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建物の安全性確保義務と不法行為責任 -別府マンション事件・再上告審判決 -(最判2011(平23)・7・21)の意義と課題

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――別府マンション事件・再上告審判決 (最判 2011(平23)・7・21)の意義と課題――

目 次 一 は じ め に 二 別府マンション事件の概要 三 再上告審判決とその意義 四 建物の瑕疵をめぐる責任規範 五 建物の瑕疵と被侵害権利・利益 六 建物の瑕疵の損害論 七 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の不法行為法上の位置づけ 八 安全性瑕疵以外の建物の瑕疵についての建築施工者等の不法行為責任 九 お わ り に

は じ め に

近時,建物買主が,直接契約関係のない当該建物の建築設計・監理者, 建築施工者等(以下,本稿では建築施工者等と呼ぶ)に対して,建物の瑕 疵に対する不法行為責任1)に基づく損害賠償を請求した事案において,最 高裁が,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」という民法の条文 上にはない概念を媒介として,施工者等の不法行為責任の成否を判断する という判断枠組みを提示し,理論的にも実務的にも大きな注目を集めてき た(最判(2) 2007(平19)・7・6 民集61巻5号1769頁2)――以下単に上告 * まつもと・かつみ 立命館大学大学院法務研究科教授 1) 不法行為責任に限らず建物の瑕疵をめぐる民事紛争全体については,松本克美・斎藤 隆・小久保孝雄編『専門訴訟講座2建築訴訟』(民事法研究会,2009)を参照されたい。 2) 本判決についての筆者の検討として,松本克美「建物の瑕疵と建築施工者等の不法行 →

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審判決と呼ぶ)。いわゆる別府マンション事件である。これまでも,直接 契約関係にない建築施工者等に不法行為責任を追及し,それが認められた 下級審裁判例も相当数ある。なかでも,地盤工事の瑕疵についての施工業 者の建物買主に対する不法行為責任が問題なった事案で,今からすでに11 年前に,京都地判 2000(平12)・10・16 判時1755号118頁は,「建設業者と しては,建物を建築するに当たり,その基礎を設ける地盤の支持力が十分 か否かを調査し,支持力の異なる地盤に基礎を設けざるを得ないときは, 一体的な基礎を設けた上で,その基礎が所々で支持力の違う基礎とならな いように支持力の弱い地盤を支えるなどの工夫をするなどして,不同沈下 を起こすことのないよう配慮すべき注意義務があるというべきである」と し,その根拠として,「なぜなら,これは生命・身体・財産の保護と公共 の安全が図られる建物の建築を請負うべき社会的責任のある建築業者とし → 為責任――最高裁 2007(平19)・7・6 判決の意義と課題――」立命館法学313号100頁 (2007)。この判決をめぐっては,すでに30件近い判例批評や関連論文が出されており,本 稿の「九 おわりに」で紹介した建物の瑕疵をめぐる近時の他の最高裁判決の判例批評数 (後掲注88∼91参照)などと比べても突出しており,理論的・実務的関心の高さをうかが わせる。秋山靖浩・判批・法セミ637号42頁(2008),大西邦弘・判批・広島法学32巻87頁 (2008),荻野奈緒・判批・同志社法学60巻5号2187頁(2009),鎌野邦樹・判批・NBL 875号4頁(2008),仮屋篤子・判解・速報判例解説(法セミ増刊)4号73頁(2009),河 津博史・判批・銀行法務 21・686号123頁(2008),幸田雅弘・判批・法セミ638号18頁 (2008),塩崎勤・判解・民事法情報258号78頁(2008),新堂明子・判批・NBL 890号53 頁(2008),関智文・判批・季刊不動産研究50巻2号63頁(2008),田口文夫・専修法学論 集106号293頁(2010),高橋寿一・判批・金商1291号2頁(2008),高橋譲・ジュリ1379号 102頁(2009),同・判解・法曹時報62巻5号215頁(2010),円谷峻・判解・ジュリ1354号 89頁(2008),橋本佳幸・判解・民法判例百選Ⅱ[第6版]160頁(2009),同「不法行為 法における総体財産の保護」法学論叢164号1∼6号(合併号)391頁(2009),畑中久 彌・判批・福岡大学法学論集53巻4号463頁(2009),花立文子・判批・私法判例リマーク ス(2008・下)37号48頁,同「建築関係者の不法行為責任:裁判所平成19年7月6日判決 を契機として」國學院法学46巻2号112頁(2008),原田剛「建物の瑕疵に関する最近の最 高裁判決が提起する新たな課題:追完の場合の利用利益返還問題および瑕疵のある建物の 『権利侵害』性」法と政治59巻3号1頁,平野裕之・判批・民商137巻4号438頁(2008), 升田純・判解・Lexis 判例速報22号48頁(2007),山口成樹・判時2002号185頁(判評593 号23頁。2008),良永和隆・ハイロイヤー270号76頁(2008)。

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ては,当然尽くすべき基本的な注意義務と解されるし,建物の注文者も, 建物を取り巻く社会環境もこれを期待していることはいうまでもないから である」としたうえで,本件では,被告たる建設施工者が本件建物を「建 築するにあたり,その敷地が盛土地盤であることを知りながら,何らの地 盤調査も行わなかったばかりか,支持力の異なる異種構基礎に跨って各建 物を建築したというのであるから,建築業者として負うべき建物について の安全性確保義務に違反していることは明らかというほかない」(傍点引 用者――以下同様)という注目すべき判示を行っている3)。 また,生命・身体侵害についての建築施工者等の不法行為責任について も,裁判例の蓄積がある。民宿の浴室での宿泊客の一酸化炭素中毒死事件 において,東京地判 1976(昭和51)・3・18 判時838号66頁は,「およそ建 物の設計施工に従事するものには,その業務の性質上自己の設計施工上の 措置等から他人に被害を及ぼさないように万全の配慮をなすべき高度の注 意義務がある」として,被告従業員の過失に対して被告の使用者責任の成 立を肯定した4)。 上記別府マンション事件の上告審判決は,最高裁として初めて建築施工 者等の「建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべ き注意義務」概念を認め,また,この注意義務が建物所有者だけでなく, 建物利用者や隣人,通行人等に対しても尽くされるべきことを認めたこと, 条文にはない「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」という概念を 初めて判示したことなどにより,特に注目を集めた。本稿は,この注意義 務は,「建物としての基本的な安全性が欠けることがないように」配慮す べき義務なのであるから,いわば建物の安全性確保義務(上記のように京 3) 筆者は,上告審判決の差戻控訴審判決を検討した別稿で,すでにこの京都地裁判決につ いても紹介した(松本克美「建築瑕疵に対する設計・施工者等の不法行為責任と損害論 ――最判 2007(平成19)・7・6 判決の差戻審判決・福岡高判 2009(平成21)・2・6 を契機 に――」立命館法学324号314頁注1(2009)。 4) 本判決を紹介したものとして,三角信行「建築士の損害賠償責任」篠原浩志代表編集 『判例研究・取引と損害賠償』(商事法務研究会,1989)352頁以下。

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都地裁が既にこのような義務に言及している)と呼ぶべきものと考える。 なぜなら,建物の安全が確保されなければ「建物としての基本的な安全性 が欠ける」ことになってしまうからである。 この上告審判決は,後述のように,原告の請求を棄却した原審判決を破 棄差戻したが,差戻控訴審である福岡高裁は,予想に反して,あるいは, 危惧された通りに,再び,原告の請求を棄却し(福岡高判 2009(平成 21)・2・65)。以下,単に差戻控訴審判決と呼ぶ),再上告がなされ,その 帰趨が注目されていた。このたび,2年半近くを経て,差戻控訴審判決を 再び破棄差戻しする再上告審判決が下された((最判(1) 2011(平成23)・ 7・216)――以下,単に再上告審判決と呼ぶ)。 本稿はこのような近時の判例の展開の中で,建物の瑕疵についての不法 行為責任についての現在の判例の到達点と,検討すべき理論的,実務的課 題を析出しようとするものである。 まずは,今回の再上告審判決の意義を確認する前提として,再上告審判 決に到るまでの別府マンション事件の事案の概要と,1審,2審,上告審, 差戻控訴審の各判決の概要を簡単に紹介し(二),次に再上告審判決の意 義を確認したうえで(三),建物の瑕疵についての不法行為責任をめぐり 検討すべき理論的諸課題につき論ずることにしたい(四以下)。 予め,私見の要点をまとめると次のようになる。 後述のように,上告審判決をもって,本来契約責任規範が適用されるべ き事案なのに,「例外的に不法行為責任を認めた」とか,「新たな権利」を 認めたとか,一定の要件のもとに「経済的損失」の賠償責任を認めたとい うような見解がある。 しかし,請求権競合説に立てば,不法行為責任の成立要件を充たす 5) 本判決の判例批評として,松本・前掲注(3)のほか,同・消費者法ニュース80号286頁 (2009),荻野奈緒・同志社法学337号1325頁(2009),笠井修・判時2072号192頁(2010), 神崎哲・建築ジャーナル1136号25頁(2008)参照。 6) 最高裁 HP に掲載されている。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110721142929.pdf

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場合には,不法行為責任が認められてしかるべきで,建物の瑕疵の場合に 限って不法行為責任の成立を厳格化すべき合理的な理由はない。建物の瑕 疵について不法行為責任の成立を認めてきた従来の裁判例もこのような見 地から責任を肯定しており,私見もそれを支持する。 また,「新たな権利」を認めたとする見解は,建物に修補が必要な 瑕疵が生じていても,物理的な損害が発生していないので,所有権侵害が ないとする前提をとっている。しかし,従来,建物の瑕疵につき不法行為 責任を認めてきた裁判例は,被侵害権利は何かをとくに問題としておらず, 結局は,瑕疵修補の出費を強いられる財産権の侵害があること,あるいは 所有権侵害があることをもって,被侵害権利の要件を充たすことを前提と していたと考えられる。何が被侵害権利にあたるかを判示していない上告 審判決についても,とくに「新たな権利」を認めたと解すべき必要性は存 在しない。 確かに,建物所有者でない,建物利用者や隣人,通行人において, 建物の瑕疵によるその生命,身体,財産に対する拡大損害が現実に生じて もいないのに,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」により危険 にさらされているというだけで,建築施工者等に損害賠償請求できること を上告審判決が認めていたというのであれば,それは,生命,身体,財産 とは別の,安全についての新たな権利を認めたことになろう。しかし,本 件事案はそのような請求がされている事案ではなく,建物所有者からの建 物の瑕疵に対する瑕疵修補費用相当額等の損害賠償請求事案である。また, 上告審判決がそのような拡大損害が生じていない段階での建物所有者でな い居住者や隣人,通行人等に対する建築施工者等の不法行為の成立を傍論 としてでも認めたものと解すべき判決文上の根拠がない。そして,生命,身 体,財産に現に損害が生じた場合には,それらの権利を被侵害権利として捉 えればすむのであるから,ここに「新しい権利」を介在させる必要性もない。 経済的損失に過ぎない場合は,不法行為責任は成立しないというの は,イギリスやドイツで判例上認められてきた概念であって,日本の判

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例・通説は,そのような概念を不法行為法の解釈に導入してこなかった。 また,建物の瑕疵修補費用相当額の賠償請求は,抽象的な建物の価値の減 少を損害としているのではなく,具体的な瑕疵に対する具体的な修補費用 を損害として賠償請求しているのであって,そもそも単なる経済的損失の 問題ではない。 上告審判決が「本来契約責任で処理すべきなのに不法行為責任を認 めた」とか,「新しい権利」を認めたとか,「経済的損失」の賠償を認めた とする見解は,総じて,今までの不法行為法理論や判例では認められな かったものを今回の上告審判決が認めたかのように捉え,それが故に,建 物瑕疵に対する建築施工者等の不法行為の成立を,結局は例外的なものに とどめてしまい,せっかく,建築施工者等の不法行為責任を明確化した上 告審判決の意義を,論者の意図とは反対に(あるいはその意図にそって), 従来の下級審の裁判例動向以上に,むしろ責任後退の方向に牽引してしま う大きな危険性があることに留意すべきである。 さて,まずは今回の議論の発端となった別府マンション事件の概要から 紹介しよう。

別府マンション事件の概要

1 1審提訴から上告審判決(最判(2) 2007(平19)・7・6 )まで 別府マンション事件とは,賃貸用マンション(9階建てのA棟と3階建 てのB棟を連結させた建物――以下本件建物と略す)を居住・賃貸目的で 買受けた買主X1X2親子が,直接契約関係のない当該建物の建築施工業者 等に対する不法行為責任等を追及した事案である7)。1988(昭和63)年に 7) 本件1審の事案と判旨の詳細な紹介と分析については,松本・前掲注(2)783頁以下参 照。判決文だけからはわからない事件の概要については,控訴審から原告側代理人として 事件に関与している幸田雅弘弁護士の前掲注(2)論稿を参照されたい。なお,原告は,本 件建物の不動産仲介業者の不法行為責任も追及しているが,1審判決は,瑕疵の認識を否 定し,また,そもそも不動産仲介業者には瑕疵のない目的物を取得させる注意義務がな →

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大分地裁に提訴されたこの事案で,1審・大分地判 2003(平15)・2・248) は,原告らが主張する本件建物の瑕疵(壁の亀裂やバルコニーの手すりに ぐらつき,雨漏りなど)を認め,瑕疵修補相当額等の損害として約7400万 円の請求を認容した9)。これに対して,2審の福岡高裁 2004(平16)・12・ 16 判タ 1180・209 は,建物の瑕疵をめぐる建築請負人の責任は請負契約で 処理されるべきであり,建築請負人が契約関係にない建物買主等の第三者 に不法行為責任を負うのは,違法性の程度が著しい場合に限られるとして, 本件では違法性の程度は著しくないとして原告の請求を棄却した。 これに対する前記の上告審判決は,違法性の著しい場合に限って不法行 為責任が成立するという原審の判断を否定し,次のような極めて注目すべ き判示をした。 「建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の 様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道 路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等 (以下,併せて「居住者等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさら すことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性 は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の 建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工 者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対 → いとして,その不法行為責任を否定した。 8) 1審,2審判決については,前掲の上告審判決を登載した民集に収録されている。 9) 原告は,その他,建物に瑕疵があることにより賃借人が減少し賃料収入が減ったことに ついての営業損害,賃料が減収し,本件建物購入の際に原告が融資を受けた金融機関への 借入金の債務の弁済が困難になり,本件建物への抵当権が実行され,原告らが本件建物の 所有権を喪失し,居住することもできなくなったので,引越を余儀なくされたとして,そ の引越費用,瑕疵の調査費用,慰謝料,弁護士費用の合計5億2500万円を賠償請求した。 1審は,このうち瑕疵修補費用相当額として,6543万円余,調査費用として100万円,慰 謝料80万円,弁護士費用670万円の合計約7400万円を認容した。営業損害ついては,被告 らの不法行為との因果関係を認めるに足りる証拠はない,引越費用は相当因果関係がない としてこれを否定した(以上につき,松本・前掲注(2)787頁以下参照)。

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する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがな いように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして,設 計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基 本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は 財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張す る者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受け ていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法 行為による賠償責任を負うというべきである。 居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なる ところはない。」 「本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるか否か, ある場合にはそれにより上告人らの被った損害があるか等被上告人らの不 法行為責任の有無について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し 戻すこととする。」 2 差戻控訴審判決(福岡高判 2009(平21)・2・6 ) 原告の請求を棄却した原審を,上告審で破棄差戻ししたのであるから, 差戻控訴審は原告の請求を認容する判決を下すことも予想されたが10),福 岡高裁は,その予想を覆し,次のような理由で再び原告の請求を棄却する 判決を下した。 10) 鎌野・前掲注(2)は,「控訴審までの本件認定事実からは,本件建物の瑕疵の多くは建 築基準法施行令や日本建築学会『ひび割れ対策指針』に違反するもので,当該瑕疵は修補 を余儀なくされるものとあるから,施工者Y1及び設計・工事監理者Y2には不法行為責 任が成立するものと考えられる」とする(14頁)。私見は,上告審判決を評価しつつも, 判決文自体からはどのような場合に「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」がある と認められるのか不明確な点もあることから,「建物自体の損害については,果たして, このような居住者等への配慮義務論を介すことによって,不法行為責任の成立の余地が広 がったのかといえば,むしろ,『建物の基本的な安全性』にまでかかわらない瑕疵である として,不法行為責任の成立がこれまで以上に狭められてしまう可能性がある」ことにつ き危惧を表明していた(前掲注(2)799頁)。

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「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,「建物の瑕疵の中 でも,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせ る瑕疵」をいうとした上で,本件では,「一審原告らが本件建物の所有権 を失ってから6年以上経過しても,何ら現実の事故が発生していないこと は,一審原告らが所有権を有していた当時にも,『建物としての基本的な 安全性を損なう瑕疵』が存在していなかったことの大きな間接事実である というべきである」として,本件においては,そのような瑕疵がないとし て原告の請求を棄却した。

再上告審判決とその意義

1 再上告審判決(最判(1) 2011(平成23)・7・21) これに対して,再び原告らが上告し,2年半近くを経て,前記の再上告 審判決が下された。結論は,次のような理由で再び破棄差戻しであった。 「第1次上告審判決にいう『建物としての基本的な安全性を損なう瑕 疵』とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をい い,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険 をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置する といずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化すること になる場合には,当該瑕疵は,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵 に該当すると解するのが相当である」。そして,今度は再び福岡高裁で最 高裁の趣旨を見誤った判断がなされないようにとの配慮からか,「建物と しての基本的な安全性を損なう瑕疵」に当たる場合の具体例を次のように 例示した。 「 以上の観点からすると,当該瑕疵を放置した場合に,鉄筋の腐食, 劣化,コンクリートの耐力低下等を引き起こし,ひいては建物の全部又は 一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより,建物の構造 耐力に関わらない瑕疵であっても,これを放置した場合に,例えば,外壁

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が剥落して通行人の上に落下したり,開口部,ベランダ,階段等の瑕疵に より建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があ るときや,漏水,有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損 なわれる危険があるときには,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵 に該当するが, 建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとど まる瑕疵は,これに該当しないものというべきである。」 かかる見地から瑕疵の有無につき審理し直すよう再び破棄差戻した。 2 再上告審判決の意義 (1) 差戻控訴審判決の現実的危険性論の否定 差戻控訴審判決は,本件建物には,建築基準法等の法令に違反する瑕疵 があることを認めてはいる。例えば,差戻控訴審判決は,A棟1階屋外に ある共用分電盤の絶縁抵抗値が電気設備に関する技術基準を定める通産省 令の基準値を大きく下回り,漏電が生じていることを認めつつ,「漏電に より停電事故が起きている程度で,漏電による火災の高度の危険性があっ たものとは認められず」とし,また,A棟メイン階段外壁のタイル部コー キングの一部はがれや,A棟屋上及び外階段の手すりが建築基準法施行令 126条1項が定める高さ1.1メートル以上の最低基準を満たしていないこと を認めつつも,「落下の可能性は低いものであり,当審口頭弁論終結時ま でに本件建物における事故の報告がないのは前記のとおりであるから,一 審原告らが本件建物を所有していた当時に,居住者等の生命,身体又は財 産に対する現実的な危険性が生じていたものとは認められない。」とす る11)。そして前述のように,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」 (以下,単に安全性瑕疵と呼ぶ)とは,「建物の瑕疵の中でも,居住者等の 生命,身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵」であると して,本件建物には「現実に事故も起きていないのであるから,居住者等 11) その他,差戻控訴審の瑕疵の認定については,松本・前掲注(3)332頁以下参照。

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の生命,身体又は財産に対する現実的な危険性が生じていたものとは認め られない。」として,この瑕疵の存在を否定した。 しかし,このように安全性瑕疵の意義を「現実的な危険を生じさせる瑕 疵」と定義し,かつ,この瑕疵の存否の判断基準を結局は現実の事故の発 生の有無にかかわらしめる考え方(以下,このような差戻控訴審判決の考 え方を〈現実的危険性論〉と呼ぶ)では,建物の安全性にかかわる瑕疵が あったとしても,現実に事故が発生していなければ不法行為責任は生じな いことになり,まさに,危険な建物の建築を法認(=放任)する論理と なってしまい問題である12)。学説の中には,差戻控訴審判決の〈現実的危 険性論〉に理解を示しつつ,ただ,それでは,「建物の瑕疵による不法行 為の成立範囲が狭くなりすぎるという批判が考えられる。あるいは,施工 者等の第三者に対する不法行為を拡大し始めたかのように見える判例の動 向に反するとの見方もありえよう」として,差戻控訴審判決の「枠組みを とるならば,瑕疵の『現実的な危険性』の評価要素を安全性侵害を表すよ り多様な要素によって構成するという方法によって,右の瑕疵の範囲を制 御するべきであろう」とする見解13)もあった。しかし,〈現実的危険性 論〉を維持しつつ,その判断要素を多様化するというよりも,そもそも 〈現実的危険性論〉自体を廃棄することが課題ではないか。 これに対して,再上告審判決は,上述のように,「『建物としての基本的 な安全性を損なう瑕疵』とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさ らすような瑕疵をいい,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に 対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず」として,差戻控訴審 の現実的危険性論を明確に否定した。再上告審判決のいう「危険にさらす ような瑕疵」という定義は,既に上告審判決自身が,「建物は,そこに居 住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用さ 12) この点での差戻控訴審判決の問題点につき,松本・前掲注(3)348頁参照。神崎・前掲 注(5)もこの点を強調する。 13) 笠井修・前掲注(5)35頁。

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れるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから, 建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者 等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安 全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本 的な安全性というべきである」としていたことを受けたものと言えよう。 すなわち,上告審判決がいうように建物は,居住者等の「生命,身体又は 財産を危険にさらすことがないような安全性」を備えていなければならな いという趣旨からすれば,差戻控訴審がいうような「現実的な危険性」が なければ「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」がないという見解 はこの瑕疵を狭く限定し過ぎるものであって14),再上告審判決のいうよう に「現実的な危険をもたらしている場合に限らず」「居住者等の生命,身 体又は財産を危険にさらすような瑕疵」があれば,「建物としての基本的 な安全性を損なう瑕疵」があると解すべきことになろう。 花立文子は「建物については,その敷地,構造,設備及び用途に関する 最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護をはかることを目 的に,最低の基準として建築基準法が定められている(第1条)。このこ とから,建物の瑕疵概念には,その品質,性能を超えて,安全性という要 素が入り込むのであり,今現在具体的に生じている危険性ばかりでなく, 将来発生のおそれのある危険もまた瑕疵にあたる」と指摘するが,私見も 賛成である15)。 なお,荻野も,「建物建築当時には小さい瑕疵であったとしても,徐々 に危険が高まっていくような瑕疵であって,耐用年数の終期までに,危険 の現実化が予想され得るようなものであれば,社会的に許容されない『建 物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』であるというべきであろう」と 14) 笠井・前掲注(5)は,「契約責任の対象とされるべき瑕疵と不法行為責任の対象となる べき瑕疵の区別につき,上告審は後者の瑕疵を『建物としての基本的な安全性を損なう瑕 疵』という基準で絞ろうとし,差戻審は,これを『現実的な危険性』の概念でさらに限定 したものである。」とする(34頁)。 15) 花立・前掲注(2)國學院法学46巻2号88頁。

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し,差戻控訴審判決が,「居住者等の権利・法益を『現実的な』危険にさ らすものとい限定を付すことによって,上告審判決が前進させた防衛線を 後退させるもの」と批判する16)。私見に近い見解であるが,「耐用年数の 終期までに,危険の現実化が予想され得る」というと,「危険の現実化」 の予見可能性や現実化の時期などが裁判で争点となってしまうおそれもあ る。端的に「生命,身体又は財産を危険にさらす可能性」があれば足りる と考えるべきである。 筆者は,差戻控訴審判決のように「建物としての基本的な安全性を損な う瑕疵」があるというためには,危険の現実化が必要だとする〈現実的危 険性論〉に対して,再上告審判決のように,現実的な危険をもたらしてい ることまでは必要でなく,「居住者等の生命,身体又は財産を危険にさら すような瑕疵」で足りるとする考えを〈潜在的危険性論〉と名付けること にする。以上のように,再上告審判決の第一の意義は,「建物としての基 本的な安全性を損なう瑕疵」の存否の判断基準について,差戻控訴審判決 の〈現実的危険性論〉を明確に否定し,〈潜在的危険性論〉をとった点に ある。 なお,別稿で紹介したように,上告審判決後に出された東京地裁 2008 (平成20)・1・25 判タ1268号226頁は,注文住宅の瑕疵をめぐり,注文者 が設計監理会社を相手取って不法行為責任等を追及した事案で,構造的欠 陥や漏水,防蟻処理上の瑕疵は,建物の「倒壊の可能性や漏水による水損 を生じさせることになる」として,「建物としての基本的な安全性を損な う瑕疵」を認め,瑕疵修補費用相当額の損害賠償を認めたが,この判決も, 差戻控訴審判決のような〈現実的な危険性〉を判断基準とせずに,〈潜在 的な危険性〉のレベルで安全性瑕疵を認めたものと評価できる17)。 (2) 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の具体例を例示 再上告審判決の第二の意義は,「建物としての基本的な安全性を損なう 16) 荻野・前掲注(5)1340頁。 17) 松本・前掲注(3)343頁以下。

(14)

瑕疵」の具体例を例示した点にある。前述のように再上告審判決は,「例 えば,外壁が剥落して通行人の上に落下したり,開口部,ベランダ,階段 等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につなが る危険があるときや,漏水,有害物質の発生等により建物の利用者の健康 や財産が損なわれる危険があるとき」には,「建物としての基本的な安全 性を損なう瑕疵」があるといえるとする。 上告審判決も,「例えば,バルコニーの手すりの瑕疵であっても,これ により居住者等が通常の使用をしている際に転落するという,生命又は身 体を危険にさらすようなものもあり得るのであり,そのような瑕疵があれ ばその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべ き」と判示しており,全く例示的な説明をしていなかったわけではない。 しかし,差戻控訴審は,上告審判決が「本件建物に建物としての基本的な 安全性を損なう瑕疵があるか否か……更に審理を尽くさせるため」原審に 差戻すとしたために,最高裁は原告が主張する瑕疵が「建物としての基本 的な安全性を損なう瑕疵」に当たらないと考えているのではないかと誤解 し,かつ,上告審の判決文の「転落するという,生命又は身体を危険にさ らすようなもの」という例えのうち「転落」に着目し,本件事案では,バ ルコニーの手すりに瑕疵があっても,転落事故が発生していないから, 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とまでいえないと判示した ものと推測される。これに対して,今回の再上告審判決は,福岡高裁が, ふたたび,このような現実の事故発生の有無を基準にするような間違いを 犯さないように,「転落したりするなどして人身被害につながる危険があ るとき」というように,「転落」の有無自体ではなく,「人身被害につなが る危険」があるかどうかがポイントとなるべきことを示していると言える。 なお,再上告審判決があげる具体例は,「……漏水,有害物質の発生等 により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるとき」と,「等」 がついている例示的列挙であって制限列挙でないことは注意を有する。 また,ここで例として挙げられている「有害物質の発生」については,

(15)

本件建物では問題となっていないが,建材に含まれる化学物質がシックハ ウス症候群や化学物質過敏症を惹起する危険性がある場合が考えられる。 建物の安全性確保義務との関係で,これらが実際に問題となった裁判例と して,東京地判平成 21・10・1 は,売主の不法行為責任を認定するにあた り,マンション「開発業者は,請負業者に対して建物の建築を注文する際 に,注文者の立場から建物の安全性を検討すべきものであって,開発業者 は,設計者及び施工者と同様,買主その他の建物の居住者等に対する関係 において,その生命,身体及び重要な財産を侵害しないような基本的安全 性を確保する義務を負うものというべきである」と判示し,被告の過失を 認定している18)。その他,有害物質の発生との関係では,アスベスト建材 や建物吹付けアスベストによる健康被害発生の危険性がある場合19)など が考えられ,実務上も重要な影響を与えうると思われる。 (3) 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」がある場合の損害論 上告審判決は,「本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵 があるか否か,ある場合にはそれにより上告人らの被った損害があるか等 被上告人らの不法行為責任の有無について更に審理を尽くさせるため,本 件を原審に差し戻すこととする」とするのみで,「建物としての基本的な 安全性を損なう瑕疵」があった場合に,「それにより上告人らの被った損 害」は,第1審判決が認容したような建物自体についての瑕疵修補費用相 当額の損害を当然含むのか,それとも,製造物責任法のように安全性瑕疵 18) この判決の分析として,松本克美「判批・新築マンションの買主が当該マンションの建 材から放散されたホルムアルデヒドによりシックハウス症候群,化学物質過敏症にり患し たことに対して,マンションの売主の不法行為責任に基づく損害賠償請求が認容された事 例(東京地判平成 21・10・1 )」現代消費者法8号77頁以下(2010)を参照されたい。 19) 賃借建物の建物吹付アスベストによる健康被害について建物所有者で賃貸人の土地工作 物責任を肯定した判決の分析として,松本克美「建物吹付けアスベストと建物賃貸人の土 地工作物責任――大阪地裁 2009(平成21)・8・31 近鉄事件判決の検討を中心に――」立 命館法学327・328合併号880頁以下(2010)。日本におけるアスベスト訴訟の概観としては, 松 本 克 美「日 本 に お け る ア ス ベ ス ト 訴 訟 の 現 状 と 課 題」立 命 館 法 学 330 号 862 頁 以 下 (2010)を参照されたい。

(16)

により被害が現実に生じた場合の損害(いわゆる拡大損害)のみしか含ま ないのかが,判決文自体からは判然とせず,この点の不明確さが学説から も指摘されていた20)。製造物責任法3条は,「製造業者等は,その製造, 加工,輸入又は前条第三項第二号若しくは第三号の氏名等の表示をした製 造物であって,その引き渡したものの欠陥により他人の生命,身体又は財 産を侵害したときは,これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。 ただし,その損害が当該製造物についてのみ生じたときは,この限りでな い」とする21) しかし,今回の再上告審判決は,「建物の所有者は,自らが取得した建 物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,……設 計・施工者等に対し,当該瑕疵の修補費用相当額の損害賠償を請求するこ とができる」として,この点を明確にした。 (4) 建物所有権喪失による建物瑕疵に対する損害賠償請求権の当然消 滅の否定 上述のように,再上告審判決は,原告が「修補費用相当額の補填を受け たなど特段の事情がない限り,一旦取得した損害賠償請求権を当然に失う ものではない」として,被告が主張するところの,原告は本件建物の所有 権を失ったから,本件建物の瑕疵に対する損害賠償請求権も当然消滅した との主張を明確に排斥した。従って,このような主張を再差戻審で被告が 主張することはできなくなった(そのことの理論的意義については後述す る)。 20) 松本・前掲注(2)795頁以下。仮谷・前掲注(2)も上告審判決が本件建物の瑕疵修補費 用を「損害として認めたか否かは判決の内容からは判然としない」とする(76頁)。同旨 として,荻野・前掲注(2)2210頁。秋山・前掲注(2)は,「本判決は『居住者等の生命, 身体又は財産が侵害された場合』における拡大損害の賠償を念頭に置いているようにも読 め,そうであれば建物自体の損害はここに含まれないとの解釈も生じ得る」とする(43 頁)。 21) この但書きの立法趣旨については,松本・前掲注(2)796頁以下で紹介検討した。

(17)

(5) 小 以上のように,再上告審判決は,既に上告審判決が提示した「建物とし ての基本的な安全性を損なう瑕疵」論に内包されていたと思われる論理を さらに明確化し22),安全性瑕疵の判断基準は差戻控訴審判決が提示したよ うな〈現実的危険性論〉ではなく,上述したような意味での〈潜在的危険 性論〉により把握されるべきことを示すとともに,再差戻審において裁判 官の誤解の余地のないように,安全性瑕疵に当たり得る場合の具体例を示 すとともに,この瑕疵がある場合の損害とは,瑕疵修補費用相当額である こと,また,一度不法行為に基づく損害賠償請求権が成立したあとは,建 物の所有権を失ったとしても,特段の事情がない限り損害賠償請求権が当 然消滅するわけでないことをも合わせて明示した。 3 残された問題 上告審判決をめぐって,学説上は,後述するように次のような問題点を 析出し,議論を行ってきた。すなわち, 建築瑕疵をめぐる責任規範は 何か(契約規範のみが妥当するのか,不法行為責任規範も適用し得るの か), 不法行為法の適用があり得ることを前提とした場合に,建築瑕疵 により拡大損害が発生せず,建物自体の瑕疵があるにとどまる場合に,被 侵害権利ないし法益はあるのか, と関連して,建物自体の瑕疵損害 の場合,所有権の物理的侵害がないので,純粋経済損害ないし経済的損失 の問題として特別な考慮が必要となるのか, 最高裁がいうところの建 物の安全性に配慮すべき注意義務,「建物としての基本的な安全性を損な う瑕疵」は,民法709条の成立要件との関連で,どのように位置づけられ るのか, 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」以外の瑕疵につ いては,建築施工者等の不法行為責任は成立しないのか等の論点である。 次に,以上検討した再上告審判決の意義も踏まえつつ,これらの論点に 22) その意味では,再上告審判決は上告審判決にはなかった新たな論理・基準を付け加えた というよりも,それを基本的に維持しつつ敷衍したものと評価できる。

(18)

ついての判例・学説状況を概観した上で,現時点での私見の提示を試みる ことにする。

建物の瑕疵をめぐる責任規範

1 不法行為責任の成立を否定・疑問視する見解 本件では,原告Xらは,自ら賃貸マンションを経営する目的で,賃貸用 マンションとして建設中の本件建物を,本件工事の発注者である訴外Aか ら購入している。従って,XAとの関係では,Xは売主Aに売買目的物で ある本件建物の瑕疵について,本来,法的には瑕疵担保責任を追及するこ ともできたはずの事案である23)。また,Aと施工業者Yらとの間では,Y はAに請負契約上の瑕疵担保責任を負っている24)。 このように,建物の瑕疵について売主の瑕疵担保責任,請負人の瑕疵担 保責任が追及され得る場合に,建物買主が直接契約関係のない建設施工者 であるYらを相手取って,不法行為責任を追及できると解すことが,そも そも妥当かが学説上議論されている。その場合,次の視角から,建設施工 者等の第三者に対する不法行為責任の成立を否定ないし消極視する見解が 主張されている。 不法行為法は契約に介入すべきでないという視角 契約目的物の 瑕疵に関するリスク配分は,契約当事者の交渉により決定されるべき問題 であるから,契約当事者以外の第三者に対して契約上のリスク配分とは別 23) 実際には,原告Xらは本件建物の建設途中に現地を訪ね,売買契約を締結し,また建築 請負人であるYらにも接触し,事実上「施主」扱いされたりしていたので,本件建物の瑕 疵に責任があるのは,売主ではなくYら建築施工業者らであると認識していたようである (この点につき,原告側代理人である幸田雅弘・前掲注(2)13頁参照)。 24) なお本件では,XらはAからYに対する請負契約上の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請 求権を譲り受けたとして,請負人の瑕疵担保責任の追及も行っているが,1審判決は,A Y間の請負契約に用いられた約款には,引渡しから2年という除斥期間が定められており, 本件提訴はこの期間を過ぎているとしてこの点での請求は棄却している。

(19)

に,不法行為責任が成立すると解すべきでないという見解である25)。なお 本件の第一次控訴審判決も,「本来瑕疵担保責任の範疇で律せられるべき 分野において,安易に不法行為責任を認めることは,法が瑕疵担保責任制 度を定めた趣旨を没却する」とか,「請負人の責任が無限抵に拡がるおそ れ」を強調しており,契約に不法行為法は介入すべきでないというような 基本的立場をとっているようである26)。 契約の相対効という視角 契約上の権利義務は契約当事者にしか 成立しないという契約の相対効の原則を出発点に,契約目的物に瑕疵がな いことの利益が契約上の利益であって,契約関係にない第三者が瑕疵のな い者を得られる利益を享受することがないならば,目的物に瑕疵があった からといって不法行為責任が成立するわけではないとする見解27)である。 両者とも,契約責任固有の領域について不法行為責任規範を基本的に及 ぼすべきでないという基本理念と,後述のように,建物の瑕疵は建物所有 権の侵害にはあたらず,ただ経済的損失をもたらすだけだとする点で共通 する。ただ,前者は,とくにイギリス法を参照しつつ実質的利益衡量を強 調する。すなわち,新堂は,イギリスにおいて,経済的損失について不法 行為責任を原則として認めないのは,訴訟の増大を抑制し,裁判所に訴訟 経済を実現させ,加害者には過大な責任を負担させない配慮のためであり, また,不法行為法が契約に介入すべきでないとされているのは,不法行為 25) 新堂・前掲注(2)論文,同「契約と過失不法行為責任の衝突――建物の瑕疵により経済 的損失(補修費用額)が生じる例をめぐって.」NBL 936号17頁以下(2010),同「契約 と過失不法行為責任の衝突――建物の瑕疵により経済的損失(補修費用額)が生じる例を めぐって――」北大法学論集61巻6号2249頁以下(2011)。なお,請負契約におけるリス ク配分についての比較法的検討として,笠井修『建設請負契約のリスクと帰責』(日本評 論社,2009)。そこでは目的物の瑕疵に限らず,仕事の未完成や,注文者の受領遅滞等 様々なリスクの配分について,イギリス,ドイツ,アメリカなどの検討を行っている。 26) この点につき,松本・前掲注(2)789頁参照。 27) この観点から,本件にアプローチするものとして,荻野奈緒・前掲注(2)2200頁以下, 同「契約不履行により経済的損害を被った第三者の不法行為法による保護――フランス破 棄院全部会2006年10月6日判決前後の議論を中心に」同志社法学60巻6号2827頁以下 (2009)

(20)

法が競争市場原理に介入したり,リスク市場原理を歪めるのは望ましくな いと考えられているからであるとする28),また,荻野は,フランス法上の 判例を参照しつつ「契約の相対効原則」を強調し,「契約不履行により損 害を被った第三者が債務者に対して不法行為責任を追及することを認める ことが契約の相対効原則に抵触するか否かが問題とされてもよいように思 われる。しかしながら,我が国においては,契約の相対効原則自体に関す る議論の展開に乏しい」と日本の現状を嘆いている29)点で,ニュアンス の違いを有する。また,両者とも建物の瑕疵についての不法行為責任の成 立に関する基本姿勢は,不法行為責任規範の適用を否定ないし消極視しつ つも,本稿で検討の対象としている上告審判決については,後述のように, 一応,妥当と評価しているようである。 なお,新堂や荻野同様,契約目的物の瑕疵による逸失利益や瑕疵修補費 用は,契約当事者間でしか考えられず,契約利益の賠償として本来瑕疵担 保責任でカバーされる問題で,不法行為責任では追及できない問題である とする平野裕之は,「契約時に瑕疵を知りながらまたは重過失により瑕疵 を知らずに売買契約をしたり,手抜き工事をするつもりなのに請負契約を させたという場合には,それをもって不法行為と考えてよいであろう。ま た,請負契約において,契約時に故意があったことが証明できなくても, 建替えを要するような重大な欠陥が証明されれば,契約時における故意を 推定してよいであろう」とする30)。私見によれば,そもそも原理的にその ように不法行為責任を排除することは合理的でなく,「建替えを要するよ うな重大な欠陥が証明」された場合に故意を推定して不法行為責任を認め るだけでは,責任の成立が不当に狭められると考える。 28) 新堂・前掲注(25)NBL 936号19頁。 29) 荻野・前掲注(27)2838頁。 30) 平野・前掲注(2)449頁以下。

(21)

2 不法行為責任の成立を肯定する見解 これに対して,建物の瑕疵について契約責任規範が適用され得る場合で あっても,不法行為責任の成立要件を充たすならば,明文の禁止規定もな い以上,不法行為責任の成立を肯定すべきであるとする見解がある31)。い わゆる請求権競合説32)の立場にたてば,建物の瑕疵の問題に限らず,一 般的に,以上のようなことになる。この点につき,能見善久は,Yが欠陥 製品をXに製造販売したところ,これがさらにZに転売されて,Zのもと で経済的損失が生じた場合を想定し,「経済的損失は契約責任ならば保護 されるので,Zの経済的利益の保護も,YX間の契約責任を拡張すること で対応しようという考え方が比較法的には有力である」としつつ,日本で は,「契約責任と不法行為責任が競合する場合には,請求権競合の立場が 学説・判例によってとられているので,契約法による保護が用意されてい るところでも,被害者は,不法行為法による保護を選択できる」と指摘す る33)。筆者は,本文で再三にわたり述べているように,修補が必要な建物 瑕疵は単なる経済的損失の問題でなく,所有権侵害にあたると考えている が,いずれにせよ,能見の指摘は,日本の請求権競合説からは,不法行為 責任の追及が排除されないことを示している(そのことを能見は批判の対 象にしているのだが)。 31) 本件第1審の大分地裁判決は,そのような立場であり,私見も同様の見解である(松本 克美「欠陥住宅と建築者・不動産業者の責任」内田勝一・浦川道太郎・鎌田薫編『現代の 都市と土地私法』(有斐閣,2001)310頁,松本・前掲注(1)22頁)。 32) 請求権競合論については,四宮和夫『請求権競合論』(一粒社,1978),奥田昌道「債務 不履行と不法行為」星野英一編集代表『民法講座4』(有斐閣,1985),小林秀之「請求権 の競合――実務的視点を入れて」ジュリスト増刊・新法律学の争点シリーズ1『民法の争 点』195頁(2007)等参照。 33) 能見善久「比較法的にみた現在の日本民法――経済的利益の保護と不法行為法(純粋経 済損失の問題を中心に)」広中俊雄=星野英一編『民法典の百年Ⅰ全般的観察』(有斐閣, 1998)621頁,627頁。

(22)

3 判例の解釈 今回の上告審判決は,本件の場合に,違法性が著しい場合に限って不法 行為責任が成立するとした原審を否定しているのであるから,建物の瑕疵 による損害賠償については契約責任規範しか適用しないというような立場 でないことを明らかである。しかし,他方で,1審判決のように,請求権 競合説の立場から,不法行為の成立要件を充たすならば当然不法行為が成 立するという言い方もしていない点が注目される。 そこで,上述した論点(5)ともかかわって,最高裁は,「建物として の基本的な安全性を損なう瑕疵」がある場合に限って不法行為責任の成立 を認めたのであるとして,不法行為責任成立を認めるが,その成立要件を 厳格化し,責任成立場面を限定したという解釈が提示されている34)。 4 私 見 私見は既に別稿で論じたとおり,請求権競合説の立場にたち,かつ,建 物の瑕疵の場合にそれを修正すべき理由もないと考えるので,不法行為責 任の成立要件を充たす場合には,当然不法行為責任が成立すると考える35)。 また,建物の瑕疵の場合に限って,ことさら,不法行為責任の成立要件を 厳格化すべき理由もないと考える36)。 この点は,既に多くの論者が指摘してきた点である。例えば,谷村武則 は,「多くの裁判例は,瑕疵担保責任と不法行為責任が主張されている場 34) この問題については,後掲本文九及び後掲注(87)参照。 35) 松本・前掲注(3)10頁。裁判官の論稿でも,判例上,請求権競合説がとられていること からすれば,瑕疵担保責任の存在により「不法行為責任の成立範囲を限定し不法行為責任 が認められるための要件を加重することが相当か疑問のあるところである」ことが指摘さ れている(松本他編・前掲注(1)795頁(谷村武則)。 36) その他,建物瑕疵と不法行為責任についての判例について述べたものとして,横浜弁護 士会編『建築請負・建築瑕疵の法律実務〈建築紛争解決の手引〉』207頁,日野修男「建売 住宅・中古住宅の瑕疵」中野哲弘・安藤一郎編『新・裁判実務大系 27・住宅紛争訴訟法』 (青林書院,2005)177頁以下,幸田雅弘「建築の瑕疵に関する不法行為責任」田中峯子編 『建築関係紛争の法律相談・改訂版』(青林書院,2008)。

(23)

合,同一の瑕疵について,瑕疵担保責任を負うとともに不法行為責任を負 うとし,また不法行為責任のみが主張された事案においても,不法行為責 任を負うために加重された要件が必要となるとはしていないと思われる。」 とする37)。また,大森文彦は,「建築物に瑕疵があり,そのために第三者 が損害を被った場合には,不法行為の要件(そのような建物を建築したこ とが施工業者として順守すべき一般的注意義務に違反しており,かつ,こ れにおり第三者に損害を与えることが予見可能であること)を満たす限り, 請負人に対し,民法709条に基づき,損害賠償の請求をすることができる」 とする38)。 なお田口文雄は,従来の裁判例は,建物の瑕疵による不法行為責任を 「ごく限定的に認めようとする傾向にある」とし,「従来の学説においても, 建物に瑕疵ある場合の設計・施工者等の不法行為責任を積極的ないし肯定 的に論ずるものはきわめて少ない」とするが39),果たしてそのように評価 できるのか疑問である。本稿で紹介,検討しているように,不法行為責任 肯定裁判例も肯定説は「きわめて少ない」どころか相当数存在するのである。 (1) 条文上の根拠 まず出発点として確認すべきは,日本民法典の条文上,〈契約責任が成 立し得る場合は,不法行為責任は成立しない〉などと言う条文は,どこに も存在しないという点である。不法行為責任の成立要件を充たすのに,明 文の規定なくして,不法行為訴権を剥奪することは不当である40)。もっと も,条文に規定がなくても,理論的,体系的に,上記命題を根拠づけられ るとすれば,そのことまでも否定されるわけではない。その場合は,その 37) 谷村・前掲注(1)796頁。 38) 齊藤隆編著『建築関係訴訟の実務[改訂版]』(新日本法規,2005)191頁以下(大村文 彦執筆部分)。 39) 田口・前掲注(2)297頁,299頁。 40) 本件第1審の大分地判も,「明文の規定がないにもかかわらず,敢えて,担保責任等の 契約責任で処理されている領域では不法行為責任を追及することはできないと解すること は相当でなく」とする。

(24)

理論,体系の妥当性,特に実際上の不都合が生じないか否か問題となろう。 この点で,「契約関係に属する事実には不法行為法の適用がなく,単に 契約法のみの適用によって規律されるべき」だとして法条競合論に立つこ とを明言した川島武宜が,他方で,「近時の社会生活の発達は社会的分業 を高度化し,その結果,人の相互依存を著しく必然ならしめ,それがため 我々は常に他人との契約なしには生活し得ないようになっている」ことに 注意を喚起し,「これらの契約中,特にその社会的分業・相互依存の高度 化しているものにおいては……各当事者は自分の担当する社会的分業の範 囲においては重い注意義務,従って重い責任を課せられるべきことは当 然」としている点は注目に値いする。そして,川島は,この点に関して, フランスの判例法の発展により,「危険を伴う契約においてその危険を防 止することを得る地位に在る当事者は,単に極めて大なる注意義務を負う のみならず,安全保證義務を負う」との判例法理が認められていることを 紹介し,日本の工場災害に関する工場主の責任もこの意味から理解される べきことを,既に戦前の1934(昭和9)年の自身の助手論文で指摘してい る41)。日本で判例・学説上,労災や職業病による生命・健康被害を使用者 が信義則上負う安全配慮義務違反の債務不履行責任の問題として構成する ことが定着してきたのは,1970年代になってからであったが(最高裁が初 めて安全配慮義務概念を認めたのは,最判 1975(昭50)・2・25 民集 29・ 2・143),その40年近く前に,川島が日本でも安全保証義務論が展開され るべきことが指摘している点は,ただ契約責任と不法行為責任の体系的理 解をめざすにとどまらず,時代が要請する法的課題への着目と解釈論の在 り方を示すものとして,注目に値する。 41) 川島武宜『民法解釈学の諸問題』(岩波書店,1949)152頁以下(初出は,「契約不履行 と不法行為との関係について」法協52巻 1・2・3 号,1934)。なお,安全配慮義務論は, 筆者の修士論文以来の中心的研究テーマの一つであるが,日本の安全配慮義務論の理論史 で川島は重要な地位を占めると考えている(松本克美「戦後日本における安全配慮義務論 の理論史的検討――労災責任論とのかかわりを中心に(二)」早大法研論集40号286頁注1 参照(1986)。

(25)

(2) 不法行為法の存在意義 契約責任規範と,不法行為責任規範とでは,それぞれ責任の成立要件, 法的効果が異なっている。例えば,売主や請負人の瑕疵担保責任は,無過 失責任と解されているが,売主や請負人に故意・過失があり不法行為責任 の成立要件を充たす場合に,それを否定することは,不法行為責任規範で しか追及できないような「不法行為構成メリット」を奪うことになる。例 えば,「瑕疵を知った時から1年」という売主の瑕疵担保責任の期間制限 (民法570条,566条3項)を過ぎている場合や,売主の瑕疵担保責任を法 定責任説的に理解し,信頼利益の賠償しか認めないなどの場合に,不法行 為責任が成立するならば,このような制約を回避できるのに,そのような 不法行為訴権を奪う合理的理由があるのであろうか。実際,別府大分マン ション事件では,原告が建物売主から建築請負人に対する瑕疵担保責任に 基づく損害賠償請求権を譲り受けたことは認められたが,請負契約で定め られた引渡しから2年以内の権利行使を権利行為期間制限との関係で,瑕 疵担保責任の追及が認められなかった。また,前掲注(18)で紹介したマン ション買主からマンション売主へのシックハウスの瑕疵による不法行為責 任の追及が認められた事案も,売主の瑕疵担保責任は期間制限にかかって いて消滅したとされた事案である。 不法行為法規定が,法が保護すべき権利・利益の擁護機能42)を持って いるとすれば,それは契約によっても回避できない,むしろ契約に介入す 42) 藤岡康宏は次のように指摘する。不法行為法は,「契約責任の拡大によっても把握でき ない領域に最終的で包括的な救済を付与することを目的とするものであり,社会の隅々に までそういう救済規範が控えているというその安心感によって,われわれは誰に臆するこ ともなく,自由で自律的な生活を営むことができるのである。この意味において,不法行 為規範は,われわれにとってさいごの拠り所である。」(藤岡康宏『損害賠償法の構造』成 文堂,2002)2頁)。なお権利保障の体系として不法行為法を位置づける見解として,潮 見佳男『不法行為法Ⅰ・第2版』(信山社,2009)2頁以下,不法行為法と権利論につい ての近時の注目すべき見解として,山本敬三「不法行為法学の再検討と新たな展望――権 利論の視点から――」法学論叢154巻 4・5・6 号292頁以下(2004),同「基本権の保護と 不法行為法の役割」民法研究第5号77頁以下(2008)。

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べき公序を定めたものと解せるのではなかろうか。この点,四宮和夫は, 一般論として,「不法行為規範が『権利保護機能』を有するとすれば,契 約責任規範による権利の剥奪に対して被害者に最小限度の法的保護を保障 するという任務を,不法行為規範に認めなければならないであろう」とし, 「人格権侵害の場合またはこれに準ずる場合のように,不法行為規範の権 利保護機能を重視すべき場合には,責任の軽減になるような契約規範は, 権利保護機能に抵触する限度で,その適用を制限されるものといわなけれ ばならない」ことを指摘する43)。「建物としての基本的な安全性を損なう 瑕疵」は,生命,身体などの人格権侵害をもたらしうるのであるから,不 法行為法の権利保護機能は一層重視されるべきである。〈不法行為法は契 約に介入すべきではない〉のではなくして,むしろ,この場合には〈不法 行為法は契約に介入すべき〉なのである。 また,〈不法行為法は契約に介入すべきではない〉という立論は,とく に,契約の交渉力の大きい側にとっては,自らの責任リスクを免責・減責 することができ有利ではあるが,交渉力の小さい側にとっては,最低限の 権利の防衛線である不法行為法の保護も制約されることになってしまい不 公平,不合理を産む。とくに建物の瑕疵をめぐっては,多くの場合,買主 や注文者は建築の素人で交渉力も小さいのに対して,売主や請負人は不動 産業者や建設業者として,不動産売買や建築の専門家である。不法行為法 の権利擁護機能を保持する必要性は一段と大きいと言えても,それを制約 すべき要素はない。なお,この点に関連して,事業者と消費者間の売買契 約や請負契約である場合には消費者契約法が適用される(同法2条3項)。 同法は,消費者契約につき事業者の債務の履行に際してなされた事業者の 不法行為についての責任を全部免除する特約や,事業者の故意・重過失に よる不法行為の場合に責任を一部免除する特約は無効であるとしている (同法8条1項3号,4号)。消費者契約法8条によれば軽過失の不法行為 43) 四宮・前掲注(32)93頁,106頁。

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の場合に事業者の不法行為責任を一部免除する特約は無効とはされないこ とになるが,同法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)によ り無効となる場合もあり得ると解すべきである44)。 (3) 契約の相対効との関係 建物の瑕疵の不法行為責任の成否を論ずる際に,契約の相対効を理由に 不法行為責任の成立を否定ないし限定しようとする場合は,どのような事 案を想定して立論しているのかを明確にして議論すべきである。一般に瑕 疵といっても,その目的物が通常有すべき品質を欠く場合の客観的瑕疵と, 契約で特に定めた品質を欠く場合の主観的瑕疵45)がある。契約の相対効 を持ち出して不法行為責任を否定する議論は主観的瑕疵の場合には,妥当 する面がある。例えば,注文者Aが請負人Bに建物の内壁の色は白にして くれと注文したが,完成した内壁の色は白ではなく,クリーム色であった。 この場合,請負人Bは注文者Aに対して,目的物の主観的瑕疵(白色の壁 にしなければならないのにクリーム色にした)につき瑕疵担保責任を免れ ない(瑕疵修補ないし瑕疵週日に代わる損害賠償――民法634条)。しかし, 当該建物をCが買受けたときに,買主Cは契約関係にない請負人Bに対し て原則として不法行為責任を追及できないのは当然である。Cはクリーム 色の内壁の建物をAから買っただけである。請負人Bが当該建物の内壁の 色を白色にする義務は注文者Aに対して契約上負っている義務であって, 建物の買主Cに対して負っている義務ではないからである。 これに対して,請負人Bが建築基準法等に違反した手抜き工事により, 震度5でも倒壊しかねないような建物を建築して,注文者Aに引渡し,そ れをAがCに売却した場合はどうか。この場合は,建物の通常の品質を欠 いているので客観的瑕疵がある。請負人Bは注文者Aに対して請負契約上 44) 日弁連編『消費者法講義・第3版』(日本評論社,2009)115頁。 45) 建築請負物の主観的瑕疵をめぐる法的問題については,松本克美「建築請負契約の目的 物の主観的瑕疵と請負人の瑕疵担保責任」立命館法学298号367頁以下(2005)を参照され たい。

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の瑕疵担保責任を負うのは当然である。そして,この場合は,建物を購入 したCも契約関係にない請負人Aが不法行為責任の成立要件が充足するな らば,不法行為責任を追及できて当然ではないだろうか。なぜなら,この 場合,請負人Bが契約関係にないCに対して不法行為責任を負うのは,倒 壊するような建物を建築しない義務が不法行為上の注意義務としてBに課 されているからである。請負人Bが注文者Aに対して負っている契約上の 義務違反を理由に,契約関係にないCに不法行為責任を負うわけではなく, 不法行為上の一般的な注意義務として課された倒壊するような建物を建築 しない注意義務に違反した結果として,C自ら固有の不法行為責任を負う のである。結局,問題は,建築請負人は不法行為上の注意義務としてどの ような義務を負っているのかということに帰着する。このことの検討抜き に,契約の相対効の原則一般から,建築施工者等の不法行為責任を否定す る立論はなしえない46)。 なお,荻野自身は,上告審判決については,「本判決は,設計・施工者 等に対して,契約上の義務とは別に,広く居住者等との関係で負う社会生 活上の注意義務を措定したのであり,原告が援用したのは後者の義務であ る。そうであるとすれば,そのような注意義務への違反によって第三者に 対する不法行為責任を認めても,設計・施工者等が施主に対してしか契約 から生じる債務を負わないという意味での契約の相対効原則と抵触しない ことは明らかである。」と指摘する47)。通常,建物の瑕疵に対して,契約 関係にない第三者が建築施工者等に不法行為責任を追及するのは,契約上 の給付利益を侵害されたことを理由としているのではなく,不法行為上の 注意義務違反を理由にしているのである。このことは,建物の瑕疵に対す る不法行為責任訴訟の場面で,「契約の相対効」の吟味をする必要性が実 際には乏しいことを示しているのではないだろうか。 46) 以上の点については,松本・前掲注(3)326頁以下も参照。 47) 荻野・前掲注(2)2208頁。

参照

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