• 検索結果がありません。

人の移動の哲学-社会と文化の変動の基礎理論-

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "人の移動の哲学-社会と文化の変動の基礎理論-"

Copied!
100
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

人の移動の哲学-社会と文化の変動の基礎理論-著者

野家 啓一

(2)

人の移動の哲学

-社会と文化の変動の基礎理論-(課題番号13410001) 平成13年度∼平成15年度科学研究費補助金(基盤研究(B) (2))研究成果報告書 平成16年5月

研究代表者:野家啓一

(東北大学大学院文学研究科・教授)

(3)

目 次 はしがき 異界・移動・境界- 《人の移動の哲学》への序説・・・-・・・・・・・・・:・・・・・・・・野家啓一・・・・・・7 ′ コミュニケーションと人間存在一一情報の移動と人の移動・・・・・・・・・・・・・・・野家啓一・・・・・・ll r情報内存在」としての人間一一情報概念と人の移動・・・・・・・・・・・-・・・・・・・・野家啓一-・・・31 コスモロジーの解体とニヒリズム-時間経験の「移軌をめぐって・・・野家啓一・・・50 時は流れない、それは積み重なる一一」時間の「移軌と歴史意執-・・・-・・野家啓一-61 物蘇り行為による世界制作-「経験のr移軌としての物蘇り・・・・・・・・・・・・野家啓一・・・・.・80 「物静り」による農村風景の制作と人の移動 長谷部正・-・・97 物蘇ることと読むこと-ボール・リクールと時間の移動・・・-・-・・--大塚良貴-109 歴史認鼓とメタファー一一人の移動の記述法に寄せて・--・・-・・-・-宮坂和男-125 隠晩と伝達一一人の移動とコミュニケーションのモード・・・・・・・-・・・・・・・・森本活一・・1131

(4)

【はしがき】 へラクレイトスの「万物は流動する」 (pantarhei)やゼノンのパラドックスを引くまでも なく、哲学の源流をなす思想家たちにとって《動き》は重要なテーマであった。モノの動 きとヒトの動きにはどれほどの共通性があり、どこが違うのか。あるいは同じ動物の動き の中で、人間の動きにはどんな特徴があるのか。 「人の移動の哲学」は、そうした哲学の根 本問題に立ち返りながら知の組み替えを図り、同時に現代の社会と文化の変動が突きつけ てくる実践的な難問に応答することを試みるものである。 1年目は、 「人の移動」を《哲学する》方法論の探究に主力を費やし、研究代表者の野家 啓一は、 「人の移動」がもたらす境界領域としての「異界」に注目する作業を始めた。 ′ 2年月は、 「人の移動」を可能にする空間のあり方を主たる検討課題とした。次いで, 「人 の移動」に関連する文化現象の一例として、 「メタファー」を取り上げ、東北哲学会との合 同シンポジウムを開催した。 3年目は「人の移動」を可能にする時間のあり方の吟味から共同研究をスタートさせた。 次いで、 「人の移動」の哲学の基礎理論を固めるべく、世界的に再評価の動きが見られる哲 学者ディルタイを取り上げ、東北哲学会との合同シンポジウムを開催した。 哲学・倫理学の研究者を核として、社会心理学、比較文化論、農業経済学という関連領域 の第-線のメンバーを分担者に加えた本研究の成果は、すでに各種のシンポジウムで公開 したほか、東北大学倫理学研究会の協力のもと三冊におよぶ資料集を発行し、関係諸機関 に送付してある。さらに研究代表者・協力者の個別の論文・報告にも共同研究の成果は折 り込み済みである。 なお本共同研究の延長線上で新たな研究プロジェクトを計画中であることを申し添えて おきたい。 【研究課題】 人の移動の哲学(社会と文化の変動の基礎理論) (課題番号13410001) 【研究組織】 研究代表者:野家啓一 研究分担者:清水哲郎 研究分担者:篠 憲二 研究分担者:川本隆史 研究分担者:座小田豊 研究分担者:荻原 理 (東北大学大学院文学研究科・教授) (東北大学大学院文学研究科・教授) (東北大学大学院文学研究科・教授) (東北大学大学院文学研究科・教授) (東北大学大学院文学研究科・教授) (東北大学大学院文学研究科・講師)

(5)

研究分担者:宮田清一 研究分担者:熊野純彦 研究分担者:大洲憲一 研究分担者:鈴木淳子 研究分担者:長谷部正 (大阪大学大学院文学研究科・教授) (東京大学大学院人文社会系研究科・助教授) (東北大学大学院文学研究科・教授) (東北大季大学院文学研究科・教授) (東北大学大学院農学研究科・教授) 【研究経費】 平成13年度 7, 700千田 平成14年度 3, 500千円 平成15年度 3, 200千円 合計   14, 400千円 【研究発表】 (1)学会誌等 野家啓一「<実証主義>の興亡-科学哲学の視点から-」、 『理論と方法』第16巻 第1号、 2001年 野家啓一「コスモロジーの解体とニヒリズム」、竹内整一・古東哲明(宿) 『ニヒリズムか らの出発』所収、ナカニシャ出版、 2001年 野家啓一「木村人間学の成立現場」、 『木村敏著作集』第1巻所収、弘文堂、 2001年 野家啓一「解説:20世紀の天才哲学者」、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論』所収、中央 公論新社、 2001年 野家啓一「大きな物語の行方」、 『<20世紀の定義>第2巻 溶けたユートピア』所収、 岩波書店、 2001年 野家啓一「(臨床哲学)としての精神病理学」、 『木村敏著作集』第7巻所収、弘文堂、 2001 年 野家啓一「(全体性の現象学)への道」、高橋里美『全体性の現象学』所収、燈影舎、 2001 年 野家啓一「現代科学論の展開」、国際高等研究所報告書『科学の文化的基底(II)』、 2001年 野家啓一「(理性の外部)としての異界」、 『文学』第2巻第6号、 2001年 野家啓一「コミュニケ「ションと人間存在」、 『個性の輝くコミュニケーション:21世紀へ の夢』所収、東北大学出版会、 2001年

Keiichi NOE, "postmodernism and 'overconing Modernity川, POETICA No.56-57, 2002.

Keii・chi NOB, "The Structure oi Scientific Discovery: From a Philosophical Point of View" , PI・OgI,eSS Z'n D)'ScoyeTy Sc)'ence, Springer, 2002.

(6)

野家啓一「哲学は(二流の科学)か?」、 『哲学の探求』第29号、 2002年 野家啓一「科学的世界観」、坂本百大・野本和幸(編) 『科学哲学』所収、北樹出版、 2002年 野家啓一「時は流れない、それは積み重なる:歴史意識の積時性について」、月本昭男ほか (編) 『<歴史を問う>第2巻 歴史と時間』所収、岩波書店、 2002年 野家啓- 「<鷹松哲学>の成立過程」、 『情況』第3期第3巻萄6号、 2002年 野家啓一「歴史的実在の論理:西田幾多郎とブリッジマン」、 『思索』第35号、 2002年 野家啓一「生命・行為・制度」、中村雄二郎・木村敏(編) 『講座生命』第6巻所収、河合 文化教育研究所、 2002年 野家啓一「主体と環境の生命静:西田幾多郎と今西錦司」、 『日本の哲学』第3号、 2002年 野家啓一「<精神史>の方法的射程」、下村寅太郎『精神史としての科学史』所収、燈影舎、 2003年 野家啓一「現代哲学の対立軸」、 『思想』、 2003年4月号(第948号) 野家啓一「現代哲学におけるマッハの位置」、 『情況』第3期第4巻第4号、 2003年 野家啓一「<情報内存在>としての人間:哲学から見た情報概念」、正村俊之ほか(編) 『パ ラダイムとしての社会情報学』所収、早稲田大学出版部、 2003年 野家啓一「物静行為による世界制作」、 『思想』 2003年10月号(第954号) 清水哲郎「人工呼吸器装着・不装着についての事前指示の倫理」、 『厚生省特定疾患対策研 究事業横断的基礎研究特定疾患患者の生活の質(QOL)の向上に関する研究班平成 11年度報告書』 2001年 清水哲郎「看護現場の臨床倫理切哲学の視点から」、 『インターナショナルナ-シングレビュ ー』 24-3、 2001年/再録:JNR日本版編集委員会編『臨床で直面する倫理的諸問題』、日 本看護協会出版部、 2001年 清水哲郎「看護管理と臨床倫理」、 『看護管理』 11・7、 2001年 清水哲郎「アンセルムス哲学の系譜に連なるオッカム」、 『思索』 34号、 2001年 清水哲郎「生物学的(生命)と物語られる(坐) -医療現場から」、日本哲学会『哲学』 54号、 2002年 清水哲郎「緩和医療と臨床倫理」、 『富山市医師会報』 376号、 2002年 清水哲郎「医療現場の個別ケースと臨床倫理」、 『教育と医学』 50-11、 2002年 清水哲郎「緩和ケアの哲学と倫理」、 『からだの科学』 227号、 2002年 清水哲郎「局地的断絶/長期的低落傾向からの回復」、 『中世思想研究』 45号、 2003年 清水哲郎「二重結果原則か均衡性原則か-終末期の鎮静をめぐる論争から」、 『モラリア』 10号、 2003年 川本隆史「均衡・義務・介護-現代正義論の方法と課題」、日本哲学会『哲学』 53号、 2001年 川本隆史「福祉と連帯のつながり- 「介毒の町内化」と「内発的義務」をめぐって」、 『月 刊福祉』 84巻10号、全国社会福祉協議会、 2001年

(7)

川本隆史「だれにとっての、何のための調査か- 「被爆二世健康影響調査」をめぐって」 全国被爆二世団体連絡協議会はか編『被爆二世の問いかけ』新泉社, 2001年 川本隆史「豊かさ・福祉・租税-高校公民科教科書の改訂に携わって」、 『FINE千葉研究 会報告書9』千葉大学文学部「情報倫理の構築」プロジェクト、 2002年 川本隆史「生き生きとした関係・助け合い・自律-マリア・ミ-スを社会倫理学の観点 で読む」, 『季刊ピープルズ・プラン』 17号、ピープルズ・プラン研究所、 2002年 川本隆史「ロールズ-社会の正義と′′万民の法′′に基づくユートピアを求めて」、 AERA Mook 『現代哲学がわかる。』朝日新聞社、 2002年 川本隆史「キャロル・ギリ尭ン『もうひとつの声』」、江原由美子!金井淑子編『フェミニ ズムの名著5 0』平凡社、 2002年 川本隆史「正戦論という試金石-戦争と平和の倫理を探究して平和学の実践性をパワー アップ」、 AERAMook 『平和学がわかる。』朝日新聞社、 2002年 川本隆史「応用倫理学の初心」、 『学術の動向』 7巻10号、日本学術協力財団、 2002年 川本隆史「公民科教育という試練の場- (教育における臨床の知)に寄せて」、 『教育学 研究』 69巻4号、日本教育学会、 2002年 川本隆史「租税の根拠と社会の公正」、 『学術月報』 56巻3号,日本学術振興会、 2003年 川本隆史「書評●塩野谷祐一著『経済と倫理一一福祉国家の哲学』 (東京大学出版会、 2002 年)」、 『季刊社会保障研究』 38巻4号、国立社会保障・人口問題研究所、 2003年 川本隆史「《ともにいきる)ことに寄せて-「安克昌さんとのつきあいから」、 『第3回つど い』、ひょうご・こころのネットワーク、 2003年 川本隆史「不良精神とコミットメント-藤田省三の倫理学をめぐる断想」、 『現代思想』 32巻3号、青土社、 2004年 川本隆史「卓越・正義・租税-社会政策学の《編み直し》のために」、 『社会政策学会軌 11号、社会政策学会、 2004年 座小田豊「虚実のあわい」 、 『世界思想』 29号、世界思想社、 2002年 座小田豊「懐疑する自己と無限、あるいは「理性」のラビリンス」 、 『思索』 36号、東北 大学哲学研究会、 2003年 大洲憲一「紛争解決」、山口勧(編) 「社会心理学:アジアからのアプローチ」、東京大学出 版会、 2003年 大洲憲一「もめごとにひそむ『尊動と『自尊心』」、 AERAMo。k 『コミュニケーション学 が分かる。』、朝日新聞社、 2004年 渥美恵美・大洲憲一「精神科作業療法の評価法に関する実態調査」、 『作業療法ジャーナル』、 37巻, 2003年 渥美恵美・大測憲一「精神科作業療法における評価の構造に関する検討」、 『作業療法』、 22 巻、 2003年 大潮憲一・福野光輝「社会的公正と国に対する態度の秤仮説.・多水準公正評価、分配的お

(8)

よび手続き的公正」、 『社会心理学研究』、 18亀2003年

Hat.ta, T. & Ohbuchi. K. ''Ane.xperimental study ofelectronic negotiation : Cont・e・nt

analysis of verbal interactions focusing on the effect・s of correct・abilit・y and exit・abilit・y" Psychologla, Vol.46, 2003.

Fuknno, M. & Ohbuchi K. "Procedural fairness inultimatum bargaining: Effects of

interactional fairness and formal procedure on respon(lentsl reactions to unequal offers. " , Japanese Psycholog}'caJ Reseamh, Vol・45,2003・

今在景子・大洲憲一・今在慶一朗「第三者介入による消費者間題の解決:手続き的公正に 関する実験的研究」、 『社会心理学研究』 19巻、 2003年 ′ 大洲憲一-「対人葛藤の解決スキル」、 『教育と医学』 51巻、 2003年 長谷部正「「いのち」の与えあいとしての農とその技術」、東京農業大学『農村研究』 93号、 2001年 木谷忍・長谷部正・杉本貴子「食に対する選好と選択にみる食生活の豊かさについて-アマルティア・センのケイパビリティの-解釈にもとづく倫理学的評価」、 『農業経済研 究報告』 33号, 2001年 長谷部正「食の倫理-所有の視点から」、 『農業経済研究報告』 33号、 2001年 長谷部正「ふるさと共有時代の農村風景観」、 『農林統計調査』 52巻3号、 2002年 長谷部正・木谷忍・野村希晶「農村風景の評価と条件不利地への直接支払い意敵-日韓 比較」、 『2002年度農業経済学会論文集(農業経済研究別冊)』、 2002年 木谷忍、長谷部正、千葉貴行「機能と自由からみた都市と農村の生活環境の評価-アマ ルティア・センの提唱する豊かさ指標をもとにして」、 『農業経済研究報告』 34号、 2002 年 長谷部正「食の個別化に関する一考察」、 『農業経済研究報告』 34号、 2002年

Lee, S" T. Hasebe, N. Nomura and S・ Kitani, ''comparison of Valuation for Rural Arears Scenery in Korea and Japan", Korean Jou-al ofAbOIz.)'cLtltuzTal Management

andPoll'cy, Vol.29,No.4, 2002.

長谷部正・木谷忍・野村希晶「物論りとしての農村風景とその評価」、 『2003年度農業経 済学会論文集(農業経済研究別冊)』、 2003年

Kitani, SリK. Arai and T. Hasebe, "A New Role・playing Gaming on Regional

Environmental Planning: AFramework and Trial Run一一, 『シミュレーション&ゲーミ ング』 , Vbl.13,No.2, 2003.

長谷部正「「物語り」としての農村風景評価の今後」、 『世界の農林水産』 2004年2月号、

2004年

長谷部正「「物語り」の概念を用いた農村風景の評価」、 『農業経済研究報告』 35号・ 2004

(9)

(2)出版物

野家啓一『アメリカを知る技法』 [竹中興慈・岩淵康民と共編著]、宝文堂、 2003年

Shigehiko Hasumi, Keiichi Hoe, Hsien-hao Liao, Seong-Ron Kin, Yasunari Takada,

Postmodem)Ism J'D As)'a: Its CoDdl't)'0万5 3DdPTObJems, The University of Tokyo, 2003.

井上達夫・河合幹雄・川本隆史『(体制改革としての司法改革)を考える』 ACADEMIA JURIS BOOKLET 2003 No. 8、北海道大学大学院法学研究科附属高等法政教育研究センター、 2004 年 今村仁司・座小田豊編『知の教科書ヘーゲル』、講談社、 2004年 鷲田清一『老いの空白』、弘文堂、 2003年 ′ 鷲田清一『(負)は病んでいるか-揺らぐ生存の条件』、ウェッジ、 2003年 鷲田清一『時代のきしみ- (わたし)と国家のあいだ』、 TBSブリタニカ、 2002年 熊野純彦『ヘーゲル(他なるもの)をめぐる思考』、筑摩書房、 2002年 熊野純彦『カント 世界の限界を経験することは可能か』、 NHK出版、 2003年 熊野純彦『差異と隔たり』、岩波書店、 2003年 鈴木障子『面接的調査の技法』、ナカニシャ出版、 2002年 大洲憲一『満たされない自己愛:現代人の心理と対人葛藤』、筑摩書房 2003年 大測憲一(編) 『公正の秤理論の検討:政策、制度、組織評価における公正』平成11-14年 度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2)、研究課題番号11410028)研究成果報告書、 2003 年

(10)

異界・移動・境界- 《人の移動の哲学》への序説

野家啓一 1. ′ 『日本「異界」発見』の著者内藤正敏は、その「あとがき」において「真界というと魅 魅髄魅が跳梁放雇するおどろおどろしい世界を思いうかべがちだが、私が求める異界とは、 そんな神秘主義的なものではない。人間が想像力で生み出した非日常的な世界をいう。異 界を通して眺めると、忘れられた深層の歴史や人間の心の奥底が視えてくる」と述べてい る。異界探索の第一人者の言として、耳を傾けるべき意見であろう。 そこで、 「人間が想像力で生み出した非日常的な世界」である異界を「理性の外部」と言 い換えてみる。むろん、それによって多くの事柄が考察からこぼれ落ちることであろうが、 逆に、枝葉を切り落とすことによって見えてくる光景もある。理性とは、とりあえず合理 的選択の能力と考えておけばよい。デカルトにしたがえば「正しく判断し、真と偽を区別 する能力」 (『方法序説』第-部)のことである。この理性がコントロールできるのは日常 的世界、個人史に即せば誕生から死にいたる高々数十年の期間にすぎない。それゆえ、誕 生以前および死後の世界は、非日常の世界として理性の支配の外部に属する。誕生も死も 個人の自由にはならず、合理的選択の領域を超えているからである。 だが、単に理性の外部にあるだけでは,それは「異界」の名には値しない。たとえば性 愛や暴力は理性のコントロールの噂外にあるが,それらはあくまでも現実世界の出来事で ある。また、天国や地獄は、たしかに死後の世界ではあるが、それらが「異界」と呼ばれ ることはないであろう。それは、 S Fが描く未来世界が、想像力が生み出した非日常的世 界ではあっても、異界でないのと同様である。それらに何よりも欠けているのは、現実世 界と自在に往還する通路であり、そこから生ずる一種独特の「無気味さ」にはかならない。 この特有の無気味さは、異界が現実世界と境界を接し、地続きであることから生じてい る。天国や地獄はもとより現実世界から「超越」しており、憤憶や畏怖の対象ではあって も、現実世界の秩序を侵犯する気遣いはない。それに対して、異界は境界という通路から 現実世界に侵入し、ときに異貌の世界を開示する。その意味で、異界は現実世界から透明 な皮膜によって隔てられているものの、浸透圧によって現実世界にいわば「内在」してい る。逆に現実世界は、異界をたえず境界の外部へと排除しようとする運動エネルギーを通 じて、ようやく日常という安定した秩序を保ちえているのである。日常的世界の安定を形 作る境界が非日常的世界によってゆえなく侵犯されるとき、われわれはそれに無気味さを

(11)

感じ、その「ゆえ」を解き明かすことによって、殿損された秩序を修復しようと試みる。 したがって、異界と現実世界とは表裏一体のものであり、異界は境界における交通を介し て「疎遠さ」と「親密さ」という両面価値を備えている。異界に跳梁する魅魅鯉魅や妖怪 変化が好んで辻や村境といった境界に出没し、われわれがそれに恐怖とともにある懐かし さを覚えるのもそのためである。 2. この疎遠さと親密さの両面価値という観点から「無気味なもの」の本質を解明しようと したのはフロイトであった。無気味なものは、たしかに恐怖や不安をかきたてるものであ るが、ーそれらの感情と過不足なく重なり合うものではない。無気味さは特殊な陰影を帯び た恐怖であり不安なのである。未知のものや新奇なものに出会うとき、われわれは恐怖や 不安を感ずるが、それは必ずしも無気味さを伴ってはいない。われわれが無気味さを感じ るのは、むしろ切断された手足、精巧な蝋人形、廷った死者、近親者の幽霊など、すでに 失われた既知のものが出現するような事態に対してである。それゆえフロイトは「つまり 無気味なものとは、昔からよく知っている、古なじみのものに由来する類の恐怖だ」 (『無 気味なもの』以下同様)と特徴づけている。 フロイトはこの定式を補強するために、ドイツ語の「無気味な(unheimlich) 」という 青葉をめぐる帝源的考察を展開する。周知のように、 unheimlichはheimlich (密かな、 なじみの)ないしはheimisch (その土地の、故郷の)に否定の接頭辞が付加された語であ り、 「なじみのない,親しみのない」ことを意味する。ところが、フロイトはその諦源を探 索するうちに、奇妙な事実に気づく。多種多様な用例を掲げた後で、彼は「以上の長い引 用のなかでわれわれが特におもしろいと思うのは、heimlichという静がその静の幾重にも わたるニュアンスをふくみながら、unheinlichなる反対語と符合する意味をも示すという 点である。してみれば、 heimischなものがunheimlichなものになるわけだ」と述べ、さ らに「このようにheimlichは、両面価値感情によってその意味を展開し、しまいには反 対静のunheimlich と重なり合ってしまった静なのである。 unheimlich とはなにがなし heimlichの一種なのだ」と結論づけている。 「無気味なもの」が「なじみのもの、親しいもの」と同根であり、表裏一体のものであ るというフロイトの考察は、前節で見た異界と現実世界との関係にも当てはまる。異界と 現実世界とは境界によって隔てられていると同時に、境界によってつながってもいるので ある。それゆえ、異界は未知のものではなく,忘れ去られた既知のものという性格をもっ ている。それでは、この忘却、親しいものから無気味なものへの転化はいかなる機制によ って生ずるのであろうか。その理由をフロイトは「なぜなら無気味なものは、じつは新奇 なものでもなければ見知らぬものでもなくて、心的生活に古くからなじみのあるなにもの かであり、それが抑圧の過程を通じて精神生活から疎外されてしまったものだからだ」と 説明している。すなわち、無気味なものとは「抑圧を経験しながらふたたび抑圧から立ち

(12)

戻ってきたなつかしくもー故郷的なもの」なのである。 むろん、フロイトのいう「抑圧」は精神分析の概念であり、心理的抑圧を意味する。し かし、これを社会的抑圧にまで拡張するならば、われわれは「理性の外部」としての異界 にいたる道筋をかいま見ることができる。 3. デカルトは『方法序説』の冒頭で、理性を「良識」とも呼び、それを「この世でもっと も公平に分け与えられているもの」であると宣言した。哲学的近代、すなわち「理性の時 代」はこの宣言をもって幕を開枕たといってよい。だが,他方でデカルトは、この理性の 公共圏から「狂気」を追放した。ここで狂気とは、非理性的(非日常的)なもの一般の象 徴である。フーコーはこの事態を「一本の分割線が引かれたわけであって、その結果やが て、文芸復興期にはあんなにも親しいものだった、非理性的な<理性>、理性的な<非理 性>の経験は存在しえなくなるだろう。 (中略)つまり、理性の出現に関する何事かが起こ ったのだ」 (『狂気の歴史』第-部、第二章)と叙述している。この「理性の出現」以後、 非理性的なものは啓蒙と科学の名において抑圧され狂気は日常的世界から排除されて病 院施設の中に隔離されることになるのである。 この分割線(境界)がわが国に導入されるのは、明治維新を起点とする近代化すなわち 西欧化によってである。明治末期に刊行された柳田国男の『遠野物語』は、分割線の向こ う側に追いやられた異界の消息を、 「目前の出来事」あるいは「現在の事実」として伝えよ うとするものであった。とりわけ柳田が熱意を注いだのは、山の神や山人をめぐる伝承の 収集である。赤坂憲雄が「明治三十年代から四十年代にかけては、おそらく日本の近代が 山を異界として発見した時代である」 (『柳田国男の読み方』第二章)と述べているように、 維新後数十年を経て、かつては村々の境界を隔てて親しいものであった異界は、人里離れ た山の中に「発見」されるものとなっていた。すでに交通機関の発達は村里の境界を唆味 なものとし、人工照明は平地から夜の闇を奪っていたからである。 柳田が山に特別の関心を抱いたのは、そこに歴史の古層が残存していると考えたからに はかならない。彼は『後狩詞記』で「山におればかくまでも今に遠いものであろうか。思 うに古今は直立する一本の棒ではなくて、山地に向けてこれを横に寝かしたようなのがわ が国のさまである」と述べているが、山では時間がせき止められ、そこには「失われた既 知のもの」が堆積しているのである。山は空間的境界のみならず、時間的境界によっても 隔てられた異界だといってよい。そこから柳田は、伝承に現れる山人とは日本列島の先住 民であり、農耕民に追われて山中を漂泊し、狩猟採集生活を続けてきた者たちの未帝では ないか、との仮説を立てる。いわゆる「山人論」である。おそらく柳田は、山人をめぐる 伝承の中に、フロイトの言う無気味なもの、すなわち「抑圧を経験しながらふたたび抑圧 から立ち戻ってきたなつかしくもー故郷的なもの」を見出していたに違いない。 しかし、やがて柳田は山人論の仮説を放棄し、平地の稲作民の生活伝承の中に自らの民

(13)

俗学の基盤を据えるようになる。いわば非日常から日常への、異界から現実世界への回帰 である。それと関連して,私にはかねがね疑問に思ってきたことが一つある。 『遠野物語』 で異界を象徴するのは、数々の伝説に彩られた早池峰であるが、柳田は実際に早池峰を目 にしたのであろうか、という疑問である。 むろん、 『遠野物語』の序文には「附馬牛の谷へ越ゆれば早池峰の山は淡く霞み山の形は 菅笠のごとくまた片仮名のへの字に似たり」とあり、また第二話にも「四方の山々の中に 最も秀でたるを早池峰という、北の方附馬牛の奥にあり」と記されている。だが、早池峰 は東北には珍しい非火山性の古生層山地であり、遠くから見ればゆるやかな台形と言うべ きで、 「菅笠」のようにも「への宗」のようにも見えない。ガイドブッ′クの描写を借りれば 「この山を麓から見上げると、まったくミテクレの悪い山」なのであり、とても「最も秀 でたる」とは形容できない。遠野近郊から見て最も秀で「への字」の形をしている山とい えば、早池峰の手前にある薬師岳である。早池峰は遠野からは薬師岳の真裏に隠れて見え ず、附馬牛からさらにしばらく山道を入ってようやくその姿を現す。だとすれば、柳田が 見たのは早池峰ではなく薬師岳だったのではないか。むろんこれは推測にすぎないが、異 界のとば口まで行ったものの異界を目にすることなく、そのまま里へと引き返したとすれ ば、これはその後の柳田の歩みを象徴しているようにも思われるのである。 その早池峰も、今や観光登山のメッカであり、かつての異界の面影はすでにない。しか し、異界が理性と非理性、日常と非日常の境界に成立するものである限り、それが消滅す ることはないであろう。 「理性の外部」は、そのまま相補的に理性のあり方、日常性のかた ちを定めているからである。人工照明の輝く都市のただ中にもたえず伝説が生み出されて いるように、 「抑圧されたものの回帰」はいつどこの場所でも起こりうる。その意味で、異 界とは日常性に走った一条の亀裂の別名なのである。 [引用文献】 赤坂意雄『柳田国男の読み方』ちくま新書、一九九四年 デカルト『方法序説』谷川多佳子訳、岩波文庫、一九九七年 内藤正敏『日本「異界」発見』 JTB、一九九八年 フーコー『狂気の歴史』田村倣訳、新潮社、一九七五年 フロイト『無気味なもの』種村季弘訳、河出文庫、一九九五年 『柳田国男全集』第四巻、第五巻、ちくま文庫、一九八九年 (初出『文学』第2巻第6号)

(14)

コミュニケーションと人間存在-情報の移動と人の移動

野家啓一 I.はじめに 21世紀など遠い先のことのように思われてきましたが、われわれはすでに21世紀の現 実を生きています。考えてみますと、 20世紀初頭の都市の街路には馬車が我がもの顔で走 っており、いまだ自動車も飛行機も電気機関車も存在しませんでした。ましてラジオ、テ レビ、携帯電話、コンピュータ、インターネットなどはSFの世界の出来事であったと言 えます。 20世紀前半が交通・運輸手段の著しい発達によって後世に記憶されるとすれば、 20世紀後半はエレクトロニクスに支えられた情報・通信手段の飛躍的発展によって歴史に 刻み込まれることでしょう。それらを通じて人間どうしの時間的・空間的距離は著しく縮 まり、コミュニケーションの効率はわれわれの想像をはるかに超えて高まりました。 しかし、 20世紀は「科学技術の世紀」であると同時に「戦争と革命の世紀」とも呼ばれ るように、科学技術の発達は軍事技術の開発と不可分に結びつき、二度にわたる世界大戦 や各地の民族紛争を通じて、他の世紀には見られないほど大量の戦死者や難民を生み出し てきました。交通・運輸手段および情報・通信手段の発達もまた、一方で人類の生活水準 を大きく向上させ、国家間の意思疎通と相互理解に貢献しながらも、他方で軍事的利用へ の道を開き、アウシュヴィッツやヒロシマの悲惨を防ぐことはできませんでした。また、 20世紀後半に顕著になった環境破壊は地球規模での各種の災害をもたらしつつあります し、コンピュータの急速な普及は、メディア・リテラシーの格差、情報セキュリティ、ネ ット犯罪などこれまで見られなかった新たな問題を作り出しています。 21世紀への夢である「個性の輝くコミュニケーション」を実現していくためには、この ような科学技術の進歩がもたらした光の面と舞の面をともに見据えながら、人類が進むべ き道を模索していく必要があります。メディアの発達は、それによって伝達されるメッセ ージの豊かさを伴わなければ、猫に小判にすぎませんし、それを用いる人間や社会のあり 方が旧態依然のままであれば、容易に人間どうしの管理や抑圧の道具に転化してしまいま す。そうした問題を考えるために、ここでは少々遠回りながらも、コミュニケーションと 人間存在の関わりを哲学の視点から考察してみたいと思います。 2.人間-シンボルを操る動物 2-1.人間の定 人類が長い進化の系列を経て地球上に姿を現したのは200万年ほど前のことですが、 「人

(15)

間とは何か」という問いは、人間が自己意識をもち、文化や文明を形作って以来、たえず 問われてきた根本的な問いでした。人間を「ボリス的動物」と名づけたアリストテレスか ら「世界内存在」と呼んだハイデガーまで、哲学の歴史はこの問いに対する回答の歴史だ といっても過言ではありません。人間を他の動物から区別する定義的規準がいかなるもの かについては、 「直立二足歩行」をはじめさまざまな提案がなされてきましたが、ここでは 代表的な定義を5つはど挙げておきましょう。 ・ホモ・サピエンス(homo sapiens) :理性人 ・ホモ・フアペル(homo fabeJ) :工作人 ・ホモ・ロクエンス(homo loquens) :言語人 ・ホモ・ルーデンス(homo ludens) :遊戯人 ・ホモ・デメンス(homo demens) :錯乱人 まず最初は「ホモ・サピエンス」ですが、これはラテン請で「知恵あるヒト」を意味し ます。これが約3万年前に出現した現生人類の学名ともなっていることは御承知の通りで す。古代ギリシア以来、人間は「理性的動物」として特徴づけられてきましたので、それ を踏まえて「理性人」とも訳されます。理性とは、簡単に言えば合理的思考能力のことに はかなりません。これは、英静の「合理的(rational)」という言葉が、理性を意味するラ テン請「ラチオ(ratio)」を語源としていることからも明らかです。もともと「ラチオ」 はギリシア南の「ロゴス(logos)」の訳詩でした。ロゴスは「論理(logic)」の爵源とも なっている青葉ですが、多様な意味の広がりをもち、新約聖書ヨハネ伝の冒頭の一句「は じめに言葉(ロゴス)ありき」に見られるように、 「理性」とともに「言葉」をも意味しま す。つまり、理性の働きは言語使用と密接な関係があると考えられておりました。ここで 注目していただきたいのは、人間を定義する「理性」が古くから「言語的コミュニケーシ ョン能力」と結びついていたことです。 次の「ホモ・フアペル」はラテン語で「作るヒト」を意味し、 「工作人」とも訳されます。

もとはベンジャミン・フランクリンが人間を「道具を作る動物(a tool-making animal)」

と定義したことに由来しますが、フランスの哲学者ベルクソンはこれを人間の本質規定と 見なしました。その際には、言宿も広い意味でコミュニケーションの「道具」と考えられ ています。もちろん、他の動物も身体を一種の道具として使用することはできますが、人 間は直立二足歩行をすることによって前足が自由になり、手を使って人工的な道具を製作 できるようになりました。現在では高等類人猿も簡単な道具製作を行うことが知られてお りますので、これを人間の本質的特徴とすることには疑問も出されていますが、少なくと

も道具を作る道具(tools lomake tools)を製作することは、人間にのみ見られる特徴で

す。このことは同じ形態の道具を多数生産することを可能にし、道具を規格化することに よって、やがて部品の組合せからなる機械の製作へとつながっていきます。さらに人間は、

(16)

道具を用いて自然環境に働きかけ、それを利用可能な人工環境に変えることを目指してき ました。それが自然の再生能力を超えれば、自然破壊となることは言うまでもありません。 その意味で、 「工作人」のあり方は現代の「技術人」にまで直結しています。 三番目の「ホモ・ロクエンス」は、ラテン語で「話すヒト」を意味します。要するに、 言語使用を他の動物から人間を区別する定義的規準と見なそうというものです。もちろん、 動物も身振りや鳴き声、あるいは蜜蜂のダンスのような手段を使って相互にコミュニケー ションを行いますので、それを原始的な言語と見なすことはできます。また、チンパンジ ーが初歩的な記号音詩を操れることも、今日ではよく知られています。しかし、人間が用 いる音声言語は、音の最小単位である「音素」と意味の最小単位である「形態素」という 二重分節性をもっており、そのために有限の語嚢から無限の文を生成できるという重要な 特徴を備えています。文化人類学者のレヴイ-ストロースは自然と文化の境界線をこの分 節言論の有無に求めていますが、文字言語による世代間コミュニケーションが可能になっ たことを含めて、人間文化の連続性が言静活動によって保持されていることは確かです。 四番目は「遊びをするヒト」を意味する「ホモ・ルーデンス」です。これはオランダの 歴史家ホイジンガが1938年に刊行した同名の著書に由来する概念です。彼は人間活動の本 質を「労働」ではなく「遊び」として捉え、遊びの特徴を日常生活からの離脱、利害に囚 われない自由、限定された時空におけるルールの支配、などの中に見出しました。ホイジ ンガによれば、法律、学問、芸術などの人間文化はすべて遊びを基盤として、遊びの中か ら発生したものなのです。これは「理性」 「道具」 「言語」などを人間の本質と見る合理主 義的、生産主義的な人間観に対する一種のアンチテーゼにはかなりませんでした。実際、 『ホモ・ルーデンス』が書かれたのは、ヨーロッパをファシズムの嵐が覆っていた時期で あり、そこには遊びの精神を失った現代社会に対する批判がこめられていたと言うことが できます。 最後はいささかショッキングな表現ですが、 「錯乱のヒト」を意味する「ホモ・デメンス」 という定義です。これはフランスの哲学者エドガ一・モランが『失われた範列』 (1973年) の中で提起した概念です。彼によれば、人間はもともと自然が与えてくれた本能を超えた 「過剰性」をもっており、それが想像、幻想、不安、錯誤、無秩序などの過剰な要素を生 み出すもととなっており、そのため理性とともに狂気をはらんだ存在となった、というこ とです。日本では言語学者の丸山重三郎がこの概念を取り上げ、人間は音詩を基盤とする 非自然的な「言分け構造」を獲得することによって、自然的本能に基づいた「身分け構造」 の歯車が狂い出し、ホモ・デメンス化した、という独自の解釈を与えています。 以上、幾つかの「人間の定義」を見てきましたが、言語をコミュニケーションの「道具」 として捉え、 「遊び」をコミュニケーションの一形態と考えれば、その大半がコミュニケー ションの能力を人間の本質として捉えていることがわかります。 「人間」という言葉を「人 と人との間」と解釈すれば、その「間」をつなぐものがコミュニケーションの活動である ことは言うまでもありません。次にはそれを「シンボル」の使用という観点から考察して

(17)

おきたいと思います。

2-2.シンボルの宇宙

ドイツの哲学者カッシーラーは『人間(An Essay on Man)』 (1944年)という著作の中

で、従来の「理性的動物(animal rationale)」に代えて「シンボルを操る動物(animal symbolicum)」という新たな人間の定義を提案しました。ここでいう「シンボル」には、言 語はもちろんのこと、芸術作品、神話的形象,宗教的観念、科学理論など広義の記号活動 がすべて含まれています。彼がこのような提案を行った背景には、当時の思想的混乱状態 がありました。 19世紀後半れら20世紀前半にかけて、哲学・思想の領域では「人間とは 何か」という問いに対して、ニーチェは「力への意志」を、マルクスは「経済活動」を、 フロイトは「性的本能」と「無意識」をそれぞれ本質規定として掲げるなど、さまざまな 学説が入り乱れて思想的無政府状態を呈しておりました。しかし、それらのいずれもが人 間の一面をグロテスクに拡大したものにすぎず、統一的な人間像を形作るには至りません でした。 他面でこの時期は、ダーウィンの進化論をはじめ、生物学、生理学、心理学、人類学な どが飛躍的に発展し、生物体としての人間に関する科学的知見が驚くほど集積された時代 です。けれども、科学的知見が深まるほど、人間は次第にその独自性を失い、一方では動 物との、他方では機械との連続性が際立つことになりました。科学の成果を背景に社会進 化論や自然科学的唯物論が唱道されるのもこの頃のことです。このように科学的人間像と 哲学的人間像は分裂したまま橋渡しができず、 20世紀半ばには、二度にわたる世界大戦の 悲惨を目の当たりにしたことも加わって、人間の自己認識は一種のアイデンティティ・ク ライシスに陥っていたと言うことができます。 このような危機的状況のもとで、カッシーラーは人間文化を統一的に理解する鍵を「シ ンボル」という概念に求めました。その際に彼が手がかりとしたのは、ユクスキュルの環 境生物学でした。いわばカッシーラーは、一方で人間と動物の連続性を認めながらも、環 境との特異な関わり方の中に人間の独自性を見ようとしたわけです。ユクスキュルによれ ば、動物はその解剖学的構造に応じて、それぞれの「種」に特有の感受系と反応系をもっ ており、環境との間に独自の「機能的円環」を形作っています。環境との相互作用を行う この感受系と反応系の歯車がぴったりと噛み合うことによって、個々の動物種はそれぞれ 固有の「世界」をもつわけです。 ところが人間の場合には、この機能的円墳が量的のみならず質的変化をこうむっており、 感受系と反応系の間に「シンボリック・システム」とでも呼ぶべきものが介在しています。 そのため、外界の刺激に直接的な反応を行う動物とは異なり、人間は複雑な思考過程を介 して反応を制御することができます。つまり、人間にとっての環境は単なる「自然的世界」 ではなく、シンボルによって媒介された「人間的世界」だということです。それをカッシ ーラーは「人間は、ただ物理的宇宙ではなく、シンボルの宇宙に住んでいる。言語、神話、

(18)

芸術、および宗教は、この宇宙の部分をなすものである」 (1)と表現しています。 もちろん動物もまた、仲間どうしで合図を送るなどさまざまな記号活動を行っています。 しかし、動物が使っているのは「シグナル」であって「シンボル」ではありません。シグ ナルの典型例は条件反射に見るととができます。ベルの音が犬にとって食事の合図となる といった事例です。この場合、ベルの音は食事という特定の対象と結びついています。そ れに対して、人間は同じベルの音を食事のみならず起床、来客、授業開始の合図などさま ざまな目的に応じて使い分けることができますし、また音楽の一部として鑑賞することす らできます。シグナルの働きが個別的、実体的であるのに対し、シンボルは普遍的、機能 的、汎用的、規約的といフた特徴をもっています。カッシーラTは両者の違いを「シグナ ールは物理的な『存在』の世界の一部であり、シンボルは人間的な『意味』の世界の一部で ある。シグナルはオペレイタ- (操作者)であり、シンボルはデジグネイタ- (指示者) である」 (2)と対比しています。言い換えれば、シグナルは生物学的必要や実際的関心と 密接に結びついていますが、シンボルはそれらから切り離され新たな意味を創造する自 由度を獲得しているといえます。 もう一つ、シンボルの重要な特徴は、その自由度がシンボルについてのシンボル、すな わちメタ・シンボルの使用を可能にしていることです。これは言葉について顕著に見られ る機能であり、 「メタ音詩」と呼ばれていることは御承知の通りです。メタ言語の使用は関 係的思考や抽象的思考を発達させるとともに、真偽概念を成立させ、相手の言表内容を指 示することによってコミュニケーションを一挙に多様化させます。いわば「メタ・コミュ ニケーション」が可能になるわけです。それゆえ、シグナルによるコミニュケ-ションの 単調さに比べて、シンボルによるコミニュケ-ションはその複雑性の度合いが異なります。 その意味で、カッシーラーのいう「シンボルの宇宙」を「シンボルを媒介にしたコミニュ ケ-ション・ネットワーク」と解釈した上で、われわれは「シンボルを操る動物」を「メ タ・コミュニケーションを行う動物」と呼ぶことができるかもしれません。 3.コミュニケーションの存在論 3-1.通信理論モデル これまで「コミュニケーション(comunication)」という概念を自明のものとして使っ てきましたが、この言葉は英語のcommon、遡ればラテン語のcommunisに由来しており、 これらはいずれも「共通の」 「共有の」 「公共の」といった意味をもっています。つまり、 コミュニケーションとは、情報を多くの人の間で共有することにはかなりません。これを 先のシンボルと関係づければ、コミュニケーションとは「シンボル(身振り、音声、文字、 画像など)を媒介にして情報(知識、感情、意志など)を共有する人間の相互行為」のこ とだと言えるでしょう。 コミュニケーションの構造を解明するにはさまざまなアプローチがありますが、その本 質が情報の伝達にあることから、コミュニケーション理論は情報通信理論の分野で著しい

(19)

発達をとげました。そこで考察の出発点となっているのは,クロード・シャノンによって 提唱された「通信理論モデル」と呼ばれるものです。以下はそれをごく簡略化した図式で す。 [通信理論モデル:シャノン-ウイ-バー図式] メッセージ(†ノイズ) 発信者(信号化)一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一受信者(解読) コード ′ このモデルによれば、発信者と受信者は同一のコードを共有し,そのコードに従って発 信者はメッセージを表現し、その受信者はメッセージを解読します。その際、通信経路に はノイズが発生しますので、発信されたメッセージと受信されたメッセージの間にはエラ ーが生じます。このノイズの影響を極力排除してメッセージが伝達され、発信者の表現と 受信者の理解が一致すれば、コミュニケーションは成功したことになります。 シャノンはこのノイズを取り除く方法を「通信符号化定理」として定式化しましたが、 そこで考察されているのは当のメッセージに関与的なノイズだけですし、理論上はともか く現実にノイズをゼロにすることは技術的に不可能です。また最近では、秩序形成に果た すノイズの役割を積極的に評価する「オーダー・フロム・ノイズ論」なども提唱されてい ます。いずれにせよ、人間どうしの社会的コミュニケーションにおいては、ノイズを完全 に消去することはできませんし、その構造も共通のコードが存在しない異文化理解のよう な場面もあるわけですから、 「通信理論モデル」で表現できるような単純なものではありま せん。 その点について社会学者の正村俊之は「このようなコミュニケーション観は、通信理論 としては妥当であるが、社会的コミュニケーションの理論としては不十分である。という のも、コミュニケーションは、送り手と受け手がコードを共有すれば自動的に成立する機 械的な過程ではないからである。社会的コミュニケーションを理解するためには、少なく とも『コンテクスト依存伽と『受け手の能動的理知という要因を考慮に入れる必要が ある」 (3)と指摘しています。この示唆にしたがって、次には社会的コミュニケーション の構造について考えてみます。 3-2.社会的コミュニケーション 当たり前のことですが、メッセージは一定の時と場所において発信されます。したがっ て、メッセージの理解は言語的コードのみならず「コンテクスト」によっても制約されて います。ここでいうコンテクストには物理的環境(建物、部屋など)とともに社会的環境 (社会関係、社会慣習、社会的コードなど)が含まれます。コンテクストを無視すれば、 国技館で「プレーボール」を宣言したり、結婚式の祝辞で自分の離婚体験を披渡したりと

(20)

いった「場違い」な発言にならざるをえません。 「プレーボール」というメッセージが意味 をもつのは、あらかじめ参加者たちによって野球の試合というコンテクストが理解されて いるからです。その意味で、コンテクストの理解はメッセージの理解に先行し、それを支 えています。コンテクストの理解を欠いた野暮な人には「しゃれが通じない」ゆえんです。 逆に、 「プレーボール」というメッセージは野球の試合を正式に成立させ、 「セーフ」や 「アウト」といったメッセージが意味をなす新たなコンテクストを形作ります。結婚式の 宣誓によって夫婦関係が成立したり、開会宣言によって会議という場が設定されるのも同 じことです。この場合には、メッセージがコンテクストに先行し、それを形成しています。 このように、メッセージと3,ンテクストとは相互依存の関係にあります。この点について 正村は「状況的コンテクストは、コミニュケ-ションにとっては、自己を成立させる『場』 として存在するので、コミニュケ-ションは、自らの成立に必要な場を自ら生産すること によって自らを成立させている。それゆえ、コミニュケ-ションと状況コンテクストの間 には循環的な回路が形成されている。人間のコミニュケ-ションは、本質的に状況的コン テクストを生産しながら自らを生産するという自己準拠的な過程をなしている」 (4)と述 べ、それを「解釈学的循環」の過程になぞらえています。 解釈学的循環とは神学者のシュライエルマッハ-がテクスト解釈の基本原理として定式 化した方法論ですが、 「部分は全体から理解されねばならず、全体は部分から理解されねば ならない」という循環関係を意味します。文字で書かれたテクストを読む場合、われわれ は一語一語を順序よくたどりながら、部分から全体へ向かって理解を進めます。しかし、 一語の意味を理解するためには、その請が埋め込まれている文の文脈を理解する必要があ ります。文の意味を理解するには、それが置かれている段落、節、章、さらにはテクスト 全体の理解が要求されます。つまり、部分の理解は全体の理解を前提し、理解は全体から 部分へと進行していきます。ところが、全体的文脈の理解は、やはりそれを構成する個々 の南句の理解から始めるほかはありません。こうして理解の過程は否応なく循環の中に巻 き込まれていきます。 しかし、これは論理的循環とは異なり、悪循環ではありません。ここでは全体と部分の 間の往復運動が、理解を深化させる確実なステップとなっているのです。先に見たように、 メッセージとコンテクストの間の関係にも、ちょうど同じような部分と全体の循環構造が 存在します。そしてこの循環こそが、コミニュケ-ションの基盤をなすものです。こうし た循環構造を通じて、送り手の表現と受け手の理解は次第に共通の了解点へと収赦してい きます。それでも、両者が完全に一致することはありえません。ノイズが介在することも 一因ですが、送り手が自分の「意図」を受け手に完壁に伝えようとすれば、理解の循環構 造がある以上、メッセージのみならずコンテクストをも隅々まで規定する必要があります。 そのようなことは不可能ですし、また必要でもありません。コミニュケ-ションの場では、 メッセージの不完全さを補う「受け手の能動的理解」がたえず働いているからです。その 意味で、受け手は常に送り手のメッセージを過剰にあるいは過小に理解する存在であり、

(21)

送り手はその理解をコントロールすることはできません。 たとえば「昔々ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山に柴刈り に、お婆さんは川に洗濯に行きました」という『桃太郎』の冒頭部分を一つのメッセージ として取り上げてみましょう。受け車はこの物語が展開される時間と場所を明示的情報と しては与えられていません。しかし、 「山に柴刈り」や「川に洗濯」というメッセージから、 電気もガスも洗濯機もない古い時代であることを理解するでしょう。また、山や川が近く にあることから、都会ではなく自然に囲まれた部びた山村であることをも理解するに違い ありません。さらに、柴刈りや洗濯ができるのだから,お爺さんもお婆さんも足腰はしっ かりしており、せいぜい60代か70代と考えることもできます。このように、受け手は限 られたメッセージを能動的に理解することによって、送り手の意図を再構成しつつ理解し ます。 逆に言えば、伝達したい情報をすべて明示的に表現した完壁なメッセージというものは ありえません。それが膨大なものとなることは別にしても、たとえ完壁なメッセージがあ ったとしても、それが置かれるコンテクストに応じて意味は変化せざるをえず、その意味 のゆらぎは受け手の能動的理解に任せるほかはないからです。したがって、メッセージは 常に受け手によって補填されるべき「空自箇所」を抱え込んでいます。現象学者のインガ ルデンはこれを「無規定箇所」と呼びましたが、理解とはこの無規定箇所を充填する作業 だと言ってもいいほどです。こう考えれば、コミュニケーションは送り手から受け手へメ ッセージが一方向的に流れるだけのものではありませんし、また受け手はメッセージをそ のまま受け取るだけの受動的存在ではありません。 そのことを最もよく表しているのは「間接的言語行為」と呼ばれるコミュニケーション のあり方です。英帝ではよく''canyou - ・rや-'willyou - ・?"という疑問文の 形式で依頼や要求の意味を表現します。これを文字どおりの疑問文と理解してしまえば、 コミュニケーションは成立しません。たとえば「棚の上の本に手が届きますか?」という 疑問文は、 「(あなたは背が高いので)棚の上の本を取って下さい」という依頼の意味をも ちます。これに対して「もちろん届きます」と手を伸ばしてみせるだけでは、送り手の意 図は実現しません。受け手はこの疑問文をコンテクストの磁場の中に置き、そこから「依 頼」という意図を能動的に汲み取らねばなりません。送り手が意図した皮肉や酒落がしば しば通じないのは、受け手がその能動的理解に失敗しているからです。逆に、送り手は通 常、コンテクストを考慮し、受け手の能動的理解を期待してメッセージを発します。この 送り手と受け事の間の双方向の作用が、円滑なコミュニケーションを可能ならしめます。 その意味で、コミニュケ-ションとは送り手と受け手の共同作業だと言うことができます。 もう一度正村の言葉を借りるならば、 「状況的コンテクストと受け手の能動的理解という二 つの要因こそ、機械通信にはみられないコミュニケーションの特性を生み出す源泉」 (5)な のです。

(22)

3-3.コミュニケーションの規 コミュニケーションとは送り手と受け事の共同作業だと言いましたが、この共同作業が 成功するためには、送り手と受け手が一定のルールにしたがって行動する必要があります。 当たり前のことですが、 「質問了には答えるのが礼儀であるとか、 「約束」には履行する義 務が伴う、といったことです。この送り手と受け手が相互理解を目指すために共有する暗 黙の規範のことを、社会哲学者のハーバーマスは、コミニュケ-ション行為における「妥 当性要求」と呼んでいます(6)。特に言辞的コミュニケーションの場合には、それぞれの 場面に応じて以下のような4つの妥当性要求が掲げられそれを互いに承認することが求 められています。 ′ ・理解可能性の要求(文法的正しさ) ・真理性の要求(命題と事態の一致) ・正当性の要求(対人関係の正当さ) ・誠実性の要求(意図の真正さ) まず「理解可能性」の要求とは、送り手の発するメッセージ(文)が文法に従って正し く形作られており、受け手に理解可能であることを求めるものです。 「形成規則」の遵守の 要求といってもかまいません。これは相互理解を目的とする以上当然すぎる要求ですが、 前衛的な文学作品の場合には、このルールを意図的に破ることによって文学的効果を狙う ことも行われます。 次の「真理性」の要求は、報告や主張を目的とするコミニュケ-ションにおいて求めら れるものです。教室での講義や学会での研究発表の場面を考えればよいでしょう。そうし た場合には、送り手のメッセージ(文)が事実と一致していることが求められます。受け 手がメッセージを理解したとしても、それが虚偽の報告や主張であれば、コミュニケーシ ョンは成立しないからです。 三番目の「正当性」の要求は、コミュニケーションの場における対人関係が正当である ことを求めるものです。たとえば、会社で部下が上司に向かって命令をしたり、会議で議 長の許可をえずに発言することは、通常は正当な行為とは認められておりません。その昔、 哲学者の西田幾多郎に対して学生が教科書が面白くないので別のものに変えてほしいと要 求したところ、西田は「この無礼者めが!」と一喝したそうです。当時は学生の教師に対 する要求は正当なものと認められていなかったことを示すエピソードですが、現在では学 生による授業評価もありますので、正当な要求と認められる余地は十分にあります。この ように「正当性」の概念は社会関係や時代状況に応じて変化しますが、正当性の要求が満 たされなければコミュニケーションは失敗に終わり、送り手の意図は実現されません。 最後の「誠実性」の要求は、送り手の意図が本気であり偽りのないことを要求するもの です。たとえば、本気で信じていないことを受け手に向かって主張したり、履行するつも

(23)

りがないのに約束をしたりすることは、誠実性の要求に違反しています。この誠実性の要 求は余りにも当然のことなので、表だって議論されることはありませんが、コミュニケー ションが相互理解を目指すものである限り,常に前提されねばならない事柄です。 コミュニケーションの成功とは、これら4つの妥当性要求が送り手と受け手の間で相互 に承認されることを意味します。しかし、現実のコミュニケーションにおいては、しばし ばこれらの妥当性要求が疑問視される事態が生じます。送り手の発言の「真理性」が疑わ れたり、送り手の発言の受け手に対する「正当性」が問題視されたりする場合です。ハー バーマスによれば、そのような場面では、暗黙のうちに前提されていた妥当性要求そのも のが「討議(Diskurs)」にかけられ、真理性や正当性が再吟味されることになります(7)。 これまで通用してきた規則や規範を改訂したり新たに設定し直すための議論がそれに当た ります。これは一種の「メタ・コミニュケ-ション」ですが、コミニュケ-ションのあり 方それ自体についての討議が可能であることが、動物のコミニュケ-ションには見られな い人間のコミニュケ-ションの特色だと言えます。 対象レベルのみならずメタ・レベルのコミニュケ-ションを行いうることは人間のコミ ニュケ-ション能力の顕著な特徴ですが、この二つのレベルを混同することは、コミニュ ケ-ションにさまざまな混乱を引き起こします。よく知られているのは、あるクレタ人が 「すべてのクレタ人は嘘つきだ」と言ったという新約聖書の記述に基づく「嘘つきのパラ ドックス」と呼ばれるものです。論理学者のラッセルは集合論の基礎に見出された類似の パラドックスを回避するために、言南に階層的構造を導入し、それぞれの階型(タイプ) の間での越境を禁止する「階型理論」を提案しました。もちろん、これは論理学の観点か らは正当なことですが、日常のコミニュケ-ションでは、むしろ階型の意図的な混同が漸 落や地口などの豊かな言語表現を生み出すきっかけともなります。 一時期、自分の発言の後に「なんちゃって」という言葉を付け加えることが流行しまし たが、これなどはメッセージをメタ・メッセージで否定してみせることで自分の主張を相 対化して笑いを誘う、階型の混同の一例です。もっと深刻な事例としては、大事なワイン グラスを割った子どもに対して、母親が「いいのよ気にしなくて」と言いながら、表情は 怒りに震えているといった場合が考えられます。この場合、子どもは言葉のメッセージが 本当なのか、表情が発しているメタ・メッセージが本当なのかに戸惑い、母親の真意を測 りかねて混乱に陥ります。このような状況を人類学者のベイトソンは「ダブル・バインド (二重拘束)」状態と呼びました。つまり、メッセージとそれを否定するメタ・メッセージ の間で引き裂かれ行動不能の状態になることです。ベイトソンは,幼児期にこのような ダブル・バインド状態が繰り返されると病的な行動が発生し、やがて精神分裂病の症状を 呈する、と考えました。これは極端な例ですが、人間に特有のメタ・レベルのコミニュケ -ション嘩力が、人間の「心」のあり方と密接な関係をもつことは注目されてよいことだ と思われます。

(24)

4.メディアの変貌 これまで人間の社会的コミニュケ-ションをめぐって、主にその構造的側面から解明を 進めてきましたが、以下ではその歴史的側面に光を当てて、コミニュケ-ション・メディ アの発達と変遷が人間や社会のあり方にどのような影響を及ぼしてきたのかを考察してい きたいと思います。 4-1.口承メディアから文字メディアへ 人類の歴史の中で最初に出現したコミニュケ-ション・メディアは、もちろん身振り、 表情、叫び声などの身体言辞でしょうが、先に述べた「二重分節性」を備えた音声言静が 成立することによって、人間のコミニュケ-ション能力は飛躍的に増大します。しかし、 音声の届く範囲は限られておりますので、同世代のコミニュケ-ションには有効でも、知 識の伝達のような世代間コミニュケ-ションには向きません。確かに「口承」という形で も知識の継承は可能ですが、口伝えの内容にはゆらぎが伴いますし、文字に比べればどう しても不正確さを免れません。 文字の発明は人類史上の大事件でしたが、シュメール人が横形文字を作り出したのは紀 元前3500年前頃のことと言われています。セム族がアルファベットを使いだしたのは、さ らに下って紀元前1500年頃のことです。文字メディアが出現することによって、人間は「共 時的コミニュケ-ション」のみならず「通時的コミニュケ-ション」の有力な手段を獲得 しました。つまり、知識の伝達において、時間の腐食に耐えうる正確で永続性のあるメデ ィアを手に入れたわけです。文字表現によって、コミニュケ-ションの伝達範囲は時間的・ 空間的に一挙に拡大しました。これは一種の文化革命といってもよいほどの出来事でした。 その文化革命のありさまを古代ギリシアの哲学、とりわけプラトンの主著『国家』の中 に読み取ったのは、古典学者のハヴロックでした。御存じのように、プラトンの咽家』 は理想的な政治形態を論じた政治哲学の書物です。しかし、その最後の部分で、プラトン はなぜか国家論ではなく「詩人追放論」、つまり詩人を理想国家から追放すべきことを論じ ていますoなぜ結論部の重要な箇所でプラトンが詩人追放論を展開しているのかは、これ まで謎とされてきたのですが、そこに「口承メディア」から「文字メディア」への転換と いうメッセージを読み取ったのがハヴロックの著作『プラトン序説』だったわけです。 もちろん「詩人」といっても、現代のように、孤独のうちに内面を見つめて書斎で詩を 書く人のことではありません。ギリシア時代の詩人は吟遊詩人であり、各地を遍歴しなが らホメロスの叙事詩などを語り歩く一種のパフォーマーでした。ですから、彼らは声だけ でなく楽器を奏で、身振り手振りを交えながら詩を吟じる総合芸術家でもあったわけです。 日本では「平家物静」を語り歩いた琵琶法師がそれに近い存在と言えます。重要なことは、 吟遊詩人たちは単なる芸術家にとどまらず、伝承されてきた習俗、規律、道徳、価値観な どを人々に伝える「人生の教師」としての役割をも果たしていたということです。それで は、なぜプラトンは彼らを理想国家から追放しようとしたのでしょうか。

(25)

プラトン哲学といえば「イデア論」ですが、彼にとって哲学の目標は「善のイデア」を 認識することにありました。感覚によって捉えられる番硬の花はやがて色や匂いを失って 枯れ萎みますが、理性によって捉えられる番硬の花の「イデア」は不生不滅であり枯れ萎 むことはありません。 「イデア」は英語の「アイディア(観念)」の語源でもありますので、 それを蓄夜の花の「観念」といってもかまいません。プラトンにとっては、感覚的事物は イデアの影像にすぎず、イデアこそが「真の存在」でした。それからすると、韻律をもっ て語り、感覚に訴えかける吟遊詩人たちの伝達方法は、プラトンの目にはイデアの認識を 阻害するものと映ったわけです。 それゆえ彼は「ホメロスをはじめとしてすべての詩人たちは、人間の徳に似せた影像(エ イド-ラ)を描写するだけの人々であって、真実(エピステーメー)そのものには決して 触れていないのだ」 (8)と述べておりますし、また「影像を作る人、すなわち物を真似る 人は、われわれの主張では、あるもの(存在するもの)については何も知らず、見えるも のについて知っているだけである」 (9)と批判しています。 「あるもの」とは真の存在であ るイデア、 「見えるもの」とは感覚的事物のことですから、プラトンの批判はここで、吟遊 詩人たちが物事の本質を見ずに現象だけを感覚的に捉えていることに向けられています。 ハヴロックによれば、これは口承メディアに基づいた思考習慣ないしは精神的態度に対す る全面的な否定を意味するものでした。それに対してプラトンは、目には見えない本質の 存在を主張し、思考の抽象化を押し進めたわけです。その意味で、感覚を離れてイデアを 把握するような抽象的思考を可能にしたものこそ、文字という新たなメディアにはかなり ませんでした。 4-2.写本メディアから活字メディアへ 文字メディアは知識の世代間継承を確実に推進していきましたが、古代や中世において は、その伝達はパピルスや羊皮紙の写本という形態で行われておりました。写本にはそれ を写し取る人の書体に個性が現れますし、また大量生産はできません。写し間違いも起こ ります。しかも,当時の書物は音読されるのが普通であり、黙読の習慣が始まったのは近 代以降のことだと言われています。このように書体や音読をも含めて、写本メディアは人 間の身体性と密接に結びついており、いまだ口承メディアの尻尾を引きずっていたと言う ことができます。 そうしたつながりを断ち切ったのは活字メディアの出現でした。グーテンベルクが活版 印刷機を発明したのは15世紀半ば、 1440年頃のこととです。写本の個性的な文字とは違 い、活字ではAならAという文字がまったく同じ形に印刷されるわけですから均質性があ ります。また、活字印刷では文字が一列に均等に配列されて線条的(linear)な秩序を形 作り、そこに人間の感情や意志の入り込む余地を与えません。さらに近代にいたって、音 読や朗読の習慣が廃れて黙読の習慣が確立されますと、活字メディアはますます人間の具 体的な身体性から切り離され、純粋に「意味」のみを伝える透明な媒体となります。しか

参照

関連したドキュメント

[文献] Ballarino, Gabriele and Fabrizio Bernardi, 2016, “The Intergenerational Transmission of Inequality and Education in Fourteen Countries: A Comparison,” Fabrizio Bernardi

(4S) Package ID Vendor ID and packing list number (K) Transit ID Customer's purchase order number (P) Customer Prod ID Customer Part Number. (1P)

社会システムの変革 ……… P56 政策11 区市町村との連携強化 ……… P57 政策12 都庁の率先行動 ……… P57 政策13 世界諸都市等との連携強化 ……… P58

1951 1953 1954 1954 1955年頃 1957 1957 1959 1960 1961 1964 1965 1966 1967 1967 1969 1970 1973年頃 1973 1978 1979 1981 1983 1985年頃 1986 1986 1993年頃 1993年頃 1994 1996 1997

大気と海の間の熱の

※化管法 PRTR の届出様式では、 「イ 下水道への移動」と「ロ 当該事業所の外への移動(イ以 外)

ヘーゲル「法の哲学」 における刑罰理論の基礎