自己内対話を繰り返すことによって表現を決定している」とする 考えについても、実の場の設定や読み手意識の教科指導に力を入れている国語科の指導とはずれがあ り、今後の研究課題となる。

(3) 実践を記述することの意義の検証

記述は説明と論証のための前提条件である。本論文の第一の課題も実践の記述にあった。丁寧に記 述することが、個々の学習者の人物像を明確なものにし、指導者の学習者理解を深める。同時に、指 導者の学習者に対しての受け止め方、関わり方、指導の仕方についても記述に書き残されることにな る。記述によって、書き手である指導者は、学習者理解を深め、同時に自らの指導法についてしっか りと向き合い、工夫や改善をこらすことになる。一つの記述は他者の視点、つまりは他者のさまざま な価値観によって吟味され、多面的な批評を得る可能性を持つ。思い通りに書けないことの方が多い が、それでもこれまでを振り返ってみると、すでに書いて発表したものからは、多くのことを学び、

発見があった。実践を記述するということは、自らの指導をわずかながらでも目に見えるものにし、

それによって指導の仕方を問い直し、質を高めることにつながっていく。記述がなければ発表もでき ない。発表の機会を得て、そこで第三者の評価を得ることがかなえば、書き手の自己評価の質は高め られ、指導が改善されるのである。こうしたところに、実践を記述する意義があると考えている。実 践の記述を続け、第三者の評価を積極的に求めることが今後の課題である。

(4) 文章表現の指導者自身の研鑽

文章表現の学習は練習を繰り返し、継続することが基本である。そしてこれは指導者にとっても同 様である。文章表現の指導者には、生涯学習のあるべき姿として常に書くという姿勢を、身をもって 体現する必要がある。自ら文章表現を学ぶ立場に身を置く経験が、学習者理解を深めるものとなる。

知識や技術が実践の過程でどのように活用され、書き手独自の内容がどのように生成されるのかは検 証されなければならない。文章表現を指導する者は、書き手としての経験を積むことによって、深く 文章表現の過程を理解する必要がある

5.総評

大学における文章表現指導の研究は、近年になって開拓され始めた国語教育研究の新しい研究領域 と言える。本論文はその新しい領域に理論・実践の両面から意欲的に取り組んで、具体的な指導計画 を提案した独創的な研究として評価することができる。全体的に広範な視野から実践分析を試みた点 に特色があり、今後のこの領域の研究の進展に資するような価値ある研究成果を挙げることができた。

特に、教育学におけるライフヒストリー研究の先駆けとなった野地潤家の「個体史研究」に学んで、

自身の表現学習個体史を記述しつつ、学習者の表現力発達の個体史を解明したうえで、文章表現指導 の課題を明らかにした意味は大きい。

以下に本論文の主な研究成果を三点に絞って整理する。

(1) コンポジション理論の再評価と大学の文章表現指導への導入

森岡健二『文章構成法』(1963)は、文章構成の形式的な指導にすぎないではないかという批判も出 ていたが、本論文では現代に森岡のコンポジション理論の本質を把握して生かすことは重要という立 場から再評価がなされている。筆者は、コンポジションには語や文、段落や段落の関係を整序して文 章全体を構成する要素が暗示されていることを踏まえて、思考・表現・理解の手段として把握したう えで、現代に再生させている。特に先行実践が少ない大学での文章表現指導に、コンポジション理論 を導入し、実践を展開したことには注目するべきであろう。

(2) 文章表現を楽しいものにするための方法としての「短作文」の活用

文章表現をもっと「楽しい」活動にするための内容・方法として、本論文では藤原与一の研究・実

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践に着目し、「二百字限定作文」を「短作文」として継承し、深化させたことも重要な研究成果である。

短作文を導入することで、二百人もの多くの学習者に対しても、指導者は気軽に指導を展開すること ができる。一語作文によれば、「題」や「小見出し」を考えることができ、二文、三文作文によれば、

接続詞や陳述の副詞の学習が展開できる。きめ細かい配慮に基づく実践から、学習の可能性が広がっ ているという点も、本論文の成果と言えるだろう。さらに評価の問題を常に視野に収めたことも、効 果的であった。

(3) 自身の実践の蓄積と分析に基づく「年間指導計画」の策定

筆者の短期大学における 20 年間にわたる文章表現指導の蓄積とその分析に基づいて、明確な「年 間指導計画」を立てることができたのは重要な成果と言えよう。特に、保育士を養成する短期大学に おいて、現場で必要になる「連絡帳」を教材とした指導を展開したのは、「実の場」の創造という意味 からも意義ある実践であった。この「年間指導計画」は、一実践者としての筆者の試案として評価さ れるべきものではなく、大学における表現指導の一つの典型として位置付けることができよう。この

「年間指導計画」を参考にして、それぞれの現場において様々な実践が展開されるための範例となる ものと思われる。

本論文は以上のような成果が認められるが、また今後の課題に関しても主として以下のような点を 掲げることができる。

(1) 論文全体の構成の吟味

本論文は、全体を「理論編」と「実践編」とに分けてまとめられているが、両者の関連についてよ り厳密な検討がほしい。「実践編」の中に「理論編」で言及された内容が重点的に反映される方向で、

論文全体の構成をさらに効果的なものにするべく吟味する必要がある。

(2) 文章表現と思考との関係のより詳細な分析

「書くこと」と「考えること」、すなわち文章表現と思考との関係を解明することは重要な課題であ るが、本論文においてはその点についていま少し詳細に分析しつつ考察を加える必要がある。

(3) 論述における用語の再検討

本論文では、まさに文章表現指導について論述したものである。それだけに本論文の「文章」その ものが、しっかりとした論理的な記述を達成したいところである。例えば、論文中に登場する「書き 手の声の創造」および「自分自身の声の創造」のような表現は、いささか情緒的な表現であって、そ の内実が客観的かつ科学的に理解しにくいものである。より客観的かつ科学的な表現によって捉え直 し、論文に明確な論理が保証されることが期待される。しっかりとした表現によって本論文が書かれ ることの意味は論をまたない。論述における用語の用い方について、再検討が求められる。

(4) 「見る」活動への着目

「写生」や「描写」は、ことばで「見る」という活動である。「話すこと・聞くこと」「書くこと」

「読むこと」および「考えること」との関係の考察に、「見ること」に着目しつつ、それを加えて考え ることも重要である。よりスケールの大きな文章表現指導の研究を目指して、筆者のさらなる研究の 深まりに期待したいところである。

以上のような課題が確認できるものの、本論文全体の研究成果は総合的に十分に評価できるもので あり、結論として審査員全員が本論文を博士(教育学)の学位授与にふさわしいものと認め、ここに 報告する。

参照

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