でなければなら刷、純信仰を基礎としてのわ﹁身は 従ひ奉る伎なれども心は従ひ奉ら十
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云はれし 我組の言は趨切に此を云はれたものである。 我組の信仰を受けつぎ、其の御数仁依って数化 せられだ門下は皆不惜身命に本化の純信仰の流れ を後世仁侍へた。此の流を抑叫んだ人々は時の専横 な潟政岩の惨酷なる迫害仁込屈せ今自我の接現に 悲 惨 な 犠 牲 ’ι
なった。先人の紅の血もて彩られた 其の流も、初は妥協も自我の錦のが漸︿妥協某れ 自身t
なり遂には隼き自我の生命を打ち捨て、、 専倍順臆にのみ心懸︿る撲になった。組の純信仰 はいかに?先哲の血もて染めし流れは何慮に?こ ちたき論議を戦はしてまでも揺受t
云ふ美名の下 に生りる屍を庇護し、妥協本来の意義を失し純信 仰をな︿した屍を養ひっ?のるのではなからうか 宗教は論議でない。私はいつでも思ふ:::宗教 じ劃して其の崇高さを思ふ時、理路仁走った論議 や人生観宗敢観ない ζ の読を先づ後廻しじして、只 夫れ宗教t
しての強大なるカ仁成じ其の大きな総 てに合体しτ
少 さν
自己の完全を期すべきだ。ー バイロンが悲曲マシフレンドの中じ﹁如何じ我等 人聞は総ての主権者なりと云ふも一は高き理想に 向へる紳!他は成き慾望仁濁せる塵介なり o ﹂t
云 へるが如︿竿紳竿獣の我等は迭を去る事は不可能 だ o が然し本化の純信仰仁立った場合、其庭に同 化t
順臆の二方面を把持し得て、掃折を超越した 自我の衝動じ依って信仰の静露、筒性の錦仁綿一世 曾の錦に、生3
得指導し得て本化φ
大 道 を と 曹 ﹄ し へに侍へる事が出来るのr
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。 信仰が無い場合、揖受折伏共仁軍一・としての慣 伯はあるも杢体ごしては何替の憤値が無い。況や 組の本意は信仰仁在せられた。我等は先づ信仰の 体現に努め而して後宗祖の末流仁加はるべきだ。c
76 )過去より現在ヘ
江 原 亮 勇 私しの過去日今の静寂な宗敷生活仁於いて最も戚激を加へるものである、走馬燈の夫の様じ西仁 東仁特化された私自身の思想、次から衣へ
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疏 れ て析︿タイム線上に立って人生の裏仁世襲したこt
の幾度あったが知れ泊、強いて綜合すれば私し の過去は思索の人であった、此は現在の宗散家t
云ふ必然的に起って来る思想の傾向ではな︿て過 去より現在に流れてゐる思索の連鎖である、私は 品イチエの哲皐を知ら同然し彼が享楽主義の主唱 者たることを知ってゐる、浅薄な凡俗な私しの顕 はでペネの詩を解︿に足ら自然し彼の詩が超物理 的だと云ふ事を知ってゐる e 印度詩塞タゴ1Y
の 詩を評するの頭はな︿とも其の優雅な詩調に酔は される一人であった、然らば私しは詩を作る男で あらうか、否土持越仁生きてた詩作の人でない、セ シ チ メ シ タ Y な私は熱情的な思想家であるこt
だ りは知って居る二十歳仁足らぬ私しの過去既仁藤 ゐり誕のあったこt
、所詣る悲しの性格の反面仁 強紘の情炎が燃へて居たこt
は掩ふべからざる事 震であった、物欲仁絡まされた私しは物欲t
哲理 の統合 H ・ 衣 食t
精紳の融合日新ふした須雑な思想 の起ったのが二十歳過ぎての私しの思想献態であ った、軍隊生活仁於レて私しの思想を裏切られた ことは幾度か知れ肉、叉一方紳ひ度いr
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紳びる と云ふ青年の自由思想の立場から冷静に軍隊の批 判にカめたこ・ともあった、劃されて行︵日毎の箪 倖仁脚か忍従的な殊勝な気牙に成って真面目に働 いた時もあった、が然し一般から云ムt
耽曾を忘 れ日数育を忘れ日生来の宗教さへも忘れて忘我的 仁立、働いたと云ふのが妥嘗な戚情かも知れぬ、 新ふして軍国に蓋して再び宗教生活仁還へった私 しの思想斌態は、強︿誇張日美的生活H
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云ふ方 面に流動を初めた、結果 ﹁凡てを詩的仁日義的仁日解決し想及して若い 宗教家と云ふ誇張に照らして行動して行かう﹂ と云ふのが近来の私しり思想ω
多分子である.綿 花永遠人生の深刻を詔.まんとする思想となるかも 知れぬ、そうして宗教仁思いきり浸潤して全身を 任して見たい撲な而かも英の信仰のバプアスマか ( 77 )ら現はれた自然の強力の救であり得たい、換言す れば宗教熱愛
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‘救ひt
の所有者であり得たい、 嶋呼誇張何と云ふ美しい味気ない草純な言葉r
ら う、只に好奇心から来た威張ると一五ふ様な言葉で なくして自身の克己日反省日救ひの意義たるべき ものである、或女史が﹁亦き血汐に鯛れもせで塞し から今や道を克︿人’一と云ったのも矢張り誇帳の 反面たる静塞を漏したちのに過ぎない垂れ籍めて 春の行方を知らぬ宮人の悲哀の裡じは掬すーへき宮 人の誇張がある、故になしの一おふ誇張は締ての物 欲の世界から離れた、純白な本性の要求一切ω
高 難を排して矛然克明な世界ド立った仰の畳りの委 日遺上人が幾多の過去ν
背景として旭の森に律然t
して立も謹した不動の形其が如来使としての大 の誇張ではなからうか、時間に徴し昼間に超へた 大なる融甘であらねばならぬ、斯ふ思って来た時 に私は吾々t
光明日吾々と悌日霊と肉日物質t
精 神日を想及せざるを得ない、吾々の悌身翻を備は 吾々の内に具すと見るか、悌は吾々の外に超越す るものをあると見るか、即ち、現貫主義と理想主義 の岐路をR
出さ?には居られぬ、私は二元論の立 場か一元論の立場に徹底しな︿もゃならない一念 三千の妙理t
知って居忍し、三身論も若干の理解 を持って居る、嘗地是慮即是道場の思想と考査し て見た事もある、吾 L f は教導者である救世主であ る以上悠うしても現貫よb
遠ざかる事川出来ない 科皐や哲串の一不す所も一一臆は傾聴しな︿てはなら ぬ、経験や努力を曾重視する現代は科血中に教示さ れた事も砂な︿ない、従来の宗教が佐々じして未 来或は理想主義に傾いたに反して科撃は日常の生 活の上に非常な権威ある諮明を典へた事は叉カゐ りと云はざるを得ない然し科串高能主義仁依って 稿々宗教に近接して来た或方面の識者は鼓に宗教 心の脅端ケ開望して居る唯物の世界から唯心の門 に入らんとして居る、遠︿自己から離れて漸︿異 の自己なるものし還って来ては居るが掠て其自己 自身を怪しんで居る、現在自己の有する力に生気 を輿へて︿れる宗教其者を乏失して居る、斯ふし ( 78 )た枇曾を敢はん