2019年9月27日
公認会計士・監査審査会
会長
櫻井 久勝
福岡大学 商学部
経済社会を支える会計と監査
○ 利益測定の誕生と普及
○ 会計は経済社会のインフラ
○ インフラを守る監査
何をイメージしますか?
■たとえばグループ旅行の会計記録
(収入)参加費 30,000×5人 150,000 (支出)交通費 8,000×5人 40,000 宿泊費 12,000×5人 60,000 飲食費 7,000×5人 35,000 135,000 残額 15,000■どんな役に立つか
・残っているべき現金額を明らかにして紛失を予防(
財産管理
)
・参加者への会計報告
(
幹事の信任
)
・次回の旅行計画の基礎データ
(
将来への参考資料
)
■会社の会計には、
もう一つの重要な役割
がある。
会社の経営のための会計
• 人間が一人でやれることには限界。そこで大勢が力を合わせて会社を作り、
人々の生活に必要なものを生産し販売。
• しかし会社を作っただけで自動的にうまくいく保証なし。
• 会社の経営がうまくいっているか
、反省と改善が必要。
• 会社の経営の成功と失敗は、
何で判断するか。
• ひとつの
重要な尺度は会社のもうけ、すなわち「
利益
」。
• もちろん、利益だけが会社の目的ではないけれど・・・・。
• 損失がかさめば財産が減少して倒産の危機が迫り、雇用も維持できないので、
利益の獲得は不可欠の前提。
• 競争相手が黒字(利益)なのに、わが社が赤字(損失)なら、経営の改善が
必要な証拠。
• いわば「
利益
」は
会社の成績
であり、健康診断の体温計と同様である。
• 企業会計の重要な役割
は、
利益を測定し、関係者に報告
すること。
• 企業経営に伴う財産の変化「
貸借対照表
」
左右同額
商品
250を280で掛売
• 利益はどうやって生じたか「
損益計算書
」
• 投下資本に対する利益率
30÷300=10%
自己資本純利益率(
R
eturn
O
n
E
quity)
は、出資者からみた会社の成績
現 金
500
借入金
200
資本金
300
現 金
100
商 品
400
借入金
200
資本金
300
現 金
100
商 品
150
売掛金
280
借入金
200
資本金
330
+30 利益費
用
(売上原価)
250
収
益
(売上高)
280
利益 30利益はどんな方法で測るのか
さまざまな会社の利益率
自己資本利益率
(ROE)=純利益÷自己資本=?%
2019年3月までの1年間の成績:金額は億円
会 社 名
利 益
資 本
利益率
•
トヨタ自動車
18,829 190,421
9.9
%
日産
6.0 %, ホンダ 7.5 %
•
ソフトバンク
14,112 64,028
22.0
%
NTT
9.3 %, KDDI 15.5 %
•
三井住友銀行
7,267 105,794
6.9
%
みずほ
1.0 %, ゆうちょ 2.3 %
•
吉野家
( 2月)
△
60
539
△
11.1
%
松屋
5.5 %, すき家 14.2 %
利益を測る仕組み
• 取引の記録
- - - - 取引発生順のデータベース
現
金
300 / 資本金
300
現
金
200 / 借入金
200
商
品
400 / 現
金
400
売上原価 250 / 商
品
250
売掛金
280 / 売
上
280
• 取引の集計
- - - - 項目別の整理
現
金
100
借入金
200
商
品
150
資本金
300
売掛金
280
売
上
280
売上原価 250
• この技術の名前は「
複式簿記
」
複式=2重、簿記=帳
簿記
入
利益を測る技術の誕生と普及
■複式簿記の誕生 • いつ :遅くとも1400年代に • どこで :北イタリアで • 誰が :地中海貿易に従事した商人たちが 歴史上の証拠 数学者ルカ・パチョーリ(1445-1517)が ヴェネツィアで1494年に出版した 数学の教科書の一部で利益測定技術(複式簿記)を解説 ■国際的な普及 ・イタリア商人の活動によりヨーロッパ大陸各地へ伝播 ・1700年代 イギリスで製造業の会計(工業簿記)が追加 ・ヨーロッパ人の移住によりアメリカへ伝播 ・日本へは明治の始めにアメリカから導入 福澤諭吉(訳)「帳合之法」 1873年(明治6年),慶應義塾出版局。[原書] H.B.Bryant & H.D.Stratton, Bryant and Stratton’s Common School Book–keeping, Ivison, Blakeman, Taylor & Company. 初版1861.
複式簿記
(利益を測る技術)は
人類の共有財産
■使われ続けた長い歴史
イタリアの本(1494)から525年、福澤諭吉の翻訳(1873)から146年 当初の手書きの帳簿⇒今は複式簿記をプログラムに組み込んだコンピュータ会計■なぜ、こんなに長く使われ続けているのか
* 会社
みずからが成績を把握
するのに不可欠
測定した利益は、体温計で測った体温と同じく、企業経営の健康度を表す。* 会社をめぐる多くの人々の
利害対立の調整 ⇒
会社法
出資者たる株主、銀行などの債権者、企業経営者の間での私的な利害の調整* 国全体の
資金の配分を効率化 ⇒
金融商品取引法
国民の貯蓄が、収益性や安全性の高い企業に、より多く集まるような市場の実現■歴史学者
(ドイツ人
ゾンバルト)
の言葉
「もし複式簿記がなければ、資本主義はこれほど発展していなかっただろう」。
会社をめぐる利害関係
■たとえばトヨタ自動車の場合
(2019年3月末のデータによる) 売上高30兆円 37+8万人 借入金20兆円、利子280億円 52万人、配当金6,919億円 買掛金2.6兆円 税金6,599億円■主要な関係者の関心事項
株主(投資者): 取締役は誠実で有能か、株価は値上がりするか 銀行 : 利子は支払われ、元金は返済されるか 取引先 : 取引の価格は適切か、代金は支払われるか 従業員 : 業績からみて給与水準は妥当か、退職金は支払われるか 国・自治体 : 納税額は適切か、規制や補助金は必要か 会社には、関係者との円滑な関係を保って良い経営をするために、自発的に情報提供をする動機がある。 企業の影響力の増大により、法律(会社法、金融商品取引法)による規制が追加されている。顧
客
仕入先
従業員
銀
行
株
主
国・自治体
トヨタ自動車
取締役9人、監査役6人 純利益1.9兆円企業会計をめぐる3つの法律
もともと会計報告は
自然発生的
→企業の社会的な
影響力が増大
→企業に対する
法律の規制
→「
制度会計
」
(法律の規制に基づいて行われる会計)
会社法
による会計
金融商品取引法
による会計
法人税法
による税務会計
経営者・株主・債権者の間の利害対立関係の調整 情報提供による投資者保護を通じた証券市場の機能の促進財
務
会
計
制度会計
法規制を受けない財務会計
公平な課税所得の算定と税額の計算 社会責任会計・・・自然環境保護や地域社会貢献などの程度を金額などで計測して報告する。 インベスター・リレーションズ(IR)・・・投資者と良好な関係を作るための財務広報活動会社法の会計規制の理念
■株式会社の光と影 • 会社(合名、合資、合同、株式)のうち、最も繁栄しているのは株式会社 • 繁栄の理由は、資金調達の有利性 • その反面で、経営者・株主・債権者の間に利害対立を生じる可能性 ⇒会計を利用して利害調整 こ• 会計が果たすこの役割を
株式会社の特徴 ①株式制度により 所有権を均等に細かく分割できる ⇒細分すれば1株は安い額になる ➁出資者は有限責任 ⇒事業が失敗しても最初の 出資額を放棄するだけでよい 資金調達からみた 有利性 個々人の資金は零細でも、大勢から集め れば、巨額資本を形成できる 損失に上限があるので、出資者は安 心して出資できる 有利性に伴う 副作用 出資者が増えれば個々人の影響力は低下 ⇒ 所有と経営の分離 出資者が有利な分だけ債権者は不利 ⇒ 債権者保護の必要性 弱者側の懸念 経営者は出資者の利益を最優先すべきな のに、自分の個人的利益を優先している のではないか 株主が会社の財産を山分けしてしま えば、貸した金は帰ってこない 会社法の対応 株主総会の前に株主に決算書を送り、経 営者の能力や誠実性を評価(業績評価) ⇒ 経営者と株主の利害調整 儲けは分配してもよいが元手は分配 できないものとする(分配制限) ⇒ 株主と債権者の利害調整会計が果たすこの役割を
利害調整機能
という。
金融商品取引法の会計規制の理念
■証券市場の発達が利害対立に及ぼす影響
・ 株主が経営者に不信なら株式売却して自己の利益を守ればよい。 ⇒ 株主の関心事は、経営者の評価から投資の利益へ変化。 ・ 株式や社債を売買する人々を(潜在的な者も含めて)投資者という。■投資者の情報要求に応えることの社会的な重要性
・ 企業の必要資金は、投資者が株式や社債を購入して提供しており、その資金は市場を通じて企業へ供給。 ・ 証券市場が成立し機能するためには、企業から投資者への情報提供が不可欠。 ・ アカロフの「レモンの市場」論文 2001年ノーベル経済学賞 受賞 ①中古車のオーナーは100万円で売りたい。②買主は欠陥車の可能性を疑う。70万なら買うけれど・・・。 ③70万では売りたくないオーナーは、中古車市場から車を取り下げる。 ④別の中古車オーナーが、自分の車を70万で売りに出す。 これが繰り返されると 市場には本当の欠陥車ばかりがあふれる(逆選択)。→ 市場が崩壊してしまう。 ・品質に不確実性がある財貨が取引される市場が成立するには、売主から買主への情報提供が必要。 証券市場で取引される株式や社債も、その品質(安全性や収益性)が不確実である。※ 企業から投資者へ財務報告を行って市場を成立させる役割を、会計の
情報提供機能
という。
G.A. Akerlof, “The Market for Lemons: Quality Uncertainty and the Market Mechanism,”
金融商品取引法による市場機能の促進
■経済全体における資金配分
• 流通市場で成立する株価が高いほど、株式の発行価格も高く設定できる。
たとえば A社 2,000円、B社 600円、C社 80円なら、各社が1株の発行で調達できる金額は ?• 業績の良い企業ほど株価が高くなっていれば、
業績の良い企業に多くの資金を集中
できる。
• そのためには、企業の業績の優劣を判断するための情報(財務諸表)が不可欠である。
• そこで
金融商品取引法は、上場会社などに
財務諸表の公表
を要求
している。
• その情報は、
EDINET(Electronic Disclosure for Investors’ NETwork)で、金融庁に届出られ、
誰でも閲覧できる。
会 社
投資者X
投資者Y
株式や社債 の発行 代金の支払発行市場
売買 株式・社債の流通市場
発行市場:
会社が新規に株式や社債を投資者に売り、 代金として資金調達する市場流通市場:
会社が発行した株式や社債を、投資者ど うしが売買する市場http://disclosure.edinet-fsa.go.jp/
新聞で報道される会社の決算データ
上場会社などは、役員会で決算案を承認後、できるだけ早く決算発表を行う。
この発表は、証券取引所に「決算短信」という書面を提出して行う。
そこに含まれる主要な情報は、翌日の新聞(日本経済新聞)で報道される。
株価は利益業績と連動するか
①ROEが向上(低下)
→投資利益率が+(-)
(|)
②株価変動は発表月で終了
事前に予測され織込済
事前の予測は完璧か?
(出典)桜井久勝(1992)「親会社利益と連結利益の情報内容比較」決算発表への株価反応
会計情報は現実に利用されているか
(結論) ・利益業績の事前予想と織込は完璧でなく、想定外の部分あり
・予想しきれなかったサプライズに対し、決算発表時に最終調整
・これは会計情報が現実に利用されていることの証拠
(出典) 後藤雅敏(1997)『会計と予測情報』財務諸表の信頼性
■ 財務諸表は会社の成績表
会社法のもとで、利害調整に利用され、 金融商品取引法のもとで、情報提供に利用され、資本市場の機能を促進する。 ただし、財務諸表は会社自身が作成するので、常にすべてが真実とは限らない。■ 会社が利益額を操作する動機
〈利益捻出〉 ①有利な資金調達- - - 銀行借入、社債発行、新株発行のいずれも、利益が大きいほど有利 ➁経営者の個人的利益- - - 地位の保身、利益連動報酬(給与が会社の利益に比例する制度) 〈利益圧縮〉 ③節税- - - 利益に課される税金を減らすために利益を削減 ④有利な交渉の展開- - - 利益が多すぎると各種の交渉(取引価格・賃上げ・増配など)で不利■ 利益操作の予防と発見のための監査の実施
• 監査とは、会社から独立した会計専門家である公認会計士が、財務諸表の正しさについて行う調査。 • 会社法は「会計監査人監査」とよび、大会社(資本金5億円以上または負債合計200億円以上)に対して強制。 金融商品取引法は「公認会計士監査」とよび、上場会社などに対して強制。 経済社会のインフラである会計の信頼性を守る仕事が、公認会計士による「監査」である。3つの監査制度
株主総会
取締役会
代表取締役
➁ 監査役会
選任 選任 選任 監査 監 査③会計監査人
選任議案の決定 ①内部監査 • 経営目標達成のために、経営者みずからが社内に設けた専門部門に行わせる調査。業務効率化や不正防止を主目的とする。 ➁監査役監査(監査委員会監査) • 株主総会が選任した者から成る監査役会(監査委員会)が、取締役の職務執行の適否について行う調査。 • 取締役の職務執行における法令・定款の順守(業務監査)と、適正な財務諸表の作成(会計監査)を主目的とする。 ③公認会計士監査(会計監査人監査) • 会社から独立した会計専門家である公認会計士が、財務諸表の適正性について行う調査。 会社法は「会計監査人監査」とよび、大会社に対して強制。 ① 内部監査部門公認会計士
ソフトバンクグループ株式会社 取 締 役 会 御 中 有限責任監査法人 ト ー マ ツ 指定有限責任社員・業務執行社員 公認会計士 中川正行 ㊞、山田政行 ㊞ 、酒井 亮 ㊞、平野礼人 ㊞ 当監査法人は、金融商品取引法第193条の2第1項の規定に基づく監査証明を行うため、「経理の状 況」に掲げられているソフトバンクグループ株式会社の2018年4月1日から2019年3月31日までの連 結会計年度の連結財務諸表、すなわち、連結財政状態計算書、連結損益計算書、連結包括利益計算書、 連結持分変動計算書、連結キャッシュ・フロー計算書及び連結財務諸表注記について監査を行った。 連結財務諸表に対する経営者の責任(転載省略) 監査人の責任 当監査法人の責任は、当監査法人が実施した監査に基づいて、独立の立場から連結財務諸表に対する 意見を表明することにある。当監査法人は、我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準に 準拠して監査を行った。監査の基準は、当監査法人に連結財務諸表に重要な虚偽表示がないかどうかに ついて合理的な保証を得るために、監査計画を策定し、これに基づき監査を実施することを求めている。 (中略)当監査法人は、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手したと判断している。 監査意見 当監査法人は、上記の連結財務諸表が、国際会計基準に準拠して、ソフトバンクグループ株式会社及 び連結子会社の2019年3月31日現在の財政状態並びに同日をもって終了する連結会計年度の経営成績 及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているものと認める。