博 士 ( 薬 学 ) 加 賀 伸 彦
学 位 論 文 題 名
Urinary trypsin inhibitor(UTD の切迫早産抑制作用に関する研究
学位論文内容の要旨
低出生体重児の最大の原因である早産は、周産期領域で最も重要な疾患のーつである。
切迫早産の発症要因のーっとして絨毛羊膜炎の関与が示唆され、その主原因は腟頸管の 感染による炎症の上行性波及と考えられている。しかし、現時点での切迫早産治療は子 宮 収 縮 抑 制 剤 に よ る 対 症 療 法 の み に 依 存 し て い る の が 実 状 で あ る 。 Urinary trypsin inhibitor (UTI)は、分子量67,000の糖蛋白で、羊水中に多量に存 在 し、その大部分は胎児尿由来とされている。羊水中のUTIは分娩時期が近づくにっれ 減少することおよび早産患者では減少していることより、妊娠維持に深く関与している 可 能性がある物質として注目されている。そこで筆者はUTIを切迫早産治療薬として、
開発すべく検討を行った。
1.切迫早産モデル動物の開発
切迫早産治療藁の開発にあたっては、早産の病態を解明し、薬物の治療効果を明らか にするために、切迫早産モデル動物が必要不可欠である。そこで、著者は、まず、切迫 早産モデル動物の作製を試みた。子宮内細菌感染による早産を想定して妊娠マウスヘのl ipopolysaccharide (LPS)投与を行った。マウスの選択、投与方法等について検討し、
C3H/HeN雌 マ ウ ス をB6D2Fi雄 マ ウ ス で 妊娠 さ せ 、妊 娠15ま た は17日 にLPS 50ロg /kgを3時間おき に2回腹腔内 投与することにより、早産を100%発現する切迫早産モデ ル動物の作製に成功した。
2. LPS誘発切迫早産モデルマウスに対するUTIの有効性
LPS誘発切迫早産モデルマウスを用い、早産抑制作用を有する薬物の探索を行った結 果 、UTIに 早 産抑 制 効 果が 確認 された 。Indomethacin投与 群では早 産率は 抑制され た も の の、 正 常 分娩 率 は 増加し なかっ た。Gabexateお よびeglin‑C投与群 ではいず れも早産率を改善することはできなかった。
3.切迫早産の発症要因に対するUTIの作用
LPS誘発切迫早産モデルマウスを用いて、切迫早産の発症要因として考えられている 次 の 四 観 点 か ら 早 産 の 病 態 を 解 明 し 、 そ れ ら に 対 す るUTIの作 用 を 検討 し た 。
(1)子宮頚部熟化の亢進に及ぽすUTIの影響
硬 さ触覚セ ンサー を用い、 妊娠マ ウスの子 宮頚部熟 化度(硬さ、stiffness)を非 侵 襲 的 か つ 定 量 的 に 測 定 す る 方 法 を 確 立 し た 。 本 法 を 用 い 、 子 宮 頸 部 の stiffnes8を 測 定 し た 結 果 、LPS誘 発 切 迫早 産 モ デル 動 物 ではstiffness値 はLPS 投 与 後6時 間 ま でに 正 常 分娩 時と同 等な値ま で減少し 、投与 後18時間ま でさら に減 少 した。一 方、UTI投与群 ではstiffness値は投 与前値 に近いレ ベルを 保ってい た。
病 理組 織 学 的検 査 の 結果 、対照 群ではLPS投与 により 、頸管の 浮腫、 上皮下の 出 血 お よ び炎 症 細 胞浸 潤 が 顕著に 認めら れたが、 これに 対し、UTI投与群 では子 宮頚 部における浮腫が軽減され、LPS投与よる変化は抑制された。
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(2)子宮運動 亢進に及ぽすUTIの影響
妊 娠ウ サギ の生 体位 子 宮運 動を 測定 した 結果 、LPSの子宮内投与による子宮運動 の亢進をUTIは抑制した。また、妊娠マウスから摘出した子宮平滑筋 の自動運動を測 定し た結 果、LPS添 加に よる 摘出 子宮 筋の 自動 運動 の 亢進 をUTIは 抑制 した 。さら に 、 子 宮 筋 か ら の プ ロ スタ グラ ンジ ン(PG)お よびinterleukin‑la(IL‑la)の産 生 量 を 測 定 し た 結 果 、UTIはLPS添 加に よるPGお よびIL‑la産生 の亢 進を 抑制 した 。 (3)羊膜の 脆弱化に及ばすUTIの影響
切迫早産モデル動物の羊膜を摘出し 、共焦点レーザー顕微鏡により、上皮細胞の敷 石状配列が崩壊し、線維芽細胞のフィ ブ口ネクチン発現の減少が観察されたが、UTI はこ れら の変 化を 抑 制し た。羊膜の電顕観察により、無処置群で は上皮細胞の細胞 間間 隙が 密に 入り 組 んで いる 像が 観察 され たが 、LPS投与群では 細胞間間隙の拡張 が 観 察 さ れ 、UTI投 与 群 で は 無 処 置 群 と 同 程 度 に 抑 制 さ れ て い た 。 また、羊膜細胞から再構築した人工 羊膜を用いて透過性実験を行った結果、切迫早 産モ デル 動物 から 得 られ た羊 水の 添加 によ る羊 膜細 胞の透過性の亢進をUTIは抑制 した。
(4)胎盤剥離に及ぼすUTIの影響
切迫早 産モデル動物の胎盤を光顕および電顕観察した結果、迷路部および栄養膜細 胞 領域 で傷 害像 が 認め られ 、栄 養膜 細胞 でア ポト ーシス像が観察され、また、TUN EL染色 陽性 細胞 が 栄養 膜細 胞層 に多 数認 めら れた 。しかし、UTI投与によりこれら の 変 化 は 抑 制 さ れ 、UTIが 胎 盤 の 傷 害 を 抑 制 す る こ と が 明 ら か と な っ た 。 妊娠15日 の胎 盤 の薄 切標本を培養した結果、無処置群では核 の濃縮および核崩壊 は 全く 認め られ な かっ た。IL‑la添 加群ではアポ卜ーシス像は観察されなかった。T NF‑a添 加mediumで 培 養 し た 胎 盤 で は ア ポ ト ー シ ス 像 を呈 する 栄養 膜 細胞 が観 察 さ れ た が 、TNF‑aお よ びUTI添 加mediumで 培 養 し た 胎 盤 で は ア ポ ト ー シ ス 像 は 観 察さ れな かっ た 。こ の結 果よ り、 栄養 膜細 胞に おけるアポトーシスはIL‑laでは 誘 発さ れず 、TNF‑aに より 直接 的に 誘発 され 、UTIはこ れを 抑制 する こと が 確認さ れた。
4.血漿.および羊水 中サイトカインに及ぽすUTIの影響
UTIの作 用 機序 を検 討す るた め、 切迫 早産 モデ ル動物における血漿およ び羊水中 の 炎症 性サ イト カイ ン濃 度を 測定 した 結 果、LPS投与後、IL‑la、IL‑6およびTNF‑a い ず れ も 経 時 的 に 上 昇 し た が 、UTI投 与 に よ り 、 こ れ ら の 変 化 は 抑 制 さ れ た 。 また、LPS刺激により、ヒト単球ハイブリドーマからの炎症性サイ卜カイン(IL‑la、 IL‑ip、IL‑6、IL‑8お よ びTNF‑a)産 生 が 亢 進 さ れ た が、UTIの 添加 によ り、 これ ら のサ イ卜 カイ ン全 ての 産生 亢進 が抑 制 され た。 特に、IL‑8産生に対するUTIの抑 制作用は顕著であっ た。
5.RitodrineとUTIの 併 用 効 果
妊 娠17日 のLPS誘 発 切 迫 早 産 モ デ ル マ ウ ス を用 い、 今 回、 初め てritodrineの in vivoで の 早 産 に対 する 有 効性 を用 量相 関的 に確 認す るこ とが でき た。 また 、 ritodrineとUTIの 併 用 投 与 に よ り 、ritodrineま たはUTI単 独投 与に 比し て、 著 明 な 早 産 抑 制 が 認 め ら れ た 。
以 上の 結 果よ り、LPS誘発切迫早産モデルマウスにおい て、UTIは早産を抑制し、
これ を裏 付 ける 作用として、 子宮収縮抑制作用、子宮頚部熟化抑制作用、羊膜の脆 弱化 抑制 作 用お よび 胎盤 剥離 抑制 作用 を有 することが明 らかとなった。また、UTI およ びritodrineの 併用 効果 も明 らか と なっ た。 更に 、UTIの 早産 抑 制作用機序と して サイ 卜 カイ ン産生抑制作 用および一部のサイ卜カイン抑制作用が関与している もの と考 え られ た。
本 研究 に より 、UTIは 切迫 早産 治療 薬 とし て臨床応用されることが充分に期待さ れる 。
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学位論文審査の要旨
主査 副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
長澤 野村 徳光 高橋
学 位 論 文 題 名
滋治 靖幸 幸子 和彦
Urinary trypsin inhibitor(UTD の切迫早産抑制作用に関する研究
近 年 の 目 覚 ま し い 新 生 児 医 療 の 進 歩 に よ っ て も 、 低 出 体 重 児 に お け る 未 熟 児 網 膜 症 等 の 新 生 児 障 害 お よ び 新 生 児 死 亡 は 未 解 決 の 課 題 で あ り 、 低 出 体 重 児 の 最 大 の 原 因 で あ る 早 産 は 周 産 期 領 域 で 最 も 重 要 な 疾 患 の ー つ で あ る 。 切 迫 早 産 の 発 症 要 因 の ― つ と し て 絨 毛 羊 膜 炎 の 関 与 が 示 唆 さ れ て お り 、 そ の 主 た る 原 因 は 膣 頚 管 の 感 染 に よ る 炎 症 の 上 行 性 波 及 と 考 え ら れ て い る 。 し か し 、 現 時 点 に お け る 切 迫 早 産 の 唯 一 の 治 療 薬 で あ るRitodrineは 、 交 感 神 経 ロ2受 容 体 刺 激 を 介 し て 子 宮 収 縮 抑 制 効 果 を 示 す も の で あ り 、 頻 脈 や 肺 水 腫 な ど の 副 作 用 が 報 告 さ れ て い る 。 こ の よ う な 状 況 に 於 い て 、 薬 物 療 法 の 立 場 か ら は 既 存 の 薬 剤 と は 異 な る 作 用 機 序 を 有 し 、 且 つ 安 全 性 の 高 い 治 療 薬 の 開 発 が 望 ま れ て い た 。
羊 水 中 に は 、urinary trypsin inhibitor (UTI)と 呼 ば れ る 蛋 白 分 解酵 素阻 害 物 質 が 存 在 す る 。UTIは 分 子 量67,OOOの 糖 蛋 白 質 で 、 羊 水 中 のUTIの 大 部 分 は 胎 児 尿 由 来 と さ れ て い る 。 羊 水 中 のUTI濃 度 が 分 娩 時 期 が 近 づ く に っ れ て 減 少 す る こ と 、 特 に 切 迫 早 産 の 患 者 で は 羊 水 中 の 濃 度 が 極 め て 低 値 を 示 す こ と な ど か ら 、UTIが 妊 娠 の 維 持 に 関 与 し て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 本 研 究 は 、UTIを 切 迫 早 産 の 治 療 薬 と し て 開 発 す る た め に 計 画 さ れ 、 下 記 の よ う な 成 果 を 上 げ た 。
1: 切 迫 早 産 の 治 療 薬 の 開 発 に 当 た っ て は 、 切 迫 早 産 モ デ ル 動 物 が 不 可 欠 で あ る 。 近 年 、 早 産 と 子 宮 内 感 染 と の 関 連 性 に 着 目 し 、 妊 娠 動 物 子 宮 内 あ る い は 頚 管 内 へ の 細 菌 感 染 に よ る 早 産 の 誘 発 が 試 み ら れ て い る 。 し か し 、 こ れ ―147―