子どもにとって好適な空間、製品の実現を目指したデザイン教育について
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. 2.1. 子どもに関わる施設の空間デザインの現状の例(商業施 設、病院) 以下に筆者が実際に経験した、子どものための施設において「デザイン」 の視野が欠けていると考えられる事例を挙げる。(図2)は飲食店における 「キッズスペース」の事例である。 部屋の中に様々なおもちゃや遊具、映像を投影するためのスクリーンなど が設えられているが、「子どもの注意を惹くもの」を雑然と配置したのみで、 どのような年齢の子どもたちが、どのようにこの空間の中で時間を過ごして 欲しいのか、そして何人程度の子どもを収容し、どのような遊びを展開して 欲しいのか、といった計画的視点が欠けている。 「子どもの遊び環境」については様々な先行研究がなされており、それら を参考にした上でプレイルームをデザインすれば、安全で効果的に子どもの 「遊び」を引き出す室内環境を作り出すことが出来るはずである。しかしこ 図2 商業施設におけるキッズスペースの 事例(飲食店). の商業施設の場合には、経営者や店舗を運営しているスタッフが、子どもの 空間に対するデザイン意識を持っていないことが、この環境を生み出してい る要因となっていることが推測できる。 (図3)は小児科標榜病院の待合室の事例である。医療施設においては、 診察を受けるまでの待ち時間、なるべく利用者にとって心理的にも身体的に も負担のかからない待合設備を用意する必要があるが、この事例では利用者 の子どもたちが座るための椅子が足りておらず、床に直接座ったり、壁に寄 りかかったりすることにより、なんとかその場で待っていられる。という状 況であった。 医療施設の空間を規定する因子として「制度的因子」の存在を黒野(2019) らの研究は指摘している。平成14年の診療報酬改定により「施設基準適合病 棟加算」が新設され、定められた施設基準に適合し、届出を行なった小児病 棟においては小児入院医療管理料が加算されるようになったが、江原(2015) の調査では、入院診療を実施していない小児科標榜病院が多いことなどを要. 図3 小児科標榜病院の待合室の事例. 因として、全国で約3割の病院しか施設基準届出を行なっていないことが明 らかとなっている。つまり、診療報酬の加算というインセンティブが働かな い小児科標榜病院においては、施設基準を下回る環境しか用意されていない 可能性が高く、これらの先行研究からも、医療施設における「空間」デザイ ンに対する意識の低さが伺える。. 2.2.子どもに関わる施設の空間デザインの現状の例(幼稚園) (図4)は、子ども環境、教材、教具の総合メーカーである J 社の設計に. よる幼稚園の事例である。. 図4 廊下の壁をガラス張りとした幼稚園の事例と窓部分の拡大. 31.
(3) 32. 特集:なぜ、子どものためのデザインに取り組むのか. この園では、2階の廊下部分において園庭に面した壁を全面ガラス張りと し、「子どもにとっての眺望」を確保するためのデザインが施されている。 しかしこの園を使用する保育者によって、ちょうど子どもの視点の高さに洗 濯バサミを使った手作りの雑巾掛けが設置されており、折角の「子どもに とっての眺望」が遮られてしまっているのと共に、園児の眼の高さに怪我を 誘発する恐れのある物体が存在する結果となってしまっている。これは施設 を使用する保育者が、より空間や製品のデザインに対して意識を持っていれ ば防げる課題である。 (図5)は愛知県三河地方において、地域産の木材を使用して竣工した木 造平屋の幼稚園の事例である。 内外装ともに、木材の質感を活用した温かな雰囲気の空間が実現している が、保育室の照明器具(図6)は、簡素な蛍光灯器具が梁に直付けで取り付 けられており、木質空間の雰囲気にそぐわない照明となっている。 この例では建設コストを圧縮するために、仕方なくこの照明器具が選択さ れたものとも推測できるが、空間を使用する保育者がこうしたデザイン上の 図5 木質系素材の質感を生かした幼稚園 の事例. 課題点に気がつき、園舎の修繕、改善計画の中に照明器具の課題を盛り込む ことができれば、より子どもの空間のデザインの質を高めることができるで あろう。 文部科学省「幼稚園教育要領」では「第2章 ねらいと内容」中の「環 境」の項「3 内容の取り扱い」において、 「(1)幼児が、遊びの中で周囲の環境とかかわり、次第に周囲の世界に 好奇心を抱き、その意味や操作の仕方に関心をもち、物事の法則性に気 付き、自分なりに考えることができるようになる過程を大切にするこ と。特に、他の幼児の考えなどに触れ,新しい考えを生み出す喜びや楽 しさを味わい、自ら考えようとする気持ちが育つようにすること。. 図6 保育室の照明器具. (2)幼児期において自然のもつ意味は大きく、自然の大きさ、美しさ、 不思議さなどに直接触れる体験を通して、幼児の心が安らぎ、豊かな感 情、好奇心、思考力、表現力の基礎が培われることを踏まえ、幼児が自 然とのかかわりを深めることができるよう工夫すること。 (3)身近な事象や動植物に対する感動を伝え合い,共感し合うことな どを通して自分からかかわろうとする意欲を育てるとともに、様々なか かわり方を通してそれらに対する親しみや畏敬の念、生命を大切にする 気持ち、公共心、探究心などが養われるようにすること。 (4)数量や文字などに関しては,日常生活の中で幼児自身の必要感に 基づく体験を大切にし、数量や文字などに関する興味や関心、感覚が養 われるようにすること。」 と、4項目に亘って子どもにとっての「環境」教育の必要性を挙げており、 幼稚園教諭はこれを意識した教育、保育を展開している。しかし、この中で は教育者が自ら「環境」を構成することの必要性については触れられておら ず、園舎空間のデザインを保持、改善して行こうという意思が幼稚園教諭に おいて薄い要因になっていると推測される。 そこで筆者は「子どもの空間」をデザインするデザイナーを育成すること よりも、幼稚園教諭、保育士や医療従事者、あるいは自宅において育児に勤 しむ保護者など「子どもの空間」を使用し、保守する人材の教育、育成に取.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. り組むことが、より現実社会において幅広く「子どものためのデザイン」の 質を高めるために有用な解決策であると考えた。以上が筆者が「子どものた めのデザイン」に取り組むことを考えた経緯である。. 3.「子ども好適空間」研究について 前項で明らかになった課題点の解決を目的として、筆者は前勤務校である 岡崎女子短期大学(愛知県岡崎市)において2017年に「子ども好適空間研究 拠点整備事業」を企画・発案し、機関のプロジェクトとして実行されること となった。 岡崎女子短期大学には「幼児教育学科第一部・第三部」と「現代ビジネス 学科」が存在し、幼児教育学科は幼稚園教諭、保育士の育成を行い、現代ビ ジネス学科ではプロダクトデザインや、インテリアデザインの授業を実施 し、住宅メーカーやデベロッパーにおいて住宅を販売する人材や、医療事務 員、その他ビジネスパーソンの育成を行っている。この両学科が持っている 資源やノウハウを生かして「子ども好適空間研究所」(愛称:hygge Lab ヒュ. ゲラボ)を設立し、学際的な取り組みとして子どものための空間デザインの 質的向上に取り組み、地域に研究成果を還元しようとするのが「子ども好適 図7 「子ども好適空間研究所」ロゴマーク. 空間研究拠点整備事業」の目的である。(図7)(図8) 「子ども好適空間研究拠点整備事業」では、「子どもにとって安全・安心が 確保されている空間」「子どもにとって居心地の好い空間」「子どもが夢中に なって活動できる空間」の実現を目指し、デザイン、彫刻、保育、心理、音 楽、体育、児童文学、医療事務などの研究者が、文部科学省『平成29年度私 立大学研究ブランディング事業』の助成を受けて10件の研究プロジェクトを 遂行し、自治体に対する保育所改築のアドバイスや、シンポジウムの開催等 を通じて、研究成果を地域に還元している。. 図8 「子ども好適空間研究所」が目指すス キームの模式図. 4.「子ども好適空間研究拠点整備事業」の教育への還元につ いて 「子ども好適空間研究拠点整備事業」における研究成果の教育への還元と して、現代ビジネス学科における2つの授業を通じて、教育活動を行なった。. 4.1. 現代ビジネス学科1年次「ユニバーサルデザイン」. この授業では、「ユニバーサルデザイン」の理論や誕生背景を学んだ上で、. その実践として、「子どもの事故を防ぐための製品、またはサービスの企画」 を題材に授業を展開した。2018年度の授業では学生は web サイト「キッズデ ザインの輪」(https://www.kd-wa-meti.com)において掲載されている、国立. 成育医療センターと独立行政法人産業技術研究所が分類した事故事例をベー スに、アイデアの発案を行い、アイデアスケッチとして表現した。 学生から発案された優れた事例として、(図9)∼(図11)のアイデアが 出された。この(図11)のアイデアをベースとして、子どもと育児に関わる 大人が一緒に遊びながら、身近な環境に潜む危険を学習するためのツールと して発展させたすごろくゲームのデザインが(図12)である。. このゲームでは自宅、幼稚園、保育所、こども園、公園、道路、といっ た、子どもたちが日常で経験する環境をボードゲーム上で通過し、その環境 の中にどのようなリスクやハザードが潜むかを疑似体験することで、子ども は自ら危険を発見し、それを避ける意識を身に付けること、大人は環境に潜. 33.
(5) 34. 特集:なぜ、子どものためのデザインに取り組むのか. むハザードを発見し、事故の発生を予防できるようにすることを、楽しみな がら学べるようにデザインされている。 2019年度の授業では、特に家庭における育児のシーンに限定して「子ども の事故を防ぐための製品、またはサービスの企画」に取り組んだ。「家庭」 という環境に対象を限定した理由としては、幼稚園や保育所といった施設よ りも、家庭において起きる子どもの重篤な事故の割合の方が、圧倒的に多い (図13)∼(図15)という調査結果からである。2019年度は消費者庁の「事 故情報データバンクシステム」 (http://www.jikojoho.go.jp/ai_national/)に掲載 図9 形態と事故の事例を関連付けた積み木. された事例を元に、アイデアスケッチに取り組んだ。ここで発案されたアイ デアの事例が(図16)∼(図18)である。. 図13 保育所における重篤な事故件数件数. 図14 幼稚園における重篤な事故. 図10 大人が子どもの視点を疑似体験する ことができる VR ゲーム. 図15 家庭における重篤な事故件数 図11 1日の生活をトレースするすごろく ゲーム. (国立成育医療センター、産業技術総合研究所調べ 2006年11月∼2013年3月). 4.2. 現代ビジネス学科1年次「好適空間論」. 「子ども好適空間」の理念を教養として学生に身に付けてもらうことを目. 的として、2019年度より新規科目として「好適空間論」の授業を開始した。 「好適空間論」の授業では、デザイン、保育、医療事務、経営学、言語学 の教員が、それぞれの専門分野の視点から「好適空間」の要素を講義し、そ れを元に学生は「子ども好適空間」の要素を備えた空間のアイデアスケッチ の展開へと繋げている。「好適空間論」の授業計画表が(図19)である。 図12 「図11」を発展させたデザイン. 現代ビジネス学科の学生が卒業後に就職する業種や職種は多種多様である が、それぞれの学生が職場や家庭において「子ども好適空間」の理念、思考 を活用して、子どもにとって安全、安心で、居心地が好く、夢中になって活 動できる空間の実現を目指せるようにすることが、この授業の目標である。.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. 図16 うつぶせ寝事故を防ぐための、持ち 運び式ブランケット. 図19 「好適空間論」授業計画 図17 自動車内への子どもの置き去り事故 を防ぐためのチャイルドシート 温度、圧力センサーで子どもの存在 を感知し、長時間座ったままの場合 に保護者へ通知が送信される. 5.今後の展開 岡崎女子短期大学においては、現代ビジネス学科で実施している「好適空 間論」の授業を元に、幼児教育学科においても「好適空間論」の授業を展開 し、「子ども好適空間」の理念を実現できる人材を、全学科において育成す ることが今後の課題である。幼児教育学科での展開にあたっては、先に挙げ た文部科学省の「幼稚園教育要領」や厚生労働省の「保育所保育指針」では 謳われていない、教育者、保育者自身が主体的に空間をデザインする意識を 醸成し、そのために必要な実際的な知識を教育して行くことが必要である。 また筆者は2020年4月より、文部科学省による「私立大学研究ブランディ. 図18 おむつ換え時の転落事故を防止する、 チャイルドシートのアイデア. ング事業」の助成が終了したのを契機として岡崎女子短期大学から、ものつ くり大学 技能工芸学部(埼玉県行田市)へと勤務校を異動した。この大学 の充実した設備を活用し、「子どもにとって好適な」製品デザインのプロト タイピングや、産学協同による製品、空間作りの実現を目指した研究をさら に推進する計画である。 参考文献 黒野伸子,滝沢ほだか,町田由徳:医療における「子ども好適空間」構築の重要性,子ども好適 空間研究,1,20-29,2019. 江原 朗:小児医療管理料の施設基準届出から見た各都道府県の小児入院医療機関数,日医雑. 誌,143(20),2180-2186,2015. 町田由徳:子どもと大人が環境の危険を学習するための製品の開発,子ども好適空間研究,1,. 38-45,2019. 経済産業省製造産業局 デザイン・人間生活システム政策室:キッズデザインの輪(http://www.. kd-wa-meti.com/statistics.html),2007,2018年12月13日∼20日参照 文部科学省:幼稚園教育要領,2008. 厚生労働省:保育所保育指針解説,2018. 35.
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