1980年以降のシェイクスピア批評と「階級」概念(二) : 市場と「階級」
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(2) 1 9 8 0 年以降のシェイクスピア批評と「階級J概念(二) 藤津. ジャンークリストフ・アグニュー. ( J e a n C h r i s t o p h eAgnew) 『オックスフォード英語辞典 j(O ゆr dE n g l i s hD i c t i o n a r y ) によれば、車 場を表す“m a r k e t " には以下のような主要な定義がなされている。. 1 .a .t h emeetingo rc o n g r e g a t i n gt o g e t h e ro fp e o p l ef o rt h ep u r u b l ic 1 y exposed,a ta c h a s e and s a l eo fp r o v i s i o n so rl i v e s t o c k,p f i x e dt i m eandp l a c e. 1 .d .S t o c kE x c h a n g e .. 2 . Law.Thep r i v i l e g eg r a n t e dt ot h el o r do famanor ,am u n i c i p a l i t y o ro t h e rbody ,t oe s t a b l i s hameetingo fp e r s o n st obuyands e l l . p a c eo rc o v e r e db u i l d i n g,i n 3 .a .A p u b l i cp l a c e,whetheranopens whichca 社l e,p r o v i s i o n s,e t c .a r eexposedf o rs a l e;am a r k e t p l a c e, m a r k e t h o u s e .Als o,now=SUPE まMARKET. 4 .a .Thea c t i o no rb u s i n e s so fbuyingands e 1 l i ng これらの用例からも理解できるように、 f 市場Jという言葉は、高品を交 (m e e t i n g " )、 f 株式市場J“ (s t o c ke x c h a n g e " )、市場を 換する「集まり J“ (p r i v i l e g e ")、「場所 J“ (m a r k e t p l a c e ")、商品を売り買いす 開く「特権J“ る「行為J “ (a c t i o n " ) などさまざまな意味を含意しうることが理解できる。 とりわ丹、われわれの議論にとって重要なのは、「市場」が俗にげチノリ と発音される、商品が日々交換される f 場 所j や「集まり j を意味する 「斎場」から{シジョウ j と発音され、通常、「株式車場j などの用例で用 いられる. f 市場」へと変貌していく時期とシェイクスピア劇が上演されて. いた時代が重なり合うという事実でるる。そして、この過程は同時に資本 主義が発達段指にあった時代であり、その胎動をシェイクスピア劇が反映. (2). -101-.
(3) 文学・芸術・文化. 1 8 巻 2号. 2 0 0 7 . 3. しているとする見解は、以下で紹介する研究者たちの共通認識になってい る. O. その先鞭をつけた研究が、ジャンークリストブ・アクゃニューの『市場と. W o r l d sApart, 1 9 8 6 ) である。この本の題名は字義通りに解釈すれ 劇場 j ( J J リ々の世界』となるが、「別々の世界j とは具捧的には市場と劇場を ば 、 W. 意味している。一見すると、現実と虚構を扱った刻々の世界に属している はずの. f 市場」と「誕場j が同時に論じられるのを晃ると、奇異に感じる. かもしれな t~o しかし、西欧の思想史において一見異質な事象に見えるこ れら二つの事象が実は繁密な関係にあったことを、アグニューは多蚊にわ たる歴史資料を用いて論証している O アグニュー自身がプロローグ ( P r o l o g u e ) の中で自ら解説しているよ. f 市場関係の壁史J “ (ac u l t u r a lh i s -. うに、彼の研究が扱うのは、広義では. t o r yo fmarketr e l a t i o n sづであり、狭義では、 f 古代からわれわれに伝え られたもっとも永続的な隠輸のひとつ、劇場としての世界という器喰の精. “ (ani n t e l l e c t u a lh i s t o r yo foneo ft h emostd u r a b l emetaphorsl e f t 神史J. 1da sas t a g e . " )で あ る t ousfroma n t i q u i t y :t h emetaphoro ft h ewor (Agnew 1 4 ) そして、アグニューによれば、そもそも「世界劇場J C t h e a 0. trummundi) という概念は、現世を虚構の世界として捉えて自らをその登 場人物に警える点で、世界を空虚な空間と見なし、禁欲的右態度を人々に 求める. f 世界蔑視J ( c o n t e m p t u smundi) と大して差がなかった。ところが、. 空患である この厭量的な概念が、次第にルネサンスのイギリスにおいて f. (a tonceemptyands a t u r a t e dw i t hm e a n i と 詞 特 に 意 味 の 充 満 し た J“. ngsづ概念へと変化し、最終的には独立した経済概念として成立してゆ く過程をアグニューは描写している 確固たる. O. アグニューによれば、市場ははじめ. f 場所J“a ( marketplace") を伴って存在していたが、それが次. " p r o c e s sづとなり、さらには、交換価値として原理 第に高取引の過程 (. “ (p r i n c i p l e勺へと変容を遂げたと p う. O. -100-. (3).
(4) 1 9 8 0 年以降のシェイクスピア批評と f 階 穀j 概念{二) 藤津. I nf a c t,t h ee a r l i e s td e f i n i t i o no ft h eworlda samarketplacehas n e v e re n t i r e l yf a d e dfromv i e w .まa t h e r,w i t h i nt h eword,t h es e n s eo f p l a c ewasmadet os u r r e n d e ri t sp e c u l i a r l yl i m i n a lande x t r a t e r r i t o r i a l a s s o c i a t i o n st oat r a n s a c t i o n a lp r o c e s st h a thadsprunguparoundi t . C l o s eupont h i sr e d e f i n i t i o ncamey e ta n o t h e r,f o rt h ep r o c e s so fe x changey i e l d e d,i ni t st u r n,ap r i n c i p l eo fexchangev a l u eo rl i q u i d i t y. i l 1f u r t h e rfromt h eo r i g i n a lm e a n i n g . t h a ta b s t r a c t e ds t (Agnew 5 2 3 ) 最終的には車場は冨家が市場によって影響される f 力J“ (' p o w e r " ) と見な されていくとアグニューは論じているが、ここで誌明らかに四つの p で. l a c e, " “ p r o c e s s J ' “ p r i n c i p l e, " “ p o w e r " ) による市場 始まる言葉(“p をめぐるアグニューの言葉遊びが機能していることが分かる。 では、このような. f 市 場j が f 場所を伴わな p J“ (p l a c e l e s s " )概念へ. と変化して Lミく過程で、文学や歴史はどのように市場を描いて行ったので. 6 世紀後半から 1 7 世紀に至る あろうか。筆者の専門額域に特に関係する 1. i t e r a 組問 までの期間を注目してみると、アグニューは、身分の文学(“l. 。 fe s t a t e sづ、悪漢文学(“roguel i t e r a t u r e " )、性格描写本(“ c h a r a c t e r booksづ右どが流行したヱリザベス顎は、土地の貸借制度の変更によっ て身分について意識的な人々が増え、外見とは裏腹な「個人の意志Jを もった人物像が悪漢文学者どで描かれるようになったと指摘している. (Agnew 6 3 )。これと平行して、土地に定著する必要がなくなった浮浪者 (俳優もこれらの浮浪者と大差ない存在として見なされていたわけである が〉が増えるにつれて、悪漢文学が流行する. O. この悪漢文学の流行によっ. て外面とは内面の謂に大きな季離のある行動を取る悪党が舞台に登場し、 観客に懐疑の目をもって演劇を観るように方向づけて p くO 外面と内面の議離は、悪漢の行動だけに留まらず、衣装も内面を偽る道. (4). -99-.
(5) 文学・芸術・文化. 1 8 巻 2号. 2 0 0 7 . 3. 具へと変貌し、エワザベス朝ではそれまでは身分を表す指標となっていた 衣装が、もはや外領から毘て一瞬のうちにその身分を言い当てられる指標. P h i l l i pS t u b ではありえなくなる。アグニューはフィワッフ ・スタップズ ( 0. b e s )の f 毒舌の解部j(AnatomieofAbuses,1 5 8 3 ) から有名な一節を引用. 6 世紀末の状況を語らしめている。 して、身分の文学の死に遭遇した 1 ThereS t u b b e sc o m p l a i n e do fhowd i 鐙c u l ti thadbecome“t oknow whoi sn o b l e,whoi sw o r s h i p f u l l,whoi sagentleman,whoi sno t :f o r. ,. e n t i l i t i en o r yous h a l lhavet h o s ewhicha r en e i t h e ro ft h en o b i l i t i e,g yeomanry; no,nory e ta n i eM a g i s t r a t,o r 0話 c e ri nt h e common w e l t h,god a y l i ei ns i l k e s,v e l v e t s,s a t e n s,damasks,t a 笠e t i e s,andsuch. 1 i ke,n o t w i t h s t a n d i n gt h a tt h e ybebothbasebyb y r t h e,meanbye s e r v i 1 ebyc a l l i n g . " t a t e,& s. (Agnew7 4 ). また、衣装との関連でいえば、感性を楽しませる装飾を批判したぜュー リタンが演劇を糾弾することによって、果たした役割は大き t) 0 アグ ニューが正しく指摘しているように、どューリタンにとって「衣装の変化. " T ot h eP u r i t a n s,a l l やぜ、いたくはすべて、ある種の服装倒錯であった J( changesande x t r a v a g a n c e so fd r e s swereas p e c i e so ft r a n s v e s t i t i s m . 1 3 1 )。したがって、彼らにとって舞台上でさまざまな衣装を身にまとい、 観客を魅了してゆく倖霞たちは唾棄すべき者たちであり、俳優たちが活躍 する劇場は格好の標的となった。 さらに、アグニューが市場と「階毅」との関連について比較的大きく 扱っている問題として、宮廷で演じられる仮面裂に参画する宮廷入と俳優. 7 世紀初めのイギリスでは、仮面露u の涜行があった たちの関係がある。 1 の法有名であるが、アグニューは当時の仮面劇では宮廷入が仮語を着けて. p r o f e s s i o n a lp l a y e r s ) が果たした 仮面劇を演じるのに対して、職業株{憂 ( -98-. (5).
(6) 1 9 8 0 年以降のシェイクスピア批評と「階級J概念(二) 藤葎. 役割は、宮廷人が口にするのを拒絶したせりふを語る役割でるった。お互 いに協力し合い、仮面劇を成立させているように見えながらも、舞台上で は身分の差がはっきりと投影されていたのである。. 1 7 世紀の仮面劇の流行も下火になり、劇場毘鎮などの大きな事件を経 8 世紀になると大衆を相手にした文学のジャンルが裂から次第に つつ、 1 HenryF i e l d i n g ) など 小説へと移行する。ヘンリー・フィーノレディング ( W i l l i a m耳0;まその代表例で、彼の作品の中では、ウィリアム・ネガース ( g a r t h ) やジョージ・クルークシャンク (GeorgeC r u i c k s h a n k ) の風刺画 の中で徹底して人聞の仮面や痘鮪が剥がされている状況と同時代的な共通 性を見せ、 1 6 4 2 年の劇場閉鎖以降、あまり使われることのなかった概念、 「世界劇場J ( t h et h e a t r u mm u n d i ) が再び注目を浴びることとなる。ただし、 場 j はもはや過去のそれではなくなっていた。 フィ-}レディングの「世界最i. Thea n a l o g yo fw o r l dand s t a g e,HenryF i e l d i n gw r o t ei n Tom J o n e s( 1 7 4 9 ),had “ ちe enc a r r i e ds of a r,andbecomes og e n e r a l,t h a t. tf i r s tm e t a p h o r i somewordsp r o p e rt ot h et h e a t r e,andwhichwerea c a l l ya p p l i e dt ot h ew o r l d,a r enowi n d i s c r i m i n a t e l yandl i t e r a l l ys p o ・. keno fb o t h . " Th us,headded, “s t a g eands c e n ea r ebycommonuse growna sf a m i l i a rt ouswhenwespeako fl i f ei ng e n e r a la swhenwe c o n f i n eo u r s e l v e st od r a m a t i cp e r f o r m a n c e s ; andwhenwemention t .J ames ユsi smorel i k e l yt oo c c u rt o t r a n s a c t i o n sbehindt h ec u r t a i n,S new1 5 8 9 ) o u rt h o u g h t st h a nDruryL a n e . " (Ag. 世界と劇場は一体となり、世界を表す言葉と裂の言葉が湾然一体となった 世界がそこには生まれていた。劇場が世界の代理関孫をすべて集約するよ. 8 世紀には誕生する。そして、この劇場=世界で立ち居る う者世界が、 1 ためには、公正な理性を持ち合わせた政治的に中立な人間として行動をす. (6). -97-.
(7) 文学・芸衛・文化. るように求められるようになる. O. 1 8 巻 2号. 2 0 0 7 .3. つまり、政治的な偏りのない「観客j. “ (s p e c t a t o rづとして世界という芝居に参画する必要が生まれてくるので ある. O. その点で、ジョゼフ・アディソン(Jo sephA d d i s o n ) やリチヤー. c h a r dS t e e l e ) などが発達させた 1 8世紀雑誌文化の代 ド・スティール(Ri (スペクティター)でるったのはアグニューの議論 表たる雑誌名が「観客J からすると決して偶然ではありえないのである。. さて、これまでアグニューの市場と劇場をめぐる議論を概観してきたが、 つぎにアグニューの[階級j 概念の扱いを考えてみたい。たしかに、単純 な二項対立的. f 階級j 論にアグニューが依拠していないところは、本論を. 吟味してみると容易に理解できる いて論じる擦に、. O. しかし、同時にアグニューが身分につ. f 階級j概念をたとえばルネサンスの文学について適用. することに爵藷を感じているかといえば、その痕跡法見受けられない。 また、アグニューは市場対劇場、現実と虚構、物雲性と流動性といった 二項対立を説構築しようとさまざまな場面で試みているために、議論がい きおい菌式化される傾向がある. O. たとえば、貴族、聖職者、思想家といっ. た比較的身分の高い人々を議論したかと思うと、他方では身分の抵い場末 憂まで一気に議論の対象が移行してしまっている。そのため、アグ の俳 i ニューの議論には中間層へのまなざしが向けられていない。特に、アグ ニューは市場と劇場の関係について論じる場合、役者の社会的地往の低さ を頻繁に問題にしている。 仮にアグニューの言うように、甫場とは本来人々が交錯し、商品を交換 する場所であるならば、さまざまな社会階屠に属する人々がそこには往来 したのではないだろうか。いみじくもこの著作の翻訳者である中里喜明が 指摘しているように、アグニューの論考では、. f 結局、市場は市場性ヘ、. 劇場法劇場性へとずらされて抽象化され概念化され、市場と劇場の物質的 条件はそれらの概念の歴史的変遷や展開の背後に追いやられ量き去りにさ. -96-. (7).
(8) 1 9 8 0年以韓のシェイクスピア批評と f 階級j 披念〈二) 藤 津. れjて し ま い 、 異 象 牲 や 具 体 性 に 欠 け て い る と い う 弱 点 が あ る ( ア グ ニュー. 276)0 市場(性)と劇場(性)の説構築を意図しているがゆえ. に、これら両極の間に位置する人々はアグニューの視野には入っていない ため、この弱点、は彼の社会指層についての議論にも当てはまっているよう に思われる O アグニューの市場と劇場をめぐる議論に具象性が乏しい背景には、被が 資本や貨幣の理解の仕方の変化を意識していることが影響している可能註 がある。アグニューの議論を遡行してみると、アグニューが資本の様態が しっかりと実体をもったものであると考えられていた重蕗主義的な資本観. l u i d i t yワに力点、を置いた資本のあり方への変化を歴史 から、流動性(“f の中に読み取っていることが分かる。 そして、このような資本のあり方への意識の変化を、特に初期近代のイ ギリスで象徴的に表していたのが、役者であった。とりわけ、アグニュー にとって、役者の社会的役裂を考える場合に興味を引くのは、その流動性. l a s t i c i 句r づである。役者とは初期近代のイギリスに であり、可塑性(“p あって、社会的身分から考えても得体の知れない存在であり、それと同時 に舞台上で変幻自在に姿を変えることができる、まさに読動性と可塑性を 代表する存在であった。そして、同時に、この役者のもつ流動性と可塑性 こそが、役者や劇場と、資本や車場を結びつける要素であった。アグ ニューにとって、役者という記号は、資本が重みをもった重商主義的で実 体を伴ったものから、キャッシュ・フローという言葉が代表するような 「流れj を伴った、変容し易い様態へと変化して喚く歴史的過程を表象す る上で格好の記号であったのである O. ステーヴン・マレ二一. (StevenMullaney). アグニューが市場と劇場が境界を画定しあうと、同時に弱者が重なり合. 戸. hd. Qd. (8).
(9) 文学・芸術・文化 1 8 巻 2号 2 0 0 7 . 3. う姿を論じ、市場が次第に流動性を帯びてくる過程を明らかにしたのに対. S o u t h w a r k ) のような特 し、マレニーは劇場がロンドンのサザック地区 ( heL i b e r t i e s ) に位置し、都市に対して罵縁=余白に位霊する 別行政区(t a r g i n a lづ存在であった事実を重視する。さらに、マレニーの議論で “ (m 特徴的なのは、彼が劇場のもつ性質を記述するために、その比較対黒する 項として劇場と同じく特別行政区に存在していたハンセン病患者. e p e rづとハンセン病院(“l e p r o s a r i u m ")を設定し、ハンセン病患者 “ (l と病院の当時のロンドンにおける状況について詳細会議論を行っている箇. P r e f a c e ) でマレニーは、ミシェル・フーコー 所である O 序 (. ( M i c h e l. 1t)が『狂気の歴史 j(英語版、 MadnessandC i v i l i z a t i o n,1 9 7 1 )で Foucau 行ったハンセン病患者を社会の周縁に踊離することが中世以降制度北され. o n f i n e m e n t ")の構造を生み出していたとする議論に意義を唱 た監禁(“c え、イギリスではそのような監禁の構造は当時では明確で、はなかったと反. M u l l a n e yv i i i )。 論している ( そして、役の行う詳細なロンドンのハンセン病患者に関する記述は、 シェイクスピアが活動していた当時のロンドンではハンセン病患者と俳優、 製場と病院の間の共通性についての認識に基づいている。たとえば、ハン セン病患者は当時見世物として扱われており、この点は観客のまなざしの もとに演技を求められる役者と置かれていた立場の面で類似牲があるとい. l 1aney 3 4 )。また、先に触れた通り、劇場もハンセン病院も特別 う (Mu こ隔離されていた点でも共通している点にも注巨をしている 行政区 i. O. さら. に、ハンセン病は当時伝染性があると考えられていたが、他方演劇は観客. i こ道徳的害悪を垂れ流すとピューリタンから批判されており、悪弊をまき 散らす伝染性があると批判的な吾で見られることが多かった。それでいて、 両者は病や道徳的害悪など消極的なイメージがつきまとってはいるものの、. " l i c e n s e dづ 、 意外なことに両者はロンドン市から「認可を与えられた J( M u l l a n e y5 3 )0 つまり、顔場もハンセン病 市公認の見世物でもあった ( 一%一. (9).
(10) 1 9 8 0 年以降のシェイクスピア批評と「措綾」概念(二〉. 藤淳. 院も、ともに特5J U 行政区に位置した社会の周縁に属しており、特権的な自. n o m a l y 勺 由を認められている一方で、枠の外に生息する前外的穿在(“ a として社会の中心に暮らす者たちからは奇異の Eで見られていたのである。 マレニーのように、ロンドンの中心部と周禄地区を対比しながら、劇場 の形成を論じようとする姿勢に誌、二項対立的図式のもつ議論の明快さが ある O しかしながら、演麗を楽しむロンドンの中心に生む人々の対極にあ る存在として、ハンセン病患者を対置するマレニーの手法は両者の関の対 まど、マレニーの指請する 立を鮮明化しすぎているように思われる。なる i 通り、ハンセン病患者も役者も社会的地位の点では、かなり抵い部類に属 していた。しかし、ハンセン病患者と俳優をどの程度まで同格のものとし て扱うことが可能であるかについては疑問が残る。一関をあげるなら、役 者については、晩年のシェイクスピアが紋章を手に入れたり、故郷に大き な地所を購入したりしたように、劇場経営に参画している者などはかなり 搭福であった。また、ともに. f 主人を持たな Lリ(“m a s t e r l e s s丹)存在で. あったとしても、片方誌病という不可抗力によって、そして地方は役者に なる意志によって主人を持たない状態にあるわけであり、個人の意志の有 無を考えた場合、両者を同様に扱うことができるとは思えない。それゆえ、 ハンセン病患者と役者を関位椙で論じる手法には限界があるように思われ る 。 このような問題設定とは別に、マレニーの研究を社会階層の観点、から読 み草してみると、彼の研究がロンドンの都心部と特別行政区、宮廷人とハ ンセン病患者、宮廷入と俳優というこ項対立的図式を多用し立がらも、ほ とんど「階級j とL寸言葉を用いられずに議論されているのは注目に値す る。たしかに、彼自身、. (s o c i a lc 1a s s e s " 1 4 2 ) や「社会 「社会指級J“. (s o c i a la n dc 1a s sd i v i s i o n " 1 4 7 ) といった表現を数箇 的・階級的匿分J“ 所で用いているが、これらの言葉を用いる場合でも、決して「階級j の対 立構造に言及するような開題設定は行っていない。むしろ社会の構造を層 Qd. つd. (1 0).
(11) 文学・芸術・文北. 1 8 巻 2号 2 0 0 7 . 3. として記述するときに用いている c その意味において、「階級Jも「踏層j. ( s t r a t u m ) も毒まり大差なく捷用しているように映る. O. しかし、同時に注目しなければならないのは、「上流j対「下流j と いった. f 階級J間の対立という問題設定は選択されていないものの、空間. 的な境界によってロンドンの中心と特別行政区を分暫し、そこに住む人々 をそれぞれ宮廷入や麗人と、役者、ハンセン病患者、娼婦などと法っきり 階級J概念に依拠していなくても、実質 と区分けしてしまった時点で、 f 上それと同様の議論がくり広げられてしまっている。す右わち、空間的な 境界によって人々の住む領域を画定する行為により、マレニーは二項対立 的図式によってその対立を巧妙に置換しているのである O さらに注目すべきなのは、マレニーがこれらロンドンの中心に住む人々 と特別行政区に住む人々の対立や交流を播いていない点である. O. マレニー. の議論設定の中では、あたかも両者ははっきとした境界によって分断され、 独自の世界に暮らしているかのように見える。いくら彼自身が序の中で、 都市対田舎の構図の中に特別岳白区を見出したことが彼の研究の特徴であ り、その代績として田舎についての議論が誌とんどなされていないのは、. (i n s i g h 怯 1b l i n d n e s s e s " ) であってほしいと主張した 「示唆に富む盲点 J“ “ (b i n a r yつ で は な としても、また、序で都市対田舎のような「二分法的 J (t e r t i a r y ")な分け方をして く、都市、特別行政区、田舎と「三分法的 J“ いると自負を示したとしても、結局田舎という項自を論じていないので、. M u l 最終的には議論が「二分法的」なものに終始してしまっている ( l a n e yv i i i i x )。. ダグラス・ブラスター. (DouglasBruster). マレニーが劇場を都市における周縁=余白を埋める存在として捉え、部 外者ゆえの轄権的自由を最大限に生かしてルネサンスの活力のある演劇を. -92-. (1 1).
(12) 1 9 8 0 年以捧のシェイクスピア批評と f 階穀j 概念〈二) 藤津. 生み出したと、特別行政区の周縁笠と自由を積極的に評価しているのに対 して、プラスター誌. f シェイクスピア時代の演劇と市場 j (Dramaandt h e. 9 9 2 ) の中で当時のロンドンを、 Marketi nt h eAgeofS h a k e s p e a r e,1. F 詫較. ( ar e l a t i v e l ys t a b l eandu n 的 安 定 し た 、 変 化 を 遂 げ 本 い ロ ン ド ン J“. changingLondon門)として捉え、マレニーのような特別行政区を積極的 に評価する態度を拒絶する。特別行政区などが連想させる自由とは期に、 まやロンドンの罵縁的な場とは ルネサンスの劇場は、ブラスターには、も i まどの地位を獲得していた存在として映っている。 いえない l. …1wouldp o s i tt h a tt h et h e a t e r so fR e n a i s s a n c eEngland( p u b l i c andp r i v a t ea l i k e ) werebothr e s p o n s i v eandr e s p o n s i b l et ot h ed e s i r e so ft h e i rp l a y g o i n gp u b l i c s,andwerep o t e n t i a l l ynomorem a r h a nt h e i rp u b l i c s demanded. P l a c e so f g i n a l ap a r to f London t h e yr e g u l a r i z e dandn o r m a l i z e dc a r n i v a l . ( B r u s t e r1 0 ) b u s i n e s st タ. この引用からも明らかなように、ブラスターにとって劇場はあくまでも、. (p l a c e so fb u s i n e s s " ) でるり、それは同時に 「事業の場J“. f 先晃的に車. “ (ap r i o r i,am a r k e t " ) であった ( B r u s t e rl o Lつまり、プラスター 場J は、劇場をすでに市場の一部に組み込まれた場として理解している点で、 マレニーと法大きく異なっている。. The さらに、プラスターはロンドンの市街地でレッド・ライオン館 ( RedL i o n ) などの麟場ができる時期と、株式市場の中心地としての王立 TheR o y a lExchange) が設立される時期が重なっている偶然に、 取引所 ( 市場の一部として劇場が機能し始める端緒を見ている。. .L i ket h et h e a t e r ,t h emarkett o o ki t sf i r s tpermanentr o o t sd u r -. n s t i t u t i o n s, "i nf a c t ,s h a r easim i 1a rp h y s i c a l i n gt h i sp e r i o d :t h e“twoi (1 2). -91-.
(13) 文学・芸犠・文化 18巻 2号 2007.3. c h r o n o l o g y .Thomas Greshambeganc o n s t r u c t i o no ft h eR o y a lE x changei nLomabardS t r e e ti nLondoni n1 5 6 6 6 7,j u s ta st h eRedL ion p l a y h o u s eopenedf o rb u s i n e s sando n l yadecadeb e f o r et h eo p e n i n g o ft h eT h e a t e r and C u r t a i n .F o u r s t o r i e st a l l,t h eR o y a l Exchange "andwasd e d i camet obeknownp o p u l a r l ya s“Gresham'sExchange,. c a t e di nl a r g ep a r tt om a t t e r so fn a t i o n a landi n t e r n a t i o n a lf i n a n c e, changingf o r e i g nmoneyandd i s t r i b u t i n gnewc o i n a g e . ( B r u s t e r3 4 ). このような指摘を行った後、プラスターはこの王立取引所の毘辺には市が 取り囲み、商品が売買されていた事実を紹分している O こうして、プラス ターは当持の劇作家たちが、近代初期のイギリスでは「劇場j と「都市j の従来の境界を抹消(“ e r a s e " ) しようとしていたことに触れている. ( B r u s t e r 1 7 )。 以上のような指摘から理解できるように、ブラスターの論考はマレニ一 流のはっきりとした境界によって二つに分け隔てられたロンドンではなく、 媛味模糊とした隔たりによって、ゆるやかな結びつきをもったロンドン像. 7 世紀中盤のロンドンを に基づいている。このような理解に立っとき、 1 さまざまな「階級j が入り混じり、階震による空間的な住み分けをもたな. EmrysJ o n e s ) のロンドン い器市として描出したエムリス・ジョーンズ ( 論にプラスターが共感を示しているのは納得できる。. A l thoughJ o n e si sr e f e r r i n gh e r et oLondoni n1 6 3 8,h i sd e s c r i p -. t i o no ft h em i x t u r eo fs o c i a lc 1a s s e sandt h el a c ko fs p a t i a ls e p a r a t i o n fE l i z a b e t handJ amesa sw e l l .I nh i s g e n e r a l l ya p p l i e st ot h eLondono s t u d yo ft h ep a r i s ho fSouthwarki nt h es e v e n t e e n t hc e n t u r y ,Jeremy 丑yS outhwarkandi t scomponent B o u l t o na r g u e st h a t “Demographica. p a r t swereve 巧Tm uchp a r to ft h em e t r o p o l i t a nwhole, "andt h a tt h es o -90-. (1 3).
(14) 1 9 8 0 年以降のシェイクスピア批評と「階級J概念(二) 藤翠. c i a lmapo fR e n a i s s a n c eLondon. . maybec o n c e i v e do fmoref r u i ぜu l l y a s am o s a i co fn e i g h b o u r h o o d st h a na so n es i n g l e amorphous c o m m u n i t y . ". ( B r u s t e r3 0 ). f 明 確 な ま と ま り を も た な い 単 一 の 共 同 体J“ (o nes i n g l eamorphous (am o s a i co f community")としてよりも、「隣人からなるモザイク J“. n e i g h b o u r h o o d s円)としてんネサンスのロンドンを理解しようとするジェ レミー・ボールトンの見解に賛同するプラスターにとって、当時のロンド ンにおける身分制度の境界は鮮明なものでも、絶対的なものでもない。彼 の関心は異なる身分に嘉するものが、混ざりあって共存していたロンドン にある。 以上のようなマレニーとのロンドンの境界に関する認識の遠い以外に、 プラスターの見解を形成する構成要素として、商品に対するフェティシズ ムの誕生があげられる。まさに、プラスターの言葉を借りるならば、 捺 、. f 実. f シェイクスピアの時代』はまさに高品フェティシズムの時代として. e“ Ageo fS h a k e s p e a r e, " 特徴づけられたとしても、当然であろう。 J(“官l i nf a c t ,c o u l dw e l l be c h a r a c t e r i z e da st h e Age o f Commodity F e t i s h i s m . "B r u s t e r4 2 ). 0. r もの」に対して特別な感情や思い込みが劇中. で描かれるようになる時代の到来である。 プラスターによれば、イギリス・ルネサンスの演劇では、高品の交換が 易らたな副産物を生んでいく姿が頻繁に描かれているという。たとえば、 女性は高品として扱われ、特に劇中で搭かれる高入は自分の妻までも高品 として扱う売春の仲介入として描かれる。つまり親愛の情を込めた妻でさ えも、そこには現実的で商業的な視線が介入するようになる。さらに、. f オセロ iで誌、単なるハンカチの移動がさまざまな意味をハンカチに付 与していき、最終的にはその感情の高まりが、オセロに自分の額に角が生 えたという幻想、を抱かせるようにまでなる。. (1 4). 一部一.
(15) 文学・芸術・文化. 1 8 巻 2号 2 0 0 7 . 3. プラスターはんネサンスの劇作家たちが共有していたのは、「唯物主義. (m a t e r i a l i s tv i s i o nつであり、それは観念的なもの ( t h e 的ヴィジョン J“. i d e a I)と物質的なもの ( t h em a t e r i a I)の緊張関係を特定することであっ たという。つまり、作中人物の感靖を搭いていても、それが現実の形を とって環れるかのような幻想(オセロの場合であると額に角が生える)を もったり、現実の対象を偏愛することによって、逆にとんでもない幻想が 生まれてきたりする(デズデモーナという妻を愛しすぎるがあまり、ハン カチという現実の対象に思いを込めすぎるあまり、彼女が浮気をしている ので誌な L功ミという幻想が一人歩きをし出す)、かなり複雑な関係である。 唯物論的ヴィジョン」という撞善語法 ( o x y m o r o n )を 、 そして、この f 矛盾を承知の上で用いて、ブラスターは演裂と市場論を越えて、この両者 の向こうに人間と「もの j との新たな関係を構築していこうとする劇作家 たちの姿を見ょうとしている。さらに、ブラスターによれば、このような ヴィジョンが生まれる背景;ごはんネサンスの市場文化があったというので. B r u s t e r4 0 ) ある (. 0. ラーズ・エングル. (LarsEngle). これまで詔介してきた三人の学者たちの議論が歴史資料を渉猟し、初期 近代イギリスの同時代的環境を大きな規模で描く試みであったのに対し、 「階級j についての議論は極度に少なくなるものの、劇に内在する市場 (性)を論じる試みとして、ヱングルの『シェイクスピアのプラグマテイ S h a k e s p e a r e a nPragmatism,1 9 9 3 ) に言及しておく必要がある。先 ズム j ( に言及した三人の論考に比べると、エングルの市場論はプラグマテイズム との結合をめざしているがゆえに、かなり哲学的でるる. O. アグニューの甫. 場の流動性についての議論を踏まえつつも、エングルは大胆にもこの著作 世紀のプラグマテイストになぞらえている の中でシェイクスピアを 20. -88-. O. (1 5).
(16) 1 9 8 0 年以降のシェイクスぜア批評と「階穀」概念〈二) 藤津. エングんによれば、思、弁的な哲学よりも、哲学に経済学的な有用性を導 入しようとしたプラグマテイズムの伝統誌、シェイクスピアの発想に酷似 しているという ( E n g l e4 )0 ウィリアム・ジェームズ ( W i l l i a m]ames) がプラグマテイズムとは「それぞれの言葉から、その実際に役に立つ現金 (b r i n go u to feachwordi t sp r a c t i c a lc a s h 価 植 を 取 り 出 そ う と す る J“. v a l u e " ) 哲学であると定義していたことを例にあげ、ワチヤード・ロー h a r dR o r t y )、 パ ー バ ラ ・ ハ ー ン ス タ イ ン ・ ス ミ ス ( B a r b a r a ティ(Ric H e r r n s t e i nS m i t h )、ジョン・デューイ OohnDewy) などのプラグマテイ ズムを紹介しながら、シェイクスピアの作品では現実に即した脊用性を意. E n g l e4 )。 識した思考が働いていると主張している ( ただ、エングんのあまりにも斬新すぎる開題設定に辻、当惑を感じずに はいられない。劇場経営にも参画してお号、相当の経営感覚をもっていた と推測されるシェイクスピアは、おそらく実生活からかけ離れた軟弱な作 家ではなかったはずである。また、日嘗生活に根ざした生活感覚にはする どい惑性を惑じさせるシェイクスピアであるがゆえに、プラグマテイスト 的な要素法あったかもしれない。しかし、同時にあまりに時代的に見て、 かけ離れた弱者を接合しようとする試みは時代錯誤的であると患わざるを えない。 たとえば、『ヴェニスの商人Jをめぐる議論で、エングルはこの劇をあ. u d i t づを読むように分析して たかも金銭上の寂引の会計検査報告書{“a いる。先に紹介した批評家たちが、あくまでも麟場を市場の一部、あるい は車場と大いに関連のあるものとして論じようとしていたのに対して、エ ングルの議論では、テクスト自体がさまざまな取引がくち広げられる一つ の甫場として見なされている. O. とりわけ、『ヴェニスの商人』は彼にとっ. て、;まかのどの劇よりも明確に「人間関係の世界を交換値植の甫場として “ (t h i sp l a yp r e s e n t st h ew o r l do fhumanr e l a t i o n sa sam a r 描いている J ヴェニスの蕗入iで k e to fe x c h a n g e a b l ev a l u e s . "7 7 ) のである。設は f. (1 6). -87-.
(17) 文学・芸術・文化 1 8 巻 2号 2 0 0 7 . 3. は、愛、金、精神などの面でさまざまな取引〈“t r a n s a c t i o n sづ が 描 か れ ているとした土で、以下のように述べている。. 班 yp rimaryc l a i mi nt h i sc h a p t e r ,t h e r e f o r e,i st h a tf i n a n c i a lt r a n s -. a c t i o n si nt h ep l a yrewardamored e t a i l e da n a l y s i st h a nt h e yhavet o h a l ls u r v e yt h ep l a yw i t hsomethingo f myknowledger e c e i v e d,and1s ana c c o u n t a n t ' seyef o rc a s hf l o w s,unpaidb a l a n c e s,andt h el i k e . ( E n g l e7 8 ). f 会計士の呂 J“ (ana c c o u n t a n t ' se y e " )で f ヴェニスの商人j を読むよう に宣言した後、エングんはパッサーニオとアントーニオの聞に誌金銭面で は{責務者と漬権者の関係がある反面、結婚の面ではポーシャと結婚をする. E n g l e8 4 5 )。 ことによってその債務関係が精算される関係にあるという ( o r d " ) であるのに対して、 さらに、エングルはパッサーニオが貴族(“al E n g l e8 5 )。また、 アントーニオの地位が、貴族ではない事実に注自する (. 1 7 世紀のイギリスでは貴族は借金のせいで逮捕されず、その代わりに貴 族の周辺にいる友人や召使いに請求書が送られたという歴史家ローレン. wrenceS t o n e ) の指謡を考慮に入れ、パッサーニオの代 ス・ストーン(La わりにアントーニオが借金の肩代わりをする背景には、単にアントーニオ には信用があってパッサーニオには信用がなかったからではなく、パッ サーニオが貴族で、アントーニオが蕗入であったから、貴族の友人の身代 わりとしてこの借金の関係が成立したのではないかと推測している. ( E n g l e8 6 )。 さらに、エングルはポーシャの劇中で果たす役割を高く評価し、. f ポー. シャの財産がバッサーニオにとって人生の利点のすべての源泉になってい るJ “ (P o r i i a…i sas o u r c eo fa l lt h a ti sgoodi nl i f ef o rB a s s a n i oi fhecan. o n l yf i n dt h ep r o p e ri n t e r m e d i a r y . "9 2 ) と指揖している。ヱングんの分 00. ρ0. (1 7).
(18) 1 9 8 0 年以降のシェイクスピア批評と「階競」概念(二) 藤淳. 析では、『ヴェニスの商人』に登場する若者たちの交わす愛情も、あたか も株や僕権をやり取りするかのように交換されていて、この愛と財産の交 換関係の主導的役割を果たしている人物をシャイロックやアントーニオと Lミった麗人ではなく、ポーシャであると指請している。. I ft h ep a t t e r no fc r e d i tandd e b i t ,paymentandp r o f i t ,i sdrawni n t h i sp l a y- a s1havet r i e dt oshow- w i t hn e a r l yt h ep r e c i s i o no fan a u d i t o r 'sr e p o r t,t h ec h a r a c t e rwhosea c t i o n smostshapeande x p l o i t t h i sp a t t e r ni sn o tShylocko rAn t o n i ob u tP o r t i a .Shei sbothab e t t e r m a n i p u l a t o ro fexchangep a t t e r n sandamorep r a c t i c a li d e a l i z e ro f t o n i o,whob l e s sherw i t h themt h a nheropponentsShylockandAn t h e i rt h r i f t . ( E n g l e9 7 ). エングルは上の引用に易るように、シャイロックとアントーニオが吉分の 欲望にもとづいて勝手に行動することによって、最終的にポーシャの裁量 を下す範屈が大きくなり、結局この裂では当時劣勢立立場にあった女性で 高るポーシャが、男性揮を完壁に牛耳ってしまう筋書きになっていること を明らかにしている。. 以上、アグニュー、マレニ一、プラスター、エングルの議論をそれぞれ 検討してきた。その過程で、彼らの甫場と劇場の関保についての理解がそ れぞれ互いに違いを含んでいることも見えてきた。たとえば、アグニュー. 6 世紀後 とマレニーは市場を考えるにあたって、急速に拡大しつつある 1 7 世紀前半のロンドンでは市場と麗場が場として実捺に喜在した 半から 1 持別行政区に法明確な境界が存在していたと捉えている。そして、当時の 劇場について、アグニューは資本の流動性を読み取り、それを代表する隠 稔として役者を見出したし、マレニーはロンドンの中心に住む人々と特別. (1 8). -85-.
(19) 文学・芸術・文化. 1 8 巻 2号 2 0 0 7 . 3. 行政区に住む人々の関に明確な差異を見出している. O. これら先行するこ入. の研究者に対して、プラスターはルネサンスの劇場はすでに市場の一部と 化しており、その劇場の中に市場が描かれるようになっていたと理解して いる。ここに、ブラスターがアグニューとマレニーに正面から対立する論 点が見出しうる。また、アグニューとマレニ」が当時の社会階層の聞に比 較的明確な境界を引こうとしているのに対し、プラスターの議論では、 「階級jの差にもかかわらず、さまざまな身分の人々が同一空間の中で共 存しえたロンドンを念頭に童いているところに大きな遣いがあると言える。 そして、ヱングんは他の三人とは異なり、作品の中に車場を見出し、そこ に機能しているシェイクスピアの現実に即し、経済学的にも理にかなった 哲学を読み解こうとしている O. アグニュー以降、今日の市場をめぐる議論を張り返ってみて、一貫して 共有されているのは、ヱワザベス朝からスチュワート朝にかけての演劇で は、次第に薙立されて Lミく近代的な資本主義のための制震としての市場が さまざまなかたちで描かれていたという認識である。さらに本論で紹会し (イチ)としての市場 た論文が共有しているのは、場所をともなった「市J. l a c e l e s s " ) でどこにでも編在しうる抽象 が、次第に場所を停わない(“p (シジョウ)へと様変わりして Lぺ過程に近代初期 的概念としての「車場J のイギリス演劇が遭遇していた事実である。この事実への認識がエリザベ ス朝の演劇を通して資本主義の発達を論じたり、劇場と市場の椙向性を論 じたりする方向へと彼らを駆り立てているのである。 日式のマルクス主義的な また、市場論の領域でも大上段に振りかぶった i 階級爵争をシェイクスピア離の中に読み込もうとする傾向は次第に失せつ つある乙とも事実である. O. すでに別の論文で指摘したように、シェイクス. ピア批評の中でマ jレクス主義批評の非政治北が甫場と劇場をめぐる議論に おいて進みつつあることも否めない状況である(藤浬. -84-. 2 0 0 5 ;1 8 4 5 ) 一 0. (1 9).
(20) 1 9 8 0年以降のシェイクスどア批評と f 階級j 概念〈二) 藤 津. 見すると、「階級Jも「指層 j も明確に意識されることもなく、今回紹介 した研究者たちが、身分割に言及する用語を使用している現実も今回の試 みの中で確認できた。 しかし、その一方で今回紹介をした批評家たちが、いずれも市場と劇場 に開題を設定してエリザベス朝の劇を分析する際に、 1 9 世紀以降の概念 である. f 階毅」という概念を用いることに対して何のためらいを見せてい. ないのも注目に値する。当然のことながら、上下の二階級の対立を用いて 論じる論法が行き逸ぎる危険性を主張してきた私にとっては、不満の残る 結果となったが、劇場と車場、概念的なものと現実的なもの、ロンドンと いう大都市と特別行政区という思議、そして、両境界内に住む糞族と貧民、 p ずれにしてもこれらの二項対立が絡まりあいながら、車場と劇場を通し. てシェ千クスピアの時代の浜離を理解しようとする研究者たちの議論は活 発に展開されており、私にもさまざまな知晃を与えてくれることは否定で きない。しかし、これら二項対立的な図式からこぼれ落ちた人々がそこに は存在する。それは、社会の中間屠に属する人々であるというのが、私の 現在の見解であり、私の今後の研究も含めて市場と麟場の関係を中間層の 観点、から考察する研究が待ち望まれるところである。 注. 1 ) 0ゆ. r dE n g l i s hD i c t i o n a r y .S econdE d i t i o n . " m a r k e t " 3845 .参無 ・. 参考文献. Agnew ,J e a n C h r i s t o p h e .恥 r l d sA p a r t : TheMarketandt h eTheateri nAnglo-American 百l o u g h t ,1 5 5 0 1 7 5 0 .C ambridge:CambridgeU n i v e r s i t yP r e s s,1 9 8 6 . B r u s t e r ,D O l l g l a s . Dramaandt h eMarketi nt h eAgeofS h a k e s p e a r e . C ambridge:Camb r i d g eU n i v e r s i t yP r e s s,1 9 9 2 . Engle,L a r s . ShakespeareanPragmatism. C h i c a g o :ChicagoU n i v e r s i t yP r e s s,1 9 9 3 . F O l l c a l l l t ,Miche l . MadnessandC i v i l i z a t i o n .T r a n s .R i chardHoward. NewYor k :R a n domH O l l s e,1 9 71 . M l l l l a n e y ,S t e v e n . ThePlaceoft h eS t a g e :License ,PlayandPoweri nRenaissanceEngh i c a g o :U n i v e r s i t yo fChicagoP r e s s,1 9 8 8 . l a n d . C. (20). -83-.
(21) 文学・芸構・文化. 1 8 巻 2号 2 0 0 7 . 3. 宅 。fordEnglishDictionary. SecondEdition. Oxford:ClarendonPress,1989. ジャンークリストフ・アク、、ニュ中里書明訳. r 市場と劇場:資本主義文北表象の定機 1 550-1750 年j. (平凡社、 1 9 9 5 年). -82-. (2 1).
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