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社会科教育における憲法学習の諸問題 (II) : 国民主権を中心として

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(1)

―一国民主権 を中心 として一―

社会科教育教室 細

Some Problems of the Constitutional Studies in the Social Studies Education(II)

Concerning the Sovereignty of the People一

HOSOKAWA,SatOshi

― は じ め に 本稿 は前稿「社会科教育 における憲法学習の諸問題

(I)一

一国民主権 と天皇制一一」 を引続 く 形 を とることにす る。BIJ稿で は天皇制 を中心 に論述 したので

,本

稿で は国民主権 を中心 に論 じ

,前

稿で保留 した国民主権主義 と天皇制 との関係 について論及 したい と考 える。 国民主権 について は

,小

学校 。中学校・ 高等学校 を通 じて繰返 し

,習

っている事項であ り

,大

学 生 にもなれば

,充

分理解 していることと考 える者であるが

,大

学 の講義 の際

,分

っているもの と思 いなが ら

,念

の為 に学生 に質問 してみると

,正

確 に答 えられる者 の意外 に少 ない ことに驚か され る。 特 に主権 (Sovereignity)の 意味 についての理解 は極 めて不充分であ り

,主

権の概念・用語 はその使 用 され るところにより三様 の意味のあることについて知 る学生 は皆無 に等 しい。更 に国民主権 にお ける国民 と国家 との関係 を如何 に把握するか

,現

在 の我が国の国家 の位置づけや

,国

家体制 を如何 に考 えるか について も充分 な知識 をもっていない学生が多い。国民主権主義が正当に行使 され るか 否か は国の将来 に関す る重要な問題である。将来

,国

の主権者 として行動する生徒達 に対 して

,

ど のような態度や自覚 を養成 し

,主

体的

,公

的な主権者意識 を如何 に形成 してい くか は

,社

会科 の重 要な課題 であ り

,や

がて

,小

・ 中 。高の教師

,特

に社会科や公民 を担当す ることになる教育学部 の 学生 に とって は大切 な事項 であ り

,そ

の為 には

,ま

ず「主権」 についての十分な理解 と認識 を養 う ことが必要であろう。 二 国民 主 権 に関 す る発 問 「国民主権主義」は多 くの中学校社会科公民的分野

(3年

)の

教科書で重要な項 目の一つ とし て取 り上げられているが,「天皇の地位」 と合せて一時間の授業の題材 として取扱 う中学校が多 く, 天皇の地位の方に重点が傾 き

,又,時

間的制約 もあって

,国

民主権 についての十分な学習 と指導が 為されに くい側面が有るようである。 しかし

,国

民主権主義が

,国

の将来の政治の方向に大 きな影 響を与 える重要なものであるだけに

,国

民主権 に関する十分な理解 と認識を社会科教育等の上で も 哲

(2)

1 258

細川 哲 :社 会科教育 にお ける憲法学習 の諸問題 (H)

1

育成する必要がある。か くして

,国

民主権主義 について考 えられ る発問

,乃

至 は教師 として理解 し

、 てお くのが望 ましい と思 える事項等 を

,論

述の便宜 もあ り

,前

稿 を補足 して例挙 してみる。 発問事項

1.主

権 とはどうい うものか。

2.国

民主権 とい う場合 の主権 は如何 なる意味か。

3.国

民主権 とはどうい うことか。

1 4.「

主権 の侵害である」 といわれる場合 の主権 は如何 なる意味か。 5。「 自国の主権 を維持 し」 と憲法前文 にある主権 は如何 なる意味か。 6。 国民主権 は憲法上

,

どこに規定 してあるか。

7.国

民主権主義が憲法の基本原理 といい得 るか。言い得 るとすればその根拠 は何か。

8.国

民主権が何故

,憲

法第一章天皇 の中に規定 してあるのか。 9。 国民主権主義 は現在正 し く行使 されていると思 うか。

10.国

民主権主義 の根本精神 は何であるか。

11.国

民主権主義 と民主主義 との関係 はどうか。

12.主

権 の用語 を最初 に言い出 した者 は

,

どこの国の誰か。

13.最

初 の主権概念 は

,如

何 なる社会的背景 の もとに

,ど

のような意味 と目的をもっていたか。

14.ル

ソーの社会契約 により主権 の存在 はどのようになったか。

15.主

権 は国家 にあ りとい う考 えは

,ど

この国で云われたか。 16。 国家法人説

,天

皇機関説 をとなえた 日本 の学者 は誰か。

17.国

家主権説 をとなえた学者 は

,そ

の為 に如何 なる処分 を受 けることになったか。

18.戦

,天

皇主権か ら国民主権 となった事 を明治憲法の改正 として可能 な ことと言 えるか。

19.天

皇 は日本国民か。 20。 国民主権主義 と社会科 の総括 目標である公民的資質 の育成 と

,

どのような関係 にあるか。

21.国

民主権主義 における国家 と国民 とは如何 なる関係 にあるか。

22.国

民主権主義 における国民的 自覚 とは如何 な るものであるか。

23.明

治憲法時代

,主

権 は誰が持 っていたか。

24.選

挙 は国民の主権 の行使であるとはどうい うことか。 25。 国民主権主義 は法制上

,ど

のように具体化 されているか。

26.国

会が国権 の最高機関 とされ るのは如何 なる理 由か らか。主権 との関係で考 えよ。

27.議

院内閣制 は如何 なる理 由か ら行 なわれているか

,主

権 との関係で説明せ よ。

28.主

権者 と公務員 との関係 は如何なるものであるか。

29,国

1人 1人

が政治 の主人公であるとすれば

,ど

のような意識 と態度が必要であるか。 30。 国の政治の方向を決定す るのは誰か。 31。 国民主権主義 をぶ まえ

, 1人

の国民 として どのような心構 えが大切か。

32.国

民主権 と天皇 の地位 の関係 はどうか。

33.民

主主義 と天皇制 は両立するか。

34.国

民主権主義 と象徴天皇制 は両立調和す るか。 35。「政治 の良い も悪い も国民の責任である」 と言 えるか。 36。 戦後

,天

皇主権か ら国民主権 に変 ったのは如何 なる理 由か らか。

(3)

37.現

,我

々 は本 当に政治 の主人公 になっているといえるか。 38。「国政 は国民 の厳粛 なる信託 による」 とはどうい うことか。

39.憲

法改正 して

,天

皇主権

,あ

るいは国家主権 にす ることが出来 るか。

40.主

権者意識 に大切 な ものは何かも 三 発 問事 項 等 の検 討 考察 と問題 点 〔I〕 主権の意味について 発問事項の

1, 2, 3, 4, 5,12,13,15,16,17,24,は

主権の意味 と主権概念の起源

,発

,変

遷に関するものである。主権の意味については

,そ

れが使用 される場合により異なるので, 主権の語が如何なる意味で使用されているかを注意する必要がある。例 えば,「選挙 は国民の主権の 行使である。」 という場合の主権 と,「自国の主権 を維持する」 という場合の主権 は

,そ

の意味する ところが全 く異なっている。 主権 はまず「国権 の最高 。独立性」 を意味す る。 これが主権 の本来 の意味であるとも云い得 る。 この際

,主

権 とは国家 の意思力である。国家 を法人 とすれば国家 は法律上 自己の目的 を遂行す る意 思力 をもつが

,こ

れ はその目的の範囲や実現 の方法 を決定す るについて

,完

全 に自由であ り自主的 である。 これが国権 の最高性であって国家の特色 に外 な らない。地方公共団体が 自治 を許 されるの は国法の範囲内における相対的 自治であるが

,国

家 は自己の組織 を定 めるについて他の権力の制限 をうけないし

,国

家 自身の統治権 の範囲 を自由に定 め得 るは勿論

,地

方公共団体 との関係 において 統治権 の配分 を定 めるの も専 ら国家のみの意思 による。叉連邦 とこれ を構成す る各邦 との関係 につ いて見て も

,各

邦 は広大 な統治権 を持つ として も各邦 にここに説明す る意味 の主権 を認 めることは 出来ない。主権 はただ連邦 にのみ存す る。 国権 の最高性 は国内

,即

ち対 内主権 について は適切 な語であるが

,国

外 に対 して は

,即

ち対外主 権 については独立性 とい う方が適 当である。即 ち国家 は自己の意思 に反 して他国の権力 によって権 利 を制限 された り義務 を課せ られた りしない とい う独立性 を持つ。国家 も国際法 に従い条約 を尊重 しなければな らないが

,そ

れ は国家 の自己制限 にす ぎない とす るのが通説である。 主権 は「国家 のために統治 を最終的に統一決定す る権力との意味で も用い られ る。 この意味の主 権 は君主主権

,国

民主権 とい う場合の主権 であ り

,日

家又 は法 にこの意味の権力 あ りとい うことは 出来 ない。国家 の統治 は立法

,行

,司

法な どに分れ;これを分担す る国家機関 もい くつかあるが, それ は最後 には統一調整 され る必要がある。 さもない と国家の統治活動 はぼ らばらとならて しまう ので

,国

家のために統治 を最終的に統一決定す る権力 を必要 とす る。 これが主権である。新憲法 は この意味の主権 は国民 にある としている。 これ は権利で はな くこの権利 を行 う権限の性質 をもつ も のである。 更 に主権 は「統治権 の意味」で用い られ る場合 もある。統治権 とは相手方の承諾 の有無 に拘 らず 一方的に命令 し強制 し得 る権利 (支配権

)の

ことで

,領

土内にある人及び物 を支配す る権利 (領土 権

)と

国民たる身分 に基づいて これ を支配す る権利 (対人高権

)に

分 けられ る。統治権 の語 は旧憲 法 にあったが新憲法 にはな く

,え

に反 して新憲法 には主権 の語 はあるが統治権 の語 はない。君主主 権 の確立 に際 して統治権 は君主 を通 じて国家 に集中されて中央集権が実現 した事情 もあって主権 と 統治権 とは混同されやす く

,又

主権 を作用の面か ら見 た場合統治権 となってあ らわれて来 るので, 主権 と統治権 とはしばしば同一意義 に用い られ るのであるが,この両者 は元来 は同一概念で はな く,

(4)

細川 哲 :社会科教育 における憲法学習の諸問題 (H) 英語で も統治権 は ghts of Sovereigntyで あって

,複

数の権利 を意味す る。故 に統治権 を一々列挙 す ることは困難である

,

とす る説 もある(D。 主権 (sovereignty)は 優越 とか至高 とかい う意味で

,語

源 は中世封建諸侯間 に用 い られた仏語 Sovrainから来ている。ローマ法王や ローマ皇帝の支配下 にあって,単に 'ヒ 較的高い地位 しかなかっ た中世欧州の国王たちは

,封

建制 を打破 して中央集権 を実現するため

,こ

れ らの支配者や競争相手 と闘 ううち

,遂

に法王や皇帝の支配 を脱 して

,国

内においては最高

,国

外 に対 しては独立の地位 を うるに至 った。国法上 の主権 (封内主権

),国

際法上の主権 (封外主権

)の

概念 はここか ら生れた。 最初 にこの概念 を明かにしたの は

,十

六世紀仏のジャン・ ボダンである。 その要 旨は

,主

権 は国王 の権力 の性質 をあ らわす もの

,即

ち最高の権力であって

,そ

の真 の表徴 は

,立

,宣

戦講話

,高

官 任命

,裁

判恩赦

,貨

,課

税 の諸権力 に外 な らない とい うのである。彼 の説 は当時有力 とな りつつ あったフランス国王の権力擁護 のため用い られた もので

,主

権 の概念 はまずか ような君主主権説 と して発達 した。然 るに十七

,八

世紀の自然法学者 の社会契約説 は

,国

王 の権力 の説明であつた主権 を国民 にあてはめることによって

,反

対物 たる国民主権説 に転化 し

,こ

れが広 く欧州 に影響 を及ぽ した。 その後更 に ドイツで唱 えられた国家法人説 は

,君

主主権説 と国民主権説 との対立 を止揚 して 国家 を以て最高 とな し

,君

主 は国家のために統治権 を行 う機関にす ぎない とし

,国

家主権説が一時 となえられたが

,現

在 は国民主権が我が国で は憲法上明確 にされている。 明治憲法で は

,主

権 は統治権 の主体 たる天皇 にあ りとし

,昭

和10年頃の国体明徴運動で

,こ

のこ とは更 に明確化 され

,い

や し くもこれに反す る説 は排斥 され弾圧 され るに到 った。美濃部達吉のい わゆる「天皇機関説」が狂信的右翼 を中心 とす る反対派の攻撃 を受 け

,議

会で問題 とされ

,そ

の著 書 は発売禁止 となった。美濃部 は学問的信念 をまげず

,こ

れ と闘ったが

,貴

族院議員 の辞職 に追い こまれ

,議

会で は国体 に関す る決議が可決 され

,学

会の主流 とな りつつあった「国家法人説」「天皇 機関説」 は天皇 を国家の使用人 とす るものだ として「国体 に関す る異説」だ として弾圧 され学説が 国家権力 により曲げられ ることになった。 日本 の明治憲法時代 の憲法理論 は

,

ドイツ国法学 の理論 をモデル としていた。美濃部 において も同様である。 ドイツにおいて も国家主権 とい う考 え方 は, 絶対主義的な国玉権力への対抗概念・抗議概念 として,polemischer Begriffと しての性格 をもつ も のであった。 しか しそれ は

,君

主の権力 と国家 の権力 との混同を防 ぎ

,君

主権力 に対抗す ると同時 に

,

ドイツの急激 な民主化 を阻止す る意味 をももっていた。 そして後進型社会 の ドイツで は次第 に 抗議概念 としての意味 を失い

,す

でにつ くられた国家権力の下での国法 の解釈理論 としてだけ用い られ

,国

家主権説 は

,主

権 は人民 にあるので も君主 にあるので もな く国家 にあ りとしなが ら

,次

第 に君主権力擁護 の学説 としての偏 向をもっているとも

,批

判 され るに至 ったのである。美濃部理論 のモデル となった理論 は十九世紀 ドイツ国家学の理論 の集大成 ともいわれ

,明

治体制下の 日本の憲 法学 に大 きな影響 を与 えた ものである。国家法人説 の理論 は

,無

制限の国家権力が 自らを制限する という形で

,法

治主義

,立

憲主義 との妥協 をはか る考 え方であった。 君主権力の無制限性 を前提 としなが ら

,外

見的立憲主義 によって

,天

皇が憲法の条規 によって統 治権 を行 う明治憲法下の解釈学説 に とって

,適

合的な理論 として輸入 されたのは

,理

由のない こと で はなかった。 しか し明治憲法 は「国体」 とい う歴史的・ 倫理的概念の超越的性格 を前提 としてお り

,こ

の特殊 日本的条件 の分析 とい う点で は

,美

濃部理論 に欠陥があった。穂積 は

,天

皇が 自ら大 権 を自己制限す るな どとい う「俗解」 は「誤解妄説 ナルコ ト甚 夕明亮ナ リ」 として天皇の神聖不可 侵 と天皇主権 の全能 を強調 した。 しか し美濃部 はこれに反論 して

,統

治権が君主の一身 に属す る権 利であって

,国

家 に属す る権利 を国家 の機関 として天皇が行 うので はない とすれば,「租税ハ国家ノ

(5)

歳入二非ズシテ君主 ノ御一身 ノ収入 トナ リ…国有鉄道ハ君主 ノ経営二属スル御料鉄道 タルベ ク郵便 電信又ハ塩煙草 ノ専売ハ皆君主 ノ御一身二属スルノ企業 タルベ シ」 と論破 し

,こ

のような見解 こそ 日本 の国体 に反す るで はないか と逆 に批判す るC21。 しか し,明 治憲法下での日本社会 にお ける国体論 の圧倒的優位性 は

,美

濃部学説 を「木 に竹 を接 ぐの感 あ り」①として

,こ

れをほうむ り去 ったのであ る。従 って明治憲法下で は国家主権 とい う考 えは成立 し得ず

,強

固な天皇主権

,君

主主権 が行 なわ れたのであるが

,終

戦 とともに急転回 して

,新

憲法 によ り主権 は国民 に存す ることが

,明

瞭 に宣言 されたのである。主権 の意味 は上記の如 く三つあるが

,中

学校・ 高等学校 の生徒 に対 して は「国家 のために統治 を最終的 に統一決定す る権力」又 は「国の政治 を最終的に決定す る権力」 として説明 すれば充分 と考 える。 〔‖〕国民主権 と国家観 発問事項

9,21,22,29,30,31,35,37は

国民主権 と国政・ 国家の関係 に関す るものである。 国民主権 は国家の存在 を前提 とする。国家 の存立 の無い ところに国民主権 は有 り得 ない。 また国民 主権主義 の下 における国家観 は

,天

皇主権下 にお ける国家観 と同一では無いはずである。天皇主権, 君主主権下の国家主義的

,軍

国主義的

,全

体主義的国家観 とは違 った国家観が国民主権 ににおいて は必要である。我々 はそれぞれひ とりの国民 として国家 に所属 しているが

,国

家 とは如何 なるもの であ り

,国

民 とは如何 なるものであろうか

,ま

たその関係 は如何 なるものであろうか を考察 してみ たい。 しか し

,国

家 の正体 を正確 につかむ ことは容易でないようである。人類 の共同生活が如何 にして 国家 とい う生活形態 にまで進展 したかの考察 について は説が分れ る。契約説 は特 に十七

,十

八世紀 の自然法学者 によって提唱 された もので

,ホ

ップス (英

),ロ

ック (英

)プ

ッペ ン ドル フ (独

),ル

ソー (仏

)な

どその代表であ り

,立

論 に差異 あるが

,い

ずれ も国家 は人民の契約 によ り成立す ると する点 において一致 している。実力説 は強者が弱者 を実力 を以て支配す るところに始 まる とす る。 その中マルクス派 は経済上の階級闘争 を国家 の起源 とす る。心理説 は人間の天性 に根拠 を求 めるも ので

,人

は元来国家的動物であるとす るもの(アリス トテレス

),民

族精神の発現 とす るもの

,理

性 の必然 とす るものな どがある。 国家 の定義 について も「統治権 を固有す る最高の地域団体」「統治組織 をもつ領土社会」「法秩序 をもつ までに発達 した組織化 された民族的集団」「一定 の土地 を基礎 として存在 し

,人

間 目的の達成 のために

,固

有の支配意思 により活動する永久的団体」等々多 くの説t4jがぁるが

,国

家 には国民

,領

,統

治組織 (国民

,領

土 を支配す る統一的権力が高度 に組織化 された もの

)の

三要素が有 ること について は異論 は無い ようである。 しか し国家 の本質如何 については学説が多岐 に分れている。国 家の本質 とは

,換

言せば統治組織 の本質 は何か

,国

家 の支配 の実力 はどこに根拠 をもつか

,ど

こに 正当性 を有す るかの問題である。実力説 は力 を以て国家の本質 と考 えるもので

,殊

に唯物史観 にお いては経済変動

,就

中生産手段 の変化 によって人類 の歴史 は決定 されるとし

,法

や国家 はただ階級 的支配 の手段 にす ぎない と考 える。共産主義的国家観 はここか ら生ずる。 しか し単 な る力 は多数国 民の意思 を支配す ることはで きないか ら

,そ

こには必ず一定 の不変 の価値 を必要 とす る筈である。 その価値 をどこに求 めるかについて

,人

格主義 の世界観 に立つ者 は国家契約説 をとる。 自由主義民 主主義 はここに源 を発す る。同 じく国家契約説 の中にも説 は分れ るが

,要

するに国家 は理性 の必然 として認 め られ るもので

,各

人 は原始的契約 によって自然の自由を放棄 して国家 の一員 とな りこれ に代 る契約上 の自由を取得す る。 そして正 しい国家 は各人 の左右 し得ない客観的正義 によって保障

(6)

262

細川 哲 :社会科教育における憲法学習の諸問題 (H) され るとし

,国

家 を以て一種 の利益社会 と考 え

,国

家生活 において全体 は部分のために存 す ると主 張す る。更 に「国家 は人体 の如 く国家生活 において も部分 は全体 の為 に存する」 とす る有機体説, 「国家 に個人 の人格 を超越せ る道徳的価値 を認 める」 とす る道徳説

,更

に団体説 は

,国

家 は単 に現 在の国民 のみな らず

,遠

い祖先 よ り生命 をうけて これ を子孫 に伝 える国民の全体 の結合 よ り成 る単 一体であって

,そ

の分子 なる国民各 自の生命 とは別 に永久的の生活体 をなし

,そ

れ 自身 目的 をもち 意思力 を もつ もので

,そ

の統治の力 はこの団体的単一体 に固有す る ものであるというにある

,

とし て

,国

家 の本質

,統

治の正当性 を超人格

,超

個人主義 に求めるもので

,国

家主義的国家観が生れ る ことになる。 しか し今 日の国家 は旧来の閉鎖的な「国家」か ら

,開

かれた「国家」へ と変身 しつつある時代で あると云 うことが出来 る。 それ は科学・ 技術 の急速 な進歩 (交通機関の発達

)に

よ り世界 の国々の 地理的

,時

間的

,心

理的距離 を縮小 させ

,マ

スメディアの発達 は国家間の文化情報 の交流 を容易な らしめ

,経

済 も

,そ

の自由化か ら国際経済の時代 とな りつつあ り

,

どの国家 も世界 の諸国家か ら駅 立 して自国の発展 を図 ることは出来 に くくな りつつあ り

,自

国の ことのみ専念 して

,他

国 をか え り みない ことは許 されな くな りつつある。いわゆる国際化時代 の到来であ り

,い

つの日か

,世

界 は一 体

,世

界国家 の秩序が成立す る日が来 るか も知れないが

,そ

れ は決 して近 い将来の ことで は無 いよ うである。開発途上の諸国には新 しいナショナ リズムの台頭がみ られ

,い

わゆる先進国の間 におい て も自国の国益の主張か ら容易 に合意 に達 しないばか りか

,経

済問題 を含 め∵種 の紛争 にまで発展 しているもの もあ り

,国

家が解体 し

,人

類連帯 の世界国家 を成立 させ る為 には

,ま

だ まだ解決 しな ければな らぬ障害が余 りにも多いようである。 われわれ は

,現

実 を無視 し

,現

実か ら遊離 して観念的空論 を述べて も意味 はあまり無 い。現実 に われわれの生活 を支 えている基礎 は国家であ り

,わ

れわれ はひ とりの国民 として必ず国家 に所属 し ている。 ただ憲法 は第22条で国籍離脱 の自由を認 めるが

,こ

れ は外国に移住す る自由の当然 の帰結 であ り

,国

際的交通が盛 んにな り

,国

民の海外移住 とそれに伴 う外国への帰化 も多 くなる可能性が あるので

,そ

の場合

,本

人が 自由意思 によって

,外

国に移住 し

,ま

たは国籍 を離脱 したい とい うと きに

,国

家の立場か ら理 由な くこれを拒 み

,或

いは妨 げないように しようとするものである。国際 化時代 に対応 し

,国

際協調主義 にも合致す るものである。 しか し

,日

本 の国籍 を離脱 して無 国籍人 になることは

,国

際協調主義の立場 か ら云 って許 されな く

,日

本 の国籍 の離脱 は

,外

国の国籍 の取 得 を条件 として許 され るべ きである。いずれにして も

,一

般 の場合

,個

人 は

,ひ

とりの国民 として 国家 とい う領土社会 に生存 を続 けることになる。国民 は同一領土内に住み

,同

一政府 の統治 の もと で共同の運命 をにない

,共

通の未来 を建設す る。われわれの生活 は国家 によりささえられている。 現実 にわれわれの権利 も自由 も安全 も福祉 も国家 を通 じ

,国

家の保障の下 はじめて実現 され るもの である。特 に近年で は

,国

家 の干渉 を出来 るだけ排除す る夜警的国家観や自由放任主義的国家観 は 修正 され

,国

内の秩序 を維持するだけでな く

,経

済 の発展

,国

民の福祉 を増進す る為 に も

,国

家 の 政治力 に期待す る傾 向が強 くな り

,国

家が

,ま

す ますわれわれの生活 において重要 な地位 を占めて 来ている

0の

が現状である。 しか し

,国

家の重要性 とその位置づ けは

,戦

前の全体主義的

,国

家主義的な ものであって はな ら ない。国民が臣民 として

,国

家 に奉仕 し

,国

家の為 には如何 なる犠牲 をもい とわない とす る もので あってはな らない。 この点

,憲

法第13条は「すべて国民 は個人 として尊重 される。生命

,自

由及び 幸福追及 に対 する国民の権利 について は

,公

共 の福祉 に反 しない限 り

,立

法その他の国政 の上で, 最大 の尊重 を必要 とす る。」と規定 している。すなわち

,戦

前のわが国においては

,国

家主義 的思想

(7)

の前 に正 しい意味での個人 の尊重の思想 は発達せず

,全

体主義 の名 の下 に個人 の権利や自由はとか く抑圧 されがちであった。 それ を個人人格

,人

権 の尊重 について は

,国

家の最大の尊重 を必要 とす ると明記 した。 この「個人 として尊重 され る」 とは

,個

人がいわゆる全体 の部分 としての地位 にお いてはじめてその価値が認 め られ るとい う超個人主義的観念 (nerindi dualistische ldeologie)を

排 して

,個

人 それ 自身 に価値 を認 め

,個

人価値 を一切 の国家社会生活 の基本 とす る趣 旨で

,い

わゆ る個人主義的国家観 (indi dualistische Staatsauffassung)の 表明である。ち 国民主権主義 はこの 個人主義的国家観 の下 において

,国

政 における個人 の尊重 を具体的 に制度化 した もの といえよう。 個人人格 を尊重す る立場か ら国政が運用 され ることにな り

,個

人主義的国家観 の下 における正 しい 国民の主権の行使 は

,民

主主義発展の為 に必要な ことであると考 える。 〔Ⅲ〕国民主権 と民主主義 発問事項の

9,10,■

,31,35,40は

国民主権主義下 における主権 の行使 のあ り方や

,民

主主義 との関係 に関す るものである。 国民主権の背景 とな り

,基

盤 となっている思想 は民主主義である。従 って若 し民主主義が正 し く 理解 されない場合 は国民の主権 も正 当に行使 されな くなると考 える。で は民主主義 とは如何なるも のであろうか。民主主義 はデモクラシー

(Democracy)の

訳語であ り

,デ

モクラシーは「民主主義」 「民主政」 と訳 され るのが一般であるが

,民

主主義 は現代 日本社会 の中心思想であ り

,社

会のあ ら ゆる部面 を支配 している思想 として,「民主主義」「民主的」の言葉 は

,政

府各政党 をはじめ

,あ

ら ゆる機関が これ を旗印 とし

,戦

後誰 しも

,こ

とあるごとに

,耳

にし

,口

にす るものであ り

,現

代社 会 を風靡 しているものである。「民主政」の場合 は政治の形態 に着 目され,「民主主義」の場合 は, その理念や原理 の面 に着 目され るのであるが

,形

態 は理念や思想や原理 と別個 に存在するもので は な く

,為

に形態や制度や理念や原理やその達成 の為の条件が

,錯

綜 し

,同

時に区別 な しに使用せ ら れるところに

,民

主主義 の意味の混乱が生ずるのであるが

,語

原的にはギ リシャ語 の

Demos(大

衆) とkratos(支配

)に

あ らわ され る如 く

,政

治上 の主義 と云 うことが出来 る。ただ今 日では

,そ

の理 念や思想が政治上 のみな らず

,経

済上

,社

会上

,教

育上 を始 め

,各

方面 に使用 されているのは

,民

主主義が単 に政治上 の必要か ら生れた というよ りも

,人

間性本 来 の自覚か ら出発 した という強固な 基盤 を有 している為 と思われ る。 しこうして

,民

主主義の中心思想 は自由 と平等であることは

,今

日誰 しも疑 い得 ない ところであ るが

,こ

の自由 と平等 とい う二つの理念 は

,本

来む しろ相背反す るものを含んでいるので

,自

由 と 平等 を絶対的理念 として突 き合わせ るな ら到底調和 し得 ない ものであ り

,従

って自由 も平等 も無制 限無条件 の絶対的の もので はな く

,そ

こに内在的制限を持つ相対 的な もの として理解せ られなけれ ばな らないのに

,こ

の点の理解がせ られないまま

,民

主主義の中心思想である自由 と平等が民主主 義のいま一つの思想である「個人主義」 と合 して個人の自由

;個

人 の平等の強い要求 として

,社

会 公共の立場 を無視 して主張せ られ

,し

か も

,そ

の自由は

,し

ばしぱ放縦 と混同せ られて

,社

会や国 家の立場 を忘れて

,無

反省 に自己の欲求 を充 さん とす る放縦的 自由 と合 し

,平

等が機会の均等 より も

,個

人 の実質的平等 を主張 して

,自

己の能力

,経

,努

力等 を無視 して

,無

差別 を性急 に要求す るがタロき一面が見 られ る。 確かに自由平等 は今 日の社会生活 をなす上 においては極 めて必要な ことで

,特

に我が国において は

,戦

前各種 の封建的思想 の前 に自由平等が無惨 に踏みにじられていた ことを想 えば

,そ

の重要性 は大なるものがあるのであ り

,戦

後 自由平等 を強調 したのは故無 しとしないのであるが

,自

由が,

(8)

細川 哲 :社会科教育 における憲法学習の諸問題 (H) 恣意や

,放

縦や

,我

侭勝手 にな らない為 に

,権

利 の行使が

,権

利 の濫用 にな らぬ為 に

,平

等が「無 差別悪平等」 にな らぬ為 に

,そ

こに社会公共 の立場か らの規制が必要 とな り

,し

か もかか る社会公 共 の立場か らの自律的人格が

,進

んで共同生活 を形成 し

,公

共 の義務 と責任 を自覚す るようになら なければ

,社

会国家 の発展 は期待 し得ず

,民

主主義 その もの も破壊せ られ るのである。 民主主義のいま一 つの中心思想である個人主義 (ind idualism)は現代人 の生活 を最 も強 く支配 している現代思想 の一つ とい うことが出来 る。 しか も個人主義 は民主主義 の思想的基盤で もあるだ けに

,広

く現代社会 の思想的基調 をな しているものである。 まことに自己の生活が何物 にも干渉せ られず

,強

く自己 を主張せん とするところに

,近

代人 の特色があ り

,自

我 の解放

,個

性 の自覚 は実 に近代文明

,文

化 の原動力であったのであ り

,近

代 の政治経済社会 は

,す

べてその基礎の上 に確立 発展 して来た と云 って過言ではない と思 うのであるが

,我

が国 は

,戦

,国

家主義

,軍

国主義

,全

体主義の名の下 に,「個人 の自覚」とこ欠 けるところが多 く

,個

人が全体 の前 に葬 り去 られて

,社

会国 家の正 しい発展 を阻害 して来た ことは

,い

まだ我々の記憶 に新 たな ところである。 それだけに戦後 「個人の尊重」力

S,何

よ り重視 され,「個人 の基本的人権」は新憲法 (第11条

)に

よ り永久不可侵の 権利 として保障せ られ

,さ

らに,「すべての国民 は個人 として尊重せ られ る。」(第13条)と し

,個

人 主義 を高 らかに宣言 しているのであるが

,こ

の「個人 の尊重」 は単 に個人 の為 のみにあるのではな くして,「個人 の尊重」が

,ひ

いて は国家社会 の進歩発展 につなが る とす る ところにも意義が有 るの であ り

,

とりわけ

,正

しい民主主義の発達のためには

,ま

ず何 よりも個人 の尊重が確立 されなけれ ばな らない とす るものである。 しか しこの個人主義 なるものは

,確

かに

,民

主社会の思想的基盤であ り

,近

代立憲政治の確立 も, 近代資本主義 も

,又

近代 法の財産権尊重

,契

約 自由の原則 も個人主義 を出発点 とす るものであ り, それだけにこの思想が

,近

代文化 を建設 したその著大な功績 は大いに認 めるものであるが

,こ

の個 人主義が

,他

人 の干渉 を斥 け

,己

の好 む ところを行 い

,欲

す るままに振舞 い

,自

己の立場 のみ尊重 して

,他

人の立場 を無視す る利己主義又 は我利主義 とは全 く異質 な ものであるにかかわ らず

,こ

れ と相隣 りする為 に

,お

うお う

,利

己主義 と混同せ られ

,あ

るいは利己主義が個人主義 の美名 にか く れて主張せ られ

,ま

か り通 るとい うことが

,現

代社会 に決 して少 くないのである。 かかる個人主義 と利己主義 との混同 は

,正

常な民主的社会 の進展 を阻害す るどころか社会 その も のの混乱 と崩壊 をまね くものであ り

,厳

に警戒 を要す るところであるが

,こ

の混同 は

,現

代社会 の 到 る所 に見 られるのであ り

,特

に国民 の主権 の行使であるところの国民 の選挙権 の行使 にこれを見 るならば

,そ

こには多 くの問題 を内包 している と考 えられ るのである。思 うに選挙権 の行使 とい う 政治的社会的国民的行動 は

,他

の社会的活動 に比べ相当に重要性 を有す るものである。すなわち, 正 しい選挙が行われ

,正

しい人物が代表者 として選 ばれれば

,正

しい望 ましい政治が行われるとい う一連の関連 に立つのであ り

,し

か も現代政治 は

,現

代社会生活 のあ らゆる機能 に関係 し

,生

産, 流通

,分

配の経済面 にも

,保

健衛生

,保

,教

育等の社会面 にも

,又

文化 の領域 にも

,有

形無形 に 作用 し

,社

会 のあ らゆる機能 に対 して

,政

治の働 く部面があるだけに

,こ

の政治の基本 を決定 し; 方向ずける

,国

民 (個々人

)の

選挙権 の行使 は

,と

りわ け重要な もの と云わなければな らない。 し か もこの選挙権 の行使 は

,こ

れの自由

,秘

密が保障 され るだけに

,個

人個人の 日常の

,も

のの考 え 方

,思

想が大 きく関係す る。 しか るにこの選挙権行使 に影響 を与 える思想 なるもの として

,個

人主 義ならぬ利己主義が大 きな比重を占めているのではなか、ろうか

,国

,社

,政

治に対する認識や 判断によることな く

,多

分に個人の利害打算

,利

己心により選挙権 を行使するという者がいまだ可 成 りいるようである。更 には選挙権行使の重要性 を認識することな く

,た

だこれを行使 しさえすれ

(9)

ば良い という者や

,あ

るいは全 く興味半分 に行使す る者 もいる現代社会 を見 る とき

,そ

こに個人主 義の悪 しき面

,利

己主義 と混同せ られた面 を見 て取 ることが出来 るのである。 勿論

,私

的な立場か らのみでな く

,国

家社会 の ことも考 え

,そ

の進歩発展 をも考慮 に入れて

,各

候補者 の政見 に耳 を傾 け,よ り有能 な人物 を選 んで,こ れに一票 を投ず るもの も少 くないであろう。 しか し全 く個人 の利害 とい う私的立場 か らのみの投票 も決 して少 くないのであ り

,こ

の個人的私的 立場か らのみの投票の率が増大すればす るほど

,我

が国政治の根底 がゆさぶ られ ることになる。ル ッソー (Rousseau)が 町軒U私益 のみ考 える意思 を総計 したものは

,よ

しそれが全員 の意思であっ て も

,公

共利益への志向によって成 り立 つ一般意思 とは本質的に別物である。」と云 っているが

,全

くあ じわ うべ き言葉である。多数の意思が,よ り高次の一般意思 として

,全

員 を拘束 し得 る根拠 は, 公の一体的意思が必要であるのに

,個

別 と分化 の対立がある為 に

,投

票 による意思の統合 を図 るの であ り

,そ

の場合

,投

票 に参加す る凡 ての個々人が

,公

の一体的意思 と共同の利益 を

,そ

の必然 の 目標 として前提 とすることによって成立す るものであ り

,ハ

ーンショー

(Hearnshaw)の

云 う如 く, 「投票が分化的個人の立場でなされなが ら

,し

か も個人的意見 を表明する私人 としてで はな く

,全

体 としての社会 の一般意思 に関 して

,自

己の印象 を記録す る公人 としてなされ る。」か らこそ

,初

め て多数意思が,私的意思の集積 を超 えた共同の意思 として,全員 を拘束 し得 るもの となるのである0。 しか るに現代 の国民の主権 の行使 である選挙の投票 なるものに

,こ

の「公共利益への志向」 とい う 公共的立場 の認識 は

,い

まだ充分 とは言い得ない面があるのではなか ろうか。か くして は健全 なる 民主主義

,民

主政治の芽がつみ とられ ることになる。国民主権 における主権 とは

,国

民が持つ公的 権利 である。た とえ投票 の自由・ 秘密が保障され ようとも

,正

しい民主主義の理解 の上 に立 って, 決 して利 己的立場か らのみの主権 の行使 はなされてはな らないのであ り

,そ

こで は買収

,供

応等 の 行為 は入 り込 む余地 は無 くなるのである。 〔Ⅳ〕国民主権 と公民的資質 (社会科の 日標) 発問事項

20,23は

国民主権 と社会科の目標 に関す るものである。小・ 中学校 にお ける社会科の総 括 目標 を現行の学習指導要領 の記述でみ ると

,小

学校 で は「社会生活 についての理解 を図 り

,我

が 国の国土 と歴史 に対す る理解 と愛情 を育 て

,国

際社会 に生 きる民主的

,平

和的 な国家・ 社会 の形成 者 としての必要 な公民的資質の基礎 を養 う」としてお り

,中

学校で は,「広い視野 に立 って

,我

が国 の国土 と歴史 に対 する理解 を深 め

,公

民 としての基本的教養 を培い

,国

際社会 に生 きる民主的

,平

和的な国家・社会 の形成者 として必要な公民的資質 の基礎 を養 う。」 となってい る。従 って小・ 中一 貫 して社会科 の総括 目標 は要約 して言 えば「公民的資質」の育成 ということであ り,「公民的資質」 は社会科 の目標 のキーワー ドである。 しか し

,公

民的資質なる用語 は抽象的多義的であ り

,日

常使用 される用語で もなけれ ば

,詳

書 に 明記 してある用語で もないので

,人

によ りいろいろに解釈 し

,受

取 り得 るのである。若 し,「公民的 資質」の公民 を戦前の公民科 における公民 と同一 と考 えた り

,公

民の公 を強調 し「公益優先」 とし て国家・ 社会 の立場のみを重視す るようになれば

,や

がて

,個

人 を軽視する国家主義

,全

体主義へ の傾向 となって

,民

主主義の根底が

,ゆ

さぶ られることになる。天皇主権下 における公民 と

,国

民 主権下 における公民 は同一用語であって もその意味す るところは異 るものでなければな らない。 で は戦前

,天

皇主権下 における公民 は如何 なる意味 を持 っていたかを極言すれ ば,「公民→臣民→ おおみたか ら→皇民」 として

,そ

の公民教育 は

,皇

民教育であ り

,天

皇 に対す る随順 の道徳が打 ち 出され

,民

くさとしての聖業翼讃の道 を教 えるもの となったのであ り

,天

皇主権下

,戦

争拡大 と共

(10)

細川 哲 :社会科教育 における憲法学習の諸問題 (H) に「公民」が そのように考 えられたのは止 むを得ない面 もあったであろうが

,戦

前 の公民

,乃

至 は 公民教育 を概観 してみると

,戦

,旧

制 の中等教育 の段階 において

,将

来国の中堅層 となる青年 に, 法律

,経

済 に関す る知識 を与 えることは早 くか らお こなわれてお り

,明

治21年頃 にはすでに「本邦 法令」 とか「法制・ 経済」等 と呼ばれ る一つの教科が置かれていた日清戦争 (1894∼

95)の

頃 と相 前後 して

,労

働運動

,左

翼主義運動

,社

会主義運動が活発 にな り

,幸

徳秋水 らによる「平民新聞」 の発刊 な どがお こなわれ

,政

府 は「治安警察法」 を制定 して権力 による弾圧 に乗 り出 したのである が

,一

方か くの如 き左翼思想や社会主義運動の展開を讐戒 した政府 は,「危険な思想」の滲透や活動 の発展 を阻止す るために

,教

育 において も「上か らの公民教育」 を強行す る必要 を痛感 したのであ る0。更 に第一次世界大戦 は日本経済の繁栄 にもかかわ らず,労働者階級の生活 はかえって苦 しくな

,労

働争議 に増大 し

,本

格的な労働運動が展開 され る時期が到来 したのである。一方農村で も大 正10年前後

,小

作争議が組織 的集中的に行 なわれ るようにな り

,こ

うした都市 と農村 を問わない労 働者

,農

民の組織的な反抗運動が激化 し

,政

治的 には種々の危険 をはらんだ時期が大正10年か ら昭 和 の初 めにか けて展開 していつたのである。 しか も一方

,法

制的にみると

,大

正12年 には陪審法が 制定 されて

,国

民 の法律 に関す る知識 を一段 と高めることの必要が生 じてお り

,ま

た大正14年には 普通選挙制度が実現 されることにな り

,政

府 は

,こ

のような

,政

,経

,社

会的動 きを反映 させ て

,先

,実

業補習学校 に公民料 を正式 に設置す ることにな り

,大

正13年に「公民科教授要綱」 を 公布 したのである。ついで昭和

5年

には農

,商 ,工

等の実業学校 に

,そ

の翌年 には

,中

学校 と師範 学校 に

,さ

らにその翌年 には高等女学校 に

,そ

れ までの「法制

,経

済」 に代 って

,公

民科が置かれ ることになったのである。 斯 の如 く

,我

が国の公民科設置 の背景 は

,日

清 日露戦争以後 の我が国の政治的

,経

済的

,社

会的 な動 きを反映 させ

,そ

の必要 に迫 まられた ものであったが とりわけ

,急

増する労働争議

,小

作争議 等の労働運動

,社

会主義運動等の左翼思想 を

,教

育 の手段 により政府が これを牽制阻止 しようとし た動機 は

,教

育が政治政策の手段 として利用せ られた もの として

,無

視 し得ない とこである。 しか し

,そ

の公民科教授要綱 によると

,公

民科教育 の要 旨は,「実際生活 に即 して

,立

,自

治の 国民 として必要な教育 を与 えること」 とされていたが

,こ

れについては

,国

体論 の見地や教学精神 の伝統 をうけた人々の間か ら

,き

び しい批判が加 えられ公民科教授要 目に僅かに残 る合理的 。市民 的・ 立憲 自治的な傾 向 も改正 され ることになった。すなわち

,従

来の公民科 は「単 に国民生活 に関 す る抽象的知識 を授 け

,立

憲 自治の民たるべ き素地 を養成す るとして も

,之

が我が国体 の本義 に基 くべ きものなることの認識が十分で はなかった」ので,「尊厳無比 なる我が国体 の本義 を明徴 にし, 之 に基いて一切 の国民生活 を理解せ しめ

,忠

良なる日本臣民たるの信念 を養成す る」 ために教授要 目を改正 した。そして「我ガ国体及国憲 ノ本義特二肇国ノ精神及憲法発布 ノ由来 ヲ知 ラシメ以 テ我 ガ国統治 ノ根本観念 ノ他国 卜異ル所以 ヲ明ニシ…遵法奉公 ノ念 ヲ涵養スルコ ト…我が国固有 ノ醇風 美俗 ヲ尚 ビ協同生活 ノ訓練 ヲ重 ンジ以 テ公民的徳操 ヲ養 ヒ大国民 タルノ資質 ヲ育 スル コ ト」が 目標 とされ

,従

来の公民科が

,わ

ずかに有 していた市民的傾向 は払拭 され

,国

家主義的傾 向が一層強化 せ られた。 しか も昭和年代 に入 って

,政

府 の権力的弾圧 は強化せ られ

,治

安維持法 を制定 して

,労

働運動の激化や政治運動のゆきす ぎを押 える法的措置 を整備 してゆき

,満

州事変 の勃発 と共 に

,政

府 の国家主義的圧迫 はます ます きびし くなっていったのである。か くして昭和

9年

には

,当

,文

部省教学方針 に理論的な基礎付 けをお こなっていた紀平正美博士 は

,公

民教育 の要 旨に対 し「公民 とい うことばが使われ る以上

,そ

れ は西洋個人主義 における意義でなしに古い大宝令 に使 われた意 味

,す

なわち

,お

おみたか らの意味 に解釈 しなければな らない」 という批判 を下 している。 この批

(11)

判が行われた翌昭和10年

,文

部省 内に教学刷新評議会が設 けられ,「国体 の本義」に立脚 し,「皇国 の道」 にのっ とった皇国教学思想 の確立 をみることになったのである。その結果

,教

育内容 の改革 が問題 とな り

,お

おみたか らとしての「臣民の道」 を教示す ることこそ

,公

民科教育 の基本 目標 で あるとされ,自由主義的民主主義政治の行動原理 とは全 く,く いちがった方向を示す もの となった。 ついで満州事変か ら支那事変へ と戦争の拡大 は

,政

府 の文教政策 を

,い

よいよ軍国主義国家 の方向 にもりたて,「国体観念 を明徴 にし国家思想 を涵養 し特 に忠君愛国の大義 を明 にし献身奉公の心操 を 確立す る」ために

,徳

日本位 の修身 と生活本位 の公民科 との「渾然 たる一科」修身及公民科 を課 し ていたが

,1943年,中

等学校 において も公民科 は廃止 され

,国

民科修身の中に包摂 された。「国民科 修身ハ神勅

,聖

訓 ノ註解

,国

体 の本義

,皇

国ノ政治 。軍事 。経済及文化 ノ大要遊二礼法二付 テ授」 けて「国体 ノ本義 ヲ聞明 シ皇国ノ使命 ヲ自覚セシメ…皇国ノ道 ノ実践 ヲ指導 シテ至誠尽忠 ノ信念ニ 培」 うものであ り

, 3学

年で は,「国体

,皇

国ノ政治

,皇

国ノ軍事

,皇

国ノ道 ノ修練

,礼

法」

,最

終 学年の

4学

年で は,「我ガ国ノ家

,皇

国ノ経済

,皇

国ノ文化

,皇

国ノ使命

,皇

国ノ道 ノ修練

,礼

法」191 を授 けることになってお り

,公

民教育 は「おおみたか ら教育」「皇民教育」と変質 して天皇主権下 の 国家主義

,軍

国主義

,全

体主義 の性格 をもつ もの となった。 戦後

,新

憲法 によ り天皇主権か ら国民主権 と180度の変革がなされた。この ことは戦後社会科で重 要な事項 として大 きく取 り上 げ られ るところとなった。一つの例 を社会科中学校第

3学

年 の「単元

3

われわれの政治 は

,ど

のように行われるであろうか」でみると,「わが国 は新憲法 を制定 した。 その中には

,主

権が国民 にあるとい うことが はっ きりと明示 されている。 この憲法の条項 は

,非

常 に重大であ り

,こ

れが明示 されていることは

,わ

が国の政治的発展 にとって

,欠

くことので きない 第一歩である。 しか し憲法の原則が

,単

に一片の紙 きれ に終わ らないためには

,国

民の日常生活 の 中に

,こ

れが生かされ ることがたいせつである。そ こで

,国

民 は

,主

権 の意味 を理解 し

,主

権が国 民 にあるあ り方 について

,理

解 を深 めな くて はな らない。……・ 新憲法 を制定 したわが国民 は

,は

じめて

,自

分 の政治的運命 を自分の手 に委ねる可能性 を得 たの である。戦争 を放棄 し

,基

本的人権 を強調 した新憲法 は

,わ

が国の現状 か ら見れば

,わ

れわれ国民 のまじめな目的 を表わ し

,国

民 の決意 を反映 している。われわれ はこの憲法の原則 を

,で

きるだけ 早 く実際 に日常生活 の中に生かす ように

,最

善 をつ くさな くて はな らない。」(10と して国民主権主義 を強調 し

,さ

らに

,昭

和44年版 の中学校学習指導要領 にお ける中学校社会科で は

,政

。経・社的分 野が公民的分野 と改訂 されたが

,そ

の目標 の

(1)に

「個人 の尊重 と人権 の尊重の意義

,特

に自由・ 権利 と責任 。義務 の関係 を正 し く認識 させて

,民

主主義 に関す る理解 を深 めるとともに

,国

民主権 をになう公民 として必要な基礎的教養 をつちか う」 ことが明 らかにされ

,公

民 とは国民主権主義下 における公民であ り

,国

民主権 の理解 と自覚が必要な ことを指摘 している。 元来

,公

民 は

,ラ

テン語のシビタス(c itus)と い う文字か ら来た自由都市の市民 とい う意味で, スパルタ

,ア

テネの都市国家 において

,自

由都市 の市民 の特権 を与 えられた者 をいうのであ り

,民

主的 自治的性格 を持 ち

,自

治公民 としての意味 を持 った もの といえる。 それが

,戦

前の天皇主権下 で「皇民」 とされて しまったのは

,全

く政策的政治的立場か らで遺憾 な ことであった といえよう。 国民主権 となった うえは

,国

民 こそ国家の主人公であるとい うことが充分 に理解 されて

,公

民 の公 が公益優先 とな り

,一

人歩 きを始 め

,全

体主義への内容 にす りかえられ ることがない よう充分 に考 慮 されなければな らない ところである。 更 に社会科 の総括 目標である「公民的資質」の公民 は

,国

民主権下の公民であるが,「資質」なる ものは

,単

に知識

,理

解 に限 らず

,能

,態

,意

,意

欲等 を包んだ広い概念 と考 える。その点,

(12)

268

細川 哲 :社会科教育における憲法学習の諸問題 (H) 社会科 は知識主義的構造 を取 らない ものである。従 って「公民的資質」の育成 の観点か らは

,国

民 主権 について充分 な知識 を持つだけで は不十分であ り

,主

権者 として如何 なる態度 を持ち

,主

権者 として如何なる意識 を持つかが問われ ることにな り

,正

しい主権者意識 の育成 は「公民的資質」の 育成 につなが るものである。いずれにして も国民主権 は社会科 の目標 に直接かかわ り

,そ

の目標 を 正 しく把握す る為 に も

,社

会科 の目標 を達成す る為 にも重要 な ものである。 〔V〕 国民主権 と天皇制 (天皇制 と国民主権主義) 発問事項

19,32,33,34は

国民主権主義 と天皇制 に関す るもので国民主権主義 を考察す る上で も, 天皇制 について考 える上で も重要な論点である。国民主権主義 と天皇制 とは両立調和 しない とす る 考 え方 と

,両

立調和す るとする説 に大 きく分 けることが出来 るが

,ま

ずそれ らの説 を概観す ること にする。 両立調和 しない とす る考 えには

,二

つの立場がある。一つ は国民主権主義 を強調する立場か らで ある。すなわち

,国

民主権主義 は民主主義

,デ

モクラシーの思想 を基盤 としているが

,民

主主義 は 何 よりも個人 の尊重 と自由・平等 の理念 を内包 している。従 って この個人 の尊重 と平等の精神 を制 度化 した国民主権主義 を重視す る限 り

,特

殊 な身分 を世襲的 に認 め

,そ

れ に特殊 な地位 と限 られた とはいえ特別 の権能 を認 めるのは

,個

人 の平等の原則 に反 し

,反

民主的制度 として天皇制 を評価 し, (たとえ現在 の象徴天皇制 といえども

)国

民主権主義 とは本質的 に両立調和 し得ない もの とす る考 え方である。又

,新

憲法の前文で明記 している「 日本国憲法 は人類普遍の原理 に基 くものである」 としている点か ら

,民

主主義

,国

民主権主義 は人類普遍の原理で

,こ

れを重視すべ きであ り

,特

殊 な身分制 として天皇制 とは両立 しない とする。勿論

,戦

前の明治憲法下 の天皇制が国民主権主義 と 全 く相反 した制度であ り

,封

建的

,家

父長的

,反

民主的

,時

代錯誤的制度であったことは

,1945年

7月 6日

,ア

メ リカのマ ックリー シュ国務次官補ガバー ンズ国務長官あてに出 した「日本の無条件 降伏の解決 について」 と題す る意見書 の中に明確 に述べ られているところである。 両立調和 しない とす るいま一つの説 は天皇制の方 を強調す る立場か らであ り

,本

来天皇制 と国民 主権 とは調和 し得 ない ものであるとし

,新

憲法 にお ける天皇制 のあ り方や

,国

民主権下 における天 皇制 という考 え方 に反対す る説である。 これ らの説 を概観紹介す ると(lD,こ の見解 は国民主権 の原 理 は日本 の歴史的天皇制 とは相 いれない ものがあ り

,日

本 の歴史的天皇制 は維持すべ きものである か ら

,新

憲法 の定 める天皇制 のあ り方 を改めるべ きであるとす る。 それ は

,国

民主権 と天皇制 は調 和 しえざるものであるか ら

,天

皇制 を廃止すべ きであるとす るので はな く

,国

民主権 の原理 ないし 文字 を用いない こととすべ きであるとす る。 この見解 は

,日

本 の天皇制 の本質 ないし特色 は

,天

皇 が国民統合の中心たる法的権威であるというところにあった とし

,し

か るに

,国

民主権 の原理 は国 民自身 を国民統合 の中心 たる法的権威 た らしめる原理であ り

,日

本 の歴史 にな じまない原理である にもかかわ らず

,現

行憲法 はこの原理 を取 り入れ

,天

皇 を国民統合 の法的権威 たる地位か ら離れた 単なる象徴 の地位 に置いたのであるが

,こ

れ は日本 の天皇制 の本質 を破壊 した ものであるとす る。 およそ一国の憲法の最 も基本的な問題 は

,そ

の国家 の国民統合 の精神的基礎すなわち国体 の確立 のためにはいかなる憲法制度が必要であるか とい う問題 である。 日本で は天皇が国民統合の中心 をなす法的権威であ り

,こ

れ によ り日本国民が統合 させ られてい た。 この ことは数千年の歴史の教 える ところであ り

,ま

た終戦が天皇の聖断 によってはじめて可能 となった こともこの ことを実証 した ものである。明治憲法が天皇 を統治権 の総撹者 と定 めていたこ との本質的意味 は

,天

皇が具体的な政治権力 をどの程度 に行使す るか とはかかわ りな く

,右

の意味

(13)

において国民統合 の中心 たる法的権威 たることにあったのである。 そこに日本 の天皇制 の本質があ るのである。 しか るに

,国

民主権 とは

,国

民統合 の法的権威 は国民 にあるとす る原理であ り

,日

本 の歴史的天 皇制 の本質 に反 し

,日

本 の歴史 と日本 国民の信念 に全 くなじまない原理 ない し文字である。 この国 民主権 の原理が現行憲法 にとり入れ られたのは

,ま

った く日本国民の意思 によるもので はな く

,連

合国の圧力 と強要の結果であった。 そして この国民主権 とい う文字 は日本 の歴史的な天皇制 を混迷 に陥 らしめ

,ま

た国家・ 国政の権威 を失わ しめている。 この見解 は

,同

時 に,「国民主権」と「民主主義」とは混同すべ きで はない ことを強調す る。すな わち日本 における民主主義 とは

,国

民主権 の下 における民主主義で はな く

,歴

史的な天皇制 の下 に おける民主主義でなければな らない とす る。すなわち次のように述べ られている。

1

「天皇 を国民統合 の中心た る法的権威 とす ることと民主主義の政治 とは何 ら矛盾す るもので はない。 なぜな らば天皇制 は国民統合 の問題 であ り

,民

主政治 は国憲発動 の形式の問題であるか ら である。すなわち

,ま

ず国民が一体 として統合 していることが前提であ り

,そ

の統合 された国民の 意思 を基礎 とす る政治 を行 なうことが民主主義である。国民主権でなければ民主主義で はない とす る見解 は

,民

主主義 には君主主権 の下 における民主主義 もあれば国民主権 の下 における民主主義 も あることを知 らない ものである。 そして 日本 の民主主義 は

,歴

史的な天皇制すなわち

,天

皇 を国民 統合の中心たる法的権力 とす る制度 の下 における民主主義でなければな らない。歴史的な天皇制が 必然的 に戦争の原因であるとしまた

,必

然的に悪用 される危険がある とす る主張 にはなん ら科学的 な根拠 も存 しない。要す るに日本が民主主義 の国家でなければな らないか らといって

,歴

史的な天 皇制 に変更 を加 え

,国

民主権 を原則 としなければな らない とす る積極的理 由はなん ら存在 しないの である」

2

「今 日

,わ

が国において は

,民

主主義 の反対概念 は君主主義すなわち天皇制であるとす る考 え方が一般的に行 なわれている。 しか し

,君

主主義 あるいは天皇制がすなわち反民主主義であると す るのは誤 りである。 日本 は君民一体 の国家であ り

,こ

の君民一体 の政治 とい う形 において

,天

皇 制 の下 における民主主義が実現 出来 るのである」 とす る者 もある。1ち これ らの見解 は

,ま

,日

本 においては西洋的な君主主権,国民主権 とい う概念 は歴史的に存在 しなかった とし

,し

たが って

,国

民主権 とい う概念 を現行憲法が用いていることは適 当でない とい うことをも主張す る。すなわち

,西

洋 の歴史 は君主対国民の政治闘争の歴史であるか ら

,君

主の手 に握 られていた主権が国民の手 に移 った とい うことを示す用語 として

,国

民主権 または主権在民 と いうことばはその歴史 を示す ことば として適当であったのであるが

,日

本 において は

,天

皇対 国民 の政治闘争 の歴史 は存 しないのであ り

,そ

れが国民主権 とい うことばは日本 の歴史 にも日本国民の 思想 にもな じまない言葉であることの理由なのであるとする。そ して

,こ

のような日本国民 になじ まない言葉 を現行憲法が用いたのは

,ひ

とえに連合国の圧力 と強要 によるものであった とす るので ある(11)。 次に前者 とは異な り

,国

民主権 と天皇制 とは両立調和す るものであるとす る見解 を見 ることにす る。 これ らの見解 は大 き く5つの類型 に分 けられ る.よ うである。次にその類型 をまず掲 げてみ る。

(1)

日本 において天皇 は歴史的に

,つ

ねに日本国民の精神的中心であ り

,こ

の ことは天皇の 政治権力の有無 とはかかわ りがなかった とし

,し

たがって

,国

民主権 の下 において

,天

皇 に政治権 力 を認 めず,しか も国民統合の象徴 たる地位 を認 めた現行憲法 は,こ の天皇制 の歴史 を尊重 しつつ, 天皇制 と国民主権 とを調和 した もの とい うことがで きる

,

とす るもの。

(14)

270

細川 哲 :社会科教育 における憲法学習の諸問題 (H)

(2)

日本 においては

,ほ

ん らい西洋的な国民主権 という観念 は問題 にな りえず

,し

たが って 天皇制 と国民主権 とは調和 しうるか とい う問題 はい まさら特 に とりあげる必要 はない とす るもの。

(3)

明治憲法下 における天皇制 は

,国

民主権 と調和 し得 ないが

,現

行憲法の象徴天皇制 は国 民主権 と調和す るもの。

(4)天

皇制 と国民主権 との関係 とい う問題 を

,君

主制の歴史的発展 の問題 として論 じ

,君

主 制の歴史的発展 は

,国

民 との調和・ 共存 とい う方向に進化 して きた ものである とし

,現

行憲法の定 める天皇制 はこの進化 の方向に沿 うものであるとす るもの。

(5)

国民主権が基盤 とす る民主主義 も人間が作 り出 した主義であ り

,制

度である限 り完全無 欠の制度 とはな り得ず

,そ

こには人間の弱 さや不完全 さに基づ く欠点が生れ るのであ り

,そ

の欠陥 を補正す る面のあるもの として天皇制 を調和的に積極的に評価す るもの。 以上の類型 に属す る意見 を。

lIそ

れぞれ若干

,掲

げてみることにす るが

,そ

れ ら意見 の論者名 は その後 その論者の意見の変更 も考 えられ

,又

それ ら意見 を筆者が適当に省略 した面 もあるので割愛 することにす る。

(1)に

属する意見 として

,次

のような ものがある。 ①国民主権の原理 は

,国

民感情 において現にすなおに受け入れられてお り

,

これを堅持すること が望 ましい。また日本の歴史において天皇はつねに民族の精神的・倫理的な意味における中心であ り

,こ

のことは天皇の実質的権限の有無 とはかかわ りなかったのである。現在の象徴天皇制は天皇 に対する国民の尊敬 と信頼 とによって支持されてお り

,安

定 していると考 える。 ②天皇制の歴史を長 く護持することは多 くの国民の願望である。同時に

,民

主主義 もわが国民の 信条である。そしてこの場合

,民

主主義 とは常識的に国民主権のことであるといってよい。天皇 と 国民主権 との関係については

,天

皇 は国民のなかに

,国

民 とともにあられると理解する。すなわち, 現行憲法は主権 は国民に存 し

,そ

の国民の総意 を基盤 とし

,そ

の国民統合の中心の象徴 として天皇 を位置づけたものと考えれば

,そ

れは天皇に対するわが国の長い伝統および国民感情を尊重しつつ 同時に国民主権の原理を徹底することのできるよう調和 したものといえよう。′ ③ 日本の歴史の上で

,天

皇 は権力的な存在ではな く

,国

民統合の中心であった。そこに日本国の 固有の生命が存するのであ り

,日

本国の基本的性格 もそこに存する。 また

,天

皇が権力的存在でな いことによって

,天

皇制 と国民主権 とは調和するばか りでな く共存共栄 しうる。

(2)に

属する意見 として

,次

のようなものがある。 ①元来

,主

権在民の思想 は

,欧

州における君主対人民の抗争の結果生 じたものであるが

,わ

が国 においては歴史上

,天

皇 と人民 との間に抗争を生 じた事実はな く

,君

民一体観の下に天皇 は国民統 合の中心 となっているのである。 この意味においてわが国ではいわゆる国民主権 と天皇制 との関係 という問題 は生 じないのである。 ② 日本の天皇制は日本民族の歴史的理想主義の優れた物産であ り

,歴

史 と伝統によって権威づけ られた最 も理想的な

,君

主制である。天皇 は

,古

来一貫 してわが民族統合の象徴であった。 したが って天皇制 と国民主権あるいは民主主義 との関係を論ずる場合にも

,英

国の君主制や西欧の学説に

参照

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