iii 森林・樹林地からの生態系サービスは,木本植物などの光合成に基礎を置く物 質生産に依存する.樹木が成長し林冠の構成要素になるまでには,少なくても 40 年以上かかる.日本はモンスーン・アジアに位置するため,台風などの自然 撹乱が付きものであり,樹木は変動し続ける無機生産環境(二酸化炭素:CO2, オゾン,窒素富化,気温,土壌養分・孔隙など)の下でのバイオマス生産を行う. 1968 年の植物学雑誌の中で戸塚績氏は「光合成研究の成果比較のために大気 CO2濃 度 を 300 ppm の 値 に 補 整 す る」と 述 べ た が,2020 年 1 月 の 時 点 で は 413 ppm に達し,広域の人為撹乱=環境変化を脅威に感じる. 大部分の樹木は長期間にわたり肥大・樹高成長を行って巨大な構造物を構築し, 周囲の環境をも変える(環境形成作用).維管束植物の中でも,これらの特徴を 草本植物と対比するため,本書では木本植物と呼ぶ.このように,木本植物は植 物の環境適応を考えるうえで,興味深い材料でもある.本書では都市緑化や木質 資源再生などの応用に役立つ基礎を学ぶために,ツル性木本植物を含んだ木本植 物の生き方の一端を紹介したい.冒頭の生態系サービスは 4 つの項目(基盤, 物質供給,調節,文化)からなるが,基盤サービス(土壌形成,陸上植物の一次 生産=光合成生産に依存した機能)が基本となる(図 0. 1). 科学技術を発達させれば豊かな生活を保証できる,という戦後の流れのあと, 高度経済成長の行き詰まりと森林レクリエーションなどへの期待があった.生態 系の多機能発揮への期待から,吉良竜夫氏の『自然保護の思想』(1976,人文書 院)に代表される“流れ”とその理論を担うかに見えた生態学への期待が高まっ た.人口爆発の危機から,人類の生存に必要な生物資源の生産力を推定する国際 生物学事業計画 IBP(International Biological Program)が行われ,成果が生まれ ていった.3/2 乗則に代表される群落レベルでの生産過程と門司―佐伯の光合成 生産モデル(MS 理論),生産構造図を基礎にしたパイプモデル理論などが,そ の基礎にあり,生産生態学へ大きな貢献をした.
はじめに
木本植物の生理生態 小池 孝良・北尾 光俊・市栄 智明・渡辺 誠編 https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320058125図 0. 1 生物多様性と生態系サービス(伊藤哲氏作成). 1 章も参照. 基盤サービス 文化サービス 調整サービス 供給サービス 生物多様性 はじめに iv このような生態系の概念が構築される中で,共立出版より『共立生態学講座』 が植物・動物・微生物などを区別せず,生産過程,相互作用というように機能ご とに出版され,最先端の学問に触れることができた.その中で,再度,勉強不足 から生まれた疑問が,群落植生から自然保護運動へと誘う「森林生態学」を納得 できないものにした.疑問の理由は,森林樹木を“均質な集団”として扱うこと であった. 学部時代に拝聴できた物質循環に基礎を置く堤利夫先生の講義は,生態系の概 念が明確であった.しかし,自らの志向する“森林植物”研究との乖離が膨らん でいった.そこに同じ群落でも生産過程にも注目した上記の MS 理論との出会 いがあった(1975 年 6 月 14 日のノート;演題:植物群落の物質生産).林業技 術誌(現:森林技術誌)での畑野健一 著「林木の生理 12 ヵ月」1)を見つけ, 佐々木恵彦 著「続林木の生長と生理」2)で,除草剤=光合成阻害剤の研究が紹介 されていたことに,自らの知識の短絡,そして勉強不足を自覚した.長生きする 木本植物は環境適応の研究に格好の材料であることにも気付かされた.木本植物 の緻密な樹木の光合成・呼吸研究は 1970 年代までに確立されていたが,携帯型 野外測定器は 1980 年代まで待つことになった.微分値として得られる測定値は [次元]をもち,積分(推定)値を得るための積分区間を吟味するために測定を 行う実験の意味,物理学的扱いが,多くの成果を生むことが示された. 1)畑野健一(1973)林業技術,376,18―19 2)佐々木恵彦(1974)林業技術,382,26―27 木本植物の生理生態 小池 孝良・北尾 光俊・市栄 智明・渡辺 誠編 https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320058125
図 0. 2 生活史の各段階における環境要因の効果.
点線は多少影響が残ることを意味する(Nakashizuka, T. (2001) Species coexistence in tem-perate, mixed deciduous forests. Trends in Ecology & Evolution, 16, 205―210).
森林群集 の環境 水平方向の 不均質性 垂直方向の 不均質性* 生物間相互 作用 撹乱 *:階層構造 樹木の生活史段階 再生産過程 タネ 稚樹 若木 成木 はじめに v
1991 年にアメリカ自然科学基金(NSF:National Science Foundation)“地球 環境変化と針葉樹の応答と役割”へ参加した経験を本書でも共有したい.そこで はキーワード 4 つ(獲得,分配,成長,そして“地球環境変化への”貢献)を 選ぶために半日を費やした.グループ・ディスカッションを繰り返す中で,科学 基盤構築の一端を認識するとともに,“流行りモノは廃りモノ”と実感した.基 礎を学ぶことが成果を挙げるためには不可欠である.ドイツでは 1960 年代から 一般的であったが,自然の中で測定することによって,対象の本質的な理解に繫 がることを,ポストドクでのテーマ,スイス・アルプスでの生理生態研究に従事 する中で,体得した. 森林科学は巨大科学であり,1 名で立ち向かうことのできる内容は限られるし, 1 代ではいかんともしがたい.しかし,Nakashizuka(2001)は,この研究への 道筋を与えてくれた(図 0. 2).物質生産の生態学と個体群生態学の伝統を意識 していたが,この 2 つはデモグラフィー(人口統計学的な属性)に注目すれば, 両者の研究を平行して進めることができる.ここで種間比較が問題になるが, “種の系統間の制約”の視点は,同属の多種の比較を行うことで,浮き彫りにで きることが多々ある.しかし,DNA が一般的ではなかった 1960 年初めに,Ta-bata(1966)はカバノキ(Betula)属を通じてすでに種間比較の意義を指摘して いた(4. 1 節参照).また,ストレスを受ける単位としての個葉の構造と機能は 寺島一郎氏の『植物の生態』(2013,裳華房)などの著作に詳しい. 本書の構成は NSF で学んだ上記の“資源の獲得,分配,成長,貢献”の流れ 木本植物の生理生態 小池 孝良・北尾 光俊・市栄 智明・渡辺 誠編 https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320058125
はじめに vi を踏襲した.同僚として,樹木生態生理学の道を示された船田良氏,同僚・ポス トドク研究員として研究を共に進めてくださったこの分野の中心的活動をされて いる 3 名の研究者(それぞれ,佐々木,門司―戸塚,中静の門下)と編集を行 った.そして,執筆くださったのは,森林樹木や環境植物学などに関わる教育・ 研究を進めておられ,各分野をリードされている面々である.このため,記載に 多少のデコボコがあるが,それは編集者の未熟さではなく“勢い”とご了承頂き たい.本書はどこから読んでもよいが,基本は 1 章の伊藤哲氏の記述にあるの で,ここだけは,最初に読んでほしい. 本書を出版頂くに当たり,国際地球圏―生物圏事業計画(IGBP)(地球環境と 生態系,2016,共立出版も参照)以来,御支援下さっている共立出版の信沢孝 一氏,編集実務を担当くださった山内千尋氏,天田友理氏に深く感謝を申し上げ る.なお,本書の編集指針の初期は,亀山章・東京農工大学名誉教授の御指導を 頂いた事を記し,感謝申し上げたい. 2020 年 10 月 編者を代表して 小池孝良 木本植物の生理生態 小池 孝良・北尾 光俊・市栄 智明・渡辺 誠編 https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320058125