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役員秘書の経験学習に関する研究

1.問 題

1980 年代からのグローバル化,IT 化,1990 年代からの経済不況は,ビジネスの在り方を劇 的に変化させた(金森・香西・大森,2004)。 国境の垣根が低くなり,通信手段が発達した結 果,ビジネスの範囲がグローバルになり,そし て,ビジネススピードが高速化した。組織は, 多くの情報を手に入れることができるようにな った反面,特に経営者にいたっては,新しい情 報を入手するために頻繁に仕事を中断する傾向 が強まっており,戦略を熟慮する時間を確保す ること,業務を効率化することが求められてい る(Mintzberg, 2009)。経営者の管理行動は企 業業績に与える影響が大きいため,彼らの管理 行動をよりよいものにしなければならない。 ところで,経営者の仕事を効率的かつ円滑に 進めるために補佐業務を行うのが経営者と共 に働く役員秘書1 である。西澤(2008)による と,秘書は,秘書役/秘書室長,役員秘書,担 当のいない秘書課員/現場の兼任秘書,受付な ど(西澤,2008)の四つに分類されるが,本研 究で対象とする秘書は役員秘書である。その理 由は先に述べたように,経営者の管理行動が企 業業績に与える影響が強く,その経営者の行動 や効率性に役員秘書の業務が影響を与える(西 澤,2008;田中,2000)ことが指摘されている 経営行動科学第 28 巻第 3 号,2016,233-247

役員秘書の経験学習に関する研究

東京大学 

伊 勢 坊 綾

* 東京大学 

中 原   淳

**

How do executive secretaries learn from their experiences?

Aya ISEBO

(Tokyo University)

Jun NAKAHARA

(Tokyo University)

The purpose of the study was to examine how executive secretaries learned from their experiences at work and what their learning experiences were. This study was conducted through semi-structured interviews with thirteen executive secretaries. Interview records were then analyzed with the Modified Grounded Theory Approach.

The results of the analysis indicated that the learning process moved from Phase 1: “obtaining basic knowledge and abilities” to Phase 2: “acquiring spe-cific knowledge of their bosses”, “organizational knowledge relating to their bosses”, and “knowledge of the whole company”, and furthermore, to Phase 3: “prompt unlearning current role of secretary and being able to reconstruct new one”. Finally, results indicated that the learning process moved back and forth between Phase 2 and 3.

Keywords: executive secretary, learn from experience

東京大学大学院 学際情報学府 博士課程。 **

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ためである。

これに関しては,近年のリーダーシップ研究 における共有型リーダーシップの研究の進展 も参考になり(Avolio, Walumbwa & Weber, 2009),本研究はこれを支持する。共有型リー ダーシップとは,「集団における個人の間のダ イナミックな相互影響プロセスであり,その 集団の目標は集団や組織,その両方の目的の 達成にむけて相互に影響し合う」(Pearce & Conger, 2003)と定義され,経営者の管理行動 や経営者に焦点化した研究からリーダーの元で 共に働くメンバーもリーダーシップの構成要 素として考え注目するもので(Day, Gronn & Salas, 2004;Pearce & Conger, 2003),非常に 高い共有型リーダーシップは上司の役割を担う 個人に集中するというよりも,グループやチー ムの中で広く分散していると考えられている (Avolio, Walumbwa & Weber, 2009)。本研究 の対象である役員秘書も共有型リーダーシップ を役員とともに発揮している存在であると位置 づけられ,ゆえに,リーダーシップの重要な要 素として,役員秘書の仕事や育成は注目に値す る。 経営者の仕事が広範囲に及び,意思決定に旧 来以上のスピードが求められるようになったこ とにより,秘書の仕事にも同様の変化がもたら された。また,IT 化により秘書のさまざまな 職能のうちの多くが不要となり,機械の奴隷に なってしまうことが指摘される一方,秘書は思 考力を必要としない反復的作業要員になるどこ ろか,専門的仕事や,意思決定の一部に参画す ることになる可能性も指摘されており(Toffler, 1980),二極化が想定されている。 ビジネススピードの高速化,膨大な仕事量, 仕事領域の拡大といった要因が重なり合う複雑 なビジネス環境の中で,パフォーマンスを出す ことが求められる経営者の経営活動を支える役 員秘書も補佐として足る能力やスキルが必要で あり,経営活動を支えることができなければ真 の補佐業務を遂行しているとは言えなくなって きている。そのためにも,経営者の管理活動の 変化に応じて,さらに言えば企業の置かれる状 況や社会情勢に合わせて,経営者の補佐を行う 役員秘書の能力形成が必要になってくる。 1.1 先行研究 秘書の能力形成に関する先行研究は,高等教 育機関における秘書教育に関する研究と,現場 の秘書の能力形成に関する研究に大別される。 高等教育機関をフィールドとした秘書教育に 関する研究は,高等教育機関での教授方法,教 材開発といった教育内容の充実を目標に,各学 校の事例報告,在校生アンケートといった形で 研究されてきた。高等教育における秘書教育 は,時代の変化に応じて秘書の担う業務及び業 務のやり方が変化しているのに対応して,学生 に新しいスキルを獲得させるべく,奮闘して きた。その最も大きな影響の一つがオフィス の OA 化,IT 化である。IT 化は,秘書の業務 を変化させただけでなく,秘書科の授業内容を 変化させてきた。会社にパソコンが導入される と,それに対応するために短期大学でもパソコ ンを使用した演習を実施する動きが出て,各 学校の実践が報告された(中西・島田・北垣, 2009;小川,1996)。このように,高等教育機 関における研究は,学生の実態把握や教育内容 に関する研究に相当な蓄積がある。 一方,現場の秘書の能力形成に関する先行研 究では,研修の有無や内容の調査研究(濱口・ 田中・中村他,1988;全国短期大学秘書教育協 会,1987),秘書経験が長いほど役員代行業務 を担う傾向があること(大津,1995)を明らか にしているが,実際の業務においてどのように 能力形成をしているかという点は明らかになっ ていない。研修より仕事経験からの学びの方が 多い(Davies & Easterby-Smith, 1984)ことを 鑑みると,現場での仕事経験からの学びに着目 する必要性があると考えられる。

このように,秘書の能力形成に関する先行研 究には,高等教育機関における秘書教育への偏

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重によって現場の秘書に光が当たり難い構造が あることが指摘できる。また,現場の秘書を対 象とした研究でも,大津(1995)を除いて実務 を詳細に捉えた研究は見られず,現場の秘書が どのように能力形成しているのか,明らかにな っていない。 そこで,本研究では,現場の秘書を対象に, 実務でどのように能力形成しているのかを明ら かにする。その際の分析視点として「経験学習」 を導入する。 経験学習のプロセスを理論化したのがコルブ (Kolb, 1984)である。コルブの経験学習理論 では,学習を,葛藤によって知識を構成するプ ロセスとして捉えており,この学習のプロセス を四つの段階からなる経験学習モデルとして記 述している。経験学習モデルによると,学習者 は,まず,その個人が置かれた状況の中で具体 的な経験をし(具体的経験),次にその経験を 多様な観点から内省し(内省的観察),さらに 他の状況でも応用できるように一般化・概念化 して仮説や理論に落とし込み(抽象的概念化), 最後にその仮説や理論を新しい状況下で実際に 試してみる(能動的実験)ことによって学習す るとされている。 「経験学習」という概念は,人材開発の領域 で現場での学習を捉える際の中心的な概念とし て注目され,近年,特定の職種においてそのプ ロセスが明らかになっている。例えば,松尾 (2005,2006)は,IT 技術者であるコンサルタ ントとプロジェクトマネジャーでは,中期以降 の学習内容が異なるということを指摘した。さ らに,松尾(2006)は,不動産営業担当者の初 期と中期における経験の内容は共通していたこ とを指摘している。笠井(2007a,2007b)は, 小学校教諭・看護師・客室乗務員・保険営業を 「対人サービス職」とし,4 種の職業には,共 通する段階と経験があることを明らかにした (笠井,2007a,2007b)。齊藤(2010)は,コン サルティング会社の法人部門で働く営業担当者 を対象に,成長を促す経験は 5 年目までの期間 に多いことを明らかにしている(齊藤,2010)。 近年では,経験学習を拡張し,有効ではなくな った知識を棄却するアンラーニングという概念 が導入されており,事業統轄役員のアンラーニ ングが明らかにされている(松尾,2014)。以 上,経験学習のプロセスに関する先行研究は, それぞれの職種に特有の学習内容や段階・プロ セスを明らかにしているが,役員秘書を取り扱 った研究はない。役員秘書は,役員の管理行動 やリーダーシップを支えている存在であり,企 業業績に間接的ではあるが少なからず影響を与 える可能性がある。ゆえに,役員秘書の現場で の能力形成を経験学習の観点から研究する。 1.2 研究の目的 本研究は,役員秘書は,業務経験の中でどの ような知識やスキルを獲得し,成長しているの かを明らかにしようとするものであり,この目 的に対して,本研究では,「経験学習」という 視点から,M-GTA という分析手法を用いて, 業務経験から獲得した知識やスキルに着目し, そのプロセスを明らかにする。 以上より,次のリサーチクエスチョンを設定 する。 Research Question) 役員秘書は業務経験からどのような知識やス キルを獲得し,それはどのようなプロセスか

2.方 法

本研究では,定性的調査である面接調査を実 施した。収集した質的データをテキスト化し, 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ (Modified grounded theory approach; 以 下,

M-GTA)を参考に,役員秘書の経験学習につ いて概念生成,時系列にし,経験学習に関する モデルを提示する。

2.1 調査対象者の選定と概要

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年以内に役員秘書業務に従事,秘書業務専業と いう二つの条件を満たす者に限定した。その理 由としては,秘書業務専業,つまり秘書業務に 特化した人たちを見ることは,人を補助・補佐 する営為をよりクリアに見ることができると考 えられるためである。また,ついている上役の 役職を役員以上に限定したのは,トップマネジ メントの秘書業務を対象に絞るためであり,そ の結果,経営活動を補佐する秘書の仕事を浮き 彫りにできると考えられるからである。 半構造化インタビューを実施した調査対象者 は 13 名で,全員女性であった。所属企業の規 模は,調査当時に役員秘書として働いていなか った 1 名以外の他 12 名は,従業員数 300 名を 超える企業に所属し,従業員が数万人という企 業に所属している者も 3 名いた。調査対象者の 属性については,表 1 に記す。 2.2 調査の実施 調査は,平成 24 年 5 月から 10 月にかけて実 施した。調査は,倫理的配慮の説明及び研究承 諾書への署名,半構造化インタビューの順で実 施した。 自身の秘書としての経歴を自由に話し,事前 に作成したインタビューガイドを参照しながら 適宜質問する形で半構造化インタビューを実施 した。 インタビューでは,秘書職についてから担当 した役員の数,役員の役職,会社としての大き な出来事と秘書の仕事の関係,役員ではない上 司(秘書室長や秘書課長)との関係,関わりの ある人々とのやりとりなどについても,時系列 で話すよう促した。同時に,自分にとって成長 の契機となった出来事,重大なミス,自身の変 化を感じた出来事といった印象的な出来事など について話すよう依頼した。回答時間は,1.5 ∼ 3 時間程度で,調査回答者の了承を得て IC レコーダーで録音し,得られたデータは,文字 テキストとして起こした。 2.3 分 析 分 析 は,M-GTA( 木 下,1999, 2003, 2007a, 2007b)を参考にした。分析の手順は,まず, 分析テーマと分析焦点者に照らして,データの 関連箇所に着目し,それを一つの具体例とし, かつ,他の類似具体例をも説明できると考えら れる説明概念を生成した。概念を創る際,分析 ワークシートを作成し,概念名,定義,最初の 具体例などを記入した。データ分析を進める中 で,新たな概念を生成し,分析ワークシートは 表 1 調査対象者の属性 調査 対象者 勤続年数 秘書歴 秘書以外の職務経験 所属先企業 担当役員の役職 担当した役員の数 就業形態 秘書としての転職 1 13 年 10 年 有り 外資系 日本支社長,CFO 7 名 正/派両方 有 2 26 年 26 年 無し 日系 社長,会長,常務 7 名 正社員 無 3 5 年 5 か月 1 年 5 か月 有り 日系 会長 1 名 正社員 無(転職は有り) 4 7 年 3 年 有り 日系 社長 2 名 正社員 無 5 26 年 9 年 有り 日系 社長 1 名 正社員 無(転職は有り) 6 9 年 5 年 有り 日系 社長 2 名 正/派両方 有(正 → 派) 7 13 年 5 年 有り 日系 社長 2 名 正社員 無 8 25 年 14 年 有り 日系 社長 1 名 正社員 無 9 17 年 12 年 有り 日系 常務 2 名 正社員 無 10 16 年 9 年 有り 外資系 常務,副社長,理事 4 名 正社員 無 11 31 年 23 年 有り 外資系 専務,常務 6 名 正社員 有 12 24 年 13 年 有り 外資系 日本支社長,副社長 8 名 正社員 有 13 22 年 20 年 有り 日系 副会長,社長 7 名 正社員 無

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個々の概念ごとに作成した(表 2 参照)。同時 並行で,他の具体例をデータから探し,ワーク シートのヴァリエーション欄に追加記入し,具 体例が豊富にでてこなければ,その概念は有効 でないと判断した。生成した概念の完成度は類 似例の確認だけでなく,対極例についての比較 の観点からデータをみていくことにより,解釈 が恣意的に偏る危険を防ぎ,その結果をワーク シートの理論的メモ欄に記入した。次に,生成 した概念とほかの概念との関係を個々の概念ご とに検討した。さらに,複数の概念の関係から なるカテゴリーを生成し,カテゴリー相互の関 係から分析結果をまとめ,その概要を簡潔に文 章化し(ストーリーライン),最後に結果図を 作成した。調査対象者 13 名は,調査開始時に 設定されたものではなく,新たな概念が生成 されなくなった状態に至ったとの判断に基づ き,確定した。なお,解釈の妥当性を高めるた め,第一に,大学院生の参加するゼミにおいて 調査結果を定期的に報告して意見を仰いだ。第 二に,M-GTA による分析の経験を持つ研究者 のチェックを受けた。第三に,調査対象者 5 名 に結果を伝え,疑問や異論がないことを確認し た。 M-GTA を参考にした理由は,データに密着 した帰納的な理論構築を目指す点,人間と人間 の直接的なやりとり,すなわち社会的相互作用 に関係し,人間行動の説明と予測に有効である 表 2 分析ワークシートの例 概念名 担当役員の特性 定 義 担当役員の性格,時間感覚,業務上の優先順位,秘書への期待などの理解 ヴァリエーション (具体例・データ の一部) ・ 「ボスにスケジュール通り動いてもらうんですけど,とはいえできないこともあって, “行きたくない”っていうんだったら行かないですね。そういう方です」(対象者 3) ・ 「フィーリングというか,性格的に役員とは合っていましたね。お互いおっとりしてて, という意味で」(対象者 10) ・ 「自分が組織異動したので挨拶に伺いたい,これはこういう礼儀なんだと思って入れる んですけど,個人的には人事異動くらいで挨拶の時間とらなくてもって思ってるんです けど,入れちゃってたんですね。で,そういうのを自分感覚でやってみようと思って削 除したりとか。あと,説明にあがりたいから時間下さいっていうのがあったりして,そ んなの書類で済む話の場合があったり,そういうのも受け止めていたのを,“書類だけ ください,私がそれを拝見してから,お伝えしますから”っていうやり方に変えていっ たんです。そのあたりは,合ってきました。(中略)そしたら,それによって,ボスと 話す機会が増えたし,ボスが言葉の中で,“要らないものはどんどん短くしてくれ”っ ていうのを直接言って下さるようになったので,“あ,この感覚私と一緒だ”と肌で感 じられるようになったんです,で,自信がもてて。スケジュールの調整ということでは, 自分の価値観で,〇〇(補足:役員の役職名)と一緒だって思えるようになりました。 優先順位の感覚というか」(対象者 7) ・ 「“今すごく秘書として鍛えているけど一生面倒見るわけじゃない”って言われました。 “どこに異動しても秘書を連れて行くっていう役員もいるけど,相性がいいからとか, いいやすいからってあるけれど,相性がいいだけでついてくる秘書は要らない。それぞ れの所属になったところの部署の人から頼りにされる人にならない限りは連れて行かな いんだから,自分ばっかりに気を使うのではなく,組織の仕事を理解しながら,組織に とって役に立つ,自分だけじゃなくて,組織にとって役に立つ人間にならない限り俺は 要らないから。そのつもりで仕事しろ”って役員から言われました」(対象者 8) 理論的メモ 対象者 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 全対象者より概念抽出。 秘書にとって,担当するボスの性格を把握し,それに沿った業務を遂行していくことは当 然のことであり,逆に,ボスの性格を把握できなければ,秘書の仕事が立ち行かないので はないだろうか

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点,人間の行動,特に他者との相互作用の変化 を説明できる点が,本研究の目的に合致してい ると判断できるからである。

3.結 果

3.1  業務経験から獲得したスキル・知識の概念 とプロセス 本節では,「役員秘書は業務経験からどのよ うな知識やスキルを獲得し,それはどのような プロセスか」について,まず獲得したスキル・ 知識の概念を抽出し,次にプロセスを示す。 3.1.1  業務経験から獲得した知識・スキルの 概念 本項では,業務経験から獲得した知識・スキ ルの概念(表 3)を提示する。役員秘書の業務 表 3 役員秘書の業務経験から獲得した知識・スキルの概念リスト カテゴリー 概 念 定 義 学習を規定する経験 概念が語りに見られた対象者 1 基本的知識 社内における秘 書の立ち位置 社内での秘書に対する認識と,打ち出していく秘書像の理解 ・着任や配属初期の心理的不安 3 4 5 6 11 基本業務 書物や今までの社会人経験からの応用や,秘書ならではの業務特性・会社行事 や会社としての緊急対応等の理解 ・マニュアルで対応できる仕事 2 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 業務範囲 他者との線引きが曖昧な仕事,厳密な意味での仕事かどうか不明確なことに対す る理解 ・マニュアルで対応できない仕事 4 7 10 11 13 2 担当役員個人に関する知識 担当役員の特性 担当役員の性格,時間感覚,業務上の優先順位,秘書への期待などの理解 ・担当役員とのコミュニケーション 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 担当役員の社外 の人間関係に関 する知識 担当役員の社外人脈とのつきあいや,家 族との時間の過ごし方,仕事と家庭の線 引きに関する知識 ・担当役員とのコミュニケーション ・ 担当役員の社外人脈とのコミュニケーシ ョン ・担当役員の家族とのコミュニケーション 2 3 9 12 13 担当役員の社内 の人間関係に関 する知識 担当役員の,他の役員・部下・若手社員 への接し方や認識についての知識 ・担当役員とのコミュニケーション ・所属部署の社員とのコミュニケーション ・他部署の社員とのコミュニケーション ・他役員とのコミュニケーション 1 4 5 9 11 12 13 3 担当役員の社内ポジションに 関する知識 担当役員のミッ ション 担当役員が受けている使命,置かれている立場やその意味についての理解 ・担当役員とのコミュニケーション ・担当役員の代役としての仕事経験 ・ 他部署の社員,他役員や他役員秘書との コミュニケーション 1 2 4 10 11 12 13 担当役員の掌握 部署と他部署と の関係 担当役員の掌握部署が他部署からどの程 度の影響を受けるのか,他部署にどの程 度の影響を与えるのかの理解 ・担当役員とのコミュニケーション ・担当役員の代役としての仕事経験 ・ 他部署の社員,他役員や他役員秘書との コミュニケーション 1 10 11 12 4 会社全体に関する知識 経営や組織に関 する知識 経済状況,業界,マネジメントなどに関する知識の獲得 ・担当役員とのコミュニケーション ・担当役員の代役としての仕事経験 ・プロジェクトへの参画 ・他役員とのコミュニケーション 1 8 12 13 担当役員の視点 からみた,会社 の方向性 担当役員と同じ視点を獲得した上での会 社の方向性の理解と,その上で自分がで きることの把握 ・担当役員とのコミュニケーション ・担当役員の代役としての仕事経験 ・プロジェクトへの参画 1 2 4 6 7 8 12 13 担当役員の視点 からみた,担当 役員の掌握部署 の方向性 担当役員と同じ視点を獲得した上での掌 握部署の方向性の理解と,その上で自分 が果たす役割の把握 ・担当役員とのコミュニケーション ・担当役員の代役としての仕事経験 ・プロジェクトへの参画 1 2 8 11 12 5 棄却と再構築のスキル 担当役員の変更 への対応 担当役員の変更があっても,担当役員の嗜好に合わせた秘書業務を遂行できる ・担当役員の交代 1 5 6 9 10 11 12 13 担当役員が担当 する事業の変更 への対応 担当役員の掌握部署の増減,ミッション の変更などの担当役員が担当する事業が 変更しても,状況に応じた秘書業務を遂 行できる ・担当役員が担当する業務の変更 1 2 4 5 6 8 9 10 11 12 13 環境の激変にお けるレジリエン ス 担当役員の変更と,担当役員が担当する 事業の変更が同時に起こるような激変で も,既存の秘書業務の色を即時に抜き, 立て直すことができる ・担当役員の交代 ・担当役員が担当する業務の変更 1 4 6 7 8 9 11 12 13

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経験から獲得した知識・スキルについて生成さ れた概念は 14 あり,5 カテゴリーにまとめた。 生成した概念を表 3 に記す。なお,概念は「 」 で示し,以下,カテゴリー単位で説明する。 (1)カテゴリー 1 基本的知識 該当する概念は「社内における秘書の立ち位 置」,「基本業務」,「業務範囲」である。担当役 員のタイプや役職などに関わらず共通し,秘書 として働く上で基本となる概念群であり,三つ の概念で構成した。 例えば,「社内における秘書の立ち位置」で は,対象者 3 が下記のように述べている。 「いったい,どこまで踏み込んでいいの かがよくわからない,立ち位置としてって いうのもありました。よくわからないな と。いかんせん初めてだったので,どうし てよいのかわからなくて」(対象者 3) ここで「どこまで踏み込んでいいのかがよく わからない」という言葉からは,秘書の仕事と は何なのか,どういうことをするのか,誰と相 互行為があるのかが全くわからない状態にあり ながらも,否応なしに自分は誰に対してどのよ うな振舞いをすべきかという立ち位置を明確に していく必要性があることを学ぶということを 示唆している。 (2)カテゴリー 2 担当役員個人に関する知識 該当する概念は「担当役員の特性」,「担当役 員の社外の人間関係に関する知識」,「担当役員 の社内の人間関係に関する知識」である。担当 する役員についての情報や知識を学習する概念 群で,三つの概念で構成した。個人の性格や仕 事の進め方の理解と同時並行に,担当役員に関 係する人々に関する知識を習得する。担当役員 とのやりとりや,担当役員と他者との相互行為 をみて学習していく概念群である。 例えば,「担当役員の特性」では,対象者 6 が下記のように述べている。 「スケジューリングは各ボスによって異 なるわけです。タイトに入れるタイプ,比 較的余裕をもって入れるタイプ,午前中に 入れたい,出張の前にとか」(対象者 6) ここで対象者 6 が「タイトに入れる,比較的 余裕をもって入れる」というのは,役員のス ピード感,時間の使い方の好み,業務上どのよ うなことが優先順位を高く設定しているかとい った,役員の仕事の進め方について話してお り,それが,スケジュール管理・立案において 非常に重要であることを示唆している。 (3) カテゴリー 3 担当役員の社内ポジションに 関する知識 該当する概念は「担当役員のミッション」, 「担当役員の掌握部署と他部署との関係」であ る。担当役員が会社ではどのような立場にある のか,さらには役員間の人間関係,社内の政治 など,担当役員をめぐる状況を理解する概念群 であり,二つの概念で構成した。担当役員がそ の役職に登用されたことから明らかになってい る場合や会社の流れから明らかな場合などはミ ッションや立ち位置を把握するという学習は見 られないが,秘書の多くはわざわざミッション を知らされず,担当役員とやりとりのある部署 や人物との打合せ等の情報から,ミッションや 立ち位置を掴もうとする。それによって秘書の 仕事のやり方は変わってくることを示す概念群 である。 例えば,「担当役員の掌握部署と他部署との 関係」では,対象者 10 が下記のように述べて いる。 「意外と会社の中で花形部署と,そうで ない部署ってあるんです。地道に頑張って いるんですけど,報われないみたいな。そ れが役員の力関係とか,関係してきて」(対 象者 10) ここで対象者 10 が「花形部署とそうでない

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部署」,「役員の力関係」というのは,役員の掌 握部署がどのような部署なのかによって,動き や影響範囲が異なり,それに伴い役員秘書の仕 事や相手への対応が異なってくるため,役員が どのような部署を掌握するか,それによる影響 の範囲を理解することが必要であることを示唆 している。 (4)カテゴリー 4 会社全体に関する知識 該当する概念は「経営や組織に関する知識」, 「担当役員の視点からみた,会社の方向性」,「担 当役員の視点からみた,担当役員の掌握部署の 方向性」である。自分の担当役員のためだけに 秘書業務を行うのではなく,担当役員が何を見 ているかといった担当役員の視点を獲得すると いう学習の概念群で,三つの概念で構成した。 担当役員が入手する情報の源を同じくして学習 することを求められ,あるいは自発的に学習す る。これは,担当役員が何を見ているのか,目 線はどこにあるのかを定めるための学習でもあ り,つまり,担当役員の視点を獲得するためと いう目的で学習を始める。担当役員の舵取りの 方向性が見えるようになるのは,担当役員を担 当してからすぐの時期ではなく,比較的あとに 見られた。会社や部署の方向性が見えるように なるのは,担当役員の視点を獲得してからでは あるが,同時に,部署のプロジェクトに携わっ たり,部署をまたぐ仕事経験をすることによっ てであり,このように,担当役員だけのために 仕事をする段階から一歩先に進み,組織のため に仕事をすることを担当役員が認めてからにな り,よって,担当役員から信頼された上でその ような経験を積んでいることがわかる。これら は,担当役員の業務を円滑にすることに加え, 組織という一つ先の視点を得ていた概念群であ る。 例えば,「担当役員の視点からみた,会社の 方向性」では,対象者 13 が以下のように語っ ている。 「ボスが大事だと思っていることって 何?ってきかれたら,10 なら 10 わかって いないとダメ。会社の目指す方向がある」 (対象者 13) ここで対象者 13 が「ボスが大事だと思って いることって何?ってきかれたら,10 なら 10 わかっていないとダメ」「会社の目指す方向が ある」というのは,役員と同じ視点を獲得した 上での会社の方向性を理解し,その上で,自分 が秘書として果たさなければならない役割を把 握することを示しており,“役員のために”か ら,“役員とともに”仕事を行っていくための 学習である。 (5)カテゴリー 5 棄却と再構築のスキル 該当する概念は「担当役員の変更への対応」, 「担当役員が担当する事業の変更への対応」, 「環境の激変におけるレジリエンス」である。 担当役員の交代,担当役員をめぐる組織的環境 の変化が起こるような激変でも,今までの知識 を捨て,立て直すことができることを指す。 例えば,「担当役員の変更への対応」では対 象者 11 が以下のように語っている。 「役員が変わる時って,その瞬間はでき ることががくっと減るんです。全部ではな いんですけど」(対象者 11) ここで対象者 11 が,「できることががくっと 減る」ということは,既存の知識やスキルを即 時に捨てていることを示唆しており,今まで担 当してきた役員にカスタマイズした秘書業務か ら,新しい役員のやり方に合うようにカスタマ イズした秘書業務を実践する必要性があること を示している。役員秘書にとって,役員が変わ ることは,一つの学習の契機であると考えられ る。 カテゴリー 1 では秘書としての基本業務につ いての学習,カテゴリー 2 とカテゴリー 3 では 担当役員についての学習,カテゴリー 4 は組織

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についての学習であり,その大部分は,得るも のであったが,カテゴリー 5 は,変化に強くな ること,そのためには,今まで経験から学習し てきたことを棄てることや,新しくつくりなお すことの重要性を示した概念群である。「担当 役員の変更への対応」は,担当役員が変わると いう経験を通じて,カテゴリー 2 やカテゴリー 3,及びカテゴリー 4 の一部(「担当役員の視点 からみた,会社の方向性」「担当役員の視点か らみた,担当役員の掌握部署の方向性」)を棄 却し,新しい担当役員の嗜好に合わせた秘書業 務を探索し,スムースに遂行できる力である。 特に「担当役員の特性」は秘書の仕事の進め方 に大きな影響を与えるので,大部分を棄却せざ るを得ない。「担当役員が担当する事業の変更 への対応」は,担当役員は変わらないが組織が 変わる,戦略が変わるなどの経験を通じて,カ テゴリー 3 及びカテゴリー 4 の一部分(「担当 役員の視点からみた,会社の方向性」「担当役 員の視点からみた,担当役員の掌握部署の方向 性」)を棄却し,新しい状況に合わせた秘書業 務を探索し,スムースに遂行できる力である。 さらに,「環境の激変におけるレジリエンス」 は,「担当役員の交代への対応」と「担当役員 をめぐる組織的環境の変化への対応」が同時に 起こっても即時に新たな秘書業務を遂行できる ことを示しており,これらより高度なものとな る。これらの概念は,状況に応じて,既存の知 識を捨てる力,変化への対応力,変化と自己の 強みをすり合わせる力などである。 3.1.2 獲得した知識やスキルのプロセス 次に,獲得した知識やスキルのプロセス(図 1)を説明する。 カテゴリー 1 は,着任初期や,着任から 1 年 程度の間に起こっている。秘書業務の特性上, 最初の 1 年で何が起こるかを知ることは重要で あり,行事を理解するとともに,この時期に行 事があるからいつから準備すればよいかといっ た先回りした仕事ができるようになり,「楽に なる」(対象者 4)という。 カテゴリー 2 は,担当役員個人の知識獲得で あり,担当役員と出会って間もなくから比較的 長い期間続く。この期間は個人差が大きい。担 当役員が秘書にとって非常にやりやすいタイプ であればこの期間は短いが,その逆もある。や りやすいとは曖昧な言葉ではあるが,性格やフ ィーリングが合うといった話から,担当役員が 秘書にどこまで心を開いて話してくれるかとい った話まで多岐に渡る。 カテゴリー 3 は,担当役員が社内でどういう ポジションなのかという知識獲得である。 カテゴリー 4 は,秘書としてどう担当役員 をサポートするかというカテゴリー 1,カテゴ リー 2,カテゴリー 3 から一歩進んだもの,視 野が拡大したこととして位置付けられる。よっ て,組織がどうあるべきかという問題意識を持 つ,担当役員と同じ目線に立つことは,担当役 員を担当してからある程度の時間を要すること が明らかになった。 カテゴリー 5 は変化への対応が前提となって おり,その変化が,秘書に「棄却」と「再構 築」という再学習を引き起こすカテゴリーであ る。これは,カテゴリー 4 まで獲得していても, それを棄却することができること,さらに,新 しく構築することができる能力であり,カテゴ リー 1,カテゴリー 2,カテゴリー 3,カテゴ リー 4 の後に位置付けることが妥当である。 役員秘書の学習は,最初にカテゴリー 1,次 にカテゴリー 2,カテゴリー 3,カテゴリー 4, 最後にカテゴリー 5 となることが明らかになっ た。カテゴリー 1 は,担当役員に関わらず求め られる基礎的学習,カテゴリー 2 カテゴリー 3 カテゴリー 4 は,担当役員や担当役員の掌握部 署に特有の学習,カテゴリー 5 は,担当役員の 交代や担当役員の環境変化にも対応できる力の 習得であり,カテゴリー 1,カテゴリー 2 カテ ゴリー 3 カテゴリー 4,カテゴリー 5 の順で, 高次の学習となっていることが明らかになっ た。よって,カテゴリー 1 はフェーズ 1,カテ

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ゴリー 2 カテゴリー 3 カテゴリー 4 はフェーズ 2,カテゴリー 5 はフェーズ 3 と位置付けるこ ととした。 3.2 役員秘書の経験学習プロセスのモデル 本節では,「役員秘書は業務経験からどのよ うな知識やスキルを獲得し,それはどのような プロセスか」について,生成した概念,カテゴ リーやプロセス図をもとに,カテゴリー間の関 係を示しながら,最終的に構造化した図(結果 図)にまとめた。図 2 で記す。 モデル図について,以下で説明する。 役員秘書の経験からの学習のプロセスは,カ テゴリー 1 から,カテゴリー 2,カテゴリー 3, カテゴリー 4 の順に進む傾向があることがわか った。カテゴリー 2 は,担当役員と秘書の間の 業務を円滑にするために獲得する知識やスキル であり,カテゴリー 3 は,担当役員と組織内の 人々の関係を見据えた知識やスキル,さらに, カテゴリー 4 は会社の向かう方向性を見据えた 図 1 役員秘書の業務経験から獲得した知識・スキルのプロセス 獲得すべき知識やスキル カテゴリー 1 カテゴリー 2 カテゴリー 3 カテゴリー 4 カテゴリ ー 5 基本的知識 担当役員個人に 関する知識 担当役員の社内 ポジションに 関する知識 会社全体に 関する知識 棄却と再構築の スキル 担当役員の視点からみた,担当役員の掌握 部署の方向性 担当役員のミッション 担当役員の掌握部署と 他部署との関係 基本業務 担当役員が担当する事業 の変更への対応 担当役員の変更への対応 業務範囲 社内における 秘書の立ち位置 経営や組織に関する知識 担当役員の特性 担当役員の社外の人間関係に関する知識 担当役員の社内の人間関係に関する知識 担当役員の視点からみた,会社の方向性 環境の激変における レジリエンス

時間軸

着任時

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知識であるため,視野の拡大としても説明でき ることから,この順序で問題ないと判断した。 また,これらのカテゴリーの連なりとは別の次 元で,カテゴリー 5 棄却と再構築のスキルを据 えた。これは,カテゴリー 1,カテゴリー 2, カテゴリー 3,カテゴリー 4 が,担当役員及び 担当役員をめぐる状況が変わらないことを想定 した学習に対し,カテゴリー 5 は,担当役員が 変わる,担当役員をめぐる状況を想定した学習 であるためであり,秘書にとって再学習をもた らしている。状況の変化によって,カテゴリー 2,カテゴリー 3,カテゴリー 4 の学習と,カ テゴリー 5 を往還している。

4.考 察

本研究では,役員秘書の業務経験を通じた知 識やスキルの獲得プロセスについて,M-GTA の手法を用いて明らかにした。 本研究で明らかになった役員秘書の経験学習 の特徴は以下の二つである。第一は,役員秘書 が業務経験から学習する知識の多くは担当役員 に関する知識であったということである。つま り,担当役員という個人を理解するという,一 人の個人を深く理解することが学習として位置 付けられ,担当役員を理解し,自身を理解し, 関係を構築管理していくことが秘書の仕事の大 部分を占めている。「リーダーメンバー交換理 論」(Schriesheim, Castro & Cogliser, 1999)で 指摘されるように,経営者のリーダーシップが 有効に発揮されるかどうかは,リーダーがメン バーと良好な交換関係を築くことができるかに 依存しているため,役員秘書が経営者を全人的 に理解することが,経営者のリーダーシップ発 揮,さらには経営者のパフォーマンスに非常に 重要である。役員秘書の場合,全人的理解をし なければならない対象が一人である場合がほと んどであり,分散がない。担当役員と役員秘書 が常に共にいることが学習内容を特徴付けてい る。 第二に,獲得した知識やスキルの「棄却」が 重要な意味を持つことである。 「結局秘書って,つくボスあってのこと なので,相手によって仕事のやり方を全く 図 2 役員秘書の経験学習プロセスのモデル図(M-GTA 結果図) :カテゴリー :フェーズ :時期的段階 :カテゴリーの影響関係 :カテゴリーの相互影響関係 フェーズ3 棄却と再構築のスキル 担当役員 個人の知識 会社全体の知識 担当役員の 社内ポジションの 知識 フェーズ2 フェーズ1 着任時 時間軸 基本的知識・能力

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変えないといけないので。全員違います ね。秘書って,存在ないものと,最終的に は,そうならないといけないんだなってい うのはありますよね。透明になるというか。 前の秘書業務の色がついているのを嫌う人 もいますし」(対象者 9) 「いろんな上司につくことで,いろいろ なスタイルで仕事ができるようになったっ ていうのは,人によって秘書の仕事が違う ってことだし,求められるものが違うし」 (対象者 12) の語りには,役員それぞれに対して秘書業務が 異なり,それぞれに合う秘書業務を新たに構築 するためには,それ以前に獲得してきた前の役 員に関する知識を棄てることが重要であること が示されている。個人レベルの「棄却」につい ての先行研究では,マネジャーが事業統括役員 に昇進する際,戦略スキルを含むコンセプチュ アルスキルをアンラーンするだけではなく,マ ネジメント・スキル全般について棄却しなけ ればならないことを明らかにしている(松尾, 2014)。本研究の対象となった役員秘書という 個人レベルの「棄却」は,現在の担当役員にそ ぐわない知識の「棄却」であった。このような 「棄却」と新しい担当役員の状況に合わせた秘 書業務の「再構築」を往還することが役員秘書 の学習プロセスである。担当役員の交代によっ て,カテゴリー 2 担当役員個人に関する知識, カテゴリー 3 担当役員の社内ポジションに関す る知識,カテゴリー 4 会社全体に関する知識 を,担当役員をめぐる状況の変化によって,カ テゴリー 3 担当役員の社内ポジションに関する 知識,カテゴリー 4 会社全体に関する知識を棄 却し,再構築していることが特徴的である。 本研究の独自性は,役員秘書の実践における 「学習」という点に着目し,既存研究の秘書研 究とは違う現場の秘書の学習プロセスを明らか にしたことである。これまで,秘書に関する研 究における「学習」とは,主に,高等教育機関 での学生の「学習」を射程としており,実務現 場の秘書たちに「学習」という意味で光があた ることはほとんどなかった。高等教育機関での 秘書教育研究も重要であるが,現場も,学習の 「場」と据え,研究していく必要がある。人材 育成研究がこれほど盛んに行われている中で, 今まで,現場の秘書の人材育成研究に真っ向か ら取り組んだ研究はほぼなかった。 本研究の学術的意義は,役員秘書の経験学習 プロセスを明らかにした結果,特定の職種の経 験学習プロセスを明らかにした研究群(笠井, 2007a, 2007b;松尾,2006;齊藤,2010)にお いて存在していなかった「棄却」という学習の 概念を明らかにしたことである。先行研究で対 象となった営業,プロジェクトマネジャーなど は,営業としてのプロフェッショナル,プロジ ェクトマネジャーとしてのプロフェッショナル になることが目指す像である。しかし,秘書 は,ある特定の個人を補佐することのプロフェ ッショナルになることが目指す像としてあり, 複数の役員を担当する場合は,それぞれに目指 す像が異なる。秘書は,担当役員について熟知 したプロフェッショナルになることを求められ ているために,担当役員の交代や,担当役員を めぐる状況の変化に応じて「棄却」という高度 な学習がある。また,先行研究(笠井,2007a, 2007b;松尾,2006;齊藤,2010)で対象とな った職種との異同を示すと表 4 のようになり, 秘書はほとんどの場合,クライアントである 担当役員と 1 対 1 で,期間が比較的長く,か つ,担当役員という一人の個人を理解していく 以上,相互行為による理解は深くならざるを得 ない。このような,長期間に渡り特定の個人の ために仕事をする職種の最たるものが秘書であ り,先に述べた「棄却」という学習は,このよ うな職種に想定できる学習であることが明らか になった。この「棄却」という学習に役員秘書 の独自性が現れており,

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「ボスが代わったら,今までの自分の秘 書スタイルは通用しなくなるよっていう可 能性がある。私はずっとこれでやってき た,っていいたくなるかもしれないですけ ど,ボスが代わってしまうとがらっとかわ りますし,優先順位も変わります。求める 秘書像が違う。マニュアル作りにくい。秘 書というより,この人の秘書業務」(対象 者 4) というように,役員秘書の仕事や学習が,担当 役員のパーソナリティや置かれている状況に依 存するからである。従来,個人レベルのアン ラーニングに関する研究は,事業統轄部長を対 象にしていたが(松尾,2014),その対象は職 位に着目するものであり,職種に着目するもの はなかった。特定の職種についても,「棄却」 を含みこんだモデルの検討が必要である可能性 がある。 最後に,課題について述べる。課題の一つは, サンプリングについてである。サンプリングに おいては,対象にゆるやかな限定をかけたもの の,役員秘書の性別が女性のみになった。日本 では男性秘書が果たす役割が大きいことが指摘 されており(田中,2000),男性秘書らの役割 には重要性を感じるものの,本研究においては 明らかにできなかった。また,日系と外資系企 業,大企業と中小企業が混在するサンプリング であり,役員秘書の学習を広く捉えたが,それ ぞれをわけて捉えると違う学習モデルが生成さ れた可能性もある。 二つ目は,役員秘書個人の学習のみを焦点と しており,役員秘書個人の学習の契機や学習内 容を捉えている。しかし,それはどのような環 境要因によって生起しているのかが明らかにな っていない。従って,秘書の経験からの学習を 捉える際,最も影響を与える存在であろう担当 役員に関する要因も含めた環境についての研究 が必要であると考える。 三つ目は,教育機関における職業教育の意義 について考察できていないことである。最近, 高等教育機関での教育と業務遂行能力の関係を 扱うトランジッションの研究の重要性が指摘さ れている(溝上・中原・舘野他,2012;小方, 2011)。秘書においても,高等教育機関で秘書 教育を受けた秘書とそうでない秘書を比較する 表 4 先行研究(松尾,2006;笠井,2007a, 2007b;齊藤,2010)との異同 担当クライアントの人数 クライアントの担当期間 IT コンサルタント (松尾,2006) 複数 中∼長期 IT プロジェクトマネジャー (松尾,2006) 一案件に特化していることが多い 中∼長期 不動産営業 (松尾,2006) 複数 短期 看護師 (笠井,2007a) 複数 短・長期間の両方 教 師 (笠井,2007a) 複数 中∼長期 客室乗務員 (笠井,2007a) 複数 短期 保険営業 (笠井,2007a) 複数 中∼長期 コンサルタント会社の営業 (齊藤,2010) 複数 中∼長期 役員秘書 一人 中∼長期

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研究が必要である。 最後に,支援には,役に立つものと役に立た ないものがあると言われている(Shein, 2009)。 質・量とともに変化した経営者の管理行動に対 し,役に立つ秘書の仕事とはどのようなもの か,つまり経営者の経営活動に資する秘書業務 についての理解を深めることが,これからの秘 書が進むべき道を示すことになるのではないか と考える。そのためにも,経営者の経営活動に 資する秘書業務に従事している役員秘書の仕事 経験をより深く分類していく研究の方向性も考 えられる。 謝 辞 本研究にご協力いただきました役員秘書の 方々に心より感謝申し上げます。また,本研究 を遂行する上で,ご指導,ご助言賜りました北 九州市立大学キャリアセンターの見舘好隆准教 授に厚く御礼申し上げます。 注 1 本研究では,会社法 329 条における役員の定義及 び,先行研究(森脇,2000;西澤,2008;田中, 2000)における秘書の定義を参考に,役員秘書を 「取締役又はこれに準ずる者の業務を円滑化する ために,情報処理業務や対人業務を通じて,彼ら の意思決定のための時間の創出及び組織内外の利 害の調整や仲介などを行うもの」と定義する。秘 書は,役員等の経営管理機能に対し,補佐機能を 担い,日程管理,文書管理,電話応対,接遇など の業務を遂行する(森脇,2000;西澤,2008;田 中,2000)。

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参照

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