プライマリケアでできる
アルコール依存症の
早期発見と介入①
2012/09/12 沖縄協同病院 心療内科・精神科 小松知己 tomomikomatsu@gmail.comT
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9/12 講義は 2.まで0.アルコール問題のコスト
アルコールは個人・社会・コミュニティに多大な損害を与える最も有害な薬物のひとつ1.アルコール依存症の疾患概念
「分かっちゃいるけど止められない」がア症の中核症状 「しらふで人生を楽しむ」が治療のゴール2.アルコール依存症を含むアルコール使用障害の
スクリーニング&簡易介入 (SBI)
WHOが開発した3分で できるスクリーニングテスト AUDIT AUDITの得点結果でリスク分類して 5~7分で簡易介入3.動機づけ面接法
motivational interviewing=MI 患者さんに「メリット」「デメリット」両方を挙げてもらう OARSでチェンジ・トークを掬い上げる ! !アルコール問題のコスト
4兆1483億円
日本におけるアルコール乱用による社会的費用の推計値
2008年
1)654万人
日本における AUDIT 12点以上
=介入を要する危険な飲酒者の推計値
2002年
1)男性の内科外来はアルコール外来 ! !
男性の
高血圧症患者の
36%
がアルコール症(注)
心疾患
患者の
36 %
肝障害
患者の
84%
高脂血症
患者の
77%
糖尿病・耐糖能異常患者の
69%
痛風・高尿酸血症
患者の
60%
注:定義内容はICD-10のアルコール有害使用+依存症とほぼ同じ (仙台市郊外の一内科クリニックでの開院2年半の外来初診 患者4271名の全数調査 1989年) 2)アルコール関連疾患
a)アルコール関連認知症 小脳障害 脳卒中 ウェルニッケ脳症 末梢神経障 害 うつ病 b)アルコール性急性肝炎・慢性肝炎・肝繊維症・肝硬変 肝がん 胆嚢がん 胆石 c)アルコール性急性膵炎・慢性膵炎 糖尿病 すい臓がん d)口腔がん 咽頭がん 喉頭がん e)食道静脈瘤 マロリーワイス症候群 食道がん f)胃炎 胃潰瘍 十二指腸潰瘍 胃がん g)吸収不良症候群 大腸がん 直腸がん h)アルコール性心筋症 心不全 i)高血圧症 高脂血症 高尿酸血症 j)大腿骨頭壊死 骨折 k)インポテンツ 不妊 貧血 胎児性アルコール症候群 流産 早産 ペラグラ 下線を引いた疾患はアルコールが直接原因にならなくともコントロールの悪化に つながる疾患飲酒運転の影にはアルコール依存症が
飲酒運転経験の男性61.9% 女性57.1%が
純アルコール1日60グラム以上の多量飲酒者である
『免許取消処分者講習受講者を対象にした調査』 (樋口進、神奈川県警察本部交通部交通総務課 2007)より一般成人では 男性12.7%、女性3.4%が
多量飲酒者である
厚生労働科学研究『成人の飲酒実態と関連問題の予防に関する研究』2003より免許取消処分者のうち
飲酒運転検挙を経験した男性の36.9%、女性の42.9%
にアルコール依存症の疑い
がある
『免許取消処分者講習受講者を対象にした調査』 (樋口進、神奈川県警察本部交通部交通総務課 2007)よりアルコールと自殺
国民
1人あたりの飲酒量と自殺率の間には相関がある
(日本・諸外国での報告)3) 多量飲酒が自殺の危険を高めるという調査報告もあるアルコール使用障害の有無にかかわらず
自殺者の多くが自殺の前に飲酒をしている
自殺既遂者の32.8%からアルコールが検出されている(伊藤ら、 1988) この割合は海外の調査結果とほぼ同じ割合 3)アルコール依存症者の方がうつ病よりも自殺の危険
性が高いとする報告 がある
自殺で死亡するリスクはアルコール依存症で7% 気分障害(うつ病など)で6% 3)アルコールの害 さまざまな研究
*英国研究チームが数十種類の薬物を 死亡率・依存度・ 精神への影響・社会的影響・家庭的影響・経済的コスト・国際的存在・・・ 等のカテゴリ に分けて それぞれ数値化 ↓ 社会的に害のある薬物ワースト3 :アルコール ヘロイン クラック・コカイン 個人的に害のある薬物ワースト3 :ヘロイン クラック・コカイン メチルアンフェタミン ↓ 総合して有害な薬物ワースト 3 : アルコール (有害ポイント 72ポイント) ヘロイン (同 55 ポイント) クラック・コカイン (同 54 ポイント) ・・・・・ タバコ (26 ポイント) 覚せい剤 (23 ポイント) 大麻 (20 ポイント) 『Lancet』 2010年11月1日より *飲酒の強要 暴言・暴力 セクシャルハラスメント などの被害人口は 約3040万人 (2002年の推計調査) 1)アルコールは
薬物
です
* 非選択的な中枢神経抑制剤 作用のしかたは麻酔薬に近いが 作用量と致死量が近接している → 危険で“麻酔薬”としては落第 アルコールの致死量は作用量の約4倍 クロルプロマジン(第一世代抗精神病薬)の致死量は 作用量の20倍以上 * それぞれの文化で 危険性を減らすための「つきあい方」が工夫されてきた 合法化された向精神薬 日本:「お天道様が明るいうちは 呑まない」=飲酒時間を制限して 飲酒量を制限 ヨーロッパ:「呑んでも 決して乱れない」=酔いの深さを制限して 飲酒量を制限アルコールは
個人にも
社会・コミュニティにも
多大な損失を与える
最も有害な薬物のひとつ
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0.アルコール問題のコスト
アルコールは個人・社会・コミュニティに多大な損害を与える最も有害な薬物のひとつ1.アルコール依存症の疾患概念
「分かっちゃいるけど止められない」がア症の中核症状 「しらふで人生を楽しむ」が治療のゴール2.アルコール依存症を含むアルコール使用障害の
スクリーニング&簡易介入 (SBI)
WHOが開発した3分で できるスクリーニングテスト AUDIT AUDITの得点結果でリスク分類して 5~7分で簡易介入3.動機づけ面接法
motivational interviewing=MI 患者さんに「メリット」「デメリット」両方を挙げてもらう OARSでチェンジ・トークを掬い上げる ! !アルコール依存症 (以下 ア症)
*大切なまえおき *アルコール依存症(ア症)って どんな病気? (疾患概念/症状) 「分かっちゃいるけど、止められない」 世代間伝播 慢性・進行性・致死性の病気 平均寿命は51歳 *ア症の回復イメージ 回復の3段階 I can’t drink. 私は飲めない I won’t drink. 私は飲みたくないI don’t have to drink. 私は飲む必要がない
*ア症の治療・支援のポイント
仲間の力 家族・友人の力 援助者の力
ちょっとでも毒は毒 イネイブリングをみんなで止める
アルコール依存症(ア症) 大切なまえおき
アルコール依存症者に対する基本的姿勢 1.アルコール依存症は他の慢性疾患と同じ「普通の病気で ある」ことを念頭に置き、対応しましょう。 2.すべての患者さんには 知る権利・学習する権利・自己決 定をする権利などがあり、アルコール依存症患者さんも 同様であることを忘れないようにしましょう。 3.アルコール依存症患者さんにも 『健康で明るい生活をしたい』という健康な心があることを 見失わずに対応しましょう。 (土川権三郎Dr. 元:名古屋南生協病院診療部長 現:国保高山診療所所長 作成のレジュメより一部改変して引用)Aさんのこと
筆者がアルコール医療にたずさわるようになった時期に 初めて成功したケース Aさん 50歳代 男性 アルコール性肝硬変(非代償期) 『余命は半年以下』の状態 ↓ 内科入院中に無断離院して飲酒2回 内科主治医が見放す イソミタール注射で寝かせて『煮るなり焼くなり、好きにして。 もう 内科では診れません』と神経科外来@札幌に置いて帰っていった ↓ 神経科病棟@札幌(アルコール教育プログラムあり)に入院中も 本人には全く治療する意思なし! 1ヵ月半で自主退院 ↓ やむなく 奥さんに「あなただけでも断酒会に通ってください」と話す ↓ 奥さんだけが『お父さん、断酒会に行ってくるね』と通い始めて(最初は 本人が出かける時刻に飲み始めて妨害された) 3ヵ月経った頃から 『俺も行こうかな』と奥さんについてきて断酒会例会に参加を開始 やがて断酒も開始↓ 余命半年のはずが・・・3年半 生きた !! ↓ 本人が断酒を開始して約2年経った頃から「あの呑んべに できすぎの息子」 と言われていた 息子さんが問題(深夜徘徊 万引きなど)を起こし始めた ↓ しらふになった Aさんは『怒らないから、本当のことを父ちゃんに話せや』と息子さんの話を じっくり聴いて『父ちゃんが一緒に謝りに行くから、盗んだ自転車を返しに行こう』と対応 息子さんの問題はしばらくして収まる ↓ 体幹を支えておれないほど衰弱して 断酒会例会に参加できなくなったが 断酒会の会長が撮影 してくれた例会のVTRをベッドに寐ながら繰り返し再生して観ていた 最後は寝たきりになり、介護ベッドも導入 ↓ 「しらふ になった良い父ちゃん」として死去
アルコール依存症 (ア症)
疾患概念-1
*アルコール依存症の中核症状は アルコール摂取のコントロール喪失(広義)である。 つまり 身体の病気・社会経済的問題・対人関係に支障等の問題があり、 アルコールを減らす or 止める必要があると分かっているのに、 飲み始めると適量で切り上げられず or 飲むことを止められず 問題を繰り返す疾患である。 *脳内のアルコールに 関するブレーキが 壊れている病気と 患者さんに説明すると 理解されやすい。アルコール依存症(ア症)
疾患概念-2
*アルコールを飲める人なら老若男女誰でもなりうる病気で、 皇族の寛仁殿下が2007年にア症であるとカミングアウトされた。 日本には何らかのアルコール関連問題をもつ人が654万人 ICD-10診断基準でア症と診断される人が80万人(注)いると推計 されている。 注:サンプルバイアスによる過小推計の可能性大 *慢性・進行性・致死性の病気であり、 いったん壊れた脳内のブレーキは現代医学では修復できない。 アルコール依存症の5年生存予後は下記のとおりで (国立久里浜アルコール医療センターでの大規模な追跡調査 4) 断酒・準断酒群 問題飲酒群 アルコール依存症のみ 93% 70% ア症+糖尿病 88% 22% ア症+肝硬変 86% 19% きちんと治療しなければ、進行がん並みの5年生存予後である。アルコール依存症(ア症)
疾患概念-3
*ア症にまつわる誤解と正解 × 飲んでも暴れないから or 夜しか飲まないから or 飲んでも仕事に行くから ア症ではない。 ○ 暴力がなく、夜だけ飲んでいて、仕事をしていても、 「身体の病気で注意されても飲み続ける」 「飲酒運転を繰り返す」「二日酔いでミスや遅刻が多い」等の問題ある 場合はア症を強く疑うべき。 × 酒を止められないのは意思が弱いからだ。 ○ 飲酒を意思でコントロールできないのが、ア症という病気の中核症状 であり、意思の問題ではない。 × 悩みを解決したら、こんなに酷く飲まなくなるのでは? ○ 始めは強いストレスで酒量が増えたかもしれないが、いちどア症に なると、喜怒哀楽すべてが飲む材料になり、飲むと止まらないのが症状。 悩みの解決より病気の治療をするのが先。ア症の診断基準
ICD-10
例・解説・注を追加したもの 最近1年間に以下の6項目のうち3項目があれば、アルコール依存症と診 断される。 1)飲酒への強い欲望、または強迫感。 例:医師から禁酒・節酒を指導されて、守ろうとするが守れない。 隠れてでも飲む。 仕事が終わると、帰宅まで待ちきれずに途中で飲む など 2)飲酒量・飲酒開始・飲酒終了のどれかのコントロール障害。 例:臓器障害を起こす量まで飲む。日中から飲み始める。 「一杯だけ」と決めて飲み始めても、結局は自分の「定量」 あるいは「あるだけ」飲む。 など 3) アルコールを中止または減量した時に離脱症状が出現する。 または、離脱症状を軽減・回避するために飲酒する。ア症の診断基準
ICD-10(続)
3) 解説: 離脱症状には、 手指の振戦・発汗・嘔気・頻脈・高血圧・微熱 ・こむらがえり・不眠・頭痛・いらいら 集中力の低下 などや、 振戦せん妄(意識が曇り 振戦を伴って興奮す る状態)および 離脱時のけいれん発作(てんかん のような発 作を起こすが 本物のてんかんではない) がある。 4) 耐性の証拠。 飲み始めの時期に得られていたのと同じ程度の酔い を得るのに より多い量のアルコールを必要とする。 注:DSM-4の診断基準では1.5倍以上ア症の診断基準
ICD-10(続)
5) 飲酒のため、ほかの楽しみや趣味をしだいに無視し、 飲んでいる時間や酔っている時間が長くなり、 飲酒中心の生活になっている。 6) 明らかに有害な結果が起きていると分かっているのに、 アルコールを飲む。 解説:有害な結果とは、 アルコール関連疾患や、 飲酒・酩酊による「トラブル」を指す。 ICD-10では離脱症状は診断の必須項目ではない。 →身体依存が生じていなくても 飲み方が病気になっていれば依存症 !アルコール依存症
回復のイメージ
*回復の3段階 I can’t drink. = 私は飲めない 外部から強制されてイヤイヤ止めているレベル。 「ちょっとくらいなら良いのでは?」という節酒志向がある。I won’t (will not ) drink. = 私は飲みたくない
自ら心の中から止めたいと願い、止めているレベル。 明瞭に断酒志向である。
アルコールなしで上手に生活するスキルが不充分なために、時に 再飲酒したり、別の問題を起こすことが認められる。
I don’t have to drink.= 私は飲む必要がない
ムリなく止め続けて、しらふの人生を楽しんでいるレベル。 ストレス解消や日常の問題処理・対人関係をアルコールなしで 上手にこなすスキルを身につけており、もはやアルコールは本人の 生活に必要なものではなくなっている。 3つめの回復レベルに到達するには、とても順調に治療が進んでも5年間 は必要 ! !
アルコール依存症 治療の三本柱
*2012年7月現在の日本で アルコール依存症治療の三本柱(標準治療セット) と考えられているのは、以下の組み合わせである。 1.専門治療機関への継続的通院 2.自助グループへの継続的参加 3.抗酒剤の内服 *三本柱の中で、 特に中心的役割を持つと考えられるのが 自助グループへの継続的参加である。 *今後は標準治療セットが大きく変化していく予兆 がある。 ex :新しい作用機序の薬(抗渇望薬)の開発 再発予防プログラム など自助グループはなぜ効果的なのか?
*同じ病気を抱える仲間の共感的雰囲気のなかで 安心して正直に 自分を振り返ることができる →「あぁ、自分と同じ体験をしているひとが、こんなにいるんだ。 自分も、やっぱりアル中なのかなぁ・・・・」 *良いモデルも悪いモデルもいる中で 自分の新しい生き方を模索して希望 を見出せる →「へぇ~、あのひとも 酒を止められたんだ!! 自分だって、ここに 通っていたら酒を止め続けられるかもしれないな・・・」 「1年たったらAさんみたいになれたら、いいなぁ」 *仲間としらふで語り しらふで行動する生活を続けるなかで 飲酒以外のストレス対処行動を身につけ しらふの対人関係を学べる このような認知・行動の変化はグループの中 メンバーどうしの相互作用の中 で最も効果的に生じうる!! 「自助グループって、傷を舐め合うところだよ。傷は舐め合ったほうが早く治るよ」 (苫小牧市植苗病院 院長 芦沢Dr.の言葉) アルコール依存症は「ひとによって癒される 最も人間くさい病」なのです自助グループに関する最低限の常識
*自助グループ:日本のアルコール依存症では 断酒会・AAが代表的なグループ。 「体験談に始まり、体験談に終わる」(断酒会) 「言いっぱなし、聴きっぱなし」(AA) の原則で運営されている =何を話しても、指導・批判はされない 論争もない 「経験と知恵と力を分かち合う場」(AA) であり 当事者(患者さん)による当事者のためのグループ。 *治療グループと自助グループの違い 治療グループは援助職が司会をして、自助グループは当事者が司会をする のが大きな違い。 グループがメンバーを傷つけず安全なものであるように工夫されたのが上記の運営原則 *自助グループについて 知っておきたい特徴 断酒会は「会費制・会員名簿を公開」 AAは「献金制・匿名性を重視」という違いはあるが、 「新しい会員・メンバーは、長く断酒を続けている 会員・メンバーにとって最も大切な先生なのです」という 姿勢には変わりがないし、ともに断酒を志向している。 「断酒の指針と規範」は「AAの12ステップ・伝統」 を日本流に翻案したもので 基本は全く同じ 治療開始後2年間は少なくとも週1回以上の参加が必要!「分かっちゃいるけど止められない」
が
ア症の中核症状
「しらふで人生を楽しむ」
が
ア症治療のゴール
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OINTS
0.アルコール問題のコスト
アルコールは個人・社会・コミュニティに多大な損害を与える最も有害な薬物のひとつ1.アルコール依存症の疾患概念
「分かっちゃいるけど止められない」がア症の中核症状 「しらふで人生を楽しむ」が治療のゴール2.アルコール依存症を含むアルコール使用障害の
スクリーニング&簡易介入 (SBI)
WHOが開発した3分で できるスクリーニングテスト AUDIT AUDITの得点結果でリスク分類して 5~7分で簡易介入3.動機づけ面接法
motivational interviewing=MI 患者さんに「メリット」「デメリット」両方を挙げてもらう OARSでチェンジ・トークを掬い上げる ! !スクリーニング&簡易介入 (SBI)
SBI
とは?
・WHOやNIAAAが提唱している アルコール関連問題への介入方法Screening & Brief Intervention の略 ・AUDITなどのスクリーニングテストを用いて 対象者のリスクを評価 ・それぞれのリスク危険度に応じて パッケージ化された 短時間の介入(概ね1回5分~10分)と フォローアップを行うもの ・日本ではWHOマニュアル5)を翻案して開発された HAPPY プログラムがある