はじめに わが国の中小企業の会計に関する歴史は、1949(昭 和24)年に「経済安定本部企業会計制度対策調査会(現 企業会計審議会)」から公表された「中小企業簿記要領」 に遡る1。これまで会計制度は、大企業に焦点が向け られる一方で、中小企業を対象とした会計基準の整備 に対して関心が希薄であったことは否めない2。 図表1は、わが国の中小企業に関する会計基準の取 り組みを時系列にまとめたものである。1953年に中小 企業庁による「中小会計経営簿記要領」の公表以後今 世紀に至るまで、中小企業を対象とした会計基準の整 備にはほとんど着手されてこなかった事実がうかがえ る。 しかし、2005年に「中小企業の会計に関する指針(以 下、『指針』)、2012年には「中小企業の会計に関する 基本要領(以下、『要領』)」が公表され、わが国の中 小企業の会計基準は整備されつつある状況にある。本 稿では、両基準のうち『要領』にフォーカスし、当該 基準の成り立ちと概観をとおして、中小企業の会計基 準をめぐる現状と課題を考察する3。 2.中小企業の会計をめぐる動き 周知のとおり、わが国の会計制度は、税法と密接不 可分の関係にある。税法は、確定決算主義のもと商法 上の確定決算を課税所得計算の基礎として課税計算を 行い5、損金経理等の一定の処理を課税計算上の要件 とする規定で体系立っている。現状の中小企業の会計 にとっては、税法の体系が具体的かつ詳細な計算方法 を示しているため、税法会計を基礎として計算書類が 作成されているところが実態であろう。 会計基準を大局でとらえれば、90年代からは時価会 計やキャッシュ・フロー計算書の導入、連結重視へと 会計の指向がシフトし、税法との整合性とは無関係に 新たな会計基準が公表され、中小企業の経営実態とは かけ離れた会計の整備が矢継ぎ早に行われてきた。事 実、2001(平成13)年、2002(平成14)年の商法の抜 本的改正を契機とした議論が開始されるまで、中小企 業を対象とする会計基準についての議論は特段見受け られない。 90年代以降の企業経営は、企業活動のボーダレス化 や金融・経済の環境変化にともない企業業態の変容は、 歴史的なパラダイム・シフトの渦中にある。このよう な環境変化を背景に、2001(平成13)年の商法改正に おいては、株式会社に義務付けられている「計算書類 の公告(法第283条)」に、従来の新聞・官報による公 年(和暦) 月 成果公表物(公表主体) 1949(S24) 12 『中小企業簿記要領』 (経済安定本部 企業会計制度対策調査会) 1953(S28) 10 『中小会計経営簿記要領』(中小企業庁) 2002(H14) 6 『中小企業の会計に関する研究会報告書「中 小企業の会計」』(中小企業庁) 2002(H14) 12 『中小会社会計基準の設定について「中小 会社会計基準」』(日本税理士連合会) 2003(H15) 6 会計制度委員会研究報告第8号『中小会 社の会計のあり方に関する研究会報告書4』 (日本公認会計士協会) 2005(H17) 8 中小企業の会計に関する指針『指針』 (日本公認会計士協会、日本税理士会連合 会 日本商工会議所、企業会計基準委員会) 2010(H22) 8 『非上場会社の会計基準に関する懇談会報 告書』(企業会計基準委員会、日本商工会 議所、日本税理士会連合会、日本公認会計 士協会、日本経済団体連合会) 2010(H22) 9 『中小企業の会計に関する研究会・中間報 告書』(中小企業庁) 2012(H24) 2 中小企業の会計に関する基本要領(『要領』) (中小企業の会計に関する検討会:日本商 工会議所、企業会計基準委員会)金融庁、 中小企業庁が共同事務局となる官民4団体 による変則プライベートセクター方式) ※和暦年号 S:昭和 H:平成 図表1 中小企業の会計基準に関する主な動き
中小企業の会計基準~現状と課題~
新潟経営大学 特任教授藪下 保弘
キーワード:中小企業、会計基準、会社法、税法告が加えられ、同年10月に施行された「金庫株解禁等 改正商法」にあわせて計算書類の様式が改正されるな ど6、中小企業の会計は商法改正の影響を常に受けて いた。 こうした状況を鑑みて、2002(平成14)年の商法改 正において計算規定が省令化された際に、中小企業に 配慮した必要な措置をとる旨の要求が衆参両院で決議 され、中小企業にとって望ましい会計のあり方を検討 する気運が高まった。 この時期、会計の国際的調和の動きにあわせて、証 券取引法(現金融商品取引法)にもとづく会計基準が 相次いで導入される中で、中小企業に対する新会計基 準の適用について、企業の実態などを踏まえた検討が 求められていた。 2-1 トリプル・スタンダード こうした流れを背景に、中小企業庁は「中小企業の 会計に関する研究会」を設置し、この成果を2002(平 成14)年6月に『中小企業の会計に関する研究会報告 書』として公表した。同報告書は「中小企業とその会 計を巡る現状と課題」と「中小企業の会計」の2部構 成になっており、このうち後者が中小企業の会計基準 に該当する。 同基準では、中小企業の会計は業種・業態・規模な どが複雑であるため「そのあり方を検討するにあたっ ては、商法の目的および規定の枠組みが基本となる」 と述べている7。また、「債権者保護の観点」に立脚 しており、「純資産額の維持・保全」が必要であるから、 資金流出は「配当可能利益の限度額」内に限る必要が あり、債権者・株主等の関係者が意思決定を行うため に必要とされる情報、すなわち「会社の財産および損 益の状況を把握」するために不可欠な情報を提供する ことが求められるとしている8。さらに同基準は、「現 行実務や中小企業の対応可能性をも十分に考慮して、 抽出されたもの」であり、「実行可能な会計のあり方」 を提示したものであるとされている9。 同報告書では「会計実務、運用に関する事項には立 ち入っていないが、こうした面も含め、専門家団体等 による今後の検討の深化により、中小企業の会計につ いて一層の充実が図られていくものと考えている10」 として、中小企業の会計基準は同基準には限らないこ とを示唆している。 このステートメントに呼応する形で、2002(平成 14)年12月には日本税理士会連合会より『中小会社会 計基準の設定について(中小会社会計基準)』が公表 され、翌年の2003(平成15年)6月には日本公認会計 士協会より『中小会社の会計のあり方に関する研究報 告』が相次いで公表された11。この時点で、3つの中 小企業向けの会計基準が国内に併存することになっ た。 ところが、各々の公表主体の認識は異なり、実務現 場に混乱を招く結果となった。 公表主体の認識は、おおむね次のとおりである。 ・日本税理士会連合会 (「中小会社会計基準」) 「中小会社の会計基準はできるだけ負担のかから ないものであることが望ましいとの観点から、より 強制力を有する法人税法における計算規定も会計基 準として合理性が認められれば、公正なる会計慣行 に該当するものとして取り扱う必要がある」 ・日本公認会計士協会 (「中小会社のあり方に関する研究報告」) 「適正な計算書類を作成する上で基礎となる会計 基準は、会社の規模に関係なく一つであるべきであ る12。税法基準はあくまで課税所得算定のための計 算規定であり、会社の財政状況及び経営成績を適正 に表示するための会計基準としての規範にはなり得 ない13」 ここに、両者の会計基準に対する根本的な考え方の 相違があらわれている。 2-2 『指針』の公表 会計基準の併存と各公表団体の認識の違いによる不 具合を解消するため、2005(平成17年)8月に、日本 税理士会連合会、日本公認会計士協会、企業会計基準 委員会および日本商工会議所の民間4団体により、3 つの会計基準基準を統合した、「中小企業の会計に関
する指針(『指針』」が策定・公表された14。 しかし、『指針』の利用は一部の中小企業が適応で きるにすぎず、その普及は決して芳しいものではな かった15。 『指針』では、目的に「中小企業が計算書類の作成 に当たり、拠ることが望ましい会計処理や注記等を示 すもの16」、「中小企業は本指針に拠り計算書を作成す ることが望まれる17」と述べられている。また、「と りわけ会計参与が取締役と共同して計算書類を作成す るに当たって拠ることが適当な会計のあり方を示すも の18」として、このような目的に照らし「一定の水準 を保ったもの」としている。この条項から解釈すれば、 『指針』は、上場企業と同等に高度な会計ルールの知 識を有し、計算書等が作成できる体制を持つ企業を対 象としているものととらえられよう。この点が、わが 国の企業規模構成のボリューム・ゾーンに位置する中 小企業の実態に即しているとはとらえ難く、ここに『指 針』普及の阻害要因が見出せるものと考えられる。 2-3 『要領』の公表 上述の経緯を踏まえて、2010(平成22)8月に企業 会計基準委員会、日本商工会議所、日本税理士会連合 会、日本公認会計士協会、日本経済団体連合会により 設置された「非上場会社の会計基準に関する懇談会」、 同年9月には中小企業庁設置の「中小企業の会計に関 する研究会」から公表された報告書において、中小企 業の実態に即した新たな中小企業の会計処理のあり方 を示すものを取りまとめるべき等の方向性が示され た。両者の基本的な考え方は共通しており、「中小企 業の属性」を考慮することに重心をおいている。 さらに、両報告書の公表を受けて金融庁、中小企業 庁が共同事務局となり、2011(平成23)年2月に「中 小企業の会計に関する検討会」が設置された19。同時 に「ワーキング・グループ」が設置され、詳細な中小 企業の会計ルールが検討され、同年10月にこの検討結 果はパブリックコメントの募集に付された。続いて、 2012(平成24)年1月の検討会を経て、同年2月に「中 小企業の会計に関する検討会報告書(中間報告)」が 公表され、同検討会ワーキング・グループによる普及・ 活用策の検討の後、2012(平成24)年3月27日正式に 『要領』として公表されるにいたった。 3.『要領』の特徴 3-1「総論」 『要領』は、①理解しやすく、②自社の経営状況の 把握に役立ち、③計算書類等の作成に過重な負担を課 さないものとしている。この点は『指針』と共通して いるが、冒頭の「目的」において「一定の水準を保つ としている『指針』と比べて、簡便な会計処理をする ことが適当と考えられる中小企業を対象にその実態に 即した会計処理のあり方をまとめるべき20」との意見 を踏まえたものとされている。『要領』と『指針』の 基本的な考え方の相異を、両会計基準の税法基準との 関連に対する見解からうかがうことができる。 『指針』では、税法基準が適用できるケースは、 ① 会計基準が存在しておらず、かつ、税法基準によ る方が適正な経済実態を表すと認められる21、②会計 基準は存在するが、税法基準による処理結果と重要な 差異がない22場合の2点を挙げている。これに対して 『要領』では、「実務における会計慣行を十分考慮し会 計と税制の調和を図った上で、会社計算規則に準拠し た会計23」とされており、税法会計との調和を第一義 として、会社法会計がこれに追従するように表現され ている。 この点に関連して『指針』は、取引の経済実態が同 じであれば、企業の規模に関係なく、会計処理が同じ になるよう会計基準が適用されるべきだとの考えを示 している24。つまり、会計基準の「シングル・スタン ダード25」を原則としているのである。換言すれば、 会計基準はひとつであるべきとの主張から、『要領』 の受け入れを拒絶しているともいえよう。これに対し 『要領』は、「ダブル・スタンダード26」の立場をとり、 ASBJ基準・IFRSをも含めて『指針』の受入容認の姿勢 を示している27。 周知のとおり、ASBJ基準・IFRSは投資家の意思決 定の役立ちを重視する基準である。概して、所有と経 営の分離が絶対条件ではないと考えられる中小企業の 実態に即したものではないことは自明である。『指針』
は、「中小企業のための規範として活用するために、 コスト・ベネフィットの観点から、会計処理の簡便化 や法人税法で規定する処理の適用が、一定の場合には 認められる」と述べているものの、実際には『指針』 はASBJ基準を簡略化した基準であるため28、IFRSの 影響を間接的に受ける。よって『指針』は、中小企業 の経営実態から乖離する可能性を否定できない。 上述したように、2002(平成14)年の商法改正の際、 中小企業にも国際会計基準が要求するような会計処理 を強いられるという懸念に対し、中小企業に過重な負 担を課すことを避けるよう衆参両院で附帯決議がなさ れた経緯がある29。この問題は、会計ビッグバンから IFRSへのコンバージェンスへの一連の流れで設定さ れた新(改訂)基準の簡略版としての位置づけにある 『指針』が抱える制約であり、宿命ともいえよう。 一方、『要領』は「安定的に継続利用可能なものに する30」ことを理由に、IFRSの影響を受けない姿勢を 明確に示している31。このように独自の方針を貫いて いるところが、『要領』の大きな特徴である。 加えて、『要領』は企業会計原則の一般原則および 注解を踏襲している点も、中小企業の経営実態を会計 基準に反映させた大きな特徴である32。具体的には、 企業会計原則の一般原則「真実性の原則」、「資本取引 と損益取引の区分の原則」、「明瞭性の原則」、「保守主 義の原則」、「単一性の原則」が示され33、同原則の注 解にある「重要性の原則」も列挙されている。また、 企業会計原則の一般原則である「継続性の原則」が 「会計方針の変更」の論拠とされており34、同じく「正 規簿記の原則」が「記帳の重要性」の観点から示され ている35。ここで、企業会計原則と『要領』では、「真 実性の原則」と「正規簿記の原則」の優先劣後が逆転 しているところに留意したい36。この点も、「記帳の 重視」を掲げる、『要領』らしい特徴ともいえよう37。 ここでは、記帳要件に「適時性」「整然性」「明瞭性」「正 確性」および「網羅性」を求め、「経営者が自社の経 営状況を適切に把握するために記帳が重要である38」 と説明され、記帳の重要性を上位概念に位置づけてい る。この点が『指針』は「トップダウン・アプローチ」、『要 図表2 我が国の中小企業の会計制度のイメージ
領』は「ボトムアップ・アプローチ」としての説明に 通じるものといえよう。 以上、『要領』の公表に至る経緯と総論の比較から、 現行のわが国の中小企業会計の体系は図表2のように 図示できよう。 『指針』は「シングル・スタンダード」の立場から、 企業会計基準を簡素化する形をとっている。一方の『要 領』は、中小企業の属性を考慮する立場から、税務基 準、会社計算規則、企業会計基準に加えて『指針』を 容認し、これらを積み上げる方式をとっている39。 大企業向けの企業会計基準(ASBJ基準)を簡素化 したトップダウン・アプローチによる『指針』は、中 小企業にとっては敷居の高い基準であるのに対して、 『要領』は中小企業の属性を斟酌したボトムアップ・ アプローチにもとづき、中小企業の身の丈にあった会 計ルールとしての位置づけにある40。このように、両 者の棲み分けは判然かつ理解可能である。 3-2「各論」 『要領』が立脚する会計観は、「収益費用の基本的な 会計処理」と「資産、負債の基本的な会計処理」に集 約されている。⑴収益は、原則として、製品、商品の 販売又はサービスの提供を行い、かつ、これに対する 現金及び預金、売掛金、受取手形等を取得した時に計 上する。⑵費用は、原則として、費用の発生原因とな る取引が発生した時又はサービスの提供を受けた時に 計上する。⑶収益とこれに関連する費用は、両者を対 応させて期間損益を計算する。、⑷資産は、原則として、 取得価額で計上する。すなわち、収益は実現主義、費 用は発生主義、加えて費用と収益の対応にもとづき期 間損益を求め、資産を取得原価主義により計上すると いう体系から、いわゆる「収益費用アプローチ41」の 採用を明示しているのである。 以下に、主な項目を取り上げ弱干の検証を加えたい。 ・金銭債権および金銭債務 金銭債権は、原則として取得価額で計上し、金銭債 務は、原則として債務額で計上する。社債の処理にお いては、償却原価法を認める。また、取得価額で計上 した受取手形の割引または裏書により譲渡した受取手 形は貸借対照表に計上されないが、受取手形割引額お よび受取手形裏書譲渡額は注記表示する。 ・有価証券 原則として取得原価で計上する。ただし、売買目的 の有価証券は時価で評価し、評価差額は当期の損益と する。また、時価が著しく下落し回復の見込みがない 場合は評価損を計上する。なお、その他の有価証券、 満期保有目的の債権に関する記述はない。 ・棚卸資産 原則として取得原価で計上し、評価基準は原価法又 は低価法による。評価方法は、個別法、先入先出法、 総平均法、移動平均法、最終仕入原価法、売価還元法 等による。ただし、時価が取得原価よりも著しく下落 したときは、回復する見込みがない場合は評価損を計 上する。 ・経過勘定 前払費用及び前受収益は、当期の損益計算に含めな い。また、未払費用及び未収収益は、当期の損益計算 に反映する。なお、金額的に重要性の乏しいものにつ いては、受取りまたは支払いが発生した期の収益又は 費用として処理する処理を容認する。 ・固定資産 原則として取得価額で計上し、耐用年数にわたり毎 期ごとに規則的に減価償却を行う。減価償却方法につ いては、有形固定資産は定率法、定額法等、無形固定 資産は、原則として定額法による。なお、災害などに より著しい資産価値の下落が判明したときは、評価損 を計上する。 ・繰延資産 創立費、開業費、開発費、株式交付費、社債発行費 および新株予約権発行費は費用処理するか、繰延資産 として資産計上する。計上した繰延資産は、その効果 の及ぶ期間にわたって償却する。 ・リース取引 賃貸借取引にかかる方法と、売買取引にかかる方法 に準じて二種類の会計処理が選択可能。前者選択の場 合は、リース期間の経過とともに支払リース料を費用 処理する。一方、後者選択の場合は、リース対象物件 を「リース資産」として貸借対照表の資産に計上して、
借入金に相当する金額を「リース債務」として負債に 計上する。リース資産は、定額法で減価償却を行う。 ・外貨建取引等 外貨建取引(外国通貨建で受け払いされる取引)は、 当該取引発生時の為替相場による円換算額で計上す る。外貨建金銭債権債務は、取得時の為替相場または 決算時の為替相場による円換算額で計上する。 なお、「デリバティブ」「ヘッジ会計」「税効果会計」 などについては言及されておらず、中小企業の実態を 鑑みればおよそ縁遠い項目であるとの前提に立ってい るとも見受けられる。 3-3 問題点の検討 しばしば取り上げられる『要領』の問題点として、 固定資産の減価償却費に関するパラグラフがあげられ る。たとえば、佐藤[2012]42は、会社計算規則(第 5項第2項)にいう「相当の減価償却」を論点として この問題を指摘している。『要領』においては「償却 規則」に触れられてはいるが43、規則償却以外の解釈 が成り立ち、また「弾力的な耐用年数の適用44」もあ り得るとの二点である。つまり、減価償却費計上の前 段階で当期の利益が少ないか。あるいは損失が発生す る見込みがある場合に、規則償却よりも少ない減価償 却費の計上を規定上認めているのではないかという指 摘である。 企業会計原則では、「営業権(のれん)」や繰延資産 に「規則償却」以外の償却が規定されていたが、これ らは「毎期均等額以上の償却」が費用計上されるとい うことで保守主義の観点から容認されると考えられて いたものである45。また、真実性との関連では、他の 原則および手続きが守られて初めて真実の報告になる との一般的な解釈から均等額以上の償却費の計上が受 け入れられる取り扱いであったのである46。しかし、 「規則償却」の額よりも少ない減価償却費の計上は「保 守主義の原則」および「継続性の原則」の観点からも 認められない47。たしかに、法人税法上は減価償却費 の損金算入は任意であるとしても、『要領』が示す「継 続性」、「真実性の原則」、「保守主義の原則」を逸脱す るとの観点からは納得できるものである。 しかし、このような利益操作が介入する余地に対す る指摘は、今にはじまったことではなく、伝統的な会 計のウィーク・ポイントとして議論され今日に至って いるものである。ただし、この点については、損益計 算書の当期純利益から逆算して減価償却費を繰戻し、 キャッシュ・フローに影響をあたえる資産(負債)項 目の増減を加味すれば、営業キャシュ・フローが計算 できる。これに既事業投資分を加味すればフリー・ キャッシュ・フローが計算できるため、返済能力はあ る程度推定できる。『要領』が収益費用アプローチに 立脚した基準であり、税法との親和性を重視している 以上、当然に生じる問題であり、最終的には財務諸表 の作成者である経営者のモラルに依存するほかあるま い。 むすびにかえて ~新潟県央における要領普及の現状と課題~ 『要領』は2012年6月の「中小企業経営力強化支援 法」の可決・成立により、わが国の99%以上を占める といわれる中小企業支援策の中心に位置づけられてい る48(図表3参照)。会計基準は、法律のように強制 力を持つものではない。しかし、慣習法の法体系の規 範を示す役割を担うにすぎない会計基準が施策に盛り 込まれることは、一時代を画する出来事といっても過 言ではなかろう。同時に、施策にはリレーションシッ 図表3 金融と経営支援 出所: 中小企業庁[2011]「資料6 金融と経営支援の一体 的 な 推 進 」2011(http://www.meti.go.jp/committee/ chuki/kigyouryoku/002_06_00.pdf)
プ・バンキングの拡充なども盛り込まれており、これ までの以上に経営者が自らの会社の経営数値に関する 説明能力が問われることになる。したがって、会計に 疎い経営者は、その分機会損失を被ることになる。し かし、裏返せば経営者は『要領』を使いこなすことに より、便益の享受機会にめぐまれる可能性を意味して いるとも考えられる。もっとも、会計処理のルールに もとづいた数値を活用できる能力は、外部への説明に 限らず自社の経営分析や事業戦略の策定に不可欠な資 質であることは改めるまでもなかろう。 中小企業の形態は、大企業の子会社・関連会社から 個人経営商店まで、企業の規模や営業目的、業種など 多種多様である。よって、すべての中小企業に適合す る万能な会計基準の設定は不可能であることは想像に 難くない。 しかし、大企業向けの会計基準が、IFRSにコンバー ジェンスまたはアドプションする動きが落ち着きを見 せる中で、中小企業の会計基準として、わが国の商習 慣や文化を反映させるべく独自の路線を『要領』が示 したことには意義があるものと考える。同会計基準の 公表はわが国の会計制度のインフラ整備にとって大き な前進であるといえよう。 『要領』は取得原価主義、収益と費用の対応といった、 従前の会計の原理原則を踏襲しているところに特徴が ある49。中小企業にとっては、これまで慣れ親しんで きた会計として、使い勝手がよく理解可能である。反 面、税法の「逆基準性50」が問題点として残っているが、 あえて税法会計との親和性を受容している点は実務的 といえよう。このように、一長一短はあるものの、コ ストとベネフィットの観点から考えれば、『要領』は 中小企業の実態に配慮された会計基準であると考えら れる。 最後に、ヒヤリング結果にもとづく新潟県央地域に おける『要領』の普及・浸透度合いを確認しておきたい。 『要領』を活用するメリットには、日本政策金融公 庫の金利(0.2%金利減)、信用保証に係る保証料率 (0.1%保証料率減)など金利面で優遇が受けられる制 度がある。企業の発展・維持のための資金調達にかか る資本コストを節約する際には、有用な制度である。 しかし、これらの制度は法人のみを対象としたもので あり、県央地域における同優遇制度の利用状況は、両 機関ともに20%程度と決して利用状況が芳しい現状と はいえないようである。 この理由には、制度そのものの利用資格がない企業 の存在が考えられる。制度の利用には税理士のチェッ ク(証明)を添付する必要があり、税理士の関与がな い企業はおのずから制度利用の対象外となる。 さらに、納税にあたり青色申告制度を選択していな い経営体が多く存在している実情もある。たとえば、 事業者は確定申告の際には、預金通帳と1年分の領収 書を税務署や商工会議所の納税相談に持ち込めば事足 りるため、決算と納税計算を分離する必要がないとい うわけである。また、税理士が関与している場合でも、 同じく確定申告の時期や金融機関からの借入の必要が 生じた際に、税理士が作成する会計資料を見てはじめ て、期間の業績や経営状態を知るケースも少なくない という。こうした実態から、「会計そのものの必要性 の認識に乏しく、会計基準を必要とするステージに達 していない」との仮説に至る。同時に、この点が課題 として残る51。 会計はビジネスの共通言語といわれ、企業の経営状 況を把握することはもちろん、会計情報を外部に報告 するという目的に加えて、企業を取り巻く関係者相互 間の利害を調整するための公正なルールとしての機能 を担うものである。こうした基本を再認識して、『要領』 の普及・促進策にひと工夫が必要であろう。 『要領』の設定作業における検討会およびワーキン グ・グループには、日本商工会議所、全国商工会連合会、 全国中小企業団体中央会、全国商店街振興組合連合会、 中小企業家同友会全国協議会などが参加している。ま た、全国銀行協会、全国信用金庫協会、全国信用組合 中央協会などの金融業界団体をはじめメガバンク、政 策金融機関、信用組合、信用金庫、会計事務所に加え 日本公認会計士協会、日本税理士会連合会といった職 業会計人団体、加えて会計学者・法学者、ASBJが名
を連ねている。このほか、中小企業庁と金融庁が全体 事務局となり、法務省がオブザーバーとして参加して おり、行政機関の垣根をも越えた取り組みである。ま さに、産学官が一体となった国家規模のプロジェクト であり、『要領』はこの成果の集約といえよう。こう した取り組みが画餅に帰すことがあっては、本末転倒 である。 本稿は、地域活性化に資する調査・研究活動の一環 として、中小企業の会計基準に着目したプレ調査であ り、当然に本稿ですべてを論じられるものではない。 ただし、今後のリサーチ・スタディの方向性を知る上 で意義のあるものであった。 筆者として今後は、新潟経営大学の地域活性化研究 所の枠組みを活用してさらなる調査・研究を通して地 域に情報をフィードバックすることで地域企業・住民 との交流を深めたいと考えている。 謝辞 末筆ながら、研究のプレ調査にあたり、日本政策金 融公庫三条支店総括課長兼融資課長・伊澤秀和氏、新 潟県信用保証協会県央支店副支店長兼保証課長・池田 祐二氏をはじめ地域商工関連団体の関係諸氏より貴重 なアドバイスを頂戴しました。厚く御礼申し上げます。 注 1 河﨑照行a「中小企業の会計」責任編集:安藤英義・古賀 智敏・田中健二『体系現代会計学第5巻 企業会計と法制度』 中央経済社,2011年4月,p.125 山本繁「中小企業会計の研究――記帳-・記録制度を中 心に」『三田商学研究』慶応大学,29巻5号,1986年12月, pp.12-13 2 企業会計原則の4回にわたる改正および連続意見書の公表 と、90年代後半の一連の会計制度改革(会計ビッグバン)な ど、株式を公開する企業もしくは商法特例法の適用を受ける 大会社を対象とした会計制度改革が中心であった。 3 本稿の2章から3章1節「総論」までは、拙著(鈴木・藪 下)に依拠し、随時引用しながら論考をすすめる。 拙稿:鈴木基史・藪下保弘「中小企業の会計基準の諸相」『富 大経済論集』59巻第2号,富山大学経済学部,2013,pp.1- 19 4 2005年9月 中小指針の公表により廃止 5 税法上の「別段の定め」に基づく調整と「一般に公正妥当 と認められる会計処理の基準」に従い課税計算を行う。 6 自社ホームページへの開示もこの時期の一連の商法改正で 認められた。 7 武田隆二「中小企業の会計(総論)」著者編著『中小企業 の会計―中小企業庁「中小企業の会計に関する研究会報告書」 の解説―』中央経済社,2003年,p.75 8 武田隆二,同上 9 武田隆二,pp.75-76 10 「Ⅷ.中小企業の会計のあり方について」 11 同報告書では「Ⅷ.中小企業の会計のあり方について」と して、「会計実務、運用に関する事項には立ち入っていないが、 こうした面も含め、専門家団体等による今後の検討の深化に より、中小企業の会計について一層の充実が図られていくも のと考えている」としている。 12 「同一の取引及び経済事業の認識及び測定の基準には、会 社の規模の違いは反映されるべきものではない」「会社の規 模によって異なる認識及び測定の基準によって表示された財 政状態及び経営成績には、単なる会社の規模の違いだけでな く、基礎的概念の違い(例えば、発生主義対現金主義、時価 法対原価法)まで混在しているため、それらを同じレベルの 品質及び性質の情報として、企業の経営実態の把握・分析、 企業間比較その他の目的に利用することができない」「二つ の異なった会計基準が存在することになれば、計算書類の信 頼性が失われ、経済社会に混乱を生じさせ、計算書類公開制 度の趣旨が損なわれる」 [経済産業省中小企業庁事業環境部財務課],同上 13 ただし、中小会社の特性を考慮して、その適用方法の簡便 法等を認め、あるいは税法基準及び商法の観点からも特別の 配慮を認めるという考え方を採用し、一定の場合には簡便法 や法人税法で規定する処理が認められるとされている。簡便 な方法が認められるのは、「現行の個別の会計基準には明文 規定はないが、法人税法に規定があるもの(例:固定資産の 耐用年数)については、会計処理上も妥当と思われる範囲内 においてそれを利用する」「現行の個別の会計基準の計算方 法と異なるが、法人税法に定める計算方法を用いても会計基 準の趣旨に反しないと思われるもの(例:各種引当金の計算 方法)については、会計処理上も一種の簡便法として利用す る」ことが挙げられている。 経済産業省中小企業庁事業環境部財務課,同上 14 『指針』は企業会計基準の変更や新基準の公開に合わせて、 毎年改正されている。 15 平成20年「会計処理・財務情報開示に関する中小企業経営 者の意識アンケート調査」(中小企業庁)によれば、指針に、 完全に準拠している企業が14.2%、一部準拠している企業が 31.9%であると報告されており、普及の割合は決して高くな いことがうかがえる。 16 『指針』,「3.指針の目的」 17 『指針』,同上 18 『指針』,同上 19 「設置趣旨:会計制度の国際化が進展する中で、2010年2 月に中小企業庁において「中小企業の会計に関する研究会」 (以下「研究会」という。)、同年3月に企業会計基準委員会 等の民間団体により「非上場会社の会計基準に関する懇談会」 (以下「懇談会」という。)が設置され、それぞれ、非上場企 業、特にその大部分を占める中小企業の会計に関する検討が
行われた。同年8月に懇談会、9月に研究会の報告書がとり まとめられ、それぞれ、新たな会計指針・新たに中小企業の 会計処理のあり方を示すものを取りまとめるべき等の方向性 が示された。また、その策定主体について、中小企業関係者 等が中心となって取りまとめ、関係省庁が事務局を務めるべ きである等の提言がされた。本検討会は、懇談会及び研究会 の報告書の内容を踏まえ、新たに中小企業の会計処理のあり 方を示すもの、その普及方法、中小企業におけるその活用策 等の具体的な内容について検討を行うため、設置するもので ある。」 「中小企業の会計に関する検討会 第1回検討会 配布資料2」 http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/kaikei/kento/2011/ download/110215HS-2.pdf 20 『要領』, 「1.目的⑵」 21 『指針』, 「7.法人税法で定める処理を会計処理として適 用できる場合」 「会計基準がなく、かつ、法人税法で定める処理に拠った 結果が、経済実態をおおむね適正に表していると認められる 場合」 22 『指針』, 同上 「会計基準は存在するものの、法人税法で定める処理に拠っ た場合と重要な差異がないと見込まれる場合」 23 『要領』, 同上 24 『指針』, 「6.会計基準とその限定的な適用」 25 万代勝信「「中小会計要領」と「中小会計指針」の棲み分 けの必要性」『企業会計』Vol.64 No.10,中央経済社,2012年 10月,pp.34-35 26 万代勝信, 同上 27 『要領』,「3.記号会計基準、中小指針の利用」 28 万代勝信, 同上 29 弥永真生「「中小会計要領」の会社法における位置づけ」『企 業会計』Vol.64 No.10,中央経済社,2012年10月,p.41 30 『要領』,同上 31 『要領』,「6.国際会計基準との関係」 「本要領は、安定的には継続利用可能とする観点から、国 際会計基準の影響を受けないものとする。」 32 『要領』,「本要領の利用上の留意事項」 「本要領の利用にあたっては、上記1.~8.とともに以下の 考え方にも留意する必要がある。」 33 『要領』,「9.本要領の利用上の留意事項」 34 『要領』,「4.複数ある会計処理方法の取扱い⑵」 「会計処理の方法は、毎期継続して同じ方法を適用する必 要があり、これを変更するに当たっては、合理的な理由を必 要とし、変更した旨、その理由及び影響の内容を注記する。」 35 『要領』,「7.記帳の重要性」 「記帳は、すべての取引につき、正規簿記の原則に従って 行い、適時に整然かつ明瞭に、正確かつ網羅的に会計帳簿を 作成しなければならない。」 36 河﨑照行b「「中小会計要領」の全体像と課題」『企業会計』 Vol.64 No.10,中央経済社,2012年10月,注7 37 河﨑照行b,p.27 「記帳は会計行為の出発点であり、正確な会計帳簿は計算 書類の適正性を確保する前提である。 38 『要領』,「7.記帳の重要性」 39 河﨑照行c「日本における中小企業会計の現状と課題」『甲 南会計研究』第6巻,2012年3月,pp.7-8 40 河﨑照行c,p.8 41 「収益費用アプローチ」と比較されるものとして「資産負 債アプローチ」がある。また、両者の定義については様々な 見解があろうが、本稿ではこの点について議論の俎上が異な るため深く言及しない。 42 佐藤信彦「中小企業会計基本要領と中小指針の異同点と その関係」『税研』第163号,日本税務研究センター,2012, pp.36-37 以下、同稿に依拠・引用しつつ論考をすすめる。 43 『要領』,「8.固定資産」 「相当の減価償却とは、一般的に、耐用年数にわたって、 毎期、規則的に減価償却を行うことが考えられます。」 44 『要領』,同上 「資産の性質、用途、使用状況等を考慮して、適切な利用 期間を耐用年数とすることも考えられます。」 45 佐藤信彦,p.36 46 佐藤信彦,同上 47 佐藤信彦,同上 48 坂本孝司「中小企業政策および金融政策における「中小会 計要領」の意義」『企業会計』Vol.64 No.10,中央経済社,p.46 49 『指針』においても単に企業会計基準を簡素化するだけで なくこの余地も容認しているものと考えられる。 50 「逆基準性」の詳細は、 品川芳宣「税法と中小会社会計指針」武田隆二編著『中小 会社の会計指針』中央経済社,2006年9月,p58 浦野晴夫「確定決算主義と近年の国際会計基準の動向」『会 計原則と確定決算基準主義』森山書店,1996年2月,pp.65 -68に詳しい。 51 ちなみに参考値として、同じく中小企業であっても、『指針』 の適用が妥当だと思われる会計参与設置会社の数は、県央地 域に限っていえば皆無であろうとのことである。