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シンポジウム 15年後の「こだいら」の未来を考える

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シンポジウム

15年後の「こだいら」の未来を考える

報告書

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はじめに 小平市は、21 世紀に入った現在、新しく平成 18 年度(2006 年度)から 15 年間 にわたるまちづくりを開始する。 平成 18 年度より第三次の新しいまちづくりの構想として、「こだいら21世紀構想」 がスタートすることになるが、昨今、日本経済や地方自治制度は大きな岐路をむかえ、 また小平市の財政環境も比較にならないほど厳しくなっており、また今後の分権型社会 の進展は、今まで以上に「自己決定」「自己責任」が求められることになる。 また、この新しい「こだいら21世紀構想」では、新たな将来都市像を、「躍動をか たちに 進化するまち こだいら」とし、さらに、この将来都市像、すなわち「進化す るまち」を実現するためには、私たち市民一人ひとりの持つ地域における「地域力」、 こだいらの地域や経済や社会システムとして「民活力」、そして市全体を調整しまとめ る「行政力」の3つの力が必要であるとしている。 今回は、この新しい「21 世紀構想」がスタートするにあたり、いわば近未来の「こ だいら」を考えることとして、「15 年後の『こだいら』の未来を考える」という基本 テーマを設定し、シンポジウムの開催を企画した。 シンポジウムは、平成 18 年(2006 年)3 月 18 日(土)に、ルネこだいら中ホ ールで開催されたが、第 1 部は、地域社会における様々な課題を考えるテレビ番組の 等で活躍されている NHK アナウンサー・キャスターの堀尾正明氏をお招きして基調講 演をお願いした。 第 2 部はパネル・ディスカッションとして、堀尾正明氏を引き続きゲスト・パネラ ーにお願いするとともに、庄司徳治氏(小平市玉川上水を守る会世話人)、堀内通成氏 (元「ワークショップ『小平市まちづくり会議』代表」、矢野久子氏(小平手をつなぐ 親の会会長)の3名をパネラーにお願いした。 今回のシンポジウムのコーディネーターは小平市長が担当し、合計 5 名のメンバー で 15 年後のわが小平市の将来について大いに論じてもらったところであるが、この報 告書は、そのシンポジウムの記録である。 この報告書が、今後、近未来における「こだいら」のまちづくりのヒントとして、あ らゆる方面に対して役に立つことが出来れば幸いである。 平成18年(2006年)3月末日

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目 次 1 基調講演 ……… 5 まちの活力・魅力を考える ― 今「ご近所の底力」のパワーがまちを変える? ― 2 パネル・ディスカッション ……… 13 15 年後の「こだいら」の未来を考える ― みんなのパワーで まちを進化させるには ― ≪資料編≫ 資料―1 シンポジウムの記録 資料―2 プログラム 資料―3 ポスター・チラシ 資料―4 アンケート集計結果

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司会:みなさん、こんばんは。 本日は、お忙しいところ、多数、本日のシンポジウムにお出でくだいまして、ありがとうございま す。 今夜のシンポジウムの司会をつとめます、小平市都市経営部の昼間と申します。 よろしくお願いいたします。 さて、今夜のシンポジウムの趣旨等は、お話ししますと長くなります。特に、行政の説明は長いの で有名であります。 よって、詳細はお手元の「プログラム」をご覧いただくと同時に、時間が進んでいくなかで、テー マ等が徐々に明らかになっていきますので、ここは、思い切って割愛させていただきたいと思いま す。 今夜は、2部構成となっておりまして、第1部は、NHK アナウンサーであり、またキャスターでもあ ります堀尾 正明様によります「基調講演」、その後、10 分間の休憩をはさみまして、第2部といたし まして、堀尾さんを含めた5名による「パネル・ディスカッション」を予定しております。 なお、全体を通じて、自由で、リラックスした雰囲気で行いたいと思いますので、休憩時間に限ら ず、お席を離れても一向に構いませんので、よろしくお願いいたします。 さて、本日基調講演をお願いしました堀尾正明さんにつきましては、人となりは「プログラム」に詳 細がございますが、先日のトリノからのオリンピックの報告はもとより、近年では、NHK の番組、特に 「難問解決! ご近所の底力」では大ブレイクされまして、地域の活力の秘策を期待しているところ でございます。 何はともあれ、まずは、堀尾さん、よろしくお願いします。

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1 基調講演

まちの活力・魅力を考える ― 今「ご近所の底力」のパワーがまちを変える? ― 講師: 堀尾 正明氏(NHKアナウンサー・キャスター)

基調講演

はじめまして、NHK のアナウンサーの堀尾でございます。 NHK のアナウンサーなのでさぞかし話がうまいと思われ ておりますが、カメラがないとうまく話せない悲しい習性があ りますので、流れるようには話せないと思います。私が担当 している番組を通じて、また、いろいろ取材を通して、地域 の力になればと思い、馳せ参じました。 「ご近所の底力」という番組を担当して3年になります。土 曜日、日曜日の「サタデースポーツ」、「サンデースポーツ」 を担当して4年になります。実は、「サタデースポーツ」というのが今年の1月からなくなったので、今 日ここに伺うことができたのです。その前は、「ニュース 10」という番組を2年。さらに、5 年間、「スタ ジオパークから、こんにちは」という番組の司会をしていた時代もありました。 先日まで、トリノオリンピックに行ってまいりました。日本時間の毎朝、「ボンジョルノ」という声ととも に日本に元気を届けようとしておりましたが、なかなかメダルに手が届かない。その「ボンジョルノ」 が、あまりにもうるさいと、お叱りを受けてしまいました。荒川さんがメダルを取れなかったら、私は今 日ここに立っていなかったかもしれません。2年前のアテネオリンピックの時には、史上最多の 37 個 のメダルということでした。あの時はギリシャ語を使って、それが結構受けていたので、今回もその 調子でやっていたのですが、選手たちの活躍とメディアの伝え方というのは、比例します。今回痛 感しました。一生懸命「ボンジョルノ」と言っても、「成績が伴わないのに、何をそんなにはしゃいで いるんだ」とお叱りを受けてしまいました。 いろいろなテーマで、いろいろなところでお話をさせていただいているのですが、今日は「ご近所 の底力」という地域活性化の話に的を絞って、お話ししていきたいと思います。 まず、今日お越しいただいた、みなさんの年齢構成を知りたい。年齢構成を聞きますので、拍手 でお答え下さい。 では 20 歳までの方。おひとり。

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21 歳から 30 歳までの方。おひとり。 31 歳から 40 歳までの方。3人くらいですかね。 41 歳から 50 歳までの方。この中では若手です。 51 歳から 60 歳までの方。みなさんすごくお若くみえますよ。 61 歳から 70 歳までの方。だいたい中心層といえそうです。 71 歳から 80 歳までの方。私の大先輩にあたりますよね。 81 歳から 90 歳までの方。いらっしゃらない。 では、男性、女性でいきたいと思います。 男性の方。 女性の方。 やや男性が多いということで、ありがとうございます。 珍しいですね。私の講演では、主婦の方を中心に、女性の方が多いのですが、今日は男性の 方が多くて、また、60 歳以上の方が多いということで、大変光栄です。 「ご近所の底力」というのは、3年前の4月にスタートしました。自分が担当していながら、この放送 の影響力に非常に驚いています。各住民の方々はもとより、行政、自治体のみなさんの反応が大 きい。 例えば大阪府では、「ご近所の底力事業」というプロジェクトが立ち上がって、1,000 万円の予算を 計上したり、茨城では、「ご近所の底力向上実験」というグループが行政の中にできたり、いろいろ なところで、「ご近所の底力」という言葉をつけた行政のグループができています。そして、住民の 力を引き出して、地域を活性化させようという動きがこの3年間で増えてきているのですね。いろい ろなところで、無断で、「ご近所の底力」という言葉は使われています。そのぐらい、いろんなところ で使っていただいているのです。 この番組をご覧になっている方は多いと思うのですが、よく聞くと半年に1回ほどしか見ていないと いわれる方がいらっしゃるんですね。どれくらい見ているか聞かせて下さい。 ほぼ毎週ご覧になっている方。 1月に1遍くらい見られる方。 1回か2回見たことがあるけど、ほとんど見たことがない方。 全然知らなかったという方。 この番組を説明しますと、NHK の渋谷のスタジオに、30 人くらいの「お困りご近所」と称する、「あ ることに困った地域」の方にお集まりいただいて、同じような悩みを解決していくために妙案などを もとに動き出している全国の「まち」を3つ探し出してきて、芸能人等がリポートをします。場合によっ て、妙案のご近所の方にスタジオに来ていただいて、自分たちの解決策をプレゼンテーションして いただく、そして、解決に向けて、画策していただくという番組です。 これまで、130 ぐらいの「お困りご近所」にお集まりいただきました。地域で解決しなくてはならない ことが、本当にたくさんあるということに私自身も驚いています。 ちなみに、どんなお困りごとでお集まりいただいたかというのを、ご紹介させていただきたい。 防犯、犯罪の問題がいま非常に増えてきています。空き巣、ひったくり、子どもの犯罪、放火、車 上狙い、オレオレ詐欺、架空請求、悪質商法、電車の中の痴漢、街の痴漢、万引き、自転車泥棒、

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マンションの防犯、集合住宅の空き巣・強盗等です。 それから、ごみ問題・・・ごみのマナー・分別問題、カラスの問題、若者のごみのポイ捨ての問題が ありました。 そして、交通問題・・・抜け道の暴走、放置自転車、暴走する自転車、迷惑駐車、交通事故そのも の。 動物問題・・・犬の糞、猫のおしっこ、猫のしつけ、鳩の糞害、鼠の害、マンションのペットの賛否、 猿のいたずら、スズメバチの被害、鹿の被害、熊の被害、 また、竹が家を襲うといったものまであります。竹は非常に繁殖力が強くて、家を根本から覆すと いう。藤沢で、そんなに過疎地ではないのですけど、そういうものもありました。 それから、テーマ別で一番多いのが高齢化問題です。定年後の生き甲斐、スーパーの撤退、商 店街の空洞化、転倒防止、高齢者ドライバー問題、お年寄りの閉じこもり、離れて暮らす親の世話 をどうするか、終の住処をどうするか、老後の健康、お葬式、男の介護、痴呆の予防、認知症の早 期発見。年をとっても働きたい、それを地域でどうするか、かかりつけの医者が足りない、というよう なことをやりました。 それから、防災ですね。大地震、猛暑、水害、大津波、大雪、マンションの地震対策、最近いろい ろ話題になっているマンションの耐震性、バス路線、電車が廃止されたという問題。 若者問題・・・若者のたむろ、若者が少なくて祭りができない、保育園が足りない、ニート対策、農 家の嫁探しという問題もありました。 騒音問題・・・特に、マンションの騒音問題を取り上げています。 景観問題・・・落書き、捨て看板、ピンクチラシ、マンション建設の反対、空き家、空き校舎。 外国人とのトラブル、主婦のこづかい稼ぎ、週末に農業をして生き甲斐を探していくということも やりました。 食の問題でいうと、食の安全、子どもの食育、内臓肥満、糖尿病、脳卒中、歯の健康。 環境でいいますと、めだかがいなくなった、桜並木を守れ、温泉街の復活。 だいたい、これが今までのテーマです。 この番組の特徴は、そうしたテーマで集まってきて、妙案をご紹介しますよね。その紹介した後に、 3 カ月後、半年後、1年後と、またこの番組に来ていただいて、そのお困りの対策をどうとっているの か、我々もチェックさせていただくというのが、一つの大きな特徴なのです。ですから、解決するま で、NHK のカメラ・取材が、「お困りご近所」をしつこく追いかけさせていただく。 今までに完全に解決した、「お困りご近所」は 10 です。鳩の糞害、杉並区の子どもを犯罪から守 る、同じく杉並区の空き巣被害はほぼゼロになったという報告をいただきました。 3年前の4月の第一回目に登場していただいた、杉並区馬橋地区という空き巣被害に悩むまち。 ここは、平成14年まで毎年、届け出だけで 100 件前後の空き巣被害があったんです。馬橋地区と いうのは、JRでいうと阿佐ヶ谷周辺で、古い住宅と新しい集合住宅が入り組んでいる、典型的な東 京のまち。とにかく空き巣に狙われる。 不思議なのは、空き巣に複数回入られている。現金だけではなく、例えば、マフラーとか、ひげそ りしか持っていかなったということも含めて、空き巣がそのまちを狙っているという雰囲気があるとこ ろなんです。そこでは、月に1回はパトロールしているんですが、住民全体では、防犯対策を徹底

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的には講じていませんでした。 結論からいえば、1年後にゼロになりました。翌年もゼロ。去年は1件ありました。先日は、石原都 知事から特別表彰を受けました。 番組に出てくださったというモチベーションもあるんですが、彼らが特別に何をしたというわけでは ないんです。 この時に我々が見つけてきた全国の妙案というのが、3つありました。一つは、兵庫県神戸市の団 地で、徹底的に挨拶運動。挨拶を交わすことによって犯罪を減らしたという妙案。そして、愛知県春 日井市。ここは行政も非常に防犯意識が高いのですが、防犯教室で元空き巣の人を講師に招い て、空き巣対策をしているという妙案。三つめは、明大前あたりの杉並区で徹底的に昼間パトロー ルをするという活動。派手な服を着て、熊よけの鈴、工事用の街路灯を持って、それを1日に2回か 3回、パトロールしてまわるという、3つの妙案を紹介しました。 杉並区の馬橋地区のみなさんは、それを3つブレンドして、パトロール隊をつくり、元空き巣の人 にも来てもらって、いろいろな対策を講じました。恒常的にやっていたのは、毎日パトロールする、 チラシを配って、「うちのまちは空き巣に非常に厳しくなりましたよ」ということをアピールしました。そ ういうことをしただけで、1年で全く空き巣が寄りつかないまちに変わったんですよね。 半年後、1年後に報告を受けて、難問解決をしたご近所としてテレビで放送したのですが、この番 組に出ていただいた前と後では、ご近所のつながり方が全然違うんですね。それをきっかけに、お 祭りなどのいろいろなイベントもするようになりましたし、何よりも、若い世代と年配の世代の交流、 古い住民と新しい住民の顔がわかるようになるというように、劇的に変わったんです。こんなに住民 の力を一つにすると、妙案の3つの例を自分たちに合わせるようなアレンジをするだけで、劇的に 犯罪が減らせるんだなということを痛感しました。そういう例がたくさんあるんですね。 驚くことに、杉並区馬橋地区の「お困りご近所」で出ていた 30 人のうち4、5人は、いま、空き巣対 策の講演にまわっています。それぐらい防犯意識も高まり、空き巣に対する研究もして、対策を重 ねていったということなんです。 聞いてみると、目から鱗が落ちることって結構あるんですよね。我々が先入観として持っているこ とがある。私も元空き巣の方に話を聞いたんですが、その人は、空き巣の中でもベテランで 10 年間 刑務所に入っていた人で、出てきてから社会に尽くさなければということで、空き巣対策に専念しよ うと、講演してまわっている方なんです。 例えば、空き巣が嫌いなのは、吠えない犬なんですって。普通、犬は吠えるから、防犯のために 飼っているんですよね。吠える犬は餌を持って行くと、90%以上は鳴きやむんですね。犬の種類に よって、餌も替えます。空き巣はプロですから、わかっているんです。鳴かない犬というのは、いつ 吠えられるか、飛びつかれるか、と経験上知ってますから、吠えない犬には空き巣は絶対近づきま せん。ですから、みなさんは静かな犬を飼って下さい。猛犬注意という張り紙は何の役にもたちま せんと言ってました。 また、エアコンの室外機の上に何も置いていないと、空き巣というのは時間をかけずに2階に上が りたいので、そこから上がってしまうんです。そこに、植木鉢なり、ダンボールなんかを置いているだ けで、それを下ろすのは時間もかかるし、目立つのでやらない。そういうことを、ひとつひとつ教えて くれるんですよ。地域力というのは、その積み重ねですね。

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私の講演の時間もあと 15 分になってきたので、かいつまんで、地域の力を高めるためにはどうし たらいいかというのを、箇条書き的にお話しします。 まず、自分のまちの弱点を知るということですね。私が生まれた昭和 30 年代というのは、地域の力 がありました。地域が子どもを育てていました。私も群馬のある長屋に住んでいて、鍵なんかも掛か っていませんでした。母がパートに出ていたので、帰るとなぜかいつも隣のおばちゃんが台所に立 っていたのを思い出します。駄菓子を買って帰ると、台所に立っているおばちゃんが、こんなわけ わからないものを、お腹が痛くなるから返してらっしゃいと。なぜ血のつながらない人に怒られなき ゃいけないんだろうと思いながら、泣く泣く帰ったのを覚えています。どうしてこの人が家にいるんだ ろう、と思っていました。上に住んでいた、20 歳ぐらいのお姉さんには、自分の弁当を作ってもらっ た記憶もありますし、近くに住んでいたお兄さんとキャッチボールをした覚えもあります。私は確実 に、地域に育てられてきたんですね。私以上の年齢の人は、そういう経験が多いんじゃないかと思 います。 空き巣対策というのは、考えてみれば、昔は必要なかったじゃないですか。地域のおまわりさんが いて、自転車に乗って地域を巡回していたり、それに対する我々の接し方というのもありましたし、 まち全体が我々の生活を見守っていたという記憶が強い。 ただ、そこにはしがらみができてくる。プライバシーがありませんでした。玄関は開けっ広げだし、 自分の部屋も狭いし、隣の家には入れるし、他の人たちから監視されているような気もしました。 ですから、日本人は、昭和 40 年、50 年と、自分たちの空間をつくるために、高度成長期をつくり、 しゃにむに働いて、自分たちの空間をつくってきました。実際に、形は違えど、マイホームを手に入 れましたよね。 結果、何が起こったかというと、地域でしか解決できないような問題に極端に弱くなってしまった。 しがらみはなくなったけど、つながりがまったくなくなったというのが、21 世紀の日本の姿だと思って います。 しかも、外国人犯罪が増えている。子どもたちへの犯罪も増えている。犯罪といっても、昔と違っ て非常に多様化しています。インターネットとか、メディアの発達によって、地域を通り越して、個と 個がつながるようになってしまった。ここら辺が空洞化してしまっていますよね。情報はいろいろ入 るんだけれども、フェース・ツー・フェースのつながりがなくなってしまった。それによって、いろいろ と問題が山積してきてしまったんです。 それを行政に、警察に頼ろうとしてきたんですが、犯罪がこれだけ多様化してきて、件数も増えて きて、そして、住民の要望も、種々雑多になってきている。行政側も、予算も人数も限りがあって、そ れに対応しきれなくなっているんです。だから今、こういう形で講演に招いていただいているのも、 行政も自分たちの手に負えなくなってきているというのが、正直なところだと思います。 住民自身で提案して、住民自身で施策や、やりたいことを実現してほしいと、それに対して、行政 は、手を貸したり、お金を出したりということをします。あくまでも、住民中心に動いてほしいというの が、21 世紀の姿ではないかと思います。 ただ、行政というのは、税金をあまねく公平に使わなくてはならないのですが、声が大きいところ、 あるいは活動が活発に見えるところ、あるいは一生懸命やっているところなどに、目が向く。行政の 提案もベクトルが向かうわけですよね。

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住民自身が動いてますよ、やってますよということを見せることがすごく重要なんです。もちろん、 中身の伴ったパフォーマンスですけれども。それを、ぜひみなさんにもしていただきたいと思いま す。 番組をやっている立場から、一つひとつ具体的なテーマをやっていく上で、ヒントを申し上げます。 ひとつは、自分のまちの弱点を知るということということです。自分たちのまちにはどんな欠点があり、 弱点があり、ほかのまちと比べて足りないことがあるかということを、見抜くことだと思います。 それから、妙案の先例というのは、必ずどこかでやっています。困ったなということがあったら、 NHK のアーカイブスを含めて、番組やインターネットを見ていただければ、お困りごとに対して動き 出している自治体、住民がいるんです。日本の中だけでなく、世界に目を向けてみると、必ずある はずなんです。そういう、妙案の先例をしゃにむに探してほしいということなんです。 そして、なにより住人のグループをつくるということですね。住民たちで立ち上げる。行政には頼ら ず、自分たちが中心となって、グループをつくる。つくる上で大切なことは、既存の自治会とか、グ ループに、お困りごとを合わせるのではなく、その一つのテーマ、お困りごとに合わせたグループを つくっていくということ。そのグループには、固まったメンバーだけではなく、広く人を募り、世代も若 い人からご年配まで、情報を常に外に流していくことが大切だと思います。 そして、グループ活動・住民活動をしていくと、行政や自治体に頼らなければならないことが出て くる。その時、必ず壁があるんです。決まりは決まりですからとか、前例がありませんからという形で、 行政に遮断されることが結構多いんです。そこで、挫折する住民運動というのはたくさんあります。 そこを、どう乗り越えられるかが、グループ活動が果実をもぎ取れるかどうかという分岐点になるん ですね。その壁の中の一つに、条例とか法律というのもあるんです。 法律を乗り越えた一つの例を挙げます。ピンクチラシを含めた、不法看板がありますよね。公道に、 不動産や風俗、ピンクチラシが氾濫しています。我々住民は勝手に撤去できない。それは、公道の 駐車違反を勝手にレッカー移動できないのと同じような理屈で、広告主の財産権を守るために、 我々は勝手にできないんです。明らかに放置されて、持ち主なんかも無視しているだろうと思われ るものでも、我々は勝手に撤去できない。撤去すると財産権の侵害で、訴えられるんですね。 じゃあ、どうしたらいいかというと、行政に連絡をして、行政は広告主に連絡して、ある一定期間取 りに来なかったら、行政が代執行という形で取り除くんです。でも、そういうのはまちにたくさんありま す。しかも、いちいち住民から撤去してくださいと言われても、行政にも人数に限りがありますから、 できない。そこで、住民が代わりに、腕章をつけて、私は行政の代行ですよという仕組みをつくって、 住民が撤去できるようにした自治体もできました。 宮城県では、ピンクチラシに限っては、住民誰でもはがしていいという条例をつくってしまいました。 ピンクチラシは広告主が貼って、手を離した時点で財産権を手放しているんじゃないかということで、 弁護士グループといろいろと研究して、そういう解釈でいいだろうということで、ピンクチラシは誰で もはがしていいようにした。そういう条例にしたんですね。それも、実は 10 年ぐらい前に、仙台市駅 前の商店街で、3人から始まった住民運動から、条例がつくられた。そこまで世の中の仕組みを変 えてしまったんです。そういうふうな形にして、世直しをしていくというか、壁を越えていくグループが たくさんあることには、驚かされます。 もう一つ例を挙げると、バスとか鉄道なんか住民が手出しできるものではないと考えている方が多

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いと思います。いま、道路運送法や鉄道事業法などの改正によって、いわゆる規制緩和なのです が、いままで免許制だったものが、許可制になって、どんどん企業が参入しやすくなった。逆にしや すくなったということは、採算があわないと廃止しやすくもなった。その改正によって、過疎地ではバ ス路線や鉄道が廃止になってきています。特に、高齢化がすすんでいるまちなどでは、足がなくて、 買い物や病院に行けないというお年寄りがたくさん出てきているんですね。 それを何とかしようということで、四日市では、住民がバスを運営してるんですね。廃止したバス会 社のバスを1台借り受けて、運転手を雇い、月に 80 万円かかりますが、日に5本運行しているんで す。その80万円は、20 万円は市から、20 万円は商店街から、あとの 40 万円は、病院とか公的機関 から細かく集めて、それで運行している。そういうことが可能になったんです。バスを住民が運行し ているということなんですね。 また、福島県の小高町などでは、タクシー会社と商工会が一緒になって、バス路線や鉄道が廃止 になった地域に、乗合いタクシーを巡回させています。ひとり 100 円で、予約制なんですけど、高齢 者などを戸口から戸口まで乗せている。前の日に予約して、商店街まで連れて行き、4、5時間後、 「またここに来てください」と言って、乗合いタクシーに乗せて帰して行く。そういうシステムを住民グ ループがつくってしまったんです。 普通、そんなことできないでしょう、と思いますよね。特にこういうインフラ関係は。でも、ご近所が やったという例もあるので、高い壁とか、方向転換しなければならないと思う前に、必ず、そういうお 困りごとには先例があるので、それをしゃにむに探していただければと思います。 住民運動が挫折したり、方向転換しなければならない、必ずそういうタイミングがある。そこで、ど う踏ん張れるか、どう頭を切り替えられるか。自分たちのまちでは、防犯のためにパトロールの人が 集まらないというのであれば、街灯をたくさんつけて、明るいまちにするとか。そういう街灯の資金は、 自治体によって、防犯対策・防災対策などにはお金を払うシステムになっているところもありますか ら、そういうことを利用する。知恵と工夫をもって、ぜひやっていただければと思います。 今日は、シンポジウムでは質疑応答はないとのことですので、私の持ち時間が3分ぐらいあります。 せっかくですから、番組についてでも結構ですし、地域の活性化についてでも結構です。何か質 問などありましたら、お受けしたいと思いますがいかがでしょうか。 Q:妙案の見つけ方について、どういうことをしているんですか。 A:今は妙案を募集して、先方からの提案していただくことも増えてきましたが、当初はアンケート用 紙を各自治体に配布して、困りごとはなんですか、それに対する妙案があったら教えてください、と いうことで、数万のアンケートを採って、それをもとにしてやっていました。あとは、インターネットの 力が大きいですね。それから電話での取材もあります。そこから、「ごみ問題についてだったら、私 たちはこんなことをやっています」という、情報が流れてきます。ありとあらゆるツールを使って、情報 を集めているのが現状です。NHK は全国に 54 局ありますので、NHK 独自の取材網も利用してい ます。 Q:出版物みたいなものは出ていないのですか。

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A:ご近所の底力の本は1年目に1冊出ています。それは、ぜひ買っていただければ。それまでの 問題、ごみ問題、カラスの問題などは出ているので、見ていただければと思います。こんなことでこ んな困りごとに向けて動き出そうとしているんですが、何かヒントはないでしょうかと、私ども、あるい は NHK に問い合わせていただければ、NHK ではそれに対して、丁寧にお答えするつもりでござい ます。 また、「ご近所の底力」というのは、NHK のホームページにございます。今までのテーマや妙案の あらすじが書いてあります。それをヒントにしていただければと思います。具体的なことを知りたいと いう方は、NHK あるいは私まで問い合わせていただければ。また、私がいないときには、プロジェク トにつなげろと言っていただければ、丁寧にお答えさせていただきます。 Q:ご近所の底力をいつも熱心に見ています。それで、いつも洋服がとても似合っていらっしゃいま すが、ご自分で選んでいらっしゃるんでしょうか。ファッションコーディネーターがついていらっしゃ るんでしょうか。 A:ファッションコーディネーターがおります。 今日はネクタイで来ようと思ったんですよ。ただ、小平の方がラフな格好で来てくださいということで。 私はネクタイが一番似合うと思っているんですが、わざわざ外してきたんですが、どうでしょうか。こ れは自前です。いつもはコーディネーターがついています。お化粧もして出ています。眉も書いて います。余談ですが、テレビでは少し太って映るんですね。ですから、シャドーをつけて細く見せた り、いろいろな工夫があります。 今日はみなさん、私の話の内容を聞いてくださったでしょ。でも、テレビという媒体は、一生懸命こ ういう話をしている時に、「この人のネクタイ、趣味悪いなぁ」って思われた瞬間に、内容が飛んでし まう。だから、我々はテレビに出る上で、髪型とか、顔とか、ファッションも含めて、マイナスの情報が 出ないようにすごく心がけている。例えば、私がペ・ヨンジュンみたいな顔だったら、顔が気になって、 私の伝えている内容がだめになる。かといって、ものすごい変な顔だったら、またそれはそれで変 でしょ。内容が伝わるためには、どうしたらいいかと、いろいろ考えながらやっています。 私は1本額に皺があるんですが、「皺が気になって仕方ない」という電話をこの 10 年間で5本受け ました。「その皺を直してくれないと私は受信料を払いたくない」とまで言われました。2人の方には、 整形外科を紹介されました。それくらい、ビジュアルのところは気を使いながら出ています。 そろそろ巻きが入っていますので、このあとはシンポジウムの中で話させていただきたいと思いま す。ご清聴ありがとうございました。 〔休憩10 分〕

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2 パネル・ディスカッション

15 年後の「こだいら」の未来を考える ― みんなのパワーで まちを進化させるには ― ゲスト・パネラー 堀尾 正明氏(NHKアナウンサー・キャスター) パネラー 庄司 徳治氏(小平市玉川上水を守る会世話人) パネラー 堀内 通成氏((元「ワークショップ 『小平市まちづくり会議』代表」) パネラー 矢野 久子氏(小平手をつなぐ親の会会長) コーディネーター 小林 正則(小平市長)

パネル・ディスカッション

司会:それでは、ただ今より、後半の第2部として、「パネル・ディスカッション」を始 めたいと思います。 本日は、第1部で「基調講演」をお願いしました堀尾正明さんにも、参加いただきまして、各パネ ラー4名、コーディネーター1名の、合計5名でございます。 各パネラーのご紹介をしたいと思いますが、まず、みなさんより、向って左側より、パネラーの 方々を紹介させていただきます。 最初は、第1部の基調講演に引き続きパネラーをお願いいたしました、堀尾正明さんでございま す。今回のゲスト・パネラーとしてお願いいたしました。多彩なご経歴につきましては、プログラムを ご参照頂きたいと思います。 次は、庄司徳治さんでございます。「玉川上水を守る会」の世話人のお一人として、長年にわた り玉川上水の保全をはじめといたしまして、ご活躍をされております。 次は、堀内通成さんでございます。堀内さんは、建築関係のお勤めのかたわら、平成16年度に は、9カ月にわたり開催されました「ワークショップ小平市まちづくり会議」の元リーダーでございま す。 次は、矢野久子さんでございます。矢野さんは、「小平の手をつなぐ親の会」の会長さんとして、 障がいがある方々のよき相談相手、リーダーとして活躍されています。 最後は、最も左側におります、コーディネーターでございます。今回のシンポジウムでは、小平 市長の小林正則が務めさせていただきます。 それでは、小林市長にバトンタッチをさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

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コーディネーター(市長):みなさま、こんばんは。 コーディネーター役を務めさせていただきます、小林正則です。 今回のテーマは、「15 年後のこだいらの未来を考える」、サブタイトルとして「みんなのパワーでま ちを進化させるには」ということで、近未来である 15 年後までの間に、みんなのパワーでいかにまち を進化させていくのかというテーマでやっていきます。堀尾さんの話が非常におもしろかったもので したから、堅苦しいテーマでやりづらいですが、できるだけ親しみやすい、和やかな雰囲気 で進めたいと思いますので、どうぞ最後までよろしくお願いいたします パネラーのみなさんをご覧になって、通常、「シンポジウム」とか「パネル・ディスカッション」というと、 どこかの大学の先生や理論家といわれる専門家が必ず座られるのですが、今回はそういう意味で は異色です。矢野さんは障がい者団体の会長として、前線に立ってさまざまな課題に取り組んで おられる。堀内さんは、基本構想に際して市民会議で、非常に精度の高い提言書をつくっていた だきまして、おおいに参考にさせていただきました。まちづくりに対しては、地域を代表する活動家 また運動家でもあります。庄司さんは、みなさんご承知のように「玉川上水を守る会」の世話人で、 小平市にとってはなくてはならない人です。長い活動の成果として清流復活が図られ、数年前には、 文化財保護法の史跡指定を受けて、これをどう活用していくのかと現在も精力的に活動されていま す。 堀尾さんは、「ご近所の底力」で、市民がどう行政に関わるか、アナウンサーとしてその前線で やっておるわけです。そういった意味で顔ぶれも、今までにない「パネル・ディスカッション」、「シン ポジウム」として、ご期待いただければと思います。 本日は時間に制約がございますので、私はあまり話さず、全体がうまく回るように、やっていきた いと思います。 それではさっそく、堀尾さんから6∼7分お話いただきたいと思います。小平市の印象を含めて、 お話をしていただければと思います。 堀尾:講演に続きまして、私からで僭越ですけれども。私は 埼玉県に住所を置いていて、高校まで埼玉、大学は東京です が。小平というのはお世辞抜きで、文教地区で、緑豊かで、 ものすごくおしゃれなイメージがありました。 実はNHK の中野の寮にいる時、子どもも大きくなり始め たので、環境も求めて、ちょうどバブルがはじけた頃ですが、 小平にも家を探したのですが、ものすごく高かった。国立に行き、国分寺をまわり、小金井な ども行き、最終的に八王子になりました。 ですから、ある意味、小平というのは私の憧れ、一橋大学というのも私のひとつの憧れの大学でも あったのです。そう意味も含めて、いったい何の問題があるのかと、こんなに環境がよくて、イメージ はものすごくいいのです。埼玉の人間にとっては、小平というのはとてもおしゃれなまちであります。 みなさんにいろいろ話を聞くと、へそがないとか、繁華街がないとか贅沢な悩みを言っている。他 の地域と比べると、犯罪も少ないですよね。どんな問題があるのか、興味津々な気持ちで今日はや ってまいりました。小平には悪いイメージがありません。

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コーディネーター(市長):確かによく言われるのですが、へそがないとか、市の中心はどこだとか。 問題は本当にあるのか。そのことが逆に問題ということもある。 行政はだいたい中心があり、ターミナリティみたいなところがある。小平市は7つの駅 があり、それが特徴でもあるが、そこが活かしきれていない。それがこれからの課題にも なると思います。 それでは、次のゲストの庄司徳治さんに、玉川上水に長く関わってこられた経過を含めて、よろし くお願いします。 庄司:はじめまして、庄司徳治です。玉川上水に関わること 30 数年、今回の 15 年後の小平をどう すべきか、非常に大きなテーマですので、私一人によって云々ということはできない、というひとつ のけじめもつけながら、これから、みなさんにお話しさせていただきたいと思います。 小平に顔がある、ないということですが、私は小平に住み着いて 40 数年になります。ご存知のよう に、武蔵野の原野を開拓することによって、今日の小平になったということです。それは、玉川上水 から用水を引くことができた、その条件がひとつある。それは、よそと比較して、原野を行政により開 拓して、今日の 18 万の市民を抱えているというところは、全国広しといえども、他にはないのではな いか。これがひとつの顔です。 もう一つは、当時の開拓の農地の顔です。短冊形の農地という ことで、地割とも言いますが、非常に整然とした畑が、だいたい 同じ規格のもとで、青梅街道をはさんで、北側は野火止用水、 南側は玉川上水まで、整然とあった。これが当初の小平の顔で す。 もう一つは、そこに住むためには、3月から5月にかけて畑の土 ぼこりが立ちますので、それを囲むために屋敷林という独特の住まいをつくった、というのがこの小 平の顔ではないか。 この3つのことが小平の顔ではないかと思います。 そういうところに生き様を求めて、これから今日まできた、歴史的な検証といいましょうか、歴史的 な背景、あるいは事跡を今後検証しながら、先輩方の功績を次の世代の人々に残していくような義 務もあるのではないか。この3つの顔を、具体的に掘り起こして、具体的な検証を課せられていると いうのが、私からみなさまへのテーマでもあり、報告でもあります。 コーディネーター(市長):玉川上水は小平市で知らない人はいないくらい、歴史的、財産的価値 というのが知られています。それを、次の世代にどう引き継ぐのか。緑が確かに多いのですが、近 年農地がどんどん減っているのです。それが、今後の大きなテーマであろうと思っています。 それでは、堀内さん、市民会議等に参加され、まちづくりの提言書(=市民提言書)もいただいて いますが、そのあたりのことも含めて、自己紹介をお願いします。 堀内:はじめまして。サラリーマンの堀内です。まちづくりに関わって、2年ぐらいしか経っていない のですが、どうしてこのようなベテランの方に混ざってここに座ることになったかという、いきさつを話

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したいと思います。 2年ほど前までは、他のサラリーマンと同じように、会社と家を 往復する生活だったのですが、一昨年暮れぐらいに、妻が小平 市報を持ってきました。 私はそれまで、はっきりいって小平市報を読んだことがなかっ たのです。そこには、ワークショップまちづくり会議の市民公募と いうのがありまして、その頃は時間的余裕もあったので、応募しま した。職業柄、まちづくりに興味があったということもあります。 まちづくり会議とは何なのかというと、将来のまちづくりのための長期総合計画を策定するための 作業の一環で、市民からの提言を求めようと、小平市が企画したものです。年が明けて、1月に出 向いてみたのですが、40 名ほどいました。抽選だと思っていたので、「応募者は何名なのですか」 と聞いたところ、これが全部だという話でした。これが今後最大の問題になるのだろうと思いました。 まちづくり会議をしていて知ったのですが、小平は 18 万人都市なのですね。18 万都市の 15 年後 の計画を市民から求めようとしたときに、集まったのが 40 人だった。そういう状況だったのです。 まちづくり会議は、1月から始まって9月まで9回、月1回の定例会を持つということと、4つのグル ープに分かれて、最終的には提言書を提出するということが、私たちに与えられた課題でした。私 の属した「まち」グループは、たまたま他のグループよりも人数が多くて、一人ひとりが意見を言って いくと、一巡するだけでだいたい1日が終わってしまうということもあったので、では月2回やろうじゃ ないかということで、合計 20 回ほど集まりました。 小平に住んでいても、家と会社の往復だけであまり知らないなということで、みんなでまちを歩くと いうこともしました。花小金井駅の北口の改札の問題や、花小金井から小平の駅まで狭山・境緑道 を歩いたり、鷹の台駅前を歩いたり、3・3・8号線の都市計画道路の問題や、それから玉川上水を よく知っている方に案内していただいたり、本当にわずかだったのですが、みんなそこで気がつい たことが多かったのではないかと思います。 10 月に提言書をまとめて、前市長さんに提出しました。その頃から、審議会というのが始まりまし た。その審議会を傍聴しようじゃないかということで、有志の方が出向いたのですが、提言書がなか なか反映されないなという思いがあり、次の年に「提言書を反映させる会」というのを設置しました。 その後、市からも素案が出て、市長さんの方に素案と提言書の比較表をつくって、直接訴えました。 それが今年の1月 16 日で、その甲斐あってか、私が今日ここに座っているといういきさつです。 まちづくり会議を通じて一番思ったことは、初めに言いましたように、18 万人都市で 40 人というこ の無関心さ、はっきりいって私も2年前までは 40 人の外にいた人間なのです。それがまず思ったこ とです。 もうひとつは、市が企画し、自分たちがつくった提言書や「提言書を反映させる会」の提出した提 言が、本当に反映されているのか、今後、こういう市と市民の協働をどのようにやっていったらうまく いくのか、これが 15 年後の小平がいいまちになっているかどうかのキーワードだと思います。 コーディネーター(市長):私も堀内さんのグループと何回か話をさせていただきましたが、本当に 内容は精度の高いものです。本当は全部取り入れるというのがいいのでしょうが、なかなか行政と

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いうのは過去の継続性みたいなものがあり、積み上げてきたものもありますので、将来的にはともか く、今すぐということはなかなかできない。将来的には課題としてできるものがありますということで、 お会いしました。 逆に、市にもこういう人たちが、しっかりと市の行政に対して関心を持って、非常に前向きに取り組 んでくださるという意味で、明るい兆しを感じました。 それでは、矢野さんよろしくお願いします。 矢野:「手をつなぐ親の会」会長の矢野久子でございます。「手をつなぐ親の会」、どんな会かとお 思いでしょうが、少し会の説明をさせていただきたいと思います。 知的障がいを持つ人とその家族の会で、小平では 30 年以上前から活動しております。結成から、 障がい者の全員就学、卒後の日中の働く場の作業所づくりに取り組んできました。今は、障がいの ある人が地域で暮らし続ける環境づくり、市民のみなさんの理解を得るための活動にも取り組んで おります。 私はこのような場で話すことは、正直申しまして、初めてでござい ます。なぜ、ここに出てきたか、それは知的障がいの人のことをもっ とみなさんに知ってほしい、その一念で引き受けました。福祉の代 表がこういう場に出てくることはよくございますが、知的障がいに焦 点が当たることはあまりございません。ですから、今日は意を決して、 どきどきしながら出てきました。 今日、私は知的障がいの子をもつ親として話をさせていただきます。障がいのある人が、どんなま ちが住みやすいかということを話します。特別な立場の人の話ではないかと思われるかもしれませ んが、障がいのある人が住みやすいまちは、だれにでも優しい住みやすいまちであります。 私には、3人の息子があります。真ん中の息子に、知的障がいや自閉症の障がいがあります。そ の頃は小平に住んでいたわけではありませんが、上の子と同級のお母さん仲間に大変助けていた だきました。そのときに、本当にお世話になるばかりですから申し訳なく思ったのですが、その方た ちは、「私も助けてもらった時期がありました。矢野さんも助けることができる立場になったら、その 時に助けを必要としている人を助けてあげればいい。だからいまは気持ちよく、助けを受けてくださ い」と言われました。 夫も私も地方出身ですから、身近に助けてくれる親や親戚はいませんし、保育園もすぐには入れ ません。本当に助かりました。ただ、個人でお願いするのは、たいへん気持ちが重くなることもあり ますし、金銭的にもどのようなお礼をすればよいのか、悩みました。ですから、こういうつながりという のは、個人的なつながりではなく、どこかが関わりをコーディネートしてくれる、そういうところが必要 だと思います。 今の子育ては、私がしていた頃よりもっとたいへんのようです。特に、子どもの発達に心配がある 場合は、体力的にも疲れますが、子どもの障がいを受け入れるのが最も大変です。孤独感と閉塞 感で、出口のない狭い道を歩いているような気にもなりました。この時期に、両親、特に子育てを中 心になって担う母親に、どんな子も大切なのよ、一緒にやりましょうというメッセージを送ってくださる、 そんな人たちの住むまちだったらいいなと思います。そのためにも、身近に、障がいを持っていて

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もみんなに受け入れてもらえ、はつらつと暮らしているという実態が見えるまちであってほしいと思 います。 成人を迎える息子の将来を考えますと、親の高齢化で、私たちの助けや見守りができなかった時、 どうするのだろう、どうしようかと思います。施設の生活しか選択肢のない時代もありましたが、今は 数人の人が一般の家で職員さんの助けを借りながら生活をする、グループホームの形態も可能に なってきました。国や市の制度も必要ですが、それと同じくらい、市民のみなさんとの関わりが重要 になってきます。まちのなかにあって、地域の人たちと自然に関わり合いながら、地域の人に支えら れ、同時に障がいのある人とともに生きる地域に変えていく、そういう役目がグループホームにはあ りますし、みなさんの暖かいまなざしと見守る目で、グループホームの生活が成り立っていくと思い ます。 コーディネーター(市長):前線でいろいろご苦労されている、思いが伝わってきます。 午前中、花小金井のグループホーム、アンダンテの開所式がありました。4人の方がそこで生活し ていきます。どんな障がいがあっても、地域の中で暮らせる社会をどうつくっていくのか、どう受け皿 をつくっていくか。小平市だけではできませんが、東京都の財政的な援助や、国の制度的な整備 が必要になってこようかと思います。また、次の機会に具体的ないろんな話を聞かせていただけれ ばと思います。 次からは、それぞれ挙手をしていただいて、大きなテーマは、「こだいらの未来を考える」というこ とで、何でも構わないので、ご自由にお願いします。 では、庄司さん、5分ほどでよろしくお願いします。 庄司:先ほどは、小平の顔ということで、かいつまんだ話をしましたが、そういうものについて肉付け をどのようにすれば、小平の顔が見えてくるのか考えてみました。 そのひとつは、小平は生まれてから 350 年で、アメリカの生誕を考えると、100 年ほど先輩になりま すが、武蔵野の原野をこれほどまでに開拓して、今日に至っているというのは、日本の中では一番 新しい村だという結果にもなっています。 それを裏付ける生活史の記録とでもいいましょうか、「小川家古文書」という形で、膨大な生活の 裏づけの資料があることは、全国的にいって非常に貴重な資料でございます。その発展的なまとめ として、昭和 56 年に小平町史が生まれたのですが、小平町史の評価を考えるとき、全国的な歴史 学者あるいは市史編纂を考えるときに、まさに頂点に立った論述の仕方、社会科学的な裏づけの ある内容の濃い、金字塔的な意味の市史編纂であったということが言えます。今日も、そのスタイル といいましょうか、序文から終盤までの間の解説については、まったくこれをバイブル的に活用して いる、そういう存在価値があるといえるのではないかと思います。 それから、生活にそれぞれある、小川用水なり、新堀用水の、命の水を運んだ分岐堰とか、分水 口とか、水車とか、そういうような生活の生き様をもう一度、温故知新というか、見直したり、再発見 するというようなことに今後力を入れて、小平は小平らしい誇りがあるんだという裏づけをこれからも 継承していくのが、我々に課された「課題」ではないかと考えています。

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コーディネーター(市長):小平市は 350 年、まちの歴史としては新しい歴史になると思います。そ ういう意味で言えば、歴史という点で言えば、非常にまだ浅いのだろうと思います。そこに住む人た ちの思いというのは、 古い新しいということではないと思っているので、歴史的遺産、財産、人的なことも含めてどう生かし て、どう次に継承していくかということが、これからの課題だろうとし、私もまったく同感です。 それでは、堀内さん、よろしくお願いします。 堀内:小平が東京でどういうふうにみられているかというお話なのですが、まちづくり会議でも集まっ て、小平グリーン・ロードとか玉川上水があるのですが、それ以外に「小平ってあまりないよね」とい う意見があって、小平霊園は有名なのですが、それぐらいかな、というようなイメージがあったんで す。今日、庄司さんの話を聞いていて、そういう歴史があるんだ、屋敷林というのがあるんだ、と知っ たのです。先ほど私が課題として取り上げた、市民が無関心でいるということをどうやって解消して いくのか、どうしたら「まちづくり会議」を開いたときに、もっとたくさん人が集まる小平市になるだろう かということ考えていかなければと思うのです。簡単にいうと、市民意識を育てるということになるの だろうと思いますが、そう簡単にはいかない。 職業柄、景観というのを非常に重んじていることもあり、まちに関心をもつ仕組みをつくっていくた めに、いわゆるまちづくりに関心を持つために、景観が最も手っ取り早い方法ではないかと思いま す。それを、今からまちに関心を持てと言ってもなかなかいかないので、教育というのを小さい頃か ら始めなければならないのではないかと思うのです。 堀尾さんの講演にあったように、30 年代は、あの頃は、優しさとか、そういったものをいっぱい持っ ていたのです。最近感じるのは、そういう優しさとか、美しいものに対する感性が減ってきているの ではないかというイメージがある。それは、ものやまちに対する優しさとかにも通じるのではないかと 思います。景観を教育の中に取り入れて、自分のまちを知るという教育をやっていくことによって、 まちをみていく、観察していくという方法を、景観というのは家や電信柱だけでなく、人が動く、たと えば、車椅子の人がどう動くのかということも、動く景観を含めて、観察するということを提案したいと 思います。そうすることによって、まちに対する意識や関心が小さい頃からやることで、形成されて いくのではないかと考えています。それが、ものに対する優しさとか、人に対する優しさという観察 にまでつながっていけばいいと思います。 日本は教育というと、すぐに小平市の勉強をしましょうと、人口が何人とか、駅が何、特産品が何と いう話になりますが、そういう教科書やノートを全部捨てて、できるだけまちを観察すると、それも楽 しい。みんなでわいわい話しながらやると、いわゆる、まちづくり会議で経験したようなことを、小さい うちから経験させることで教育が成り立つのではないか。 親というのは、教育に対する関心があるので、子どもが学校で景観教育をやっていけば、親も一 緒にまちを見るようになるのではないか。そういったことで、教育というのが取り入れられていけばい いなと思います。 コーディネーター(市長):ありがとうございました。本当にその通りだと思います。

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ただ実態としては、我が家に置き換えてみると、子どもが土日に電話すると、友だちは塾やサッカ ーに行っているんですね。 理屈はわかるけど、社会全体では塾やサッカーに行かせる。地域に子どもがいないんですね。日 本のいろいろな制度というのは、地域と家庭がしっかりしていることを前提に社会の仕組み・構造が できている。ですから、そこをしっかりするか、あるいはそれを前提とした社会づくりにするかなんで すね。 外へ行けば、誰かに危害を加えられるから危ないと、友だちと2人で行けと言っても、友だちがい ないのでひとりで行かなくてはいけない。そういう現状をどうするかということがあると思います。 矢野:「優しさ」という話でしたが、二中で学校ボランティアというのにも携わっているのですが、子ど もたちの助けをしようという人がたくさんいらっしゃいます。 いろんな学校で、ボランティアの方が関わっています。私は、小・中学校で学習支援ということで、 放課後に、授業でわからないという子と一緒に勉強しているんです。 支援しようという気持ちのある方はたくさんいらっしゃる。ですから、みなさんでできることを少しず つしていけば大丈夫なのではないのかなと思います。 学校では、「総合」という科目があって、そこでもボランティアの人たちが活動している。福祉施設 に小・中学生がボランティアに行ったり、農家の人に協力してもらい、作物を一緒に育てたり、そう いうことができるのが、小平のまちだと思うのです。少なくなったとはいえ、農地もありますから、そう いうことも活かせれば、本当にいいまちになるのではないかと思っています。 コーディネーター(市長):3人の発言を聞いて、堀尾さん、何かありませんか。 堀尾:私もいろいろこういうシンポジウムに出させていただいて、司会もしたことがあるのですが、市 長が司会をする姿というのは初めてみました。市長は非常にラフな格好でこられています。正直申 し上げて、私が全国各地のシンポジウムに回るときには、防犯、防災、ごみ問題というような、大きな 具体的なテーマがあります。それについてテーマを話すのですが、ある意味、「こだいらの将来を 考える」というのは、非常にぜいたくなテーマですね。 小平に住んでいる方たちは、先ほど堀内さんが 40 人しか集まらなかったとおっしゃいましたが、も ちろん気づかなかった人もいるでしょうが、それだけまちづくりに満足しているのか、現状でいいと 思っている人も決して少なくないのではないでしょうか。 例えば、矢野さんの、障がいを持った人たちに優しいまちづくりをしてほしいというのは、非常に 大きなテーマだと思います。それは絶対に、これから我々も、どのまちもそうだと思いますが、そうい うテーマが一つあると思います。今、将来に向けて、このまちがどうありたいのか。たとえば、ほかの 市町村から、地域からたくさんの人にきてほしいのか、こういうことに困ったことがあるので、こういう ことを解決していきたいという具体的なことがあるのかどうか。景観について聞きましたが、景観問 題はどこの市町村でもある問題ですが、小平の景観を他の地域から見ると非常にきれいにみえる。 この間、トリノに行きました。トリノというのは古いまちです。200 年、300 年経っている重々しい建物 の中にシャネルがあり、その隣に八百屋さんがあります。また、ひとつの建物をいろんな業者が使っ

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ていて、しかも整えられている。看板もほとんどない。コンビニやファストフードもほとんどありません。 ものすごくきれいなまちなのです。それは、法令で決められているのです。 ただ、駐車はひどいです。違法駐車だらけで、街じゅうが駐車場です。だから、全然車が通れな いところがたくさんある。それについては、イタリアの人たちは、車の町だからそれでいいと言う。外 の人からみるとひどいのですが、中の人はそれでいいのだと言う。覚悟を決めているというのかな、 他の人は何と言っても、住んでいる人間がいいというのだからそれでいいじゃないかと、何と言うか 覚悟を決めた肝を持っている。そういうことが、これからは必要ではないかという気がします。 そういう意味では、未来を考えるといった時に、どんなことをもとに、市民が話し合っていけばいい かというところのテーマ性をはっきりさせたほうがいいのではないでしょうか。未来を考えるというシン ポジウムをすること自体すばらしいと思うし、市長が司会をすることを含めて、小平は開けた行政だ と感じます。他の自治体と比べて恵まれていると思いました。正直言って、「お困りごと」が「お困りご と」ように聞こえない、他のまちから見たらそれは贅沢なんじゃないかと言われかねないような、そん な気持ちがしてなりませんでした。 ですから、もっと具体的に、たとえば、景観なら景観で、こういうまちづくりにしようという具体的な ものを提示していただいて、住民の人たちは、なるほどねと気づかされて、その後の考えがすすむ のではないかと思います。 コーディネーター(市長):テーマが大きすぎたこともあって、正直手探りしながらやっています。私 も小平市は、大きな不満はないし、また、大きな満足もないと思うのです。 基地があるとか、大きな歓楽街があるとかだと、象徴的な課題がある。他市に誇れるものもある。 そういう意味では小平市には、18 万人が等しく課題として挙げられるものはない。また、18 万人が 全国的に誇れるものもない。玉川上水は誇れますが、通っているのは小平市だけではない。もちろ ん小平には一番原風景、原形に近い形で残っています。しかし、いろいろな課題はあります。 農地が残っていて、緑が多いといわれているが、少しずつ減っていることも事実ですし、まちづく りに関して景観が失われていって、欧米のまちにモデルを求めて、近代化するということは欧米化 するということがあるのです。日本の建物の歴史とか街並みとかは、非常にすばらしいですが、排 除されてきて無用なもののように扱われてきました。今になって気づいて、景観も大事なんだという 議論が、いま小平市の中で多いのだろう思います。 障がい者にとっても、住みやすいまち、生涯住み続けられるまち、地域の中で暮らせるまちにす るためには、どうしたらいいのか。親が高齢化してきて、自分の老後のことも考えなければならない。 今日、明日の問題ではないが、将来大きな問題になる。 そういう意味では、大きな満足はないけど、大きな不満もない。しかし、確実にいくつかの課題は 市民とか地域とか、少し焦点を絞ってお話を広げていってもらえればと思います。 庄司:市長に反論するわけではありませんが、あくまでも小平の原風景が3点セットにあるとこだわ る理由は、小平の生き様の動脈は、用水のおかげで今日を迎えているということです。水の都とま ではいきませんが、いろいろ枝葉はあっても、そういうところに水を流して環境用水としての位置づ けをきちんとする。小平のまちというのは、用水があっての生誕だということを、事実関係をもとに、

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そういうところに力をそそぎながら風景をつくっていく。並木に緑を植栽するのも結構でしょうが、そ のような意味で小平のまちを再生するということに視点を向けながら、考えていくというのも一つの 方法ではないかと思います。 それから、小平には、ほどほどの安住の地があるのではないかと思います。山がない、洪水もな い、そういうことで災害というようなことがない。武蔵野原野のちょうど中央に位置している。玉川上 水を考えると、左の方には荒川の方に注ぐ分水流的なところもありますし、南の方は多摩川の方に 自然に流れる傾斜帯になっている。その一番真ん中にあるということが、地形的な位置づけで開拓 されたのですから、そのへんのところを上手く利用している。小平には川もないし、水が湧くところも ない。常時流れている川というのもありません。石神井川というところの近くに、原始の人が住んで いた遺跡は出ましたが、今日に至ってそれを継承しているということもありませんので、そのへんの ところをひとつの位置づけとして考えた、総合的な、広がりを持った小平というものを、もう一度原点 に返って見直してもいいのではないのでしょうか。 堀尾:庄司さんにお尋ねしてもいいですか。玉川上水に長く関わっていらして、玉川上水は小平を 貫いているものですよね。それに関する環境の保全に尽力されているということですが、障害にな っているものというのは、具体的にはどんなことなのですか。 庄司:昭和 40 年までは、今の都庁のある淀橋浄水場に都民の水として運んでいたわけですね。そ れ以後は、東村山浄水場の方にUターンをして、原水はそこでストップして、空堀になって、今日に 至っているわけです。 玉川上水の原形は、ほとんど木がなかったということがひとつと、40 年以降そのまま放置したため に、必要以上に木が太くなり、これ以上繁茂すると、壁面の崩落もあり得る。また、台風が来ると 痛々しい状況が発生するのではないかと思います。今度は史跡指定ということになりましたから、壁 面や植栽の状況を今後何年間保存していくかという、計画の策定委員会というものができました。 10 年単位の見通しを、今の現況を評価しながら、対策を考えようということです。人工的に掘った川 ですからいつかは滅びるのです、という方もいらっしゃいます。 今問題になっているのは、現状のままで玉川上水の文化的な遺産として保存していけるかという ことが最大の課題であると思っています。 堀尾:意見が分かれるというところがあるのですね。 コーディネーター(市長):玉川上水というのは緑地帯として、歴史的に価値があるということでは なくて、堀割りの技術、つまり多摩地域の平坦な地形の中で、高低差をうまく利用した技術、その技 術の水準が非常に高く、歴史的価値があるということなのです。 小平市民の多くは、意外と緑がいいと言う。それを求めて歩いて来る人もいます。木を切るという ことになると、その辺のところが問題になる。 堀尾:行政としては、方向性がまだわからないのですか。

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