九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
河川等の水空間における水の豊かさ,清らかさに関す る景観工学的研究
島谷, 幸宏
https://doi.org/10.11501/3151004
出版情報:Kyushu University, 1998, 博士(工学), 論文博士 バージョン:
権利関係:
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河川等の水空間における水の豊かさJ清らかさに関する 景観工学的研究
平成1 1年1月
島谷幸宏
1
.緒論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
1. 1
研究の背景及び目的.………...・H・...・H・....・H・...・H・. .…1
1. 2
景観の定義....・H・...
�1. 3
研究の内容.…...
�1. 4
既往の関連研究....・H・...
Ll参考文献…・...
fi2
.都市 に お け る 水 空 間 の 豊 か さ
· · · · · · · · · · · · · · ·7
2. 1
はじめに………. 7
2. 2
代表城下町都市における水空間の量の変遷.………7
2. 2. 1 測定の意味と指標.…...7
2. 2. 2 測定の方法...9
2. 2. 3 代表都市の水空間の変遷…・………....・H・-…...・H・-…H・H・....……12
2. 2. 4 水空間面積の変遷.…...42
2. 2. 5 水空間延長、 到達距離の変遷.……・………H・H・...・H・..46
2. 3
大震災時の水利用と水空間の量.…・………fiO
2. 3. 1 地震の概要.……・…...・H・-……… ………502. 3. 2 神戸市街地の水空間の量.…・・H・H・....・H・-・・ …...・H・-………50
2. 3. 3 震災時の神戸市の河川の水量および水質…… ………・ ……52
2. 3. 4 震災時の水利用の実態・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ …・54 2. 3. 5 神戸における水空間の量と震災時の水利用…・……・・…・ …・….66
2. 4
まとめ………68
参考文献…...68
3. 景観からみた河川水量
. . . . . . . . . . . . . . . . .70
3.
1はじめに...・H・...・H・...・H・..…...・H・..…...・H・..…...・H・..…..70
3.
2景観からみた河川必要流量算定の意義…・...・H・....・H・...….70
3. 3 研究方法.…... 71
3. 3. 1 評価構造のモデル化...71 3. 3. 2 量的なイメージとしての水量感・…...・H・-…....・H・..…...・H・....・H・.72 3. 3. 3 景観心理実験の方法....・H・-…・・H・H・...・H・...・H・....・H・..……...・H・-….72
3.
4研究 結果 ・…. .. . ・ H ・
-… . .. .... . . . .. .... . . ... . . ... . . ... . . . . . . . .... . . 7ft
3. 4 . 1 水量感と他のイメージとの関係....・H・-…....・H・....・H・...・H・...・H・..75 3. 4 . 2 r水面が広し'Jと物理諸量の関係…・…....・H・......・H・...・H・.77 3. 4 . 3 r深し、Jと物理諸量の関係…..…....・H・..…...・H・-…H・H・...・H・-…79
3. 4 . 4 r水量感があるJと物理諸量の関係……...・H・-…...・H・-…………80
3. 5 水量と景観の関係性に関する考察.. ..・H・-……...・H・...・H・.. ��
3. 5. 1 何道特性別の流量及び景観変動特性....・H・...・H・....・H・....・H・.82 3. 5. 2 中流部における水量感の認知特性.……・・…………H・H・...・H・...83 3. 5. 3 地域差の検討…・…・...84 3. 5. 4 景観プロセスモデ‘ルの有効性について....・H・....・H・-……・………86 3. 5. 5 景観から見た流量設定の基本的な考え方.……・………...・H・-…・86
3.
6まとめ…...・H・..………. . .・H・..………88
4. 人は清流をどのようにとらえるか · · . . · . . .. 90
4. 1
はじめに………ー!}O
4. 2
清流を研究する意義... 90
4.
3調査の方法... 91
4. 3 調査結果.…・…...!}�
4 . 3. 1 清流のイメージ...92
4 . 3. 2 清流の役害lJ...96
4. 4 代表的な清流... !}�
4 . 4 . 1 r清流」と思われる河川の集計結果.…....・H・....・H・...・H・....・...98
4 . 4 . 2 地方別清流の集計結果....・H・-…・・H・H・-……・…...・H・-…...・H・...・H・.98
4. 5 まとめ………...・H・..………!}!}
参考文献... 100
5圃 景観からみた河川水質
. . . . . . . . . . . . . . . . . .101
5.
1はじめに ...・H・..…...・H・..………. ..・H・H・H・..……… 101
5.
2景観から み た水質 を 研究 す る意義 . … …・・ …・ ・H・H・
-…… …. 101
5. 3 研究の方法... 1 0�
5. 4 水の外観に影響を及ぼす物理要素.………102
5. 5 人の感覚と水のきれいさ………-………. 103
5. 5. 1 現地景観心理実験の方法…-……-………104
5. 5. 2 対象河川の水質....・H・・…....・H・....・H・-…....・H・...・H・H・H・-…・……….106
5.
6結果... 1 0 7
5. 6. 1 í水のきれいさ」と既往の水質指標との関係.…H・H・...・H・-…107
5. 6. 2 í水のきれいさ」に関与している要因..………...・H・-……109
5.
7景観からみた河川水質管理にむけて………113
5. 7. 1 ろ紙吸光法とは.……… ………114
5. 7. 2 透視度と反射吸光度の関係 ………ー・ ・… ・……・…一……114
5.
8まとめ………..11ft
参考文献...116
6. 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 117
あとカてき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 120 1 . 緒論
1. 1 研究の背景及び目的
弥生時代以降、 稲作を中心として発展してきた我国では、 水をし1かにコントロールする か、 水とし、かに付き合っていくかが重要な課題であった。 広大な水田を維持するためには 水を公平に分配することがなにより必要であり、 我々の精神文化もこのような公平な水分 配システムから大きな影響を受けてきたものと考えられる。
また、 このような水と地域の係わり合いは江戸期の城下町でさらに濃縮される。 防衛、
舟運、 文化など様々な意味で水と都市が密接に係わり合う。 江戸時代の城下町都市は水と の関係を考慮し計画的に形成されていると考えられる。 城下町は大規模な河川や湖を防御 用の堀として利用し、 また河川から取水した水は、 堀、 用水、 運河などへ導かれ様々な形 で利用された。 またこれらの水空間は、 都市の憩いの場として江戸、 大阪、 名古屋などで 水の文化を花開かせた。
一方、 明治以降近代化の中で舟運の衰退、 上・下水道の普及、 国土の統一の中で運河、
水路、 堀などがその役割を失い次々と消えていった。
このような水に関するシステムの変化は水が豊かではない、 水が清らかではないという 景観に反映されている。 このような景観の変化は、 我々にいったい何をもたらしたのだろ うか?
我国において、 水の果たしてきた役割は大きく、 人々の心性には水に対する親和感は依 然として大きいものと考えられる。 現在、 全国各地で水文化の再生が模索されているのも その現れであろう。
そこで本研究では、 我国の国土のありょうを水の豊かさ、 清らかさとはいったい何なの
かという観点から研究を実施しその一端を明らかにする。 具体的には本研究ではこの水に 焦点をあて水の豊かさ・水のきれいさについて景観の観点から定量的にその必要量を明ら かにする。 本研究では景観を環境の眺めと定義し、 場の景観およびある視点からこれらの 課題を研究する。
環境の保全にとって景観は重要な観点の一つで、あるが、 これまで景観というと土木施設 の景観デザインという考え方が主流で、 景観の観点からの都市や河川の管理という観点は 軽視されがちであったと考えられる。 たとえば都市の中にどのくらいの量の河川があれば
景観的に適切なのか、 景観的な観点から水の量や質の管理はどのような指標でどのレベル が望ましいのか、 などの観点は都市計画者や河川|管理者には欠落していたと考えられる。
管理するための指標や管理目標値の設定が困難なことが、 その一因であると考えられる。
具体的に述べると道路や公園は都市計画の中で位置づけられ、 それらの必要面積が都市の 中で位置づけられているが、 河川は位置づけられていないために面積や延長は経年的に減 少の傾向にある。 また河川の平常時の流量は正常流量として設定するように河川法の中で 定められており、その設定のための項目として景観も河川砂防技術基準1)の中で示されてい るが、 その設定の考え方、 指標は十分に確立していないのが現状である。 また水質につい ても環境基準の生活環境項目(BODなど)は1960年代の公害時代に設定されたもので、
現在の景観や親水などの観点からみて項目数が不足し、 十分対応できていないと考えられ る。 特に景観の観点から水質の目標値の設定をすることはこれまで技術的にも困難であっ た。
また河川は降水や浸透水を集め、 それらが表流水あるいは伏流水となって流れる場であ る。 河川の環境は流水、 流砂によって形成される基盤上に植物・動物そして人の営みおよ びそれらの複合的な相互関係によって形成されている。 このように河川環境は流れる水が あってこその環境と捉えることができるが、 水それ自体も我々人間や生物にとって豊かな 環境を形成しそれが河川|環境の魅力にもなっている。 このように何川環境の固有性を考え る場合、 流れる水自体について着目し考察することは本質的でありかつ重要であると考え られる。
以上のような背景より本研究では河川等の水空間の水の豊かさ・清らかさについて、 次 の4つの観点から研究を実施する。
①都市としづ視点を特定しない場の景観の観点から、 都市の中にどの程度の河川|等の水 空間の量があれば水が豊かと人が感じるのかを明らかにすること。
②河川|に視点を特定した際に、 河川の流量を人はどのように認知し、 どの程度あれば豊 かだと感じるのかを明らかにすること。
③場の景観の観点から、 河川|が清らかであると認識されるためには河川のどのような要 素が重要かを明らかにすること。
④河川に視点を特定した際、 水の清らかさをを人がどのように認知するのか、 景観の観 点から水質を管理する際にどのような指標に基づき管理を行っていけばよいのかを明らか にすること。
2
1. 2 景観の定義
本研究では景観を中村2)の定義に基づき「景観とは人間を取りまく環境のながめ」 と定 義し、 景観の観点から河川の水の量・質についてその評価構造、 目標値あるいは管理の考 え方などについて研究する。
篠原3)は、「視点一対象」を中心においた景観把握モデルを提案している。 モデ‘ル設定の 観点は「操作性のある対象の発見」及び「効果と操作の因果関係の明確化Jに資するとい う点で、「視点J r対象Jの関係性を明瞭にしたモデ、ルで、ある。 篠原モデ、ルは、 ある特定の 視点から景観対象を望む景観の把握、 および視点と対象の関係性の操作を行う際にはきわ めて有効なモデ‘ルで、ある。 土木における景観工学はこの篠原のモデ.ルに基づき発展してい る。 一方この篠原モデ、ルはある一定の視点を設定することを前提としているため、 景観が 限定されると言う欠点を持つ。 ある都市あるいは流域の景観のように視点が多数あるいは 不特定に存在する「場の景観jを把握するのには有効ではない。
さて本研究では、 河川の水の量・質を景観的な観点から研究するわけであるが、 ここで は景観工学的な取り扱いを「視点一対象jの関係性に基づいた篠原モデ.ルに基づ、く観点、
と視点の取り扱いをもう少し広く捉えた都市や流域の景観といった視点を特定できない
「場の景観jの観点の、 両者の観点から研究を進める。
1. 3 研究の内容
1章では、 研究の背景・内容・既往の類似研究について述べる。
2章では、 河川等の水空間の量的な豊かさについて都市という場を対象に研究を行う。 城 下町を出発点として発展してきた日本を代表する2 0都市を対象に、 それらの都市内で河 川の水面が「どれくらい広々としているのか?J rどのくらい身近にあるか?Jという、 都 市という場における景観的な量の観点からその変遷、 水準について考察する。 また全国的 に見て、 水空間の量が貧弱な神戸を対象に、 大震災時という緊急時に、 水に関してどのよ うなことが生じたのかを研究する。 これらに基づき都市における景観の観点から河川(水) の量を確保する必要性とその水準について論じる。
3章では、 河川水量と景観の関係、について、 「視点一対象Jの関係性に基づいた研究を実 施し、 河川の水量をどのように人が認知するのかを明らかにし、 河川の目標流量はどのよ
うな指標を基にどのようにして設定すればよいのかを明らかにする。 スライドを用いた景 観心理実験を行い、 水量の多い少ないを人がどのように認知しているのかを明らかにし、
景観から見た河川必要流量算定の指標及び基本的考え方について考察する。
4章では河川の水の清らかさについて、「清流」という言葉をキーワードとして、 どのよ うな河川|を「清流」と人は考えるのか、 特に水質の観点からみたrj青流jとはなにかなど をアンケート調査に基づき明らかにし、 場の景観の観点から河川|の水質を保全することに ついて論じる。
5章では、 河川水質と景観の関係について、 「視点一対象jの関係性に基づいた研究を実 施する。 すなわち景観の観点から水質の良否を人がどのようにして認知しているのかを明 らかにする。 また、 景観から見た水質にとって透視度が指標となりうることを示す。 透視 度の測定は100cm以上は実際上困難であるので、100cm以上の透視度を推定する方法とし て、 ろ紙吸光法を提案し、 その手法と透視度の推定法について述べる。
6章で、は研究結果についてとりまとめる。
1. 4 既往の関連研究
本研究の目的である河川| の水の量や質について景観の観点から総合的に行われた研究は ほとんどないと考えられる。 そこでここでは水の量と景観あるいは水の質と景観について の研究について概観してみる。
都市という場における水面の量を景観的に直接取り扱った研究はほとんどない。 都市内 の河川のイメージに関する研究はケビン ・リンチ4)が都市を対象に行った研究を広島の太 田川|に適用した北村ら5)の都市構造と河川|の認知の関係を取り扱った研究、 河川のイメー ジ構造 を階層化させ取り扱った小池ら 6)の研究、 洪水体験等の過去の体験と河川|の景観イ メージを取り扱った山下7)の研究があるが本研究で対象とした水の量の観点から行われた
研究で はない。
つぎに景観と流量との直接的な関係性について論じられた研究をみてみる。 既往の研究 は多くなく、 久保田ら8)、杉尾9)の研究があるのみである。 久保田らの研究は東京・京都の 河川 80地点を対象に14の河川|景観の構成要素と景観の良否の関係を因子分析により求め、
その結果を流量と関連付けようとした研究である。流量は単位幅流量を10立181m刻みの7 階級に分け分析を行っている。 杉尾の研究はK川を対象に7地点を抽出し、 モンタージユ 写真によって流量を変化させ、被験者47名を対象に28枚のモンタージユ写真を提示し「渓
谷として満足する景観かどうか」を問うことにより、 景観からみた適性な流量を求めよう とした研究である。 この両研究は流量が多い少ないの感覚と緑量、 水面幅などの景観要素 との関係について多変量解析を行い流量と景観左の関係を定量化しようとした研究であ る。 しかし、 景観と流量の関係を統計的に示してはいるものの結果に一般性がなく、 また 景観工学的な分析も十分行われていない。 これは流量と景観の関係を十分考察することな くまた景観認知過程のプロセスを考えることなく、 単純に多変量解析を行ったために、 十 分な結果が得られていない。 また直接流量と景観の関係、に関する研究ではないが、 類似の 研究として流れのイメージについて行われた研究が数例ある10)、 11)、12)。 しかし物理的な量 と流れのイメージについての関係については十分には踏み込んだ研究になっていない。
また景観と水質に関する研究もあまりこれまでに行われていない。 関連した既往研究を 見ると、 植物プランクトンや汚れの程度と水の色との関係について、 森下等の研究臥14)、
また、 親水活動の観点から、「水のきれいさJ評価と視覚的要素との関係については、 青木 10)、 平山15)らの研究がある。 青木は、 色相値が高くなるに従って、「水のきれいさ」の評価 は高くなることを示している。 水質と人の評価に関して、 平山らは「河床付着物量(乾燥 重量、 強熱減量、 クロロフィル)Jと「水のきれいさ 」との関係を示し、「水のきれいさ」
には流速が関与しているのではなし、かと述べている。
以上のように、 これらは景観要素個々についてみたものであり、 その評価構造が体系的 に明らかにされているわけではないしまた場の景観という観点も欠落している。
参考文献
1 )建設省河川局監修:改訂建設省河川砂防技術基準(案)計画編、 山海堂、 pp.33-34、1986.
2)中村良夫:景観原論、 土木工学体系13 景観論、 彰国社、 p2、 1977. 3)篠原 修:新体系土木工学59 土木景観計画、 技法堂出版、 p3、1982.
4)ケビン ・リンチ:都市のイメージ、 鹿島出版会、
5)北村異一、 中村良夫:都市における河川景観計画に関する方法論的研究、 土木計画学研究 発表会講演集、 1980
6)小池俊雄、 玉井信行、 高橋裕、 泉典洋、 岡村次郎:都市空間の評価構造に関する研究、 土 木計 画学論文集No.6、 pp.105・112, 1988.
7)山下三平:都市河川|の環境イメージに関する基礎的研究、 九州大学博士論文、 1992.
8)久保田穣、 蛭問豊春、 大野善雄、 石井弓夫:河川|景観と維持用水量、 第1回環境問題シンホ。
γウム、 pp.76・81、 1973.
9)杉尾邦江:水力発電用ダムにおける河川景観保全のための河川維持流量の予測、 7ン卜eスケー 70、 vo1.8、 No.3、 pp.38-42、 1982.
10)青木陽二:現場実験による水辺快適性評価の試み、 国立公害研究所研究報告第119号、
p.47・72、 1988.
11)土屋十因:都市河川|の総合親水性に関する研究、 博士論文、 pp.134・144、 1993.
12)笹谷康之:地形の意味に関する研究、 博士論文、 pp.131・ 143、 1990.
13)森下郁子:特集・都市河川における水環境管理の新たな展開 河川・湖沼の水質浄化対 策の推進生態系と河川水質、 河川、(社)日本河川|協会、 pp.22-31、1991.
14)森下雅子:川と湖の博物館1.植物プランクトン、 山海堂、 1991.
15)平山公明・今岡正美他:水質のきれいさの視覚的な判断要因に関する検討、 土木学会年 次講演会、 pp.88-89、 1997.
6
2. 都市における水空間の豊かさ
2. 1 はじめに
本章では次の2つの観点から「場の景観jからみた水空間の豊かさの量的水準について 研究を実施する。
1) 城下町を出発点とした都市における水空間の量の変遷
2) 水空間が量的に少ない神戸を対象に震災時、 水に関して何が起こったか ?
これらの結果、 都市内の水に関する景観がどう変化し、 どの程度の水空間の量が必要化 について論じる。
2. 2 代表城下町都市における水空間の量の変遷
2. 2.
1測定の意味と指標
都市内には、 河川|、 運河、 堀、 池、 水路など様々な水空間が存在する。 人々がこのよう な水空間の量の豊かさを認識する場合、 次の2つの視点が重要であろう。
①「どれくらい広々としているのか?J
②「どのくらい身近にあるか?J
本章では、 この2つの視点について詳細に検討して行く。 この検討に当たり①および② を表現する指標を定義する。 その際、 水空間は各都市毎に固有の形状で配置されているが、
本研究では、 この ような水空間の固有の配置形状は無視し、 平均的な数値で評価する。 つ まり各都市毎の水空間配置のばら つきを無視することによって、 簡易に測定がで き、 各都 市間の比較が可能になる。
①は都市の水空間の広さに相当するもので、都市面積に占める水空間面積の割合を指 標として当てることが可能と考えられる。 これは、 都市内の水空間の面積を測定するこ とより明らカ斗こできる。
Rw=
主主
x100 (%)Au (2. 1 ) 式(2. 2)では、 現実には複雑に配置されている水空間を流域幅の112としづ概念で表
わしたもので、 実際の水空間までの距離の平均値は都市内の水空間の配置により影響を受 けるが、 測定計算の簡便さより、 到達距離としづ指標をもちい水空間の身近さを評価する。
これらの水空間の量の測定および、 それらの変遷の考察を行うことの意義は以下のよう になろう。
日本の都市の景観的な観点からの水空間の量の水準が明らかにでき、 各都市を比較検討 することによって、 各都市の全国的位置づけが可能となる。
都市における景観的な水の量的な側面からの水空間の時系列的変化が把握でき今後の動 向等を予測する場合の基礎資料となる。
他の公共空間との量的な比較が可能となり、 ①、 ②とも合わせて都市内の水空間の量的 な水準を考察しうる。
Rw=市街地面積に占める水空間面積の割合(%) Aw=対象とする市街地内の水空間面積の総和(rr?) Au=対象とする市街地の面積(rr?)
一方②の水空間の身近さを、 水空間の到達圏である圏域の距離であらわす。 こうするこ とによって、 公園の誘致圏の距離と比較することが可能となる。
面的あるいは点的施設は、 周辺地域の条件が均質であれば同心円状に利用率が低下する のが普通であり、 その利用人口の大半を包含する区域を誘致圏という。 1 )また、 建設省関 東地方建設局荒川下流工事事務所の調査によれば、 河川敷でのレクリエーション利用率は、
河川iからの距離に対応して低下することが明らかになっているD このようなことより公園 の誘致圏と同様な概念として、 水空間の圏域・水空間到達圏を設定する。
ここでは水空間到達圏の大きさを距離の次元を持つ、 市街地内の本川・支川・水路等を
含めた水空間の流域幅の112の距離で示し、 到達距離Dwと呼ぶ。 2. 2. 2
測定の方法
1一2× u一wdHU一FL一一W D m
(2. 2)
対象都市として、東北から九州までの城下町を土台として発展している20都市を選定し た。(表-2.1)この選定にあたり、我国の都市の代表性あるいは市街古図や市史などの資料 が入手し易いとしづ条件を考慮して、 東京、 大阪を含む県庁所在地クラスの都市を中心と した。 また我国の代表的な都市のほとんどは臨海部に位置するので、 臨海部に位置する都 市を中心に対象都市を選定したが、 それらの都市との比較を考慮して湖畔の彦根、 松江、
内陸部の盛岡、 宇都宮も選定した。 盛岡は北上川沿いに発展した都市であり、 宇都宮は大 河川沿いに位置しない都市である。
表・2.1 対象都市 Dw=到達距離 (m)
Lw=対象とする市街地内の水空間の総延(m)
秋田 金沢 名古屋 彦根 徳島
盛岡 高岡 津 岡山 高知
富山 東京 静岡 広島 福岡
福井 宇都宮 大阪 松江 佐賀
図・2.1 到達距離概念図
測定に使用する地図は、 最古の近代測量技術により測図された迅速図等(以下迅速図と 呼ぶ)と最新の国土地理院の1/25、 000地形図(以下現況図と呼ぶ) である。(なお迅速 図とは陸軍が明治13年から作った縮尺20.000分の1の地図。)
研究の対象とする区域は、 近世後半の城下町の市街域である。 その区域の設定は、 江戸 時代に作成された古図を参考に迅速図上で一都市づっ設定した。 古図には近世後半と時代 的に必ずしも一致しないものもあるが、 迅速図と合わせて考慮すれば、 近世後半の市街域 が明らかになると判断した。 明治時代の日本の都市の多くは、 近世後半の町害lJりをほとん
どそのまま保持して発展しており、 古図および迅速図から近世後半の市街地が杷握できる と考えれられるからである。
我国都市の原型である城下町は江戸時代後半までにほぼ完成しており、 この区域を測定 することにより都市の原型を考えうる。 これらは、 各都市にとっての旧市街地にあたり、
現況図においても同一区域を対象としている。 したがって近代の都市化によって都市が膨 張した区域は対象としていない。
なお河川等の水空間と市街域が接する場合には水空間の対岸まで含めて都市域とした。
この判断は、 江戸時代の都市造りでは、 河川|を防御用の外堀および重要な交通路と位置付 け、 その境界線である河川を含めて都市造りが行われていたという認識に基づくものであ る。
また、 都市の中の水空間という観点から研究を実施しているので、 今回対象とする水空 間は河川等とし、 海および琵琶湖、 宍道湖は除いた。 ちなみに、 設定区域が海・湖・ 沼に
隣接する都市は、 東京・彦根・松江・福岡の4都市である。
表-2.2 河川種別分類規準
水路
|
図上単線表示のもの 現況図では巾1.5m--7.5mのもの 中小問11I
水路、 大河川以外の河川(運河を含む)大河川
|
川巾l伽を目安に、 表-2.3 に示す河川|とした。堀
|
城郭の周囲に巡らされた人工の掘割を掘とした。 運河と 判断つきにくいものがある。(特に東京)測定項目は、 設定した市街域・水空間の面積および水空間の延長である。 水空間の種別 は、 大河川、 中小河川、 水路、 堀、 池等とした。(表・2.2)
河川|の面積は、 他の都市施設等との比較も考えて河川区域の面積とし、 堤防および高水 敷も含めた。 延長の測定にあたって河川・水路・堀については流心延長を、 東京の不忍池・
福岡の大濠の2つの池については周長を計測した。 その他の小さな池については延長は測 定しなかった。 また古図において存在するが、 迅速図上では認められない水路は計上しな かった。 そのため水空間の量が、 特に延長において少なめに計上されている可能性も考え
られる。 しかし、 データの統一性を考えて古図にのみ存在する水路は含めていなし10
表・2.3 大河川名
都市名 大f可川 都市名 大河川 盛岡 北上川| 大阪 淀川
富山 神通川 岡山 旭川
福井 足羽川 広島 京橋川、猿候川、 太 田川、 元安川、 天満 ) 11
金沢 犀川| 松江 大橋川
東京 隅田川| 高知 鏡川
10
部 市
秋 回
盛 岡
富 山
福 井
金 沢
高 岡
東 Jj;
宇 都 宮 名 古 屋
津
静 岡
大 阪
彦 綴
岡 山
広 島
松 江
徳、 島
言問ヨ1? 知
福 岡
佐 賀
都 市 名
秋 田
盛 岡
ー晶 山
福 井
金 沢
高 岡
東 尽
字 都 宮 名 名 屋
津
静 岡
大 阪
彦 担
岡 山
広 島
松 江
徳 島
高 知 福 岡
佐 賀
表2.4 使用した図面
江 戸 時 代 古 図 名
久保田域下絵図(宝暦9 年. 17 59年) . 御域下絵図( 1847年) 寛永盛岡絵図(162 4...1643)
富山城下絵図(寛文年間(1661年---167 2年) ) (福井〕御域下之図( 1659 )
金沢之図(嘉永年間(1848年...1853年) ) 高岡城下絵図
話妻美諸呼
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1), 武州豊島郡江戸庄図(1632 ) . 新板江戸大絵図(口川叩16附6肝7 字都宮城下図尾府名古屋図(1715) 享保元年勢州津棋図(1716年)
駿河国駿府古絵図(寛永 15年(1638年前後) )
電器実誤射
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7)ヂEtrz錦A23
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正摂州大阪地図(1釦6) . 新撰岡山域下絵図(16詑人 岡山絵図(1701-1704年}
安芸国広島城所絵図(1645)
出雲国松江域絵図(1645) . 文化年間松江之図(1811-1817年) 御山下絵図〈近世末の補訂)
土佐国高知域下町絵図( 1841年) 福岡減下町と博多近隣図( 1812年) 佐賀城下図
迅 速 図
調1) 量 年 備 考
大 正 年 1/2.5万地形図より
明 治 44 年 同 上
明 治 43 年 明 治 32 年 明 治 35 年 明 治 43 年 明 治 13 年
明治17年, 大正4年 1/2.5万地形図を併用
明 治 2 4 宝手
明 治 2 3 年
明 治 2 2 年
明 治 18 王手
明 治 2 6 年
明 治 2 8 壬手
明 治 2 7 壬手
大 正 4 年 1/2.5万地形図より
明 治 34 年 明 治 40 年 明 治 33 年
大 正 3 年 1/2.5万地形図より
現 況 図
演リ 量 年
昭和55年修正測量 昭和51年修正測 量 昭和51年修正測 量 昭和56年修正副 量 昭和58年第2回改捌 昭和51年修iE i!ll)量 昭和55年修正測 量 昭和57 年修正測 量 昭和55年第2回改損1) 昭和55年修正削 量 昭和55年修正測 量 昭和57 年修正測 量 昭和55年修正測 量 昭和56年第2回改捌 昭和57 年修正測量 昭和問年修 正 昭和52 年修正測量 昭和57年第2回改測 昭和55年修正測量 昭和何年第2回改削
2. 2. 3 代表都市の水空間の変遷
本節では今回測定した2 0都市のうち各地域を網羅するように1 4都市を取り上げそれ ぞれの都市の水空間の量の変遷についてみてみる。
(1 )秋田
秋田の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図を図2.2、 図2.3、 図2.4および図2.5 に示した。 図2.2 の変遷図は、 迅速図と現況図を重ねてその変化を示した図である。黒く塗 りつぶしたところが消滅した水空間、黒の実線が消滅した水路、 斜線で示したところが増 加した水空間、 一点鎖線が新たな水路、 点で示したところが変わらない水空間、 および点 線が変わらない水路を示している。 これらをみると秋田の水空間の主要なものは城を取り まく堀と、 城の西側を流れる外堀の意味合いをもった旭川であることが分かる。また図2.2 を見ると旭川|は拡幅され面積が増加し、 堀がほとんど消失したことが分かる。 市街地面積 に占める水空間面積の割合は迅速図で4 .2%、現況図で2.5%と調査20都市の中でも低位に 位置する。 これは都市内に大河川や規模の大きい水空間がないためである。 水空間面積の 減少率は41%であり、 これも20都市の平均値300/0を上回る。 河川改修により中小河川の 旭川が拡幅され2haほど面積が増加したにも かかわらず、 水空間面積が減少したのは、 近 世末期に水空間面積の64 %を占めていた秋田城をとりまく堀のうち77%が減少したため である。
到達距離は迅速図では183mで、20都市平均の199mよりも小さく、 近世後半ではかなり 身近に水空間があったことがうかがえる。 一方現況図では到達距離378 mと、迅速図に比べ 2倍以上遠くなる。 到達距離増加の主たる原因は堀の埋め立てである。
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図-2.2 秋田 水空間変遷図
図-2.3 秋田 古図
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(2)盛岡
盛岡の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図を図2.6、 図2.7、 図2.8および図2.9 に示した。 これらをみると盛岡は北上盆地の北部の北上) 11・中津川・雫石川|の三川が合流 する地点に位置し、市街地の水空間の大部分はこの3河川|で占められている。図2.6を見る と、 河川は拡幅され、 水路が消失していることが分かる。
水空間面積の割合でみると迅速図で11.2 %、現況図で13.60/0と20都市の中で唯一水空間 面積の増加した都市である。 これは三川の河川改修による拡幅のためと思われる。 また水 空間面積の割合は、 迅速図・現況図ともに20都市平均を上回る。 特に現況図では20都市
中3位であり水空間面積の豊富な都市といえる。
到達距離は迅速図で175m、 現況図で294mといずれも20都市平均より小さい。 到達距 離が増加したのは水空間延長の40%を占めていた水路が減少したためである。 このよう に盛岡は比較的規模の大きい河川が合流するところに位置するために、 水空間の量として は比較的豊富な都市となっている。
図-2.4 秋田 迅速図
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図- 2.5 秋田 現況図 図- 2.6 盛岡 水空間の変遷
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図- 2.7 盛岡 古図
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図- 2.8 盛岡 迅速図
(3)東京
東京の水空間の変遷、 迅速図、 現況図を図2.10、 図2.11および図2.12 に示した。 東京 の市街域は、御江戸大絵図(1686) 、万宝御江戸絵図(1861)および明治13年迅速図を参考に、
東は大横J 11から西は外堀まで、 北は不忍の池から南は芝公園南の古川付近までとした。
図2.10、 図2.11および図2.12 を見ると、 迅速図では江戸城の周りに、 たくさんの堀と 運河が張り巡っているが、 現況図では消滅している様子が分かる。 迅速図での水空間面積 は442.8ha、 現況図では253.8ha、 市街地面積に占める割合は、 迅速図10.9%、 現況図で 6.3%となり約430/0の水空間面積が減少している。 その減少の原因は、①隅田川河畔の埋め 立て、 ②江戸城の堀の役目も兼ねた運河、 小河川の埋め立て、 暗渠化、 ③江東区の木場の 埋め立て、 の主として3つである。
この地区内の人口を各区の昭和58年4月1日の人口密度から推定すると約45万人とな り、1 人当たりの水空間面積は0.56m2となった。この値は他の調査で、行ったDID区域(人 口集中区域)内の1人当たりの水空間面積と比較しても極めて小さい。 ちなみに東京では DID区域内では3.2m2/人であ り都心部に比べ 実に5倍以上となっている。
一方、 到達距離についてみ ると、 迅速図で218m、 現況図で500mとなり、 水空間までの 距離は実に2倍以上になっており到達距離の面でもこの約 100 年の聞に水空間の量の水準 は大きく低下している。
このように東京の都心では水空間の豊富さを示す2つの指標とも近世後半に比較して、
大幅に変化しており、水空間の量的水準は現在が近世後半に比べて約112になっていること が分かる。
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図-2.10 東京の水空間変遷図FJ
(4)名古屋
名古屋の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図を図2.13、 図2.14、 図2.15および図 これらを見ると、 名古屋市街地の水空間は、 西部を流れる堀川と名古屋城 まわり の堀と小さな池のみである。今回調査した20都市の中ではきわた、って水空間の量が 少ない都市となっている。
水空間面積でみると、 市街地面積に占める割合は迅速図で2.20/0、 現況図で1.7%であり 20都市中最下位である。 一方、 到達距離は迅速図714m、 現況図で757mとこれも20都市
図-2.14 2.16に示した 。
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中最大であり、 名古屋の水空間の量的水準は極めて低いことがわかる。
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東京 迅速図 図-2.11
東京 現況図 図-2.12
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図-2.15 名古屋 迅速図
図-2.16 名古屋 現況図
(5)津
津の水空間の変遷、古図、迅速図および現況図を図2.17、 図2.18、図2.19および図2.20 に示した。 図2.18 を見ると、 迅速図では津中心部に大きな堀が見えるがそれが消滅してい る様子がよく分かる。 津は古くは安濃の津といわれる日本3大津の一つであり大変栄えた ところである。 しかし15世紀の末に大地震が起こり町は潰滅した。 その後、 近世初期に城 下町として再興し発達している。 津の城下町は安濃川と岩田川にはさまれた沖積低地に位 置する。 これら両河川を外堀および交通路として位置付けていたようである。 そのため岩 田川河口に港が設けられ安政年間には新堀が開削された。 城のまわりには堀がめぐらされ 広大な水面をもっていた。 このように津の水空間は2つの中小河川と堀からなっていた。
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図2.17 津の水空間の変遷 図2.18 津古図(享保元年勢州津城図より)
水空間面積の割合は迅速図で17.30/0、 現況図で10.50/0となり水空間面積は比較的大きい 都市であることがわかる。ただし近世後半では市街地面積の 7.8%を占めていた堀は現在で は1.2haを残して9割以上が消失した。 このことにより水空間面積の400/0以上が減少した ことになり、 もともと量的水準が高かっただけに、 その減少量は 20 都市平均値30%を上 回る。 したがって現在の津中心部の水空間面積のほとんどが中小河川である。
一方、 到達距離は迅速図139m、 現況図で279mで、20都市の平均を上回りそれほど水空 間が身近な都市ではない。迅速図では水空間延長の実に60%が堀で、あったが、 前述したよ うにその大部分が 消失したために水空間延長は約半分になってしまった。
津のように都市規模が比較的小さい城下町では、 都市内の水空間の中で城をとりまく堀 の役割が大きい。 したがって堀を埋め立てて消滅させれば水空間の量的水準は大きく低下 する。 比較的規模の小さい都市では 堀の役割は大きく、 津はその典型と考えることができ る。
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図2.19 津 迅速図
図2.20 津 現況図
(6)大阪
大阪の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図を図 2.21 、 図 2.22 、 図 2.23および図 2.24 に示した。 大阪は、 江戸時代水運を利用した経済の一大中心地であった。 諸国の大名
は土佐堀川や堂島川に藩蔵を設け、 米などの搬送、 販売に利用していた。 大阪はこのよう に中小河川I (運河)を中心とした比較的水の豊富な都市であり、 水の都として知られてい た。
市街地面積に占める水空間面積の割合は、 迅速図で10.5 %、 現況図で6.3%である。 大阪 では約40 %の水面積が減少しており、 東京とほぼ同じ傾向になっている。 水空間までの到 達距離は、 迅速図235m、 現況図423mとなりこの値も東京とほぼ同じ値となっている。
大阪の場合、 水空間の量が減少した主な原因は、 中小河川(運河)の消失である。 中小 河川は面積で66.8haから31. 1haへと約5割の減、 延長では25.4kmから8. 1kmへと約7 割減と大幅な減少となっている。 中小河川のうち木津川を除く、 いわゆる堀割部では、 東 横堀川左道頓堀川|を除いてすべて消失した。 全国的にみても貯水型の堀や運河は消失する 傾向にあり、 大阪はその典型的な一例といえる。
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図2.22 古図
図2.23 迅速図
図2.24 現況図
(7)静岡
静岡の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図を図 2.25、 図 2.26、 図 2.27 および図 2.28に示した。 図2.25 を見ると、静岡中心部に大きな堀が見えるがその半分程度が黒く塗 りつぶされ、 また水路もすべて黒の実線で、 これらの水空間が消滅している様子がよく分 かる。 静岡は、 安倍川|が形成した扇状地上の都市で安倍川より東側の少し離れたところに 位置する。 市街域にはめぼしい河川|が存在せず、静岡の水空間はほとんど堀と水路である。
水空間面積の割合は、 迅速図3.8%、 現況図2.3%といずれも20都市中、 名古屋・宇都宮 についで下から3番目である。 水空間面積の900/0以上は堀であり、 堀の埋立が水空間面積 の減少に直結している。 静岡は古図を見ると多くの水路が見え、 水路面積は水空間面積に 与える影響が大きいと考えられる。 そこで、 古図で読みとれる水路まで含めて、 水路幅4.5 mの設定のもとに水空間面積を求めると、 水空間面積の害IJ合は迅速図で5.8%となる。 しか
し水路面積を加えても水空間の豊富さという点からみれば低位に位置する。
到達距離は、 迅速図112m、 現況図476mとその増加率は著しい。 これは現況図で水路が
一つも見出すことができず、 このような結果となった。 図2.27 静岡 迅速図
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(8)富山
富山の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図を図2.29 、 図2.30、 図2.31および図 2.32に示した。 富山は、 神通川、 常願寺川などが形成した扇状地の末端に当たり、 市南部 の大泉・今泉・小泉などの地名がその ことをよ く示している。 富山市西側 を流れる神通川 は、 明治20年代までは富山市北部で大きく東側に蛇行しており、 しばしば洪水を も たらし た。 昭和30年代に 放水路を設置 して以来、 神通川旧河道は徐々に埋め立てられ、 現在では 名残の小河川松川!が流下するのみとなっている。 図2.29に見ることが できるように 、 富山 市の水空間は神通川放水路の設置により大きな変貌を遂げている。
水空間面積でみると、 迅速図で25.6%、 現況図で も15.5%と全国的にみても水空間の非 常に豊富な 都市であることがわかる。 その 面積 の大部分は大河川である神通川が占めてい る。 現況図の水空間面積は 、 迅速図の 64%の減少となり、 その変化率は20 都市平均とほ ぼ同じである。 その内訳をみると、 水路消失が半分以上占めており、 その寄与が大きい。
このように富山市は、 大河川|と近接する都市であるため、 特に水空間の量的 水準、 特に
「広々としているjという観点からは、 非常に恵まれた都市であることがわかる。
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図2.29 富山 水空間変遷図
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図2.31 富山迅速図
図2.32 富山現況図
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(9)福井
福井は足羽川|が形成した沖積地に位置し、 その南側を足羽川が貫流する。 福井の水空間 は、 この足羽川と城をとりまく大きな堀および水路からなる。
水空間面積は、 迅速図で9.7%、 現況図で8.8%である。 水空間種別でみてみると、 迅速 図では堀が水空間の約60%を占めていたが、 現況図ではその約800/0が埋め立てられた。 し かし河川改修による足羽川の拡幅のため、 大河川の面積は2倍以上に増えた。 そのため水 空間の減少率はそれ程大きくない。
また到達距離は、 迅速図で213m、 現況図で280mとなり20都市平均値とほぼ同様であ る。 福井の水空間の変遷の特徴は、 都市中央部の大きな堀の減少と大河川|の拡幅改修によ る増大である。
図2.35 福井 迅速図
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図 図2.33 福井 水空間変遷図図2.36 福井 現況図
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(1 0)広島
広島の水空間の変遷、古図、迅速図および現況図を図2.37図2.38、図2.39および図2.40 に示した。 図2.37を見ると、 迅速図では広島中心部に堀および水路が見えるがそれが消滅 している様子がよく分かる。 広島は、 太田川のデルタ上に位置する水空間の豊富な都市と して知られている。 今回の調査対象都市 20 都市の中では、 現況図で水空間面積の割合が 16.2%と最大の都市であった。 しかし、 この広島市においても市街地中心部の堀や水路は消 失しており、 迅速図に比べて現況図では面積で約25%、 延長で約50%減少している。 特に 延長の減少率が大きいのは市中心部にめぐらされた外堀および水路であり、 この消失が大 きな原因となっている。
広島のように水の極めて豊富であると思われる都市でも、 水空間の身近さという観点か らみれば決して上位に位置するわけではない。 単位面積当たりの水空間延長は、 現況図で 20都市中7番目であり20都市平均とほぼ同じ18.9rnlha (到達距離264m)で、ある。 大河川 と密接な関係をもった広島のような都市においても都市内の水路や堀を埋め立てることに
より、 水空間の身近さを示す指標である到達距離は大幅に増加する。
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図2.39 広島 迅速図
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(1 1 )高知
高知の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図 を図2.41、 図2.42、 図 2.4 3 および図 2.44に示した。 津は古く高知は城下町が形成される以前「河内jと呼ばれたところで、 鏡 川|、江の口川の問の沖積低地上に位置する。 図2.41 を見て分かるように、高知の水空間は、
この2本の河川!と城をとりまく堀および水路である。
水空間面積の割合は、 迅速図13.4%、 現況図8.9%と比較的水空間の豊富な都市である。
水空間面積の大部分は、 大河川である鏡川と中小河川で占められている。 これらの中小河 川の中には運河も含まれているが、 現在ではよさこい節で有名な運河も埋め立てられてい
る。
到達距離でみると、 迅速図105m、 現況図201mと水空間までの到達距離は非常に短く、
水空間が身近であることを示している。 水空間延長の減少の原因は水路の減少であり9 3%
が減少している。
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図 2.41 高知 水空間変遷図
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図2.43 高知 迅速図
図2.44 高知 現況図
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(1 2)徳島
徳島の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図を図 2.45、 図 2.46、 図 2.47 および図 2.48に示した。 図2.45を見ると、 市中心部の堀、 貯木場および中小河川が減少している様 子が分かる。 徳島市は吉野川が作るデ‘ルタ上に形成された都市である。 市中を小支派川|が 流下し、 島状の土地が集合した都市で島地名が多い。 徳島の水空間を代表づけるのは、 こ れらの中小河川で、ある。
水空間面積の割合は、 迅速図で12.7%、 現況図で6.80/0であり、 その減少率は大きく現況 では 20 都市平均を上回る。 徳島の場合、 水空間面積の90%以上が中小河川である。 到 達距離は、 迅速図で182m、 現況図で263mと20都市平均よりも水空間まで身近な都市と なっている。,.ーー--...::::一ー一一一.---...
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(1 4)佐賀
佐賀の水空間の変遷、 古図、 迅速図および現況図を図2.53、 図2.54、図2.55および図 2.56に示した。 図2.53 を見ると 、 縦横に水路が流れていたこと が分かるロ 佐賀はクリーク で有名な佐賀平野に位置する都市で、 近世後半の 市街域は城の北側に発達していた。 城は 幅60'""80mの大きな堀に固まれた完全な 平城であり、 多布施川 の水を飲料水あるいは堀の 水源として利用していた。 市街域の中にも水路が張り巡らされ、 大きな堀と ともに佐賀の 水空間を特徴づけている。 佐賀市内を歩いてみると 、 今でも多く の水路と出会い水空間が 身近に感じられる。
佐賀の水空間面積の割合は 、迅速図で 7.2%、現況図で 4.5%と20都市の中でも低位に位 置する。 ただし佐賀の場合、 水路の割合が大きい の で前述の方法で水路を考慮に入れると、
迅速図9.2%、 現況図 5.3%となり20都市平均近くになる。
一方、 到達距離は、 迅速図で 65.3 m、 現況図で157mと20都市で水空間まで の到達距離 が最も小さい。 すなわち水空間が身近な都市となっている。 迅速図では水空間延長の 60%
以上が、 現況図では 50%以上が水路であり、 水路の役割が極めて大きい。 しかし、 迅速図 に比べると水路延長は約1/3 に減少しており、 水路延長の減少率と いう観点からみると20 都市の中でも大きいほうとなっている。
全国的にも水路網が発達している都市である郡上八幡、 津和野、 萩、 柳川、 金沢などは、
水環境の良好な都市として有名である。 その要因を考えてみれば、 水空間の質や利用の仕 その一つの要 方の問題もあるが、 これらの水路網が水空間をより身近にしていることも、
因と考えられ注目に値する。
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・1.図2.54 佐賀
図2. 55 佐賀 迅速図
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図2.53 佐賀 水空間変遷図