アイロニー解釈における期待の役割
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(2) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2号. 2 0 0 9 .3. 2 . 先行研究における期待の役割 本節では、アイロニ一理論の中で期待がどのように取り扱われ、どのよう な理論的役割や,意義を持つのかを述べていきたい。そして、本論ではアイロ ニー解釈における期待の役割をどのように捉えるべきかを見いだす為の問題 提起を行いたい。 まず、 C u t l e r( 19 7 4:1 1 8 ) では、次のように期待 ( e x p e c t a t i o n ) という. ad e s i r a b l es t a t eo fa f f a i r ) という言葉でアイ 言葉ではなく望ましい事態 ( ロニーとの関連を述べている O. .asentence( 二 as entencebeingutteredi r o n i c a l l y ) must conformt ot h ef o l l o w i n gr e s t r i c t i o n :i tmust,i nt h econtexti n whichi ti sproduced,expressoni t sl i t e r a lreadingad e s i r a b l e s t a t eo fa f f a i r s.. アイロニ一発話が成立する為の制限 ( r e s t r i c t i o n ) として、望ましい事態 がアイロニ一発話の字義として表されなければならないと主張している。. C u t l e rはこれ以上述べてはいないが、示唆することは重要で、アイロニ一 発話では期待が言語化されているという点を表してる。. S p e r b e randWilson( 19 8 1,1 9 9 8 ) と WilsonandS p e r b e r( 19 9 2 )の e c h o i c mention/ in t e r p r e t a t i o ntheory(エコー的言及理論)の枠組みの中で、期 待はエコーの対象として扱われている O この理論では、 echoされた思考や 言語や一般的な期待に言及することにより、それらやそれらを抱いている人 物などに対する話し千の否定的な態度を表すというものである。そして、エ コーの対象は個別の文脈における特定の思考や発話であってもよいし、一般 的な人々が抱くより一般的な期待であってもよいとして、期待をエコーの対 象と扱っている。例えば、(1)の発話が土砂降りの中で発せられた場合にはア イロニーになるが、そこにも、. 一緒に出かけている友達が前日にこの日の天 3 4.
(3) アイロニー解釈における期待の役割 春木. 気は良くなると言っていた場合と、天気予報がこの日の天気は晴れであると 予報していた場合と、特にそういうものはないが、「天気は良い方が望まし い」という人々が持つ一般的な期待の場合などがあり、それぞれのケースで 非難や明笑の対象が異なるということになる。. ( 1 ) Whatl o v e l yw e a t h e r !. この理論の適用範囲が期待という概念に強く依存しているという理論的弱 点になる可能性になりうる点はあるが l、それだけこの理論では期待の役割 が大き ~'o. この理論では、期待とはエコーの対象であり非難や|朝笑といった. 話し手の否定的態度が向けられる対象であるが、この理論が示す重要な点 は、期待やそれを抱く人物(不特定一般の場合も特定個人の場合もある)が. v i c t i m ) であることを同定する手助けを いわゆるアイロニーの攻撃対象 C 行うという役割を果たしているという点である O やはり、アイロニーが基本 的には非難的な発話行為であることから、この役割は非常に重要であると考 えるべきである。ただし注意すべきは、全てのアイロニーで期待が関与して いるとは考えていないため、本質的な条件であるとは捉えていない。. ta L( 19 9 5 ) による a l l u s i o n a lp r e t e n s et h e o r y 次に、 Kumon-Nakamurae (ほのめかしふり理論)における期待の役割を概観しよう。この理論は、先. l l u s i o nを echoを包 のエコー的言及理論を基礎に発展したものであるが、 a r e t e n s eという語を用い 括するより広範な心理操作として提案し、さらに p f e l i c i t yc o n d i t i o n s ) に違反す ていわゆる発話行為論における適切性条件 C s i n c e r it y ) がアイロニ一発話である為の必要条件 る語用論的不誠実性Cin であると主張している。この理論では、期待は理論的な意味では重要な役割 を果たしている。. l r o n i cu t t巴r a n c e sa r eintendedt obea l l u s i v ei nt h a ttheya r e Fhd. q o.
(4) 2 0巻 2号. 文学・芸術・文化. 2 0 0 9 .3. i n t e n d e dt oc a l lt h el i s t e n e r ' sa t t e n t i o nt osomee x p e c t a t i o nt h a t hasbeenv i o l a t e di nsomeway.(Kumon-Nakamuraa ta. l( 19 9 5 : 5 ) ). このように期待はほのめかされる対象であり、かっ、その期待は何らかの点 で外れている、つまり、現実と食い違っているものである。ただし、ほのめ かされる期待そのものはそれぞれの例の文脈における一般的な期待である O 最後に、内海(19 9 7 )、Ut sumi( 2 0 0 0 ) が提唱した i m p l i c i td i s p l a yt h e o r y (暗黙的提示理論)を見てみよう。この理論はアイロニーを説明する為 の理論として最も精微な理論であるが、この理論でも期待の役割は非 常に大きい。この理論は、 3つ の 条 件 か ら 成 る ア イ ロ ニ 一 環 境 C ir o n i c. environment)を暗黙的に提示するCim p l i c i td i s p l a y ) ものがアイロニー であると主張している。また、発話が暗黙的提示により発話されることも 3 つの条件から成立している。そして、これら. 2つの重要な定義の中において、. 期待は中心的な役割を果たす。. l r o n i cenvironment 1 .Thes peakerhasac e r t a i ne x p e c t a t i o nEa ttimet o・. 2 .Thes p e a k e r ' se x p e c t a t i o nE f a i l sC i. e .,E i sincongruouswith r e a l i t y )a ttimet j・ 3 .Thespeakerhasa negativeemotionalattitude ( e . g ., disappointment,anger,reproach,envy) toward the i n c o n g r u i t ybetweenwhati sexpectedandwhata c t u a l l yi s t h ec a s e . Utsumi( 2 0 0 0:1 7 8 3 ). I m p l i c i td i s p l a y η. 。.
(5) アイロ二一解釈における期待の役割l 春木. 1 . [Anu t t e r a n c eUJ a l l u d e st ot h es p e a k e r ' se x p e c t a t i o nE,. 2 .i n c l u d e spragmatici n s i n c e r i t ybyi n t e n t i o n a l l yv i o l a t i n gone o ft h epragmaticp r i n c i p l e s,and 3 .e x p r e s s e si n d i r e c t l yt h es p e a k e r ' sn e g a t i v ea t t i t u d etoward. Utsumi( 2 0 0 0:1 7 8 4 ). t h ef a i l u r eo fE .. 以上のように、暗黙的提示理論では、期待という概念はアイロニ一発話に とって必要不可欠なものであるということが分かる。つまり、アイロニーを 発する時、また、解釈する時には、期待の存在が必須であるということであ る。また、この理論で明確にされているのは、期待は話し子が抱くものであ るということである。 以上の 4つの理論における期待の役割をまとめてみると、期待が必ず必要 かどうかという条件や期待がどの程度発話の字義的志昧に反映されるのかと いう言語化の程度には違いはあるが、共通して考えてもよいと思われる点 は、期待は(エコーやほのめかしのようななんらかの方法で言語化される場 合は)発話に反映されるということになる。そしてその期待は現実とは異な りj 前たされないものということになる O さて、このように有力な理論では期待は非常に重要で必要な概念であると いえるが、本稿では、これらのまとめを参考にしながらも、改めて以下のよ うな疑問点を提示したし、。そして、以降の節においてデータの観察を行い、 この疑問点に対する一定の解答を示した L 。 、. ( i ) アイロニーの発話や解釈において、期待は必要不可欠であるの. かどうか。. ( i i ) 必要であるならどのような意味で必要であるのか。 ( i i i ) 必要不可欠ではないのであれば、どのように扱うべきか。. 3 7.
(6) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2号. 2 0 0 9 .3. 3 . 事実観察 3 . 1 期待の種類とアイロニー解釈 この節では、前節で示した疑問点に沿う形で議論を進める。特に、具体的 な例文を観察し、その結果からアイロニーにおける期待の役割をより明確に していきたい。まず、疑問点の(i)と ( i i )について見ていこう。つまり、アイロ ニーの発話や解釈において期待は必要不可欠であるが、どのような理由の為 に必要であるのかということを考える。ここでの観察では、期待はアイロ ニー解釈には必要であると想定するが、期待の種類を様々なものにして観察 を行う。つまり、期待の種類が変化すると解釈が変化するのかということを 観察し、アイロニー解釈と期待との関係を明確にする狙いである。期待の種 類を変化させる要因は、誰にとっての期待かという要因と、当人にとっての 期待の望ましさという要因との組み合わせを考える。誰にとっての期待かと いう場合は、話し手もしくは聞き手が変項の値となり、期待の望ましさとい う場合は、単純化して、望ましし¥中立的、望ましくないの 3つの値を取る とする。論理的には、 6通りの組み合わせを仮定し、観察を行うことにする O まず、話し手にとって望ましい期待である場合を考えてみよう O. ( 2 ) 話し手にとって望ましい期待の場合. [文脈:話し手がとても努力して受けた TOEICのスコアを見る場面。 努力したので 4 5 0点だったスコアが 7 0 0点にはなっているだろうと期待 している。模擬試験問題集の自己採点でも 7 0 0点を取れていた。聞き手 は特にスコアについて期待を持つてはいないが、話し手が期待している ことは知っている。話し手は聞き手の前でスコアの封筒を聞けるが、ス コアは 5 5 0点であった。] 話し手:確実に英語力が上がったよ。. この例での直感的な解釈の可能性は、自虐的なアイロニー、自虐的な冗談、 3 8.
(7) アイロニー解釈における期待の役割 春木. 冗談による否定的感情のごまかしというようなものになろう。問題となるの は、自虐的なアイロニーであろうが、この場合の解釈と話し手が抱いていた 期待との関連はどのようなものになるであろうか。筆者の直感になるが、自 虐的アイロニーの場合では、特に期待による解釈へ影響が大きく前景化され てくるとは思われない。つまり、英語力が上がっているという期待に対して ばかげた期待であったと噺ったり、そういう期待を抱いていた自分自身を 噺ったりしているような解釈は、この文脈においてはないと考える方がよい と思われる。 2 しかしながら、注意すべき興味深い点は、 ( 2 )の文脈を変化させて、 7 0 0点 を取るという望ましい結果を話し手が期待はしていないような状況を作り出 すとその解釈は自虐的な冗談もしくは冗談による落胆のごまかしのような解 釈が優勢になり、アイロニー的解釈がされにくくなる。例えば、文脈の中 にくしかし、話し手はこれまでの人生におけるテスト全てにおいて努力が報 われたことは一度もなく、話し手本人はテストに対して恐怖心さえ持ってい る〉というような期待を打ち消すような条件を加えると、アイロニー解釈は しにくくなる。 このような観察からは何が言えるであろうか。 ( 2 )の場合、期待があること でアイロニー解釈へ推論が傾いているので、期待がアイロニー解釈の為の必 要な条件である司能性を示すことができる。 次に、聞き手にとって望ましい期待が関連している場合を考えてみる。. ( 3 ) 聞き手にとって望ましい期待の場合. [文脈:聞き子がとても努力して受けた TOEICの結果スコアを見る場. 50点だったスコアが 7 0 0点にはなっているだろうと 面。努力したので 4 0 0点を取れて 聞き手は期待している。模擬試験問題集の自己採点でも 7 いた。話し手はそのような聞き手の期待を知っているし、話し手が知っ ていることを聞き手は知っている。聞き手は話し手の前でスコアの封筒. 3 9.
(8) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2号. 2 0 0 9 .3. を聞けるが、スコアは 5 5 0点であった。] 話し=f.:確実に英語力が上がったじゃないか。. この場合、話し手の人間関係という追加的条件で解釈が大きく変わってく る。話し子と聞き手が仲の良い友人である場合には、きっすぎる冗談、もし くは、意図がよく分からないという 2つの解釈が優勢であろう。話し手は聞 き子に好意的な心情であるのであるからアイロニーを言うはずがないという 条件が働き意図がよく分からないという解釈になるか、暗い気持ちを笑いで 晴らしてやろうとしているが度が過ぎた冗談という解釈になる。度が過ぎた 冗談の場合、アイロニカルな解釈ができる O 一五、話し手と聞き子の人間関 係が悪ければ、悪意の強いアイロニーとなる O ところで、ここでも聞き手は期待を持っていないような文脈的条件を付け ると解釈はどうなるのであろうか。例えば、〈模擬試験問題集などでは、常. 0 0点を取れていたが、失敗しかないこれまでの試験人生を考えると、実 に7 0 0点取れるとはとても思えない〉のような条件にしてみるとど 際の試験で 7 うなるであろうか。話し子と仲が良い場合は、 4 5 0点から 1 0 0点分スコアが. k昇したことを評価されていると解釈するのが妥当であろう. O. 一五、仲の悪. い話し手の場合は、アイロニーである解釈が否定できないし、 1 0 0点分のス コア向上に対する肯定的評価とも思えな L 。 、 では、この例における期待の役割はどう考えられるであろうか。聞き手が 期待をしている場合には、アイロニーの解釈に傾くことから、期待がアイロ ニー解釈の必要な条{午であるという可能性は高くなる。しかしながら、期待 がない場合でもアイロニー解釈の可能性が残るということは期待が必要な条 件である可能性は低くなるとも言える O 次に、期待が望ましいとも望ましくないとも言えない中立的な場合を考え てみよう。まず、話し手にとって中立的期待の場合を考える O. 4 0.
(9) アイロニー解釈における期待の役割 春木. ( 4 ) 話し手にとって中立的な期待. [文脈:オリンピックのある競技でセント・ルシアとエリトリアという なじみのない国の代表同士が争っていた。途中の様子を見ているとセン ト・ルシア代表が優勢のように見えたのでセント・ルシア代表の方が強 いと思っていた。しかし、試合の最後でエリトリア代表が優勢となり 勝った。聞き子は、話し子にとってこの 2カ国は全くなじみもないこと も、セント・ルシア代表が勝つだろうと思っていることも知っている。] 話し子:セント・ルシアはやっぱり強いな。. この例では、出場している二固ともなじみはなく感情的な共感はほとんどで きない。試合途中の様子から、セント・ルシア代表が勝つだろうと期待はし たが、その期待が話し手本人にとって望ましいとか望ましくないとか判断で きるものでもない。ましてや、どちらかが勝って欲しいなどという願望的期 待は皆目ない。また、「やっぱり」という期待を含意するような語をいれた のは、期待が解釈に入り込む可能性を大きくするためである。このような状 況では解釈はどうなるであろうか。この例では、冗談として解釈しか容認さ れないのではないだろうか。「やっぱり」がある為に、「セント・ルシアが勝 っと思っていたの?そもそもセント・ルシアを知っていたの ?J というよう な疑問を引きだす解釈も得られるかもしれないが、アイロニー解釈には全く 関係ないといってよいであろう。 さて、この観察から分かるのは、期待があり、かっ、その期待が現実と不 一致を起こしていたとしても期待が誰かにとって望ましいという点が欠ける とアイロニー解釈の可能性がなくなってしまうということである O これはど ういうことであろうか。誰かにとって望ましいということが欠けていないと いう逆の視点を考えると明らかになることがある。つまり、誰かにとって望 ましい期待ということは、その期待を抱くソース(二人物)の特定とその ソースが抱く期待に対する態度である。これら二つが欠けた ( 4 )ではアイロ 4 1.
(10) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2号. 2 0 0 9 .3. ニー解釈が難しいということは、ソースの特定とソースに対する態度がアイ ロニー解釈において重要な役割を果たしているということになる。これが正. p e r b e randW i l s o nのエコー的言及理論におけるエコーの しいとすると、 S 重要性が示される。つまり期待という概念が持つソースの特定という働きが アイロニー解釈において非常に重要であるということである O 前節でも示し た通り、ソースの特定とはアイロニーの攻撃対象が同定されることであるの で、アイロニー解釈には攻撃対象という条件が必要となってくるのではない であろうか。 この点は、ここでの観察結果と U tsumiの暗黙的提示理論におけるアイロ ニ一環境と暗黙的提示の概念から見てみるとさらに明らかになる。暗黙的提 示理論が仮に正しいとすると、 ( 4 )の例で欠けているのは、期待と現実の不一 致や満たされない期待に対する話し手の否定的態度である。つまり、 ( 4 )では 非難や瑚笑や怒りといった否定的態度には必ずそれが向けられる対象がある が、否定的態度は満たされない期待だけでなく、多くの場合は、その期待を 抱いていた人物に対して向けられる。つまり、ここで関わってくるのは攻撃 対象の同定である。このように、やはりアイロニー解釈には攻撃対象の同定 が必要な条件となってくると考えるのは自然なことであろう o 次に、聞き手にとって中立的な期待の場合を考えてみよう。. ( 5 ) 聞き手にとって中立的な期待. [文脈:オリンピックのある競技でセント・ルシアとエリトリアという 聞き手にとってなじみのない国の代表同士が争っていた。聞き手は途中 の様子を見ているとセント・ルシア代表が優勢のようだったので、勝っ かもしれないと思った。試合としては終盤でエリトリア代表が優勢とな り勝った。聞き手にとってこの 2カ国は全くなじみもないことを話し子 が知っていることを聞き子は知っている。それと同時に、セント・ルシ ア代表が勝つだろうと聞き手が思っていたことを話し手が知っているこ 4 2.
(11) アイロニー解釈における期待の役割l 春木. とを聞き手は知っている。] 話し手.セント・ルシアはやっぱり強いな。. この場合の解釈としては、冗談の場合とからかいの場合の可能性が強いであ ろう。ここでは、からかいの解釈に注意すべきである O この例ではアイロニー とまではし、かないが、話し手が聞き手を笑いで済ませられる程度に軽くから 4 )での観察にも関連するが、おそらく ( 5 ) かっている解釈が出て来る。これは (. で聞き手が一瞬でも抱いたセント・ルシアが勝つという予測を聞き手の期待 と捉えている点が関わってくるのであろう O 根拠のほとんどない予測でも聞 き手の期待と捉えられるのであれば、その期待が現実とズレてしまったこと をきっかけに、聞き手の期待とそう思った聞き手を攻撃対象と同定すること ができ、否定的態度を向けることが可能となるし、聞き手はまたそのように 解釈できる。もちろん、この例の場合、期待といっても根拠もほとんどなく 選手への感情移入や共感もない状態であるので単なる推測と呼んでもよく、 通常のアイロニーで見られるほどの期待とは程度や質が低いものである。こ の質的な違いにより、聞き手と期待との関連や聞き手の責任も低いものであ り、攻撃対象となっても、からかい程度の解釈と見なされる。もちろん、か らかいを攻撃性の低いアイロニーと考えるのであれば、この例はアイロニー とも言えるが、アイロニーであると判断できない要素は、期待やそれを抱く 聞き子への攻撃性の程度が低すぎるからであろう O さて、この観察から示唆されることは、攻撃対象に関することである。ほ んの軽いからかいでもアイロニー的要素が出て来るのは、結果として、聞き 手に対する否定的態度を示すという攻撃をしているからであろう。つまり、 ( 4 )の場合と異なるのは、攻撃対象が話し手以外の他人であり、非常に低い程. 度であっても攻撃性が認識できるからである O しかし一方で、この例がアイ ロニーであると断言できないのは、あまりに攻撃性が低い為であり、アイロ ニーと解釈する為には、攻撃対象の同定と一定以上の攻撃性の認識というこ. 4 3.
(12) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2号. 2 0 0 9 .3. とになる。そして、アイロニー解釈における期待の役割も明確になり、先に も触れた通り、期待は攻撃対象の同定に一役買っている O 次に、期待が話し手もしくは聞き手にとって望ましくない場合を考えてみ る。話し手にとって望ましくない期待が関係する場合と聞き手にとって望ま しくない期待の場合を合わせて見てみよう。. ( 6 ) 話し手にとって望ましくない期待 [文脈:話し手は TOEICの試験を受験したが、それまでに英語の勉強 をさぼっていたので¥スコアは確実に下がり、英語力が下がっているだ ろうと思っていた。そう思っていたことも聞き子に話していた。しかし、 実際のスコアを見ると、 3 0 0点以上も上がっていた。] 話し手:やっぱり英語力が下がってる。. ( 7 ) 聞き手にとって望ましくない期待 [文脈:聞き手は TOEICの試験を受験したが、それまでに英語の勉強 をさぼっていたので、スコアは確実に下がり、英語力が下がっているだ ろうと思っていた。そう思っていたことを話し手にも話していた。しか. 0 0点以 し、実際のスコアを見ると、 3. kもとがっていた。]. 話し手:やっぱり英語力が下がってる。. これらの例では、意図がよく分からない解釈か、冗談の解釈が優勢であろ う。どうしてこれらの場合では、アイロニーの解釈がほとんどできないので あろうか。これもアイロニーの攻撃性である話し手の否定的態度の認識が基 本的には困難であるからであろう。いくら期待と現実に不一致が起こってい ても、結果自体が望ましいことであるので、話し手が否定的態度を持ってい るということは認識困難である O ただし、(7)がアイロニーとして解釈できる 場合がある。それは、聞き手が悲観的な考え方をする人物なので、いつもの -44-.
(13) アイロニー解釈における期待の役割 春木. ように悲観的に考えてることが現実とズレが起こっているので、それに対し て否定的態度を表すことができる場合がある O しかしながら、この場合は抱 かれていた期待そのものに対する否定的な態度ではなく、常日頃の聞き手の 悲観的な考え方や性格に対する否定的態度であるので、ここでは混同しない 万がよいであろう O さて、ここでの観察は何を意昧しているのであろうか。ここではいわゆる アイロニーの非対称性がでているが、やはり、最終的には話し手の否定的態 度、つまり、攻撃性の認識がアイロニー解釈に大きな役割を果たしていると いう点である。期待と現実が食い違っているのであるから、そのような期待 自体やそれを抱いている人物に対する否定的な態度が認識できてもよさそう であるが、現実が望ましい状態になっているので、その望ましい現実を引き 起こす要因となっている人物に対しては否定的な態度を向けるのは常識的に はおかしいことになる。 以上、 6つの例を観察してきたが、ここで全体をまとめておきたい。. ( 8 ). まとめ・期待とアイロニーの関係. a . 期待がアイロニー解釈の為の必要な条件である可能性がある o ( 例 ( 2 )、例 ( 3 ) ). b . しかしながら、期待がない場合でもアイロニー解釈の可能性が残る. 3 ) ) ことから、期待が必要な条件ではない可能性もある。(例 ( c . アイロニー解釈には攻撃対象という条件が必要となってくる。(例 (4)) d. 期待は攻撃対象の同定に一役買っている o ( 例( 5 ) ). e . 話し手の否定的態度の認識が困難な場合はアイロニー解釈が困難に 6 )、例 ( 7 ) ) なる。(例 (. ( 8 )の観察結果では、 ( 8 a )と ( 8 b ) のような相反するものがあったり、期待 という概念に関する攻撃対象やその同定がアイロニー解釈に密接に関係して. 4 5.
(14) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2弓. 2 0 0 9 .3. いることが分かった。しかしながら、これらをどのように扱えば、一貫した 説明を見いだすことができるのかを考えなければならな L、。そこで、次の節. 8 )で見えてきた相反する特徴に絞って詳しく観察し、アイロニー解釈 では、 ( における期待の役割に迫りた L 。 、. 3 . 2 期待の有無とアイロニー解釈 この節では、アイロニー解釈において期待が絶対に必要な条件というわけ ではないことを例を用いて述べて Lぺ。そして、期待が関連する場合と関連 しない場合との例を比較して、絶対に必要な条件であるわけではない期待が アイロニー解釈ではどのような働きがあるのかを考えていきたい。 まずは、期待がある例を見ていこう O ここでは状況設定をより具体的にす る為に日本人にはなじみのある漫画ドラえもんの登場人物を例として使うこ とにしよう。. ( 9 ) [のび太はジャイアンとスネ夫にかけっこをしようと言われている。の び太はいつも 2人に負けているが、最近は l人で秘かに走る練習や体 力作りをしていたので、「最近は l人で特訓をやったんだぞ。足も速く なったから勝てるかもしんないぞ」と 2人に言った。しかし、のび太は スネ夫に負けてしまい、スネ夫がのび太に対して一言言う。] スネ夫:のび太はほんとに足が速いねえ。. この場合は、明らかにアイロニーである。スネ夫の発話と現実との聞には不 一致があり、さらに、スネ夫の発話はのび太が抱いていた期待であるとも言 えるので、期待と現実との聞にもズレが起こっている。この例の解釈は 2通 り考えられる。一つ目の解釈は発話の字義とは反対の意味、すなわち、「の び太は足が遅い」である。このような解釈は伝統的なアイロニー研究で主張 されるものである o 2つ日の解釈はのび太が抱いていた淡い期待に対する瑚. 46~.
(15) アイロニー解釈における期待の役割 春 木. り、すなわち、「足が速くなったと思うなんてパカじゃないのか」というよ うな解釈である O このような解釈はエコー的言及理論以降の近年の理論で主 張されることが多いが、期待などのある対象に対する話し手の否定的態度の ことを指す。この 2つの解釈はどちらも広い意味での批判的意味を表してい るのは共通している。この例だけを観察していても、これまでのアイロニー の観察と変わる所がないので、興味深いことは分かりにくい。そこで、次に、 期待を持っているとは考えられないような文脈を設定した例を観察してみよ. つ. O. U O ) [のび太はジャイアンとスネ夫にかけっこをしようと言われている。し かし、のび太は必ず負けることが分かっているので、絶対にしたくな い。本心でもそう思っているが、実際に言葉でも「どうせ僕は一番足が 遅いんだから負けるに決まっているじゃないか。絶対にやりたくない よJという。しかし、ジャイアンはやらなければゲンコツ. 3 0発だと言っ. て、無理矢理にやらせる。もちろん結果はのび太が負け。そして、スネ 夫が一言言う。] スネ夫:のび太はほんとに足が速いねえ。. ( 1 0 )の例では発話の字義が(部分的にでも)意味している内容を期待としては. 考えられない状況である。つまり、期待が発話には言語化されてもいないし、 さらに、どれだけ好意的に考えても発話にあるような期待を持っていたとは 考えにくい状況である。このような場合の解釈はどのようになろうか。もち ろんここでは ( 9 )で得られたようなのび太が抱く期待に対する明りという解釈 はない。それよりも、字義の反対の意昧である「のび太は足が遅い」という 意味をより強調している解釈である O そして、この発話はアイロニーとして 考えてよい。 9 )と仰)を比較してみると興味深いことがわかる。 2つの例 以上のように、 (. 47.
(16) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2号. 2 0 0 9 .3. はそれぞれアイロニーであると分類してよいが、アイロニス卜であるスネ夫. 9 )の場合は、発話の が伝えようとしている意図が完全には一致していない。 ( 反対の意味、つまり、のび太は厄が遅いという非難を間接的な方法で伝える のと同時に、のび太が抱いていた淡い期待を明るという非難を行っている。 つまり、タイプの異なる否定的意図を伝えているのである。混乱を招くの は、どちらのタイプの否定的意図も最終的にはのび太に対する非難であるの で、単純に考えてしまえば、一括りにまとめられてしまうという点である。 )では期待への瑚りはなく、字義とは反対の意味である「のび太は しかし、(10. 足が遅い」という非難がことさら強調される。つまり、ここでは lつのタ イプの百定的意図だけが伝達されることになる。ここで興味深いのは、 2つ のタイプの否定的意図を伝達しでも、 lつのタイプの否定的意図を伝達しで も、それらがどちらもアイロニーであると認識した場合、論理的に考えるの であれば、アイロニーの認識には lつのタイプの否定的意図、ここでは、字 義の反対の意味がアイロニー解釈には必要な条件であり、もう一方の否定的 意図、ここでは、期待への噺りは必ずしも必要な条件であるとは考えられな くなる。{互にここでの観察結果が正しいとすると、本論で扱っている期待の アイロニー解釈における役割は何であるのかを考える必要がでてくる。そこ で、次節では、 ( 8 )のまとめとも合わせて、期待の役割を考えてみたい。. 4 . 考察と理論的展望 アイロニー解釈における期待の役割とは何であろうか。結論を先に述べる と、アイロニー解釈における期待の役割とはアイロニー性の強化である。本 論で用いるアイロニー性という用語は、いわゆる日本語で言う「嫌み」の度 合いのことを指す。したがって、アイロニー性というのは、プロトタイフ。理 論的な意味でのアイロニーらしさの程度を表すものではないことも注意して もらいたい。また、「嫌み」という用語にも注意が必要で、ここで用いてい る嫌みとは特定の発話行為(発語内行為)を指すものではなく、間接的な否 48.
(17) アイロニー解釈における期待の役割 春木. 定的評価という意昧である こう考える理由としては、まず、 ( 9 )と( 1 0 )の比較や ( 8 b ) から考えて、期 待をアイロニー解釈の必要な条件であることから外すべきであるという点が ある。つまり、期待がアイロニーであるかどうかを決定するような判断基準 8 c ) が示すアイロ になるとは考えにく L、。さらに、重要な理由としては、 (. ニー解釈における攻撃対象の必要性、 ( 8 d ) が示す攻撃対象同定における期 待の重要な役割から考えられるアイロニー性の強化である O というのも、ア イロニーというのは何らかの否定的意図を伝えるのであるが、その否定的意 図が向けられている相手が明確になればなるほど、否定的意図もより具体的 になり、より批判的意味合いも明確になる。逆に、攻撃対象が暖昧になれば なるほど、攻撃の意図や理由も暖昧になる O これは ( 8 e ) で示されているこ とと関係する。 ( 8 e ) では ( 6 )や(7)の例から否定的態度の認識がなくなるとア イロニー解釈が困難であることが分かったが、再定的な態度を H 愛昧にさせる 一つの原因は攻撃対象の暖昧化であるといってよいだろう O では、アイロニーの解釈過程を説明する理論を考える場合、期待をどのよ うに位置づければよいのであろうか。期待が必要な条件ではなかったのであ るから、期待を理論装置の必須要素として考えるべきではなし、。例えば、 2 節で示したように暗黙的提示理論では、期待が非常に大きな役割を果たして いる O しかし、そうすると、聞のような例を扱うのが難しくなる。仮に、理 論を当てはめようとすれば、エコー的言及理論が説明可能な例を広げる為に エコーの対象を一般的な願望や期待にまで広げたように、期待を具体的な状 況には関係なく人間一般が持っている一般的な願望のようなものに広げる必 要がある。例えば、. ω )ならば、足が速くなりたいというのび太が抱く一般的. な願望がそれにあたるであろう。しかしながら、 ( 1 0 )では、そのような一般的 願望に対して否定的な態度を表しているとは解釈できないし、この状況に 限っていえば、そのような願望を持っているとは認識できない。つまり、発 展した理論ほど直感的な観察をうまく説明できなくなる。そうすると、期待. 49.
(18) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2号. 2 0 0 9 .3. はどう位置つけられるべきなのか。 これまでの観察を総合すると、「反対」の含意を導き出すようなアイロ ニー解釈プロセスと期待が関与する否定的態度を導き出すプロセスがあり、. 2つのプロセスは期待が関与する状況では同時に働くが、そうではない状況 では、前者の解釈プロセスしか働かないと考えるべきである o I 反対」の含 意を導く解釈プロセスというのは基本的には発話の内容と文脈との間にある ズレを利用するような解釈プロセスであると考えられる。そして、期待に対 する否定的態度を解釈するプロセスは、おそらくはエコー的言及理論のよう なものであろう。そうすると、期待が関与しない場合でもズレから「反対J の合意を導く解釈プロセスにより、アイロニーと認識される。一方、エコー 的言及理論のようなプロセスは期待や期待を抱くソースに対する否定的態度 を導く。この二つが同時に働くのは、期待がアイロニ一発話の字義としても. 9 )の例がそれにあたる O 考えられる場合である o ( こう考えるべきであるのは、アイロ二ーの使用目的が聞き手に対する間接 的な非難であるという点からも支持される O 人聞がアイロニーというまわり くどい伝達方法を用いる理由は、様々な理由で直接的に非難することはでき ないが、間接的にでも非難を行いたいという状況にある。そして人間は間接 的に非難する五法を複数作り上げてきており、そのうちの 2つがズレに基づ くアイロニー(仮に、ズレ基盤アイロニーと呼ぶ)と期待に基づくアイロ ニー(期待基盤アイロニーと呼ぶ)であると考えられる O つまり、間接的な 非難のこと広い意味のアイロニーと呼んではいるが、実際の個別な事例に対 しては複数の方法のうちの一つが使われていたり、または、複合的に使われ ていたりと様々なパターンが存在する O したがって、間接的な非難をアイロ ニーと呼ぶ限りにおいては、その中に実際には異なるパターンのプロセスが. 、. 含まれていてもなんら不思議ではな L o. そして、本論で明確にしたいこと. は、アイロニーと解釈される場合には、基本的にはズレ基盤アイロニーを認 識できる場合であり、ズレ基盤アイロニーを基本にして、さらに、期待基盤. 5 0.
(19) アイロニー解釈における期待の役割 者木. アイロニーを上乗せすることができるということである O よって、あくまで 9 )と( 1 0 )の例 もズレ基盤アイロニーが中心となっていると考えたい。これは、 (. のアイロニー性の度合いを比較するとよく分かる O ズレ基盤アイロニーと期 待基盤アイロニーとが同時に起こっている ( 9 )とズレ基盤アイロニーだけの ( 1 0 ) と比べると、アイロニー性(非難の程度)は明らかに ( 9 )の方が強い。このよ うに考えると、 lつの非難(の方法を使った伝達)よりも 2つの非難(の方 法を使った伝達)を用いる非難方法の方がより強い非難を表すことができる という単純明快な説明を行うことができる O さて、このように考えると、アイロニーのプロセスを考える場合には、ズ レと期待を同時に含むようなものを考える必要がなくなってくる可能性があ る。本論では、このような考え方に基づくアイロニーの解釈プロセスがどう いうものかを仮定してみたい。再度、上述した中で必要だと思われる点をま とめる O. 仰. a . アイロニーはターゲッ卜を間接的に非難する伝達方法である. O. b . スレ基盤アイロニーがある。 c . 期待基盤アイロニーがある。 d . 現実と発話内容とは、反対・矛盾・異なっている O. e . 期待がある場合は、期待と現実が一致していない。. まず、(ll a ) より、解釈プロセスのアウトプットはターゲッ卜(主に聞き. b ) と(ll c ) により、 手)を非難するような意図や意味が考えられる。(ll. 2つの解釈プロセスは別々に考えるが、連結する場合もある O さらに、(ll d ) と(ll e ) を合わせたアイロニーの解釈プロセスを次の間のようなものを仮 定したし、。なお、. 0)からく N) の段階に分けであるのは、便宜上のもの. である O. 5 1.
(20) 2 0巻 2号. 文学・芸術・文化. 2 0 0 9 .3. ( 1 2 ) アイロニー解釈プロセス概観 HU. ﹀. ︿. ( I ). 〈皿〉. (IV). │二指桝手宇│. 一 一 ".ーーーー---" I 出 1 :. 1. 期待. ,. 、・・・・ー'. 1. I. ・ ・. ・ ・ ・ ・ a . . 争 円 " .弓馬巧子弓ζ ••••. E. J. 、・ーーー・'. ・・・・・・・・・ I~ ・ !4指牟==土;!. ・ .. . . . . . . ; .. ターゲットに対する非難. i. ここでは、実線四角と点線四角ではプロセスのタイフ。が違うと考えている。 実線の万はズレ基盤アイロニーで、点線の五は期待基盤アイロニーである。 ズレ基盤アイロニーから説明すると、発話内容と現実の聞に不一致が起こる が、現実は覆されることなく残ってしまう。しかし、その現実はターゲット にとっては望ましくない内容そのものである。つまり、このズレ基盤アイロ ニーのプロセスでは、現実と不一致を起こす発話を行 L¥ 最終的に現実を際 立たせて、つまり、ターゲットにとって望ましくない内容を際立たせる O そ してその内容がターゲッ卜への非難へとなるのである。次に、点線の期待基 盤アイロニーの場合、確かに現実とは不一致を起こすのであるが、そこが問 題ではなく、そのような期待に対する話し手の否定的態度が示され、期待は くだらないもので瑚りの対象として否定される C(n) の太字点線部分)。ま た、その期待を抱いているソースも同様に明りの対象となり、否定されるこ とになる. C (I1I)の太字点線部分)。そして、最終的にそのような否定的態度. 9 )の例の場合、のび太は自分なりに練習 がターゲッ卜に対する非難となる o (. をしたのであるから期待が関与し、実線のプロセスと点線のプロセスの両方 1 0 )の例の場合は、期待がそもそも考えられないので点線部分 が働く。一方、 (. は働かず、実線部分だけのプロセスが働く。そして、発話では「のび太は足 が速い Jと言ってはいるが、現実ではくのび太は足が遅い〉のであるから、 その現実が際立ち、のび‘太への(間接的な)非難となる。 最後の問題は、このようなプロセスをどう理論化するかということにな. 5 2.
(21) アイロニー解釈における期待の役割 春木. る。ただし、本論での目的は具体的な理論化ではないため、ここでは観察か ら得られた結果を元に理論化への展望を述べることにした L、。まず、ズレ基 盤アイロニーを説明する理論は、春木 ( 2 0 0 0, 2 0 0 4 ) で提案した認知的不調 和理論であると主張したい。詳細な説明は避けるが、現実と発話のズレを勘 案し、ターゲットに対する非難になる現実を際立たせるというものである O もちろん、これに限らず、ズレ基盤アイロニーを説明できるような理論であ れば問題ないと思われるが、本論での結論を元にするとそのような理論には 期待という特徴が特に含まれなくてもよし、。次に、本論の中心課題である期 待に関与するプロセスはどう理論化されると考えればよいであろうか。この プロセスでも特に新しい理論が必要であるというわけではない。期待基盤ア. p e r b e randW i l s o nによるエコー的言及理論が相応し イロニーの場合は、 S いだろうと考える。この理論を用いると、何らかの思考(ここでは期待)に 対して、否定的な態度を表すプロセスを卜分に説明できる O このようにエ コー的言及理論を扱うということは、この理論の分析対象を限定しければな らないということであるが、それと同時に、パロディなどの別の発話行為も. e t o( 19 9 8:2 51)を参照)。 扱えるという大きな利点もある(詳しくは、 S 本節のまとめとして、アイロニーに複数プロセスが存在する可能性に対す る間接的な証拠と考えてもよい例を紹介した L 。 、. ( 1 2 ) メタファーを用いたアイロニー. 0 0ペーシある専門書を読み、 [状況:ある大学院の授業で、次週までに 3 全てのセクションについて簡潔にまとめてくるという宿題を課された大 学院生の一言。] 先生は天使ですよ。. このような失礼な大学院生が実際にいるかどうかは別として、この例の場 合は、明らかにメタファーとアイロニーという複数のプロセスが介在する O. 5 3.
(22) 文学・芸術・文化. 2 0巻 2号. 2 0 0 9 .3. しかし、これが最終的に先生を間接的に非難する発話行為であるとしても、 メタファーは実はアイロニーであるという理解はしない。では、このメタ ファーはどういう役割をしているのか。これまでの議論に沿うなら、本論で いう所のアイロニー性を高める為に利用されたと考えるべきである。つま り、アイロニー性を高めるには、様々な方法があり、そのうちの一つがメタ ファーであり、また、先に述べた期待基盤アイロニーである O さらには、こ のように考えると、伝統的アイロニーでは「アイロニ一発話の字義とは反対 の意味を表す」と定義されたように、「反対」や「矛盾」という(本論では ズレ基盤アイロニーとして考えていた)概念ですら、アイロニー性を高める 言語的工夫に過ぎないとも言える。現実とのズレを最大限に強調し、結果と してターゲットの非難を行うには、「反対」や「矛盾」といった尺度. kでの. 対極性や完全な否定性は非常に有効な意味論的概念、となる O このように、ア イロニーの生成・解釈プロセスには複数のプロセスが相互作用する複合的プ ロセスを仮定するのは有効なことであると主張したい。. 5 . 結語 本論では、アイロニー解釈における期待の役割を観察することにより、ア イロニー解釈と期待の関係に加えて、アイロニーの複合的プロセスの可能性 を示すことが出来た。期待というのはアイロニー解釈では、必須要因ではな いものの、複合的プロセスの存在を仮定すると、アイロニーの攻撃対象とな る思考やそのソースを特定する働きをし、アイロニー性を増加させることに つながると主張した。また、アイロニーを分析する理論をどのように考える かについては、アイロニー性を導き出したり増加させたりするプロセスは複 数あることを仮定し、それらが相互作用してより強力なアイロニーを生成し たり、それらのプロセスを用いて解釈したりする可能性を示した。ただし、 本論では、ズレ基盤アイロニーは常にあると仮定している。もちろん、これ が正し L、かどうかは今後検証していく必要があるし、同時に、期待基盤アイ. 54-.
(23) アイロニー解釈における期待の役割. 春木. ロニープロセスだけのアイロニーもありうる可能性があるので、データの観 察はさらに徹底的に行われるべきである。また、本論では期待という概念を 中心に議論した為、当然、の結果として期待を抱くターゲットの存在を前提と していた。期待のない場合でも、特定のターゲットはいるが期待を持っては いないというターゲッ卜の存在を仮定していた。そして、ターゲットの存在 は、すなわち、ターゲットの非難という概念につながり、アイロニーは間接 的非難であるとも仮定した。しかし、全てのアイロニーの例がターゲット を 非 難 し て い る か ど う か も 今 後 検 証 し て L、かなければならな L、。あるイン フォーマントによると、明らかにターゲットの存在がない、すなわち、何か を非難しているのではない例があり、しかしそれは i r o n i cだ と 解 釈 さ れ る と い う 。 も ち ろ ん 、 こ こ に も 註 5で示したような、 i r o n i cや s a r c a s t i cなど のように解釈できるときには、研究者の視点と一般の言語使用者の視点との 聞に聞きがあるかもしれな L、。しかしながら、そういうことも勘案した上で、 データの観察や分析を行い、これまで以. c tこアイロニーの研究が進むことを. 、 期待した L。. 註 l この理論では一般的期待をエコー的に言及し、話し手の否定的態度を示す説明を. 行うが、一般の人々が抱く一般的な期待やその期待を抱く一般の人々に対する噺 笑や否認を表しているような解釈は不自然である場合がある。これは理論の過剰 適用であり、この点が理論的な弱点となる可能性がある O 例えは、本論の例 lの 発話が特に先行する特定の発話や思考がなく、「天気は良いのが望まし Lリという ような一般的期待をエコー的に言及する場合を考えた場合、その文脈での解釈は 「そのような期待はばかげている」や「そういう期待を持つ一般の人々はばかげて いる」というような否定的態度を意味している(または、解釈できる)とはとて も考えられない。. 2 もちろん文脈が異なれば、期待やその期待を抱いている臼分自身を噺っていると. υ. F 同. υ. 広.
(24) 2 0巻 2号. 文学・芸術・文化. 2 0 0 9 .3. 解釈できることは忘れてはならな L、。例えば、話し手が自分は目標に達成に対す る考え方が楽観的すぎ努力を中途半端にしか行わないということを話している状 況で、 TOEICの結果のことをその一例として出した文脈では、臼分自身への噺笑 2 )の文脈では、そこまで考える という解釈は容易にできる。しかしながら、本文 (. のは不臼然であると考えるべきである O. 3 アイロニーの攻撃対象を議論する場合には、 l r o n yと sarcasmの違いに言及する 場合が多いが、本論では、人間関係の中て、行われる自然なコミュニケーションに. arcasmがアイロニーの典型的、原初的伝達様態であり、 i r o n yが発 おいては、 s 展的で洗練された伝達形態であると考えている。したがって、より典型的である. arcasmを基本にしているためにアイロニーの分析に攻撃対象が必要な と考える s 条件であるのではないかと主張しているのである。 4 筆者の考えでは、嫌みは皮肉や反語のような一つの発話行為カテコリーではなく、 間接的非難から伝達される否定的評価であると考えている。ここでその根拠を詳 しく述べることはできないが、簡単に言うならば、嫌みは様々な発話行為から感 じることができる。例えば、臼慢という発話行為からも感じることはできる O し かし、嫌みを一つの発話行為として考えると、このような場合、直感とは合わな い分析を行ってしまうことになるからである。. 5 このような主張は、一見、分析の対象を制限していないように理解されるかもし れないが、これは現実の言語使用と研究者の分析対象の限定との聞に、大きな差 があることを同時に意味する O 例えば、 H本語の場合、「皮肉 Jと「嫌み」は非常 に似通ったものであると一般には認識されている。しかし、仮に研究者が「皮肉」 というものを限定し分析した場合には、一般的な意味で用いられている「皮肉」 という三葉で指される発話のかなりの部分が「皮肉」ではなくなってしまう. O. ま. た、「皮肉」と「嫌み」を別々の発語内行為として限定して分析しでも、一般的な 用法では以下のような極端な例もあり、研究者の視点と一般的な用法との聞きを どう扱うべきは慎重に考える必要がある O. 5 6.
(25) アイロニー解釈における期待の役割. ( 1 ) 女房に. 春木. 1 2本目の走りはかっこよかっただろ ?J と尋ねたら 1 2本日走る前. がかっこ悪かった Jと皮肉を言われた。. (エグゼスポーツ HP). ( 2 ) 一月にある日系団体が主催するイベン卜を事前取材したときのこと O 事務所. を訪れると、関口一番、「来るのが遅いですよ」と嫌みを言われた。開催ま で二週間を切っていたこともあり、告知記事を書くには確かに遅すぎた。申 し 訳 な く 思 う 。 ( ニ ッ ケ イ 新 聞. HP). 以上の 2例を不適切な用法だというのは簡単であるが、分析対象を制限しすぎると、 ζ. く限られたデータの種類しか扱えないような理論になる。さらに、現在のアイロ. ニ一理論には有力なものが複数あるが、それぞれの研究者が分析の対象としているア イロニーの説明されるべきる特徴が、実は研究者のそれぞれで異なっている可能性も ある。. 引用文献 エグゼスポーツ. HP h t t p : / / e x e s p o r t s . a t i . n f o s 巴e k .c o . j p/20 0 4 a l l j a p a n 4 . h t m( 2 0 0 8年. 9月 1 5日閲覧). ttp://www.nikk巴yshimb u n . c om .b r /20 0 8 t o k u h a i n 2 . h t m l( 2 0 0 8 ニッケイ新聞 HP h 年 9月 1 5日閲覧). 参考文献 Carston,RobynandS e i j iUchida( 19 9 8 )R e l e v a n c eT h e o r y : Aρ ' p l i c a t i o n sand h i l a d e l p h i a . I m p l i c a t i o n s,lohnBenjamins,Amsterdam,P 19 7 4 )“ OnSayingWhatYouMeanwithoutMeaningWhatYou C u t l e r,Anne( "P a p e r sfromt h eT e n t hR e g i o n a lM e e t i n go ft h eC h i c a g oL i n g u i s t i cS o c i e t y, Say,. 1 1 7 1 2 7 . 春木茂宏 ( 2 0 0 0 )1 アイロニーと文脈効果:関連性理論的分析 J]ELS( P a p e r sfrom. t h eS e v e n t e e n t hN a t i o n a lC o n f e r e n c eo ft h eE n g l i s hL i n g u i s t i cS o c i e t y )第 1 7号. 5 7.
(26) 2 0巻 2号. 文学・芸術・文化. 2 0 0 9 .3. 3 7 4 6. r. 春木茂宏 ( 2 0 0 4 )i 情緒的側面から考えるアイロニー J 言葉のからくりー河 授退官記念論文集. k誓作教. j5 8 9 6 0 3英宝社. 河上誓作(19 9 3 ) iOverstatementと Understatement ア イ ロ ニ ー を 取 り ま く 関 連. r. 3 52 4 6九州大学出版会 語禁の研究 J 言語学からの眺望 j 2 i t i J上誓作(19 9 8 ) iアイロニーの言語学 Jr 待兼山論叢』第 3 2号. 文学篇. 1 1 6 大. 阪大学.. r. 9 6 )i 皮肉の語用論 J 言 語 探 究 の 領 域 一 小 泉 保 博 士 古 稀 記 念 論 文 集 j 1 1 小泉保(19 2 0 大学書林,東京. Kumon-NakamuraS a c h i,SamGlucksberg,andMaryBrown( 19 9 5 )“HowAbout l l u s i o n a lP r e t e n s eTheoryo fD i s c o u r s el r o n y, " AnotherP i e c eo fP i e TheA 目. J o u r n a l0 1ExperimentalPsychology:Genera1124-,1 3-21 Martin,Robert( 19 9 2 )“l r o n yandUniverseo fB e l i e f, "L i n g u a8 7,7 7 9 0 . S e t o,Ken-ichi( 19 9 8 )“OnNon e c h o i cl r o n y, "i nCarstonandUchida,2 3 9 2 5 5 . ,DanandD eirdreWilson (1981)“ lronyandtheUse-Mention Sperb巴r. "i nCole,P e t e r( e d . )R adicalP r a g m a t i c s,295-318,Academic D i s t i n c t i o n,. o r k . P r e s s,NewY b e r,DanandDeirdreWilson( 19 8 6,1 9 9 5 )R e l e v a n c e・ Communic αt i o nand Sp巴r d i t i o n ) ,B l a c k w e l l,Oxford C o g n i t i o n,(2nde b e r,DanandD e i r d r eWilson( 19 9 8 )“ l r o n yandR e l e v a n c e : A Replyt oS e t o, Sp巴r HamamotoandYamanashi."i nCarstonandU c h i d a .2 8 3 2 9 3 Utsumi,Akira( 2 0 0 0 )“ Verball r o n ya sl m p l i c i tD i s p l a yo fl r o n i cEnvironment :. D i s t i n g u i s h i n gl r o n i cU t t e r a n c e sfromNonirony, "J o u r n a l0 1Pragmatics,3 2, 1 7 7 7 1 8 0 6 . e i r d r eandDanSperber( 19 9 2 )“OnV e r b a lI r o n y, "L in 仰 a8 7,5 3 7 6 Wilson,D. 5 8.
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