著者
相川 修
著者別名
AIKAWA, Osamu
雑誌名
白山法学
号
13
ページ
1-22
発行年
2017-03-17
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00008535/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止
http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja
抵当権価値権論に関する一考察
相 川 修
Ⅰ はじめに
Ⅱ 判例・学説
1 判例理論の変遷
( 1 ) 最高裁判決平成 3 年 3 月22日(民集45巻 3 号268頁)
( 2 ) 最高裁判決平成11年11月24日(民集53巻 8 号1899頁)
( 3 ) 最高裁判決平成17年 3 月10日(民集59巻 2 号356頁)
( 4 ) 小括
2 学説の変遷(平成11年大法廷判決を起点とした学説の推移)
① 明渡し請求権否定説
② 明渡し請求権肯定説
Ⅲ 結びに代えて
Ⅰ はじめに
わが民法は、財産編において、物権と債権との権利概念をもとに種々の
権利につき法律要件及び法律効果を規定する。物権編においては、所有権
を初めとする 9 つの本権に、他の物権の権利に比べると、その淵源が沿革
的な影響を受けているため、やや法的性質の異なる占有権
(1)をこれに加え、
その上で物権法定主義を採用している。ところで、抵当権は、講学上は、
使用、収益、処分からなる所有権に基礎をおく権利であり、その通有性に
関する分類の基準により、他物権であるとか制限物権であるとか、あるい
は担保物権であり、その中でも約定担保物権である等々の説明がなされ
る。
ところで、これらの物権の侵害に対しての対応として物権的請求権は存
在するが、物権的請求権は、その法的性質からして、明文上の規定を有さ
ず、その法律要件及び法律効果も解釈から導き出されたものである
(2)。筆者
は、担保物権を中心に、近代的抵当権論に関する研究を主にフランス法に
ついて行ってきた
(3)。ところで、ここにわが民法の抵当権に焦点を移せば、
ここ十数年の間に、その実体法上の争点に関して、多くの研究がなされ、
多くの判例法が集積され、判例法の変遷を受け、担保・執行法改正のかた
ちで、多くの担保法上の争点が収束したのは周知の事実である
(4)。その争点
の中の一つであった法定地上権に関する諸問題、筆者は、前稿において、
その一部について検討を行った。その他にも、抵当権に基づく物上代位に
関する様々な争点、そして抵当権侵害を理由とする妨害排除請求権につい
ての問題等々が存在した。筆者は、かつて、この後者の争点についての小
論を執筆し、その中で判例変更の可能性について言及し、初校時に判例を
変更する大法廷判決に触れて、辛うじて注の中に紹介するに留まったこと
があったのである。そこで、本稿は、抵当権に基づく妨害排除請求権につ
いて、前稿以降の判例・学説の推移を鳥瞰し、争点に関する到達点を精査
し、その上でなお残存する若干の問題点を指摘しようとするものである
(5)。
注 ( 1 ) 紙幅の制約により、本稿は、本文及び注についても最少限の記載を心掛けると 共に、本稿が小論となることをご寛恕いただきたい。なお、占有権の沿革について は、ゲルマン法とローマ法的なものが混希的な性質を有するというのが基本書的な 説明になる。 ( 2 ) 内田貴『民法Ⅰ〔第 4 版〕』367頁以下(東京大学出版会、2006年)から引用す れば、「…そこで民法は、こうした機能を所有権を根拠に認めた。もっとも、認め たといっても民法典に規定はない。しかし、この機能の存在は当然の前提と解され ている。なぜなら、これを認めないと、所有権があるといっても余り意味がなくな るからである。民法に規定がないとはいっても、手掛かりになり規定が全くないわ けではない。189条 2 項や202条 1 項には「本権の訴え」という表現が出てくるし、 191条には「回復者」という表現がある。ここからも民法が物権的請求権を前提と していることはわかる。」とし、本稿の対象である妨害排除請求権の法律要件は、「所有権の行使が占有喪失以外の事情によって権原なく妨害されることである。」と する。 ( 3 ) 拙稿「フランス法と抵当制度」『名古屋経済大学法学部開設記念論集』所収、 「一九世紀フランスの判例法にみる抵当制度―公証人介在の証書による抵当権の流 通性の問題を中心にして―」『民法学の新たな展開』所収、「フランス民法典抵当権 規定における公証人慣行の役割―フランス抵当制度と公証人慣行の役割研究その 1 ―」名経法学第 5 号、「フランス抵当制度論の到達点と課題」早稲田法学第74巻第 3 号、「1976年の法律における公証人慣行の役割―フランス抵当制度と公証人慣行 の役割研究その 2 ―」名経法学第 8 号、「一九世紀の判例法における公証人慣行の 役割―フランス抵当制度と公証人慣行の役割研究その 3 ・完―」名経法学第 9 号 等々である。 ( 4 ) 拙稿「法定地上権に関する一考察」白山法学12号 1 頁以下(2016年)。 ( 5 ) 拙稿「短期賃貸借」『現代の都市と土地私法』所収(有斐閣、2000年)160~ 179頁。当時の原稿のまとめの部分を引用しておこう。「ここまでの検討をもとに、 本問題の今後の展望について簡単に触れておこう。最近の研究は、「詐害的賃借 権」を析出し、これを「正常な賃借権」と区別し、短期賃借権保護規定の適用を排 除する傾向にある。その「詐害的賃借権」の析出基準、その排除方法などについて は、なお議論の余地があろう。しかし、この短期賃借権の類型化という考え方は、 要するに、同規定の適用にふさわしくない賃借権を排除していく、という考え方で あり、言い換えれば、いかなる類型の賃借権が同条の保護に値するか、という積極 的価値判断に基づくものである必要があろう。この利益衡量に裏づけられた類型化 の作業によって、今後の解釈論の方向性も定立されることになろう。また、この類 型化によって、ある類型の賃借権は、同保護規定ではその保護が完全ではないとの 疑念も当然生ずるかもしれない。これは立法論の領域の問題であり、本稿の射程外 であるので、以下、解釈論の水準での、この類型化の問題の展望を、ごく簡単にま とめておくこととする。」 すでに検討したように、本課題の短期賃借権は、おおよそ、以下の 3 類型に分類 されることは明確であろう。すなわち、①抵当権者がその賃貸を予測できるような 建物(とくに、共同住宅)に関する居住目的の賃借権、②占有を伴わない担保目的 の賃借権のような、競売開始決定時に、占有を欠いている賃借権、③①、②に含ま れないその他の賃借権であり、利用目的のもの、詐害的なものなどであろう。 さて、これらの類型に対して、どのような解釈が可能であろうか。その基本線
は、①については、旧借家法 1 条の 2 、 2 条の適用を認めることにより、602条の 期間を超えた保護が可能であろう。賃貸借の内容が合理的であることがこの保護の ためには必要である。②については、最近の学説・裁判実務が形成しつつある合意 により、短期賃借権の保護規定は適用されず、競落により、当然、賃借権の登記、 仮登記は抹消される。③については、更新に関し、旧借家法の適用を否定するか、 肯定する場合は、更新拒絶には正当事由で判断し(借家の場合)、また、長期賃借 権となって対抗できない(借地の場合)、となるであろう。そして、短期的には、 こうした方向性で、この問題の解決がはかられていくことになろう。 ところで、この学説・判例によって形成されつつある合意に加えて、立法論がら みで、短期賃借権保護制度そのものの廃止論も存在する。したがって、中・長期的 には、上記の方向性のほかに、立法論として、この制度の廃止、あるいは、学説・ 判例の合意に基づいた一部改正が行われる可能性は否めまい。さらには、新聞報道 によると、本制度の適用が争われた事件の上告審につき、最高裁判所は、この事件 を大法廷に回付し、口頭弁論を開いた。このため、最高裁判所は、その判例法(最 判平成 3 ・ 3 ・22民集45巻 3 号268頁)を変更するのではないかと観測されてい る。本年末ないし来年早々にくだされる予定の本最高裁判決にも注目したい。同事 例は、原告が根抵当権に基づき、不動産競売を申し立てた事例である。被告は、こ の建物を賃借していたため、原告が建物の明渡しを求めていた事件である。第 1 審 (名古屋地判)、原審(名古屋高判)ともに、原告の請求を認容したため、被告が上 告したものである。なお、前掲最判平成 3 年判決は、この問題につき、明渡請求を 否定し、引渡命令(民執法)で、賃借人の排除の可能性を指摘した判決である。内 田貴「抵当権と短期賃借権」星野英一編『民法講座 3 物権( 2 )』(有斐閣、1984 年)212頁以下、吉田・前掲注( 1 )737頁以下参照。平成11年大法廷判決直近の最 近の廃止論については、阿部泰隆=上原由起夫「短期賃貸借保護廃止の提案」 NBL667号45頁以下、抜本的改正論については、久米良昭=福井秀夫「短期賃貸借 保護の法と経済分析」NBL670号58頁等参照。直近の拙稿でも触れたが、2008年か ら 7 年間の間、悪性腫瘍と闘った妻と母の闘病を支え、母、妻の順に相次いで二人 を看取った。この個人的な事情で研究活動は停滞し、周囲の方々にご心配とご迷惑 をお掛けする結果となった。本稿は、時機を失してしまってはいるが、前稿同様 に、筆者の研究活動の整理と今後の展開のための小論であることをご理解いただけ れば幸いである。旧短期賃借権保護規定の制度趣旨については省略する。詳細につ いては、前掲、内田175頁以下、同『抵当権と利用権』(有斐閣、1982年)21頁以
下、吉田克己「13民法395条(抵当権と賃借権との関係)」『民法典の百年Ⅱ』(有斐 閣、1998年)691頁以下などを参照されたい。
Ⅱ 判例・学説
1 判例理論の変遷
( 1 ) 最高裁判決平成 3 年 3 月22日(民集45巻 3 号268頁
(6))
(事実の概要)
A は、B からの借受金の担保として自己所有の土地・建物(以下、「本
件土地・建物」とする。)に抵当権を設定した。A は、本件土地・建物に
C 及び D のために賃貸借を設定(以下、「本件賃貸借」とする。)したが、
この本件賃貸借は二重に設定されていた。C の本件賃借権は、C から
Y 1 、Y 1 から Y 2 へと転貸借(以下、「本件転貸借」とする。)がなさ
れ、その結果、本件訴訟の時点では、Y 2 が本件土地・建物を占有してい
た。なお、これら本件賃貸借及び本件転貸借は、いずれも期間が 3 年、か
つその旨の仮登記を経由していた。従って、民法の旧395条本文が規定し
ていた、いわゆる短期賃貸借に該当するものといえる。
ところで、A の連帯保証人 X は、A が C 及び D のために賃貸借を設定
し、これらが転貸借されるまでの間に、A の B に対する前記借受金債務
を弁済し、その結果、B の前記抵当権を取得したとして、その旨の付記登
記を経由すると共に、以下のような訴訟を提起した。その内容は、A・
C・D を共同被告とする、A と C 及び D との間でされた本件賃貸借の解
除請求(旧395条ただし書)、Y 1 ・Y 2 を被告とする、A・C・D に対す
る解除判決の確定を条件とする、C から Y 1 、Y 1 から Y 2 へとなされた
本件転貸借を原因とする仮登記の抹消請求、Y 2 を被告とする本件建物の
明渡請求である。
一審(大阪地裁)は、X のこれらの請求をすべて認容した。このため、
Y 等が控訴したので、X は、A・C・D に対する解除判決の確定を条件と
して、A の Y 2 に対する明渡請求権による代位行使請求を前記請求に選
択的に追加した。原審は、Y 2 に対する請求を棄却したが、A の Y 2 によ
る代位行使請求については認容した。Y 等が上告。上告審で特に取り上げ
られたのは、Y 2 を被告とする本権建物の明渡請求ないし A の Y 2 によ
る代位行使請求についてである。
(判旨)
「抵当権は、設定者が占有を移さないで債権の担保に供した不動産につ
き、他の債権者に優先して自己の債権の弁済を受ける担保権であって、抵
当不動産を占有する権原を包含するものではなく、抵当不動産の占有はそ
の所有者にゆだねられているのである。そして、その所有者が自ら占有し
又は第三者に賃貸するなどして抵当不動産を占有している場合のみなら
ず、第三者が何ら権原なくして抵当不動産を占有している場合において
も、抵当権者は、抵当不動産の占有関係について干渉し得る余地はないの
であって、第三者が抵当不動産を権原により占有し又は不法に占有してい
るというだけでは、抵当権が侵害されるわけではない。」
「いわゆる短期賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすものとして民法三九五
条ただし書の規定により解除された場合も、右と同様に解すべきもので
あって、抵当権者は、短期賃貸借ないしこれを基礎とする転貸借に基づき
抵当不動産を占有する賃借人ないし転借人(以下、「賃借人等」という。)
に対し、当該不動産の明渡しを求め得るものではないと解するのが相当で
ある。…要するに、民法三九五条ただし書の規定は、本来抵当権者に対抗
し得る短期賃貸借で抵当権者に損害を及ぼすものを解除することによって
抵当権者に対抗し得ない賃貸借ないしは不法占有と同様の占有権原のない
ものとすることに尽きるのであって、それ以上に、抵当権者に賃借人等の
占有を排除する権原を付与するものではなく(もし、抵当権者に短期賃貸
借の解除により占有排除の権原が認められるのであれば、均衡上抵当権者
に本来対抗し得ない賃貸借又は不法占有の場合にも同様の権原が認められ
ても然るべきであるが、その認め得ないことはいうまでもない。)、前記の
引渡命令又は判決に基づく占有の排除を可能ならしめるためのものにとど
まるのである。」
「したがって、抵当権者は、短期賃貸借が解除された後、賃借人等が抵
当不動産の占有を継続していても、抵当権に基づく妨害排除請求として、
その占有の排除を求め得るものではないことはもちろん、賃借人等の占有
それ自体が抵当不動産の担保価値を減少させるものではない以上、抵当権
者が、これによって担保価値が減少するものとしてその被担保債権を保全
するため、債務者たる所有者の所有権に基づく返還請求権を代位行使し
て、その明渡しを求めることも、その前提を欠くのであって、これを是認
することができない。」
平成11年の大法廷判決までの判例法であった本判決は、抵当権に基づく
物権的請求権を認容した第 1 審判決、債務者の占有者に対する物権的請求
権、これに抵当権者が被担保債権を被保全権利として債権者代位権を行使
することを認めた原審に対して、いずれの請求も認めない判断をしたので
ある。その根拠は、改正された旧395条ただし書の解除は、賃借権を消滅
させるにとどまり、「更に進んで、抵当不動産の占有関係について干渉す
る権原を有しない抵当権者に対し、賃借人等の占有を排除し得る権原を付
与するものではない」という点にあった。この判例は、抵当権者が競売前
に濫用型賃借権に基づく占有を排除する手段を奪ったのである
(7)。
注 ( 6 ) 主だった判例評釈を掲げておこう。石田喜久夫「短期賃貸借の解除と抵当権者 の明渡請求の可否」ジュリ臨時増刊1002号64頁、滝澤孝臣「民法395条ただし書の 規定により解除された短期賃貸借ないしこれを基礎とする転貸借に基づき抵当不動 産を占有する者に対する抵当権者の明渡請求の可否」最高裁判所判例解説民事篇平 成 3 年度79頁、山田文「民法395条ただし書の規定により解除された短期賃貸借な いしこれを基礎とする転貸借に基づき抵当不動産を占有する者に対する抵当権者の 明渡請求の可否」法学56巻 2 号、生熊長幸「短期賃貸借の解除と抵当権者の明渡請 求(連続企画 最近の担保判例とその評価)」法時63巻 9 号44頁、生熊長幸、伊藤進、甲斐道太郎、賀集唱、鎌田薫、椿寿夫、堀龍児、山野目章夫「〔シンポジウ ム〕特集 最近の担保判例とその評価:最二小判平成 3 ・ 3 ・22をめぐって(その 3 )」法時63巻 9 号54頁、「(資料)短期賃貸借契約解除等請求事件 最二小判平 3 ・ 3 ・22」NBL471号10頁、加登屋健治「民法三九五条ただし書の規定により解 除された短期賃貸借ないしこれを基礎とする転貸借に基づき抵当不動産を占有する 者に対する抵当権者の明渡請求の可否」判タ790号38頁(平成 3 年度主要民事判例 解説)、椿寿夫「判例評釈 第 4 章 担保 (32)抵当権者による不法占拠者への明 渡請求の可否(戦後50年特集 戦後金融判例50戦)」金法1433号84頁、円谷峻 「( 3 )詐害的賃貸借と抵当権者の明渡請求 担保(民法判例レビュー34)」判タ765 号77頁、佐久間弘道「抵当権者の濫用的短期賃借権者に対する占有排除について ――最近の 2 つの最高裁判決を中心に――」金法1297号11頁、鈴木正和「抵当建物 の明渡請求否定判決と実務対応の問題点(銀行実務と民事裁判258)」判タ754号61 頁、吉田光碩「詐害的短期賃貸借への対応(銀行実務と民事裁判260)」判タ756号 97頁、小杉茂雄「(民法)民法395条但書により解除された短期賃借人に対する抵当 権者の明渡請求〈時の判例〉」法教133号92頁、高木多喜男「(民法) 2 民法 三九五条但書の規定により解除された短期賃貸借ないしこれを基礎とする転貸借に 基づき抵当不動産を占有する者に対する抵当権者の明渡請求の可否〈判例セレク ト ’91〉」法教別冊附録138号21頁。なお、紙数の関係上、雑誌の刊行年は省略する。 ( 7 ) この判例法のあと、執行実務及び裁判所は、以下のような展開をみせた。①利 用実態の伴わない短期賃貸借には引渡命令を出し、これにより濫用型短期賃貸借権 を排除すること、②平成 8 年及び平成10年の民事執行法改正による、保全処分に よって濫用的な占有者を排除すること、③執行妨害が目的の短期賃貸借と認定され ている事案で、期間満了時に賃借人が明け渡さないことが明らかであるとし、短期 賃貸借の期間満了前に、期間満了時の明渡しを求める将来の給付の訴えを買受人が 提起し、これを認めた最高裁判決(最判平成 3 年 9 月13日判時1405号51頁)、④旧 395条ただし書の解除により、賃貸借関係が賃貸人との関係でも終了することを認 め、賃貸人から賃借人に対する明渡請求を認容した最高裁判決(最判平成 6 年 3 月 25日判時1501号107頁)、⑤抵当権実行による差押えの効力発生後に更新された短期 賃貸借について、旧395条ただし書による解除(抵当権者に対抗できない賃貸借の 解除請求は、従来、認めていなかった)を肯定した最高裁判決(最判平成 8 年 9 月 13日民集50巻 8 号2374頁)等々である。内田貴『民法Ⅲ[第 4 版]』(東京大学出版 会、2006年)436~437頁参照。
( 2 ) 最高裁判決平成11年11月24日(民集53巻 8 号1899頁
(8))
(事実の概要)
X(原告・被控訴人・被上告人)は、A が所有する土地・建物(以下、
「本件土地・建物」とする。)に抵当権の設定を受けて、2,800万円を貸し
付けた。一方、Y ら(被告・控訴人・上告人)は、A・B 間でなされた賃
貸借契約に基づき、B より本件建物を転借した旨を主張していた(A・B
間の賃貸借契約は、B が書類を偽造した無効な契約であったことが後に判
明する。)。A が債務の弁済を怠ったため、X は、抵当権の実行を申し立
てた。しかし、Y らが本件土地・建物を占有しているため、買受希望者が
現れず、競売手続が進行しなかった。そこで、X は、貸金債権を保全する
ため、A が所有権に基づいて Y らに対して有する妨害排除請求権を代位
行使し、本件建物を X に明け渡すように求めた。 1 審(名古屋地判平成
7 ・10・17)、原審(名古屋高判平成 8 ・ 5 ・29)ともに X の請求を認容
した。Y らが上告及び上告受理申立て
(9)。
(判旨)上告棄却
「抵当権は、競売手続において実現される抵当不動産の交換価値から他
の債権者に優先して被担保債権の弁済を受けることを内容とする物権であ
り、不動産の占有を抵当権者に移すことなく設定され、抵当権者は、原則
として、抵当不動産の所有者が行う抵当不動産の使用又は収益について干
渉することはできない。
しかしながら、第三者が抵当不動産を不法占有することにより、競売手
続の進行が害され適正な価額よりも売却価額が下落するおそれがあるな
ど、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の
行使が困難となるような状態であるときは、これを抵当権に対する侵害と
評価することを妨げるものではない。そして、抵当不動産の所有者は、抵
当権に対する侵害が生じないよう抵当不動産を適切に維持管理することが
予定されているものということができる。したがって、右状態があるとき
は、抵当権の効力として、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対し、その
所有する権利を適切に行使するなどして右状態を是正し抵当不動産を適切
に維持又は保存するよう求める請求権を有するというべきである。そうす
ると、抵当権者は、右請求権を保全する必要があるときは、民法423条の
法意に従い、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使する
ことができると解するのが相当である。
なお、第三者が抵当不動産を不法占有することにより抵当不動産の交換
価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難になるよう
な状態があるときは、抵当権に基づく妨害排除請求として、抵当権者が右
状態の排除を求めることも許されるものというべきである。
最高裁平成元年(オ)第1209号同 3 年 3 月22日第二小法廷判決・民集45
巻 3 号268頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。」
「X は、…右請求権を保全するために、A の Y らに対する妨害排除請求
権を代位行使し、A のために本件建物を管理することを目的として、Y
らに対し、直接 X に本件建物を明け渡すよう求めることができるものと
いうべきである。」
事案は、抵当権者が競売の申立てをなしたが、第三者の抵当不動産に対
する不法占拠が原因で競売期日に入札する者がなく、その後競売手続が進
行しないため、抵当権者が抵当不動産の所有者の不法占拠者に対する妨害
排除請求権を代位行使することを求めた事例である。最高裁判決(最大判
平成11・11・24民集53巻 8 号1899頁)は、抵当不動産の交換価値が妨げら
れ、抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難になるような状態であるとき
には、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対し、その状態を是正し、抵当
不動産を適切に維持または保存するよう求める請求権を有し、その保全の
必要があるときは、民法423条の法意に従い、抵当権者は、所有者の不法
占有者に対する妨害排除請求権を代位行使し、不法占拠者に対し、直接抵
当権者に建物を明け渡すように求めることができると判示した。そのうえ
で、傍論ながら、抵当権に基づく妨害排除請求として、抵当権者がその状
態の排除を求めることも許されるとの判断も示している
(10)。
注 ( 8 ) 最高裁判所が大法廷を開き口頭弁論を行うことにより、判例変更が予想され、 その点についてテレビ報道もされていた。その意味では、ある分は予想された判決 内容、ある部分は想定以上の内容を含むものであった。以下が平成11年の大法廷判 決についての主な判例評釈であるが、その夥しい数の多さは関心の高さを反映して いよう。渡辺達徳「抵当権者による抵当建物明渡請求訴訟の最高裁大法廷判決」法 セ543号111頁、角紀代恵「抵当権者による不法占有者の排除に関する大法廷判決に ついて」法教234号44頁、梶山玉香「抵当不動産の不法占拠者に対する明渡請求」 法時72巻 7 号75頁、小杉茂「抵当権者による抵当不動産所持者が不法占有者に対し て有する妨害排除請求権の代位行使」金法1588号26頁、石口修「( 1 )抵当権者が 抵当不動産の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することの可 否、( 2 )抵当権者が権利の目的である建物の所有者の不法占有者に対する妨害排 除請求権を代位行使して直接抵当権者に建物を明け渡すよう求めることができると された事例」新報106巻11=12号207頁、斉藤和夫「( 1 )抵当権者による抵当不動 産の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権の代位行使、( 2 )抵当権者によ る妨害排除請求権の代位行使における直接の明渡請求」リマークス22号22頁、高橋 智也「不法占有者に対する抵当権者の妨害排除請求の可否」熊法98号、松岡久和 「抵当権に基づく不法占拠者に対する明渡請求」別冊ジュリ159号178頁、生熊長幸 「抵当権者による目的不動産の不法占有者に対する明渡請求」ジュリ臨時増刊1179 号71頁、八木一洋「一 抵当権者が抵当不動産の所有者の不法占有者に対する妨害 排除請求権を代位行使することの可否 二 抵当権者が権利の目的である建物の所 有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使して直接抵当権者に建物を明 け渡すよう求めることができるとされた事例」最高裁判所判例解説民事篇平成11年 度833頁、八木一洋「( 1 )抵当権者が抵当不動産の所有者の不法占有者に対する妨 害排除請求権を代位行使することの可否、( 2 )抵当権者が権利の目的である建物 の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使して直接抵当権者に建物 を明け渡すよう求めることができるとされた事例」ジュリ増刊最高裁時の判例 3 私 法編 2 ・432頁、松岡久和「抵当権に基づく不法占拠者に対する明渡請求」別冊 ジュリ〔民法判例百選 1 〔第 5 版新法対応補正版〕175号178頁、松岡久和「抵当目 的不動産の不法占有者に対する債権者代位権による明渡請求(上) 最大判平11・11・24の検討」NBL681号 6 頁、牧賢二「一 抵当権者が抵当不動産の所有者の不 法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することの可否 二 抵当権者が権利 の目的である建物の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使して直 接抵当権者に建物を明け渡すよう求めることができるとされた事例」、判タ1036号 60頁(平成11年度主要民事判例解説)滝澤孝臣「( 1 )抵当権者による抵当不動産 の不法占有者に対する明渡請求の可否(金融判例研究会報告)(特集 抵当権者に よる不法占有者に対する妨害排除請求)」金法1569号 6 頁、小笠原浄二、鎌田薫、 塩崎勤、志賀剛一、滝澤孝臣、升田純「( 2 )座談会 最大判平11.11.24と抵当権 制度の将来(特集 抵当権者による不法占有者に対する妨害排除請求)」金法1569 号24頁、山野目章夫「( 3 )抵当不動産を不法に占有する者に対する所有者の返還 請求権を抵当権者が代位行使することの許否――最大判平11.11.24をめぐって(特 集 抵当権者による不法占有者に対する妨害排除請求)」金法1569号46頁、山本和 彦「( 4 )抵当権者による不法占有排除と民事執行手続――最大判平11.11.24の民 事執行法上の意義(特集 抵当権者による不法占有者に対する妨害排除請求)」金 法1569号58頁、椿寿夫「(57)抵当権者による不法占拠者への明渡請求の可否(第 4 章 担保)」金法1581号118頁、村上正敏「抵当権に基づく妨害排除請求権につい て(民事実務研究)」判タ1053号53頁、東京地方裁判所民事執行センター実務研究 会「抵当権者が所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することの 可否等(積極)」判タ1103号66頁、高橋眞「抵当権に基づく妨害排除請求と抵当権 の性質論(小特集 抵当権制度改革立法と判例)」法時74巻 2 号83頁、川嶋四郎 「抵当権侵害と明渡請求(ロー・ジャーナル 判例変更):最大判平成11年11月24 日・民集登載予定、金法1564号60頁について」法セ544号52頁、岩城謙二「99年11 月24日の大法廷判決に接して(マキシマムロー・ミニマムロー)」NBL679号 3 頁、 松岡久和「抵当目的不動産の不法占有者に対する債権者代位権による明渡請求(中) 最大判平11・11・24の検討」NBL682号36頁、松岡久和「抵当目的不動産の不法占 有者に対する債権者代位権による明渡請求(下) 最大判平11・11・24の検討」 NBL683号37頁、今井和男、山崎哲央「執行妨害の実態を直視した意義深い判決 (抵当権者による抵当物件の占有排除に関する最大判平11.11.24を読んで)」金法 1566号18頁、山野目章夫「(民法) 3 抵当不動産を不法に占有する者に対する所 有者の返還請求権を抵当権者が代位行使することの許否〈判例セレクト ’00〉」法教 別冊附録246号17頁、大塚幸太郎「不法占拠への対応 〈不動産担保の取得後・実行 前の管理〉」ジュリ増刊〔実務に効く担保・債権管理 判例精選〕74頁。
( 9 ) なお、本事案では、上告中に買受人が現れ Y らは本件建物を明け渡している。 また、奥田昌道裁判官の詳細な意補足意見がある。 (10) ここに、最高裁判所平成11年大法廷判決が示し、理論的構築がなお必要とされ る点について触れておきたい。第一に、同判決は、債権者代位権の行使を認めたの であるが、民法第423条の法律要件である「被保全権利」の問題である。物上保証 の事案に適用するために、抵当権者は、物上保証人に対し、「抵当不動産を適切に 維持又は保存するように請求する請求権」を有するとした。補足意見の中で、これ を書いた奥田判事は、「担保価値維持請求権」であるとする。第二に、抵当権者 は、いつから不法占有者等に妨害排除請求ができるのかである。抵当権実行前まで も可能とするならば、抵当権者が主張立証すべき事実とは何か、その要件に関わる 問題である。第三に、抵当権者への明渡しをどのように根拠づけるかである。抵当 権者の占有は、抵当不動産の所有者のために管理する目的の占有で、「管理占有」 であるとするが、その法的性質について検討が必要であろう。内田・前掲『民法 Ⅲ』439頁参照。
( 3 ) 最高裁判決平成17年 3 月10日(民集59巻 2 号356頁
(11))
(事実の概要)
建設業者 X(原告・控訴人・被上告人)は、平成元年 9 月、A との間
で、A 所有の土地上に建物(地上 9 階、地下 1 階建て、以下、「本件建
物」という。)を17億余円で建築する旨の請負契約を締結し、平成 3 年 4
月には、本件建物を完成させた。しかし、A が請負代金の大部分を支払
わなかったため、X は、本件建物の引渡しを留保した。平成 4 年 4 月、X
と A は、以下のような合意に至り、その翌月、この合意に基づき、抵当
権(以下、「本件抵当権」という。)の設定登記が経由され、X から A に、
本件建物が引き渡された。その合意事項は、①平成 4 年 9 月末日までに請
負代金の全額を分割で支払うこと、② 本件建物と敷地に抵当権を設定す
ること、③本件建物を他に賃貸する場合は X の承諾を得ること、等であ
る。
ところが、A は、上記弁済を一切行わず、また、平成 4 年12月には、X
の承諾を得ないまま、本件建物を賃料月額500万円、期間 5 年、敷金5000
万円の約定で B に賃貸し、引渡しをした。さらに A・B 間の賃貸借契約
の敷金は、平成 5 年 3 月には 1 億円に増額された。同年 4 月には、X の承
諾を得ることなく、本件建物は、賃料月額100万円、期間 5 年、保証金 1
億円で、B から Y(被告・被控訴人・上告人)に転貸され、引き渡され
た。さらに、同年 5 月、A・B 間で賃料を月額100万円に減額する合意も
なされた。なお、600万円程度が本件建物の適正賃料額とされている。ま
た、Y と A、Y と B は、それぞれ役員の一部が共通する関係にあった。
A は、平成 8 年 8 月、銀行取引停止処分を受け事実上倒産した。X は、
平成10年 7 月、本件建物と敷地につき設定された本件抵当権の実行として
競売を申し立てたが、買受人が現れず売却できなかった。競売手続と時期
を同じくして、A から X に対して、敷地上の本件抵当権を100万円と引換
えに抹消せよとの要求がなされた。そこで、X は、Y に対し、本件建物の
明渡しと賃料相当額の損害金の支払を求めて訴えを提起した。原審は、X
の抵当権侵害を理由とする請求をいずれも認容した。Y より上告及び上告
受理申立て。
(判旨)
「所有者以外の第三者が抵当不動産を不法占有することにより、抵当権
の交換価値の実現が妨げられ、抵当権の優先弁済権の行使が困難となる状
態があるときは、抵当権者は、占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請
求として、上記状態の排除を求めることができる(最大判平成11・11・24
民集53巻 8 号1899頁)」
「そして、抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から占有権原の設定
を受けてこれを占有する者についても、その占有権原の設定に抵当権の実
行としての競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動
産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難
となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権
に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができるもの
というべきである。」
その際「抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないよ
うに抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当
権者は、占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることが
できるというべきである。」
「抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損
害を被るものではないというべきである。なぜなら、抵当権者は、抵当不
動産を自ら使用することはできず、民事執行法上の手続等によらずしてそ
の使用による利益を取得することもできないし、また、抵当権者が抵当権
に基づく妨害排除請求により取得する占有は、抵当不動産の所有者に代わ
り抵当不動産を維持管理することを目的とするものであって、抵当不動産
の使用及びその使用による利益の取得を目的とするものではないからであ
る。」
従来は執行妨害を目的とするいわゆる濫用型短期賃貸借に関する事案で
あったが、本判決の事案は、抵当権者との合意に反してなされてはいるが
適法な期間 5 年の建物賃貸借についての事案であった。本判決は、判例法
(前掲最大判平成11年11月24日)が確立した判例法上の規範に従い、その
規範に該当する事情が認められるとし、抵当権に基づく妨害排除請求とし
て、その状態の排除を求めることができることを認めた。また、抵当不動
産の所有者が抵当不動産を適切に維持管理することができない場合には、
抵当権者は、占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めるこ
とができることも認めたのである
(12)。
( 4 ) 小括
平成11年及び平成17年度にくだされた判決は、過去に公刊した拙稿にお
いても叙述した以下のような旧短期賃貸借保護規定(以下、「短期賃貸
借」とする。)を取り巻く情況を除去する帰結(抵当権に基づく妨害排除
請求の承認)を肯定する方向に踏み出すものである。この方向性は、従来
困難とされていたものであり、これは、伝統的抵当権観念の修正を迫る展
開ともいえるのである。以下、それまでの経緯を素描し整理しておこう。
① 短期賃貸借の目的物
短期賃貸借の目的物、その大部分は、敷地を含め、建物であり、農地、
山林について争われるのは稀であり、また、建物の種類は、住宅のみなら
ず、併用された建物を含む営業用建物の事例も多くみられること。
② 訴訟の実態
短期賃貸借を争点とする訴訟の実態は、第二次大戦後は、原告が抵当権
者であることは稀であり、抵当権者以外の競落人が賃借人を相手取り、訴
訟をする事例が多かった。これに対して、戦前は、抵当権者自らが競落し
た場合を含み、抵当権者自身が訴訟の当事者である事例がほとんどであっ
た。この理由は、戦前は、解除請求の訴訟が多かったことによるものであ
ろう。ところで、戦後になって、抵当権者が原告など当事者になることが
激減し、抵当権者以外の競落人が賃借人を相手どり、訴訟をすることが激
増したもうひとつの要因は、抵当権者が併用型賃借権等の自衛手段を講ず
るようになったことである
(13)。これにより、解除請求の必要はなくなる。し
かし、抵当権者が後順位の賃借権を排除するためには、訴訟によらざるを
得ないはずである。こうしたことを前提に、戦後、抵当権者による訴訟が
激減した理由を考えると、第一に、抵当権者は、賃貸借の解除に要する費
用や労力等を嫌い、訴訟を避けるようになったことがあり、第二に、不正
な目的の短期賃借権が奏功し、その結果、賃借人やその関係者が競落し、
他の賃借権を排除するようになったことであろう。
③ その帰趨
短期賃借権の保護をめぐる訴訟は、抵当権者・競落人側が勝訴し、賃借
人側が敗訴する場合が非常に多かったことが注目される。このことと、裁
判で争われる短期賃借権には詐害的なものが多いということとを総合して
考えれば、短期賃借権をめぐる訴訟は、詐害的賃借権の排除という機能を
果たしてきたといえよう。換言すれば、この問題に関して展開されてきた
判例理論は、詐害的賃借権を排除するための理論である、と結論づけるこ
とができるだろう。
④ 抵当権者の類型
短期賃借権の保護をめぐる訴訟の抵当権者は、とくに戦後は、多くの場
合、中小企業金融であるといえる。このことと、今日までの碩学の研究分
析とあわせて考察すると、短期賃借権の保護をめぐる訴訟での賃借権像と
その目的物像は、まず賃貸用ではない、中小企業金融の担保とされた建
物、これに設定された詐害的な賃借権、であるということができよう。こ
のような1990年代になっての調査・研究結果を受けて、旧短期賃借権保護
規定の削除を求める声
(14)が、ことに、銀行実務家などからあがっていた。し
かし、抵当権実行の際に問題となる賃借権は、すべてが「詐害的賃借権」
ではなく、利用目的の通常の賃借権も多いはずである。にもかかわらず、
ここまで検討してきたように、判例においては、多くの濫用的な形態が見
られるのである。このことは、短期賃借権保護制度の合理性が疑問視され
るとともに、この制度に関する解釈論にも、多くの課題が投げかけられて
いることを意味したのであった。こうした時代背景下、本最高裁判決が旧
短期賃貸借の削除ではなく、従来困難とされた「物権的請求権」の問題と
して方向性を示したものである
(15)。
注 (11) 平成11年の大法廷判決にて示唆指摘され、残存していた問題点の幾つかに判断 を示したこの判決に関する判例評釈には、以下のようなものあり、実務界からも研 究者からも関心の高さが伺えよう。浅井弘章「所有者から占有権原の設定を受けて 抵当不動産を占有する者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる 場合」銀法646号65頁、丸山絵美子「所有者により占有権原設定を受けた占有者に 対する抵当権者の明渡請求」法セ607号120頁、島田邦雄、浅井弘章、大久保由美、 中山靖彦、富岡孝幸「( 1 )抵当権者は抵当権設定登記後の適法占有者に対し、そ の占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続の妨害目的が認められ抵当不動 産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難な場合には 当該状態の排除を求める抵当権に基づく妨害排除請求ができるとされた事例、( 2 ) 抵当権者は抵当不動産の所有者に抵当不動産の適切な維持管理が期待できない場合には占有者に対し直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができるとされた 事例」商事1735号42頁、野口恵三「賃借人が大型スーパーストアの店舗として使用 する目的で、賃貸人が賃借人の仕様によって新築した建物を一括賃貸する(いわゆ るオーダーメイド賃貸)においても、賃借人は借地借家法規定の賃料減額請求権を 行使できるか」NBL815号99頁、工藤祐巌「抵当権に基づく妨害排除請求としての 抵当不動産の明渡請求」ひろば59巻 1 号55頁、清水元「( 1 )所有者から占有権原 の設定を受けて抵当不動産を占有する者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をす ることができる場合、( 2 )抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり、抵当 権者が直接自己への抵当不動産の明渡しを請求することができる場合、( 3 )第三 者による抵当不動産の占有と抵当権者についての賃料額相当の損害の発生の有無」 判時1912号190頁、戸田久「( 1 )所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動産を 占有する者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる場合、( 2 ) 抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり、抵当権者が直接自己への抵当不動 産の明渡しを請求することができる場合、( 3 )第三者による抵当不動産の占有と 抵当権者についての賃料額相当の損害の発生の有無」ジュリ1306号167頁、道垣内 弘人「占有権原のある抵当不動産占有者に対する抵当権者の妨害排除請求」法教 306号別冊附録(判例セレクト2005)18頁、森田修「抵当権に基づく権原占有の排 除」金法1762号18頁、片山直也「所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動産を 占有する者に対する抵当権に基づく妨害排除請求および賃料額相当の損害賠償請求 の可否」金法1748号45頁、本田純一「所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動 産を占有する者への抵当権に基づく明渡請求の可否等」銀法657号74頁、上北正人 「抵当不動産の所有者から占有権限の設定を受けた占有者に対する抵当権者の抵当 権に基づく妨害排除請求」神奈38巻 2 = 3 号35頁、太矢一彦「所有者から占有権原 の設定を受けて抵当不動産を占有する者への抵当権に基づく明渡請求の可否等」金 判1247号44頁、浅井弘章「所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動産を占有す る者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる場合〔確定〕」増刊 銀法658号39頁、松岡久和「抵当権に基づく妨害排除請求」ジュリ臨時増刊1313号 77頁(平成17年度重要判例解説)、道垣内弘人「占有権原のある抵当不動産占有者 に対する抵当権者の妨害排除請求」リマークス32号20頁、城阪由貴「抵当権に基づ く妨害排除請求権の要件及び効果」判タ臨時増刊1215号38頁(平成17年度主要民事 判例解説)、戸田久「( 1 )所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動産を占有す る者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる場合、( 2 )抵当権
に基づく妨害排除請求権の行使に当たり抵当権者が直接自己への抵当不動産の明渡 しを請求することができる場合、( 3 )第三者による抵当不動産の占有と抵当権者 についての賃料額相当の損害の発生の有無」曹時60巻 4 号152頁、三上徹「権限を 有する占有者による競売妨害と抵当権に基づく明渡請求――最一小判平成17・ 3 ・ 10(NBL-Square(NBL-Times〔 1 〕))」NBL807号 4 頁、古賀政治「抵当権に基づ く妨害排除請求を認めた最一小判平17.3.10と実務対応 執行妨害排除のさらなる進 展」金法1742号 9 頁、武川幸嗣「抵当権に基づく明渡請求の要件および効果」新報 656号16頁、田高寛貴「抵当権に基づく妨害排除請求」別冊ジュリ195号178頁「〔民 法判例百選 1 第 6 版〕、澤重信「抵当権に基づく妨害排除請求を認めた最一小判 平17.3.10と実務対応 執行妨害排除に大いなる一歩」金法1742号11頁、H・T「最 新金融判例に学ぶ営業店 OJT (融資業務編)抵当不動産に対する抵当権に基づく 妨害排除請求の要件(ベーシック@法務)」金法1745号62頁、戸田久「 1 所有者 から占有権原の設定を受けて抵当不動産を占有する者に対して抵当権に基づく妨害 排除請求をすることができる場合 2 抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当 たり抵当権者が直接自己への抵当不動産の明渡しを請求することができる場合 3 第三者による抵当不動産の占有と抵当権者についての賃料額相当の損害の発生の有 無」最高裁判所判例解説民事篇平成17年度153頁、田高寛貴「抵当権に基づく妨害 排除請求」別冊ジュリ223号174頁「〔民法判例百選 1 総則・物権 第 7 版〕、大塚幸 太郎「〔実務に効く担保・債権管理 判例精選〕不法占拠への対応〈不動産担保の 取得後・実行前の管理〉」ジュリ増刊74頁。 (12) 本事案で、賃借人に対する妨害排除を求めた抵当権者は、執行妨害目的の占有 によって抵当権が侵害されたとして、占有者に対し、不法行為に基づき賃料相当額 の損害賠償も請求していた。原審は認めたが、本判決はこれを棄却した。その理由 は、①抵当権者には抵当不動産の使用収益権がないこと、②「抵当権者が抵当権に 基づく妨害排除により取得する占有は、抵当不動産の所有者に代わり抵当不動産を 維持管理することを目的とするものであって、抵当不動産の使用及びその使用によ る利益の取得を目的とするものではない」ことである。これが管理占有の法的性質 を示唆する判示であろう。 (13) 小川善吉「判批」金法593号18頁。 (14) 拙稿・注( 5 )「短期賃貸借」170頁参照。 (15) 前稿でも指摘したが、演繹法的な思考ではなく、帰納法的な思考に傾きすぎた のではあるまいか。拙稿・前掲注( 4 )論文35頁注(29)。近江教授の見解が、論
点は異なるが、参考になる。
2 学説の変遷(平成11年大法廷判決を起点とした学説の推移)
地上げ、土地転がし、バブルの崩壊という経済状況の変化の中、抵当債
務者の債務不履行、倒産等による、金融機関にとっては、担保不動産の換
価が急務となる。しかし、抵当不動産には、不法占有者や旧法の短期賃貸
借で保護される占有者が存在する
(16)。その時期の理論的な構成をここに確認
しておこう。
① 明渡し請求権否定説
(17)抵当権者は抵当不動産の占有関係について干渉しうる余地はないの
で、第三者が不法に占有しているだけでは抵当権侵害とはいえず、ま
た、競落後には不法占有者は排除されうるのだから(不法占有者に対
しては、代金を納付した買受人の申立てにより買受人への引渡命令が
発せられることを指摘する。民執83条参照。)、抵当不動産の担保価値
を下落せしめるものではない。
② 明渡し請求権肯定説
(18)否定説の挙げる民事執行法83条は、買受人が生じた後の処理規定で
あって、それ以前の場面では何の役にも立たないのであるから、不法
占有の継続が明白な場合には、「侵害」の客観的蓋然性があり、抵当
権に基づく明渡請求が当然に認められるべきとする。
この当時、この問題についての根底には、居住権の保護、借地借家
保護の一環あるいは一翼として旧短期賃貸借制度の存在があり、碩学
の叡智が積み重ねてきた法解釈や判例法等があり、これゆえ前者の理
解が支配的あったといえる。この問題を実体法の理論的な問題として
焦点を定め検討すれば、伝統的な抵当権価値権論からして、前者の見
解に理論的に到達するであろう。また、実体法上の理論的な側面は脇
に置き、抵当権の実行の障害を除去しようと、手続法に視点に転じ、
実際の抵当不動産の換価処分に重心を移し、それに対する推定される
金融機関等からの緊急性に基づく要請等
(19)をも顧慮する立場に立脚すれ
ば、当然、後者の見解に至るであろう。こうした二つの対峙した考え
方も、平成11年、平成17年の最高裁判所判決の出現により、後者の見
解が支配的なっており、前者の見解に拘泥する文献は皆無になってい
るのが現状である
(20)。
注 (16) 不法占有者というが、この手の輩にその法的知識等を与えて、「立退料」目的 の占有者を頻出させた、真の主人公は誰なのであろうか? 具体的には指摘は避け るがいかがなものであろうか。『土地の魔術』(文芸春秋社・1985年)が興味深い。 AV 制作事務所が出演を拒否した女性を相手取り損害賠償を請求する訴訟をめぐり 日弁連が「提訴に問題があり、懲戒処分に当たる可能性がある」として所属弁護士 会に審査を求める決定をしている(2017年 1 月20日全国紙等の報道)のが象徴的で ある。 (17) 抵当権者(第三者が抵当不動産を不法に占有する場合)。大判昭和 9 ・ 6 ・15 民集13巻1164頁、最判平成 3 ・ 3 ・22民集45巻 3 号266頁、東海林邦彦「判例百選 Ⅰ[第 5 版]」196頁、一宮なほみ「抵当権の短期賃貸借の解除請求と明渡請求 [下]」判タ693号17頁以下、山野目章夫「判評」判タ713号43頁。 (18) 椿寿夫「抵当権に基づく妨害排除請求への道」ジュリ963号93頁以下、生熊 「判評」法時63巻 9 号44頁以下、三和一博「判評」法時59巻 2 号102頁、中野貞一郎 「手続法からみた担保法の現代的課題(下)」NBL414号25頁以下。 (19) 憲法問題での政治的判断と同じく、経済的な判断を、しかも、ある意味不法占 有問題の他方当事者でもあった全国銀行協会等を含む経済界からの要請?を酌み取 る必要があったのであろうか?「占有屋」に象徴される、第三者である不法占有者 や旧法下における適法なる占有権原者、これらの占有者に対する問題を、塩漬け状 態の担保にとった資産に苦慮する抵当権者の保護を求める要請に応じて一気に問題 の解決をはかったとも評価できないだろうか? (20) 内田・前掲書439頁は、「こうして判例は、従来困難とされていた帰結(抵当権 に基づく妨害排除請求の承認)を肯定する方向に踏み出したが、これは、伝統的抵 当権観念の修正を迫る展開といえるだろう。」と評価する。これが一般的な基本書 の叙述である。しかしながら、時限立法、特例法、執行法等の改正等々、採るべき 方策、手続等々がなおあったのではないかと思慮するとき、これらでは対応回避不可能なほどの緊急性があったのであろうか?民事訴訟の原則、弁論主義のテーゼ等 からすれば当然の帰結ではあるのだが…。松尾芭蕉のおくのほそ道の「夏草や兵ど もが夢の跡」であろうか?安全保障関連法の参議院公聴会(2015年 9 月15日)で、 「字義を操り、法文の意図とかけ離れたことを主張する『法匪』である表現した、 元最高裁判事の浜田邦夫氏の心境に似て非なるものではないものを感ずると言った ら言い過ぎであろうか。