C A N C E R 13 (2004), p. 19-23
大分県宇佐市寄藻川に生息するアリアケガニ個体群の発見
三浦知之 ・矢野香織 ・松尾敏夫・佐藤正典
大分県宇佐市の寄藻 川は,岡 市の雲ケ岳に源 流があり,北西に流下して周防灘に注ぐ総延長 17 k m の二級河川であ る. 下流域では緩流河川 と なり,河床に土砂が積もりやすく,洪水が起こ ることがあるため,古くから 河川改修工事が行わ れている . 他方,現在でもアシ原や河口干潟が非 常に良好な状況で保持されており,巻き貝を中 心 に希少な生物の生息が確認されている (大分県, 2001) . 特にウミニナ科のクロヘナタ リ,シマヘ ナタリ,フ トヘナタリ,ヘナタリガイ,カワアイ ガイが生息し, ドロアワモチ科のセンベ イアワモ チやオカミミガイ干ヰのオカミミガイ ,ナラピオカ ミミガイなども確認されていることから, 近年減 少している貴重な泥質の湿地環境が残されている と考えられる. 十脚甲殻類ではシオマネキが数多 く生息し,極めて大型の個体も 見られる. 寄藻 川の河川改修に当たっては,このような 貴重な生物の生息環境が損なわれないように,宇 佐市の小学校児童や関係地区住民および大分県宇 佐土木事務所な どを中心に希少な員類などを人手 によ って移植する作業が, 2002年6月1 日と11月16
日の2
回にわたって行われ,築堤のかさ上 げと 河川敷の埋設ができる だけ生息生物に影響を与え ないような工事のあり方が注目されていた. 著者 の一人 (K Y) が勤務先の業務で2003年に寄藻川 を訪れた際に,河川敷で採集したカニが周防灘や 瀬戸内海ではこれ まで生息の確認されていなかっ たアリアケガニCleistostoma dilatatum (de Haan, 1833) であり ,抱卵個体の出現状況な どから明ら かに個体群を維持していると判明したので,新し い分布地として ,ここに報告する . 調査方法 2003年6月に第二著者が寄藻川河川 敷において アリアケガニと思われる個体を視認した .その後, 第二著者が標本採集を行い,第一著者が同定を行 うと ともに,同年10月には第一 第三著者が,干 潮時の寄藻川河川敷で本種の分布確認を行 った 周防灘Tomoyuki MIURA, K aori YANO, T oshio M ATSUO,
&
図1 アリアケガニCleistostoma dilatatum (de Haan,Masanori SATO: Occurrence of Cleistostoma dilata- 1833) の採集地 大分県宇佐市寄藻川と生息確
雌
1
: 有 明 海 , 熊 本 県 緑 川・ 浜 戸 川 分流点, 2003.09. 03. 佐 藤 正 典 採 集. 雄 1 , 雌 1 : ;有明海,福岡県大牟田, 2003. 12.20. 佐 藤 正 典 採 集. (ア リアケモドキ ) 雄1: 大 分 県 番 匠 川 水 系, 里 田 川 右岸ワンド, 2003.08. 07. 矢 野 香 織 採 集. (ア リアケモドキ属の一種) 雄 4 , 雌 3 : 宮 崎 県 熊 野 江 川 河 口 ,2004.05.07. 矢野香織・ 三 浦 要 ・三 浦知之採集. 徒 歩 で 目 視 観 察 に よ っ て 行 っ た が , 明 ら か に 密 度 が 高 い と 思 わ れ た 場 所 で は50 x 5 0 c m コドラー卜 に 出 現 す る 個 体 数 を カ ウ ン ト し た ( 採 集 せ ず, 最 大 密 度 を 求 め る だ け と し た ) • 7月と9月には随時見つかった個体を採集し, 10% 海 水 ホ ル マ リン で固定して, 70% アルコー ル に保存するか,直接99% アルコー ル で保 存 し た (表 1 ) . さらに , 囲 内 で の 既 知 の 産 地 で あ る 有 明 海 の 標 本 お よ び 他 産 地 に 出 現 す る 近 縁 種 と も 形 態 を 比較 し た (表1以 外 の ア リ ア ケ ガ ニ )大分県字佐市寄藻川で採集されたアリアケガ ニ Cleisわstoma dila俗tum (d e H a a n, 1 8 3 3) の計測値
甲長 (m m) 甲幅 (m m) 雌雄 採集場所 松崎川 との合流点下流左岸ヨシ原 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 寄藻大橋下流右岸ヨシ原 松崎川との合流点下流左岸ヨシ原 松崎川との合流点下流左岸ヨシ原 松崎川との合流点下流左岸ヨシ原 松崎川 との合流点下流左岸ヨシ原 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 浮殿小橋下流左岸 n N V n Nド 行 川 M ソ 同 M ソ 雌 雌 雄 雄 雄 雄 雄 雄 雄 雄 雌 雄 雄 雄 雄 雌 雄 雌 抱 雄 雌 雄 雄 抱 雄 雄 雄 雄 雌 雄 雌 雌 6 8 7 6 8 0 6 5 6 0 0 1 9 1 6 8 2 5 3 9 5 1 2 9 0 9 A v o n v 9 8 ••• • •• ••• • ••• ••••• 内 U A リ 唱 i ワ 臼 4 9 F D 1 i n 宮 内 υ 弓 t ヮ , ゥ ,A せ F b に υ A -F b に υ G U q L n u o o q L a u a a I n u o o t A 9 i u ヮ , 。 6 4
・
A 唱 E A 唱 E A -A 唱 E A ' E A 噌 E A 噌 P A 唱 E A 噌 E A 4 E A 唱 E A 唱 E A 4・
A 唱 E A ハU A 3 A U CO 勾 t n ヨ ハ ヨ ' i A U 0 6 0 0 n U A U FO ハU A U Po nU F D n 4 A 3 0 6 q J C O PO O O P O R υ 旬 i 唱 A ハ ヨ ヴ t a u o o o o n u n u ヮ , 氏 U 勾 t a q a守 a ι I q J q a a a I q J q a a a Z 4 u τ 0 0 氏 U F b t A ' i 凸 w d ヴ t に d ヴ t n u F U T i 句 -表1 採集年月日 2∞
3年 7 月15日 2003年 7月29白 2003年 7 月29 日 2003年 7月29 日 2003年 7 月29 日 2003年 7 月29 日 2003年 7月29 日 2003年 7月29 日 2003年 7月29 日 2003年 9月1 日 2003年9月1 日 2003年9月1日 2003年 9月1日 2003年 9月 1 日 2003年 9 月 1 日 2003年 9月1 日 2003年 9 月 1 日 2003年 9月 1 日 2003年 9 月 1 日 2003年 9月1 日 2003年 9月1日 2003年 9月 1 日 2003年 9 月 1 日 2003年 9月1 日 2003年9月1 日 2003年 9 月 1 日 2003年 9月1 日 2003年 9月 1日 2003年 9月1 日 2003年 9月 1 日 2003年 9月2日三浦知之- 矢野香織・松尾敏夫・佐藤正典
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図2 アリアケガニおよび近縁種の比較 A :寄藻川産のアリアケガニの雄 (甲面から短毛を除去,左鉛脚は脱落) ;
B :寄藻川│ 産のアリアケガニ
Deiratonotus cristatum
(de M a n, 1 895)の雌; C 番匠川水系アリアケモドキの雄 ;D :熊野江川河口の
Deiratonotus
属不明種. 結果および考察 ( 形態の観察) 寄藻川で得られた個体は いずれ も甲面・歩脚が短毛で覆われ( 図1 B ),歩脚の先 端は赤い. 甲面の短毛を除去すると,無歯の前 側縁,甲面の弱い湾曲,稜や粒の欠如が確認さ れ( 図1 A ),有明海産のアリアケガニ標本とよ く一致した. アリアケガニと同じムツハア リアケ ガニ科Camptandriidae Stimpson, 1858で混生する ことの知られているアリアケモドキDeiratonotus
cristatum
(de M a n, 1895) で は 甲 面 の 心 域 か ら 鰐、域に強い稜線が観察でき( 図1 C ),アリア ケ ガ ニ と は 外 見 だ け で も 簡 単 に 区 別 で き る . 宮崎県熊野江川河口で採集された同属の不明種Deiratonotus
sp. は前側縁に歯が全くなく,日本産 アリアケモドキ属の既知3種アリアケモドキ ,カ ワスナガニ, トンダカワスナガニのいずれとも異 なる. 現在,詳細を検討中であるが,甲面や歩脚 の斑紋によってきれいな砂地に潜伏している本種 とア リアケガニでは甲面の比較だけでも容易に区 別できる. アリアケガニとアリアケモドキ属の2種は第1 腹肢先端が分枝しないが,付属する突起物の有無・ 形態も容易に区別ができる. ア リアケガニでは第図3 アリアケガニ Cleistostoma dilatatum (de Haan, 1833). A 寄藻大橋下流右岸のヨ シ原での生息状況:8 同じ場所でシマへナタリなどが観察できる :C : 9月に採集した個体を飼育したところ ,水槽内 で交尾を行 っ た:0 : 9 月に浮殿小橋付近で採集された抱卵雌. 1腹肢先端が鋭く,先端近くに6本程度の剛毛が ある( 図1 E ). ア リアケモドキでは第 1 腹肢先 端が鈍く ,5本程度の剛毛を備える( 図1 F). さ らに ,熊野江河 口産のD eiratonotus sp.で、は第1腹 肢先端が鈍く ,剛毛 を欠く( 図1 G ). (標本採集と出現状況) アリアケガニは,大分 県宇佐市寄藻川下流の寄藻大橋右岸の潮間帯上部 でオス l 個体が2003年6 月26 日に最初に視認され た. その後,7月1日に採取した標本が,雄1個体 ・ 稚ガニ
2
個体のア リアケガニであることが確認さ れた. 同じ場所では, 7月3 日にも小型の個体と 稚ガニが確認さ れた. さらに7 月11 日には,浮殿 小橋下流右岸の潮間帯上部 ・中部のヨシ原全体 で の生息が確認され, 50 x 5 0 c m コドラー トに最大 16個体の密度が観察できた 他 に,浮殿大橋およ び、小橋の上流側にある松崎川との合流点の左岸で も発見され,上流側での分布の調査を行った し かし,寄藻大橋より上流の寄藻川と向野川との合 流点より上流ではア リアケガニを確認することは できなかった (図1 ). 7月15 日以降に採集された 個体はいずれも甲長 6 m m 以上であり,成熟した雌雄であると考えら れた9
月の甲長8 m m
以上の雌は抱卵していた (表1 ). また, 9月の寄藻大橋右岸では甲長3 -5 m m 程度の小型個体しか採取できなか った. 松 崎川との合流点下流川 や浮殿小橋下流で、は甲長 2 m m 以下の幼体が得られている. これ まで採集計測 した最大の個体は9月に浮殿 小橋下流の左岸で得られた雄で,甲長11.6 m m, 甲幅16.9mm であった( 表 1 ). 採 集 ・計測した 31個 体 に は 抱 卵 雌 が2個 体 含 ま れ て お り , 甲 長 2 m m 以下の小型個体とともに 9 月に得られてい る (図3 D ). このことから,寄藻川の浮殿大橋三浦知之- 矢野香織・松尾敏夫・佐藤正典 23 から寄藻大橋に至る河川敷一帯ではアリアケガニ が個体群を維持しており,これまで知られていな い新しい生息域として認知された. 大分県宇佐市寄藻川 でのアリアケガニ分布域を まとめると,以下の4 地点となる (図 1 ). 1. 寄藻大橋下流右岸( ヨシ原) (図
3A & B )
2.
寄藻大橋上・下流左岸( ヨシ原) 3 . 浮殿小橋 ( 浮殿大橋西側) 下流左岸 4. 浮殿大橋上流,松崎川合流点左岸 また, 9月8 日に採集した雌個体をそれ以前に 採集した雄を収容した水槽に入れたところ ,10分 後には交尾を観察する こ とができた( 図3 C ). さらに, 2003年10月25日に,寄藻大橋付近で採集 を行 ったところ,幼体を確認することができた. これらの観察や抱卵個体の採集から,寄藻川では アリアケガニが少なくとも夏に繁殖行動を行い, 秋には新規加入が起こると考えられる. 以上のような観察結果から,周防i
灘や他 の瀬戸 内海ではこれまで生息が確認されていなかったア リアケガニが大分県宇佐市寄藻川では個体群とし て維持されていることが判明した. 有明海および 周防灘沿岸には,大陸系強内湾性種とされる巻き 員( シマヘナタ リ・クロへナタリ・ゴマフダマ) や二枚貝( ササゲミミエガイ ・イチョウシラトリ) などがともに分布しており,両海域の地史的背景 を物語ると考えられる . Fauna Japonicaで 初 め て 報 告 さ れ る ア リ ア ケ ガニは (de H a a n, 1833), 博 多 湾 , 有 明 海 , 黄 海 , 中 国 北 東 部 沿 岸 に 生 息 す る と さ れ ( 三宅, 1983) , ヨ シ 原 の や や 高 い 場 所 に 穴 居 し , 歩 脚 先端が赤いところから有明沿岸で「ツマアカ」 と呼ばれる( 小菅, 2000). 本種が複数の河川で 確認されている福岡県では絶滅危倶種のーっと してレッドデータリストに掲載され (福岡県, 2003),世界自然保護基金日本委員会の干潟調査 でも「危険」と評価されている( 和田, 1996) しかし,福岡市多々良川河口 と津屋崎町汐入浜な どでは急速に減少し,筑後川河口の干潟にも生息 するが,護岸工事などにより減少している( 福岡 県, 2003). 本種は有明海の他の特産種とともに, 大陸系強内湾性種群のーっと目されている (福 岡 県, 2003). 諌早湾の締め切り ・干拓などにより 近年危機的状況にある内湾性の泥干潟環境として 大分県宇佐市寄藻川河口域は極めて重要であり, 今後はアリアケガニ生息域や生息個体数の定量化 なども含めた詳細な調査が必要であろう. 文 献 小菅丈治, 2000. カニ類. 佐藤正典編,有明海の生き ものたち一干潟- 河口域の生物多様性. pp.72-94. 海 瀞舎. 東京. 福岡県, 2003. 福岡県のレッドデータブック (http :/ / www.pref.fukuoka.jp ;福岡, 2003. 10. 16).de Haan, w., 1833. Crustacea (1823-50), in Ph. F. von Siebold, Fauna ]aponica, p.55. pl.7. fig.3. (http:// ddb.libnet.kulib.kyoto-u.ac.jp/ exhibit/b04/ crustacea. h回1,京都大学,2004.3.31) . 三宅貞祥, 1983 原色日本大型甲殻類(11). 保育社,大 阪 277pp. 大分県, 2
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1.
レッドデータブックおおいた 大分県 の絶滅のおそれのある野生生物- 大分県自然環境 学術調査会野生生物専門部会編,大分県生活環境部 生活環境課 507ppSakai,