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(1)

脛骨開放骨折後に脂肪塞栓症候群を合併したが,

治療しえた小児の 1 例

昭和大学医学部麻酔科学講座

奥 和 典  藤田 詠子  高井 綾子

小幡 輝之  金田 有里  大 村 梓

善山 栄俊  稲村 ルヰ  吉江 和佳

要約:14 歳の男児が右側脛骨開放骨折後に脂肪塞栓症候群を発症したので,その経過を報告 する.右脛骨開放骨折に対して全身麻酔下に洗浄と徒手整復が行われた.麻酔終了後 2 時間に 発熱と軽度の意識障害を認め,急激に呼吸状態が悪化した.意識障害と両側肺野の線状陰影を 認め,電撃型脂肪塞栓症と診断し,人工呼吸管理を含む集中治療を施行して治癒し得た.小児 例における脂肪塞栓症の発症は稀とされているが外傷後の意識障害,低酸素血漿を認めた際に は脂肪塞栓症候群の鑑別も必要であると思われる.

キーワード:脂肪塞栓症候群,低酸素血症

 脂肪塞栓症候群は骨折後に発生する事が知られて おり,長管骨単独骨折の 0.5 〜 3.0%,両側大腿骨 折には 33%発症し,死亡率は 5 〜 15%と言われて いる1,2)

 骨折により発生する非乳化の脂肪滴が各臓器にお いて塞栓を起こし,呼吸器症状,点状出血,神経症 状など様々な臨床症状を示す3).一方,小児におい ては骨髄成分が成人と異なるため成人と比較して発 症率は 1/100 と言われている4)

 14 歳の男児が右側脛骨開放骨折後に電撃型脂肪 塞栓症候群を発症したので,その経過を報告する.

症 例

 14 歳の男児.身長 175 cm,体重 55 kg.家族歴 に特記すべき事はない.既往歴として 12 歳時に正 中頸嚢胞の摘出術を受け,13 歳時には自然気胸に 対して根治術を受けた.

 公園で転倒し,右下腿を強打したため当院を受診 し,右脛骨開放骨折と診断された.受傷後 4 時間に 全身麻酔下に洗浄と徒手整復が予定された.受傷前 1 時間に飲水していため,麻酔は迅速導入とした.

酸素 6 L/分投与下にプロポフォール 140 mg,レミ フェンタニル 0.3

μ

g/kg/min,スキサメトニウム 70 mg,臭化ロクロニウム 30 mg で麻酔を導入し,

内径 7.5 mm の気管チューブを挿管した.維持はセ ボフルレン,レミフェンタニルで行った.手術時間 は 55 分で,さしたる問題もなく終了した.覚醒も 問題はなく,全身麻酔は 2 時間 15 分で終了した.

 麻酔終了後 2 時間に発熱と軽度の意識障害を認 め,急激に呼吸状態が悪化した.胸部 X 線上に両 側肺野の線状陰影が出現し(Fig. 1),胸部 CT(Fig. 

2)では両側の肺底部に透過性の低下を認めた.臨 床症状と画像所見,また鶴田らの診断基準5)(Table  1)の大基準の 2 項目を満たしたため,電撃型脂肪 塞栓症候群又は肺血栓塞栓症の発症を考慮した.

 リザーバーマスクを用いて酸素を 10 L/分で投与 したが,pH 7.356,PaCO2 46 mmHg,PaO2 53 mmHg,

HCO3− 25 mEq/L と低酸素血症を呈したため気管 挿管を行い,人工呼吸管理を施行した.第 2 病日 に両側の胸水貯留を認めたため,右側胸腔ドレー ンを留置した.その後体位変換を施行後に血圧の 低下を認めたため,循環管理目的に肺動脈カテー テル PICCOTM(Pulsion Medical System, Munich,

Germany)を肺動脈まで挿入した.また,エピネフ リン 0.04

μ

g/kg/min,ノルエピネフリン 0.01

μ

g/

kg/min,ニトログリセリン 0.75

μg/kg/min などの

投与を開始し,血圧の上昇を認めバイタルは安定し た.

症例報告

(2)

 第 3 病日に造影 CT を施行し,脂肪塞栓症候群と 診断した.全身状態は改善したため循環作動薬を暫 減し,第 4 病日には投与を中止した.又第 5 病日に は呼吸状態が改善したため抜管し,一般病棟での管 理が可能となった.第 12 病日には胸部 X 線上(Fig. 

3),両側肺野の線状陰影の消失を認め改善した.第 18 病日の胸部 CT(Fig. 4)には異常な陰影はなく,

第 19 病日に退院した.

考 察

 脂肪塞栓症候群(fat embolism symdrome: FES)

は 1873 年 Von Bergmann6)により最初に報告され ているが,未だにその病態の解明には至っていな い.骨折後に発症する重篤な合併症として知られて おり,中枢神経症状,呼吸器症状,皮膚・眼瞼結膜

Fig. 1 Chest roentgenogram 10 hr after the  injury CTR 57.1%

Fig. 2

a, b:10 hr after the injury chest CT

a b

Table 1 Diagnostic criteria of fat embolism

5)

大基準 1.点状出血(網膜変化を含む)

2.呼吸器症状および胸部 X 線所見

びまん性両側性浸潤陰影,snow storm pattern を含む 3.頭部外傷と無関係の脳・神経症状

中基準 1.低酸素血症 PaO

2

< 70 mmHg 2.Hb 値低下< 10 g/dl

小基準 1.頻脈 2.発熱 3.尿中脂肪滴 4.血小板減少 5.赤沈亢進 6.血清リパーゼ値上昇 7.血中脂肪滴 判定 大基準 2 項目以上,または大基準 1 項目+中小基準 4 項目以上で臨床診断

大基準 0 項目では中基準 1 項目+小基準 4 項目で疑診

(3)

の点状出血を 3 主徴とする6).脂肪塞栓症候群の発 生機序については以下の諸説がある.骨折により損 傷した骨髄中の脂肪摘が破綻静脈内に入り,肺の微 小血管内に塞栓する.中枢神経系の障害は,肺脂肪 塞栓により右房圧が上昇し,遺残した卵円孔が開き 右左シャントが生じる.脂肪滴が動脈側に流入し,

中枢神経を栄養する血管にも塞栓を生じる3‑6).肺病 変と同様の機序で症状を呈すると考えられている.

 また,塞栓化した脂肪滴が加水分解されて遊離脂 肪酸が生成され,血管内皮や肺サーファクタントを

直接障害し,肺病変が生じると考えられている3,4,7,8).  いずれも仮説であり単独で病態を説明する事は難 しく,これらの機序が重なり合って多彩な臨床像を 形成すると言われている3,4,7,8)

 小児における脂肪塞栓症候群の報告は少ない9). 小児の骨髄には融点が 63 度のパルミチン酸と 69 度 のステアリン酸が多く含有される.一方,成人には 融点が 16 度であるオレイン酸が多く含有されてい る.従って,小児では脂肪が液化しにくく,脂肪塞 栓の発生率が低いと考えられる9)

 本症例の診断は鶴田らの臨床診断基準を用いた5). 呼吸器症状,頭部外傷と関連しない脳・神経症状の 大基準 2 項目を満たしたため脂肪塞栓症候群を考慮 した.脳・神経症状に関しては,低酸素血症の発生 が麻酔終了後 2 時間であり,意識障害の判定が困難 であった.一般的に小児においては精神状態の把握 が困難になる場合が多く,診断に至っていない例が 多いと考えられる9)

 確定診断に関しては尿や喀痰などの体液から脂肪 を証明することも有用であると考えられている10). しかし,脂肪塞栓症候群患者で尿中に脂肪滴が検出 されるのは約半数例と言われている10).本症例にお いても尿中脂肪滴の検索を施行したが検出されな かった.

 脂肪塞栓症候群に対しては確立した治療法はな い.そのため呼吸循環管理などの対処療法が主体で

Fig. 3 12 days after injury CTR 46.6%

Fig. 4

a, b:18 days after injury

a b

(4)

あるが,副腎皮質ステロイド薬の投与が有効との報

告が多い11‑13).その機序としては副腎皮質ステロイ

ド薬は脂肪塞栓の肺毛細血管塞栓により生じる浮腫 を改善する事が考えられている.また細胞障害を阻 止し,栓子の融解による局所の炎症を阻止すること により肺血流を改善させると考えられている11‑13). 本症例では脛骨解放骨折術後であったため,副腎皮 質ステロイド薬による感染を危惧し,使用しなかっ た.

 ヘパリンはリパーゼの活性化を促進し,遊離脂 肪酸を発生させるため病態を悪化させると言われて

いる9,10).その上,外傷患者には出血のリスクもあ

り,治療効果について否定的な報告も見られ9,10), 本症例では使用しなかった.

 今回,われわれは小児において下腿開放骨折後に 電撃型脂肪塞栓症候群を発症した症例を経験し,人 工呼吸を含む集中治療により治癒し得た.

 外傷後に脂肪塞栓症候群の発生例は少ないと言わ れているが,14 歳児例においてを発症し,人工呼 吸を含む集中治療により治癒し得た.

1) 東本有司,福田寛二.脂肪塞栓症.呼吸.2009; 

28:399‑405.

2) 佐藤 崇,副島研造,中山荘平,ほか.肺腺癌 骨転移による大腿骨病的骨折に伴って発症した 脂 肪 塞 栓 症 候 群 の 1 例. 日 呼 吸 会 誌.2010; 

48:765‑768.

3) 坂井健介,白濱正博,八木雅春,ほか.脂肪塞栓

症候群の検討 SIRS との関連性.骨折.2005; 

27:117‑120.

4) Ten Duis HJ. The fat embolism syndrome. 

. 1997;28:77‑85.

5) 鶴田登代志.脂肪塞栓症候群 病態生理から診 断,治療まで.臨麻.1986;10:1357‑1363.

6) 新藤正輝,田中啓司,相馬一亥,ほか.脂肪塞 栓症候群の骨折に対する治療時期と方法.骨 折.1999;21:626‑629.

7) 新藤正輝.脂肪塞栓症候群における骨折治療.

救急医.2009;33:891‑894.

8) 大成一誓,津山 健,毛利良彦.多発骨折に 伴った電撃型脂肪塞栓症候群の 1 例.中部整災 誌.2008;51:287‑288.

9) 吉田和夫,佐藤守弘,茂木実香,ほか.大腿骨 骨折後に脂肪塞栓症候群を合併した 1 小児例.

小児臨.1993;46:2687‑2690.

10) 浦野哲哉,近藤祐介.肺循環の異常 肺塞栓 症 脂肪塞栓症候群.呼吸器症候群その他の呼 吸器疾患を含めて 2.第 2 版.大阪: 日本臨牀 社; 2009. pp317‑320(別冊日本臨牀社 新領域 別症候群シリーズ; 9).

11) 中田麻子,早川峰司,和田剛志,ほか.鈍的大 動脈損傷に対する胸部下行大動脈置換中に発症 した脂肪塞栓症候群の 1 例.日救急医会誌.

2010;21:42‑49.

12) 柴田和彦,高橋美文,魚谷浩平,ほか.抗凝固 療法中に発症した骨折による肺脂肪塞栓症の 1 例.呼吸.1991;10:582‑588.

13) 加地省三,山崎柳一,寒川晃顕,ほか.メチル

プレドニゾロンとウリナスタチンの併用療法に

より短期間で呼吸不全が改善した脂肪塞栓症候

群の 1 例.麻と蘇生.1998;34:219‑223.

(5)

CASE OF PULMONARY FAT EMBOLISM AFTER   AN OPEN TIBIA FRACTURE IN A CHILD

Kazunori O

KU

, Eiko F

UJITA

, Ayako T

AKAI

,   Teruyuki O

BATA

, Yuri K

ANEDA

, Azusa O

MURA

,   Sakatoshi Y

OSHIYAMA

, Rui I

NAMURA

 and Kazuka Y

OSHIE

Department of Anesthesiology, Showa University School of Medicine

 Abstract    A 14-year-old boy who developed fat embolism after an open fracture at the right tibia.  

Irrigation and closed reduction was performed under general anesthesia for the open fracture of the right  tibia.  Two hours after the end of anesthesia administration, the respiratory condition of the patient dete- riorated rapidly with development of mild fever and impaired consciousness.  Under a diagnosis of fat  embolism, the patient underwent intensive care, including mechanical ventilation.  The incidence of fat  embolism in children is rare.  When disturbance of consciousness is encountered in patients after a frac- ture, it is critical to differentiate hypoxemia from fat embolism syndrome.

Key words:  fat embolism syndrome, hypoxemia

〔受付:10 月 23 日,2012,受理:1 月 16 日,2013〕

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