笹 川・金 井 他 :
FNE
短 縮 版 作 成の試み〈原 著〉
他 者
か らの否 定 的評 価
に対 す
る社 会的 不 安測 定 尺 度 ( FNE ) 短 縮 版作 成
の試
み項
目反応
理論
に よる検
討笹川 智子 *1 金井 嘉 宏*2 村 中 泰子*3 鈴 木 伸一 ’4 嶋田 洋徳*
5
坂 野 雄二 *6
要 約
本 研 究の 目的は、日本 版Fear of Negative Evaluation Scale(FNE ;石 川 ら,1992)の短縮版 を作 成し、その測定 精 度を 項 目 反 応 理論 (IRT)の観 点か ら評価す ることで あっ た。項目数を削 減す ること に よる情 報量の損 失 を、段階反 応モデル を 用い るこ とで補い、12項 目五 件 法の尺 度 を 構成し た。テス ト 情 報 関数の形状か ら、作 成さ れ た短縮版 は幅 広い尺度値レ ベ ルで安 定し た測 定 精 度を保つ こと が 示 さ れ た。 特に特 性 値の高い被 検 者に対 しては 30項 目二 件 法の原 版 よ り も有 効 性 が 高 く、Leary (/983)の
Brief Fear of Negative Evaluation Scale(BFNE ) との比較に おい て も す ぐ れ た 測 定 上の特徴 を もつ もの であっ た。 ま た、簡 便なス クリーニ ング テス ト と して の有用性や、他の尺 度と の併用 など、 臨 床 ・
研 究場 面へ の応 用 可 能性が論じ ら れ た。
キー・ワード:Fear of Negative Evaluation Scale(FNE ) 社会 不 安 社 会恐怖 項 目反 応 理論 段 階反 応モデル
問 題
社会 不安 (social anxiety )は、「現 実の、あ るい は想 像 上の対 人 場 面に おい て個 人 的に評価
さ れ た り、評 価さ れ るこ とが予 想される こ とか ら生 じ る不 安 」 (
Schlenker
&Leary
,1982
)と 定 義さ れ る現 象で あD 、古くか らシ ャイ ネス やコ ミュ ニ ケーシ ョ ン不 安、対 人 恐 怖な ど さ ま ざ ま な概念の も と で研究が行わ れ て き た。 DSM − III(
American
Psychiatric
Association
,1980
)におい て社会 恐怖 (
socia
!phobia ) が 独 立 した*1早 稲田大 学 大 学 院 人 間 科 学 研 究 科 ・日本 学 術 振 興 会 特 別 研 究 員
’2北 海 道 医 療 大 学 大 学 院 看 護 福 祉 学 研 究 科
’3
社団 法 人 国 際 経済 労 働 研 究 所
祠 広 島 大 学 大 学 院 教 育 学 研 究 科 附 属 心 理 臨床教 育 研 究セ ンター
’5
早稲田大 学 人 間 科 学 学 術 院
*6北 海 道 医療大 学心 理科学部
(2004 (平 成 16) 年8月12日 受 理 )
診 断カ テ ゴ リーと して取 り上 げら れて以来、他 者を 恐れ る とい う現 象に対す る関 心は、障 害レ
ベ ル の もの に まで拡 大されて い っ た (
Turner
et aL,
1987
)。 社会恐怖の高い 発 症率と自然 治 癒率の低さ が明ら かに な るにつ れ、社会 不 安研 究は近 年ますます 活 発 化 して き た (Turk
et
aL
,2001)。
社会不安を維持させ てい る認 知的特徴と し
て、他 者か らの否 定 的 評 価 に対 する恐 れが あ る。
Watson
&Friend (1969
)は、この評 価 懸 念の強さを測 定 する尺 度 と して、Fear
of
Neg
−ative Evaluation
Sca
工e
(FNE )を作成し た。FNE
は現在、社会不安研究で最も頻繁に用い られ る測 度の ひ とつ で ある (Herbert
et
aL
,2001
)。 日本版は 石 川 ら (1992)に よっ て標 準 化 さ れ、十 分な信頼性と妥当性を もつ こ と が確 認さ れてい る。 しか し、30項 目か ら なる
FNE
は、その項 目数の多さか ら、臨 床 現 場で実 施 する と き や、テ ス トバ ッ テ リーを組む と きには扱い つ
らい こ と が指 摘さ れ て お り、より簡 便な尺 度の 開 発が望ま れてい た (
Leary
,/983)。こう した要 請 を 受け て、Leary (1983)は、12 項目の短縮版
FNE
(Brief
Fear
of
Negative Evaluation
Scale
:BFNE )を作 成 し た (Appen − dix参 照 )。 BFNE は、原版の二 件法 尺 度 を 五 件 法に拡 張して用い て い る。 選 択 肢 を増 や すことに よっ て、 単独の 項目か ら得ら れ る情報量 を 増大さ せ、少ない項 目 数で高い 測 定 精 度を保っ た テス トを構成す るこ とが 可 能 と なっ た の であ
る。
BFNE
は原 版の得点と強い 相関 (r
=O .96
) を も ち、再テス ト信 頼 性 もr
;0
.75
と良 好であ ること が明ら かに さ れて い る。 ま た、臨 床 群を 対 象 とした大 規 模な調査で 、高い 内 的 整 合 性(α =
0
.91
) と治 療 感 受性を 示 し た。 さ らに、中 位の収束的 妥 当性と弁 別 的 妥 当 性を有す るこ と も、あ わ せて報告 さ れて い る (Weeks
et
al
., 2002>。とこ ろで、近 年、従 来 型の古 典 的テス ト理 論
に か わる もの と して、項 目 反 応 理 論 (Item
Response
Theory
:IRT
)カs’注 目される ように なっ た。
IRT
で は、被 検 者の特 性 値 を構 成 概 念と して扱い 、特 定の被 検 者 集 団に依 存 し ない 形 で被検 者母数と項目の性 質を推 定す ることが可 能で ある (豊 田,2002)。 その ため、従 来 型の テ
ス ト と比 較して、以 下の よう な 利 点がある。
1
.誤 差を切 り離 すこ とによっ て、精 度の 高 い測 定が可 能となる
2
.被検者 得点の分 散の影 響 を受 ける こ と な く、測 定 精 度が評 価で き る3 .当 該の テス トが特性値の高い 被検者 と低 い 被検者に対 し て どの程 度の測 定 精 度を も つ かを別々 に論じる こ とがで き る
す な わち、被 検 者の能 力 を潜在変 数 と し て扱
う こ と で、 合計得点を用い る際に混 入して いた 測 定 誤 差 等を含まない 、よ り純 粋な能 力の推定 値が得ら れ る の である。 ま た、こうし た潜在変 数は特 定の被 検 者 集 団に準 拠しない 形で定 義さ れて い るの で、異 なるノ ル ム を もつ 被検者集団
に実 施し た検査結果が直接比較 可 能 と なる。 さ
ら に、これ ま で は テス トの信頼性の推定値 と し
て α 係 数を算 出 する こ と が多か っ た が、α 係 数 はすべ て の被 検 者に対 して テス トの信 頼 性が等 しい こ と を仮定し てい た。
一方、
IRT
で は、 当 該の検査が どの ような特性値レ ベ ル の人に対 して最も高い 測定精度を もつ か を調べ ること が可 能で ある。
IRT
の適 用には、推 定 値 を安 定さ せ る た めの大量 サ ンプ ル の存在や、 尺度の一次元 性な どい くつ か の前提 条 件が満た さ れて い る必 要が ある ほ か、 項 目内容の質的な検討ま で は行え ない とい っ た限界 も存在 するが、特に高特性 者に対 する精 緻 な測 定 が 課 題 となる臨 床 分 野に お い て、非 常 に有 効 性の 期 待 さ れ る手 法で あ
る。
Samejima
(1969
)は、そ れ まで主 と して二 値 データ (はい 一い い え、 経 験の有 無な ど、0−1 で
コ ーデ ィ ング可 能な もの)に対して 用い られて
い た IRT の概 念を、 多値の段 階反応 データ (三 件 法、五件 法 など)で も使 えるよ うに拡 張 した。
こ の こ とに よっ て、IRT の測定上 の メ リッ ト を、多 値 データで も享 受で きるよ うにな
っ た。
こうし た 理論の成熟を背 景に、 心 理尺度の運 用 にも
IRT
を 用い るべ き とい う 主張が な さ れる ように なっ た (例 えば嶋田ら, 1994;鈴 木ら,
1996)。FNE の よう な 心 理尺度に IRT を適用 す ることの意義は、大き く
2
つ 指摘する こと がで き る。 1つ は、測 定 精 度そ のもの の向 上であ る。測 定精度が上が り、ス ク リーニ ン グ時の誤 判 別 率が下が る こ と によっ て 、作 業の効率化 を 図ること が で き る。 ま た、 測 定変数の微 細な差 異 まで正確に評価で きる こ とで、臨 床 場 面に お
い て は治 療 効 果の検 討 を、研 究 場 面に お い て は 参 加 者の継時 的 変 化の記述を、 そ れ ぞ れ的確に 行うこと が可能と な る。
2
っ 目は、特性 値が比 較 的 低い被 検 者 (FNE
で は他 者か ら の否 定 的 評価に対す る 恐 れの低い 人)に おい て標 準 化さ れ たテス トが、特 性 値の高い 被 検 者 (臨 床 患 者 の よ うに、 他者か らの否定的 評 価に対 する恐れ が高い 人)に対して ど の程 度の測定精度を 示 すか を評 価で き る こと で ある。 こ の こ とに よっ
一88一
笹 川・金 井他 :FNE 短縮 版 作 成の試み
て、 治療も し く は研 究の対 象 と な りやすい 高 特 性者に、よ り適し たテ ス トを作 成 する こ とが可 能とな る。 さ ら に、段階反応モ デル を 用い るこ
と で項 目数を最 小 限に抑え るこ と がで きれ ば、 時 間の短 縮、被 検 者の 負 担の軽 減にもつ なが り、
テス トバ ッ テ リーを組む際な どには非常に便利
で ある。
以 上の点を踏ま えて、本研究で は、
IRT
の観 点か ら、原 版の測 定 精 度 を 十 分に保 っ た FNEの短縮版を作成す る こ とを目的 とす る。 研 究 1
で は、原 版の二 件 法
FNE
の項 目特 性 とテ ス ト 全 体の精 度 を、二母 数 正規累積モ デル に よっ て 評 価 する。 研 究2
では、段 階 反 応モ デル を用いて五件 法の短 縮 版 を構 成 し、
Leary
(1983)のBFNE
との比較によっ て、当 該 尺 度の測 定上 の 性質と臨 床 現 場 ・研究場 面に お け る有効性につい て論じ るこ と と す る。
研究1
1
. 目 的
30
項 目二 件法の 日本版 Fear of Negative EvaluationScale
(FNE ;石川ら,1992
)を IRTに お ける二 母 数正規 累 積モ デル で 分 析し、各 項 目 の特性と テス ト全 体の測 定 精 度 を評 価す る。
2
. 方 法 1) 被 検 者都 市 部 近 郊 に住む大 学生
845
名 (男 性389
名、女 性 442名、未 記 入 14名 ;平 均 19 ,71歳、
SI
)=2
.62
)を対象に、集団式の質問紙調 査 を 行 った。2) 調 査 材 料
調 査項目は Table
1
に 示 す と お りであっ た。なお、回 答は 「はい 」「い い え」の 二 件法 によ る もので あっ た。
3
) 教 示被検者に対して与え ら れた教 示は以 下の と お
り で あっ た。
「こ の質 問 紙に は、あな た が普 段の生活の中
で、自分に対 する まわ りの人の評 価を どのよう
に受け と め て い る かに関す る
30
個の文章が ならんで い ます。 各 文 章の後に 『はい 』と 『い い
え」の欄が設け て あ り ま す か ら、ど ち ら が自 分
の感 じ を よ くあらわしてい るかを 考 えて、い ず れかに○をつ けて ください 。」
こ の後、上 述の
30
項目が提示 さ れ た。3
. 結 果各項目につ い て、 被検者反 応 (た だ し「はい」 を 1点、「い い え」を0点と し た)の 平 均値と、
合計得点との シリ アル 相関 (二 値変数 と連続変 数の相 関 係 数 )を算 出し た。 項 目2の被 検 者 反 応の平 均 値は 0 ,82 と偏 りを 示 し、項 目27の合 計得点と の相 関は
O
.15
と低か った。 ま た、1
因 子のカ テゴ リカ ル 因 子 分 析 (カテゴ リー変 数 を 用い た 因子分 析、こ こ では 「はい 」「い い え」という二値に よ る反 応が カ テ ゴ リー変 数 となる)
を行い 、 因子パ ターン と閾値を推定し た。 さ ら に、二 母 数正規 累 積モ デ ル を用い て項 目母 数
(識 別 力 と困 難 度 )の推 定 を行っ た。 なお、解 析
には M −PLUS
ver
,2 .0を用い た。
Table
2は、各 項 目の平 均 値、シ リア ル相 関、 因子パ ターン、閾値、 項目母数を 示 し てい る。表中の α は因子パターン 、τ は閾値、項目母数
a
は識 別 力、項 目 母tw
b
は困 難 度 を 示 して い る。項 目ノの困 難 度 あは当 該 項 目の難 し さ を 決め る母 数であ り、こ の値が大きい ほ ど、その 項 目に 「はい」と答 える被 検 者の不 安の レベ ル が高い こと を 示 す。 ま た、 識別 力a
は、 θ=あ付 近に お け る被 検 者の特 性 値の違い が 正答 確 率に ど の程 度敏 感に反 映 さ れ る か を示す も の で あ り、こ の値が高い と、当 該 項 目の困 難 度 と同 程 度の不 安レ ベ ル θを もっ た人た ち に対して、精 度の高い 測 定が で き るこ と を意 味 し てい る。 日本版FNE の項目 困難度の 最大値は1
.21
(項 目
18
)、最 小 値 は一3
.84
(項 目27
)で あっ た。 両項目の項目特性 曲線をFig
.1
に 示 し た。項 目18の項 目特 性 曲 線は θ= 1 .21付 近で大き な傾き を 示 し、全 体 と し て右に寄っ たグラフで あるこ とか ら、特に評 価 懸 念の高い被 検 者に適 し た項 目で ある こ と がわか る。
一方、項 目27
の項 目特性曲線は全体的に傾き が緩慢で、望ま
Table l Fear
of
Negative Evaluation ScaleNo
. Item12寧
*
寧
*
*
*
罵
*
*
*
串
亭
孝
3456789012345678901234567890
111111111122222222223
人に馬鹿だと想わ れ る の でないか と心 配 すること は、ほ とん ど ない
人 が な んと思おう と、ど う とい うこ と は ない とわかっ てい ても、自分の こ とを 人が どう思 うか気
になる
誰かが 私の こ と を評 価 してい るこ と がわかると、緊 張し て神経過 敏に な る 人が私につ い て 良 くない印 象 を持ちつ つ ある と わ かっ て も気に し ない 人前で失 敗する とひ どく うろ た えて し まう
自分に とっ て大 切な人た ち が私を ど う思うか 不 安 にな るこ と は ほ と ん どない
馬 鹿げた ように見え ないか と か、馬鹿な真 似を し て物 笑い に な ら ない と か よく心 配す る 自 分の こ と を、他の人が認めて くれ な く て も ほ と ん ど動じ ない
他の人が私の欠 点に気づ くの では ない か とし ばしば 心. 配する 他の人が 自分の ことを認めて くれな くても、あまり気に な ら ない
誰か が私の こ とを評価してい ると、最悪の場 合を 予想し がちである
ど ん な印象を人に与え てい る か、ほ と ん ど気に し ない 他の人が私を認め て くれ ない の で はない か と思う 人に 自分の欠 点を、み つ け ら れ るの で は ないか と心配だ 他の人が私を どう 思 うか が、私を左 右す るこ と はない 人に気にい ら れな くて も、必 ずしも うろたえた りは しない
誰か と話 し てい る とき、その人が自 分の こ とをどう 思っ て い るか心 配だ
誰 だって時に は失 敗 を するこ とがある のだか ら、私 は失 敗 を気に する必 要はない と思 う 自 分が ど ん な印 象を与 えて い るの か いつ も気に な る
自 分の 目上の人が私の ことをどう思っ て い るか 、ひ どく気にな る
も し誰か が私の こ とを評 価 してい るとわかっ て も、私に は ほ と ん ど関 係ない 他の人が私の こ と を価 値が ない と思うの で は ないか と心配だ
他の人が私の こ とをどう思 うか は ほ と ん ど気に な ら ない
他の人が私の こ と を どう思っ てい る か、気に し すぎる と思 うこ と が と き ど きある
間違っ た こ と を言っ たり、し た りするの で は ないか と しばしば 心配にな る 他の人 が私をどう 思っ て い る か気にか けない ほうで ある
たい ていの場 合、ほ か の 人 が私に対 し て良い印象を持つ だ ろ う とい う自信が あ る 私に とっ て大 切な 人 が、私の こ と を気に か け て く れ ない の で は ないか と思 うこ と が多い 私の友達が 自分をどう思っ て い るか を あれこれ考えて し まう
目上の人が私 を 評 価して い る とわか る と緊 張して神 経 過 敏に なる
*Reverse
score
items.し く ない項 目 であること が 示 さ れ た。ま た、被 検 者母 数 (θ)を求め、その ヒ ス トグラム を
Fig
.2 に示し た。被 検 者 母 数の平 均 値は一〇.04、分 散 は
0
.76
、歪 度 は一〇.05
、尖 度 は一〇.34
(
SAS
によ る出力)で あ り、ほ ぼ 正規分布してい る こと が確.
認され た。
さ らに、テス ト全体の測定精度を あ ら わ す テ ス ト情報 関数の形 状 は
Fig
.3
に示 す と お りであっ た。θの分布は平 均
0
、分 散 1に な る ように推 定 さ れ てい る の で、被検者 の 尺度値 は 一2.0か ら
2
.0の 間に約95
% 含ま れ る。 縦軸には テス ト情 報 量の平 方 根が配してあ り、その逆 数は θ の推 定値の標 準 誤 差 と な る た め、値が大 きい ほ ど測定精度が高い こ と を 示 してい る。 す な わち、特 定の θ に お ける情 報 量が多い ほ ど、
その不安レ ベ ル の 人 に対す る測定誤 差は 小 さ く、テ ス ト情 報 関 数で囲ま れる面 積が大 きい ほ ど、当該テス トは高い 信頼性を もつ こ と が わ か 一9 一