平成 28 年度厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進事業)
検査機関の信頼性確保に関する研究 研究分担報告書
残留分析の測定値に与える食品成分の影響に関する研究
研究代表者 渡辺卓穂 一般財団法人食品薬品安全センター 食品衛生事業部 部長 研究分担者 梶村計志 大阪府立公衆衛生研究所 食品化学課 課長
研究要旨
食品中に残留する農薬や動物用医薬品の分析において、試験液中の共存成分(マトリック ス)により分析値が過小あるいは過大評価される場合があり、これらは「マトリックス効果」
と呼ばれている。マトリックス効果は、分析値の信頼性に大きな影響を及ぼすため、制御方 法の確立は重要である。本研究は、マトリックスが機器分析に与える影響に焦点をあて、マ トリックス効果を引き起こす要因の解明及び制御法を検証する。平成 28 年度は、LC‑MS/MS を用いた、動物用医薬品の残留分析時におけるマトリックス効果について近畿地区 6 地研と 協力して、基礎的知見の収集を試みた。
事前検討として畜水産食品の分析時に観察されるマトリックス効果について検討した。食 品試料として鶏卵、牛乳、魚介類(ブリ、サケ、カレイ、エビ)を、分析対象物質としてサ ルファ剤 17 種、葉酸拮抗剤 3 種、キノロン剤 10 種を選択した。大阪府の検査標準作業書に 基づきマトリックス標準溶液を調製して検量線を作成し、傾きを溶媒検量線と比較したとこ ろ、サルファ剤、葉酸拮抗剤ではイオン化抑制を、キノロン剤ではイオン化促進を確認した。
この傾向は、魚介類以外では試料中の成分が凍結や加工によって異なっていても同じであり、
動物用医薬品の分析時におけるマトリックス効果の程度は食品の種類よりも医薬品の種類に 依存することが推察された。
次に近畿地区 6 地研の協力により、大阪府で鶏卵及び牛乳から調製した共通マトリックス 溶液と、共通マトリックス溶液の調製に供したものと同一の食品より各機関の検査標準作業 書に基づいて調製した独自マトリックス溶液でそれぞれ検量線を作製した。その傾きを溶媒 検量線と比較し、分析条件や前処理条件の違いが検量線の傾きに及ぼす影響を機関横断的に 評価した。共通マトリックス溶液を用いた分析では機関毎にイオン化抑制、イオン化促進、
影響僅少と様々なマトリックス効果が観察された。すなわち、動物用医薬品分析時のマトリ ックス効果は分析条件に依存することが示唆された。また、独自マトリックス溶液の分析結 果ではマトリックス効果が減少した機関と増大した機関が見られた。減少の要因としては脱 水剤の追加、増大の要因としては最終液中の食品試料濃度の高さが考えられ、畜水産食品中 の動物用医薬品分析において、マトリックス効果を低減するためには、前処理過程で水溶性 の妨害物質を排除すること、抽出液の食品試料濃度を下げることが有用であると示唆された。
A. 研究目的
食品中に残留する農薬及び動物用医薬品 等の分析では、試験液中の共存成分(マト リックス)が測定に大きく関与し、分析結 果の信頼性に大きな影響を及ぼす。本研究 では、食品成分等のマトリックスが残留分 析の測定に与える影響に焦点を当て、原因 の解明及び制御法を検証する。
食品成分が機器分析の測定値に影響を及 ぼす現象は、一斉分析法の普及と関連して
いる。一斉分析法では、多様な物性を持つ 化合物を同時に分析するため、的を絞った 精製が困難であり、単一成分の分析法に比 べて試験液の精製度は低くなる。このため、
試験液中には多くのマトリックスが残存し、
分析値への影響が大きくなると考えられる。
一般にこのような現象は「マトリックス効 果」と呼ばれており、質量分析計を用いた 測定で顕著に観察される。
タンデム型を含むガスクロマトグラフ質 量分析計(GC‑MS(/MS))では、GC 注入口に おける試験液の気化やキャピラリーカラム への導入の際にマトリックスによる影響を 受けると考えられている。マトリックスが 共存することにより、注入口における測定 対象物質の吸着や熱分解が抑制され、シャ ープで良好なピーク形状となり、検出感度 が上がる場合が多い。一方、液体クロマト グラフタンデム型質量分析計(LC‑MS/MS)
では、測定対象物質がイオン化する際にマ トリックスが共存した場合、測定対象物質 のイオン化が抑制または促進され、過小あ るいは過大な定量値を示すと考えられる。
本研究では、協力機関との連携の下、マト リックス効果の主要な発現機構が基本的に 異なる GC‑MS(/MS)と LC‑MS/MS についてマ トリックス効果の特徴把握、原因の解明及 び対策等の検討を実施し、より普遍的で効 果的なマトリックス効果の制御法を検討す る。また、得られた知見を協力機関と共有 し、分析精度の向上に役立てることを目指 す。
本研究では、平成 26 年度、平成 27 年度 に、GC‑MS(/MS)を用いた農産物中の残留農 薬分析時のマトリックス効果について検証 してきた。平成 28 年度は、LC‑MS/MS を用 研究協力者
伴埜行則 京都市衛生環境研究所 上田一穂 京都市衛生環境研究所 高尾恭平 京都市衛生環境研究所 大久保祥嗣 神戸市環境保健研究所 中島 涼 神戸市環境保健研究所 吉野共広 神戸市環境保健研究所 先山孝則 大阪市立環境科学研究所 上村聖子 大阪市立環境科学研究所 浅川大地 大阪市立環境科学研究所 山下浩一 奈良県保健研究センター 西山隆之 奈良県保健研究センター 田畑佳世 堺市衛生研究所
山本直美 堺市衛生研究所 髙井靖智 和歌山県環境衛生研究 センター
樋下勝彦 和歌山県環境衛生研究 センター
永吉晴奈 大阪府立公衆衛生研究所 柿本健作 大阪府立公衆衛生研究所 小西良昌 大阪府立公衆衛生研究所 内田耕太郎 大阪府立公衆衛生研究所 山口瑞香 大阪府立公衆衛生研究所 吉田優子 大阪府立公衆衛生研究所
いた、畜水産食品中の残留動物用医薬品分 析時のマトリックス効果に焦点を当てる。
GC‑MS(/MS)で観察されるマトリックス効 果及びそのメカニズムに関しては相応の知 見が得られているのに対し、LC‑MS/MS 分析 に関しては比較的知見が少ない。一般的に LC‑MS/MS 分析では試料が質量分析計に導入 される際の気化・イオン化の段階において、
目的物質と共存する妨害物質の影響でイオ ン化が抑制されるイオンサプレッションが 生じると考えられている一方、GC‑MS(/MS) に観察されるようなイオン化促進(イオン エンハンスメント)も見られる。LC‑MS/MS のイオン化部は、液体を気化した上でイオ ン化し MS/MS 部に導入するプロセスが必要 なため、機器メーカーによって取り込み機 構が異なる。そのため、妨害物質から受け る影響が一様でないことがマトリックス効 果を複雑化する原因の一つだと考えられて いる。また、試料由来の要因としては、生 体由来物質であるりん脂質が一因とされて おり、最近、りん脂質除去に着目した精製 法が試薬メーカーより提案されている。
LC‑MS/MS による分析でマトリックス効果 を回避する方法としては、前処理の工夫で 妨害物質を除去すること、LC 部において移 動相やグラジエント条件を工夫し妨害物質 との共溶出を防ぐこと、試験液を希釈する ことで共溶出する妨害物質の絶対量を減ら すこと、内部標準物質を用いた相対検量線 法によって定量することなどが考えられる が、ポジティブリスト制度の導入により多 種類の医薬品を同時に、そして迅速に測定 することが求められる現状において必ずし も効果的とはいえない。そのため分析対象 物質を含有しない陰性試料を用いて検査と
併行して試験液を調製し、この試験液(マ トリックス溶液)で作成したマトリックス 検量線を用いて定量することでマトリック ス効果を相殺することも多い。
上記のように LC‑MS/MS 分析時における マトリックス効果の回避策は多岐にわたる。
残留動物用医薬品の検査を行う地方衛生研 究所ではこれらの回避策を柔軟に組み合わ せながら信頼性の高い分析を実施している。
しかし、それぞれの機関の対応策や得られ た知見を共有化する試み、更には機関横断 的な検討の例はほとんど見当たらない。そ こで本研究では、近畿地区 7 地方衛生研究 所で同一の前処理法で抽出した共通のマト リックス抽出液や同一の食品試料から機関 独自に前処理したマトリックス標準溶液を 用いて共通の動物用医薬品を測定し、各地 研で観察されるマトリックス効果を把握す ることで、地研間の情報の共有化や有用な マトリックス効果低減策の構築に向けた基 礎的知見の収集を試みた。
B. 研究方法 1. 実施機関
大阪府立公衆衛生研究所(以下、大阪府 と略)は、食品試料や共通マトリックス溶 液の調製及び配布試料の送付、分析結果の 解析、協力機関との連絡調整、報告書の作 成及び研究遂行に係る事務を行った。また 研究に先立ち、事前検討を実施した。
2. 協力機関
京都市衛生環境研究所、神戸市環境保健 研究所、大阪市立環境科学研究所、奈良県 保健研究センター、堺市衛生研究所及び和 歌山県環境衛生研究センターは、協力機関
として研究に参画した。
3. 実施日程
協力機関に今年度の試験内容及び事前検 討の結果説明を行うため、班会議を平成 28 年 8 月 10 日に実施機関で開催した。共同試 験に関わる試料、標準品及び実施要領を 8 月 31 日に宅配便(冷凍)で送付した。協力 機関は測定を実施するまでの間、試料等を
‑20 ℃以下で保管した。分析結果等の提出 期限は 9 月 30 日とした。
4. 事前検討 4.1. 試料・試薬 4.1.1. 食品試料
実施機関における事前検討には牛乳(無 脂肪乳、特濃乳、一般的な牛乳)、鶏卵、ブ リ、サケ、カレイ、エビを用いた。いずれ も大阪府内の流通品を購入し、フードプロ セッサ等を用いて細切混合後、分析対象の 合成抗菌剤が残留しないことを確認した。
4.1.2. 標準品・試薬
標準品は林純薬製 PL 動物薬 LC/MS Mix 1 (サルファ剤+葉酸拮抗剤)と PL 動物薬 LC/MS Mix 2(キノロン剤)、各成分 20 μg/mL
(アセトニトリル溶液)を用いた。試薬は いずれも LC/MS 分析用相当グレードのもの を使用した。それぞれの標準混合溶液に含 まれる動物用医薬品の一覧及び大阪府の分 析条件下で良好に分析できた薬剤について は、その溶出時間を表 1 に示した。
4.2. 実施機関による事前検討 4.2.1 事前検討 1
共同研究に先立ち、事前検討を行った。
まず、大阪府の検査条件におけるマトリッ
クス効果の傾向を把握するため、大阪府の 標準作業書の前処理法に従って処理した鶏 卵及び一般的な牛乳のマトリックス溶液と 10%メタノール水溶液を用いて、同じ濃度範 囲の希釈系列を各々作製し、LC‑MS/MS で測 定、検量線の傾きを比較した。以後、マト リックス溶液を用いて調整した希釈系列を マトリックス標準溶液、10%メタノール水溶 液を用いて調整した希釈系列を溶媒標準溶 液とする。
マトリックス溶液の調製フローを図 1 に 示した。すなわち、2.0 g の食品試料をポ リプロピレン製(PP 製)試験管に秤取し、
8 mL のヘキサン飽和アセトニトリル、2%ぎ 酸含有ヘキサン飽和アセトニトリルで 2 回 に分けて抽出した。新しい PP 製試験管に上 清を合わせ、ヘキサン飽和アセトニトリル で 20 mL に定容した。その後、ヘキサン 10 mL を積層し、攪拌後遠心分離した。アセト ニトリル層(抽出液)を 500 μL 採取し、
ジメチルスルホキシド 25 μL を加え、遠心 濃縮したものをマトリックス溶液とした。
マトリックス溶液を用いて、最終標準品濃 度が 1、5、10、20 ppb となるよう標準溶液 を添加し、10%メタノール溶液で 500 μL に 調製したものをマトリックス標準溶液とし た。なお、最終液中の食品試料濃度は 0.1 g/mL であった。鶏卵に関しては、別にアセ トニトリル層を 2.5 mL 採取し、最終的に 500 μL に調製した最終食品試料濃度 0.5 g/mL のマトリックス標準溶液も作製した。
測定に際しては、表 2 に示すように、最 終濃度 1、5、10、20 ppb となるように調製 したマトリックス標準溶液を各 5 μL 注入 した場合(以後、注入量一定)と、牛乳の み最終濃度 20 ppb のマトリックス標準溶液
を用いて LC‑MS/MS への注入量を変化させ て濃度勾配を作ると同時に機器へのマトリ ックスの負荷絶対量を変化させた場合(以 後、注入濃度一定)を実施し、得られた 2 種類の検量線について、マトリックス量が 検量線の傾きに与える影響を観察した。
以後すべての検討において、マトリック ス標準溶液の測定と同時に用時調製した溶 媒標準溶液の測定も行った。
4.2.2 事前検討 2
食品中の成分組成の違いがマトリックス 検量線に与える影響を評価した。食品成分 組成の異なる魚介類として、ブリ、サケ、
カレイ、エビを選択した。また乳脂肪分の 異なる乳として無脂肪乳(乳脂肪分 0.1%)
と特濃乳(乳脂肪分 4.2%)を選択した。
魚介 4 種類について、4.2.1 の方法でマ トリックス標準溶液を作製し、検量線を作 成した。乳 2 種類も同様に検量線を作成し た。魚介類については、サルファ剤、キノ ロン剤、葉酸拮抗剤を、乳はサルファ剤と 葉酸拮抗剤を分析した。また、乳に限り注 入量一定と注入濃度一定の測定を実施した。
4.2.3. 事前検討 3
共同試験に使用する試料の調製法を検討 した。また、事前に実施したアンケートの 結果から、実施機関及び全ての協力機関に おいて検査が実施されているサルファ剤を 測定対象物質とした。共同試験における共 通食品試料としては均一な検体の調製が容 易な牛乳と鶏卵を選択した。
冷凍での配送が必要なため、試料の凍結 融解が検量線の傾きへ及ぼす影響を評価し た。4.2.1 で使用した鶏卵と市販の牛乳を
使用し、未凍結の状態で 4.2.1.と同様に前 処理したもの、2.0 g を PP 製試験管に秤取 した後、一晩‑20 ℃で凍結させた試料を、
融解させた後に前処理したもの、複数回凍 結融解を繰り返した後に前処理したものの 3 種類でマトリックス標準溶液を作製し、
検量線の傾きを比較した。
さらに、マトリックス溶液を冷凍保存し た際の安定性を確認した。4.2.1.で示した 方法でマトリックス溶液を調製し、PP 製試 験管で冷凍保存した(‑20 ℃)。調製直後、
1 週間後、2 週間後、4 週間後にマトリック ス標準溶液を調製し、検量線を作成して傾 きを比較した。なお、それぞれの再測定時 には、凍結保存マトリックス溶液に加え未 凍結の同一食品試料から再調製したマトリ ックス標準溶液も並行して測定し凍結マト リックス溶液と比較した。
5. 共同試験 5.1. 共同試験概要
共同試験は以下の 2 種類を実施した。
1) 実施機関で前処理したマトリックス溶 液(共通マトリックス溶液)を用いて検 量線を作成し溶媒検量線と傾きを比較 した。
2) 同一食品検体を、協力機関の合成抗菌剤 検査標準作業書に沿って前処理したマ トリックス溶液(独自マトリックス溶液)
を用いて検量線を作成し溶媒検量線、1) で得られた検量線と傾きを比較した。
1)の試験では、同一組成で構成されてい るマトリックス溶液を異なる分析機器条件 で測定することで、機器や分析条件(LC グ ラジエント条件や MS/MS のパラメーター)
の違いがマトリックス効果に及ぼす影響に
ついて調査した。また、2)の試験では同一 検体から異なる方法で得たマトリックス溶 液に由来するマトリックス効果について評 価し、前処理法の違いがもたらす影響の観 察を狙いとした。共通のマトリックス溶液 を用いて異なる実験室、異なる分析条件で マトリックス効果を評価した例はほとんど 見当たらず、新たな知見が得られることが 期待された。食品試料としては、ロット管 理された食品試料で均一化が容易なこと、
事前のアンケート結果から、ほとんどの協 力機関においていずれかは検査を実施して いることを理由に鶏卵と牛乳を選択した。
分析対象とする動物用医薬品は実施機関及 び全ての協力機関で検査を実施している
(標準作業書が作成されている)サルファ 剤を選択した。
5.2. 試料・試薬 5.2.1. 食品試料
鶏卵及び牛乳(一般的な牛乳)は大阪府 内の市販品を購入した。鶏卵についてはブ レンダーで攪拌混合後、牛乳についてはそ のまま、50 mL 容の PP 製試験管に分注した。
いずれの食品試料も使用まで‑20 ℃で凍結 保存した。
5.2.2. 標準品・試薬
同一ロットの林純薬製 PL 動物薬 LC/MS Mix 1 を調達し、食品試料と同時に 2 本ず つ配布した。その他試薬等については協力 機関で通常の検査時に使用しているものを 使用した。
5.2.3. 実施機関による共通マトリックス 溶液の調製
4.2.1.で示した方法に従い、牛乳と鶏卵 からマトリックス溶液を調製した。その後、
PP 製 15 mL 試験管に 150 μL のマトリック ス溶液を分注し、凍結後送付した。
実施機関及び協力機関において、標準品 を常温に戻したのち 50%メタノール水溶液 を用いて検査で使用する検量線範囲等に応 じて濃度を 4 点以上設定し、最終測定濃度 の 10 倍の濃度になるよう希釈系列を作製 した(溶液イ)。また、送付したマトリック ス溶液を常温に戻し、10%メタノール水溶液 を 2550 μL 加えて溶液ロを調整した。そし て、溶液イを溶液ロで 10 倍希釈し、試料濃 度 0.1 g/mL のマトリックス標準溶液を調製 し、検量線を作成した。以上の調製は可能 な限り PP 製の容器で行い、測定まで同一日 に行うよう依頼した。分析対象のサルファ 剤は、配布した標準品に含まれる薬剤のう ち、良好な選択性をもって測定できるもの のみを測定することとした。実施機関は協 力機関に 17 種類の代表的な MRM 条件(表 3)
を例示したが、表 3 以外の条件も可とした。
また、4.2.2.と同様に分析の際には、注入 量一定と注入濃度一定の 2 パターンの測定 を実施した。その後、結果を実施機関が送 付したワークシート(図 2、3)に記入し返送 した。
なお、実施機関及び協力機関は分析の実 施まで標準品及びマトリックス溶液を冷凍 保管した。分析は試料到着後 1 ヶ月以内に 実施することとした。
5.2.4. 協力機関による独自マトリックス 溶液の調製
協力機関 A、B、C には牛乳を、協力機関 D、E、F には鶏卵を送付した。試料は各協
力機関で通常サルファ剤の検査に運用され ている検査標準作業書の前処理法に従って 処理した。なお、牛乳や鶏卵を検査対象食 品としていない場合は他の畜水産食品のサ ルファ剤の残留検査に用いる標準作業書に 従って調製することとした。このとき、マ トリックス標準溶液を作製するために、通 常の最終液量の 0.9 倍の容量に調製し、
5.2.3.と同様に溶液イと 1:9 の割合で混合 して独自マトリックス標準溶液を作製した。
その後、5.2.3.と同じ条件で分析し、結果 を実施機関が送付したワークシートに記入 し返送した。以上の調製から分析は可能な 限り 5.2.3.も含めて同一日に実施するよう 依頼した。各機関の独自マトリックス溶液 調製フローを図 4〜9 に示した。
さらに、協力機関には、可能であれば分 析時間中のスキャンデータの取得を依頼し た。
6. 機器条件
6.1. 実施機関の分析機器条件
大阪府の分析機器条件を以下に示す。
使用機器:LC 部;Acquity UPLC I‑Class
(Waters 製)、MS 部;Xevo TQ‑S(Waters 製)
(LC 条件)
使用カラム:CORTECS C18(粒子径 1.6 μm、
内径 2.1 mm、カラム長 10 cm、Waters) 移動相:A 液; 0.1%ぎ酸水溶液、B 液; 0.1%
ぎ酸含有メタノール溶液
グラジエント条件:B 液% 10%(0 min)→ 10%(5 min) → 74%(17 min) → 90%(20 min)
→99%(25 min); 総分析時間 27 分 流速:0.2 mL/min
カラム温度:50 ℃ 注入量:表 2 参照
(MS 条件)
イオン化方式:エレクトロスプレーイオン 化(ESI)法
MRM 条件:表 3 参照 イオン源温度:150 ℃ 脱溶媒温度:400 ℃
6.2. 協力機関の分析機器条件
すべての協力機関において使用機器は LC‑MS/MS、イオン化法は ESI 法(ポジディ ブ)であった。大阪府も含めた各機関の分 析機器の条件を表 4 に抜粋した。
7.結果の評価
事前検討及び共同試験において得られた 検量線データは表計算ソフト上でその傾き 値を算出した。マトリックス効果は溶媒標 準溶液による検量線の傾き値を 100%とした 際のマトリックス検量線の傾きのパーセン ト比(傾き比)を用いて評価した。
C. D. 研究結果及び考察 1. 実施機関による事前検討 1.1. 事前検討 1
鶏卵マトリックス溶液を用いて最終食品 試料濃度を 0.1 g/mL 又は 0.5 g/mL とした 場合の検量線の傾き比を図 10 に示した。そ れぞれ同一の抽出液から調製し、溶媒標準 溶液で得られた検量線の傾きを 100%とした ときのパーセント比(傾き比)を算出した。
図に示した動物用医薬品は左から溶出時間 順に並べたものである。全体的な傾向とし てサルファ剤と葉酸拮抗剤でイオン化抑制 を確認した。さらに、食品試料濃度が 0.1 g/mL と比較すると 0.5 g/mL のほうがより 大きなマトリックス効果を受けており、鶏
卵分析時に観察されるマトリックス効果は 食品抽出物由来であることが示唆された。
次に、牛乳マトリックス溶液を測定した 際の検量線の傾き比を図 11 に示した。牛乳 の場合にはサルファ剤と葉酸拮抗剤に加え てキノロン剤についても傾き比を算出した。
また、マトリックス効果を強く受けたスル ファジアジン(溶出時間 3.16 分)、スルフ ァジミジン(溶出時間 8.33 分)と受けなか ったスルファメトキサゾール(溶出時間 9.17 分)の散布図を図 12 に示した。鶏卵 の場合と同じく、牛乳でもサルファ剤分析 時にはイオン化抑制効果が確認された。一 方、キノロン剤に関しては、イオン化促進 効果を観察した。また、牛乳に関しては注 入量一定と注入濃度一定の 2 つの検量線を 作成した。どちらの場合も観察されるマト リックス効果は同じで、傾き比にも大きな 変化は見られなかった。しかし、図 12 を見 ると散布図ではスルファジアジンにおいて 注入濃度一定の低濃度領域で注入量一定よ り溶媒標準に近づく傾向が見られた。すな わち、牛乳においても鶏卵と同様にマトリ ックス負荷量の減少がマトリックス効果の 改善につながる可能性がある。
マトリックス効果を受けやすい時間帯と して、溶出時間 3〜5 分と 8 分あたりが抽出 された。大阪府の分析条件では、3〜5 分に おける移動相の有機溶媒濃度は 10%、8 分で は 25%強と比較的高極性の物質が溶出する 時間帯であった。近年、動物用医薬品分析 時のマトリックス成分として疑われている りん脂質は、極性の基質であるりん酸基を 含む脂質であり、脂肪酸とアルコールから なる単純脂質より極性が高い。そのため、
この時間帯のマトリックス効果の原因物質
としてりん脂質の影響が疑われる。りん脂 質は血漿などの臨床試料を分析する際のマ トリックス効果の原因とされており、その 除去ツールが各社より販売されている。こ れらのツールを利用することで効果的なマ トリックス効果低減策となる可能性がある。
一方、この時間帯以外では傾き比が 90%を 超える物質も見られ、これらの物質に限れ ば溶媒検量線による定量が十分可能である と推察された。
1.2. 事前検討 2
1.2.1. 組成の異なる魚介類のマトリック ス効果への影響
マトリックス検量線を用いて検査を実施 する場合、マトリックス溶液にはできる限 り検体となる食品と成分組成の類似する食 品を用いる必要がある。しかし、実際の検 査の現場においては、明らかに成分組成の 異なる食品を同時に検査することがしばし ばある。その際、ある 1 種類の食品由来の マトリックス検量線の異なる組成の食品へ の適用可否を検討することは重要である。
そこで、複数種の魚介類によるマトリック ス効果の違いを評価した。
ブリ、サケ、カレイ、エビの検量線の傾 き比を図 13 に示した。概ね牛乳の場合と同 様に、サルファ剤でイオン化抑制効果を、
キノロン剤でイオン化促進効果を認めた。
一方で、魚種によるマトリックス効果の程 度は医薬品の種類によって大きく異なった。
図 14 に示すように、スルファジアジン等の サルファ剤については、4 種類の魚介類で 同程度の抑制を受けており、異なる魚種で 作成したマトリックス検量線でも十分定量 可能であると判断できる。一方、キノロン
剤では、魚種により効果が大きく異なり、
特にダノフロキサシン(溶出時間 9.37 分)
では溶媒標準を中心に上下に散布図が分布 した。すなわち、キノロン剤の検査では異 なる魚種で作成したマトリックス検量線に よる定量は、真値を過小もしくは過大に見 積もる可能性があるため、可能な限り同じ 魚種で作成したマトリックス検量線を用い るべきであろう。
1.2.2. 組成の異なる乳のマトリックス効 果への影響
乳は一般的な牛乳であれば多少の差はあ れ、食品成分組成はほぼ同一であると考え られる。一方、無脂肪乳や加工乳など成分 の調製を行って商品化されているものが多 種存在する。加工を施された乳は成分組成 が異なることが想定されるため、今回、乳 脂肪分を除去した無脂肪乳と脂肪分を上乗 せした特濃乳を用いて検量線の傾き比を比 較した。図 15 に示すように、1.1.と同様、
3〜5 分と 8〜9 分にマトリックス効果を比 較的強く受ける時間帯が存在した。また、3
〜5 分では乳の種類による差はほとんど見 られなかったのに対し、溶出時間 8〜9 分に おいては無脂肪乳より特濃乳のほうがより 強くマトリックス効果を受けた。この結果 より溶出時間 8〜9 分のマトリックス効果 には、試料に含まれる脂質量が影響してい ることが示唆された。図 16 に、注入濃度一 定で分析したスルファジアジン(溶出時間 3.16 分)、スルファジミジン(溶出時間 8.33 分)及びスルファメトキサゾール(溶出時 間 9.17 分)の散布図を示した。この場合、
高濃度になるほど分析時のマトリックス負 荷量が増大することになるが、スルファジ
アジンよりも後に溶出するスルファジミジ ンとスルファメトキサゾールにマトリック ス負荷量増大に伴って線分の傾きが緩やか になる傾向を認めた。すなわち、この時間 帯に溶出する動物用医薬品には、共溶出す る脂質が影響することが推測される。しか し、マトリックス効果の差は 1.2.1.で示し た魚介類の場合に比べるとわずかであり、
脂質量の異なる乳で作成したマトリックス 検量線による定量結果への影響は無視でき るだろう。
これまで鶏卵・牛乳・魚介類と種類の異 なる食品試料から作成したマトリックス検 量線の傾きを評価してきたが、サルファ剤 に関してはいずれもイオン化抑制の傾向が 観察された。反して、キノロン剤では、魚 介類でイオン化促進効果が認められ、デー タは示さないが他の食品試料についてもキ ノロン剤はイオン化促進効果を受けること を経験しており、動物用医薬品分析時のマ トリックス効果は食品よりも、医薬品の種 類に依存することが推察された。
1.3. 事前検討 3
1.3.1. 凍結保存によるマトリックス効果 への影響
畜水産食品のようなたんぱく質や脂質の 含量が多い食品を凍結融解すると、たんぱ く質の変性等により外見が変化しているこ とがある。そこで凍結融解による外見上の 変化がマトリックス標準溶液の検量線の傾 きへ及ぼす影響を評価した。
同一検体から 2.0 g を秤量し、一方は秤 量直後に、もう一方は一晩‑20 ℃で保存後 に完全に融解して、マトリックス標準溶液 を調製した。さらに、複数回凍結融解を繰
り返した食品も使用してマトリックス検量 線を作成した。図 17 と図 18 に鶏卵と牛乳 の検量線傾き比を示した。いずれも凍結に よる顕著な影響は見られず、サルファ剤分 析においては試料の凍結は検量線に影響し ないと考えられた。本項の結果より、鶏卵 及び牛乳の検査時には事前に陰性を確認し、
凍結保存した試料でマトリックス検量線を 作成できることが確認された。
1.3.2. 共通マトリックスの調製と安定性 共同試験において、実施機関による試料 の送付から測定結果の返送までを 1 ヶ月以 内と設定した。この期間内において共通マ トリックス溶液が冷凍保存で品質を保持で きるか確認した。
調製直後、1 週間保存後、2 週間保存後、
4 週間保存後の鶏卵マトリックス標準溶液
(保存マトリックス)及び測定時に再度凍 結していない鶏卵試料から調製したマトリ ックス標準溶液(再調製マトリックス)を 分析し、検量線の傾きを算出した。表 5 に 再調製マトリックス標準溶液の傾きに対す る保存マトリックス標準溶液の傾き比を示 した。なお、結果は鶏卵の注入量一定分析 のものを示した。いずれの保存期間におい ても観察されたマトリックス効果は同程度 であった。この傾向は鶏卵の注入濃度一定 および牛乳の注入量一定と注入濃度一定、
いずれの場合も同様であった。従って 1 ヶ 月間マトリックス溶液を冷凍保存しても問 題がないと結論付けた。
1.4. まとめ
様々な条件で調製したマトリックス標準 溶液を用いて検量線を作成し、その傾きを
比較した。本項において確認した知見を以 下に列記する。
1) マトリックス効果の程度は最終溶液中 の食品試料濃度に依存した。
2) 妨害物質と共溶出すると想定される時 間帯においてより強くマトリックス効 果を受けた。また、その時間帯は比較的 極性の高い薬剤が溶出する時間帯であ った。
3) 鶏卵や牛乳では、試料由来成分の違いや 凍結融解によるマトリックス効果への 影響は小さいが、魚介類中のキノロン剤 では医薬品によってマトリックス効果 が大きく変動したため、異なる魚種を一 種類の代表的なマトリックス検量線で 定量することには問題がある。
4) サルファ剤や葉酸拮抗剤はイオン化抑 制をキノロン剤はイオン化促進を受け る。この影響は試料の種類に依存せず動 物用医薬品の種類によると考えられる。
5) 実施機関の分析前処理フローで得たマ トリックス調製液は少なくとも 1 ヶ月 間凍結環境下(‑20 ℃)の保存で安定で あった。
2.共同試験結果
2.1. 協力機関における分析条件 2.1.1. LC‑MS/MS 分析条件
表 4 に実施機関及び協力機関の LC‑MS/MS 分析条件を示した。全 7 機関の使用機種は 異なっていた。イオン化法は全ての機関が エレクトロスプレーイオン化法を用い、
Multiple reaction monitoring 法(positive)
で測定した。分析カラムは大阪府を含む 6 機関が ODS カラムを使用し、機関 F のみ資 生堂社の CAPCELL CORE ADME を使用した。
移動相は全ての機関でぎ酸含有水溶液を水 相として使用し、有機相はぎ酸含有メタノ ール 3 機関、アセトニトリル 2 機関、ぎ酸 含有アセトニトリル 2 機関であった。流速、
測定時間についても機関で大きな違いは見 られなかった。
2.1.2. 独自マトリックス調製法
図 4〜9 に協力機関の独自マトリックス 調製法を示した。機関 D は厚生労働省の
「HPLC による動物用医薬品等の一斉試験法 I(畜水産物)」を、機関 E は厚生労働省の
「スルファキノキサリン、スルファジアジ ン、スルファジミジン、スルファジメトキ シン、スルファメトキサゾール、スルファ メトキシピリダジン、スルファメラジン、
スルファモノメトキシン及びスルフイソゾ ール試験法(畜水産物)」を用いた。その他 の機関は機関独自に開発した前処理法を使 用した。独自法では抽出過程においてアセ トニトリルもしくはアセトニトリル/メタ ノール混液を使用し、続いてヘキサンによ る脱脂を実施していた。固相抽出による精 製は独自試験法を用いた 4 機関中 3 機関で 実施していた。
全ての協力機関において共通して分析可 能であったサルファ剤は表 6 に示したよう に、スルファピリジン、スルファメラジン、
スルファジミジン、スルファモノメトキシ ン、スルファメトキシピリダジン、スルフ ァクロロピリダジン、スルファメトキサゾ ール、スルファジメトキシン、スルファキ ノキサリンの 9 種類であった。各協力機関 の分析シーケンスを表 7〜12 に示した。
2.2.分析結果
2.2.1. 共通マトリックスの傾き比 表 13 及び表 14 に共通マトリックスを用 いて調製したマトリックス検量線と溶媒検 量線の傾きの比率を示した。同じマトリッ クス抽出液を測定しているにもかかわらず、
イオン化抑制を示した機関(機関 B、E)と イオン化促進を示した機関(機関 A、C)が 存在した。また機関 D、F では溶媒検量線と の乖離は少なかった。
次に注入量一定と注入濃度一定の二種類 の検量線を比較すると、鶏卵では大阪府と 機関 A、B に注入量一定の場合、マトリック ス効果の改善傾向が認められた。一方、機 関 C では注入濃度一定のほうがマトリック ス効果に改善傾向が認められた。牛乳に関 しては機関 C で注入濃度一定の場合にマト リックス効果の改善傾向が見られたほかは 目立った変化はなかった。
注入量一定の場合と注入濃度一定の場合 で回帰直線の決定係数(R2値)を比較した (表 15、表 16)。全ての分析で R2値は良好 な結果を示したが、注入濃度一定と注入量 一定の場合を比較すると、鶏卵では大阪府 と機関 B、E、F で注入量一定の場合に検量 線の直線性に改善傾向が見られ、機関 C で 注入濃度一定の場合により良好な R2値を示 した。機関 C では注入濃度を一定にするこ とでマトリックス効果が減少し、結果とし て直線性も改善したと推察した。牛乳に関 しては、大阪府と機関 D、E、F に注入量一 定の場合、マトリックス効果の減少が認め られた。
また、マトリックス効果を大きく受ける 時間帯は共通して分析できた 9 種類のサル ファ剤には認められなかったが、機関 B が 報告したスルファグアニジン(溶出時間
1.35 分)は強いイオン化抑制効果を受け、
溶媒検量線と比較して鶏卵で 19%、牛乳で は 32%の傾き比であった(データは示さな い)。その他、極性の高い条件で速やかに溶 出するサルファ剤に関してもスルファグア ニジンと同様の傾向を認め、マトリックス 溶液に混在する水溶性の妨害物質が強く影 響することが推察された。さらに、共通マ トリックス溶液の分析において、イオン化 抑制とイオン化促進両方の効果が認められ たことから、今回の実験条件では、マトリ ックス効果の受け方は動物用医薬品の種類 ではなく、分析条件(機器の種類、グラジエ ント条件など)により強く依存することが 考えられた。
2.2.2. 独自マトリックスの傾き比 表 17 及び表 18 に協力機関で独自に調製 したマトリックス標準溶液の溶媒検量線に 対する傾き比を示した。また、図 19 で同一 食品由来の共通マトリックス溶液と独自マ トリックス溶液の検量線の傾き比を比較し た。なお、機関 A、B、C は牛乳を、機関 D、
E、F では鶏卵を分析した。さらに、機関 A 及び C において強くマトリックス効果を受 けた物質の散布図を図 20 に示した。
共通マトリックスの分析時にイオン化促 進効果を受けていた機関 A 及び機関 C につ いては、より強いイオン化促進効果を受け た。これら二つの機関では、共通マトリッ クスよりも濃い食品試料濃度(ともに 1 g/mL)の溶液を使用していた。その結果、
分析時のマトリックス負荷量が増大し、よ り強くマトリックス効果を受けたものと推 察された。また、共通マトリックスにおい て良好な結果を示した D 及び F については、
同じく良好な結果を示した。これら 2 機関 では、分析機器の条件やグラジエント条件 が妨害物質の影響を十分排除できるもので あったと推察された。
一方比較的強いイオン化抑制効果を受け ていた機関 B 及び機関 E では検量線の傾き 比が大幅に改善した。良好な結果を示した 機関の前処理条件では抽出時における脱水 剤の添加が共通していた。図 21 に機関 B の 共通マトリックス及び独自マトリックス分 析時のスキャンデータを、図 22 に変化がな かった機関 D の共通マトリックス及び独自 マトリックス分析時のスキャンデータを示 す。共通マトリックスと独自マトリックス で効果に差がなかった機関 D ではトータル イオンクロマトグラフに大きな変化は認め られなかったが、大幅に改善した機関 B に ついては、独自マトリックスで特に早い溶 出時間の総イオン量が減少している。機関 B において溶出時間の早いスルファグアニ ジンが水溶性の妨害物質による強いマトリ ックス効果を受けていたことや共通マトリ ックスと独自マトリックス共にマトリック ス効果の影響が少なかった機関 D、F につい ても前処理過程で脱水剤を使用していたこ とを勘案すると、脱水剤を添加することで 水溶性の妨害物質の試験液への溶出を防い だことが良好な結果につながったと考えら れた。機関 E は、サルファ剤に特化した通 知法を採用しており、抽出溶媒にアセトニ トリルやメタノールよりも極性が低く、水 溶性物質を抽出しづらい酢酸エチルを使用 していた。こちらの場合も抽出液への水溶 性妨害物質の溶出を防いだことが良好な結 果につながった可能性がある。
2.3. まとめ
実施機関及び 6 機関の協力機関を得て、
共通マトリックス溶液と同一食品試料から 協力機関で独自に調製したマトリックス溶 液を用いて検量線を作成し、得られたデー タを比較した。本項において確認した知見 を以下に列記する。
1) 共通マトリックスを異なる条件で分析 した際、イオン化促進、イオン化抑制の 両方のマトリックス効果を認めた。すな わち、マトリックス効果は動物用医薬品 の種類より分析の条件により強く依存 する傾向が示唆された。
2) 独自マトリックスの結果では、食品試料 濃度が共通マトリックスより高い場合、
マトリックス効果が増大した。
3) マトリックス効果の改善に脱水剤の使 用が有効であることが示唆された。また、
事前検討からも比較的水に溶けやすい 妨害物質がマトリックス効果の原因で あることが推察された。脱水剤を添加し、
水溶性の妨害物質の溶出を防ぐことが 改善策の一つであると考えられる。
E. 結論
本研究において畜水産食品中の動物用医 薬品の LC‑MS/MS 分析におけるマトリック ス効果について基礎的知見を得た。LC−
MS/MS 分析ではイオン化抑制が観察される ことが多いが、実施機関の事前検討では医 薬品の種類によりイオン化抑制及びイオン 化促進が共に観察された。また、比較的極 性の高い物質が溶出する時間帯においてよ り強くマトリックス効果を受ける傾向が認 められた。これは、畜水産食品分析におけ
るマトリックス効果の原因物質として極性 の高いりん脂質が挙げられるという知見に 沿うものであった。さらに、食品試料の種 類や試料の保存状態を変えても、マトリッ クス効果はほぼ同程度であった。そのため、
マトリックス効果によってイオン化が抑制 されるか促進されるかは、畜水産食品の種 類よりは、動物用医薬品の種類に依存する と考えていた。しかし、近畿地区 6 地研と の共同試験から、共通マトリックス溶液を 異なる分析条件で測定した結果、同じ医薬 品でもイオン化の抑制と促進、どちらも観 察された。さらに、同一食品試料から独自 に調製したマトリックス溶液でも医薬品の 受けるマトリックス効果の傾向は共通マト リックスと同様だったことから、畜水産食 品中の動物用医薬品分析時のマトリックス 効果は医薬品の種類のみではなく、液体ク ロマトグラフのグラジエント条件や質量分 析計の各種パラメーターなどの分析条件も 原因となることが示唆された。
複数の協力機関において共通マトリック スより独自に調製したマトリックスでマト リックス効果の改善が見られたが、いずれ の機関も前処理時に脱水剤を使用していた。
また、独自に調製したマトリックスの方が より強くマトリックス効果を受けた機関で は分析時の最終食品試料濃度が共通マトリ ックスと比較して 10 倍以上高かった。以上 から、畜水産食品中の動物用医薬品分析に おいて、マトリックス効果を低減するには、
前処理で可能な限り水溶性の妨害物質を排 除すること、抽出液の食品試料濃度をでき るだけ下げることが有用であることが示唆 された。ただし、この対策は比較的極性の 低い医薬品に対して限定的に有効なもので
ある。例えば、β‑ラクタム系抗生物質のよ うな高極性の医薬品の分析には、抽出溶媒 も高極性のものにする必要があることから、
高極性の医薬品を分析する際には今回とは 別の対策を講じる必要があるだろう。
最後に、本研究のような動物用医薬品の LC‑MS/MS 分析におけるマトリックス効果に ついて機関横断的に検討した例はほとんど なく、本研究で得られた知見が、今後より 精度の高い検査法の開発に寄与することを 期待する。
F. 健康危険情報 なし
G. 研究発表 1. 論文発表
1) K. Akutsu, M. Yoshimitsu, Y. Kitagawa, S. Takatori, N. Fukui, M. Osakada, S.
Yamaguchi, K. Kajimura, H. Obana, T.
Watanabe, Evaluation of matrix‑like effects in multiresidue pesticide analysis by GC/MS/MS, Journal of Separation Science, 40(6), 1293‑1300 (2017)
2. 学会発表
1) 阿久津和彦, 吉光真人, 北川陽子, 高 取聡, 福井直樹, 小阪田正和, 山口聡子, 並河幹夫, 伴創一郎, 大久保祥嗣, 中島涼, 丸山量子, 角谷直哉, 宮本伊織, 山下浩一, 西山隆之, 神藤正則, 山本直美, 髙井靖智, 樋下勝彦, 梶村計志, 尾花裕孝, 渡辺卓 穂:GC‑MS(/MS)測定における農薬由来マト リックス効果の検討 1―近畿地衛研 6 機関 における共同研究結果―:第 111 回日本食
品衛生学会学術講演会, 東京, 2016 2) 吉光真人, 阿久津和彦, 北川陽子, 高 取聡, 福井直樹, 小阪田正和, 山口聡子, 並河幹夫, 伴創一郎, 大久保祥嗣, 中島涼, 丸山量子, 角谷直哉, 宮本伊織, 山下浩一, 西山隆之, 神藤正則, 山本直美, 髙井靖智, 樋下勝彦, 梶村計志, 尾花裕孝, 渡辺卓 穂:GC‑MS(/MS)測定における農薬由来マト リックス効果の検討 2 ―近畿地衛研 6 機関 における共同研究結果―:第 111 回日本食 品衛生学会学術講演会, 東京, 2016 3) 阿久津 和彦, 吉光 真人, 北川 陽子, 高取 聡, 福井 直樹, 小阪田 正和, 山口 聡子, 梶村 計志, 尾花 裕孝:GC‑MS/MS 測 定における農薬由来マトリックス効果の検 討―アナライトプロテクタント添加法の有 効性―:第 53 回全国衛生化学技術協議会年 会, 青森, 2016
4) 吉光 真人, 阿久津 和彦, 北川 陽子, 高取 聡,福井 直樹,小阪田 正和, 山口 聡 子,梶村 計志, 尾花 裕孝:GC‑MS/MS 測定 における農薬由来マトリックス効果の検討
―食品マトリックス存在下における挙動と 制御―:第 53 回全国衛生化学技術協議会年 会, 青森, 2016
H. 知的所有権の取得状況 1. 特許取得
なし
2. 実用新案登録 なし
3. その他 なし
表1. 本研究で使用した混合標準溶液に含まれる動物用医薬品一覧
LC Mix1 大阪府の条件下に
おける保持時間(min) LC Mix2 大阪府の条件下に おける保持時間(min)
スルファグアニジン ― シプロフロキサシン ―
スルファニルアミド ― ダノフロキサシン 9.37
スルファセタミド ― エンロフロキサシン ―
スルフィソミジン ― フルメキン 13.93
スルファジアジン 3.16 マルボフロキサシン 7.73
スルファチアゾール 3.82 ミロキサシン ―
スルファピリジン 4.59 ノルフロキサシン ―
スルファメラジン 5.53 オフロキサシン 8.52
スルフィソゾールナトリウム 5.51 オルビフロキサシン 9.74
スルファジミジン 8.33 オキソリニック酸 11.9
スルファモノメトキシン 9.26 ピロミド酸 ―
スルファメトキシピリダジン 8.55 サラフロキサシン 9.98
スルファクロルピリダジン 8.89 ジフロキサシン 9.78
スルファメトキサゾール 9.17 ナリジクス酸 13.62
スルファドキシン 9.98
スルファトロキサゾール 9.49 スルファエトキシピリダジン 10.83
スルフィソキサゾール ―
スルファベンザミド 10.33
スルファジメトキシン 11.58 スルファキノキサリン 11.96 スルファブロモメタジン 13.85
スルファニトラン ―
トリメトプリム 7.86
ジアベリジン 6.55
オルメトプリム 8.84
ピリメタミン 11.68
※数値の記入がない薬剤は大阪府の分析条件では良好な選択性を得られなかったもの
表2. 事前検討における分析シーケンス(例)
試験液濃度 注入量 注入絶対量
(ppb)
(µL)(pg)
0810std1 1 5.0 5
0810std2 5 5.0 25
0810std3 10 5.0 50
0810std4 20 5.0 100
0810std4̲1 20 0.1 2
0810std4̲2 20 0.5 10
0810std4̲3 20 2.0 40
0810std4̲4 20 5.0 100
0810std4̲5 20 7.5 150
0810std4̲6 20 10.0 200
0810Matrixstd1 1 5.0 5
0810Matrixstd2 5 5.0 25
0810Matrixstd3 10 5.0 50
0810Matrixstd4 20 5.0 100
0810Matrixstd4̲1 20 0.1 2
0810Matrixstd4̲2 20 0.5 10 0810Matrixstd4̲3 20 2.0 40 0810Matrixstd4̲4 20 5.0 100 0810Matrixstd4̲5 20 7.5 150 0810Matrixstd4̲6 20 10.0 200
マトリックス検量線 注入量一定
マトリックス検量線 注入濃度一定 試料名
溶媒検量線 注入量一定
溶媒検量線
注入濃度一定
表3. 大阪府の提示したサルファ剤測定マストランジション例
化合物 m/z
スルファジアジン 251 > 156
スルファチアゾール 256 > 156
スルファピリジン 250 > 156
スルファメラジン 265 > 92
スルフィソゾールナトリウム 240 > 156
スルファジミジン 279 > 186
スルファモノメトキシン 281 > 156 スルファメトキシピリダジン 281 > 92 スルファクロロピリダジン 285 > 156 スルファメトキサゾール 254 > 156
スルファドキシン 311 > 156
スルファトロキサゾール 268 > 92 スルファエトキシピリダジン 295 > 156
スルファベンザミド 277 > 156
スルファジメトキシン 311 > 156
スルファキノキサリン 301 > 156
スルファブロモメタジン 357 > 92
メーカー機種名イオン化法測定法メーカーカラム名カラム温度 (℃) 2mMギ酸水溶液 2mMギ酸アセトニトリル 0.05%ギ酸水溶液 0.05%ギ酸メタノール 0.1%ギ酸水溶液 アセトニトリル 5%アセトニトリル含有0.1%ギ酸水溶液 アセトニトリル 0.1%ギ酸水溶液 0.1%ギ酸メタノール 0.05%ギ酸水溶液 0.05%ギ酸アセトニトリル 0.1%ギ酸水溶液 0.1%ギ酸メタノール
測定時間 (min)分析カラム 大阪府WatersXevo TQ-SESI+MRMWatersCORTECS UPLC C1850
LC/MS/MS 機関名移動層流速 (mL/min) 0.227
6430 6460
ESI+ ESI+ ESI+ ESI+
Quantum Discovery MAX LCMS-8030 ESI+ ESI+
Xevo TQ API4500Qtrap E F
Waters Thermo 島津 ABsciex Agilent Agilent
D
A B C
Waters シグマアルドリッチ Waters 化学物質評価機構 資生堂
島津 MRM
MRM MRM MRM MRM
MRM
0.4 0.2〜0.4 0.3
ACQUITY UPLC BEH C18 Ascentis Express C18 Shim-pack HR-ODS Xbridge C18 L-column ODS
40 40 40 40 40 CAPCELL CORE ADME28.540
0.2 0.2 0.2
22 25 40 30 29
表4 協同試験における分析機器の条件
表5 共通マトリックス溶液の安定性
1週間後 2週間後 4週間後
スルファジアジン
98.3 100.4 100.6
スルファチアゾール
97.5 100.3 99.8
スルファピリジン
97.4 101.2 99.3
スルファメラジン
99.4 101.9 99.8
スルフィソゾール
97.8 101.7 101.0
スルファジミジン
99.9 101.9 100.5
スルファメトキシピリダジン
98.3 100.4 101.5
スルファクロルピリダジン
99.1 100.7 102.4
スルファメトキサゾール
99.9 103.1 103.3
スルファモノメトキシン
98.2 101.4 99.1
スルファトロキサゾール
100.6 102.9 100.9
スルファドキシン
98.5 101.6 96.8
スルファベンザミド
99.9 101.1 100.8
スルファエトキシピリダジン
99.1 99.9 98.7
スルファジメトキシン
98.4 101.1 99.4
スルファキノキサリン
99.7 100.6 97.3
スルファブロモメタジン
100.0 96.0 100.7
保存マトリックスの傾き/
再調製マトリックスの傾き(%)
サルファ剤ABCDEF大阪府 スルファグアニジン○○ スルファニルアミド スルファセトアミド○○○○○ スルフィソミジン○○○ スルファジアジン○○○○○○ スルファチアゾール○○○○○○ スルファピリジン○○○○○○○ スルファメラジン○○○○○○○ スルフィソゾールナトリウム○○○○○ スルファジミジン○○○○○○○ スルファモノメトキシン○○○○○○○ スルファメトキシピリダジン○○○○○○○ スルファクロロピリダジン○○○○○○○ スルファメトキサゾール○○○○○○○ スルファドキシン○○○○○○ スルファトロキサゾール○○ スルファエトキシピリダジン○○○ スルフィソキサゾール○○ スルファベンザミド○○○○○○ スルファジメトキシン○○○○○○○ スルファキノキサリン○○○○○○○ スルファブロモメタジン○○○ スルファニトラン○○○○ ※網掛け部は7機関で共通して測定できたサルファ剤
表6 各機関が測定したサルファ剤一覧