異類婚姻譚におけるジェンダーの中日比較研究
著者 呉 艶
雑誌名 同志社国文学
号 75
ページ 14‑26
発行年 2011‑12‑20
権利 同志社大学国文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013297
異 類 婚 姻 譚 に お け る ジ ェ ン ダ ー の 中 日 比 較 研 究 呉
艶
はじ めに 異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー 的価 値観 を考 察す るに は︑ まず
︑ 予備 作業 とし て︑ 異類 婚の 話型 分析 をし なけ れば なら ない
︒異 類婚 の話 型を 分析 すれ ば︑ 人間 の男 性と 異類 の女 とが 契り を交 わす もの
︑ いわ ゆる 異類 女房 譚が 圧倒 的に 多く
︑異 類聟 譚に 比べ て︑ 数的 に優 位を 占め るこ とが 分か る︒ これ につ いて
︑江 馬務 氏は
﹃日 本妖 怪変 化史
﹄の 中で
︑次 のよ うに 主張 して いる
︒﹁ 誑か すに は︑ 畢竟
︑女 性が 男子 を籠 絡す るに 便利 な故 でも あろ う︒ その 反対 に男 子に 化け て︑ 女を 籠絡 した 例は 極め て稀 であ る①
﹂と
︒異 類女 房譚 が多 いの は︑ 日本 に特 異に 存在 する 現象 では ない
︒中 国の 異類 婚姻 譚の 表出 傾向 を見 れば
︑同 じく 異類 女房 型の 話型 が多 いこ とは 分か る︒ ただ
︑そ の話 型に よっ て︑ 比率 が多 少違 って くる
︒確 かに 江馬 氏の 指摘 にあ
ると おり
︑異 類女 房譚 にお いて
︑異 類の 女は 性的 魅力 によ り︑ 異性 を引 き付 ける もの が多 い︒ だが
︑そ れ以 外の 原因 も考 えら れる ので はな かろ うか
︒一 方︑ 中村 禎里 氏は
︑異 類聟 が排 斥さ れる こと につ いて
︑動 物が
﹁雌 のば あい は︑ 人の 社会 を豊 かに する
︒し かし 雄の 動物 神の 末裔 は人 の女 性を 奪い
︑そ の社 会を 犯そ うと する②
﹂と 人間 社会 の秩 序維 持の 角度 から 解析 し︑ 社会 的な 原因 を把 握し てい る︒ だが
︑中 村氏 は自 説の 背後 にあ る文 化的 な深 層部 まで 掘り 下げ てい ない
︒異 類婚 姻譚 にお ける ジェ ンダ ーの 裏側 には 広大 な文 化的 深層 が潜 んで いる ので はな いか
︒本 稿で は多 様な 角度 から 複眼 的に 検討 して みた いと 思う
︒ まず
︑動 物報 恩譚 にお いて
︑そ の動 物は 女︵ 男で はな く︶ に化 け︑ 人間 の男 性︵ 往々 にし て不 運な 男が 多い
︶に 不老 不死
︑地 位昇 進︑ 財産 蓄積 など
︑い わゆ る幸 運を もた らす もの が多 い︒ また
︑人 間の
異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
一四
至誠 至孝 によ り︑ 奇跡 が起 こる 話型 など にお いて も︑ その 主人 公は 人間 の男 性に 限ら れて いる
︒こ れら の異 類婚 の話 型で は︑ 天帝 や神 様が 派遣 した 使者 は殆 ど女 であ る︒ しか し︑ そこ には 異類 の女 の媚 態に よる 挑発 が全 然見 られ ず︑ 異類 女房 は神 女と 格付 けさ れる こと が多 い︒ もち ろん
︑ど の異 類女 房も 端麗 な容 姿の 持ち 主で ある が︒ 男性 のそ の美 徳へ の褒 美に
︑健 康︑ 財冨
︑社 会地 位の 他に
︑﹁ 女色
﹂ も惜 しま ず享 受さ せる とい う趣 きは
︑い かに も﹁ 英雄 色を 好む
﹂と いう 男性 の昔 から の性 的幻 想に 適う もの らし い︒ 男性 本位 の考 え方 はこ れら の内 容の 中に ひそ かに 滲み こん でい る︒ ゆえ に︑ 異類 女房 譚が 圧倒 的に 多い とい う現 象か ら︑ 人類 社会 の長 い歴 史に おけ る
﹁男 権社 会﹂ 的傾 向が 見え るの では ない かと 思う
︒次 に︑ 蛇女 房や 狐女 房の 場合
︑時 々人 間の 男性 は異 類の 女に 脅か され たり
︑食 い殺 され たり して
︑い わゆ る﹁ 女の 禍﹂ に陥 ると いう 発想 には 宗教 的意 図が はっ きり と見 られ る︒ 儒教 は男 女隔 離を 主張 し︑
﹁男 女七 歳に して 不同 席③
﹂な どと いう 諸般 の礼 儀を 作り
︑男 女の 行為 を厳 しく 規 定し た︒
﹃論 語﹄ には
﹁戒 之在 色④
﹂︵ 色の 戒め
︶が 出て いる が︑ これ は﹁ 君子
﹂に 対す る戒 めで あり
︑古 くか ら儒 家と 仏家 の勧 戒と して
︑ 唱え られ てき た︒ さら に中 国の 民間 には
︑昔 から
︑﹁ 紅顔 禍水⑤
﹂と いう 言い 習わ しが あり
︑女 性は 禍根 とい うレ ッテ ルを 貼ら れ︑ 美し い女 性は いっ そう 禍水 の相 を浮 かべ る妖 女と 侮蔑 され る封 建的 色彩
の濃 い思 想が 残っ てい た︒ これ も多 数の 事例 に出 てい るの は︑ 蛇聟 や狐 聟で はな く︑ 蛇女 房や 狐女 房で ある ゆえ かも しれ ない
︒ とこ ろで
︑こ のよ うな 男性 本位 の思 想は 異類 婚姻 譚の 誕生 当初 か ら付 随す るも ので ある かと 言え ば︑ 必ず しも そう でな いこ とが 考察 によ って 明ら かに なる
︒異 類婚 姻譚 は古 く︑ どの 時代 にも
︑諸 民族 の間 に存 在す るも ので あり
︑日 本と 中国 の同 類の もの は︑ 時代 的に も︑ 距離 的に も︑ 互い に遠 く隔 たっ てい ると は言 え︑ 一致 する とこ ろが 多く 見ら れる
︒本 稿は 六朝 小説 など の中 国の 古典 文学 にお ける 異類 婚の 事例 を取 り上 げ︑ 日本 のそ れと 比較 しな がら
︑そ の接 点を めぐ って 考察 を進 め︑ 更に
︑社 会形 態と 宗教 思想 から の影 響を 考え なが ら︑ 異類 婚姻 譚に 表出 する 性差 意識 を検 証す るこ とに する
︒ 一 始祖 神話 にお ける 古代 人の 動物 観と 女性 崇拝 異類 婚姻 譚を 考え る場 合︑ 中国 にお いて は︑ やは り混 沌た る神 話 時代 に遡 らな けれ ばな らな い︒ 始祖 誕生 に纏 わる 神話 は最 も古 い形 態の 異類 婚姻 譚と 言え るで あろ う︒ 動物 を帝 王誕 生の 始祖 神と する 記載 は中 国の 古書 では 極め て普 遍的 であ る︒ 古籍 にお ける 帝王 の系 譜を 繙け ば︑ 漢民 族が 先祖 とし て仰 いで いる 黄帝 など の伝 説上 の三 皇五 帝は もち ろん
︑歴 史上 の実 在の 帝王 でも
︑異 常な 誕生 を迎 える もの が多 い︒ 前漢 の司 馬遷 が著 した
﹃史 記﹄ 高祖 本紀 に次 のよ うな 異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
一五
記事 があ る︒ 高祖
︑沛 豊邑 中陽 里人
︒姓 劉氏
︑字 季︒ 父曰 太公
︑母 曰劉 媼︒ 其先 劉媼 尝息 大沢 之陂
︑夢 與神 遇︒ 是時 雷電 晦冥
︑太 公往 視︑ 則見 蛟竜 于其 上︒ 已而 有身
︑遂 産高 祖⑥
︒ これ は前 漢の 初代 皇帝 劉邦 の異 常誕 生に まつ わる 神話 であ るが
︑ その 父が 蛟竜 とさ れ︑ 典型 的な 異類 聟の 話型 と言 える
︒ま た︑ 高祖 の容 貌に つい て︑
﹁隆 準而 龍顔
﹂︵ 鼻が 高く て龍 に似 た顔 つき をし て いる
︶と 描か れて いる
︒さ らに
︑酒 と女 色が 好き な高 祖が
﹁酔 臥︑ 武負
・王 媼見 其上 常有 龍怪 之⑦
﹂︵ 酔い 潰れ て横 にな ると
︑そ の上 に いつ も龍 がい るの を見 て︑ 周り が怪 しが って いた
︶と 劉邦 が蛟 竜の 後裔 であ るこ とを 裏付 ける 記事 があ る︒ 蛟竜 は鱗 のあ る竜 のこ とで
︑ 霊力 があ ると 中国 人が 古く から 信じ てき た︒ この 話は 帝王 の誕 生が 蛟竜 のよ うな 霊的 存在 と関 わっ てい るこ とを 語っ てい る︒ 竜は 中国 では 神霊 化さ れる 巨大 な伝 説上 の動 物で
︑天 地万 物を 自在 に支 配す る強 大な 威力 を誇 り︑ 古来
︑皇 権の 象徴 とさ れて きた
︒さ らに
︑中 国古 代の 四神 信仰
︵い わゆ る動 物神 が東 西南 北の 四方 を守 ると いう 信仰
︶に おい て︑ 青竜 は天 上東 方の 守護 神と して
︑四 神の 首位 を占 めて いる
︒と ころ が︑ 竜は
﹁蛇
﹂形 の神 とさ れて いる が︑
﹁女 媧補 天﹂ の神 話で は︑ 女媧 とそ の兄 また は夫 とさ れる 伏羲
︵三 皇の 首座 に置 かれ る神
︶は
︑ど ちら も蛇 身人 首と 描写 され てい る︒ ここ の
﹁蛇
﹂も やは り竜 のイ メー ジと 重な り︑ 聖獣 とし て︑ 架空 の龍 と実 在の 蛇は 同一 視さ れる とい うこ とで あろ う︒ 竜に 対す る信 仰は 中国 では
︑最 も古 い形 の信 仰の 一つ と言 える
︒ こう した 神話 伝説 の影 響の 下に 生ま れた 中国 最古 の詩 集﹃ 詩経
﹄ にも
︑殷 王朝 の始 祖契 の異 常生 誕を 意味 する 以下 の﹁ 頌﹂
︵祖 先の 高徳 を称 揚す る詩
︶が ある
︒ 天命 玄鳥 降而 生商⑧
﹃詩 経﹄ の注 釈書
﹁毛 伝﹂ によ れば
︑契 の母 簡狄 が鳥 の卵 を呑 ん で︑ 契が 生ま れた とい う︒ 商の 始祖 に纏 わる 同じ 系統 の伝 承は 他に も﹃ 史記
﹄や
﹃楚 辞﹄ など にも 見ら れる
︒鳥 神を 祭祀 する 伝統 は中 国の 古代 にお いて 既に あっ た︒ 朱雀
︵鳳 凰︑ 玄鳥 とも いう
︶は 天上 南方 の守 護神 とし て︑ 四神 の一 つと して 数え られ る︒ 中国 最古 の地 理書
﹃山 海経
﹄に おけ る山 神崇 拝の 記載 に鳥 崇拝 の思 想も 表出 され てい る︒
﹁其 神状 皆竜 身而 鳥首
⁝⑨
﹂と
︒そ の祭 られ る神 々は みな 竜 身鳥 首の 形を なし てい ると いう のは
︑や はり
︑鳥 は古 代の 中国 人の 意識 の深 層に 特別 な異 類と して
︑存 在し てい たか らで あろ う︒ 北魏 時代 の地 理書
﹃水 経注
﹄︵ 四十
︶に
︑﹁ 鳥為 之耘
︑春 拔草 根︑ 秋啄 其穢⑩
﹂と いう 表現 が見 られ るが
︑鳥 類が 畑を 耕耘 する こと はあ り得 ない し︑ 季節
・時 季に 気を 配り
︑除 草・ 除虫 など の農 耕作 業を 行な うこ とが でき るわ けも ない
︒こ れは あく まで も鳥 が野 原に 植物
異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
一六
の種 をば ら撒 いた り︑ 雑草 や害 虫を 啄ん だり する 採餌 行為 に対 する 比喩 にす ぎな いが
︑い かに も古 代の 農耕 社会 の伝 承ら しい
︒そ こに 古代 の民 衆の 鳥崇 拝思 想の 芽生 えが 見え るの であ ろう
︒ 更に
︑志 怪小 説集
﹃拾 遺記
﹄に は︑ 次の よう な記 事が ある
︒ 越王 入呉 国︑ 有丹 鳥挟 王而 飛︑ 故勾 践之 覇也
︑起 望鳥 台︑ 言 丹鳥 之異 也⑪
︒ これ は︑ 臥薪 嘗胆 の故 事で 知ら れる 春秋 時代 に起 きた 呉越 戦争 を 背景 に︑ 越王 勾践 が呉 国に 入っ たと き︑ 赤い 鳥が つい てい たの で︑ 勾践 は国 の再 興を 遂げ た後
︑望 鳥台 を建 てた が︑ 丹鳥 は吉 兆だ とい う内 容で ある
︒ 以上 の事 例は いず れも 鳥が 古代 人の 崇拝 対象 であ った こと を物 語 って いる
︒ち なみ に︑ 記紀 の伝 承で も︑ 神武 天皇 東征 の道 案内 をし たの は八 咫烏 とさ れ︑
﹁今
︑天 より 八咫 烏を つか はさ む⑫
﹂と 鳥神 が 神武 天皇 を助 けた とさ れる
︒い ずれ も建 国伝 説に 於け る鳥 神の 功を 称え るも ので あり
︑鳥 には 神霊 が宿 ると され てい る︒ さて
︑こ のよ うな 鳥に まつ わる 異常 出生 の話 型は
︑﹁ 卵を 呑込 む﹂ とい うモ チー フが 共通 し︑ いわ ゆる 始祖 神話 にお ける 卵生 型の 話型 に属 する
︒そ こか ら︑ 女性 の出 産を 神秘 視す る古 代人 の命 の生 誕に 対す る畏 敬が 窺え る︒ 卵は 生殖 の神 秘力 があ るも のと 古代 人に 信じ られ たか らで あろ う︒
時代 は下 るが
︑﹃ 捜神 記﹄ 巻十 四⑬
に﹁ 夫餘 王東 明﹂ とい う伝 承が ある
︒そ れは いわ ゆる 東明 を始 祖に する 建国 伝説 で︑ 高句 麗の 初代 国王 の生 誕の 伝承 であ る︒ 同じ 巻十 四に また
﹁鵠 蒼﹂ とい う伝 承が ある が︑ いず れも 開国 始祖 は動 物が 人間 と感 応し て生 まれ たの であ ると 語っ てい る︒ この よう な帝 王や 英雄 の異 常誕 生の 話か ら︑ 動物 を神 聖化 する 古代 中国 人の 原初 段階 の動 物観 が窺 え︑ 動物 神へ の畏 敬と 崇拝 がそ こに 込め られ てい るこ とが 分か る︒ 一方
︑古 代の 日本 にお いて も︑ 自然 崇拝
︑動 物崇 拝︑ トー テミ ズ ムな どが 原始 宗教
︑民 間信 仰の 形態 とし て︑ 盛ん だっ たこ とは 文献⑭
によ り裏 づけ られ てい る︒ 記紀 神話 にお ける 神統 譜を 辿る なら
︑初 代天 皇神 武に 至る 皇統 の尊 い血 筋に 纏わ る話 は幾 通り も記 され てい る︒
﹃日 本書 紀﹄ 神代 巻⑮
の記 載で は︑ 神武 天皇 は鰐 の後 裔で ある と され てい る︒ 人類 の属 性と 異な る異 類と の交 渉で ある から こそ
︑人 並み でな い資 性の 高さ を有 する こと を示 して いる
︒ さら に︑ 記紀 神話 にお ける 日本 の最 も古 い話 型︵ 典型 的な 異類 婚 姻譚
︶﹁ 三輪 山神 話﹂ のモ チー フは
︑そ のま ま﹃ 平家 物語
﹄に ある 豊後 緒方 家の 祖先 伝説 の上 に移 し変 えら れ︑ 次の よう にな って いる
︒ 或人 のひ とり むす め︑ 夫も なか りけ るが もと へ︑ 母に もし ら せず
︑男 よな よな かよ ふ程 に︑ とし も月 もか さな る程 に︑ 身も ただ なら ずな りぬ
︒⁝ むす め母 のを しへ にし たが て︑ 朝帰 する 異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
一七
男の
︑水 色の 狩衣 をき たり ける に︑ 狩衣 の頸 かみ に針 をさ し︑ しづ のを だま きと いふ もの を付 て︑ へて ゆく かた をつ なひ でゆ けば
︑豊 後国 にと ても 日向 ざか ひ︑ うば だけ とい ふ嵩 のす そ︑ 大な る岩 屋の うち へぞ つな ぎい れた る︒
⁝岩 屋の 内よ り︑ 臥だ けは 五六 尺︑ 跡枕 べは 十四 五丈 もあ るら むと おぼ ゆる 大蛇 にて
︑ 動揺 して こそ はひ 出さ れ︒
⁝女 帰て 程な く産 をし たれ ば︑ 男子 にて ぞあ りけ る︒
⁝件 の大 蛇は 日向 国に あが めら れ給 へる 高知 尾の 明神 の神 躰也
︒此 緒方 の三 郎は あか がり 大太 には 五代 の孫 なり⑯
︒ いず れも 古代 人に は︑ 鰐と か蛇 とか いう 最強 の力 を有 する 爬虫 類 を祖 霊と する 思想 があ った こと を物 語っ てい る︒ しか し︑ 中国 のよ うな
﹁卵 生型
﹂の 話型 は日 本の 始祖 伝説 には あま り見 当た らな い︒
﹃日 本書 紀﹄ の冒 頭で は︑
﹁卵
﹂に 関す る表 現は 次の よう にな って い る︒ 古天 地未 剖︑ 陰陽 不分
︑渾 沌如 鶏子
︑溟 滓而 含牙
︒及 其清 陽 者︑ 薄靡 而為 天︑ 重濁 者︑ 淹滯 而為 地︑ 精妙 之合 搏易
︑重 濁之 凝竭 難︒ 故天 先成 而地 後定
︒然 後︑ 神聖 生其 中焉⑰
︒ 前漢 の﹃ 淮南 子⑱
﹄巻 二の
﹁俶 真訓
﹂を 出典 とす ると され てい る︒
﹁鶏 子﹂ は所 謂﹁ 卵﹂ のこ とだ が︑ ここ の﹁ 鶏子
﹂と
﹁神 聖﹂ は中 国の 始祖 神話 にお ける 帝王 誕生 と卵 との かか わり とい うよ うな 狭義
の意 味に 対し て︑ もっ と広 義に 万物 の神 が卵 から 生ま れる こと を意 味す るの であ ろう
︒ 上の よう な動 物神 と人 間と の繫 がり を語 るも のは
︑一 族の 祖先 の 権威 付け を図 り︑ 異常 誕生 によ る貴 種性 を強 調す るた めで ある
︒い ずれ にせ よ︑ 古代 人の 動物 観は 明ら かに 上の よう な始 祖神 話に 顕現 して いる
︒ とこ ろで
︑こ のよ うな 始祖 の異 常誕 生の 神話 は︑ 女性 的︑ 母権 的 性格 をか なり 強く 伝え てい る︒ 中国 の神 話の 世界 にお いて
︑女 神崇 拝の 古代 神話 が数 多く あり
︑女 媧や 西王 母な どは 女性 を表 象す る神 であ る︒ 神仙 思想 を基 盤と する 道教 にお いて も︑ 名高 い八 仙︵ 道教 の代 表的 な仙 人︶ の一 人は 女仙
︵何 仙姑
︶と なっ てお り︑ 道教 にお ける 女性 崇拝 は特 に根 強い もの と言 える
︒中 国の 一部 の地 方に 未だ に残 存し てい る古 代の 女神 廟⑲
の遺 跡に も女 性崇 拝の 痕跡 が見 える
︒ 考古 学や 歴史 学の 研究 成果 によ れば
︑か つて
︑古 代中 国に は長 い 間︑ 母系 社会 形態 が実 在し た︒ 旧石 器時 代の 晩期 に既 に母 系氏 族社 会に 入り
︑中 国の 最初 の王 朝と され る夏 王朝
︵紀 元前 二千 年頃
︶が 形成 され てか ら︑ 次第 に父 権家 長制 の階 級社 会へ 移行 する とと もに
︑ それ まで
︑母 系社 会に おい て︑ 生殖 崇拝 から 派生 した 女性 崇拝 が父 権制 の確 立に よっ て︑ 徐々 に男 性崇 拝に 取っ て代 わら れて いく
︒ 一方
︑日 本で は大 化改 新以 前の 社会 は母 系制 度に よる 氏族 社会 と
異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
一八
され
︑そ れま で母 系社 会が 長期 間続 いた とい う説 があ る⑳
︒天 照大 神 は至 上の 太陽 神で
︑し かも 女神 であ ると され
︑伊 勢神 宮を はじ め女 神を 祭る 神社 も多 い︒ 先史 時代 に儀 礼な どに 用い られ た母 神像 や縄 文時 代に 製作 され た土 偶な ど︑ いず れも 女性 をか たど った 女神 像で
︑ 女性 的な 体の 特徴 を極 端に 誇張 した もの が多 い︒ 多産 や豊 饒を 祈る ため に︑ 万物 を生 み出 す大 地を 地母 神と して 崇拝 して いた のも 生殖 崇拝 に繫 がり
︑そ こに 女性 優位 の思 想が 色濃 く反 映さ れて いる こと が分 かる
︒宗 教的 見地 から すれ ば︑ 日本 の民 族信 仰に 基づ く原 始宗 教に 日本 人の 祖霊 崇拝
︑自 然崇 拝の 原点 が見 出さ れる
︒旧 石器 時代 に始 まり
︑縄 文︑ 弥生 とい った 先史 時代 の神 観念 及び それ に伴 う祭 祀儀 礼が 土台 とな って
︑日 本の 原始 宗教 が次 第に 形作 られ てい った
︒ 古く から
︑日 本人 に受 け継 がれ てき た文 化の 深層 には
︑生 命の 源で ある 母を 崇め
︑自 然と 共に 生き
︑自 然の リズ ムと 生命 のリ ズム を共 鳴さ せる 伝統 精神 が息 づい てい る︒ この よう に︑ 女神 を崇 める こと は母 神崇 拝に 由来 する と考 えら れ︑ 古代 人は 父性 が発 見さ れる まで は︑ 母性 をす ぐれ た知 恵︑ 魔力 と結 びつ けて 考え てい た︒ 女性 は生 命を 生み 育て る慈 悲深 い母 とし て︑ 神格 化さ れて いた
︒始 祖神 話は 女性 崇拝 の思 想を 伴う もの とし て︑ 古代 人の 精神 的世 界を 語っ てい る︒
二 動物 観の 変容 と異 類婚 姻譚 にお ける 男尊 女卑 の萌 芽 人間 と動 物と の関 係は 時代 を辿 りな がら
︑次 第に 変化 して ゆく
︒ 時代 が下 るに つれ て︑ かつ て神 とし て仰 がれ てい た動 物は
︑そ の地 位を 失い
︑神 霊視 され るど ころ か︑ 時に 人間 を脅 かし
︑災 いを 及ぼ す存 在と して 語ら れ︑ 恐怖 や嫌 悪の 対象 とな って くる
︒そ れに 伴い
︑ 異類 婚姻 譚も 次第 に新 しい 展開 を見 せ始 める
︒中 国の 異類 婚姻 譚に おい て︑ 異類 女房 譚は 主に 次の よう な幾 つか の特 徴を 呈す る︒ a化 けた 美女 が人 間の 男性 を誘 惑し
︑危 害を 加え る︒ その 被害 が 第三 者に よっ て食 い止 めら れる
︒ b動 物報 恩譚
︒動 物が 心の 優し い青 年に 助け られ
︑美 女に 化け
︑ 嫁に 来る
︒ c天 帝は 若者 の親 孝行 ぶり に感 動︑ 或い は︑ 善良 な貧 乏男 に同 情 し︑ 神女 との 結婚 を成 就さ せる
︒ aの 場合
︑婚 姻は 異類 の女 の悲 劇に よっ て終 幕と なる が︑ bと c の場 合︑ 正体 が知 られ
︑婚 姻に 破綻 が生 じる かま たは 果た すべ き任 務を 終え るこ とに より
︑別 離が 訪れ る︒ cに つい ては
︑こ こで の論 証を 省く が︑ a︑ bの 例を 二︑ 三挙 げた いと 思う
︒ 六朝 の志 怪説 話集
﹃異 苑﹄ 所載 の﹁ 猿の 妻﹂ は次 のよ うな 内容 で 異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
一九
ある 晋 ︒ の太 元の 末年
︑徐 寂之 が野 道を 歩い てい ると
︑蓮 の葉 をか ざし た娘 が一 人︑ 寂之 に手 招き をし た︒ 喜ん で家 に連 れ帰 り︑ 契り を結 んだ が︑ それ から は度 々娘 が通 って くる よう にな った
︒ する と︑ 寂之 は病 気に なっ て痩 せ細 り︑ 美し い部 屋と 大き な建 物︑ りっ ぱな 宴席 など が見 える と口 走る よう にな った
︒⁝ 数年 たっ たの ち︑ 寂之 の弟 の晬 之が
︑家 の中 に大 勢の 人声 がす るの を耳 にし た︒ そっ と近 づい て覗 くと
︑数 人の 娘が 裏口 から 出て 行く とこ ろで
︑一 人だ けが 土を 運ぶ 簣の 下に 身を 隠し た︒
⁝そ こへ
︑い きな り人 々が
︑﹁ 簣の 中に 誰か いる ぞ﹂ と騒 ぐ声 がし た︒ 晬之 がす ぐに 簣を 持ち 上げ て見 ると
︑牝 猿が 一匹 いた
︒そ れを 殺す と︑ 寂之 の病 気も 次第 によ くな って いっ た㉑
︒ この 伝承 は︑ 最終 的に 動物 は殺 され
︑人 間は 第三 者の 救助 によ っ て助 かる とい う終 局を 迎え るが
︑同 類の 伝承 も︑ 殆ど 人間 は動 物を 打ち 負か し︑ 人間 の勝 利で 結末 をつ ける
︒そ の﹁ 第三 者﹂ は通 常の 人よ り︑ 和尚 や道 士が 多い が︑ 特に 狐︑ 蛇女 房の 場合 は犬 のこ とも あっ て︑ 動物 の妖 気を 見破 って 制す ると いう 設定 が多 い︒ 明代 の
﹃警 世通 言㉒
﹄所 収の
﹁白 娘子 永鎮 雷峰 塔﹂ は同 類話 型の 代表 的な も ので ある
︒道 士が 法力 によ って 動物 の化 け物 を雷 峰塔 に封 じ込 める とい う名 高い 伝説 は現 在も 尚︑ 生き てい る︒ 時代 的に 区分 すれ ば︑
ほぼ 唐代 まで は︑ 動物 は平 等視 され てい た︒ 少な くと も劣 等視 され ては いな かっ た︒ 唐代 の伝 奇小 説﹃ 任氏 伝﹄ のよ うな 異類 との 愛情 の葛 藤を 描い たも のは
︑む しろ 自由 恋愛 を賛 美し
︑異 類も 人間 の理 想を 託さ れる 存在 であ った
︒し かし
︑宋 代以 後︑ 見て きた よう な動 物と 人間 との 仲を 敵対 関係 で捉 える 設定 にお いて
︑動 物の 神性 喪失 のた め︑ 人類 と異 類の 間に 嘗て あっ た︑ 境界 を超 えた 親密 な関 係が 破れ てい る︒ ゆえ に︑ 嫌悪 の対 象と して 扱わ れて いな い動 物報 恩譚 や神 女と の結 婚譚 にお いて も︑ 人間 はや はり 異類 を異 界の 存在 とし
︑ 決し て同 格視 でき なく なっ た︒ その 傾向 も話 の結 末に 表出 され
︑ス トー リー の内 容は 枚挙 に遑 がな いほ ど多 種多 様で ある が︑ いず れも
︑ 悲話 に終 わる のが 決ま った パタ ーン であ る︒ 清代 の蒲 松齢 の﹃ 聊斎 志異
﹄は 怪異 小説 の代 表で ある が︑ 中に は 異類 婚の 話が 少な から ずあ る︒ 巻九
﹁小 翠﹂ はそ の代 表的 な一 篇で ある そ ︒ の筋 をま とめ てみ る︒ 浙江 の王 大常 は幼 い時
︑雷 に打 たれ かか った 狐を 助け た︒ 後 に進 士に 及第 し︑ 県知 事か ら侍 御史 に進 んだ
︒そ の子 の元 豊は 阿呆 で︑ 誰も 嫁に 来な かっ たが
︑あ る日
︑小 翠と いう 美し い娘 が嫁 に来
︑元 豊と 仲良 く暮 らし た︒ 小翠 は美 しい だけ でな く︑ 気が 利き 不思 議な 術を 使っ て王 大常 を陥 れよ うと する 悪い 役人
異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
二〇
を遠 い所 へ流 刑に 処し てし まう
︒三 年経 った ある 日︑ 小翠 は元 豊を 熱湯 の中 に入 れ︑ 蒸し 殺し てし まう
︒家 中大 騒ぎ の中
︑男 はふ と目 をあ けて 蘇り
︑夢 がさ めた よう に立 派な 男に 生ま れ変 わっ た︒ ある 日小 翠は 大事 な玉 の壷 を落 とし
︑舅 姑に 罵ら れ︑ 小翠 はも とも と自 分は 狐で あり
︑母 の狐 が王 大常 に雷 の難 を救 われ た恩 返し に︑ 色々 尽く して きた のだ が︑ 前世 の縁 も尽 きた から
︑と 言っ て出 てい って しま った
⁝㉓
︒ 内容 はま だま だ面 白く 続く が︑ 動物 はこ のこ とで
︑人 間界 から 追 い出 され
︑自 分の 世界 に戻 る︒ 中国 の異 類婚 の話 にお いて
︑宋 代以 後は 狐は 人を 誑か すも のと して
︑色 気を 漂わ せ︑ 悪玉 役を 演じ てき た︒ 妖狐 また は狐 妖︑ とに かく 妖怪 の代 名詞 のよ うに 位置 づけ られ てき たが
︑以 上の よう な報 恩譚 にお いて は︑ 可憐 な少 女の よう に描 かれ てい る︒ それ にも 拘わ らず
︑破 局を 免れ ない
︒た だ︑ 人間 が
﹁見 ては いけ ない
﹂と いっ たよ うな タブ ーを 破る こと によ って
︑破 綻が 生じ たの でな く︑ ごく 自然 の成 り行 きで スト ーリ ーが 締め 括ら れる のは この 事例 の異 彩を 放つ とこ ろで ある
︒悪 玉役 にせ よ︑ 善玉 役に せよ
︑人 間の 内面 的自 覚が 生ま れる よう にな るに 従っ て︑ 動物 は人 間に は神 なる 存在 でな くな った
︒し かし 人間 は動 物神 の信 仰を 否定 する 一方
︑報 恩譚 にお いて
︑依 然と して 身の こな しが 自由 な動 物に 超能 力を 与え
︑そ れに 憧れ を託 すの であ る︒
以上 のよ うな 大ま かな 傾向 は︑ 日本 の同 類話 にも よく 見ら れる
︒ ただ
︑日 本の 異類 婚姻 譚に おい て︑ 異類 女房 譚の 場合
︑親 孝行 を讃 える もの が一 部あ る他 に︑ 報恩 譚に 属す るも のが 大半 を占 めて いる のは 目立 つと ころ であ る︒ 親孝 行を 讃え る﹁ 蛤の 草紙
﹂な どや
︑報 恩の モチ ーフ を伴 う﹁ 鶴女 房﹂
︑﹁ 狐女 房﹂ など には
︑中 国説 話と の 類似 性が 見ら れ︑ 話の 根底 に横 たわ るの は︑ 善行
︵親 孝行
︑危 難を 救う
︶は 功名
・福 寿・ 財運
・婚 姻・ 一族 の繁 盛の 全て をも たら すと いう 勧善 の教 えで ある
︒ 中古 以後 の異 類婚 姻譚 は仏 教の 影が 濃く
︑異 類女 房譚 も仏 教思 想 の浸 透が 必須 とな るほ ど︑ 仏教 信仰 の民 間へ の普 及が 進ん でい たこ とが 分か る︒ 仏教 説話 集の
﹃霊 異記
﹄や
﹃今 昔物 語集
﹄は 言う まで もな く︑ 民間 に流 布し てい た説 話も 唱導 説教 の系 列に 属す るも のが 多い
︒中 世の 異類 婚説 話は 仏教 と深 い交 渉を 持ち
︑仏 教的 世界 観が 随所 に見 られ る︒ また 中古 説話 と重 複す るも のも 多い
︒近 世に 入っ てか ら︑ 宗教 色は 希薄 にな った とは 言え
︑ま だ完 全に 払拭 され たと は言 えな い︒ 特に
︑異 類女 房譚 にお ける 教訓 的な もの では
︑そ の結 末は 人間 は動 物に 害さ れる こと が多 く︑ 怪談 を教 訓と して 捉え るも のが ほと んど であ る︒ 前述 の中 国の 類話 によ く見 られ るよ うな 第三 者の 救助 によ り動 物の 危害 から 人間 が救 われ ると いう パタ ーン があ まり 見ら れず
︑説 話の 教訓 的意 図が より 明瞭 に示 され るこ とが 分か 異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
二一
る︒ この よう な異 類女 房譚 の結 末は ほぼ 二つ の傾 向に 発展 する
︒ a人 間の 男は 化け た美 女に 食い 殺さ れる
︒ b人 間の 男は 一念 発起 し︑ 仏門 に帰 依す る︒ 近世 中期 の奇 談集
﹃老 媼茶 話﹄ 巻六 所載 の﹁ オオ カミ
﹂の 内容 を まと める と︑ 次の よう にな る︒ 山道 に迷 った 江戸 の裕 福な 男が 一軒 のあ ばら 家を みつ け︑ 道 を尋 ねる と︑ 中に いる 老爺 と老 婆︑ さら に︑ 二十 歳あ まり の美 しい 娘が 招い てく れた
︒娘 の容 色に 引か れ︑ 男は 老夫 婦に 多額 の金 を与 え︑ その 娘を 妻に 娶っ て江 戸に 帰っ た︒ 三年 経っ たあ る日
︑妻 と一 緒に 里帰 りし
︑か つて の山 小屋 を訪 ねる と︑ 狼の 屍が 二つ 折り 重な って いる のを 見た
︒女 は﹁ わが 父母 は︑ 殺さ れて しま って いた のだ
︒な んと 悔し いこ とか
﹂と 叫び
︑た ちま ち狼 と化 し︑ 夫を 喰い 殺し た㉔
︒ 動物 を加 害者 と扱 う代 表的 な事 例で ある が︑ この 説話 の根 幹に は 仏教 の因 果応 報︑ 自業 自得 とい う鉄 則が 組み 入れ られ てい る︒ 仏教 が色 欲を 禁忌 とし
︑﹁ 好色
﹂は 身の 破滅 のも とだ と訓 戒さ れて いる
︒ この 説話 に女 色の 戒め に焦 点を あわ せた 宗教 的モ チー フを 見出 すこ とが でき る︒ 近世 後期 の松 浦静 山が 書い た随 筆集
﹃甲 子夜 話﹄ には 大蛇 の伝 説 が記 され てい る︒ 要約 する と次 のよ うに なる
︒
貧乏 な医 者の 男は 患者 がお 礼に 連れ てき た女 を妻 に娶 った
︒ 一年 経っ て︑ 男の 子が 産ま れ︑ 男は 妻の
﹁見 るな
﹂と の警 告を 無視 し︑ 覗き 見る と︑ 大蛇 が授 乳し てい た︒ 正体 を知 られ た妻 は明 珠を 夫に 与え て去 る︒ 地元 の領 主に 明珠 を奪 われ
︑男 は海 辺に 出て 妻を 求め ると
︑松 林か ら現 われ た妻 に別 の明 珠を 与え られ た︒ 更に もし この 珠も 奪わ れた ら︑ 即座 に子 を抱 いて 遠く に走 るよ うに 助言 し︑ 姿を 消し た︒ 第二 の明 珠を 奪わ れた 夜︑ 雲仙 の山 は裂 け︑ 城と 町は 忽ち 土中 に埋 れ︑ 領主 も明 珠も 地底 に沈 んだ
︒逃 れて 助か った 男子 はそ のの ち律 僧と なっ た㉕
︒ この 伝承 は豊 玉毘 売命 型の 話型 をも つ説 話で ある だけ に︑ 異類 を 直接 的な 加害 者と せず
︑間 接的 な加 害者 とし て設 定し てい る︒ しか し︑ 人間 の男 性と 異類 の女 との 交渉 はや はり 山が 崩れ 大地 が裂 ける よう な災 禍を 来た す悪 縁と され てい る︒ 男は 災難 の後
︑仏 に帰 依を 誓っ て︑ 悪縁 を断 ち切 る仏 神に 救い を求 める とい う結 末は いか にも 仏教 的モ チー フに ふさ わし い︒ 異類 女房 譚の 悲劇 的な 結末 は人 間の 動物 観の 変容 を裏 付け ると 同 時に
︑人 間の 価値 観の 逆転 も体 現し てい る︒ 一方
︑異 類聟 譚の 発展 を追 跡す れば
︑中 日説 話の 間に
︑思 いが け ない 一致 があ るこ とが 分か る︒ まず
︑異 類女 房譚 に見 られ る報 恩的 要素 が一 切入 って いな い︒ それ から
︑畜 生と して 異類 聟は 異類 女房
異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
二二
以上 に︑ 劣等 視さ れる こと が多 いと ころ も共 通し てい る︒ さら に︑ 両方 とも 性差 意識 によ る女 性観 が異 類女 房譚 以上 に端 的に 示さ れて いる
︒そ の話 型は
︑次 の二 通り に大 きく 分か れる
︒ a婚 姻の 強要 型︒ 異類 は人 間と の約 束を 果た し︑ 婚姻 を迫 る︒ b婚 姻の 不成 立型
︒ aは 始祖 神話 が民 間に 零落 した もの と見 なし てよ く︑ 新し い氏 族 の起 源を 説く 始祖 型が 多い
︒ま た︑ 異類 女房 譚に おけ る類 話と は違 い︑ 人と 動物 との 隔絶 感が 強調 され
︑人 間の 女が 人煙 稀な 別世 界へ 連れ てい かれ るよ うに 描か れる もの が多 い︒
﹃捜 神記
﹄巻 十四
﹁蛮 夷の 起源
﹂に は次 のよ うな 描写 があ る︒ 盤瓠 将女 上男 山︑ 草木 茂盛
︑無 人行 跡︒
⁝王 悲思 之︑ 遣往 視 覓︑ 天輒 風雨
︑嶺 震雲 晦㉖
︒ ここ の描 写は はっ きり と一 線を 画す よう に人 間と 動物 を隔 絶さ せ る︒ また
︑こ の類 型︵ 特に 婚姻 強要 型の 異類 聟譚 など
︶に は︑ 異類 が動 物の 姿の まま で︑ 人間 への 変身 をせ ずに 人間 と結 婚す る例 が多 く︑ 明ら かに 人間 と動 物の それ まで の一 体感 が崩 れて いる
︒人 間の 動物 観は ここ まで 来て 神話 時代 とは 正反 対の もの とな った
︒こ のよ うな 異類 聟譚 には
︑時 々﹁ 約定 の代 償の ため の婚 姻の 強要㉗
﹂が ある ため
︑人 間が 異類 を騙 し殺 す結 末を 示す 変型 も少 なか らず ある
︒そ れは また bに 属す るも のと なる
︒
bの 場合
︑ス トー リー は異 類女 房譚 と同 じよ うな 展開 を見 せる も のも あれ ば︑ 異類 聟譚 なら では のも のも ある
︒こ こで は特 に後 者に 着目 した いと 思う
︒そ の特 徴を 二点 にま とめ て言 えば
︑一 つは
︑人 間の 女性 は動 物と の交 渉を して しま った 結果
︑生 ずる 羞恥 心に よっ て死 ぬと いう 貞操 観念 を説 くも の︒ もう 一つ は前 者の 対極 を成 し︑ 相手 が動 物で ある にも 拘わ らず
︑そ れに 尽く そう とす る女 性の 自己 犠牲 的な 献身 ぶり を称 える もの であ る︒
﹃捜 神記
﹄巻 十八 所載 の﹁ 白犬 のい たず ら﹂ は次 のよ うな 内容 で ある 田 ︒ 琰と いう 男は 母が 死ぬ と葬 に服 し︑ いつ も廬 に寝 起き して いた
︒と ころ があ る晩
︑ひ ょっ こり 妻の 部屋 に入 って きた
︒妻 に服 葬中 とい う理 由で 断ら れた が︑ 琰は とり あわ なか った
︒そ の後 しば らく して
︑琰 は妻 の部 屋に ちょ っと 顔を 見せ たが
︑何 も話 しか けな い︒ 妻は 不思 議に 思っ たし
︑琰 に文 句を 言っ た︒ そこ で琰 は︑ 妖怪 が妻 にと りつ いた と気 づい たの であ った
︒そ こで 夜に なっ ても 眠ら ずに
︑葬 服を 廬の 上に かけ てお いた
︒し ばら くす ると 一匹 の白 犬が 近寄 って 葬服 を銜 えた と思 うと
︑人 間に 化け 葬服 を着 て家 の中 に入 って いく
︒琰 が後 を追 って 入る と︑ 犬が いま しも 妻の 寝台 に上 がろ うと して いる とこ ろだ った
︒ そこ で直 ちに 殴り 殺し たが
︑妻 は恥 ずか しさ のあ まり
︑死 んで 異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
二三
しま った㉘
︒ 人間 が動 物に 犯さ れ︑ 動物 は殺 され
︑人 間も 生き ては いけ ない と いう 結末 は異 類女 房譚 には 見当 たら ない
︒異 類女 房譚 にお ける 人間 の死 は︑ 動物 に食 い殺 され ると いう よう な﹁ 自然 死﹂ であ るの に対 して
︑こ こで の死 に至 る形 態は 極め て不 自然 であ る︒ 死を もっ て罪 を贖 うよ うな 匂い がす る︒ 一方
︑﹁ 箸墓 伝説㉙
﹂も 日本 の有 名な 異類 聟譚 であ る︒ 大物 主の 妻 とな った 倭迹 迹日 百襲 姫命 は︑ 夫が 蛇で ある こと に驚 いた ので
︑大 物主 は﹁ 私に 恥を かか せた
﹂と 言っ て三 輪山 に帰 って いき
︑倭 迹迹 日百 襲姫 命は 悔し く︑ 自殺 する とい うよ うな 伝承 だが
︑同 じく 贖罪 のた めの 死で ある と受 け止 めて もよ かろ う︒ この 話は 前話 と一 脈通 じる とこ ろが あり
︑つ まり 後者 の﹁ 見る な﹂ のタ ブー を破 るの と︑ 前者 の動 物︵ 配偶 者以 外の 男︶ に貞 操を 奪わ れる のと
︑い ずれ も羞 恥行 為と して
︑死 に値 する もの であ ると され てい る︒ 神話 と説 話に おい て︑ 動物 はそ もそ も次 元の 違う もの とし て伝 承さ れて いる が︑ しか し︑ この 両話 に限 って 言え ば︑ 動物 神で あろ うと
︑軽 蔑視 され る畜 生で あろ うと
︑い ずれ も男 性原 理の 支配 下の 考え のも とに 左右 に揺 れる
︒
おわ りに 本稿 は異 類婚 姻譚 にお ける ジェ ンダ ーの 中日 比較 を図 るも ので
︑ 主に その 表出 様式 の分 類及 び社 会形 態や 意識 形態 によ る形 成原 因の 究明 を中 心に
︑中 日の 異類 婚説 話を 並べ る形 で考 察を 進め てき た︒ 以上 の考 察を 踏ま えて 言え るの は︑ 動物 観の 変容 と社 会形 態の 転 換︑ 更に 宗教 伝来 に伴 って
︑男 性中 心の 倫理 観が 徐々 に異 類婚 姻譚 に投 影し てく るの は自 明だ とい うこ とで ある
︒異 類婚 姻譚 は始 祖神 話か ら始 まり
︑説 話へ の変 容を 経て
︑怪 異文 学へ と結 実し てき た︒ その 成長 する プロ セス にお いて
︑動 物神 信仰 の零 落に つれ て︑ 人間 の動 物観 が大 きく 変わ り︑ 動物 も話 のモ チー フに 応じ て︑ 様々 に彩 られ るよ うに なっ た︒ 男性 本位 の考 え方 によ って
︑動 物も 女性 に役 割モ デル の提 示を する のに 利用 され た︒ 大ま かに 分類 すれ ば︑ 異類 女房 譚に おけ る異 類の 女は 概ね 次の 二つ の範 囲を 出な い︒ a善 玉役 人
︱
間の 男性 の運 勢を よく する 善良 な存 在︒ b悪 玉役 男
︱
を誘 惑し 堕落 させ る邪 悪な 存在
︒ 前者 の役 目は 美し い妻
・長 寿・ 子孫 繁盛
・社 会的 地位 とい う男 性 の人 生最 大の 願望 を叶 えさ せ︑ 後者 は男 性の 好色 の口 実に なる ので ある 一 ︒ 方︑ 異類 聟譚 にお いて
︑異 類女 房譚 に見 られ ない 人間
︵女 性︶
異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
二四
の特 徴と 言え ば︑ 一つ しか ない
︒つ まり 自分 を越 えた もっ と大 きな 価値 のた めに 生き
︑自 己を 犠牲 にす るこ とで ある
︒そ の大 きな 価値 は貞 操観 念で あっ たり
︑夫 に一 心に 絶対 服従 し身 を以 って 尽く す義 務で あっ たり して
︑と にか く無 理に 押付 けら れた 所謂
﹁女
﹂と して の有 るべ き姿 であ る︒ この よう に︑ 時代 が下 るに つれ て︑ これ らの 伝承 は始 祖神 話と の 間に は大 きな 隔た りが でき ると とも に︑ 次第 に変 化し た人 間の 動物 観が 巧み に性 別観 念と 融合 され
︑異 類婚 姻譚 にお いて
︑男 性原 理は いろ いろ な形 で作 用す るよ うに なっ た︒ 端的 に言 えば
︑異 類婚 姻譚 は男 性本 位の 都合 に合 わせ たも ので ある から こそ
︑初 めて 成立 でき たの だと いう こと にな るで あろ う︒ 言い 換え れば
︑﹁ 男性 中心 主義
﹂ が異 類婚 姻譚 を培 う豊 かな 土壌 にな った ので ある
︒既 述し たよ うに
︑ 異類 婚姻 譚は どの 国の 民族 にも
︑ま た時 代を 超え て存 在す るも ので あり
︑中 日の 異類 婚説 話は それ ぞれ 多少 異な った 様相 を呈 して はい るが
︑両 者の 間に は一 貫し た傾 向の 違い が見 られ ない ので ある
︒ 注
① 江馬 務﹃ 日本 妖怪 変化 史﹄ 中央 公論 新社
︑二
〇〇 五年
︒
② 中村 禎里
﹃日 本人 の動 物観
﹄海 鳴社
︑一 九八 四年
︒
③ 楊天 宇﹃ 礼記 訳注
﹄上 海古 籍出 版社
︑一 九九 七年
︒
④ 朱熹 集注
﹃論 語・ 孟子
﹄遠 方出 版社
︑一 九八
〇年
︒
⑤ 紅顔 は昔 から 美し い女 性の 代名 詞と して 使わ れて おり
︑曹 植の
﹃静 思 賦﹄ は︑
﹁天 何美 女之 爛妖
︑紅 顔曄 而流 光﹂ と女 性の 美し さに 感嘆 し︑ 杜甫 の﹃ 暮秋 憶枉 裴道 州手 札﹄ も﹁ 憶子 初尉 永嘉 去︑ 紅顔 白面 花映 肉﹂ と女 性の 容顔 を賛 嘆し てい る︒ 禍水 は人 を惑 わし
︑失 敗さ せる 女性 の喩 えで ある
︒
⑥ 司馬 遷著
﹃史 記﹄ 巻八
遠方 出版 社︑ 一九 八〇 年︒
⑦ 注⑥ に同 じ︒
⑧ 目加 田誠 訳﹃ 詩経
・楚 辞﹄ 平凡 社︑ 一九 六九 年︒
⑨ 楊帆
︑邱 效瑾 注釈
﹃山 海経
﹄安 徽人 民出 版社
︑一 九九 九年
︒
⑩ 酈道 元著
史念 林等 注釈
﹃水 経注
﹄華 夏出 版社
︑二
〇〇 六年
︒
⑪ 王嘉 著 孟慶 祥︑ 商微 姝訳 注﹃ 拾遺 記訳 注﹄ 黒竜 江人 民出 版社
︑一 九 八九 年︒
⑫ 荻原 浅男
︑鴻 巣隼 雄校 注﹃ 日本 古典 文学 全集
古事 記・ 上代 歌謡
﹄小 学館
︑一 九七 三年
︒
⑬ 干宝 著 竹田 晃訳
﹃捜 神記
﹄平 凡社
︑一 九六 四年
︒
⑭ 菅原 征子
﹃日 本古 代の 民間 宗教
﹄吉 川弘 文館
︑二
〇〇 三年
︒
⑮ 坂本 太郎 等校 注﹃ 日本 書紀
﹄︵ 日本 古典 文学 大系
︶岩 波書 店︑ 一九 六 七年
︒
⑯ 高木 市之 助等 校注
﹃平 家物 語﹄ 岩波 書店
︑一 九六
〇年
︒
⑰ 黒板 勝美 編﹃ 日本 書紀
前・ 後編
﹄︵
﹃新 訂増 補国 史大 系﹄
︶吉 川弘 文 館︑ 一九 七一 年︒
⑱ 何寧
﹃淮 南子 集釈
﹄中 華書 局︑ 一九 九八 年︒
⑲ 陸思 賢﹃ 神話 考古
﹄文 物出 版社
︑一 九九 五年
︒
⑳ 李建 鋼﹁ 大化 改新 前後 日本 社会 状況 的比 較﹂
﹃人 民論 壇﹄
︑二
〇〇 九年 第三 十期
︒
㉑ 前野 直彬 編訳
﹃六 朝・ 唐・ 宋小 説選
﹄平 凡社
︑一 九六 八年
︒ 異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
二五
㉒ 馮夢 龍﹃ 警世 通言
﹄江 蘇古 籍︑ 二〇
〇四 年︒
㉓ 展世 恒校 注﹃ 聊斎 志異
﹄大 衆文 芸出 版社
︑一 九九 八年
︒
㉔ 高田 衛﹃ 近世 奇談 集成
﹄図 書刊 行会
︑一 九九 二年
︒
㉕ 松浦 静山 著 中村 幸彦
︑中 野三 敏校 訂﹃ 甲子 夜話
﹄平 凡社
︑一 九七 七 年︒
㉖ 汪紹 楹校 注﹃ 捜神 記﹄
︵中 国古 典文 学基 本叢 書︶ 中華 書局
︑一 九七 九 年︒
㉗ 市古 貞次 等監 修﹃ 日本 古典 文学 大辞 典﹄ 岩波 書店
︑一 九八 三年
︒
㉘ 注⑬ に同 じ︒
㉙ 注⑮ に同 じ︒
異類 婚姻 譚に おけ るジ ェン ダー の中 日比 較研 究
二六