学会近況 特別セッション 内戦後のスリランカ社会 ─民族抗争の教訓と将来への挑戦─
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学・会・近・況特別セッション
内戦後のスリランカ社会
─民族抗争の教訓と将来への挑戦─
座長中村尚司
この特別セッションでは、20年以上続いたスリランカ内戦の終結がも たらした民族抗争の教訓と内戦後の課題について取り上げた。次の4名 の報告者が、それぞれの研究課題に即した報告を行った。 荒井悦代 軍事的な解決と未解決な民族問題 ラタナーヤカ・ピヤダーサ 経済発展の問題点 足羽與志子 内戦が残した社会と文化の傷痕 中村尚司 日本スリランカ関係の再構築 最初の荒井報告では、スリランカ政府による軍事的な解決の要因を説 明した。カルナ派というLTTE分派の協力を得られたこと、陸軍を強 化し対ゲリラ戦略を進めたこと、陸海空の三軍に加えて、警察や民間警 備隊も協力体制を組んだこと、そして軍組織の効率化や規律の強化を達 成したことである。未解決な民族問題としては、国内避難民の帰還、L TTE要員の社会復帰、北・東部州への権限移譲による分権化などを挙 げている。しかし、スリランカ政府はこれらの政治的な課題に取り組む よりは、経済開発による高度成長に向かおうとしている、との指摘を行っ た。 ラタナーヤカ報告は、経済発展の問題点について論じた。多民族社会 では国民経済の成長や1人当たりの所得向上よりも、すべての人に公平 な機会を保証する必要があること、民族対立をもたらした植民地支配と 分割統治政策が独立後の経済建設を困難にしたこと、二度にわたるシン南アジア研究第23号(2011年)
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ハラ青年(JVP)の武装蜂起もタミル青年の武力行使も同じ経済政策 に由来していること、その結果経済活動の停滞を招いたばかりでなく、 社会生活も破壊したこと指摘した。そのため、学ぶべき教訓は、なによ りもすべての民族が対等な立場で協力できる体制を築くことである。そ のような民族和解を通じてのみ、経済的な繁栄と調和のとれた社会が実 現できると結んだ。 足羽報告は、ラージャパクサ大統領が、仏教王の後継者として統治し ようとすれば、多文化社会の問題を解決できないと述べた。そして、ス リランカ社会に強い暴力の重層性が、未来への挑戦を困難にしていると 指摘した。民族対立を生んだ歴史的な記憶の隠ぺいが、民族和解を困難 にし、伝統文化の破壊をもたらした、と分析した。言語政策を中核とす る文化政策の欠如が続けば、再び同じような対立抗争を激化する恐れが ある、と強調した。スリランカ社会における英語を用いたエリ─ト支配 が、戦争の傷痕を癒す道を難しくしている。さらに、海外の要因も大き い。在外タミル人ディアスポラの力は今回の敗戦で揺らいでいない。内 外の文化的課題を同時的に解決する必要がるという論旨であった。 これらの報告を受けて、中村報告では次のように、日本スリランカ関 係の問題点を論じた。 日本国内におけるスリランカに対する関心は、決して少なくない。2002 年以降、日本政府も市民社会も、スリランカに強い関心を持ち積極的に 取り組んでいる。とりわけ、2004年12月のインド洋大津波の被災者への 支援活動は目覚ましかった。とはいえ、政府も民間団体も、その時どき の課題に専念するものの、持続性に欠けるという共通の問題点を抱えて いる。 1980年代半ば、日本山妙法寺の横塚師がジャフナで射殺された。邦 人保護を強調する在外公館も、宗教活動にどう対応すべきか、という点 でこのときの経験が活かされていない。またODAによって供与された 機材が軍事転用されていないかどうか、関心を持って調べている援助機 関は存在しない。スマトラ沖地震の前年に設置されたが、実際には使用 されなかった島内の地震計ネットワークについても、検証されてない。食 糧増産援助の見返りに積み立てられた巨額資金の使途についても、どこ に記録が存在するのか不明である。 政府と市民社会における持続的関心の欠如を象徴する事例として、学会近況 特別セッション 内戦後のスリランカ社会 ─民族抗争の教訓と将来への挑戦─
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2002年4月29日にスリランカ首相官邸において、贈呈式の行われた2頭 の野象の件について検討する。日本国特命全権大使が最大の経済援助 国として、大統領と首相に4通の外交文書で強く要請して実現したもの である。日本とスリランカの国交樹立50周年を記念する事業でもある。 昭和天皇誕生日に元防衛庁長官の野呂田議員を団長とする、15名の国会 議員がスリランカに赴き、親からはぐれた野象の贈呈を受けた。日本政 府と「クロアチアに象を送る会」が協力して行った、という意味で貴重 な試みでもある。 贈呈式に出席したのは、自民党議員が中心であったが、呼びかけは生 活協同組合関係者が多く、日本共産党の機関紙『赤旗』も、他のメディ アとともに募金運動のキャンペーに加わった。この運動を進める立場か ら、劇映画『ドバルダーン、エレファント』も制作された。クロアチア とスリランカの関係は、停戦までは武器弾薬の輸出入を通じて密接で あった。しかし、軍の関係者からは、クロアチアから輸入した小火器に は、不良品が多いという意見も出ていた。停戦とともに、その市場は縮 小しつつあったが、この年クロアチア大統領が中古軍艦の売り込みに来 ていたところを見ると、まだ武器市場への期待があったのかもしれな い。日本の敗戦記念日でもある8月15日に、2頭の象をチャーターした ジャンボ機に搭乗させようとしたところ、クロアチア政府からスリラン カ外務省に対して、象の受け入れを拒否するとの通知があった。もとも と日本政府の代表団に贈呈された象である。本来ならクロアチア政府と の交渉も、日本政府がなすべきであった。この2頭の象の消息は、忘却 の彼方に消えたようである。母親にはぐれた野象たちが、政府機関や市 民団体による交流の浅さや狭さを語る日が来るだろうか。 2008年には、福岡アジア文化賞が国際法やジェンダー論の分野で活 躍するグナセーカラ教授に授与され、創設されたばかりの堺市国際貢献 賞がジャーナリストのペレーラ氏に授与されている。しかしこれらの支 援の動きも、相互の関連性がなく進められ、継続性に欠ける。今回の内 戦終結を機会に、さまざまな分野で徹底的な話し合いが必要であろう。 スリランカ国内の諸勢力、在外タミル人の支援団体、外国政府や国際N GO、国際金融機関などとも、日本の政府機関やNGO団体が広範な ネットワークづくりに参加すべきであろう。 両国における政権交代後の2010年7月末、和平会談の政府側首席代南アジア研究第23号(2011年)