はじめに 明治二︵一八六九︶年に刊行された庄原謙吉纂輯﹃漢語字類﹄が︑
明治七年ぐらいまでに刊行された後続の漢語辞書につよい影響を
与えたことは︑繰り返し指摘されてきているので︑現時点ではむ
しろ周知のことがらといえよう︒
﹃漢語字類 1﹄は︑﹁才 さい能 のう ハタラキ﹂︵三十七オ七行目︶という形
式を採る︒これを﹁見出し項目+語釈﹂という形式ととらえ︑そ
の﹁見出し項目﹂は﹁漢字列+振仮名というかたちであるとみる
ことにする︒︵以下︑引用にあたっては︑漢字字形/漢字字体は保存し
ない︒︶見出し項目となっている漢字列は行草書体で示され︑そ
の下に楷書体が置かれている︒このことも興味深いが今ここでは
措く︒ 先に引いた﹁才能︵さいのう︶ハタラキ﹂の次には﹁│力︵さい
りよく︶上ニ同シ﹂とある︒﹁│﹂は﹁才﹂字を略したものと思わ
れるので︑このような場合︑以下の引用にあたっては︑﹁│﹂に 適当と思われる漢字を補って示す︒ところで︑語釈の﹁上ニ同シ﹂
は
︑ いうまでもなく
︑ 漢語
﹁サイリョク
︵才力︶
﹂の語釈も
﹁ハ
タラキ﹂であるということと思われる︒そうすると︑語釈におい
ては︑漢語﹁サイノウ︵才能︶﹂と﹁サイリョク︵才力︶﹂との語
義の差︵があったとして︑それ︶は説明されていないことになる︒
本稿では︑こうした︑語釈に置かれた﹁上ニ同シ﹂を緒として︑
漢語辞書の語釈︑ひいては明治期の漢語理解のあり方︑漢語の語
義そのもの︑についていささかなりとも考えてみたい︒まず﹁語
釈﹂ということ︑それ自体について整理したい︒
一 ﹁語釈﹂について
漢語﹁サイチ︵才知︶﹂をも併せて︑現代通行の二つの辞書︑﹃新
明解国語辞典﹄第四版︵一九九一年三省堂刊︶と﹃明鏡国語辞典携
帯版﹄︵二〇〇三年大修館刊︶との記述をあげてみる︒
さいち ﹇才知﹈頭の働き︒
漢語辞書の語釈
今 野 真 二
さいのう ﹇才能﹈理解して処理する︑頭の働きと能力︒
さいりょく﹇才力﹈ 物事を判断し動かす︑才知の働き︒
︵ ﹃ 新
明解国語辞典﹄︶
さいち ﹇才知︵才智︶﹈才能と知恵︒
さいのう ﹇才能﹈ ある物事をうまくなしとげる︑すぐれた
能力︒
さいりょく ﹇才力﹈才知のはたらき︒︵﹃明鏡国語辞典携帯版﹄︶
﹃新明解国語辞典﹄第四版は︑その﹁編集方針﹂の﹁語釈﹂の
條において︑﹁単なる文字の説明および堂堂めぐりを極力排し︑
文の形による語義の解明を大方針とした﹂と述べる︒当該辞典の
主幹である山田忠雄は︑﹃近代国語辞書の歩み﹄︵一九八一年三省堂
刊︶においても︑漢語辞書の﹁語釈の態度﹂︵四四四頁︶について﹁漢
語辞書のカタカナ双注は︑簡明直截という点では共通であるが︑
内容的に言えば二種の範疇が算えられる︒一は文字に即した説明
︵若しくは文字のみの説明︶であり︑二は文字の説明を抜きにした︑
いわゆる意訳︵若しくは言替え︶である﹂︵同前︶と述べ︑さらに﹁こ
の方法による時は︑辞書編纂者は概念分析に全く努力を払う事無
く︑糊と鋏とを以て一夜漬で一書を捏ち上げる事が出来︑而も一
往文字の説明を施したという意味で読者を釣る︵若しくは欺く︶効
果を齎す﹂︵四四五頁︶と述べる︒
ここで右の山田忠雄の言説をてがかりにしながら︑﹁語釈﹂に
ついて稿者の考えを整理しておく︒まず﹁ある語の語義をなんら かのかたちで説明したもの﹂を﹁語釈﹂と考えることにする︒言語の学の枠組みの中で﹁語釈﹂を採り上げる場合︑例えば︑辞書体資料にみられる﹁語釈﹂は︑さまざまな﹁制約 2﹂や︑やや大袈
裟にいえば︵具体的なある︶﹁文字社会﹂の求めのもとにかたちづ
くられていることが予想されるので︑そうしたことを視野に入れ
ずに無条件で﹁語釈﹂の出来不出来を評価する必要は︵それを目
的としない限りは︶︑基本的にはないと稿者は考える︒
漢語﹁キョウテイ︵筐底︶﹂を﹁ハコノソコ﹂︵﹃漢語字類﹄七十四
オ三行目︶︑漢語﹁シジョウ︵至情︶﹂を﹁シゴクノジヤウ﹂︵同八
十七ウ三行目︶と説くことを山田忠雄︵一九八一︶では﹁文字に即
した説明﹂と呼んでいると覚しい︒﹁文字﹂は実際は﹁漢字﹂と
いうことになる︒前者﹁ハコノソコ﹂は漢語を構成する造語成分︑
それは結局は具体的には漢字ということになるが︑その﹁筐+底﹂
のそれぞれに和訓を対応させることによって︑つまり和語
0
で︑全 0
体を説明しているのであり︑後者﹁シゴクノジヤウ﹂は漢語を構
成する造語成分﹁至+情﹂のそれぞれを﹁シゴク︵至極︶﹂+﹁ジョ
ウ︵情︶﹂と漢語
0
で全体を説明している︒つまり︵一字漢語ではな 0
い場合ということに当然なるが︶漢語をいったん造語成分に分解し︑
造語成分を単位として︑それを説明し︑組み合わせる/並べると
いった﹁語釈﹂で︑これを﹁造語成分に基づく分解的な語釈﹂と
ひとまず呼ぶことにする︒
漢語﹁スイジャク︵衰弱︶﹂を﹁ヨワル﹂︵﹃漢語字類﹄九十六オ三
行目︶︑漢語﹁カイサン︵解散︶﹂を﹁チラバル﹂︵同一〇〇オ四行目︶︑
漢語﹁ケンソン︵謙遜︶﹂を﹁エンリヨスル﹂︵同一〇五オ七行目︶
とする語釈は︑︵もちろん和訓がまったく関わらないということではな
いので︑造語成分に基づいていないとはいえないが︶山田忠雄︵一九八
一︶の﹁意訳﹂にあたると思われる︒先の﹁造語成分に基づく分
解的な語釈﹂に対置させる表現をつくるとすれば︑﹁造語成分に
基づかない非分解的な語釈﹂ということになるが︑両者を圧縮し
て︑前者を﹁分解的な語釈﹂︑後者を﹁非分解的な語釈﹂と仮に
呼ぶことにする︒﹁辞書編纂者﹂としての山田忠雄は︑この﹁分
解的な語釈﹂をまったく評価しないと覚しいが︑それはそれとす
る︒ 漢語を理解する場合に︑それを造語成分に分解し︑その造語成
分と結びつく和訓を媒介にして︑漢語全体を理解しようとするこ
とは︑むしろ自然なことと思われ︑そこに︑当該時期の日本語に
関わる知見を得るための手がかりがあることが期待される︒所謂
天草版﹃平家物語﹄他を合冊した一冊に添えられている﹁ことば
のやわらげ﹂には︑﹁Buqe︵ブケ・武家︶﹂を﹁Buxino iye︵ぶしの
いえ︶
﹂ ︑﹁
Guaijin︵ガイジン・外人︶﹂を﹁Focano fito︵ほかのひと︶﹂
と説く條がみられるが︑これらは﹁分解的な語釈﹂といえよう︒
また﹁Quabocu︵クワボク・和睦︶
﹂を
﹁ Nacanauori,buji︵なかなおり︑
無事︶﹂と説くのは﹁非分解的な語釈﹂といえよう︒また︑古本﹃節
用集﹄の一本である﹁和漢通用集﹂は︑﹃節用集﹄には珍しくほ
とんどすべての見出し項目に﹁語釈﹂を備えているが︑そこには︑
例えば﹁富貴︵ふつき︶家とみ身たつとき也﹂︵ふ部言語門︶
︑ ﹁ 展
傳︵てんでん︶のべつたふる也﹂︵て部言語門︶などとある︒これは
﹁分解的な語釈﹂にあたる︒﹁災難︵さいなん︶
わ ざ は ひ 也
﹂ ︑﹁
相
論︵さうろん︶口論也﹂︵さ部言語門︶は︑﹁非分解的な語釈﹂とい
えよう︒こうした﹁語釈﹂は︑︵それはすなわち︑漢語の理解のしか
たということになるが︑︶継続的に存在していた︑とひとまずは予
想できる︒﹁非分解的な語釈﹂は︑説明する語を別の語で置き換
えるかたちで説明をする場合と︑文にちかいかたちで説明する場
合とが考えられる︒再び﹁和漢通用集﹂を使って説明すれば︑﹁祈
禱︵きたう︶祈念﹂︑﹁窮困︵きうこん︶疲労︵ひらう︶也﹂︵き部言語
門︶は︑いずれも﹁別語で置き換えるかたち﹂で︑﹁挙達︵きよだつ︶
人を登庸︵とうよう︶する也﹂︑﹁勤仕︵きんじ︶役をつとむる也﹂
は﹁文にちかいかたちで説明﹂している場合にあたる︒ここまで
を図式的に整理しておく︒
Ⅰ 分解的な語釈
─ ┐│
A 別語による置換
Ⅱ 非分解的な語釈││┴
─┌│B 文にちかいかたちで説明
山田忠雄の﹁堂堂めぐり﹂はⅡA﹁別語による置換﹂を指すも
のと思われる︒借用語として中国語を受け入れるためには︑やは
り日本語の語彙体系内にその位置を定めていく必要があり︑その
ためには︑和語と︑何らかのかたちで結びつきをつけていかなけ
ればならないことが予想され︑結局はその結びつきが︑﹁語釈﹂
に現われることは︑やはり自然なことと考える必要があろう︒あ
る漢語の語義を︑ある和語の語義を媒介にして理解すれば︑その
漢語からはその和語が想起され︑その和語からはその漢語が想起
される︑ということはおこり得る︒
高橋五郎﹃﹇和漢/雅俗﹈いろは辞典﹄︵明治二十二年刊︶は︑Ⅱ
A﹁別語による置換﹂をその﹁語釈﹂の基本的方法としていると
思われる︒例えば先に挙げた﹁サイナン︵災難︶﹂であれば︑﹁さ
いなん︵名︶災難︑わざはひ︑災害﹂とあって︑漢語﹁サイナン﹂
を和語﹁ワザワイ﹂と漢語﹁サイガイ﹂によって説いている︒し
かし︑例えば﹁くわいそう﹇する﹈潰走︑ついえにげる﹂はⅠ﹁分
析的な語釈﹂とみえるし︑﹁くわつぱつ︵形︶活潑︑いきいきし
たる︑げんきよき︑ぐづぐづせぬ﹂は︑ⅡB﹁文にちかいかたち
で説明﹂とみえ︑そのことは︑それぞれの見出し項目の語義と関
わると臆測する︒
﹁堂堂めぐりを極力排した﹂﹃新明解国語辞典﹄の﹁サイリョク
︵才力︶﹂の語釈には﹁サイチ︵才知︶﹂という語が使われている︒﹁サ
イリョク﹂の語釈である﹁物事を判断し動かす︑才知の働き﹂の
﹁才知﹂に︑﹁サイチ﹂の語釈である﹁頭の働き﹂を﹁代入﹂する
と文意が不分明になってしまうが︑それは措くとして︑ここでは
相当に語釈に気配りをしていると思われる現代の辞書であって
も︑﹁サイリョク﹂という漢語を説明するのに﹁サイチ﹂という
漢語が使われているということに留意したい︒そして︑似た語構
成をしている漢語の語義の異なりをうまく説明することは実は難
しいということをまず確認しておきたい︒ 二 語釈から語義を探る試み
津江左太郎著﹃漢語註解﹄︵明治七年八月刊︶は︑﹁恐│﹇懼 怖
/惶 怯﹈オソルヽ﹂︵四十オ十四行目︶のように︑一つの格内に
複数の漢語を併せて示し︑それに一つの﹁語釈﹂を与えることが
少なくない︒この形式を以下では︑﹁キョウフ︵恐怖︶・キョウク︵恐
懼︶・キョウコウ︵恐惶︶・キョウキョ︵恐怯︶=オソルル﹂という
かたちで引用することにする︒﹃漢語註解﹄は︑﹁キョウク︵恐懼︶﹂
﹁キョウフ︵恐怖︶﹂﹁キョウコウ︵恐惶︶﹂﹁キョウキョ︵恐怯︶﹂と
いう四つの漢語に﹁オソルル﹂という共通の語釈を与えているこ
とになる︒つまり︑﹃漢語註解﹄においては︑複数の漢語の語義
の異なりを説明しようとしていないと覚しい︒本稿では︑この﹃漢
語註解﹄を起点とし︑他の漢語辞書及び辞書体資料を併せ用いる
ことにする︒﹃漢語註解﹄二十六丁裏には次のようにある︒
a キソ︵基礎︶・キコン︵基根︶・キホン︵基本︶=モトヰb キチ︵基置︶・キフ︵基布︶=ナラベル
﹃﹇和漢/雅俗﹈いろは辞典﹄には次のようにある︒
c きそ︵名︶基礎︑どだい︑もとゐ︑いしずゑd きこん︵名︶基根︑もとゐ︑もと︑いしずゑe きほん︵名︶基本︑もとゐ︑もと︑基礎f きち 見出し項目なし きふ 見出し項目なし
g どだい︵名︶土台︑いしずゑ︑基礎︑もとゐh もとゐ︵名︶基︑址︑卯︑基礎︑基址︑根基︑根礎︑基
本i いしづ ママゑ︵名︶礎︑噐︑石礎︑どだい︑もとゐ︑基礎
﹃﹇和漢/雅俗﹈いろは辞典﹄の記述を整理してみる︒cからは
漢語﹁キソ︵基礎︶﹂と漢語﹁ドダイ︵土台︶﹂︑和語﹁モトイ﹂﹁イ
シズエ﹂との結びつきが︑dからは漢語﹁キコン︵基根︶﹂と和
語﹁モトイ﹂﹁モト﹂﹁イシズエ﹂との結びつきが窺われる︒eか
らは︑漢語﹁キホン︵基本︶﹂と和語﹁モトイ﹂﹁モト﹂︑漢語﹁キ
ソ︵基礎︶﹂との結びつきが窺われる︒g︑h︑iも同様にとらえ︑
ある見出し項目の語釈にある語があるという結びつきを﹁↓﹂で
表示すると︑全体としては次のような結びつきが窺われることに
なる︒﹁イシズエ↑↓キソ﹂は︑﹁イシズエ﹂を引くと語釈に﹁キ
ソ﹂が置かれていて︑﹁キソ﹂を引くとその語釈に﹁イシズエ﹂
が置かれていることを示す︒まさしく﹁堂堂めぐり﹂であるが︑
これは両語の結びつきがきわめてつよいことを示している︒c〜
iを一つの図として示すことは難しいので︑漢語﹁キソ﹂を中心
に据えた一つの図を示すことにする︒他に﹁ドダイ↑↓キソ﹂﹁ド
ダイ↓モトイ﹂﹁イシズエ↓モトイ﹂という結びつきもある︒
ドダイ↑↓イシズエ↑↓キソ↑↓モトイ↑↓キホン
結局︑当該時期において﹁ドダイ・キソ・イシズエ・モトイ﹂ はかなりつよく結びついていると思われる︒﹁キコン︵基根︶﹂が
﹁モトイ・イシズエ﹂で説かれ︑﹁キホン︵基本︶﹂の語釈に﹁キ
ソ︵基礎︶﹂が置かれていることからすれば︑﹁キソ・キコン・キ
ホン﹂はほぼ同義と受け止められていたと予想できる︒そして︑﹃﹇和漢/雅俗﹈いろは辞典﹄がこの三つの漢語の語釈に﹁モトイ﹂
を共通に置いていることは﹃漢語註解﹄と通う︒見出し項目﹁い
しづゑ﹂の語釈内で﹁ドダイ﹂が仮名書きされていることは興味
深い︒ ﹃言海﹄は﹁キソ・キコン・キホン・キチ・キフ﹂いずれも見
出し項目としていない︒山田美妙﹃日本大辞書﹄︵明治二十五年刊︶
を参照する︒
j きこん︷︵基根︶︸漢語︒モトヒ︒=オホモト︒=基本︒k きそ︷︵基礎︶︸漢語︒ドダイ︒=イシズヱ︒=モトヰ︒
=基址l きち・きふ 見出し項目なしm きほん︷︵基本︶︸漢語︒モト︒=オホモト︒
ここでは﹁キコン=キホン﹂とされており︑﹁モトイ﹂を媒介
にすると﹁キコン=キソ﹂となり︑﹁オオモト﹂を媒介にすると
﹁キコン=キホン﹂となり︑結局﹁キコン・キソ・キホン﹂はや
はりちかくとらえられていることがわかる︒
﹃必携熟字集﹄︵明治十二年刊︑八十六オ︶においては︑﹁キコン︵基
根︶
﹂ ・﹁
キ ソ
︵基礎︶
﹂ ・﹁
キ ゲ ン
︵基源︶
﹂ ・﹁
キ イ ン
︵基因︶﹂に﹁モ
トヒ﹂とあり︑﹁キホン︵基本︶﹂には﹁モトズヱ﹂︑﹁キチ︵基置︶
﹂ ・
﹁キフ︵基布︶﹂には﹁ナラベル﹂とあり︑﹃漢語註解﹄と通う︒
非辞書体資料にも﹁キソ﹂と﹁ドダイ﹂の結びつきは現われてい
る︒﹃西国立志編﹄の例を挙げておく︒
ソノ自主︵左振仮名ドクリツ︶ノ基 キ礎 ソ︵左振仮名ドダイ︶ハ︑人
民ノ性行ノ上 ウヘニ任ル/ナリ︒︵第一編第四章︶
志意ノ基礎︵左振仮名ドダイ︶ヲ創メ︑品行ノ根本ヲ立ルニ至
リテハ︑獨リ足下/ノ力ニ頼レリ︵第一編第三十三章︶
ソノ根元︵左振仮名オホモト︶基礎︵左振仮名ドダイ︶は︑國人
ニコノ勉強ノ精神アル/ニ由テ︑建立セラルヽコトナリ︒
︵第二編第一章︶︵破線は合字を示す︶
右と同様に︑漢字列﹁基礎﹂の左振仮名として﹁ドダイ﹂が施
された例が︑他に五例︵第五編第十五章・第九編第二十八章・第十編
第二十二章・第十一編第二十章・第十二編第十五章︶みられる︒
異なる辞書体資料︵及び非辞書体資料︶に共通する語の結びつき
/連鎖が観察されることを確認した︒同じ共時態内で編まれた辞
書体資料は︑︵もちろん﹁個性﹂といえそうなこともあろうが︶同じよ
うなあり方を示すことがやはりまずは期待される︒次には﹁卓﹂
字を頭字とする漢語を具体的に採り上げて︑さらに考えを進めて
いきたい︒
三 ﹁卓﹂字を頭字とする漢語
﹃漢語註解﹄︵二十ウ︶には次のようにある︒参考のために﹃必
携熟字集﹄︵六十一オ︶を併せて示した︒ ﹃漢語註解﹄の語釈 ﹃必携熟字集﹄の語釈
卓量 デヌケタキリヤウ デヌケタキリヨウ
卓然 スグレタル デヌケタコト
卓爾 スグレタル デヌケテシツカリスル
卓犖 スグレタル デヌケテイル
卓立 スグレタル デヌケテイル
卓越 スグレタル デヌケル
卓絶 スグレタル タカキキリヨウ
卓出 スグレタル 見出し項目なし
卓見識 デヌケタケンシキ 見出し項目なし
卓智 デヌケタチヱ 見出し項目なし
卓見 見出し項目なし デヌケタケンシキ
﹃漢語註解﹄においては︑﹁タクゼン︵卓然︶・タクジ︵卓爾︶・
タクラク︵卓犖︶・タクリツ︵卓立︶・タクエツ︵卓越︶・タクゼツ︵卓
絶︶・タクシュツ︵卓出︶﹂という七つの漢語に﹁スグレタル﹂と
いう一つの語釈が与えられている︒﹁タクリョウ︵卓量︶﹂の語釈
﹁デヌケタキリヤウ﹂は﹁卓=デヌケタ+量=キリヤウ﹂と﹁分
解的な語釈﹂を施したものと思われる︒﹁キリョウ﹂は﹁器量 ヒトノキリヤウ﹂︵二十五オ五行目︶とあり︑道具としての器に関
しての謂い︑﹁器皿的容量﹂︵﹃漢語大詞典﹄第二版︑第三巻上冊五二
四頁左︑﹁器量﹂の條︶ではなくて︑ということを﹁ヒトノ﹂で示
したところが工夫ではあろうが︑結局は漢語﹁キリョウ﹂を﹁キ
リョウ﹂としか説明していないともいえよう︒中国においても︑
﹃文選﹄巻五十八に収められている︑後漢の蔡邕の﹁郭有道碑文﹂
に
﹁夫其器量弘深
︑姿度広大
︑浩浩焉汪汪焉
︒奥乎不可測已
︵夫 それ︑其の器量は弘深︑姿度は広大にして︑浩 かう浩 かう焉 えんたり︑汪 わう汪 わう焉 えんたり︒奥 あう
乎 ことして測るべからざるのみ︶﹂とあり︑はやくに﹁器量﹂は︑﹁才識︑
度量﹂︵﹃漢語大詞典﹄第二版︶の語義をもつにいたっていたと覚し
い︒
日本においては
︑﹃日葡辞書﹄の見出し項目
﹁キリョウ﹂に
﹁Gentileza﹂︵優雅︶とあり︑﹁キリョウナヒト﹂が﹁Homem bem
asonmbrado.&apessoado
︵容姿と風采のよい人︶
﹂と説明されてお
り︑﹁キリョウ﹂が︑限定的に人の容姿について使われることが
あったことがわかる︒人間以外のことがらに使われていた語が︑
人間について使われるようになっていく﹁道筋﹂をそのまま﹁抽
象から具体へ﹂という﹁道筋﹂とみることはできないであろうが︑
強弁を承知でさらにあえていえば︑それは︵漢語ということに関し
て︶﹁上層から下層﹂への展開とみえなくもない︒﹃﹇和漢/雅俗﹈
いろは辞典﹄は﹁きりやう︵名︶器量︑ちゑちから︑伎倆﹂とい
う見出し項目と並んで︑別に﹁きりやう﹇俗﹈︵名︶容色︑嫖致︑
かほかたち﹂という見出し項目を設けている︒高橋五郎は︑おそ
らく﹁器皿的容量﹂を漢語﹁キリョウ﹂の︑いわば原義と認め︑
人間に関して︑特にその容姿に限定して使用される﹁キリョウ﹂
を︑原義に対して﹁俗﹂ととらえたと思われる︒
﹃漢語註解﹄の﹁タクケンシキ︵卓見識︶﹂の語釈﹁デヌケタケ
ンシキ﹂が︑﹁タクケンシキ﹂を﹁タク+ケンシキ﹂と分解して︑ それぞれを﹁デヌケタ+ケンシキ﹂と説明していることはいうまでもない︒ここでも漢語﹁ケンシキ﹂が﹁ケンシキ﹂と説明されていることになる︒ちなみに﹁タクケンシキ/タッケンシキ﹂は﹃日本国語大辞典﹄第二版には見出し項目としてみえない︒﹃漢語
註解﹄が﹁タクケン︵卓見︶﹂を見出し項目としないのは︑﹁タク
ケンシキ﹂と重なるとみているからか︒﹁タクチ︵卓智︶﹂の語釈
は﹁デヌケタチヱ﹂である︒これらを整理すると次のようになる︒
﹁タクリョウ︵卓量︶﹂=﹁タク︵卓︶=デヌケタ+リョウ︵量︶
=キリョウ﹂
﹁タクケンシキ︵卓見識︶﹂=﹁タク︵卓︶=デヌケタ+ケン
シキ︵見識︶=ケンシキ﹂
﹁タクチ︵卓智︶
﹂=
﹁ タ
ク︵卓︶=デヌケタ+チ︵智︶=チヱ﹂
これらは︑造語成分﹁タク︵卓︶﹂を﹁デヌケタ﹂ととらえて
いる︒先に示した七つの漢語に共通して置いた語釈は﹁スグレタ
ル﹂で︑﹁デヌケタ﹂と﹁スグレタル﹂の表現性を問わなければ︑
結局は﹃漢語註解﹄においては︵とひとまずいっておくが︑︶漢語造
語成分﹁タク︵卓︶﹂を﹁デヌケタ/スグレタル﹂と理解してい
るといえよう︒
﹃漢語註解﹄が﹁スグレタル﹂という語釈を共通して与えた七
つの漢語﹁タクゼン︵卓然︶・タクジ︵卓爾︶・タクラク︵卓犖︶・
タクリツ︵卓立︶・タクエツ︵卓越︶・タクゼツ︵卓絶︶・タクシュ
ツ︵卓出︶﹂は︑二つのグループに分かれる︒すなわち︑﹁卓﹂の
後ろに︑形容詞をつくる接尾辞﹁然・爾﹂がついた﹁タクゼン・
タクジ﹂と︑﹁卓﹂の後ろに︑﹁卓﹂の語義=﹁デヌケタ/スグレ
タル﹂と重なり合う造語成分がついた残りの五語とに分けること
ができよう︒比較的簡便な︑明治期に出版された玉篇といえる︑
市岡正一編﹃﹇漢語/挿入﹈新撰玉篇﹄︵明治十年刊︶によれば︑
当該漢字には︑﹁犖=アキラカ﹂︵二六五オ三行目︶︑﹁立=タツ・タ
ツル・カタシ・オク・ナル・イナツブ﹂︵三三二オ六行目︶︑﹁越=
コユル・フム・アガル・トホル・オツル・ハシル﹂︵四六九ウ三行目︶︑
﹁絶=タツ・タユル・ヤム・ヤメル・ホロブ・アヤシ・スグルヽ﹂
︵三五一ウ六行目︶︑﹁出=イヅル・サル・アラハル・スヽム・ソヽグ﹂
︵二十九オ七行目︶というように和訓が配されている︒傍線は稿者
が﹁卓﹂の語義と幾分なりとも重なり合うと判断したものに施し
た︒ A﹁後部造語成分が接尾辞﹂である場合︑B﹁前後の造語成分
が類義﹂である場合は︑ともに︑結局は前部造語成分のみの語義
によって︑全体の語義を理解できることになる︒したがって︑七
つの漢語に一つの語釈を与えているのは︑相応の背景があると予
想できる︒
先に引いた﹃必携熟字集﹄によって︑﹁X然﹂のかたちの漢語
にどのような語釈が与えられているかをみれば︑次のようになっ
ている︒振仮名を省いて幾つかを掲げた︒
偶然 フイト︵三十オ七行目︶
傑然 デヌケル︵三十二オ一行目︶ 傲然 イバル︵三十三オ七行目︶
儼然 タヾシキカタチ︵三十七オ五行目︶
亮然 アキラカ︵三十九オ四行目︶
凄然 モノスゴシ︵四十四ウ六行目︶
凛然 ゾツトスル︵四十四ウ八行目︶
判然 ハツキリ︵四十九ウ四行目︶
勃然 オキタツ︵五十五オ七行目︶
幸然 サイハヒ︵一二五オ四行目︶
徒然 ツレ々々︵一三三ウ七行目︶
必然 キツト︵一三七オ二行目︶
忻然 ヨロコバシイ︵一三八オ四行目︶
怡然 ヨロコバシイ︵一四〇ウ二行目︶
恬然 ヤスラカ︵一四一オ三行目︶
悚然 オソル︵一四三オ五行目︶
悍然 ワルヅヨク︵一四三オ六行目︶
愍然 アハレム︵一四五ウ六行目︶
悽然 サビシイ︵一四七ウ八行目︶
惨然 イタマシヒ︵一四九オ六行目︶
慢然 ウチステオクカタチ︵一四九ウ八行目︶
慨然 ナゲク︵一五〇ウ五行目︶
憤然 イキドヲル︵一五一ウ六行目︶
憐然 アハレム︵一五二オ二行目︶
憫然 アハレム︵一五二オ四行目︶
漢語﹁キンゼン︵忻然︶﹂も﹁イゼン︵怡然︶﹂も﹁ヨロコバシイ﹂
という語釈が与えられているのは︑﹁忻﹂字︑﹁怡﹂字字義が﹁ヨ
ロコブ﹂︵﹃新撰玉篇﹄一四一オ三行目・﹁忻﹂字の條︑一四二ウ一行目﹁怡﹂
字の條︶であるからであり︑漢語﹁ビンゼン︵愍然・憫然︶﹂﹁レン
ゼン︵憐然︶﹂の語釈がいずれも﹁アハレム﹂であるのも同様に︑
上字字義が共通しているからということになる︒そして﹁レンゼ
ン︵憐然︶
﹂︑﹁ビンゼン
︵憫然︶
﹂が
﹁アハレム﹂であれば
︑﹁レ
ンビン︵憐憫︶﹂も﹁アハレム﹂︵一五二オ二行目︶ということになる︒
また﹁忽然 タチマチ﹂﹁忽爾 タチマチ﹂﹁忽焉 タチマチ﹂︵一
三七ウ七行目︶も見出した︒﹃﹇和漢/雅俗﹈いろは辞典﹄と﹃言海﹄
との記事を次に掲げる︒
﹇﹃﹇和漢/雅俗﹈いろは辞典﹄﹈
たくりつ﹇する﹈︵自︶卓立︑すぐるる
た くらく︵形︶卓落︑卓犖︑ぬきんでたる︑すぐれたる︵不
群の貌︶
たくけん 卓見︑すぐれたるかんがへ
たくじ︵副形︶卓爾︑ぬきんでて︒すぐれたる
たくしき 卓識︵卓然たる見織 ママ︶︑すぐれたるかんがへ
たくせつ 卓説︑すぐれたるせつ
たくぜつ﹇する﹈︵自︶卓絶︑すぐるる︑卓越︑まさる
たくぜん 卓然︑すぐれて︒ぬきんでる
﹇言海﹈ たくけん 卓見 人ニ勝レタル見識︒
たくぜつ 卓絶 他ニ勝レヌキンデタルコト︒
たくぜん 卓然 独リ抽ンデタル状ニイフ語︒
たくらく 卓犖 他ニ超エ優リタルコト︒
たくゑつ 卓越 他ニ抽ンデ勝 マサルコト︒
両辞書とも︑﹁卓﹂字字義を﹁スグレタル/ヌキンデル﹂とい
う和語と結びつけて理解していることが窺われ︑当期︵までに︶
そのような理解が形成されていたと考えることができる︒先にも
述べたように︑﹁タクケン︵卓見︶﹂﹁タクシキ︵卓識︶﹂﹁タクセツ︵卓
説︶﹂は前部成分﹁タク︵卓︶=スグレタル/ヌキンデル﹂+後部
成分﹁ケン︵見︶﹂・﹁シキ︵識︶﹂・﹁セツ︵説︶﹂という語構成をし
ており︑このかたちで︑後部成分に何らかの名詞Xを置けば﹁ス
グレタ/ヌキンデタX﹂という語義をもった漢語をつくることが
できる︒例えば﹃日本国語大辞典﹄第二版には︑﹁たくりょう﹇卓
量﹈すぐれた才能︑器量﹂︑﹁たくろん﹇卓論﹈すぐれた議論や論
説︒卓絶した論﹂︑﹁たっこう﹇卓効﹈すぐれたききめ﹂という見
出し項目がある︒﹃日本国語大辞典﹄第二版の語釈も︑﹁卓=すぐ
れた﹂ととらえている点において︑明治期の漢語辞書︑国語辞書
と通う︒﹃日本国語大辞典﹄第二版の語釈からは︑﹁量=器量﹂︑﹁論
=議論/論説﹂︑﹁効=効き目﹂ととらえていることがわかる︒こ
れら﹁タクリョウ︵卓量︶・タクロン︵卓論︶・タッコウ︵卓効︶﹂
は﹃漢語大詞典﹄第二版の﹁卓﹂字の條下には掲げられていない︒
﹃日本国語大辞典﹄第二版が︑それぞれの使用例として示す文献
は︑いずれも明治期以降成立のものである︒
﹃日本国語大辞典﹄第二版は︑﹃自由之理﹄に﹁善悪ヲ識別スル
コト︑馬 マ爾 ル加 カ士 スニ及ブベキ人アラザル/ベシ︒故ニ新説ノ始テ入
リ︑凡俗驚キ怪ムノ時ニ当リ︑独リ/卓眼遠識ヲ以テ︑ソノ善教
ナルヲ察知シ︑コレヲ重ンズル人ハ︑馬 マ爾 ル加 カ士 スニコソ望マシキニ︑
シカアラザリシハ︑悲ム/ベキコトナリ︒﹂︵巻二︑十五オ十一行〜
十五ウ三行目︶とみえる﹁卓眼遠識﹂の﹁卓眼﹂を︑﹁たくがん﹇卓
眼﹈すぐれた眼力︒すぐれた物の見方﹂という見出し項目とする︒
使用例としては右の﹃自由之理﹄をあげるのみ︒﹃自由之理﹄を
繙けばすぐにわかるが︑﹁強䇕禁阻︵左振仮名ムリニオシツケル︶﹂︵巻
二︑一ウ十行目︶
︑ ﹁ 考 思 定 断
︵左振仮名カンガヘサダムル︶﹂︵同四オ四
行目・八ウ四行目振仮名なし︶︑﹁斟酌商量﹂︵同七ウ六行目︶︑﹁盡頭極
處︵左振仮名ハテノトコロ︶﹂︵同九ウ四行目︶︑﹁異端邪説︵右振仮名ヘ
テロドツクス︶﹂︵同二十五ウ五行目︶︑﹁克治禅定︵左振仮名ヨクニカチ
コヽロヲシヅカニス︶﹂︵巻三︑十二ウ八行目︶︑﹁屈撓約制︵左振仮名カヾ
メホドヲキメル︶﹂︵同十三オ五行目︶︑など︑四字漢字列﹁OPQR﹂
のかたちの表現が少なからず看取される︒これは飜訳の一つのか
たちにみえる︒﹁OPQR﹂は﹁OP+QR﹂と分解できること
も多いがすべてがそうであるとはいうまでもなく限らない︒﹁卓
遠﹂は夙に﹃楚辞﹄九章﹁抽思﹂に﹁道卓遠而日忘兮︒願自申而
不得︵道︑卓遠にして日に忘れ︑自申を願いて得ず︶﹂とみえ︑﹁眼識︵ゲ
ンシキ/ガンシキ︶﹂も仏教語として使われてきたことを考え併せ
れば︑﹁卓眼遠識﹂は﹁卓遠+眼識﹂と分解するのが妥当ではな
いか︒少なくも﹁卓眼遠識﹂全体をひとまとまりとみなすのがよ いのではないだろうか︒
おわりに
ある語がある時期に新鋳されたものであるかどうかを明らかに
することを主目的とした︑ある語の追究が必ずしも︵ひろい意味
合いにおいて︶実り多いものとは︵少なくも稿者には︶考えにくい︒
﹁新鋳﹂の﹁証明﹂には︑その時期までの文献に使用されていな
いことを提示するという方法が採られることがほとんどである
が︑いうまでもなく︑﹁使用されていないこと﹂の﹁証明﹂は完
全なかたちではなし得ない︒結局は︑これだけの範囲の文献に見
られないということを以て﹁使用されていないこと﹂の消極的証
明とみなす以外にはないことになる︒それはそれでよいと考える
しかないが︑併せて︑﹁新鋳=造語﹂の方法として︑あるいは可
能性として︑ある時期までには︵原理的に︶あり得ないといえる
かどうかということの検証も必要であろう︒仮に︑ある時期まで
に存在した﹁あらゆる文献﹂に検索をかけることができたとして
も︑その﹁あらゆる文献﹂に使われた語が︑存在していた語のす
べてであるともいえないというみかたもあり︑そうなれば︑潜在
的な可能性があるかないかまで検証しなければならない︒これま
では﹁潜在的な可能性﹂の検討が充分になされてきているわけで
はないとすれば︑そこに今後の課題があることになる︒
本稿では︑明治期に刊行された漢語辞書の語釈を主に採り上げ
ながら︑同時期に刊行された国語辞書をも併せ用いて︑漢語がど
のように理解されてきたかについての考察を試みた︒ひろく目配
りをしながら︑具体的な言語事象をとおして︑その背後にある︵と
予想される︶﹁原理﹂について考えることが︑これまでよりもさ
らに強く求められていると考える︒
注︵1︶ ﹃漢語字類﹄は架蔵の二本を使用した︒一九九七年に刊行を終えた﹃明治期漢語辞書大系﹄︵大空社刊︶は︑﹁監修・編集﹂者として名を連ねる松井利彦が︑﹁漢語辞書の基準﹂︵一九九七年﹃京都府立大学学術報告 人文・社会﹄第四十九号︶において︑﹁現物に近い姿の漢語辞書を書斎で︑または研究室で見ることができるように
なった﹂と述べるように︑その意味合いにおいて︑今後の漢語辞書研究に裨益することは疑いがない︒しかし︑底本の選択は︑博捜の結果それが選ばれたはずであって︑やむをえないこととは思う一方 で︑影印の底本の刷りが必ずしも佳良ではないものが散見することは残念なことであった︒﹃漢語字類﹄は同大系第二巻に収められて
いる︒同巻の﹁解題﹂には﹁調査した諸本に異同は見当たらなかった﹂︵三五五頁︶という︑書誌学的には不明瞭な述べ方がされているが︑現時点では異版が見出されていないと覚しい︒そうであれば︑同一の版木によって︑刷りが重ねられていったことになり︑テキストによっては版面の摩滅が著しくなっていることが予想される︒大系の底本が著しく不良であるというわけではないが︑ところどころ判読しにくい箇所があることは否めない︒︵2︶ 例えば︑漢語辞書において︑一つ一つの見出し項目にどれだけの大きさの格が与えられているかなども︑﹁制約﹂ということになる︒
大きな格と小さな格では︑そこに配置できる文字の分量が異なる︒
新 刊 紹 介
山口佳也著
﹃﹁のだ﹂の文とその仲間 文構造に即して考える﹄
日本語には﹁形式名詞+だ﹂型の述語の文が多数存在し多様な意味を表している︒しかしその意味は非常に抽象的で捉えがたい︒﹁雨が降っている︒﹂と﹁雨が降っているのだ︒﹂との違いを説明することは日本語の文法に関する難題の一つである︒
本書は﹁のだ﹂を中心に﹁はずだ﹂﹁わけだ﹂などの形式名詞述語文全体について研究する著者の論文集である︒﹁のだ﹂を一つの助動詞とする見方を先入観として一度捨て︑﹁連体節+形式名詞+だ﹂型とい
う構造に再度着目すべきと著者は主張す
る︒その上で﹁のだ﹂文を四種に分ける点が著者の所説の大きな特徴である︒
﹁のだ﹂文研究は係り結びの研究とも関連していることから現在も盛んな議論が尽
きない分野である
︒その先行研究を学ぶ
際︑本書所収の論文は学史的に重要な位置を占める︒文法研究者必読の一書である︒︵二〇一一年五月 三省堂 A5判 三一二頁 税抜六六〇〇円︶ ︹大坂朋史︺
田中ゆかり著
﹃﹁方言コスプレ﹂の時代
│ニセ関西弁から龍馬語まで
﹄
﹁方言コスプレ﹂とは︑個人が本来身につけている生育地の方言とは異なる︑人々
の 頭 の 中 に あ る イ メ ー ジ と し て の 方 言
︵﹁ヴァーチャル方言﹂︶を発話の演出効果として着脱することを言う著者独自の用語である︒
本書は﹁方言コスプレ﹂の実態を紹介するに留まらず︑その成立に関わる多くの問題を整理し考察を加えている︒例えば︑﹁方
言 コ ス プ レ
﹂ に お い て 着 脱 対 象 と な る
﹁ヴァーチャル方言﹂がいつ︑いかにして
共有されるようになったか
︑またその利
用・イメージに地域差はあるか︑などである︒
本書は一現象をもとに︑社会における方言のありかたを地域的・史的観点から広く深く考察し︑浮き彫りにする一冊である︒︵二〇一一年九月 岩波書店 四六判 二九四頁 税込二九四〇円︶ ︹笠 万裕美︺