• 検索結果がありません。

M.ヴァーゲンシャインの科学教授論における発生的原理の構造

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "M.ヴァーゲンシャインの科学教授論における発生的原理の構造"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

 大   高  泉 (教育学部理科教育学研究室)

       Zur

Struktur des Genetischen

Prinzips

in der Martin

Wagenscheins

Unterrichtstheorie

der N aturwissenschaf t

Abstract

        Izumi Ohtaka

Department of Science Educa前町Faculty of Education

A秘。genetischesPrimipbezeichnet Wagenschein das Verfahren (Unterrichtsprinzip), das den Weg der kontinuierlichen, kritischen und kreativen 。Wiederentdecfeuwg derNatunuissen-schaft von Anfang an“an der Hand herausfordernder und aufschlieβender Probleme, die uns die unpraparierte Wirklichkeit aufgibt, fuhrt. Die vier wichtigsten Komponenten, aus dennen sich daseenetiscKePrinzipkonstituiert, sind das Prinzip der。Kontinuiぽ“。,Sachgemapheit“,

。emotionalen Momente“und 。Einwurzelunが(。Enradment“).Fiir das g心証sche

Prinzip scheint aber der Begriff deT。Einwurzelung“ vor allem im engeren Sinn unnter diesen

Prinzipien zentral und symbolisch zu sein. Dem gi心証schen Prinzipliegen die Vorstellung von Bildung, daβsie sich nicht mit den allerart Spaltungen vertragt, der anthropomorphische Begriff der Natur, daβsie als unterstiltzende 狛r den zur naturwissenschaftlichen Entdeck・ ung fuhrenden Einfall verstanden wird, und die Auffassung von der Naturwissenschaft als etwas Werdendes, zugrunde。

      その一因があるといってよい。科学的というよ

 ヴァーゲンシャイン(M.

Wagenschein)は,

1988年4月3日,91歳の生涯を閉じたのである

が,彼の科学教授論に対してはこれまで高い関

心が寄せられてきた1)。言うまでもなく,彼の名

は,範例的教授・範例方式の中心的推進者とし

て,我が国においてもよく知られている。彼の

科学教授論がこのように高い関心を呼ぶのは,

無論その教授構想の独自性にもよっているが,

何よりそれが長年にわたる実践によって裏付け

られているという事実にも起因していると思わ

れる。

 しかしながら,彼自身がその科学教授論を体

系的に論じているとはいえないし,いわんや精

緻化された理論として構築しているとはいい難

い。これについては,彼独自の表現方法にも,

りはむしろ詩的に時折語ったり,「陶酔に陥りや すい表現法」2)がこれにあたる。このことがま た,他者による,彼のこれほど豊饒な科学教授 論の体系化を阻んでいる主たる要因の一つでは なかろうか。ボルノウ(0.F.BOIlnow)によれ ば,ヴァーゲンシャインのこのような表現法は, 「自分自身の方法についてはたどたどしくしか 語れない」という傾向に通じるもので,これは しばしば偉大な実践家に見受けられるものであ る。それゆえ我々の課題はむしろ,「多様に変化 する表層の背後に,恐らく明確には述べられて いない本質を際立たせること」にある,とい う3)。  ところで,特に1960年代後半以降のヴァーゲ ンシャインの科学教授論は,発生的教授 (genetisches Lehren)論と名づけられている。 この教授論も高い評価を集めている。現に,ロ

(2)

56 高知大学学術研究報告 第38巻(1989年)社会科学

−ト(H.

Roth)は,ドイツ教育審議会の諮問を

受けて,ヴァーゲンシャインの「発見的・発生

的方式」が教員養成の眼目になるべきである,

と提言している4)。発生的教授論及びその中心

的原理である発生的原理(gnetisches

Prinzip)

についても度々論及されてはいるが,十分体系

化されているとはいえないし,・構造的に論じら

れている訳でもない5)。この事態は,西ドイツに

おけるヴァーゲンシャインの教育学研究の第一

人者であるケーンライン(W.

Kohnlein)におい

ても変わりはない。ケーンラインは,発生的原

理・発生的教授論にかかわる様々な概念・観念

に言及してはいるものの,あ=まりにも多数・多

様な概念・観念をとり上げていることによるた

めか,それらの概念・観念相互の異同及び関係,

そしてそれらが発生的原理・発生的教授論にど

のように構造的にかかわっているか等について

の解明に必ずしも成功しているとはいえな

しび)。

 そこで小論は,発生的教授論の中心的原理で

ある発生的原理の構造的解明を目的とする。そ

のために√発生的原理がいかなる目標を有し,

いかなる構成要素からなり,それらが発生的原

理の中でいかなる構造を成しているか,こうし

た点をヴデーゲンジャインの教授論の背景にあ

る基礎的諸観念とのかかわりから分析・解明す

ることにする。

IT 発生的原理の目標と規定

 発生的原理が,教授の原理として,いかなる

要素からなり,どのような構造をしているのか,

そして教授の構成や展開にどのような方向性を

与えるのか,これを問うには先ず,発生的原理

が何を目指しているかが明らかにされねばなら

ない。

 ヴァーゲンシャインは,「その[発生的原理の]

目標は,一現象に魅了されて一科学を理解する

こと,言い換えると,科学を洞察すること

(durchschauen)を学ぶことである」7),と述べて

いる。これは学習者の側から見た場合の目標表

明であるが,これを教える側から言えば,下科学

を理解・ト洞察する万=ことを教える」こどになる。

この「理解を教える」(Verstehen

Lehren) とい

う目標は,ヴァーゲンシャインの教授論におい

で,繰り宍返し表明啓れている?)。しかも,「理解

を教えくる」▽という目標を強調するのは,それが

単に教授の課題であるということには留まらな

い。それを越えて√「理解は人間の権利である」9)

との主張に表われているように,ヴァーゲンシ

ャインは,人間の基本的権利として「理解」を

重視しているのであ=る。こめ背景には,科学を

理解した市民の育成1゛)という,より高い目標が

ある。そしてこの目標は,一方では科学を理解

していない多数の十般市民どレ他方では小数の

科学者とに二分された社会の分裂状況を克服す

ることを狙っているのである。このような分裂

ぱi科学:の敵視や,……逆に無批判な科学信仰に導

くおそれのあるもので,それらはいずれも社会

の安寧にレとっては深刻な問題である。ヴァーゲ

ンシャ子ソは度万々ノこの種のケ懸念を表明してい

る11)。したがって√彼が「理解」をこれ程までに

重視するノのは,それがひいては社会的安寧の鍵

を握って万いると捉尚之/でいるからにほかならな

い。ちなみに,理解(Verstehen)という語に代

えて,洞察(durchschauen)という語を使いだ

しためも√「科学を理解した市民の育成」という

上述の意図をより鮮明にするためであった。

 ところで,ヴア十ゲンシャインは,発生的教

授が「二般陶冶」,しあるいは使い古されたこの言

葉に代えて,「人間形成」(Formatio)を目指し

ている1低十というレ彼は,こレの「人間形成」を明

確に定義してはいない。その\3つの徳性をあげ

ているだけであるノそれらは,今日の教養人に

斯待されごる徳性ケぐ√生産的創意(produktive

Findigkeit),根付:き(enracinement,

Einwur-zelung)√批判的能力(kritisリhes

Vermogen)

である則ノこめ目標令これら頑徳性は,言ってみ

れば,発生的教授が目指すべき人間像√あるい

はその人間の資質を言い表わしたもので,発生

的教授尚究極的目標七いえる:。このよう∇な人間

像,資質は,ニ先に述べた,科学を理解した市民

が具備すべき徳性と決して相反するものではな

い。このよう忙√発生的教授の目標が多様に表

(3)

現されるのは,具体的一抽象的,特殊的一一般 的など,教授の目標の様々なレベルで,これら の目標が表現されているためにほかならない。 いずれにせよ,上述の「科学の理解を教える」 ことが,発生的教授の直接的目標と捉えられて よい。それゆえ,この「理解」概念の捉え方に よって,素材の選択や教授の方法及び教授の組 織のあり方が規定される14),と言明するのであ る。この言明に端的に示されているように,こ こでいう「理解」には,発生的教授論において 特別な意味と重要性が帰されている。それゆえ この「理解」や「理解を教える」ということの 意味を吟味することなしには,発生的原理を十 分解明し得ないのである。  ヴァーゲンシャインにとって,「理解」すると は,一つには,「現象の上に立つこと」15)(Stehen auf den Phanomenen)を意味している。つま

り「現象との関連性」こそが「理解」の必須の 条件なのである。例えば,物理学を理解すると は,(現実関連の全範囲からゆるぎなく,物理学 を生じさせること⊥P6)なのである。今一つは,(非 分裂性が理解を意味する丿)のである。つまり 「連続性」もまた「理解上には決して欠くことの できない要件なのである。これらから,ヴァー ゲンシャインのいう「理解」では,「現象との関 連性」と「連続性」が重要な位置を占めている ことが指摘できる。これらに加えて,「理解は, …自然科学一般がいかにして起こっているか, そしていかにして起こるかを,経験すること」18) であるともいうノけれどもこの経験はだれにで も,無条件にできるというものではない。まさ しく,この経験ができるのは,「自然の観察が 我々に呼び起こす二三の適切な問題設定に則し て,自然科学を再発見する人だけ」なのであ る19)。         十  したがって,「理解」の意味についてのこうし た分析から,「現象との関連性」,「連続性」及び 「科学の再発見」という概念が,いわば「理解」 を成立させる基本的条件を示し,一方,「自然科 学の成立を経験する」という規定が,いわば, [理解]の本質的内実・範囲を示唆していること が明らかになる。それゆえ,発生的教授の当面

の目標である「理解を教える」というのも特別

な意味をもつ。すなわち「理解を教える」とは,

ある概念・法則などを,子どもたちがそれを信

じようと信じまいと,彼等がそれを認めざるを

えないように,例えば実験や観察を通して,子

どもたちに証明することではない。そうではな

くて,人類がいかにして,そのように何かを証

明するという考えに至ることができたのか,そ

して今でもできるのか,これを洞察させること

を意味しているのである2o)。

 ところで,ヅアーゲンシャインは,「発生的原

理」を次のように規定する。

 「諸問題の自覚から,[科学の]諸方法及び諸

概念の再発見(Wiederentwicklung)を声体験

(nachvollziehen)させることである。すなわち,

創造的,批判的,連続的に追体験させることで

ある。しかも,初源的自然の現実(primare

Natur-Wirklichkeit)の諸問題から,追体験さ

せることである。このような方法を『発生的』

教授原理と呼ぶ。」21)

 この規定は,「再発見を追体験させる」という

ように,ドイツ語特有のいささか回りぐどい表

現をしてはいるものの,発生的原理を包括的に

説明している。あるいは,この原理は次のよう

にも規定されている。

 「発生的原理は,予期せぬ現実がわれわれに投

げかける誘発的で開示的な問題をてがかりにし

た連続的,批判的,創造的な,『始めからの科学

の再発見』の道を行かせる。」22)

 こうした規定から,発生的原理が直接的には,

「科学の再発見」を目指していることが分かる。

しかしながら,こうした発生的原理の規定に現

われた「連続性」,「現実との関連性」,「科学の

再発見」という概念は,先に述べた発生的教授

が目指す「理解」の成立条件に関わる概念とほ

とんど同一である。これを見れば,発生的原理

が直接的には「科学の再発見」を目指してはい

るものの,その延長線上に,発生的教授の目標

である「科学の理解」,「科学を理解した市民の

育成」,「一般陶冶」を標榜していることがわか

る。むしろこれは当然のことである。発生的原

理はそもそも発生的教授の中心的教授原理であ

(4)

58 り,発生的教授の目標達成のための原理にほか ならないからである。  ここで,単に「科学の再発見」ではなく,「始 めからの」という限定付きであることに注意し たい。なぜ,「始めから」が問題なのか,発生的 原理を解明する上でこの問題を見過ごすことは できない。ヴァーゲンシャインは,マッハ(E. Mach)の次の命題をよりどころにしている。す なわちそれは,「科学のささやかな始まり(be-scheidende AnfSnge)が常に変わらぬその本質 を明らかにする」23),という命題である。科学の 始めは,数学的把握・洗練された精緻な実験な どいわゆる知的装置にまだ覆われておらず,こ の本質が何であるかを見通し易いのである。ヴ ァーゲンシャインが「始めからの科学の再発見」 を強調する意味もここにある。とりわけ自然現 象についての「驚き」がこの本質に属している のである。  「科学の再発見」にはもう一つの限定がある。 発生的原理が目指す「科学の再発見」は,でき 上がった科学,あるいは科学の結果を単に再発 見することではない,ということである。すな わち,科学の「生成」(Werden)こそが本質的 問題なのである。ヴァーゲンシャインは,こう 力説するのである。「発生的原理では,………’│`青報 提供以上のことが問題である。すなわち生成が 問題である。専門的方法からのその結果の生成 のみが問題なのではなく,前科学的な熟考と言 語からの,この方法の生成がなお一層問題なの である」24)と。  既に別稿で指摘したように25),この「生成」概 念の重視が,彼の教授論の重点を「範例的」か ら「発生的」へ移行させた主たる要因であるし, またその移行過程で「生成」概念自体の変容も 看取できたのである。そして発生的原理で強調 される「生成」は,自然科学的着想の基盤にな っている初源的自然の現実からの科学の「生成」 なのである。こうした「生成」概念の変容は, 自然科学のアスペノグトカラクターの認識に決定 的に関わっていた。この認識は,ヅアーゲンシ ャインが自然科学の陶冶価値を論じる際の鍵概 念である。とりわけ,ここでいう「前科学的な 熟考と言語かノら」という丁生成」の出発点・起 源の限定に√彼が言うところの「根付き土の概 念が深く関連レしている。これは,後で詳しく述 べるが√発生的原理の中心的構成要素なのであ る。ちなみに√ケーンラ不ンは,ヴァーゲンシ ャインにおけるこうした「生成」の強調が,ゲ ヘープ(P. Geheeb)の教育学の影響に由来する ことを示唆している26)。 ………… 上いずれせ≠;………発生的原理の直接的目標は「始 めからの科学の再発見」であり,いわばそれは 生成的再発見であるといえる。そして,この再 発見をどのように起こさせるか,その再発見の プ白セスの\あ;……り方を規定しているのが発生的原 理であるともぐいえよう。このあり方を規定する 主要な構成要素として少なくとも,既に指摘し たようにけ連続性]に現象(現実)との関連性」, 言い換えれ凪丁即事性」(SachgemaySheit),「驚 き」,一般化ノし=七いえば「感情的契機」,そして 「根付き」の4つをあげることができよう。発生 的原理の規定にあった他の構成要素,つまり, 「科学の再発見」のプロセスを規定するその他の 構成要素寸あ:右▽「創造的よ:……:「批判的」というも のは,後程詳しく述べるように,上の4つの要 素に還元され得るものである。ゆえに,発生的 原理を根本的ケに明らかにするには,この原理を 構成す乱少ソ=なく丁とも上記のj4つの要素的原理が 詳しく解明さ\れねばならない。

 Ill 発生的原理の構成要素

 発生的原理の解明には,上で指摘した4うの要

素的原理それぞれについて吟味する必要があ

る。ここで問題にしたいのは,それぞれの原理

がいかな ダンシャイ に由来し

ち√それは,ヴァーゲ

景にあるいかなる観念

,先に明らかにした発

生的教授の目標の主としてどの側面の達成を意

図しているもごのなのか,あるいはいかなる機能

をもち,教授jの構成・展開にいかなる方向性や

示唆を与えるノものなのか,である。

(1)連続性、

(5)

 ヅアーゲンシャインの教授論において,「連続

性」(Kontinuitat)とは,簡潔に言えば,子ども

の思考の初期の段階の豊かさを維持することを

意味している27)。あるいは,さらに一般的に言え

ば,第一の現実から第二の現実への移行が切れ

目のないことである2?)。ここでい仏第一の現寒

には,自然現象そのものと,言語の面では日常

語及び学習者がよくなじんでいる言語,つまり

「母語」が属し,\一方第二の現実には,機械・装

置などの技術的所産,自然科学の概念・法則や

確立された実験方法など自然科学の成果,そし

て言語の面から言えば専門語が含まれる29)。し

たがって,第ブの現実から第二の現実へ切れ目

めない移行というのは,こ両者の間の継続性を維

持することである。しかしながら,[子どもの思

考の初期の段階の豊かさの維持]にしろ,「第一

の現実と第二の現実との継続性の維持」にしろ,万

[連皆陛]は,それらを固定的に維持することで

はない。無論,自然に対する向かい方の初期の

内的な形式を台無しにするように取り換えると

いうことでもない3o)。そうではなくて,「連続性」

は,むしろ自然についての本源的で,初源的で,

素朴な理解の仕方を忘れないこと31)を意味して

いる。すなわち「連続性」は,自然についての

子どもの素朴な思考・理解,あるいはそれにつ

いての日常語・母語での語り方を固定的に維持

するのではなく,またそれを完全かつ性急に否

定してしまうのでもなく,それらと自然科学的

な思考・理解様式とのつながりを十分につける

ことであると捉えられる。言ってみればこれは,

自然についての子どもの素朴な理解に対して,

「変容を受けて維持する」(Verwandelt-Bewahren)という立場である。この立場は,シ

ュプランガー(E.

Spranger)に由来するのでは

あるが,ヴァーゲンシャ千ンは,この立場を繰

り返し強調している32)。

 確かに,「連続性」の概念は,この「変容を受

けて維持する」という立場に由来してはいると

はいえ,ヅアーゲンシャインがこの立場を選択

すること自体,言い換えれば,上述の意味での

「連続性」を重視するのは,次のような基礎的観

念がその背景にあることを指摘できる。

 それは先ず第=・に,本論のIIで述べたヴァー ゲンシャイ丿の下理解上論にかかわつている。 つまり√「科学の理解を教える」という発生的教 授の目標を達成する上での本質的・決定的要件 である「理解」が,「連続性」なくしては全く不 可能であるということである。ヴアj−ゲンシャ インは,丁連続性の保障がなければ,理解があま りに有なされ過ぎ,それゆえ長い間にはほとん ど何に\も記憶に残らない」33)というのである。こ うした下連続性」に基づいた寸理解」を,彼は 「真の理解」,あるいは「根本的理解土と呼んで いる。彼が語る寸理解」は通常この意味での理 解なのである。  第二は,△彼め陶冶論,そしてさらにその背景 にある基本的人間観にかかわうている。これは 次のような論理に従っている。すなわち,先ず 「連続性」がなければ,我々自身が分裂するのみ ならず,社会も分裂する34),という基本的認識が ある。無論この認識には,論理的飛躍があるこ とは否定できない。この論理の展開の中に,中 間項として,上で述べた「連続性と理解との連 関」を入れると,この認識の論理もよく理解で きる。つまり,そこには,「連続性―理解一個人 や社会の分裂」という図式がある,といっでよ い。すなわちこの分裂状況は,個人においては, 「真の理解」をせず見かけの知識しかもたない状 況,彼が比喩的にいう精神分裂病という様相を 呈する。また社会においては,先に指摘したよ うに,民主主義的意識の低下をもたらしへ社会 の安寧を揺るがしかねない一般市民と科学者と の分裂という様相を呈する。そして個人の精神 的世界にしろ,社会にしろ,分裂という/状況は, 彼にとっ七本来陶冶とは全く相容れないものな のである。ヴァーゲンシャインは,「陶冶がいか なるものであろうとも,分裂とは相容れない」36) と断言する6なぜ相容れないのか,彼は詳しく 論じてはいない。しかし,そこには彼の基本的 な人間観が下敷きにされていることだけは指摘 し得る。それは彼自身でさえ,一種の「信仰告 白」であると認める人間観である。彼が教授論 の様々な局面で言及するこの人間観は,「人間は 全き(ganz)ままでいることができるとごろで

(6)

 6o      ニニ高知大学学術研寒報告……:第岑岑丿9田癩]好奇科≠∧∧∧六 は,分裂される:ベきではない.]町というも=のであ………:(.・長口.事丿陛呻)ly・・(Sachlickeit)………と る.「連続性」雄視の背景 ノをこめ人間観にノまで遡ゲ………名:万:.:」」万万」JtレS ツyl-JきーヅS-jk ・ツ・/7ヽ―75.-fc .ツ・ .・・・.・.・・・.  ・.・・ ・..・ .・・・  .・ぷ・ギノ・4…………:・. ること,ができるのである。………く………=………  丁連続性]重視のこう七万だ背景にういでの考察レ から√「連続性」とい=うノ要素的原埋め機能甘示唆\ されようよ先ず,\一つは,\ト科学の寸真の理解卜 とその把持機能でありレもこう一う/は,個人の知 識,精神における分裂及び社会に牡ける分裂に 対する防止機能である。ニ他方で,「連続性」トは√ 情報が批判的にI=受け取ぢれる前提であこるトとも捉=トご万と,( えられていが8いっま:ダ「連続性」\の機能には,十………と……いう宍と」.yご万:;・1・? 発生的教授によづて目指\される人間像が具備すし∧る√『現実四 べき徳性の÷つ,しすなわち「批判的能力」育成………の/もニ以……I対」1 の機能が加文ら:れる。……それというのも,ヴダーレ 憐==こと万亡li ゲンンヤインにとらて√「批判的能力」はこ方で六万=こ……口七↓ノレご。・あ。・4 ゲンシャインに:とらて√「批判的能力」はこ方で犬とく=l……し・T,・.」 は,◇論理的整合性に対する防御としてレ他方で………けレでぱ,……… は,本源的初源的理解の仕方を忘れず抽象的な……: 状態へ切れ目なく移行する\ごとに対する防御と:尚

して機能する∇もノのだからである39しそしてこれしイ

らの機能を発揮するには他ならぬ「連続性」∧が,………る:):0 前提となるかレらレケである.レニ ノ  ………るテレ  それで=凪/下連続性」の原理が√発生的教授にこ,………るI:..j どのような方向性を与えでいるごのであろうかレ 寸=j 簡潔に言えば,……これは√ノ第しの現実と第二の現 くり 実の間に架橋する/こと/であ丿るノもっと具体的にニ教1 言えば,子どもっか有して.いる自薦との初源的で\進丿 素朴な関係を丁誤ったもの」\とし七消し去るの◇……の=オ ではなく√「変容を受けで維持す右土といケことづで」 であるレそれ臨ね\自然科学的思考をぞう①だ自\士めy 然との関係から目覚めさ廿√そこから選び取る…………さi ということであるノそ慨だ吟に\はレ子jどもら七上憐/6 い自然どの関係の初期の段階を飛び越して√大測△態4 定,数学化√:抽象化及び系統化を誤つで早める………驚ど5 のではなく↓子どもの本源的自然理解に十分配\……万.・I=・r 慮し√それを活用するというごとである4o).それ∧述:,4 ゆえ例えば,……I子ど=もめアキミズム的思考・y擬人しかム 的思考・・\世俗的思考なども発生的教授論では,ニ……味=Ti 積極的なモメントとして位置づけられ七いるの…………秤│ である41)。……1:      ‥ ‥‥‥‥‥ ‥‥‥=  (2)即事性・.・...・   ・.万‥‥‥‥‥‥‥‥  発生的原理を構成する第二の要素的原理は, ………と.=;呼び得るものであ よよレサ十般的ないい方 y・ンレは,j………目1.ロ事性」より よく……(Anwe尚尚heit der )方ノをするこどの方が…… 凪=教授二学習過程にト かかかってい]ること,犬 して]いる√教 単に存在す=る ズプいjる」(anwesend) 意味が付与されて:い )か‥は√事物f現象ソそ 習者め万目ノの前にあ=る 察……さ1れ万万:る=1対象が物体 こそノごにノあ丿ることだ y:r・居一合・せ万」=i:ま保障さ 生物教授:においで,。 が参る√:その場合,= ている七いうレのであ j自体か方「見出され 忙√既仁我夕の単な ≒になづてトしまらサていTるの 呪実力居合せ.」は, √しかケも説明的に て保障さ=れないも こ万の状 に生:Lニる驚き, jう万だ]もくのである46)。 う\いづごた背景ごかち上 強調すjるの=寸あ乙う ノぱ本来その\ような意 成立七で/いる√との JJ= 。 万。万………本。=:・のj科学観jは説明 ピノれば汀自然科学は i ÷自然みずからが開 態度」口]なのレである。 使:らす始めレか=ら自然

(7)

を分析的に捉える態度ではないというのであ る。ここには,科学的探究の絶対的権威として の自然観を看て取ることができる。この自然観 こそ√「現実の居合せ」が発生的原理で強調され る第二の背景である。これらは,どちらかとい えばより本質的な背景であるが,近年の教授状 況に関するより現実的な背景も看過できない。 それは,様々な教育機器や実験装置,測定器具 などを早くから多用することによって,教授の 中で丁自然現象[そのもの]があまりにも早く から没落し,いわば埋葬されてしまっている」48) という状況である。つまり,教授の中で自然現 象・自然の事物そのものが,言い換えれば生の 自然が無視されるか,軽視されているというこ とである。こうした状況を克服しょうとする意 図も,「現実の居合せ」強調の背景にあるといっ てよい。  この「即事性」の本質的機能は,発生的教授 の課題である自然科学の「生成」の基本的条件 を保障するとごろにある。なぜなら,上で述べ たように,自然科学がその上うに,つまり寸即 事性」に従って「生成」してきたゆえに,まさ しくこの「即事性」が自然科学の「生成」の基 本条件にほかならないからである。とりわけ, 先述の発生的原理の規定に見られたように,こ の「生成」の発端である問題の自覚はこの原理 の眼目であるが,まざしく「即事性」がこの問 題の対象とそれを自覚する基盤を提供するとい う機能をもっているのである。そして,「即事性」 は,現実との関連という点で,「理解」の基本的 要件であるし,他方で,発生的教授が目指す人 間像の徳性の一つけすなわち創造性を誘発する という機能がある。それというのも,「不可思議 な現象に気づく際に,発見を導くささやかな徴 候を解釈する彼の熟考(彼の創造性)が誘発さ れる」49)からであるレ  「即事性」の原理,つまり「現実の居合甘」を 保障するには,教授にどのような方向性を与え ればよいのか。標語的にいえば,「事実が語らね ばならない/」5o)(SachmuβΓeden!),「現象を 救え/」51)(Rettetdie Phanomene !)というこ とである。ヴァーゲンシャ子ンは,ただ単に,

自然の事物・現象そのものを重視せよというば/

かりではなく,教師がまさしくそうした「現実

の居合世」への道を開く方略=として,次の5つ

め具体的指示をあげている52)。①子どもたちめ

直観のために十分な時間を与えなければならな

い。②子どもたちの軽信や饒舌j(噂)に対して,

冷静であるが決して不遜にならずに疑いを持

つ6③健全な人間として生徒がもっている理解

力を鼓舞する。④探究の対象(つまり自然)が,

みずから語ることができるまで,十分忍耐強く

生徒たちに問いつづけさせる。そして,そのよ

う七すればこの対象自体が答えるに違いない,

という生徒の自信と対象に対する信頼を強化す

る。⑤理解に不必要で,早すぎる数学化や測定

を放棄する。・。

 ここで付言しておきたいのは,いくら「即事

性」を重視するとはいって仏ヴァーゲンシャ

インが√抽象化する能力や知性の育成に反対し

ているのではない,ということである。彼は,

知性を自然現象から全く切り難し孤立化させる

ことに反対しているのであって,現象へ逃避す

ることではなく,現象の優位を主張しているの

である53)。

 (3)感情的契機

 発生的原理を構成する第三の要素的原理は,ト

感動や驚きなど丁感情的契機」を重視するとい

うことである。この契機の一般的な意味につい

ては説明を要しないだろう。むしろそれはどう

いう形で発生的教授に現われているかを示すこ

との方が,発生的原理の構成要素としてそれが

有する固有の意味を鮮明にできると思われる。

発生的教授の始めには「感動させる問題」があ

る。例えば,地質学の教授過程の場合では,そ

の最初に地殻の変化を示す様々な写真が提示さ

れる。そこには,崖錐,落石,雪崩,氷河,氷

堆積,谷,滝,波打つ海岸,三角州などが写っ

ている。これらの写真を見て,生徒たちには次

のような問いが容易に浮かぶという。すなわち,

「それはどのような結末になるのか」,といケ問

いである。この問いは,不安になる,という意

味で感動的で,ゆえに思考を動かし,つまり動

(8)

62 十 高 知 大 学 学 術 研 究 報 告   第 宍 盤 = レ 巻 … … ゜ = : = ( 1 : 9 8 り 年 ) j レ = 刺 A * - , ' f e i - 工 て ぐ 7 ͡ ・ J . t i ・ . l z 、 、 − J 「 に z f ¥ ・   、 r ト ・ ・ ふ ご ・ ・ . ゝ ・ ぷ ご 、 . 几 … … l … … … ゝ り 之 . 三 : ・ - J - ・ 、 ? … … … … 4 φ ・ l . . f 、 : ・ 機づけるのである。発生的教授の終りにも「感\二かなくも,=な 動させるご結果」がある。〉先の例で言えくぼ√∧ごの………>よ丿レに√……: ような地殻の変化は,ノ常に変動を続けて:いる=地\∧∧科学の且 球が,驚{ほど法外な時間をかけて引唐起こし……の直接的 た結果なのであるレこめ法外な長さの時間に比…………I=j.万jjと.j1万こ。=,万・と べれば,ト我々の生涯が極めサ乙微々左乙もレののよ うに思われるよこのこレとが感動を与えるノのであ る。そレしてレこれが哲学的な考察へと導くくのであ る。つま呪土物理学的ト(地質学的な卜時間単位 で言えば,微々たる/もの/と/は言え√ぞれゆえ我々 の生涯は意味がないのであ/ろうか,万とノいう財い が生じる5呪……こ1の問いIが4\まさしレぐ「科学につか\ごノ て」,言い換え 囲などにつむ=

tればi科学的観方の意味や適用範………械:CE

:)てjの考察の契機:を与えるのでノあ∧\で発?

る。これこ]そに自然科学による1陶冶作用の必須ノ\む== の/要件jとして:のアスペク\=ドカラダダ≒の認識に……jl珍::1じ:J 至る道にほかなしらくない√………  このようトに,寸感情的契機上を重視するの=母, 一つには,\∧もとも=と科学というものが√感動・……y1万i.・i,・11

驚きによづ=で推進され,ノ同時にその結果も感動ト

\を伴うもめだ,△という:科学観的背景がある⊇こ

れは,寸物理学の回源泉工の十う]が,\珍しい,不

慣れなj自然現象比ついでの驚きである」゛)とか,

「感情を伴わない偉大な発見な=ど決してない」56)々ゾりI……↓

といった言い方に、顕著に看て取るしことができ

る。今一つ凪ヴァー;ゲヅシ=ヤイ\ンの陶冶観に……を2=有効仁=発揮し⑤るプのう 由来している〈レ彼にとって丿「陶冶しは√何かを………\〈レ\/・\万一1………〉∧\………∧」………」。 所有するこしとでは/ない。〉再三自然を新たに捉え…………ト(訂根付寺∧プ……ぐ゛\j………\………… ながら,自然によって感動させ\られるときニのみ,………万万= I 発丿生的原 I 理万:=:を構成す宍 陶冶に達するパこ=とができるのである。:そ七てそ△レに。・=……j のとさのみ陶冶の中に居続けるノごと=ができる\の…………付'Iljjl である。」5で)つ/まjり,感動が陶冶にと/つての本質………びでツ 的契機なのであ/るいしかしながら,単に感動す大私t=; るだけでは√陶冶には至らないレ何よサそれが二言アタ 自己活動を呼び起こさjなければならないレまさ\概イ しく「感動に基づいで自己活動をす\る才ことが陶……トのT7 冶的学習の前提」?8)なのであるj。………j1万彼・1・ズ  「感情的契機」のうち√とりわ。け,………自・・然・現象/に \が二万 ついての「驚き」が発生的原理では強調される。\千よ それは,ニ今述べた科学観にあった=よ言に,コ仁の………J『 「驚き」がま洛に科学峻源泉であり,それゆえ科十もぶ 学の寸生成」\を目指す発生的原理の出発点に塘…………教:jl こ:ヤのことからノも・わかる j∧その延長線上に を狙いながらも,こそ 59)といえる。 よレトうこの原理 づけ\・y示唆を与 ]は√先ず問題及 ㈲iとh)=な動機づ =らノれる6oしそれゆ しかも,二既 :うノて驚jき:を引き起 した=も]のは√(機 ふ=面一血achina) 驚き丁ではない。 力斗二予期せぬ/もの, 提示ずるこ\=とが肝 MI=たしたプップを の水が流れださな こレとである。 y者に惹起す 見逃せない。 レ驚こ乱ヤ……そ.・れ・1こつ るが=の=よトうyに真剣に ∠このしとレき始めて, がそレの教授上の機能 1素的原理七して最後 き』………で . あくる・・6………こ . の(根 )概念ノぱ√人間形成及 プノ中心的であこるよノうに ヤ÷ゲレ丿ジャイブは明 jいトに出すの iである○丿若 て]おこう。 =い=づの季節に なノく………とも:所謂 フ〉竃ルクスシ

(9)

ユー−レに通っただけの農家の少年が,地球は太 陽の周りを回っているのだ,と呑み込み良く口 真似するので,ピタゴラスよりも多くのことを 知っている,というように通常考史られている。 実際のところ彼は,その天体をもはや観察して はいないのである。授業のなかで語られるかの 太陽は,彼が見ている太陽とは,彼にとって何 等かかわりがないのである。彼は,彼の周辺世 界の経験の総体から引き裂かれている。」64) ヅアーゲンシャインは,この農家の少年に欠 けているもの,あるいは所謂教養人に欠けてい るもの√つまり「自分の周辺世界の経験を保持 すること」を,ヴェーユの当該概念を援用して, 「根付き」と呼んでいるのである。この説明だけ を見れば,「根付きよというのは,自然科学的概 念が言葉だけで捉えられるのではなく√子ども の周りにある,科学的にはまだ捉えられていな い自然の事物・現象そのものとの関連性を持ち 続けることである,と解されよう。そうすると, 「根付き」の概念は,前に詳しく論じたように, 「第一の現実と第二の現実との継続性」を意味す る「連続性」の概念,そして「現実との関連性」 という点で「即事性」の概念と極めて類似して いる,と捉えることもできる。実際√ヴァーゲ ンジャイン自身も,「連続性(根付き)」65),「『根 付き』つまり現実との関連性」66)といった表現を している。こうした表現は「根付き」,「連続性」, 「即事性」がほとんど同一の概念であることを示 唆しているといえる○    ’  しかしながら,結論的に言ってしまえば,汀根 付き]の概念のこのような捉え方は,広い意味 での捉え方といい得るものではあるが,「根付 き」の概念は,決して「連続性」の概念にも, [即事性]の概念にも解消されてしまうものでは ない。いってみれば,狭義の「根付き」の概念 こそ問題である。「根」についての次の説明がこ のごとをはっきり示している。これはフレネル の光波の実験を例にとりあげた説明である。  光波が存在することを知っている一般の人々 が,私はそれを一体どこから知っているのか, と自問するとき,大抵念頭に浮かぶのは,「フレ ネルの反射実験」である。この実験は十分納得

の行くものである=にもかかわらず,この実験に

納得した多くの人にさえ,フレネルが,光は波

であるどいうこめ着想をどこから得たのか,と

いう疑問が残る。「フレネルが既に以前からごの

波について多くのことを知っていたに違いない

ことは疑い得ない。明らかに,彼は,この波を

実に巧みな方法で,完全にかつ測定可能なよう

に,捉えようと思ったのだ。彼はこの波につい

で既に気づいていたに違いない。というのは√

もしもこめ波が汀存在する丁ならば,それはこ

うした不自然な装置がなぐとも,自然の中で生

じて卜るし,それはどうしてもそれ自体から注

意を引き付けたに違いないからである。二しかし

光と色にあふれた明るい庭の中のどこに,この

波にういての唯ニの徴候(Anzeichen)があるの

か,あるいは,我々が正しく,そじて現実に近

い形で言えば,『周期院』についての唯一の徴候

はどこにあるのか。こ・の点で,我々のほとんど

の場合,その根は既=に引き抜かれるか,もしく

は忘れ去られてしまっているのである。そして

まさしくこの根が陶冶的なのである。」67)

 ごの説明から,「根付き」の概念の核心が読み

取れよう。つまり「根」とは,自然科学的概念

jを思いつく契機となる特定の自然現象である。

換言すれば自然科学的着想の基盤としての特定

の自然現象である。「根付き」の概念では,した

がって,「連続性」の概念が内包する「第二の現

実と第二の現実との継続性」のうち「第一の現

実」が一層限定されているといえる。同様に,

「即事性卜の概念がカバーする現実・現象一般よ

りも一層限定的な現実に「根付き」の概念はか

かわっているといえる。つまり「根付き」は,

そうした限定された「初源的自然の現実」につ

いての経験め継続性を示す概念である。これこ

そ狭義の「根付き」概念といい得るものである。

このjように「根つき」の概念を詳細に検討して

みノると,ヴァーゲンシャイン自身,広狭両義を

有する下根付き」の概念それ自体を,そして「根

付き」の概念と「連総院」及び「即事性」の概

念とを明確に使い分けていないことは否定でき

ない。

 イ連続性」及び「即事性」の概念よりも一層限

(10)

 64  ・・ .・.・   .・・.・高知大学学術研究報告………第尊ノ脊…………(lj聯年卜卵爺科学…… Iニ………万・.・.・.・ .・ .・.・    ・ ・・ 定的な概念と捉えた方が√発生的原埋めヰ1心的十六原理が√ノ教授に対俗七与え\る宍示唆や方向性につ 概念としでことのほか強調さ\れるダ「根付き」=の△ 卜ずレ払>モれぢゾは√:「連続性」,……J「只口事・吐」万と軌を 概念低よしりニ層鮮明に捉え八れようよこの連……☆に∧トノ=で特有抑卜えこ I:=乱j………jしゐI一万jし:これjtこ力口=えて, 関で彼は,寸「発生的」に進行すると=は,:し[初源的白……「I; 自然のト最初の徴候から実験に至る途筋乞土そ………巨 れに続く第二の段階,ソ?\まノ=り実験かjら最終的な………i 多分定量的に公式化され=た洞察に至る段階ど,く十丿丿 少なくとも同様に重視す=るしこノとだけを意味す/ず る」68)レと言明しているノこの言明:にょれば「発………と 生的」とは,寸最初の徴候か回ら/実験へ至る途筋」\ぶ の重視ども言い換え\られ得るのである6−方i………ニ ただ単に「第一の現実と第二の現実との継続性」………「 ではなく,∧こごでいう寸最初の徴候か/ら実験へ………t・1・.万 至る途筋」の継続性・連続性こそ,イ根付き」と上干 しても捉えトられ得くる\ものであるノごのことレは先………1=拐 のフレネ歩の実験の場合のT根上についての説ヶレに 明から明らかであるレそれゆえ√「最初め徴候か……や ら実験へ至る途筋」ニの重視である,とも換言し………栢 得る\「発生的」\の概念にとノつては、まさししぐこト ]も七突レぱ/2レ .、 ゝ人fr^r-.. .J.l、i.J-・..l.i・.・ゝふj.ふ..!.r..・.J.4..-F..、.-.「-「←.rr4 1  1.・こ.・」・・‥・/.・∴.・ ・l 四途筋の継続性ヤ・連続性を意味するノ「根付き丁 こそ,その基軸ともいい得る概念で\あ\る。ヶヅア こ I = = る 万 万 乙 … … … j ・ し . ' ・ i ^ ・・ し ・ こ ・ れ j l こ 力 [ i = ・ え て , 牡 り \ ね = け √ 自 ソ 然 の 中 に あ る , ; 盤 フ ゚ と … … = じ ず : の 宍 ヶ j 「 徴 候 士 に 着 目 十イ∧ンがいうところ /に=甘い=で重視するこ l/でj臨ノ実験装置や器

のを阻む

/教授凪

づ==す]……置.・き:換・え・ら・れて いノもノのソに\さ/れていない 耳を立てて,……そ:こ力ゝら 6しる。,ちなみ 唐思い付か ヤイヶンが指 :の指の間, レして遠,ぐ離 る明暗から ーゲシシヤイ … …シがT根件き土の概念を発生的原 犬 >………レレjレ…………∧=………レフ…………レ]………万1ゾ………ニ……ゾ=/j. :……ニ………づ………レ…………レ………j……… 理の中心的概念として位置サけるの ヅも√そして ニ………万=万jIこVニ万万宍=jj=万発生=的原理め構造\……=jノニ…… …ニ==ノ…………\…… ………

「根付き」の概念には√彼の特異な自然観がその

基底にあることは否定できな:い。例え。ば√(いわ………こ= ば自:然から目配せさいれて告げられた発見呻)七……3\ いった表現に象徴される自然観が/これである。………力? これはいって。み。れば「自然科学的着想の=援助者十す としての擬人的自然観」といこい得/るものである。………をj それゆえ発生的教授過程は√この自然観に支え………し: られた確信√すなわち,千自然を観察するこレとが大最 我々に思考する犬ことを求める」7o)=という。確信こを る 拠り所の十うにしている\のであ=る。寸根付き」のニ∇……… jは√=ヶ)・.その中で√ ………「真」の理解」づに k:/う=七発生的原理 ゴ七ズ全体√換言 ∧のプ徊ゼス全体 ノの原理七い/える。 t.……発生的原理の であノると=いレい得 Lゲをご図くるノこ………と・1とよづて

(11)

「即事性」の原理は,∧ごの丁連続的理解」のプロ

セス全体の内容的,いわば客観的条件の保障を

目指しているノつまり「即事性」の原理は,発

生的原理が方向づける教授―学習過程の内容

的・客観的側面のあり方を規定する原理である。

他方,「感情的契機」重視の原理は,そうした「連

続的理解Jir生成的再発見」を遂行する動機づ

けを行ない,子どもが自己活動的・主体的に,

科学の再発見を行ない得る心理的条件を規定す

る。この原理も,「即事性卜の原理同様,十「連続

的理解」,「生成的再発見」のプロセス全体にか

かわっている。しかし,「即事性」の原理が,こ

のプロセスの客観的条件を保障しようとするの

に対してi「感情的契機」重視の原理は,いわば

このプロセスの主観的条件を保障しようとして

いると言える。つまり,こめ原理は,発生的原

理が方向づける教授一学習過程の主観的側面の

あり方を規定する原理である。とはいえ,「即事

性」の原理と「感情的契機」重視の原理とは決

七て相反する原理ではない。また両者は分離し

ては考えられない。それというのも,先述した

ように,「感情的契機」重視の原理は何より「即

事性」に基づいて始めてその効力を発揮し得る

からである。

 そして「根付き」の原理は,特に狭い意味サご

の「根付き」の原理は,自然科学的着想を生む

基盤としての特定の自然現象に視点を集中する

ことによって,一方で「即事性」の原理がかか

わる現実を一層限定的に捉える。他方でこの現

実の限定も含めて,丁連皆陸」の原理がかかわる

[科学の生成]の全プロセスではなく,まさしく

その「生成」の出発点としての特定の自然現象

とのつながりを維持するどい与点で,狭義の「根

付き」の原理は,寸連続性」を維持する範囲を限

定している。しかしながら,▽この「根付き上こ

そは「科学の生成的再発見」の出発点・本質的

契機なのである。いわば,「根付き」の原理は,

「連続性」,「即事性」の原理を集約,先鋭化して

いる原理とも言い得る。それゆえ,発生的原理

を象徴する原理であるども言い得る。このよう

に理解すれば,ヴァーゲンシャインが,「根付き」

の原理を発生的原理の中心原理として位置づけ

ていることにも首肯できよう。とはいえ無論,

広い意味での「根付き」の概念が「連続性」,「即

事性」の原理と重なる原理であることは,ここ

で改めて確認するまでもない。

 ところで,発生的原埋め形成には,い当然のこ

とながら,上これら要素的原理の背景にある種々

の基礎的観念が関与している。その観念の二う

が,個人の精神にしろ,社会にしろ,いかなる

分裂をも容認しない陶冶観である。しかも,こ

の陶冶観の起源を探れば√人間の分裂状態を一

切峻拒する,ヅア六ゲンシヤイシの人間観にま

で遡ることができるものである。これらの観念

が発生的原理において「連続性」を重視する契

機になっているのである。二つ目め観念が,感

動こそ陶冶の本質的契機と捉える陶冶観であ

る。この陶冶観も看過できない。これが発生的

原理において「感情的契機」を重視するという

特質の形成に深くかかわっているのである。そ

してさらに√基礎的観念としでの科学観につい

ていえば,「我々の科学を,成立した科学ではな

く生成しつつある科学として,また我々の背後

にある層[つまり過去の科学]においても生成

しつつある科学としてみる必要がある」74),とす

る生成的科学観が発生的原理の最基底にある科

学観である。このような性格の科学を再発見す

\ることを目指す発生的原理では,でき上がった

科学を受容することではなく,科学菊「生成」

することを必然的にその中心軸に据える。これ

と同時に学習のあり方についてのヴァーゲンシ

ャインの認識にも,「生成」重視という基本方向

を確認することができる。それは「成長途上に

ある人(der

Werdende)は生成するもの(das

Werdende)に即して最も効果的に学習す

る」75),という学習観である。これらの科学観,

学習観が発生的原理で「生成」が重視される根

拠でもある。 ま:た,科学的探究の絶対的権威と

しての自然観や「自然科学的着想の援助者とし

ての擬人的自然観」も,発生的原理における「即

事性」の重視や初源的自然の重視,そしてささ

しやかな自然の徴候,つまりイ根」への着目など

 に決定的にかかわっている。少なくとも,ヴア

 ー¬ゲンシャインの有するこれらの観念が発生的

(12)

  6 6       . . . ・ ・ . ・         ・ . 高 知 大 学 学 術 研 究 報 告 … … 第 体 ソ ゙ 脊 ] ( 呼 胆 り ノ 社 令 科 学 … … … … 万 = = 宍 : j 原 理 の 形 成 ご に 与 か っ て い く る ご と は 擾 か で あ ろ … … … : し : く 註 … … … … 回 … … … ] … … : ニ = 。 y … … … j … … = 万 万 … … … … ∧ \ ニ … … … レ … … … = : ・ . = こ・ レ \ / … … … = 万 . ・ う ⊇   … … … … = 万 … … : … … … … \ , : … … … \ フ ゚ フ ゚ ノ ノ l y 昨 ノ y ≠ , ダ       ・ . ・ . ・ ・         ・ .       ・ . ・ ・ ・ . j … … ニ = … … ∧ … … j J : : : カ 勿 皿 半 レ 市 面・ 匹 ノ フ ゚ = J : j j か V 結◇・語  これまで主として,発生的原理を構成ずる4 つめ要素的原理,すなわ乱「連続性上「即事性」, 「感情的契機」,……「根付きユの意味とそれらの背後 にある観念,∧及びそれら\が与える教授上の方向 づけにづいて明ちかにしできたノ発生的原理ぱ そう/し=だ要素的原理か:ら成/りレ立ち√その中では,万 「根付き」の原理が中心的象 lz七 jとこくろで√これら↓つの要素的原理はいずれ も:,△ 決の 自然科学の陶冶価値Tの成立にノとってTの不可 要件である=\自然科学のアスペクトカラクタ

一の認識を獲得する方法の具体化の原理7りを示\

している√といい得るレしかも,/それは範例的∧

       =      ■=・■-W −   ■■・:■■ uユ 長七臨乱=臨滅臨齢 映的長≠ =/………\j ノ シ・:ヤ l.レ万万 j・・:  . ・八八:・・≒パ ・ E ..・.・..・.:・・.・ .゜.・・・ ・  ・ /.・・ .・.・..ト:ト.ノ.・口 的考察にようずにいアズペクトガテクターを\ニ1……\……:=-i・.・・万万. 議する方法である:.ニレ\‥‥‥‥‥  ‥ ‥‥‥‥‥‥‥‥万9l・.=..:)・..・jlj=に宍 そこそi,\とし万力ム ■ ■    : ・・・.・・ ..   .・ ・.・ . ..  ・   ・.・・.』/4/

原理にお

論的考察

認議する

は,し分裂を拒み,ト,感動を本質的契機とする陶冶………jyj= 観,△岑らにその背後にあ/るい人間のいかなる分……j∧ケ:j・ .: 裂状況を:も認めない人間観が,\他方では√生成…………11ヤ 裂状況をこも認めない人間観が,く他方では√生成………… 的科学観と√自然こそ科学的探究における絶対………J= 的権威者かう援助者である\とするづ自然観レすな十\ わち,かつでクレードル(W。Kroebel)ヵV卜自  ゲ 然に心酔しきうている」77)とヴア≒ゲ。ンシャイ ンを批評した特異な自然観がそめ基底にある, といえよトう/。:‥‥‥‥   ‥‥十 ‥‥‥‥‥‥  なお本稿では,発生的原理が,教授の構成yや/ 展開にいかなしる基本的方向ブけ・原則的示唆を 与え/るかを示すに留ま呪ト教授で扱われ=る内容 それぞれに則して 示唆が具体的にはど/のような形をとらて現われ るのか,つまり/発生的教授の構成と展開にづい ての分析とノ考察;は残されたままである6……I・発生的 教授論を構成する範例的なテーすの限定め問題 やソクラテス的方法め意義など七ういても吟味 が必要亡命=石。〉=これらの点については=,□次回以 降の課題としたい。………=……… > − … … … 万 2 1 i j g . , 1 9 8 6 , ト H . 4 . o d 。 1 9 8 7 , 耳 . L 1 5 J g . , 曜 バ ま . ヴ ノ ア ニ ゲ ン も た 1 0 年 ご と の 節 目 負 を 組 ん で き た . ) , l a r i s c h e . L e h r e , 3 . r e c h u n g v o n H . 屈 レ L e h r e , i n : ぶ 祐 j レ U 乙 : 亀 叩 ノ … … … … 呟 : μ が φ £ 砂 加 町 1 2 . [ ∧ > く く = く = ・ . . ・ . .       ・ . 励 C k 〉 ゐ S ソ ゙ h e m e n s 辞 か 吻 師 乱 B r a u n -が ん く M a r t h 万 D 沁 恥 1 9 7 3 , S . 4 0 1 ' . 冗 が i c h e s … … V e r s t e h e n ト(以下にU皿と略記), 壮筆者丿以下同様。ト 上班<=……=Wh・genschein, und∧exaktesヤT)p.nkp,n ituttgartケ坤7り√S.379. し廠パsehen 収yレ(以下, √Stリttgart   ●・ ●Prinzip 犬Unter-削デI……Gymnasium ト1972√S、338. ジケペ:M・1.=ヴアこゲ 右重点移行の意味

(13)

 一」(以下,拙稿Iと略記),『日本理科教育学会  研究紀要』, Vol.28, No.2, 1987, 20-21頁参照。   「発生的」の概念の変容については,拙稿,  「M・ヴァーゲンシャインの科学教授論における  『発生的』の概念とその変容」(以下,拙稿IIと  略記),教育方法研究会,『教育方法学研究』,j第  八集, 1988, 119-125頁参照。 ■■■    ■  ■   自然科学のアスペクトカラクターの認識と自  然科学の陶冶価値の成立との関係については,  拙稿,「自然科学の陶冶価値の認識構造分析一 M.ヴァプゲンシヤ不ンの物理教育論の場合 一」,教育方法研究会,『教育方法学研究』,第七  集, 1986, 63-85頁参照。 26) W. Kohnlein, PMW, S.450. 27) U I, S.381. 28) UII, S.178. 29) GP, S.338. 30)U I , S.331 3!) UII, S.91. ,       \ 32)例えば, ebenda, S.27, 91, UI, S.383, M.  Wagenschein, Die pad昭oeiscfie Dimmension  der Physife(以下,PDPと略記), 3. erganzte  Aufl., Braunschweig 1971, S.llOf.なお,エド  ゥアルト・シュプランガー,岩間浩訳,『小学校

 の固有精神』,槙書房, 1981,では。,Verwandelt- Bewahren“が,[変化しつつ保持すること],と  訳出されている。

33) UII, S.178.

34)例えば, M. Wagenschein, Was bleibt ?, in: J. Flugge (Hrsg), Zur Patkologiedes Unter- richts.Bad Heilbrunn, 1971, S.84, GP, S.342. 35) PDP, S.51.      + 36) UII, S.58.         + 37)例えば, UII, S.88f, GP.342, PDP, S.309. 38) GP, S.342. 39卜UII, S.91.    \ 40) U I, S.383. 41)・例えば, PDP, S.83, 87. 42) UI, S.525. 43)例えば, U 1, 524f. UII, S.75, 77. 44) U I, S.524. 45) UII, S.77.  , : 46) U I, S.524.   ト 47) Ebenda, S.524.    し 48) NSV, S.lOl. 49) UII, S.58. 50) Ebenda, S.70. 51) NSV, S.90.この標語は,「直接的なものの優  位」とも言い換えられている。 52) U I , S.525. 53) NSV, S.IOO. 54) UII, S.76.       十 55)・U I, S.506. 56) UII, S.76.     し 57卜PDP, S.126. 58) Ebenda, S.122. 59) UII, S.76. 60) Ebenda, S.76レ 61) Ebenda, S.76f. 62)PDP√S.125. 63) U!I, S.70. 64)例えば, ebenda, S.25, 61, 70, UI, S.521,  NSV, S.21.シモーヌ・ヴェーユ,山崎庸一郎訳,  『根をもつこと』,‥春秋社, 1981, 61頁。ただし,  ヴェこユの「根付き」の概念拉,ヴァーゲンシ  ャインのそれよりもずっと広いことはいうまで  もない。なお,引用部分は筆者の訳出による。 65) UII, S.89f, 178. 66) Ebenda, S.62. 67) Ebenda, S.63. 68) Ebenda, S.lll. 69) Ebenda, S.63. \ 70) Ebenda, S.71. 71) Ebenda, S.lll. 72) Ebenda, S.63.       ト 73) Ebenda, S.63. 74) Ebenda, S.25.        + 75) Ebenda, S.93.  ‥  犬 76)自然科学のアスペクトカラクターの認識を得  るプロセスにて)いては,拙稿I, 19-21頁,拙稿  II, 122-124頁参照。        白±

77卜W. Kroebel, Stellungnahme zu dem Buch :

 Martin Wagenschein, Urspriingliches

Verste- hen und exaktes Denken, in: Dびmathma一

 tische und naturwissenschaftliche Unterrickt,

(14)

参照

関連したドキュメント

実際, クラス C の多様体については, ここでは 詳細には述べないが, 代数 reduction をはじめ類似のいくつかの方法を 組み合わせてその構造を組織的に研究することができる

これらの定義でも分かるように, Impairment に関しては解剖学的または生理学的な異常 としてほぼ続一されているが, disability と

これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

このように、このWの姿を捉えることを通して、「子どもが生き、自ら願いを形成し実現しよう

ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配

市民的その他のあらゆる分野において、他の 者との平等を基礎として全ての人権及び基本

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

自分ではおかしいと思って も、「自分の体は汚れてい るのではないか」「ひどい ことを周りの人にしたので