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ジョ ン・ ロ
。クの経濟思想
! ’一利子論を中心としてーー
﹂自
杉
庄
一
礎郎
’ イギリス経験論哲學の創始者ジョン・ロック︵臼Oげコ ︼ピ◎〇一翼①一 目①QoN一同“O軽︶は、経濟學史の上にお、冒ても見のがすことのできない地位をしめている。けだし、 ﹁彼の哲學は後の全イギリス経籍學者にとb彼等のすべての観念の基礎ともてやく
①だった﹂のであって、その純験論品評とくに認識論や倫理學が間接に纏濟學の成立に貢献したばかりでなく、ユニークな
その政治哲學は一方において初期重商室義政策の主体としての孤塁主義を批判して自由主養体制を用意し、他方において
は私有財産制度を理論づけることによって個人主義経書め根祇をつちかうところがあったが、そのうえさらに彼ば猫立の
② 、経濟書をあらわして貨幣および利子に落する明快な理論を展開しているからである。
σ カール・マルクス﹃剰余二値學野史﹄第︸巻、カウツキー版、 一八頁。マルクスば劉の個所にこうも害いている。﹁概していえば、 き初期のイギリス経濟學者たちは、彼等の哲學者としてのベーコンおよびホップスに賛同したが、後にはロソクがイギリス・フラン スおよびイ、タリーの経濟學の﹃哲學者﹄そのものとなった。﹂ ︵﹃資本論﹄第一雀、インステfティート版、四〇九頁、註﹁一一︶ 亀 全くのところ、ロソクは箪にイギリス脛濟學の哲學者であったのではない。 ﹁ジョン・ロゾクは重農主義者の哲撃の父で︹も︺あ つた、彼等の合理主義と自然主義とは多く彼に由來する。﹂﹂︵一L・甲同・甲咽鴎昌︼O気YM二一しΩけ○﹃団︵︶h一白OOコO剛二一〇日’7︵︶=駿7∬︾・目Q◎¢・︶ ジョン・ロックの経濟思想 ︸② ジョン・ロックの趣濟思想 一 土手學者としてのロソクに封し、私の知るかぎり最も大きな讃辞を呈しているのは、ウィルヘルム・ロッシャーである。 ﹃英國脛 濟墨更論﹄、杉本榮一羅,一九五一九六頁蓼照。しかし、ロックをもつてつ國聖経濟墾における最初の偉大な体系樹立者﹂であっ たというのは、過褒である。 ’ ロックの経濟首上の主著は﹃利子および貨⋮幣貴名論﹄︵qりoB①Oo=ω錠Φ鑓銘。ロのoh昏①Oo5ωΦρロ①昌。①q。o臣夢oHo≦賃ぎりq oh一封Φ﹃①ωゴ僧昌山堅田ω高距昏①<⇔ξ①〇二≦o罫。ざH$H︶であり、そのほかにa銀貨小老﹄︵ω70昌Oσωo汚く碧6戸ω⇔戸Q 津ぎ8畠℃帥℃①び一日凶自切亀一聞。﹃国ロoo‘﹃曽ぬぎ7q昏①Oo一挿ぎ鶉Qり出寸需ζo旨。く言国昌顎冨p鼻90ロq勢津巽ho﹃閑①①Oぎりq雪目①﹁ρ ブ 目の㊤凱︶および﹃貨幣偵値再論﹄︵局昌昌ず①噌Ooコω莚。﹁帥葛。口ωooコoo﹃ロぎ7q即9。繭ωぎ筑簿。<90ξ①o酷]≦o旨①ざH①り㎝︶などがあ り
る。これらの著作なかんづく﹃利子および貨幣債値論﹄につき、私は、利子論を中心として,彼の経濟思想をまとめてみ
暫 .③ たいと思うq 、 .穂 ③ロックの﹃利子および貨幣償値論﹄がイギリス繧子壷の成立史上にしめる地位については、高橋誠一郎博士によって亥のごとく概 括されている。 ﹁ジョン・ロソクの皿o葺①Oo蕊建。聾二〇冨。怖串oOo置器臼δコ。窃○、島①bo≦臼貯αqohhロ8﹃o。。♂昌傷鶉9謎ヨ畷窪。 ≦∋一〇〇門≧05ξり一8一.は既に掛る程度まで脛言置汎論たるの性質を具有し、懇意としての経濟學の成育に坂りて必要敏くべから ざる哲學的知識の援助を之れに與えたるものなり。﹂﹁⋮洞に本葺は其の表題に於いては利子低減及び貨幣償値引上げの結果を論じた るものに過ぎすと錐も、弄る程度まで纒濟墨の一般原理に揺する汎論たるの性質を具有するものなり。﹂と︵﹃改訂重商主義痙濟墨.設研究﹄、四一、三〇六頁︶。 .
しかして、ロックのこの書が利子論を老心としてまとめられうるものであることは、博士の次の語からも是認さ鶴るとしで誤り でなかろう。一﹁彼れの利子論は其の結構の雄大にして遍く脛濟上の︸設営埋を抱擁せんとするの概あるに於いて到底當時に於 ける他の利子論篇の追随を許さざるものあり。愛に至りて菊。讐=身67M桑津の揺雪裡に育成せられつつありし第十七世紀の英國纒 ノ 濟學は漸く零れが成熟に必要不可敏なる胃石的學知の援助を得んとするの曙光を認めたるなり。︵コロド︵曜≦p3ラデ切。詳・・二曾噛さ。三。^f り 一G。培”h▼・蓼.参照︶。吾人と錐も,間よリセント・ジョン・︵八け●㍉o﹃戸︶と共に彼れの用語が常に軽卒・難澁巨つ疎放なるを認めざる. ものに戯す。︵Poo閃。ゴ叩、三︻︵ま。︸︸ぴ二 、臼駐︾戸㏄記”<o野r℃健O臨︶、而して彼れは又其の所論を進むるに謀りて幾多の誤謬に陥るを免れざりき︵彼れは不幸にして近世纒濟學者の構揚措く能はざるかのノースの如く其の策を籔頁に制限することなくして其の言 わんと欲する所を悉く読忽せり︶。而して其の版本は枚翠すべからざる誤植を以って滴されたう。⋮:而も吾人は其の裡に於いて彼 れの英才的鋒鉦と愚筆とを予見せざるを得す。彼れは正さに経濟墨史上に於ける等外の六十年を締しうして直ちにデーヴィソド・ ヒュームに迫るものなり。﹂ ︵同五九七頁︶ 一 セ し も セ セ も も カ
ロックは、利子の本質を貨幣の償佃もしくは債格と襯介した。ただし、その際、貨幣というのは、盗本としてめ貨幣の
④ことである。彼はまだ利子の源泉としての盗本の概念に到達していない。利子は貨幣に齢着せしめられているのである。
④ ロソクが利子を貨幣の憂心と規定したことの進歩的意義と保守的限界とについては騒すなわち彼が利子を一つの儂値現象としτ把 コ リ 寒したのは重要な進歩を代表するものであったが、それを貨幣の償値として把握したことは傳來的な利子槻からいまだ腕却してい ないことを表示するものであったことについては、高木暢哉﹃利子墨説史﹄﹁五五頁を蓼照。しかし、ロ。クにおいても利子の源泉は貨幣の牧釜性に求められているのであって、貨幣の有すろ資本機能は認識され
ていたといわなければならない。彼は交換手段ないし債値尺度としての貨幣の債値と、利子の源泉としての貨幣の慣値と
を慨別して、次のごとく述べている。 ﹁利子の形で年所得を生する傾向をもつたものとしての貨幣の自然的贋値は、王國の全産業すなわち総ての商品の一般的販路との割合における王付与に現に流通しつつある貨幣の杢量に依存する。しか
し、ある商品と交換される貨幣の自然的債値は、その軍一の商品とその販路との割合における・その商品に向けられた・
王國の取引しつつある貨幣量である。﹂と︵≦、o鱒ωo酷匂。ゴロUoo閃ρ℃●αG。ゆ,︶ここでは主として﹁利子の形で年所得を生する傾向をもつたものとしての貨幣﹂の債値に關するロックの見解をたどっ
てゆくのであるが、そのまえに、交換手段ないし債主尺度としての貨幣の露玉について彼の述べているところに一瞥をあ
ジョン・ロックの経濟思想 三ジョン・ロノクの纒濟思想 四
たえておこう。 、
ロックによれば、貨幣は﹁普遍的商品﹂ ︵=ヨぞΦ房巴09昌ヨ09蔓︶である。普遍的商品というのは二重の意味をもつ ている。ます第一に、それは交換の媒介物である。彼はいっている。 ﹁けだし人類は、金や銀に冠し、それがきわめて容 易に膚遣されやすいということではなくて耐久性と稀小斎とを理由として、想像的贋伯︵曽揖剛∋国筏⇒鋤角く二一賃。︶を附與することに同意してきたので、一般的同意によりそれを彼等がそれらの金厨のある量と交換に手離すものに足する共通担
保︵臼ず① OO嘗PコPOP 口一①盛ぬ①ω︶たらしめてきた、それによって人々は安んじてそれと交換に債値の等しいものを受取るので ある。この方法によって、共通の交易品︵夢ΦoOヨ∋O旨σ曽﹃けΩ、︶たらしめられたこれらの金鵬に關毒せしめられた内在負債値は、人々が與えたり受取つたりするそれらの金箸の数量以外の何物でもない、というようなことになる。けだし、
それらの金馬は貨幣としては人が欲求ないし欲望するものを獲得すべき担保としてよりほかの慣値をもたす、我々の欲求
ないし欲望するものをその敏量によってのみ獲得するから、あきらかに、商業に使用される金や銀の内在的磁界はその激
語以外の何物でもないのである。﹂と︵同五七二頁︶。共通担保だとか共通交易晶だとかいうのは、貨幣としての金銀の交換⑤
手段としての側面を見たものといわなければならない。
⑤ おなじ思想は﹃貨幣儂値再論﹄にもくうかえされている。そこでは彼は貨幣商品を主として銀において考えるのであるが、銀の貨 幣的機能について彼は次のごとく述べている。﹁銀は世界の﹁切の貿易を管む文明地方において商業の用具であb尺度である。それ はその内存的儂値︵帥=け﹁一一一凱即O障 く費一=Φ︶によって商業の用其である。貨幣として考えられた銀の内耳的儂値は、共同の同意︵8剛じ三。昌 8巳。三︶がそれにおいてきた計儂であって、それによも爾余一切の物と等儂ならしめられ、人々が他の物に宜して授受し・貴重 な代償を三つで多量したり或はそのために手離したりする普漏的の交易もしくは交易の媒介者︵謬︼二く。話門二ぴ師事費。﹃㊦誘ξ嚢。︶で ある、そしてこのようにして賢者の我々に告げるごとく伯51幣はなににでも役立つのである..銀はその数量によって商業の尺度であ るが、その敷量はまたその内鞘的償値の尺度でもある。もし﹁グレンの銀がある内帯的償値をふくむならば、ニグレンの銀はその丙存的便通の二倍、三グレンならば六倍、以下この割合の内藤的債値をもつ。このことを我々は日々普通の費買においτ纒瞼す る。けだし唄オンスの銀が一ブッシェルの小萎を買うならば、す73⇔わちこれと等償であるならば︸ニォンスの銀はおなじ穀物ニプ ヅシェルを買うでもあろう、すなわちその空値の二倍の便値をもつのである。﹂ ︵同六五二頁︶ 貨幣が普遍的商運だというのは、第二に、すべてのものの橿、値評債の普遍的尺度であるという意味である。この側面に ついてロックはいっている。 ﹁貨幣は交換により我々をして生活の必需晶や便宜品を獲得せしめるから慣.値をもつ、この
点においてそれは商品の性質をもつ、異るのはただ普通それが我々に役立つのはその交換によってであって、殆んど全く
その消費によってではないという点だけである。しかして、入々が貨幣についてなす用役はその消費にあるのではないけ
れども、しかもそれはけっして他の何物かとの交換において他のいすれかの商品のもつ以上の確定不動の便値をもつもの
ではない、そうではなくて、それは一同よく知られ且つ名稔や数量や重量の一白確定した債値.をもち、我々をして或る商 ⑥ 品の他の商品に封ずる稀少性や販路の割合を勘定せしめるにすぎない。﹂と︵同五八○⋮八一頁。︶また彼は、 ﹁貨幣はそれ によって購買される爾余一切のものの債仙の封重︵OO環口髭Φ﹃1σ§o一国PO①︶である﹂ともいっている︵同五七七頁︶。 ⑥ ロゾクが償値尺度の機能を貨幣以外に穀物にも認めている点は、アダム・スミスの先鑛的思想として注意しておくべきであろう。 いう。 ﹁けだしイングランドや阯界のこの地方においては、小萎は流行とともに攣ったり偶然によって支配されたりしない不攣的 にして最も一般的な食物であるから、しかして農業者はそれを多く蒔いたり少く蒔いたりして推測しうるかぎb近く滑費に比例す るよう努力し前年の余剰を控えておいて翌年の食料にあてたりなどするから、必ずやそれはその漕費に最も近い丁合を保つという ことにならざるをえない、⋮⋮したがって世界のこの地方においては小変が︵また他の國においては不攣的﹁般的食物たるその他 の穀物が︶長期にわたる事物の儂値の翼動を測定するに最も適した尺度である。それゆえ、ここでは小倉が、トルコなどでは米が 地代を留保するに最も適した物である、地代は特來ながくつねに同一であるよう企圖されるからである。しかも貨幣ほ籔年間にお ける事物の償値の職質の最良の尺度である。けだし、その販路ぱ同一であり、その質量は徐々に攣動ずるからである。しかるに、 小聖その他の穀物は貨幣の代りをつとめることができない、なぜならばその嵩が大きく、その激量があまbに速かに攣化するから ● ジョン・ロックの輕濟思想 五ジョン・ロンクの纏濟思想 六 である。けだし私が次の年に百プッシェをの小吏を支携われる約束をするならば、私は四分の一を損失したり利涌したりすること があるであろうが、それは産業にわいてはあまりに大きく堪えがたい不曲言であり不逃避である。のみならす、おなじ年において も若干の小萎の贔質が異るということもあるのである。﹂ ︵同五八九一−九〇頁︶
濱値の尺度はそれ自体債値でなければならない。ロックは、貨幣の債値は生活の必需品や便宜品の豊富と稀少とに比較
しての貨幣の豊富ないし稀少に依存する、と考える。さきに見た貨幣の内在的債値はその数量にあるという思想が、ここ
で解明される。彼は述べている。 ﹁貨幣の贋値の尺度は、それによって購買されうる何物かに帰して、その物の分量およ びその販路との比較において我々のもつ現金の分量である﹂と︵同五七八頁︶。つまり、彼は、 ﹁ある商品の慣格は買手と萱手との数によって騰落する﹂という所謂需給法則を貨幣にも適用するのである。
ロックの見るところによれば、貨幣はどこまでも需給關係によって決定されるものとしての贋値をもつことによって債
格の尺度なのである。彼はこうもいっている。 ﹁大抵の他の持ち運びうる商工は︵實石や器物などをのぞいて︶その使用中に速かに腐朽するが貨幣は他の大部分の商晶よりも消費されたり増加せしめられたりすることが少いので、すなわち徐
徐に量る國の自由通商から撤回されたり或.はそれへ搬入されたりして、その激量と販路との割合の攣化が他の大抵の商品におけるよりも緩慢なので、普通それはすべての物の画風を判定すべき不攣的尺度と見なされ、とくに鋳造に際しその重
量や名.稗によってそれに適慮せしめられる。しと︵同五八八頁︶。しかしながら、賃幣が現實に他物相互の慣仙の騰落の不予的尺度であるのは、貨幣の流通量が同一であるかぎりにおい
てである。しかるに悪心の流通量は攣動ずる、金銀の供給量か攣動ずるからである。したがって貨幣が他の商晶の不攣的
尺度であるというのは相封的な意味においてでしかない。この点を明瞭にしてロソクの述べているところは、およそこう
である。爾余の入類との通商から孤立した島を考え、そこでは金銀その他の永知的なものを貨幣となし、しかもその一定
分量しかもたず、それ以上を獲得しないとするならば、その貨幣は他のすべてのものの不攣的尺度ということになるで
あろう。あるいは、ある國の貨幣商品が増加されえす、爾余の世界がそれを酋重しないがために減少しないようなもので
あるならば、この貨幣もまた商品至心の不攣的尺度ということになるであろう。しかし、こういうことはありえない。航
海と商業はすべての地方をたがいに近づかしめ、世界の貿易するすべての地方へ金銀貨の使用を導入してきた。したがっ
て、世界商業に入りこんだ國は金銀貨を使用しないわけにはゆかす、しかもそれは増減するものであるから、嚴密な意味
における普遍的尺度ではありえない。けだし、鑛山からの俳給はその消耗を償って余りがあり、その数量は徐々に増加
し、その債値は減少するからである、と。︵同五九〇1九︸頁︶右のごとくロックは、交換手段ないし二値尺度としての貨幣の贋値を、その敏量に求めるのである。艘が貨幣論史上
も も も 激量論の先駆者とされる所以である。三
る セ し し カ も の も も も も らロックは、・我々がここで問題にしてゆきたいと思う利子の源泉としての貨幣の便値もしくは慣格についても、おなじ考
え方をつらぬいている。すなわち、彼は貨幣の債値もしくは債格としての利子もまた必然的な需給法則に支配されるとな
し、利子の法的統制とくにその引下げに反封ずる。實にそれが、表題からも明かであるごとく、﹃利子および貨幣債値論﹄ ︵ロnOヨ①OOPω聖子鉾ざ資ωOh昏①日O≦巽ぎ頴O口置ゆ巽①の丹銅血国語の良識夢①<巴虹Φo胤竃O昌①鴇︶の主要論題の一つであっ たのである。ユロス
ロックは、利子の法的統制は一般に不可能であるとして、いっている。 ﹁何人もすきこのんで借金をしたり利息を支梯 つたりしない、貨幣の歓乏こそは人々をして借金の煩軸労や負担をしのばせるのである、そしてこの畝乏に比例して各人は ジョン・ロックの輕濟思想 七ジョン・ロックの纒濟思想 八 それがどれほどの債格を彼に要費しようとそれを獲得するであろうしと︵同五六〇頁︶。彼の見るところによれば、利子は
貨幣の債値もしくは債格であって、貨幣の不足のみがそれを規制し、法律をもつてその債格を統制するのは葡萄酒や絹そ
の他の不要品の適格を定めるのとおなじく困難であり、飢鰹に際して食物の慣格を定めるのとおなじく不可能である。
レロト﹁貨幣は不攣的商品であり、食物が生活に必要であると同様に貿易に必要なものであるから、各人はいかほどの料金を彿
ってでもそれを取得しなければならす、それが稀少な場合には不可量的に高い代債を支言わなければならない﹂︵同五六
二頁︶。 つまり、利子は貨幣の慣仙もしくは八方として商品の債値もしくは人格とおなじく需要と供給との下妻によって決定される、したがって利子の法的続制は不可能である、というのである。そのかぎり、彼の利子統制反野論は、需給法
則の認識にもとつく自然主義的論擦を根抵としている、ということができる。
も も も カ利子の法定なかんづくその引下げに閥する彼の反町論の詳細に入るまえに、利子を支配するとされる需給法則に關する
ロックの見解について;舜しておきたい。ます、彼は需要と供給の關係による儂格の決定に卜してかなり明確な認識に到
蓬していたといってよいのであって、訳のごとく述べている。 ﹁黒蜜される総てのものの償格は、買手が多いか主翼が多いかに比例して騰落する。少数の買手に封して多芸の毒手がある場合には、い かなる術策を用いようとも、費らるべきものは安いであろう。反封に形勢が逆韓して、少数の費手に乱して多歎の買手が出現するなら ば、おなじものは直ちに高くなるであろう。この準鋼は土地にも、その他のすべてのものにも要画する、⋮⋮ ある物の償値を正常に詳言しようと欲する人は、その販路との割合におけるその数量を考察しなければなら融、けだしこれのみがその 慣格を統制するからである。それ自身もしくは不攣的尺度と比較された或る物の言値は、その販路との割合においてその攣縮が少いのに 嵩じて、大である。しかし、それを何か他の物と比較ないし交換するにあたっては、當該他物の数量と販路もまたそれらの償値の計算 に入れられねばならぬ。しかし貨幣に封ずる欲享はつねにほとんどどこでも同一であるから、その販路の攣動はきわめて少い、しかして その稀少性が増大すればその償格⋮は騰貴し、その雫奪は激化する、すなわちその不足を容易に充足する物がほかに何もないので、その敷量の減少はつねにその償格を塘噛せしめ、その等量をして或る他物の一暦多くと交換せしめる。⋮⋮ けだし、ある商品の償格をして騰貴せしめるのは、その商品のなんらかの好ましい性質の存在や追加や増加や減少ではなくて、相互の 割合から見てその敷量もしくは販路が塘減するからにすぎない。⋮⋮ ある物の好ましく有用な性質の存在はその昇格を塘加せしめるものではなく、また實になんらの贋格をも有せしめるものでもない。便 格はただ、これらのうちの各々が相互の割合から見てその数重を減少せしめるか或はその販路を増加せしめるという事情に依存するの である。人聞の生存もしくは幅祉にとって塞氣や水ほど有用ないし必要なものがあるであろうか、しかもこれらは一般に全く増車をもた す何らの貨幣をも生まない、なんとなれば世界の大抵の場所においてその敷量がその販路よりも無限に大であるからである。しかし水が どこかで減少せしめられて、その消費に平し或る割合をたもつようになるやいなや、︵水だけをあげるのは、塞氣はどこでも制限された り園込まれたりすることなくあたえられ、したがってどこでも何らの償格をもたないからである︶、やがて三号をもちはじめ、時として は葡萄酒よりも高く費られる。ために、最も好ましく最も有用なものが普通もつとも廉慣であるということになるのであるが、それはそ の消費は大であるけれども、神の恵がその出足を大ならしめ、溜費に適合せしめられてきたからである。﹂︵同五八四一入頁︶
右のごとく・ックは債格の決定を需要と僕給の關係に依存せしめ、かつ偵値と債主とを同一に扱っているのであるが、
しかし彼にも嚴密な意味の債値と慣格とを匪別していたと解さるべき個所がないではない。たとえば、彼は、 ﹁土地の
ヴァリユだ慣値は、それが販費されうる商品をたえす生産することによって、一定の年所得をもたらすというところにある。諸商品
の慣値は、持ち運びうる有用物としてそれらが交換もしくは消費により生活の必需品もしくは便宜品を供給するところに
ある﹂と述べているが︵同五七九頁︶、ここにいう慣値は債格とは異ったものでなければならぬ。しかし彼は嚴密な意味におけろ慎値を屯として有用性において考え、この意味の画仙と債格の蓮絡を考えていない。彼は内在的自然債値と市場債
値とを.垣別して、次のごとく蓮べている。 ジョン.ロックの経濟思想 九ジョン・ロヅクの経濟思想 一〇 ﹁ある物の内編的自然償値︵け用三彗︸昏∫舅一陣ξ・二’く。塁︶ぱDそれが人闘生活の必需晶を供給し便宜日夕供給する適合性︵鴨紫コ①器 8・。=等な亭ご器。謎・、三〇・。︸︵︶h・。旨く。塾⇔o︵邑碧良§o霧亀︸二一=二二h8︶にある。それが我々の生存に必要であればあるほど、あるいはそ れが我々の幅寄に貢献するところが大であればあるほど、その償値はますます大きい。けれども、その物の︼定分量をしてつねに他の物 の︸定分量に値せしめるがごとき或る物の固定した採血的自然議場は存在しない。 も も も も し 二商品または調味商品のある一定量の市場償値︵三籠閃。営寓。ぎ7一〇︶は、それらがたがいに交換されるならば、︵今ここでは︶相等し い。たとえば、いま︸プソシニルの小褻とニプノシェルの大姿と三十ポンドの鉛と一オンスの銀とが市場においてたがいに交換されあう ならば﹂それらは等号値︵。h2=巴≦o﹃酔7︶である。そして我々の錆貨はイギリス人が勘定する際に用いるものであるから、イギリス人 はいま一ブッシ。ルの小変とニプッシニルの大褻と三十ポンドの錯と一オンスの銀とは等しく五シリングに値するというであろう。 ある商品のこのような交換儂値の攣化は、他の商品に位しては、あるいは不攣的典通尺度に更しては︾その商晶のなんらかの内存的債 値もしくは品質の攣化ではなくて、 ︵けだし徽臭い黒穏婆にかかった穀物が時には臓れていない美しい穀物よりも高く忘れるであろう からである︶、その商品が他の何かに封して保つ翻る割合の攣更である。この割合はすべての商品において一貨幣もその一つであるが 一その数量の販路に封ずる割合である。﹂ ︵同五八七頁︶
ロックのいわゆる内在的自然償伯とは使用贋仙のことである。したがって、彼においても、使用債仙は交換隔心となん
らの開係をもつていないのである。さきに見たごとく、彼は勢働をもつて債仙の原因としているのであるが、これは嚴密
な意味における勢働三値読を意味するものではなく、贋値創造者としての勢働がかかわりをもつのは、彼の場合、交換慣
⑦ 伯ではなくて使用債仙であった。 ⑦拙稿﹃ロックの財産論﹄,脛濟論叢、昭和+九年七月、二五一二七頁。 四纏
ロックは債格の決定者を需給法則と考え、これを資本としての貨幣の債格に適用することによって利子の攣動を説明し
ようとする。利子が無自畳的必然的な需給法則によって支配される以上、これか続制の不可能というこ、とは、個人主義の 罫立場に立つものの當然の結論といわなければならない。もっとも、彼はいかなる場合にも利子の統制を不可としたわけで
はなく,問題は不自然な法的統制にかかわると見なければならないが、その点については後に蓮べることにして、ます彼
の思想の本筋をたどってゆくと、彼は利子制限法の弊害として次の四つをあげている。
第一、財産を貨幣の形でもつ総ての人々、なかんづく寡婦や孤兇は、利子制限法によって損失をこうむる。﹁財産を貨
幣の形でもつている八々は、地主がその土地を貸してそれが生み出すだけのものを嫁得するとおなじく、その貨幣を十分
⑧
利用してその債伯に相介するだけのものを牧得する樺利をもつ﹂ ︵ロック、前掲、五六五頁︶。しかるに利子制限法はこれを不可能ならしめ、無享の人民大衆を一摯に科料に下して貧困におとしいれる。
⑧ロジクが利子の根櫨をこれとおなじような性質をもつた地代との共通面に求め、貨幣所有の不落等が利子を霞生せしめると考えて ., いる点については、前掲拙稿、三︸r三二頁を蓼照されたい。 第二、貨幣所有者の損害にもかかわらす、王卿は少しの利釜も受けない。けだし、 ﹁貿易が大して束縛されす、國産品や製造品の輸出が大して妨害されないならば、我々挺身のうち何人が利得しようと損失しようと、王國にとっては重要な
ことがらではないであろう﹂からである︵早ソク、前官、五六五頁︶。 第三、貨幣所有者の損失において貨幣を借入れる商人に利得があたえられるであろう。しかし、 ﹁私人の一三は明白な 公釜以外の何物のためにも無硯されπり犠牲にされたりすべきではない。﹂ ︵同五六五頁︶第四、利子制限法は王國に少しも利益をあたえないばかりでなく、王國の積極的損失を招來する。それによって貿易が
阻害されるからである。 ジョン・ロヅクの纒瀦思想 一ジョン・ロゾクの脛濟思想 ’ 唱二
利子制限法についてあげられている以上四つの弊害のうち、 ロックが最も重要硯しているのは、第四の弊害、すなわ
ち、それが貿易を阻害するという点である。したがって、我々の注意もまた、彼の思想の展開にしたがって、この点に集
中される。 ロックは貿易をもつて﹁富裕の基礎﹂ ︵昏①︷oβロ自国臨○コ。隔門門。げ①ω︶と見.ものであって、彼は軍商圭義−的といわるべき ロ調をもつて語っている。 ﹁けだし、 一定の割合の貿易を欝んでゆくには一定の割合の貨幣が必要であるから、そのうちの静止している貨幣はそれだけ貿易を減少せしめる。ところで、危瞼が大きくて利得の少いところでは、多くの魏々が危
瞼を冒してその貨幣を流布せしめるよりむしろそれを貯藏するを選ばないであろうなどとは到底期待できない。これは王
國にとって損失であろう。けだし我々は鑛山をもたす、貿易による以外に富裕となったり富裕を維持したりする方法をも
たないから、我が貿易の失われるだけそれだけ我が富裕はそれに追随せざるをえない。そして我國と隣國との間の貿易超
過︵夢ooく震9冨8ぎσqoh霞斜山。︶は我が國の貨幣を不可避的に搬出し、すみやかに我々を貧圃と危険におとしいれざる
をえない。金や銀は大して役に立たないけれども一切の生活の便宜品を支配する、したがって富裕はその豊富にあるので
ある。﹂と︵同五六五頁︶。金や銀は大して役に立たないけれども一切の生活の便宜品を支配するという貨幣経距の現實にかんがみ、ロックは富裕
は金銀の豊富にあると考えπのである。しからば、金銀はいかにして増加されうるであろうか。彼はいっている。﹁ある國
に貨幣を増加せしめると考えることのできる方法は、次の二つである。すなわち、我々自身の恵山でそれを採掘するか、
ないしはそれを隣人から獲得するかである。⋮⋮外浜入から獲谷する方法は、張力か負債か貿易かのいすれかである。﹂
ノ
と︵伺六一二頁︶。鑛山の採掘という第一の方法は、鑛山をもたぬ國においては問題にならない。のみな、らす、鑛山の所有 ということも必ずしも富裕への確實な旭ではない。彼は書いている。﹁鑛山のみがこれ︹金銀︺を提供するということは誰でも知っている。しかし、それとともに、自然によってそれらを供給される大抵の 國は貧しいということに注意しなければならない。これらの南濃の帝座と精製は隣働臼取ヒげ、多面の入民を浪費するからである。その 理由で麦那人の賢明な政策は、彼等の有している里山の探掘を許可しないのであろう。七草、また正しく考えると、黒山から掘出された金 銀は貿易によって得られるものと同じように勢至ならしめるものではない。・・:富裕は爾余の支署もしくは我が写声よbも多くの金銀 をもつことにあるのではなく、多くの割合の金銀をもつことにあるのであって、それによって我々は近隣の王國や國家の手に入るより多 くの生活の便宜品を手に入れることができるのである。彼等は世界の金や銀の分前にあすかる割合が少いので、豊富と力との手段を敏き したがって貧困である。また新鑛山の立見によって世界における金銀の分量が二倍となう、その分前が倍加したにしたところで、彼等 は少しも富裕とはならないであろう。私が世界における金銀というのは、地中に埋藏されているものではなくて、すでに鑛山から掘出さ れて人々の手中にあるもののことである。これはよく考えると、けっして貿易に封ずる些少の奨働ともなるものではない、しかも貿易こ そは熟練と勤勉をもつて心霊される場合には富裕へのなによりも確實な捷偲なのである。﹂ ︵同五六五一六六頁︶
飯山のない國においては、金銀は外出入より獲評するほか道がない。外凶聞より金銀を獲得する方法として考えられる
のは、さきに見たごとく、強力か外國貿易か借入れである。ロノクはます前二者を問題として、いっている。
﹁鑛山のない國においては、富裕への道は二つしかない。征服と商業がそれである。前者によってローマ入は自己を世界の冨裕の支配 者たらしめた。しかし私は、現世の言意に乞いては、世界の利潤を我々の劒をもつて刈坂り粍つ被征服國民の掠奪と貢納とをもって政府 の経費の充足ならびに人民の欲望やこれとひとしく切實な奢修や流行の虚榮に⋮封ずる某.金となそうなどと考えることは、全く無駄である と考える。 それゆえ、商業が富裕ないし生存のために我々に獲された唯一の道である。風騒の轍置の利釜ならびに塁上において勇敢にして熟練 した我が入民の勤勉と性向は、おのずから、我々をしてそれに適聾せしめる。これによって從來イギリス國民は麦持されてきた、そして ほとんとそれ自身にまかされ・上蓮の利釜にのみささえられた貿易は我々に豊富と冨裕をもたらし、つねにこの自行をいすれの隣邦にも ジョン・ロックの纒濟思想 一三● ジョン・ロソクの経濟思想 ︸四 f優ってはいないにしても一−劣らぬ地位においてきた、そしてもし航海の稜達により貿易の丁々が一暦鑛大され且つ︸暦よく理解さ れて我々に召する多くの競漁者が獲生するというようなことがなかったなぢば、この状態の縫績は無論困難ではないであろう。しかし最 近の不可解な政策は、海に⋮封ずる我々の競雫者を獲生せしめた。彼等はきっと、いかなる貿易部門にせよ、我々の纒螢の失敗もしくは貨 幣の不足のために我々の手からすべりおちるものを自分のものとするであろう、そしてそれが一度失われる場合には、機宜をえぬ配慮に よって挽回しようと欲しても、時すでにおそく、容易でないであろう。﹂ ︵同五六五一六六頁︶
富裕に關する右のごときロックの見解はρ全く重商主義的である。貿易差額説は彼のそのまま容認するところとなって
いる。すなわち、彼は、貿易は富裕の獲得に必要であう、貨幣は貿易の経螢に必要である、したがって貨幣の貸付を阻害
するものは貿易を妨翻する、けだし貸付を阻害するものは貿易の車輪を回縛せしめる貨幣の流通を阻止するからであると
考えるのであるが、しかもこのことは貸主が本國人であろうと外点人であろうと攣りはないとして、外業人が貸主である
場合について一そこに我ゐはさきに金銀獲得の一方法とされた借入に帯する彼の主張をきくことができるのであるが
一次の.ごとく述べている。 ﹁外國人から利付で借入をなせば、事實、我々の利得の若干が失われる。しかし、よく吟硬しでみると、我々が富裕になったb貧困に なったりするのは、けっして、我々が利付で借入れるかいなかにかかわるものではなくて、潴費財に關する我々の輸入もしくは齢⋮出の多 少にかかわるにすぎない。けだし、二百万の貨幣があればイングランドの貿易を蕾んでゆくことができ,かつ我々はそれを瞥61でゆくに 足る我々自身の貨幣をもつと假齢して、もし我々が我々自身の生産物や製造品とそれをもって購入する百万に相當する外國温を滑費し、 ストソク かつ獲りの百万については少しも消費しないで年一割の身魂を獲落するならば、我々は毎年十万ポンドすつ冨裕となり、我々の資本はそ れだけ増加するに粗蓮ない。しかし、もし我々が轍出するより多くの潰費財を楡噂するならば、我々の貨幣はそれを支梯うために出てゆ きb我々は貧しくなるに相違ない。それゆえ、我々の不始末のため資本が百万しかなく、淺りの百万を六分で借入れると假凹しよう︵我 我はそうしなければならぬ、そうでなければ我々の貿易の牛黄を失ってしまわねばならぬからである︶。もし我々が孚分を鴻費し、依然として残りの百万から年一割の特急を重めるならば、玉薬は年六万ポンドの利息を聖血うけれども、年四万ポンドを穫得する。ため に、もし倉入の牧釜が彼の位置う利息以上であるならば︵そうであることは確かであり、そうでなければ彼は貿易をしないであろう㌣ そしてこのように借入金でもつて速まれる全貿易が我々の輸出の輪入に封ずる超過分にすぎないならば、王國はこの借入によって商人の 利得が彼の支梯う利息を超えるだけ利得する。しかし、もし我々が我々自身の支出のためにのみ借入れるならば、我々の潰費する商癌に 饗して貨幣を一またその貨幣に冠して利息を支扮うことによって、我々は二重に貧しくなる。もっとも商人は、牧釜を彼の支帯う利息 より大ならしめることによって、その闊を通じて、利得しはする。それゆえ、外國人からの借入はそれ自体としては王國を富ましもしな ければ貧しくもしない、けだしそれはいすれをもなしうるからである、しかして我々の果實や製造品の支梯う以上の消費は貧困をもたら し、貧嗣は借入をもたらす。﹂︵同五六七f六八頁︶ の
見られるごとく、ロックの場合、外國からの借入が金銀獲得の一方法たりうるのは、ひとえに貿易差額を通じてにほか
ならない。彼は、イギリスの貨瞥の大部分は實最上スペインから﹁貿易差額﹂︵oく①﹁古巴9。口①①o隔貫巴。︶によって獲得されたものであるともいっている。ところで、貿易差額によって貨幣を獲得するためには、輸入よりも輸出を多くし、外國
品の消費を減少せしめねばならぬ。彼は蓮べている、 ﹁いかなる國においても、富裕と貨幣は、外耳品の消費を商晶もし くは帥労働によって支梯われるよりも少くすることによって、獲得され維持される﹂と︵同五七︸頁︶。以上、・ソクは、富の主要契機としての金銀の重要性ということから中里して、金銀鑛山のない國におけるそれが獲得
手段としての外國貿易の尊号性を強調し、貿易による金銀の獲得という重商主義政策を肯定しているのであるが、かくし
て導き出された貿易の必要はまた彼をして金銀を軍国即せしめることになった。彼は、貿易と貨幣との悶には一定の割合
がなければならぬとして、書いている。 凝
﹁その埋由はこうである、すなわち、諸君の貿易が損失なしにおこなわれるためには、諸君の商晶⋮は隣國における同種の商晶の儂格に 相等しいかもあるいは少くともこれに近からねばならぬ。もし諸君の勘51幣が他國におけるよりもはるかに少いならば、そうであることが ジョン・ロックの経濟思想 一五ジョン.ロヅクの纒濟思想 一六 できない。けだし、そういう場合には、諸君の商品はきわめて安く賓られなければならないか、あるいは藷君の貿易の大部分は俸止せざ るをえない、國に十分の貨幣がないため、他國においては貨幣が豊富であり・したがってその便値が低いためにおこってくる高い贋格を それらの商品に⋮曝して︵それらが交換される場合に︶支梯うことができないからである。けだし、貨幣一般の贋値︵島①︿隔二ρ一〇〇剛堅旦婁ぼ 臓05霞巴︶は総ての貿易との割合における世界のすべての貨幣の籔量である、しかるに遣る國における貨幣の値下は現在の貿易との割合 におけるその國に流通する貨幣の現在量であるからである。そこで、我々がいまイングランドにおいて七年前にもっていた貨幣の牛分し かもたす、しかも以前とおなじだけの年生濠物と、それに加工すべき入手と、それを配給すべき仲買人とをもっと卜定し、かつ我々の取 引する爾余の世界は以前とおなじだけの貨幣をもつとするならば、︵けだしおそらく彼等は我々の孚分が彼等の間に分けられるから、そ れ以上をもつであろう︶、たしかに、我々の地代の傘分は支奮われす、我々の商品の申分は惚れす、我々の勢働者の牛分は雇傭されす、 かくして貿易の揖失は明瞭であろう、もしそうでなければ各人は彼等の商品や三等に卜して貨幣を以前の孚分しか受坂らす、おなじ勢働 と伺じ自然的生塵物に⋮屯して同じ時に隣への受取る増分しか受坂らないということにならざるをえないであろう。このような貧閑の状 態は我々の間において我々の國産品の稀少をもたらしはしないであろうが、しかし次のような悪画架をもたらすであろう。 ω それは我々の國産品をきわめて簾債に費らせるであろう、 ② それはすべての外単品をきわめて高儂ならしめるであろう。⋮⋮ために、すべて我々は國産品を外國晶と交換するに際して、貨幣 の大いに豊富な他見の支縫う飯間の二倍を支佛うことになるであろう。實に..このことは外國品を高儂ときには稀少ならしめる。これ は、それらの外國品が絶封に必要なものではないと急冷すれば、我々のこうむる最悪の不都合ではない。しかし、 ㈹ それは我々の人民すなわち職入や船員や兵士を放逐するの危瞼がある、彼等はともすれば給料の最もよいところへ行こうとする が、給料の最もよいのはつねに貨幣の最も豊野なところであろう,このことは戦時には必ずや大きな困窮をもたらさすにはおかない であろう。し ︵同五九一一九ご頁︶
貿易に樹す貨幣の市要性を論義するにあたっては、ロックは右のほか爲替の問題を持出しているが、ここには立ち入ら
ないで、その問題に關連して彼が貨幣輪⋮出の禁野をさえi入超による貨⋮幣の流出を抑制して爲替を高めるからという理
曲で﹁一若干有数なものであるとなしているということだけをあげておく。ただし、彼もまた、貨幣の玉出を禁止したと
⑨ ころで、入超の存する以上、貨幣は結局流出すると述べてはいる︵同五九三頁︶。しかし、貿易重視の思想に例外と見るべ きものはない。 ⑨ 同意の思想は﹃貨幣償値再論﹄にもくりかえされている。ます彼ぱ智易と貨∼幣との關係を次のごとく要約している。!一﹁貨幣は 貿易を蕾んでゆくのに必要である。けだし、貨幣の不足するところでは、戸々は物を買うことができす、貿易は停止するからであ る。.信用は暫くの聞は或る程度その不足を補うであろう。しかし信用は或る期間丙における貨幣の期待にほかならないので、貨幣 をもたねばならす、そうでなければ信用は十分でないであろう。貨幣はまた、隣邦人たちの間におけるその豊富さに一定の比例を 保って、我々のところに存在することが必要である。けだし.もし我々の隣人のいすれかが我々よりもはるかに豊富にそれをもつ ならば、我々は彼等からさまぎまの危害を受ける惧れがある。働彼等は一落大きな武力を維持することができる。②彼等は一暦高 い賃銀によって我か人民を誘い出し、これを陸上や海上あるいは何らかの欝働に使役することができる。㈹彼等は市場を麦配し、 し もって我が貿易に打留をあたえ、我々を貧困におとしいれること拶できる。ゆ彼等はいかなる場合にでも陸海軍需品を濁占し、も つて我々を危殆に瀕せしめることができる。國内の鑛山がそれを供給しない國においては、朝貢もしくは貿易以外の何物も銀をも たらすことができない。朝貢は征服の結果であり、貿易は技能や勤勢の結果である。貿易によって銀が搬入されるのは、ただ、貿 易超過︵朋き。く︻苧︸三酔5。oo︹聲鑑。︶によってである。貿易超過の存在するのは、我々がある國に青る商品の籔量が、我々がそこか ら6つてくるそれを支携つ︵余りがある場合である。けだし、その場合には、余剰分が地金で室内にもたらされるからである。⋮ ⋮輸入された銀は、その全貿易の超渦によってそれがその國のものたらしめられす・その國の富の眞實の増加とならないような國 には、とどまりえない。﹂︵同工五八i五九頁︶。かくして、 ﹁イングランドに財賓をもたらす唯一の道は、我が貿易をうまく統制 することである。・:⋮けだし、我々が貯蔵してこの國にとどまる貨幣や財寳の戦時分は、我が奈貿易の趨過叢額である。貨幣や冨 を増加せしめんとする他のすべての方法はb我々を失敗せしめる計豊にすぎない﹂と︵伺六六一一六二頁︶。 そしてロックはこの見地から、貨幣統制によって富を壌濁せしめんとする政策をb次のごとく批判している。 ﹁要するに、我々 の外國貿易と消費の全体が我が商品鍮出を超過する場合には、いつでも、我が貨幣は、かくして惹起された負債を支沸うためにb ジョン・ロックの纒潜円思想 嚇七ジョン・ロックの纏濟思想 一八 鋳潰してであろうと、鎗潰してでなかろうと、流出しなければならぬ。もし法律が我が鋳貨の輸出を罰するならば、それは錦潰さ れるであろう。もし法律が我が鋪貨の転出をオランダにおけるごとく自由に放任するならば、それは自証のままで蓮び出されるで あろう。我々がスペインで見るごとく、それはなんとしてでも出て行かねばならぬ、錦潰されてであるか鑓潰されすにかは殆んど どうでもよいのである、我が重縫や歯釜はどちらにしても伺じように減少せしめられるであろう、そしてそれが回復されうるのは ただ我々が溝費財についておこなう全輸入に封ずる全張出の超過差額によってである。貨幣や地金の誌面を禁ずる法律はすべて無 駄であろう。その点に關する抑厭 ないし自由は、いかなる國をも露ましめもしなければ、貧しくもしないであろう。我々の見るご とくオランダはその喩出の自由のもとに豊富な貨幣をもち、スペインはその持出しを嚴罰によって禁ずるにもかかわらず貨幣は大 いに不足している。﹂と︵同六六七頁︶o 五 を 9 以上、ロヅクが利子の法.的制止に封ずる反書論に關聾して金銀と貿易とを軍適している点から見て、彼の思想は全く重
商主義的であったといわなければならない。しかして、貿易茅定論の支持を軸心とするロックの重商ギ義思想は、たしか
に、アッシュリー︵毛・♪の7冨︽’↓犀①一門O円鴇O誌鶉ぎO略﹁門O①↓憎角笛Φ噂O嵩O鴇堕HQO㊤刈・ ω信旨く①︽の踏δけOユO餌巳国6◎ロOヨ8噛 OPN㊤。。iも。8・︶の屯勒しているごとく、彼がホイソグ蕪の哲學者であったことと無關係ではなかった。そして、そのかぎ り、ホイッグ常⋮的先入見の否定されがたいところがあるのであるが、しかし、といって、彼は、しばしばトーリー蕪的自朗貿易論の形をとってあらわれたような軍商主義を超えた側面を全然もたぬというわけではなかった。金や銀が生活に直
接役立たぬという自畳をもつていたばかりではない。彼は商人に封してかなり徹底した批判的態度をしめしている。
彼は、いっている。﹁仲買人の増大は貨幣の流通範園を握画することによって詣る國の産業を妨害する、そしてその範
幽内に多くの停止点を作ることにより上牧を必然的に緩慢かつ僅少ならしめて濠業に不利釜をあたえる。のみならす、彼
. グ
等は産業利得の過大な分け前を食いつくし、それによって沖労働者を餓死せしめ土地所有者を貧困におとしいれるが、後者
の利釜に晒しては室要な配慮が彿われなければならない、それは國籏における確定不動の重要事であるからである。﹂と
︵ロック、楊探剛五七六頁︶。さらに、彼は、怠けて働かない商入は一壷の貨幣のきわめて多くをたえす自分の手に保持してゆくばかりでなく、耽愈
をしてその保持に封ずる支梯をなさしめるという点において賭博者に劣っているとさえ極言している︵同五七七頁︶。これらの個所に見られるロックの商入批判は、一國の産業に必要な賀幣の敏量ということを基準としているが、その覗
角から商人に封して批判的な態度をとつ忙ロックが、工業業者に起してはむしろ友好的に、製造業という画業部門はきわ
めて重要のものであっても.暫く少額の貨幣でもつて螢んでゆくことかできる、製品が原料よりも上面の大なるものである場合には特にそうであるとしているのは︵同五七七頁︶、重商主義に封ずる批判的な思想家としてのロックの一面をほのめ
かすものといってよい。しかし、重商主義に略するロックの批勃的な思想は、まだ、自由主義的と特徴づけらるべき性質のものではない。維濟
の領域における彼の自由石焼的進歩的な精紳は、重商議義のそれを多く幽たものではない。現に、彼が、経湾の領域において自山主義的進歩的な思想家としての眞面目を護面しているのは、商人に封ずる場合よりは、むしろ圭地所有者に立向う
場合においてであるが、 重商主義も封建的勢力に封ずる關係においては自由キ義的進歩的な一面をもつていたのであっ
て、ロックの経濟思想は重商宅義のこの側面を鮮明に理論化したものにほかならなかった。このことは、彼の利子統制反
野論のいま一つの焦点を明かにすることによって、 一心はつきりしてくる。 ゐ ls ジョン・ロックの繧濟思想 一九ジョン・ロノクの経濟思想 二〇
以上我々は利子の引下げが産業および特に貿易を阯害するという点に抗するロヅクの思想をたどってきたのであるが、
彼の利子統制反訴論についてはいま一つ重要な問題が鰭っている。それは、利子の引下げが土地所有者に利ハ仕をあ忙える かどうかの問題である。この点に落するロソクの見解は否定的である。すなわち、彼は利子の引下げは土地所有者に二言をあたえるものではな
いとして、いっている。 ﹁利.+の下落によっておそらく土馳の慣値か騰貴せしめられるであろうと考える土地所有者は、 非常な誤りをおかしたことを知るであろう、すなわち、貨幣が流出するならば、 ︵我々の貿易が維持されないならば、そ うなるであろうが㌧、 彼は地代を支佛う農怪獣を得ることもできなければ、 その土地を買う購買者を得ることもできない のである﹂と︵⑳oヨ①Oo昌の置①轟二つ易。︷夢①Ooコの。︵矩2∩Φの。匝夢①︻b5,Φ噌冒ンΩohぢ博霞。の♂琶ユ幻坦凶のぎ短穿①<拶ξ0 9竃op①∼H8ピ芝。ユ窃。剛冒ゴ⇒門8涛ρや蟹①●︶σ 噛ロックは、土地の債仙もしくは贋格が利子率によって決定されるという見解に反封ずる。土地の空値は、利子率とは濁
立に、土地に劃する需要と供給によって決定される、というのである。すなわち、彼は書いている。
︻費買される総てのものの俊格は、買手が多いか費手が多いかに比例して騰落する。書写の買手に封して多数の費手がある場台には、 いかなる術⋮策を用いようとも、費らるべきものは安いであろう。反⋮封に形勢が逆嚇して、少藪の費手に樹して多撒の買手が出現するなら ば、おなじものは直ちに高くなるであろう。この準則は土地にも、その他のものにも要嘗する。そしてイングランドにおいて、土地があ る地方では十七年ないし十八年分の牧釜で費買されると同じ時に、有利な製造業の存在する他の地方では二十二三年分の牧釜に値する理 由がある。なんとなれば、︵忙々はその霊鑑によつで繁榮し、貨幣や獲署し、且つ無業に從白しなかったb技能をもたない人々の手中に ある貨幣りごとく不慮0災難をこうむることのない用意として、好ろでその財産を最も望外にして最も永績的である土地の形で子供たち に残そうとするので︶、 いつでも進んで土地を買おうとする買手が多く、費手が少いからである。けだし、その地方の土地はすでにその種の勤勉にして繁翻せる入声によって所有されており、彼竿.は費却の意志をも必要をも消しないからである。かかる製造業地方において は、人々が土地の生産物で怠惰な生活をおくっている他の地方にむけるがごとく︶、あるものの富は他のものの浪費からおこるというよう なことがないので、人民の不為は遠隔地方から冨を堰冒せしめ、隣人を貧困におとしいれることなしに貨幣を豊富ならしめる。そして 繁榮せる商人が産業が使用しうる以上を獲得した場合には、次に彼の考えるのは買い物を探し出すということである。しかして、それは 近傍での買い物であるに相違ない、近傍ならば財産はみすから監齢することができ、自分の農場の世話や潤しみがその職業の妨げをなさ す、また彼の子供たちを自分のところがら或は彼か子供たちに仕込む事業からあまり遠いところへやらなくてもよいような適當な距離 のところにおかれるからである。これが、繁榮せる工業の創設された地方では、他の地方におけるよりも騒土地が速かに巨つ一応多くの 年牧で費れると認められてきたことの埋由であるように息われる。﹂ ︵同五八四頁︶
右のごとく、ロヅクの見るところによれば、土地の債値もしくは債格の騰落は、他の物のそれとおなじく、土地の購入
にあてられる貨幣の数量に比較しての資りに出される土地の分量、いいかえると、土手と買手の野里に依存する。土地が
安いのは、利子か高いからではなくて、買手に比して責手が多いからである。しからば、何が働手を堀加せしめるか。
ロソクは、 一般的な不始末とその結果たる負債である、と答えるσ何が買手を減少せしめるか。第一は同じく不始末である、第二は所有樺の不確實なことであり、第三は漆業の一般的衰徴である、という。なかんづく、第ぎの原因に關する
ロックの詫明は、重要な問題にふれている。 ﹁琵業の一般的衰微は人々が土地を購入するのを妨げる、けだしこれは普遍的貧困の脅威をあたえるものであって、しかも普遍的貧困 は必定ます土地に最もひどく降りかかるからである。商人はまちがいなく彼の商品に封ずる代金を獲得して利釜を締めるであろう、王國 が彼の事業によって利得しようとすまいとρそうするであろう。そして彼は彼の貨幣を、その地代が低下しつつある旺つ事業の成行によ つて引綾き低下しそうだと予見する土地に投下するよりは、むしろ、彼に利潤をもたらす事業への投資を戯けるであろう、︵けだし商人 は蒔直を貧しからしめる嘉業によって利得しうるからである︶。 一國民が衰微と破減に向いつつあるときb商人と貨幣所有者はどうした ジョン・ロックの経濟思想 二﹁ジョン・ロックの経濟思想 二二 ところで必ずや餓えることが最も遽いであろう。いすこにおいても、ある國をおそってこれを破滅せしめる衰微は、つねにます土地に降 りかかる。⋮⋮これは疑うべからざる眞埋である。それで螂紳︵6。=三廻萱邑2二一三︶は埋入自身よh・も一驚多く産茉に浮心をもち、そ れがうまく薫製され維持されるよう一興大きな注意を梯わななければならない。けだし、彼はたしかに、産業の衰微が王國から我々の 貨幣り一牛を搬出し、残りが商人や蓬業家の手中に傑持されるならば、彼り作りうるいかなる法律も、あるいはまた我々の聞における所 有禮移轄のいかなる術策も、それを再び彼のところへ復嚇せしあないであろうことを知るであろう。一般的な劣勢と節瞼が、統制のよろ しきをえた産菜とあいまって、王國の以前の富裕︵﹁三戸葦戸二’<︵田即p=一一︶を回復するまでは、彼の地代は下落し、彼の地位は日に日に下 落するであろう。レ ︵同五九五頁︶
かくして、利子の引下げと土地所有者の利盤とに關するロノクの結論は、こうである。地代や馳債の下落を高利のせい
にしてはならない、利子の引下げによってそれを引上げようとしても無駄である、そのためには買手の数が増加せしめら
れ賞手の数が減少せしめられねばならぬが、これは利子の統制によっては不可能であって、産業の繁榮にまつほかはな
、、 と。 ● し なお、彼は利子の引下げによる地贋、の引上げにともなう不利釜として、七地を求める外國入の移佳が阻止されるという 点をあげ、このことがもたらす損失にふれている。第一は人的損失である。彼もまた、 ﹁人民の増加は富とカの堀加であ る﹂と考えるのである。第二は貨幣の損失である。彼は、外國入が來て土地を購入することを妨げられ■ると、それだけ貨 幣の搬入が妨げられるというのである。 ︵同六〇〇,六〇一頁︶;以上のごとくロソクは土地の贋値もしくは賢主の騰落を利発の騰落とは無關係な資手と買手の増減に依存せしめるので
あるが、はたして地贋は利子と無關係なものであろうかG土地が慣値一正確には慣、格一をもつのは、それが地代とい
う年牧釜をもたらすからである。募債は、地代の資帯化によって生れてくるものでなければならぬ。しかして、地代が資
甲 本化されるにあたっては、常然、利子歩今がその媒介者となるはすである◎・/.のかぎり、利子歩含と地代とが地慣の騰落 に關係をもつてこざるをえない。したがって、ロゾクが地偵、が利.すと無心係→。あるかのごとくに亡いているのは訣りとい
わなければならない。しかし、ひるがえって考えると、地山の眞實の騰貴は人皇的な利千の引下げによってもたらされる
ものではなくて、濠業の繁榮こそが眞實の地瓦騰貴の原囚であるとする彼の宅張は、十分の正當性をもつたといわれなけ
ればならない理由があるQしかも、この正編な認識は、彼の場合、土地所有者をして利子の法定制限というような中世的
経由統制を.断念して崖.業の繁榮に注目せしめるという自由主義西進歩的な目的によってささえられていたのである。この ことは、彼の議論が地償から地代に進むにつれて、一暦はつきりしてくる。ロックは、地代の騰落が地債に影細をもつことは、これを認めていたようである。しかして彼は、地代の騰貴は産業の
ランドホルダニ 盛衰に依存するものと老えている。いう。 ﹁土地保有者の轟轟の利釜は、彼の穀物や肉や芋毛がよく萱れて、大きな債格 を生むということである、⋮⋮このことのみが地代を騰貴せしめ、所有者を富裕ならしめる﹂と︵同六〇一頁︶。 また、いう。 ﹁富の衰微の絶封にまちがいのない標徴は地代の下落である、そして地代の引上げは國民の配慮に値する であろう、けだし土地所有者ならびに公衆の眞實の利釜は、利子のド落ではなくて、地代の引上げにあるからである。﹂と (陶 、六〇五頁︶Oこうした見地から、彼は地代下落の原因に論及している。しかして、彼が地代を下落せしめる第一の原因としてあげて
いるのは土地の生産性の減退であり、第二の原意としてあげているのはω生藍物の使用の絡憶と回代用晶の出現と囚廉偵
⑩
な競三石の出現および回國産品に古する課視であり、第三の原因としてあげているのは貨幣の減少であるが、そのうち利
子論に闘蓮をもつのは第三の貨幣の減少である。 ⑩ 直接土地に賦課される租税は地代を下落せしめないけれども、土地の生産物に封ずる租税は地代に影響するというロヅクの主張の ジョン・ロックの纏濟思想 二三ジョン・ロックの経濟思想 二四 なかにも、我々は、土地所有者に封して攻勢的な市民的要求の反映を看饗しうるであろう。いうところは、こうである,﹁土地に 封ずる租税は土地保有者にとってつらいように思われる、けだし彼のポケットからそれだけの貨幣が出てゆくのが目に見えるから である。それで自己の負担を輕減するために、 土地保有者はつねに港んでそれを商品に課そうとする。しかし、もし彼が撤底的 にこれを考察し、その結果を吟昧するならば、彼はこの外黒影の負担の輕減を購うにきわめて高下をもつてしたことを蜘るであろ う。﹂けだし、土地に勤する租税は地代を少しも下落せしめないけれども、國内生産物に射する租税は、結局、その償格を下落せ しめることによって、地代を下落せしめるからである、と。 ︵同五九六i九七頁︶