EU内部の国境地域における越境通勤流動
著者
呉羽 正昭
雑誌名
人文地理学研究
号
32
ページ
51-67
発行年
2008-03
その他のタイトル
The Mobility of Cross-border Commuters on the
Border Regions in the EU
EU
内部の国境地域における越境通勤流動
呉 羽 正
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I はじめに II EU 内部における国境地j攻の越与を通勤流動 車 吸収地域からみた越境通勤流動 1II-1 スイスにおけーる越境通勤流動 lV 発生地域からみた越境通勤流動 IV -1 フランスにおける越境通jl}iμ定動 lV -2 ベルギーにおける越j克通勤流動 V J)~つりに 1II -2 )レクセンブルクにおける越境通勤流動 キーワード:EU,国境地域,通勤行動,人口流動,国境都市 I はじめに 国境は,一般に主権国家の領域を示すものとして理解されている.こうした国家領域の考え方が前 回に登場したのは, 19世紀前半のウィーン会議においてである(ベスラー, 1988). 国家領域として の境界を定めるという枠組みにおいて,国境は人々の移動をさまざまな点で制限するという意味が強 調される.1
主り克が入り組み, また戦争のたびにj豆I
J
克の位置が変化してきたヨーロッパでは,国境の有 する地域的意味は多岐にわたる. しかし,近年の EUによるヨーロッパ統一化の進行,たとえば EU の機能的拡大,シェンゲン協定の実施などによって,国境の意味は大きく変化してきた. こうした変 化は,たとえば,国境地域の景観に大きくあらわれている.また,人びとやモノの流動は,国境とい う垣根が存在しないかのように進行している こうしたボーダーレスなヨーロッパにおいて かつては主権匡j家の辺境地域として捉えられてき た匡i
境地域は大きく変貌している.近年 注呂を集めている越境地域連携であるが(たとえば若森 ほか編, 2007),その11詰矢は, 1950年代末の Euregio (ドイツ・オランダ匡j境)の設立である.その 後,多くの@]:境地域にユーロリージョン連携組織が設立され, 1990年からは EC/EUによるインター レクー事業が開始されている さらには,企業による国境を挟んだ地域分業体制の確立もみられ(伊藤, 2003b) ,また企業立地の点からも注目を集めている (Schulzund Dorrenbacher, 2005)i
主iJ克を挟んだ地域的なまとまりは,類似の文化といった観点からみれば等質地域的な実体と捉える ことができる.その一方で,ある中心地をとりまく機能地j或ととらえることもできる.ある主権国家 を行政システムからみたひとつの機能地域ととらえれば I~I 境地域はその縁辺部に位置し国境を挟 んだ地域は I~I 家システムとは別次元の機能地域を形成しているのである.本稿では,この機能につい て越境通勤者をとりあげる J出境通勤者の流動に関する研究の位置づけについては,浮1
1
1
(1994) が試みている 彼は, 1960年代
u
、降のドイツ語留における国境研究で取り上げられてきた諸問題について, 1王1:境を挟む両側の地 域の静態的柱i
速に関する研究,国境を越えでの人々の往来に関する研究,および密境を挟む両側の地 域にまたがる地域計画や協力関係に関する研究に分類して論じたl
i
rIl)Jljの国境地域に隠して具体的 に越境通勤流動を扱った研究は非常に多い(たとえば, Mohr, 1982, 1986, 2000など). 日本で発表 された研究にも多くの蓄積がある(たとえば,浮1
3
1
1985, 1986;呉羽, 2003;滝波, 2004;鶴巻, 2007な ど } し か し そ れ ら は あ く ま で も11切りの毘境地域における越境通勤流動を扱ったもので,ヨー ロッパ, もしくはEUという広j或的な越境通勤流動を分析したものではない. そこで本稿は, ヨーロッパとくにEUの内部に位置する国境地域における越境通勤流動の特徴を明 らかにする.広域的な越境通勤流動を把握する際に,困難となるのはそのデータである.越境通勤者 にi
期するデータは,社会保険や税金なととの基礎資料に基づいて作成されているが,その算出プロセス は国や統計機関によって異なっている.そのため EUという領域で統一的な指標に基づいて分析す ることが難しい.本稿では 例外的にこの問題の一部を解決して 広域的な越境通勤者の流動を把握 した Hitzelsbergere! al. (2001) を用いた. また,越境通勤者を多く吸収するスイスとルクセンブルク において,越境通勤者の地域的分布,属性などから分析を加える さらに,逆に越境通勤者を多く発 生させているフランスとベルギーからの流動についても分析する II EU内部における国境地域の越境通勤流動 EUの領域すべてにおいて,越境通勤者数をI
E
1
徒に把握することは不可能である.ただし,例外的 に Hitzelsbergeret a!. (2001) は, 1999:11三当時(一部のデータは2000年)の欧州経済地域EEA内で, 越境通勤者数の全体像をつかむことを試みた.その地域的範i
翠はEU15か 国 ( た だ し ギ リ シ ャ を 除 く), EFTA2か国(ノルウェー,スイス),アンドラ,ワヒテンシュタイン,モナコ,サンマリノである 彼らは各国の統計イ号などによる公的資料と, I~I 境地域に位置する企業への調査に基づいて, 1999年 の越境通勤者数を推定した.それによると,約50万人もの越境通勤者の存在が示されている.同年の i主い免地域全体 (I~IJ克を有する NUTS3 レベル地域の全て)での就業者数は約 3,400 万人であったため,
越境通勤者の割合は1.4%であった.ちなみに,1995年について別の機関が実施した調査と比較すると, 越境通勤者数は 1995年から 1999年にかけて約29%増加した.以下では, Hitzelsbergeret al.(2001) に基づいてEU内部の回境地域における越境通勤流動の概要を明らかにする まず,越境通勤者の分布を i豆17) 1]に検討してみよう.第 11~1 によると , ll\I~1 者数,入国者数ともに特 定の出に集
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する傾向がl明らかである. I:UI~I 者数ではフランスが約 25 万人を送り出しており,全体 の半数を占めている.これに ドイツ ベルギー イタリアが続いている.一方 入国者数ではスイ スが17万人と最も多く,全体の約35%を占めていた.次いで, ドイツ,ルクセンブルク,オランダ となっている.ょI
j
1
1
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入国者数をあわせて考えると,これらの越境通勤者は,地域的にはヨーロッパ rl:Jl)と告I~ に集 1=1=1 していることがわかるI
B
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若者数と入国者数の差異を考えると.越境通勤者の流入超過で、あるのは,スイス,ルクセンブルク, ドイツ,モナコなどで.いずれもその差が20.000人以上に達している.一方 流出超過が自立つのは,とくにフランスとイタリアで,ベルギーおよびオーストリアでも 20,000人以上の流出超過となっ ている 次に,国別の流動に注呂する(第 21~) 最大の流動はフランスからスイスへのもので,約97,000 人に達する.これに続くのは,フランスからドイツへの流動(約6
1
.
000人).フランスからルクセン ブルク(約42,000人).イタリアからスイス(約34,000人).ドイツからスイス(約32,000人)であっ た.このように,スイス. )レクセンブルク ドイツなどが強い吸引力を有し 隣接諸国の越境通勤者 を惹き付けている.第2[習を地域的な視点でみると ヨーロッパの中心ililhで、あるブルーバナナに沿っ て,多くの越境通勤流動がみられることがわかる.以下では,これに関連して越境通勤者を大量に受 け入れるスイスおよびルクセンブルクへの越境通勤者の特徴について述べる 越境通勤者数(千人)G
1
7
。 マ
額 出 居 者 数 。 入 弱 者 数 O@診。
900km 第1
臨EEA
諸国における越境通勤者の分布(19
9
9
年) 注1) 越境通勤者 1,000人以上の入居者または出国者のいる患のみ表記 (Hitzelsbergerel01.,2001による)越境通勤者数(人)
マ
97,000 臨 組 幽 地 20,000。
900km 第2図 EEA諸 国 に お け る 越 境 通 勤 者 の 国 別 流 動 ( 1999年) (Hitzelsberger et a/., 2001による) E 吸奴地域からみた越境通勤流動 車 -1 スイスにおける越境通勤流動 スイスに入国する越境通勤者数は,2
0
0
7
年の第2
四半期では,約1
9
5
,7
0
0
人に達している 越境通 勤者の居住 I~I (国籍とは異なる)に注呂すると,同時期,フランスが54.3%で、最大で,次いでイタリ 72
1.7%
, ドイツ2
0
.
6
%
,オーストリア3
.4%であった.その動向をみると,近年,増加傾向にある (第3
図).こうした増加傾向はフランスからの越境通勤者の増加によるところが大きい.ちなみに, スイス統計ー局の越境通勤者統計には,東に接する1)ヒテンシュタインとの流動は徐外されている 次に地域,j<:Jな分布について述べる.第 41~ は,カントンごとに出発国別に越境通勤者についてみた ものである. まず1
9
9
9
年の状態をみると,パーゼルを含む北西スイスで3
分のl
を占めており,こ れにジュネーヴの4
万人,ティチーノ(イタリ7
If苦図カントン)の3
万人とt
売いている.ジュネーヴ がフランス人のみ, さらにティチーノはイタリア人のみで、あるのに対して,北西スイスでは,フラン ス人に加えドイツ人の越境通勤者が多いことが特色である.一方スイス東部では,オーストリアからのj佳境通勤者がわず、かながら存在する 2007年になると, こうした傾向は若干の変化を示す. とくに, フランスとイタリアからの越境通 勤者の増加によって,ジュネーヴ,ヴォーおよびティチーノでは大きな増加がみられるようになった. ジユネーヴでは26,000人から 48,000人へ,ヴォーでは8,000人から 14,000人へ,さらに,ティチー ノでも 26,000人から 39,000人へと増加した.一方,北西スイスでも越境通勤者数は増加しているも のの(ノてーゼル・シュタットおよびラントシャフトで,約39,000人から48,000人へと地加), 2003 年頃以
i
峰は停滞傾向にある. さらに,スイス東部では変化がほとんどない 越境通勤者の年齢構成は地域的に異なっている.39歳未満と 40歳以上に分けると,スイス全体で はほぼ半分ずつの割合である (2007年)• しかし,フランスからの越境通勤者がほとんど占めるスイ ス西部のカントン(高からジュネーヴ,ヴォー,ヌーシャテル,ジ、ユラ)では, 39歳未満の割合が, いずれも 55%を超えている. さらに,この傾向はテイチーノでもみられる (53%).一方,北西スイ スでは,逆に40歳以上の割合が 60%程度に達している 就業先では59%が第三次産業,40%が第二次産業で,第一次産業はほとんどいない(2007年).一方, スイス全体の産業別就業者数の割合は,第三次産業が72%を占め,第二次産業は24%にすぎない(向 年).つまり,越境通勤者は,製造業(とくに化学産業,機械製造業)に従事する割合が非常に高い 同様の傾向はスイスに在住する外国人労働者についても当てはまる 次に,越境通勤者がスイスの就業者数に占める地位について検討する.第5
区i
は,スイスにおける 就業者数に占める越境通勤労働者の地位をあらわしたものである.ちなみに, 2005年における就業 者数(第一次産業をi
徐く)は約370万 人 に 達 し 越 境 通 勤 者 数 は176,000人 (2005年平均)であるの 200 圏直オーストリア 仁〕ドイツ 署霊童イタリア 圏 フ ラ ン ス 越量
動者 数 120 X 8 0 40。
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 四半J
m
.
年 第3図 ス イ ス に お け る 越 境 通 勤 者 数 の 出 発 匡i別推移 (1999-2007年) (スイス統計局資料による)で そ の 割 合 は4,8%である スイスにおける全就業者の分布は,呂土の北半分, つ ま り ア ル プ ス の 高 位 山 地 以 外 の 地 域 に 集 中 す る 傾 向 に あ る 第4図で示したように, 越 境 通 勤 者 は ス イ ス の 国 境 地 域 に流入するため, チューリヒ, ベルン ルツェルンなど大都市には少なく, 全 体 の 就 業 者 数 に 占 め る 割合も極端に少ない.一方, ジュネーヴ, ティチーノ, ノfーゼ、ルでは越境通勤者が就業者数の20% フランス 1999年
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^ ¥ ι H ' . ) t、I 90km 第4図 ス イ ス に お け る 越 境 通 勤 者 の カ ン ト ン 加 分 布 の 変 化 (1999-2007年)主主1) ス イ ス の カ ン ト ン の III信号は次による, ZH:チューリヒ, 8E:ベルン, LU:ルツェルン, UR:ウーリ, SZ:シュ ヴィーツ, OW: オプヴァルテン, NW:ニトヴェルテン, GL: グラールス, ZG: ツーク, FIとフルブール, SO:ゾロトゥルン, 8S: J¥ーゼル・シュタット, 8L: J¥ーゼル・ラントシャフト, SHシャフハウゼン, AR:アッ ベ ン ツ ェ ル ・ ア ウ サ ー ロ ー デ ン AI:ア ッ ベ ン ツ ェ ル ・ イ ン ナ ー ロ ー デ ン SG:サごンクト・ガレン GR:グ ラウピュンテ守ン, AG:アールガウ, TG: トウールガウ, TI:テイチーノ, VD:ヴォー, VS:ヴアレー, NE:ヌー シャテル, GE:ジユネーヴ,I.U:ジュラ 2) 1999i!::, 2007 il::ともに第2四半期の数値 (スイス統計局資料による)
前後を占めており,越境通勤者の存在が重要な役割を演じている 一般に,
EU
の空間的領域に関する問題のひとつとして,スイスのEU
未加盟がある スイスは,ヨー ロッパの中心地域とされるブルーバナナの中で, ドイツからイタリアに至る重要なルート上に位置す る. したがって,たとえばEU
内の物資の移動にとって重要な位置を占めているのである. しかしな がら,スイスは1
9
9
2
年5
月にEC
加段申請を行ったものの,未だEU
には加盟していない.さらに,2
0
0
1
年のEU
加盟の早期交渉開始を求める│翠民投票も約8
説 の 反 対 に よ り 否 決 さ れ た 一 方 , ス イ スは,1
9
6
0
年にEFTA
(欧州自由貿易連合)に加盟し1
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7
2
年7
月にはEC
と自由貿易協定を締結 した ヨーロッパの経済統合は後にEEA
(欧州経済地域)に発展するものの,スイスでは1
9
9
2
年1
2
丹の国民投票でEEA
加盟協定批准が否決された. しかしEEA
に非加盟による不利益を避けるため,1
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4
年からスイス政府とE
むとの関で2
者間協定交渉が開始され,EU
との関係強化も模索されてきた これまでに,第一次協定(
2
0
0
2
年6
月発効),第二次協定(
2
0
0
4
年1
2
月)が締結されている. また, 2005 年 5 月には,シェンゲン協定が I~ 民投票で承認された(協定の実施時期は未定) j琵知の通り,スイスは永世中立密であり,またカントンの権限が強い連邦である.外交に関しては, 例外的に連邦がその役割を担ってきた. しかし1
9
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年以鋒,バーゼル地域(伊藤,2
0
0
3
b
)
,ボー デン湖地域,ジュネーヴ地域(清水・石田,2
0
0
7
)
では毘境を越えた地域連携が進んできた.こう した状況下,1
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年の憲法改正によって,カントンが一部の外交機能を有することが可能となった. それによって,越境連携の活動は活発化している(飯11[1,も,2
0
0
7
)
こうした政治的背景,スイスにおける給与水準の高さ, さらには多言語密家であることが多くの越 ^ ....l~h ..tlJJ_中川 〆J ハ ー._.~-"-L...一一, , ‘. ;ゴニiJyL牙ミf三1:U凡 ¥ I /'...J 7302
5
0
5 15 -10-15 90km 第5
図 スイスにおける就業者数に占める越境通勤労働者の地位(
2
0
0
5
年) 注 1)スイスのカントンのi略語は第41Kl参照2
)
就業者数は2
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年の事業所統計Betriebszahlungによる第二次・第三次産業就業者数のみ 3)越境通勤者数は2
0
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年第1四半期から第4四半期の平均 (スイス統計局資料による)境通勤者を惹きイすけている その結果, フランス語地域ではフランスから(滝波, 2004),イタリア 語地域(ティチーノ)ではイタリアから, ドイツ語地域ではドイツやオーストリアからの越境通勤者 を多く受け入れている 盟
-2
ルクセンブルクにおける越境通勤流動 ルクセンブルクは 越境通勤流動に関して,EU
内部で重要な地位にある.流動のほとんど全ては 流入であり、巨大なi吸収地域となっている.第1表は,ルクセンブルクへの越境通勤者の推移を示し たものである.越境通勤者数は,毎年順調に増加し, 2005{
l
三には約 121,
1
00人である.居住地に注目 すると,最大の送り出し地域はフランスであり,その数は2005年で62,000人に達する.これにベルギー (32ラ200人), ドイツ (27,000人)が続いている.いずれも,毎年増加傾向を示している.一方,国籍 をみると居住地とは若干異なっている.これは,たとえば, フランス在住のイタリア人などによる越 境通勤が存在するためである. また,性別では,男性が女性の2
倍近いことが特徴的である 次に,越境通勤者数の地位をルクセンブルク全体の就業者なかでみてみよう.第 61~1 は,形態別給 与労働者数の推移を示している.ルクセンブルクにおける全就業者数は増加傾向にあり, 2004年 で は約28万人に達する. このうち,ルクセンブルク人の就業者は約 8~9 万人にすぎず, また1970年 以降,その規模に大きな変化はない それに対して,ルクセンブルクに在住する外国人の就業者数は 年々増加し,ルクセンブルク人のそれに近づく規模になっている.一方, i越境通勤者数は急成長し 両者を上回るようになった.越境通勤者数は 1980年代半ばまでは2万人以下であったが,その後, 急激に増加した. とくに1990年以降の増加が著しく, 2000年頃にルクセンブルク人,在住外国人の 就業者数を超えて 114.
4
00万人に達し, 2005には 12万人を超えた(第l表) 次に,ルクセンブルクにおける越境通勤者の職種に注目する.第 71~1 は,ルクセンブルクにおける 就業者の職担について示したものである これによれば,ルクセンブルク人の場合,公務員の割合が 非常に高い 公務員に占めるルクセンブルク人の割合は約90%で さらにルクセンブルク人の就業 第1表 ル ク セ ン ブ ル ク へ の 越 境 通 勤 者 数 の 抗 移 ( 1974-2005年) 単 位 : 千 人 ) 苦fll也 匡1
~lf 性 別 松 数 ベ ル ギ 一 フ ラ ン ス ドイツ ベ ル ギ ー フ ラ ン ス ド イ ツ イ タ リ ア そ の 他 男 性 女 性 1974 11.4 5.7 4.4 1.3 5.3 4.1 1.3 0.6 0.1 9.8 1.6 1980 11.9 5.7 4.7 1.5 5.2 4.5 1.5 0.6 0.1 9.7 2.2 1990 35.3 12.3 16.6 6.4 10.8 15.7 6.0 1.1 1.7 24.3 11.0 1995 56.9 17.2 29.5 10.2 15.4 27.3 9.7 1.4 3.1 38.8 18.1 2000 90.3 25.0 48.3 17.0 22.8 45.7 16.1 1.7 4.0 61.2 29.1 2001 100.1 27.5 53.3 19.3 25.0 50.7 18.2 1.9 4.3 67.8 32.3 2002 104.9 28.8 55.5 20.6 26.1 52.9 19.4 1.9 4.6 71.1 33.8 2003 108.8 29.6 56.8 22.4 26.9 54.0 21.0 1.9 4.9 73.9 34.9 2004 114.4 30.8 59.2 24.4 27.9 56.3 22.7 2.0 5.4 77.8 36.6 2005 121.2 32.2 62.0 27.0 29.3 58.9 25.1 2.0 5.9 82.2 39.0 (ルクセンブルク統計局資料による)(千人) 120 一一一一ルクセンプルク人 一・ールクセンブルク在住外層人 一一一越境通勤者 ハ U ハ リ ー
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/ 〆 /" /〆 / 〆 ,:-80 給与労働者数一
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-戸 〆 , 60 40 20 2004
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:
jレクセンブルクにおける形態別袷与労働者数の推移 (1970-2004年) (Allegrezzael 01.,2005による) 2000 1995 1990 1985 1980 1975 0 1970 第6図 仁コノレクセンブノレク人 墜麹ノレクセンブノレク在住外国人 j法境通勤者 匹目フランス人 IQCJベルギ一人 ξヨドイツ人 不動産・企業サービス業 商業・i言動車修理 ホテル・飲食応 メ¥弔ζ :L,,!ノJ 製造業 金融業 建設業 健康・社会福祉 交通・通信 40,000人 ル ク セ ン ブ ル ク に お け る 給 与 労 働 者 の 職 種 (2004年3月) (ルクセンブルク統計局資料による) 30,000 20,000 ハ U ハ U A U , n u l。
第7国 その他 越 境 通 勤 者 は ル ク セ ン ブ ル ク 人 に 次 い で ホ ワ イ ト カ 一方, 者 の33%が 公 務 員 で あ る こ と が わ か る jレ また製造業の割合も高い.逆に, とくに不動産関係や小売業が多く, ラーの割合が高いといえる とくに建設業が卓越する傾向にある クセンブルク在住外忠人は,より低賃金の i裁に就く場合が多い. 一方, つまり,越境通勤者は jレクセンブルク人に次いでホワイトカラー系の職種に就く場合が多い 越境通勤者は少ない傾向にあるといえる 単純労{動に関しては,在住外回人が主体であり, 一般に首都ルクセンブルク市とそ 越境通勤者の居住地からの近接性も就業地に大きな影響を与え 第8
1
蛮によると, 越境通勤者の就業地について述べる しかし, の周辺地域に集中している 最後に,ている.すなわち,ロレーヌからの越境通勤者の場合 フランスとルクセンブルクの国境付近を就業 地とする通勤者が多い またドイツからの場合にはルクセンブルク東部に,ベルギーからの場合,ル クセンブルク西部や北部での就業者が多くみられる このように越境通勤者を大量に吸収するルクセンブルクであるが,その最大の要因はルクセンブル クの中心性の高さである(呉羽,
2
0
0
3
)
.
ルクセンブルクにおける1
人あたりのGDP
は約8
0
,0
0
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米 ドルで(
2
0
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5
年,I
M
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)
,世界最高レベルにある.また,2
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0
7
年には1
0
万米ドルを超えることが予 想されている.その結果,平均賃金がかなり高い さらに多くの国際機関が存在すること,工業だけ でなく金融・サービス業を中心とした第三次産業に特化することといった都市機能が著しく大きい. 国際機関としては, EUの諸機関の集中がみられる すなわち,欧州裁判所, EU会計監査院,欧州 議会事務局, EU投資銀行,欧州委員会の部門の一部(たとえば EU統計局など)の立地がみられる 当該国からルクセンブソレクへの 越境労働者ーの就業地分布(%)仁
コ
0.0-0.1 0.1 -1.0 1. 0-ルクセンブ)(.,ク市。
30km 第8図 ル ク セ ン ブ ル ク に お け る 越 境 通 勤 者 の 就 業 地(
2
0
0
4
年) 士i:::単位地区はゲマインデ. (Wille und Ohnesorg,2
0
0
5
に よ る )また産業基盤に注目すると,従業員500人以上の企業はルクセンブルク│宮内に38 (2000年)あり, その従業員数の合計は
5
万人に達する.こうした大企業のうち半数は工業が占める.また銀行部門全 体でも 1万人弱の従業員数が存在する.また ルクセンブルクの言諾はドイツ語の方言であるjレクセ ンブルク語であるが, ドイツ語とフランス誌も公md
吉であり,これらの複数言語 とくにロマンス系 のフランス語とゲルマン系のドイツ諾が通じる文化環境の影響も大きい. U 発生地域からみた越境通勤流動 N-l フランスにおける越境通勤流動 第 ll~ で示したように,フランスは最も多くの越境通勤者を送り出している.通勤流動の主要な吸 収先は,上述したスイスとjレクセンブルクである.これについてより詳細にみていこう.第9
1
翠は, フランス国境からi
境接国への越境通勤者数 (2005年)をあらわしたものである.フランスと他国と の国境のうち,海洋,アルプスとビレネーの山脈といった自然障壁の存在を除いたほとんどの地域で, フランクフ)1.-ト 0 。 I~ソ 麗語審フランス以外の居住者 越境通勤者数 100 -500 500 -1,000 1,000 -4,500 4,500 -10,000 フランス 10,000 -20,000 20,000 -35,000o
200km スペイン 第9図 フランスにおける越境通勤者数の分布 (2005年) (MOT : Mission Operationelle Trans企ontaliとre資料による)越境通勤者がみられる.最も多いのはルクセンプルクへの越境通勤者で,
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0
.
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0
0
人を超えている(第l
表).次いで、スイスのジュネーヴへの流動で,4
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,0
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0
人に達する.さらにモナコやベルギーへの通 勤者も多い.また, リールを中心としたノール・パドカレ地域でも流動が多い(村山,2
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0
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)
これらの流動は同じフランス語圏への通勤という点で共通するが, ドイツからスイスのドイツ語圏 にかけての地域での越境通勤者数も多く存在する.これは,フランス語の通じないドイツの,ザーjレ ブリュッケン,カールスルーエ,フライブルク,バーゼルへの流動が主体で、ある.これが,フランス 北東部において,他の地域の越境通勤流動と異なる特徴である(手塚,2
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フランスからザール ラントへの越境通勤者に注自すると,製造業など非熟練部門に就業する場合が多い(呉羽,2
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フランス国内の国境地域において,越境通勤者はどの程度の割合になるのであろうか.第10図は 国境地域における全就業者に対する越境通勤者の割合を地区別にみたものである(19
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年).全般的 には,国境に接する地区ほどこの割合が高くなっている.つまり,越境通勤者は国境線の近くに偏在 . 2 5・48 • 10・25璽
5-10盟
1-5圏
l未満 スペイン。
ドイツ 200km 第10図 フランスの冨境地域における越境通勤者数の割合 (1999年) (MOT : Mission Operationelle Trans企ontaliとre資料による)するのである(手塚, 2003). と く に 割 合 が 高 い 地 域 は , ル ク セ ン ブ ル ク 国 境 か ら ジ ュ ネ ー ヴ ま で 連 続 的 に 分 布 し て い る . こ れ ら の 地 域 か ら 臼 常 的 に 越 境 通 勤 流 動 が 発 生 し て い る . さらに,フランス に お け る 地 価 の 安 さ を 反 映 し て フ ラ ン ス に 移 住 す る ド イ ツ 人 や ス イ ス 人 も 増 加 し て い る (Ramm, 1999 ; Michna, 2002). 彼らは,フランスに居住しながら, ドイツやスイスに通勤している フランスの;場場合 J千!二 ル.パドカレ地j減或カか、らロレ一ヌ地j域或にカか、けては 石炭産業の斜斜
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.
陽湯化とともに産業衰退地j域或にもなつて いる また,I
鱗鋒剣j接妾刻!屈歪で、の給与水i準柱の高さが, 越也境j j通邑自邸勤り幼jを促進していると考えられるN-2
ベルギーにおける越境通勤流動 ベ ル ギ ー に お け る 越 境 通 勤 者 は 2005年 に は , 出 入 国 あ わ せ て 約 93.000人であった. 1999年には 約70,000人 で あ り , そ れ 以 降 は 毎 年 増 加 傾 向 に あ る . 第1
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は , 方 向 別 に 越 境 通 勤 者 数 の 推 移 を み たものである.これによると ルクセンブルクへの出国 フランスからの入国,オランダへの出国が 大 多 数 を 占 め て お り , そ れ ら は い ず れ も 増 加 傾 向 に あ る .2005年 時 点 で は , そ れ ぞ れ 約 29,000人, 26,000人, 20,000人に達している.一方,オランダからの入国,フランスへの出呂, ドイツへの出屈 は, どれも 5,000人規模で近年安定している.ちなみに, ドイツおよびルクセンブルクからの入思数 は 極 端 に 少 な く , 前 者 が800人前後,後者は 400人前後で推移している.越境通勤者流動のバランス 35,0001 -←8→Luxー ←B→F ー … 8→D ー ←8→NL - - F→B ー →- N L→8 30,000 25,000 J越題
2刷 。 勤 者 数 ~ 15,000 人 ハ u n u n υ ハU l 5,000 0 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005年 第11図 ベ ル ギ ー に お け る 越 境 通 勤 者 数 の 推 移 (1999-2005年) 注 : ド イ ツ お よ び ル ク セ ン ブ ル ク か ら の 入 国 数 は 極 端 に 少 な い た め 表 示 し て い な い (ベルギー統計局資料による)(出国者数マイナス入国者数)で考えると,全体では約25.000人のマイナスとなる とくに,ルクセ ンブルクとの関係では28,000人以上のマイナスである ベルギーのナI'I~りに,越境通勤者の分布をみると(第 12 図), I~J克に接する県で多くの越境通勤者が みられる ベルギー人による出国ではルクセンブルクへ向かう通勤者が最も多いが,その発地は近接 するリュクサンブール州で、約22,000人と最も多い. 1)ュクサンブールナ1'1で、は越境通勤者の99%がル クセンブルクで就業している.一方 リエージュナ
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からルクセンブルクへの通勤者も多く,約4.500 人達ーする.ただしリエージ、コー州ではドイツに向かう越境通勤者数が ルクセンブルクの場合を若干上 回っている.次に,ベルギー北部の諸ナ1'1ではオランダへの越境通勤者が自立つ. リンブルフナ1'1ではオ ランダへの通勤者数が12,000人に達している.その西隣のアントウェルペンナ1'1でも 5,000人強の通勤 者がオランダへと向かっている.最後に 留土の南西部からはフランスへの越境通勤者がみられる その規模は5,000人を超え,ドイツへの越境通勤者よりもわず、かに多いエノー州からの出国が目立つ. 入居者に注 I~l すると,国土の北部で、はオランダから,南部ではフランスからの越境通勤者がほとん どを占める.いずれも,国境を有する州に集中している 最も多いのは,エノーナ1'1におけるフランス からの越境通勤者で、 約 15.000人に達している 以上のような越境通勤者の地域的特徴をまとめると まず隣接諸国への近接性が指摘できる.とく にベルギー南東部のリュクサンブール州からルクセンブルクへの流出が顕著にみられる. さらに指摘 できることは,言諾環境の影響である ベルギーは北部のフレマン諾(オランダ語)圏(へレンデレ ン地域)と,南部のフランス語圏(ワロン地域)とに二分される.北部では言語が共通であるオラン 夕、、へ越境通勤者が多い.たとえば オランダのマーストリヒトへの越境通勤 南部ではフランスの諾 出医!先・入国元 NL ..鏑Th、しux
。
ンブ、;lノク 越境通勤者数 (/:1:11主1.入匡1,人) ~ーペご-22 , 000 ( ~ 5,000 ~才ムー 300 第12図 ベルギーにおける州日Ij越境通勤者の分布 (2005年)u::数字はナH~I を示す 1 :アントウエルペンAntwerpen.2ブ1)ュッセル8russels,3: 1)ンブルフ Limburg,4 フラームス・ブラパント Vlaams8rabanl.5 東フランデレンOost-Vlaanderen, 6 西フランデレン West-Vlaanderen. 7:ブラパン・ワロン 8rabantwallon, 8エ ノ -Hainaut, 9・1)コ二一ジュLiとgeD ,10:1)ュクサンブー ルLlIxel11bollrg. 11 ナミュールト~amur (ベルギ一定充計局資料,による)
通じるルクセンブjレクへの越境通勤 さらにフランスからの越境通勤者の流入が卓越するのである さらに, ドイツ詩人口が存在するつエージュ州では, ドイツへの流動がみられる V おわりに 本研究の目的は, ヨーロッパとくに EUの内部に位霊する国境地域における越境通勤流動の特徴を I:y~ らかにすることであヮた. EU15か国地域で、の越境通勤流動,流動の吸収地域であるスイスとjレク センブルク,流動の発生地域で、あるフランスとベルギーに関する分析の結果は以下のようにまとめら れるであろう 多くの冒境地域は,主権国家という枠組みでは,一般に辺境地域としての性格が強かった. しかし EU拡大やその過程で生じたシェンゲン協定の進行によって, さまざまな側面で由境は開放されてき た.こうした国境の開放によって越境通勤者は急激に増加し留境を越えた通勤圏が形成されている 越境通勤流動がみられる地域はヨーロッパの中央部(フゃルーノ汁ーナ)に存在する.この傾向は,ヨーロッ パの中心地域であるブルーバナナの内部もしくは隣接する地j或であるという性格と無関係ではないだ ろう. リール,ルクセンブルク,十戸ールブリュッケン,ストラスプール,ノてーゼル, ジュネーヴとい う国境都市(手塚.2003)の勢力!習が拡大する構図は, もちろん国境の開放がもたらしたものであろ う. しかしこれらの国境都市は,ヨーロッパの中心111111に位置することによって,その後背地域に多 大な都市機能を及ぼしているのである.一方で,スイスの EU非加盟という問題も存在するが,スイ スiき身も EUにより緊密な立場をとりつつある 越境通勤行動は.
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境を挟んだ給与水準の差異,労働市場の差異によって発生する. し か し フ ラ ンスが抱える密境地域の経済不振 さらには言語文化も影響を及ぼしている.越境通勤者を大量に吸 収するスイスの一部のカントンやルクセンブルクでは 就業構造上 彼らの労働力が不可欠になって いる.ただし越境通勤者の労働国での地位は一般に低いのが実情である.また,越境通勤者は男性 に多いこと,それぞれの国や地域の労働市場の特徴に応じて年齢構成に差があることも特徴である ヨーロッパ統合の深化とともに 国境が有する障壁機能は低下している.フランスとベルギー,ル クセンブルク,スイスのフランス諾i
賓とでは,共通のフランス諾が通じるという点で国境の障壁性は より小さくなっているのであろう.一方,フランスとドイツのように言語の全く異なる地域間でも, 通勤流動による機能地域の形成がみられるのである.その一方で,国家という政治地域が存在しそ こでの独自の政策が存在する以上 国境はある程度の政治機能を有した存在である.こうした政治地 域としての境界に加えて,個々の文化地域としての境界が存在する. もちろんそれぞれが重層する場 所もある. こうした, さまざまな境界や密境, もしくはそれによって形成される境界地域や留境地域 がどのように異なっているのか, さらにそれがどのように変化するのかについて今後検討する必要が あるだろう本 稿 は . 平 成17- 19年 度 文 部 省 科 学 研 究 費 補 助 金 ( 基 盤 研 究 B)
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ヨーロッパ!村411地 帯 に お け る ト ラ ン ス ボ ー ダ 一 都 市 の 空 間 動 態 ( 代 表 者 : 手 塚 章 . 課 題 番 号 :17401030)J
の 成 果 の 一 部 で あ る 現 地 に お い て , 貴 重 な 助 言 ・ 協 力 を い た だ い た ボ ン 大 学 のH.Toepfer教J
受 に 深 く 感 謝 す る 次 第 で あ る 参考文献 飯11(1.ミ昭子 (2007) : EU 統合に伴う I~I:境地域の変化 ーユーロリージョンの展開.小林浩二・呉羽.iIllij編i fEU 拡大と新しいヨーロツノ¥jJI文書房, 115町129 伊 藤 寅 啓 (2003a): ド イ ツ ・ オ ラ ン ダ ・ ベ ル ギ-
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vorla/l,f司i、f::!>e -<<Fas-s-_/.l.I.1.f!v.Interreと2::>ionale Arbeitsl11arktbeobach
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EU
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The purpose of this study is to examine the mobility of cross-border commuters on the border regions within the inner parts of the EU. The number of Cross同borderCommuters is increasing based on the policy
by the EU, the Schengen Agreement, and various attempts by cross七ordercooperation. Most of cross-border commuters exist in the Eur・opeanMegalopolis ranging from Luxembourg to Geneva. 1n this Megalopolis, the
main destination of the commutation is Switzerland and Luxembourg, where commuters can obtain relative high wage. France represents the main original region of the flow. French commuters go to Switzerland, Luxembourg or Germany every day to work there. The ftow of cross-border commuters is mainly based on the economic di百erencebetween original regions and destinations. Linguistic environment also plays an important role to push the cross-border commuting in the French speaking regions. The enlargement of the cross-border commutation promotes to form of a new functional region which node locates in a border city.