私が決めた原則 いつとはなしに私の中で「メディアとの付き合 い方」に関して幾つか〝原則〟が出来上がった。 一、 NHK であろうとどこであろうと、地上波 デジタルテレビのニュース番組は1日に1回以上 は見ない。例えば NHK の午後₇時のニュースを 見て、また₉時のニュースを見るようなことは絶 対しない。朝の長いニュースを見たいときは午前 ₆、₇、₈時台に各 ₅₀分間ある NHKBS のワー ルド・ニュースを見る。夜は見るとしたら午後 ₁₀ 時からの BS 「国際報道」だ。 二、それ以外に時々思い付いてニュースをチェ ックする場合は NHK の BS 1が毎時 ₅₀分から ₁₀ 分間送出している「 BS ニュース」で十分だと思 う。後の報道番組は基本的には幾つかのタイトル の 「 特 集」 ( 例 え ば B S 朝 日 の 「 い ま 世 界 は」 や NHK 特集等々)しか見ない。 三、ネットのニュースは「いつ」とは限らず時 間が空いたときにメールやラインを含めて SNS と一緒にチェックするが、いつもネットニュース を読む順番は「自分がよく知らないニュース・文 章」からで、既に知っているニュースに関しては 新事実だけを手早く追う。 四、文章や映像のニュースにとらわれる時間は なるべく少なくし、街を歩き、人に会い、話をし て今実際に何が起きているか、街の人たちの考え 方や気分に直接触れ、₃₆₀度の視覚・聴覚・臭 覚を働かせて世界を見る。なるべく国内も海外も 自分で移動して体感する。 なぜ自然に私にとっての〝漠とした原則〟が決 まったのか。それは今の日本、というより世界が 明らかに「情報の供給過剰状態」にあって、それ
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2016
発 行 所 公益財団法人 新 聞 通 信 調 査 会 電話 03(3593)1081 http://www.chosakai.gr.jp/ 毎月 1 回 1 日発行 1963年 1 月 1 日 新聞通信調査会報 として発刊目
次
(₆月号) 「情報の強者」になるための実践方法 ・・・ 伊藤 洋一… 1 ︻メディア談話室︼ 異例ずくめの「パナマ文書」報道 ・・・ 井芹 浩文… 6 憲法問題とメディア ・・・・・・・・・・・ 西田 亮介… 8 難民危機でドイツ政治に地殻変動 ・・・ 中田 協… 13 ︻プレスウオッチング︼ 「何が問題?」 「どこに責任?」問うべきだ ・・・ 小池 新… 16 ベトナム、共産党1党支配終焉、近い可能性も ・・・ 高橋 伸二… 18 ︻海外情報︿欧州﹀ ︼ 英政府が BBC の将来図描く白書発表 ・・・ 小林 恭子… 26 ︻放送時評︼ スマホ向け放送の NOTT V が₆月末で終了 ・・・ 音 好宏… 28 ︻海外情報︿中国﹀ ︼ 若者の死めぐる報道に大きな反響 ・・・ 西 茹… 30 日記で読む昭和史( ₆₀) ・・・・・・・ 国分 俊英… 32 ︻海外情報︿米国﹀ ︼ 大統領選挙で転換点にきたメディア ・・・ 津山 恵子… 34 特派員リレー報告�北京 ・・・・・・ 松岡 誠… 36 書評﹃崩壊 朝日新聞﹄ ・・・・・・・ 八牧 浩行… 39 調査会だより、編集後記 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40﹁情報の強者﹂になるための実践方法
ネット頼みでは弱者のまま
信頼される新聞・通信、先を見た戦略を
伊
藤
洋
一
(三井住友トラスト基礎研究所研究主幹、時事通信社 OB ) 情報処理とメディアに巻き込まれたくないからだ。誰も皆そうだが、 与えられている時間は限られていて、かつ短い。 同じような文章、同じような映像がこれでもか と流れている。もし間違って例えば朝の時間に同 じ局のニュース番組を二つも見てしまうと、同じ 放送原稿、同じ映像を見せられて強烈な「デジャ ブ(既視感) 」にとらわれる。 「時間を無駄にして いる」と思う。それはニュースを出す方の局が、 時間帯で見る側の入れ替わりを考慮して同じニュ ースを流す必要性を感じているからだし、毎回作 り替えていてはコストが掛かり過ぎるためだ。 作る側にそうした事情があるのだから、見る側 は 当 然 そ れ を 覚 悟 す る か 回 避 し な け れ ば な ら な い。家にいて特に何をするでもなければ、一冊本 でも読んだ方がよ ほ ど楽しい。熊本の地震など大 きなニュースがあるときには、適時 BS ニュース をチェックするというわけだ。決まった ₁₀分間に 必要な項目のニュースは伝えてくれるし、毎年繰 り返されるような日本全国各地のお祭りのニュー スも少ない。何かをしながらニュースを得たいの なら、テレビよりもラジオの方がよ ほ ど役立つ。 車の中ではこのパターンだ。 実はネットも膨大な同じ文章、同じ映像の繰り 返しをしている。同じ記事が新聞社のサイトをは じめとして、その後いろいろ切り貼りされて二次 サイト、三次サイト、そして個人のサイトでの引 用とつながる。ネットの世界では既存のメディア の地位が下がったように言われるし、それは確か だ。しかし依然として「信頼に足る情報」を発信 できるのは記者を抱え、熟練した編集者がいて、 責 任 を 持 っ て 情 報 を 発 信 し て い る 既 存 メ デ ィ ア だ。大体が日本のテレビの朝のニュース番組は ほ とんど新聞依存で出来上がっている。 それでもネット故に情報量が格段に増えたこと は 確 か で 、 そ れ は 誰 に と っ て も 良 い こ と だ と 思 う 。 選 択 肢 が 増 え る か ら だ 。 だ か ら 「 パ ナ マ 文 書」と検索すると一切の結果が表示されない国の 話 を 聞 く と 、「 こ れ だ け の 数 の 、 い ろ い ろ な ソ ー ス の メ デ ィ ア を 抱 え て い る 国 に 生 ま れ て 良 か っ た」 と 思 う 。 そ の 一 方 で 、 私 は 受 け 手 と し て も 「 な る べ く メ デ ィ ア か ら 離 れ る」 を 基 本 方 針 と し て い る 。 そ れ は 結 局 の と こ ろ メ デ ィ ア の 情 報 は 「 切 り 取 り 情 報」 だ か ら だ 。 場 面 と 時 間 と 角 度 を 持 た せ て 切 り 取 る 動 画 、 そ の 場 の 瞬 間 を 写 す 写 真、視点(ある意味角度だ)を入れなければ書け ない記事など。つまりわれわれが接するメディア には「切り取り情報」があふれている。それを全 部つなぎ合わせれば₃₆₀度の豊かなものになる かと言えば、それは違う。つなぎ目が合わないか ら「全体像」にはなかなかならない。 取り入れながらも離れる とすると各種メディアの情報とわれわれの間に は 、「 頼 り に し な け れ ば な ら な い が 、 そ れ か ら 離 れ な け れ ば な ら な い」 「 そ れ は 捨 て な け れ ば な ら ない」というやや相矛盾した関係が出来上がる。 「 最 初 か ら 接 し な け れ ば 良 い」 と い う 意 見 に は 賛 成できない。取り入れてそしゃくした後で捨てる のが良いと思う。 ではどこに向かって離れるのか。それは「自分 の目、耳、そして鼻、感触」だ。それらを大切に し、それらを通じてやっとその人にとっての「全 体像としての世界」が出来上がる気がする。なぜ なら現実そのものが信じられないくらいのスピー ドで変化しているからだ。映像を見て変化を感じ ても実感が伴わない。自分の目で見て、臭いを嗅 いで、そして人々と話をしてやっと自分の中でこ なれた情報となる。メディアの情報(映像、ニュ ース原稿)は決して臭いを伝えてはくれない。や はり中国の大気汚染を知りたいなら、北京や上海 の街角で PM ₂・₅の濃度が高い時に臭いを嗅ぐ のが一番だ。それでやっと中国の大都市の市民の 感 覚 に な れ る 。 焦 げ 臭 い よ う な 、 実 に 嫌 な 臭 い だ。 「ここに長くいてはいけない」とすぐに悟る。 それが何を意味するかと言えば、情報を五感で 補完する、また自分の五感を情報で補完する必要 性だ。どちらが自分にとっての主になっているか は人によって、そしてその人の感じ方によって違 う 。 し か し あ る 程 度 相 互 補 完 的 に し て お か な い と、事実を見る目が偏ると思う。 筆 者 は 最 近 新 潮 社 か ら 「 情 報 の 強 者」 ( 新 書 、 ₂₀1₆年₂月発売)という本を出した。 「強者」 というところは誤解しないでいただきたい。今の 私 が そ う だ と 言 う こ と で は な く 、「 そ う な り た い が な れ て い な い 。 で も 〝 弱 者〟 に は な り た く な い。だから格闘している」という本だ。情報がこ れでもかと押し寄せてくる今という時代。どう対 処するのか、そこからどうインテリジェンスを生 み出すのか。どう世界を理解するのか。今に生き るわれわれは、誰もがこの問題に直面している。
そしてどなたも「自分の方法」というのがある と思う。方法はあるがそれが効率的かどうかは不 明。私もいつも「もっと良い方法はないのか」と 思っている。多分私のような書き物をしたり、テ レビ、ラジオで発言したりしている人間は、そう でない方々とはちょっと違うのかもしれない。し かし違っても参考になるかもしれないと思って書 いたのが今回の本だ。最初に紹介した私のメディ アとの付き合い方もその一つだ。 情報のループを作る 私 が こ の 本 で 一 番 強 調 し た か っ た こ と は 「 情 報 の ルー プ を 作 る 」 と い う 点 だ 。 ルー プ と は 「 輪 っ か 」 の こ と で 、 意 味 合 い は 「 思 考 の 輪 」。 つ ま り 「 情 報 」 は 自 分 の 中 で 「 思 考 の 輪 」 を 作 り 出 し て 初 め て 価 値 あ る も の と な る と い う の が 私 の 考 え 方 だ 。 さまざまな形で、さまざまな場所で情報をゲッ トする。ネットにはあふれている。知ってただ楽 しいというのもありだが、それでは泡のようなも のである。一方で情報について「掘り下げなけれ ば意味がない」と思っている人がいる。無論「情 報を掘り下げる」ことは重要だ。私はその考え方 は必ずしも間違いではないと思うが、ある情報を もっと価値あるものにするには、さらに大事なこ とがある。 それはその情報をいろいろな他の情報とリンク 付けする力を持つこと、もっと言えば情報のルー プ(輪っか)を作る力を持つことだ。リンク付け し、ループにして初めてその情報の価値、影響力 が出てくる。私はこれを「情報のループ力」と呼 んでいる。例えば私がテレビ、ラジオでしゃべる にせよ、さまざまなサイトに掲載される文章を書 くにせよ、一つの情報を知っている、その情報を 別の事象と関連付けて、その情報の持つ意味合い を広く解説し、今後の展望を予想してみることが さらに求められる。それを視聴者、読者に分かり や す い 言 葉 で 伝 え る わ け だ 。 あ く ま で 重 要 な の は、事件の広がりや今後の展望など。つまり情報 をループにつなげる力が勝負になる。 日本には「何々の専門家」という人は多い。○ ○大学の教授とか。今のテレビには専門家がいっ ぱいだが、私が彼らに不満なのは自分の領域の話 しかしないことだ。現実には世界の事象はつなが って動いている。パナマの弁護士事務所で作成さ れた文書が世界を揺さぶるようなものだ。科学が 世界を動かし、それが社会の新しい形を作る。人 工 知 能 ( A I ) は 棋 士 に 恥 を か か せ る だ け で な く、今にコンサルタントの仕事もこなすようにな るだろう。それは今後の雇用問題につながる。世 界 は 実 は 全 部 つ な が っ て い る の だ 。「 専 門 家」 の 話を聞いて「だから何なの」と最近思うのは、彼 ら の 話 に 「 ル ー プ」 ( 思 考 の 輪) が 感 じ ら れ な い からだ。 重要なのは、ニュースや情報の持つ意味合いを どうやって見つけ、判断し、自分が行っているさ まざまな活動の中で生かすかという問題だ。それ は誰にとっても、つまりどんな職業に就いている 人にも今後重要になると思う。これはビジネスマ ンにとっても、学生の方にとっても男性にとって も女性にとっても重要なことだと思う。私のよう な仕事をしている人間にとっては非常に重要なこ とだ。 ある一つのニュースから意味をつなげてループ を作り出すにはどうしたらいいか。私が行ってい る方法は幾つかある。 「小さな動きを追う」 「陳腐 化と戦う」 「仮説を立てる」等だ。 「小さな動きを 追う」に関して言うと、それは心して「小さなニ ュ ー ス 、 小 さ な 情 報 を 見 逃 さ な い」 と い う こ と だ。小さいニュース ほ ど、実は世の中で始まった 新しい動きを拾っているケースが多い。なぜそう な る か と い う と 、「 小 さ い ニ ュ ー ス 、 情 報」 と い うのは、新聞社やテレビ、ラジオ局の中にあって ニュースを扱って人の頭に、最後の最後に引っ掛 かったものである。大きなニュースとして扱うに は自信がない。しかし「拾っておかねば後々問題 になりそうな感覚が残る」ものである。 彼らの勘はしばしば正しい。長年ニュースを扱 っ て い る か ら 、「 兆 し」 の よ う な も の が 見 え る こ とがある。現場をある程度知っているから言える が、ニュースを扱う人々もしばしば常識と序列の 中で生きている。記者は「これはデスクに拾って もらえるか」と考え、デスクは「整理部の連中は 何 を 考 え て い る の か」 と 考 え 、 整 理 部 の 連 中 は 「誰もが〝これは重要だ〟 」と考えるニュースに大 きな紙面と時間を与えようとする。そこで働くの は案外常識だ。 し か し 現 場 を 担 当 して い る 記 者 は 一 方 で 、 何 か 新 し い こ と は な い か と 常 に 見 て い る 。 彼 ら の 「 新 し い 目 」「 (次 は 何 が ニ ュ ースに な る か と い う 目 で 追 っ た ) 兆 し に 対 す る 感 度 」 が 一 番 出 て く る の は 、
実 は 小 さ い ニ ュ ー ス なの で あ る 。 だ か ら 繰 り 返 さ れ る 過 去 に 何 回 も 聞いた ニ ュ ー スは 「 これ はデ ジ ャ ブ だ 」 と 捨 て て も 良 い 。 そ う で は な く て 小 さ い 、 し か し 「 兆 し 」を 示 す ニ ュ ー ス に 関 心 を 寄 せ 、 そ れ を 頭 の中で温 め る 方 が 必 要 なこ と の よ う に 思 え る 。 温 めて い る と 、 そ れ ら が 同 じ く 小 さ い ニ ュ ー ス や 、 時 に は 大 き な ニ ュ ー ス と つ な が っ て く る 。 だから私は、例えば新聞の各紙面を読むときで も、大きなニュース(大部分が既にネットサイト で取り上げられている)にはちらりと目をやって 「 新 し い 事 実」 を 見 つ け る だ け だ が 、 小 さ い ニ ュ ース、具体的には新聞では1段くらいの小さい情 報 に ほ ど 関 心 を 寄 せ る 。「 多 分 、 ニ ュ ー ス の 目 利 きたちの最後の〝これは捨てられない〟という感 覚に当たった奴なんだろうな、と思いながら。 小さいニュースが面白いのは、実は長くて起承 転結まである記事と違って、事細かく「このニュ ースにはどこに価値があるか」ということが説明 されていない点だ。そこまで書く必要がないから 小さいニュースにとどまっているのだ。しかし一 方 で 目 利 き か ら 見 て 「 捨 て ら れ な い ニ ュ ー ス」 。 とどうなるかというと、読者に対し「価値は分か っているよね」という書き方、短さになる。これ は結構読む側としては面白い。自分の頭にあるニ ュースとどういう関連があるのか、新聞社は多分 こういう意図でこのニュースを短く載せたのだろ う、実は別のニュースとの関連が深いのではない か 、 と 自 由 に 想 像 力 ・ 推 察 を 巡 ら す こ と が で き る。小さいニュースの醍 だい 醐 ご 味 み だ。 次 は 「 陳 腐 化 と 戦 う」 こ と だ 。「 ニ ュ ー ス は 陳 腐化する」というと「そんなことはないだろう」 と言われる方も多いと思う。そもそも英語の「 N E W S 」とは、 「 NE W 」(新しい)から派生した 言 葉 だ と い わ れ て い る 。 複 数 形 だ か ら 、「 新 し い も の の 集 合」 と い っ た 意 味 だ 。「 N E W S 」 に つ い て は 、 東 西 南 北 の あ ら ゆ る 方 向 か ら 来 る の で 「 N or th Eas t W est S ou th 」 の 頭 文 字 を 合 わ せ た も のとの見方もあるようだが、これは一種の都市伝 説 の よ う な も の だ 。 フ ラ ン ス 語 で も ド イ ツ 語 で も 、 そ れ ぞ れ 「 N E W S 」 を 表 す 単 語 は 、「 新 し い」を意味する単語から派生している。語源由来 辞 典 な ど ま と も な 語 源 辞 典 に も 、「 N E W S 」 の 語源は「 NE W 」というのが定説だ。 つ ま り 、「 N E W S 」 は 新 し く な け れ ば い け な い、新しいからこそ「ニュース」というわけだ。 だから、 「ニュースは陳腐化する」と私が言うと、 そ れ は 「 言 葉 の 矛 盾」 だ と 思 わ れ る か も し れ な い。そもそも「陳腐化した NE W S 」とは「ニュ ース」ではないのではないか、と。しかし人間と いうものは、ニュースというものを「角度を付け て見てしまいがち」な存在だと思う。 例えば「世界の工場・中国」という数年前に念 仏 の よ う に 唱 え ら れ た 用 語 の 今 を 考 え て み る 。 「 今 で も そ う で は な い か」 と 思 っ て い る 人 は い な いだろうか。実は付帯条件なしでは今はそうは言 えないのである。中国の労働賃金は既にかなり高 くなってしまった。中国自身がそれに成功したと は言えないが「産業の高度化」を目指しており、 「 世 界 の 工 場」 と い う 言 葉 で 表 現 さ れ る 「 労 働 賃 金の安い労働集約型産業が集積する国」というイ メージでは全くなくなっているのである。 「 世 界 の 工 場 ・ 中 国」 と い う 言 葉 が 一 般 化 し た のは、実際にそれが事実だった時代が長かったか ら だ 。 そ れ に 関 連 し た ニ ュ ー ス も い っ ぱ い あ っ た。そしてそのこと、つまり「中国=低賃金国で 世界の工場に」というのが定着した。定着すると 不思議なもので、その方向のニュースばかりがメ ディアに拾われるようになる。自分が知っている 方向のニュースや情報を「快楽情報」として楽し む傾向が強いからだ。自分が知っていることがニ ュースで再確認できれば、 「そうだよな」 「自分の 今の認識は正しい」という快楽を感じることがで きるからだ。 し かし 、 時 間 の経 過 とと も にそ れ ら に あ ら が う 小 さ な ニ ュ ー ス が 少 し ず つ 出 て く る 。 例 え ば あ る 中 国 の 工 場 地 帯 で 「 賃 上 げ を め ぐ る 労 働 争 議 があ っ た 」 と い う 報 道 が あ る とし よ う。 最 初 に 受 け る 印 象 は 「 中 国 で は 労 働 者 が 余 っ て い る は ず だ が … … 」 と い う も の に な る 。 余 っ て い る の に 争 議 が あ る と い う こ と は 、「 労 働 者 が 強 気 に な る か 、 労 働 者 が そ れほ ど 怒 る 経 営 が 行 わ れ て い るか 」 のど ち ら か だ 。 そ れ は 拾 わ れ て も 小 さ い ニ ュ ー ス だ 。 そ の と き 多 く の 人 の 頭の 中 に 定 着 し て い る 「 中 国 = 低 賃 金 国 」 と い う イ メ ー ジ に 合 わ な い か ら だ 。 こ こ に こ そ 、 私 が 小 さ な ニ ュ ー ス が 重 要 と す る 秘 密 が あ る 。 一 般 に 定 着 し た イ メ ー ジ を 壊 す ニ ュ ー ス は 、 最 初 は 必 ず 「 小 さ な ニ ュ ー ス 」 と し て 現 れ る 最後に重要なのが「仮説を立てる」ということ だ 。 こ れ は あ る 意 味 「 合 理 的 な 想 像 力 の 世 界」 で、なるべく心当たりのある信ずべき報道をつな
ぎ合わせて「この問題は自分のループで関連して いるのではないか」と頭を働かす、仮説を立てる ことを意味する。なぜなら「世の中は最後全てつ ながっている」のは事実だから、思わぬところで ニュースとニュース、情報と情報が関連を持ち、 それが次に起きるかもしれないことを示唆してく れる。この作業は、ニュースを読むことより、情 報をゲットすることより実は楽しいし、一番に重 要 な こ と の よ う に 思 え る 。 そ し て 「 思 考 の ル ー プ」の中の個々の情報を常に新しく書き換える。 そしてさらに新しい情報を入れることによって、 自分の思考の輪、ループをより大きく、より独自 に、そしてより役立つものにする、それが情報の あふれている世界での、われわれの情報をめぐる 生き方、楽しみ方になると思う。 メディアの役割と責任 個 人 が 「 情 報 の供 給 過 剰 」 時 代 へ の対 処 を 強 め る 中で 、 供 給 す るサ イ ド の メ デ ィ アは ど う 対 処 す べき だ ろ う 。 一 つ明 ら か な の は 、 ネ ット で 個 人 が 簡 単に情 報 を 発 する こ と が で き る よ う な 時 代にな っ て も 、「 人 々 が 信 頼 す る 情 報 を 発 す る の は 、 多 くの記 者 と ニ ュ ー ス の目 利 き と 、 健 全 な 情 報 送 出 手 段 を 持 つ メ デ ィ ア で あ る 」と い う こ と だ と 思 う 。 わ れ わ れ は 何 か 大 き な ニ ュ ー ス 、 例 え ば 熊 本・大 分の 地 震のよ う な ことが あ る と 、 や は り テレ ビ 、 ラ ジ オ 、 新 聞 な ど に そ の 多 く の 情 報 を 依 存 す る 。 しかし筆者は逆に大きなニュースの時 ほ どその 「 繰 り 返 し」 に へ き え き す る 。 同 じ ニ ュ ー ス が 繰 り 返 さ れ る 上 に 、 ど の 局 を 見 て も 同 じ よ う な 映 像 、 記 者 の 報 告 、 同 じ よ う な 視 点 を 提 供 し て い る。だから筆者は大きな事件が起きたとき ほ どい ったんテレビを切り、時々ネットの新しい情報を 見 る く ら い で 自 分 を 「 半 情 報 遮 断 の 状 態」 に 置 く。世の中があまりにも「それ一色」になってし まって、他にもある重要なことが忘れられてしま うからだ。 私が向かうのは海外のメディアだ。いつでも海 外のテレビ、新聞などにも注意しているが、日本 が「あるニュース一色」になると、むしろ海外の メ デ ィ ア に 関 心 を よ り 多 く 払 う 努 力 を す る 。「 努 力」と書いたのは、そうは言ってもその関連のニ ュ ー ス は 身 の 回 り に 洪 水 の よ う に 押 し 寄 せ る の で、冷静に計量してみるとやはり一色ニュースが 多かったりするからだ。しかし海外のメディアは 「異なった視点」 「異なった見方」を提供してくれ る。その意味で新鮮だ。 日 本 の メ デ ィ ア は そ れ ぞ れ が そ の 役 割 を 変 え て 、 複 層 化 す べ き だ と 思 う。 ど こ にチ ャ ン ネ ルを 変 え て も 、 ど の 新 聞の紙 面 を 見て も 「 同 じよ う なこ と が 出 て く る 」時 代 は と っ く に 終 わ っ た 。 人々 の 社 会 と の つ なが り 方 は 多 様 化 し 、 視 点 も 変 わり 、 常 識 も 激 し く 変 わ る 世 界 に わ れ わ れ は 生 き て い る 。 「 テ レ ビ の 退 潮」 が い わ れ て 久 し い し 、 現 実 に 一日の中で人々がテレビを見る時間は確実に減っ ている。加えてチャンネル数の劇的な増加だ。つ まりテレビも局、番組も「供給過剰」なのだ。生 き残れるのは「特徴のある番組」だけだ。それは 視聴者にこびることであってはならないが、従来 の常識だけで番組を制作していては退出を求めら れることになる。 供給過剰はモノの世界にだけあるのではない。 「 情 報」 の 世 界 に も あ る 。 そ れ は 新 聞 も そ う だ 。 日 本 の 新 聞 の 経 営 が 悪 く な っ て も つ ぶ れ な い の は 、 日 本 の 新 聞 社 が 全 国 主 要 都 市 に 「 不 動 産」 ( ビ ル な ど) を 持 っ て い る か ら で 、 本 来 の 事 業 そ のものを見ると行き詰まっているところが多い。 その意味をしっかり理解し、新しいメディアの形 を作る必要がある。 メ デ ィ ア は 明 ら かに 受 け 手 に よ っ て 選 別 さ れる 時 代 に 入 っ た 。 メ ーカ ー が 不 祥 事 を 起 こ せ ば 、 そ の 会 社 の 製 品 が た ち ま ち 売 り 上 げ 半 減 す る 時 代 だ 。 最 近 軽 自 動 車 の 分 野 で 起 き た 。 それ は恐 ら く メ デ ィ アで も 同 じ だ ろ う。 逆 に 人 々 の 関 心 を 集 める ニ ュ ー ス や 速 報 を 続 け れ ば 、 人々 の その メ デ ィ ア に 対 す る評 価 は上 が る 。 最 近 の ある週 刊 誌 の健 闘 を 見 て も 分 か る 。 一 言 で 「 メ デ ィ ア 」 と 言 っ て も 、 数 は 実 に 増 え て い る 。 日 本 人 が も っ と 英 語 が 読 め る 、 話 せる よ う に な れ ば 国 内 で 「 メ ディ ア 」 と 呼 べ る も の は 劇 的に 増 え る 。 実 際 に 自 分 の場 合 を 考 え る と 、 B B C 、 C N N 、 N Y タ イ ム ズ 、 ウ ォー ル スト リ ー ト・ジ ャ ー ナ ルそ れ に M L B を 含 め て 英 語 で ゲ ッ ト し て い る 情 報 は 実 に 多 い 。 日 本の メ デ ィ ア は 「 英 語 か ら の 挑 戦 」 も 受 け て い る の だ 。 対して日本のメディアは「日本のニュースを海 外で売る」努力は希薄だ。このままでは日本のニ ュースを海外に輸出するのは海外のメディアばか りとなる。これは実に悲しいことだろう。視聴率 争いや部数争いばかりしておらず、日本のメディ ア に は も っ と 先 を 見 た 戦 略 を 練 っ て ほ し い も の だ 。
私 事 な が ら 筆 者 の 住 む 熊 本 地 方 が 2 度 ﹁ 震 度 7 ﹂ の 地 震 に 襲 わ れ た 。 4 月 14日 と 16日 の こ と だ 。 熊 本 人 は 1 9 5 3 年の 6 ・ 26白 川 水 害の記 憶 が 強 烈 で 、多 く の 人 が 水 害 マ イ ン ド は 共 有 し て い る が 、 地 震 へ の 心 構 え は ほ とん ど な か っ た 。 数 年 前 、 崇 城 大 学 で 講 演し た防 災 評 論 家 で 元 N H K 解 説 委 員 の 伊 藤 和 明 氏 は 、 熊 本 で 約 1 3 0 年 前 ︵ 1 8 8 9 年 ︶ に死 者 20人 を 出 した 直 下 型 地 震 が あ っ た こ と を 話 さ れ て い た が 、切 迫 感 を 持 つ に 至 ら な か っ た 。 中越地震と同じ内陸・直下型だった。ただ中山 間地域が多かった中越地震と違い、震央部に位置 する益城町は熊本市のベッドタウンであり工場地 帯ともなっており、人的被害に比べて建物・イン フラの被害が大きかった。熊本城、阿蘇神社など 文化財の被害も甚大だった。準都市型災害とも言 える。幸い筆者宅はプレハブ・平屋だということ もあり、食器が割れたり、本が本棚から飛び出し た 程 度 で 、 大 き な 被 害 に 遭 わ れ た 方 々 と 比 べ る と、申し訳ないくらい軽微な被害で済んだ。 つくづく文部科学省は道徳教育に力を入れるな ら、それと同等かそれ以上に防災教育に時間を割 くべきだとの思いを強くした。いずれは災害報道 の 課 題 に つ い て も 考 え て い か な く て は な ら な い が、今回は取り上げない。 情報提供者﹁ジョン・ドウ﹂ ︵某氏︶は不明 4 月 4 日午前 3 時︵日本時間︶を期して暴露さ れた﹁パナマ文書﹂は大地震級の破壊力を秘めて いることが次第に明らかになりつつある。最初の 報道に続いて、米ワシントンに本部を置く非営利 組織・国際調査報道ジャーナリスト連合︵ ICI J ︶は 5 月 10日午前 3 時を期してパナマ文書に示 されている 21万社の法人名や個人名を公表した。 こ れ ら に は 合 法 的 な 取 引 が 含 ま れ て い る と 同 時 に、偽名や偽装も含まれており、その究明は月単 位でなく、年単位か、ひょっとすると 10年単位に なるかもしれない。またそれくらいの腹構えをし て取り組まないと、租税回避地で税逃れをしてい る〝悪人〟を追い詰めることはできまい。 今回は、租税回避や課税主権、国際金融という 本質問題には立ち入らず、このパナマ文書が世に 出て来た報道の経緯を検証しておきたい。 これまでに明かされた経緯は次の通りだが、明 らかになった部分よりの部分が多いのも﹁パナ マ文書﹂報道の特徴だ。もともとパナマ文書が持 ち込まれたのは、ドイツ南部ミュンヘンに根拠を 置 く 南 ド イ ツ 新 聞 ︵ Süd de uts ch e Ze itun g 、 発 行 部数約 38万部︶だった。同新聞のセ バ スチアン・ オー バ ーマイヤー記者に対して匿名で、パナマの 法律事務所﹁モサック・フォンセカ﹂の内部文書 に関する情報が寄せられた。最初のは、この情 報提供者が直接やりとりしたオー バ ーマイヤー記 者でさえ、いまだに何者か知らないという点だ。 ︵ 今 回 の 事 件 に は 2 人 の オ ー バ ー マ イ ヤ ー 氏 が 関 わっている。セ バ スチアンとフレデリクだが、ド イ ツ 語 表 記 は 違 う 。 前 者 は O ber m ay er 、 後 者 は O ber m aier ︶。 秘密文書の暴露というと、 1971 年のベトナ ム戦争に絡む﹁ペンタ ゴ ン・ペーパー﹂を思い出 す。ニューヨーク・タイムズのニール・シーハン 記者に対してランド研究所勤務のダニエル・エル ズ バ ーグ博士が接触してコピー文書を手渡したか ら、記者は情報提供者が誰であるかは取材当初か ら承知していた。それ故、情報源の秘匿には最大 限の注意を払わざるを得なかった。 現代は情報化社会を迎えており、膨大な機密情 報が電子メディアに蓄積されている。そのデータ そのものをインターネット上に公開するに至った のが 2010 年のウィキリークスでの米外交文書 の大量漏えいだった。情報源は当初、秘匿されて いたが、ウィキリークス側の不注意な取り扱いに よ り 、バ グ ダ ッ ド 駐 在 の 情 報 下 士 官 が 特 定 さ れ た 情報提供者﹁ジョン・ドウ﹂ ︵某氏︶は不明
異例ずくめの「パナ
マ文書」報道
井芹 浩文
崇城大学教授13年のエドワード・スノーデン事件の時は、ス ノーデン氏は報道側と電子メールで接触した後、 大量の秘密文書を流出させるのにはコピー機を使 い、その紙媒体をハワイから香港に運んだ。 今回の事件もまた、まさに情報化時代らしく、 情報源は匿名性を保ちながら報道側と接触した。 電子メールが傍受された場合などに備えて、互い に暗号でチャットするなど細心の注意を払ってお り、その結果、いまだに情報源は明らかにされて いないのだ。 この情報提供者は 5 月 6 日、 ICI J を通じて ﹁ ジ ョ ン ・ ド ウ Jo hn Doe ﹂︵ 某 氏︶ と 称 し て 声 明 を発表し、 ﹁政治的な目的はない﹂としながらも、 このパナマの法律事務所の創始者、従業員、顧客 が﹁犯罪行為にどのような役割を果たしたのか、 答えなければならない﹂とその動機を明らかにし た︵ 5 月 8 日付読売新聞︶という。どうもハッカ ーではなく、内部告発者のようだが、依然、身元 は明らかでない。 ﹁史上最大のリーク、合同調査﹂報道 ICI J はホームページ上で﹁パナマ文書はジ ャーナリズム史上最大のリークであり、最大の合 同調査である﹂としている。漏えいしたデータは 2 ・ 6 ︵2 兆 8000 億 ︶に及ぶ。 1 1 4 6 万件の資料に 21万 4488 のオフショア法人の名 が含まれている。今回のもう一つの特徴は、漏え いした情報が膨大なだけでなく、合同調査に参加 したジャーナリストも多数に上っていることだ。 約 80カ国、 100 以上の報道機関のジャーナリス ト約 400 人が参加している。 25の言語が使われ ている。日本からは共同通信と朝日新聞が呼び掛 けられ、共同は澤康臣記者、朝日は奥山俊宏記者 が参加した。 ICI J による情報シェアが始まったのは 14年 暮れか 15年初めとみられる︵奥山氏論文︶という のに、パナマ文書が漏えいし、調査が行われてい ることが外部には全く漏れなかったのも異例のこ とだ。フレデリク・オー バ ーマイヤー記者が 5 月 3 日、ベルリンでの記者会見で﹁世界中の記者が 資料を共有しながら事前に情報が漏れなかったの は奇跡だ﹂と語ったように、参加した記者たちに は高い記者倫理が共有されていた結果だと思う。 そ の 中 心 と な っ た I C I J と い う 組 織 そ の も の が 極 め て 異 例 の 存 在 だ 。 1 9 9 7 年 の 設 立 だ が 、 創 設 者 は 米 C B S テ レ ビ の 報 道 番 組 ﹁ 60ミ ニ ッ ツ ︵ 分 間 ︶﹂ の プ ロ デ ュ ー サ ー だ っ た チ ャ ー ル ズ ・ ル イ ス 氏 。 ICI J 創 設 の 背 景 に は 、 グ ロ ー バ ル 化 の 進 展 の 中 で権 力 の 乱 用 や 汚 職 が 国 境 を 越 え て発 生 し て い る に も かか わ ら ず 、 新 聞 社 や 放 送 局 は 逆 に 調 査 報 道 を 縮 小 し て い る 現 実 が あ っ た ︵ 小 林 恭 子 氏 ﹃ 東 洋 経 済 O N L I N E ﹄ 4 月 6 日 号 ︶ と い う 。 ICI J による 13年の﹁スイス・リーク﹂では 英国のメガ バ ンク HSBC ︵旧香港上海銀行︶が 金持ちの巨額脱税を ほ う助していた事実を世界に 報じて注目された。常駐スタッフは 13人だが、そ のつど 100 人近いジャーナリストと協力して調 査報道を行っている。コアスタッフ以外の報道機 関・報道陣とのコラ ボ レーションで報道に携わる ところがユニークだ。フレデリク・オー バ ーマイ ヤー記者は記者会見で、南ドイツ新聞社内では合 同取材ではなく、独占的に報道すべきだとの声も あったことを明らかにするとともに、本人も﹁記 者はエ ゴ イストだ﹂と認めるように、独自取材へ のこだわりも相当あったことは間違いない。 それにもかかわらず合同取材に踏み切った大き な理由として、同記者は﹁自分たちや家族を守る ためだった﹂と明かした。報道対象には麻薬取引 の大物や武器商人など危険人物が含まれ、彼らは ﹁ 記 者 1 人 を 消 す ぐ ら い は い と わ な い﹂ と 考 え た ためという︵共同通信ベルリン特派員電︶ 。 もう一つ異例だと思うのは、 07年以降活動して いるジュリアン・アサンジの﹁ウィキリークス﹂ では当初、誰もが匿名で投稿でき、それをそのま ま掲載することを目指していたが、当然のことな がら偽情報や虚報が紛れ込む懸念があった。そこ で現在は審査員が審査して公表することになって いるようだ。 これに対し、 ICI J のルイス氏はウィキリー ク ス の よ う に ﹁ そ の ま ま 公 表 す る 予 定 は な い﹂ ﹁ 私 た ち は ウ ィ キ リ ー ク ス で は な い 。 ジ ャ ー ナ リ ズムには責任が伴う﹂としている︵小林恭子氏論 文︶という。これまたジャーナリストの本道のよ うに思える。 [ 編 注 ] 奥 山 記 者 は ﹃ 文 藝 春 秋﹄ 6 月 号 に ﹁ 史 上 最大の調査報道の内幕を明かす∼私が見たパナマ 文書の破壊力﹂を寄稿している。 ﹁史上最大のリーク、合同調査﹂報道
連続する﹁節目の年﹂ 今年、2₀16年は日本国憲法成立 70年の年に あたる。戦後の日本社会にとって、敗戦と占領と いう出発点と、その﹁軌道修正﹂のプロセスには 少なからず課題があったにせよ、やはりある種の 記念すべき年と言わざるを得ない。そんな 16年に 入って、法学専門誌をはじめ多くの媒体が多様な 憲法特集を企画し、憲法記念日当日には新聞各紙 は憲法特集を組んでいる。その光景は季節の風物 詩だが、少なくない数の人が改めて憲法に関心を 寄せているが故に、これだけ社会は激動しても、 変わらず続いているとも言える。ただし、今年だ け で は な い 。 今 後 も 、 近 代 日 本 社 会 と 日 本 国 憲 法、日本の憲政にとって、節目ともいえる年が続 く。 17年は日本国憲法施行 70年、 18年は明治15 ₀年、 19年は大日本帝国憲法公布13₀年だ。あ る意味では、息をつくこともできない。憲法改正 に 肯 定 的 な 立 場 に 立 っ て み る と 、﹁ 近 現 代 日 本 と 憲 政 に と っ て 歴 史 的 な 年 に 憲 法 改 正 を 実 現 し た い﹂というのは、実に自然な欲望と言える。実現 すれば、歴史に名を残すことになるのも、 ほ ぼ間 違 い な い 。﹁ 初 め て の﹂ と い う 修 辞 も 付 く こ と に なるわけだから、なおさらだ。 首相の座を辞してからも生涯を懸けて改憲を切 望し続けた岸信介を祖父に持つ安倍晋三総理は、 民意に最も影響する景気回復に道筋を付けること ができ次第、持論である憲法改正に本腰を入れた としても何ら違和感はない。言うまでもなく合意 の可否を棚上げした極論だが、立場が異なったと しても、これ ほ どまでに改憲に意欲的になる背景 は理解できるのではないか。 憲法改正のプロセスとその﹁現実味﹂ 憲法の中で憲法改正を定めているのは第 96条で ある。憲法第 96条は憲法改正の手続きを以下のよ うに定めている。 第九章 改正 第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議 員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発 議し、国民に提案してその承認を経なければな らない。この承認には、特別の国民投票又は国 会の定める選挙の際行はれる投票において、そ の過半数の賛成を必要とする。 ○2 憲法改正について前項の承認を経たとき は、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成 すものとして、直ちにこれを公布する。 (﹁日本 国憲法﹂より引用) この第 96条自体も硬直的過ぎるとして、改憲の 検討対象としてしばしば話題になってきた。日本 国憲法はこれまでただの一度も改正の発議すらな されなかったというその事実が、確かに改正の難 しさを示唆する。そもそも、 07年に第1次安倍内 閣 の 下 で 、 国 民 投 票 法 (﹁ 日 本 国 憲 法 の 改 正 手 続 に 関 す る 法 律﹂ ) が 成 立 す る ま で 具 体 的 に 改 憲 の 手 続 き を 定 め た 法 律 が 存 在 し な か っ た 。 そ の た め、事実上、日本国憲法の改正は不可能という時 代が長く続いていた。現状はどうか。国民投票法 が施行され、 12年 12月の民主党から自民党への再 度の政権交代を経てから、不安定な景気や安全保 障関連法案の成立などの難局を迎えつつも、安倍 内閣は相対的に見れば、近年の政権の中で安定し た政権運営を続けている。以下、具体的な議席数 を押さえながら、憲法改正の可能性とその﹁現実 味﹂について確認してみることにしたい。 憲 法 改 正 の 発 議 に 必 要 な 、﹁ 各 議 院 の 総 議 員 の 3 分 の 2以 上 の 賛 成 ﹂ と は 具 体 的 に は ど の よ う な 数 字 に な る の だ ろ う か 。 衆 議 院 の 定 数 は 4 7 5 な の で 、 そ の ﹁ 3 分 の 2 ﹂ は 3 1 7 と い う こ と に な る 16年 4 月 27日 時 点 の 、 衆 議 院 の 改 憲 を 主 張 す る
分析、啓蒙重視する機能的ジャーナリズムへ
大きく変化した情報環境、政治優位の現状
改正発議下の国民投票運動の課題
西
田
亮
介
東京工業大学准教授・博士(政策・メディア) 憲法問題とメディア政 党 の 議 席 数 の 合 計 に 注 目 す る ( 表 1 )。 衆 議 院 に お い て 、 自 民 党 と 公 明 党 を 足 し 合 わ せ る と 3 2 6 と な り 、 既 に 程 度 の 温 度 差は あ れ 改 憲 を 主 張 す る 与 党 だ け で 、 3 分 の 2 と い う 条 件 を 満 た し て い る 。 この他におおさか維新の会や、民進党の議員ら の中にも改憲を主張してきた議員がいる(なお改 憲を主張する日本のこころを大切にする党は、衆 議 院 に は 議 席 を 持 た な い) 。 こ れ が 改 憲 を め ぐ る 衆議院の現状だ。 参議院はどうか。6年任期で、3年ごとに半数 の議席を改選するため、衆議院と比べて参議院は 少々複雑になってくる。参議院の 16年5月 19日時 点 の 議 席 数 を 見 て み よ う ( 表 2 )。 参 議 院 の 定 員 は242人なので、3分の2は162。ただし、 参議院においては、衆議院と異なり、改憲を明言 する自民、公明、おおさか維新の会、日本のここ ろを大切にする党の議席数が147で、3分の2 に満たない水準にとどまっている。参議院は半数 ずつ改選するので、今夏で任期満了を迎える改選 議席と、平成 31年まで任期を残す非改選議席を分 けて考える必要がある。そこで自民、公明、おお さか維新、日本のこころを大切にする党の非改選 議席を足し合わせると、 85であることが分かる。 こ の 数 を 踏 ま え る と 、 参 議 院 で 3 分 の 2 で あ る 1 6 2 を 達 成 す る た め に は 、 16年 の 参 院 選 で 77議 席 必 要 と い う こ と に な る 。 だ が 、 16年 夏 の 参 院 選 に お け る 自 民 、 公 明 、 お お さ か 維 新 、 日 本 の こ こ ろ を 大 切 に す る 党 の 改 選 議 席 数 は 62で あ る か ら 、 や や 隔 た り が あ る 。 一 見 、 辛 う じ て 今 夏 の 国 政 選 挙 を 経 て も 憲 法 改 正 の 発 議 に は 至 ら な い か の よ う だ 。 だが、 13年の参院選で自民党は単独で 65議席、 公明党は 11議席を獲得している。おおさか維新な どが少しずつ議席数を伸ばすことができれば、か な り 現 実 的 な 数 字 に も 思 え て く る 。 こ の 数 字 で は、改憲のスタンスが明確ではない日本を元気に する会や新党改革、無所属議員なども考慮してい ない。これらの政党や議員にとってはまずは議席 の確保が重要課題だろうが、今夏の参院選の結果 次第では、それ ほ ど遠くない将来に憲法改正の発 議に直面し、国民一人ひとりが護憲か改憲かとい う選択を迫られる可能性がある。 それどころか過去に類を見ない ほ どに、憲法改 正の発議が現実味を帯びたものになった。 16年に 入ってから、これまでも自著などで改憲の意向を 表明してきた安倍総理だが、国会でも改憲につい て言及するようになった。 16年3月2日の衆院予 算委員会では、自らの自民党総裁の任期中におけ る改憲の意向を表明している。安倍総理の自民党 総裁任期は、現状の自民党の規定では 18年9月ま でだが、だからこそ憲法改正はすぐそこまで迫っ てきていると考えてもよいのではないか。 定義上、憲法改正の是非が全く無関係という国 民はいない。とはいえ、戦後初めての事態である 表 2 参議院の2016年 5 月19日時点の議席数。参議院「会派名及び会派別所属議員 数」より作成。括弧内は女性議員数。 平成28年 7 月25日 任期満了 平成31年 7 月28日任期満了 会派名 議員数 比例 選挙区 合計 比例 選挙区 合計 自由民主党 116(16) 12(4) 38(3) 50(7) 19(5) 47(4) 66(9) 民進党・新緑風会 64(9) 19(1) 27(4) 46(5) 8(3) 10(1) 18(4) 公明党 20(3) 6(0) 3(1) 9(1) 7(1) 4(1) 11(2) 日本共産党 11(4) 3(1) 0(0) 3(1) 5(1) 3(2) 8(3) おおさか維新の会 8(0) 2(0) 1(0) 3(0) 3(0) 2(0) 5(0) 日本を元気にする会・無所属会 4(0) 1(0) 1(0) 2(0) 2(0) 0(0) 2(0) 日本のこころを大切にする党 3(1) 0(0) 0(0) 0(0) 2(1) 1(0) 3(1) 社会民主党・護憲連合 3(1) 2(1) 0(0) 2(1) 1(0) 0(0) 1(0) 生活の党と山本太郎となかまたち 3(1) 1(1) 1(0) 2(1) 0(0) 1(0) 1(0) 無所属クラブ 2(1) 0(0) 0(0) 0(0) 1(0) 1(1) 2(1) 新党改革・無所属の会 2(0) 1(0) 0(0) 1(0) 0(0) 1(0) 1(0) 各派に属しない議員 6(2) 1(0) 2(0) 3(0) 0(0) 3(2) 3(2) 合計 242(38) 48(8) 73(8) 121(16) 48(11) 73(11) 121(22) 欠員 0 0 0 0 0 0 0 総定数 242 48 73 121 48 73 121 表 1 衆議院の2016年 4 月27日時点の議席数。 衆議院「会派名及び会派別所属議員数」 より作成。括弧内は女性議員数。 会派名 所属議員数 自由民主党 291(25) 民進党・無所属クラブ 96(9) 公明党 35(3) 日本共産党 21(6) おおさか維新の会 14(0) 生活の党と山本太郎となかまたち 2(0) 社会民主党・市民連合 2(0) 無所属 14(2) 欠員 0 計 475(45)
ことからしても、少なくともジャーナリズムと生 活者にとって、何らかの備えが必要と思われる。 その一方で、実際には、生活者も、ジャーナリ ズムも、毎年恒例の憲法企画と、護憲派、改憲派 双方の常 じょう 套 とう 句こそ目にするものの、その姿はあま りに例年と変わらないものにとどまっている。 規制の乏しい国民投票運動とその課題 16年の国政選挙の結果次第で、 17年から 18年に かけて、早ければ 16年内から、改憲、護憲をめぐ って、両陣営があらゆるメディアを巻き込んだ総 力戦に着手することになるだろう。それはこれま で類を見ない ほ どに、壮絶な対立になるはずだ。 護憲は戦後民主主義の旗印であり続けてきたし、 同様かそれ以上に改憲は保守派の悲願であり続け てきたからである。またそのときに、何が起こり 得るのだろうか。国民投票法は、憲法改正の発議 後の国民投票の手続きを規定した法律だ。それと 同時に、国民投票運動を規定した法律でもある。 国民投票法が規定する国民投票運動は、生活者が 漠然と認識している、一般的な選挙における選挙 運動と相当程度異なった性質を有する。 一般的な選挙を規定するのは公職選挙法だが、 この法律は﹁べからず集﹂として知られている。 195₀年に選挙法をはじめ、複数の法律を改正 して生まれたが、選挙運動に抜け穴を用意しなが らも、多くの制約を設けている。例えば、2₀1 3年の公職選挙法の改正で、インターネット選挙 運動が解禁されたが、選挙運動期間における電子 メールを用いた選挙運動は原則として禁止される 一方で、ソーシャルメディアのダイレクトメッセ ージやチャット機能、メッセンジャー等の規制は なされないままだが、チラシやポスターについて は、大きさ、枚数などに制約が設けられ、証紙の 貼付が求められる。 国民投票法が定める国民投票運動は、こうした 選挙運動と比較して、顕著に規制が乏しい作りに なっている。総務省は、国民投票運動を次のよう に定義している。少々長いが引用しておくことに しよう。 国 民 投 票 運 動 と は 、﹁ 憲 法 改 正 案 に 対 し 賛 成 又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行 為﹂と定義されており、国民一人ひとりが萎縮 することなく自由に国民投票運動を行い、自由 闊達な意見を闘わせることが必要であるとの考 えから、原則的に自由であり、規制はあくまで も投票が公正に行われるための必要最小限なも の と す る と の 考 え に 基 づ い て 定 め ら れ て い ま す 。 このため、投票事務関係者や中央選挙管理会 の委員等の国民投票運動の禁止のような主体に よる運動の制限は設けられていますが、文書図 画や自動車、拡声機等の使用といった手段や方 法に係る制限の規定はありません。また、選挙 運動に係る公職選挙法第129条の規定のよう な 運 動 期 間 に 関 す る 制 限 も あ り ま せ ん 。 さ ら に、国民投票運動は政治活動に包含されるもの ですが、仮に、選挙と国民投票の実施時期が重 なった場合において、公職選挙法の選挙運動期 間中における政党その他の政治活動を行う団体 の政治活動の規制が国民投票運動に及ばないよ う 調 整 す る た め の 規 定 も 設 け ら れ て い ま す 。 ( 総 務 省 ﹁ 国 民 投 票 の 仕 組 広 報 周 知 国 民 投 票 運 動﹂ ( htt p://w w w .so um u.g o.jp /s en ky o/k ku m in _t ou hy ou /s yu ch i.h tm l )より引用) 具体的には国民投票運動と選挙運動の両者は、 どのような差異があるのだろうか。両者を簡潔に 比 較 し て み る こ と に し た い ( 表 ₃ )。 表 3 で 示 し たように、国民投票運動は、従来の一般的な選挙 において適用されてきた支出金額や期間、文書図 画、テレビ広告などに対する制限が乏しいことが 分かる。例えば、公職選挙法には選挙運動に支出 可能な金額の上限が定められているが、国民投票 運動にはその上限が規定されていない。つまり、 護憲派も改憲派も通常選挙よりも多くの資金を投 入して、それぞれの主張をキャンペーンしていく ことができるのだ。 国民投票運動には期間の定めもない。そのため いつでも護憲や改憲への投票を呼び掛けることが できることにもなってしまう。もう一つ、ビラや ポスターの大きさ、枚数などに制限を加えた、文 書図画に対する規制も、公職選挙法が定める日本 の選挙の特徴として知られているが、やはり国民 投票運動にはこの制限も規定されていない。一事 が万事この調子で、文書図画に由来するネット選 挙運動に対する制限もなく、選挙で使うことがで きる、いわゆる﹁宣伝カー﹂の台数や拡声器の台 数も規制されていないままである。
憲法改正の是非を問う国民投票は、憲法改正の 発議から 60日以後、1₈₀日以内に実施されるこ とになっている。この期間を中心に、直接的な投 票の呼び掛けも含めて、憲法論争は激化すると言 えよう。肯定的に捉えるなら、自由に論戦を戦わ せることができるということでもある。ただし、 それに際してアメリカ大統領選挙や、国内でいえ ば大都市地域特別区設置法施行令に規定された 15 年の大阪都構想をめぐっての住民投票を想起すべ きだ。テレビ広告の制限期間等を除くと、大阪の 住民投票と国民投票は似た制度設計になっている ことからも、憲法改正の是非をめぐって、大阪で 熾 し 烈 れつ を極めた投票運動と同様の投票運動が、今度 は全国規模で生じると見なすことができる。 護 憲 派 、 改 憲 派 は そ れ ぞ れ 持 て る 資 源 を 総 動 員 し て 、 そ れ ぞ れ の 主 張 を 展 開 す る は ず だ か ら だ 。 も し そ う で な か っ た と し た ら 、 そ れ は そ れ で こ れ ま で の 日 本 の 護 憲 、 改 憲 を 基 軸 と し た 政 治 対 立 の構 図 は 何 だ っ た の か と い う 疑 念 が 生 じ る こ と に な る 。 具 体 的 に は 恐 ら く は 新 聞 、 テ レ ビ 、 雑 誌 な ど で、それぞれの主張が声高に喧 けん 伝 でん され、また拙著 ﹃メディアと自民党﹄ (角川書店)などで論じてき たように、好印象を獲得するための政党の情報発 信手法も駆使されるはずだ。 自民党を中心に戦略的意図の下に高度な手法が 採用され始めている。アイドルの活用やネットを 用いた情報発信で、一見するだけではそれと気付 き に く い 、﹁ ス マ ー ト﹂ な 護 憲 論 、 改 憲 論 が 登 場 しかねない現状だ。メディアと政治の関係は、伝 統的な慣れ親しみの関係から、互いに直接的な影 響力を行使しようとする﹁対立・コントロール関 係﹂へとかじを切り始めている。 15年以後、既に その傾向は部分的に観察されている。自民党幹部 と A KB 48のメン バ ーが政治に関する対談書籍を 発売し、こちらは改憲基調で、朝日新聞は紙面で 憲法学者と、やはり A KB 48を起用した憲法企画 を連載しており、こちらは護憲が基調となってい る。今や、護憲派も改憲派もどちらもアイドルを 起用する時代となった。 民 主 主 義 の 共 通 感 覚 と そ の 喪 失 、 政 治 理 解 の 道 具 立 て 持 た な い 社 会 日本国憲法が生まれてから 70年。既に大半の生 活者が、日本国憲法が登場した時の雰囲気や時代 的、社会的状況を体験していないことになる。極 論すれば、護憲か、改憲かという選択をするに際 して、経験的な基盤を有さなくなって久しいよう に思われる。学生運動や冷戦構造のような、緩や かな時代の要請さえ、多様化し、自明のものでは なくなってしまった。 ここでは十分に議論する紙幅が足りないが、政 治教育についての問題もある。現行の、つまり第 1次安倍内閣の下で改正された教育基本法は、政 治教育について以下のように記している。 (政治教育) 第十四条 良識ある公民として必要な政治的教 養は、教育上尊重されなければならない。 2 法 律 に 定 め る 学 校 は 、 特 定 の 政 党 を 支 持 し、又はこれに反対するための政治教育その他 政治的活動をしてはならない。 (﹁教育基本法﹂ 第 14条より引用) この他に、政令なども、政治的中立を要請して いた。 15年の公職選挙法の改正によって、投票権 年齢それ自体は、満 20歳以上から満 18歳以上へと 引き下げられたが、政治教育の問題は残されたま まである。確かに選挙教育のための教材は配布さ れたが、活用は学校現場に委ねられている。高校 で ﹁ 歴 史 総 合﹂ と ﹁ 公 共﹂ ( い ず れ も 仮 称) を 必 修化することで、政治教育や市民性教育の土台を 提供しようという議論もあるが、現在の議論では 22年度の導入が検討されているにすぎない。 義務教育の過程で、三権分立や国会の仕組みこ そ学ぶけれども、現実政治の中でどの政党がどれ 表 ₃ 国民投票運動と選挙運動の規制。国民投票法、公 職選挙法から筆者作成。 国民投票運動 (国民投票法) (公職選挙法)選挙運動 支出金額 明確な制限なし 候補者の人数と政令で規定 期間 制限なし 選挙によって異なるが、参院選17日。 衆院選12日 文書図画の規定 制限なし 種類、大きさ、枚数、証紙等の制限 テレビ広告 投票日から 2 週間 の間は国民投票広 報協議会と政党等 による規定のもの のみ可能 原則として利用不 可。公選法が定め る規定の政見放送 はあり ネット選挙 制限なし 電子メール等を除き利用可能 自動車、拡声器の 利用(宣伝カー) 制限なし 台数等に制限あり
だけ議席数を持ち、どういう理念や政策を掲げて いて、これまでどういった﹁業績﹂を残し、次期 選挙で政治のパワー バ ランスが変わると何が起き るかということを学ぶ機会は ほ とんどないのが現 状 だ 。 そ の 結 果 、 多 く の ﹁ 無 党 派 層﹂ は 、﹁ イ メ ー ジ ﹂で 政 治 を 選 ぶ し か な く な っ て し ま っ て い る 。 事実、生活者の憲法や民主主義、政治的主題へ の反応は鈍い。そもそも政治に対する関心が薄い のみならず、選挙が近づくにつれてさまざまな組 み合わせを模索して迷走する野党の状況を見て選 択肢の不在にすっかりうんざりし切っているよう でもある。複雑化し急速な展開を見せる政治状況 に生活者は置き去りにされているかのようだ。 ﹁規範のジ ャ ーナリズム﹂から﹁機能のジ ャ ーナリズム﹂へ それでは、ジャーナリズムには、何が期待され ているのだろうか。ジャーナリズムは、乖 かい 離 り した 政治と生活者を媒介する役割を担うことができる のではないか。日本のジャーナリズム、特に政治 報道は、メディアと政治の近接した﹁慣れ親しみ の関係﹂に依存した﹁規範のジャーナリズム﹂が 主流だった。日本において政治とメディアは特別 な関係だった。政治記者の固有名詞を挙げるまで もなく、両者は密な交流を続けている。 こ こ で い う ﹁ 規 範 の ジ ャ ー ナ リ ズ ム﹂ と は 、 ﹁ 政 治 は い か に あ る べ き か﹂ と い う 価 値 の 問 題 と 政局報道が重視されたジャーナリズム像である。 生活者の情報源がマスメディアに限定されていた こ と も あ っ て 、﹁ 規 範 の ジ ャ ー ナ リ ズ ム﹂ は ﹁ 速 報、取材、告発﹂を重視してきた。情報を早く獲 得し、取材によって社会に流通する情報量を増加 させ、政治や権力の不正を大所高所から告発する こ と が 重 要 視 さ れ て い た 。 し か し 近 年 、 情 報 環 境、メディアの力学が大きく変化している。生活 者が接触するメディアは多様化し、情報量も急増 した。結果として、生活者を取り巻く情報環境の 複雑さは格段に増した。何か事件やインシデント が生じると、生活者自ら即座に情報を発信する。 現代社会においては、情報それ自体は希少財では なくなりつつある。ただし、役に立つ情報、貴重 な情報が希少財であることに変わりはない。多く の情報に埋もれてしまっているからだ。 急 増 し た 個 々 の 情 報 が ど の よ う な 意 味 を 持 つ の か 、 ど の よ う な 意 図 を 持 っ て 発 信 さ れ た の か 、 そ の 情 報 が 社 会 の 中 で ど の よ う な 機 能 を 果 た し 得 る の か と い う 文 脈 を 読 み 解 く こ と の 困 難 さが 増 し た の で あ る 。 政 治 に つ い て 言 え ば 、 前 述 の よ う に 、 マ ス メ デ ィ ア や 野 党 に 先 行 し て 与 党 が 動 員 の 戦 略 的 意 図 を 持 っ た 情 報 発 信 を 始 め た と い う 事 情 も あ る 。 ジャーナリズムは、その権力監視機能を一層実 質的、実効的なものとする﹁機能のジャーナリズ ム﹂へと変化していく必要があるのではないか。 あえて前述の﹁規範のジャーナリズム﹂と対立的 に 記 す と す る な ら 、 そ こ で 重 視 さ れ る の は ﹁ 整 理、分析、啓 けい 蒙 もう ﹂ということになるだろうか。 無数にある情報の中から、本当に価値のある情 報、役に立つ情報を取捨選択した上で、整理し、 定量的、定性的な分析を加えることで﹁意味﹂を 析出させ、単に情報を配信するのみならず、生活 者がコンテンツを受け取るまでのインターフェー スや、受容可能な表現形式までをデザインする現 代的な啓蒙の姿を意図している。 今や日本で主要な存在であるはずの組織ジャー ナリズムは戦略性の見えない場当たり的なネット 対応に注力し、ネットメディアは新しさと具体性 の見えない﹁ネットの可能性﹂を標 ひょう 榜 ぼう するばかり で、結果として政治優位のメディア状況の創出を 手 助 け し て い る よ う だ 。 憲 法 改 正 の 是 非 を は じ め、複雑で重要なイシューは山積している。制度 の課題や修正点、その政治的意図を具体的かつ平 易に生活者に提示し、権力監視を本業としつつ、 読者が考えるための素材と道具立てを提供するこ と で 、﹁ 規 範 の ジ ャ ー ナ リ ズ ム﹂ か ら ﹁ 機 能 の ジ ャーナリズム﹂への転換が求められている。動員 への意志を有する政治と、機能的なジャーナリズ ムが拮 きっ 抗 こう し、健全な競合関係、緊張関係を築くこ とにこそ、生活者への政治情報の流通と、希薄化 する政治への関心を惹 じゃっ 起 き する契機が存在するので はないか。 冒頭に述べたように、 70年の歳月を経た初めて の憲法改正発議と、その後の規制の乏しい国民投 票運動が現実味を帯びつつある。憲法改正の発議 は改憲が選択された場合には言うまでもなく、改 めて護憲が選択されたとしても、選択の契機と選 択 、 そ し て そ の 結 果 が 生 活 者 に 自 覚 さ れ る こ と で、日本社会と憲政の新しいステージを開くこと になるだろう。そのことを踏まえると、前述の問 いは十分に備えておくべき問題に思えるし、備え るために残された時間もあまり多くはないように 思われてならない。
中東などからの難民の流入にあえぐドイツ社会 に第2次大戦以来といわれる地殻変動が起きてい る。年間100万人を超える難民の入国による治 安悪化への住民の懸念を背景に右派政党が地方議 会を席巻した。3月 13日に行われた三つの州選挙 は、メルケル政権の難民政策に対する初の審判の 日となったが、ここで右派のポピュリズム︵大衆 迎合︶の新党、 Af D ︵ドイツのための選択肢︶ が既成政党を追い落として第2党に付ける︵ザク セ ン ・ ア ン ハ ル ト 州 ︶な ど 驚 異 の 大 躍 進 を 遂 げ た 。 この勢いは選挙の行われた3州に限らず全国的 な現象であることが世論調査研究所の分析で分か っている。ベルリンの大連立政権の主柱であるメ ルケル首相のキリスト教民主同盟︵ CD U ︶はこ の小党に一敗地にまみれただけでなく、戦後ドイ ツ建国以来の支持基盤である大州、 バ ーデン・ビ ュルテンベルク州、ラインラント・プファルツ州 の2州も破竹の勢いの新党に屈した形。3州選挙 の結果はドイツ再統一以後、社会の底辺にくすぶ ってきた東の住民の不満の在りかを鮮明にした。 価値観の合意形成を求める異議申し立てだとの指 摘もある。争点の難民問題をはじめ主要政策の運 営で、メルケル政権は厳しい対応を迫られること になった。 異議申し立てのマグマ ドイツは﹁ドイツ連邦共和国﹂の名が示すよう に、州政府の連合体であり、州の中央政府に対す る重みは、例えば日本で神奈川県や岩手県が︿東 京﹀に対する重みと比較にならない ほ ど大きい。 今回、州選挙︵3月 13日︶に先駆けてメルケルは 争点の難民危機対策として、中東から欧州︵ドイ ツ︶を目指す難民の通過地点であるトルコを懐柔 するための外交的秘策に打って出て、これに成功 していた。トルコの悲願である E U ︵欧州連合︶ 加盟を促進するのと引き換えに、トルコを経由し て欧州に入った難民全てをトルコ国内に引き取ら せるというディール︵外交取引︶で、欧州にだぶ つく難民削減のための最初の成功だった︵3月7 日︶ 。 し か し 、 せ っ か く の 奇 策 の 成 功 も 、 州 選 挙 の敗北でかき消された。 選 挙 結 果 は メ ル ケ ル に と っ て 手 痛 い 敗 北 だ っ た 。﹁ ポ ピ ュ リ ズ ム﹂ を ア タ マ に 振 ら れ る の が 常 の新右派党、 Af D に旧東独領のザクセン・アン ハルト州で負けた上、旧西独以来の地盤で、富裕 州のラインラント・プファルツ州、 バ ーデン・ビ ュルテンベルク州でも苦杯をなめた。前者の州都 マインツはドイツ有数の工業都市だし、後者の州 都シュツットガルトは世界企業ベンツの本社所在 地である。 政治構造の変化 シュツットガルトでは難民危機始まって以来初 めて反難民の住民デモと警官隊の衝突が起きた。 自分たちの街や村を跳 ちょう 梁 りょう する外国人への嫌悪には 貧富の差がないことを示した。3州選挙の結果を ちなみに、旧東独領のザクセン・アンハルト州の 例をとって、数字︵議席︶で追ってみる。 CD U 30議席︵ 11減︶ Af D 24議席︵ 24増︶ SPD 11議席︵ 15減︶ 緑の党 5議席︵4減︶ 左派党 17議席︵ 12減︶ キ リ ス ト 教 民 主 主 義 政 党 で あ る C D U の す ぐ ﹁ 右 側﹂ に 、 難 民 危 機 を 触 媒 に 肥 大 化 し た 新 右 派 政党が居座ることになり、構造的にドイツ政治全 体の〝右ぶれ〟は不可避となった。ザクセン・ア ンハルト州では、首都ベルリンで CD U と大連立