医業類似行為の観念について
著者
高木 武
雑誌名
東洋法学
巻
9
号
1
ページ
74-81
発行年
1965-05
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007836/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja七 回
卒
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例 研 回b ;n, 東洋大学判例研究会公
法
判
例
研
究
九 医業類似行為の観念について ヘ最高裁判所昭和三八年(あ)第一八九八号同三九年五月七日小法 J 最高裁判所判例集第一八巻第四号一四四 /廷決定棄却あん摩師はり師きゅう師及び柔道整復師法違反事件﹂貰以下 ︻事実︼被告人は、昭和二六年九月一日から同月四日までの問、四回にわたり B 外 二 名 に 対 し 、 H S 式高周波器という器具を用 い る HS 式高周波療法と称する療術行為をした。第一容では被告人は、あん摩師、はり師、きゅう師及び柔道技復師法(以下たん に﹁法﹂という。)第一二条に違反するとされ、罰金一、 000 円、執行猶予三年を言渡された。これに対し、被告人は、右の行為 は、医業類以行為ではないと控訴したが、第二容でも法第一一一条に違反するとされた。そこで、被告人は、法釘一一一条は述尽(憲法 第二二条﹀であるとして、最高裁判所に上告した。最高裁判所は、右の療桁行為を医業類似行為と認定するには、﹁人の健康に害を 及ぼす反れがあるか否か﹂を判示しなければならないとして、政実差民をした(昭和三五年一月)。第二容(差戻後の﹀では右の療 術行為は﹁人の健康に害を及ぼす民れがある﹂として誌却した。ところが、被告人は、右判決は、事実誤認があり、法釘ご一条に いう﹁医栄類似行為﹂の内容が明確でなく述訟である(忠法灯三一条)ということをもって品目裁判所に上告した。同裁判所は、 事実誤認は上告理由にはならない。﹁医栄類似行為﹂については﹁法釘一二条は﹁何人も釘一条におげるものを除く外、医業類似行 為を栄としてはならない﹂と規定し、同法第一条におげるものとはあん序(マッサージおよび指圧を合む)、はり、きゅうおよび柔 道務復の四和の行為であるから、これらの行為は、何が医栄類似行為であるかを定める坊合の法咋となるものというべく、結局医 業類似行為の例示と見ることができないわけでない。それ故右法一二条が : j i -: 犯罪行為の明院性を欠くものと認められず。﹂と し て 、 棄 却 し た 。判示の結論を支持する。 本件の差一民判決(叩同一一信組⋮ト問一一)については、筆者はかつて、右の療術行為を医業類似行為と認定するには、そ の行為の性質上﹁人の健康に害を及ぼす虞れがあるか否か﹂を判示する必要はないとして、少数芯見とともに反対し ︻ 研 究 ︼ (﹁いわゆる療術行為を医業類似行為と認定するには﹁人の健康に害を及ぼす虞れがあるか否か﹂を判示しなければな らないか﹂法学新報第六七巻第二号七一頁以下﹀、 その後磯崎辰五郎教授も、より適確に、法の規定の上からも 反対された(磁崎辰五郎﹁街生法﹂一四一頁以下(有斐閣、法 律 学 全 然 回 ) ) が 、 こ の 差 一 民 判 決 は 、 医 業 類 似 行 為 の 取 締 り の 上 で も 大 き な 影 響 を 与 え ( 叩 刊 戸 一 4 間 一 筋 一 お 制 服 一 印 刷 広 畑 事宛と周年六月三百同局長発長崎県知事宛の通諜が出され、法も改正され﹁ぬペ医ぷ貝以一
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の兄念を反省させる機会をつ ん 摩 マ ッ サ ー ジ 指 圧 師 、 は り 師 、 き ゅ う 師 、 柔 道 整 復 師 等 に 関 す る 法 律 ﹂ と な っ 式 ﹂-Z
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くったとしても過言ではない。 ( 形 式 的 に ) 法の精神l
趣旨の上からも ( 実 質 的 に ) この差戻判決の趣旨は、憲法第二二条は、公共の福祉に反しない限り、職業の選択の自由を保障しているが、法第 一一一条が法第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為をしてはならないとし、これに違反したものを処罰するのは、 医業類似行為が公共の福祉に害を及ぼす虞があるからであり、 法が医業類似行為を禁止処罰するのも、 ﹁人の健康に 虫口を及ぼす成れがある﹂業務行為に限定する趣旨としなければならない。 したがって右の療術行為を、 医業類似行 為と認定するのには、右の療術行為が﹁人の健康に害を及ぼす成れがあるか否か﹂を判示しなければならない。原判決 はこれをしなかったから、法の解釈を誤った違法があるか理由不備の違法があるとして、破棄差戻した。これに対し て、小数意見は、その必要はない。人の健康に害を及ぼす隠れがあるか否は一概にはいえず、法は、画一的にこの種 公 法 判 例 研 究 七 五七 六 の行為を禁止処罰する趣旨であるとし、又反対意見は無害でも弊害があるとする。差戻判決によれば、医業類似行為 は、禁止処罰されるもの、すなわち﹁人の健康に害を及ぼす成れがある﹂もの(届出医業類似行為)と、禁止処罰され ないもの、すなわち﹁人の健康に害を及ぼす虞れがない﹂もの(放任行為)があるとすることができる。少数意見に よれば、医業類似行為は、すべて一応﹁人の健康に害を及ぼす虞れがある﹂ものであり、禁止処罰されるものだけに なる。又この差戻判決に反対する評釈をする立場(磯崎教授小生)では医業類似行為は二応すべて﹁人の健康に害を及 ぼす虞れがあるものであり、禁止処罰されるものであるとすることができ、放任行為は認められないとなる。この判 決について、﹁都道府県において医薬夜行為の取扱いについてき識が生じているやに聞き及んでいる﹂(附⋮摺
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)
(向上﹀や﹁いわゆる無届医業 として厚生省は、 ﹁いわゆる無届医業類似行為に関する最高裁判所の判決について﹂ 類似行為業に関する最高裁判所の判決について﹂ (前掲四六七号)の通諜を特別に出した。前者においては、この判決 があん摩、はり、きゅう及び柔道整復(施術行為)の業や届出医業類似行為(法郊一九条第一項)栄には関係がなく、手 技、温熱、電気、光線、刺戟などの療術行為業に関係があり、禁止処罰の対象となるのは、 ﹁人の健康に害を及ぼす 恐れのある﹂業務であり、実際に処罰されるには、その療術が﹁人の健康に容を及ぼす恐れがある﹂ことが認定され なければならないとしていることを明らかにし、後者においては、前者と同様に、判決が法第二一条にいう医業類似 行為に関するもので、 H S 式療法が無害であるとされ無罪となったことでないことを強調している(なお長崎県の照会 には、届出済の業者でも取締をのがれるために、廃業問けをする者も考えられるとする)。とりわけ、こうした通謀が発され、 判旨を明白にし又は強調しているところには、医業類似行為の観念が、 いかに一般的には殴昧模糊であることを示しているとしてもいいであろう。 一体、医業類似行為とはどんなことであるのか。筆者は、かつて本誌において﹁医する行為﹂すなわち医療行為を 医行為(診療﹀、歯科医行為(歯科診療)、施術行為(あん摩師などの行う)と療術行為に分け、療術行為を医業類似行為と した(第五巻第一号)が、これによると、医業類似行為とは、疾病の治療又は保健を目的として、器具
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器械、物、四 股又は精神力をもって行う医療行為であり、医師(医行為)、歯科医師(歯科医行為)、あん摩師、 マ サ l ジ師(昭和三九 年の改正により)指圧師、はり師きゅう師及び柔道整復師ハ施術行為)がそれぞれの資格で行う医療行為に印刷さない行 為であるとすることができる。なるほど、 ﹁医業類似行為﹂を文字通り解すれば、医業に類似する行為であるからあ ん摩師などが行う施術行為、あん摩などがその資格でなく行ない又は届出た者が行う届出の医業類似行為とそして人 医業類似行為になる。しかし、 第一四)により又実態によっても医業類似行為と区別されている(参照・岩波法律学小辞典一 O 頁、厚生省﹁医制八十年史 の生命に対する危険がない放任行為が、 あん摩師などが行う施術行為は、法(第一条 二二六頁以下﹀から、医業類似行為とは、いわゆる療術行為と放任行為をさすとすることができる。さらに、差戻判決 に対する少数意見や反対説又は反対意見からすれば、放任行為は、考えられないから、医業類似行為とは、療術行為 (免許又は届出の医業類似行為﹀であるとしなければならない(小数意見は﹁人の健康に害を及ぼす虞れがあるかないかは、療 治 を う け る 対 象 た る ﹁ 人 ﹂ の 如 何 に よ っ て ち が っ て く る 。 またそれは療治の実施の﹁方法﹂の如何にもかかっている。いわんや石 坂 裁 判 官 の 反 対 立 見 │ 無 害 な 行 為 に つ い て も 他 の 弊 害 が 存 す る に お い て お や と す る ﹀ 。 本件上告趣意は、法第一二条第一四条の規定は違憲である。憲法第三一条は、罪刑法定主義を明示し、法第一 公 法 判 例 研 究 七 七七 人 一一条は﹁何人も第一条に拐げるものを除く外、医業類似行為をしてはならない﹂と規定しているが、一体この医業類似 行為とは如何なる行為を指しているのか甚だ暖昧模糊としたものである。法第二一の医業類似行為の内容を明確に規 定しなければ憲法の罪刑法定主義に反する。当初本件において検察官や裁判官からその訴因を間違った。最初の起訴 適条は、法第一条第一四条第一号であったが、予備的起訴の適条は同法第二一条、第一四条第二号になっていたとす る。罪刑法定主義は、いうまでもなく、いかなる行為が犯罪行為であるかということと、その犯罪についていかなる刑 罰を加えるかは、法律によってのみ定められなければならないという主義 ll 主 張 で あ る ( 蛾 篠 山 氏 . 助 一 部 訪 問 ) 。 大 切 な 、 、 、 、 、 のは、法律によってのみ、あらかじめ定められていなければならないことであるハ同辞典にはこの点は、強制されていない J 。 この主義は近世初頭においては、特に強調されたが、全体
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社会主義の拾頭とともに、その絶対性が失なわれた ハ ド イ ツ 旧 刑 法 第 二 条 や ソ 連 刑 法 第 一 六 条 は 、 明 文 で 刑 罰 規 定 の 類 推 解 釈 を 許 し て 、 否 定 的 で あ る ) 。 わが旧刑法第二条は﹁法律に正 条なき者は何等の所為と離も之を罰することを得ず﹂と規定していたが、現行刑法は、こうした積極的な規定をもた ﹁日本国民は法律に依るに非ずして逮捕監禁容問処罰を受く ない。しかし一八八九年の大日本帝国憲法第二一条は、 ることなし﹂と規定し、現行の日本国憲法第三一条は、この主義を認めている(向上辞典同瓦﹀。さきの上告趣旨からみ て、ここで問題であるのは、いかなる行為が犯罪行為であるかということを法律がどの程度又はどのようにあらかじ め規定しなければならないかということである。なるほど、法は、医業類似行為については、それが、どのようなも のであるかは規定してはいない。わずかに、 ﹁何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を栄としてはな らない﹂とし、医業類似行為を業とすることができるものを、例外的に示して、それ以外のものに、これを栄とすることを禁止している。法第一条に掲げるものは、あん摩師、 マッサージ師、指圧師、はり師、きゅう師及び柔道整復 師であり、これ以外のもの(医師や歯科医師は別﹀は、医業類似行為が禁止されているのである。そして法第一四条は、 こうした禁止に違反した者に対して、罰金ハ五 000 円以下)を科すとしている。この程度に又はこのようにある行為 が犯罪行為であるかということを規定していることは、罪刑法定主義に反するとは考えられない。勿論具体的にいか なる行為が犯罪行為であるかということを明文であらかじめ規定することは、罪刑法定主義の趣旨に合することはい うまでもなく、法規は、ときには、そのように、ある行為を定義する場合もある(例・売春防止法釘二条破壊活動防止法 第四条など)。しかし一般的には、そこまでは、規定しない場合が多い(盟抗野間矧同一詰引いりも)。又行政法規 は一般的にそうであるが、医業類似行為(免許又は届出﹀の療術方法は、法の予想できるところではなく、方法は療術 にとっては要素的であり、方法は、定義に密接な関係があり、これ(医業類似行為)を定義することは不可能でもあり、 できたとしても、定義することによって、人の生命に危険がある行為でも、定義からもれたために、取締りの対象に ならず、その結果、その行為が放任される場合もおり、罪刑法定主義に忠実なため(?)定義されることにより、か えって、その主義や法の趣旨は没却される恐れもある(差戻判決によっても、医業類似行為が﹁人の健康に害を及ぼす民れが あ る か 否 か ﹂ 判 断 さ れ る ま で は 、 放 任 さ れ る ﹀ 。 又 こ の 主 義 の 内 容 は 、 一般には、刑罰規定は、の法律にのみよって定めら れ(例外憲法第七二条六号)、@遡及効がなく、の類推解釈が許されず、@刑罰には広範囲の不定期刑が許されないどと されている。こうしてみると、上告趣意は、罰刑法定主義やこれからする違憲の問題とは、ほど速いものであると、 ためらわずにいうことができる。なお、訴因の問題であるが、公訴事実の同一性を害されない限り、起訴状に記我さ 公 法 判 例 研 究 七 九
l¥. O れた訴因を、追加、撤回又は変更することができる ハ 刑 訴 法 第 三 二 一 号 第 一 項 ) 。 公訴事実の同一性には、 わが国には 自然的同一説(判例本件判示)と訴因共通説が考えられるが(平野竜一﹁刑事訴訟法﹂一三八頁以下・法全学全集
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本件 の場合は、いずれの説からも同一性が認められるからであろう。したがって、検察官や裁判官の訴因に対する態度が 一貫しないとしても、それは、法の規定が罪刑法定主義に反する左証とすることはできない。 だが、しかし法第二一条の規定は、医業類似行為を業とすることができるもの、すなわち禁止されていないもの を、示しているにすぎないとも解される。施術行為以外には、医療行為を分けてこれが診療であるとか歯科診療であ るとか又療術行為であるとか客観的に行為自体を積極的に区別する基準はない。あるとしても、施術行為を含めて人 の生命に対する危険の程度による区別であり、又、むしろ誰が行うかによって決定される(医師が行うから診療であり、 歯科医師が行うから歯科診療であるとされる)区別があるとしかいえない。したがって、判示のいうように、法第一条に掲 げるものとは:::四程の行為であるから医業類似行為を定める基準とならなければならず、とするには、 、 、 、 、 ちょする。それは、できるものを例外的に示したとしても、それが、医業類似行為をできるものを示したにすぎず、 一 寸 ち ゅ う まして誰によって行われるかにより、つまり行為主体によって医療の行為の種類が区別されるとすればこれらの療術 行為を医業類似行為であるかを定める基準となるべしとはいえまい、と考えるからである。さらに、判示は﹁結局医業 類似行為の例示と見ることができないわけでない﹂とするが、文脈上、この文章の主語は、﹁これらの施術行為﹂である としか考えられない。もしそうだとすると、施術行為は、医業類似行為の一つでもあろうとしているとも思われる、こ の点、判示は、施術行為と医業類似行為を混同しているか又は文字通り広く医業に類似する行為を医業類似行為としているとしなければならない。したがって、この意味においては、判示は、矛盾もあるように思われる。とりわけ、 施術行為を、医業類似行為を定める基準であるとし、施術行為と医業類似行為を区別していそうで、今度は、その例 であるとして、その区別をしていないと思われるところに、杜撰のそしりをまぬがれまい。判示は罪刑法定主義は、 素朴に法一二条の規定の程度でも認められるとしなければならなかったと思われる。 ※法は、昭和三九年六月三