4-1 序
第 3 章では PFPP シリカカラムと LC-MS を用いた代謝物の網羅分析法を開発し た。この手法はアミノ酸、有機酸、核酸関連物質を網羅的に定量または定性す ることができるため、代謝物の分析に対して最適な手法の 1 つであると考えら れる。第 3 章ではこの手法を用いて醤油の製造法の違いを最もよく映し出す指 標となる代謝物の同定に成功した。本章では同じ発酵食品であり、醤油と同じ く、日本人にとって馴染みの深い味噌を対象として、代謝物を解析することに より、熟成度を最もよく映し出す指標となる代謝物を解明することにした。我 が国では発酵食品中のメタボロミクス研究の実績はほとんどなく、欧米に対し て後れを取っているのが実情である。メタボロミクスを用いた品質管理、発酵 期間の違いといった食物の起源を明確化する科学的な研究はほとんどない。産 地の識別や品質管理は味噌の産地や風味を保証するものであり、発酵期間の違 いは風味を最もよく映し出す指標となる代謝物の特定に繋がるものである。味 噌の発酵、熟成機構に関する研究は 1970 年前後から行われており、主に全タン パ ク 質 お よ び 全 糖 あ た り の 変 動 や 色 の 変 化 が 議 論 さ れ て い る 程 度 で あ る [Mochizuki et al. 1968, Nikkuni 1997, Ogasawara et al. 2006]。発酵過程 におけるタンパク質の分解や還元糖とアミノ化合物による反応が風味成分の生 成に影響を与えることが分かってきたものの、アミノ酸、有機酸、アマドリ化 合物といった代謝物卖位による変動を議論したものはほとんどない[Nikkuni et al. 1991]。一方、味噌を対象とした研究ではないが、味噌と同じ原料である大 豆を発酵させた食品を用いて、発酵期間の違いを最もよく映し出す指標となる
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代謝物は評価されており[Choi et al. 2007, Kang et al. 2011]、これらはア ミノ酸、有機酸、核酸関連物質、ペプチドなどであることが分かっている。味 噌も同様の結果になると予想されるが、発酵期間が長くなると、風味は甘さか らコクのある味わいへと変化するだけでなく、白色から淡色、赤色へと着色も 進むため、これまで報告されていない代謝物を発見することができる可能性は あると考えられる。熟成度が味噌の性質に与える効果を解明することは、嗜好 の地域特性を把握することに繋がると考えられる。そこで本章では第 3 章で開 発した分析法と主成分分析を組み合わせて、発酵期間が異なる味噌を測定して、
熟成度を最もよく映し出す指標となる代謝物を抽出、同定することにした。
また第 3 章において今後の課題として挙げた本法の有用性をより確かなもの とするため、従来から用いられている C18 シリカカラムを用いた LC-MS の手法 でも味噌を測定し、それぞれの測定で結果を比較した。
4-2 実験と方法 4-2-1 味噌
まさきやから、「江戸味噌(東京)江戸甘みそ」、「越後味噌(新潟)香吟粒」、
「山形味噌(山形)奥の細道」、「仙台味噌(宮城)仙台蔵出し」、「会津味噌(福 島)蔵出し」、「信州味噌(長野)二年仕込み」、「北海道味噌(北海道)紅一点 赤つぶし」、「信州味噌(長野)赤味噌」、 「越後味噌(新潟)最高級長熟品」、
「佐渡味噌(新潟)天然佐渡赤」、「单部味噌(岩手)白造り」、「玄米味噌(新 潟)玄米味噌」、「信州味噌(長野)大吟醸」、「津軽味噌(青森)ゆき」、「信州 味噌(長野)伝統」、「信州味噌(長野)特選粒」、「京都白味噌(京都)特選白 漉し」、「京都白味噌(京都)特選白粒」、「府中味噌(広島)白味噌」を、大源
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味噌から、「大源味噌(大阪)あかね」、「大源味噌(大阪)別甲白」を、まるみ 麹本店から、「まるみそ(岡山)白」、「美袋乃唄(岡山)」を、おのじんから「特 選白(京都)」を用いた。
4-2-2 試薬調製
味噌 300 mg を秤量後、精製水 10 mL を加えて懸濁液を調製した。この懸濁液 を 3000 rpm、1 分間遠心分離し、さらに分子量 5000 以上を通さない限外ろ過膜 付の 2.0 mL ポリプロピレンチューブを用いて、15000 rpm、4 ℃、25 分間遠心 分離した。このろ液を精製水で 3 倍希釈し、測定試料とした。 4- メチル -2-[(3,4,5,6-テトラヒドロキシ-2-オキソヘキシル)アミノ]ペンタン酸(フル クトシルロイシン)と 3-フェニル-2-[(3,4,5,6-テトラヒドロキシ-2-オキソヘ キシル)アミノ]プロピオン酸(フルクトシルフェニルアラニン)の標品は文献 に従って合成し、未精製のまま使用した[Mossine et al. 1994; O'Brien et al.
1997]。図 4-1 と図 4-2 にこれらの構造式を示す。
図 4-1 フルクトシルロイシンの構造式
図 4-2 フルクトシルフェニルアラニンの構造式
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未知代謝物の同定には、10 mg のアミノ酸、クエン酸、ピログルタミン酸、フ ルクトシルロイシン、フルクトシルフェニルアラニンを精製水 1 mL に溶かし、
1000 倍希釈後測定試料とした。
アミノ酸の定量には、アミノ酸混合標準溶液を 12.5 倍希釈し、陽イオン交換 カラムと UV 検出器を用いた。クエン酸とピログルタミン酸の定量には、260
mol/L と 390
mol/L の標準水溶液と、内部標準物質として 43
mol/L メチル コハク酸水溶液を用いて、これらを等量の割合で混合し、測定試料とした。4-2-3 分析条件
網羅分析では高速液体クロマトグラフィーに LC-10AD シリーズ(㈱島津製作 所)と四重極飛行型質量分析計 QTof Premier(Micromass)を用いた。クエン酸 とピログルタミン酸の定量分析には高速液体クロマトグラフィー質量分析計 LCMS-2010A システム(㈱島津製作所)を用いた。
PFPP シリカカラムを用いた LC-MS の分離条件は第 3 章で述べたとおりである。
逆相カラムを用いた LC-MS の分析には、疎水性相互作用を有する Stmmetry C18 カラム(100 mm×2.1 mm、3.5
m、Waters)と、移動相 A と B には、0.1 %ギ酸 水溶液とアセトニトリルを用い、流速 0.50 mL/min、試料の注入量を 5 L と設 定した。グラジエント条件を表 4-1 に示す[Plumb et al. 2002]。表 4-1 グラジエント条件 分 移動相A(%) 移動相B(%)
0 100 0
0.5 100 0
4 80 20
8 5 95
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網羅分析に活用する MS の測定条件は以下の通りである。ESI 法を用いて、正 イオン、負イオン検出による測定では、キャピラリー電圧を 3.0 kV、2.8 kV と し、コーン電圧、コリジョン電圧、検出器電圧は 20 V、4.0 V、2200 V、ネブラ イザーガス流量とコーンガス流量は 500 L/h、50 L/h、コーン温度とデソルベー ション温度は 80 ℃と 120 ℃に設定した。測定する質量範囲をm/z 50-650 とし、
1 秒スキャンでデータを取得した。また正イオンおよび負イオン検出による測定 で内部標準溶液として、二量体を形成したギ酸ナトリウムのナトリウム付加体 m/z 158.9646 および三量体を形成したギ酸ナトリウムの二酸化炭素付加体 m/z 248.9599 を用い、走査時間を 0.50 秒と設定した。得られたデータは、第 3 章 で述べた通り、主成分分析を行った。
定量分析に活用する MS の測定条件は以下の通りである。負イオン検出でキャ ピラリー電圧を 3.0 kV、脱溶媒部電圧を 25 V、ドライイングガス 0.2 MPa、ブ ロックヒーター温度 260 ℃、脱溶媒部温度 200 ℃、ネブライザーガス 900 L/h に設定した。データ取得に際し、SIM でm/z 128 と m/z 191 を設定値とし、ピロ グルタミン酸とクエン酸を定量した。アミノ酸の定量はアミノ酸分析計を使用 した。分析条件は第 3 章で述べた通りである。
味噌の明度には、色差計 Spectro Color Meter SE200(日本電色工業(㈱)) を用いた。明度はそれぞれの味噌を繰り返し 2 回測定し、その平均値を採用し た。
4-3 結果
4-3-1 味噌の明度測定
各味噌の色差を測定した結果を表 4-2 に示す。赤色の網掛けをした味噌は赤
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味噌、茶色は赤味噌と白味噌の間の淡色味噌、青色は白味噌と呼ばれているも のである。その結果、赤味噌の色差はおよそ 30 以下、淡色の味噌の色差はおよ そ 30~50、白味噌の色差はおよそ 50 以上であることが分かった。
表 4-2 測定した味噌の銘柄・色差・原料
番号 銘柄 色差(L) 原料
1 江戸味噌(東京)江戸甘みそ 16.85 麹・米・大豆・塩・酒精 2 越後味噌(新潟)香吟粒 17.68 麹・米・大豆・塩 3 山形味噌(山形)奥の細道 19.57 麹・米・大豆・塩 4 仙台味噌(宮城)仙台蔵出し 23.48 麹・米・大豆・塩 5 会津味噌(福島)蔵出し 25.37 麹・米・大豆・塩 6 信州味噌(長野)二年仕込み 26.08 麹・米・大豆・塩 7 北海道味噌(北海道)紅一点赤つぶし 27.54 麹・米・大豆・塩・酒精 8 信州味噌(長野)赤味噌 28.33 麹・米・大豆・塩・酒精 9 越後味噌(新潟)最高級長熟品 28.72 麹・米・大豆・塩 10 佐渡味噌(新潟)天然佐渡赤 29.81 麹・米・大豆・塩・酒精 11 单部味噌(岩手)白造り 34.18 麹・米・大豆・塩 12 大源味噌(大阪)あかね 35.82 不明
13 玄米味噌(新潟)玄米味噌 36.15 麹・米・大豆・食塩 14 信州味噌(長野)大吟醸 38.84 麹・米・大豆・塩・酒精 15 津軽味噌(青森)ゆき 45.01 麹・米・大豆・塩・酒精 16 信州味噌(長野)伝統 45.03 麹・米・大豆・塩・酒精 17 信州味噌(長野)特選粒 46.46 麹・米・大豆・塩・酒精 18 京都白味噌(京都)特醸白漉し 52.49 麹・米・大豆・塩 19 京都白味噌(京都)特醸白粒 54.69 麹・米・大豆・塩 20 特選白(京都) 55.12 麹・米・大豆・食塩 21 大源味噌(大阪)別甲白 55.22 不明
22 府中味噌(広島)白味噌 57.12 麹・米・大豆・塩・水あめ・ソルビン酸・次亜硫酸ナトリウム・酒精 23 まるみそ(岡山)白 58.42 麹・米・大豆・食塩
24 美袋乃唄(岡山) 59.30 麹・米・大豆・食塩
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4-3-2 PFPP シリカカラムを用いた LC-MS 測定(本法)
正負イオン検出でそれぞれ赤味噌 10 種類、淡色の味噌 7 種類、白味噌 7 種類 を測定した。その代表的な全イオンクロマトグラムを図 4-3 に示す。m/z と保持 時間の組み合わせを 1 成分として考えたとき、約 3600 種類の代謝物が検出され た。
図 4-3 正イオン(左)と負イオン(右)検出で測定した赤味噌(上段)、淡色味 噌(中段)、白味噌(下段)の全イオンクロマトグラム
4-3-3 C18 シリカカラムを用いた LC-MS 測定(従来法)
正負イオン検出で赤味噌 10 種類、淡色味噌 7 種類、白味噌 7 種類を測定した。
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その代表的な全イオンクロマトグラムを図 4-4 に示す。m/z と保持時間の組み合 わせを 1 成分として考えたとき、約 1260 種類の代謝物が検出された。また全て の味噌で代謝物は一斉に溶出することが分かった。
図 4-4 正イオン(左)と負イオン(右)検出で測定した赤味噌(上段)、淡色味 噌(中段)、白味噌(下段)の全イオンクロマトグラム
4-3-4 主成分分析
熟成度を評価するために、主成分分析を行った結果を図 4-5 に示す。主成分 分析の解析には、検出されたピークとその面積値を用いた。ここで、m/z と保持 時間を組み合わせたものを 1 つのピークとした。図 4-5A と図 4-5B はそれぞれ PFPP シリカカラム(本法)を用いた正イオンと負イオン検出で測定した結果で あり、図 4-5C と図 4-5D はそれぞれ C18 シリカカラム(従来法)を用いた正イ