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過去より現在へ (聖誕七百年紀念)

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Academic year: 2021

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全文

(1)

でなければなら刷、純信仰を基礎としてのわ﹁身は 従ひ奉る伎なれども心は従ひ奉ら十

L

t

云はれし 我組の言は趨切に此を云はれたものである。 我組の信仰を受けつぎ、其の御数仁依って数化 せられだ門下は皆不惜身命に本化の純信仰の流れ を後世仁侍へた。此の流を抑叫んだ人々は時の専横 な潟政岩の惨酷なる迫害仁込屈せ今自我の接現に 悲 惨 な 犠 牲 ’

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なった。先人の紅の血もて彩られた 其の流も、初は妥協も自我の錦のが漸︿妥協某れ 自身

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なり遂には隼き自我の生命を打ち捨て、、 専倍順臆にのみ心懸︿る撲になった。組の純信仰 はいかに?先哲の血もて染めし流れは何慮に?こ ちたき論議を戦はしてまでも揺受

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云ふ美名の下 に生りる屍を庇護し、妥協本来の意義を失し純信 仰をな︿した屍を養ひっ?のるのではなからうか 宗教は論議でない。私はいつでも思ふ:::宗教 じ劃して其の崇高さを思ふ時、理路仁走った論議 や人生観宗敢観ない ζ の読を先づ後廻しじして、只 夫れ宗教

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しての強大なるカ仁成じ其の大きな総 てに合体し

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少 さ

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自己の完全を期すべきだ。ー バイロンが悲曲マシフレンドの中じ﹁如何じ我等 人聞は総ての主権者なりと云ふも一は高き理想に 向へる紳!他は成き慾望仁濁せる塵介なり o ﹂

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云 へるが如︿竿紳竿獣の我等は迭を去る事は不可能 だ o が然し本化の純信仰仁立った場合、其庭に同 化

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順臆の二方面を把持し得て、掃折を超越した 自我の衝動じ依って信仰の静露、筒性の錦仁綿一世 曾の錦に、生

3

得指導し得て本化

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大 道 を と 曹 ﹄ し へに侍へる事が出来るの

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。 ・ : : −

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。 信仰が無い場合、揖受折伏共仁軍一・としての慣 伯はあるも杢体ごしては何替の憤値が無い。況や 組の本意は信仰仁在せられた。我等は先づ信仰の 体現に努め而して後宗祖の末流仁加はるべきだ。

c

76 )

過去より現在ヘ

江 原 亮 勇 私しの過去日今の静寂な宗敷生活仁於いて最も

(2)

戚激を加へるものである、走馬燈の夫の様じ西仁 東仁特化された私自身の思想、次から衣へ

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疏 れ て析︿タイム線上に立って人生の裏仁世襲したこ

t

の幾度あったが知れ泊、強いて綜合すれば私し の過去は思索の人であった、此は現在の宗散家

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云ふ必然的に起って来る思想の傾向ではな︿て過 去より現在に流れてゐる思索の連鎖である、私は 品イチエの哲皐を知ら同然し彼が享楽主義の主唱 者たることを知ってゐる、浅薄な凡俗な私しの顕 はでペネの詩を解︿に足ら自然し彼の詩が超物理 的だと云ふ事を知ってゐる e 印度詩塞タゴ

1Y

の 詩を評するの頭はな︿とも其の優雅な詩調に酔は される一人であった、然らば私しは詩を作る男で あらうか、否土持越仁生きてた詩作の人でない、セ シ チ メ シ タ Y な私は熱情的な思想家であるこ

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だ りは知って居る二十歳仁足らぬ私しの過去既仁藤 ゐり誕のあったこ

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、所詣る悲しの性格の反面仁 強紘の情炎が燃へて居たこ

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は掩ふべからざる事 震であった、物欲仁絡まされた私しは物欲

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哲理 の統合 H ・ 衣 食

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精紳の融合日新ふした須雑な思想 の起ったのが二十歳過ぎての私しの思想献態であ った、軍隊生活仁於レて私しの思想を裏切られた ことは幾度か知れ肉、叉一方紳ひ度い

r

w

紳びる と云ふ青年の自由思想の立場から冷静に軍隊の批 判にカめたこ・ともあった、劃されて行︵日毎の箪 倖仁脚か忍従的な殊勝な気牙に成って真面目に働 いた時もあった、が然し一般から云ム

t

耽曾を忘 れ日数育を忘れ日生来の宗教さへも忘れて忘我的 仁立、働いたと云ふのが妥嘗な戚情かも知れぬ、 新ふして軍国に蓋して再び宗教生活仁還へった私 しの思想斌態は、強︿誇張日美的生活

H

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云ふ方 面に流動を初めた、結果 ﹁凡てを詩的仁日義的仁日解決し想及して若い 宗教家と云ふ誇張に照らして行動して行かう﹂ と云ふのが近来の私しり思想

ω

多分子である.綿 花永遠人生の深刻を詔.まんとする思想となるかも 知れぬ、そうして宗教仁思いきり浸潤して全身を 任して見たい撲な而かも英の信仰のバプアスマか ( 77 )

(3)

ら現はれた自然の強力の救であり得たい、換言す れば宗教熱愛

t

‘救ひ

t

の所有者であり得たい、 嶋呼誇張何と云ふ美しい味気ない草純な言葉

r

ら う、只に好奇心から来た威張ると一五ふ様な言葉で なくして自身の克己日反省日救ひの意義たるべき ものである、或女史が﹁亦き血汐に鯛れもせで塞し から今や道を克︿人’一と云ったのも矢張り誇帳の 反面たる静塞を漏したちのに過ぎない垂れ籍めて 春の行方を知らぬ宮人の悲哀の裡じは掬すーへき宮 人の誇張がある、故になしの一おふ誇張は締ての物 欲の世界から離れた、純白な本性の要求一切

ω

高 難を排して矛然克明な世界ド立った仰の畳りの委 日遺上人が幾多の過去

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背景として旭の森に律然

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して立も謹した不動の形其が如来使としての大 の誇張ではなからうか、時間に徴し昼間に超へた 大なる融甘であらねばならぬ、斯ふ思って来た時 に私は吾々

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光明日吾々と悌日霊と肉日物質

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精 神日を想及せざるを得ない、吾々の悌身翻を備は 吾々の内に具すと見るか、悌は吾々の外に超越す るものをあると見るか、即ち、現貫主義と理想主義 の岐路を

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出さ?には居られぬ、私は二元論の立 場か一元論の立場に徹底しな︿もゃならない一念 三千の妙理

t

知って居忍し、三身論も若干の理解 を持って居る、嘗地是慮即是道場の思想と考査し て見た事もある、吾 L f は教導者である救世主であ る以上悠うしても現貫よ

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遠ざかる事川出来ない 科皐や哲串の一不す所も一一臆は傾聴しな︿てはなら ぬ、経験や努力を曾重視する現代は科血中に教示さ れた事も砂な︿ない、従来の宗教が佐々じして未 来或は理想主義に傾いたに反して科撃は日常の生 活の上に非常な権威ある諮明を典へた事は叉カゐ りと云はざるを得ない然し科串高能主義仁依って 稿々宗教に近接して来た或方面の識者は鼓に宗教 心の脅端ケ開望して居る唯物の世界から唯心の門 に入らんとして居る、遠︿自己から離れて漸︿異 の自己なるものし還って来ては居るが掠て其自己 自身を怪しんで居る、現在自己の有する力に生気 を輿へて︿れる宗教其者を乏失して居る、斯ふし ( 78 )

(4)

た枇曾を敢はん

t

するならば須︿強レ人格の光、り を以て彼等に接せなりればならぬ、自巳自身に信 仰の洗櫨を賓践して其の浸しみの中から出た宗教 家

t

しての誇殺を以って凡てを指導す J べきではな からうか、私しは斯うした思想に悶へ苦策して止 ま な い o

聖誕七百年にちをみて

津 田 春 暁 吾は身延じ整りて姐山串院に入撃し負笈する事 日向洩︿教義にうとし o されど此の短日月間に於 て安心立命はいやれにあるかを自賛し得たり、そ は即も本化上行たる末法の大導師宗粗大事人仁倍 の 一 宇 を 捧 げ 奉 る と 一 式 ふ 事 な り 。 そはそも何故白壁し得たるか、五日が病気の悲し きが矯か非今、祈願の縛か非令、斯かる目前の小 利には非ぎるなり o 宗粗大墨人の一生を推想し戚 激したるなり O 殊に四ク度の大難伊東の流罪仁溺 れ給はす散之口仁切られ給は宇佐渡雪中い苦難仁 も亦飢へ給はぎりし事は暫︿措き、貫に大聖人の 御性絡精紳の偉大じして形辞す可からざるに戚令 ろ な り o 偉大なる哉大連人、創め下も荷ほ寂党の 郡彼い伊豆の海の波聞に漂ひ給ひ佐渡の闘の雪中 千烏の躍に御夢を畳まさせ給ふ御身ドおはし乍ら も﹁我此土安穏天人常充満﹂﹁天長地久闘士安穏 L

t

紛らせ給ふを想ふ時誰か挟を絞らざる常仁法華 艇の大義を唱へ満天下の衆生をは救はんとの大願 を起し此の大願の前仁は﹁法華経の震めに此の臭 き頭を刻ねられんは砂に黄金を換へ糞に米を代ふ る な

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しと喝破し眼中権勢もなく威武もなき異仁 高天澗地調立猫歩の大豪傑が人情に厚ぐ思誼に深 ︵其の情時 L ﹂しては禽獣の末に迄も及びし事は賓 じ戚涙仁構へぎるな

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五 日 が 慌 の 一 宇 佐 自 鹿 児 し 得 た るは此慮仁あり o 此の信

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一 宇 を 白 血 宜 し 得 賞 の 信 仰を捧げばいつしか安心立命の撹仁立入るを得る な

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時呼太平洋上に洗はる、一島国じ大草人の御誕 ( 79 )

参照

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2.1で指摘した通り、過去形の導入に当たって は「過去の出来事」における「過去」の概念は

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