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Title 液体クロマトグラフィー質量分析による醸造過程代謝物の網羅分析法の開発と食品への応用 ( Dissertation_ 全文 ) Author(s) 吉田, 寛郎 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL htt

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Title 液体クロマトグラフィー質量分析による醸造過程代謝物の網羅分析法の開発と食品への応用( Dissertation_全文 )

Author(s) 吉田, 寛郎

Citation Kyoto University (京都大学)

Issue Date 2015-09-24

URL https://doi.org/10.14989/doctor.r12961

Right

Type Thesis or Dissertation

Textversion ETD

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液体クロマトグラフィー質量分析による醸造過程代謝物の

網羅分析法の開発と食品への応用

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目次

第 1 章 諸言 1 第 2 章 脱塩技術の開発 13 2-1 序 13 2-2 実験と方法 15 2-2-1 試薬 15 2-2-2 試薬調製 16 2-2-3 分析装置 16 2-2-4 分析手順 17 2-2-5 分析条件 18 2-3 結果 20 2-3-1 脱塩条件の最適化 20 2-3-2 本法の適用可能なアミノ酸 24 2-4 考察 26 2-4-1 イオン対試薬の選定 26 2-4-2 本法の概念 27 2-4-3 脱塩条件の最適化 28 2-4-4 本法の性能(適用可能なアミノ酸) 30 2-4-5 本法の性能(検出限界) 31 2-5 まとめ 32

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第 3 章 網羅分析法の開発と醤油含有代謝物の解析 34 3-1 序 34 3-2 実験と方法 36 3-2-1 試薬・試料 36 3-2-2 試料調製 36 3-2-3 分析条件 37 3-3 結果 40 3-3-1 分析条件の最適化 40 3-3-2 分析法の正確度、再現性の確認 51 3-3-3 製造法の違いを反映する醤油含有代謝物の同定 57 3-4 考察 62 3-4-1 分析法の最適化 62 3-4-2 分析法の正確度、再現性の確認 64 3-4-3 製造法の違いを反映する醤油含有代謝物の解析 64 3-5 まとめ 66 第 4 章 熟成度を反映する味噌含有代謝物の解析 68 4-1 序 68 4-2 実験と方法 69 4-2-1 味噌 69 4-2-2 試薬調製 70 4-2-3 分析条件 71 4-3 結果 72

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4-3-1 味噌の明度測定 72 4-3-2 PFPP シリカカラムを用いた LC-MS 測定(本法) 74 4-3-3 C18 シリカカラムを用いた LC-MS 測定(従来法) 74 4-3-4 主成分分析 75 4-3-5 熟成度を反映する代謝物の同定 77 4-4 考察 92 4-4-1 味噌の熟成度 92 4-4-2 本法と従来法の分離の比較 92 4-4-3 熟成度を反映する味噌含有代謝物の解析 92 4-4-4 本法と従来技術との比較 96 4-5 まとめ 97 第 5 章 結言 98 謝辞 102 参考文献 103 略号 126

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第 1 章 諸言

近年、科学技術の進歩により、生物の遺伝子や転写産物、タンパク質、代謝 物の変化を解析するゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、 メタボロミクスの研究が盛んに行われている。これら研究は総称して「オミク ス」と呼ばれている。メタボロミクスはポストゲノム研究の 1 つであり、London 大学の Nicholson 教授が提唱した、最も新しい「オミクス」分野の学問であり [Nicholson et al. 1999]、低分子化合物である内因性代謝物の動態変動を通じ て、生命現象を包括的に調べようとする手法である。内因性代謝物はゲノム情 報が転写され、翻訳過程を経た表現型であり、発現過程の最下流に位置するた め、生命現象や生体機能調節を解明する上で重要であると考えられている(図 1-1)。 図 1-1 メタボロミクスとゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミク スの関係 一般的にメタボロミクスでは、アミノ酸、有機酸、核酸関連物質、糖リン酸 などのような内因性の代謝物を測定の対象としており、これら代謝物は各代謝 経路に位置している。これらの中でもアミノ酸は代謝経路の分岐点に位置して おり、代謝制御に深く関与しているため、重要な役割を担っている。アミノ酸

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2 の構造は炭素を中心にアミノ基とカルボキシ基を有するものの、有機酸にはア ミノ基はなく、糖リン酸に至っては、両官能基とも有していない。アミノ酸を 始めとしたこれら代謝物の構造は多様であるため、内因性の代謝物には化学的 および物理的性質の共通点はないように思える。しかし大部分の代謝物は「親 水性」という特徴を有する。 メタボロミクスの分析は主に定量分析と網羅分析の方法論から構成される。 定量分析とは、予め決めておいた代謝物を測定し、その量的変化を調べること を目的とする。これはメタボロミクスという学問が提唱される以前から、生化 学者たちはアミノ酸[Stein et al. 1954]、有機酸[Elmer et al. 1951, Zbinovsky et al. 1952]、核酸関連物質[Fales et al. 1962]、糖リン酸[Burt 1964]など のような代謝物を定量しており、その量的変化を議論してきた。定量分析では 官能基に特異的な誘導体化法が長年研究されており、アミノ基、カルボキシ基 などとそれぞれ選択的に反応する試薬で誘導体化することによって、対象の代 謝物検出の感度や選択性を大幅に向上させることが可能となる[Uchiyama et al. 2001, Fukushima et al. 2003]。アミノ酸の高感度分析を行う場合、オルトフ タルアルデヒド、4-フルオロ-7-ニトロベンゾフラザンなどが使用され、pmoL か ら fmoL の定量が可能となる[Fukushima et al. 2003, Miyano et al. 2004]。 また近年量的変化をより明確に把握する手段として、質量分析計(MS)と安定 同位体を用いたフラックス解析が活用されている[Lapidot et al. 1994]。この 手法は代謝物の流れを動的に解析できる点で非常に優れており、菌体増殖期な ど、より代謝の変化の速い時期での細胞内動態を観測し、精度の高い解析を可 能とする[Iwatani et al. 2007]。一方、もう1つの方法論である網羅分析とは、 特定の代謝物に限らず、検出できる全代謝物を、既知未知を問わず包括的に測

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定する手法である。この分析により得られる結果は膨大な情報量を持つため、 統計的手法に基づいて解析されることが多く、最終的に試料間の差と推定され る代謝物、つまり指標となる代謝物が導き出される。Aharoni らはイチゴの成長 過程の、Nicholson らはマウスの表現型の違いを示す代謝物を発見した[Aharoni et al. 2002, Gavaghan et al. 2002]。網羅分析は有用な手段として期待され ており、メタボロミクスにおける分析法の主流となりつつある。網羅分析の技 術を深めることが、将来のメタボロミクス研究の進歩に繋がると考えられる。 しかしこの手法には決まった作業手順はなく、それぞれが最適であろうと考え た前処理法と分析法を用いて、代謝物を測定している。これは代謝物の化学的、 物理的性質が多様であることによる。また、指標となる代謝物を探すという網 羅分析法の趣旨を鑑みると、一度の分析で出来る限り幅広く代謝物を測定する ことができる分析法が求められる。 代謝物の測定には、核磁気共鳴(NMR)、MS、ガスクロマトグラフィー質量分 析計(GC-MS)、キャピラリー電気泳動質量分析計(CE-MS)、液体クロマトグラ フィー質量分析計(LC-MS)などが用いられる。NMR は、代謝物における核スピ ンのエネルギー吸収と放出の現象を観測しており、他の装置に比べて化学的、 物理的な制限を受けることは尐ないため、多様な代謝物を検出することが可能 である。したがって、NMR は網羅分析の手段として活用されることが多い [Raamsdonk et al. 2001, Beckonert et al. 2007, Tiziani et al. 2009]。し かしながら、NMR は他の装置に比べて感度が低いため、微量な代謝物を分析する ことには適しておらず、またその特性から硫酸基やリン酸基のような構造を有 する代謝物を検出することはできない[Plumb et al. 2002]。このような NMR の 短所は MS を用いることにより、補完される。MS は NMR に比べて感度は数桁高い

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と 言 わ れ て お り 、 メ タ ボ ロ ミ ク ス の 網 羅 分 析 で は 幅 広 く 活 用 さ れ て い る [Aharoni et al. 2002, Allen et al. 2003]。しかし MS では同じ質量数の代謝 物を区別することができず、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法や大気圧化 学イオン化(APCI)法を用いると代謝物のイオン化が抑制され、定量性や感度 が低下するといった NMR にない短所があるため、一般的には分離部と組み合わ せて使用する場合が多い。分離手段として、ガスクロマトグラフィー(GC)、キ ャピラリー電気泳動(CE)、液体クロマトグラフィー(HPLC)などが用いられる。 GC-MS は最も早くから進歩した技術であり、定量分析だけでなく[A et al. 2005, Dobson et al. 2008]、網羅分析にも活用されている[Wiklund et al. 2008, Sreekumar et al. 2009, Greenberg et al. 2009]。この装置の長所は、移動相 に気体を用いることができることである。気体の粘性は低く、かつカラムに対 する抵抗は小さいため、非常に長いカラムを用いることができ、高い分離能を 得ることができる。また誘導体化をすれば、化学的、物理的性質が多様な代謝 物を測定することができる。一方この装置の短所は、不揮発性および熱分解性 である代謝物をそのまま測定することはできないことである。尐なくともアミ ノ酸の 1 種であるグルタミンやグルタミン酸は熱に不安定であることが一般的 に知られており、誘導体化して GC-MS によって代謝物を測定することが必ずし も適切であるとは限らない[MacKenzie et al. 1985]。この短所を補う分離法と して CE が挙げられる。CE とは代謝物を一定の電場のもとで、電荷/質量比に基 づいて分離する手法であり、代謝物を誘導体化することなく、直接分離するこ とができる。2000 年代頃から CE-MS を用いたメタボロミクス研究が行われるよ うになった[Soga et al. 2000, Soga et al. 2002, Hirayama et al. 2009]。 CE-MS は代謝物を分離する点では非常に優れているものの、濃度感度が低いため、

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5 微量成分の測定には適していないこと、および安定的に通電性を確保すること が難しいため、頑健性に乏しく、試料の連続測定には適していないことが短所 である。一方 LC-MS は、これまで述べてきた NMR、GC-MS、CE-MS の短所を十分 に補完することができる分析装置である。この装置は、検出器として MS を用い ており、必ずしも誘導体化を必要とせず、注入量も増やすことができるため、 熱不安定性と感度の問題を解決することができる。また CE-MS のような通電性 の問題により、連続測定の頑健性に懸念が生じることは全くない。LC-MS の最大 の長所は、固定相と移動相の種類が豊富であるため、分離の選択幅が広いこと である。LC-MS は一度の分析で化学的、物理的性質が多様な代謝物を分離するこ とに適している。 HPLC を用いた網羅分析の先行研究では、固定相としてオクタデシル(C18)シ リカカラム[Plumb et al. 2006]、イオン交換カラム[Edwards et al. 2007]、 アミドシリカカラム[Tolstikov et al. 2002]が用いられている。C18 シリカカ ラムを用いた逆相クロマトグラフィーは、固定相と移動相の極性の差を活かし て、代謝物を分離する手法である。この長所はアミノ酸のような親水性の代謝 物を除いた代謝物を保持、分離できることである。Plumb らはこのカラムを活用 して代謝物の網羅分析を試みたものの、実質は質量差を検出できる MS を駆使し た代謝物の分析に過ぎなかった。逆相カラムを用いて代謝物を保持、分離する ためには、移動相に疎水性のイオン対試薬を用いる必要がある。この手法はイ オン対クロマトグラフィー(IPC)と呼ばれ、アミノ基やカルボキシ基を有する 代謝物とイオン対試薬のイオン対を形成させることにより、逆相カラムを用い て代謝物を保持、分離させるものである。これまで IPC でのイオン対試薬は不 揮発性であったため、IPC の検出器に MS を用いることはできなかったが、近年

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6 フッ素化カルボン酸のような揮発性のイオン対試薬が開発されたことにより、 LC-MS への適用拡大が可能となった。Piraud らは揮発性のイオン対試薬である ヘプタフルオロ酪酸と C18 シリカカラムを用いて、アミノ酸類の分離に成功し ている[Piraud et al. 2005]。しかしイオン対クロマトグラフィー質量分析計 では、イオン対試薬を用いるために、検出感度が低下してしまい、微量な代謝 物の測定には適さない側面を有する。分離と感度を鑑みると、代謝物の分析に 適した方法は次に示す 2 通りであると考えられる。 1 つはイオン交換カラムを用いたイオン交換クロマトグラフィーである。イオ ン交換カラムは、固定相のイオン交換樹脂と代謝物の静電的相互作用によって、 代謝物だけでなく、タンパク質、ペプチド、核酸など電荷を有する生体分子を 分離することができる有効な方法であり、昔から活用されている。この手法の 代表的な例として、ニンヒドリンを検出試薬に用いたアミノ酸分析計が挙げら れる。アミノ酸分析計は 1958 年 Spackman らにより開発され[Spckman et al. 1958]、56 年間経った今でも原理が変わることなく使用されており、アミノ酸の 分析では、絶対的な手法として確立されている。イオン交換カラムの特徴は移 動相としてイオン強度の大きい溶液、すなわち自己解離定数が大きいリン酸や ホウ酸水溶液を用いることである。これら塩は不揮発性であり、イオン交換カ ラムからの溶離液を直接 MS に導入することはできないため、代謝物を同定する ことは困難であり、脱塩が必要となる。一般的な脱塩手順として、目的の代謝 物のピークを紫外吸光度(UV)検出器により検出すると同時に分離カラムから の溶離液を分取し、固相抽出法を用いて、手作業により目的の代謝物を卖離す る方法が知られている。しかしこの方法は、一連の工程で代謝物が変化してし まう恐れがあること、目的の代謝物を含む試料が汚染されてしまう可能性があ

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7 ること、および作業が煩雑であり、時間がかかるという課題を有する。また親 水性の代謝物に限って、代謝物と塩の物性は類似しているため、固相抽出法を 用いて、これらを分離することは非常に難しい。これらの課題を克服するため には、イオン交換カラムからの溶離液に含まれる代謝物だけを直接 MS に導入可 能な脱塩技術を開発する必要がある。この技術を開発することができれば、イ オン交換カラムにより分離した代謝物を質量分析することができ、現在のメタ ボロミクス研究が加速するとともに、論文などには報告されていない過去に取 得した結果を埋没させることなく、活用することも可能となる。またこの技術 的な課題を克服することが、イオン交換カラムを用いた網羅分析の飛躍的な進 歩に繋がる第一歩となる。現在、他の研究者らも精力的に脱塩技術の開発に取 り組んでいるところであり、主だった成果は、千葉と高橋が開発した脱塩装置 のみである[Chiba et al. 2013]。しかしこの装置はイオン交換カラムからの溶 離液を脱塩するだけの十分な性能を有しておらず、さらなる改良が必要である。 代謝物の分析に適した方法のもう 1 つはアミドシリカカラムを用いたものであ り、これは親水性相互作用クロマトグラフィーと呼ばれ Alpert が提唱したもの で、1990 年代に登場した新しい分離法である[Alpert 1990]。Alpert は 2-ヒド ロキシエチルアスパルトアミドカラムを用いて、アミノ酸、リン酸化アミノ酸、 ペプチドなどの代謝物の分離に成功した。親水性相互作用クロマトグラフィー の原理は固定相と移動相の極性の差を活かして代謝物を分離するというもので ある。極性の差を活かす点では、親水性相互作用クロマトグラフィーは C18 シ リカカラムを用いた逆相クロマトグラフィーと共通するものの、親水性の代謝 物を保持、分離することができる点において異なる。この理由は、親水性相互 作用クロマトグラフィーでは移動相の極性は低く、固定相の極性が高いことに

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8 よる。一方、親水性相互作用クロマトグラフィーはイオン交換クロマトグラフ ィーとも異なり、揮発性の溶媒を用いて、代謝物を分離することができ、溶離 液を直接 MS に導入することが可能であるため、代謝物を網羅的に分析する手法 として最適であると考えられる。しかし、親水性相互作用クロマトグラフィー では HPLC に注入する試料は十分な有機溶媒を含有していなければ、代謝物を保 持、分離することはできず、またごくわずかな移動相の有機溶媒量の変化が保 持時間の変動に影響を与えるため、保持時間の再現性が乏しい、といった網羅 分析に適さない側面を有する。したがって、代謝物を卖に保持、分離すること だけでなく、分析条件がわずかに変わっても、その影響を受けない再現性と実 用性を兼ね備えた分析法が求められている。 近年、疾患の指標となる代謝物が推定されるなど、メタボロミクスの研究成 果が報告されている[Sreekumar et al. 2009, Greenberg et al. 2009]。メタ ボロミクスの研究が創設された当初の目的は、薬物や外的環境などによる生体 への影響を評価することであった。しかしその有用性が立証されると、その対 象は発酵および植物の研究分野に波及し、さらに食品分野にも適用拡大される ようになった。食品メタボロミクスでの用途は 2 種類に大別される。第一は食 物から得た栄養素が生体に与える影響を解明する生理研究である。栄養学者ら は食物の効能やその機構を解明しようとしており、食物だけでなく、血漿や尿 など生体試料も併せて分析することが多い。過去の知見では、紅茶[Ito et al. 2005, Brantsaeter et al. 2007]、ワインやコーヒー[Mennen et al. 2006]、 ココア[Ito et al. 2005]、魚[Lee et al. 2006]などが評価されている。第二 は食物の起源を明確化することである。食物を分析して得られた結果は多変量 解析の 1 つである主成分分析等を用いて、その熟成度や産地を分類し、これら

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の違いを最もよく映し出す指標となる代謝物を特定することが多い。これまで 風味[Maeztu et al. 2001, Ochi et al. 2012]、産地の識別[Asiago et al. 2012, Baniasadi et al 2014]、品質管理[Pongsuwan et al. 2008, Park et al. 2012] の用途に利用されている。また食品メタボロミクスと呼ばれる以前から、尐な くとも風味の研究は行われており[Jella P et al. 1998]、この研究への関心の 高さがうかがえる。 生体中の内因性代謝物であるアミノ酸、有機酸、核酸関連物質などは食品で も中心的な役割を果たしており、風味を反映することが 1960 年前後から知られ ている[Pangborn et al. 1963]。アミノ酸はうま味、甘味、苦味を、有機酸は 酸味を、核酸関連物質はうま味を示すことが分かっている。このような代謝物 は、風味が重要である食物には多く含まれているため、これら食物はメタボロ ミクス研究の対象となりやすい。これまでチーズ[Weaver et al. 1978, Landaud et al. 2008]、ヨーグルト[Donkor et al. 2007]、生ハム[Cordoba et al. 1994]、 ワイン[Landaud et al. 2008, Barata et al. 2011, Niu et al. 2012]、ビー ル[Landaud et al. 2008]などが評価されている。これら食物の共通点は、欧米 で食される発酵食品である。微生物の働きにより、新たな風味、色、香りが造 り出される発酵食品は、欧米に限らず、メキシコのタバスコやテキーラ、タイ のナンプラー、韓国のコチュジャン、中国の豆板醤など各国にも存在し、その 地域に根付いた伝統食品となっている。我が国では醤油や味噌などが発酵食品 として知られており、各地域でそれぞれ独自の風味を呈している。これは原料 や製造法などの違いにより、代謝物の組成や量が異なるためである。醤油や味 噌は全国各地のどの家庭の食卓でも消費されており、これらの美味しさは日本 人であれば誰もが知りうる事実である。しかしこれらは我が国を代表する伝統

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10 的な発酵食品であるにも関わらず、風味を反映する代謝物を科学的に解明した 研究はほとんど知られていない。 以上の背景を踏まえて、本論文では、始めに LC-MS による低分子の内因性代 謝物を、より具体的には醸造過程における代謝物を対象とした分析基盤技術を 整備し、次に我が国で代表的な発酵食品である醤油と味噌を対象として、製造 法の違いおよび熟成度を最もよく映し出す指標となる代謝物を解析することに した。分析基盤技術の整備では、既成概念の枠組みを超えた斬新な発想から、 分析法を開発することにした。また本論文で開発した分析法が世界の研究者た ちによって、活用されることも意図した。斬新な発想は具現化されると、前述 した親水性相互作用クロマトグラフィーのように卖純明快であるがゆえに、他 者に理解されない場合が多々ある。Alpert は昔から使われていた固定相の特徴 を定説とは真逆に捉えただけに過ぎなかったが、親水性相互作用クロマトグラ フィーという新しい概念を打ち立てた。本論文では、彼のように斬新な発想を 分析法の開発に反映させることを強く意識した。そこで、2 つの方法からメタボ ロミクス研究の分析的な課題を克服することにした。1 つは脱塩技術の開発であ る。前述した通り、イオン交換カラムからの溶離液を直接 MS へ導入する有効な 手段がない。この技術的な課題を克服すれば、つまり脱塩技術を開発すること ができれば、古典的なイオン交換クロマトグラフィーの手法を活用しながら、 風味などの指標となる代謝物を直接 MS による構造解析をすることが可能となり、 メタボロミクスの研究は大きく進歩する。脱塩という課題を克服するにあたり、 既存の手法であるカラムスイッチング法と固相抽出法を用いて、流路を上手く 切り替えることにより、代謝物の分離と脱塩をする流路を確保することにした。 しかし、これだけでは親水性の代謝物の脱塩は不可能であるため、古典的な手

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11 法である IPC の原理から、揮発性のイオン対試薬を脱塩試薬へ転用し、イオン 対を形成した代謝物をトラップカラムに保持、脱塩するという構想を打ち出し た。また手作業による固相抽出法の欠点を補うために、全自動で一連の工程を 実施することにした。もう 1 つは多様な代謝物を一度の分析により一斉に測定 でき、かつ再現性のある網羅分析法の開発である。近年分析カラムの充填剤表 面に導入する官能基の設計技術が進歩したことにより、多様な分析カラムが市 販されている。そこで Alpert のように、既成概念に捕らわれることなく、代謝 物を保持する要件に適合すると考えられる分析カラムを 3 種類選定した。そし てこれまでの常識を覆す分離方法により、つまり再現性の高い逆相クロマトグ ラフィーによる代謝物の分析を試みることにした。ここでの分析法の開発は卖 に代謝物の分析に適したカラムを見つけるということではなく、これまで親水 性の代謝物は保持しないと考えられていた逆相クロマトグラフィーを活用する という斬新な発想を具現化したものである。この結論は、最終的に他の研究者 らの判断に委ねられるものであると理解している。醤油と味噌を対象としたメ タボロミクス研究では、網羅分析により得られる結果を統計的手法の 1 つであ る主成分分析を用いて、製造法の違いおよび熟成度を最もよく映し出す指標と なる代謝物を解析することにした。なぜならこれらは風味の違いに関わる重要 な要素の 1 つだからである。醤油と味噌の社会的背景はそれぞれ類似している。 醤油は地域によって、独自の風味を呈している。これは長い歴史の中で、地域 ごとの食文化に適したものが製造されてきたことによる。東北、関東、関西地 方では本醸造方式の、北陸、九州地方では本醸造方式からさらに製造工程が加 わった混合醸造方式で製造された醤油が一般的に消費されている。この差は地 域による嗜好の違いを反映しているものと考えられる。さらなる地域特性を探

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12 るため、製造方法を細分化することは可能であったが、まずは製造方法の中で も最も大きな違いとなる本醸造と混合醸造方式の差を評価することにした。味 噌もまた醤油と同様に、地域ごとにより、独自の風味を呈しており、食文化に 適したものが製造されている。米を原料とした味噌としては、東北地方では赤 味噌、甲信越、山陰地方では淡色味噌、関西地方から瀬戸内にかけては白味噌 が、一般的に消費されている。これら味噌の主な違いは熟成度であり、発酵期 間が長くなると、味噌の色は白から淡、赤色に、風味は甘さからコクのある味 わいへと変化する。熟成度が味噌の性質に与える効果を科学的に解明すること は、嗜好の地域特性を明らかにすることに繋がると考えられる。そこで本論文 では赤味噌、淡色味噌、白味噌の差を評価することにした。 本論文は全 5 章より構成されている。第 1 章は諸言であり、研究背景と目的 について述べている。第 2 章は脱塩技術の開発であり、カラムスイッチング法、 トラップカラム、および揮発性のイオン対試薬を活用することにより、イオン 交換クロマトグラフィーから溶出した代謝物の脱塩が可能となる技術を開発し た。第 3 章は網羅分析法の開発であり、ペンタフルオロフェニルプロピル(PFPP) シリカカラムを用いることにより、尐なくともアミノ酸類、核酸関連物質、有 機酸の代謝物を網羅的に測定することが可能となった。また本法と主成分分析 を用いて、製造法の違いを最もよく映し出す指標となる醤油含有代謝物を解析 した。第 4 章は熟成度を最もよく映し出す指標となる味噌含有代謝物の解析で あり、第 3 章で構築した分析法を活用した。第 5 章は結言である。研究動向の 詳細については、第 2、3、4 章の序で述べる。

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第 2 章 脱塩技術の開発

2-1 序 親水性である代謝物を分離する手段として、これまでイオン交換カラムを用 いたイオン交換クロマトグラフィーが用いられている。この手法の代表的な例 として、ニンヒドリンを検出試薬に用いたアミノ酸分析計が挙げられる。 一般的にこの手法の移動相には、イオン強度の大きい溶液、すなわち自己解 離定数が大きいリン酸やホウ酸の溶液が用いられる。これは固定相と分析物間 の静電的相互作用を切断することが容易なためだからである。また検出器には 可視紫外吸光検出器や蛍光検出器が用いられる。これらは物質の吸光度や蛍光 強度を測定するものであるため、定量分析に適しているが、代謝物の構造情報 を得る定性分析には適していない。 代謝物の構造を解明したい場合、主に MS が用いられている。この検出器は高 感度であり、かつ質量情報から容易に代謝物の分子式や官能基を推定すること ができるためである。ただし、MS に試料を導入する際、試料を気化する必要が あるため、使用できる移動相は揮発性の溶媒に制限される。つまり現在の技術 では、イオン交換クロマトグラフィーを用いて、分離した代謝物を MS に導入し、 その構造を解析することは困難である。この課題を克服するためには、代謝物 だけを MS へ導入することができる脱塩技術を開発する必要がある。 脱塩に関する研究の現状については、多くの研究者がその開発に取り組んで いるものの、代謝物と塩の物性は類似しているため、これらを分離することは 非常に難しい。一般的な脱塩技術として、固相抽出法を用いて、手作業により 目的の代謝物を卖離する方法が知られている。しかしこの方法は、一連の工程

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14 において代謝物が変化してしまう恐れがあること、目的の代謝物を含む試料が 汚染されてしまう可能性があること、および作業が煩雑であり、時間がかかる という問題を有するため、カラムスイッチング法を組み合わせた固相抽出法が 用いられる場合が多い。この手法による脱塩はペプチドやタンパク質に対して 広く活用されている[Alvarez et al. 2011]。なぜなら、これらは疎水性の有機 物質であり、トラップカラムとして活用される逆相カラムに保持し、MS に直接 導入可能な溶媒を用いて、トラップカラムからこれらを溶出することができる ためである。一方、代謝物の多くは親水性であるため、この手法を用いて脱塩 することはできないのが現状であり、代謝物を対象とした脱塩技術はほとんど 報告されていない[Rogeberg et al. 2014]。現在の研究動向を把握する限りに おいて、主だった成果は千葉と高橋が開発した脱塩装置のみである[Chiba et al. 2013]。彼らの開発した装置は、リン酸塩を含んだ分離カラムからの溶離液に、 シース液として二酸化チタンが分散したエタノールを用いて、2 液を混合した後、 流路内に設置した磁石でリン酸塩が吸着した二酸化チタンを捕集して、脱塩さ れた溶離液だけが MS に導入されるという原理である。この脱塩技術は、リン酸 塩が二酸化チタンへ特異的に吸着するという特性を活かしたものである。現時 点では移動相 5 mM 程度のリン酸塩に対して脱塩の効果があるだけで、イオン交 換カラムからの溶離液を脱塩するだけの性能は有していない。 そこで本章では、親水性の代謝物を分離する代表的な手法であるイオン交換 クロマトグラフィーと、定性分析に最も優れた検出器である MS を組み合わせて、 代謝物を同定する手法を開発することにした。脱塩という課題を克服するにあ たり、既存の方法であるカラムスイッチング法を組み合わせた固相抽出法を用 いて、流路を上手く切り替えることにより、代謝物の分離と脱塩をする流路を

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15 確保することにした。しかし、これだけでは親水性の代謝物をトラップカラム に保持することはできないため、脱塩は不可能である。そこで、代謝物を分析 する手段として、古典的な手法である IPC の原理から、揮発性のイオン対試薬 を脱塩試薬に転用することを考えた。つまり、脱塩工程に移動相としてイオン 対試薬を用いて、代謝物だけをトラップカラムに保持、脱塩するという手法で ある。脱塩後、イオン対を形成した代謝物を溶出して MS に導入する、およびト ラップカラムを洗浄するため、スイッチングバルブを組み込み、分離、脱塩、 溶出、洗浄工程の各流路が干渉しない仕組みとした。 2-2 実験と方法 2-2-1 試薬 純正化学㈱からりん酸二水素ナトリウム二水和物(特級)、アセトニトリル(高 速液体クロマトグラフ用)を、関東化学㈱からりん酸(特級)を、シグマアル ドリッチジャパン㈱からアミノ酸標準品(特級)を、東京化成工業㈱からペン タデカフルオロオクタン酸(PDFOA)(LC-MS 用)を購入した。図 2-1 に PDFOA の 構造式を示す。 図 2-1 PDFOA の構造式

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16 2-2-2 試薬調製 分析法を最適化するために、0.3 mg/mL のバリン水溶液を用いた。また他のア ミノ酸標準溶液についても 0.3 mg/mL となるように調製した。 2-2-3 分析装置 カラムスイッチング法、トラップカラム、および揮発性のイオン対試薬 [Petritis et al. 1999, Chaimbault et al. 1999]を組み合わせることができ る Co-Sense(㈱島津製作所)という分析装置を土台に、代謝物の脱塩を実現し た。本装置はポンプ 4 台、スイッチングバルブ 3 個、UV 検出器 2 個、カラム接 続部 3 箇所から構成される(図 2-2)。 図 2-2 Co-Sense の構成図(A:ポンプ、:化合物を分離するカラム、:トラ ップカラム、:化合物を分離、高感度化するカラム、1:UV 検出器、R:ループ、 V:六方バルブ) この装置の使用目的は第1のカラム()において化合物を分離し、カラムス

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17 イッチング技術により、これをトラップカラム()に展開、濃縮した後、第 2 のカラム()において化合物の分離と高感度化を実現するものである。ただし、 本研究の目的は代謝物を脱塩することであるため、第 2 のカラムを外し、流路 内径を 1.0 mm から 0.13 mm または 0.25 mm の仕様に変更し、代謝物の分離から 脱塩、MS へ導入するまでの工程を行った。MS には良好な選択性と高分解能を有 する四重極飛行型質量分析計 Q-Tof-2(Micromass)を用い、ESI 法によりトラ ップカラムからの溶離液を MS へ導入した。 2-2-4 分析手順 代謝物の分取から質量測定までの手順を図 2-3 に示す。まず分離カラム() で代謝物を分離し(手順(A))、カラム間の六方バルブ(v)を切り替えて分析 するカラムスイッチング法により、UV 検出器で検出した目的の代謝物の一部を、 ピークトップを中心としてループ(R)に分取する(手順(B))。次に移動相と してイオン対試薬溶液を用い、イオン対試薬と代謝物のイオン対を形成、これ をトラップカラム()に保持させ(手順(C))、塩を洗い流す(脱塩)。そして 有機溶媒を用いて、目的の代謝物を溶出して ESI 法により MS へ導入する(手順 (D))。測定終了後、水を用いて、トラップカラムを洗浄し(手順(E))、イオ ン対試薬で再平衡化し(手順(F))、次の分析に備えた。これら一連の手順は全 て自動で実施できるようにした。

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18 図 2-3 分取から質量測定までの手順(分離カラムで代謝物を分離(A)、カラム スイッチング法により試料をループ(R)に分取(B)、脱塩(C)、MS へ導入(D)、 トラップカラムの洗浄(E)、再平衡化(F)) 2-2-5 分析条件 分離カラムで代謝物を分離する条件は次の通りである。移動相として 2 液を 用いたグラジエントにより、代謝物を分離した。移動相 A は 2 mM りん酸二水素

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19 ナトリウム水溶液(pH 2.0)、移動相 B は 100 mM りん酸二水素ナトリウム水溶 液(pH 1.5)を用いた。表 2-1 にグラジエント条件を示す。分離カラムには primesep 100 (250 mm×4.6 mm、5 m、SIELC)を用いた。この固定相はカルボ キシ基を有する弱陽イオン交換と逆相の両方の機能を有するカラムである。流 速は 1.0 mL/min、カラム温度は 40 ℃、試料の注入量は 10 L、UV 検出器の波 長は 210 nm とした。 表 2-1 グラジエント条件 分離カラムから目的の代謝物を分取、脱塩、MS へ導入するまでの初期条件は 次の通りである。ピークトップを中心に分取容量を 0.3 mL とした(図 2-3(B))。 脱塩条件は、移動相 2.5 mM PDFOA 水溶液を用い、流速 1.0 mL/min、脱塩時間 16 分とした(図 2-3(C))。このときトラップカラムには、移動相として水 100 % でも使用可能な Develosil EPR20 (30 mm×4.0 mm、20 m、野村化学㈱)を用 いた[Nagae et al. 2002]。この固定相はトリアコンチル(C30)基を有するカ ラムである。MS へ導入する条件は、移動相 50 %メタノール水溶液(0.05 %ギ酸) を用い、流速 1.0 mL/min、溶離時間 10 分とした(図 2-3(D))。このときスプ リッターを用い、0.2 mL/min の流速で溶液を MS へ導入した。 そして、次の分析に備えるため、トラップカラムの洗浄条件は、移動相に水 分 移動相A(%) 移動相B(%) 0 100 0 8 100 0 35 35 65 40 0 100 50 0 100

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20 を用いて、流速 1.0 mL/min、洗浄時間 15 分とした(図 2-3(E))。最後に再平 衡化する条件は、移動相 2.5 mM PDFOA 水溶液を用い、流速 1.0 mL/min、再平衡 化時間 5 分とした(図 2-3(F))。 脱塩に関わる 4 条件(分取する容量(図 2-3(B))、イオン対試薬の濃度(図 2-3(C))、脱塩に必要なイオン対試薬水溶液の容量(図 2-3(C))、トラップカ ラムの再平衡化に必要なイオン対試薬水溶液の容量(図 2-3(F))を最適化する ために、0.3 mg/mL バリン水溶液を用い、プロトン化バリン([Val+H]+ )の強度 を測定した。 MS の条件を以下の通りに設定した。測定イオンを正イオン、キャピラリー電 圧 3.0 kV、コーン電圧 20 V、コリジョン電圧 4.0 V、MCP 電圧 2200 V、ソース 温度 80 ℃、デソルベーション温度 120 ℃、コーンガス流量 50 L/h、デソルベ ーションガス流量 500 L/h に設定した。測定する質量範囲をm/z 50-450 に設定 し、走査時間を 1 秒とした。 2-3 結果 2-3-1 脱塩条件の最適化 移動相としてホウ酸やリン酸のような不揮発性の水溶液を使用すると、この 溶液を直接 MS へ導入することはできないが、カラムスイッチング法、トラップ カラム、および揮発性のイオン対試薬を用いることにより、この問題を解決す ることができた。そこで、2-2-5 で述べた脱塩に関わる 4 条件を最適化した。脱 塩の成否は[Val+H]+ の強度から確認した。十分に脱塩できず、わずかにリン酸 塩が残っていると、[Val+H]+の強度は著しく低下する、または検出されず、代わ

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21 りにプロトン化リン酸イオンが検出されるためである。 まずイオン対試薬の濃度を最適化した。イオン対試薬とバリンのイオン対を 形成、これをトラップカラムに保持、塩を洗い流すためのイオン対試薬 PDFOA 水溶液の容量を 20 mL とし、イオン対試薬 PDFOA 濃度を変えたときの[Val+H]+ の強度を図 2-4 に示す。2.5 mM および 3.0 mM において最も高い強度が得られた。 次に脱塩に必要なイオン対試薬水溶液の容量を最適化した。2.5 mM イオン対 試薬 PDFOA 水溶液の流速を 1.0 mL/min とし、脱塩に必要なイオン対試薬 PDFOA 水溶液の容量を検討した。その結果を図 2-5 に示す。イオン対試薬 PDFOA 水溶 液を 16 mL 以上トラップカラムに流すと、十分に脱塩ができていることが分か った。 さらに分離カラムからの溶離液を分取する容量を最適化した。図 2-6 に [Val+H]+の強度と分取容量の関係を示す。バリンのピークトップを中心に 0.1 mL から 0.5 mL まで分取したところ、最適な容量は 0.3 mL であることが分かった。 最後に、トラップカラムの再平衡化に必要なイオン対試薬水溶液の容量を最 適化した。その結果を図 2-7 に示す。トラップカラムを水により置換した後、 2.5 mM イオン対試薬 PDFOA 水溶液を 0 mL から 30 mL まで流したところ、5 mL が最適であることが分かった。 4 条件を最適化した結果をまとめた一連の手順は次の通りである。まず分離カ ラムから目的の代謝物を含む分離液 0.3 mL を分取する。次に 2.5 mM イオン対 試薬 PDFOA 水溶液を 16 mL 以上流して脱塩を行う。そして有機溶媒で目的の代 謝物をトラップカラムから溶離、MS へ導入して、質量解析する。その後、次の 分析に備えるため、水を 15 mL 流した後、2.5 mM イオン対試薬 PDFOA 水溶液を 5 mL 流して再平衡化を行った。

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図 2-4 [Val+H]+の 1 スキャンあたりの強度とイオン対試薬 PDFOA 濃度の関係

図 2-5 [Val+H]+の 1 スキャンあたりの強度と脱塩に必要なイオン対試薬水溶液

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図 2-6 [Val+H]+の 1 スキャンあたりの強度と分取容量の関係

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24 2-3-2 本法の適用可能なアミノ酸 図 2-8A は本法に標準物質バリンを用いたときのマススペクトルであり、図 2-8B は本法を適用せず、分離カラムからの溶離液を直接質量分析計に導入した ときのマススペクトルである。図 2-8A では[Val+H]+を示すm/z 118 が検出され、 りん酸由来のイオンは検出されず、図 2-8B では図 2-8A とは逆に、m/z 118 は検 出されず、プロトン化リン酸イオンm/z 98.9 およびそのクラスターm/z 196.9、 294.9、392.9 のみが検出された。この結果は、本法を用いると溶離液に不揮発 性の塩をアミノ酸の分離に使った分析系でもプロトン化バリンの検出が可能と なることを証明した。 図 2-8 標準物質バリンを用いて、本法を適用したときのマススペクトル(A)と 適用しないときのマススペクトル(B) 図 2-9 にアミノ酸混合標準物質を測定したときの UV クロマトグラムを示す。

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25 目的の代謝物を分取する前段階の UV 測定から(図 2-9)、バリンより後に溶出す るイソロイシン、ロイシン(分岐鎖アミノ酸)、チロシン、フェニルアラニン、 トリプトファン(芳香族アミノ酸)、ヒスチジン、リシン、アルギニン(塩基性 アミノ酸)、メチオニン(含硫アミノ酸)では、図 2-8A のようなプロトン化し たアミノ酸のイオンが検出され、図 2-8B のようなりん酸由来のイオンは検出さ れなかった。一方、バリンより前に溶出するグリシン、アラニン、アスパラギ ン、グルタミン、プロリン、セリン、トレオニン(中性アミノ酸)、システイン (含硫アミノ酸トレオニン)、アスパラギン酸、グルタミン酸(酸性アミノ酸) では、図 2-8A のようなプロトン化したアミノ酸のイオンは検出されず、図 2-8B のようなりん酸由来のイオンが検出された。 図 2-9 アミノ酸標準品 17 種類を測定したときの UV クロマトグラム(1.アスパ ラギン酸、2.セリン、3.グリシン、4.トレオニン、5.システイン、6.グルタミ ン酸、7.アラニン、8.プロリン、9.バリン、10.メチオニン、11.ヒスチジン、

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12.リシン、13.イソロイシン、14.ロイシン、15.チロシン、16.アルギニン、17. フェニルアラニン)

また各アミノ酸の注入量あたりの検出限界は、バリン 8.7 nmoL、メチオニン 1.6 nmoL、イソロイシン 1.9 nmoL、ロイシン 2.2 nmoL、チロシン 1.2 nmoL、フ ェニルアラニン 0.9 nmoL、ヒスチジン 1.6 nmoL、リシン 1.8 nmoL、アルギニン 2.1 nmoL であった。分子量が小さいと検出限界が高くなる傾向が示唆された。 2-4 考察 2-4-1 イオン対試薬の選定 従来のイオン対試薬は不揮発性であったため、LC-MS の移動相として用いられ ることはなかった。しかし近年揮発性のイオン対試薬が開発され、その用途は LC-MS の移動相に適用拡大している。そこで本論文では、揮発性のイオン対試薬 を LC-MS の移動相ではなく、脱塩の手段として転用することにした。そしてこ の概念を具現化するために、カラムスイッチング法を組み合わせた。今回使用 した試薬 PDFOA はフッ素により置換された疎水性のアルキル鎖とカルボキシ基 を有したものである。本法では、カルボキシ基とアミノ基でイオン結合させ、 目的の代謝物の疎水性を増大させることにより、これをトラップカラムへ保持 させることに成功した。またこのイオン対試薬は、負の電荷を有することから、 目的の代謝物を検出することに対して大きな影響を与えることはなかった。 一般的にフッ素化合物のイオン対試薬は、逆相カラムを用いた LC-MS におい

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て誘導体化していないアミノ酸を分析するときに用いられる[Petritis et al. 1999, Chaimbault et al. 1999, Chaimbault et al. 2000, Petritis et al. 2000, Piraud et al. 2005]。フッ素化合物には炭素鎖の異なるいくつかの化合物が存 在し、一般的に炭素鎖が長くなるにつれて、逆相カラムへのアミノ酸の保持は 増加するものの[Petritis et al. 1999]、アミノ酸の分離度は低下する。本論 文では、代謝物をトラップカラムへ最大限保持させるため、市販されている中 で炭素鎖が最も長い 7 の PDFOA を用いた。 2-4-2 本法の概念 本法ではトラップカラムに移動相として水 100 %でも用いることができる C30 シリカカラムを選択した[Nagae et al. 2002]。代謝物の脱塩手順を図 2-10 に 示す。予めイオン対試薬 PDFOA を用いて平衡化したトラップカラムに、りん酸 緩衝液を含む分離カラムから分取した代謝物を導入する。このとき、トラップ カラムの表面で、またはそこへの導入前に、カルボキシ基を有するイオン対試 薬とアミノ基を有する代謝物はイオン対を形成し、疎水性が増すことにより、 トラップカラムに保持される。一方、りん酸とナトリウムはトラップカラムに 保持されることなく、通過する。このようにして、脱塩を行った後、有機溶媒 を用いて代謝物を溶出し、MS に導入することにより、質量解析をすることが可 能となった。 代謝物の分離には、primesep100 カラムを用いた。この分離カラムはカルボキ シル基を有する弱陽イオン交換カラムであり、アミノ基のような正電荷を持つ 代謝物の分離に適している。移動相として 100 mM りん酸二水素ナトリウム水溶 液(pH 1.5)を用いると、今回対象とした代謝物の中で最も保持の強いフェニ

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28 ルアラニンを溶出することができ、MS を用いて、目的の代謝物だけを解析する ために、カラムスイッチング法、トラップカラム、および揮発性のイオン対試 薬を用いて、脱塩した。 図 2-10 脱塩手順の図(○代謝物、△りん酸、◇ナトリウム、●イオン対試薬) 2-4-3 脱塩条件の最適化 LC-MS を用いて、全自動で脱塩可能な分析法を確立するために、4 つの条件を 最適化した。イオン対試薬の濃度、脱塩に必要なイオン対試薬水溶液の容量、

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29 分取容量、トラップカラムの再平衡化に必要なイオン対試薬水溶液の容量であ る。 これらの条件を最適化するため、MS により検出される[Val+H]+のイオン強度 を測定した。これはりん酸ナトリウムがイオン化することにより、バリンのイ オン化が抑制される状態が分かるためである。今回条件を最適化するため、被 検試料としてバリンを選択した。バリンは本法の分析条件で溶出時間が中間に 位置するためである。これは、バリンは中性アミノ酸であること、およびフェ ニルアラニンのように疎水性が高くないことによるものである。 脱塩に必要なイオン対試薬の濃度を評価したところ(図 2-4)、濃度 2.5 mM お よび 3.0 mM が最適であることが分かった。1.0 mM より低い濃度では、バリンと イオン対試薬 PDFOA は、十分なイオン結合ができず、結果として、トラップカ ラムに保持されないためであると考えられる。また 4.0 mM 以上の濃度では、未 解離のイオン対試薬がトラップカラムに保持され、バリンのイオン対が保持さ れにくくなった考えられる。この結果は、高濃度のイオン対試薬を用いること は望ましくないことを示している。 次に脱塩に必要なイオン対試薬水溶液の容量を評価したところ、13 mL を境に [Val+H]+のシグナル強度は変化した(図 2-5)。この容量が 13 mL 以下のとき、 [Val+H]+だけでなく、りん酸由来の成分も検出されたことから、脱塩は十分でな いことが分かった。尐なくとも 16 mL 以上は脱塩に必要な容量であった。この 過程は最適なシグナル強度を得る上で、非常に重要であることが分かった。 第 3 に目的の代謝物の分取容量を評価したところ(図 2-6)、分取容量が 0.3 mL のとき、[Val+H]+のシグナル強度は最も大きかった。このことは以下のように説 明付けることができる。分取容量が尐ないと(0.3 mL 未満)、トラップカラムの

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30 イオン対試薬と溶離液の平衡は維持され、イオン対試薬とイオン対結合したバ リンはトラップカラムに保持される。一方、分取容量が多くなると(0.3 mL 以 上)、溶離液と組成が異なる分取溶液の影響を強く受けることにより、トラップ カラムのイオン対試薬と溶離液の平衡が崩れてしまう[Fornstedta et al. 1988]。 その結果として、バリンの一部はトラップカラムに保持されず、溶出してしま い、[Val+H]+のイオン強度が低下したと考えられる。今回の結果から、平衡が維 持される最大の分取容量は 0.3 mL であることが分かった。 最後にトラップカラムの再平衡化の容量を評価したところ(図 2-7)、再平衡 化をしない場合(再平衡化容量 0 mL)、再平衡化の容量 5 mL と比べて、[Val+H]+ のイオン強度は約半分であった。これは再平衡化しない場合、トラップカラム は水で満たされていることを考えると、トラップカラムの表面および導入前に イオン対は形成されると考えられる。一方、再平衡化容量 5 mL 以上にすると、 [Val+H]+のイオン強度は減尐したため、最適な再平衡化容量は 5 mL とした。 2-4-4 本法の性能(適用可能なアミノ酸) アミノ酸の中でも疎水性に属するアミノ酸(バリン、メチオニン、ロイシン、 イソロイシン、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン)、およびイオン 対を形成しやすい塩基性アミノ酸(ヒスチジン、リシン、アルギニン)は、ト ラップカラムに保持することが可能であった。これは、イオン対を形成した代 謝物はトラップカラムに保持できるほどの疎水性を得たためであることを示し ている。一方、親水性の高い中性アミノ酸(グリシン、アラニン、アスパラギ ン、グルタミン、システイン、プロリン、セリン、トレオニン)や酸性アミノ 酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)は、トラップカラムに保持することは不

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31 可能であった。これは、イオン対を形成した代謝物はトラップカラムに保持で きるだけの疎水性でなかったことを示唆した。トラップカラムに保持させるこ とができない上記アミノ酸については、イオン対試薬のペルフルオロアルキル 鎖をより長くして、フッ素基を揮発性の高い臭素基に置換することにより、脱 塩することが可能となるかもしれない。 2-4-5 本法の性能(検出限界) 本法の各アミノ酸における注入量あたりの検出限界は 0.9 nmoL(フェニルア ラニン)から 8.7 nmoL(バリン)であった。分子量と検出限界の関係は分子量 の大きなタンパク質に照準を合わせた装置の特性によるものと考えられた。一 方、定性および定量分析を含めた他法の検出限界は atmol から pmoL であり [Piraud et al. 2005, de Person M et al. 2008]、本法は他法に比べて良くな いことが分かった。この原因は 3 つ考えられた。まず注入した試料の全量を MS に導入していないためである。これは分離カラムから溶出した一部を脱塩カラ ムに展開していることによる。次に MS の性能である。本研究で使用した MS は 古い機種であり、検出限界が高くなることは否めない。本法の性能を向上させ るためには、流路内径とカラム規格を変更して、注入した試料の全量を MS に導 入できるようにする、または最新機種の MS を用いることが考えられる。最後に トラップカラムの種類である。イオン対を形成した代謝物を脱塩することだけ でなく、濃縮することができれば、本法の性能を向上させることが可能となる。 そのために、C30 より炭素鎖の長い官能基を有し、且つ水 100 %でも使用可能な トラップカラムを用いることが望ましいと考えられる。

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32 2-5 まとめ カラムスイッチング法、トラップカラム、および揮発性のイオン対試薬を用 いることにより、全自動で代謝物の構造を解析できる技術を開発した。この概 念を具現化することに成功したことが最大の技術革新であった。従来のイオン 対試薬は不揮発性であったため、LC-MS の移動相として用いられることはなかっ た。しかし近年技術の進歩により、揮発性のイオン対試薬が開発されたため、 脱塩手段の 1 つとして、揮発性のイオン対試薬 PDFOA を活用した。この試薬は 2 つの特徴を有している。1つはフッ素により置換された疎水性のアルキル鎖を 有することであり、もう1つはカルボキシ基を有することである。本法では、 代謝物の分離と脱塩をする流路を確保するために、カラムスイッチング法を活 用して、カルボキシ基を有するイオン対試薬とアミノ基を有する代謝物のイオ ン対を形成させ、トラップカラムに保持させることにより、脱塩を達成するこ とができ、MS による代謝物の構造を解析することが可能となった。このイオン 対試薬は、負の電荷を有することから、代謝物を検出することに対して大きな 影響を与えることはなかった。本法は従来からある不揮発性溶媒を用いた液体 クロマトグラフィーによる分離と MS を繋ぐ媒体として有効な手段である。本章 の新規性は代謝物を脱塩し、直接 MS によりその構造を解析できるようになった ことであり、独創性は脱塩手段として、移動相に揮発性のイオン対試薬を用い たことに尽きる。本法のような脱塩技術はこれまで望まれていたが、本法以外 に未だ成功事例は報告されていないことからも[Rogeberg et al. 2014]、本法 は新規性と独創性を有することが理解される。 今後の動向について、原理的にイオン交換クロマトグラフィーでの代謝物を 分離する手法は使い続けるられるため、本法は代謝物の構造を解析する唯一の

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33 手段として、重要な役割を果たすと考えられる。本法を活用することにより、 イオンクロマトグラフィーを用いたメタボロミクス研究の加速が期待できる。 本法により脱塩することができない代謝物が存在するという課題は、今回用い た揮発性のイオン対試薬のパーアルキル鎖をより長くしたものを使用すること により、克服されると考えられる。一方、脱塩技術の開発に限界を感じ、イオ ン交換クロマトグラフィーとは別の手法により、つまり移動相として MS に直接 導入可能な揮発性の溶媒を用いる親水性相互作用クロマトグラフィーを活用す ることにより、代謝物を分離しようとする動向が伺える。しかし、たとえ新し い分析法が開発されたとしても、原理的にイオン交換クロマトグラフィーは使 い続けられているため、両手法は並存すると考えられる。

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第 3 章 網羅分析法の開発と醤油含有代謝物の解析

3-1 序 第 2 章では不揮発性溶媒を用いて分離した標準物質を直接 MS に導入可能な脱 塩技術を開発した。この手法を活用することにより、全自動で代謝物の構造を 解析することが可能となった。しかし、脱塩できない代謝物が一部存在するこ とも分かった。代謝物を分離する手段として、これまでイオン交換クロマトグ ラフィーが用いられており、これ以外に再現性と実用性を兼ね備えた分析法は 現在のところ見当たらない。 近年、分析カラムの充填剤表面に導入する官能基を設計する研究開発が盛ん に行われている。例えば、親水性相互作用クロマトグラフィーでは、諸言で述 べたアミドカラムや両性イオン型官能基を有する ZIC-HILIC カラム[Huang Y et al. 2012]、逆相クロマトグラフィーでは、C18 基よりさらに炭素鎖の長いドコ シル(C22)基や C30 基を修飾したカラム[Nagae et al. 2002]、炭素鎖の間に 極性官能基を修飾したカラム、フッ素化合物を導入したカラムなどが該当し [Needham et al. 2000]、様々な官能基を有するカラムが次々と開発され、分離 の選択幅が広がりつつある。これら官能基は特定の代謝物に対して、特異的な 保持や分離を示すものが多く、その用途は限られているものの、これらを活用 できる余地は十分あると考えられる。カラム技術の進歩により、Tolstikov らは アミドカラムを用いて、植物組織の 1 つである師部中のオリゴ糖、グリコシド、 アミノ糖、アミノ酸、糖ヌクレオチドの分離に[Tolstikov et al. 2002]、Bajad らはアミノカラムを用いて、Escherichia coli 菌中の糖、アミノ酸、ヌクレオ チド、糖リン酸、ビタミンの分離に成功しており[Bajad et al. 2006]、これら

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の手法が基礎となり、LC-MS による代謝物の網羅分析が行われていることが最近 の研究動向である。しかしこれらは親水性相互作用クロマトグラフィーによる 分離であり、必ずしも再現性と実用性を兼ね備えた分析法ではない。

食 品 含 有 有 機 物 質 の 網 羅 分 析 に 関 す る 研 究 の 現 状 に つ い て は 、 ワ イ ン [Koundouras et al. 2006, Pereira et al. 2010, Welke et al. 2013]、グア バ[Lee et al. 2010]、チーズ[Ochi et al. 2012, Yee et al. 2014]、ぶどう [Ferrandino et al. 2012]、ホップ[Inui et al. 2013]、パイナップル[Steingass et al. 2015]、朝鮮人参[Cui et al. 2015]の風味や熟成を、ビール[Rodrigues et al. 2011]、ハム[Marušić et al. 2014]、ハーブ[Sgorbini et al. 2015]の 品質管理を、トマト[Socaci et al. 2014]の品種改良を、薬草[Lee et al. 2014] の産地の識別を対象としており、主に GC-MS が用いられる。これは、GC-MS が最 も早くから進歩した技術であること、NIST や Wiley などの情報を利用すること により、マススペクトルの検索が可能であること、および多くの研究者らに信 頼されている技術であることによる。また研究の対象となる食品は欧米を起源 とするものが多い。これは、欧米では農業の盛んな国が多いことによると考え らえる。この分野における我が国の研究は欧米に対して後れを取っているのが 現状である。 そこで本章では、LC-MS による代謝物を網羅的に分析できる実用的な手法を開 発することにした。この目的を達成するために、代謝物を保持する要件を満た す分析カラムを探索することから始めた。また本章で開発した分析法を用いて、 日本を代表する伝統的な発酵食品である醤油の製造法の違いを最もよく映し出 す指標となる代謝物を解析した。製造法の違いは風味に影響を与える要素の 1 つであるものの、メタボロミクス研究はほとんどなく、ようやく研究が始まり

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つつあることが現状である[Ko et al. 2009, Yamamoto et al. 2012, Shiga et al. 2014]。得られた分析結果を、多変量解析の一種である主成分分析を用いて、 解析した。 3-2 実験と方法 3-2-1 試薬・試料 純正化学㈱からアセトニトリル(高速液体クロマトグラフ用)を、シグマア ルドリッチジャパン㈱と和光純薬工業㈱から各種アミノ酸(特級)、有機酸(特 級)、核酸関連物質(特級)を、東京化成工業㈱からランチオニン、プロピオン 酸、酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、コウジ酸、ゲンチジン酸を、バイオメディカ ルズ㈱からイソクエン酸三ナトリウムを購入した。 醤油に関しては各生産元から以下の商品を購入した。越のむらさき(新潟県) から長生本醸造および富士新式、櫻井醤油味噌元(石川県)から櫻井本醸造お よび櫻井新式、高橋醸造(長野県)から蔵出し醤油および濃い口醤油新式、ヤ マモ味噌醤油醸造元(秋田県)からヤマモ本醸造、しょうゆの花房(兵庫県) から金星花房本醸造、ヤマイ醤油(兵庫県)からヤマイ本醸造およびヤマイ新 式を購入した。 3-2-2 試料調製 アミノ酸、有機酸、核酸関連物質を精製水、0.1 %ギ酸水溶液、50 %アセトニ トリル水溶液で希釈し、これを測定試料とした。 醤油成分の定量分析では、以下の手順にしたがって前処理を行った。精製水

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37 を用いて醤油を 10 倍希釈し、限外ろ過(分子量 5000)を行った後、正イオンと 負イオン検出による測定試料を調製した。正イオン検出の測定では、10 倍また は 100 倍の水で希釈した後、この溶液に内部標準物質として 20M バリン-d8 水溶液を同じ容量加えて、これを測定試料とした。負イオン検出による測定で は、水で 2 倍または 35 倍希釈し、この溶液に内部標準物質として 200 M メチ ルコハク酸水溶液を同じ容量加えて、これを測定試料とした。 醤油成分の網羅分析では、精製水で醤油を 10 倍希釈し、限外ろ過(分子量 5000) を行った後、正イオンと負イオン検出による測定試料とした。 3-2-3 分析条件 移動相 A と B には 0.1 %ギ酸水溶液およびアセトニトリル溶液を用いた。グラ ジエント条件は、0 分から 15 分まで B 液 0 %、15 分から 35 分まで B 液 0 %から 30 %、35 分から 40 分まで B 液 30 %から 50 %、40 分から 62 分まで B 液 50 %と した。流速は 0.30 mL/min と設定した。分析カラムとして、疎水性相互作用、 相互作用、水素結合、分散相互作用、イオン結合を特徴とする PFPP シリカ カラム Discovery HS-F5 (250 mm×4.6 mm、5 m、Bonded lot.5391、Supelco)、 疎水性相互作用、相互作用を特徴とするフェニルシリカカラム Inetrtsil Ph-3 (250 mm×4.6 mm、5 m、lot. 7BI50021、ジーエルサイエンス㈱)、疎水 性相互作用を特徴とする C30 シリカカラム Develosil RPAQUEOUS-AR-5(250 mm×4.6 mm、5m、野村化学㈱)の充填剤を用いた。試料の注入量を 5 L とした。 PFPP シリカカラムの官能基を図 3-1 に示す。

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図 3-1 PFPP シリカカラムの官能基の構造式

分析条件の最適化と正確度、再現性の確認には、LC-MS システム 1100Series LC/MSD Quadrupole SL massspectrometer(Agilent)を用いた。網羅分析では、 高速液体クロマトグラフィーに CLASS-VP 10AD Series (㈱島津製作所)を、質量 分析計に Q-Tof-2(Micromass)を用いた。 定量分析では、イオン化法として ESI 法を組み合わせた四重極分析計を用い て、正イオンまたは負イオン検出で測定を行った。キャピラリー電圧を 70 V、 インターフェイス電圧を 3500 V と設定した。また乾燥ガス流量を 12 L/min、蒸 発温度を 400 ℃、ネブライザー圧力を 35 psi と設定した。アミノ酸、アミン、 核酸塩基、ヌクレオシドは正イオン検出で、有機酸、ヌクレオチドは負イオン 検出で測定した。ピーク幅 0.3 amu と設定し、選択イオンモニタリング(SIM) でデータを取得した。13 化合物と 2 種類の内部標準物質を測定するために、1 分析を 30 チャンネルとし、5 回測定した。データ収集には Chemstation プログ ラムを用いた。カラムからの溶離液の全量を MS に導入した。 網羅分析では、ESI 法を組み合わせた四重極飛行型質量分析計を用いて、正イ オン検出で測定を行った。キャピラリー電圧を 3.0 kV、コーン電圧を 20 V、コ リジョン電圧を 4.0 V、検出器電圧を 2200 V と設定した。ネブライザーガスと

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39 コーンガスの流量を 500 L/hr、50 L/hr とした。デソルベーション温度とイオ ンソース温度は 120 ℃、80 ℃に設定した。質量走査幅をm/z 50-650 に設定し、 走査時間を 1 秒とした。データ収集には MassLynx を用いた。カラムから分割し た溶離液の 2/3 を MS に導入した。 本法において測定した醤油中のアミノ酸濃度の正確度を確認するため、アミ ノ酸分析計を用いた。分析カラム(60 mm×4.6 mm、3 m、三菱化学㈱)とガー ドカラム(5.0 mm×4.0 mm、5 m、三菱化学㈱)には、スルホ基を持つポリス チレンビニルベンゼン共重合体の充填剤を用いた。注入量を 10 L とし、生体 分析プログラムモードで測定した。 分離の評価には 3 種類の異なる標準溶液を用いて実施した。第 1 はアラニン、 グリシン、セリン、プロリン、バリン、トレオニン、ロイシン、イソロイシン、 アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン、リシン、グルタミン酸、メチオ ニン、ヒスチジン、フェニルアラニン、アルギニン、チロシン混合標準溶液で あり、第 2 はウラシル、アデニン、グアニン、シトシン、アデノシン、グアノ シン混合標準液であり、第 3 はピルビン酸、酪酸、りんご酸、乳酸、クエン酸、 イソクエン酸、コハク酸、フマル酸、アデノシン一リン酸、グアノシン一リン 酸、シチジン一リン酸、ウリジン一リン酸、イノシン一リン酸混合標準溶液で ある。検量線の直線性を評価するために、0.01 M から 100 M の濃度の標準溶 液を用いて、測定を行った。このとき正イオン、負イオン検出による測定の内 部標準物質として、10 M バリン-d8 水溶液、50M メチルコハク酸水溶液を用 い、強度補正を行った。面積値と保持時間の再現性は、濃度 1.0 M を 3 回測定 して、相対標準偏差により算出した。検出限界は、それぞれのクロマトグラム においてシグナル/ノイズ比を 3 として算出した。正確度を評価するために、本

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法とアミノ酸分析計により定量したアミノ酸分析値を比較した。他の成分につ いては、添加回収試験により評価した。

Q-Tof-2 から得られたデータは、LC-MS に付随する Micromass MarkerLynx Applications マネージャープログラムによって評価した。保持時間とm/z の組 み合わせを 1 セットとし、全ピーク高さで各ピーク高さを規格化した後、主成 分分析を行った。 3-3 結果 3-3-1 分析条件の最適化 代謝物を分離するために、C30、フェニル、PFPP シリカカラムを用いて、18 種類のアミノ酸、4 種類の核酸塩基、2 種類のヌクレオシドの保持力および分離 を比較した。それぞれのカラムから得られた全イオンクロマトグラムを図 3-2 に示す。またカラムへの保持力を評価するために、図 3-2 に示した代謝物以外 に、7 種類の有機酸、5 種のヌクレオチドを加えて、保持ファクター(k’ =(tr-t0)/t0 、k’:保持ファクター、tr:化合物の保持時間、t0:化合物がカラ ムに保持されずに溶出する時間)を算出した。その結果を図 3-3 に、また評価 に用いた代謝物の構造式を図 3-4 に示す。カラムに保持されず代謝物が溶出す る時間は、試料を注入した後、全イオンクロマトグラムが乱れるところをモニ ターすることにより求めた[Needham et al. 1999]。その結果、PFPP シリカカラ ムは最も良く代謝物を保持することが分かった。

図 2-5 [Val+H] + の 1 スキャンあたりの強度と脱塩に必要なイオン対試薬水溶液 の容量の関係
図 2-6 [Val+H] + の 1 スキャンあたりの強度と分取容量の関係
図 3-1 PFPP シリカカラムの官能基の構造式
図 3-3 C30、フェニル、PFPP シリカカラムの保持ファクター
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参照

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