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独立行政法人 理化学研究所 細胞制御化学研究室*眞鍋史乃
*抗体−抗がん剤複合体における
リンカーテクノロジー
Linker Technology in Antibody-Drug Conjugates for Cancer Treatment
Linker technology is important for antibody-drug conjugate development. Linker connects antibody and anti-cancer agent. The linkage between antibody-drug conjugate must be stable during blood circulation, yet the anti-cancer agent should be released at cancer lesion. In this manuscript, the aspect of various linkers and spacers will be described.
抗体―抗がん剤複合体においては、抗体と抗がん剤を結合するリンカーが重要な役割を持つ。リン カーは、抗体―抗がん剤複合体を血中では安定に保持する一方、疾病部において、薬物を放出するは たらきを持つ。本稿では、リンカーおよびリンカーの構成部分であるスペーサーの種類と特徴につい て述べる。
ShinoManabe*
Keywords: antibody-drug conjugate, specifier, linker, spacer, diketopiperazine
抗体デリバリー -基礎から臨床まで- *RIKEN,SyntheticCellularChemistryLaboratory
1 . はじめに
ドラッグ・デリバリー・システムにおいて、近
年、抗体-抗がん剤複合体が注目を集めている。抗
体-抗がん剤複合体は、悪性腫瘍や炎症部位などに
おいて、目的の組織や細胞表面タンパク質に対する
モノクローナル抗体に抗がん剤を結合させることに
より、薬剤を病変部位に選択的に到達させ、放出さ
せることができる。複合体は、抗体の持つ高い特異
的結合性に加え、EPR 効果
1)により、がん組織に集
積させることができるので、理想的な薬物送達方
法、かつプロドラッグ化であると考えられる。現在、
PhaseI から III に至るまで、数多くの抗体-抗が
ん剤複合体が臨床試験段階にある
2)。抗体-抗がん
剤複合体は、生体内において標的へと誘導するパイ
ロット分子である抗体、リリースされる薬剤、抗体
と薬剤と結合させるリンカーの各部位から構成され
る(図 1)。リンカーは、所定の場所で薬剤を放出さ
せるための化学反応を選択的に起こすことが可能に
なること、すなわち特定の酵素が認識し、結合を切
断する部位である“specifier”の部分、および薬剤と
“specifier”との距離を離して結合させるスペーサー
の部分にさらに分けることができる。リンカーは、
抗体-抗がん剤複合体が目的部位に送達するまで安
図 1 抗体—抗がん剤複合体の部分構成と薬剤放出機構 酵素による切断 specifier スペーサー 薬剤 スペーサーと薬剤の間の結合開裂 薬剤放出 specifier スペーサー 薬剤 リンカー 薬剤 specifier スペーサー定に抗がん剤を抗体に保持していることが必要であ
る一方、目的部位では適切な速度により薬物を放出
する役割を持ち、効果的な抗体-抗がん剤複合体の
実現のためには、リンカーの設計が重要な役割を果
たす
3~5)。
2 . 抗体とリンカー部の結合
薬剤を抗体に共有結合させるには、タンパク質へ
の一般的な修飾法が適用される。代表的なものとし
ては、リジンの側鎖アミノ基へのアミド結合、シス
テインのチオール基を利用したジスルフィド結合や
マレイミドへの付加などが挙げられるが、抗体-
抗がん剤複合体においては、Fc 領域ヒンジ部のジ
スルフィド結合を還元的に開裂させてシステイン
のチオール基を介した結合形式をとることが多い
(図 2)。システインのチオールとマレイミドの反応
は、中性付近の温和な条件において進行するため
に、第一選択の手法である。システインの修飾方法
としては、α―ハロアミド基との結合も挙げられる
が、マレイミドよりも塩基性の強い条件での導入が
必要になる。リジンは抗体の表面に存在することが
多いために、リジン修飾を行うと特異性が低下した
り、非特異吸着が起こったりすることがある。リジ
ンのアミノ基修飾には、スクシイミドエステルを活
性化エステルとして pH8 付近で用いることが多い
が、グリシン緩衝液や Tris(トリスヒドロキシアミ
ノメタン)緩衝液は、緩衝液中に活性化エステルと
反応する化合物を含むために使用できない。
近年、これら従来の方法に加えて、
invivo
や
in
vitro
においても化学修飾に耐えうることができて、
温和な条件において残基選択的に導入可能である手
法がいくつか開発されている。Schultz は、
invitro
proteinsynthesis 法により非天然アミノ酸の
p
―ア
セチルフェニルアラニンを Her2 抗体に導入し、カ
ルボニル基と抗がん剤の monomethylauristatinE
(MMAE)をオキシム結合で連結することにより、
化学構造的に均一な抗体-抗がん剤複合体を合成し
た(図 3)
6)。合成した抗体-抗がん剤複合体は、優
れた薬物動態と抗がん作用を示している。非天然ア
ミノ酸を天然タンパク質に発現させる革新的な遺伝
子工学的方法が続々と報告されており、将来的には
化学者から生物学者、あるいは医療分野に簡単に適
応できる汎用性ある手法として発展していくことが
望まれる。最も有名なものは、Sharpless と Meldal
によって改良された、アジド基とアセチレン基との
間での [2+3] 環化反応である ClickChemistry 法で
ある
7,8)。アジド基やアセチレン基は、生体内には
存在せず、かつ基本的には生体内において代謝され
ないので、生物直交性(bioorthogonal)な方法とし
て、注目されている。初期の ClickChemistry 法に
おいては、反応を触媒するために銅イオンを必要と
していたが、銅イオンが生体内の反応の場合には有
毒であるため、銅イオンを必要としない改良法が開
発されている
9)。これらの反応では、タンパク質の
特定の位置に、アジド基あるいは 3 重結合を導入す
ることができれば、タンパク質の活性を損なうこと
なく、位置選択的に修飾を行うことが可能である。
図 2 典型的な抗体修飾 SH NR O O S SH S O NHR NH2 N H O R i) ii) iii) + + + NR O O Br NHR O N O O O O R 図 3 最近行われている抗体修飾 O RO-NH2 NOR R-N3 NR N N N3 R + + i) ii) +3 . 抗がん剤とリンカー部の結合部位
抗がん剤とリンカー部の間の結合様式は、薬物放
出能力を決定するうえで非常に重要である。ヒドラ
ゾンやエステル結合のように加水分解により放出さ
れるものもある。ヒドラゾンは、アミノ基とケトン
の間で形成される。血中では液性が中性(pH7.3~
7.5)に対し、がん細胞のエンドソーム(pH5.0~6.5)
やリゾソーム(pH4.5~5.0)では酸性であることを利
用して、がん組織において容易に切断されることを
目的としているが、中性においても徐々にではある
が加水分解されるために、目的以外の部位において
の安定性に問題がある。ドキソルビシンのカルボニ
ル基をヒドラゾンとして Lewis―Y 特異的抗体と結
合した例が有名である(図 4)
10)。また、ジスルフィ
ド結合も化学的開裂を期待してよく使用される結合
である。ジスルフィド結合は硫黄原子に隣接した炭
素にかさ高い置換基を導入することにより、安定性
や放出速度を制御することも可能となる
11)。しかし
ながら、化学的開裂反応である加水分解では、病変
部位と他の部位においての放出速度に違いを出すこ
とは困難であり、血中においての安定性にも問題が
ある。
一方、病変部位で発現上昇している酵素により、
特定の分子構造を特異的に認識し、切断される構造
がリンカーに含まれれば、病変部位においてより選
択的な薬物放出が期待される。そのような構造とし
て、糖加水分解酵素や種々のペプチド加水分解酵素
の認識部位が specifier として使用される。例えば、
カテプシンは、がん細胞内で発現上昇しているシス
テインプロテアーゼ酵素であることから、カテプシ
ンにより切断可能であるリンカー設計がなされて
きた
12)。Phe―Lys の specifier からなるリンカーは、
invitro
において半減期が 8 分であるが、Val―Cit
を specifier とした場合には半減期は 240 分まで延
びる。マウス血清、ヒト血清では Phe―Lys,Val―Cit
はヒドラゾンに比べて充分長い半減期を持つ。こ
の specifier は、全身性未分化大細胞リンパ腫をター
ゲットにした SGN―35 に導入された
13)。
Prostate―specificantigen(PSA)は前立腺がんに
特異的なセリンプロテアーゼであり、Ac―His―Ser―
Ser―Lys―Leu―Gln が specifier として有効であるこ
とが示された
14)。ペプチドのみならず、糖構造も
specifier として認識される。例えば、β―グルクロ
ニダーゼはがん組織において発現量が増加してい
ることが古くから知られており、グルクロン酸を
specifier とする構造も多々報告されている
15)。
4 . スペーサーの設計
さて、薬剤と specifier を直接結合させると、薬
剤そのものによる立体障害により、酵素による化学
図 4 化学的に開裂するリンカー:i)ヒドラゾン結合により抗体に結合したドキソルビシン;ii)ジスルフィド結合により抗体に結合した DM4OMe
O
O
OH
OH
N
OH
O
OH
O
OH
NH
O
N
O
O
S Ab
NH
2O
H
N
O
OH
OMe
Cl
OMe
N
H
O
Me
O
O
N
S
O
Me
O
S
N
H
Ab
O
i
)
ii
)
結合の切断、それに続く薬剤の放出が困難になるこ
とがある。この問題点を解決する手法として、薬剤
と specifier の間にスペーサーとよばれる部位が挿
入されることが多い。例えば、β―グルクロニダー
ゼによる切断を期待して合成した化合物は、ドキソ
ルビシン自身の立体障害のために、薬剤放出が起こ
らない(図 5)。一方、スペーサーを介した化合物は、
ドキソルビシンを効率よく放出ことが確かめられ
た
16)。
最も汎用されているスペーサーは、
p
―アミノベ
ンジルオキシカルボニル基である
17)。薬剤の水酸
基、アミノ基を介して、specifier と結合しており、
specifier の結合が酵素により切断されると、スペー
サーは CO
2と
p
―アミノベンジルアルコールに変化
しながら、薬剤を放出する(図 6)。ただし、このタ
イプのリンカーは、自壊的放出過程において、非常
に反応性が高いキノメチドを生じる。この中間体は、
例えば、水と反応して
p
―アミノベンジルアルコー
ルになるが、キノメチドの高い反応性のため、シス
テインのチオール基と反応する懸念が生じる。この
リンカーが、報告された原著論文においても審査員
からこの懸念についての指摘がされている。さらに
specifier とスペーサー部分の結合は、カーバメート
基となるが、ある種のエンドペプチダーゼはカーバ
メート基と specifier との結合を切断できないこと
図 5 i)ドキソルビシンと specifier であるグルクロン酸が直接結合した化合物(薬物放出を起こさない) ii)ドキソルビシンと specifier であるグルクロン酸をp―アミノベンジルオキシカルボニル基をスペーサーで連結した化合物(薬物放出を起こす) OMe O O OH OH O OH O OH O O NH2 O OH OH OH HO2C doxorubicin glucuronic acid i) doxorubicin OMe O O OH OH O OH O OH O OH NH O O NO2 O HO OH OH CO2H O spacer glucuronic acid ii) 図 6 p―アミノベンジルオキシカルボニル基スペーサーの薬物放出機構N
H
O
R
O
O
X
Drug
enzymatic cleavageN
H
O
R
O
O
X
Drug
enzymatic
cleavage
H
2N
O
O
X
Drug
H
2N
O
O
X
Drug
+
highly reactive to nucleophileH
2N
OH
Drug
HX
+ CO
2+H
2O
RCO
2H
図 7 ジケトピペラジン生成を駆動力とするスペーサーの薬物放出機構