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コリャーク語の形容詞

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Academic year: 2021

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(1)

論 文

コリャーク語の形容詞

その動詞的および名詞的性格と類型論的位置づけ

呉 人   惠

(富山大学)

Adjectives in Koryak

Th eir Verbal and Nominal Characters and Typological Positions

Kurebito, Megumi

University of Toyama

Adjectives in Koryak have traditionally been classified into two categories:

qualitative and relational. is classifi cation is based on the traditional clas- sifi cation of Russian adjectives, which does not necessarily refl ect the actual morphological and syntactic properties of Koryak adjectives. In this paper, the author aims to classify Koryak adjectives into six types according to the two main typologically accepted roles of adjectives in grammar: (1) the role of an intransitive predicate or copula complement and (2) the role of a modi- fi er within a NP. On the basis of this classifi cation, it will be elucidated that Koryak is a split-adjective language in which adjectives are split between verb- like adjectives and noun-like adjectives; however, they are not split evenly, but rather, form a morpho-syntactically continuous phase from verb to noun, which may be cross-linguistically found in other split-adjective languages such as Japanese.

Keywords: Koryak, adjective, split-adjective type, verbal type, nominal type, continuous phase

キーワード: コリャーク,形容詞,分裂形容詞型,動詞型,名詞型,連続相

* 本稿は,コリャーク語の形容詞について,呉人(1997),Kurebito(2004)を踏まえつつ,新たな 枠組みで執筆したものである。データは,平成20年度日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研

究B[海外学術調査]「危機に瀕した古アジア諸語の系統的・類型的多様性に関する調査研究」[代

表者:呉人惠,課題番号:19401020])により2008年9月にロシア連邦マガダン州オムスクチャン 村でおこなった現地調査によって得られたものである。調査には,コリャーク語の母語話者として Ajatginina Tat’jana Nikolaevnaさん(1955年マガダン州セヴェロ・エヴェンスク地区第5トナカ イ遊牧ブリガード生まれ,女性)に協力していただいた。

(2)

1. はじめに

本稿は,シベリア北東部に分布するチュクチ・カムチャツカ語族の1つコリャーク語

(Koryak)1)の形容詞をめぐる問題について整理するとともに,これを類型論的視点からとら

え直すことを目的とする。

名詞と動詞の文法的な区別さえ不分明な一部の言語2)を除けば,一般に名詞や動詞はそれぞ れ基本的な品詞としてどの言語にも存在するのに対し,形容詞がひとつの独立した品詞とし て認定されにくい場合があることは,これまでもしばしば指摘されてきた通りである(Dixon 1982, 2004: 1-49, Rijkhoff 2000: 217-257, 工藤 2007: 1-49, 八亀 2008)。コリャーク語におい てもこのことは例外ではない。

ここで,形容詞の意味的側面はひとまずおいて,統語的側面にかぎってみるならば,形容詞 は一般に,文の述語になる,名詞句において修飾語になるという2つの機能を持っていると考 えられている(Dixon 2004: 10)。このような機能的な基準は,意味的,形態的に独立の品詞 として定義づけることが時に困難な形容詞をより包括的にとらえるためにも,通言語的に比較 するためにも有効である。

コリャーク語において,この2つの機能を有する形式を洗い出してみると,大きく6種類が 認められる。先行研究では,このうち4種類がロシア語学の形容詞の分類を踏襲して,「質形 容詞」「関係形容詞」として認められてきたが(Zhukova 1972: 144-162),これはコリャーク 語の形容詞の形態論的特徴を必ずしも正しく反映していない。そこで本稿では,上述のように 文中での機能という尺度を用い,より広範な形式をすくい取ることによって,これらを主に形 態,統語の側面から整理し直していく(したがって,以下に述べる「形容詞」とは,特に断り 1. はじめに

2. 名詞と動詞の文法的輪郭 3. コリャーク語の6種類の形容詞  3.1. N形

 3.2. GE形  3.3. KIN形  3.4. IN形

 3.5. 名詞句階層をなすKIN形とIN形

 3.6. LH形  3.7. MIS形

 3.8. 連続相をなすコリャーク語の形容詞 4. ロシア語学における形容詞

5. コリャーク語形容詞の類型論的位置づけ  5.1. 分裂形容詞型と連続相

 5.2. 形容詞か抱合か 6. おわりに

1) コリャーク語はロシア連邦カムチャツカ州北部ならびにマガダン州セヴェロ ・ エヴェンスク地区に 分布し,チュクチ語(Chukchi),ケレク語(Kerek),アリュートル語(Alutor),イテリメン語

(Itelmen)とともにチュクチ・カムチャツカ語族を形成する。コリャーク語の正書法の基礎方言

となったチャヴチュヴァン方言以外に,パラナ,パレニ,イトカン,カメンスコエ,アプカの各方 言が知られている。本稿は,このうち,マガダン州セヴェロ ・ エヴェンスク地区で話されるチャヴ チュヴァン方言北部下位方言を対象とする(チャヴチュヴァン方言の2つの下位方言「北部下位方 言」と「タイゴノス下位方言」についての詳細は,呉人[2005: 35-54]を参照されたい)。 2) たとえば,スライアモン・セイリッシュ語(Sliammon Salish)では,時制,使役,再帰を表わす

接辞などが,名詞と思われる語根に付いたり,逆に名詞と関わると考えられる,複数性や指小性を 表わす重複法が,動詞と思われる語根に対しておこなわれたりなど,動詞と名詞の区別が形態統語 的にも不分明であることが指摘されている(渡辺 2008: 346-351)。

(3)

のないかぎり,上述の2つの統語機能にもとづいて規定された品詞を指すものとする)。 それにより,これらの形式は動詞型から名詞型へと連続的に分布しており,コリャーク語 の形容詞は,松本(2007: 96-108)が指摘しているような「用言型」という1つのタイプには 収まりきれないこと,形容詞が動詞から名詞への連続相の中に位置づけられるのは,実はコ リャーク語にかぎったことではなく,日本語をはじめ,いわゆる「分裂形容詞型(Split-adjective

type)」の言語に通言語的に認められる形容詞の特質である可能性を指摘する。

2. 名詞と動詞の文法的輪郭

形容詞について考察する前に,まず,本稿のテーマにかかわる名詞ならびに動詞の文法的特 徴について略述しておく。

名詞の範疇には,数,格,人称,さらに有生性がある。数には単数,双数,複数があり,

これらは絶対格においてのみ区別される(たとえば,「頭」はlewt[絶単],lewtt[絶双],

lewtu[絶複])。ただし,有生の名詞は,絶対格で単数,双数,複数が区別されるだけではなく,

斜格においても単数(-ne/-na)と複数(-jk)のみ区別される(たとえば,an’a-na-「おばあ さんに」―an’a-jk--「おばあさんたちに」)。

格には11の格,すなわち,絶対格(-n~-Ø~重複~-e/-a),場所格(-k/-k),道具格(-e/-a/

-te/-ta),与格(-),方向格(-et/-jt),沿格(-ep/-p/-jp),奪格(-qo),接触格

(-jite/-eta),原因格(-kjit/-kjet),様態格(-u/-o/-nu/-no),随格(e-/a-..-e/-a/-te/-ta3))がある。

動詞には,主語と目的語の人称と数が接頭辞と接尾辞により標示される(ただし,1人称以 外,接頭辞はしばしばゼロ)。接頭辞は通常,主格・対格型,接尾辞は能格型を示す。すなわち,

自動詞では接頭辞・接尾辞とも主語を表わすが,他動詞では接頭辞が主語,接尾辞が目的語を 表わす。このようにコリャーク語は名詞と動詞の双方で主語・目的語の標示がおこなわれるた め,語順は比較的自由である。

統語における格標示は,能格型である。すなわち,自動詞主語と他動詞目的語は絶対格をと り,他動詞主語は能格をとる。ただし,以下に見るように,能格専用の標識をもつのは人称代 名詞のみで,その他の名詞はその有生性の度合いに応じて,場所格,道具格により能格標示を 受ける。

1)独自の能格専用の標識-nanが付加される名詞

2)能格に場所格(-k)が援用され,同時に有生の数標示-ne/-na(単),-jk(複)を受ける名詞 3)能格に道具格(-te/-ta)が援用され,有生の標示を受けない名詞

4)能格として任意に場所格も道具格もとり,有生の標示も任意である名詞

1)の独自の能格標識をもつのは人称代名詞のみ,2)の場所格が援用される名詞は,人間や 家畜を表す固有名詞,疑問代名詞「誰」,親族呼称,3)の道具格が援用される名詞は,親族名称,

動物名詞,無生物名詞,4)の任意に場所格,能格いずれもが用いられる名詞には,普通人間名詞,

指示代名詞,「どの」を表す疑問代名詞(属格形)などがそれぞれ含まれる(呉人 2002: 107- 125)。

3)「..」は,接周辞のつく語幹部分を表している。以下,同様。

(4)

3. コリャーク語の6種類の形容詞

コリャーク語では,文において述語になる,名詞句において修飾語になる,という2つの統 語的機能を備えた形式として次の6種類が認められる。次の(1)〜(12)では,奇数が述語,

偶数の例が修飾語の例である。

① n-..-qin(e)/-qen(a)4)(以下,N形)

nmejqin「大きい」 niwlqin「長い」

nomqen「暖かい」 nvetatqen「働き者の」

 (1) jajaa jqqm nmejqin.

家 とても 大きい

「家はとても大きい」

 (2) wuccin nmejqin jajaa.

これ 大きい 家

「これは大きい家だ」

② e-/a-..-lin(e)/-len(a)(以下,GE形)

ecejlin「砂の多い」 ejewjewlin「雷鳥の多い」

awwwlen「石だらけの」 aqlavolen「夫のいる」

 (3) tnup jqqm awwwlen.

丘 とても 石だらけの

「丘は石だらけだ」

 (4) anko kotva awwwlen tnup.

あそこに ある 石だらけの 丘

「あそこに石だらけの丘がある」

③ -kin(e)/-ken(a)(以下,KIN形)

ejejkin「秋の」 Cajbuqaken「チャイブハ(地名)の」

janotken「先頭の」 pkijkin「到着の」

 (5) mnin qlavol Cajbuqaken.

私の 夫 チャイブハの

「私の夫はチャイブハ出身だ」

 (6) Cajbuqaken vaalen nataktn.

チャイブハの 空港 閉鎖した

「チャイブハの空港が閉鎖された」

④ -in(e)/-en(a)(以下,IN形)

en’picin「父の」 npqlavolen「老人の」

qojen「トナカイの」 plwnten「鉄の」

4) 各異形態は,母音調和による(アルタイ諸言語に見られる母音調和とは異なるコリャーク語の母音 調和の詳細については,呉人[1999: 49-64]を参照されたい)。また,カッコ内の母音は,形態素 が後接する際に現れる。これは,他の形式についても同様である。

(5)

 (7) wuccin icn en’picin.

この 毛皮上着 父の

「この毛皮上着は父のだ」

 (8) en’picin icn anko kotva.

父の 毛皮上着 あそこに ある

「父の毛皮上着はあそこにある」

⑤ -ln(以下,LH形)

ekeln「橇に乗った」 wan’avatln「話をしている」

ujl’n「弱い」 javaln「後ろにいる」

 (9) ajen qajuju ujl’n.

その 仔トナカイ 弱い

「その仔トナカイは弱い」

 (10) qekmit ajen ujl’n qajuju.

捕まえろ その 弱い 仔トナカイ

「その弱いトナカイを捕まえなさい」

⑥ ①から⑤のいずれにも該当しない形式(以下,MIS[=miscellaneous]形) mitajin「美しい」 qewwajin「悪い」

luqin「黒い」 nvq「多い」

atke「悪い」

 (11) ajen wala atke.

その ナイフ 悪い

「そのナイフは悪い」

 (12) qnil atke wala.

捨てろ 悪い ナイフ

「悪いナイフを捨てなさい」

Zhukova(1972: 144-162, 137-144)によれば,このうち①は「質形容詞(kachestvennye prilagatel’nye)」,②③④は「関係形容詞(otnositel’nye prilagatel’nye)」,⑤は「行為者名詞

(imja dejatelja)」である。一方,これらのいずれにも属さない⑥の品詞性についての言及は,

管見のかぎりみあたらない。また,かつてはコリャーク語の1方言とされていたが,現在はコ リャーク語と同系の独立の言語と認められているアリュートル語(Alutor)について,Kibrik et al.(2004: 280-288, 327)は,これをさらに細分化し,①のN形を「質形容詞(qualitative adjectives)」,②のGE形を「存在形容詞(habitive adjectives)」5),③のKIN形を「関係形 容詞(relative adjectives)」,④のIN形を「所有形容詞(possessive adjectives)」,⑤のLH 形を「分詞participles」としている6)。ただし,コリャーク語同様に⑥についての言及は見ら れない。

5) habitive adjectives は,実際には「〜を持っている/〜がある」という所有の意味を表わすが,こ こでは,「所有形容詞possessive adjectives」と区別するために仮に「存在形容詞」と呼ぶ。

6) 一方,Dunn(1999)は,同じく同系のチュクチ語のN形のみをadjectiveとし,KIN形をrelational modifi er (noun),IN形をpossessive modifi er (noun),LH形をparticipleとしている。ただし,

GE形の名詞修飾機能については言及していない。

(6)

しかし,それぞれの形式を形態統語的ふるまいから見ると,これとは異なる分類が必要になっ てくることがわかる。すなわち,本来,それぞれの形式を作る接辞が動詞の屈折接辞に由来し,

動詞的タイプを示すN形,GE形,主要部名詞に一致して格や数により語形変化する,言い 換えれば,名詞的にふるまうKIN形,IN形,LH形,さらに不変化詞的な語から,数のみ の変化をする語まで含まれるMIS形に分類される。

ところで,松本(2006: 313-320, 2007: 96-108)によれば,世界の言語の形容詞は大きく体 言型と用言型に分類されるという。体言型はアフリカ北部からユーラシア内陸部のほぼ全域,

さらにオーストラリアに分布する。一方,用言型はアメリカ大陸のほぼ全域と旧大陸はチュク チ ・ カムチャツカ半島から朝鮮半島北部,さらに中国から西はインドのアッサム地方まで,ま た南はオーストロネシアまで分布する7)

松本のこの分類にしたがうならば,シベリア極東のカムチャツカ半島を中心に分布するコ リャーク語は,用言型に属する。しかし,形容詞を上述のように機能的にとらえるならば,コ リャーク語の形容詞は用言型か体言型かという2分法には当てはまらない。むしろ,分裂形容 詞型(split-adjective type)(Wetzer 1996: 271)を示すというほうがふさわしい。さらにいう ならば,コリャーク語の形容詞は,単に動詞型と名詞型に「分裂」しているのではなく,動詞 から名詞への連続相の中に位置していると考えるのが,よりその実相を正確にとらえている。

したがって,このようなコリャーク語の形容詞を,まずは従来のロシア語学の枠組みを踏襲し た分類から解放し,整理し直す必要がある。そこで,以下では,それぞれの形式の語構成と意 味,用法について見ていく。なお,それぞれの形式に対してこれまで伝統的に用いられてきた

「質形容詞」「関係形容詞」「所有形容詞」「行為者名詞」という用語は以下では用いず,便宜的 に意味的にニュートラルなN形,GE形,KIN形,IN形,LH形,MIS形で示すことにする。

3.1. N

コリャーク語文法で伝統的に「質形容詞」と呼ばれてきたN形は,形容詞のみならず,名詞,

動詞,副詞の各語幹から形成され,事物の恒常的な属性,性質を指し示す8)。名詞的な語形変 化や,N形以外で定形動詞的な語形変化をせず,他の品詞から派生したと考えられない本来 の形容詞語幹から作られるN形は,コリャーク語ではむしろ数がかぎられている。これに比べ,

動詞あるいは名詞の各語幹から作られるN形は生産性が高い。

以下の例では,便宜的に,述語になる場合に3人称単数主語に,また,名詞句の修飾語に なる場合に絶対格単数の主要部名詞に一致するn-..-qin/-qenの形のみをあげるが,実際に は述語においては主語の人称・数により(たとえば,nppul’ujm「私は小さい」),名詞句 においては主要部名詞の数(すなわち,3人称の単数・双数・複数形)により(たとえば,

nppul’uqinet kmit「2人の小さな子供」),表1のように後半部が語形変化する。

7) 形容詞の2つのタイプの分布については,松本(2007: 194)の分布図を参照されたい。

8) 永山(2002: 11)は,「コリャーク語およびアリュートル語では伝統的に形容詞語幹からつくられ るものを性質形容詞,形容詞以外の語幹からつくられるものを関係形容詞と呼ぶ」としているが,

これは正しくない。N形が形容詞語幹のみならず,様々な品詞の語幹から作られることは,上例 からも明らかである。

(7)

1. N形の人称・数による語形変化表

単数 双数 複数

1人称 n-..-jm n-..-muji/-moje n-..-muju/-mojo

2人称 n-..-ji/-je n-..-tuji/-toje n-..-tuju/-tojo 3人称 n-..-qin/-qen n-..-qinet/-qenat n-..-qinew/-qenaw

3.1.1. 形容詞語幹から作られるN

n-9)-tuj-qin「新しい」(tuj「新しい」) n-np-qin「古い」(np「古い」) n--mej-qin「大きい」(mej「大きい」) n-ppul’u-qin「小さい」(ppul’u「小さい」) 3.1.2. 名詞語幹から作られるN

n--muqe-qin「雨降りの」(muqe「雨」) n--kte-qen「風の多い」(kte「風」) n--ja-qin「霧深い」(ja「霧」) n--l-qen「煙たい」(l「煙」)

各 例 の 名 詞 語 幹 は そ の ま ま 単 独 で 用 い ら れ る こ と は な い が, そ れ ぞ れ 絶 対 格 単 数 形 muqemuq「雨」,ktew「風」,jaj「霧」,ll「煙」があることから,これらのN形が 名詞から派生されたことがうかがわれる。ただし,nomqen「暖かい」―omom「暖かさ」(絶 単),nmelqin「よい」―melmel「晴天」(絶単)など,名詞形はあるものの抽象性が高いた めに,派生関係が不明瞭な語もあることが指摘されている(Zhukova 1972: 147)10)

3.1.3. 副詞語幹から作られるN

n--juleq-qin「(時間的に)長い」(juleq「長く」) n--tei-qin「少しの」(tei「少し」)

n-ine-qin「速い」(ine「速く」) 3.1.4. 動詞語幹から作られるN

N形を形成する動詞語幹には,一次的なものも派生的なものもあり,自動詞・他動詞いず れの語幹からも生産的に作られる。他の品詞に比べ,最も生産性が高い。属性の示し方は能格 的で,自動詞の場合には主語,他動詞の場合には目的語の属性をそれぞれ示す。

n--tl-qin「病気の」(tl「病む」)

n--majq--qen「熱心な」(majq「努力する」) n--valom-qen「従順な」(valom「聞く」) n--pil-et-qen「空腹の」(pil「喉」,-et動詞化)

n-ena-n--pkav-at-qen「疲れさせる」(ena-逆受動,n-..-at使役,--挿入,pkav「で きない」)

9) これ以降,前後にハイフンのついたシュワは語頭の2子音連続,語中の3子音連続を避けるための 挿入母音,同じく前後にハイフンのついたは,2母音連続を避けるための挿入子音を指す。

10)ちなみに筆者のインフォーマントは,前者のomomという名詞は理解してはいるものの,これを 使って文を生成することはできなかった。一方,後者のmelmelでは次のような文が生成された。

melmel--k t--jajt--k-Ø.

晴天-挿入-所 1単主-挿入-帰宅する-挿入-1単主-完了

「晴天のとき,私は家に帰った」

(8)

n-ewji-qin「健啖家の」(ewji「食べる(自)」) n--nu-qin「食べられる」(nu「食べる(他)」)

このうち,n-ewji-qinとn--nu-qinは,自他の対応をなす異根動詞語幹から作られている

(ewjiは自動詞,nuは他動詞)。いずれも「食べる」の意味であるが,n-ewji-qinは食べる主 体の属性を指示しているのに対し,n--nu-qin「食べられる」は食べる対象の属性を指示して いる,すなわち能格性を示すことに注意されたい。

3.1.5. 動詞の屈折接辞n-..-qin/-qen

コリャーク語文法(Zhukova 1972)では,n-..-qin/-qenは質形容詞形成接周辞としてのみ 記述され,動詞の屈折接辞からは外されている。しかし,実際には,動詞語幹に接続する場合 には,時間的限定性のない一般的・習慣的な行為・状態を表わす不完了相の動詞の屈折接辞と みなしうる例も見られる11)

 (13)nno qonp nmajqaw n--vetat-qen.

12)(絶)いつも 頑張って 習慣-挿入-働く-3単主

「彼はいつも頑張って働いている」

 (14)np-qlavol-Ø jaja-k n--tva-qen.

年老いた-男-絶単 家-所 習慣-挿入-いる-3単主

「老人は(習慣的に)家にいる」

 (15)m-nin-Ø avakk-Ø qonp n--wala-qen mkajt.

私-所有絶単 娘-絶単 いつも 習慣-挿入-要求する-3単主 私(方向)

「私の娘はいつも私に要求してばかりいる」

上述のように,N形が動詞語幹と最も生産的に結びつきやすいという事実は,n-..-qin/-qen が,動詞の屈折接辞であることとも無関係ではないと考えられる。ちなみに,同系のアリュー トル語でも,N形は習慣的な行為を表わす定形動詞とみなされている(Kibrik et al. 2004:

253-255)。次例(16)(17)(18)は,アリュートル語の例である。自動詞,他動詞いずれの 語幹からも作られるが,そのふるまいはやはり能格的であることに注意されたい。

 (16)mm qonp n--vitat-im.

私(絶)いつも 習慣-挿入-働く-3単主

「私はいつも働いている」

 (17) nnu n--wai-qin.

彼女(絶) 習慣-挿入-裁縫する-3単主

「彼女は(習慣的に)裁縫をしている」

 (18) sull-Ø n--jl-qin?

塩-絶単 習慣-挿入-売る-3単目

「塩を売っていますか?」

もうひとつの同系の言語,チュクチ語でも動詞語幹に接続するN形は定形動詞とみなされ ている。チュクチ語では,N形は動詞の現在時制を表わす2つの形式のうちの1つで,時間

11)時間的限定性に関して,N形と対立するのはku-/ko-..である。この動詞屈折接辞は,時間的限 定性のある一時点で進行中の動作を表わす。

12)コリャーク語の3人称代名詞には性の区別がないため,3人称は「彼」でも「彼女」でもありうる。

以下の例では語用論的理由がある場合には「彼女」と訳すが,それ以外は「彼」で統一することに する。

(9)

的限定性のない習慣的な行為を表わすとされている(Skorik 1977: 32-35)13)。  (19) tri qonp oten-t--k n--kupretku-qinet.

彼ら(絶)いつも この-湖-挿入-所 現在-挿入-網漁する-3複主

「彼らはいつもこの湖で網漁をしている」

Skorik(1977: 33-34)は,チュクチ語のこのN形について,次に見るGE形とともに,本来,

形動詞であったものが次第に名詞修飾機能を失い,述語的にのみ用いられるようになり,定形 動詞化した可能性があるという興味深い示唆をしている。また,Comrie(1985: 93)は定形動 詞として用いられるN形は,他の定形動詞と異なり,人称・数の一致を示すスロットを接尾辞 1つしか持たないことから,本来,形容詞の一致パタンに由来するとしている。ただし,この ような通時的問題については検討すべき事柄が多いため,ここではこれを指摘するにとどめる。

以上のように,N形が定形動詞と関係することは,N形が名詞句の修飾語として用いられ た場合,(20)のように主要部名詞が絶対格の時だけ数の一致を示すことからもうかがえる。

ちなみにコリャーク語では絶対格においてのみ,単数・双数・複数の区別がある。

 (20) nmejqin wejem-Ø「1つの大きい川」(単) nmejqinet wejem-ti「2つの大きい川」(双) nmejqinew wejem-u「たくさんの大きい川」(複)

一方,斜格での一致については,Zhukova(1972: 165)では場所格と道具格で主要部と一 致している例があげられているが,筆者の調査では,場所格,道具格を含むすべての斜格で従 属部と主要部の格の一致は許されず,絶対格,すなわち自動詞の主語(21)あるいは他動詞の 目的語の修飾語(22)としてしか現われない。N形が動詞的な形式でもあり,その場合,後 半部が自動詞主語あるいは他動詞目的語の標識であることを考えれば,格による語形変化がな いというのは,むしろ自然なことともいえよう。

 (21) anko ku-lejv---Ø n--mej-qin-Ø kaj--n.

あそこに 不完了-歩く-挿入-不完了-3単主 N-挿入-大きい-N-絶単 熊-挿入-絶単

「あそこを大きな熊が歩いている」

 (22) mnan t--ku-lu---n n-ppul’u-qin-Ø

私(能) 1単主-挿入-不完了-見る-不完了-挿入-3単目 N-小さい-N-絶単 wajam-pil’-Ø.

川-指小-絶単

「私には小さな川が見える」

3.2. GE

名詞語幹にe-/a-..-lin/-lenが付加されるGE形は,「〜を持っている/〜がある」の意味 を表わす。このGE形が文の述語にも名詞句の中の修飾語にもなることは,すでに(3)(4) で見たとおりである。本稿であげる語例は,述語的に用いられる場合に,3人称単数の主語と 一致し,名詞の修飾語として用いられる場合に主要部名詞の数と一致するe-/a-..-lin/-lenの 形式であるが,実際には,述語的に用いられる場合には,人称・数による以下のような語形変 化がある。

13) Muravyova(1998: 533-534)は,そのふるまいが形容詞と似ていることから,これをGE形とと もにadjectival verb formsと呼んでいる。

(10)

2. GE形の人称・数による語形変化表

単数 双数 複数

1人称 e-/a-..-im e-/a-..-muji/-moje e-/a-..-muju/-mojo 2人称 e-/a-..-ii e-/a-..-tuji/-toje e-/a-..-tuju/-tojo 3人称 e-/a-..-lin/-len e-/a-..-linet/-lenat e-/a-..-linew/-lenaw

Zhukova(1972: 162)は,GE形をKIN形,IN形とともに「関係形容詞」に含めている。

また,同系のアリュートル語について,Kibrik et al.(2004: 285)もやはりこれを関係形容詞 の下位分類とし,habitive adjectives「存在形容詞」と命名している。しかし,GE形は動詞 的であるという点では,むしろこれまで「質形容詞」と呼ばれてきたN形に近い。すなわち,

動詞語幹にe-/a-..-lin/-lenが付加されると,e-/a-は結果相を,-lin/-lenは自動詞3人称 単数主語あるいは他動詞3人称単数目的語をあらわし,文の終止形として用いられる。

 (23) qojamtal--n jaqam e-lq--lin tnup-et.

トナカイ牧夫-挿入-絶単 すぐに 結果-行く-挿入-3単主 丘-方向

「トナカイ牧夫はすぐに丘の方に行った」

 (24)nan e-kmil-lin-Ø meta--el’a-Ø.

彼(能) 結果-娶る-3単目-3単主 美しい-挿入-女-絶単

「彼は美しい女を娶った」

さらにGE形は,名詞句の中で修飾語として用いられた場合,(25)のように主要部名詞と の数の一致は示すが,(26)(27)のように絶対格でしか現われない点でもN形と共通する。

これもやはりGE形の動詞的性格を反映したものであると考えられる。

 (25)emimlin kokjoln「水の多い1つの窪み」(単)

emimlinet kokjolt「水の多い2つの窪み」(双)

emimlinew kokjolo「水の多い3つ以上の窪み」(複)  (26)aje-n -utt--lin-Ø tnup-Ø.

あれ-絶単 GE-木-挿入-GE-絶単 丘-絶単

「あれは木の多い丘だ」

 (27) q--ite -utt--lin-Ø tnup-Ø.

2単主・願望-挿入-見る GE-木-挿入-GE-絶単 丘-絶単

「木の多い丘を見なさい」

ただし,形容詞のGE形は動詞語幹からは作られない。言い換えれば,動詞語幹から作ら れたGE形の場合には名詞句の修飾語として働くことはできない。たとえば,次の(28)の ような例では,GE形は述語としてしか理解されない。

 (28) a-jomja-len-Ø nal--n.

結果-染める-3単目-3単主 毛皮-挿入-絶単

「彼女は毛皮を染めた/*染めた毛皮」

3.3. KIN

伝統的に「関係形容詞」として分類されているKIN形は,名詞,副詞,動詞語幹から作ら れる。このうち,名詞および副詞語幹によるKIN形は,とりわけ場所や時間を表わす語から 生産的に作られている。このことから,-kin/-kenが場所格の-kと,後述するIN形を形成す

(11)

る-in/-enが結合してできた複合接辞である可能性も否定できない。

なお,本稿では主に-kin/-ken形をあげるが,N形,GE形同様,KIN形も述語的に用いら れる場合には,下表3のように語形変化する。

3. KIN形の人称・数による語形変化表

単数 双数 複数

1人称 -kine/-kena..-jm -kine/-kena..-muji/-moje -kine/-kena..-muju/-mojo 2人称 -kine/-kena..-ii -kine/-kena..-tuji/-toje -kine/-kena..-tuju/-tojo

3人称 -kin/-ken -kinet/-kenat -kinew/-kenaw

3.3.1. 名詞語幹から作られるKIN

コリャーク語では,KIN形は無生物名詞のみから作られる。一方,アリュートル語では有 生物につく例として,nmlkin avakk「村にいる娘」(nml「村人」),itukin mmll

「雁についている寄生虫」(itu「雁」),tkin mtann「犬についている蚊」(t「犬」)が あげられているが(永山 2002: 16),筆者の調査では,コリャーク語はこのようなKIN形を 許容しない。

umkkin「森の」 wejemkin「川の」

nutekin「ツンドラの」 Pojtken「パレニ(地名)の」

nkikin「晩の」 ejejkin「秋の」

この他,代名詞に接続するcininkin「自分の」,mujkekin「私たちの」14)なども認められて いる。

3.3.2. 副詞語幹から作られるKIN

janotken「先頭の」 colken「高いところの」

ankken「向こうの」 wutkekin「ここの」

ajvekin「昨日の」 nkjepkin「昔の」

ajonken「昔の」 jqmitiwkin「朝の」15)

3.3.3. 動詞語幹から作られるKIN

動詞から作られるKIN形は,行為の目的,すなわち,「〜するための」という意味を表わす16)。 qojalatken「トナカイ放牧用の」 ewjikin「食べるための」

jlqetkin「睡眠用の」 lejvkin「歩くための」

ところで,KIN形は,上述のN形やGE形とは異なり,名詞句において絶対格で主要部と 数の一致を示すのみならず(29)(30),それ以外の場所格(31),道具格(32),与格(33), 方向格(34),沿格(35)で格の一致を示すことが確認されている。

 (29) wutke-kine-w nn-o n--caca-qena-w.

ここ-KIN-絶複 魚-絶複 N-挿入-美味しい-N-絶複

「ここの魚は美味しい」

14)所有形容詞のmucinと異なるのは,所有ではなく,「私たちのところの」「私たちに関係する」の ような意味を表わす点である。

15)コリャーク語では,「朝」は不変化詞の副詞,「晩」「夜中」は格・数の変化をする名詞と,同じ 一日の時間帯を表わす語でありながら,その品詞が異なる。ちなみに,「晩」の絶対格単数形は ajvenn,「夜中」の絶対格単数形はnkinkである。

16)これについては,アリュートル語(永山 2002: 17)でも同様のことが指摘されている。

(12)

 (30) ewji-kin-Ø wal-Ø q-ine-jl.

食べる-KIN-絶単 ナイフ-絶単 2単主・願望-1単目-与える

「食べるためのナイフを私にください」

 (31) Pojt--kena-k wejem--k nvq amalva it--l-o nn-u.

パレニ-挿入-KIN-所 川-挿入-所 沢山の 様々な ある-挿入-分詞-絶複 魚-絶複

「パレニの川にはたくさんの様々な魚がいる」

 (32) qajkmi-a mn--t k-iltew---nin-Ø wejem-kine-te 少年-具(能)手-挿入-双 不完了-洗う-不完了-挿入-3双目-3単主 川-KIN-具 miml-e.

水-具

「少年は川の水で手を洗っている」

 (33) mnan t--jl--n-Ø qetaqet Pojt--kena-

私(能) 1単主-挿入-与える-3単目-完了 鮭(絶単) パレニ-挿入-KIN-与

ujemtewil--.

人-挿入-与

「私はパレニの人に鮭をやった」

 (34)mmo t--lqt--k Cajbuqa-kina-jt wajam-et.

私(絶) 1単主-挿入-行く-挿入-1単主-完了 チャイブハ-KIN-方向 川-方向

「私はチャイブハの川に向かって行った」

 (35)mmo t--ku-lejv-- Cajbuqa-kina-jp wenv-ep.

私(絶) 1単主-挿入-歩く-挿入-1単主-完了 チャイブハ-KIN-沿 道-沿

「私はチャイブハの道に沿って歩いていた」

以上のことから,KIN形は,動詞タイプのN形,GE形とは異なり,名詞句において主要 部に一致して格および数の変化をする点で,その形態統語的ふるまいはむしろ名詞的であると いえる。ただし,副詞や動詞語幹からも形成される点は,次に見る,同様に格・数の変化をす るが名詞語幹のみから作られるIN形と異なる点である。

3.4. IN

IN形を形成する接尾辞-in/-enは,名詞語幹のみについて,所有や親族関係,身体部位,

材質など,いわゆる属格に相当する意味を表わす。伝統的にコリャーク語文法ではこれを属格 として扱わず,形容詞の一種,すなわち「所有形容詞」として扱っている。これに関して永山

(2002: 11)は,アリュートル語のIN形について,名詞には一般に二重の格標示がつくことが ないのに対し,IN形はさらに格標示を受けることがあるためであるとしている。一方,筆者 は次のように考える。すなわち,IN形は,後述するように,名詞語幹から作られるKIN形 と連続して名詞句階層をなしている。また,いずれも,文の述語になると同時に,名詞句の修 飾語になるという形容詞の要件を満たしている。したがって,IN形のみをこれから切り離し て属格と記述するのは不自然なためではないかと考えられる。

さらに,コリャーク語の形容詞の分類がロシア語学の「質形容詞」「関係形容詞」という枠 組みを踏襲したものであることは上に指摘したとおりであるが,ロシア語でIN形に相当する 意味を表わす語は,このうち「関係形容詞」に分類されていることも,IN形を属格としない 一因になっていると考えられる(たとえば,ロシア語のいわゆる「物主形容詞」と呼ばれる

(13)

ottsov「父の」,sestrin「妹の」,muzhnin「夫の」などは関係形容詞に分類されていることに 注目されたい[佐藤 2007: 82-83])。

以下では,IN形が表わすいくつかの意味にしたがって,具体例をみていく(語例は絶対格 単数形)。述語として用いられるIN形の人称・数による語形変化は,表4のとおりである。

4. IN形の人称・数による語形変化表

単数 双数 複数

1人称 -ine/-ena..-jm -ine/-ena..-muji/-moje -ine/-ena..-muju/-mojo 2人称 -ine/-ena..-ii -ine/-ena..-tuji/-toje -ine/-ena..-tuju/-tojo

3人称 -in/-en -inet/-enat -inew/-enaw

3.4.1. 所有

en’picin icn「父の毛皮上着」

qojantalen emcejocn「トナカイ牧夫のリュックサック」

tennlin ini「漁師の網」

cacamjen velvel「老婆の指貫」

npqlavolen cawat「老人の投げ縄」

3.4.2. 親族関係

l’en jicmjitumn「母の兄弟」

ccajin awjelaltumn「叔母の姪」

en’picin caket「父の姉妹」

3.4.3. 身体部位

qojen jnnln「トナカイの角」

qeten quln「鮭の皮」

pciqin cn「鳥の毛」

jewjevin tiltil「雷鳥の翼」

3.4.4. 材質

wwwen awt「石の皮なめし具」

jnnen jqujn「角の柄」

uttin tewlana「木製の雪払い」

plwnten icn「鉄製の鎧」

この他,アリュートル語ではIN形が「〜でいっぱいの」の意味を表わすとされているが

(nnin wajam「魚でいっぱいの川」など)(永山 2002: 21),コリャーク語ではこのような意

味はIN形にはなく,GE形で表わされる(ennlin wejem)。

IN形は絶対格で,主要部の名詞と数の一致を示す場合も示さない場合もある。

 (36) qeten lewt「トナカイの1つの頭」(単)

qeten lewtt ~ qetenat lewtt「トナカイの2つの頭」(双) qeten lewtu ~ qetenaw lewtu「トナカイのたくさんの頭」(複)

一方,斜格では場所格,道具格,与格,沿格でIN形と主要部に格の一致が認められる17)

17)ただし,斜格では-ine/-enaなしで,主要部と格の一致が示される例も確認されている。次例を(37)

と比較されたい。 ↗

(14)

 (37)mmo t--ko-tva- en’pic-ine-k jaja-k.

私(絶) 1単主-挿入-不完了-いる-不完了 父-IN-所 家-所

「私は父の家にいる」

 (38)nan qejnew-nin-Ø-Ø kaj--n npqlavol-ena-ta milj-e.

彼(能)撃つ-3単目-3単主-完了 熊-挿入-絶単 老人-IN-具 銃-具

「彼は老人の銃で熊を撃った」

 (39)mnan t--jl--n-Ø npqlavol-ena-

私(能) 1単主-挿入-与える-挿入-3単目-完了 老人-IN-与 jl’avakk-- peken-Ø.

孫娘-挿入-与 帽子-絶単

「私は老人の孫娘に帽子をやった」

 (40) taaje-w ja-vo-la--Ø npqlavol-ena-jp ec--l’q-ep

蟻-絶複 未来-始める-複-未来-3主 老人-IN-沿 毛皮上着挿入-表面-沿 lejvtku-k.

歩く-不定

「蟻は老人の毛皮上着の上を歩き始めるだろう」

以上のように,IN形はKIN形同様,格・数による語形変化をすることから,名詞的な形 式であることがわかる。

3.5. 名詞句階層をなすKIN形とIN

ところで,所有形容詞としては,しばしば上のように-in/-enがあげられるが,実際には,

IN形はこの他,-nin,-n/-nnという異形態を持つ。Zhukova(1972: 157)は,IN形の異形 態として,-in/-en,-n,-nin/-nenをあげ,これらが音韻論的条件による変異であるとしている。

すなわち,子音終わりの語幹には-in/-en,母音終わりの語幹には-n,母音あるいはn以外の 子音終わりの語幹には-nin/-nenであるとしている。

一方,アリュートル語について永山(2002: 18)は,所有形容詞を形成する同様の接尾辞の 異形態として,-in~-nin/-n(単),-tin(複)をあげ,これが特定性の有無によって使い分け られるとしている。すなわち,所有者が不特定の場合には,有生物か無生物かにかかわらず -inが用いられ,所有者が特定の場合には,単数で-nin/-n,複数で-tinが用いられるとして いる。

これらの異形態は,しかし,名詞語幹から作られるKIN形も視野に入れてみると,付加さ れる名詞語幹の有生性により使い分けられ,名詞句階層をなしていることがわかる(Kurebito 2004: 35-46)。これを表示すると,下表5のようになる。コリャーク語では,特定の所有者の 複数性を表わす形式-cinもあるが,以下では便宜的に単数形のみを示す。

↗ mmo t--ko-tva- en’pici-k jaja-k.

私(絶) 1単主-挿入-不完了-いる-不完了 父-所 家-所

「私は父の家にいる」

(15)

5. 名詞句階層によるIN形・KIN形の分布

A B C B~C D

IN形・KIN形 -nin -n/-nn -in/-en -n/-nn~-in/-en -kin/-ken 名詞句 人称代名詞 固有名詞

親族呼称

「誰」

親族名称 動物名詞 無生物名詞

人間名詞

「どれ」

無生物名詞

3.5.1. -nin

-ninは,名詞句階層の最上位に位置する人称代名詞にのみ用いられる。

 (41) m-nin-Ø jaja-a 私-IN-絶単 家-絶単

「私の家」

 (42) -nin-Ø peke-n 彼-IN-絶単 帽子-絶単

「彼の帽子」

3.5.2. -n/-nn

-n/-nnは,人間や犬を指示する固有名詞,疑問代名詞「誰」,親族呼称などに付加される。

-nも-nnも同様の語幹に付加され,両者の意味上の違いは明らかではない。インフォーマン トによっては,所有形容詞に焦点があるときには-nnの方が好ましいと言う人もいる。

 (43) Notajava-n-Ø / Notajava-nn-Ø ic--n

ノタージャヴァ(人名)-IN-絶単 ノタージャヴァ-IN-絶単 毛皮上着-挿入-絶単

「ノタージャヴァの毛皮上着」

 (44) mik--n / mik-nn-Ø ic--n

誰-IN-絶単 誰-挿入-絶単 毛皮上着挿入-絶単

「誰の毛皮上着」

 (45) appa-n-Ø / appa-nn-Ø ic--n

お父さん-IN-絶単 お父さん-IN-絶単 毛皮上着挿入-絶単

「お父さんの毛皮上着」

3.5.3. -in/-en

-in/-enは,親族名称,動物名詞に付加され,所有,身体部位などを表わす。無生物名詞に

付加されることもあるが,これは材質を表わす場合にかぎられる。上例(45)では,親族呼称 のappa「お父さん」が-n/-nnを取るのに対し,次の(46)では親族名称のen’pic「父」が -in/-enを取っていることに注意されたい。

 (46) en’pic-in-Ø ic--n

父-IN-絶単 毛皮上着挿入-絶単

「父の毛皮上着」

 (47) t-in-Ø velol--n 犬-IN-絶単 耳-挿入-絶単

「犬の耳」

 (48) www-en-Ø jaja-a 石-IN-絶単 家-絶単

「石造りの家」

(16)

3.5.4. -n/-nn~-in/-en

人間名詞,疑問代名詞「どれ」などの名詞の場合には,特定性の有無により-n/-nnと-in/-en が使い分けられる。すなわち,特定のものを指示する時には-n/-nnが,不特定のものを指示 する時には-in/-enが用いられる。

 (49) el’a-nn-Ø / el’-en-Ø ic--n

女-IN-絶単 女-IN-絶単 毛皮上着挿入-絶単

「その女の/ある女の毛皮上着」

3.5.6. -kin/-ken

KIN形は,名詞句階層の最下位に位置し無生物名詞のみに付加される。具体例については

すでに3.3. で見たので,以下では繰り返さない。

以上のように,IN形とKIN形は名詞句階層の上位から下位へと分布しており,IN形でも 一部,無生物名詞も可能であるなど,両者は截然と区別されるわけではなく,むしろ連続相の 中にあるととらえることができる18)

3.6. LH

LH形は,形容詞の中でも最も名詞的なふるまいをする形式であるといえる。文の述語や 名詞句の修飾部になることができるだけでなく,「行為者名詞(imja dejatelja)」(Zhukova 1972: 137-144)と呼ばれていることからもうかがえるように,単独で名詞として使われるこ とも可能である。その際,格・数などによる語形変化は,通常の名詞とまったく変わらない。

名詞,形容詞,動詞の各語幹から作られる。

3.6.1. 名詞語幹から作られるLH

名詞語幹から作られるLH形は,「〜を持っている」という所有およびその派生的な意味 を表わす。このタイプのLH形については,永山(2004: 45-78)がアリュートル語について GE形などの他の所有/存在形式と比較しながら詳細に論じている。それによると,有生の所 有者の場合,LH形になりうるのは,身体部位,親族名称を含む人間名詞,家畜,野生動物,

衣類全般,乗り物,地名,地理的名称,住居などである。それぞれの名詞について永山(2004:

45-78)が指摘する以下の特徴は,コリャーク語にも概ねあてはまる。

1) 身体部位名称は,所有者が通常,備えていることが当たり前な場合にはそのままではLH 形になりにくく,修飾要素がつくことによって許容される形式になる。筆者の調査では,

比喩的な意味を帯びる例も多数確認されている。

jnnln「角のある」

majvaln「大きな爪をもった」

nanql’n「妊娠中の(←腹をもった)」

eqejijlln「おしゃべりな(←悪い舌をもった)」

ompilln「欲張りの(←太い喉をもった)」

2) 家畜や乗り物を表わす名詞の場合には,文字通りの所有の意味ではなく,一般に所有者が その家畜あるいは乗り物に乗用中であることを表わす。

ekeln「橇に乗った」 tln「犬橇に乗った」

tvln「ボートに乗った」 macinaln「車に乗った」(<mashina[ロシア語]) 18)このような名詞句階層が,コリャーク語の能格標示においても見られることについては,呉人

(2002: 107-125)を参照されたい。

(17)

3) 衣類の場合には,着用していることを表わす。

plakln「ブーツを履いた」 icln「毛皮上着を着た」

4) 住居や場所を表わす場合には,所有ではなく,そこに居住することを表わす。

jajaln「家にいる」 lejaln「ユルトに住む」

Pojtln「パレニに住んでいる」 nmln「村に住む」

一方,無生の所有者の場合には,所有者のトコロ性が弱いほどLH形をとりやすい。

omtatqopln jmjm「太い根をもった野生の球根」

metawtln uttut「美しい葉のある木」

次の(50)は,LH形を修飾部とする名詞句が文中で用いられている例である。この例で,

括弧でくくった主語や目的語にあたる主要部名詞を省略して,LH形のみで用いても文法的に は適格である。

 (50) tv--l-e (ojacek-a) ajew-nin-Ø-Ø cejmk ボート-挿入-LH-具(能) 男-具(能) 呼ぶ-3単目-3単主-完了 近くに va-l--n (el’a-Ø).

いる-LH-挿入-絶単 女-絶単

「ボートに乗っている男が近くにいる女を呼んだ」

3.6.2. 形容詞語幹から作られるLH

LH形は形容詞語幹からも作られるが,筆者の調査では,-l/-cという2種類の異形態が確 認されている。形容詞の語幹によって-cしか使えないもの,-l/-cいずれも使えて両者の間 になんらかの使い分けがあるものが確認されているが,-lしか使えないものは確認されてい ない。ただし,使い分けの条件については必ずしも明らかではなく,今後,詳細に調査する必 要がある。

mejcn/*mejln cejucn「大きい袋」

ketuln/ketucn ujemtewiln「力の強い男」

ujln kmin「病気の子供」/ujcn kmin「より弱い子供」

iwlcn/*iwlln cawat「長い方の投げ縄」

nel’ocn/*nel’oln lajan「高いユルト」

pttocn/*pttoln npqlavol「金持ちの老人」

ppul’ucn/*ppul’uln kamaa「小さい方の皿」

3.6.3. 動詞語幹

LH形は自動詞・他動詞いずれの語幹からも生産的に作られる。名詞句の修飾部になる場合,

自動詞では主語が主要部名詞に,他動詞では目的語が主要部名詞になり能格的にふるまう。

a. 自動詞語幹

acacatln el’a「笑っている女」

jlqln kmin「眠っている子供」

lejvln ojacek「歩いている男」

jetln npqlavol「来ている老人」

inenjulevln el’a「教えている女」

b. 他動詞語幹

tejkln icn「作った毛皮上着」

tmln qojaa「殺されたトナカイ」

(18)

動詞から作られるLH形も,主要部に一致して格・数の変化をする。(51)は,自動詞の主 語として絶対格複数形で現れた例,(52)は他動詞の主語として道具格(能格)で現れた例で ある。

 (51)anko tej--l-u qajkmi-u ko-tva-la--Ø.

あそこに 泣く-挿入-LH-絶複 少年-絶複 不完了-いる-複-不完了-3主

「あそこに泣いている少年たちがいる」

 (52) tej--l-a qajkmi-a cinin jwee-nin-Ø-Ø

泣く-挿入-LH-具(能)少年-具(能) 自分で 開ける-3単目-3単主-完了 tlltl to ejew-nin-Ø-Ø lla-Ø.

扉(絶単) そして 呼ぶ-3単目-3単主-完了 母-絶単

「泣いていた少年は自分で扉を開けて,母親を呼んだ」

動詞語幹から作られるLH形は,さらに,補語や副詞的要素をともなうことにより,過去 あるいは現在時制の関係節を形成する。自動詞主語あるいは他動詞目的語にあたる主要部名詞 のみを制限し,他動詞主語やそれ以外の斜格名詞を制限することはできない。また,絶対格(単・

双・複)以外の格を取ることができず,この点が普通の名詞と異なる点である(呉人 2008:

19-41, Kurebito 2008: 29-42)。

関係節の語順は,(53a)(53b)のように主要部後方型も主要部前方型も可能であるが,制 限節が複数の補語や副詞などをともなう場合には,主要部名詞は制限節の前に位置し,制限節 の節頭には,(54)(55)のように間投詞的なaminが置かれるようになる。このaminは,

話者が聞き手にすでに既知である陳述内容を想起させるというモダリティを標示し,話し手の 発話のテーマとなる事柄・事態の指示範囲を限定する機能をもつ。その機能が,関係節におい て主要部名詞を指示する範囲がどこからであるかを明示するのを可能にしているのではないか と考えられる19)。とりわけ,主要部名詞と制限節の間に現れる副詞や斜格名詞などは,主節に 属するのか制限節に属するのかがあいまいな場合が多いために,その前にaminを置くこと によって,それが制限節に属するものであることが明示される。以下の例では,制限節は[ ] で明示する。

 (53a) [cejmk va-l--n] qajkmi--n.

近くに いる-LH-挿入-絶単 少年-挿入-絶単  (53b) qajkmi--n [cejmk va-l--n]

男の子-挿入-絶単 近く いる-LH-挿入-絶単

「近くにいる少年」

 (54) qajkmi--n, [amin ajve lejv--l--n tnup-p].

少年-挿入-絶単 間投 昨日 歩く-挿入-LH-挿入-絶単 山-沿

「昨日,山を歩いていた少年」

 (55)ajejo jccjc-o, [amin ajve cacamj-a tejk--l-u].

それら(絶)糸-絶複 間投詞 昨日 老婆-具(能)作る-挿入-LH-絶複

「昨日,老婆が作ったそれらの糸」

19)加藤昌彦(2001: 295)がポー ・ カレン語(東部方言)において,任意に現れる関係節を導く助辞 l-を,「構造の明確化」の標識であるとしていることを想起させる。

(19)

3.7. MIS

以上,N形,GE形,KIN形,IN形,LH形を見てきたが,これらの形式にあてはまらな いが,文の述語になる,名詞句の修飾語になるという形容詞としての統語的機能を備えた語が ある。すでに上に語例をあげたが,再度あげると,これまで筆者が観察したかぎりでは以下の 語が認められている。

mitajin「美しい」 qewwajin「醜い」

luqin「黒い」 atke「悪い」

nvq「多い」20)

このうち,最初の4語,mitajin「美しい」,qewwajin「醜い」,luqin「黒い」,atke「悪い」

は,形式的には異なるが,数による変化をする一方,格による変化をしないという点で形態的 なふるまいは共通している。一方,nvq「多い」は,語形変化のない不変化詞である。

まず最初の4語のうち,mitajin「美しい」とqewwajin「醜い」は,-jinという共通の語末 であることから1つのグループにまとめられる。両者はまた,同じ-という語尾を取って副 詞になる点でもふるまいが似ている(meta「よく」,qewwa「悪く」)。いずれも数による語 形変化はするが,絶対格でしか現われない。以下ではmitajin「美しい」の例をあげる。

 (56) mitajin el’a「1人の美しい女」(絶単) mitajinat el’at「2人の美しい女」(絶双) mitajinaw el’aw「3人以上の美しい女」(絶複)  (57) nno mitajin-Ø toj-el’a-Ø.

彼女(絶)美しい-絶単 若い-女-絶単

「彼女は美しい娘だ」

 (58) nan tni-nin-Ø-Ø mitajina-t ic--t.

彼女(能)縫う-3双目-3単主-完了 美しい-絶双 毛皮上着-挿入-絶双

「彼女は2枚の美しい毛皮上着を縫った」

次のluqin「黒い」も同様に,数による語形変化のみおこなう。

 (59) luqin naln「黒い毛皮」(絶単) luqinet nalt「黒い毛皮」(絶双) luqinew nalo「黒い毛皮」(絶複)

基本色彩語彙は通常,N形で表わされるが(nilqin「白い」,njccqen「赤い」,nlelepejaqen

「黄色い」など),このluqin「黒い」は例外である。Zhukova(1972: 146)によれば,これは本来,

トナカイの毛色を表わすための語が他の事物にも拡張使用されるようになったためであるとい う21)。ちなみに,形の類似した色彩語彙にceqen「灰色の」があるが,こちらは専らトナカイ

20)この他,名詞句において修飾語になりうるm「すべての」がある。

m qojanetl-o aqaw-la-j-Ø alvl-et.

すべての 牧夫-絶単 出かける-複-完了-3主 トナカイの群れ-方向

「すべての牧夫はトナカイの群れの方に出かけた」

 ただし,述語になる例を得ることができなかったため,本稿では形容詞としてはあげていない。

ちなみに,mは主要部の名詞の格・数にかかわらず語形変化しない不変化詞である。

21)トナカイの毛色は,大きく体全体の毛色を表わすものと,身体の一部分が白いことを表わすものと に分類される。まず体全体の毛色を表わすものには,ceqen「灰色の」,luqin「黒の」,elcln「灰 白色の」,jcccln「赤毛の」,pl’el’a「黄色の」,elaj「白の」,jaql’n「暗みがかった白色の」

などがあげられる。さらにこれらの色名に「白」を表すil/elを組み合わせて,色調が明るみがかっ ていることを(たとえば,el’ceqen「明るい灰色の」,ilpl’el’a「明るい黄色の」など),ま ↗

(20)

の毛色を表わすのに用いられ,その他の拡張使用は見られない。

次にatke「悪い」も数の変化はするが,格変化はおこなわない。

 (60)atke pon「1つの悪いキノコ」(絶単)

atket ponat「2つの悪いキノコ」(絶双)

atkeo ponaw「3つ以上の悪いキノコ」(絶複)

一方,nvqは述語にも名詞句の修飾語にもなりうるが,他の語と異なり語形変化をしな い不変化詞である。また,絶対格の名詞の修飾部にはなりうるが,斜格名詞にはつきにくい。

 (61) Magadana-k mujkekine-w nvq.

マガダン(地名)-所 私たちの(KIN)-絶複 多い

「マガダンには私たちのところの人が多い」

 (62) anen-Ø tnup--k inet nvq vn-u.

あの-絶単 丘-挿入-所 とても たくさんの ベリー-絶複

「あの丘にはとてもたくさんのベリーがある」

以上のことから,MIS形に含められる語は,大きく,数の変化をするタイプと不変化詞の タイプとに分かれることがわかる。前者は数の変化のみをするという点では動詞型のN形,

GE形に似ている。このうち,luqin「黒い」は語末がN形(n-..-qin/-qen)の後半部と同じ ことから,なんらかの共通性を想起させる。また,mitajin「美しい」,qewwajin「醜い」も 語末に-jinという共通要素をもっているが,これはどのような機能を持っているのだろうか?

現在,これに答えるデータを持ち合わせないが,もしこれらが明らかになれば,筆者が本稿で 提示した形容詞の6分類はさらに一部整理し直される可能性もあるであろう。

3.8. 連続相をなすコリャーク語の形容詞

以上,コリャーク語の6種類の形容詞の形態的,統語的ふるまいについて概観した。これに より,これら6種類の形容詞は動詞的なものから名詞的なものにまたがって分布していること が明らかになった。すなわち,動詞の屈折接辞と同じ接辞から作られるN形,GE形から名 詞と共通する形態統語的なふるまいを示すKIN形,さらにはIN形,そして,名詞とほぼ同 じふるまいを示し,かつ単独で名詞として用いられることも可能なLH形である。これを単 純化して図示すると下図のようになる。なお,MIS形は,その位置づけが未だ明確でないた め図からは外してある。

図 コリャーク語の形容詞の連続的分布

↗ た「黒」を表すluqinを組み合わせて,色調が暗みがかっていることを(たとえば,l’oqel’aj「暗 みがかった白」,uceqen「暗みがかった灰色」[uはluqinの縮約形])表わす。

(21)

4. ロシア語学における形容詞

以上,見てきたコリャーク語の形容詞が示すふるまいは,この言語に独特なものであろうか?

それとも,通言語的に比較対照しうるものなのであろうか?コリャーク語の形容詞をさらに類 型論的に位置づけるためには,ここでまず,コリャーク語文法が依拠してきたロシア語学にお ける形容詞の分類について理解しておくことが肝要である。佐藤(2007: 79-97)では,ロシ ア語の形容詞の形態的・意味的特徴が簡潔にまとめられているので,以下では,これにもとづ き概観する。

ロシア語では,形容詞は「物の非過程的な特徴をさししめし,その意味を性 ・ 数・格の語形 変化的な形態論的なカテゴリーのなかに表現する品詞」(Shvedova 1980)として定義づけられ ている。その呼称imja prilagatel’noeが示すように,形容詞は名詞imja sushshestevitel’noe とともに,imjaという品詞を形成する。imjaは,一般に姓や父称に対する「名前」を意味す るが,ロシア語学では,名詞,形容詞,数詞などの名詞類の総称である。これは,形容詞が名 詞同様に,性・数・格の形態論的カテゴリーを備えていることによる。形容詞はさらに,「質 形容詞(kachestvennoe prilagatel’noe)」と「関係形容詞(otnositel’noe prilagatel’noe)」に 分類される。前者は,物の特性を直接指し示し,後者は,物との関係,あるいは他の特徴との 関係を媒介にして,特徴を名づけ,具体的には,材料,所属,特色などの意味を表わす。したがっ て,事物の所有者を示すいわゆる物主形容詞も関係形容詞に含まれることになる(dedushkin valenok「おじいさんのフェルト長靴」,Mashin uchebnik「マーシャの教科書」など)。

この2分類は,このような意味的分類のみならず,形態的ふるまいの違いにも対応している。

すなわち,質形容詞は,①強度による特徴づけと比較の名詞の程度のカテゴリーをもつ,②長 語尾形と短語尾形が分化している,③副詞を派生する能力がある,④他の質形容詞,抽象名詞 を派生する能力がある。たとえば,長語尾形のxoroshij「よい」に対し,比較級luchshe「よ りよい」,短語尾形xorosh,副詞xorosho,派生の質形容詞xoroshen’kij「よい(指小)」など。

これに対して,関係形容詞は,①短語尾形がない,②副詞を作れない,③強度で特徴付けられ ない,すなわち,比較級がない,④他の品詞から転成される,⑤下位類が豊富である。たとえ ば,名詞から派生したzheleznyj「鉄の」,動詞から派生したtantseval’nyj「ダンスの」,副詞 から派生したvechernyj「夕方の」など。

質形容詞と関係形容詞は,また,以上のように意味的,形態的に区別されるとはいえ,これ は程度の問題であり,関係形容詞が派生的な意味を帯びることにより質形容詞の特徴を獲得し たりするなど(たとえば,zolotoj xarakter「すばらしい(←金の)性格」,sobachij xolod「ひ どい(←犬の)寒さ」など),両者の間の境界は必ずしも明確ではないことも指摘されている。

このように,意味論的・形態論的違いはあるものの,質形容詞も関係形容詞もすべて性・数・

格のカテゴリーを有し,名詞的にふるまう。この形態統語的ふるまいの共通性こそが,これら すべてを包括して形容詞として見做すというロシア語学の立場を支えている。

一方,コリャーク語を,このようなロシア語学の分類に準じて,「質形容詞」と「関係形容詞」

に分類する伝統的なやり方は,両者の意味的な違いは反映しているものの,動詞タイプから名 詞タイプまで連続的に分布しているその形態統語論的特徴を看過してしまっている。コリャー ク語の形容詞を通言語的に類型論的視点から捉えなおすのにはこれでは不十分であることは,

言うまでもない。

(22)

5. コリャーク語形容詞の類型論的位置づけ

5.1. 分裂形容詞型と連続相

以上の考察から,コリャーク語の形容詞が,松本(2007: 96-108)の指摘するような「用言 型」という単一のタイプには収まらないことが明らかになった。コリャーク語は,形容詞が 動詞から名詞へと分布しているという意味では,むしろ「分裂形容詞型言語(split-adjective language)」(Wetzer 1996: 271)ともとらえられる。

Wetzer(1996: 271)によれば,分裂形容詞型には,Amharic,Ewe,Nkore-Kiga,Babungo,

Gola,Shona,Bongo,Vai,Chatino,Kassena,West Greenlandicなどとともに,卑近な 例では日本語が含まれる。日本語(標準語)には第1形容詞(「大きい,小さい,深い」など のイ形をもつもの)と,第2形容詞(「静かな,きれいな,有名な」などのいわゆる「形容動詞」) という2種類の形容詞がある。前者はコピュラを伴わずに単独で述語となり,活用変化するこ とから,動詞とともに「用言」とみなされている。一方,後者は形容詞の一種として「ナ形容 詞」などとも呼ばれているが,実際には,名詞との境界が不明瞭であり,これを独立の品詞と 認めるか否かには長い論争の歴史があることは周知のとおりである(これまでの議論を簡潔に まとめたものとして,加藤重広[2003: 85-88]を参照されたい)。

日本語の方言における形容詞の詳細な研究は,さらに,「第1形容詞,第2形容詞,名詞は〈連 続的〉であって,方言ごとに多様なバリエーションがある。特に第2形容詞は,未発達であっ たり,第1形容詞寄りに振る舞ったり,名詞寄りに振る舞ったりする。品詞分類においては,

連続性を前提としてのプロトタイプ化が重要になってくるだろう」という知見をもたらしてい る(工藤 2007: 46)。

このように,形容詞が名詞と動詞の間で揺れているという事実は,コリャーク語にかぎらず,

日本語にも見られる,いわば通言語的コンテキストの中で検討する余地のある問題なのである。

おそらく,その背景には,Givón(2001: 50-54)が指摘するように,時間的限定性を軸に名詞・

形容詞・動詞は連続相をなしているということ,そのために,この連続相の中から形容詞を取 り出して一般化するのがむずかしいということが考えられる。分裂形容詞型言語の相互比較に より,連続相の中に位置する形容詞の性格の一般化も可能になるのではないかと期待される。

5.2. 形容詞か抱合か

ところで,コリャーク語における形容詞は,実は,コリャーク語の重要な類型論的性格とし てこれまで認められてきた「抱合性」(Zhukova 1965: 156)の問題を無視して論じることは できない。抱合とは複数の語幹を生産的に合成する形態的手法である。なかでも様々な意味・

機能を表わす名詞を動詞に抱合させる「名詞抱合(noun incorporation)」がよく知られてい るが(Kurebito 2001: 29-58),これにとどまらず,コリャーク語では修飾語の主要部名詞へ の抱合もきわめて生産的におこなわれている。すなわち,コリャーク語では,名詞句の修飾機 能にかぎっていうならば,本稿で考察してきたような自立的な形容詞に頼るまでもなく,抱合 によっても果たされるのである。以下,形容詞のN形,GE形,KIN形,IN形,MIS形の 例(a)とこれに対応する抱合の例(b)をあげる。ただし,LH形はそれ自体抱合が可能な形 式であるため,ここではあげない。

表 1.  N 形の人称・数による語形変化表
表 2. GE 形の人称・数による語形変化表
表 3. KIN 形の人称・数による語形変化表
表 5.  名詞句階層による IN 形・KIN 形の分布

参照

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