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震災直後の支援

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Academic year: 2021

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(1)■支援のかたち その1. 震災直後の支援 −. 庄内町の支援の報告. Support Just After the Earthquake Disaster − Report of Support in Shounai(Yamagata Prefecture) 奥山賢一. OKUYAMA Kenichi. 山形県庄内町副町長. The Vice-Mayor of Shounai, Yamagata. 記録:水野雅生、編集:平松早苗. 1.はじめに この原稿は、日本デザイン学会環境デザイン部会が、2013 年2月に2度目の視察に行った際、南三陸町にて、山形県庄内 町の奥山副町長よりお話をお聞きし、ご提供いただいた資料を まとめたものです。. 2.庄内町と南三陸町が友好に至る経緯 山形県庄内町と宮城県南三陸町の交流のきっかけは、それぞ れが合併する前の平成5年8月、歌津町の小学校の国内交流と して、立川町で3泊4日のキャンプや砂金堀の体験交流を行っ たことから始まります。その後小学校国内交流事業や漁業体験 交流、グランドゴルフ交流のほか、観光・物産を通じた様々な 分野での交流が行われ、平成11年10月13日に旧歌津町町制施. 9:00 対策会議を開催。今後の対応について協議。状況確認も. 兼ねて、先遣隊として副町長を隊長とした支援隊を南三 陸町に派遣することが決定。. 9:30 庄内町本庁舎周辺の電力復旧情報が入る。. 17:30 庄内町内要援護者に民生委員、保健福祉課、社会福祉協 議職員により、おにぎり配布。. 18:18 庄内町内全域に通電開始との連絡。. ●庄内町でも余震が続き電気が復旧していない状況で、 町長が不在となるわけにはいかないことから、副町長が 南三陸町に向かう。. 平成23年3月13日(日). 9:20 先遣救護隊が南三陸町に向かい出発(副町長、総務課長、 商工観光課、運転手)。物資(毛布50枚、肌着50組、ミ ネラルウォーター500. ×240本). ※宮城県内のライフラインは全滅。コンビニ等店舗ほぼ 閉店状態。ガソリンスタンドパニック状態。入谷小学校. 行40周年を記念し、友好の盟約を交わしました。そして、合. まで入る。入谷公民館が物資の窓ロになる。本部(ベイ. 併前の歌津町と立川町の友好を、それぞれが合併後の南三陸町. 絡している状態。南三陸町長、副町長の無事を確認、面. と庄内町が受け継いでいきます。 平成18年5月17日、両町は「友好町盟約書」を交わし、同 時に「庄内町と南三陸町との災害時における相互応援に関する 協定書」を締結します。そこには、「庄内町と南三陸町(以下 「協定町」という。)は、いずれかの町の地域において大規模な 災害が発生し、被災した町が独自には十分な被災者救護等の応. サイドアリーナ)との連絡は取れない状態。徒歩にて連 会し状況を聴取、必要な物資を聞き取りし、翌日から物 資の支援を行うことを決定。. ●入谷小学校にて500人程の避難者あり、支援物資を下. す。木材を燃やして採暖する。自衛隊による閉鎖あり、 入谷から山道を越えてベイサイドアリーナに向かう。必 要な物資として毛布、食料が不足、飲料水が必要とのこ と。. ●山形に帰還、山を越えたあたりで携帯電話がつながり、. 急措置を実施できない場合において、被災した町の要請によ. 町長に準備要請。4t車を2週間借用、農協へおにぎり. り、災害を受けない町が協力、応援を行い、応急対策及び復旧. 数万本単位で用意)。毛布・衣類などは町民の協力。おに. 対策を円滑に遂行できるようにするため、次のとおり協定を締 結する。(以下略)」とあります。. 3.震災直後の対応経緯 以下は、当日いただいた資料「南三陸町への支援状況につい て(東日本大震災経過報告) 」です(一部個人名を割愛してい ます)。●印はお話いただいた内容を追記しました。 平成23年3月11日(金) 14:46 三陸沖で震源の深さ約10㎞、地震の規模マグニチュード 7.9(後に8.8、さらに9.0に修正)の地震が発生。庄内町. の用意(無洗米1t強)、飲料水(県と連携し、翌日から ぎりは5,000個/日、米1t/日、水は持てるだけ。 平成23年3月14日(月). 9:20 本格支援開始。第2便出発(職員添乗)、4t車2台(水、 おにぎり、無洗米)。瓦礫の片づけも一段落し、避難本部. (ベイサイドアリーナ)まで車で行けるようになる。 ※水1t、3月末まで毎日。. 平成23年3月15日(火). 11:00 第3便出発(企業課、情報発信課添乗) 、4t車1台と、 企業協力のユニック車1台。. ※南三陸町長、副町長と面会。41カ所に8,556人が避難 しているとのこと。必要物資の聞き取りを行い、準備で. きるものから届けることを確認。1日に2食で我慢して. における震度は5弱(計測値:本庁舎4.4、立川支所4.5) 。. もらっている状況で、食料・水がまだまだ足りない状況. 17:30 庄内町地震対策連絡会議を開催。調査報告と対策を協議。. 「給水車を借りられれば、こちらの職員が登米から給水し. 15:15 災害対策連絡会議を招集。関係者に連絡する。 20:00 立谷沢地区松野木以南の電力復旧。. ●停電でテレビも見れず、ガスコンロのある部屋に集合、 鍋で炊事。南三陸町と電話がつながらず状況不明。. 56. 平成23年3月12日(土). デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. にあるとのこと。. てくることも可能なので、検討してもらえないだろうか。」 と副町長から要請があり、企業課で検討することにした。 京都、兵庫の救急車など関西を中心とした支援が目立つ。.

(2) 平成23年3月16日(水). 9:30 第4便出発(社会教育課添乗)、4t車2台。. ※要請を受けた給水車については、民間企業から長期借 り上げし、タンクを設置の上使ってもらう。. 19:00 物資を運んだ社会教育課長からの情報で、本日からベイ. サイドアリーナの災害対策本部に衛星電話3台が設置さ れるということであった。. ●国道45号は橋が落ちるなどして通行できず、歌津の方 には行けなかったのではないか。 平成23年3月17日(木). 9:30 第5便出発(情報発信課添乗)、4t車2台。. 12:00 アルケッチャーノ奥田シェフー行が、歌津中学校避難所 で食事678食の提供を行う。. 平成23年3月20日(日). 9:12 第8便出発(会計室添乗)、4t車1台。. 今回から、野菜や調味料加えている。今後の要請としては、. 日持ちのする食料品(カップめん等) 、日常生活用品、衛. 生用品(ほうき・チリトリ・ゴム手袋等)をお願いされる。 自宅避難の方が、支援物資が回ってこないとの苦情があっ たが、最寄りの避難所に出向き、配給を受けて欲しいと. のこと。(避難所ごとに独自のコミュニティが形成され、 入りづらい雰囲気があるとか。). 携帯電話も、午前つながらない場所でも夕方にはつなが. 救援物資の輸送と一緒に町農協の参事さん以下5名が今. 21:00 南三陸町志津川病院から庄内余目病院に2名の被災者を. た。現段階では、目途がたたないため、今後、機会を捉. るようになるなど、刻々と復旧。. 後の農業支援について、南三陸町農協関係者と協議をし. 受入れたとの情報あり。. えて協議することになった。. ※北月山荘(庄内町)燃料不足の影響で当面営業休止 平成23年3月18日(金). 6:00 第一次炊き出し隊出出発。ベイサイドアリーナで1,500 食のつゆ餅を提供する。. ※町長、議会議長、商工会長、商工会事務局長、商工観. 光課長ほか商工会関係者ら27名が避難本部であるベイサ. イドアリーナで、つゆ餅1,500食を提供した。避難本部. ではこれまで温かい汁物の提供はなかったそうで、大変. 喜んでもらった。ただ、避難所ごとに差があり、不平不 満が出てきている。. 9:30 第6便出発(職員添乗なし)、4t車2台。. 9:40 薬剤臨時便出発。. ※南三陸町副町長の要請で、天童市の目新薬品から薬を運. んでほしいとの要請があり、調整を図り運送会社に依頼す. るも、燃料不足を理由に断られる。急遽町の防災車で搬送 することになり、エクストレイルー杯の薬を届けた。. 9:15 第9便出発(教育課添乗)、4t車1台。. 昨日、歌津中学校避難所に衛星電話3回線が導入された。 また、ベイサイドアリーナ敷地内に2階建てのプレハブ を建て、避難本部を移す予定。. 15:36 南三陸町副町長からの情報で、昨日から拠点の避難所に 衛星電話が設置された。. 平成23年3月22日(火). 9:00 第10便出発(総務課添乗)、4t車1台。. 11:00 庄内町南三陸町災害支援対策本部から庄内町災害対策本 部に切り替える. 15:00 庄内町災害対策本部人的対策部、避難者受け入協議開催。 南三陸町では物資が行き届き、おにぎり・水についても 減量の要請。. 平成23年3月23日(水). 宮城県内はほぽ全域で携帯電話が通信可能に。被災地(南. 9:00 余目第三公民館で避難者の受け入れ開始(50名想定コ4. アンテナが立ち、半径1㎞以内では通話が可能となる。. 9:15 第11便出発(環境課添剰)、4t車1台。. 三陸町)周辺は未通だが、ベイサイドアリーナには仮設の. 16:00 石巻市特養雄心苑からソラーナ(庄内町・特別養護老人 ホーム)に1名受入れたとの情報あり。. ※町営バス幹線路線4往復を2往復、土日祝日運休、循 環路線4路線の各3便目を運休。 日付不明. 平成23年3月21日(月). 月30日まで)。避難者の自主運営が原則。. 13:00 奥田シエフスタッフ志津川地区で前沢牛カレー800食の. 食事の提供。辻ロパテェシェが同行し、和ラスク25,000 枚提供。. 平成23年3月24日(木). ●電気を使わないタイプの石油ストーブ約140台は町民. 5:30 南三陸町歌津中学校避難所で第2回目の炊き出し実施の. ●東北自動車道のみ通行可、関東からの物流は仙台を中. ※元立川町長、立川ボランティア、立川グラウンドゴル. より提供。. ため出発。. 心とした太平洋側にあるため、日本海側にも物が来なく. フ協会、庄内町国際交流協会、商工観光課で対応。つゆ. なった。南三陸町より粉ミルクの調達の要望あるが庄内 町にもなく、関西在住の大学生のご子息のネットワーク. で150缶ほど集めて運搬。ただ山形県はガソリンが不足 しており、新潟県にはあるという情報から、東北自動車. 餅1,000食を提供した。. 9:10 第12便出発(農業委員会添乗)、4t車1台。. 17:50 南三陸町災害対策本部の物資担当副班長より物資の状況. を確認。他からも物資が入って来ているので、庄内町から. 道で新潟を経て運んだ。. の物資は2∼3日に1回にしても構わないとのこと。また、. ●庄内町の予算で補正予算を出す時間的余裕がないので、. 3/25、3/26、3/29に行うことで了解を得た。その. ●無洗米、飲料水の生産をフル稼働で行い対応した。. 議長と相談し予備費(2,000万円程)を計上した。灯油. などは自由裁量の中で調達を実施した。 平成23年3月19日(土). 9:25 第7便出発(社会教育課添剰)、4t車1台。. ※本部の班長によると、引き続き食料品・生活用品の支援を. お願いしたいとのこと。特に保存のきくものをお願いしたい。 ※宮城県災害対策本部からの情報により、登米市の避難. 所の南三陸町の方の避難者リストを南三陸町災害対策本 部に届けた。. おにぎりも足りているとのこと。今後の輸送については、 後は、随時、必要なものを連絡してもらうことにした。. 平成23年3月25日(金). 9:03 第13便出発(建設課添剰)、4t車1台。. 平成23年3月26日(土). 8:45 第14便出発(農林課添剰)、4t車1台。. 平成23年3月28日(月). ※ごみ収集は、もやすごみ及び生ごみが週1回収集に、 他は中止。. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. 57.

(3) 平成23年3月29日(火). 7:30 町長、教育長、保健福祉課長が南三陸町訪問に出発、庄. ②子供たちの季節合宿受け入れ. 内町での避難者の受入れについて. ③今後の職員派遣. 調査によれば、回答のあった3分の2は集団避難を希望. 町長からは、主産業である漁業復興に向けた船舶や仮設. 町に対する具体的な要望はなかったとのこと。. はあるが、義援金のように自由に使えるお金をいただく. ●庄内町での避難者の受入れについて、学校のリスト化. への一時避難は850名余であり、4月14日〆切りで2次. たようである。福島県からの避難者は受け入れた。. 町へ移る意向のある住民は、自宅や職場が壊滅状態の志. ※南三陸町町長と協議。3/28に締め切った第一次意向. ④求人情報の提供. しない。3分の1は近くの避難所を希望しており、庄内. 宿舎としてのキャンピングカーなどの購入支援の申し出. 第15便出発(総務課添乗)、4t車1台。. のは大変ありがたいと感謝された。また、現在の他市町. など体制を整えていたが、県を越えての避難は抵抗があっ. 申し込みもしているが少ない状況であると伺った。他市. 平成23年3月31日(木). 9:00 第16便出発、4t車1台。. 平成23年4月1日(金). ※ごみ収集通常どおりに実施。. ※社会教育施設、社会体育施設、学校施設で4/1∼4/ 30まで開館時間短縮措置を実施。 平成23年4月4日(月). ※北月山荘営業再開。町営バス通常運行に。. 平成23年4月5日(火). 13:30 災害対応に係る市町村担当課長意見交換会が県庁講堂で 開催。. 平成23年4月7日(木). 23:33 東北地方太平洋沖地震の余震と思われる地震発生。震源. は宮城県沖、マグニチュード7.4。庄内町での震度4.1。 この地震の影響により町内全域で停電。. 23:50 総務課防災交通係、建設課職員、農林課職員登庁。二次 配備の体制をとる。. 平成23年4月8日(金). 0:10 東北電力から電話あり。酒田管内酒田市、遊佐町、庄内 町全域で停電、復旧の見込みはたっていない。. 0:55 庄内警察署、消防立川分署、余目分署、広域行政組合と も被害の報告はない。. 3:00 東北電力より電話あり。変電所の確認作業が必要であり、 確認は明るくなってからになる。安全が確認されたとこ ろから送電予定。. 津川地区の方々が主であり、歌津地区の方々は旧集落単 位で固まっており、ほとんど毎日、がれきの撤去作業等. に集落単位での動員がされており、そのコミュニティか ら個別に離れることは難しく、今後も一時避難者が増加 する見込みは少ない状況のようであった。. 避難者の環境は、今後ますます悪化して行く事には違い. なく、南三陸町としては5月の連休明けの新学期のスター トに合わせて退去してもらいたい考えはあるが、将来構. 想の無い中での移動は不明者や土地の確認問題など今後 に係る不安定要素も多く、災害と退職者による職員不足 も重なり、町としての対応は極めて困難になっている。. 4.復興支援災害ボランティア 震災直後の支援の後、4月になると多くの町民から被災地で のボランティア活動の問合せが寄せられるようになる。 そこ で“友好町である南三陸町での活動を望む”町民の思いを受 け、「こころの支えになりましょう」という第2段の支援とし て、社会福祉協議会と庄内町が共催で「南三陸町復興支援災害 ボランティア」を7月16日から開催し、バスを出した。ボラ ンティア受け入れ先のボランティアセンターでは、作業の段取 りの都合から8時までに着かなければならないため、庄内町を 4時に出発する。活動内容としてはガレキの撤去をはじめ、自 立への環境整備のための漁業・農業などの産業支援と、多岐に. 6:00 立谷沢地区、清川地区電気復旧。余目地区では部分的に. わたる。平成23年度は10回開催し178名の参加、平成24年度. 8:04 電気全面復旧。. は15回開催で236名の参加があった。平成25年度も4月から. 復旧。その他の地区は未定。. 平成23年4月11日(月). 14:46 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震から1ヶ月に当る. 11月まで月1回開催予定である。 また、庄内町が国際交流協会に予算をつけ、南三陸町に行っ. ことから、本庁舎、立川庁舎において、1分間の黙祷を行う。. て応援する活動と、南三陸町の人たちに庄内町に来ていただく. 10㎞、地震の規模マグニチュード7.1の地震発生。庄内. 活動を行っている。交通費は全額支給の上、活動にかかったお. 17:16 福島県浜通り「いわきの西南西30㎞付近」震源の深さ約. 町においては震度4(立川庁舎3.5、余目庁舎3.4)、二 次配備の体制をとった。. 17:26 東北電力に情報を確認。庄内町において停電地域なし。 17:30 立川分署、余目分署けが人等報告はなし。. 18:30 企業課より情報、ガス・水道被害なし。その他被害の報 告がないので、二次配備を解除。. 平成23年4月14日(木). 6:30 庄内町町長、主幹が南三陸町を訪問に出発。4月6日ま. でに町民から寄せられた義援金11,660,252円を小切手 にして南三陸町町長へ手渡した。. ※南三陸町ベイサイドアリーナで町長、副町長、支援物 資担当者と会合。町民からの義援金を町長に手渡し、同 時に以下の提案を町長あてに行った。. 58. ①一時避難体験ツアーの受け入れ. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. 金の8割ほどを町の支出で補うことで、様々な団体が南三陸町 の町民との交流をはかっている。 一例として、南三陸町の2つの中学校、志津川中学校と歌津 中学校の吹奏楽部が1泊2日で庄内町に滞在し、1日目は庄内 町の余目中学校を含め3校合同で練習を行い、2日目にあった 庄内町の音楽祭で合同で演奏をしたということもあった。もと もと歌津町と立川町の小学校の交流から始まっており、個人的 なつながりがある人も多くいることから、相互応援の協定書が あったということだけでなく、町民のつながりが支援・交流の 土台となっていたと思う。.

(4) 5.その他の支援. 後の希望が持てれば、時間はかかると思いますが、過去を振り. 義援金については、南三陸町に贈呈するということで募って. 返ることもできるかもしれません。が、まだ途中です。ここの. おり、(2013年2月時)6回に渡って贈呈を行い、現在まで. 人は震災から時間が経っていない。そのため、あれを見ると辛. お預かりした義援金の総額は4,600万円程になる。. い、町が何もなくなったのもつらいが。(私も)外からの感想. また庄内町から1年任期で継続して職員を派遣している。. ですが(そのように思う)。 Q:現在の支援の形はどうなっていますか? また震災前の. 6.質疑応答(応答:奥山氏) Q:姉妹都市ではなく災害時の協定を結んだ理由は?. 交流はどのようなものでしたか? A:現在は人の交流です。職員の派遣やボランティア活動な. A:平成18年当時はめずらしかったかもしれないが、普通. どいろいろです。震災前も子供達の交流や民間、学校相互、高. のことだと思っていた。ただ、この協定があることで動きやす. 齢者たちの交流などが主で、行政は調印後、年1∼2回会う程. かった。また、行政としては“皆に平等でなければならない”. 度だった。災害発生後は何百倍も増え、南三陸町は心の中では. という原則があることから、不公正感がでないことが大切であ. 極めて近い存在で、隣町に行くという感覚です。. る。支援物資は南三陸町に渡し町が配るのではなく、庄内町か ら南三陸町の人配るという形をとったことが良かったと思う。 Q:防災庁舎の問題について、町や町民に触れにくい感じと うのはありますか?. Q:(震災復興ということについて)町長はじめとした行政 はどのように考えているか? A:これだけ社会資本が破壊されてしまうと、町の再生とい う課題が、財政的な問題として一つの町では不可能なのではな. A:職員40名の内10名程の人しか生存者がいなかったとい. いか。県とか国が応援してくれてはいるが、そこをつなぐのが. う経緯もあり、外から来た人にとっては“(シンボリックな). 大変なのではないかと思う。それと、町民も時間が経つと不満. あれか”というものであっても、遺族の中には「あれを見ると. も溜まってくるので、そういった意味でのスピードが必要であ. 思い出してしまう」という人もいる。コミュニティの総意とし. り、コミュニティの中での合意形成ということでは多大なご苦. て地元の人の考えをとりまとめるしかないと思う。. 労されていると思う。また、2つの町が合併していることもあ. Q:「こころの支え」による心境の変化のように、防災庁舎 の問題についても待つ(寄り添う)しかないのでしょうか?. り、双方の復興の進捗状況にも留意が必要となるところもある。 また、行政の平等の原則からすると、避難所に抽選で入って. A:震災直後は気が張っているが、2年ぐらいたつと、 「折. いるかと思われるが、隣同志のコミュニティがないところから. れる、疲れる」というか、 「希望が見いだせなくなっている」状. スタートしており、だいぶんできてきたとは聞くが、人のつな. 態で、芋煮などのイベントを実施しても高齢者が家から出て来. がり、絆のつくり方のような、広場みたいな、皆で賑わえるよ. なくなっている状況がある。そのような中で庁舎の保存までは. うな場があればよいが、避難所は機能優先で作られており、そ. 「考えられない」のではないか。県の方針として津波に襲われた. のような場が見られない。コミュニティの形成に必要な場を. 地区には住宅は建てないということもあり、気持ちの上で疲れ. 作っていかなければならない。. ている。それらが蓄積していく中で、悪夢のような過去の記憶. 仮設住宅は国の基準だと2年で出ていかなければならない。家. と対峙する気持ちになれるものか、難しいと思う。30年も経て. が建てられれば良いがたぶん建てられず、現状を見ると国は法律. ば別かもしれないが、高齢者には厳しいのではないかと思う。. を変えて延長をすると思う。ただ、希望が見えれば頑張れるが、. 外から来た者にとっては「ここがそうだった」というモニュ. 例えば5年後に皆が南三陸町に戻れるかというと、銀行も商店街も. メント的な意味合いで残せば良いと簡単に思ってしまうが、. 病院も、下水道もというように、すべてを作り出さなければならな. “地元の人たちの明日への希望”ということから考えれば、新. い。さらに雇用や経済的な基盤づくりもしなければならない。ゼロ. しい何かを建立するとか、精神的なもののような、そういうも. からというより、マイナスから作り出さなければならないという課. のであれば受け入れられるかもしれないが、3月11日にもど. 題を抱えている。国家プロジェクトでやらなければならないだろう。. る記憶を、もう一度思い起させるというもの(現建物)に、現. 若い人の人口流出について、隣の市(街)に家を建てたと. 実を直視できないのではないか。あるいはそういう気力も次第. か、子供のことや学校、買い物、医療などのことを考えると、. に失ってきているのではないかと思う。. それほど待てず、戻ってこない可能性もある。それはやはり時. 建物の持つ意味を、地元に住む人々がそのコミュニティの中 で最終的に決めなければならないと思う。 Q:復興が見えてからということでしょうか? A:高台移転が竣工するとも聞いているが、移転されてその. 間との戦いのであろうと思う。 ※この原稿は、2013年2月に2度目の視察に行った際にお聞きした時. のものをまとめたもので、当部会から南三陸町に提出した「南三陸 町の防災対策庁舎の保存に関する提言書」とは関係ありません。. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. 59.

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