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シーボルトは青森県中西部のニホンザリガニを見た?

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C A N C ER 9 (2000), p. 23-27 23

シーボルトは青森県中西部のニホンザリガニを見た?

川 井 唯 史

ア ジ ア 極 東 部 に 分 布 す る ア ジ ア ザ リガニ 属 Cambaroidesは4 種( ニホン ザリガニ,チョウセ ンザ リガニ ,マンシュウザ リガニ,シュ レンク ザ リガニ) で構成されており (Fizpatrick,1995), これらの種は1772-1892年にかけて記載されてい る. 記載年が古いためか,アジアザ リガニ属で基 準襟本の所在が明確なのはニホンザ リガニだけで 他 の

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種は基準標本の保管場所が不明である . さてニホンザ リガニ Cambaroides ja抑 制C叫s (D e Haan) は全 長5 cm程の 日本固 有種で, 北 海道, 青森 ・秋田 ・岩手県に分布している . ニホンザリ ガニの記載は,江戸時代に来日 していたシーボル トがオランダに持ち帰った標本について行われ た. シーボル トが書 いた江戸参府紀行には以下の 記述がある . 長崎から江戸を訪れる途中の1826年 2月23日,下関 に滞在した時,医師の山口 行斎と その門人から挨拶の品として日本人が珍しいと思 っている日本の生産物 をもらい,その中には新種 のカワガニがあった( 斎藤 ,1967) . カワガニと はニホンザリガニのことであり ,脱皮期の胃壁に 形成される胃石 (Gastrolish) は当 時,漢方薬と して重宝され高価 に取引 されていた( 詳しく は山 口 ・馬場,1993を参考にされたい) . 現在,基準 標本と胃石はオランダのライデン博物館に保管さ れている . ライデン博物館でニホンザリガニの調 査を行った 山口 ・馬場( 1993) によると ,ニホン ザリガニの標本は第

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者が採集した個体を譲り受 けているためか,現代の分類学においては極めて 重要な情報である 採集地と採集年月 日に関する情 報が不十分であっ た. すなわ ちラベ ルでは,採集 地が]apan と記述さ れている に留まっていて ,採 集年月日についての記述も無 い. 幸いなことにニ

T a d a s h i K A W A I : D etection o f locality a n d c ollect. ing season at type se ries o f the ]a p anese cray fi sh,

Ca'悦 baroides ja初悦icus,

ホンザリガニの体各部の形態( 尾節等) には地理 変異があり (Skorikov,1908),基 準 標 本 で こ れ らの形質を観察することにより標本の産地 を推定 すること ができる . さらにニホン ザリ ガニの胃石 は著しい季節変化 を示す. そのため標本と共に保 管さ れている胃石の観察により標本の採集時期も 推定可能となる . 著者は1999年9月2 1 - 2 2日,オ ランダのライデン博物館を訪れ,ニホンザリガニ の基準標本において 地理変異が見られる形態の観 察を行い,その標本の採集場所の推定を試みた. また標本と共に保管されている胃石の重量 を測定 して標本の採集時期の推定を行 った . 話は派生するがニホン ザリガニと同属 の異種を 調べることはニホンザ リガニの分類学上重要なこ とである. なおチョウセン ザリガ ニはケルベルに よって記載されており (Koelbel,1892),ケルベ ルは人生の後半をドイツのベル リンで過ごしてい る (Fitzpatri ck,1995) . またベル リンには長い 歴史のあるフンボル ト大学自然史博物館がある . そのためチョウセンザリガニの標本はフンボルト 大学自然史博物館で人知れず保管されている可能 性 が示唆される . そこで著者はライデンから足を 伸ばし1999年9月23日にはフンボ ルト 大学自然史 博物館でチョウセンザリガニの基準標本探しを行 った . 以下,ライデン博物館とフンボルト大学自 然史博物館で得られた成果を報告する. ライデン博物館 博物館のあるライデンはオランダの首都アムス テルダムから国鉄を利用して20数分の距離である (図1) . ライデンには博物館の他にも シーボル ト の 旧 自 宅 も 保 管 さ れ て い る (図2 ). 博物館につ いて早速,標本を観察すると,基準標本は4 個 体 (雄

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,雌

1

) あり ,すべて乾燥標本であ った . ノギスで頭胸甲長( 眼寓から頭胸甲上の正中 中線

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れ込みがあるのは青森県中西部岩木 山周辺( 弘前 市付近) に限られている( 図

5)

. よってシー ボ 図 1 ライデ ンとベルリン 図 2 ライデン博物館 図3 シーボルト の旧自宅 図4 基準標本 (A ) と添付され ていた 胃石 (8 ). 矢 印は尾節の切れ込み

(3)

川 井 l惟 史

- は尾節後端に

切れ込み有

O

は切れ込み無

図5 ニホ ンザリガニの形態の地理変異

0.05

0.04

て 量 し 重 付 燥 添 乾 に の

g

標 胃 閃

.-、

3 0 0 3

m

m:

0.02

0.01

4 5 6 7 8 9 10 11

月 図6 胃石乾燥重量の経月変化 次に採集時期の推定である. 標本と 一緒に保管 されていた胃石( 図4の

B )

の乾燥重量は

0.0305

9 であった . ラベルには胃石が基準標本の,どの個 体から採集さ れたかについて の記述が見当たらな かった . しかし胃石 は基準標本と共に保管されて いたので,基準標本のいずれかの個体から採集さ れたと仮定した . なお予備調査では基準標本が採 集された可能性が高い弘前市において ,基準標本 と同じ大きさ( 頭胸 甲長17.3-25 .6mm) の例体を 毎月 l 回,

30

個体採集している. これらの個体か 25 図7 フンボルト大学 図8 フンボルト大学自然史博物館の標本 ら得られた胃石の平均乾燥重量の経 月変化を 示 し,標本と共に保管されていた胃石の乾燥重量を プロットした( 同 6) . 標本と共に保管されてい た胃石のプロットと最も近いのは6月の胃石の重 量であった. シーボルトは6月頃に採集した胃石 を入手した可能性が高い. フンボルト 大学 自然史博物館 フンボル ト大学自然史博物館は市内 の中心部に 位置し,フンボルト大学本校の近くにあり( 図 7 ), ヒルゲンドルフが在籍していたことで有名であ る. ヒルゲンドルフとは18 7 3 1876年 (明治 6 -9 年) にドイツから来日し, 日本の博物学に大き

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ョウセンザ リガ ニを記載したのは18 9 2年と古く , もしかすると基準標本からはタイプであることを 示す情報が消失しているかもしれない. そこでチ ョウセンザ リガニの記載論文を 読み直し基準標本 に関しての記述を見てみた. 基準標本は

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個体で 構 成 され,最 大 個 体 は 全 長6 8mm (頭 胸甲 長は約 34mm) の抱卵雌,採集地は韓国の耳、幾 道である (K o elbel, 18 9 2). これを基準標本探し のキーワ ードとして,再度チョウセンザリガニの標本を見 てみた . フンボ ルト大学自然史博物館所蔵の襟本 は

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個体で構成され,抱卵雌が含まれず最大{ 肉体 の頭胸甲長は19.7mm,採集地は13 8 .00 E,36. 80 N で京幾道で はない. よってフ ンボルト大学自然、史 博物館の標本はチョウセンザリガニの基準標本の 会キーワー ドと合致せず,基準標本ではないと考 えられる . チ ョウセンザリガニの基準標本は他 の 博物館で所j哉されている,あるいは第二次世界大 戦によりフンボルト大学自然史博物館で焼失した 等の可能性がある . の標本を得ている 両者は共に欧州、│から来日した 著名な博物学者であるが,ニホンザリガニの標本 を得た場所が異なる点は興味深い. その理由は不 明であ り, 現在調査中である . 他の興味深い事実 としては標本番号7454のラベルにある漢字での表 記である (図8 ). 江戸時代の書物によるとザリ ガニの語源は ,退行するカニすなわちシザ リガ ニ の略でザリガニ,と書かれている( 栗本,1982) . しかしフンボルト大学自然史博物館の標本のラベ ルには「砂利蟹」と記述されている. この理解と しては ,本種の主要な生息地の底質環境が機質( = 砂利) であることに注 目してザリガニの漢字表現 に本来の語源とは異なる意味の砂利蟹の漢字を当 てはめたのかもしれない . 情報が不十分なので, ラベルに「砂利蟹」と書いた背景は想像の範時を 出ていないが興味深い事実として報告する. 今回の調査における主な成果としてはニホンザ リガニ基準標本の採集場所と採集時期の推定がで きたことがある . またフンボルト大学自然史博物 表1 フンボルト大学自然史博物館所蔵のアジアザリガニ類の標本 (1999年9 月23日現在 )

f

韮 類 個体数平均9 . i ' [ ) ] 旬甲長頭胸甲長範囲 採集者 採集場所 標本番号 備考 ニホンザリガニ ♂l 24 .5mm Hilgendolf ]apan 4455 乾燥 ♀1 24.4

ニホンザリガニ ♂5 14. 3 8.6-19 .0mm Hil gendolf Y esso 6019 li史反

♀7 14.1 9 .5-19.4

ニホンザリガニ ♂9 22 .6 19.7 -27 .4 未記述 ]apa n. R eg 7454 被反

♀14 19 .4 17. 6-23 .9 N ordli ch Honto *

ニホンザリガニ ♂15 15 .5 10. 3-21.9 Hil gendol f H akodate. ]apan 19762 i取浸 ♀13 12.6 8.5-18 .9

チ ョウセンザ リガニ ♂3 11.3 8 .7-16. 1 G ottsche 138 . Q'E 36 . 8'N, Korea 7456 i夜浸 ♀3 11.4 7 .8- 17.7

マンシ ュウザリカニ ♂5 30.9 29 .0-32.6 D y b o wski Sec Balz ina dauria 3862 i夜浸

♀0 (D au川

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川 井 l惟 史 27 館ではチョウセンザ リガニの

tti¥

O;標本が見当たら ないことが確かめられた. 今後の課題として は, 極力早くチョウ センザリガニの基準襟本の所在を 突き止め ,分類研 究 が遅れているアジアザ リガニ 属の系統関係の検討を一層進めることである . 謝 辞 ライデン博物 館 の 情報を頂き現地 でも調査活動 を助けて下さった熊本大学の 山口隆男,標本観察 に協力していただいたラ イデン

1

専物 館 の C. H.]. M . Franse n, フンボル ト大学自然史博物館の調査 に つ い て の 情 報 を 頂 い た フ ン ボ ル ト 大 学 の G. Sc holtz, 標 本 調 査 に 協 力 頂 い た フ ン ボ ル ト大 学 自然史博物館のC.

O.

C o l e m a n,青 森 県 産 の ニ ホ ンザリガニの標本を貸して 下 さり本研究に対して 貴重な助言を頂いた弘前大学の大高明史,ヒルゲ ンドルフについて情報提供していただいた東京成 徳大学高校の矢島道子,東京大学の坂 本一男 ,浦 野貴士,欧州調査旅行に同行して頂き様々な協力 をして下さ った後志南部地 区水産技術普及指導所 の林浩之の各氏にお礼申し上げる. 引用文献

D e H aan, W ., 1841. C rustacea (1833-1850), in Ph. F. von Sicbold, F aun a Japonica, p.l64, p1.35, fig.9

Fitzpatrick . J. F. Jr., 1995. The Eurasian F ar.Eastern craw fi shes: a preliminary overv iew. Freshwater Cray. fish. 8: 1-11

K oelbel, K., 1892. Ein neuer ostasiatischer Flusskrebs A nzeiger dcr K a ise rlichen A k a d e m ie der W issenschaf ten, in Wien, M ath ..Naturw., 29: 176-177. fig.l.2, 4. 5,

7- 11 栗本丹洲, 1982 千晶譜( 復刻版) ,江戸科学古典叢書 41, pp.508-515,恒和出版,東京. 大槻玄沢,1979. !,納説弁惑 (復刻版),江戸科学古典叢 書17,pp. 230-232,恒和出版,東京. 大槻玄沢, 1980. pp.385-392,恒和 出版, 東京 斎藤信( 訳) ,シーボルト( 著) ,1967. 江戸参府紀 行東洋文庫87,pp,89-90,平凡社,東京.

Skorik ov, A. S,. 1908. C o ntributions a la classification des Potamobiidae d'Europe et d'Asie. Annuaire du M usce Zoologique de l'Academie Imperi ale dcs Sc ien. ces dc S Petersbourg. t. 12: 115-118

Y ajim a, M., Hilgendorf predated M o rse in bringing Charles Darwin 's tけhcory of evoωlution to Japan. Hi陪stor ia Sc削 tiaru叩JIT凧I

山口 降男 . 馬場!ij

x

次,1993,シーボルト と日本の博物学, 甲殻 類 (山口 隆男編), pp.233-238,日 本E3殻類学会,j

東京.

参照

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