大動脈食道瘻治療に対する胸腔鏡下食道切除の安全性
はじめに
大動脈食道瘻(aortoesophageal fistula;AEF)は,ま れであるが死亡率の高い病態として知られている。しかし, 最近では胸部ステントグラフト(thoracic endovascular aortic repair;TEVAR)の導入により治療成績も向上し てきている1)。一般的に AEF 治療には,出血制御のた めの TEVAR 内挿後に食道切除ならびに大動脈置換を行 う。食道切除には右開胸,大動脈置換術には左開胸が用 いられているが,北海道大学病院(以下,当院)では食 道切除に際し,低侵襲性を考慮した開胸を行わない胸腔 鏡 下 食 道 切 除 術(video-assisted thoracoscopic surgery-esophagectomy;VATS-E)を導入している。本稿では, 当院における AEF に対する治療戦略ならびに VATS-E の海老原裕磨
1),七戸 俊明
1),倉島 庸
1),村上 壮一
1),松居 喜郎
2),平野 聡
1)〔要旨〕【はじめに】大動脈食道瘻(aortoesophageal fistula;AEF)は,死亡率の高い疾患であるが,その治療成績は向上
している。AEF 治療には,出血制御のための胸部ステントグラフト(thoracic endovascular aortic repair;TEVAR)の内 挿と,食道切除を行う必要がある。北海道大学病院(以下,当院)では,AEF に対する食道切除に際し,低侵襲性の点か ら胸腔鏡下食道切除術(video-assisted thoracoscopic surgery-esophagectomy;VATS-E)を適応としている。今回,その 治療成績につき報告する。 【対象・方法】2009 年 1 月〜 2017 年 12 月に当院にて AEF に対し VATS-E を施行した 6 症例を対象とし,手術成績ならび に術後経過につき検討を行った。 【結果】年齢中央値は 70(64 〜 74)歳,男性 5 例,女性 1 例。食道切除前 TEVAR 内挿は 5 症例に施行されており,その うち 3 症例に一期的動脈・消化管再建を施行した。VATS-E 手術時間中央値は 146(114 〜 178)分であり全症例で開胸移 行なく切除可能であった。3 症例が自宅退院となり,在院死亡は 3 症例であった。 【結語】AEF に対する低侵襲治療としての VATS-E は安全に施行可能であった。 〔キーワード〕大動脈食道瘻,胸部ステントグラフト,胸腔鏡下食道切除術 手術成績につき報告する。
対 象
2009 年 1 月 〜 2016 年 12 月 に 当 院 に て AEF に 対 し VATS-E を施行した 6 症例を対象とした。方 法
1.当院におけるAEFに対する段階的治療戦略(Figure 1) まず,TEVAR による出血コントロールを行い,待機 的に感染源の除去(VATS-E,胸腔ドレナージ)を行う。 VATS-E 終了後に患者の全身状態を考慮し,大動脈置換術, 食道再建術を行う。 2.第 1 期治療:TEVAR による出血コントロール 出血性の AEF に対する初期治療としての TEVAR によ る出血コントロールを行う。 3.第 2 期治療:感染源の除去(VATS-E,胸腔ドレナージ) ①手術適応 AEF に対する VATS-E の手術適応基準は「全身麻酔が 可能である」「手術希望がある(自らの意思を示すことが 所属:北海道大学大学院医学研究院 消化器外科Ⅱ1) 北海道大学大学院医学研究院 循環器呼吸器外科2) 著者連絡先:〒 060-8638 札幌市北区北 15 条西 7 丁目 北海道大学大学院医学研究院 消化器外科Ⅱ 受付日:2018 年 4 月 2 日/採用日:2018 年 12 月 5 日原 著
特集:胸部・縦郭における ACS の治療戦略
できる)」「1 秒量が 1L 以上ある(あると予想される)」の 3 項目としている。
② VATS-E 術式
導入初期では,用手補助下胸腔鏡下食道切除術(hand-assisted thoracoscopic surgery;HATS)2)を行ってきたが, 2010 年からは分離肺換気が不要な両肺換気下の腹臥位に よる完全胸腔鏡下食道切除術を導入している3)(Figure 2)。 ③ Decision making (第 3 期治療を連続施行するか否か の判断) VATS-E 終了後に患者の全身状態を考慮し,2 期に引き 続き第 3 期治療(動脈置換術,食道再建術)まで施行する か否かを判断する。AEF に対する第 2,第 3 期治療の連 続施行は患者の状態や血管外科医の体制によって制限され るものであり,それらを慎重に判断し治療戦略を立てる。 第 3 期治療を連続しない場合には唾液瘻・胃瘻造設のみを 行う。 4.第 3 期治療:大動脈置換術,食道再建術 VATS-E 終了後,全身状態を考慮し開胸に耐え得ると 判断した場合には右側臥位にて人工血管置換術を施行す る。人工血管置換時には感染予防の目的に後縦隔経路で挙 上した胃管の大網で人工血管を被覆する(Figure 3)。食 道は奇静脈レベルで切離を行い,極力大網を付けた状態で 胃管作成を行う。High risk 症例に対しては,状況に応じ て食道再建術を施行せずに唾液瘻・胃瘻造設のみを行うが, 感染予防の目的で大網を置換人工血管に被覆するが,状態 回復後に再建を行う際には胃管の使用が困難となり,空腸 や回結腸を用いた食道再建法を選択する。
結 果
年齢中央値は 70(64 〜 74)歳で,男性 5 例,女性 1 例であっ た。すべて胸部大動脈瘤食道穿破症例であり,うち 1 例 は大動脈置換後の吻合部感染瘤の食道穿破症例であった。 VATS-E 前に TEVAR 内挿術を施行された症例は 5 例で あった。人工血管置換術後の症例では TEVAR 内挿術を 施行していない。VATS-E 手術時間中央値は 146(114 〜 178)分であり,全例で開胸手術に移行することなく,鏡 視下で手術を完遂できた。6 例中,3 症例で第 2 期治療の Figure 2 Prone position Video-assisted thoracoscopic surgery- esophagectomyA: After artificial pneumothorax (8-10 mmHg) is established with a 12-mm trocar in the 9th intra-costal space(ICS), three operating trocars (5 or 12-mm, 3rd, 5th, 7th ICS) are placed. B: The esophagus was resected, aortoesophageal fistula (arrow) was confirmed under the thoracoscopic view.
Figure 1 Therapeutic strategy for aortoesophageal fistula in our institution
AEF: aortoesophageal fistula
TEVAR: thoracic endovasucular aortic repair
VATS-E から連続して第 3 期治療までを一期的に施行可 能であった。そのうち 1 症例では動脈置換後の瘻孔であり 動脈非置換とし食道切除再建を行ったが,術後出血により 緊急的に胃管切除と大動脈置換および大網被覆術を施行し た。その後,1 カ月後に遊離空腸グラフトにより消化管再 建を行った。第 2 期の VATS-E と第 3 期治療の大動脈置 換との間に一定期間をおいて分割手術とした症例は 3 例で あった。 一期的手術を施行した 3 症例は,いずれも自宅退院して いるが,分割手術となった 3 症例ではすべて在院死亡と なった。死因の内訳は,非閉塞性腸管虚血が 2 例,上腸間 膜動脈血栓症が 1 例であった(Figure 4)。
考 察
AEF は病態が複雑であり,侵襲の大きな外科治療でし か救命できないが,その救命率は低い。しかし,最近の TEVAR の導入により治療成績も向上しつつある。また, 従来の開胸手術では,瘻孔周囲を中心とした癒着の存在や Figure 3 Replacement of aortaReconstruction of the aorta with the removal of intra-aortic covered stent and replacement with a prosthetic graft. The greater omentum (arrow), which was pull up with gastric conduit, was used for omental
flap plombage to cover the aortic graft.
Figure 4 Post-operative course of entire patients
Thoracic endovascular aortic repair (TEVAR) was performed in five patients (83.3%). Three patients underwent aortic replacement with artificial graft and esophageal reconstruction was possible(blue line).
HATS: hand-assisted thoracoscopic esohagectomy PP-E: prone position esophagectomy
術中の片肺換気による酸素化の問題から,手術成績は不良 とされてきた。しかし,近年では食道切除・再建における 鏡視下手術導入により,治療成績の改善が期待されてい る4)。 当院では,出血性の AEF に対する初期治療としての TEVAR は,動脈置換術ならびに食道再建術における bridging therapy(橋渡し治療)として有用と考えてい る。Jonker ら5)は AEF に 対 し て TEVAR 後 30 日 以 内 に食道切除を行った症例で死亡率が低かったとしており, 当院でも TEVAR 挿入後は数日以内に準緊急手術として VATS-E を考慮することとしている。時に,TEVAR 挿入 後に食道へのドレナージと抗菌薬が奏功し,全身状態の改 善が得られた場合,そのまま保存治療を継続し得るとの印 象を与えるが,持続的な感染源となり得る食道と大動脈と の交通を速やかに取り除くことが重要と考えている。また AEF 症例では,長期にわたる摂食障害や慢性的な感染状 態が続いているため,栄養状態を含めた全身状態が不良と なって受診される場合が多い。そのため,TEVAR 後の早 期食道切除とともに栄養状態改善が手術成績に重要と考え る。 消化器外科領域における鏡視下手術手技の向上や新たな 機器の開発に伴い,同手技の適応は大いに広がりつつある。 胸腔鏡下食道手術は 1993 年に Cushieri6)が初めて報告し, わが国でも 1996 年に Akaishi ら7)により報告され,国内 各施設にて導入されつつある。当院でも,1996 年より食 道癌に対し手術侵襲の軽減を目的に VATS-E を導入し, AEF に対する胸腔鏡下食道切除を 2009 年より導入してい る4)。 VATS-E における低侵襲性について Nagpal ら8)は 12 の研究による meta-analysis を行い,胸腔鏡手術群 672 例 と開胸群 612 例を比較し報告している。そのなかで,胸腔 鏡手術群は手術時間が延長したが,有意に出血量が少なく, 在院日数や ICU 滞在期間が減少し,加えて術後呼吸器合 併症の割合が少なかったとしている。さらなる低侵襲化 を目指した腹臥位両肺換気による VATS-E では,術中の P/F 比が良好に維持されたと報告されている9)。その理由 として肺圧排に用いる人工気胸圧や,人工呼吸器による換 気圧および PEEP により肺胞細血管床が内外から圧排さ れ,非換気側肺のシャント血流量が減少するためと考えら れるとしている。食道癌に対する HATS と腹臥位の手術 成績の比較は Fukuda ら3)が検討し,腹臥位手術が出血量 の減少ならびに術後合併症軽減の点で有用であることを報 告している。 AEF の治療には食道切除と大動脈置換が必要となるが, 食道切除には通常,右開胸が必要であり,大動脈置換には 左開胸が必要である。そのため,AEF 外科治療における 低侵襲性を考慮すると食道切除には開胸を行わない胸腔鏡 が有利であると考える。 治療の strategy として,単に TEVAR のみでは在院死 亡が 75%と報告されており,感染源となる食道切除は必 須と結論されている10)。その際には,留置したステントグ ラフトはもちろん,すでに感染が及んでいると考えられる 周囲組織を大動脈を含めて一括に摘出し,グラフトによる 大動脈置換,および大網被覆が推奨される。一期的手術に おいては胃管を使用することができるため,十分な大網を 人工血管に被覆することができ,感染コントロールには有 利である。今回の検討においても一期的手術を施行した 症例のみが生存しており,十分量の大網による感染コント ロールの重要性が示唆される。食道再建術を施行せずに大 網被覆のみを行ったとしても,その後に胃管による再建術 が可能であるとの報告11)があるが,空腸や回結腸再建も 選択肢となるため,状況による判断が必要である。とくに 食道再建術の際には消化管吻合を行う必要があり,術後縫 合不全によるグラフト感染,縦隔炎などが危惧されるため, 再建臓器は慎重に選択する必要がある。 われわれは AEF の治療戦略として 3 期に分けた段階的 治療を行っており,とくに第 2 期治療(食道切除)では, 低侵襲性から VATS-E を適応とし,現在まで全例に安全 に手術が施行できている。
おわりに
AEF 治療における食道切除に際し,低侵襲治療として の VATS-E は安全に施行可能であると考えられた。 文 献1)Jonker FH, Schlosser FJ, Moll FL et al: Outcomes of thoracic endovascular aortic repair for aortobronchial and aortoesophageal fistulas. J Endovasc Ther 2009; 16:428-440. 2)Okushiba S, Ohno K, Itoh K, et al: Hand-assisted
endoscopic esophagectomy for esophageal cancer. Surg Today 2003; 33: 158-161.
3)Fukuda N, Shichinohe T, Ebihara Y, et al: Thoracoscopic esophagectomy in the prone position versus the lateral position (Hand-assisted thoracoscopic surgery): A retrospective cohort study of 127 consecutive esophageal cancer patients. Surg Laparosc Endosc Percutan Tech 2017; 27: 179-182.
4)Toshiaki Shichinohe, Satoru Wakasa, Suguru Kubota, et al: One-stage radical operation of aortoesophageal fistula-combination of VATS esophagectomy and open aortic surgery: report of a case. Esophagus 2013; 10: 280-284. 5)Jonker FH, Heijmen R, Trimarchi S, et al: Acute
management of aortobronchial and aortoesophageal fistulas using thoracic endovascular aortic repair. J Endovasc Ther 2009; 50: 999-1004.
6)Cuschieri A: Endoscopic subtotal oesophagectomy for cancer using the right thoracoscopic approach. Surg Oncol 1993; 2: 3-11.
7)Akaishi T, Kaneda I, Higuchi N, et al: Thoracoscopic enbloc total esophagectomy with radical mediastinal
Thoracoscopic esophagectomy for aortoesophageal fistula
Yuma Ebihara
1), Toshiaki Shichinohe
1), Yo Kurashima
1), Soichi Murakami
1),
Yoshiro Matsui
2), Satoshi Hirano
1)Department of Gastroenterological Surgery Ⅱ , Hokkaido University Faculty of Medicine1) Department Cardiovascular and Thoracic Surgery, Hokkaido University Faculty of Medicine2)
Background:Aortoesophageal fistula (AEF) is an uncommon but one of highly fatal conditions. There are surgical,
endoscopic and interventional radiological treatment options, however, definitive treatment is the surgical intervention. Video-assisted thoracoscopic surgery (VATS) has been gradually accepted as a substitution for thoracotomy to reduce the invasiveness of the surgery as radical surgery for esophageal cancer. We aimed to evaluate a feasibility of VATS-esophagectomy (VATS-E) for AEF in this study.
Material and methods:Between 2009 and 2017, we retrospectively reviewed clinical charts of six patients who
underwent VATS-E for AEF.
Results:The median thoracoscopic time was 146 min (range, 114-178 min). None of the patients were converted to open
surgery. Thoracic endovascular aortic repair (TEVAR) was performed five patients (83.3%). Four patients underwent aortic replacement with artificial graft. Esophageal reconstruction was possible in three patients.
Conclusion:TEVAR and VATS-E are feasible for the treatment of AFE. Further accumulation of cases is necessary to
establish safe and secure surgical strategy for AEF.
KeyWords: aortoesophageal fistula, thoracic endovascular aortic repair, video-assisted throracoscopic
surgery-esophag-ectomy
lymphadenectomy. J Thoracic Cardiovasc Surg 1996; 112: 1533-1541.
8)Nagpal K, Ahmed K, Vats A, et al: Is minimally invasive surgery beneficial in the management of esophageal cancer? A meta-analysis. Surg Endosc 2010; 24: 1621-1629.
9)Saikawa D, Okushiba S, Kawata M, et al: Efficacy and safety of artificial pneumothorax under two-lung ventilation in thoracoscopic esophagectomy for esophageal cancer in
the prone position. Gen Thorac Cardiovasc Surg 2014; 62: 163-170.
10)Hollander JE, Quick G: Aortoesophageal fistula: a comprehensive review of literature. Am J Med 1991; 91: 279-287.
11)Kubota S, Shiiya N, Shingu Y et al: Surgical strategy for aortoesophageal fistula in the endovascular era. Gen Thorac Cardiovasc Surg 2013; 61: 560-564.