はじめに 腹部大動脈瘤(AAA)手術の際に,腎動脈同時再 建を施行する頻度は,1.0%(13 / 1259 例)と報告さ れ,このうち,両側腎動脈を同時再建する頻度は 0.15%(2 / 1259 例)とさらに少ない1).今回,我々 は両側腎動脈入口部狭窄を合併した AAA に対して, Y字型人工血管置換術と両側腎動脈への人工血管バイ パス術を同時施行し,良好な結果を得たので,報告す る. 症 例 症 例: 71 歳,女性. 主 訴:腹部拍動性腫瘤. 既往歴:特記すべきことなし. 家族歴:特記すべきことなし. 現病歴:陳旧性心筋梗塞,狭心症,腹部大動脈瘤 (AAA)の診断に対し,平成 10 年 9 月,当科にて冠動 脈バイパス術を施行した.術後心臓カテーテル検査の 際,腹部大動脈造影にて両側腎動脈入口部 50% 狭窄 を指摘された.平成 11 年 2 月 25 日,AAA に対する 手術目的で当科に入院した. 入 院 時 現 症 :身長 163 cm,体重 59.2 kg,血圧 158/90 mmHg(Ca 拮抗剤および ACE 阻害剤内服下) と高血圧を認めた.また,左上腹部に拍動性腫瘤を触 知した. 入院時検査所見:血清クレアチニン 0.7 mg/dl クレ アチニンクリアランス 64.0 ml/min,血中レニン活性 2.1 ng/mlであった. レノグラム所見:左右腎とも正常型であった. 腹部造影 CT 所見:腎動脈下に最大径 5 cm の動脈 瘤を認めた(Fig. 1a). 腹部大動脈造影所見:両側腎動脈入口部に有意狭窄 (右 90%,左 75%)を認めた(Fig. 1b).
両側腎動脈入口部狭窄を合併した腹部大動脈瘤に対する外科治療
近澤 元太 畑 隆登 松本 三明 津島 義正 濱中 荘平 吉鷹 秀範 要 旨:両側腎動脈狭窄(右: 90%,左: 75%)を合併した腹部大動脈瘤の 1 例に対し て,Y 字型人工血管置換術と両側腎動脈への人工血管バイパス術を同時施行した.術後の 腹部大動脈造影では,腎動脈へのバイパスグラフトは左右とも良好に開存していた.また, 右腎動脈は入口部にて完全閉塞しており,左腎動脈は入口部に 90% 狭窄を認め,術前よ り狭窄の進行を認めた.本症例のように,術前に腎機能低下や腎性高血圧を示唆する所見 が認められなくとも,短期間に腎動脈狭窄の進行を認める場合には,突然の腎機能廃絶に 至る可能性を考慮し,積極的に腹部大動脈と腎動脈の同時血行再建を施行すべきと考えら れた.(日血外会誌 9 : 729-733, 2000) 索引用語:腹部大動脈瘤,両側腎動脈狭窄,同時血行再建 心臓病センター榊原病院心臓血管外科(Tel : 086-225-7111) 〒 700-0823 岡山市丸の内 2-1-10 受付: 2000 年 7 月 17 日 受理: 2000 年 11 月 14 日以上,両側腎動脈入口部有意狭窄を合併した腹部大 動脈瘤と診断し,Y 字型人工血管置換術と両側腎動脈 への人工血管バイパス術を施行した. 手術所見:腹部正中切開にて開腹した.動脈瘤頚部, 左右総腸骨動脈および下腸間膜動脈を型の如くテーピ ングした.次に左腎静脈背側の左腎動脈を同定して, 剥離,テーピングした(Fig. 2a).引き続き,Kocher の授動術と横行結腸肝弯曲部を十分に授動した.下大 静脈を露出,テープにて牽引し,背側の右腎動脈の剥 離,テーピングを行った(Fig. 2b). ヘパリン 6000 単位(100 単位/ kg)を静注し,大動 脈を遮断した.末梢側吻合は左右総腸骨動脈にて行い, InterGardR 14× 7 mm の Y 字型人工血管を用いて置換 した.引き続き,左腎動脈の中枢側を遮断し,末梢側 に 4 ℃に冷却した腎保護液(ソルビトール添加乳酸リ ンゲル液 500 ml + ソルメドロール 125 mg + ヘパリン 2 ml)を 250 ml 注入した.腎動脈へのバイパスには, GelsoftR 6 mmの人工血管を用いて,端側吻合した. 右腎動脈に対しても同様の方法にて吻合し,最後に左 右腎動脈へのグラフトを Y 字型人工血管の本幹に吻 Fig. 1a Preoperative addominal CT revealed an infrarenal aortic
aneurysm 50 mm in diameter
Fig. 1b Preoperative angiography revealed that bilateral severe
renal artery stenosis (right : 90%, left : 75%)
Fig. 2a Operative findings of the exposure of the left renal
artery
Fig. 2b Operative findings of the exposure of the right renal
合した(Fig. 3).なお,腎動脈への血流遮断時間は左 24分,右 33 分であった. 術後経過:経過は良好で,術後 14 日目に測定した クレアチニンクリアランス値は 78.2 ml/min と術前よ り改善していた.また術後 21 日目に施行した腹部大 動脈造影では,腎動脈へのバイパスグラフトは左右と も良好な開存を認めた.しかし,右腎動脈は入口部に て完全閉塞しており,左腎動脈は入口部に 90% 狭窄 を認め,術前より狭窄の進行を認めた(Fig. 4).患者 は,術後 28 日目に軽快退院した.現在,外来にて経 過観察中である. 考 察 腹部大動脈瘤や閉塞性動脈硬化症などの動脈硬化性 大動脈疾患に対する術前血管造影により,腎動脈狭窄 症がそれらの副病変として発見される症例が本邦にお いても近年増加傾向にある.しかし,これらの症例に 対する大動脈と腎動脈の同時血行再建例に関する報告 は少なく,腹部大動脈瘤手術時に腎動脈再建を同時に 施行する頻度は 1.0%(13 / 1259 例)と報告され,こ のうち,両側腎動脈の同時再建例は 0.15%(2 / 1259 例)であり,極めて少ない1).これらの背景には,腎 血管性高血圧症に対する治療手段が,近年,アンギオ テンシン変換酵素阻害剤を中心とした強力な内服降圧 剤の登場や,経皮的血管拡張術(PTA)等の低侵襲的 治療法の発達,普及により多種,多様化してきている ことが少なからず影響しているものと考えられる.本 症例では両側腎動脈入口部に高度狭窄を呈していたに もかかわらず,術前腎機能はほぼ正常であった.しか し,(1)腹部大動脈瘤手術に対する半年の待機期間中 に両側腎動脈入口部狭窄が急速に進行したこと,(2) 多剤の内服降圧剤の併用によっても血圧のコントロー ルが不十分であったこと,(3)入口部の狭窄病変に対 しては PTA により十分な狭窄解除が期待できず,ま た高度狭窄に伴う低潅流条件下では再狭窄をおこす可 能性が高く,時に急性動脈閉塞から腎機能廃絶に至る 可能性が高い2)などの理由で,大動脈と両側腎動脈 の一期的同時再建に踏み切った. Williamsonら3)は,片側ないし両側腎動脈の高度 狭窄(70% 以上)合併例で,腎動脈再建を施行しな かった腹部大動脈および腸骨動脈領域に対する血行再 建群 32 例と,腎動脈狭窄を有さない同領域への血行 再建群 77 例の 2 群間で術後遠隔期予後に関する比較, 検討を行った結果,術後 7 年目の実測生存率に両群間 Fig. 3 Operative findings of the complete revascularization
Fig. 4 Postoperative angiography revealed that the bypass grafts
to the renal arteries were patent, but the right renal arteries occluded at the orifice and the left renal artery showed a 90% stenosis at the orifice
の有意差を認めなかったと報告している.また腎動脈 への血行再建を施行しなかった 32 例について術前と 術後遠隔期での比較,検討を行った結果,収縮期血圧 および内服降圧剤の必要量は術前に比べて,有意な増 加を呈したとする一方で,拡張期血圧及び血清クレア チニン値の増加は認めなかったと報告している.この うち,両側腎動脈の高度狭窄を呈した 8 例に関しては, 術後遠隔期に腎機能の悪化から透析導入を余儀なくさ れた症例は認めなかったと報告している.つまり,腎 動脈狭窄が緩徐に進行した場合,副腎,腎外膜,尿管, 腰動脈からの側副血行路が形成されるために,狭窄の 結果として必ずしも腎機能の廃絶に至るわけではない ことがこの報告2)からも示唆される.しかし,本症 例では手術待機期間 6 ヵ月の間に両側腎動脈の狭窄が 急速に進行し,術前の血管造影でも,有意な側副路形 成を認めておらず,放置すれば両腎の機能廃絶に至る 可能性が高いと考えられた.また,腎動脈狭窄を合併 した腹部大動脈瘤手術症例で術前に予め PTA を施行 した群 18 例と腎動脈再建を同時に施行した群 32 例と の間で比較,検討を行ったところ,両群間で手術時間, ICU滞在期間および在院日数において有意差を認めな かったという報告4)もあり,本症例において両側腎 動脈同時再建を同時に行ったことは妥当な治療手段と 考えられた. 腎動脈再建に使用するグラフトの選択としては,人 工血管と自家大伏在静脈との間に使用上の有意差はな いという報告5)と,腎動脈径が 4 mm 以下の場合は 静脈グラフトを使用したほうが有利であるという報 告6)もあり,議論の分かれるところである.我々は 自家大伏在静脈を人工血管と比較した場合,壁性状が 柔らかい分,容易に屈曲,蛇行する可能性があり,グ ラフトの急性期開存率を考慮した場合に不安を残すと いう考えから,基本的には人工血管を使用する方針と している.また,腎動脈再建時に腎保護液を注入する ことの是非に関して,腎動脈再建に要する時間が 40 分以内であれば特別な腎保護は不要であり,またアテ ローム塞栓症などの合併症を回避するためにもできる だけ単純遮断下での手術を行うべきであるとする意見 がある6).我々は,腎保護液を予め注入しておくこと で,吻合に時間を要したり,再吻合が必要となるケー スに遭遇した場合でも,術者が安心して手術操作に専 念できるという利点があると考え,今後も腎動脈への 血行再建を必要とする症例に対しては積極的に使用し ていく方針である. 結 語 両側腎動脈の入口部狭窄を伴った腹部大動脈瘤の一 例に対して,両側腎動脈と腹部大動脈の同時血行再建 を施行し,良好な結果を得た.本症例のように術前に 明かな腎機能の低下や腎性高血圧を示唆する検査所見 が認められなくとも,短期間に腎動脈狭窄の進行を認 める場合は,突然の腎機能廃絶に至る可能性があり, 積極的に腹部大動脈と腎動脈の同時血行再建を施行す べきと考えられた. 文 献 1) 松本興冶, 小久保光治, 広瀬 一 : 腹部大動脈瘤 の自然予後および腹部大動脈瘤手術の現況 ; わ が国の 1259 例の検討. 稲田 潔, 広瀬 一監修, 腹部大動脈瘤のすべて, へるす出版, 1991, pp.3-13. 2) 笹嶋唯博, 久保良彦, 西岡 洋他 : 腎動脈再建を 伴う腹部大動脈手術. 日心外会誌, 17 : 230-233, 1987.
3) Williamson, W. K., Abou-Zamzam, A. M., Moneta, G. L. et al. : Prophylatic repair of renal artery stenosis is not justified in patients who require infrarenal aortic reconstruction. J. Vasc. Surg., 28 : 14-22, 1998. 4) Ballard, L. J., Hieb, A. R., Smith, C. D. et al. :
Combined renal artery stenosis and aortic aneurysm : Treatment options. Ann. Vasc. Surg., 10 (4) : 361-364, 1996.
5) Ballard, L. J. : Management of renal artery stenosis in conjunction with aortic aneurysm. Seminars in Vascular Surgery, 9, 3 (September), 1996, pp.221-230.
6) 安田慶秀, 郷 一知, 松居喜朗他 : 腎動脈再建を
伴う腹部大動脈瘤手術. 手術, 45 (11) : 1665-1672, 1991.
Surgical Treatment of Abdominal Aortic Aneurysm
with Bilateral Renal Artery Stenosis
Genta Chikazawa, Takato Hata, Mitsuaki Matsumoto, Yoshimasa Tsushima, Souhei Hamanaka and Hidenori Yoshitaka
Department of Cardiovascular Surgery, Cardiovascular Center, Sakakibara Hospital Key words : Abdominal aortic aneurysm, Renal artery stenosis, Simultaneous reconstruction
Simultaneous reconstruction of an abdominal aortic aneurysm and bilateral renal artery stenosis (right : 90%, left : 75%) was performed succcessfully. Postoperative angiography of the abdominal aorta revealed that the
bypass grafts to the renal arteries were patent, but that the native right renal artery was occluded at the orifice and the native left renal artery showed a 90% stenosis at the orifice. These changes had progressed compared with the preoperative status. In a case of abdominal aortic aneurysm with severe renal artery stenosis, there is a danger that rapid progress of the stenosis can lead to sudden renal dysfunction. Thus aggressive stimulation reconstruction of the abdominal aorta and the renal artery is recommended. (Jpn. J. Vasc. Surg., 9 : 729-733, 2000)