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クスリはリスク:漢方薬から西洋薬をみる

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ઃ.くすりはリスク 東京医科歯科大学名誉教授でわたしの恩師であ る佐久間昭先生の『薬の効果・逆効果』(1981)と いう本の中に「/くすり3の逆は/リスク3(危険) である」というフレーズが出てくる.図 1に示す. 「くすりにはリスクもあるよ」ということだ.こ の「くすりはリスク」は 1980 年代以降,日本で医 療関係者にそれなりに広く使われた言葉である. この本には医薬品を取り巻く社会的な要因に関 しても触れられている.例えば,薬の商品として の特徴は「顧客能力が低い」,最近は「情報の非対 称性」とも言われる.くすりは社会的な要因が大 きい.これは現在もなくならない薬害問題にも関 係する. さらに歴史をたどると,1967 年に『薬毒論』と いう本が,伊沢凡人編で出ている.田村豊幸,辰 野高司,川瀬清を含め,4 人で書かれている.図 2 に示す.この中には「薬禍現象出現のサイクル」 として,薬のマーケットメカニズムのことも書か れている.この中に「新薬禍が生んだ漢方薬ブー ム」という言葉が出てくる. 新薬に対する不安感,不信感があり,自然なも の,ナチュラルなものがよりよい,また安全と思っ ている人は多いものだ.わたしにもそういう傾向 があった. ઄.伝統薬の多様性 「漢方薬」は人によって受け取り方がだいぶ異 なる.わたしは 1979 年に医学部を卒業し北里研 究所付属東洋医学総合研究所に勤務し漢方と内科 学を研修した.その後母校の難治疾患研究所臨床 薬理学で佐久間先生のもとで学位を得,1984 年か 薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 15ì1) June 2010:31

津 谷 喜一郎

くすりはリスク:漢方薬から西洋薬をみる

会長講演(講演日:2009.11.14) 第 15 回 日本薬剤疫学会学術総会記録 * 東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 〒 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 図 1 「くすりはリスク」(1981) 図 2 『薬毒論』(1967)

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らフィリピンのマニラにある WHO 西太平洋地 域事務局に,初代の伝統医学担当医官として勤務 した. 36 カ国・エリアを担当し,各国の現状調査には じまり,政策立案,研究,教育,情報交換のプロ ジェクトをそれぞれ複数作成しモニタリングを 行った. そこで明らかになったのは伝統医学と伝統薬の 多様性だ.パプアニューギニアの呪術医 witch が 用いる薬草の粉,それらは文字化されていない. ラオスのお坊さんが用いる植物の葉にパーリ語で 書いてある医学書中の薬草,ベトナムで中国系の 医学の中で使われる処方,中国の政治的色彩が強 い中で中西医結合の方針の中で使われる方剤,な ど.図 3に写っているのは中国の元衛生部長(厚 生大臣)・銭信忠先生で,中国で文化大革命時,「は だしの医者」という制度があったが,彼はモスク ワ留学組で,中国人民のための医療の中心人物で あった.そこでは政治と政策が大きな意味を持つ. અ.1971 年代の WHO の政策の変化 国際医薬品モニタリングと PHC 国際医薬品モニタリング(International Drug Monitoring)のシステムは,もともと,サリドマ イド事件の後,WHO が米国 FDA と協力してワ シントン DC の近くのアーリントンでパイロット プロジェクトとして始まったものだ.それがうま くいき,1968 年から WHO 本部のジュネーブで 国際医薬品モニタリングのプログラムとして正式 に活動が始まった.しかし先の中国の「はだしの 医者」の影響もあって,国際保健では 1970 年代は 世界的にプライマリーヘルスケア(PHC)が主流 となった.1978 年にはアルマ・アータ宣言が出さ れた.この国際医薬品モニタリングのプログラム には 20 人近いスタッフがいたが,PHC の政策の 中で,国際医薬品モニタリングで副作用情報を集 めることができるのは先進国しかない,必須医薬 品(essential drug)すら十分にいきわたっていな い途上国を対象とした PHC にもっとお金を使う べきだ,とされ,予算がつかないことになった. それをスウェーデン政府が引きつぎ,ウプサラに 拠点が移った. આ.英国からの黄芩類似生薬の 副作用報告との出合い / わたしの WHO での勤務は,1 年の 1/3 が途上 国への出張で,マニラでは管理的な仕事をしてい た.事務局では,いくつかの世界的な雑誌の回覧 シ ス テ ム が あ っ た.図 4 は 1989 年 の British Medical Journal で/Hepatotoxicity of herbal 図 3 元中国衛生部長・銭信忠(Qian

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remedies3という論文だ.わたしはもともと臨床 薬理学で学位を得て,有効性と安全性に関心があ り,生薬や漢方薬,英語では広く herbal medi-cines と称するが,その安全性を世界的な枠組み で考え始めたのはこの論文がきっかけだ. 読むと,Scutellaria species と書いてある.中 国の江蘇新医学院編の『中薬大辞典』(1977)で探 すと,全く同じ種ではないのだが,属が同じで黄 芩類似植物がある.図 5に示す.黄芩であれば, わたしは漢方をやっていたのですぐ分かる.洋の 東西を問わず,この属には肝毒性があるらしいと いうことが分かった. ઇ.Herbal medicines の安全性の システムとしての捉え方 一昨年 2007 年に元筑波大学の内藤裕史先生が 『健康食品・中毒百科』1)という優れた本を書かれ た.彼は,日本の臨床薬理学の初期,1970 年代か ら活躍されていた方だ.ここで健康食品は食品だ けでなく生薬や漢方薬も含んでいる.これらは連 続したスペクトルに位置するものだ.その序文に こう書いてある.「個々の事例という点と点を結 ぶ細い糸を探し出し,その糸をたぐって布を織り, 織りなす綾を読み取って鳥瞰図のようなものがで きれば,被害を未然に防ぐ仕組みもできるし,未 知の健康被害が発生したときの対応も容易であ る」.点鳥瞰図という流れだ.た いへんよくできた考え方だ.一方で,個人の努力 で綾を読んで鳥瞰図をつくるというのはやや無理 があり,システム的な対応,とくに国際的な対応 という視点が欠けているのではないかと思った. わたしは 1990 年まで WHO で勤務し,その後 1 年ボストンで研究のまとめを行い,1991 年に日 本に戻った.ICH の M1 トピックは医薬品行政 用語集(MedDRA)だ.わたしは 1995 年から 98 年まで,当時の厚生省から頼まれて ICH-M1 の 厚生省側のトピックリーダーをしていた.当時 は,WHO 副作用用語集(WHO Adverse Reac-tion Terminology:WHO-ART)がまだ使われて いた頃だ.それがひとつのソースにもなって MedDRA が作成されたわけだ. 図 6は WHO-ART を用いた国際医薬品モニタ リングとはどんなものかということで,1995 年に ICH-M1 の日本人のチームでウプサラを訪ねた 時のものだ.ここに写っているのが本日の午後特 別講演をする Ralph Edwards 先生だ.当時はま だ Uppsala Monitoring Centre という言い方はな く,WHO International Drug Monitoring Centre と称していた.その後,政府からの財政支援がな く な り,名 称 が Uppsala Monitoring Centre (UMC)となった. 薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 15ì1) June 2010:33 図 5 中薬大辞典 (下冊,1977, p. 2017-9) 記載の黄芩 図 6 ウプサラの国際医薬品モニタリングセン ター(1995)

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ここでデータベースを担当している女性スタッ フに「日本からどんな ADR レポートが入ってい るのか見せてくれ」と頼んだところ最初に出てき たのがなんと SAIKOKEISHITO だ.わたしには すぐに柴胡桂枝湯と分かった.しかし,これは日 本語を読める日本人にしか分からない.なぜこれ が最初に出るのかと聞くと「漢方薬は名前が明確 でなくコードがないから入力が遅くなり,その結 果先に出る」とのことであった.この 1995 年当 時,広い意味での herbal medicines の副作用の報 告が,世界から 6,000 件集まっていた. ઈ.日本の小柴胡湯の副作用 1995 年にウプサラを訪ねたことがきっかけで, WHO 勤務時に BMJ で読んだことを思い出し, 洋の東西にまたがる herbal medicines の副作用 についてきちんと論文にしないといけないと考 え,1996 年に共著論文を公表した2) 図 7に,リスク認知,リスク評価,リスク管理, の 3 段階を示す.1996 年の論文は,時に引用され るが,行政にはあまりインパクトを与えなかった. リスク管理に役立たなかったことになる.同じ 1996 年 3 月 2 日の朝日新聞に,小柴胡湯の副作用 で 10 人亡くなったという記事がでた.図 8に示 す.緊急安全性情報が出され,かなり大きなイン パクトを与えた.漢方薬は「長年使ってきて安全 性は保証されている」という神話が崩れかけた事 件となった. その事件を契機に日本の漢方薬の使用パターン が大きく変わった.表 1に 1992 年,1999 年, 2004 年の使用パターンを示す.マーケットの約1/3 を占めた小柴胡湯は大きく減少し,補中益気 湯などの「補剤」が主要なウェイトを占めるよう になった.この図は,医薬品の流れからいうと「川 上」の生産動態統計を用い価格を metric とした 医薬品使用実態調査(drug utilization research: DUR)ともいえるものだ. なお,医療用漢方製剤は 1970 年代に変則的な 承認と保険給付の決定がなされたところから,常 に保険外しの危機にさらされている.先週(2009 年)11 月 3 日に民主党政権による「事業仕分け」 があった.OTC で類似薬がある場合には保険か ら外すべきという意見が出され,医療用漢方製剤 も対象になり,それに対して反対運動が起きた. この時には,医療用漢方製剤すべてをまとめた議 論がなされた.いくつかの分類,あるいは薬事行 政でいう「クラス」に分けた議論も今後,必要か もしれない.補中益気湯はよい薬だが「補剤」の クラスにはいる.クラスごとの臨床的エビデン ス,またエフェクトサイズ,さらに薬剤経済学的 評価も必要だろう.ઉ.DUR のための ATC/DDD 先に,使用パターンを示したが,そこでの DUR 図 7 リスク認知・リスク評価・リスク管理 図 8 小柴胡湯で 10 人死亡の記事(1996.3.2)

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で用いた「価格」は metric としての妥当性は高く ない.価格は日本では薬価として 2 年に一度改正 され,また各国で異なるため国際間比較ができな い. こうした理由から開発されたのが Defined Dai-ly Dose(DDD)の考え方だ.図 9にその代表的な 使用例を示す.これはヨーロッパ各国の抗生物質 の DUR で,縦 軸 は3Defined Daily Dose per 1,000 inhabitants per day3となっている.つま り「1 日,住民 1,000 人あたり,何 DDD 使った か?」をみるものだ.これを見るとフランスはオ ランダの 3.5 倍抗生物質を使用しているとが分か る.これに基づきフランス政府は医師に対する抗 生物質の正しい使い方の教育を始めることにな る.DDD を用いるとより正しく政策決定に用い ることができる. この DDD を求めるにはまず,医薬品の分類と コード化がなされていなければならない.そこで 用いられているのが Anatomical,Therapeutic, and Chemical(ATC)Classification だ.図 10薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 15ì1o June 2010:35

図 9 ATC/DDD を用いた抗生物質の drug utilization research(DUR) 小柴胡湯 36.0% 柴朴湯 4.9% 補中益気湯 4.9% 八味地黄丸 3.3% 加味逍遙散 3.2% 六君子湯 2.7% 小青竜湯 2.4% 柴胡桂枝湯 2.4% 大柴胡湯 2.3% 当帰芍薬散 2.1% その他 35.7% 「薬事工業生産動態統計年報」より著者が作成 1992 年 表 1 1992 年,1999 年,2004 年の漢方薬の使用パターン 小柴胡湯 10.2% 補中益気湯 6.2% 柴苓湯 5.9% 加味逍遙散 3.2% 大建中湯 3.0% 麦門冬湯 3.0% 小青竜湯 2.3% 牛車腎気丸 2.2% 当帰芍薬散 2.1% 葛根湯 2.1% その他 59.9% 2004 年 補中益気湯 6.9% 大建中湯 5.5% 柴苓湯 4.9% 加味逍遙散 3.8% 小柴胡湯 3.3% 麦門冬湯 3.0% 牛車腎気丸 3.0% 六君子湯 2.7% 当帰芍薬散 2.4% 小青竜湯 2.4% その他 61.9% 1999 年

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ampicillin の例を示す.上から 5 つのレベルを用 いて分類し J01CA01 と ATC classification で決 まる.これに対応し種々の資料をもとに議論を し,DDD が 2 g と決められる.これらの作業は ノルウェー・オスロの国立衛生研究所にある, WHO Collaborating Centre for Drug Statistics が,世界に 12 人いる Working Group のメンバー と一緒に年に 2 回会議を開催し行っている. ઊ.根強い文化的嗜好 先に,1996 年の小柴胡湯の副作用で漢方薬安全 性の神話が崩れかけた,と述べた.その事件もす でに 13 年前で覚えている人も少なくなってきた. やはり漢方薬は数千年使ってきて安全で有効だと 考える人が多い.佐久間先生の本に顧客能力は低 いと書いてあるが,確かにそうだ. 図 11は中国の人口の推移を表す.古代からの 税制と農地からの食糧生産のデータに基づき推計 したものだ.中国というと,古代から数億の人口 がいたと考えがちだがそうではない.日本で承認 されている医療用漢方製剤 148 処方のうち約半数 は漢代の『傷寒論』や『金匱要略』の処方だが, 漢代の人口は数千万人で日本の現在の人口よりも 少ない.もちろん古代にはランダム化比較試験 (RCT)の方法論はない.そこでのエビデンスが どうやって「つくら」れたかというと,個々の人々 に対する有効性と安全性のデータがベースにな り,複数のデータがある人もしくは集団に集まり, そこでどのようにバイアスのない評価を行ったか による.それは現在の薬剤疫学と基本的には同じ だ.神様や天才がいて一挙に決めたものではな い.情報の流れは現在の市販後研究と同じもの だ. / ATC/DDD を用いた DUR はたいへん合理的な ものである.古代から近代にかけての漢方薬の有 効性と安全性のエビデンスの「つくり」方も,当 時としては合理的なものであったはずだ. 漢方薬は安全だ,体にいい,地球に優しいと思っ ている人が多いが誤解だ.図 12は中国の内陸部 で,生薬を掘っているところだ.現金収入が得ら れる.ところがこの穴ぼこを放っておくため環境 を破壊し,砂漠化し,いったん雨が降ると洪水に なってしまう.漢方薬や生薬というのは体に優し い,地球に優しい,と思っておられるようだが, 決して地球に優しくない.地球を収奪しているの だ.

ઋ.UMC による Herbal ATC(HATC) プロジェクトと日本での活動

世界的な herbal medicines の使用が高まり,各 国から UMC に報告される ADR report の数も増 えてきた.コードがなくてデータ処理が困難なの は日本からの漢方薬だけではない.西洋ハーブに ついても同じだ. そこで,UMC は ATC の分類システムを用い て herbal medicines の分類を行うプロジェクト を 2002 年に始めた.Herb の H をとって HATC と称される.このプロジェクトの当初のメンバー 図 11 中国の人口の推移 図 10 ATC の 5 レベルの分類法 / ・Therapeutic/pharmacological J01 antiinfectives for systematic use

J01C

ATC-DDD of J01CA1=2 g

penicillins with extended spectrum J01CA beta-lactam antibacterials, penicillins

J01CA01 ・Chemical ・Anatomy ampicillin=J01CA01 ampicillin J antiinfectives for systematic use

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は 3 人でわたしはその 1 人として日本の herbal medicines を担当することになった.対象は,使 用が多い医療用漢方製剤とした.日本では一般用 漢方製剤が医療用に転用されたというユニークな 歴史を持つ3).1967 年に 4 処方から始まり,1980 年に 148 処方,ブランドネームとしては 627 とな り,現在に至っている.図 13に示す.これに対 し HATC 分類を行うこととした4)5) なお,日本では多くは用量を低くし,同じ処方 で OTC 薬が販売されているものもある.2009 年 の改正薬事法で,OTC 薬はリスクに応じ 1 類,2 類,3 類と分けらるが,漢方薬はすべてまとめて 第 2 類に入っている.わたしはこれは間違いで, それぞれのリスクに応じて 1 類,2 類,3 類に分け なければいけないと考えている. このプロジェクトは,国立医薬品食品衛生研究 所生薬部,日本生薬学会,日本東洋医学会などか らメンバーを構成し 2002 年から 2004 年にかけて 行った4).しかしここで明らかになったことは, ATC の分類システムは漢方薬には向かないとい うことだ. ATC の第 1 レベルは,消化器系(alimentary), 血液系(blood),心循環器系(cardiovascular)な どと臓器ではじまる.ところが例えば小柴胡湯で は,長引く風邪に使うと呼吸器系,肝炎に使うと 消化器系,腎炎に使うと腎系,などと多彩な使わ れ方をする.UMC では最大 3 分類と決めたが,1 つの分類になるのは約 20%のみであった. また同じ処方であっても日本での分類と,中国 での分類では異なることもあり得よう.そこで日 本のみで分類とコードを決めると,中国,韓国, ベトナムなど中国文化圏の専門家にとって受け入 れがたいものができてしまう可能性がある.そこ でこのプロジェクトはしばらくサスペンドするこ ととした. 一方,HATC 全体としては,西洋ハーブは割と 簡単に分類ができ,いくつかの本が発行され た6)〜8) 10.漢方処方のローマ字表記の標準化 1995 年に Uppsala のデータベースで見た柴胡 桂枝湯は/SAIKOKEISHITOU3と「湯」が/TOU3 と U で終わっていた.わたしは UMC の Signal Reviewer にもなり,ID とパスワードをもらい UMC で作成しているデータベースである Vigi-Base を見ることができる.日本の厚生省から UMC に送ったものは,U が付いていたり付いて いなかったり統一していない.これは語尾だから 前方一致検索をすればよいが,単語の中程でこの 種の不統一があると検索が不十分なものになる. データマイニングも不完全なものになりリスクを 見逃すことも起こりうる. 表 2に日本のみならず他の漢字文化圏でのロー マ字表記の例を示す.3 行目はウェード式で台湾 など用いられているものだ.4 行目は中国本土で 薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 15ì1) June 2010:37 図 12 中国内陸部での生薬採取と環境破壊 図 13 日本の医療用漢方製剤の処方とブランド名の承認 数(企業数も示す)

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用いられている拼音(Pinyin)だ.漢字だと漢字 文化圏の人は分かるが,UMC のシステムは漢字 に対応していない.先に示したように,理想的に は標準化したコードができることだがしばらく時 間がかかろう.

UMC へ日本から ADR report として送る際の ローマ字が国内で標準化されるべきである.また 次回改正の日本薬局方に漢方処方が入ることにな り,そこでもローマ字表記法が標準化されること が必要であるとされた.そこで 2003 年から別の メンバーでチームを設立し,2005 年 3 月に「漢方 処方ローマ字表記法」(Standard Kampo Formu-la NomencFormu-lature)を完成させた.これは,日本東 洋医学雑誌,Natural Medicines(日本生薬学会雑 誌),Journal of Traditional Medicines(和漢医薬 学会雑誌)の投稿規定に入り,第 15 改正日本薬局 方(2006)でもこれを使うようになった. 11.漢方薬のリスクコミュニケーション のあり方 日本でも ADR のラインリストが公開されるよ うになった.当初は,厚生労働省の医薬品等安全 対策部会の配布資料として公開されたが,図 14 に示すように分かりづらかった.2005 年から医 薬品医療機器総合機構の web でいくらか分かり やすくなった.これらは,世界的な情報公開の流 れに沿ったものといえる.もう 1 つはリスク・ シェアリングの考えに基づくと考えられる.リス クを公開して,医療従事者や患者さんにもリスク の一部をシェアしてもらうというものだ. ラインリストのファイルは研究者用には提供さ れないので,自分でカウントしないといけないが, 漢方薬の ADR report 数は年間約 200 だ.日本は 全体で年間 3 万件の ADR report があるから約 1%に当たる. これらのリスクコミュニケーションはどういう スタイルがよいであろうか? 「何人に 1 人副作 用が起きる」というのが一番わかりやすい.ただ しそこでは分母がわからないといけない.厚労省 からの「医薬品・医療機器等安全性情報」では, 2006 年 5 月の No. 224 から推計年間使用患者数が 表記されるようになった. そこで,4 人の漢方専門医に独立に 148 の漢方 処方の平均処方月数を判断してもらい,異なると ころはディスカッションで決めた.また年間使用 量は,厚労省からの年間医薬品生産動態統計を用 いることとし,年間何人が各処方を使っているか を推計した.その結果,葛根湯が一番多く年間約 120 万 人,一 番 少 な い も の は 六 味 丸 な ど で 約 1,000 人しか使わないことが明らかになった.こ れで分母が分かり,先のラインリスティングから の副作用の分子がわかれば,「何人中何人に起き る」という一番わかりやすいコミュニケーション ができることになる.

図 14 ADR の ラ イ ン リ ス ト(AE Line list on MHLW web(8 June 2005))

SAIKOKEISHITOU saikokeishito

Tsai-Hu Kui-Chi Tang Chai-Hu-Gui-Zhi-Tang 柴胡桂枝湯

⇒international standard code

⇒Standard Kampo Formula Nomenclature 表 2 各国での漢方薬の表記法

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12.漢方薬のリスクのデータマイニング 先に述べた厚労省のラインリストのデータを用 いて,UMC でデータマイニングに使っている Information Component(IC)のアルゴリズムを 用いて,データマイニングを試験的に行ってみた. 1986 年の BMJ にあった黄芩について間質性肺炎 を対象とするととどうなるであろうか.図 15予備的な解析結果を示す.図の右にはコントロー ルとして麻黄を示した.パターンが違うことが読 み取れる. では UMC の Vigibase を用いるとどうなるで あろうか? ここで 2 つの問題が予想される.1 つは,日本からのデータが十分に Vigibase に入っ ていないことだ.表 3に Vigibase 中の世界から の herbal medicines の ADR report 数を示す.日 本は 286 件だ.先に,日本は年間 ADR report 総 数が 3 万件でそのうち,漢方薬が約 200 件と述べ た.日本は 1972 年に International Drug Moni-toring System に加盟している.なぜ Vigibase に は累計で 300 件弱しか入っていないのだろうか? 日本の ADR report は医療従事者からの直接報告 と,MR を介する企業報告とがあるが,日本は, 約 20%の直接報告の部分しか UMC に送ってい ないためだ.最近は全体を送る方向に動いている そうだが,つまりは日本からの副作用の情報が世 界的にシェアできる状態になっていないというこ とだ.情報のただ乗りだ. 13.台湾や中国の中薬の ADR reporting の状況と将来 海外を見てみよう.台湾は 1995 年に国民皆保 険を達成した.そこでは当初からレセプトに基づ 薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 15ì1) June 2010:39 898 461 .Canada 286 .Japan .Germany Others .Sweden 442 .Spain 466 .Australia 10.Switzerland

Herbal reporting from Vigibase (1968- 25 June 2004)

表 3 UMC Vigibase に収載される各国からの herbal medicine の ADR 数

11,489 3,008 .USA 2,325 total 1,269 .United Kingdom .France 1,195 205 図 15 ラインリスト上の情報を用いたデータマイニング

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くナショナルデータベースをつくり,それを研究 者も使えるようにしようと計画されていた.この データベースを用いた中薬についての研究がいく つかある.

1997〜2004 年で 64.2%の人が中国伝統医学薬 (traditional Chinese medicine)を使っている.ま た Radix paeoniae(芍薬)と Radix Glycyrrhizae (甘草)が肝炎のリスク増加と関連する(Lee CH, et al. J Gastroenterol Hapatol 2008;23:1549-55) というシグナル,木通と防己を 30 g 以上摂取す ると慢性腎障害発生のリスクとの強い関連(Lai MN, et al. Nephrology 2009;14:227-34),などで ある. つまり,漢方処方を構成生薬にばらしていくと, こうしたことが見えてくるということだ.ただし データマイニングではフォールス・ポジティブも あり得,漢方を知っている者からすれば,芍薬と 甘草で本当に肝炎が起きるのかという印象は持 つ. いずれにしろ,pharmacovigilance の種々の方 法を用いたつぎの研究が必要であろう.日本も 2011 年にはレセプトに基づくナショナルデータ ベースができるということで,厚労省にも懇談会 が設立されたが,こうした研究ができるようにな るのを期待している. 図 16は中国の ADR report 数を示す.中国は

1998 年に UMC の International Drug Monitoring system に参加した.ついで 2001 年に National ADR Surveillance and Reporting System を開始 した.それまで ADR report はほとんどなかった のだが,今世紀になり急速に数が増加している. 2007 年に 50 万件を超して,昨年 2008 年は 65 万 件だ.これは国家食品薬品監督管理局(SFDA) や新華社ニュースなどに公表されているものから つくったグラフだ.人口は中国が 13 億,日本が 1.3 億人として 10 倍だ.日本の年間 ADR report 数が約 3 万件だからに中国は人口当たり日本の 2 倍ということになる.この急速な数の増加の理由 は不明だ. その内訳は公表されていないが,いろいろな人 に聞くと,昨年 2008 年は約 65 万件のうち約 10 万件が中薬,日本でいう漢方薬だ.そのうち中薬 注射薬が約 7 万件だ.この中薬注射薬は以前から 大きな問題だとは言われていたがその ADR re-port 数が減少する兆しはないようだ.残り約 3 万件が内服で,わたしが関心を持っている黄芩を 含む製剤があることになる. 中国はこれらすべてを UMC に送る計画を持っ ている.西洋薬はローマ字や ATC code があれ ばなんとかなろうが,約 10 万件の中薬は ADR report の情報処理が難しいだろう.中国国内で しっかりしたコード体系があるのかどうかわから 図 16 中国の ADR 数の推移

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ないが,あってもインターナショナルなものには なっていない. しばしば,途上国からの ADR report は質が低 くダーティ(dirty)で役に立たないといわれるが, それは間違いだ.もともと疫学研究はダーティな データから何かを見いだそうとするものだ.とく に漢方薬や中薬を含めて herbal medicines に関 しては各国で共通なものがありうる.毛沢東は 「中医学は世界の宝庫だ」と言ったそうだが,わた しには中薬の ADR report は安全性研究の宝庫だ と思っている.

14.Herbal medicine の characterization の 世界的な動き

Herbal medicine の characterization は世界で いろいろな動きがある4).それは ADR monitor-ing のためだけではない.ランダム化比較試験 (RCT)の報告の質向上のための CONSORT 声明 を herb や中薬に拡張したものが発行されてい る.「介入」を十分に記載しないと,その RCT の 外的妥当性,一般化可能性が保たれないためだ. また ICH M5 の Drug Dictionary に herbal medi-cine を取り込もうという動きもあり,国際標準化 機構(ISO)の TC215 の Working Group 6 ととも

に進行中であるが動きは遅いようだ. 昨 2008 年あたりから,WHO の国際疾病分類 (ICD)との関係でも動いている.2003 年版で現 在使われてる ICD-10 が,2013 年の ICD-11 への 改訂に向けて,そこに伝統医学を入れようという プロジェクトが進行している.ICD-10 は 22 章 まであるが,ICD-11 でおそらくは第 23 章として 伝統医学を入れるというものだ. ICD-11 は紙媒体とともに種々の機能を持った バーチャル版をつくるということで作成にお金が かかる.この伝統医学分だけでも 5 億円かかり, 本年から毎年 1 億円かかるということで,日中韓 が主となりお金を出すことになっている.政府が 出すところもあれば,民間が出すところもある. WHO-FIC というのは聞き慣れない言葉だ. 国際的な分類は ICD だけでなくいろいろなもの があり競合することがある.そこで頭のいい人が それらが喧嘩しないように,WHO-FIC(Family of International Classifications)なるものをつくっ た.図 17に示す.中央のカラムが Reference Classification(中心分類)で,右が Derived Classification(派生分類),左が Related Classifi-cation(関連分類)だ.

各国の伝統医学は相違するところも多くそれら 薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 15ì1) June 2010:41

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をいれて International Classification of Tradition-al Medicine(ICTM)をつくり,その上部のレベ ルの共通のところを Reference Classification の ICD11 に入れて,残りを Derived Classification と して取り扱うという計画だ.

15.東アジアの漢方薬の共通分類システム Related Classification には先ほどの ATC が位 置する.先に述べたように解剖学的分類は中国系 の薬物に関しては適切ではないということで,中 国系の薬物の分類システムを使うべきだという議 論がなされている. 表 4は,中国で使っている方剤(処方)の分類 だ.清代の『医方集解』という本に基づくもので, 解表,清熱,瀉下などと,最近の本では 20 前後の 分類が用いられている.漢方をやっている日本人 は約半分は分かるものである.中薬(単味の生薬) についてもほぼ同じ分類法がある.すぐ分かる違 いは,小柴胡湯等を含む和解剤で,この分類は方 剤だけであり中薬にはない.これらの良い点は, 機能的な分類であるために,分類コードは 1 つに なるということだ. これをもとに,日中韓,またベトナムやモンゴ ルあたりが集まって議論して,東アジア諸国が満 足できるような形にすれば,世界的な分類システ ムができるであろう.

Forum for the Harmonization of Herbal Medi-cines(FHH)という,WHO の西太平洋地域 (WPRO)が関係し 2002 年から動いているプロ ジェクトがある.日本,韓国,中国,ベトナム, シンガポール,オーストラリア,香港をメンバー として活動している.先の HATC とこの FHH が協力すれば,時間はかかろうが完成するであろ う.さらに Reference Classification にある Inter-national Classification of Health Intervention (ICHI)のグループとの関連も必要かもしれない.

16.漢方からサプリまでの一連のスコープと 有害事象報告の一元化

これまで漢方薬を主に述べてきたが,日本で約 1,000 億円の市場規模だ.広い意味の相補代替医 療(complementary and alternative medicine: CAM)の日本の市場は 3.5 兆円である9).モノ系 は漢方・生薬の他に健康食品が 2 兆円,鍼灸・あ ん摩・マッサージ・柔道整復などの療術業が 1.4 兆円だ.健康食品によっても副作用が起きている 可能性がある. わたしは,2008 年度と 2009 年度厚労科研「薬 害肝炎の検証及び再発防止に関する研究」(主任 研究者:堀内龍也)の班員として,行政関連を担 当した.フィブリノーゲンに関係して米国での生 物製剤の歴史を調査しに FDA を訪ねた折,最近 の MedWatch のフォームを入手した.Med-Watch は,生物製剤も含めた医薬品,医療機器, 特別食品が 1993 年から統一したフォームを使っ ている. 日本はそれが全部ばらばらで,副作用,不具合, 健康被害と名称も違い,報告先も異なる.漢方薬 は薬と食品の間に位置づけられるものだが,医薬 品,漢方薬,健康食品を併用して有害事象が起き たとき,どのフォームを用いてどこへ報告すべき か分からなくなる.計画中の MedWatch Plus で はさらにワクチン,食品,ペットフードを対象に 含めようとしている.日本もぜひともこうした一 元化をしてもらいたい. また,1993 年に MedWatch が始まった時には adverse event(有害事象)と product problem(製 品の問題)を収集の対象とした.その後 product use error(使い方のエラー)と,problem with different manufacturer of same medicine,これは .清熱剤 86 .解表剤 20 表 4 中国の方剤の分類と各分類中の数 .安神剤 8 .開竅剤 6 10.理気剤 35 .瀉下剤 18 .和解剤 16 .温裏剤 22 .固澁剤 14 .補益剤 94 15.祛痰剤 26 16.消食剤 5 total 488 18.湧吐剤 2 17.駆虫剤 20 19.明目剤 6 11.理血剤 37 12.祛風剤 31 14.祛湿剤 38 13.治燥剤 4

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ジェネリックの関係だが,時代の要求に応じて全 部で 4 つのカテゴリーに増えてきている.これら は 1999 年に Institute of Medicine の3To Err is Human3(人はまちがう)という報告書が出て, そのあとできたということだ.これも日本が学ぶ べきことかもしれません. 17.おわりに 「くすりはリスク:漢方薬から西洋薬をみる」と して述べてきた.漢方薬は安全性においても複雑 であり,そこから西洋薬をみると簡単にみえる. 漢方薬のリスク評価とリスク管理には文化的な要 因が強く関与する.質の高いレギュレーションの ためには分類システムやコードなどのインフラづ くりが必要で,時間がかかる.医薬品,漢方薬, 健康食品は 1 つのスペクトラムの上に乗ってお り,それ全体をカバーできる MedWatch のよう な一元化した報告システムも必要だ.広い意味で の「くすり」は図 18に示すように常にリスクの側 面を持つことの自覚がこうしたシステムへの必要 性の認識とその設計への思考の基盤となる.先進 国の日本で,そうしたシステムをつくることは, 国内にいながらの国際貢献になるであろう. 文 献 1o 内藤裕史.健康食品・中毒百科.丸善,2007 2o 矢船明史,津谷喜一郎.Scuttellaria 属の生薬によ る肝障害ならびに同属のオウゴン含有漢方処方によ る肝機能障害について.臨床薬理.1996;27(3): 635-45.

3o Tsutani K. The evaluation of herbal medicines:an east Asian perspective. In:Lewith GT, Aldridge D (Edso. Clinical Research Methodology for Comple-mentary Therapy. London:Hodder & Stoughton, 1993. p. 365-93. 4o 津谷喜一郎,詫間浩樹.ハーブ・生薬・サプリメン トのリスクのレギュラトリーサイエンス.薬学雑 誌.2008;128(6):867-80. 5o 平成 15-17 年度厚生科学研究費補助金 健康安全確 保総合研究分野 医薬品・医療機器等レギュラトリー サイエンス総合研究.一般用漢方処方の見直しに資 するための有用性評価(EBM 確保)手法及び安全 性確保等に関する研究(主任研究者:合田幸広). 6o WHO guidelines on safety monitoring of herbal

medicines in pharmacovigilance system. Geneva: WHO, 2004.

7o Guidelines for herbal ATC classification. Uppsala: the Uppsala Monitoring Centre, 2004.

8o Herbal ATC index. Uppsala:the Uppsala Monitor-ing Centre, 2005.

9o 津谷喜一郎.日本の相補代替医療のコストは 3.5 兆

円.生存科学.2006;17 A:101-31.

薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 15ì1o June 2010:43

図 9 ATC/DDD を用いた抗生物質の drug utilization research(DUR)
図 14 ADR の ラ イ ン リ ス ト(AE Line list on MHLW web(8 June 2005))
表 3 UMC Vigibase に収載される各国からの herbal medicine の ADR 数
図 17 WHO-FIC(Family of International Classification)
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参照

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