BPPV に対する耳石置換法
良性発作性頭 位 め ま い 症(benign paroxysmal posi-tional vertigo, BPPV)は,特定の頭位または頭位変換に より回転性めまいが引き起こされる代表的な末梢性めま い疾患である1) .市中病院を受診するめまい患者の約 40%が BPPV または BPPV 疑いであり2) ,末梢性めまい 疾患の中で最も頻度が高い.BPPV の病態には,耳石器 から剥離した耳石が半規管内に迷入する半規管結石症 (canalolithiasis)と剥離した耳石がクプラに付着するク プラ結石症(cupulolithiasis)がある.3つの半規管そ れぞれに BPPV が発症するが,後半規管型 BPPV が約 50%と最も高頻度であり,次いで外側半規管型 BPPV が多く,前半規管型 BPPV はまれである3) . 1. 後半規管型 BPPV に対する耳石置換法 後半規管型 BPPV の大部分は半規管結石症が病態で あり4)
,耳石置換法(canalith repositioning procedure) により治療を行う.耳石置換法は,後半規管内の半規管 結石を,理学療法により半規管から排出させる治療法で ある.最もよく用いられているのは Epley 法である5) . 坐位から患側下懸垂頭位への頭位変換から開始し,頭位 を連続的に変化させることにより半規管結石の存在する 後半規管を回転させ,重力によって半規管結石を膨大部 と反対方向の卵形嚢へ排出させる(図1).Epley 法の 後半規管型 BPPV に対する治療効果の systematic review and meta―analysis によると,Epley 法は無治療または偽 置換法と比較して,自覚的な頭位めまいの消失と他覚的 武田 憲昭 徳島大学医学部耳鼻咽喉科 日耳鼻 120: 9―14,2017
「第117回日本耳鼻咽喉科学会総会シンポジウム」
めまいのリハビリテーション
耳石置換法と平衡訓練
1. BPPV に対する耳石置換法 後半規管型 BPPV には耳石置換法(Epley 法)が有効で,頭位めまいと頭位眼 振の消失を促進することから,強く推奨される.しかし,自然治癒が期待できる 疾患のため,嘔気のある患者や頸椎や腰部に異常のある患者に無理に行う必要は ない.外側半規管型 BPPV・半規管結石症にも耳石置換法(Gufoni 法)が有効 で,頭位めまいと頭位眼振の消失を促進することから推奨されるが,効果は限定 的である.無治療でも早期に自然治癒が期待できるため,無理に行う必要はな い.外側半規管型 BPPV・クプラ結石症には標準化された耳石置換法はないが, 無治療でも早期に自然治癒が期待できる. 2. 前庭障害に対する平衡訓練 平衡訓練は,前庭障害患者の自覚的な平衡障害を改善するとの evidence があ る.しかし,重心動揺などの他覚所見の改善効果は不十分である.平衡訓練は標 準化されていないため,今後,標準化された平衡訓練の evidence を得る必要が ある.前庭障害患者に対する Wii Fit を用いた平衡訓練が,通常の平衡訓練と比 較して有効であるとの evidence はない.仮想現実を用いて感覚ミスマッチ刺激 を反復して与える平衡訓練により,前庭障害患者の姿勢が安定する可能性があ る.しかし,感覚ミスマッチ刺激により転倒のリスクがある.感覚代行を用いた 平衡訓練が,前庭障害患者の姿勢や歩行を改善する可能性がある.今後,臨床研 究を行い,evidence を得る必要がある. キーワード : BPPV,耳石置換法,前庭障害,平衡訓練総
説
な頭位変換眼振の消失を有意に促進するとの evidence がある6) .われわれが行った研究でも,後半規管型 BPPV の患者において,Epley 法を実施した群と無治療の群で 頭位めまいの消失の過程を比較したところ,Epley 法を 実施した群は,無治療群と比較して有意に早く頭位めま いが消失した7) (図2).以上のことから,後半規管型 BPPVには耳石置換法である Epley 法が有効で,頭位め まいと頭位変換眼振の消失を促進することから強く推奨 される.無治療の後半規管型 BPPV の頭位めまいの発 症から消失までの平均日数は39日であることから7) , Epley法を行って頭位めまいの消失を促進する必要性は 十分にある.しかし,BPPV は自然治癒が期待できる疾 患であり,嘔気のある患者や頸椎や腰部に異常のある患 者には無理に行う必要はない. Epley法の原法では,頭位変換中に患側の乳様突起に 振動を与え,治療後の48時間,できるだけ頭位を直立に 保つことが記載されている.しかし,Epley 法を実施中 の乳様突起への振動刺激は,頭位眼振の消失を促進しな いとの evidence がある.Epley 法を行った後の頸部カラ ー装着,頭部運動の制限,頭部を直立させての睡眠は, 頭位眼振の消失を有意に促進するが,絶対的減少率は 10.5%(実施群の有効率88.7−非実施群の有効率78.1%)
であり,NNT(number needed to treat)は9.5であるた
め,強くは推奨されない8) . 後半規管型 BPPV の耳石置換法には,他にも Semont 法や Gans 法があるが,Epley 法とほぼ同様の効果があ る.しかし,非特異的な理学療法である Brandt―Daroff 法の効果は,Epley 法に劣る6) . 図 1 Epley法 : 後半規管型 BPPV に対する耳石置換法 図 2 Epley法の後半規管型 BPPV の頭位めまいに対する効果(文献7)
2. 外側半規管型 BPPV に対する耳石置換法 外側半規管型 BPPV には,方向交代性下向性眼振を 示す半規管結石症と方向交代性上向性眼振を示すクプラ 結石症があり,頻度はほぼ同じである3).外側半規管型 BPPV・半規管結石症の耳石置換法として,以前は Lem-pert法がよく行われていた.臥位で健側に向かって270 度回転してから起き上がり,外側半規管内の半規管結石 を重力により卵形嚢に排出させる耳石置換法である.し かし,Lempert 法には evidence がなく,現在ではほと んど行われていない7) .最近,外側半規管型 BPPV 半規 管結石症に Gufoni 法の有効性を示す systematic review and meta―analysis が報告された9) .Gufoni 法とは,坐位 からすばやく健側下頭位を取り,頭部をすばやく45度, 下方に回旋させ,2∼3分後に坐位に戻る耳石置換法で ある.外側半規管をすばやく回転させることにより,半 規管結石を慣性力により卵形嚢に排出させる10) (図3). 外側半規管型 BPPV・半規管結石症に対して Gufoni 法 は,偽置換法または薬物治療と比較して,有意に頭位眼 振の消失を促進するとの evidence がある.しかし,無 治療の外側半規管型 BPPV・半規管結石症の頭位めまい の発症から消失までの平均日数は16日で,早期に自然治 癒が期待できることから11) ,Gufoni 法の効果は限定的で ある.すなわち,方向交代性下向性眼振を示す外側半規 管型 BPPV・半規管結石症には耳石置換法である Gufoni 法が有効で,頭位眼振の消失を促進する evidence があ るが効果は限定的であり,強くは推奨されない. 一方,方向交代性上向性眼振を 示 す 外 側 半 規 管 型 BPPV・クプラ結石症に対しては,標準化された耳石置 換 法 が な い.Gufoni 法(患 側 下 頭 位 で 開 始 す る)や head―shaking 法が外側半規管型 BPPV・クプラ結石症 に有効であるとのランダム化比較試験(RCT)の報告は ある12).しかし,無治療の外側半規管型 BPPV・クプラ 結石症の頭位めまいの発症から消失までの平均日数は13 日であることから13) ,無理に耳石置換法を行う必要はな い. なお,後半規管型 BPPV の治療に用いる Epley 法は, 外側半規管型 BPPV には無効である. 前庭障害患者に対する平衡訓練 前庭機能が障害され,めまいや平衡障害が生じると, 前庭系の左右差を是正するために中枢前庭系による前庭 代償が誘導され,めまいや平衡障害が次第に軽減する. この前庭代償が不十分な場合,前庭代償を促進し,前庭 動眼反射を介して視線を安定させ,前庭脊髄反射を介し て姿勢や歩行を改善させる目的で,平衡訓練が行われ る. 1. 平衡訓練法 一側性末梢性前庭障害患者に対する平衡訓練の治療効 果の systematic review and meta―analysis によると,慢 性期の一側性前庭障害患者には平衡訓練が有効で,自覚 的なめまい平衡障害(Dizziness Handicap Inventory の
スコアなど)を改善するとの evidence がある14) .しか し,重心動揺などの他覚所見の改善効果は不十分であ る. このように,平衡訓練は一側性末梢性前庭障害患者の めまいや平衡障害に対して有効であるが,訓練方法が標 準化されていないことが大きな問題である.日本めまい 平衡医学会が平衡訓練の基準15) を提案しているが,やは り標準化は行われていない.代表的な平衡訓練法として Cawthorne―Cooksey 法がある16) .すなわち,頭部と眼の 運動による前庭動眼反射の利得の増加を図る平衡訓練 と,臥位や坐位,立位での頭部や身体の運動から歩行に 至る前庭脊髄反射を用いた平衡訓練が体系づけられてい る.日本では,日本めまい平衡医学会の平衡訓練の基準 の中の北里大学の平衡訓練がよく用いられている.しか し,平衡訓練のすべての運動を患者に行わせるのは,困 難であり現実的ではない.一側性末梢性前庭障害患者の 体動時のめまいや動揺視に対しては,前庭動眼反射の利 得を増加させる運動を行わせる.暗所での歩行時のめま いに対しては,体性感覚入力を強化する目的で,立位で 頭を動かしたり,閉眼で姿勢を保つなどの運動を行わせ る.このように,患者の症状に合わせて運動を組み合わ せた平衡訓練が行われている. 2. 仮想現実を用いた平衡訓練の開発 今までの平衡訓練は広いスペースが必要で,自宅で実 施するのが困難であった.仮想現実(virtual reality)は, 図 3 Gufoni法 : 外側半規管型 BPPV・半規管結石症に対する耳石置換法
コンピューター・グラフィック技術により作り出した空 間の中に自分が存在していると錯覚させることができる ため,仮想現実を用いた平衡訓練法の開発が行われてい る.まず,前庭障害患 者 の 平 衡 訓 練 に 視 運 動 性 眼 振 (OKN)刺激を加え,自宅でも OKN のビデオを見なが ら平衡訓練を行わせると効果が高いことが報告され た17) .その後,任天堂の家庭用ゲーム機である Wii Fit を用いた平衡訓練の効果に関する研究が行われてきた. 患者がバランスボードの上に乗り,テレビ画面を見なが ら運動を行う平衡訓練である.しかし,一側性前庭障害 患者に Wii Fit を用いた平衡訓練と通常の平衡訓練を行 った RCT では,効果に差がなかった18).しかし,楽し みながら訓練ができるため長期間の訓練が可能になって 効果が高くなる可能性が指摘されている. 仮想現実はリアルな空間を作り出すだけでなく,感覚 情報を操作したり合成することで,新しい環境を作り出 すこともできる.われわれは,頭の動きに対する空間の 動きに遅延(time lag)を生じさせることにより,視覚 と前庭ミスマッチ(visual vestibular conflict)を与える ことのできる仮想空間を作成した(図4左下).この仮 想空間で健常人に視覚と前庭ミスマッチを伴った運動を 行わせると,重心動揺の Romberg 率が低下し,姿勢が 安定することを明らかにした19) .この結果は,感覚ミス マッチ(sensory mismatch)刺激により中枢神経系内で 姿勢制御に関する感覚再重み付け(sensory re―weight-ing)が起こり,遅延のある視覚情報に依存せず,体性 感覚に依存したどっしりとした姿勢制御を獲得できると 考えられた. さらにわれわれは,身体全体を回転させてスノーボー ドを操り,ダウンヒルの旗門を通過する仮想空間を作成 した(図4右).この仮想空間で身体の動きに対する空 間の動きに遅延を生じさせることにより,健常人に視覚 と前庭・体性感覚ミスマッチ(visual vestibulesomato-sensory mismatch)を伴った運動を行わせると,訓練後 に運動中の頭部の安定と運動パフォーマンスの向上が得 られた20).このことから,感覚ミスマッチに適応すると 静的だけでなく動的姿勢制御も改善し,姿勢が安定して スムーズな歩行ができるようになると考えられ,仮想現 実を用いた平衡訓練が前庭障害患者に有効である可能性 がある.しかし,仮想現実による感覚ミスマッチ刺激中 に姿勢が不安定になったり,動揺病が発症することがあ るため(図4左上),感覚ミスマッチによる平衡訓練を 図 4 仮想現実(virtual reality)を用いた平衡訓練法(文献18,19,20)
臨床に応用するには問題が残っている21) . 3. 感覚代行を用いた平衡訓練の開発 両側の前庭機能が廃絶した患者の内耳の前庭に人工内 耳のような人工前庭器を埋め込む医療が開発されている が,まだ実用段階ではない22) .しかし,前庭障害患者の 低下した前庭情報を体性感覚刺激により感覚代行(sen-sory substitution)する医療機器を用いた平衡訓練が開 発されている.身体に装着した加速度計により身体の傾 きを検出し,腰部に振動刺激として伝える感覚代行装置 が開発され,RCT により有効な平衡訓練であることが 示されている23) .最近,頭部の傾きを舌に電気刺激とし て伝えて,その触覚により感覚代行を行う口腔内装置が 開発された.舌表面に10×10の微小電極アレイを装着 し,頭や身体が右に傾くと舌の右側が刺激され,前に傾 くと舌の前方が刺激されることにより,前庭情報を感覚 代行することができ る.こ の electro―tactile vestibular substitution systemを用いた平衡訓練が,一側性前庭障 害患者の姿勢の安定に有効で,短期的な持続効果がある ことが報告されている24) .さらに,この装置を用いた平 衡訓練を8週間行うことにより,一側前庭障害患者のめ まいや平衡障害が改善し,平衡訓練終了後2年間,その 効果が維持されていることも報告された25) .またわれわ れは,頭の傾きの前庭情報を下顎に振動刺激として伝 える感覚代行装置である TPAD(Tilt Perception Adjust-ment Device)という新しいデバイスを開発し,平衡訓 練への応用を検討している.今後,感覚代行を用いた平 衡訓練の臨床研究を行い,evidence を得る必要がある. 文 献 1)日本めまい平衡医学会診断基準化委員会 : 良性発作性頭 位めまい症診療ガイドライン. Equilibrium Res 2009 ; 68 : 218―225. 2)宇野敦彦, 長井美樹, 坂田義治, 他 : 市中病院耳鼻咽喉 科 に お け る 最 近 の め ま い 統 計. 日 耳 鼻 2001; 104: 1119―1125.
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連絡先 〒770―8503 徳島市蔵本町3―18―15