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高村光雲の作品についての考察 : 文明開化期における日本の伝統文化と西洋文化との相克の観点から

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Academic year: 2021

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(1)高村光雲の作品についての考察 _文明開化期における日本の伝統文化と西洋文化との相克の観点から_               専攻  教育内容・方法開発               コース   文化表現系教育.               学籍番号  M11188H               氏名      石井 沙知. 1.研究の動機と目的. (2) 廃仏殿釈運動から日本伝統文化見直しの頃.  本研究の対象である高村光雲は《老猿》、《西郷隆盛像》の. (3) 東京美術学校教授就任の頃. 作者として、また詩人・彫刻家高村光太郎の父親として知ら. (4) シカゴ万博以後、東京美術学校退官の頃 (5) 東京美術学校退官から殻竿迄. れているが、」般的には代表作晶以外は余り知られていない. (6) 光雲が後世に残した影響と弟子達について. のが現状である。一般的な認識が余り浸透していないことと. 皿光雲の作品について. は裏腹に、日本彫刻の近代化において重要な役割を光雲が担.  1. 《大黒天》. っていたという事実がある。日本彫刻史において光雲は西洋.  2、 《洋犬の首》. 美術に関心を持ち、伝統的な木彫の近代化に貢献した人物と.  3. 《嬢鶏(牡)(牝)》. して知られている。.  4. 《観音像木型》  5. 《老猿》.  今回高村光雲を研究するにあたり、社会的背景や光雲の造.  6. 《楠公銅像》. 形に関わる思想及び日本美術史における光雲の意義等につ.  7. 《西郷隆盛像》. いて多面的に捉えたいというのが本研究の動機である。本稿.  8. 《山霊詞護》. は、文明開化期における日本の伝統文化と西洋文化との相克.  9. 《鞠に遊ぶ沖》. の観点から高村光雲の作品について考察することを目的と した。本研究ではまず高村光雲の活動に関して時間の流れに. 10. 《木寄文殊》. w光雲の造形について 一『高村光太郎全集』r回想録」,『幕末維新懐古談』を中心資. 沿って傭敵し、これを通して主たる作品を取り挙げ、個別に. 料として一. 作品の検証を行う。そして、日本彫刻史における光雲の意義.  1.光雲の造形と日本文化. や造形に対する考えについて、当時の日本と西洋の相克から 生じる文化並びに美術の変容との関係性の観点、さらに現代 の作家との比較等も交えながら考察を行っていく。. (1). 木の文化. (2). 造形的特徴. (3) (4). 2.研究の構成 2.. Iはじめに.  日本における職人的気質. 光雲の造形と日本文化について 光雲の造形と西洋文化. (1). 石の文化. (2). 造形的特徴.  1.時代背景. (3). 西洋における芸術家の気質.  (1)江戸末期∼明治の日本. (4). 光雲の造形と西洋文化について. I1光雲の生涯と時代背景.  (2)西洋美術の流入. V考察.  ①江戸末期∼明治初期の日本における彫刻について  ②廃仏殿釈運動による仏教の衰退と牙彫全盛期につい. VIおわりに.    て  ③工部美術学校を通した西洋美術の流入について  ④国粋主義と東京美術学校について  ⑤万国博覧会について. 3.研究の概要  第II章では、まず光雲(1852−1934)が活躍した江戸末 期から明治期にかけての社会的背景について傭瞭した。光.  ⑥ 「彫塑」という概念の定着について. 雲が生まれた江戸末期に我が国では200年余り続いた鎖.  ⑦展覧会並びに美術団体の影響について. 国がとかれ開国した。年号が明治に変わり、明治政府によ.  2.光雲の生涯. って富国強兵の精神のもと、欧化政策が推し進められた。.  (1)幼少期から修行時代. 欧化主義は西洋文化の積極的導入を進め、美術に限らず多.

(2) 方面に影響を及ぼした。この西洋文化の流入に焦点をあて、. 西洋美術に完全に傾倒することはなく、日本の職人気質的. 光雲の活動に密接に関係すること並びに、日本における彫. な造形を生涯貫き通したのである。. 刻芸術の概念形成に影響した事象について述べていった。.  光雲は日本の伝統的な「こなし」という考えを軸に、造.  次に光雲の生涯における活動について捉えていった。光. 形的主張に「写実性」を取り入れ、新たな造形の展開を試. 雲は仏師高村東雲に弟子入りし、修行を終えた後も木彫と. みた人物であると筆者は考える。. 彫りの技術を重んじて、職人的気質を貫き通している。そ.  光雲の写実研究によって表された内容には実験的な要素. の一方で光雲が西洋美術に着目し、他の文化を認めつつも、. が含まれる。それは、《嬢鶏》にみられるモデルのありのま. 自身が修行の中で学んできた従来までの仏像とは異なる. まを表そうとした写実主義的な表現、《山霊詞護》にみられ. 自己の造形を探っていく様子が窺われる。. る西洋的な人体比例、《鞠に遊ぶ沖》にみられるモデルのポ.  第皿章では、これまでの検証を踏まえ、光雲の作品検証. ーズによるデフォルメ的な構成等に大別できる。. を行った。作品によって受注主の意図も反映されているこ.  光雲の造形は、実験的な要素を含む作品もあり、作品に. とも考慮し、文献資料も踏まえながら、光雲が試みた表現. よって差はあるものの、日本の伝統的な木彫と西洋美術と. がどのようなものであったか、主たる作品を取りあげ、個. の融合が見て取れるものである。光雲は日本の伝統的な木. 別に紐解いていった。. 彫を西洋からもたらされた近代的な彫刻に結びつけ、橋渡.  第1V章では、『高村光太郎全集』「回想録」、『幕末維新懐. し的な役目を担っている。光雲が同本彫刻の近代化に貢献. 古談』を中心資料として、光雲の造形に日本の伝統文化と. し、仏師上がりの彫刻家であると筆者は考える。. 開国後流入した西洋文化がいかに関連しているのかを考.  第V章では、日本彫刻史における光雲の意義や造形に対. 察した。.  高村光雲の造形はrこなし」という日本の伝統的な造形 の考えが軸となっていたことがわかった。高村光太郎の著. 書r回想録」『高村光太郎全集 第十巻』によれば、にな. する考えを現代の美術の観点も交え、包括的な考察をおこ なった。この考察は、光雲の造形と他の作家の造形の比較 を交えたものである。比較対象は、大理石による彫刻にこ だわり、職人的な考えが造形に大きく影響したとみられる. し」とは、西洋美術のコンストラクション(COnStruCti㎝) ミケランジェロ(David di Mich.1。㎎e1o,1475−1564)、光雲. を意味する。彫刻芸術におけるコンストラクションとは量 塊の構成、構築、建築などを意味する。. と同じく動物彫刻を制作しているジャン・ボローニャ (Gi.mbo1.g。。,1529−1608)、今日の彫刻芸術を基礎としな.  さらに、「こなし」は仏像制作における分業の一つの工 程を指す言葉でもある。仏像は分業制で制作されるもので あり、それは「木寄せ」、「こなし」、「仕上げ」の3工程に. 大別することができる。「こなし」は、木彫制作の荒彫り. がら、仏教に関連した主題に焦点をあてている現代彫刻家 の薮内位斗史らである。光雲の造形について、他の作家の 造形を適宜引き合いに出しながら多面的な検討を重ね、当. から小造りまでの段階そのものを指すとともに、彫刻的密. 時光雲が試みた新しい造形から、作品の主題性、職人的気. 度を充実させていく彫りの工程を意味する日本の伝統的. 質、制作プロセス・手法等の制作に関する要素を抽出して. な職人の専門用語である。光雲は、分業されたそれぞれの. いった。. 過程に於いて職人的な考えによる明快な仕事を求め、十分. 参考文献. に「こなし」がなされた末に精緻な彫りを作品に行き届か. ・高村光雲,『幕末維新懐古談』,岩波文庫,1995年. せようとした人物である。. ・高村光太郎,r回想録」『高村光太郎全集 第十巻』,筑.  また光雲は、彫刻作品について、仕上げても尚、こなさ れた作品を良いものと考えており、それは、光雲の造形特.  摩書房,1958年 ・池上香苗,『『光雲懐古談』の世界一近代目本彫刻の形成. 徴の一つである精緻で克明な彫りに表れているだろう。.  に関する考察一』,建常杜,1997年.  そして光雲は、当時新しいとされた西洋美術の「写実性」.           主任指導教員  喜多村明里. に着目し、積極的に自身の制作に写実研究を取り入れたが、.         ◎指導教員  前芝武史.

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