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63 日本不動産学会誌/Vol.33 No.1・2019.6

 特集 高経年化した分譲マンションの管理【論説】

マンションの大規模修繕と課題

Large-scale repair of condominiums and problems

宮城 秋治  

宮城設計一級建築士事務所 代表

Akiharu MIYAGI MIYAGI architects & engineers representative

いく。当初は住戸面積も40m2程度と小さく水回りも最 小限の設備ではあったが国民のあこがれの住宅として入 居が殺到している。その後は多くの民間事業者が参入し、 マンションの質の向上、住戸面積の拡大、テラスハウス やタワーマンションといった多様性を伴いながら今日ま で供給が続いている。 ③大規模修繕の必要性  このようにわが国の本格的なマンションの供給は50年 ほどで、コンクリート躯体の改修や屋上防水の改修など 本格的な大規模修繕工事の歴史は30年ほどにすぎない。 1 回目の大規模修繕であれば新築当初の姿に戻す美装性 が主体の内容にとどまるが、経年が進むにつれて項目や 範囲が広がって、建築にとどまらずに設備の改修や、旧 耐震基準の建物であれば耐震補強にも取り組まなくては ならなくなる。  本稿では、高経年化したマンションが取り組んだ大規 模修繕と耐震補強の同時施工を紹介することで、今後さ らに増大する高経年マンションストックの適正な維持保 全のあり方と、管理組合や設計事務所や社会が抱える課 題を考察してみたい。

2 .長期修繕計画

①長期修繕計画標準様式ができて10年  マンションを気持ちのいい住まいとして維持していく ために計画的に修繕をおこなっていく。住戸の中は専有 部分なので自分の好きなようにリフォームすればいいが、 外壁や屋根などの共用部分は管理組合として修繕をおこ なうことになる。多くの区分所有者でつくられる管理組 合は、様々な価値観を持った人たちの集まりなので物事 を決めるのに時間がかかる。毎月積み立てている大事な 修繕積立金を使っておこなう修繕なのでなおさら丁寧に 進めていくことになる。その拠り所となるのが長期修繕 計画である。いつ頃にどんな修繕をいくらぐらいかけて  By introducing simultaneous construction of large-scale repair work and aseismatic reinforcement work that a long-aged condominium worked on, the way of proper maintenance and maintenance of a long-term condominium stock that will increase further in the future, management unions, design offices and society Consider the issues facing.

1 .はじめに

①日本のマンションにも100年の歴史がある  わが国において初めての鉄筋コンクリート造の共同住 宅は、1916(大正 5 )年に三菱鉱業が長崎県端島(軍艦 島)に建てた鉱員社宅である。30号棟と称されている鉄 筋コンクリート造の 7 階建ての建物だ。1974年に炭鉱が 閉山した後は放置されたままであるが現存している。市 民のための共同住宅としては、1923年に東京市営アパー トとして東京都江東区古石場に建てられた古石場住宅で ある。食堂と浴場の併設施設もつくられている。同年の 1923年に起きた関東大震災の義援金を基金として財団法 人同潤会が設立され同潤会アパートとして、1926年に中 之郷アパートメント、青山アパートメントから、1934年 の江戸川アパートメントまで東京・横浜の16カ所に耐 震・耐火構造の鉄筋コンクリート造アパートメントが建 設された。  公共分譲マンション第 1 号は1953年の都営宮益坂ア パート、民間分譲マンション第 1 号は1956年の四谷コー ポラスとされている。ここから分譲マンションの歴史が 始まるが、当初は都心のごく限られた高額所得層を対象 とした高いグレードであった。設備仕様はホテルの装備 に匹敵しているものもある。 ②都市部の住宅不足で質よりも量が求められた  第二次世界大戦の戦災復興からの高度経済成長は大都 市部への急激な人口流入を招き、住宅不足、無秩序な宅 地開発のスプロールがわが国の喫緊の課題となった。 1955年に日本住宅公団が設立され、ステンレス製の流し 台や浴室バランス釜など、住宅部品の大量生産と団地形 式による住宅の大量供給が行われ、サラリーマン階層の 住宅が確保されていく。1956年に公団分譲団地として稲 毛住宅が第 1 号として誕生する。1962年に千里ニュータ ウン、1968年に高蔵寺ニュータウン、さらに1971年に多 摩ニュータウンなどの大規模ニュータウンが開発されて

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おこなうのかを計画し、そのために必要な修繕積立金の 金額の根拠にもなっている。  その重要性を鑑みて2008年 6 月に国土交通省は、分譲 マンションに向けて長期修繕計画標準様式と長期修繕計 画作成ガイドライン及び同コメントを策定した。当時で もマンション住まいは重要な居住形態として定着し、マ ンションへの永住思考が高まっていた。共用部分が経年 とともに劣化していくために修繕は欠かせないが、たい へんな費用がかかる。修繕積立金が不足していては、一 時金を集めるなど区分所有者に大きな負担を強いること になるし、修繕が実施できない事態に陥りかねない。そ のようなことにならないように将来の修繕を計画して必 要な費用を割り出して、修繕積立金の額の設定をしてい るものが長期修繕計画である。  しかしながら、当時の長期修繕計画は、新築時はディ ベロッパーごとに様式も項目も費用の算出方法も異なり、 見直しの時でも管理会社や設計事務所ごとにまちまちな ものを作成していた。修繕する項目の内訳や仕様や数量 も示さずに一式いくらというような粗雑なものも少なくな かった。そこで国土交通省は長期修繕計画の標準様式と 考え方を示して、マンション全体の長期修繕計画の水準 を引き上げて、修繕の内容と修繕積立金の設定について 区分所有者の合意形成を行いやすいようにしたのである。 ②長期修繕計画標準様式のポイント  長期修繕計画標準様式の考え方のポイントは次の通り。  ①調査診断をしてから計画をつくる  ②新築は30年間、既存は25年間以上  ③推定修繕項目は中項目で19項目  ④工事費は数量に単価を乗じて算定する  ⑤計画は 5 年程度ごとに見直す ①の調査診断は目視調査などの簡易な方法としているが、 現状の劣化状況を把握して計画に反映すべきとの考えで ある。過去の修繕履歴を調べたり、区分所有者にアン ケート調査をおこなってマンションの将来についてニー ズとグレードを把握することも大切だ。②の計画期間を 新築マンションで30年以上としているのは、給水管や排 水管、エレベーターなど建物のほぼすべての要素が更新 される期間を想定しているからである。既存マンション で25年以上としているのは、修繕周期が12年程度の大規 模修繕工事が 2 回は含まれることを狙いとしている。  ③の中項目で19項目も挙げているのは、サッシや手摺、 消防用設備など重要な修繕項目が抜け落ちている計画が あった背景からだ。マンションごとに装備は違うから漏 れなく項目を洗い出す。タワーマンションなどはこれ以 上のセキュリティー設備や防災設備などを備えているの で項目に加えることになる。調査診断や設計業務、工事 監理業務や長期修繕計画の見直しなどにかかる費用も不 可欠だ。  ④の数量に単価を乗じて算定する工事費は、一式いく らのような漠然とした金額の計上ではなく、仕様を明確 に想定した上で単価を設定することを求めている。どの 程度のグレードで計画されているかを数量と単価で表現 されていれば、次の理事会に引き継がれても考え方が伝 わり、計画の見直しもやりやすくなる。  ⑤の 5 年程度ごとの見直しは、計画はつくって終わり ではないということである。建物や設備は劣化していく。 新しい材料や工法も開発されていく。工事費の変動もあ る。マンションに住んでいる人たちの考え方も変わって くる。様々な変化を酌み取って見直すことで長期修繕計 画は活きたロードマップになっていく。 ③長期修繕計画標準様式の普及  これらの長期修繕計画標準様式の考え方はこの10年間 でずいぶんと世の中のマンションに浸透していった。国 土交通省の平成30年度マンション総合調査によれば、計 画期間が25年以上の長期修繕計画に基づいて修繕積立金 の額を設定していると回答したマンションが53.6%まで 増えている。90.9%ものマンションで長期修繕計画を作 成しており、修繕積立金も月額戸当たり11,243円という 水準だ。管理会社が社内の長期修繕計画を標準様式に準 じて整備し直したことも普及に大きく貢献している。昔 は紙 1 枚の長期修繕計画のようなものがあったが、最近 では見なくなった。 ④長期修繕計画と大規模修繕工事の乖離  しかしながら、気になるデータがある。 2018年 5 月に国土交通省は、マンション大規模修繕工事 の発注等の適正な実施の参考となるよう、大規模修繕工 事の金額、工事内訳及びその設計コンサルタント業務に 関する実態調査を初めて実施し、その内容を公表した。 このなかで「大規模修繕工事の回数と戸当たり工事金額 の関係」を示すデータで、 1 回目の大規模修繕工事の戸 当たり平均金額が100万円/戸に対して、 2 回目が98万 円、 3 回目以上が81万円となっている。本来であれば経 年を追うごとに修繕すべき項目が増えて費用も嵩む。 3 回目以降の大規模修繕工事となれば、サッシや手摺と いった金物工事、給水管や排水管などの設備工事が加 わってきてしかるべきだ。ところが逆に 1 回目より費用 を抑えて大規模修繕工事をおこなっている実態が明らか [図- 1 ] 「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」

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65 日本不動産学会誌/Vol.33 No.1・2019.6 になった。[図- 1 ][図- 2 ][図- 3 ]  区分所有者の高齢化により十分な修繕積立金が蓄えら れていないことも考えられるし、長期修繕計画において 予定されている重要な工事がおこなわれていないことが 心配される。すなわち、理想的な長期修繕計画は普及し たけれども、自分たちのマンションの実態に合っていな くて、計画通りに工事が進められていない恐れがある。  2011年 4 月に国土交通省は「マンションの修繕積立金 に関するガイドライン」を公表した。これは、新築マン ションの購入予定者に対し、修繕積立金に関する基本的 な知識や修繕積立金の額の目安を示し、分譲事業者から 提示された修繕積立金の額の水準についての判断材料を 提供するためのものだ。ここでは、新築時から30年間に 必要な修繕工事費の総額を当該期間で均等に積み立てる 「均等積立方式」による月額として、およそ200円/m2 月という額が示された。実態としてはとてもそこまで積 み立てられていない。また積立方法についても、ディベ ロッパーが新築時に修繕積立金は低く抑えており、経年 とともに段階的に値上げする「段階増額積立方式」が圧 倒的に多い。これから標準様式の考え方は、より現実を 直視して、実効性のある長期修繕計画に変わっていかな くてはならない。

3 .大規模修繕の事例

①くっつけちゃう耐震補強  はじめは管理組合からの大規模修繕の相談だった。前 回の工事から13年が過ぎて 3 回目の大規模修繕に取り組 みたいとのこと。マンションに伺ってみると修繕委員は 女性ばかりで構成されている。まるで下町の長屋のよう にものすごく親密なコミュニティが出来上がっていて、 これなら耐震補強もやり遂げられると感じ、調査診断に 耐震簡易診断を組み込んで、長期修繕計画の見直しから 提案した。目先の大規模修繕だけでなく、耐震補強の必 要性の有無から、将来のマンションにとって優先される べき事項は何なのか。総合的な長期的な視野で検討が進 んでいった。 【建物概要】 【スケジュール】  本件は耐震補強と大規模修繕を融合させた工事で、特 に耐震補強の工法に特徴がある。元々は主棟( 5 階〜 7 階部分とエレベーター・階段部分)と副棟( 3 階部分) にエキスパンションジョイントで分かれた建物で、耐震 診断の結果は、主棟の桁行方向が耐震性NGで副棟は耐 震性OKだった。当初は主棟のアウトフレーム案などを 計画したが補強だけで5000万円以上かかってしまう。バ ルコニーにフレームを取り付ける案では、大事な生活空 間であるバルコニーが狭くなることへの不満が居住者か ら多く寄せられる。そこで、耐震性OKである副棟をさ らに補強した上で、耐震性NGの主棟と接合させるアイ デアを考えた。エキスパンションジョイントを解消して [図- 2 ] 「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」 [図- 3 ] 「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」

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構造的にも一つの建物にしてしまう。このくっつけちゃ う発想の補強により1700万円までコストを下げることが 実現できた。自分の建物を自分が持っている部材を活用 して耐震補強をおこなったわけだ。杭も地中梁もアウト フレームも新設することなく、もともとマンションが保 有している構造体を補強体として利用した。これにより、 修繕積立金と住宅金融支援機構からの融資で耐震補強と 大規模修繕工事を同時におこなうことができた。主棟の アウトフレーム案にこだわっていたら、耐震補強か大規 模修繕工事のどちらか一つだけの工事しか実現すること ができなかった。 【耐震補強のイメージ】 ②旧受水槽室を集会室にコンバージョン  耐震性OKである副棟を補強した部位は旧受水槽室 だった。すでに直結増圧方式に変更済みだったが、使わ れていない受水槽はそのまま残置されたままで、大きな 空間が使われずいた。主棟の耐震性NG方向に耐震壁を 増し打ちし、開口部も一部分を閉塞して主棟の補強部材 として副棟を増強していく。旧受水槽室の工事はすべて 耐震補強の道連れ工事になるので、受水槽の撤去から、 直結増圧ポンプの移設と更新と配管の切り回し、受水槽 の基礎部分の段差である 1 mの高さで床組みして通路か らフラットに床を張った。耐震補強が集会室という空間 を生み出してくれた。この空間は、工事中も先行して増 し打ちをおこない、仮設の床を張ることで現場事務所と なり、また、定例会議の場所としても活用された。これ まで、小さな管理事務室か修繕委員の自宅でおこなって いた打ち合わせがゆとりのある集会室でおこなえるよう になった。 【旧受水槽室】 【新集会室】 ⇩ ③地震後の避難ルートも補助金で確保  かねてより老朽化から各戸の玄関ドアの取替えを希望 されており、設計者としても二方向避難の重要性を訴え て対震ドアへの取替えを奨励した。主棟の極脆性柱の解 消のために共用廊下側の雑壁に耐震スリットを入れたが、 直接に施工範囲が玄関ドアに干渉はしない。板橋区の耐 震担当も玄関ドアの取替えは補助対象外との判断だった。 ところが、折衝中に2016年熊本地震が起きる。URD(建 築再生総合設計協同組合)がJASO(NPO耐震総合安全 機構)と合同で熊本へ被災調査に入り、マンションでは 新耐震基準の建物であっても、共用廊下の雑壁がせん断 破壊され玄関ドアが変形して避難ルートが閉ざされる状 況を板橋区の耐震担当につぶさに報告した。板橋区の部 局で検討して、評定書に対震ドアの有効性を記述しても らうことで、玄関ドアの取替えが補助金の対象として認 めてもらうことが実現した。多くの自治体もこの前例を 見倣ってもらい、多くのマンションに対震ドアが普及す ることを強く望む。

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67 日本不動産学会誌/Vol.33 No.1・2019.6 【対震玄関ドアとアルミ製合わせガラス手摺】 【評定書に記載された対震ドアの有効性に関するコメント】 ④見違えるマンション  耐震補強と平行するように大規模修繕も進められて いった。当初は共用廊下やバルコニーの鋼製手摺も支柱 の付根の腐食箇所を板金溶接で補修する計画だった。耐 震補強が想定以上に安価になったことですべての手摺を アルミ製の合わせガラス仕様に取り替えることも実現す る。居住者の方々が心配されていた手摺の支柱の強度に ついて安堵がもたらされる。  耐震診断の時から板橋区に指摘されていたのは、エン トランスの風除室の無届け増築部分を撤去することが助 成金を受けるための必須条件であることだった。マン ションとしてはしぶしぶ風除室を撤去するが、同時にエ ントランスホールの集合郵便受箱を大型にして、床仕上 もグレードアップした。照明器具のLED化も板橋区の 省エネ助成金をもらって実現したのでエントランスの雰 囲気が大きく変わることになった。  外壁塗装においては板橋区の景観条例に基づいて現行 の柑橘系の色彩から新築当初の姿に近い白色系の色彩に イメージチェンジした。エントランスも廊下の手摺も玄 関ドアも照明も外壁もすべて一新されて、「うちのマン ションじゃないみたいだ」と修繕委員の子供さんが感想 を漏らしたそうだ。みんなが嬉しいと感じた耐震補強と 大規模修繕を同時に行うことができた。 【改修後】 【改修前】

₄ .大規模修繕の課題

①世の中の変遷への対応  かつて多くの日本人は「住宅すごろく」[図- ₄ ]を規 範として一生懸命に生きてきた。結婚ほやほやの頃は四 畳半一間の「賃貸アパート」からのスタートだ。狭い部 屋も苦にならず銭湯通いも楽しい時代だった。まもなく 子どもが生まれて育ってくると手狭になり2DKの「賃貸 マンション」に引っ越していく。二人目も生まれてそれ ぞれ中学生になる頃には個室を欲しがり、3LDKの「分 譲マンション」を購入する。でも最終ゴールはここでは ない。小さくても庭付きの「戸建て住宅」を手に入れた くて、父親は課長へ部長への昇進に励んでいく。戦後の 復興から高度経済成長に至る昭和の時代はこの同じ目標 にみんなが邁進できた。バブル経済が弾けて経済も給料 も右肩上がりではなくなった。人生の価値観は多様性に 富んでいる。家族のあり方も変わった。分譲マンション を仮の住まいから終の住処にする人が多くなった。国土 交通省の平成30年度マンション総合調査によれば、 62.8%もの区分所有者が「永住するつもりである」と回 答している。 [図- ₄ ] 「住生活基本計画」(国土交通省住宅局)

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 仮の住まいであれば最低限の広さと水回りさえがあれ ばよかった。大規模ニュータウン団地の使命は、大都市 に流入する労働者への秩序ある住宅の確保だった。その 役目は十分に果たして50年が過ぎた。箱もののストック を終の住処にするためには様々な価値を加えていくこと になる。まず優先されるのは耐震性だ。団地型の住棟で もラーメン構造が採用されているものもあるのでしっか りと耐震診断をおこなって必要な耐震補強が欠かせない。 当時はまだ省エネという言葉がなかった。断熱材も北側 の壁から90cmまでしか入っていない。サッシのガラス も 1 枚なので室内の熱はどんどん奪われてしまう。結露 やカビはダニや細菌の温床となってアトピー性皮膚炎な どの要因にもなりかねない。バリアフリーという考え方 もなかった。エレベーターがついていないので 4 階や 5 階まで階段で上がり下りするのは高齢者には酷だ。むし ろ小さな赤ちゃんを抱えたお母さんには危険極まりない 階段になっている。若いファミリー世帯にも大きなバリ アなのだ。古い給水管や排水管には鉄管が使われている。 給水管は錆で赤水が出たり、錆で穴があくと勢いよく漏 れるのでそれなりの対処が進んでいる。排水管は錆で穴 があいて漏れていても少量なのでだましだまし使ってい る古いマンションも少なくない。  住まいを所有するという価値観も薄らいできた。車や 自転車からブランド品の洋服やバッグをシェアするよう に住まいもオフィスもシェアするライフスタイルが浸透 している。経済が伸び悩んだ時代を生き抜いてきた若者 たちの当然の選択だと思う。住宅ローンを背負って借金 の返済だけにあくせくして働く生き方は彼らには摺り込 まれていない。マンションも終の住処となればいずれは 相続されてゆく。親から子どもへ、子どもから孫へ住み つないでいくことになる。「住宅すごろく」では家族の 変化に合わせて住宅を住み替えてきた。マンションを終 の住処にするには家族の変化に合わせて住戸の中も変更 できる仕組みが必要だ。間取りを変えたり、水回りの中 でもレイアウトを変えられる自由さがほしい。 ②劇的な気候の変動  一方で、近年の自然災害の猛威には驚かされる。極め て稀に起こるといわれていた震度 7 の地震は、1995年の 阪神淡路大震災から、2004年の新潟県中越地震、2011年 の東日本大震災、2016年の熊本地震[写真- 1 ][写真 - 2 ]では 2 回、2018年の北海道胆振東部地震と発生す る間隔がどんどん短くなっている。震度 7 相当の地震力 をまともに受ければ、新耐震基準の鉄筋コンクリート造 のマンションであっても大きな損傷を被る。 [写真- 1 ] 熊本地震でピロティーが圧壊した民間マンション [写真- 2 ] 熊本地震で杭が損傷した公営共同住宅の復旧工事  2018年 9 月 6 日の北海道地震では地震による建物被害 よりも、道内のほぼ全域にあたる295万戸で停電した 「ブラックアウト」の影響が大きかった。震源に近い苫 東厚真火力発電所の 2 号機と 4 号機が地震の直後に緊急 停止し、道内全体の電力供給量のほぼ 4 割が失われる。 電力需要が供給を大きく上回ることで交流電気の周波数 が通常の50㌹から一気に下がり、北海道電力は一部の大 口顧客や一部の地域への電力供給を止めて、東北電力か らも供給を受けて周波数の回復を試みるが需要に追いつ かない。道内各地の発電所は周波数低下による機器の故 障を防ぐために次々と自動停止し「ブラックアウト」が 国内で初めて発生したのだ。電力が需要と供給の微妙な バランスの上に成り立っていることを私たちは初めて知 らされた。札幌のマンションでも電気が消えて、エレ ベーターは動かない、給水ポンプが止まり水は出ない、 冷蔵庫も使えない、やがてスマホのバッテリーもなく なっていった。電気がなければマンションで生活はでき ない。この地震の 2 日前、台風21号が非常に強い勢力を 保ったまま関西地方に上陸した。孤立状態となった関西 国際空港では最大瞬間風速58.1㍍を記録する。猛烈な強 風により電柱の倒壊が相次いで、関西電力圏内では224

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69 日本不動産学会誌/Vol.33 No.1・2019.6 万戸が停電した。大阪のマンションでも札幌と同じ状況 が起きていた。 ③建設費の高騰  東京オリンピックを来年に控えて、建設コストが上昇 している。東日本大震災の復興需要や都市部の旺盛な再 開発需要も建設現場における人手不足に拍車をかけてい る。一般財団法人建設物価調査会が公表している建設物 価指数によれば、2011年の東京の平均を100として2019 年 4 月の集合住宅(鉄筋コンクリート造)の新築工事原 価の建設物価建築費指数は、119.3で前年比1.9ポイント 増えている。これは2014年 4 月に消費税率が 5 %から 8 %に上がり、東京オリンピックの招致決定を受けて建 設費が高騰した水準を上回っている。これらは修繕工事 にも及んでいて、大規模修繕工事の見積もりを依頼して も現場監督の不足を理由に見積もりを辞退する施工会社 がある。  このようにマンションを取り巻くさまざまな環境が変 化しているなかで、大規模修繕もおのずと大きく見直さ ざるを得ない状況にある。

5 .大規模修繕の考え方

①修繕周期の設定  大規模修繕工事の周期は12年がすっかり定説となった。 これはあくまでも過去の調査で平均値が12年であったも のを推奨しているにすぎない。国は公営共同住宅の修繕 周期を18年と定めている。修繕周期はマンションごとに 決めればいいのだ。10年周期でこまめに修繕することで 経年劣化が進む前に直しているマンションもあるし、15 年周期で修繕積立金をやりくりしているマンションもあ る。タワーマンションではゴンドラ足場など仮設費用が 過大にかかるので、修繕周期を15年から18年に設定でき ないか模索している。旧住宅公団の分譲と賃貸が隣接し ている団地があるが、12年周期で修繕している分譲団地 と18年周期で修繕している賃貸団地では、同じような住 棟でも美観はだいぶ違っている。物理的には問題がなく ても美装性からすると修繕周期は短い方が有利だ。最近 の築浅マンションでは、外壁はタイル張りで手摺はアル ミ製で塗装の要素が少ないので修繕周期は長めに設定で きる。ただし、タイルの浮きが多いマンションは注意が 必要だ。  修繕周期は建物の要素ごとに異なります。建築と設備 でも周期は違う。修繕周期を厳密に守ると毎年何らかの 修繕をすることになってしまう。そこで、足場が必要な 工事をまとめておこなうのが大規模修繕だ。また、設備 工事でも排水通気管の更新と屋上の防水がからむなど同 時におこなった方が効率的なところもある。工事を分散 するとその都度、現場事務所などの仮設工事に費用がか かる。工事を集約すればそれだけ金額的なスケールメ リットが出て競争原理も働きやすくなる。長期修繕計画 における修繕周期の考え方は、いかに工事をまとめて経 済性を高めるかが肝要だ。 ②付加価値や改良工事  大規模修繕工の基本は現状維持だ。新築当時の初期性 能を維持できれば支障はない。ところが世の中の住宅の 水準は上がっている。[図- 5 ]マンションにおいても シックハウス対策として24時間換気が義務化され、サッ シのガラスは複層ガラスが当たり前になった。現状維持 しているだけでは資産価値として目減りしてしまう。経 年劣化とともに建物の性能は低下していく。それを初期 性能まで回復させることを「修繕」といい、初期性能よ りも高い水準まで引き上げることを「改良」という。修 繕と改良を同時におこなうことを「改修」という。大規 模修繕には少なからず改良の要素も含まれていて改修工 事をおこなっているといえる。これからマンションの寿 命を長く伸ばしていくには、改良のウエイトを増やして いく必要がある。 [図- 5 ] 「計画修繕の概念」  耐震補強には国の施策に基づいて補助金が交付される。 補強のための仮設から足場、設備配管の盛り替え、仕上 げの復旧など、補強部材以外にも関連する工事が補助金 の対象になる。大規模修繕のうち補強箇所の足場や外壁 塗装に補助金が出るわけだ。補強部材がサッシや玄関ド アと干渉すれば、サッシや玄関ドアの更新に補助金が支 給される。玄関ドアを対震蝶番や対震枠を用いて対震ド アにすると、地震でまわりの壁が壊れても変形しづらく なり避難経路を確保することができる。補助金を活用し ない手はない。[写真- 3 ]

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[写真- 3 ] 耐震補強にかかる工事は補助金の対象  省エネ改修であっても、長期修繕計画のサッシ更新の 仕様に、複層ガラスやさらにLow︲Eガラスを選んでお けば省エネが実現できる。複層ガラスが主流の時代に単 板ガラスとの金額差はあまり大きくない。省エネ対象の 補助金も国土交通省や経済産業省で運用されている。  バリアフリーを実現するために階段室型住棟にエレ ベーターを新設し、共用廊下で結んでいけば建替えに匹 敵する再生工事となる。階段の手摺やスロープの設置な ども自治体の補助金を活用したい。  このように大規模修繕に付加価値や改良工事を加える ことで、自由にマンションの未来を描くことができる。 ③自分たちで大規模修繕をつくる  マンションが新築されて分譲されるときにはディベ ロッパーが作成した長期修繕計画が添えられている。マ ンションを販売する側の人がつくった計画だから、当然 ながら修繕積立金や管理費のような固定費は安く抑えら れている。これをいち早くマンションの住人の側の計画 に移行しなくてはならない。新築されて間もない頃は まったく綺麗で経年により建物が劣化していくなど発想 すらできないかもしれない。しかし、修繕積立金が安い 設定のままで 1 回目の大規模修繕を迎えると資金が足り ないこともある。意識の高いマンションでは新築後 2 年 から 3 年で長期修繕計画の見直しを始めている。  国土交通省が公表しているマンション標準管理委託契 約書の事務管理業務のなかで、「長期修繕計画案の作成 業務及び建物・設備の劣化状況等を把握するための調 査・診断を実施し、その結果に基づき行う当該計画の見 直し業務を実施する場合は、本契約とは別個の契約とす る。」とある。長期修繕計画の見直しは標準業務に含ま ないとしている。しかしながら、多くの管理会社は管理 業務のなかで長期修繕計画を見直して大規模修繕をコン トロールしている。管理組合もその方が楽なので任せて いるケースが多い。調査診断の評価が適切なのか、ほん とうに必要な工事なのかなど管理組合は主体的になって 判断できる能力を身につけなければならない。  自分たちのマンションの未来は自分たちでつくるべき だ。住戸の中もコンクリートの躯体も自分たちのものだ。 将来はマンションをこんな風にしたいと愉しんで考えて いけばいい。住人が多ければ多いほどいろんなアイデア が出てくる。そこがマンションの強みであり魅力である。 これからは、マンションでも空き家が増えてきて、管理 がままならなくなるようなことも心配されている。快適 な生活が続いて、資産としても保全されていくように努 力をしていかなくてはならない。そうすることで住人ど うしのコミュニティは深まって、マンションは魅力的に なって、まわりの評判は上がっていく。その実行が大規 模修繕だ。100年でも200年でも住み続けられるマンショ ン、世代を超えて住み継がれていくマンションを目指し て大規模修繕を捉えていきたい。

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