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はじめに ペ ル シ ア 神 秘 主 義 詩 人 ア ッ タ ー ル ( ʻAṭṭār -i Nīshābūrī, Farīd al-Dīn Muḥammad 一 二 二 一 年 没 ) は、 そ の す べ て の 叙 マ ス ナ ヴ ィ ー 事 詩 作 品 の 中 に数多の説話を組み込み、 神秘主義思想の普及に大いなる貢献 をしたとして、 ペルシア文学史上高い評価を得ている。彼が最 初 に 手 が け た『 神 の 書 ( Ilā hī-nā m ah ) は、 神 秘 主 義 道 の ご く 初 期 段 階

「 シ ャ リ ー ア (sharīʻat) 」 と 呼 ば れ る 外 面 的 な 法 規 定 ( イ ス ラ ー ム 法 ) に 従 う 段 階

に つ い て 説 い た 作 品 で あ る。 次 い で 著 し た『 神 秘 の 書 ( A srā r-n ām ah ) に は「 タ リ ー カ (ṭarīqat) 」 と 称 す る 自 己 の 内 面 探 求 の た め の 修 行 道 の 初 期 段 階 が 描 か れ、 その後アッタール自身が神秘主義道での修行に励んだ結果、 傑 作 と 評 さ れ る『 鳥 の 言 葉 ( M an ṭiq a l-Ṭ ay r )』、 そ し て『 災 い の 書 ( M uṣ īb at-nā m ah ) を 執 筆 し た こ と が こ れ ま で の 研 究 に よ り 明 ら かにされており、 アッタール自身、 生前に純粋な心的境地

神、 真 実 た る「 ハ キ ー カ (ḥaqīqat) 」

に ま で 至 っ て い た も の と考えられる。つまり、 逆に言えば、 『神の書』執筆段階では、 ま だ 彼 は 神 秘 主 義 の 道 を 歩 み 始 め て ま だ 日 が 浅 い 初 級 者 に す ぎなかったのである。 ま た、 ア ッ タ ー ル は そ の 神 秘 主 義 道 を 歩 む 中 で 経 験 し た、 自

ペルシア神秘主義説話文学の女性像

〜アッタールの『神の書』より〜

       

佐々木あや乃

  身 の 内 面 の 葛 藤 や 闘 い を 直 截 に 自 ら の 作 品 の 中 に 描 出 し て い る。 それが、 彼が医術を通してさまざまな階層の人々と接触し、 大衆の苦悩や社会的抑圧を直接肌で感じていたことや、 さらに は 当 時 の 天 変 地 異 や 支 配 王 朝 の 推 移 等 と い っ た 社 会 の 不 安 定 要素に起因しているであろうことは容易に推測できる。   神秘主義道入門者に向けた説話文学 『神の書』 に 「狂人」 を 多 く 登 場 さ せ て い る こ と に は 既 に 触 れ た 1 が、 『 神 の 書 』 を 読 み 進 め る と、 ア ッ タ ー ル の 描 く 女 性 主 人 公 た ち が 実 に 生 き 生 き と、 各 物 語 の 中 で 非 常 に 重 要 な 役 割 を 担 っ て 描 か れ て い る こ と に 気 づ く。 預 言 者 ム ハ ン マ ド の 妻 た ち や 娘 の フ ァ ー テ ィ マ、 王 の 娘、 聖 女 ラ ー ビ ア や 高 潔 な 女 等、 社 会 的 に 尊 敬 を 集 め る よ う な 女 性 や 高 貴 な 女 性 の み な ら ず、 『 ラ イ ラ ー と マ ジ ュ ヌ ー ン ( L ay lī va M ajn ūn ) や『 ユ ー ス フ と ズ ラ イ ハ ー ( Y ūs uf va Z ula yk hā ) といった古くから伝わる恋物語のヒロインもいれば、 メッカに巡礼する女、 身分違いの恋に苦しむ女、 黒人奴隷の女、 老 婆 ( 時 に は 狂 女 ) と い っ た 市 井 の 女 た ち も 主 人 公 と し て 登 場 する。 全二六〇もの逸話のうち約三〇の話の中でこうした多岐 に わ た る 女 性 た ち が 重 要 な キ ャ ラ ク タ ー と し て 登 場 す る と い う 点 で、 『 神 の 書 』 は 一 二 世 紀 の 神 秘 主 義 文 学 と し て は 異 彩 を 放った作品といえよう。

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『 神 の 書 』 で 最 も 目 を 引 く 女 性 像 は、 第 一 章 す べ て を 占 め る 物 語「 夫 が 旅 に 出 て し ま っ た 高 潔 な 女 の 話 」 の 主 人 公 で あ る。 また、 逸話ごとに異なる役割を担ってあちこちの逸話に登場す る老婆も実に魅力的な存在で、 王に堂々と進言したり、 正気と は思えないのに放つ言葉に重みがあったり、と目が離せない。 そ こ で、 こ こ で は『 神 の 書 』 の 数 多 の 説 話 の 中 か ら 第 一 章 の 物 語 の 女 主 人 公 と、 複 数 の 逸 話 に 登 場 す る 老 婆 と に 的 を 絞 り、 アッタールが各々の女性に託した思いを探り、 当時の女性に対 するアッタールの目線を浮き彫りにすることを試みる。 一.夫が旅に出てしまった高潔な女の物語 (第一章第一話)   『 神 の 書 』 の 冒 頭 で は 神 や 預 言 者 ム ハ ン マ ド へ の 賛 辞 が 述 べ られており、 その直後の第一章は、 あるカリフが息子である六 人の王子たちに各々の望みを尋ねるところから始まる。 王子た ちは各々父王に心の望むところを答えていくのだが、 まず長男 が口を開き、 筆舌に尽くしがたい美貌をもった妖精の王の娘を 手に入れたいと言う。それを聞いた父王が 「お前は欲情に囚わ れてしまっているのだ」と嘆き、 長男に対する忠告として語り 始めるのがこの第一話である。 十二頁以上にも及ぶ長い物語で あるため、 ここでは紙幅の関係上ごく簡単にあらすじを紹介す ることとしよう。 物語のあらすじ   あるところにたいへん美しく善良で高潔な女性がいた。 突然 彼女の夫がメッカ巡礼に出かけることになり、 夫は弟に妻や家 を託して旅に出る。しかしその弟が、 ヴェールから顔が偶然見 えた兄嫁の美しさに心打たれ恋に落ち、 兄嫁に言い寄る。女は 毅然とした態度で義弟を諭そうとするが、 義弟は偽の証人を買 収し、兄嫁の不貞を訴え、女は有罪とされてしまう。 無 実 の 罪 で 石 打 ち 刑 に あ っ た 瀕 死 の 女 を、 通 り が か っ た ア ラ ブ人が救う。 アラブ人の庇護の下で快復した女はすっかり美貌 を取り戻すが、 女の美貌を知ったアラブ人は自分の二番目の妻 にしようとする。自分は人妻の身であるからとそれを断り、 ア ラブ人も女の誠実さを理解し、 二人は兄妹の契りを交わす。と ころが、 アラブ人の下で働く黒人の下僕が女に恋し、 女に告白 する。相手にされなかった黒人の下僕は、 アラブ人の妻が産ん で間もない赤ん坊を殺し、 女に濡れ衣を着せる。女の無実を信 じたものの、 女をこのまま家に置いておくわけにはいかないと 判断したアラブ人から銀貨三百枚を受け取り、 女はアラブ人の 許を去る。 女 が し ば ら く 歩 い て い く と、 と あ る 村 で 税 を 納 め ら れ な か っ た若者の絞首刑が行われようとしているところに出くわす。 若 者の命は銀貨三百枚と引き換えと聞いた女は、 惜しげもなく銀 貨を払い、 若者を救い出す。女の美貌に魅惑された若者は、 女 から離れずに歩き続け、 二人はとうとう海岸に出る。自分の言 うことを聞かない女にしびれを切らした若者は、 自分の婢女で あ る と 嘘 を つ い て 船 に 品 物 を 運 ぼ う と し て い た 商 人 に 女 を 売 り飛ばしてしまう。 女を買った商人もまた、 女の美貌に欲情を抑えきれなくなり、

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女に近づこうとしたため、 女は乗船者全員に助けを求める。す ると、 今度は乗船者たち皆が女に魅惑され、 女を自分のものと しようとしたため、 女は神に祈りを捧げ、 遂には気を失う。す ると、 海面が波立ち始め、 海面から火柱が噴き上がり、 女と船 の荷物を除いてすべて焼き尽くしてしまう。 女 を 乗 せ た 船 は、 と あ る 町 に 着 く。 女 で あ る が ゆ え に こ れ ま での苦労を味わったと考えた女は男装し、 町の人々にその土地 の王に会わせてほしいと伝える。美しい男に会い、 事の顛末を 聞いた王は、 男の望み通りに神殿を建て、 そこで男が神の崇拝 に努めることを許す。 や が て 王 の 死 期 が 迫 り 来 る と、 王 は 王 国 を こ の 男 に 託 そ う と す る。 男 は 妻 選 び と 称 し て 百 人 の 高 貴 な 娘 と そ の 母 親 を 集 め、 自らが女であることを告げる。 女は自分の代理として王国を治 める男を選び、 自らは神殿での礼拝に努める。女の名声は世の 中 に 広 ま り、 こ の 聖 女 が 神 に 願 う こ と は 必 ず 叶 え ら れ る と か、 手 足 の 不 自 由 な 者 も 彼 女 の 許 に 来 れ ば 歩 い て 帰 る よ う に な る といった噂が広まる。   メ ッ カ 巡 礼 に 行 っ て い た 夫 が 家 に 戻 る と、 妻 の 姿 が な い う え、 弟が視力を失い、 手も足も不自由になっているのを目にす る。弟は自分に有利な嘘の話を兄に聞かせ、 女は石打ち刑で死 んだと伝える。落胆しきった夫だったが、 弟が視力を失い、 手 足が動かないことに心を痛め、 かの奇跡を起こす女の話を耳に し、 弟 を そ こ へ 連 れ て い く こ と に し、 二 人 で 旅 に 出 る。 道 中、 偶然アラブ人の家に泊まった二人は、 その家の黒人の下僕も同 様に視力を失い、 手足が動かないのを見て、 一緒に旅に出よう と 誘 う。 連 れ 立 っ た 彼 ら が 次 に 泊 ま っ た 宿 の 所 有 者 が、 偶 然、 件の絞首刑から救われた若者であった。その若者もまた、 視力 を失い、手足が不自由になっていたのだった。   四人が揃って女の許にやって来ると、 女はすぐに全員を見極 め、 苦悩するが、 罪深い三人に、 治療の条件は真実を話すこと であると提示する。三人がようやく真実を語ったところで、 女 は三人をもとの身体に戻し、 夫と二人きりになったところで自 分が誰なのかを夫に明かす。夫との再会を喜び合った後、 女は 夫を王座に据え、 アラブ人を大臣にし、 悪党三人にも財産を与 え、 自分は幸せをかみしめながら神殿で神に仕え続けたのだっ た。 物語の分析   我 々 に サ ド 侯 爵 の『 美 徳 の 不 幸 』 を 想 起 さ せ る よ う な こ の 第 一話の冒頭部分では、 ペルシア古典文学の伝統ともいえる比喩 表現を駆使した、主人公の美貌の形容の連続に目を奪われる。 「 昼 の よ う に 明 る い 顔 と 夜 の よ う な 黒 髪 (shab-ō rūz az rokh-ō zolf-ash mesālī) 」 2 「数多の輪を描く髪

(kham az panjah fozūn-ō shast(o) ham dāsht)

」 3 「 真 珠 ( = 価 値 あ る 美 し い 言 葉 ) を 撒 く 紅 ル ビ ー 玉 の よ う な 唇 を 開 く と

(cho bogshādī ʻaqīq-ē dor

-feshān rā) 」 4 「 そ の ( = 唇 の ) 真 珠 は 彼 女 の 歯 で で き て い た (ke morvārīd-ash az dandān-e ʼū būd) 」 5 「白銀のりんごのような顎の凹み (zanakhdān-esh cho sīmīn sīb(o) būdī) 」 6   また、 女の目と眉の美しさをペルシア語のアルファベットの

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形に見立ててこう表現する。 「 彼 女 の 目 と 眉 は サ ー ド と ヌ ー ン の 文 字 (cho chashm-ō ʼabru-yē ū ṣād-o nūn būd) 」 7 ペ ル シ ア 語 の 文 字 の ア ル フ ァ ベ ッ ト の 形 を 比 喩 表 現 と し て 用 い る の も、 ペ ル シ ア 古 典 文 学 の 伝 統 の 一 つ で あ る。 ア ル フ ァ ベ ッ ト の 十 七 番 目 の 文 字 サ ー ド は ص い う 形 で、 こ れ を 目 に、 二十九番目のヌーン ن を眉に譬えている。 これらに加え、 この女性の善良さ、 深慮に長け慎み深いさま、 勇敢さが語られ、 この物語の主人公がほぼ非の打ち所のない完 璧な女性であることが窺われる。しかし、 この彼女の美貌と美 徳が自身に不幸を呼び込むことになるのである。 物 語 は 主 人 公 自 身 全 く 予 想 だ に し な い 出 来 事 に よ っ て 動 き 始 める。 その後度重なる事件は女を不幸へと導くようにしか見え ず、 彼女の苦難に満ちた旅には、 道標もなければ神秘主義道に 不可欠な導師も見当たらない。ただひたすらに、 天の導くまま とでも言うべきか、 神が定めた運命に翻弄され、 女は旅を続け る。   しかし、 この物語には単に読者の興味を引く読み物であるの みならず、 神秘主義修行者に対する重要な教えやメッセージが ふ ん だ ん に 盛 り 込 ま れ て い る こ と を 見 逃 し て は な る ま い。 ス トーリーの展開を追って、 神秘主義的側面からアッタールの教 えを見ていこう。 義 弟 の 嘘 を 信 じ た 裁 判 官 に よ っ て 石 打 ち 刑 に 処 さ れ た 女 は、 明らかに世間の非難の的となった。この非難は、 神秘主義道を 歩むうえで不可欠と考えられる 「マラーマティー」 が体現され ていると見做すことができる。マラーマティーとは、 表面上の 敬虔さや見せかけの善行は本来意味を持たないため、 人間は神 からの褒美や他人からの賛辞を求めるべきではなく、 自らを進 んで非難の対象とすべきである、 という考え方である。これが アッタールのこの物語から抽出できる第一の教えである。 ま た、 物 語 の 前 半 部 分 で、 女 は さ ま ざ ま な 男 た ち の 情 欲 と 正 面から向き合わざるをえない状況にまま陥る。 人間の欲とりわ け情欲は最も卑しく、 神秘主義道を歩む際に真っ先にかなぐり 捨てるべきものと見做される。神秘主義では、 人間が自らの欲 や現世への執着を取り除いて初めて、 神と自身とを隔てる帳を 取り払うことができると考えるからである。しかし、 人間も動 物である以上、 情欲を捨て去ることはそう簡単ではない。そこ で、 義 弟 に 始 ま り そ の 後 何 人 も の 男 た ち( 最 後 に は 乗 船 し て い た 男 た ち 全 員!) の 申 し 出 を 雄 弁 さ で 説 得 し よ う と 試 み、 頑 な に断り続ける女を描くことによって、 この深く大きな情欲とい う 帳 を 取 り 払 う こ と の 難 し さ を ア ッ タ ー ル は 示 そ う と し た と 考えられる。これが第二の教えである。   アラブ人から三百枚の銀貨を受け取って旅に出た女は、 見ず 知らずの若者の命を救うため、 気前よく路銀すべてを使ってし ま う。 神 秘 主 義 道 で は、 す べ て の 財 産 か ら 心 を 切 り 離 す こ と も重要な要件である。 女は銀貨に対してなんらの執着心も見せ ず、 すべてを若者の命のために使ってしまう。その後その若者 にどれほどひどい目に遭わされ、 結果的には商人に婢女として 売り飛ばされてしまおうとも、 あっさりと金を手放したことを 微塵も後悔していないという点では、 女は実に信じがたいほど の 模 範 的 な 振 舞 い を み せ て い る。 第 三 の 教 え は、 こ の 物 欲 ( と りわけお金に対する執着心) を断ち切ることである。

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  第四の教えは、 神に真摯に向き合うことの重みである。女は 商人に売られてしまい、 船は海へと漕ぎ出る。海は、 イラン人 にとっては昔も今も、 危険に満ちた、 何が起こるかわからない 未知の世界であり、 漕ぎ出てしまえばほかへと逃げる手段も見 当 た ら な い 8 。 女 は 男 ら の 情 欲 を 避 け る た め、 最 後 の 手 段 と し て神に自らの死を求めんとひたすらに祈る。 神は女の願いを聞 き届け、 突然海から火柱が上がる。イランの神話や伝説では無 実を証明するために度々火が登場する。 火は罪を犯したものを 焼き、 無実のものには一切害を及ぼさない。この物語でも、 女 と積荷を除いたすべて、 つまり情欲に燃えさかっていた男たち 全員を、火がきれいさっぱり燃やし尽くしてしまうのである。   海 岸 に 辿 り 着 い た 女 は 男 装 す る。 こ れ ま で の 経 験 か ら、 「 自 分が女であること」 がすべての不幸の原点であることをいやと いうほど思い知らされたからである。 アッタールは自身の散文 作品 『イスラーム神秘主義聖者列伝 (Ta zk ira t a l-A w liy ā ) の中で、 女性神秘主義者ラービアについて 「女が至高なる神の道あって 一人の神の人である時、 彼女を女とすることはできぬ」 と語っ て い る 9 。 ア ッ タ ー ル は、 神 秘 主 義 道 に お い て 性 別 な ど 問 題 に すべきではなく、 性別を超えた単なる一人の人間として神と対 峙することの大切さを説く。これが第五の教えである。   男装を選択するこの女の行動から、 別のメッセージを読み取 ることもできよう。人の外見にしか目が留まらない人々、 換言 すれば慧眼を持ち合わせない人々に対しては、 自分の本質は見 せないほうがよい、という教えである 10 。   男 装 し た 女 は、 自 ら が 礼 拝 に 専 念 す る た め の 神 殿 を 王 に 求 め、 人々から身を遠ざけ、 ひたすら勤行に励む。この隠遁生活 も神秘主義道においては不可欠な要素である。 七番目の教えと して、 世間と交わらず、 静かに神を思念することの大切さを挙 げることができよう。   王が女のことを男と信じ王国を託そうとした時、 女は自分が 女であることを国の高貴な女性たちを通して公表し、 王座につ く こ と を 頑 な に 拒 み、 信 頼 の お け る 人 物 に 国 の 統 治 を 任 せ る。 こ こ で も 物 欲 か ら 心 を 断 ち 切 る こ と が 説 か れ て い る こ と に な るわけだが、 とりわけ地位や名誉に対する欲と限定すれば、 こ れも八番目のアッタールの教えと見做すことができよう。   隠遁生活を送る女は、 やがて奇跡を起こす力を持つようにな り、 その噂を聞きつけ、 かつて彼女を不幸に陥れた張本人たち が そ う と は 知 ら ず に 彼 女 を 頼 っ て や っ て 来 る。 し か も、 彼 ら を引き連れてきたのは彼女の夫である。 どうすべきか苦悩した 結果、 女はすべてを正直に話せば治療に応じる男たちにと告げ る。男たちも逡巡した挙げ句ついには真実を語り、 身体の不自 由 さ か ら 解 放 さ れ る に 至 る の で あ る。 九 番 目 の メ ッ セ ー ジ は、 自分のために他人を騙し欺き、 虚偽を求めることに対する報い である。   それと同時に、 この場面での女の対応は、 模範的神秘主義修 行者のとる態度として注目に値する。 女はあれほど散々な目に 遭わされても、 惨めな姿で救いを求める男たちを見放すことな く、 彼らの欠点に目を塞ぎ、 寛大な心で向き合う決心をし、 彼 ら の 治 療 を 請 け 合 い、 全 員 例 外 な く 元 通 り の 身 体 に 戻 す 11 。 寛 大 で あ る こ と も 神 秘 主 義 道 を 歩 む う え で 欠 か せ な い 資 質 で あ る。 以 上、 神 秘 主 義 道 を 歩 む 際 の 十 の 心 得 を こ の 逸 話 か ら 抽 出

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す る こ と が で き た。 こ の 十 の 心 構 え は、 ペ ル シ ア 語 に よ る 最 古 の 基 本 的 神 秘 主 義 散 文 テ ク ス ト『 神 秘 主 義 入 門 解 説 (Sh arḥ -i taʻ arr uf ) の 内 容 に 照 ら し 合 わ せ て み て も、 時 に は 部 分 的 に あ るいはすべてを、 時には他を内在させるような形をとるなどの 臨機応変さが求められるものの、 神秘主義修行者が最初に自覚 し て お く べ き と さ れ る 心 構 え と ほ ぼ 合 致 す る と い う こ と を こ こに付言しておきたい 12 。 と こ ろ で、 ア ッ タ ー ル が 一 人 の 女 性、 し か も 欠 点 の な い 理 想 的な女性を物語の主人公に据えたのは何故だろうか。 品行方正 で 高 貴 な 美 男 を 物 語 の 主 人 公 に す る こ と も で き た で あ ろ う に、 敢えて女性を理想像として登場させ、 そこに情欲の塊と化した 男性たちを次々と投入する、 という手法は、 当時としては非常 に斬新で、 読み物としても当時の市井の人気を博したであろう ことは容易に想像がつく。さらに、 物語の中で女主人公が自分 の正体を明かす相手として選んだのは、 高貴な娘たちとその母 親であり、 アッタールがこの女性たちに「慧眼を持つ人々」の 役 割 を 与 え た と い う 点 に も 注 目 す べ き で あ る。 こ れ は、 ア ッ タールという詩人が当時の女性に対し、 人並み以上に肯定的で 優しく温かい眼差しを注いでいた顕れであり、 物語の中で女性 に 男 性 よ り も 一 段 高 い 地 位 を 与 え よ う と 試 み た 結 果 で あ る と 考 え ら れ は し な い だ ろ う か。 こ れ は、 当 時 の ス ン ニ ー 派 イ ス ラームという完全なる男性優位社会の中で、 敢えて女性に敬意 を払い、 人間としてより尊敬されうる高い地位を与えることに よって、 人間は男女の別ではなく一人の人間としてどうあるべ きかが重要なのである、 という一神秘主義者アッタールの考え 方の表出とも受け取れよう。 アッタールが物語中ただ一度言及 するこの女の名が 「マルフーマ」 すなわち 「神に慈悲をかけら れ た 女、 神 に 祝 福 さ れ た 女 」 13 で あ る こ と か ら も、 彼 女 に 対 す るアッタールの肯定的・好意的な視線が窺われる。   では次に、 非の打ち所のない美女とは対照的ともいえる、 老 婆を主人公とした作品を見ていくことにしよう。 二.老婆の物語   老 婆 が 主 人 公 と し て 描 か れ て い る 物 語 は 全 部 で 八 話 あ る が、 こ こ で は そ の 中 で も 代 表 的 な 二 つ の 逸 話 ( 第 九 章 第 九 話 と 第 十 四 章 第 五 話 ) を 紹 介 す る こ と と し よ う。 二 話 と も た い へ ん 短 い逸話であるため、ここに全文を訳出する。 「心燃え尽きた老婆の話」 (第九章第九話)   あ る 日 バ グ ダ ー ド の バ ー ザ ー ル か ら 怖 ろ し い 火 の 手 が あ が り ま し た。 人 々 の 間 か ら 悲 鳴 が 上 が り、 火 事 で 大 騒 ぎ と な り ま し た。   そ こ に 哀 れ で 不 幸 な 老 婆 が 杖 を 手 に 現 れ ま し た。 誰 か が 彼 女 に言いました。 「 行 く ん じ ゃ な い ぞ、 気 で も 狂 っ た か。 あ ん た の 家 も 燃 え て い るぞ。 」 女は言いました。 「 気 が ち が っ て い る の は お 前 さ ん の ほ う じ ゃ な い か。 だ ま ら っ しゃい!   神は私の家を燃やしはせんのじゃ。 」

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  つ い に 火 は 家 々 を 焼 き 尽 く し ま し た が、 そ の 老 婆 の 家 は 燃 え ずに無事に残ったので、人々はこう言いました。 「 お い、 苦 痛 と 悲 哀 に 身 を 置 く 婆 さ ん、 あ ん た は こ の 謎 を ど う して知っていたのかい?」 するとその謙虚な老婆はこう答えました。 「 神 は 私 の 家 か 心 か、 ど っ ち か し か 燃 や せ な い の さ。 神 は 私 の 狂 っ た 心 を す で に 悲 し み で 燃 や し て し ま わ れ た の だ か ら、 私 の 家まで燃やすなどということはありえないのさ。 」 14 「老婆がシャイフに忠告する話」 (第十四章第五話)   あ る 日 敬 虔 な シ ャ イ フ が 壁 の ミ フ ラ ー ブ( モ ス ク 内 で メ ッ カ の 方 角 に あ る 壁 龕 ) に 背 を 向 け て 座 っ て い る と、 モ ス ク の ド ア か ら 一 人 の 老 婆 が 入 っ て き ま し た。 彼 女 の 性 根 は ア リ フ の よ う に 真 っ 直 ぐ で し た が、 背 は ダ ー ル の よ う に 曲 が っ て い ま し た。 老婆はシャイフに言いました。 「お前さん、 死にかけているじゃないか、 穢れているじゃないか、 清 廉 を 誇 示 し て い る じ ゃ な い か、 シ ャ イ フ と い う 地 位 に い る こ と に 思 い 上 が っ て い る な。 外 に 出 な、 さ あ、 ミ フ ラ ー ブ の 前 か らどきなされ。 」 *          *          *   あ な た は 自 分 の 身 近 な 人 々 の た め に 多 く の 事 を お こ な っ て き た。 彼 ら に 賞 賛 さ れ 励 ま さ れ る こ と で あ な た の 信 仰 心 は 失 せ、 上 り つ め た 地 位 に 思 い 上 が り、 あ な た の 行 動 の 記 録 書 を 黒 く し て し ま っ た。 お お、 愛 し い 者 よ、 自 ら を 愛 で 燃 や せ。 地 獄 を 怖 れ る が ゆ え の 崇 拝 や 礼 拝 を お こ な っ て も 意 味 は な い。 そ れ で は 未 熟 な 禁 欲 主 義 者 に す ぎ な い。 禁 欲 主 義 者 に 成 熟 を 求 め る の は 誤 り だ。 な ぜ な ら 禁 欲 主 義 者 は 未 熟 で、 ま る で 生 焼 け の レ ン ガ に す ぎ な い か ら だ。 愛 を 知 る 恋 人 は 蝋 燭 の よ う に 身 を 焦 が し 涙 を 流 す。 そ の 涙 や 熱 情 の 中 に 自 ら を 集 約 さ せ て い る。 一 晩 中 涙 を 流 し 身 を 焦 が し、 陽 が 昇 る 頃 に は 命 の 灯 は 消 え て い る か も し れ な い。 涙 も 涸 れ 果 て、 身 を 焦 が す ほ ど の 思 い も 冷 め、 命 の 灯 が 消 え れ ば、 彼 の 名 は「 愛 し い 人 に 殺 さ れ た 者 」 と な る。 彼 は 帳 の 内 で 愛 し い 人 と 結 ば れ、 彼 に し て あ げ ら れ る こ と は 何 も な くなるのだ 15 。 物語の分析   第一章でも指摘したが、 老婆の物語の中でも、 ペルシア語の アルファベットの形の特徴を生かした、 伝統的な直裁な比喩表 現が多用されている。二番目の逸話では、 アッタールは腰の曲 がった老女の姿を 「ダール」 と形容する。 ペルシア語のアルファ ベ ッ ト の 十 番 目 の 文 字 ダ ー ル は د と い う 湾 曲 し た 形 状 な の で、 腰 の 曲 が っ た 老 人 の 姿 の 譬 え と し て 頻 繁 に 用 い ら れ る。 ま た、 ア ル フ ァ ベ ッ ト の 最 初 の 文 字 ア リ フ ا は 棒 が 真 っ 直 ぐ 立 っ た ような形状で、 ここでは老婆の飾り気のない、 心の中を直裁に 表現する性格の譬えに用いられている (アッタールの逸話におい て は、 老 婆 が 手 に す る 杖 の 形 状 の 譬 え と し て ア リ フ が 用 い ら れ て い る場合もある) 16 。 ま た、 ペ ル シ ア 文 学 に お け る 老 婆 は、 い つ 始 ま っ て い つ 終 わ る と も 知 れ ぬ こ の 世 の 譬 え に 用 い ら れ る こ と も ま ま あ る 17 。 こ こでは紙幅の関係上取り上げられなかったが、 ひたすら糸車を

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回 し 糸 を 紡 ぎ 続 け る 老 婆 の 姿 に 現 世 を 譬 え る の が ペ ル シ ア 文 学の常套手段で、 アッタールもその例外ではない。長い年月を 表すのであれば性別は問わないのだろうが、 糸車の前に座って ひたすら糸を紡ぎ続けるという絵図には、 やはり年を重ねた女 性の姿がふさわしいと詩人たちが考えたにちがいない。 年齢を重ねた人の人生経験は、 何物にも代え難い宝物である。 アッタールは説話の中で、 その宝物を持つ老婆に堂々と自らの 思うところを発言させている。最初の逸話では、 老婆の家だけ 燃 え な い 保 証 な ど ど こ に も な い と 誰 も が 思 う の だ が、 結 局 は 老婆の言う通りに奇跡が起こり、 彼女の家だけが惨禍から免れ る。 こ こ で は、 ア ッ タ ー ル が 「 狂 ウ ガ ラ ー イ ェ ・ マ ジ ャ ー ニ ー ン 人 の 体 を な す 賢 人 」 18 に 課 し た の と 同 じ 役 割 を 老 婆 に 担 わ せ て い る と 解 釈 す る こ と も で き る。 奇 跡 を 目 の 当 た り に す る 前、 人 々 は 老 婆 に「 気 で も 狂 っ た か 」 言 っ て い る。 通 常、 正 気 で あ れ ば 発 言 し な い ( ま た は 発 言 で き な い ) 言 葉 を、 ア ッ タ ー ル は 度 々 老 婆 の 口 を 借 り て 語 る。 他 の 逸話でも、例えばガズナ朝のスルタン ・ マフムードに向かって 堂々と物申す姿や、 きらびやかな王侯貴族を「着飾ることに夢 中とはなんと哀れな奴」 と平然と批判したりする老婆の姿も描 かれている。いわば、 社会の不満の代弁者として、 アッタール は老婆に重要な役割を担わせているのである。 し か し、 老 婆 が 自 分 の 家 は 燃 え な い と 豪 語 し た の に は、 別 の 理由を挙げることができる。それは、 自らの全存在を賭して神 を崇拝し、 神に対して強く純粋な愛を抱き続け、 心を燃やし尽 くしたという自信があったからである。 奇跡を起こす力を備え るためには、ただ単に無味乾燥な隠遁 ・ 禁欲生活を送るのでは なく、 愛が不可欠であるというアッタールの強いメッセージが 窺われる。 神 秘 主 義 道 に お い て 神 と 邂 逅 す る に は 隠 遁 生 活 だ け で は 不 十 分で、 それまでの人生すべてを賭すほどの激しく強い真の愛が 必要である強調するのが、 二番目の逸話である。現代イランを 代表するペルシア文学研究者プールナームダーリヤーンは、 こ の物語を丹念に細かく分析した結果、 隠者と恋する者へのアッ タ ー ル 自 身 の 見 解 が、 平 易 で 明 解 な 言 葉 で 示 さ れ た、 お そ ら く 最 初 で 最 古 の 物 語 が こ の 逸 話 で あ ろ う と 推 察 す る。 そ し て、 アッタールの他の叙 マ ス ナ ヴ ィ ー 事詩とりわけかの有名な 『鳥の言葉』 の中 の「シャイフ ・ サンアーン物語」や数多の抒 ガ ザ ル 情詩にもこうした アッタールの見解が繰り返し示されていると指摘している 19 。   今一度、 二番目の逸話に目を向けてみよう。この話では、 老 婆 は 愛 を 知 ら な い 隠 者 た る シ ャ イ フ を 未 熟 者 と 見 做 す ( 未 熟 さ を「 生 焼 け の レ ン ガ 」 に 譬 え る の は、 日 干 し レ ン ガ で 建 物 を 造 る 地 域 な ら で は の 表 現 と い え よ う か ) 。 シ ャ イ フ に は 愛 の 経 験 が な く、 心 を 燃 や す こ と も 愛 の 苦 痛 を 味 わ う こ と も な い ま ま に 師 と な り、 多くの弟子がいることを誇りにしている。この自尊心とい う帳、 自分というありがたい存在が人々を幸福にしてやれるの だという奢った考えがある限り、 隠者は不完全なままであると 老婆は指摘し、 自分と同じ空間に身を置くには、 愛を経験し愛 の 苦 痛 や 苦 難 に 耐 え よ、 と 隠 者 に 向 か っ て 言 い 放 つ の で あ る。 この物語では、 老婆がシャイフに対し、 彼が不完全で未熟だと 叱責するところから始まるが、かのシャイフ ・ サンアーンはあ る夢を見たことがきっかけとなり、 その後愛に翻弄され、 愛に 起因する多くの不幸に見舞われる。 この叱責や夢というほんの

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些細に見える出来事こそが、 自尊心という帳を取り払うために 神から与えられた恩寵というわけである。 アッタールの抒情詩 では、 美しい人間の姿で現れる神や大天使ガブリエル、 キリス ト 教 徒、 キ リ ス ト 教 徒 の 子 供、 ペ ル シ ア の 美 少 年、 ト ル コ 人、 美女らが隠者の前に現れ、 隠者を愛という酒に酔わせ、 モスク や庵から連れ出す。そして、 隠者は世間の非難と危険に満ちた 小路を彷徨った挙げ句、ようやく愛の対象と邂逅するに至る。   二番目の逸話の後半部分は、 アッタールが読者一般に向けて 語 る 忠 告 で あ る。 こ の 物 語 の 読 者 が ど の よ う な 立 場 の 人 で あ れ、 多くの人が何かしら自分は社会の役に立ってきたと思って いるであろうし、 そう思いたいのが人の常である。しかし、 そ の考えに対しアッタールは「それほどまでの思い上がりは、 最 後 の 審 判 の 日 に あ な た の 行 状 を 記 し た ノ ー ト を 悪 行 で 埋 め 尽 くすだけ。おお、 愛しい者よ、 外見や形式にとらわれず、 愛す る対象への愛の炎で自らを焼き尽くしてしまうがよい」 と呼び かける。 精魂込めて心から愛した結果、 たとえ命果てようとも、 愛 の 対 象 に 到 達 で き た の で あ れ ば そ れ 以 上 の 幸 せ は な い は ず、 と説くのである。   ペルシア文学では、 蝋燭がぽたぽたと蝋を垂らしながらあか あかと燃えるさまは、 恋する者が愛しい人を思いながら会えな い苦悩に涙を流すさまと重ねて表現される。 蝋燭は一晩燃え続 ければたいてい燃え尽きてしまうだろう。 一晩泣き明かした挙 句朝に命が果てたのであれば、 それは恋する者にとって本望と アッタールは説く。情熱的で激しい、 真の愛を、 できるだけ多 くの人々に知らしめたいと強く願う、 詩人という表現者の思い の丈が凝縮された、実に美しい比喩表現である。 おわりに 『 神 の 書 』 の 完 璧 な 女 性 像 や 老 婆 の 姿 を 通 し、 我 々 は 修 行 と いう苦難も、 真の愛も経た後に、 ようやく「神」に到達できる と い う 教 え を 授 か っ た。 し か し、 「 神 」 と ア ッ タ ー ル が 称 す る ものの正体とは何か。 ふと疑問が湧く。 魂の究極の平穏や安寧 が 保 証 さ れ た 境 地 の こ と で は な い の だ ろ う か。 前 出 の プ ー ル ナームダーリヤーンは最新の学会発表において、 完全なる性質 (ṭebāʻ-e tām) についての研究の結果、 神秘主義修行者たちが神と の邂逅と称するものは、 実際には「自分自身の天使の部分」あ る い は「 天 界 的 な 自 分 」 と の 出 会 い で あ る と 指 摘 し た 20 。 人 間 誰 に も 天 使 の よ う に 清 ら か な 部 分 が あ り、 そ れ が 自 身 を 制 御 し、 守り、 正しく導いてくれるのであり、 人間は自分自身の美 しい部分を知るために鍛錬の日々を送り、 愛を求める。神が実 在するかどうかは永遠の謎でしかなく、 よって人間が神に会え る 保 証 な ど な き に 等 し い。 自 分 の 煩 悩 や 執 着 心 を 削 ぎ 落 と し、 身を焦がすほどの愛を経験することによって、 人間は自分の中 の 清 ら か で 穢 れ を 知 ら な い 魂、 自 身 の 天 使 と い う べ き 最 も 美 しい姿に行き着くのである。 一三世紀の神秘主義詩人ルーミー ( Rūmī, Jalāl al-Dīn Muḥammad Balkhī 一二〇七―一二七三 ) が、我々 は 虚 の 世 界 に 生 き て お り、 真 の 世 界 は 人 間 の 心 の 中 に あ る と 度々語るように、 人間は実に大いなる存在なのであり、 それを 我々日本人であれば「神」と、 また各言語や地域によって固有 の慣れ親しんだ名称で呼んできたにすぎないのである。

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——— となり合う〈遠き〉アジア ——— こ の よ う に 考 察 し て く る と、 遠 い 世 界 の、 我 々 と は 無 関 係 に 見えていたイスラーム神秘主義が、 人間の生き方を追求した一 つの方法なのであり、 誰に対しても理想的な生き方を提示する ヒントになり得ると思えてくる。 我々も欲望に振り回されず慎 ましやかに、 しかし身を焦がすような愛を経験することによっ て、一度きりの人生を豊かに生ききってみたいものである。 参考文献 ʻAṭṭār -i Nīshābūrī, Farīd al-Dīn Muḥammad; Shafiʻī Kadkanī, Moḥammad-Reżā(ed.) 1387/ 2008 Ilāhī-nāmah, Tehrān, Sokhan.

; Esteʻlāmī, Moḥammad 1372/ 1993 Ta zk era t a l-A w liy ā , T ehrān, Zavvār . Ḥāfiẓ-i Shīrāzī , Sham s al -Dī n Muḥamm ad ibn Muḥam mad; Khaṭī b Rahbar ,

Khalīl(ed.) 1374/1995 (chap-e shānzdahom)

D īv ān -e g ha za liy āt-e M ow lān ā S ha m s a l-D īn M oḥ am m ad K hā jeh Ḥ āfe ẓ-i Sh īrā zī , T ehrān, Ṣafī-ʻAlīshāh. Mustamlī Bukhārī, Khājah Imām ʻAlī Zāhid Faqīh ʻĀlim Abū Ibrāhīm Ismāʻīl ibn

Muḥammad ibn ʻAbdullāh; Rowshan, Moḥammad 1363/ 1974

Sh arḥ - a l-T aʻa rru f li m az ha b a l-T aṣ aw w uf , 4vols. Tehrān, Asāṭīr . Pūrnāmdāriyān, Taqī 1390 D īd ār b ā sīm or gh , s he ʻr va ʻe rfā n va a nd īs he -h ā-ye ʻA ṭṭā r , Tehrān,

Pazhūheshgāh-e ʻolūm-e ensānī

va moṭāleʻāt-e farhangī. フ ァ リ ー ド・ ゥ ッ デ ィ ー ン・ ム ハ ン マ ド・ ア ッ タ ー ル 著、 藤 井 守 男 訳   一九九八年 『イスラーム神秘主義聖者列伝』 、国書刊行会。 佐々木あや乃   二〇一五 「ペルシア神秘主義説話文学にみる 「狂人」

アッタール著 『神 の 書 (Ilāhī-nāmah) 』 の 場 合

」『 総 合 文 化 研 究 』 第 一 八 号、 東 京 外国語大学総合文化研究所。     註 1   佐々木   二〇一五。 2   ʻAṭṭār -i Nīshābūrī, Farīd al-Dīn Muḥammad; Shafiʻī Kadkanī, Moḥammad-Reżā(ed.) 1387/ 2008 p.131, beyt 484. 3   Ibid., beyt 487. 4   Ibid., beyt 489. 5   Ibid., beyt 490. 6   idem, p.132, beyt 492. 7   idem, p.131, beyt 488. 8   イ ラ ン 人 の 海 に 対 す る イ メ ー ジ と し て、 ハ ー フ ェ ズ の 有 名 な 抒 情 詩 の 一句を挙げることができる。 暗い夜、波への恐怖、おそろしげな渦潮 この我が状況が浜辺で気楽に過ごす人々にどうして分かろうか        (抒情詩一) 9   フ ァ リ ー ド・ ゥ ッ デ ィ ー ン・ ム ハ ン マ ド・ ア ッ タ ー ル 著、 藤 井 守 男 訳   一九九八年   五一頁。

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10  ペ ル シ ア 神 秘 主 義 文 学 の 重 要 テ ー マ と な っ た 神 秘 家 ハ ッ ラ ー ジ ュ が 好 例である。ハッラージュは 「我は神なり」 という酔言を公の場で語ったため、 不 信 仰 者 の 宣 告 を 受 け、 つ い に は 処 刑 さ れ る に 至 っ た。 ハ ー フ ェ ズ も ハ ッ ラージュをさすと考えられる次の句を遺している。 師は言った「高い絞首台で果てたかの友           その罪は神秘を明かしたこと…」         (抒情詩一四三) 11  寛 大 さ は、 ハ ー フ ェ ズ の 次 の 言 葉 に も 見 ら れ る よ う に、 神 秘 主 義 道 に お い て 最 も 重 要 な 性 質 の 一 つ で あ る。 ハ ー フ ェ ズ は、 自 ら の 詩 的 世 界 の 中 で 最 も 敬 愛 し、 自 ら の 師 と 仰 ぐ 人 物 像「 酒 場 の 師 (pīr -e moghān/ pīr -e meykhāne/ pīr -e meykade/ pīr -e mey-forūsh/ pīr -e kharābāt/ pīr -e dordī-kash/ pīr -e mā) 」 の 特 徴 の 一 つ に、 他 人 の あ ら 探 し を し た り 欠 点 を 指 摘 し た り し な い 寛 容さを見出している。 酒を飲む我が老師にたとえ金や権力がなくとも 神から与えられた気前のよさ (ʻaṭā-bakhsh) と          過失を見逃す (khaṭā-pūsh) 美点が備わっている        (抒情詩一二三) 12  『神秘主義入門解説 (Sh arḥ -i t aʻa rru f ) 』 は、 イスラーム法学者 ・ ハナフィー 派 神 学 者 か つ 神 秘 主 義 指 導 者 で あ っ た カ ラ ー バ ー ズ ィ ー (Bukhārī Kalābāzī, Shaykh Imām al-Zāhid al-ʻĀrif Abū Bakr ibn Abī Isḥāq Muḥammad ibn Ibrāhīm ibn Yaʻqūb d.995) が ア ラ ビ ア 語 で 執 筆 し た『 神 秘 主 義 入 門 (A l-T aʻa rru f l i-m az ha b a l-T aṣ aw w uf ) 』を、ムスタムリー (Mustamlī Bukhārī, Khājah Imām ʻAlī Zāhid Faqīh ʻĀlim Abū Ibrāhīm Ismāʻīl ibn Muḥammad ibn ʻAbdullāh d.1042) が 原 文 を 引 用 し つ つ、 明 解 で 平 易 な ペ ル シ ア 語 に 翻 訳・ 解 説 し た 四 巻 か ら 成 る 散 文 作 品。 カ ラ ー バ ー ズ ィ ー の『 神 秘 主 義 入 門 』 が 簡 潔 で 短 か っ た た め、 大 導 師 ム ス タ ム リ ー が そ れ を ペ ル シ ア 語 に 訳 し つ つ、 イ ス ラ ー ム 神 学・ ハ デ ィ ー ス( 預 言 者 の 行 状 伝 ) 学・ イ ス ラ ー ム 法 学 等 多 岐 に わ た る 自 ら の 知 識を駆使して解説を加えている。 13  ʻAṭṭār -i Nīshābūrī, Farīd al-Dīn Muḥammad; Shafiʻī Kadkanī, Moḥammad-Reżā(ed.) 1387/ 2008 p.132, beyt 494. 14  idem, p.228. 15  idem, p.288. 16  他にも、麗人の小さな口がアルファベットの二八番目の文字ミーム م で 表 さ れ た り、 麗 人 の く る く る と 輪 を 描 い た 豊 か な 髪 が、 時 に こ の ミ ー ム と六番目のアルファベットジーム ج で示されたり、時にダールのみで表さ れ た り も す る。 ア ッ タ ー ル は 別 の 逸 話 に お い て、 ア リ フ と 二 七 番 目 の 文 字 ラームを組み合わせた لا という形状を、ターバンを巻いた様子に譬えても いる。 17  ʻAṭṭār -i Nīshābūrī, Farīd al-Dīn Muḥammad; Shafiʻī Kadkanī, Moḥammad-Reżā(ed.) 1387/ 2008 p.180-182. 18  「 狂 ウ ガ ラ ー イ ェ ・ マ ジ ャ ー ニ ー ン 人 の 体 を な す 賢 人 」 と は、 何 の 恐 れ も も た ず に 自 ら の 主 張 を 声 高 に 語 る 存 在 で、 善 悪 の 区 別、 人 間 の 道 徳 的 な 弱 点 を 認 識 し て い る た め、 対 話 の 相 手 や 読 者 に 不 意 打 ち を 食 ら わ せ る よ う な 鋭 い 言 動 を 見 せ る。 詳 細 に ついては、佐々木 二〇一五を参照のこと。 19  Pūrnāmdāriyān 1390: 266 . 20  Congress of Spiritual Horizon and W orks of Attar -e Neyshabouri (by Grant-in-Aid for Sci enti fic Resea rc h(C), Princ ipal Inve sti gator: SASAKI Ayano) in Uni -versity of Isfahan, 12 th & 13 th of April, 2015 で の プ ー ル ナ ー ム ダ ー リ ヤ ー ン 氏 の口頭発表による。

参照

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