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價値單位の研究(三)-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

四 倍償還位の先貨幣的現象形態

a 設

この偵倍単位の党貨幣的現象形態といふ中には、貨窄卜即ち〓仮に使用される交換手段といふ意味での貨幣

︵1︶ −とは未だ嘲係を生じない時代に於ける諸種の革位が包含される。尤もメンガアは貨幣畿生前に、評償を放す

に用ひられた諸の財貨は之を﹁交換憤倍の棟準測度﹂と粥するを得ないものと考へてゐるが、併しこの華貨幣的

軍位でも大鰐は慣柘表示手段となつてゐるのである。尤も兜貨幣的単位が原則として偵梅を表示することはする

が、それでも抽象的な諸寄位が、嘗際交換をする際には現はれて釆ないで、只代償をせんとする直前の算定をな

すときに硯はれる様な吻合もある。斯くの如き場合と雌も、之と同様な経済磯展段階にあるその他の諸の単位と

同様に之を免貨幣的単位といふを妨げない。

︵1︶ 苫eコ笥r⋮G−uコdN宏2derく01ksw烹scha芳一ehre−N.ぎf㌻−uNu↓S.N芦 低値軍使の研究

償億軍使の研究 ︵三︶

︵四九︶ 週九

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︵五〇︶ 五〇 第五感 第一鱗 さてこの覚貨幣的償値軍使を立誇することの困難に感ぜられるのは、今鼓に引用しなければならぬ文献が大抵 人種螢的な見地から観察を施してゐて′、貨幣と償値の測定といふこと1を峻別してゐないのに基因してゐる。殊 ︵りこ に貨幣の定義と貨愕のなす職能との識別の不充分なのが痛感せられる。例へばシふルツは貨幣を以て慣値測度と ︵3︶ し、交換手段とし、更に凡ゆる労働所産の蓄積であるとなしてゐる。叉シそ、、ツトはフィリサボヴヰツチに倣つ ︵ . 貨幣と低値単位とむ概念的に峻別してゐない。併し貨幣問題の此の方面が兜拳上に明確になつてゐないのは、兜 貨幣的単位の制度を窺ふ資料となる諸報骨の粗雑なるに基因してゐる。 ︵2︶ SchultN︸〓叫Gruコ計sseぎerEコ什stehuコ甥笥SCh首烹edesGe夏sこ00溺S.ut ︵3︶ Schヨ套﹀芦︰G−uコd﹁訂sderethコ。す致scheコく。芳sw芝snh乳ts−eざe二南岸︻、S・︼輩︼等ニ︼S−声 ︵4︶ R己笥Way︰TheOr広ぎOfヨ2ta≡ccu−−eコCyaコdwei号什staコd彗dsこ00冶

b 原始的償低質位の免騙、原始的交換

獲展の径路を理論的に諭するとき、殊に原始状態について之を諭するときには段階的に詮明するを便とする。 ゾムバルトは段階詮に件ふ欽隋を指摘してゐるが、之は経験的考察法をなすときには常飲まるのである。併しこ の段階的尊展をなすといふ考へは合理的な無賃として、叉補助構成としては反って坤解を容易にするものである。

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柴づ洩二に原始的交換の行はれた初期には未だ何等の債値軍使も利用されなかった。そして交換せられる財の

範園は狭少であり、香寧ろ交換それ自惜が例外的な現象であつたのである。常時は低値単位の必要がなく、従っ

て嘗てスミスが述べた様な、推則、即ち財は之に投ぜられた労働凝に比例して交換せられるものだといふ考や、 ︵

5︶

叉ホイトのいふ様な此の段階ではコ鱒柑﹂が唯右横準渕度であるといふ考は絆持されない。此の段階では交換さ

︵6︶

れた事物を第三の、客観的な分母で表示しやうといふ望みはなかつ駕シニッは任意の賠典や掠奪をその特徴

とする段階には表的交技手段や償憶測度といふものは知られてゐないといつてゐる。璧最引︵SHeコ=ra芭の

如き非常に贋く普及鞄る御慶にあつてさへも媒介者としての償他罪位を用ひなかつたのである。

ハ5︶・〓Oy什−E∴Pr−ヨ琵くe什rade∵這討−P.昭P ︵ポ︶Sch弓tN⋮Gruコdr訂s−S.ゴ.

節々の財の問に這の交携比率が現はれるとそこに憤借軍使の妨芽がある、しかしこの交換方程式は癖めて融

通のきかない厳密なもので、箇芸交換闘係が全然猫立して並存して居り、節々の財が相互に代替し得るなど1 ︵7︶ は考へられてゐなかつた。ゴツトルの言ってゐる様に、﹁寧感丁寧感﹂といふ方程式から﹁−璧現下聾晶﹂とい

ふ推論をなすのは瞞着を行ふものである、そ喝すペての交換取引が駿格な慣習の中に閉ぢ込められてゐる﹂から

である。

︵7︶ G茎l︰ロ訂w已sc訂ftlicheロぎeコSiOコ.S.ぎ歩 僧櫨軍使¢研究 ︵五一︶ 恵一

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︵五二︶ 五二 第玉谷 第 膚 妨 文相集ってある交換比率を衷はしてゐる樺山の翠素があつても、このすべての要素に通ずる或る単位といふも のはないのである。そは倍々の比率が成る基本畢位を拗け合せて︵善書=k裟。コ︶出釆上ってゐるのではなく只斬 らたなる箪素を寄せ合はせて︵宣旨。コ︶出水たものだからである。ミヅウリ一流域のインデアン仲間には次の様 な比率が成立ってゐる。 与包柑r−−沌洗ヾ−軸 ヽJノ包柏音+沌洗ヾ−軸=出劫−薄 、jノ包沌肯十沌光三瑚十出劫−箱=与斡−禽 \Jノ包柑肯+沌洗ヾ−軸+薄謝−薄十与野−肯−−.都︼温 ヽア慧虚字永由ヾ−軸+出劫−藩十与諦−語十し調−剋旦備州軸−蜃 ︵8︶ 韮に撃げたものは何れの仙つも単位とは考へられない。ワァゲマンの冨を以てすれぽ、この場合ある⋮つの尊 物が償値歯位となつてゐるのではなY、この交換方程式の中へ入つて来るすべての審物が皆慣倍軍使となつてゐ るのである。餌どの軍位もその単位たるの任扮を果たさないから、常然之を一般的交換手段、即ち貸簡といふこ とはできない。 ︵8︶ Wa笥ヨaココ.E.︰Ge−dlehre S.讃− 与良扇宵+池亀ヾ−軸+薄汚−洋+与鞍︻肯十−爵−風十倒光軸−事汀沖−>

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へ9︶ カツセ几は計箪の比率といふこと1之とは多少別の戯念とを混同しておる、そぼ故にあつては比率といふとき に酪に革位が存立してゐるものと考へられてゐるからである。カツセルは﹁革純な禦品係によつて相互に結合 してゐる樺山な濁位より成る計算比率﹂といふものを念頭に遭いて論じてゐるのである。そこで彼は已が論述を 進めて行って次の様な結論笹到達した、即ちかくの如き封算比率の中のすペての単位は常然抽象的計算革位とな らなけれぼならぬ、飢へぼある人が魚を以て計算敬すれぽ、その計穿といふものは明かに、平均的な質と量とを 持った魚によつてなされたければならぬと。この婁合力ツセルは、彼の追求せる理論的目的からいへば格別誤謬 とはいへないがとに角、綜合的交換比率と孤立的な償櫨歯位とを明かに混同してゐる。要するに、上述の如き経 験的意味に、ていふ交換比率には既に明確な憤倍単位が僻はつてゐるといふ結論は出て釆ない。 ︵9︶ nasse︼−G∴TheOret訂nhe SONia−OkOコ○ヨ計旬︼持u−S.u遥. さてこの交換比率の領域内には慣億軍使の成立に肝婆なる思想、即ち此の交換むして気儀藤平なものたらしめ ない焉に・は、琴二鼠の助に依り、交換物中の共通なるものを確めなければならぬといふ思想が未だ現はれて氷な い。この思想は、諸株の財が互に交換せられる場合に於て、その交換されるもの1分量が相等しといふ鵡擦でそ の交換が成立する場合に初めて生するものであるも此の場合には憤倍の大小はその分量に依るといふ仮定が無意 識的に働い七ゐる、そして正にこの理由で原始的な貸借は屡々非常笹嵩さ高なものであるじ原始人はよく低値の ヽ ︵川︶ 等しいといふことを分量の等しいといふことに解し勝ちなものである。ジムメルは次の様な例を掲げてゐる、即 何位笹位の研究 ︵玉三︶ 玉三

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第五番 第一購

︵五四︶ 五四 ちニュサブリテン島の土人は珠数つなぎにした蟹貝をデワラと呼んで之を貨幣として使用してゐる。ところで土 人が魚を買ふときにはその魚と等しい長さ突けのデワラを渡すといふのである。之を見ても慣憶測定の療準測度 となるものは寮さ封りではないことがわかる。 ︵10︶ S抑ヨme叫︸G●仙PhニOSOPh許des Ge註es.S●ご00. 上述の如き場合にあつては、狭義の惜値騎位は未だ問題とならない、そは比較される二つの軍物の第三の事物 に判する関係が建まつてゐないからである。之を方法論的見地から親祭すれぼ、畳と﹁低値﹂とを同二醜する場合 には、それ等に通有の性質を持てる割合に應じて事物を交換するといふ考︰即ち客観的等倍物といふ観念が兜づ その根底に横はつてゐる。そこで或一定の鼠と質とを持った瑚の財が凡ゆる交換方程式の中へ入って来るとき初 ︵H︶ めて本来の低値測度を問題として諭することが出来るのである。乍然シユ、、、ツーのいつてゐる様に、この一般的 に用ひられるといふことは僧侶溺位︵貨幣についても同様︶の概念構成嬰素ではない。 ︵H︶ Snhヨidt−芦⋮G岩コdrissこーーS.︼当■ C ﹂慣舷常任の由殊に節する諮挿の償設 せ人が如何なる種類の事物に本涯的場備軍放たるの性質を認むペきかは、二茸的に之を決めるとはできない。 例へぼシュルウは、流行的なものではなく従って叫般的に欲求される一部の装身具を最初の低値軍政と考へる。

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そは装身具や其他叫般的に愛好される事物は、叫般的憤格表示手段たるの性質を有してゐるからであるとする。 ︵12︶ 此の鮎忙紬してリツヂウェイは次の様に説いてゐる。日く、﹁或蔽禽に於て触殊の革物が鵬般に使用せられ叉∴ 般に通用するとき、この番物が凡べての慣伯を表示する罫位となる。この物々交換の軍使の性状は、その気候や 地理的位置やその住民の文化の程度によつて決悪される﹂と。叉ラフリンは腰罪金の革位を政和の慣値測度なり としてゐる。 ︵㍑︶ Rid笥Way⋮ヨetaご首curreコCy−P●ご・ ︵13︶ −フゥムは偶借単位の蟹生を儀式の慣例から説かうとする。併しラウムも亦その論述に於て貨幣と償値軍政とを ︵14︶ 峻別してゐない、そして彼は例へぼ﹁貨幣は僧侶測度であり、従って計算軍使である﹂と説くのである。彼は斯く の如く両者を同一祀してはゐるが、併し彼が畢位の固有の本質を認め且つ之を歴史的に研究してゐる功績は之を 捜することができない。即ち彼は偶倍単位の抽塊的性質を認め、且つ償倍測度は凡ゆる交換とは褐立に存立する ︵15︶ といふことが理論的に考へられるとなす。ラウムはこの横倍箪位を﹁牛﹂から誘導してゐる。併しこの﹁年﹂といふ 軍使ほ商取引から餞生したものではない、何故かといへぼホーマアの時代には未だ仙般的償佑認他による商取引 といふものは磯生し得なかつたからである。併しその時代にもこの﹁牛﹂畢位でいひ現はされる都税があつ挺ので ︵17︶ ︵柑︶ ある。失政﹁牛﹂革位は赦命内部の取引︵夏rasON致erverkehr︶にその起原を有するものでなけれはならぬ。ラウム いけにへ はこの鬼瀬を年の有する神聖なる意味の中に認めた、即ち円く﹁牛は最高の犠牲である、そしてこの特性あるに 頂低単位の研究 ︵五五︶ 玉五

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革五懸 第 ︼ 兢 ︵斎六︶ 五六 より直接そが憤憶測歴として用ひらる1に至つた﹂と。且つこの﹁牛﹂といふ償惜蟹位は他の慣倦棟準とはその性 質を異にしてゐる、即ち後者はそれが放少の革位であつて、之を集積して新たな量を構成するのであるが﹁牛﹂翠 ︵描︶ 位にあつては之を分割することに依り新邸位が得られるのである。ラウムは更に進んで日く、漸次蔑虚の道梓を たどつて、この﹁牛﹂といふ償備聾紘が益ミ抽象的な性質を持って氷るに従って、いよ′\財とトての牛は他の事 物によつて代位せらるゝ様になつた、即ち﹁本来は尉であつたものが己れに代る財の偶伯測度となるものである ︵19︶ が、牛も五徳や鉢や女奴隷などの借欄測度となつた﹂と。ラウムは之より諭歩を進めて、叫紳聖なる軍使を士道 として如何にしてそこから貨幣が畿展して来たかを主として説いてゐるのである。 ︵㍑︶ ﹁餌uヨ︶B川﹁コha−dト〓eニi机eSGe芦︼汚∵↓biコ∽ハコ. ︵l1︶ ﹁auヨ⋮a.P〇.S.00. ︵15︶ ﹁auヨ⋮a.a.〇.S.〓.1A. ︵16︶ ﹁auヨ⋮P a.〇.S.︼り. ︵け︶ ﹁auヨ⋮P a.〇.S.琶. ︵川︶ ﹁auヨ∴a.a.〇.S.撼. このラウムの想定が凡ゆる鮎に於て雁史的に立謹し得られるや否やはこの際昏々にとつては重要なことではな い。只肝安なことはラウムが発覚簡的僧値蛍政の問題に封して大なる貢献をなしたこと1、憤値単位の抽象性を 盈要祓tたこと∼である。

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抽象的単位が本来如何にして生成したかといふことについてはそれ′ぐ1研究者により意見の相違があつても、 多少段階的牽展をなしたといふこと咋叫般に認められてゐる。諸\の経臍的現象や敢愈的現象殊に交損壊象といふ ︵拍︶ ものが或程度に畿達するには多少明確な形の慣借単位がなければならぬ。この鮎についてはティレニウスが有益 た研究を饅鼓してゐる。今その要旨を摘記してみよう。 ︵柑︶ ↓hiHeコどs⋮Priヨ迂くeS G用事孟rchざfurココ芳rOpO−○瞥eここ00●Bd∴心NO−S●∞. ティレニウスは財の交換に三棟の形式があるとなしてゐるが、この分類は低値単位の問題を設明するのに便利 である。第叫の、所謂臍輿取引の普通に行はれる段階にあつては、﹁評償とか評畳を行はないで﹂財の交換をなす のである。第二の段階にあつては、二つの尉の分登の大小が夢二者例へぼ酋長の判定によつて決定されるといふ 様な慣習が行はれる、この場合には交換方程式を客観的に形作る蘭芽が食まれてゐるのである。夢二段階につい てはティレニウスは次の如く詮いてゐる。日く﹁最後には琴二者の判定の代りに一座物そのものが交換される財 の標準となり、従って低値測度となる﹂と。この場合ティレニウスは低値測度と交換手段とを峻別してゐないけ れども、その論法より察するにこの憤借測度を既存のものと考へてゐるやうである。とに角かくして先づ滞山の 並立的な慣憶測慶が形成された、そこでティレニウスは一定の財相互の償値闘係といふ現象を滋へ持て釆たので ある。或る叫つの偶憶測慶がその時代を通じて用ひられるものである、即ち﹁十五せ紀時代のアイスランドに於 ける棒陪の様に配合の各成員がその財の艶得と利用とをなしてゐるとすれば、それが偶憶測虔となるのである。 惜徳蒜竺位の研究 ︵五七︶ 五七

(10)

︵五八︶ 五入

第五箇 第︼鱗

韮に述べた低値軍位の曲水はティレニウスめ考方なのであつて、従って之が償備畢位の堪原問題を解決する唯鵬 のものではない。叉ティレニウスもこの充分に普遍的なる寮苦的根櫨に基いてゐない結論が不確賓なことはよく 認めてゐる。ところで此の場合の様に非常に紛経せる設問には二濱の︰望息がいる。之を次の項に於て述べやうっ 佃児貨幣的単位従って慣値畢放そのものがどうして生成して来たかは、、慣惜単位の兜貨幣的現象形態を叫々考 へてみる主によつてわかる。之を叫々考察することはその軍使の細胞輿的研究なのであるから、この種のものは 耽佐債伯単位の︵想定的︶段階的畿展を諭するとき論ぜられてゐるのである。けれども之迄述べ乗った饅展傾向に 適合しないものや又は偶他界位の抽象的性質を説明するに特に適切なりと思はれる様な筒々の例は簡撃げてない のである。

d 諸搾の原始的憫低質位

︵20︶ 尤づ第仙にシュルツの所謂﹁純鶴念的慣憶測度﹂︵Diereぎiヨa号areコWertヨeSS誓︶に放て研究しやう。此の慣伯 測度は物質の束縛を脱して、恩位としての作用を﹁弼想型的﹂な純粋さを以て蔑挿するところに理論的な興味があ る。此の種の慣値測度は本氷は兵贈的に布衣するか又は素材的に考へられた財の分い頑なのである?併し此の素材 的の基礎は漸次失はれて行って、仙先の交換憤値の観念と結びつける箪純な名稲のみが残る忙至る。﹁普通鼓滅多 く取引される商品の〓軍澄が革植とLて定められ、之に任意の名柄が附けられそLてあらゆる償値の標準尺度と

(11)

して用ひられる﹂︵シュルツ︶。・トト一例へばアラビアのカメラン︵Kaヨer〓ヨ︶ではクルウ︵Kru︶といふ単位が用ひら れるが、之は一定潜の椰子油を指す名柄であるっ叉阿弗利加のアン尋ラには片︵pena︶といふ畢位があり、叉同様の ︵21︶ 意味で﹁長﹂︵﹁○コ已といふ名群が用ひられる。叉シュラ・レオネ︵SすrareOコe︶の﹁棒﹂︵Barre︶といふ名柄は一聾韮の 鋳を表はす語である、リツヂウェイに依ればこの﹁棒﹂は﹁八二五年に二志≡片に相督してゐたといふ£である。 翼文献史的に見ると﹁マクウツ﹂︵3aぎte︶は拶代に至る迄の抽象的原始的低値単位の模範的なものとなつてゐる。 モンテスキふゃ以後貸簡論に於て他の凡ゆる観念的単位を排除して、最早忘却するととのできないものとなつて ゐるこのマクサツは、その根本的経験的事蜜の研穿に常つて何等抽象的なるものと考へられてゐないといふこと がその特異の鮎である。即ちこの極めて多秤多様の畿展を経て釆たマクウツが﹁原始的貸幣﹂の部類に入って来る めである。 ︵20︶ Snユur訂∴Gru⊃dr訪s、S.00ふ小 ︵21︶ :の鮎については左記の音容照

口川彗a⊃d℃−e⋮くOyage a la COte OCn己eコ叶ale計﹁≧−古ue︵︼遥や、00▼○、Par訂﹂蒜○ごBm・ニ︶S.余,彗\u∞●

かの有名な朗謂﹁荷﹂︵Paque什︶といふ綜合的単位はこの先貨幣的憤備草枕の部類に噂する。此の名柄は西阿弗劇 加の奴隷安男から生じて釆たものであつて、最初は奴盈仙人の代慣たる諸種の品物を寄せ集めて之を具髄的良二 パケ パケ 荷となしたのである。ところがこの荷は漸次奴隷‖山人の代償たる事物の抽象的な絶鰭概念となつたのである。そ 慣位置位の研究 ︵五九︶ 五九

(12)

交 る そ こで 能 人 間 そ の もの 度 て が 原 始的 低値 を に 測度た 憶測 る の 役目 に辟 を 位 流 を 間 す る ので の る て ある ゐ が 、 る を 。 叉 彼 シ は 慶 そ 貨 で 、、 ツト と の 翠 は な 人 る 間 交 に 換 瑚 手 察 般 段 と 係 的慣 を 笹 倍測度 別 象 し た 弟五懸 第一兢 パケ こでドダンプレは﹁倖鹿二人の代償を荷といふ﹂といつてゐる。 ︵六〇︶ 六〇

(13)

ゐる。そして彼は此の主張を根採として貨幣経瞬から計欝経済へ牽展して行くものだといふ考を香淀してゐるの である。併し若しこのケルシヤグルの主張する上述の如き見解が借賃なるものなりとせんには、かの一般に承認 されてゐる魔の、交換手段の成立する以前に抽象的交換慣倍の意識が存するものとする重要な謹撰が必要となつ へ23︶ てくるのであるや此の鮎ばキトソンが、同株な仕方で抽象的な計算単位の存在を澄明してゐる文輩によつても裏 書きされるのである。即ち彼はインデアン租族について次の如く云ってゐる﹁此の通貨は木の扱の小片を以て成 立ってゐるが、その枝忙はその櫓族の人々に貸した動産の貸付額を表はす薦めに小刀で特殊の仕方で刻みがつけ てある。各負債者は自分自身の棒切を切つて之に刻みをつけ之を貸主に渡したが、この刻み一つ/\が一の観念 的な偵惜軍位を現はしてゐるのである。之等の棒幼が叫柾の借用詮苔であつて、之が色々の租族の人々の問に流 通し、故後に倍富が、相手方の妥求に應じて拉物とか魚とか獣皮とか羽毛などを以つて之藍貝戻したのである⋮ ⋮⋮ ⋮⋮⋮﹂と。

︵22︶ Kersc訂竹子R∴TheOr訂des Ge−des uコd der Ge瓦w三snhaftこ冶u−S.拐−授.

︵23︶ K房○コ一声コfrauduiaコt Staコdardこ竺メS.岩、. キトソンは通貨、即ち流通手段について論じてゐるけれども、彼は明かに仙の抽象的償値単位のことを諭する のを眼目としてゐる。けれどもこの単位の性質がもつと明かになつてゐないのは紋鮎である、そこで素材の束縛 から脱した単位が使用されるといふ根本的事琶が残存する。 慣低質位の研究 ︵六一︶ 六一 ,て三

(14)

五補講、貨幣と慣償還餞の現象形態

a 慣低単位に射する名目ま義の態度 本舗に於ては﹁憤値単位﹂の概念内容む根本的に把来しやうと思ふ。それには故.利から研究範園を廉くとるのが

よい、さうすれぼ諾程の現象形態の異同を知ることができるからである。そこで党づ﹁貨幣﹂とこの貨簡の営む作

用より論述を始めることになるが、若し抽象的慣値単位と之と本質上興ってゐる貨幣とを叫紹忙してしまへぼ、

抽象的低値単位の現象を全般に互つて認識することはあまりできない様になる。叉設問の仕方がちがへば、帳合

第玉谷 第一城

︵六二︶ 六二 原始的慣値罫位の多くのものは之を伺先貨幣的のものと見るべきや又は眈に貨幣的なものとLて離すべきやを 決めるのに困難である。そこで戎事物計二般的交換手段と見る可きや否やを決することは愈々明白にしなければ ならぬだらう。梅原則として皮、塩、諸種の材料、裁物或はその他の産物を低値単位とする場合にその次走をな すことが必要である。斯くの如き場合に於て、之等を抽象的償借革位となすことは故早方法論上不可能である。 その他の事物、殊に象牙とか奴隷とかといふ高僧な財について、之に﹁一般的交換手段﹂といふ名稲を用ふること ができ従って之が慣借単位の先貨幣的現象形態の中へ入れられるかどうかは疑問である。此の場合その限界はあ まり明確ではない。

(15)

。同刷物を封象にとつてもその論述は常然興って来るものである。とに角韮には之迄﹁偶倍単位﹂について述べた虚

とほ多少臭った新しい事柄を述べようと思う。近代の理論家の中でクナツプと.エルスタアとがこの﹁慣館単位﹂と

いふ概念に踊する問層について最詳細に論究してゐる、そして此の両人は余が鼓に考へた虚と同様の結論に達し

てはゐるが、そは全然同恥のものとはいへない、何故かといへばそれはとりわけ彼等は﹁慣倍罫位﹂といふ綬絡な

問題の中の仙部分のみを論じてゐるに過ぎないからである。そこでこの普ねく喧倦されてゐるこの概念の組織的

研究の正否を乱す為には∵應その主張を簡単忙並べてみなければならぬ。

︵24︶

ヮァゲマンが名付けて以て理論家なりとするこのクナツブこそは、抽象的憤倦軍位の概念を初めて解明した人

である。尤も彼の著書﹁貸簡囲定静﹂が出づる以前に於て眈に慣倍単位の問題について散らくな考のあつたこと

昭之を立謹することができるが、それはさて患いても、侍彼の主張は等質上にも制限を受けるのである。何とな

ればクナツプは貨幣を理解するのに必箪な限度の慣値革位を考察したに過ぎないからである。即ち彼は貨幣概念

そのものを極めて狭く解し、表券的支沸手段のみが貨幣であるとなしたから、慣値単位固有の性質で貸簡概念の

内へ入って釆ない部分が過せられてしまつてゐるのである。クナツプにとつては、囲家が支挑手段を追出せんと

の意思を以て低値単位を制定する場合にのみ、この情倦轟位が問題となるのである。此の鮎、即ち通貨よりも憤

借軍使の優位性を認める鮎に於ては、玄に述べた余の意見はクナツブの思想と一致する。だがクナツプは慣倍単

位そのもの1成立をぼ研究封象とはせす、′ある革他の存在してゐることを既存の事貰として承認してゐる。彼は 偵低質位の研究 六三 ︵六三︶

(16)

大四 ︵六四︶ 第五巷 第一拡 只既存の憤値罫位に封して国家なり法制なりが如何なる態度をとるかを論讃してゐるのである。威程クナツプは 貨幣を法制の所産だといふが、彼にあつて 制の所産だと主張することはできぬ。夫故﹁貨幣固定詭﹂の中に述べられてゐる思想は、賓は﹁慣倍単位の貸簡的 現象形態の﹂ 〓凹にすぎないものを詮明せんとしてゐるのである。 ︵24︶ KコaPP−G﹀F.⋮Staat芳heThnOrie desGe−des、山●コuf−こ治︼, ︵25︶ 次にエルスタアはクナツプの影響を非常に受けてゐるが、併し彼の著書﹁貨幣の魂﹂にはこの慣値畢他に関する 部分についてクナツプの考とは飴程距ったものがある。彼も亦﹁倍低質位﹂といふ観念の範囲を、余の述べてゐる より狭く限定してゐる、又クナツブに倣って貨幣の分類をなしてゐるが併しエルスタアは慣倍単位をも貸絡概念 の中へ入れてゐるので.ある。先づ文挟手段から議論をす1めてゐるが之忙は有鰭貨幣と帳簿貨幣とが区別せられ る。そしてこの寛排手段は低値単位によつていひ未はされるとエルスタアは詮く。そこで明かにこの場合認識封 象となつでゐるのは支梯の大いさを表示する魔の単位である。だから之について論究するエルスタアは低値単位 の貸簡約現象形態を説いてゐるのである。即ち﹁この慣倍単位は貨幣経済上の且つ貸簡経済のみに存する現象で ある﹂。エルスタアはかく論題を限局することによつて、横倍単位の問題を根本的に探究し縛る可能性を奪ってし まつた。とりわけ彼は低値単位の創成については考慮を彿ってゐない。例へば凡ゆる低値単位の先貨衛的現象形 さ態については、文排あつて初めてこの革位があるといふ命題により定量的にこの間超を考察の均外に置いてゐる 1 1 ﹁ぺ−、∫・∼

(17)

のでノぁる。かくの如く貨幣論の範園内に凝る債値蛍位を諭することに限って仕舞へば、その結論を複雑良二鰭弄

る﹁憤値単位﹂に封して剛毅的に受賞するものと見ることができなくなつてしまふのである。

︵25︶ EIster、K・⋮D訂See︼edesGeides−N−>uf−●︼把u−S.8f㌻ ︼∞議.

b 史 的 概 観

さて余が本稿に述べた憤値単位の性質佗関する思想はクナツプやエルスタアの思想とは反射正、もつと廣義な

ものである。併し彼等は他の論者例へぼベンデイクセンなどとはちがって共に慣値単位について串間的式献をな

してゐることは認めねばならぬ。とに角彼等は皆、その研究封象を限局する際に、﹁慣値麗位の現象形態﹂といふ

問題と何等紺係のない方法を梼じてゐるノっ叉往古に遡ってこの複雑な債倍単位の問題について色々な詮明がなさ

れてゐるペきか香かを究めようとしても、失張同じ結英であることを覚る。幾千年もの前に既にこの抽象的単位

に関する有益な思想が畿表せられてゐるが、それ等は未だ飼問題の頻心にふれてゐない。そこでその主張が無條

件に正しいとは云へないが、併しこの慣櫨歯位に閲する思想は名目的貨衛親にその癖基を置いてゐることは間違

なからう。そして憤佑単位の理論的研究をなす場合には、貨幣と償値轟位とが並列的に奉げられるであらう。金

屠主義的なマフカンテイリズムの時代にあつた無数の貸鰭代用的選任は抽敦的革彼の汲も良い例であるが、常時

の如く素材的な考へ方をしてゐた時代には、賓際上使用せられてゐた諸の署位の本性如何などといふことは一向

慣櫨魔扱の研究 ︵六玉︶ 六五

(18)

眈にヂグナント︵⊇くeコaコニ竃︶が貨簡と計算銭︵C3・コけe、S.︸とを比較したときこの節位の抽象的性質に気付い、 てゐるやうであるが、僻し十八世紀の中英に至つて初めてこのり債借狙位﹂といふ題目が一義的た諭せられるやう 隼なつた。ノ之れこそ軍備覇上に於ける初期の名目蓋棄の時代であ少、こゐ時代に演繹的研究により﹁賛憤﹂貨幣 ハ︵盲ニweき山eS=G監︶から始めて、﹁低憶﹂貨幣︵さコ首責ti仏溺G監︶に盗玖経ひに観念的な貨幣に迄到達したので ぁる9此の推論を初めてなしたのはモンテスキュウである。即ち彼は不断の改鎧正よわ経ひ.には抽象的なものと なり得るところめ﹁観念的詑耽﹂︵s曹e己ea−︶の後生すべ穿ことを推論したⅧそして彼は斯くの如きもの∼例とし て㌧マクウツを巣げてゐる。併しキンデスキふゃは貨幣の内へ典鰻的に現はれてぁるところの抽象的単位を侶足し て、此の傾定から推論を行ふといふ様な仕方をとつて意見を餞表してゐるのセはない。かういふわけで彼も失敬 貨幣と償値単位とをきつぱり分けてゐない。それセも﹁純観念的記紀﹂といふ概念を貨幣論の申へ導入したのは重 大な意義がある。 ︵班︶ 十数年の後チエルゴオはその著書忙於て抽敦的債値軍使に関する該博な思想を恕衰してゐる、即ち彼は﹁草﹂と いふ慣恰単位を例佗とつて、素材的束縛を脱した単位.の本質を崗明にしてゐるの\である。かく偵倍単位の特性を 洞察することは勿論、其鰻的貨幣に−般的測度とし耳役立つゐ能力と偲紡のあることを認めるのを防げるもので 偲ない′。

第玉谷 第一携

論ぜられなかった。 二ハ六︶ 六大

(19)

∴讐Tur隻1R2コ2C什iOコノS烏有f隻ヨ豊富認d告ぎ什iOコJes−昏esse㌢−議・︵但、一束空ハ幹に脱短︶ ︰褒館と偵砥箪位虐を初めで明瞭忙区別したのはジ言ムス・スチチアート箪Sぎaきヨ︶である。彼は単なる

計算安倍と流通せる貨幣卑の問に非常な差異のあることを認め誓即ち彼は計算貸悔といふとき明か▼に概念的な

貸簡を考へ、息づその本性を詭明する為に之と抽象的な長さの尺度や時間の尺度と比放してゐる。併し残念なこと

には此の抽象的計算軍放と具鰭的貨幣との正しい区別もー彼が他の箇所で計算貨幣といふ名栴を銀行貸僚︵BaコnO Ge吾といふ債値軍使とは本質的りに異る苺物に通用トた馬、その慣伯を失ってしまつた。スチふアl上はキンテ 大帝云りの詭bたマクウツを引桝とLてゐるのでもわかるやうに、彼はモンテスキュウの﹁観念的貸簡﹂の開過に 影響されてゐるのである。だからスチ言−ト以後に於てマクサツを引例として債倍賞位の問題に封して貢献を なしてゐる著者は皆、モンテスキュりか︵より應エスチ乱アートをば引合に出してゐるのであるQ

アダム去ミスは、その労働低値測度に閲する有益なる朋詮を除いては∵抽象的慣伯単位について鹿本的の解明

︵27︶

を輿べやうとはしてゐない。之れに反してトマス・スミスはロッシアによればー炭の貸簡は概念的貨幣のみで

ぁる、そして鋳貨はその代用物に過ぎないといふ棲めて現代的な主張をなしてゐる。此の種の議論は慣憶測慶ゐ職

能につき捕捉い反省をなしてはゐるけれども。相互に何等の脈絡がないし、それのみならす多くは簡単な論述た

るの域を況してゐない、スチ言−トやアダム・スミスの次の時代の著者達は大腰不攣なる梗準測度の問題や交換

僧侶測定の閉篭促音及してゐるが之等箇々の問題に共通なる原理的方面には及んでゐない。叉歴史主義や限界数

慣鯨畢位の研究 ︵六七︶ 六七

(20)

︵六八︶ 六八

弟玉食 第︼渋

朔笹沢の興るに及んで﹁交換偵倍の測定﹂を論じたり漉判したりするとは等閑に附せられた、そして之によつて ﹁横倍単位﹂といふ題目にづき根本的研究をなし縛る土基が欠はれてしまつた。併し限界致用塾次が﹁貨幣の慣値 渕虔たる職能﹂に封して述べた反封思想はその的を逸してゐる、何故かといへぼ彼等は客観的交換慣佑や慣格を 論究してゐないで使用偵倍を論じてゐるからである。次にかの複本位諭の寧が憩って鹿艮の慣備単位選揮の問題 が叫時暗ましくなつた、併し﹁慣値単位﹂といふ概念の問題には何等洞察が進められてゐない。この慣借単位を憶 憤単位として見た現象を初めてその研究封象としたのはクチップである、そしてその﹁貸簡固定詮﹂がこの概念の 内容を如何なる意味に解してゐるかは上に述べた通りである。そしてこのチユルゴオとクナツプとの問の時代に は﹁慣低塩位の抽象的性質﹂といふ題目に対してなされた貢献は極く僅しかなく然かも詳細に論じたものはない。 ところでクナツプが憤倍単位の貨塵的現象形態に関して大なる貢献をなし、以てチユルゴオ以来の不満を充たし たのである、それ故にこそ彼は、ワァゲマンのいふ様に、抽象的憤借単位の概念を初めて畿展させた貸簡理論家 として或程度道長謬されるのである。 ︵釘︶ Sヨきー↓h●︰E朝SayOコ芋etheOryO︻ヨ○コeyaコdexnhd⊃笥こ0001・ クナツ・プやその他故に螢げた著者達は名目主義論者であるといはれる。そしてこの愕低塩位の問題について己 が意見を吐露してゐるすべての理論家達は、疲等の考を貸髄論的名目薬毒の思想の中から取って釆てゐる、だか ら彼等が﹁償偲塩位﹂の概念を論じてゐるときには、その議玲は貸衛視象の研究範囲に入ってゐるのであぁ。披等

(21)

が、横倍単位が鵬先の職能を果たす馬にはその素材性はあまり重要ではないと認めてゐゐのは至常である。成程 名目主義的な思想は、貨幣に硯はれた憤倍単位を諭讃するには誠に通常してはゐるが、この名目主義から揖畿し て低値単位のあらゆる現象形態を詮明し壷すことはできない?倫此の際忘れてはならぬことは、名目主義の認識 せんとする封象物は抽象的単位ではなくして、貨幣機値であるととである、従って名目主義では貸簡単位の詮明 に必要とする限度正於て横倍単位の詮明をなしてゐるのである。だからこの具鰭的な貸幣に着眼してゐる名目主 義にとつては僧値単位が抽象的なものであることなどはj向霊夢なことではない、即ち葛貰が斯くの如くである から、名目主義の貸衛諭が慣倍単位を理解するに必要な合鍵ではないことがわかる。この理由からして、本稿に 於七名目主轟の考に何等の批評をも加へなかつたのである。 緒名目主義の中心鮎をなす思想は、貸僚がその任務を遂行する為には何等﹁固有の橋倍﹂を持つ必要がないとい ふことである。此の論題を詮明すること、之れが名目主義特有の問蔑である、そして之れが為には限界致用詮の 助を攣りやうと、顔見誼の助けを籍りやうと又はその他どんな方法を用ひても厭はぬのである。名目主義の目か ら見れぼ貨幣はその間貸横倍を持つ必罫がない、只単打る指尚書とか表放とか、記耽が何故に購買能力ある需要 となつて鱒はれるかを謹明せんとするのである。だから此の素材低値なき貨幣記紀が一定の慣値軍使にて表示さ れるといふことや、、又表示され船ばならぬといふことについて名目主義は反封するものではない。そして此の主 養は之等の単位が何等かの方放で渚材的に定鼓されねばならぬといふことを別に否定しない、そは之を否定すれ 侶除草佼の研究 〓ハ九︶ 六九

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︵七〇︶ 七〇 鱒恵・懸 昇一戟 ぼ矛盾に陥るからである、然かも此の素材的基礎を街道稀法を以て謹明してもー同意としない。抽象的ではある が併し素材的に考へられ忽単位と具牒的ではあるが素材慣倍なき貨幣とは粂然膵叫して、概念上の困艶は此の場 合起らぬヂ寧ろ肝夢な鮎は次の事の申にある、即ち名目的貸簡観にとつては抽象的情佑盤位に関する問題は何等 答へらるゝ要を見ないで、それとは根本的にちがった澗超、即ち抽象的箪位によつて表示される素材慣倍なき貨 幣がその職能を発たし得る能力を如何に詭明するかの問題が生するのである。此の問題は低値認位の本質を究明 することによつて詮明される。従って名目主義的な設問にはこの騨位を謎めることがその論理的前捉となつてゐ る、だから慣倍単位は目的に到達する手段ではあるが併し最後の認識目的ではない。だが之れ忙反して償棺洛位 の性質を詮明するには名目主義を必要上しない、しかのみならずこの単位が柴簡の論理的及歴史的の前提をなす。 されば名目主義の立場を是認せんとするの企てをなし、その日的を達成せんとする限りは、偶倍革位といふ英 次問題を諭するのは常然なこ七である。それ故名目法益は、.本稿に於て償情事位の貨幣的現象形態と呼んでゐる 範園内に硯はれる限りの低値早世を論じてゐる。名官主童では斯くの如き制限を放すので抽象的箪位といふ様な 非常に複雑な問題を解明することはできない。だから﹁憤倍単位の諸現象形態﹂といふ絶牌約な現象墜一般的にい へぼ貨倦理論の範囲を越へ、叉特殊的に云へぼ名目主義の範囲を題ゆるものである。本稿はこの尋常を明かにし やうとしたものである。果それ以上の番はできてゐない、依って﹁貨幣ノと憎醇単位の諸現象形態﹂といふ題目に.つ いて只二三の方面から之が輪廊を轟い挺ゞ抄で之豪論七姦tてはゐない?︵了︶ 一九l二〇。∵こ.

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