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琉球の「海馬」(ジュゴン)の名称について: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

琉球の「海馬」(ジュゴン)の名称について

Author(s)

当山, 昌直

Citation

史料編集室紀要(34): 1-10

Issue Date

2011-02-25

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/8361

Rights

沖縄県教育委員会

(2)

史 料 編 集 室 紀 要 第 34 号 (2011)

琉 球 の 「海 馬」 (ジ ュ ゴ ン) の 名 称 に つ い て

当 山

昌 直

は じ め に

ジ ュ ゴ ン Dz’goηg ぬ goη (M aller, 1776) は 、 海 牛 目 ジ ュ ゴ ン 科 に 属 し 奄 美 ・ 沖 縄 地 域 で は ザ ン、 ザ ン ヌ イ ユ、 ア カ ン グ ワ イ ユ、 宮 古 地 域 で は ヨ ナ タ マ、 八 重 山 地 域 で は ザ ン、 ザ ヌ な ど と 称 し て い る。 そ の 主 な 分 布 は 紅 海、 イ ン ド 洋、 太 平 洋 の 熱 帯 か ら 亜 熱 帯 海 域 に 生 息 し、 琉 球 が そ の 北 限 に あ た る。 黒 潮 に 乗 っ て、 九 州 や 本 州 へ 漂 流 し た と 思 わ れ る 例 も あ る が、 現 在 確 実 に 定 着 し て い る と 思 わ れ る の は 沖 縄 島 だ け で あ り、 奄 美 諸 島、 宮 古 諸 島、

八 重 山 諸 島 か ら の 定 着 確 認 情 報 は な い。

方 言 で は 「ザ ン」 な ど と 呼 ば れ て い る が、 近 世 琉 球 の 史 料 で は 「海 馬」 と 記 さ れ て いる。

つ ま り、 庶 民 の 呼 び 方 と 史 料 に み る 名 称 と が 一 致 し な い と い う こ と に な る。 一 方、 中 国 か ら の 使 者 が 記 し た 冊 封 使 録 で は、 ジ ュ ゴ ン の こ と を 「海 馬 」 と し て 紹 介 し て い る が、 「海 馬」 は 中 国 で は 空 想 上 の 動 物 と い う こ と に な っ て い る。 琉 球 関 連 の 古 文 書 に 出 て く る 「海 馬」 の 語 源 等 に つ い て 、 当 山 (2011) の 報 告 が あ るが、 ま だ 十 分 に 説 明 さ れ た と は い え な い。 こ こ で は、 当 山 (2011) を も と に 新 た な 資 料 も 加 え

て 検 討 し た 結 果 を 報 告 す る。

規 模 帳 と 冊 封 使 録 に み る 「海 馬」

近 世 琉 球 に お い て、 八 重 山 か ら租 税 と して ジュ ゴ ンの 肉 (皮) が 首 里 王 府 へ 納 め ら れ て

い て 、 新 城 島 だ け に そ の 捕 獲iが 認 め ら れ て い た (得 能, 2002)。 八 重 山 に お け るジ ュ ゴ ン 関 連 の史 料 と し て、 1768年 に ま と め ら れ た 『与 世 山 親 方 八 重 山 島 規 模 帳』 が あ り、 そ れ に は ジ ュ ゴ ン に つ い て 次 の よ う に 記 さ れ て い る。 新 城 村 之 儀、 諸 役 人 β 海 馬 井 亀 杯 毎 度 所 望 入 有 之、 所 之 痛 二 相 成 由 候 間、 向 後 御 用 之 外 所 望 入 可

召 留 事

【解 釈 文 】 新 城 村 は 諸 役 人 か ら ジ ュ ゴ ン な ら び に カ メ な ど を い つ も 所 望 さ れ、 村 の 悩 み と な っ て い る の で 今 後 御 用 の ほ か は 所 望 す る こ と を 禁 ず る 。 〈石 垣 市 総 務 部 市 史 編 集 室 編 『石 垣 市 史 叢 書 2』 1992よ り〉 T o YA M A, M asan ao: κ α1わα, the d ug on g (−Dz‘g oη 9 4∼‘g o1?9): a s 加dy o nits n o m e nclature in historical ln aterialS 一 1 一

(3)

史 料 編 集 室 紀 要 第 34号 (2011) こ の 文 書 で は、 ジ ュ ゴ ン の こ と を 「海 馬」 と 記 し て い る の に 注 目 さ れ る。 そ れ よ り 古 い

「海 馬」 の 記 録 と して は 冊 封 使 によ る 記 録 が あり

、 1721年 の 徐 藻 光 『中 山 伝 信 録』 で は 次

の よ う に 記 し て い る

〔海 馬〕 馬 首 魚 身 無 鱗肉 如 家 頗 難得 得者 先 以 進 王

(沖 縄 県 立 図 書 館 編 『徐 藻 光 中 山 傳 信 録 下』 1977よ り : 返 り 点 を 省 略) 首 は 馬 の よ う で、 体 は 魚 の よ う だ が 鱗 は な く、 肉 は 豚 の よ う で あ る。 大 そ う 得 が た い も の で、 つ か ま え る と ま ず 国 王 に 捧 げ る。 (原 田 禺 雄 訳 注 『完 訳 「中 山 傳 信 録」』 1982よ り) こ の 文 書 で は、 「馬 首」 の 部 分 が 注 目 さ れ る。 つ ま り、 首 は 馬 の よ う に 長 い と い う こ と に な る か ら で ジ ュ ゴ ン の 形 態 的 な 特 徴 を 反 映 し て い な い の で あ る。 「疑 わ し い も の は 除 き、 確 実 な も の を 残 し て、 信 を 伝 え て い る (島 尻, 1983)」 と さ れ る 『中 山 伝 信 録』 で は あ る が、 疑 問 の 残 る 部 分 で あ る。

2. 歴 代 宝 案 に み る 「海 馬」

14

24年 か ら1867年 ま で の 琉 球 王 国 の 外 交 文 書 を 収 録 し た 『歴 代 宝 案』 に は

中 国 明 朝 皇

帝 か ら 琉 球 国 中 山 王 あ て の1428年 の 文 書 中 に 海 馬 が 記 さ れ て い る。 (原 典 は漢 文)

皇 帝 よ り 国 王 尚 巴 志 へ 頒 賜 の 勅 諭 と 目 録 (14281013) 皇 帝、 琉 球 国 中 山 王 尚 巴 志 に 勅 諭 す。 王 能 く 天 道 に 敬 順 し 朝 廷 に 遵 事 す 〈中 略〉

頒 賜

国 王

〈略〉

織 金胸 背 麟 麟 紅一 匹

織 金胸 背 海 馬 青 一 匹

〈略〉

(沖 縄 県 立 図 書 館 史 料 編 集 室 編 『歴 代 宝 案

馬 海

調

図 1 空 想 上 の 「海 馬」 (三 才 図 絡 よ り) 訳 注 本 第 一 冊』 1994よ り)

『歴 代 宝 案

訳 注 本 第 一 冊』 で は、 「海馬」 の 注 の な か で 「伝 説 上 の 動 物。 海 の 中 に お

一 2 一

(4)

史 料 編 集 室 紀 要 第34号 (2011) り 、 馬 に 似 て 早 く 走 る と い う。 武 官 の 九 晶

に こ の 紋 様 が 用 い ら れ る」 と 説 明 し て い

文 書 の 内 容 と し て は 伝 説 上 の 動 物

「海 馬」 が 描 か れ た 羅 (薄 く 織 っ た 絹 布)

な ど を 琉 球 国 王 に 賜 る と い う こ と で あ る 。 つ ま り、 こ こ で い う 「海 馬」 は 「離 麟」 と

同 様 に 伝 説 上 の 動 物 と い う こ と で あ る。

史 料 編 集 室 に お い て 編 集 中 の 『 歴 代 宝

案 』 で あ る が 、 400年 余 年 に わ た る 多 量 の 文 書 中、 「海 馬」 の 記 述 は 上 記 の み で、 現 在 の

と こ ろ 琉 球 の 「海 馬」 に 関 す る 記 述 は 見 つ

か っ て い な い と い う。 こ の こ と は、 少 な く

と も 琉 球 の 「海 馬」 は 進 貢 交 易 の 対 象 に は

入 っ て い な か っ た こ と を 示 し て い る と 考 え ら れ る 凸 5 恥 ⑦ ③ ρ ⑩

⑪ 蛇 、 { \ 廼 ⑥ 、 ② 轟

⑨ . ① 9 鼻

⑤ 勢 」 遭 の ( 図 2, 脊 獣 (先 頭 か ら ① 仙 人 騎 鳳、 ② 蕪 麟、 ③ 鳳 鳳 ④ 獅 子 、 ⑤ 海 馬 、 ⑥ 天 馬 、 ⑦ 押 魚 、 ⑧ 稜 ⑨ 狸 雪 ⑩ 斗 牛 ⑪ 行 什) 〈高 橋 (1999) よ り ; 原 典 は 『 中 国 歴 代 装 飾 模 様 大 典』)

. 脊 獣

(走 獣) に み る 「海 馬」

高 橋 (1999) は、 屋 根 上 の 霊 獣と し て 中 国 紫 禁 城 の 大 和 殿 の 屋 根、 隅 棟 に は 脊 獣 が た く

さ ん 並 ん で い る こ と を 紹 介 し て い る。 大 和 殿 の 脊 獣 の 並 び は、 先 頭 か ら① 仙 人 騎鳳、 ② 麟

か い ば お う き よ さん げ い か い ち ぎ よ う じ ゆ う 麟、 ③ 鳳 鳳、 ④ 獅 子、 ⑤ 海 馬、 ⑥ 天 馬、 ⑦ 押 魚、 ⑧ 狡 狙、 ⑨ 狸 秀、 ⑩ 斗 牛、 ⑪ 行 什 と し、 こ の 脊 獣 は、 建 物 の グ レ ー ドが 下 が る ご と に、 数 を 減 じ る と し て い る。 高 橋 (1999) は、

脊 獣 の 名 称 を 『申 国 伝 統 図 案 系 列』 等 に 因 っ た と し、 『中 国 歴 代 装 飾 模 様 大 典』 か ら 脊 獣

図 を 紹 介 し て い る。

識 灘

人 囎 と後方の 智 秤 を除いて九 靴 し、

写 真 1 , 紫 禁 城 の 大 和 殿 の 脊 獣 筆 者 は、 2009年 12月 、 紫 禁 城 の 屋 根、 隅 棟 に 並

ぶ 脊 獣 (走 獣) を 観 察 す る 機 会 が あ っ た (写 真

1 )。 高 橋 (1999) に よ れ ば、 先 頭 の 仙 人 騎 鳳 か ら

数 え て 5 番 目 が 海 馬 に あ た る と い う こ と に な る の

だ が 、 現 地 の 日 本 語 音 声 案 内 に よ る と、 先 頭 の 仙 9 と い う 数 字 が も っ と も 数 と し て 位 が 高 い と し て い る。 一 3 一

(5)

史 料 編 集 室 紀 要 第 34 号 (2011)

そ れ で 先 頭 の 仙 人 騎 鳳 を 除 い て 4

番 目 を 「海 馬」 と し て い る。

『中 国 古 代 建 築 辞 典』 (北 京 市

文 物 研 究 所 編1992) に よ る と

仙 人 は 走 獣 と は 別 に さ れ、 仙 人 の

くユ 

後 ろ の 獣 類 を 「走 獣」 と し て い る

( 図 3 参 照 ) そ し て 大 和 殿 の 走 獣 の 並 び 方 を 麟 麟、 鳳 風、 獅 子 天 馬 海 馬 狡 狙 押 魚 狸 秀

斗 牛 の 順 で 示 し て お り、 海 馬 と 押

魚 の 位 置 が 一 つ 後 ろ に 移 動 し て い

る 。 つ ま り 、 「海 馬」 は 「天 馬」 の 後 ろ に 位 置 し て い る。 天 馬 は 羽 を 備 え て お り 形 態 が 似 て い る 海 馬 と は 区 別 が で き る が 、 大 和 殿 の

写 真 か ら は 確 認 で き な い。 紫 禁 城

滋 》

‘ 押 漁 .》 図 3

く 涛 漏 ♪

醐 当)

走 獣 (『中 国 古 代 建 築 辞 典』 よ り)

簿

唖 獅 〉 ’ 愈 藍獲 挽 } .駿 (斗 牛 》 内 の 走 獣 は 大 和 殿 以 外 に も み ら れ る が 走 獣 の 数 は 少 な く な っ て い る。 筆 者 は 紫 禁 城 以 外 で は、 天 壇 公 園、 国 子 監 で も 走 獣 を 見 る 機 会 が あ っ た (写 真 2、 3)。 国 子 監 の 走 獣 写 真 を 拡 大 し た の が 写 真 4 で あ る 前 に 位 置 す る 馬 は、 図 2、 3 の 「天 馬」 と 同 じ く 羽 の よ う な 形 態 が 確 認 さ れ る と す る と 「海 馬 」 は 「天 馬 」 の 後 ろ に 位 置 し て い る こ と に な る し た が っ て 並 び 順 に つ い て は 今 の と こ ろ 北 京 市 文 物 研 究 所 編 (1992) に 示 す 「天 馬」 「海 馬」 の 順 が 妥 当 だ と 思 わ れ る が ま だ 断 定 は で き な い。 こ の こ と に つ い て は、 今 後 の 調 査 が 望 ま れ る

紫 禁 城、 天 壇 公 園、 国 子 監 の 走 獣 を 観 察 し

て み る と 走 獣 の 数 が 減 っ て も 先 頭 に は 仙

人 騎 鳳 が 存 在 し、 そ の 後 ろ の 走 獣 が 後 方 か ら

減 少 し て い る こ と が 観 察 さ れ る。 海 馬 は、 走

獣 の 半 分 付 近 に あ り

建 物 に よ っ て 走 獣 の 数

が 減 っ た と し て も 建 物 に 残 る 機 会 は 少 な く は

写 真 2 建 物 に よ っ て 走 獣 の 数 が 異 な る (天 壇 公 園) (1) 本 稿 で は、 高 橋 (1999) と 北 京 市 文 物 研 究 所 編 (1992) に し た が っ て、 仙 人 騎 鳳 と 行 什 を含 め た の を 脊 獣 と し、 仙 人 騎 鳳 と 行 什 を 除 い た 九 獣 を 走 獣 と 称 し て お く。 一 4一

(6)

史 料 編 集 室 紀 要 第 34 号 (2011) な い と い え よ う。 つ ま り、 そ れ だ け 人 目 に 触 れ る 機 会 も 多 く、 比 較 的 な じ み の あ る 走 獣 と い え る か も し れ な い。 い ず れ に せ よ、 走 獣 に み る 海 馬 は 霊 獣 で あ り、 架 空 の 動 物 で あ る こ と は 明 ら か で あ る 架 空 の 動 物 と し て の 「海 馬」 に つ い て、 走 獣 の 形 態 を 示 す 図 2、 3 か ら 「海 馬」 の 形 態 を み る と、 ほ ぼ 「馬」 の 形 と 同 じ で あ る こ と が わ か る。 と て も ジ ュ ゴ ン に 類 似 し て い る と は い え な い。 話 を 元 に 戻 そ う。 そ も そ も、 中 国 か ら や っ て き た 冊 封 使 は、 高 い 教 養 を 積 ん で お り、 空

想 上 の 動 物 「海 馬」、 加 え て 紫 禁城 等 の 政 治 の 中 心 で あ る 建 物 の 隅 棟 に 乗 っ て い る 走獣 の

こ と も 知 っ て い た か も し れ な い。 写 真 3. 先 頭 に 仙 人 騎 鳳 、 麟 麟、 鳳 風、 獅 子 、 天 馬 、 海 馬 と 続 い て い る (国 子 監) 藏 薫 蕩

写 真 4, 写 真 3 の 「天 馬」 と 「海 馬」 部 分 の 拡 大

南 島 志 に み る 「海 馬」

と こ ろ で、 琉 球 か ら 遠 く 離 れ た 江 戸 で は、 1719年 に 新 井 白 石 が 『南 島 志』 の 中 で 海馬 に

つ い て 次 の よ う に 記 し て い る。 亦 名 海 馬 馬 首 魚 身 皮 厚 而 青 其 肉 如 鹿 人 常 旦 啖 之。

(新 井 白 石 『南 島 志

巻 下

物 産』 よ り : 返 り 点 を 省 略)

内 容 を み る と、 『中 山 伝 信 録』 の 海 馬 の 項 と 類 似 す る。 「其 肉 如 鹿」 と ある の で、 海 棲 哺

乳 類 で あ る こ と に は 間 違 い な い だ ろ う。 こ こ で は ジ ュ ゴ ン の こ と を 指 し て い る と み る こ と が で き よ う

新 井 白 石 は1710年 と14年 に 琉 球 使 節 と 面 談 し、 日 本・ 中国 の 文 献 を参 考 に し て 本 書 を 執

一 5一

(7)

史 料 編 集 室 紀 要 第 34号 (2011) 筆 し た と さ れ て い る の で (宮 崎, 1983)、 当 時 か ら 「馬 首

魚 身」 と い っ た よ う な 形 態 的 な 認 識 が 一 般 的 に 存 在 し て い

た と 考 え ら れ る。 徐 藻 光 も そ れ を 踏 襲 し たと い うこ と に な

る の だ が、 ジュ ゴ ン に 接 す る機 会 は 中 国 にお い ても 皆無 に

等 し い こ と、 お よ び 当 時 の 沖 縄 で も 得 が た い も の で あ っ た

こ と か ら 実 物 は 見 て い な い と 想 像 さ れ る。 紡 錘形 を した ジ

ュ ゴ ン の 体 型 を み た ら、 馬 の 首 に似 たと は記 さ ない はず で

あ る お そ ら く、 ジ ュゴ ン を 意 味 す る 「海 馬」 が 17世 紀 以 前 の

琉 球 関 係 史 料 に も 記 さ れ て い た の で は な い か

と 思 わ れ

る。 そ れ が 冊 封 使 録 に 「海 馬」 と 記 さ れ る こ と に な っ た の

写 真 5 ジ ュ ゴ ン の 体 型 (鳥 羽 水 族 館 に て 撮 影)

で は な い だ ろ う か。 徐 藻 光 の 『中 山 伝 信 録』 よ り 古 い 新 井 白 石 の 『南 島 志』 (1719年 脱

稿) は、 琉 球 使 節 と 面 談 し 執 筆 し た と さ れ て い る こ と か ら、 当 時 の 琉 球 の 知 識 人 は 「海

馬」 を 一 般 的 に 使 用 し て い た こ と を 裏 付 け て い る と 考 え ら れ る の で は な い だ ろ う か。

京 都 大 学 蔵 『沖 縄 節 用 集 』 に み る 「海 馬」

京 都 大 学 文 学 部 所 蔵 「琉 球 資 料 七 〇 (国 つ11)

節 用 集残欠」 に つ い て、 池 宮 (1986)

は、 本 土 中 近 世 に 広 布 し た 「節 用 集」 と は ま っ た く 異 な る も の と 断 っ た う え で、 近 世 沖 縄

人 に よ っ て 編 集 さ れ た と 思 わ れ る と し、 本 資 料 を 『沖 縄 節 用 集』 と 名 付 け た。 池 宮

(1

986) は、 近 世 琉 球 の 方 言 だ け で なく 衣 食 住 等 の 生 活 に 関 す る 情 報 が 含 ま れ て い る と し

て 翻 字 し た 内 容 を 紹 介 し て い る 高 橋 ・ 高 橋 編 (2008) は 『 沖 縄 節 用 集 』 の 研 究 成 果 を く ラ

『琉 球 和 名 集』 に ま と め た。 そ れ に は 『沖 縄 節用 集』 の 影 印 本 文、 翻 字 本 文、 札 記 な ど が

掲 載 さ れ て い る。 そ の 史 料 中 の 語 彙 に 晦 馬」 と あ り、 「ザ ン」 と フ リ ガナ が ふ ら れ て い

る こ と が 確 認 さ れ る。 つま り 海 馬 を ザ ン と 呼 ん で い た の で あ る 高 橋 ・ 高 橋 (2008a) は、 報 告 書 の 序 言 の 中 で 「多 く は 近 世 の 琉 球 文 化 に 関 す る 語 彙」

と し な が ら も そ の 内 容 に つ い て は

「室 町 の 古 辞 書 の 影 響 を 考 え な け れ ば 説 明 が つ か な

い」 と し、 さ ら に 「そ の 経 緯 を 証 明 す る の は 容 易 で は な い」 と 記 し て い る。 (2) 高 橋 ・ 高 橋 編 (2008) で は 琉 球 の 「節 用 集 」 の こ と を, 日 本 の 古 辞 書 の 歴 史 か ら み て、 い ろ は 排 列 を 原 則 と す る 「節 用 集」 と 呼 ぶ べ き で は な く、 意 味 分 類 体 の 「和 名 集」 に 属 す る と 見 る べ き と し、 『琉 球 和 名 集』 の 新 称 で 紹 介 し て い る。 関 連 し て、 池 宮 (1986) も 「節 用 集」 と は 異 な る こ と を 認 め な が ら も 『沖 縄 節 用 集』 と 称 し て い る。 筆 者 は、 原 典 の 名 称 を 残 し た い こ と と 初 出 文 献 に 記 さ れ た 名 称 と し て 『沖 縄 節 用 集』 と 呼 ぶ こ と に し た。 一 6 一

(8)

史 料 編 集 室 紀 要 第 34号 (2011) 高 橋 ・ 高 橋 (2008b) は 、 札 記 の 中 で 「 海 馬 」 に つ い て 次 の よ う に 説 明 し て い る。 「(略) 『海 馬 』 は タ ツ ノ オ ト シ ゴ を 指 す ほ か、 ア シ カ、 セ イ ウ チ 等 の 海 獣 を 指 す。 天 正 四 ア シ カ ア ジ カ

年 本 新 撰 類 聚 往 来 に 『海 馬』、 易 林 本 節 用 集 に 『海 馬』 と あ る。 ジ ュ ゴ ンの 北 限 は 奄 美 大

島 で あ り、 沖 縄 近 海 に 棲 む 海 獣 と し て、 ザ ン を あ て た も の か」。 こ こ で は 「海 馬 」 の 第 一 の 意 味 と し て、 タ ツ ノ オ ト シ ゴ、 ア シ カ 等 を あ げ て い る。 そ の 次 に ジ ュ ゴ ン (ザ ン) が 出 て く る わ け だ が、 本 来 は タ ツ ノ オ ト シ ゴ や ア シ カ に あ て た も の、 と い う こ と に な る。 簡 単 に い え ば ジ ュ ゴ ン に 海 馬 と あ て る の は 本 来 の 意 味 で は な い と い う こ と に な る。 と こ ろ で、 高 橋 (1998) は 「海 馬」 を タ ツ ノ オ ト シ ゴ と 説 明 し て い る。 高 橋 (1998) が

引 用 し た 『重 修 政 和 経 史 証 類 備 用 本 草』 に は タ ツ ノ オ ト シ ゴ の 特 徴 を 示 し て い る と 思 わ れ

る 「虫 形 若 馬 形」 「頭 如 馬 形」 の 文 字 が 確 認 さ れ る。 ま た、 高 橋 (1998) の 中 で、 「海 馬」 くヨ 

の 詳 し い 記 述 が あ る と 紹 介 さ れ て い る 『重 訂 本 草 綱 目 啓 蒙』 を 調 べ た と こ ろ 「海 馬」 は カ

イ バ 、 リ ュ ウ グ ウ ノ ウ マ、 タ ツ ノ オ ト シ ゴ な ど と 呼 ば れ、 次 の よ う な 記 述 が あ っ た。 「(略) 海 馬 ハ 海 礒 ノ 藻 中 二 多 シ 又 漁 網 中 ニ モ マ ジ リ 入。 頭 馬 ノ 如 ク、 身 ハ 蝦 ノ 如 ク 、 タ カ ク ト カ ゲ 蜴 ノ 如 シ。 背 慨 縷 シ テ 稜 ア リ。 節 多 シ。 尾 ハ 石 竜 子 二 似 テ ミ ナ 内 二 巻 曲 ス。 (略)」。 こ の 海 馬 の 記 述 は 形 態 や 生 態 か ら み て も 明 ら か に タ ツ ノ オ ト シ ゴ 類 を 指 し て い る。 一 方、 高 橋 (1998) は 古 辞 書 ・ 往 来 物 で 「 あ し か」 の 表 記 を 見 て 行 く と、 「海 馬」 は 一 つ も 見 ら

れ ず、 「葦 鹿」 や 「海 鹿」 が 多 か っ た と し て い る。 『天 正 四 年 本 新 撰 類 聚 往 来』 や 『易 林 本

節 用 集 』 で は 「海 馬 」 を 「ア シ カ」 「ア ジ カ」 と 称 し て い る が、 他 の 古 辞 書 類 で は 「ア シ カ」 は 別 物 で あ っ て 晦 馬」 を タ ツ ノ オ ト シ ゴ 類 と し て い る の が 多 く 見 ら れ る の で あ る。 つ ま り、 中 近 世 の 辞 書 に お い て、 「海 馬 」 の 第 一 意 が タ ツ ノ オ ト シゴ で あ っ て、 「ア シ カ 」 は そ の 次 か ま た は 別 物 と い う こ と の よ う で あ る。 い ず れ に せ よ 、 ア シ カ と タ ツ ノ オ ト シゴ と い う そ れ ぞ れ 別 の 動 物 分 類 群 で は あ る が、

「海 馬」 の 呼 び 方 等 に お い て、 中 近 世 時 代 か ら 若 干 の 混 乱 が み ら れた、 と いう こ と に な ろ

6, 現 代 辞 書 に み る 「海 馬」

「海 馬」 を 『 大 漢 和 辞 典』 で ひ く と 「① 海 産 小 魚 の 名 。 た つ の お と し ご。 頭 は 馬 に 似、 直 立 し て 遊 泳 す る。 水 馬。 〈後 略〉 ② 海 獣 の 名。 せ い う ち。 艦 長 丈 餓 に 達 し、 灰 蒼 色 で 脊 鰭 な し、 肉 は 食 用 と な る」 と 記 さ れ て お り、 ジ ュゴ ン の 名 称 は 出 て こ な い。 次 に 『 広 辞 (3)小 野 蘭 山 (1991) 『本 草 綱 目 啓 蒙 3』 東 洋 文 庫540, 平 凡 社. を 使 用。 一 7 一

(9)

史 料 編 集 室 紀 要 第 34号 (2011) 苑 』 (第 五 版) で ひ く と 「① (sea− horseの 訳 語)、 ア. セ イ ウ チ お よ び ト ド の 別 称。 イ. タ ツ ノ オ ト シ ゴ の 別 称。 ② ジ ュ ゴ ン の 誤 称。 〈後 略>」 と あ り、 日 本 語 の 「海 馬」 は 英 語 名 の sea−hoseの 訳 で あ る と し て、 セ イ ウ チ や タ ツ ノ オ ト シ ゴ の 別 称 で あ る と し、 「海 馬」 を 「ジ ュ ゴ ン」 と す る の は 間 違 い で あ る と し て い る

興 味 深 い の は、 『大 漢 和 辞 典』 と 『広 辞 苑』 と で タ ツ ノ オ ト シ ゴと セ イ ウ チ の 順 序 が 逆

に な っ て い る こ と で あ る。 『大 漢 和 辞 典』 は 日 本 の 中 近 世 の 辞 書、 『広 辞 苑』 は西 洋 の 影 響

を 受 け て い る よ う に み え る

7. 琉 球 史 料 に み る 「海 馬」 の 検 討

沖 縄 や 八 重 山 で は ザ ン と 呼 ば れ る ジ ュ ゴ ン で は あ る が、 近 世 琉 球 史 料 に は 「海 馬」 と 記

さ れ て い る 一 方 中 国 に お け る 「海 馬 」 は 空 想 上 の 動 物 に な っ て い る が 徐 藻 光 『 中 山 伝 信 録』 等 の 冊 封 使 録 に は ジ ュ ゴ ン の こ と を 「海 馬」 と 記 し て い る。 し か し、 記 述 を み る

と 馬 の 首 に 似 る と 記 さ れ て お り、 形 態 的 な 誤 認 が 認 め ら れ る。 同 様 に、 『中 山 伝 信 録』 よ

り 古 い 『南 島 志』 に も 「海 馬」 が 認 め ら れ る が 「馬 首」 な ど と 記 さ れ 『中 山 伝 信 録』 と 似

た よ う な 表 現 が 存 在 す る

こ の こ と は

徐 藻 光 や 新 井 白 石 が 参 考 に し た 古 い 辞 書 に 「海

馬 」 の こ と が 記 さ れ て い た の で は な い か と い う 考 え に 行 き 着 く 。 そ れ を 裏 付 け る も の が 『 沖 縄 節 用 集 』 で あ ろ う。 高 橋 ・ 高 橋 (2008a) は、 こ の 史 料 に つ い て は 室 町 期 の 古 辞 書 類 の 影 響 を 考 え な け れ ば 説 明 が つ か な い、 と し て い る。 す な わ ち、

こ の よ う な 古 辞 書 が17世 紀 以 前 に は 琉 球 に 入 っ て き て、 『沖 縄 節 用 集』 の よ う な和 名 集 が

つ く ら れ る き っ か け に な っ た と 考 え る こ と が で き る。 『中 山伝 信 録』 『南 島 志』 の 「馬 首」

と し た 部 分 は、 中 近 世 の 古 辞 書 に ある 「タ ツノ オ ト シ ゴ」 の部 分 を 混 同 し た こ と が 原 因 だ

と す る 考 え 方 も 成 り 立 つ か も し れ な い。 逆 に、 そ の こ と は 琉 球 の 「海馬」 が 本 土 の 古 辞 書

の 影 響 を 受 け た と い う 証 拠 に も な る だ ろ う

ま た

、 現

代 の 辞 書 に み ら れ る 「海 馬」 の 意 味

と し て の タ ツ ノ オ ト シ ゴ や セ イ ウ チ は、 中 近 世 の 辞 書 か ら の 影 響 を う け て い る と し て み る こ と が で き よ う。 琉 球 で は 古 く か ら 「ザ ン」 な ど と 方 言 で 呼 ば れ て お り、 む し ろ「 ザ ン」 と い う 方 言 に 「海 馬」 と い う 漢 字 を あ て た と 考 え る べ き だ ろ う こ の こ と に つ い て は 『 天 正 四 年 本 新 ア シ カ 撰 類 聚 往 来』 に 「海 馬」 と 記 さ れ て い る こ と も あ り (高 橋 1998) ア シ カ と ジ ュ ゴ ン と

い う 海 棲 哺 乳 類 と し て 共 通 す る と こ ろ か ら 琉 球 の ジ ュ ゴ ン に 「海 馬」 を あ て た と い う こ と

も 考 え ら れ る。 一 8 一

(10)

史 料 編 集 室 紀 要 第34号 (2011) 方 言 と し て の 「ザ ン」 に 対 し て、 公 用 語 と し て の 漢 字 に 「海 馬」 が あ て ら れ た。 近 代 に

お い て は 沖 縄 県 が 発 行 し た 「沖 縄 県 統 計 書」 に は1916年 (大 正 5) ま で 「海 馬」 の 名 称 で

掲 載 さ れ て い た が、 1917年 (大 正 6) を 境 に 「沖 縄 県 統 計 書」 か ら 「海 馬」 の 名 が 消 え、 ゆ 代 わ っ て 「 儒 艮」 が 用 い ら れ る よ う に な っ た 「儒 艮 」 は、 Mallerが1776 年 に 記 載 し た マ レ ー 語 系 の 学 名 を 使 用 し た 「 ぬgo刀」 に 因 む 名 称 で あ り、 「儒 艮」 自 体 が1776年 よ り 以 後 に

で き た 新 し い 名 称 で あ る。 つ ま り、 琉 球 標 準 の名 称 か ら 世 界 の 標 準 的 な名 称 に 代 わ っ た と

い え よ う。

琉 球 で は、 近 世 か ら 近 代 に か け て公 用 語と し て 「海 馬」 が 継 続 して 使 わ れ て き た。 筆 者

の 知 る 範 囲 で は、 琉 球 の ジュ ゴ ン に対 し て 晦 馬」 と 称 し て い る の が 確 認 で き る の は 『南

島 志』 の 1719年 ま で さ か の ぼ る こ と が で き る。 し た が っ て、 1719 年 か ら1916 年 (大 正 5) の 約200年 間 の 期 間、 ジ ュ ゴ ン に 対 し て 「海 馬」 と い う 漢 字 が あ て ら れ て き た の が、 「沖 縄 県 統 計 書」 の 1916年 (大 正 5) を も っ て ひ と つ の 区 切 り と し て 終 了 し た わ け で あ る。

ま と め

今 回 は、 紫 禁 城 等 の 屋 根 に 置 かれ て い る 走 獣 と し て の 「海馬」 の 事 例 を 新 た に 紹 介 し た。

走 獣 と し て の 「海 馬」 は 霊 獣 で あ り 架 空 の 動 物 と い う こ と に な る。 し た が っ て、 琉 球 の

「海 馬」 の 起 源 が 中 国 の 冊 封 使 録 等と す る の は 無 理 が 生 じ る 一 事 例 と も な る だ ろ う。 そ の

よ う な わ け で、 今 の と こ ろ琉 球 の 「海 馬」 は、 日 本 の 古 辞 書 に 起 源 が あ る か も し れ な い、 と し て お く の が 穏 当 で あ ろ う こ れ ま で、 ジ ュ ゴ ン に 対 す る 漢 字 「海 馬」 の 起 源 に つ い て、 い ろ い ろ な 可 能 性 に つ い て 検 討 し て み た が、 ま だ 推 定 の 域 を 出 る こ と は な い。 今 後、 さ ら に 多 く の 史 料 を 参 考 に し な が ら 検 討 し て い く こ と が 望 ま れ る。

池 宮 正 治 (1986) 資 料 紹 介 『沖 縄 節 用 集』, 琉 球 大 学 法 文 学 部 紀 要 国 文 学 論 集30・79∼93 宮 崎 道 生 (1983) 南 島 志. 沖 縄 大 百 科 事 典 沖 縄 県 (1916−17) 沖 縄 県 統 計 書 (大 正 5 − 6 年 版), 沖 縄 県 北 京 市 文 物 研 究 所 編 (1992) 中 国 古 代 建 築 辞 典, 中 国 書 店, (4)1917年 (大 正 6) の 沖 縄 県 統 計 書 で は 「需 艮」 と な っ て い る 一 9 一

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史 料 編 集 室 紀 要 第 34号 (2011) 島 尻 勝 太 郎 (1983) 中 山 伝 信 録. 沖 縄 大 百 科 事 典. 高 橋 晴 俊 (1999) 図 説 社 寺 建 築 の 彫 刻 一 東 照 宮 に 彫 ら れ た 動 植 物, 東 京 美 術, 高 橋 久 子 (1998) 易 林 本 節 用 集 と 新 撰 類 聚 往 来, 東 京 学 芸 大 学 紀 要 2 部 門 49:163−273, 高 橋 忠 彦 ・ 高 橋 久 子 編 (2008) 東 ア ジ ア 語 彙 研 究 資 料 2 琉 球 掬 名 集 一 影 印 ・ 翻 字 ・ 索 引 ・ 研 究 一, 文 部 科 学 省 科 学 研 究 費 補 助 金 特 定 研 究 (平 成17年 度 発 足) 東 ア ジア の 海 域 交 流 と 日 本 伝 統 文 化 の 形 成 一 寧 波 を 焦 点 と す る 学 際 的 創 生 一 現 地 調 査 研 究 部 門 出 版 文 化 班 ・ 茶 文 化 班, 461P. 高 橋 忠 彦 ・ 高 橋 久 子 (2008a) 序 言 東 ア ジ ア の 辞 書 史 に お け る 和 名 集 類 一 解 説 に か え て. 高 橋 忠 彦 ・ 高 橋 久 子 編 東 ア ジ ア 語 彙 研 究 資 料 2 琉 球 和 名 集 一 影 印 ・ 翻 字 ・ 索 引 ・ 研 究 一, pp,1−6. 文 部 科 学 省 科 学 研 究 費 補 助 金 特 定 研 究 (平 成17年 度 発 足) 東 ア ジ ア の 海 域 交 流 と 日 本 伝 統 文 化 の 形 成 一 寧 波 を 焦 点 と す る 学 際 的 創 生 一 現 地 調 査 研 究 部 門 出 版 文 化 班 ・ 茶 文 化 班 . 高 橋 忠 彦 ・ 高 橋 久 子 (2008b) 『琉 球 和 名 集』 札 記. 高 橋 忠 彦 ・ 高 橋 久 子 編, 東 ア ジ ア 語 彙 研 究 資 料 2 琉 球 和 名 集 一 影 印 ・ 翻 字 ・ 索 引 ・ 研 究 一 , pp,117−259. 文 部 科 学 省 科 学 研 究 費 補 助 金 特 定 研 究 (平 成17年 度 発 足) 東 ア ジ ア の 海 域 交 流 と 日 本 伝 統 文 化 の 形 成 一 寧 波 を 焦 点 と す る 学 際 的 創 生 一 現 地 調 査 研 究 部 門 出 版 文 化 班 ・ 茶 文 化 班. 得 能 壽 美 (2002) 「史 料 に み る ジ ュ ゴ ン」 『情 報 や い ま』 八 月 号 (南 山 舎), 当 山 昌 直 (2011) ジ ュ ゴ ン の 乱 獲 と 絶 滅 の 歴 史, 湯 本 貴 和 総 監 田 島 佳 也 ・ 安 渓 遊 地 編, シ リ ー ズ 日 本 列 島 の35,000年一 人 と 自 然 の 環 境 史 第 4巻 島 と 海 の 環 境 史, 文 一 総 合 出 版 (印 刷 中 ) , 一 10 一

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