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コモンセンスに基づく人工知能研究

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Academic year: 2021

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1.は じ め に

どんな動物もあなたよりずっと多くを知っている ──ネズ・パース族の格言 [ロウ 01] ダーウィンは,人間がチンパンジーをはじめとする他 の高等動物と決定的に異なる特徴は何か? という問い に対し,あらゆる種の個体は成長に伴って思考を発達さ せるが,人間ほど成長の過程で飛躍的に思考力を進歩さ せる種は他にない,と述べている [Darwin 1871].人が もつ「コモンセンス」を考えるとき,生得的な知識はも ちろん,後天的な知識をいつどのように獲得するかとい うのは,最も本質的な問いの一つである. 「万能マシン」で知られるチューリングは,コンピュー タが存在しない時代に,ユーモアや愛がわかるコン ピュータの設計を考えていた [Turing 50].チューリン グマシンの本質は,ほかのマシンの記述を蓄積できると ころであり,この特徴は,コンピュータプログラムその ものである.この考えによれば,「コモンセンス」をもっ たコンピュータには,たくさんの小さな「プログラム」 が蓄積されているはずである. 本稿では,コモンセンスを搭載した AI システムを構 築するには,どのようなプログラムをどのように蓄積す るとよいのか? について考えてみたい.

2.現状の AI に何が足りないのか?

Kurzweilのシンギュラリティをはじめ AI の今後に関 する言説は枚挙にいとまがないが,Microsoft・ナデラ CEOは,人間の「代替」ではなく「能力拡張」に向け た AI 開発原則を掲げ,人間には「共感力」,「教育」,「想 像力」,「責任」が求められると主張している [Nadella 17].Watson の IBM も,AI は人間の能力を補完し,人 間と共存するものと位置付け,「常識」に加えて「倫理観」 の重要性を指摘している [IBM 17].DARPA は AI の技 術変革を三つの「波」で表現し,人間が知識を教え込む「第 一の波」を受けて,学習データを使い統計的に示唆を出 すのが現在の「第二の波」.学習データを処理する中で, その根底にある常識やルールを「理解」できるようにな り,領域によっては少ないデータからも学習可能になる のがこれからの「第三の波」としている [DARPA 17]. 人間のコモンセンスを重視し,人間中心視点で人間支援 のための技術を追究する方向にシフトするのは間違いな さそうである. AlphaGoが人知を超え,医療画像認識技術が診断を格 段に効率化するなど,DNN に代表される機械学習技術 の進展が大きな成果をあげた現在.10 年先まで勝ち続 けられる棋士でいるために眼前の勝負にあえて最善手を 使わない羽生永世七冠 [保坂 07] を凌駕する AI や,がん や認知症の診断結果を,当事者を絶望させずに伝え,そ の後の人生を支えられる AI はまだできていない.人間 の深い思考のメカニズムを捉え,利活用する仕組みの研 究開発は今後の重要課題である*1 第三次 AI ブームの中核である(深層学習ベースの) パターン認識技術が,30 年前は AI とは無縁の技術と考 えられていたように,AI 技術の範囲は時代とともに変 化する.そもそも AI 技術は多様で豊かであるのだが, 個々の技術が個別の領域で発展してきており,その関係 が見えにくいという傾向がこれまで強かったように思わ れる.DNN の画像処理分野の成功が,音声処理,言語 処理をはじめあらゆる領域に拡大して大変革をもたらし たのは,AI 研究者が DNN を領域の枠を超えた技術に進 化させた意義が大きいと考えている.その次にくるもの は,DNN のみならず多種多様な AI 技術を適材適所で活 用する流れではないだろうか.

図 1 は,AI の父・Marvin Minsky 博士が 1992 年に 描いた AI 技術の未来予想図 [Minsky 92] である.左上

コモンセンスに基づく人工知能研究

AI Research Based on Commonsense Knowledge

桐山 伸也

静岡大学学術院情報学領域

Shinya Kiriyama College of Informatics, Academic Institute, Shizuoka University. [email protected], http://kirilab.net

Keywords:

commonsense, reflection, panalogy, credit assignment, resourcefulness. 「コモンセンス」

*1 本特集の石山・坂根の記事(pp. 322-329)では,「介護」をは じめとする社会課題の解決のためにビッグデータとコモンセン スを統合した AI 研究の新しいアプローチを提案している.

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から右下に向かう進化軸に対し,現在の AI ブームは, 技術的には右上のセルの一部に偏っている.扱う問題の 種類に応じて多様な技術が活躍の場をもっているのが前 提であり,あらゆる応用場面で大きな効果をもたらす新 技術の創出には,限られた数の事例から抽出した本質的 特徴の学習に基づく推論と,大量データから共通する知 識を取り出し「類推」する知能のモデル化が鍵となると いう示唆は奥が深い. そのような推論を行うプログラムの開発にはどのよ うな知識表現が適しているのだろうか? この問いに対 して,Minsky 博士は以下のような議論を紹介している [Minsky 06]. ・ 数学者:物事を論理で言い表すことが,常に最善 の方法だ. ・ コネクショニスト:違う.論理はあまりにも柔軟 性が低く,〈常識〉的知識を表現できない.代わり にコネクショニストネットワークを使うべきだ. ・ 言語学者:それも違う.コネクショニストネット はさらに柔軟性がない.コネクショニストネット は,実用的な抽象概念に変換するのが難しい数値 的方法で,物事を表現しているのだ.代わりに, 日頃からよく使っている言葉を単純に使ったらど うだろうか──比類なき表現の豊かさをもってい る,言葉を. ・ 概念論者:いや,言葉はあまりにも曖昧すぎる. その代わりに,考えや明確な概念によって意味が 結び付けられる,意味ネットワークを使うべき だ! ・ 統計学者:意味ネットワークがもつリンクはあま りにも明確すぎて,私達が直面する不確定性を表 現できない.だから,確率を利用する必要がある. ・ 数学者:形式化されていない体系は皆あまりにも 制約がないので,それらは自己矛盾してしまう可 能性がある.論理だけが,このような一貫性のな い循環論法から私達を守ることができる.  以上のことは,知識を表現する最も優れた方法 を一つ探し求めても,意味がないことを示してい ついて述べる.

3.内省ができるマシン

人間らしい思考の表現モデルとして Minsky 博士は図 2に示す多階層思考モデルを提案している [Minsky 06]. このモデルによれば,人間の思考は生得的にもつ体温調 節や,飢え,渇き,痛みなどへの反射的な行動を引き起 こす本能的思考から始まる.成長に伴い,体験などによ りやり方を覚えて行動する学習的思考,複数の選択肢を 吟味してから行動する熟考的思考,行動を振り返り別の 行動を取ったときの結果を予測する内省的思考,と新た な思考方法を獲得していく.そして最終的には,自分ら しい行動かどうかを考慮する自己内省的思考,他人にど う評価されるかを気にする自意識的思考を具備し,自己 の価値観や社会的規範に基づく行動をするようになる. これはフロイトの提唱した id・ego・super ego の 3 階 層モデル [Freud 20] の発展形と見ることもできる. Minsky博士は,このモデルを始めとしてコモンセン ス推論プログラムの設計に役立つ膨大な数の理論を提 案しているのだが,ここでは内省的思考のプロセスを シミュレートするプログラムに関係するものに絞って, Minsky理論のごく一部を紹介する*2.内省的思考のプ *2 本特集の Ruuska の記事(pp. 330-336)では Minsky 理論を 別の角度から捉え,思考を切り替えたり失敗から学んだりでき るコモンセンス推論システムの構築について述べている. 図 2 人間の柔軟な思考を表現する多階層思考モデル

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ロセスをプログラムで表現する一つの方法は,図 3 左の ように再帰モデルを導入することである.低次の 2 層は 「反応(Reaction)」であり,これは一層の If-Do モデル で「考える」プロセスである.次の「熟考(Deliverative Thinking)」は,複数の If-Do それぞれの結果に着目し て比較するプロセスが加わり,「考えることについて考 える」と表現できる.ここまでは単純な試行錯誤のレベ ルなので,犬やチンパンジーなど人間以外の高等動物 にも見られる行動である.その次の「内省(Reflective Thinking)」は,成功や失敗の原因を突き止めたり,未 来を予測したりなど他の動物には見られない高次の思考 である.失敗を悔やんで一念発起し成功を収めるような 自己変容や,事故で身体の一部を失ったときの将来の悲 観などは人間ならではの特性といえよう.このような内 省的思考のプロセスは,熟考した結果に対し評価を加え るもので,「考えることについて考えることについて考 える」と形式化できる. ニューウェルとサイモンの一般問題解決器(General Problem Solver)[Newell 63] の基盤となる「差分エン ジン(DE:Difference Engine)」を再帰モデルに用い, 「会議室で冷房をつける」状況を例に内省的思考を表現 したものが図 3 右である.これは,「主人公が(1)室内 温度の上昇で汗をかき,(2)そこで暑いと気付いて服を 脱ぎ,(3)周りを見渡すと同僚も暑そうなので会話で確 認しエアコンをつける」という場面であり,(1)が反応, (2)が熟考,(3)が内省の層に対応している.差分エン ジンは,「現状態」と「目標」の差分を検出し,それを 埋めるのが基本動作であり,差分がなくなるまで目標を 維持し,動作を繰り返すのが特徴である.(1)で温度上 昇に主人公の皮膚のセンサが反応し,汗をかいたことで 暑い状況に気付く.すると(2)で熟考レベルの差分エ ンジンが起動し,「暑さをしのぐ」という目標を設定し て,数ある選択肢の中から会議中という状況で自分にで きる(=自分の支配権が及ぶ)方法を選び,自席から移 動せず手の届く範囲(触覚センサ)でできることとして, 服を脱ぐ行動を実行する.さらに思考レベルが(3)の 内省に上がると,「その場にいる全員が快適になる」と いうより高次の目標を設定し,視覚センサを通して周囲 の様子を観察し,さまざまな仮説を立てては検証し,「み んなも暑いかも知しない」と予測するに至り,全員の意 向を尋ねてエアコンのリモコンを操作する,という行動 を導く*3 図 3 右端の時間軸で示した部分は,この場面における 主人公の思考プロセスの一部を表現したものである.こ のような一連の思考の中では,数多の差分エンジンが多 階層で同時進行で実行される.また,階層的なだけでな く,物事を複数の観点(領域)で捉える思考も同時並行 で働くという点も重要である.先ほどの例では,生体セ ンサが体感に関する心的領域で暑さを捉え,触覚センサ が自分の支配権が及ぶのはどこまでかという観点で手が 届く範囲をチェックし,視覚センサが物理的領域で周囲 の状況を理解するために働いた. このような思考ができるプログラムはどのように書け るであろうか? 差分エンジンの考え方を使うことで, 多階層思考モデルに基づく推論システムの基本設計がで きる可能性は示したが,目標や現状態の表現に用いる知 識構造やインスタンスは,すべての領域について別々に 用意する必要があるのだろうか? この問いは,人間がどうやって問題解決のための知識 を増やしていくかに深く関係している.苦手科目の教科 書で詰め込んだ知識が試験が終わると残らないのは,人 間は領域ごとに個別に用意された知識ベースをそれ単体 で活用できるような記憶の仕方が,あまり得意でないこ *3 この説明のようなナラティブ(語り)に基づく表現では,基 本的には実際に主人公が行動に表出したことや,意識に上って 思考したことしか記述できないことに注意すべきである.例え ば,ある状況で主人公が「しなかった」行動や思考に着目し, その理由を考察することは,そのときの主人公の感情・意図な どの心的状態を捉えるのに役立つ可能性がある.図 3 右端の「パ ナロジー」的思考のモデルは,このような人間の思考の多様性 を部分的に表現できる能力をもつと考えられる. 図 3 内省的思考の表現モデル(左:再帰モデル,右:差分エンジンと「パナロジー」)

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は膨大なデータを抽象化し,少ない典型事例から適用範 囲の広い知識表現を生成し,個別のシーケンシャル処理 ではなく,問題のさまざまな特性を多面的に同時並列で 実行検証できる思考フレームワークである.

4.内省的思考に基づく推論システム

本章では,前章で述べた多階層思考モデルの実装例を 紹介する.EM-ONE*4 [Singh 05]は,Minsky 博士の学

生であった Singh*5が開発した,他者との協調作業のよ うな社会性が求められる場面状況における内省的思考の シミュレータである. 図 4 に示すのは,EM-ONE がコモンセンスに基づく 推論のターゲットとしたシナリオであり,その要点を以 下に記す. (1)Green(左)はテーブルを完成させたい.テーブ ルの状況を認識し,不足している足を取り付けるこ とが目標と見定め,試みるが失敗し,何が原因かを 内省する.その結果,自分一人では解決できないこ とに気付く. (2)Green は他者の力を借りるという目標を設定し, Pink(右)がテーブルを支えてくれれば足を取り付 けられる,という共同作業の計画を立てる.その実 行には,Pink と目標を共有することが必要と判断 し,Pink に助けを求めれば Pink が自分の目標を推 測してくれることを期待し,「助けて!」と叫ぶ. (3)Pink は Green の呼掛けに反応し,声を発した Greenのほうを向き近づく. (4)Pink は場の状況を観察し,Green がテーブルの 足をもっていることから,二つの仮説を想定する. すなわち,Green はテーブルを解体しようとしてい るか,組み立てようとしているかのどちらかである. 両者を見極める手掛かりが他にないため,適当に前 者を Green の目標と判断する*6.その結果,テー ブルに付いている足をつかみ取り外そうとする. (5)Green は Pink がテーブルの足を取り外すのを見 て,テーブルの解体を目標としていると気付く.相 手の目標が自分の目標と異なることを認識し,「違 う!」と叫ぶ. (6)Green は Pink が自分の手助けをしてくれてい ない現状を内省し,テーブルの組み立てる目標を Pinkに伝えるため,テーブルに足を取り付けよう とする. (7)Pink は Green の行動で自分の推測が間違ってい たことに気付き,再度 Green の目標を推測する. その結果 Green の目標を理解し,そのための自分 の役割がテーブルを支えることだと認識する. (8)Green は前回失敗したテーブルの底に足をはめ入 れる行動を再度実行し,今回は成功を収める. シミュレータで用いている基本的な知識構造とそれに よるコモンセンス推論のプロセスを極めて単純化して示 したものが図 5 である.四つの知識データベースを組み 合わせ,未達成の目標を達成する方策を,内省(refl ective)・ 熟考(deliverative)・反応(reactive)の 3 段階の思考 で計画実行する枠組みである.文献 [Singh 05] は Singh の博士学位論文であり,各データベースの詳細構造はも ちろん,推論の仕組みについても詳説されている.本図 で説明しているのは,上記のシナリオの冒頭で Green がテーブルの状況を認識する場面の一コマである. 図 4 EM-ONE による内省的思考のシミュレーション

*4 Emotion Machine ONE の略称で,Minsky 博士のコモンセン ス研究の集大成である“The Emotion Machine [Minsky 06]” の理論に基づくコモンセンス推論システムという位置付けであ る.

*5 Push Singh 氏は,Minsky 博士から最も優秀な弟子と評され る人物であるが,2006 年に 34 歳で急逝.著者も日本とボスト ンで氏とコモンセンス研究を議論したが,聡明で鋭い指摘に圧 倒される一方,思慮豊かな温和な人柄で筆者が最も尊敬する人 物の一人である.氏が存命ならこの 10 年でコモンセンス研究 の情勢は一変していたはずであり,早世が悔やみきれない. *6 もちろん,この曖昧性解消のために Green に真意を問いただ すなどの目標を設定することも可能である.しかしながら,フ レーム問題をもち出すまでもなく,はじめからすべての可能性 を洗い出し知識データベースに登録しておくことは困難である. 知識が不足していて臨機応変な振舞いが求められる状況は,人 間の柔軟な思考のメカニズムを捉える格好の題材である.

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相手の意図を推察しながらコミュニケートする状況で の思考プロセスを考えるうえで,図 4 のシナリオは,こ れだけでヒントの宝庫であるが,その中でも一番の見ど ころは,6 のステップであろう.ここでの「内省」は極 めて重要な要素を含んでいる.EM-ONE で実際に用い られているこの場面の冒頭の「内省的思考」のプログラ ム表現を図 6 に示す.これは,Green が Pink に適切に 目標を伝えることができていない現状を踏まえ,その原 因は何だったのか? について内省すること,そしてそ の結果を相手に伝えること,が今すべきことであると見 定める,というプロセスである. ここで誤解の原因を追究する内省は,《起因の特定 (credit assignment)*7》と呼ばれ注目に値する.図 7は,そのプロセスを表すプログラムである.現状態 (Conditions)と直近の内省の履歴(Reflections)を手 掛かりに,語り知識ベース(Narratives)を参照して仮 説(Hypotheses)を生成,相手(Pink)が自分(Green) の目標を推測するのに不足している情報を見極め,相手 が自分がテーブルに足を取り付けようと試みていた場面 を見ていないことが誤解の原因と突き止める.その結果, テーブルの組立てが自分の目標だと伝える行動を起こす のである.  子供が試験に合格するために学習をしても, そのスキルを他の物事に全く応用しないとき, どの教師もフラストレーションを感じている. 一部の子供が知識をほかのさまざまな領域へ 《転移》することにおいて秀でているのは,何 の仕業だろうか? またその一方で,その他の 子供は,それぞれの分野で同じ概念を学習し直 す必要があるのは,なぜだろうか?  ある子供のことを《より賢い》と単純に言う のは簡単だ.しかしこれでは,こうした子供達 が自分達の経験をどのように用いて,より役立 つように一般化を行っているのかという疑問を 説明するのには役立たないだろう.理由の一端 としては,一部の子供は,《パナロジー》をつくっ たり用いたりすることにおいて優れているとい うことがあげられる.また,これらの《より賢い》 子供達がより効率的に学習するようになったの は,以下の理由によるものと考えられる.すな わち,自身の学習プロセスがどのように働くか について(おそらく無意識的に)内省すること を学び,これらのプロセスを改良する方法を見 つけたのである.例えば,このような内省によ り,物事のどの側面を学習すべきかについて, より良いアイディアが導かれると考えられる.  学習方法の質が,《起因の特定》の仕方の良 し悪しに大きく左右されることは明らかなよう に思える.《起因の特定》を上手に行えるよう に学習しない人は,学習したことを新しい状況 へ適用するための能力が欠如してしまう可能性 が高いことを意味する.このような適用は,心 理学者が「学習の転移」と呼ぶものである. 前章で,一つの領域の知識を別の領域で活用する「パ ナロジー」について述べたが,《起因の特定》は人間が「パ 図 5 EM-ONE における推論プロセス 図 6 EM-ONE における内省のプログラム例 図 7 EM-ONE における《起因の特定》のプログラム例

*7 credit assignment に対応する概念は日本語になく,[Minsky 06]の訳出に際して,訳者の竹林教授が創造したものである.

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く住空間サービス創出に向けた取組みを紹介する. 筆者らは気の利いた人間支援システムに不可欠なコモ ンセンスのモデル化 [竹林 09] のため,2006 年に「幼児 のコモンセンス知識研究会」を本学会に設立*8した.図 8に示すように,技術の進化と科学の深化の両軸で発展 してきた種々の学問領域の知見を融合し,実世界現場で 役立つ応用の創出がねらいである.このコンセプトのも と,発達段階の子供の行動映像事例を蓄積し,マルチモー ダルセンシング環境で思考の発達を捉えるコーパスベー スの方法論 [桐山 11] を提唱・実践してきた*9 この方法論に基づき,一般的な居住空間を対象にマル チモーダルセンシング環境における状況理解に関する研 究を進めてきた.住空間は同じ人が日常生活を送る場な ので,空間内の人と環境の状況を適切に把握し,おのお のの特性に適応した機器サービスを開発することは,多 様な人々の安心安全で快適な暮らしの実現に役立つ.超 高齢社会に突入し,加齢により身体感覚特性が多様化し ている高齢者向けの住空間人環境適応サービスのニーズ は高まる一方である.この観点から,多様な高齢者の「体 感」の特性に着目し,空調サービスを例にマルチモーダ ルセンシングに基づく心的状況理解の研究を進めている [Kiriyama 14]. 「体感」に着目するメリットはどんなものがあるだろ うか? それを考える一つのヒントが図 9 に見いだせ る.これはボランティアサークルの高齢者達が,活動内 容を打合せする場面である.冬場の室内で,暖房を ON にしているので室内の実温度(赤の折れ線)は上昇して いるのだが,ある一人の体感温度(青の折れ線)は,赤 丸でマークした 2 点間で下降している.二つの画像は, 体感が下降する前後の実際の場面である.はじめは全員 が身を乗り出すほど話が盛り上がっていたのが,あると き話題が途切れ文字どおり「寒い空気」になってしまっ たという状況である.このような「人と環境の状況」の センシングは,設定温度を変えるなどの単純な機器操作 以上の新たなサービスの種になると期待される. 図 10 に示すマルチモーダルセンシング環境を静岡大学 内に設置し,高齢者の実験協力者 6 名を確保し,5 年間 以上にわたって季節ごとに実験を実施し,これまでに 240 時間以上の温度湿度などの環境センサ,心拍などの生体 センサのデータ,空調機器のログデータ,およびタブレッ トによる自己申告の体感入力データを蓄積している. 「体感」に着目した心的状況理解の枠組みは,どのよ うなモデルで設計できるだろうか? 「体感」の特徴を 捉える一つの方法に,体中の感覚器からの入力信号が, 脳内情報処理の過程で統合され,その時点での瞬時値と して認識されるという見方がある.図 11 はこの考え方 に基づいて設計した体感状況理解モデルである.人間の 認知プロセスを感覚器からの入力信号を処理する低次レ ベルと,それらを統合して状況を把握する高次レベルの 2段階処理と捉え,信号処理による特徴抽出結果を,知 識処理により統合して解釈を与え状況理解を行う枠組み である*10 図 8 マルチモーダル行動コーパスに基づくコモンセンスコン ピューティング *8 これは,現在著者が主査を務める「コモンセンス知識と情動 研究会」の前身である.本研究会の進化発展の経緯は,本特集 の石川・竹林の記事(pp. 307-315)の冒頭節を参照されたい. *9 本特集の沢井・石川・桐山の記事で「子どもの行動コーパス」 (pp. 316-321)に関して詳しく述べている. *10 このモデルは,本特集の石川・竹林の記事の 2・2 節で触れ られている Interior grounding 理論と関係が深い.ここでの低 次レベルの処理が A 脳,高次レベルの処理が B 脳にそれぞれ対 応している.

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このモデルに基づいて開発した体感状況理解システム [Kiriyama 16]の基本構成を図 12 に示す.高次の知識処 理のために住空間コモンセンス知識データベースを導入 し,場面状況の推論とそれに基づく問題解決を経て,空 調機器の制御まで一気通貫で行えるシステムとなって いる.コモンセンス知識データベースは,Minsky 博士 と Singh 氏が立ち上げた世界中のコモンセンスを Web で収集し,構造化知識表現でデータベース化する Open Mind Common Sense プロジェクト [Singh 02] の一環で 開発され,住空間に関する知識に特化した Open Mind Indoor Common Sense [Gupta 04]を参考に,空調制御 に必要な知識表現のサブセットを設計し構築した.コモ ンセンス知識構造の一部を図 13 に示す.個人の特性だ けでなく,機器の特性,環境の特性の知識を蓄積しなが ら深化改良できるため,多様な住空間サービスの開発に 横展開できるところが特長である.開発システムを用い て被験者実験を実施し,個人ごとに異なる体感特性に適 応した空調制御の提案が可能であることを実証している [Kiriyama 16]. 現在は,マルチモーダル体感センシングの枠組みを拡 張し,空調に限らず高齢者の生活支援ケア全般の高度化 に向けた検討を精力的に進めており,成果が出てきてい る [桐山 17]*11

6.IoT から人間系まで扱う AI 研究基盤

著者らの静岡大学のチームは,前章で述べたマルチ モーダル行動コーパスの枠組みを発展させ,認知症をは じめ人類未踏の高齢社会の諸問題解決に向け,人間尊重 の情報学の視点で,安心・安全で健康な暮らしと街づく りに貢献できる価値創造研究プラットフォームを構築し ている.医療介護現場の第一人者と協業し,機器から人 間まで関わるあらゆる AI 技術を駆使して,ヘルスケア 知の共創を進めている.少子高齢化とディジタル革命が 加速する状況下で,従来は,医療,看護,介護,療育の 分野や,材料,デバイス,機器システム,住宅など「専門」 に分かれて行われてきた研究開発や事業開発を有機的に 統合し,多様な「個性」をもつ人々の,多様な価値観に 応え,心身の健康と生活の質を高めるのが「マルチモー ダルヘルスケア」のコンセプトである. 本研究基盤の最大の特長は,ヘルスケアに関わるあら ゆる研究分野・実務現場の知を結集・共有し,相互に利 *11 文献 [桐山 17] は,2017 年 5 月の本学会全国大会での発表 であり,全国大会優秀賞を頂戴した. 図 12 マルチモーダル体感状況理解システム 図 11 体感状況理解モデル 図 10 マルチモーダル体感センシング環境 図 13 体感状況理解に基づく空調制御のためのコモンセンス 知識構造

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活用できる仕組みを提供できるところにある.人と環境 の複合センシングデータを機軸に,感情・意図・意識・ 自己・思考などの自然知能の特質を多層多重の構造化知 識表現で捉え,種々のヘルスケア場面における人と人, 人と機器,人と環境のインタラクションの本質的特徴が 抽出できる.それにより,ケアを受ける人の心の状態, 介護者のケアスキル,個々の場面状況における機器やデ バイスの効果性能,衣食住環境が生活に与える影響を包 括的・多面的に評価できる.人工知能,信号処理,パター ン認識,自然言語処理,メディア情報処理,センサ情報 処理,生体情報処理,環境情報処理をはじめとする「マ ルチモーダル AI」をコア技術に,人と環境の状況理解 技術,ヘルスケアの専門家の知を表出する技術,ケアの エビデンスを創る技術,多職種の知をつなぐ技術,学び ポイントの見える化技術に加え,自己と社会を変容させ る技術の研究開発を推進している.「パナロジー」をは じめとする Minsky 理論に基づく構造化知識表現を礎に, おのおののヘルスケア現場で役立つ多様な AI 技術の開 発が主眼である.

7.自然知能の本質は何か?

人間はなぜこれほどまでに柔軟で多様な問題解決が できる知能をもった存在に進化できたのだろうか?  [Minsky 06]の最終節で Minsky 博士は,この問いに三 つの時間軸に基づく考察を与えているが,それに対する 著者の解釈を図 15 に示す. 30億年を超える生物の進化の歴史は,計り知れない 数の生命の誕生と死の蓄積のもとに成り立っており,生 きとし生けるものすべての叡知を凝縮した知能を私達は 引き継いで生まれてくる.これはすべての人間に共通す るコモンセンスである.生まれながらにして多様で過酷 な外界の環境に適応し生き残るための生命維持システム をはじめとする膨大な本能的知識を享受しているわけ で,そのお陰で私達は,生物学的には未熟児の状態で生 まれてくるにも拘らず,多くの場合,外敵に捕食された り気候変動などで餓死したりすることなく,保育者の庇 護のもとで安心安全に成長し子供期に到達できる. 3歳前後まで発達した子供は,自らが属するコミュニ ティがもつ文化的・社会的規範に基づく知識(理想やタ ブー,制約,価値観)により思考を制御するようになる. これは数万年にわたる人類の歴史の産物であり,国や地 域ごとに異なるコモンセンスである. いわゆる「自我」が芽生える頃から,子供の知能は加 速度的に発達する.それは,本能的知能と文化的・社会 的知能の間で,あらゆる思考方法を獲得する過程である. 個々の人間の生涯はたかだか百年前後で,人類の歴史, 生物の進化の歴史から見ればほんの一瞬にすぎないが, その一瞬の中で,極めて多様な個性をもった知能を発達 させる.図 2 の多階層思考モデルは,万人共通のコモン センスと文化圏ごとのコモンセンスに挟まれて醸成され る一人ひとりに固有なコモンセンスを表現している. 私達が当たり前にもっていると考えている「コモンセ ンス」は,30 数億年の生物の歴史が積み上げてきた極 めて貴重な人類の資産なのである.そして,こんなにも 柔軟でしなやかな人間の思考の大部分が,問題を多面的 に表現し同時並行で類推する「パナロジー」である.パ ナロジーに代表される人間の思考の豊かさこそ自然知能 の価値の源であり,高次の思考を表現できるプログラム の研究は,AI の深化発展に大きく寄与すると確信して いる.

8.お わ り に

コモンセンス研究が AI の未来にどう貢献できるかに ついて述べた. 図 14 マルチモーダルヘルスケア研究基盤 図 15 自然知能の進化と発達

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● 深層学習技術を画像処理分野から他のあらゆる分野 に展開したのは,AI 研究者が「類推(アナロジー)」 を有効に活用した結果であるが,あらゆる AI 技術 を同時並列に活躍させる「パナロジー」的発想が, AIのさらなる発展に役立つ. ● パナロジーは,人間の頑健で柔軟な問題解決を可能 とする思考の豊かさの源であり,人間は《起因の特 定》の能力が優れていることが思考を格段に発達さ せることができた起因の一つである. ● パナロジー,《起因の特定》を始めとする自然知能 のモデル化を中核に,IoT ビッグデータの特徴抽出 に基づく意味付けと,高次の人間系のインタラク ション分析を一気通貫で実践可能な研究基盤は,新 たな AI 研究のパラダイムを創出できる. この世の万物が積み上げてきた自然知能に,偉大な先 達たちがさまざま角度から光を当て,多彩な学問が産ま れ深化成長を遂げてきた.人工知能という研究分野は, こうしたあらゆる学問の知をつなぎ科学と技術を両輪で 発展させる推進エンジンである.自然知能の豊かさを心 から愛した Minsky 博士の遺志を継承し,微力ながら私 達の子孫のために貢献したい. 謝 辞 自然知能の探求に基づく人工知能研究という魅力あふ れる研究分野を開拓された故 Maivin Minsky 博士から, コモンセンスという exciting な研究テーマを授かった ことに深謝します.本稿で触れたアイディアの多くは, Minsky博士の理論をもとに,博士の遺志を継ぎ人間中 心の AI 研究を先導されている竹林洋一静岡大学特任教 授との議論が源泉です.Minsky 博士のボストンの自宅 を 5 回以上訪問する機会をいただくなど,竹林教授との 出会いに心から感謝します.

◇ 参 考 文 献 ◇

[DARPA 17] A DARPA: Perspective on Artificial Intelligence (2017/2/15),https://goo.gl/CUiU89(2018/4/6 閲覧) [Darwin 1871] Darwin, C.: The Descent of Man, New York: Simon

and Schuster(1986)

[Freud 20] Freud, S.: A General Introduction to Psychoanalysis, New York: Boni and Liveright(1920)

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著 者 紹 介

桐山 伸也(正会員) 東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程 修了.博士(工学).2002 年静岡大学情報学部助手, 2010年より准教授.人間のように多様で柔軟な問 題解決ができる気の利いた情報システムの開発を目 指し,自然知能の観察に基づく人工知能研究に従事. 子どもの行動観察に基づく人間の常識的思考(コモ ンセンス)の発達モデル構築,高齢者の多様な個性 に適応した住空間デザイン,認知症ケア高度化・ヘルスケア支援のため のマルチモーダルセンシング基盤の開発が主要研究テーマ.本学会第二 種研究会「コモンセンス知識と情動研究会」主査.日本子ども学会理事, みんなの認知症情報学会理事.

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